ダナエの神話〜異星の邪神〜 第八話 神の遣いメタトロン(1)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:35
渇いた砂漠に晴れた空が広がっている。
時折吹く風が砂を舞い上げ、コウは目を覆って穴の中を見つめた。
「おお・・・すげえ・・・。ちゃんと復活してる。」
セトと戦ってから翌日、ユグドラシルは元通りに復活していた。穴の中で根を張り、綺麗な水を吸収して力を蓄えていた。
「やったな!これでラシルへ行ける!おっちゃん、ありがとな!」
そう言って隣に立つトートの背中を叩いた。
「・・・・・・・・・。」
「どうしたのおっちゃん?すんごく顔色が悪いけど・・・。」
「・・・一晩中・・・魔術を使っていたからな・・・。夜勤明けは堪える・・・。」
トートは眠そうな目をこすり、やつれた顔で呟いた。するとホルスが彼の肩を叩き、「御苦労だったな」と笑いかけた。
「一晩で復活させろと無茶を言ってしまったが、トートならやってくれると信じていた。礼を言うぞ。」
「・・・もったいないお言葉です・・・。でも・・・少し仮眠を頂きます・・・。」
トートはフラフラとした足取りで使い魔の鳥に乗り、ピラミッドの神殿へ戻って行った。
「トートが一晩中再生の魔術を掛けてくれたおかげで、ユグドラシルは元に戻った。コウ殿、これでラシルへ行けるぞ。」
ホルスはバシバシとコウの背中を叩いた。
「痛てて・・・。叩き過ぎだよあんた。」
「おお、これはすまん。」
コウは背中を押さえながら、じっと穴の中を覗き込んだ。
「あの根元に穴があって、そこからラシルへ行けるんだよな?」
「そうだ。しかし油断せぬ方がいいぞ。ごく稀に・・・ほんとうにごく稀にだが、死神があの中をうろついていることがあるからな。」
「し・・・死神・・・?」
「うむ。死神は暗くてジメジメした場所を好むのだ。ゆえにユグドラシルの穴の中に入り込むことがある。もし出会ってしまうと、鎌を振り上げて襲いかかって来るから気をつけることだ。」
「気をつけるって・・・どういう風にさ?」
「死神に殺される前に、向こうへ辿り着くのだ。もしくは死神を倒すか。」
「・・・なんだよそれ・・・急に不安になってきたじゃんか・・・。」
ホルスの一言でやる気を削がれ、不安そうに俯いた。そこへオシリスとイシスがやって来て、コウの肩に手を置いた。
「少年よ、何事も冒険ぞ?身を案じてばかりいては前に進めない。」
「そうでございますわよ。あーたはまだ若いんですから、買ってでも苦労をしないと。」
「そんなこと言ったって・・・死神になんか会いたくないよ・・・。」
「大丈夫でございますわよ。ほおら、わたくしのイヤリングを差し上げます。」
イシスは右の耳からイヤリングを外し、コウの目の前に差し出した。それは大きなエメラルドが填められた、見事なイヤリングだった。
「このイヤリングには魔除けの効果がございますの。もし死神に襲われたら、これを投げつけておやりなさい。」
「おお!そんじゃ遠慮なくもらっとくぜ、おばちゃん。」
「誰がおばちゃんでございますか!口のきき方に気をつけなさいまし!」
イシスは鞭でピシャリと叩く。
「痛ッ!」
「ははは、我が妻の鞭は効くだろう?あと三回も受ければやみつきになるぞ?」
「やだよ、そんなの。ただの変態じゃんか・・・・。」
コウは叩かれた背中を押さえながら、穴の中に降りて行った。そしてユグドラシルの根元を覗き込み、大きな穴が空いているのを見つけた。
「これがラシルへ繋がっているのか・・・。」
ゴクリと息を飲み、じっと穴の中を見つめる。暗くて先が見えず、それがさらに不安を掻き立てた。
「やっぱ・・・アリアンにもついて来てもらえばよかったかなあ・・・あはは・・・。」
「今さら何を言っている。弱気になってはいかんぞ。」
アヌビスがコウの隣に降りて来て、ドンと肩を叩いた。
「怖い気持ちは分かるが、今は行かねばなるまい。向こうにはお主の友が待っているのだろう?」
「・・・そうだったな。ラシルにはダナエが待ってるんだ。死神なんかにビビってる場合じゃないよな。」
コウは空を見上げて深呼吸し、気合を入れ直した。そして拳を握ってエジプトの神々を振り返った。
「みんな!色々と助けてくれてありがとな。俺・・・きっと戻って来るから!そしてみんなで力を合わせて、必ず邪神を倒そう!」
そう言って高々と拳を振り上げる。エジプトの神々から「おお〜!」と歓声が上がり、コウを励ます声援が飛んだ。
「コウ殿、無事を祈っておるぞ。」
ホルスは杖を向けて祝福の光を放った。
「うん!それじゃ行って来る。また会おうな!」
コウは大きく手を振り、「とおりゃ!」と叫んで根っこの穴の中へ飛び込んで行った。
「勇敢なる妖精の少年よ・・・汝に光の加護があらんことを・・・。」
ホルスは目を閉じ、翼を広げて祈りを捧げた。


            *


渇いたインドの大地に、無数の魔物が蠢いている。真っ黒な体色に大きな身体。顔は鬼のように恐ろしく、背中には翼が生えていた。
「づうおおおおお!」
魔物は雄叫びを上げ、傍若無人に暴れ回る。口から毒を吐き、凄まじい怪力で戦車をなぎ倒していった。
「隊長!これ以上はもちません!撤退を!」
戦車を駆る壮年の兵士が、後ろを振り返って叫ぶ。
「無駄だ・・・。ここに逃げる場所などない。援軍が来るまで耐えるしかないのだ。」
最新鋭の戦車に乗った陸軍大隊の隊長は、険しい顔で激を飛ばす。しかしどの兵士も絶望に怯えていて、戦う士気は底をついていた。
「俺は・・・俺は嫌だ!もうすぐ結婚だってのに・・・こんな所で死にたくない!」
若い兵士が戦車から飛び降り、パニックになって逃げて行く。
「待て!単独で行動するな!」
「うるさい!魔物の相手なんてもうゴメンだ!ミサイルも砲弾も効かないし、仲間は次々に死んでいくし・・・・俺はもうこんな所にはいたくない!」
若い兵士は隊長の制止を振り切り、魔物が蠢く大地へと走って行く。
「やめろ!死ぬぞ!」
隊長はすぐさま戦車の砲台を反転させ、魔物に向かって滑空砲を放った。戦車の砲身から鉄よりも固い砲弾が撃ち出され、魔物の群れに命中した。
激しい爆音と砂煙が上がり、魔物は宙へ吹き飛ばされていく。しかし全く効果はなく、かすり傷さえつけることは出来なかった。
「やはり効かないか・・・。いったいこいつらは何で出来ているんだ?」
隊長は悔しそうに顔をしかめる。そして・・・魔物の群れに走って行った若い兵士は、頭からバリバリと食べられてしまった。
「ちくしょおおおおお!この化け物どもが!とっととくたばれ!」
別の若い兵士が暴走し、めちゃくちゃに銃を放つ。しかしその若い兵士も、あっさりと魔物の胃袋に収まった。
「うわあああああ!やっぱり無理なんだ!人間の武器じゃ化け物に勝てっこないんだ!」
恐怖は波のように伝染していき、辛うじて正気を保っていた兵士までもがパニックを起こす。
「くそッ!もう・・・もうこれ以上は無理だ・・・。早く援軍を寄こしてくれ!」
隊長は戦車を叩いて絶望に沈んでいく。本来ならとっくに増援が来ているはずなのに、一人の援軍すら現れなかった。
いくら本部に呼びかけても応答はないし、いよいよ死を覚悟しなければならなくなってきた。
「ここまでか・・・。こんな醜い化け物どもに・・・俺の人生は奪われるのか・・・?」
軍に入隊して三十年の隊長は、自分の無力さに悔し涙が出て来た。人間の英知を集めた兵器はまったく効かないし、大事な部下は無残に殺されていく。
いくら屈強な軍人といえでも、もうそろそろ限界に達していた。
「これ以上・・・俺の部下の命を奪わないでくれ・・・。頼むから・・・頼む・・・。」
隊長はがっくりと項垂れ、僅かに残った戦意も消えていく。その時、別の兵士から「危ない!」と叫び声が上がった。
思わず後ろを振り向くと、目の前に三匹の魔物が迫っていた。
「おのれ・・・このままくたばってたまるか!一匹でも道連れにしてやる!」
隊長は腰の手榴弾に手をかけ、安全ピンを抜いて魔物に突っ込んでいった。
「俺の命と引き換えに、お前らの命をもらう!覚悟しろ!」
迫りくる魔物に突撃していく隊長だったが、横から飛んで来た魔物に掴まれ、空高くに持ち上げられてしまった。
「うおおおおおお!殺すなら殺せ!俺は軍人だ!死ぬことなど恐ろしくはない!」
隊長は鬼の形相で叫び、手に持った手榴弾を投げつけた。しかしあっさりと魔物に叩き落され、地上にいる仲間を吹き飛ばした。
「うおおおお!俺の部下がああああ!もうやめろおおおおおお!」
遂に隊長までパニックを起こし、癇癪を起した子供のように泣き狂う。
しかしその時・・・一筋の虹が目の前を駆けていった。そして次の瞬間、シュン!と短い音が響いて、魔物は真っ二つに切り裂かれていた。
「な・・・なんだ・・・。いきなり化け物が斬れたぞ・・・。」
隊長は魔物の足から滑り落ち、虹の上に尻もちをついた。
「馬鹿な!どうして虹に乗っているんだ・・・・・・・。」
あまりの不可解な出来事に、目を白黒させる隊長。そこへまた魔物が襲いかかって来た。
「うおおおおおお!黙って殺されるかああああ!」
腰の拳銃を抜き、魔物に狙いを定める。その瞬間、誰かが目の前にたちはだかった。
「じっとしていろ!」
それはアリアンロッドだった。長い銀髪をなびかせ、細身の剣を構えていた。
魔物はアリアンロッドから放たれる強い気に刺激され、わらわらと集まって来る。
「うおおお!まずいぞ!早く逃げろ!」
隊長はアリアンロッドの前に立ち、魔物に向けて銃を構えた。
「あんたが誰だか知らんが、ここは危険だ!民間人は早急に避難しろ!」
「・・・・・・・・・。」
隊長は魔物に向けて銃を撃つ。渇いた破裂音が響き、弾丸が魔物に命中する。しかし何のダメージも与えられなかった。
「・・・くッ!弾切れだ・・・。おい!こっちに向けて援護射撃を・・・・、」
そう言いながら下を見た時、隊長は銃を落として絶句した。
「な、なんだ・・・・魔物が・・・一掃されている・・・。」
大地を埋め尽くしていた無数の魔物が、一瞬のうちに屍に変えられていた。その中心には黒い武道服を着た女が立っていて、ギロリとこちらを見上げた。
「な・・・なんだ・・・。何者だ!答えろ!」
弾が切れていることも忘れて銃を構える隊長。すると頭上から魔物の群れが迫って来て、思わず身を屈めた。
「もう・・・ここで終わりか・・・。」
頭を抱え、恐怖に打ちのめされて震える。しかしまたシュン!と音が響いて、数匹の魔物が真っ二つに斬り落とされていた。
「ま・・・また・・・?もしかして・・・これはあんたが・・・・。」
隊長は恐る恐るアリアンロッドを見つめた。彼女は目をつり上げて魔物を睨み、軽く剣を振った。すると細身の刃から虹が放たれ、魔物の群れを包んでいく。
「うおお・・・なんだこれは・・・?化け物の動きが鈍くなったぞ・・・。」
虹に包まれた魔物たちは、時間を止めたように動きが遅くなっていた。
アリアンロッドは高く飛び上がって剣を構え、横一文字に薙ぎ払った。鋭い剣閃が魔物の群れに走り、次の瞬間には一刀両断されていた。
「・・・・・・・・・ッ!」
真っ二つに斬り裂かれ、ボトボトと落ちて行く魔物たち。隊長は言葉を失い、ヒクヒクとこめかみを動かしていた。
「スカアハ!こっちは終わったぞ!」
「うむ・・・・こやつら、数は多いが大したことはない・・・。」
余裕しゃくしゃくの二人の会話を聞いて、隊長の頭はさらにパニックになっていく。
「だ・・・誰なんだ、あんたら?どこの特殊部隊だ?」
「我らは人間ではない。ケルトの神だ。」
「ケルトの・・・・神?」
「空想の世界からやって来た神話の神だ。人間よ、魔物はまだまだ押し寄せて来るぞ。油断するな。」
「いや、しかし・・・化け物は全てあなた方が倒したのでは・・・・?」
「あれはほんの一部に過ぎない。奴らの巣を叩かない限り、無尽蔵に現れて来るだろう。もうじきインドの神々が戻って来てくれるはずだから、それまでの辛抱だ。」
「・・・・・わけが分からん。いったい何を言っているんだ?」
摩訶不思議な事ばかりで、隊長はもはや正気を保てなかった。そして現実から逃避するように指をしゃぶりはじめた。
「恐怖に負けたか・・・。しかし無理もあるまい。これだけ大勢の人間が殺されたのだ。
正気を保っていただけでも大したものだ。」
アリアンロッドは眼下に広がる凄惨な光景を睨みつけた。
大地には大勢の人間が倒れていて、みな絶命していた。しかも魔物によって身体を齧られ、直視するのも躊躇われるような惨状だった。
「もっと早く助けに来ていれば・・・・これだけの犠牲を出さずに済んだのに・・・・・。」
アリアンロッドは悔しそうに唇を噛む。そしてゆっくりと剣を収め、隊長を抱えて地面に飛び降りた。
「スカアハ、まだまだ邪悪な気は残っている。少し時間が経てば、また魔物の群れは襲ってくるだろう。」
「・・・巣を潰さぬ限りは、いくら葬っても意味がない・・・。ここは二手に分かれ、魔物どもの巣を探すとしよう。」
「そうだな。しかしこの男はどうする?完全に幼児退行しているが・・・・。」
アリアンロッドは隊長を見つめ、小さく肩を竦めた。
「どこかその辺で寝かせておけ・・・・。連れて行く方が足手まといだ。」
「しかし・・・もし何かあったら・・・・・。」
「・・・心配いらぬ・・・。とりあえずの敵は殲滅したのだ・・・。」
「・・・そうだな。ならば・・・少しここで辛抱していてくれ。」
「・・・・・・・・・・。」
隊長は戦車の横に寝かされ、そこへ部下が駆け寄って来る。
「隊長!」
生き残った数人の部下が、心配そうに隊長を取り囲む。そしてアリアンロッド達の方を振り返った。
「あんた達は・・・いったい・・・・。」
「空想の世界よりやって来た神だ。私たちは魔物の巣を潰しに行く。お主たちはここから動くなよ。」
「空想の世界の・・・神・・・?」
ポカンとする兵士たちを残し、二人は魔物の巣を探しに走り出した。
「アリアン・・・二手に分かれよう・・・。」
「そうだな。思いのほか邪気が多い・・・。これはかなり難儀するかもしれんな。」
二人はサッと左右に飛び散り、強い邪気のする方へ走って行った。
「アリアンめ・・・。妙に感傷的になりつつあるな。あれが命取りにならねばよいが・・・・。」
スカアハは友の身を案じていた。優しいのはいいことだが、あまりに優し過ぎると、それはかえって自分の首を絞めることになってしまう。その程度のことに気づかないアリアンロッドではないが、今までの戦いの中で、友を失った痛みや、弱い者を守れなかった自分を責めていた。
「・・・アリアン・・・気を抜くなよ・・・。ここは戦場である。油断は即命取りになるぞ。」
友の身を案じつつ、スカアハは魔物の巣を探していった。
そしてアリアンロッドは・・・・インドの惨劇に胸を痛めていた。もっと早く救援に向かっていれば、あれほどの死者を出すことはなかった。今さら悔やんでも遅いことは分かっているが、それでも自分を責めずにはいられなかった。
「私は・・・・助けを求める者に、手を差し伸べることすら出来ないのか?・・・何が空想の世界よりやって来た神だ・・・。私は・・・神の資格などないのかもしれない。」
正義感の強いアリアンロッドは、どうしても自分が許せなかった。それはやがて怒りに変わり、足元を油断させる焦りへと変わっていった。
「・・・魔物の巣が近いな。邪気をビンビンと感じるぞ。」
剣を抜き、目をつり上げて殺気を高める。そして邪気が渦巻く中心へと辿り着いた。
「ここだ・・・。ここから強い邪気を感じる・・・。」
アリアンロッドが足を止めたのは、戦車や戦闘機が引き裂かれた、兵器の墓場のような場所だった。嫌な気がムンムンと立ちこめ、普通の人間なら立っていることすら出来ないほどの瘴気が溢れている。
アリアンロッドは目を閉じて五感を研ぎ澄まし、地面を突き刺した。
「ここだ!」
細身の剣が大地を貫く。すると紫の風が立ち上り、断末魔の叫びが響き渡った。
「・・・・潰したな。」
剣を大地から抜き、じっと足元を見つめる。アリアンロッドの剣は、確かに魔物の巣を貫いていた。剣で刺された巣穴は、内に溜まった邪気に耐えられなくなって自壊していった。
「この調子でどんどん潰すか。魔物どもめ・・・一匹残らず駆逐してくれる!」
剣を構えて高らかに叫び、次々と巣穴を壊していく。そして残り一つだけとなった時、思わず気が緩んでしまった。
「これさえ潰せば、私の方は終わりだな。スカアハもきっと全ての巣穴を潰しているだろうから、これで魔物は出なくなる。インドの神々を待つまでもなかったな。」
そう言って小さく笑い、地面に向けて剣を構える。そして・・・渾身の力で突き刺した。
「おおおううういいいいいいえええええ!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫が響き、大地から紫の風が舞い上がっていった。
「・・・・終わったな。」
空を舞う紫の風を見つめ、ゆっくりと剣を収めるアリアンロッド。そして踵を返して背中を向けた時、甘い香りが漂った。
「なんだ・・・今の臭いは・・・・・。」
鼻をヒクヒク動かしながら、辺りの様子を窺った。しかし何の異変も見当たらなかった。
「・・・・気のせいか?・・・まあいい、こちらは終わったのだから、スカアハの方を手伝って・・・・・、」
そう言いかけた時、また甘い香りが鼻を刺激した。それも、今度は先ほどよりも何倍も強い臭いだった。
「・・・やはり気のせいじゃない。この香りは・・・・危険な予感がする。」
アリアンロッドは剣を構え、虹の膜で身を覆った。感覚を研ぎ澄まし、敵の有無を確認する。
「・・・・何も感じない。やはり誰もいないのか?」
拍子抜けして剣を下ろしたその時、鼻が歪むほどの甘い香りが漂った。
「むお!なんだこれは・・・。身体が・・・ふらついて・・・・・。」
強烈な甘い香りを嗅いだ途端、酔っぱらったように足元がおぼつかなくなった。
「ぐッ・・・・。まずい・・・これは・・・・。」
視界が歪み、強烈な耳鳴りがして意識が揺さぶられる。頭が痛くなり、歯を食いしばってうずくまった。
「あ・・・あの臭いは・・・・イン・・・バスの・・・・芳香・・・・。」
アリアンロッドは感じていた。身体の底から熱がこみ上げてくるのを。それは心をとろかす魅惑の呪いで、アリアンロッドがもっとも嫌う種類の攻撃であった。
「お・・・堕ちてなるものか・・・・。こんな・・・こんな呪いで・・・・・。」
激しい頭痛に耐えながら立ち上がると、目の前に黒ずくめのスーツを着た男がいた。
「・・・・・・・・・・。」
男は切れ長の目でアリアンロッドを見下ろし、帽子を押さえてクスクスと笑っている。
「やはり貴様か・・・インキュバス・・・・・。」
「ふふふ・・・・久しぶりだね、女神さん。」
インキュバスと呼ばれた男は、パッと帽子を放り投げた。
その顔は美しくもキザったらしく、天狗のように鼻が伸びている。肌は黒い紫色をしていて、その目は赤く光っていた。そして金髪のオールバックがいやらしいほど輝いている。
「・・・僕のこと・・・覚えてる・・・?」
インキュバスはニヒルに笑い、ズイっと顔を近づけた。
「・・・ああ、覚えている・・・。女をたぶらかすクズのような悪魔だと・・・。大昔に痛い目に遭わせてやったはずだが、まだ懲りていないようだな・・・。」
アリアンロッドは震える手で剣を構え、地面を蹴って斬りかかった。
「おおっと・・・危ない危ない・・・。まだこんなに元気なんだねえ・・・。」
「黙れ!よくも魅惑の呪いをかけてくれたな!この剣で斬られたくなければ、今すぐに呪いを解け!」
「ふふふ・・・強がったって無駄無駄。君の心にはしっかりと僕の呪いがかかっている。甘美な誘惑を求める、堕落の呪いがね。」
インキュバスはケラケラ笑い、無防備にアリアンロッドの方へ近づいて来る。
「この!馬鹿にしおって・・・・。」
アリアンロッドの剣が一閃し、インキュバスを一刀両断にする。しかしインキュバスは「チッチッチ」と指を振り、ユラリと消え去った。
「無駄と言っただろう・・・。僕の呪いにかかったものは、物事を正しく見られなくなる。ただ甘美な誘惑を求め、身も心も僕にゆだねるようになるのさ。」
インキュバスはゆらりとアリアンロッドの後ろに現れ、いやらしく抱きついた。
「ぐッ・・・・貴様!離れろ!」
「ふふふ・・・焦ってるえ・・・。君ともあろうものが、心に隙を作るなんてらしくないじゃないか?何かあったのかい?」
「うるさい!私は・・・私は・・・・、」
「なんなら僕に話してみなよ。全て聞いて、楽にしてあげるから。」
インキュバスはアリアンロッドの顎を掴み、強引に自分の方を向かせる。
「・・・ふ・・・ふざけるな・・・。誰が貴様などに・・・・・。」
「言いたくない?なら別に構わないさ。けどね、君はよく知っているはずだよ。僕の力は、君がもっとも嫌う類のものだと。なぜなら・・・・・、」
インキュバスはアリアンロッドの頬に手を回し、べロリと首筋を舐めた。
「・・・くううッ・・・・・。」
「はははは!君のような誇り高い戦士が一番嫌うのは、戦いに負けることじゃない。誰にも見られたくない醜態を晒すことなのさ。だから・・・僕のような性を司る悪魔の攻撃は、死んでも受けたくない。そうだろ?」
そう言いながら、また首筋を舐める。
「ふううああああ・・・・・。」
「おお、おお・・・やっと女らしい声を出した。もっと僕に身を委ねていいんだよ。女の快楽、そして女の喜びこそが僕の力さ。特に・・・君みたいな誇り高い戦士をイジメると・・・身体の底から力が漲ってくる。もし君を倒したら、邪神も僕に一目置くはずさ。」
快楽の波に溺れそうになるアリアンロッドだったが、邪神という一言で正気を取り戻した。
「じゃ、邪神だと・・・?」
「そうだよ。僕はね、光の壁の穴を抜けて、この場所に出て来たのさ。なぜなら・・・君たちの思惑を阻止する為にね。」
「ど・・・どういうことだ?」
そう尋ねると、インキュバスは「ふふふ」と笑い、また魅惑の呪いを放ってきた。
「ううぐうあああああああ!」
「はははは!やはり心に隙があると弱いねえ。あのアリアンロッドが、一瞬にして呪いにかかるなんて。」
「だ・・・黙れ・・・。そんなことより・・・私の質問に答えろ!」
「威勢だけはいいね。じゃあ望み通り答えてあげるよ。」
インキュバスは鼻が触れるほど近くに顔を近づけ、ニヤリと微笑んだ。
「いいかい、邪神は君たちの考えなんかお見通しなんだよ。ラシルの星と連携し、ユグドラシルの力を使って邪神を封じ込めるつもりだろう?」
「・・・・・・・・・・。」
「その為にわざわざエジプトまで行ったんだから、御苦労なことだ。」
「き、貴様・・・知っていたのか!」
「もちろん。だって・・・ずっと君の影の中に隠れていたからね。見つからないように息を殺し、じっとチャンスを窺っていたのさ。」
「い、いつからだ・・・?」
「インドを越えた時からだよ。ほら、空に大量の魔物が飛んでいただろう?あいつらの中に混じって、そ〜っと君に近づいたのさ。そして・・・・ユグドラシルの根っこの穴に、鈴を仕込んでおいた。」
「す・・・鈴だと?」
「ああ。赤い死神を呼び寄せる、死の鈴さ。もし根っこの穴の中を誰かが通れば、赤い死神に首を斬られて死んでしまう。だから・・・あの妖精は確実にあの世行きさ。」
「お、おのれ・・・なんと卑劣な・・・・。」
アリアンロッドは歯を食いしばって睨みつけた。もしコウがやられるようなことがあれば、ラシルとの連携は絶たれてしまう。そして、またしても大切な友を失うことになってしまう。
「それだけは・・・それだけはさせない・・・。例えこの命に代えても・・・。」
「うふふ・・・往生際が悪いなあ。君は死ぬのは怖くないけど、醜態を晒すのは死んでも嫌なはずだ。僕は徹底的に君をイジメ抜き、奴隷のように従わせる。そうすれば、邪神だって僕の存在を無視出来なくなるはずさ。なんたって、余計な反乱分子を仕留めることになるんだから。」
「ふざけるな!誰が貴様などにやられたり・・・・・ふうあああああああ!」
インキュバスは甘い香りを放って、さらに呪いを強める。それは快楽へと引きずりこむ屈辱的な呪いで、アリアンロッドの理性が崩壊しそうになった。
「どうだい?苦痛に耐えるより、快楽に耐える方が難しいだろう?快楽っていうのは、神でも人でも堕落させる、最強の毒なのさ。さあ、誇り高き女戦士よ!僕の前で醜い姿を晒すがいい!」
「や、やめろ・・・・・。」
インキュバスは口を開け、紫色の霧を放った。その霧はアリアンロッドの皮膚から体内へ侵入し、身体を熱く火照らせていく。
「さあ、準備は整った。それでは・・・・・しっかりイジメ抜いて、君を僕の奴隷にしてやろう!ははははは!」
紫の霧の中で、インキュバスの卑劣な攻撃が始まった。アリアンロッドは歯を食いしばって屈辱に耐えるが、魅惑の呪いのせいで力が入らない。握っていた剣を落とし、成す術なく翻弄されていく。
「よ、よせ・・・・やめろ・・・・。」
「んん〜いいねえ・・・・もっと堕落してもらおうか。」
「くうう・・・・くふああああああああ!」
インキュバスの手が、卑猥な動きで身体を這う。悔しさのあまり唇から血を流し、激しい怒りが湧いてきた。
「許さん・・・・お前は・・・・絶対に許さんぞ・・・・・・。」
「いつまでそうやって強がっていられるかな?まあとりあえず、邪魔な服は脱いでもらおうか。」
「ぐうう・・・・おのれ・・・・。」
このまま屈辱に晒されるなら、死んだ方がマシだった。しかし、魅惑の呪いのせいで自害すら出来ない。
青いコートを脱がされ、シャツのボタンを外され、ズボンのベルトにまで手を掛けられて、カチャカチャと外されていく。
「や、やめろ!」
「嫌だね。これからがお楽しみじゃないか。さあさあ、もっと苦しんでくれよ。それでこそ僕の力は増していくんだから。ははははは!」
紫の霧の中で、屈辱的な行為を受けるアリアンロッド。スカアハに助けを求めようとしたが、インキュバスのせいで上手く言葉にならない。
「ふう・・・くああああああああ!」
遂にはスルスルとズボンまで下ろされ、インキュバスは覆いかぶさるように抱きついてきた。
「アリアンロッド・・・君のような勇敢な神には、僕の気持ちは分かるまい?」
「・・・・・・・な、なんのことだ!」
「僕はね、昔からずっと虐げられてきたんだよ。悪魔のくせに大した力もないし、取り得といえば女を落とせることくらい。だから・・・他の悪魔からずいぶん馬鹿にされてきたんだ。
君みたいに、生まれながらにして優等生な奴とは違うんだよ。」
インキュバスは怒っていた。ニヤニヤ笑っていたのが、少しずつ怒りの表情へと変わっていく。
「僕はね・・・眩しく輝いている奴が大嫌いなんだ。そういう奴を見ると、とことんまで汚したくなる。それが女ならなおさらね。」
「・・・貴様は・・・そういう性根だから馬鹿にされている事に気づかないのか?悪魔といえども、貴様はとことん下劣な部類だ!」
「黙れ!そんなことは自分が一番よく分かってるんだよ!だから・・・だからこそこうやって君を襲っているんじゃないか。あのコウとかいう妖精を始末し、君を奴隷として連れて帰れば、きっと邪神は僕のことを認めてくれる。そうすれば、他の悪魔だって僕のことは馬鹿に出来なくなるはずさ。」
「・・・・・いいさ。それで気が済むなら好きなようにしたらいい。しかし!いくら身体を弄ばれようとも、私の心は誰にも屈しない!貴様の卑劣な攻撃に耐え、必ずコウを助けに行く!
さあ!思う存分やってみろ!そして・・・私の心が決して挫けないことを思い知るがいい!」
アリアンロッドは抵抗するのをやめ、身体から力を抜いた。その代わりに、射抜くような冷たい視線でインキュバスを睨んだ。
「ふふふ・・・強がったって無駄だよ。僕の呪いは心まで蝕むんだ。その強がりがどこまで続くか試してやる!」
「・・・・・・・・・・・・。」
アリアンロッドは決意を固めていた。何があっても、決して声を出さない、表情も変えない。
ただ冷静に、事が終わるのを待とうと。そして・・・必ずインキュバスを倒し、コウを助けに行くと。
快楽の呪いは激しく責め立ててくるが、鋼の精神力で耐えてみせる。
「くそ・・・なんだよ!こんなんじゃ面白くないじゃないか!ちょっとは鳴いてみせろ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・そうかい。意地でも強がる気だな。だったら・・・もういい。めんどくさい前戯はすっとばして、いきなり本番に入ってやる!今度は強がれないぞ!なぜなら、僕のアレはどんな女でも落として・・・・・、」
そう言いかけた次の瞬間、インキュバスの顔面に強烈な蹴りがめり込んだ。
「へぶしッ!」
インキュバスは顔面をへこませながらすっ飛んで行く。そして壊れた戦車に激突した。
「醜い悪魔よ・・・・よくも我の友に手を出してくれたな・・・・・。」
「お・・・お前は・・・スカアハ!」
インキュバスは怯えながら後ずさった。
「色情に狂いし悪魔よ・・・我が友を傷つけた罪・・・・許さぬぞ!」
スカアハは怒りに燃えていた。拳を握り、鬼のような顔でインキュバスを睨みつけた。
あまりの怒りに、彼女の瞳は炎より赤く燃えていた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第七話 エジプトの神々の王ホルス(3)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:31

その頃、アヌビスも苦戦を強いられていた。カルラと協力してスフィンクスの注意を引きつけようとしていたが、中々思うように動いてくれなかった。
「まずいな・・・。スフィンクスは頭がいいから、こちらの意図に気づいているのかもしれない。」
アヌビスはカルラの背中からスフィンクスを睨んだ。
「このままではホルス様達が危ない・・・。いったいどうすれば・・・。」
メンチを切っても馬鹿にしても、スフィンクスは全く動かない。それどころか、興味もなさそうに座り込んでしまった。
「くそ!さっきはあんなに簡単に挑発に乗っていたくせに!」
アヌビスは悔しそうに口を歪め、スフィンクスの頭に石を投げた。
「落チ着ケ。恐ラク・・・スフィンクスハ腹ガ減ッテイルノデハナイダロウカ?」
「腹が減っている?どういうことだ?」
「奴ノ腹ヲ見テミロ。ペチャンコ二ヘコンデイル。キット腹ガ減ッテ動ク力ガ無イノダ。」
「むうう・・・セトの奴、もっとちゃんと餌を与えておけ!」
スフィックスはぐう〜っと腹を鳴らし、その場に寝そべった。そして目を閉じて寝息を立て始めた。
「意地デモ動ク気ハ無イラシイナ。ナラバ奴ヲ動カス方法ハ一ツシカナイ。」
「ほう、それはどんな方法だ?」
「食欲ヲソソル、良イ匂イヲ嗅ガセルノダ。」
カルラはニヤリと笑って高く舞い上がる。そしてスフィンクスを置いて海の方へ飛んで行った。
「こら!どこへ行くつもりだ!」
「魚ヲ獲ル。ソレヲコンガリ焼イテ、奴ノ食欲ヲソソルシカナイ。」
「なるほど・・・。」
「我ハ海面マデシカ飛ベナイ。ソノ後ハオ主ガ魚ヲ獲ッテクレ。」
「任せろ!特大の魚を獲ってやる!」
カルラは翼を羽ばたき、一瞬にして砂漠を越えていった。そして海までやって来ると、海面ギリギリまで低下していった。
「サア!早クスルノダ!」
「おう!とおりゃあ!」
アヌビスはカルラの背中から飛び降り、海の中へと潜っていった。そして・・・五分ほどしてから、化け物のような巨大なタコを仕留めて来た。
「すまん・・・魚じゃなくて、こんなものしか獲れなかった・・・。」
巨大なタコは悪魔のように凶悪な顔をしていた。そして毒の墨を飛ばして暴れ回っている。
「こんなタコでスフィンクスの注意を引けるだろうか・・・?」
心配そうにアヌビスが言うと、カルラは「問題ナイ」と答えた。
「デカイ方ガ注意ヲ引ケル二決マッテイル。ソレニ・・・ソノタコハスキュラダ。」
「スキュラ?」
「ウム。ギリシャ神話ノ怪物ダ。光ノ壁ヲ越エテコチラニ出テ来タノダロウ。放ッテオケバキット悪サヲスル二違イナイ。」
「そうか・・・。ならば一刻も早くこいつをスフィンクスの前に持って行こう!」
「ウム。暴レヌヨウニ焼イテオコウ。ソノ方ガ香リモ湧キ立ツダロウシ。」
カルラは天に向かって指をかざし、「オン!」と叫んだ。すると一筋の稲妻が落ちて、スキュラを丸焼きにしてしまった。
「おお!いい具合に焼けたな。潮の幸の香りが漂っているぞ。」
「デハ急イデ戻ロウ。足二掴マレ。」
アヌビスはカルラの足に捕まり、スキュラを槍に刺したまま運んでいく。それをスフィンクスの前に持って行くと、ガバッと起き上って鼻をヒクヒクさせた。
「おいスフィンクス!腹が減っているんだろう?こいつが欲しくないか?」
スフィンクスの目の前に餌をぶら下げると、牙をむき出して飛びかかって来た。
「おおっと!ここで食わせるわけにはいかん。これが欲しければこっちへ来い!」
アヌビスはカルラの背中に乗って、ユグドラシルの方まで飛んで行く。これみよがしに餌を揺らし、パクリと齧ってみせた。
「うむ、上手い!・・・・・ことはないか。食えたものではないな・・・。」
スキュラは不味かった。しかしスフィンクスはヨダレを垂らして追いかけて来る。
「奴め・・・相当腹が減っているな。セトは飼い主の責任を果たしていないとみえる。
だが・・・これは好都合だ。」
アヌビスはニヤリと笑い、ブンブンと餌を振った。そして・・・ユグドラシルの穴の前までやって来た。
「ホルス様!スフィンクスを連れて参りました!」
「おお!でかしたぞ!」
エジプトの神々はギリギリの所まで追い詰められていた。フンコロガシに丸められ、ミイラにマウントポジションを取られて殴られていた。辛うじてホルスとオシリス、そしてイシスとトートが無事なだけであった。
その光景を見たアヌビスの怒りは頂点に達し、槍に刺したスキュラを持ち上げた。
「おのれセトめ・・・。好き放題しおって、許さぬぞ!」
血に染まったユグドラシルは延々と赤い霧を放出し、呪いを広げて行く。アヌビスはユグドラシルの真上に飛び上がり、スキュラを投げ落とした。
「さあスフィンクス!ここに餌があるぞ!スキュラとまとめてセトも食ってしまえ!」
「グオオオオン!」
スフィンクスは穴の中に飛び込み、一気にスキュラを貪り始めた。そして瞬く間に平らげると、スンスンとユグドラシルの臭いを嗅ぎ始めた。
「・・・グルル・・・・グオオオオオオン!」
ユグドラシルからセトの臭いを感じ取ったスフィンクスは、牙を剥いて雄叫びを上げる。
そして大きな口で丸のみしてしまった。
「スフィンクス・・・お前もセトに腹が立っていたのだな・・・。」
アヌビスはスフィンクスの前に飛び降り、槍を向けて叫んだ。
「おいスフィンクス!そのままセトを飲み込んで、二度と吐き出すな!ロクに餌ももらえなかった苦しみ、今こそ思い知らせるのだ!」
「グオオオオオオン!」
スフィンクスは立ち上がって咆哮する。するとホルスが「今だ!」と叫んでスフィンクスの口の中へ飛び込んでいった。
「ホルス様!どうかお気をつけて!」
トートが心配そうに叫び、オシリスとイシスも手を握って見守っていた。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
神々は静まり返っていた。スフィンクスはじっと座り込み、ただ目を瞑っていた。そして・・・・「グルル・・・」と唸り、口を開けてホルスを吐き出した。
「ホルス様!」
アヌビスは一目散に駆け寄り、ホルスを受け止める。
「ご無事ですか?」
「ああ・・・余は無事だ。しかしアリアンとコウがぐったりしておる。すぐに手当てを。」
ホルスの腕には、アリアンロッドとコウが抱えられていた。辛うじて生きてはいるが、かなり危険な状態であった。
「トート!早くこの二人を診てやってくれ!」
「畏まりました。」
トートはホルスの腕から二人を受け取り、サッと穴の外へ運んで行く。そして魔術を用いて薬を作り、二人の口にそっと押し込んだ。
「トートの魔術ならきっとすぐに回復するでしょう。それよりホルス様もお怪我をなさっているではありませんか。すぐに診てもらった方が・・・・、」
「心配するな、こんなものはかすり傷だ。セトめ・・・最後の最後で抵抗しておって・・・。
見ろ!危うく完全にユグドラシルが粉砕されるところであった。おかげでこんなに小さな根っこしか持って帰ることが出来なかった。」
ホルスの手には、わずか二十センチほどの小さな根っこが握られていた。それはセトの最後の抵抗から守った、希望の光であった。
「お見事!さすがはホルス様です!」
「うむ。これをトートに渡せば、また復活させてくれるだろう。」
ホルスは翼を広げて舞い上がり、カルラに礼を言った。
「異国の神よ。おかげで助かった・・・礼を言う。」
「ナンノコレシキ。シカシコレデ終ワリデハアリマスマイ?セトハマダ生キテイルノダカラ。」
「うむ。奴の執念深さは邪神でも舌を巻くほどだからな。下手にトドメを刺せば、それこそ強大な怨霊となって牙を剥くだろう。ああいう奴は生かさず殺さず、永遠にスフィンクスの腹の中に閉じ込められていればいい。」
ホルスはスフィンクスの表面を見つめた。そこにはセトの苦しむ顔が浮かんでいて、鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「またいつか・・・外に出て来るかもしれん。だがその時はその時だ。とりあえず事は丸く治まった。皆が奮闘してくれたおかげだ、感謝するぞ。」
そう言って杖を掲げると、エジプトの神々は歓声に沸いた。「ホルス!ホルス!」と拳を上げ、神々の王を讃える声が響き渡った。
スフィンクスは満腹になり、腹を見せて寝転んでいた。



            *
 


夜の砂漠に青い月が浮かんでいる。
コウはピラミッドの神殿から月を見上げ、生まれ故郷を思い出していた。
「月から出てそんなに時間が経っていないのに、すごく懐かしく感じるのはなんでだろう?
みんな・・・元気にしてるかな?」
花の咲き誇る故郷を思い浮かべ、柄にもなく感傷に浸る。そして・・・ラシルにいるダナエのことを思い浮かべた。
「ダナエ・・・俺は生きてるぞ。もうすぐ会いに行ってやるから心配するなよ。」
邪神に握りつぶされた時、ダナエは狂ったように泣いていた。勝ち目もないのに邪神に挑み、コウの名前を叫んで泣いていたのだ。
「お前は向こうで旅を続けているんだろうな・・・。もうユグドラシルには辿り着いたか?
こっちは何とか辿り着くことが出来たよ。今は根っこだけだけど、明日になればきっと復活しているはずさ。だから・・・すぐに会いに行くよ、待っててくれ。」
月を見上げながら拳を握り、踵を返して後ろを振り向いた。するとアリアンロッドが笑いながらこちらを見つめていた。
「どうした?ずいぶん切ない顔をしているが・・・お前らしくもないぞ?」
「いいじゃん、たまには感傷に浸りたい時だってあるぜ?」
「・・・そうだな。地球へ戻ってから、色々なことがあって少々疲れた。友は失うし、事態はどんどん悪化しているし・・・。」
「おいおい、あんたが泣きごとかよ?そっちの方がよっぽどらしくないぜ?」
「・・・月を見上げていると、妙に感傷的な気分になるのだ。弱音を吐いているつもりはないが・・・そう聞こえたか?」
「まあ・・・ちょっとだけ。でも自分の中に溜めこむよりはいいんじゃない?アリアンはずっと戦ってばかりだったから、俺より疲れてるだろうし。なんなら俺が愚痴を聞いてやろうか?」
コウは小さく笑ってアリアンロッドの顔を覗き込む。
「・・・そうだな。では少しだけ・・・私の話を聞いてもらおうか・・・。」
二人は並んで座り、夜空に浮かぶ月を見上げた。
「前にも言ったが、私は古い神だ。空想と現実が別れ、人々の信仰は新しき神へと移っていった。その中で忘れ去られる神もいれば、人間の娯楽に登場する神もいる。」
「ああ、ゲームとかマンガってやつだね。」
「そうだ。でも・・・それは古き神にとっては嬉しいことなのだ。なぜなら・・・私たちは確かにこの星に存在したのだから・・・。時代が変わって、人々の心から忘れ去られるのは、少しばかり寂しい気がする・・・。」
アリアンロッドは膝を抱え、瞳をゆらして足元を見つめる。それはいつもの気丈な顔とは違い、憂いのある寂しげな顔だった。
「私は・・・神話の世界に生きていた・・・。現実から隔てられた、空想の世界で生きていた。
でも・・・元々は空想も現実も同じものだったのだ。世界が産声を上げた時、あらゆるものは分かれていなかった。だから・・・私はあの時代が懐かしい。神々が謳歌し、人と交わることが出来た・・・あの時代が懐かしい・・・。」
「アリアン・・・。」
「これがただのノスタルジーであることは分かっている。いくら過去を懐かしんでも、時は流れているのだ。それは単なる時間の流れではなく、移り変わる歴史や世界のことだ。
命ある者が集まれば、世界は一瞬たりとも同じ場所にはとどまれない。善くも悪くも変貌を遂げ、過去は大きな渦の中に飲み込まれる・・・・・。
この星はもう・・・かつて私が知っていた世界ではない。新しいものが生まれた代わりに、古きものはほとんど淘汰されてしまった。人も自然も・・・そして神々も・・・。」
アリアンロッドの瞳がにじみ、月の光を反射する。コウはそっと指を伸ばし、彼女の目尻に触れてみた。
「あんたでも・・・泣くことってあるんだな。」
「当たり前だ。泣くことが人間の専売特許だとでも思っているのか?神でも動物でも、涙を流すことくらいある・・・。」
「いや・・・ごめん。別に馬鹿にして言ったわけじゃないんだぜ。ただ・・・アリアンみたいな強い神様がって思うと・・・・ちょっとビックリしちゃって・・・。」
コウは濡れた指を見つめ、ふっと息を吹きかけた。それは銀色の粒子に変わり、夜空の中に消えていった。
「コウ・・・。言っておくが、私は強くなどない。もし一人で戦っていたなら、きっとここまで辿り着けなかっただろう。全ては仲間の支えがあってこそ。お前やダナエ、そしてスカアハやクーのおかげだ。」
アリアンロッドはコウの肩を叩き、目尻を拭って月を見上げる。その横顔は青白い月に照らされ、まさに女神の美しさを感じさせた。
「ずっとそういう顔をしていれば、アリアンに惚れる男は後を絶たないだろうな。」
コウが可笑しそうに笑うと、「マセたことを言うな」とおでこを突かれた。
「私には頼りになる仲間がいる。家族のように、強い絆で結ばれた仲間が・・・。それに、お前やダナエという新しい友も出来た。今はそれで充分さ。」
「・・・・・・・・。」
アリアンロッドは真っすぐにコウを見つめて微笑んだ。すると・・・コウはいきなり立ち上がり、そっとアリアンロッドの頭を抱えた。
「お、おい!いきなり何を・・・・、」
「あのな、ずっと昔のことだけど、ダナエが泣いた時はこうして慰めてやったんだ。そしたらあいつ、ピタリと泣きやむんだぜ?いつもは明るく振る舞ってるクセに、そういう奴に限って自分の内側に色々と溜め込むんだよなあ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だからさ、たま〜にこうやって慰めてやると、すごく安心するんだ。元気で明るい奴って、人に暗い顔を見せたがらないだろ?でもあんまり強がってると、いつか疲れて明るさが消えちゃうぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「だからそうならないうちに、誰かに甘えたっていいんだよ。一生懸命頑張ってる奴は、たまには甘えたって許されるさ。俺だってアリアンのことは大事な友達だと思ってるから、たまには弱い顔を見せてくれよ。誰にも喋ったりしないし、泣いたって見なかったことにしてやるからさ、な?」
コウはアリアンロッドの頭を撫で、微笑むようにして目を覗き込んだ。
「・・・・お前は・・・・。」
「ん?」
「・・・いや、何でもない。ただ・・・楽になったよ、ありがとう。」
「そうか。ならよかった。」
アリアンロッドはコウの頭を撫で、また月を見上げる。すると後ろから「ウォッホン」と咳払いをする声が聞こえた。
驚いて振り返ると、アヌビスが気まずそうに立っていた。
「その・・・お楽しみのところを申し訳ないのだが・・・・。」
「・・・・・・・ツ!」
アリアンロッドは顔を真っ赤にして立ち上がり、そそくさと目を逸らした。
「べ、別に誰も楽しんでおらん!」
「い、いや・・・これは失礼・・・。ちょっと用があったものでな。」
アヌビスはまた「ウォッホン」と咳払いし、真面目な表情になって二人に向き直った。
「ホルス様がお主達のことをお呼びなのだ。すぐに王の広間まで来てほしい。それでは。」
口早にそう伝え、アヌビスはササッと去って行く。
「なんだよあいつ。そわそわしちゃって。」
コウは頭の後ろで手を組みながら呟いた。
「まあいいか。アリアン、早く行こうぜ。王様がお呼びだとさ。」
「・・・・・・・・・・。」
アリアンロッドは耳まで真っ赤にしながら、「すぐに行く・・・」と呟いた。
「んじゃ先に行ってるな。」
「・・・ああ・・・・。」
コウは口笛を吹きながら、スタスタと歩いて行く。アリアンロッドはゆっくりと振り向き、コウの背中を見つめて呟いた。
「あいつ・・・本当に罪づくりな男だな・・・。私があと二千歳若かったら、惚れてしまっていたかもしれん・・・・・。」
いったい今までに何人の女を泣かせたのだろうと思いながら、肩を竦めてコウの後を追いかけていった。

            *

王の広間は、そこらじゅうが金で出来ていた。床も柱も、そして天井まで金で埋め尽くされていた。所々に宝石の装飾が成されていて、眩いばかりの豪華絢爛な広間だった。
ホルスはその広間の一番奥にある、大きな椅子に座っていた。
「アリアン、待っていたぞ。」
金銀で作られた煌びやかなマントを翻し、ホルスは椅子から立ち上がった。
「話があると聞いてやって来たのだが?」
「うむ。まあ楽にしてくれ。ワインでも飲むか?」
「いや、いい。今は酒を飲んでいる気分ではないからな。それよりお主の話を早く聞かせてくれないか?わざわざ王の広間に呼ぶくらいだから、きっと重要な話なのだろう?」
「・・・うむ。」
ホルスはアリアン達の脇を通り抜け、大きなソファに腰を下ろした。
「まずはお主達に謝らねばならん。」
「謝る?何をだ?」
「・・・・我らはインドへ応援に向かうことは出来ない。・・・すまんな。」
「な、なぜだ!理由を聞かせてくれ!」
アリアンロッドはホルスの前に回り、目をつり上げて睨んだ。
「そう怖い顔をするな。我らとて、お主たちには申し訳ないと思っているのだ。」
「だから・・・その理由を聞かせてくれと言っているだろう!」
アリアンロッドは顔をしかめて詰め寄った。すると脇に控えていたアヌビスが、「それ以上近づくな!」と槍を向けた。
「アヌビス・・・お前まで・・・・。」
「いくらアリアンといえど、ホルス様に対する無礼は許さん。今は大人しく話を聞くのだ。」
「・・・・・いいだろう。ぜひ納得のいく説明を聞かせてもらおうか。」
アリアンロッドはホルスの向かいのソファに腰掛け、足を組んで見つめた。
「実はな・・・先ほど祖父から神託が届いたのだ。」
「祖父?ホルスの祖父ということは・・・アメン・ラー殿か?」
「そうだ。エジプトの神々の初代の王である、アメン・ラー様だ。いくら余といえど、彼の言葉を無視することは出来ない。」
「・・・それで、アメン・ラー殿は何と神託を?」
「・・・絶対にここを離れてはならんと。近いうちに、このエジプトの地にて災いが起こる。ゆえに、決して警護を怠るなと。」
「この地で・・・災いが?」
「恐らく邪神に関係している事と思われる。もしこの場所が邪神の手に落ちたら、それは一大事である。」
ホルスはワイングラスを掴み、ゆっくりと回しながら中を見つめた。
「ユグドラシルは明日にでも完全に復活するだろう。ならば、我々はなんとしてもそれを死守せなばならん。せっかくセトから奪い返したのに、再び邪神の手に落ちたらどうなるか?
お主ならこの意味が分かるだろう?」
「・・・ああ。邪神に対抗する為には、ラシルの星との連携が不可欠だ。なぜなら・・・向こうには本物のユグドラシルがいるのだからな。」
「その通り。いまこの地にあるユグドラシルは、ただの分身に過ぎない。本体のユグドラシルがかつての力を取り戻せば、充分に邪神を倒せる可能性がある。しかしこの場所を邪神に奪われてしまったら・・・・その望みも断たれてしまうわけだ。」
「・・・・なるほどな。だからエジプトの神々は、この地を離れることが出来ないと?」
「うむ。我々としても、インドの応援には向かいたい。お主の話によれば、あの場所では魔物どもが暴れ回っているのだろう?」
「ああ・・・。空にも大地にも魔物が溢れていた。きっと・・・人間がいくら奮闘したところで勝ち目はないだろう。あのまま放っておけば、いずれは他の場所にも押し寄せていくはずだ。」
「もしそんな事になったら、この地球は魔物で埋め尽くされてしまうな。我ら神々はともかく、人間や他の生物は絶滅してしまうかもしれん。」
ホルスはワインを呷り、空になったグラスにアヌビスが酒を注いでいく。
「余とて、もちろんそんな事態は阻止したい。しかし・・・先ほど申した通り、今はこの地を離れるわけにはいかぬのだ。すまんな。」
「・・・・・・・・・・。」
アリアンロッドは悔しそうに俯き、ホルスから目を逸らした。
せっかくインドへの応援を期待してやって来たのに、ギリギリになって肩すかしを食らわされるとは思わなかった。もちろんホルスが悪いわけではないが、それでも釈然としない気持ちを抱えていた。
「私は・・・人間たちと約束したのだ。かならずインドへ救援に向かうと。そして・・・その人間たちはもういない。突如現れたティマットによって、あっさりと海へ引きずりこまれてしまったからな・・・。」
「ティアマットか・・・。また厄介なものが・・・。」
「あの人間たちは、私たちを船に乗せてくれたのだ。魔物のせいで仲間を失いながらも、こちらの事情を理解してくれて船に乗せてくれた。だから・・・私は絶対に彼らとの約束を破るわけにはいかない!」
アリアンロッドは立ち上がり、目を瞑って頭を下げた。
「ホルスよ、頼む!何とか・・・何とかインドへ救援に向かってはくれないか?全員ではなくてもいい。何人かの神だけでも、インドへ行かせてはくれないか?この通り!」
アリアンロッドは深く頭を下げる。ホルスはそれを見かねて立ち上がり、「そのような真似はやめよ」と頭を上げさせた。
「お主は余の友だろう?ならば頭など下げるものではない。」
「しかし・・・・私は・・・どうしても彼らとの約束を守らねばならんのだ。だから、お主をエジプトの神々の王と見込んで頼む!どうか・・・どうかインドへ救援を!」
「・・・ふうむ・・・参ったな・・・。」
ホルスは頭を掻いて悩んだ。アメン・ラーの神託を無視することは出来ないが、アリアンの頼みを無碍にするわけにもいかない。どうしたものかと困り果てていると、黙って見ていたコウが手を上げた。
「あのさ、ちょっといいかな?」
「アリアンの友の妖精か。どうした?」
「いや、そんなに悩む必要はないんじゃないかなって。」
「・・・どういうことだ?」
ホルスが聞き返すと、コウはアリアンロッドの肩を叩いた。
「インドへの救援にはアリアンが向かえばいい。」
「私が・・・?」
「うん。ラシルへ行くのは俺一人でいいよ。」
そう言って、コウはニコリとコスモリングを掲げた。
「俺にはコイツがあるし、それに向こうにはダナエだっているんだ。だから俺一人でも大丈夫さ。」
「な、何を言っている!お前だけを行かせるわけには・・・・、」
「じゃあインドを放っておく?」
「そ、それは・・・・。」
「あの船の人たちとの約束を守りたいんだろ?だったらアリアンはインドへ行くべきだ。
でもさすがに一人であの軍勢を倒すのは難しいだろうから、スカアハも一緒に行ってもらえばいい。」
「スカアハも?しかし彼女は我々との連絡役を担っているのだぞ?」
「そりゃそうだけど・・・でも仕方ないだろ?クーは日本の神様と一緒に戦いに行っちゃったし、他に頼れる者はいないんだし。ここはスカアハにも協力してもらって、一緒にインドへ行ってもらうしかないよ。」
コウはアリアンの手を握り、「俺なら一人で大丈夫だから」と笑いかけた。
「それにさ、光の壁にはインドの神様も向かってるんだろ?だったらさ、カルラに頼んでインドの神様も何人か連れて来てもらえばいいんだよ。ほら、カルラって確かインド出身だろ?」
「ああ・・・元はガルーダというインドの神だが・・・。」
「ならカルラの頼みなら、きっとインドの神様もきいてくれるさ。そしてアリアンは、スカアハとインドの神様と協力して戦えばいい。」
「・・・お前はそれでいいのか?ラシルの星は危険が多いのだぞ?いくらパワーアップしたお前でも、無事にダナエに会えるかどうか・・・。」
「そうだな。でもダナエならきっとこう言うぜ。なんでもやってみなくちゃ分からないって。
だからさ、ここは俺を信じてインドへ行って来いよ。そして・・・艦長たちとの約束を果たしてくれ。」
コウはギュッとアリアンロッドの手を握りしめた。
「お前も・・・私と同じなのだな。何しても、彼らとの約束を守りたいと思っている・・・。」
アリアンロッドはコウの手を握り返し、そっと額に当てた。
「私はいい仲間を持ったな・・・。コウよ、ここはお前の言う通りにしよう。ラシルまで行って、無事にダナエと合流してくれ。そして・・・いまこの地球で起きている惨状を伝えるのだ。
その後はジル・フィンに会い、彼に指示を仰いでくれ。」
「分かった。そんじゃ今からスカアハにメッセージを送るよ。アリアンはカルラに頼んでインドまで乗せて行ってもらいなよ。」
「ああ、すぐにでも。」
二人は固い約束を交わすように手を握った。
「ホルス、無茶を言ってすまなかった。セトを倒すことに力を貸してくれたこと・・・感謝する。」
「何を言うか。セトは我々にとって因縁の敵である。こちらの方こそ、力を貸してもらって感謝しているぞ。」
ホルスは二人の肩を叩き、アヌビスを振り返った。
「アヌビス、コウ殿にゆっくり休める部屋を用意してやれ。それとアリアンの見送りを。」
「はは!」
アヌビスは膝をついて頭を下げ、「こっちだ」と広間の外へ歩いて行った。
「アリアン、それにコウ殿。お主たちの健闘と無事を祈っているぞ。」
「ありがとう。ホルスも気をつけてくれ。アメン・ラーの予言、きっと的中するだろうかならな。」
「うむ。近いうちにここは戦火に巻き込まれるだろう。しかし邪神がこの星に降り立ってから、常に戦いは覚悟している。心配は無用だ。」
ホルスは杖を掲げて光を放つ。それは暖かい太陽の光によく似ていて、旅立つ二人を祝福してくれた。
「お主らに、太陽の光の加護を。」
「ありがとう、ではまた。」
アリアンロッドは古き友に感謝し、王の広間を後にした。
「さて・・・偉そうなこと言っちゃったけど、何にも自信がないんだよな、俺。」
コウは困った顔で肩を竦め、扉の方へ歩いて行く。すると「待たれよ」とホルスに呼び止められた。
「お主のその腕輪・・・コスモリングであるな?」
「そうだよ。アリアンが宿っていた腕輪さ。」
「その腕輪には大きな力が隠されているが、お主はそれを使いこなせるのか?」
「ええっと・・・どうだろ?使ったことが無いから分かんないや。」
「そうか・・・。ならば少しだけ我の光を授けよう。近こう寄れ。」
ホルスは手招きをしてコウを呼び寄せ、そっとコスモリングに触れた。
「この腕輪には、魂を吸収する力がある。」
「それは知ってるよ。あと魂と魂をコンタクトさせる力もあるんでしょ?」
「うむ。しかし・・・もう一つ大きな力が隠されている。」
「他にも?いったいどんな力さ?」
「それはな、持ち主の想いに呼応して、その力を増幅させるのだ。」
「持ち主の・・・力を・・・?」
「失礼だが、コウ殿は一度死んでおられるようだ。ゆえに魂だけとなり、人間の肉体に宿っておる。」
「そうだよ、邪神に握り潰されちゃったんだ。あの時は死ぬほど痛かった・・・。まあ実際死んじゃったんだけどね。」
「ならばその時、お主のことを大切に思ってくれる者が、近くにいたのではないか?」
「うん、ダナエっていう大切な友達がいたよ。」
「そのダナエとやらは、コスモリングの持ち主だったのではないか?」
「そうだけど・・・でもあの時は邪神に奪われてたはずさ。」
「・・・そうか。しかしコスモリングは、そのダナエとやらを真の持ち主と認めていたのだろう。ゆえに、ダナエの想いに呼応してお主を蘇らせた。」
「ダナエが・・・俺を?」
コウはキョトンとして首を傾げた。
「ダナエとやらは、目の前でコウ殿が殺されて、ひどく悲しんだのだろう。そしてお主の復活を強く願った。それがコスモリングに伝わり、コウ殿を生き返らせたのだ。」
「で、でも・・・俺は生き返ってなんかいないぜ?魂だけになっちゃったんだから・・・。」
「しかしこうして常世に留まっているではないか?もし完全に死んだのなら、あの世へ送られているはずだ。」
「そ、そういえば・・・・?」
「おそらく・・・そのダナエという者は、コスモリングの力を完全には使いこなせておらんのだろう。だから魂だけを常世に留まらせることしか出来なかった。しかし!完全にその腕輪の力を使いこなせれば、きっとコウ殿の身体も復活するはずだ。」
「俺が・・・完全に復活・・・。」
コウは自分の手を・・・いや、博臣の手を見つめて息を飲んだ。
「それは他人の身体。ならば、そう長くは中に入っていられない。このままずっとその身体を使っていると、お主の魂はその身体と同化してしまうだろう。」
「・・・・同化・・・・・・。」
コウは思った。もしこの身体と完全に同化してしまえば、それは博臣の死を意味する。なぜなら、彼は戻るべき肉体を失ってしまうのだから。
「そんなこと・・・誰も教えてくれなかったぞ。いっぱい神様がいたのに・・・。」
「きっと、皆は邪神のことで頭がいっぱいだったのだろう。」
「そんないい加減な・・・・。」
「今さら悩んでも仕方あるまい?お主は人間の身体を借りているのだから。」
「じゃ、じゃあさ・・・あとどれくらいなら、この身体に入っていても大丈夫なの?」
「二日というところだろう。」
「二日!たったの二日!そんなんじゃ邪神と決着をつける前に、この身体から出なきゃいけないじゃんか!」
「左様。ゆえに余は尋ねたのだ。コスモリングの力を使いこなせるのかと?もしそうであれば、その身体に入っていられる時間を引き延ばすことも可能だからな。」
「そ、それ本当・・・?」
「さっきも申したが、コスモリングは持ち主の想いに呼応して力を発揮する。コウ殿が強く願えば、その身体に入っていられる時間を延ばしてくれるであろう。ただし、使いこなせないのであれば、いくら願っても無駄であるが。」
「そんなあ・・・あと二日しか時間が無いなんて・・・。いったいどうすればいいんだよ?」
せっかくここまで来たのに、もう時間が残されていないことに絶望する。しかしホルスは、肩を叩いて「安心しろ」と囁いた。
「余の光を少しだけ授ける。そうすれば一時的にではあるが、その腕輪の力を使えるだろう。」
「ま、マジで!」
「だがほんの一時的にだぞ。その腕輪は、本来の持ち主でないと使いこなせない。いくら余の力をもってしても、やはり限界があるのだ。」
「それでもいい!あと二日なんて・・・いくらなんでも短すぎる!」
コウはホルスの手を握って懇願する。なんとしてもラシルまで行き、ダナエに会わなければならないのだから・・・。
「よかろう。では余の光を与える。しばしの間、目を瞑っておれ。」
「う、うん。分かった!」
コウは強く目を閉じる。そしてそっとコスモリングに触れた。
「ではいくぞ!ぬえええええええええいやああああああ!」
ホルスは両手で杖を掲げ、意味不明な言葉を叫んで踊り狂う。そして背中の翼を広げ、バサバサと羽を舞い散らせた。
「我が羽に宿りし光の粒よ!この少年に力を与え、海の結晶なる腕輪と呼応させよ!」
舞い上がった羽から強烈な光が放たれ、コウの中に吸い込まれていく。
「今だ!コスモリングに願うのだ!もう少しばかり、時間をくれと!」
「・・・・・・・・・・・。」
コウはコスモリングに願った。もう少し・・・いや、出来ればなるべく長く時間を延ばしてくれと。邪神を倒すまでの間は、どうか博臣の身体を使わせてほしいと。
コスモリングはその願いを聞き届け、ドクンと脈打って潮の香りを漂わせた。どこからともなく波の音が聞こえ、海の光がコウを包んでいく。
「・・・・・・・・・・・・。」
コウは感じていた。コスモリングから放たれる光は、まるで海に抱かれているような心地良さだと。そしてその心地良さに身を委ね、身体から力を抜いていった。
「・・・ああ・・・・海が・・・海が見える・・・・。」
閉じた瞼の裏に、綺麗な海の風景が浮かび上がる。陽の光を浴びて輝く海面、頬を撫でる潮風、そして・・・遠くに横たわる美しい水平線・・・。
えも言われぬ感動が心を包み、思わず涙を流してしまう。しかし途中でプツリと海の景色が消え、潮の香りも波の音も消えてしまった。
「・・・・・・・・・・・。」
ゆっくりと目を開けると、ホルスがじっとこちらを見つめていた。
「これで上手くいったはずだが・・・どうだ?」
「・・・分からない。けど・・・ずっと海が見えていたよ。潮の香りも感じたし。」
「そうか。ならば問題あるまい。コスモリングはコウ殿の願いを聞き届けてくれたはずだ。」
ホルスはニコリと笑い、ふらつきながら自分の椅子へ戻って行く。
「大丈夫か?足がフラフラだけど・・・・・。」
「さっきの技は力を消耗するのだ・・・。余はこれにて休むことにする。コウ殿も、明日に備えて早々に休まれるがよい。」
「・・・そうだな。明日はラシルに行って、ダナエを捜さなきゃいけないんだ。今日はゆっくり休んで力を蓄えておくか。」
コウは手を振りながら「ありがとな!」と言って出て行った。
「・・・・今日は疲れた・・・。しかし、まだまだ気を抜くことは出来ぬ。アメン・ラー様のご神託・・・我が胸に不安を掻き立てておるからな。」
ホルスは椅子に座り、憂いを覚えながら目を閉じた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第七話 エジプトの神々の王ホルス(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:26
カルラの翼は、まるで風そのものだった。
彼が翼を羽ばたくと、風が動いてビュンビュン運んでくれる。
「凄いな・・・俺よりめっちゃ速いぜ。」
「当然ダ。我ガ翼ハ空ヲ駆ケル足ナリ。コノママヒトッ飛ビデエジプトマデ運ンデヤロウ。」
カルラはどんどん速さを増していく。それは空を駆ける弾丸のように速く、背中に乗っているコウも、自分が風になったように感じた。
青い海を駆け抜け、東南アジアの諸国をあっという間に飛び抜けていく。そして瞬く間にインドに辿り着くと、たくさんの戦闘機が魔物と戦っていた。
「これが・・・インドに現れた魔物・・・。」
コウはゴクリと息を飲んで、魔物の軍勢を見つめた。空には翼の生えた鬼が飛び回っていて、大地にはアリのような化け物が地面を埋め尽くしていた。
「こんなものが世界中に散らばったら・・・えらいことになるな。」
「ああ、だからこそインドで食い止めようといているのだろう。しかし・・・これでは多勢に無勢だ。個々の戦闘力も魔物の方が上なのに、その上数でも圧倒されている。このまま放っておけば、いずれ人間の軍隊は壊滅するぞ。」
魔物に蹂躙される空と大地を見て、どうして艦長があんなに焦っていたのかが分かった。
「彼は何としても、この魔物の軍勢を食い止めるつもりだったんだな・・・。」
「でもその艦長はもういない。だけど俺たちがここで助けに入ることも出来ない。こっちには時間が無いんだからな。」
コウ達は、魔物に蹂躙される国を見ているしかなかった。悔しさと歯がゆさを抱えながら、ただエジプトを目指して飛んでいく。
「向こうにはホルスという光の神がいるのだ。カルラ殿と同じように鳥の姿をしている。」
「会ッタ事ハナイガ、ソノ名ハ知ッテイル。光リ輝クエジプトノ神々ノ王デアルノダロウ?」
「そうだ。冥界の王オシリスと、魔術の神イシスの息子だ。彼もまた古き神だから、私とは旧知の仲だ。」
「ならそのホルスって神様に頼めば、インドに応援に向かってくれるかもしれないな。」
「ああ。彼は正義感の強い神だから、きっと力を貸してくれるはずだ。それに彼に会わないとユグドラシルまでは辿り着けない。」
「どうしてさ?」
「実はこの星のユグドラシルはな・・・スフィンクスの真下に生えているのだ。」
「スフィンクス?」
月で生まれ育ったコウには、スフィンクスが何なのかが分からなかった。
「人の頭に獣の身体をした巨大な石像だ。その石像の下にはポッカリ穴が空いていて、そこに小さなユグドラシルが生えているのだ。」
「へえ・・・でもさ、邪神はユグドラシルを利用して地球とラシルを行き来してたんだろ?
だったらその場所は邪神の手に落ちてるってことなんじゃ・・・・。」
コウがそう尋ねると、アリアンロッドは険しい顔で唇を結んだ。
「・・・その可能性はある。ただ・・・あまり悪い方へ考えても仕方があるまい?それにエジプトには厄介な神が一人いるのだ。セトという・・・狡猾で残忍な神が・・・。」
「セト?アリアンが警戒するくらい恐ろしい奴なのか?」
「力はそこまで大したことはないのだが、とにかく頭が回る奴だ。それに恐ろしいほどの執念を持っているから、出来れば会いたくない。もし彼を怒らせれば、今度ずっと付きまとわれることになるからな。」
「そ・・・そりゃ嫌だな。ならホルスって神様に会って、ササッと用事を済ませようぜ。」
カルラは翼を羽ばたき、一直線にエジプトへ飛んでいく。雲より高く舞い上がり、弾道ミサイルのように孤を描きながら飛行する。
そして・・・・瞬く間にエジプトの上空まで到達した。
「すげえ!これがエジプト・・・・・。」
コウの真下には、黄色い砂漠にピラミッドがそびえる光景が広がっていた。月では決して見ることの出来ないその風景に、思わず興奮してしまう。
「なあなあ!あのデッカイ三角はなんだ?中に入れるのか?」
「あれは古代のエジプト王達の墓だ。もちろん中に入れるが、我々は観光をしに来たわけではないのだぞ?」
「分かってるよ、ちょっと聞いただけじゃんか。」
不機嫌そうに唇を尖らせ、眼下にそびえるピラミッドを見つめるコウ。すると人の顔をした獣の石像が座っているのを見つけた。
「おお!もしかしてアレがスフィンクスってやつか?」
「そうだ。あの石像の真下にユグドラシルが生えているのだが・・・はて?なんだか以前と様子が違うような・・・・。」
アリアンロッドは違和感を覚えて首を捻った。なぜなら、スフィンクスは明らかに自分の記憶とは異なる座り方をしていたからだ。
「あんな座り方をしていたかな?あれではまるで、犬がお座りをしているように見えるが・・・。」
本当なら伏せのポーズをしているはずなのに、今は前足を立てて座っている。しかも尻尾まで生えていて、嬉しそうにパタパタと振っていた。
「そんな馬鹿な・・・。あれは石像のはずでは・・・。」
異様な光景に我が目を疑い、何度もまばたきを繰り返す。
「ドウスル?アソコへ下リルノカ?」
「・・・いや・・・なんだか嫌な予感がする・・・。先にホルスの元ヘ向かおう。確か空中にそびえるピラミッドがあるはずなのだが・・・。」
アリアンロッドは目を凝らして砂漠の空を睨む。すると東側の空に、キラキラと光りを反射する鏡のような物が浮かんでいた。
「あれだ!カルラ殿!あそこへ飛んでくれ!」
「アノ鏡ノヨウナ物体ノ所ヘカ?」
「そうだ。あれこそは幻のピラミッド。光の神ホルスが住まう、ピラミッドの神殿だ。」
カルラは指示された通りにピラミッドの神殿へ向かう。すると敵意を孕んだ風が吹き荒れ、次の瞬間には周りを敵に囲まれていた。
「止まれ!それ以上近づく事は許さん!」
ジャッカルの顔をした獣人が、大きな鳥に乗って槍を向けてきた。その周りには、鳥とも竜ともつかない奇怪な化け物がこちらを睨んでいた。
「おいおい・・・いきなり囲まれちまったぞ・・・。」
「下手に動くな。じっとしていろ・・・。」
アリアンロッドはコウを守るように立ちはだかった。
ジャッカルの獣人は、殺気のこもった目で睨んでいた。肌は青黒く、逞しい肉体をしている。腰には布を巻いていて、その手には鋭い槍を握っていた。
「これは・・・アヌビスだ。」
「アヌビス?」
「ああ、エジプト王家の守護神だ。オシリスとイシスに仕える、勇猛なる番人だぞ。」
アリアンロッドは立ち上がって手を振った。
「アヌビス!私だ、アリアンロッドだ!」
「むむ・・・アリアンだと・・・?」
アヌビスは眉間にシワを寄せて睨みつける。そして「おおおお!」と歓喜の声を上げた。
「その姿、間違いなくアリアンではないか!」
「久しぶりだな。元気そうだ何よりだ。」
「それはこちらのセリフだ。確かお前は別の星へ行ったと噂で聞いたのだが?」
「ああ、行っていたよ。しかしまた戻って来た。この星とラシルを救う為にな。」
そう言うと、アヌビスは「ラシルだと!」と耳を立てた。
「ラシルとは・・・まさかあの邪神の生まれ故郷のラシルか?」
「やはり知っていたか。」
「無論だ。今やこの星は・・・・、」
「邪神に侵略されようとしている・・・・だろ?」
「そうだ。奴の手はこのエジプトの地まで及んでいる。私はホルス様をお守りする為、こうして常に外敵を見張っているのだ。」
アヌビスは槍を掲げ、「ウオン!」と吠えた。
「では今もそのピラミッドの中にホルスが?」
「もちろんだ。ホルス様だけではなく、オシリス様とイシス様もいらっしゃる。ここはエジプトの神々に残された最後の砦。生き残った神々が集まっているのだ。」
「そうか・・・ここも邪神の手に・・・・。」
もしやとは思っていたが、やはり予想通りの言葉が返ってきた。邪神はこの地を手に入れ、ユグドラシルを我が物にしたのだった。
「アヌビスよ、ホルスに会わせてはくれまいか?彼に力を貸してほしいのだ。」
「・・・それは難しいな・・・。」
「なぜだ?私と彼は旧知の仲だぞ?それはお前もよく知っているはずだろう?」
「分かっている。しかし・・・イシス様がな・・・。」
アヌビスは困ったように顔をしかめ、シュンと耳を垂らした。
「イシス様が誰も中に入れることを許されないのだ。我々は邪神の謀略にはまってこの土地を奪われたから、イシス様は非常に疑心暗鬼になっておられる。たとえホルス様の旧友だとしても、中に入れることは許されないだろう・・・。」
「しかしこの事態をほうっておくわけにはイカンだろう。邪神を倒す為には、我々地球の神が結束せねばならん。なぜなら、我々の敵は邪神だけではないのだからな。」
そう言うと、アヌビスは「そんなことは分かっている!」と怒鳴った。
「そもそも、この土地を奪われることになった原因は我々の身内にあるのだ。あの裏切り者のセトが邪神と手を組んだが為に・・・こんな事になってしまった・・・。」
「セトが・・・・?」
アヌビスは小さく頷き、眼下のスフィンクスを見つめた。
「セトはあのスフィンクスの下にいるのだ。そしてユグドラシルを使って、膨大な力をその身に集めている。」
「ユグドラシルを使って力を?どういうことだ?」
「邪神はセトに取り引きを持ちかけたのだ。この土地を奪うのに協力してくれれば、お前にユグドラシルを使う権利の半分をやると。そして・・・奴はその取り引きに応じた。
得意の悪知恵を使って我々を嵌め、この土地を奪い取ったのだ。そしてユグドラシルの根元に住みつき、あの神樹の根っこから流れてくる力を貪っている。」
アヌビスは悔しそうに顔をゆがめ、憎きセトの顔を思い浮かべた。
「セトは・・・お前達に恨みを抱いているのだったな?」
「ああ。遥か昔、エジプトの神々の王の座を巡って争いが起きた。我が主、オシリス様と、その弟のセトが激しく戦ったのだ。しかし・・・セトは卑劣な手段を用いてオシリス様を殺し、冥界へ送った。そして神々の王の椅子を自分のものにしようとしたのだが・・・失敗した。
イシス様のおかげでオシリス様が復活し、見事にセトの謀略を挫いたのだ。
奴はその時のことを今でも根に持っているから、邪神と手を組んで我々を苦しめているのだ。」
「・・・なるほどな。セトのやりそうなことだ・・・。」
アリアンロッドもスフィンクスを見つめ、セトの顔を思い浮かべた。するとコウにちょんちょんと肩を突かれた。
「あのさ、ちょっといい?」
「どうした?」
「アリアンはさっきこう言ってたよね。セトとは関わらない方がいいって。でもさ、今の話が本当だとすると、セトをどうにかしない限り、ユグドラシルには近づけないんじゃないのか?」
「私もそれを考えていたところだ。だからこそ、どうしてもホルスに会わなければならない。
彼に会って、エジプトの神々の協力を取りつけないといけないのだから。」
このまま楽にユグドラシルに会うことは無理そうだった。しかしコウもアリアンロッドも、きっとこんな展開になるんじゃないかと予想していた。
「物事って甘くないな。上手くいかないことばかりだぜ。」
コウは肩を竦めて首を振る。アリアンロッドも「そうだな」と頷き、腕を組んで考えを巡らせた。
「せっかくここまで来たのだ。ノコノコと引き返すことは出来ない。しかし・・・だからといって我々だけでセトを相手にするのは危険過ぎる。」
「それに艦長との約束だってあるぜ。ここの神様にはインドへ救援に行ってもらわないと。」
「う〜む・・・・色々と厄介な事になってきたな・・・。」
セトをどうにかしない限り、事は進まない。しかしセトに関わるとロクなことがない。
アリアンロッドは眉間に皺をよせ、ただただ悩むばかりであった。
「考エ中二済マナイ。チョットイイカ?」
「どうしたカルラ殿?」
「セトトイウ悪神ハ、悪巧ミガ得意ナノデアロウ?」
「ああ、奴はとにかくずる賢い。それに魔術も得意だ。」
「デハ肝心ノ戦闘力ハドウダ?我ラガ一対一デ戦ッタ場合、勝テソウナ相手カ?」
「ううむ・・・単純な強さだけなら、そこまで大したことはないな。もしかしたらコウ一人でも勝てるかもしれない。だが奴の恐ろしさは、その狡賢さにあるからな。それにとにかく執念深い奴だから、確実に仕留めないと永遠に恨みを買うことになる。」
アリアンロッドがそう言うと、アヌビスも頷いた。
「奴はとにかく自分の事しか考えていないのだ。だから自分の邪魔をする者は、全て敵とみなす。それに・・・戦闘力の方も、今では大幅に上がっているかもしれん。なにせユグドラシルからの力を貪っているのだからな。」
「ダガコノママセトヲ放ッテオクツモリハ無イノダロウ?」
「無論だ。その為に我らはピラミッドの神殿に集まり、戦いを仕掛ける好機を窺っているのだ。
だが問題が一つあって・・・中々上手くいかないのだ。」
「ホウ、問題トハ?」
そう尋ねると、アヌビスはスフィンクスを指さした。
「あれのせいだ。セトが禁断の呪術を使い、あの石像に命を吹き込んだ。地獄を守る魔獣の魂を呼び出し、スフィンクスに命を与えたのだ。そしてたかが石像と侮るなかれ。あいつの吐く息に触れた者は、誰でも砂に変えられてしまうのだ。」
「ウウム・・・ソレハ恐ロシイナ・・・。」
「それだけではないぞ。あいつに飲み込まれた者は、その体内で永遠に苦しむことになる。
スフィンクスの表面をよく見てみろ。飲み込まれた魂がもがいているのが分かるはずだ。」
アヌビスに言われてスフィンクスを見つめると、その表面に人の顔らしきものが浮かんでいた。どの顔も苦痛に喘いでいて、まるで地獄で拷問を受けているかのようだった。
「あれは食われた人間の魂だ。奴を止める為に人間の軍隊が戦いを挑んだのだが、何も出来ずに飲み込まれた。そして・・・・天国にも地獄にも行けずに苦しんでいる。」
セトの魔術で生み出されたスフィンクスは、恐ろしい魔獣と化していた。近づく敵は容赦なく砂に変え、生き残った者は体内に取り込む。カルラはそんな魔獣を睨み、アヌビスに尋ねた。
「確カニ恐ロシイ魔獣デハアルガ、倒セナイ相手デハナイヨウニ思エル。ソレナノニ何故行動ヲ起コサナイ?」
そう尋ねると、アヌビスは「無理なのだ・・・」と首を振った。
「スフィンクスは、本来は王家を守る神獣なのだ。それならば、そうやすやすと殺すわけにはいかない。これもまた、我々の悩みの種だ・・・。」
アヌビスは困り果てたように項垂れる。そんな彼を見たカルラは、一つの提案を出した。
「フム・・・。デハコウシナイカ?アノ魔獣ハ我二任セテ、セトハオ前達ガ討テバヨイ。」
そう言うと、コウは首を傾げて尋ねた。
「任せておけって・・・いったいどうするつもりだよ?あいつは殺しちゃダメなんだぜ?」
「心配ナイ。殺シタリハセン。タダ注意ヲ引キツケルダケダ。」
カルラは自慢の翼を広げ、バサバサと羽ばたいた。
「我ガ奴ヲ挑発シテ、アノ場所カラ遠ザケル。我ガ翼ヲモッテスレバ、攻撃ヲカワスナド容易イカラナ。オ前達ハソノ隙二セトヲ討ツノダ。」
「おお!それはいい案だな。」
アリアンロッドは手を叩いて頷く。
「アヌビスよ、この事をホルスに伝えてくれないか?セトを倒すチャンスとあらば、きっと協力してくれると思うのだが?」
「・・・そうだな。そういう事ならば、イシス様も納得してくれるかもしれん。では早速中の者たちに伝えて来よう。しばし待たれよ。」
アヌビスは部下を引き連れ、ピラミッドの神殿の中に戻っていった。
「良い返事をくれるといいけどなあ。」
コウは腕を組みながらスフィンクスを見下ろした。
そして・・・・それから十分後、ピラミッドの神殿の中から、光り輝く鳥人間が出て来た。
猛禽の頭に人間の身体。そして黄金で出来たエジプト王家の装束を身に着けていた。
しかしカルラとは違って、翼は背中に生えていた。
「おお。ホルス!久しぶりではないか!」
アリアンロッドは嬉しそうに手を振る。
「アリアンロッド・・・なんと久しぶりであることか!余は感激であるぞ!」
ホルスは手にした杖をかざし、バタバタと翼を羽ばたかせる。
すると彼の後ろからエジプトの神々が姿を現した。
「おお!これが倅の友か。美しい・・・・・。」
ホルスの父であるオシリスが、ミイラのように包帯をまいた姿で現れる。その身には金で出来た様々な装飾品が施され、包帯の隙間から端整な顔立ちがのぞいていた。
「まさか倅にこのような美人がいるとは・・・。あとでナイル川でお茶でもどうです?」
「い、いや・・・私はそのような事の為に来たわけじゃ・・・。」
「まあまあ、固いことを言わずに。特上のワニのステーキも御馳走しますから。」
オシリスは顔の包帯を取り、二枚目俳優顔負けの笑顔でウィンクを飛ばして来る。
「い、いや・・・だから・・・そのようなアレは・・・。」
「あ!もしかしてワニのステーキが嫌?ならば代わりにハゲワシのソテーを・・・、」
さらに顔を近づけてナンパをしようとした時、オシリスの背中に鞭が飛んで来た。
「いぎゃあああ!」
「あーた!みっともなくってよ!妻の前で他の女に声をかけるなんて!恥を知りなさい!」
妖艶な色気と抜群のスタイルを持つ美人が、肩までの黒髪を掻き上げて鞭を振るう。
「いぎゃあああ!ま、待ちなさいイシス!ちょっと落ち着いて・・・、ぎゃあ!」
「言い訳は聞いておりませんわよ?不埒な夫には制裁を、そおれ!」
ミニスカ風のシルクのドレスを翻し、何度も鞭を振う。その姿は女王様と呼ぶに相応しいものだった。
「おいおい・・・なんだよこの夫婦は・・・。」
コウは呆れた顔で肩を竦めた。
「・・・父上、母上、余の友人が引いております。少々お静かに。」
ホルスは「すまんな」と苦笑いをみせ、アリアンロッドの前にやって来た。
「まさかお主が訪ねて来るとは・・・正直驚いたぞ。」
「ふふふ、しばらくこの星にいなかったからな。」
「そうか。ならば他の星へ行ってしまったという噂は本当だったのだな?」
「ああ。話せば長くなるのだが、是非聞いてもらいたいことがある。実は・・・・、」
ホルスは「ふむふむ」とアリアンロッドの話を聞き、思慮深い顔で頷いていた。
「なんとまあ、かように辛いことがあったとは・・・・。」
「辛い状況に立たされているのはホルスも同じだろう?アヌビスから聞いたと思うが、私たちはユグドラシルに会いたいのだ。その為には・・・・。」
「セトをどうにかせねばならんな。」
「その通りだ。だから私たちに力を貸してくれないか。ここにいる神々と協力すれば、セトをどうにかする事も出来ると思うのだが?」
「ふうむ・・・。悪い案ではないが、セトを甘く見ては痛い目に遭うぞ?それはお主もよく知っていよう?」
「だから私たちと一緒に力を合わせようと言っているのだ。ホルス、お主ならきっとセトを倒すことが出来る。殺すのは無理だとしても、しばらく大人しくさせる事くらいは出来よう?
ここは皆で協力し、戦うべきだと思う。」
「・・・・ふうむ。確かにその通りだが・・・・父上、母上、アリアンの意見をどう思われますか?」
ホルスは真剣な顔で後ろを振り返った。
「ひいいい!すいませんすいません!もうしませんから!」
「別にもう怒っておりませんわ。ただ鞭で叩くのが気持ちいいから叩いているだけ。そおれ!」
「・・・・・・・・。」
ホルスは何とも言えない顔で夫婦喧嘩を見つめる。
「アリアン・・・お主の提案、受け入れよう。このままではこちらもラチがあかん。」
「おお・・・分かってくれたか。さすがはエジプトの神々の王、ホルスだ!」
二人はがっちりと握手を交わし、スフィンクスを睨んだ。
「では・・・まずはアレをどかさないといけないな。カルラ殿!お願い出来るか?」
「御意。」
アリアンロッドとコウは、アヌビスが乗っている怪鳥に飛び移った。
カルラは翼を羽ばたかせ、スフィンクスの前まで下りていく。そしていきなり顔を蹴りつけ、メンチを切った。
「バ〜カ。」
「・・・・・・ッ!」
その一言にスフィンクスは逆上し、雄叫びを上げて襲いかかって来た。
「ツイテ来ラレルモノナラツイテ来イ!」
カルラは翼を羽ばたかせて挑発し、地面スレスレを飛んでいく。スフィンクスはさらに逆上して、全速力で追いかけて行った。
「よし!皆の者、今だ!」
ホルスは杖を掲げて叫んだ。エジプトの神々は、スフィンクスの守っていた穴の中に突撃していく。
「あの穴の中にユグドラシルが・・・・。」
コウは穴の中をじっと覗き込む。するとそこには綺麗な水が溜まっていて、青い葉を茂らせた大きな樹が立っていた。
そして樹の根元には誰かが座っていて、ゆっくりと立ち上がってこちらを見つめた。
「・・・・・・・・・。」
その目は背筋が凍るほど冷徹で、肌に纏わりつくような陰湿さを覚えた。
コウは思わず身震いし、サッと顔を逸らした。
「あれがセトか・・・。確かに関わりたくない雰囲気を持ってるな・・・。」
セトは獣の顔をしていた。ジャッカルとツチブタを合わせたような奇妙な顔で、その目は鋭く切れ上がっていた。そして細身の肉体に紫の皮膚を持ち、黒い腰布と金色の杖を持っていた。
「コウ、あまり目を合わすなよ。あいつの眼光は心を不安にさせる魔力があるのだ。」
「分かってるよ・・・だから顔を逸らしてるじゃん・・・。」
セトはエジプトの神々を見上げ、ニヤリと笑って杖を掲げた。そして何かをブツブツと呟き、杖を地面に突き立てた。
すると杖の先から黒い染みが広がり、巨大なフンコロガシが大量に湧いて出て来た。
それはエジプトの神々に襲いかかり、糞を転がすようにコロコロと穴の外へ押しやっていった。
「ぬぐッ・・・。おのれセトめ!」
アヌビスは逞しい筋肉で槍を振りかざし、フンコロガシを貫いていく。しかしあまりに数が多く、いくら倒してもキリがなかった。
するとオシリスが魔術を放ち、辺り一面に穀物を実らせた。そこへイシスがイナゴの呪いをかけると、放たれたイナゴが穀物を食べて成長し、フンコロガシに襲いかかっていった。
「うわあ・・・あの穴の中えらいことになってるなあ・・・。見てるだけでムズムズする。」
「コウ、我らも行くぞ!」
穴の外から見ていたアリアンロッドは、剣を抜いて突撃していった。
「おいおい・・・俺もこの中へ入るのかよ・・・。」
「当然だ。さあ、セトを倒すぞ!」
コウは嫌々ながら穴の中に入り、セトを目がけて飛んでいった。
「おりゃああああ!食らいやがれえ!」
フンコロガシをかわしながらセトに接近し、羽で斬りつける。しかしスルリとセトの身体をすり抜けてしまった。
「まずい!幻術か!」
コウは慌てて辺りを窺う。すると足元からミイラの手が伸びてきて、身動きを封じられてしまった。
「うわああああ!アリアン!これ何とかしてくれ!俺アンデッド系は苦手なんだよ!」
「任せろ!」
アリアンロッドはコウを助けようと走って行く。しかし害虫のようにミイラが湧いてきて、行く手を阻まれてしまった。
「ぐッ・・・。邪魔だ!どけい!」
剣を振ってミイラを切り裂き、コウの元ヘ走る。するとそこに彼の姿はなかった。
「コウ!どこだ!」
「ここだ!ここだよ!」
真上から声がして見上げてみると、ユグドラシルの枝にコウは括り付けられていた。そしてその後ろにはセトが立っている。
「セト!コウを離せ!」
アリアンロッドは剣を構えて飛び上がった。しかしユグドラシルの枝からもミイラが湧いてきて、手足を掴まれてしまった。
「おのれ・・・離せミイラども!」
虹の光を放って時間を遅らせ、ミイラを切り裂いていく。しかしいきなり身体に鎖が巻きついてきて、コウの横に縛り付けられてしまった。
「くそッ・・・。油断した・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
セトは無言で二人を見下ろす。恐ろしいほど冷徹な目で・・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・何黙って見てんだよ!何か言えよ気持ち悪いな!」
コウはジロリとセトを睨みつける。しかし逆に睨み返されて顔を逸らした。
「こいつ・・・目が怖いよ・・・。」
セトは杖をユグドラシルの枝に刺し、また呪文を唱えた。するとユグドラシルの葉っぱから水滴がしたたり、コウとアリアンロッドを溶かし始めた。
「うわあ!俺の羽が!」
「これは・・・私たちを溶かしてユグドラシルに吸収させる気だ!」
「なんでそんなことするんだよ?」
「私たちをユグドラシルに吸収させて、それをセトが吸収するつもりなのだ。このままでは、奴の一部になってしまう・・・。」
「ええ〜!俺は嫌だよ!こんな陰湿な奴の一部になるなんて!」
「私もごめんだ。」
アリアンロッドは身を捩り、ホルスとアヌビスに呼びかけた。
「二人とも!私たちを縛っている鎖を切ってくれ!」
そう叫ぶと、近くにいたホルスが光の輪を放って鎖を切ろうとした。しかしセトの邪魔が入り、光の輪は防がれてしまう。
「セト・・・いつまで経っても憎き敵よ・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ホルスはセトを憎んでいたが、セトもホルスを憎んでいた。
兄であるオシリスを謀略にかけて殺し、王座を得ようとしたものの、イシスの邪魔が入って失敗した。そして自分の妻にまで裏切られ、果てはオシリスの息子であるホルスに王の座を獲られてしまった。
セトはその事がどうしても許せなかった。身内にことごとく痛い目に遭わされるのが、悔しくて堪らなかった。
「・・・ホルス・・・。お前さえいなければ・・・王の椅子は俺のものに・・・。」
「ふざけた事を言う奴よ・・・。全ての業は自分で作ったものであろうが!そんなお前に王の玉座が巡ってくるわけがない!」
「・・・・許すまじ・・・貴様ら全員・・・許すまじ!」
セトはユグドラシルの根元に飛び降り、ブスリと杖を突き刺した。そしてユグドラシルが大地から蓄えた力を吸収し、その姿を変貌させた。
顔はハイエナのように凶暴になり、大きな牙と頑丈な顎に変わる。肌は赤紫に染まり、燃えるように熱くなっていった。
「・・・ホルス・・・お前のその光・・・全て飲み込んでくれる・・・。」
パワーアップしたセトは、杖を自分の身体に突き刺した。ドクドクと赤い血が滴り、大地を真っ赤に染めていく。すると血に染まった大地から、赤い霧が噴出してきた。
「この赤い霧は・・・・セトの呪いか?」
赤い霧は穴の中に充満していき、セトの血の呪いを広げていく。ミイラとフンコロガシは全滅し、イナゴもボロボロと朽ちていった。
「皆の者!すぐにここから出るのだ!」
アヌビスはオシリスとイシスを守りながら退避していった。
「ホルス様!早くお逃げ下さい!」
「いや、駄目だ!アリアンを置いていくわけにはいかん!」
ホルスは赤い霧の中に飛び込んでいき、翼を羽ばたかせて風を起こした。赤い霧はその風によって空中に舞い上げられ、空の中へと消えていく。
そして・・・穴の中には、真っ赤に染まったユグドラシルだけが残されていた。
「これは・・・神樹に血の呪いがかかっているのか・・・。」
美しい神樹は、見るも無残に枯れ果てていた。そして血のように赤く染まり、おぞましい瘴気を発散していた。
「おのれ・・・セトはどこへ行った?それにアリアンはどうなったのだ!」
ホルスは血塗られた神樹に飛び乗り、キョロキョロと辺りを探した。すると足元に違和感を覚えて、慌てて飛びのいた。
「なんだ・・・今の感触は・・・?」
さっきまで立っていた場所を見つめると、そこにはアリアンロッドとコウが埋まっていた。
血の呪いのせいで石のように硬くなり、目を閉じてぐったりとしていた。
「アリアン!おのれセト!姿を見せい!」
ホルスは翼を広げ、杖を掲げて光を放つ。その光は円を描いて波状に広がっていき、その場に存在する全ての命の影を映し出した。
すると・・・ユグドラシルの後ろに、巨大なセトの影が現れた。
「こ、これは・・・・。」
ホルスは思わず宙に舞い上がる。先ほど放った円の光は、その者の本当の姿を映す光であった。あの光を受けてセトの影が出来るということは、セトとユグドラシルが同化しているという証だった。
「なんということだ・・・。これではセトを倒しようがなくなる・・・。」
ホルスは知っていた。邪神を倒す為には、ユグドラシルの力が不可欠であると。それゆえに、この神樹は何としても守らなければならなかった。
いくらセトが同化しているとはいえ、そう簡単に傷つけることは出来ないのだ。
「ぐぬう・・・セトめ!相変わらず狡猾な・・・。しかもアリアンまで巻き込みおって・・・。」
ホルスは悔しさのあまり顔をゆがめる。こうなってはどうにも手を出すことは出来ない。
しかしこのまま放っておけば、セトはさらに悪さをするに違いなかった。
「いったいどうしたらいいのだ!これでは手の出しようがないではないか!」
悔しさと怒りで拳を握り、杖から眩い光を放つ。しかしその光を受けても、血塗られた神樹はビクともしなかった。
「おのれ・・・余の光をもってしてもどうにもならんか・・・。かくなる上は、ユグドラシルを破壊してでもアリアンを助けるしか・・・・。」
ホルスは杖を構え、天に向けて振り上げた。杖に太陽の光が集まり、破邪の力へと変わっていく。
「この星のユグドラシルは滅びるが・・・仕方あるまい。いくぞセト!我が光を食らえ!」
しかしその時、誰かがホルスの前に立ちはだかった。
「落ち着きなされい、ホルス様。」
「トート・・・・。」
「早まってはなりません。もしユグドラシルを壊したりしたら、それこそ邪神の思うツボですぞ?」
トキの顔に人の身体をした神が、ホルスを宥める。
「ホルス様、ここは私に考えがあります。どうか杖を収めて下さい。」
「おお!さすがは知恵の神トートだ。して、どのような考えがあるのだ?」
「今のセトはユグドラシルと同化しております。ゆえに奴を討つ為には、ユグドラシルから分離させる必要がありますな?」
「うむ。セトだけではなく、アリアンとあの妖精も分離させなばならん。」
「ならば良い考えがあります。ユグドラシルを、スフィンクスに飲み込ませましょう。」
「なに?スフィンクスに飲み込ませるだと?」
ホルスは驚いて聞き返した。
「スフィンクスは、飲み込んだものを体内に閉じ込める力があります。ということは、スフィンクスの体内なら、ユグドラシルを破壊しても問題ないということです。奴の腹の中では、天国にも地獄にも行けずに閉じ込められますからな。」
「うむ、確かにその通りだ。」
「ですから、まずはスフィンクスにユグドラシルを飲み込ませます。そしてホルス様にも奴の体内に入って頂き、ユグドラシルを破壊して頂きたいのです。そうすればユグドラシルと同化した者たちを分離させることが出来るでしょう。ここで気をつけねばならないのは、なるべくアリアンロッド達を傷つけないようにするということですが、ホルス様なら心配ないでしょう。」
「もちろんだ!彼女たちを傷つけずにユグドラシルを破壊してみせる!しかし・・・その後はどうすればいいのだ?」
「その後は、アリアンロッド殿とコウ殿を連れて外に出てきて頂きます。そして・・・ユグドラシルの根っこも一緒に持って来て頂きたい。根っこさえあれば、あの神樹はやがて復活を遂げるでしょう。」
「ふむふむ・・・根っこも持って出て来ると・・・。」
ホルスは几帳面にメモを取る。そして「セトはどうする?」と尋ねた。
「セトはそのままスフィンクスの体内に置き去りにするのです。後で私が術をかけて封印しましょう。そうすれば、しばらくの間は外に出て来ることはできないはずです。」
「なるほど、スフィンクスの腹の中にセトを閉じ込めるというのだな?」
「その通りでございます。」
「実に良い作戦だ。しかし、そんなことをして本当にアリアン達は大丈夫なのだろうか・・・?」
ホルスは不安そうに目を細めた。
「絶対に無事とは保証出来ませんな。しかしこれ意外に良い方法が思いつかないのです。」
「・・・そうだな。余もこれといって他に方法が思いつかない。ならば・・・やってみるしかないか。」
ホルスは高く舞い上がり、遥か遠くまで行ったスフィンクスを見つめた。
「奴をこっちに引き戻さねばな。」
そう呟くと、「ならば私が」とアヌビスが申し出た。
「奴めの注意を引き、こちらにおびき寄せます。」
「うむ、頼んだぞ。」
アヌビスは膝をついて頭を下げ、スフィンクスの方に走って行った。
「さて・・・あとはスフィンクスがこちらに来るのを待つだけだな。」
しかしそうは簡単にいかなかった。ユグドラシルと同化したセトは、再びフンコロガシとミイラの大群を呼び出して襲いかかって来た。
「向こうも大人しくしているつもりはないらしいな。皆の者よ!スフィンクスがこちらに来るまで、セトを抑え込むのだ!」
ホルスは杖を掲げて光を放った。その光を受けた神々は、太陽の力を得てパワーアップした。
「おお、我が息子よ!それでこそ神々の王だ。」
「当然ですわ。この私が育てたんですもの。」
「父上、母上、無理はなさらないで下さい。余が先頭に立ちますから、後方で援護を。」
「何を言うか。こんな時に大人しくしていられるものか。私は先代の王なのだぞ。」
「私たちは息子に心配されるほど、落ちぶれていませんわよ。そおれ!」
イシスは再びイナゴを放ち、フンコロガシを迎え撃つ。オシリスも魔術で雑草を茂らせ、ミイラの動きを封じていった。
「では私めも。」
トートは手にした魔術書を開き、ブツブツと呪文を唱えた。すると地面に幾何学模様が広がっていき、それに触れたミイラは石に変わっていった。
「皆の者!セトは無尽蔵に化け物を呼び出して来るぞ!スフィンクスが戻るまで、何とか持ちこたえるのだ!」
神々から雄叫びが上がり、ホルスを先頭に敵に突撃していく。セトはそれを迎え撃つかのように、次々に化け物を召喚して襲いかかって来た。
戦いは熾烈を極め、一進一退の攻防が続く。そして・・・その勢いは徐々にセトに傾きつつあった。
敵の力は一匹一匹は大したことはないが、無尽蔵に湧いて出て来る。倒しても倒してもキリがなく、神々の力はだんだんと削られていった。
「早く・・・早くスフィンクスを連れて来い、アヌビス!」
ホルスは杖を振りかざし、光を放ってアンデッドたちを葬っていった。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第七話 エジプトの神々の王ホルス(1)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:24

アリアンロッドは悩んでいた。
潮風に髪をなびかせながら、憂いのある瞳で海を見つめていた。
「ユミルは・・・やはり死んだのだろうな・・・。」
船の先頭に立ちながら、ユミルが散った海を振り向いた。隣に立っていたスカアハは慰めるように肩を叩き、アリアンロッドの横顔を見つめる。
「ユミルは・・・死んだ・・・。しかし我らは生きている・・・。ならば役目を全うせねばなるまい?」
「そんなことは分かっている!だからこうして・・・エジプトを目指しているのではないか。」
アリアンロッドは後ろを振り返り、大きな機関砲を見つめた。
「この船はインドまで行くというから、そこから先は陸路で行けるだろう。」
今彼女たちが乗っている船は、アメリカの護衛艦だった。
「立派なものだな。私たちの知らぬ間に、人間の世はかなり変わってしまったようだ。」
「・・・この船の艦長には感謝せねばな。戦に向かう道中であるというのに、わざわざ我らを乗せてくれたのだから。」
ユミルと別れたあと、アリアンロッド達は船を求めて海へ向かった。するとたまたま通りかかった軍艦を見つけ、虹のアーチを伸ばしてこの船に乗り込んだのだった。
船員達はみな驚いた顔をしていたが、事情を説明するとすんなり理解してくれた。今やこの地球では空想と現実の境目が無くなりつつあるので、現実では考えられないような異常事態が多発していた。この船の艦長はアリアンロッドの話を信じ、インドに向かうまでなら乗ってもいいと言ってくれたのだった。
「こんなに簡単に乗せてくれるとは思わなかったから、なんだか拍子抜けだな。」
アリアンロッドは腕を組み、大きな船体を睨んだ。
「おそらく・・・この船の者たちは護衛が欲しかったのだろう・・・。」
「護衛?」
「艦長が言っていたではないか・・・。アメリカを出てここへ来るまでに、仲間の船が怪物によって沈められたと。」
「ああ、そう言っていたな。だが無理もない。人間の兵器では悪魔や魔王に太刀打ち出来んからな。」
「ゆえに・・・私たちを乗せたのだ・・・。もし化け物が襲ってきたら、我らの力をアテにしているのだろう。」
「なるほど・・・・。しかし私とお前がいれば、並大抵の魔物では相手にならん。それにコウだって力を取り戻したのだし、この船を守ることくらい造作もなかろう。」
「・・・・・・・・。」
「そう何度もアーリマン級の魔王が出て来るとは思えないし、危険な旅にはならないはずだ。
お前もそう思うだろう、スカアハ?」
そう尋ねると、スカアハは申し訳なさそうに首を振った。
「アリアンよ・・・悪いがこの先は一緒には行けない・・・。」
「なぜだ!今は何がなんでもユグドラシルを目指さなければならないのだぞ?」
「ああ・・・しかし私には私の役目がある・・・。ワダツミとお前達との連絡役という役目がな・・・。」
「ああ!・・・そういえば・・・・。」
「邪神はいつ動き出すかも分からん。もし何かあった場合は、すぐにでも知らせよう。」
「そうだな。コスモリングに念を送ってくれれば、お前の声が届くはずだ。」
「うむ。・・・ユグドラシルへの旅・・・無事を祈っている・・・。」
スカアハは船の穂先に立ち、邪神の眠る海を睨んだ。
「もうすぐ沖縄か・・・。ではそろそろ行かねばならぬ。これ以上ワダツミと博臣を放っておくわけにはいかんからな・・・・。」
「ああ、お前も気をつけてな。」
「うむ。・・・コウによろしく言っておいてくれ。」
スカアハは手を振り、水泳選手のように華麗な飛びこみを決めて泳いでいった。
「相変わらず逞しい奴だ。」
スカアハを見送ったアリアンロッドは、コウのいる船内に向かった。彼は食堂で船員たちに囲まれているはずで、特に女性の隊員に気に入られていた。
「コウの奴・・・かなりの女たらしかもしれんな。本人にその自覚がないところが、また罪作りな男だが。」
小さく笑いながら食堂へ向かっていると、若い船員とすれ違った。
「やあ、アリアン。」
まだ若干幼さが残る青年は、はにかみながら手を挙げた。
「どうだい、人間の船は?まあ軍艦だから居心地は悪いかもしれないけど。」
「いや、そんなことはない。私が知っている時代の船からすれば、驚くほどの進歩だ。」
「でも男臭い場所だろ?いくら神様とはいえ、女性には辛い場所なんじゃないかと思ってさ。」
「まさか。船に乗せてもらっているだけでもありがたいのに、そんな事を思うはずがないだろう?それに私の友人には戦の神がいるのだ。彼に比べれば、この船の人間が全員紳士に見えるほどだ。」
アリアンロッドはクー・フーリンの顔を思い浮かべ、肩を竦めて笑った。
「あの・・・その戦の神ってのは、もしかして君の恋人かい?」
若い船員は歯切れの悪い口調で尋ねた。
「ははは!クーが私の恋人か。そうなったら面白いかもしれんな。毎日斬り合いの喧嘩で身がもたなくなるだろう。」
「じゃ、じゃあ・・・ただの友達?」
「もちろんだ。奴とは付き合いが長いから、今さらそんな目で見ることは出来ない。私にとっては家族も同然だからな。」
「そうか・・・。じゃあ・・・今はフリーかい?」
「フリー?何がだ?」
「いや・・・だからその・・・誰も付き合っている人がいないのかなと思って・・・。」
「ふふふ、そんなに私の事が知りたいのであれば、ケルト神話を読むといい。先ほど口にした戦の神の事も書いてあるぞ。」
そう言って笑いながら肩を叩き、若い船員の横を通り抜けて行く。
「あ!ちょっと待って!」
「ん?どうした?」
「あの・・・・僕の名前はウィルっていうんだ。まだ階級は低いし、大した仕事も出来ないけど・・・よかったら覚えていてほしい。」
「そうか。なら覚えておこう。」
「ああ・・・うん・・・。それじゃ。」
ウィルは赤面しながら手を振り、足早に去って行った。
「ふふふ、ウブな青年だ。」
アリアンロッドはウィルの背中を見送り、コウの待つ食堂へと向かって行った。
すると案の定、女性の隊員に囲まれて質問責めにされていた。
「ねえ、妖精ってどんな感じ?」
「見た目は人間と変わらないのね。まだ若いけど付き合ってる子とかいるの?」
「ちょっと、あんたさっきから近づきすぎよ。怖がってるじゃない。」
「・・・・・・・・・・・。」
コウは苦笑いを見せながら困り果てていた。アリアンロッドは笑いながら近づき、「大変だな」と肩を叩く。
「おお!アリアン!助けてくれ。さっきから質問責めにあって困ってるんだよ。」
「いいじゃないか。船に乗せてもらっているのだから、質問くらい答えたらいいだろう。」
「もう答えてるよ。でも何回も同じ事を聞いてくるんだぜ、こいつら。」
コウはうっとうしそうに周りの女性を指さす。
「だって可愛いんだもん!」
「妖精なんてほんとにいると思わなかったし。」
「ほら、さっきからずっとこんな具合だ。もういい加減疲れたよ。」
コウは大きくため息をつき、ガックリと項垂れる。すると突然艦内に警報が鳴り、船員達は慌てて自分の持ち場へと走っていった。
「なんだ・・・何かあったのか?」
「だろうな。私たちも外へ出てみよう。」
コウとアリアンロッドは並んで走り出す。しかし後ろから「待ってくれ!」と言われて振り返った。
「おお、艦長じゃん。どうしたのさ、そんなに慌てて。」
彫りの深い顔をした精悍な男が、二人の部下を引き連れて歩いて来た。
「実は先ほどからレーダーに正体不明の物体が映っているんだ。それも猛スピードでこちらに向かっている。」
「正体不明の物体?」
「ああ、航空機でもミサイルでもない。しかしあのスピードは絶対に鳥ではないし・・・。」
「ということは・・・・魔物か?」
「分からない。もちろん迎撃の準備はしてあるが、もし魔物だとしたら、私たちの武器は役に立たない。だから・・・ここは君たちに期待したい。もし謎の物体が敵であったなら、それを撃破してほしいのだが・・・。」
「もちろんだ。私たちもこの船が沈められては困るからな。もし敵の襲来だとしたら、必ず倒してみせる!」
「そう言ってもらえると心強い。しかしもう一人の女神の姿が見えないが、いったいどこに行ったんだ?」
「スカアハなら自分の役目に戻った。ずっとここにはいられないのでな。」
「そうか・・・。」
「心配するな。私一人とて並大抵の奴には負けはせん。必ずこの船を守ってみせる。」
「・・・頼む。では私はこれで・・・。」
艦長は踵を返して去って行った。食堂にはアリアンロッドとコウだけが残された。
「なんかやっかいな事になりそうな予感がするな・・・。」
「もし敵が接近しているのなら、この船を守らねばならん。その時はコウ、お前が頼りだ。」
「なんで?」
「レーダーとやらに映るということは、敵は空を飛んでいるのだろう?私は空を飛べないから、お前が正面から戦うことになるだろう。」
「なるほど。いいさ、任しといてくれ!パワーアップした俺の力でぶっ飛ばしてやるぜ!」
二人は船の外に向かい、空を見渡した。
「・・・・確かに何かが迫って来る気配を感じるな。しかし敵意はないようだが・・・。」
アリアンロッドは剣に手を掛けて東の空を眺める。すると鳥の影のようなものがこちらに接近していた。
「あれか!」
鳥の影は猛スピードで迫り、戦艦から発射されたミサイルをあっさり蹴り落としていた。
「やはり何かの魔物らしいな・・・。コウ!頼むぞ!」
「おう!」
コウは羽を広げて空に舞い上がり、迫り来る影に向かっていった。
「誰だか知らないけど、パワーアップした俺を舐めるなよ!」
羽を振動させて空気を揺さぶり、小さな竜巻を放った。空気の渦が槍のように鳥の影に襲いかかるが、あっさりとかわされてこちらに突っ込んで来た。
「やるな・・・。接近して戦おうってのか?」
コウも敵に向かって突っ込んでいく。空気を切って速度を増し、すれ違いざまに羽で斬りつけてやろうと思った。
「・・・あれは・・・鳥人間か・・・?いや、でもこの気配は魔物じゃなくて神様のものだ。」
猛禽の頭に人の身体、そして腕は翼になっている。身体じゅうに金や宝石をジャラジャラと着けていて、足には鋭い爪を持っていた。
「見た目は恐ろしいけど、まったく敵意を感じないな・・・。」
コウは空中で静止して、鳥人間に呼びかけた。
「おい!お前は何者だ?」
すると鳥人間はコウの手前で止まり、鋭い眼光を向けて答えた。
「我ハカルラトイウ者ダ。仏法二使エル神ナリ。」
「カルラ・・・?仏法って仏教の事か?」
「イカニモ。我ハクー・フーリン殿ノ仲間ヲ探シテココヘ来タ次第デアル。」
「クー・フーリンだって!あんたクーの事を知ってんのか?」
「我ラ日本ノ神々ハ、邪神二戦イ挑ム為二出雲二集結シテイタ。ソコヘクー・フーリント名乗ル異国ノ神ガ現レタノダ。ミヅキトイウ人間ノ娘ト一緒二ナ。」
「ミヅキとクー・フーリンが・・・・。」
「汝ハ人間ノ肉体二、妖精ノ魂ヲ持ッテイルヨウダ。ナラバミヅキ殿ノ言ッテイタ『コウ』トイウ妖精ト見受ケルガ、如何二?」
「ああ、俺がコウだよ。」
「デハアリアンロッドトイウ神モ近ク二イルナ?」
「いるいる、あそこの船の上に。」
コウが指を差すと、カルラは「確カ二・・・」と頷いた。
「でもあんた・・・よく俺たちを見つけられたな?」
「我ニハコノ自慢ノ目ガアルカラナ。ココニオ主達ガイル様ナ気ガシタノダ。」
「いるような気がしたって・・・それじゃただの勘じゃないか・・・。」
「見ツカレバ同ジ事ダ。」
そう言って偉そうにふんぞり返る。
「まあ何でもいいや。とにかく敵じゃなくてよかった。あんたの方にも色々と事情がありそうだから、詳しく聞かせてくれよ。」
「ウム。是非話ヲ聞イテモラオウ。」
コウとカルラはアリアンロッドが待つ船の甲板に降り立った。
「アリアン、安心しろ。敵じゃなかったよ。」
「そうか。何やら話し込んでいたから、敵ではないのだろうと思っていたが。」
「こっちの鳥人間は、カルラっていう神様らしいんだ。」
「カルラ・・・。おお!仏法の守護者だな。では我々と同じ善き神ではないか。」
「このカルラさんがさ、クー・フーリンとミヅキの事を知ってたんだよ。それで俺たちを探してここまで飛んで来たらいんだけど・・・・。」
「なんと!クー達と会ったというのか?」
「まあ詳しい事は分からないけど、それをこれから話そうとしているみたいだから、ここへ連れて来たんだ。」
そう説明すると、カルラは前に出てアリアンロッドを見つめた。
「我ハカルラ。仏法ノ神ノ一人ナリ。オ主達二手ヲ貸ス為、出雲トリ飛ンデ来タ。」
「私たちに手を貸す?」
「ウム。実ハ日本ノ神々ハ邪神ヲ倒スベク・・・・・、」
カルラは事情を説明しようとした。しかしコウに「待って」と遮られ、「ムム?」と唸った。
「船の人たちが心不安そうに見てる・・・。」
銃を構えた船員が、息を飲んでカルラを見つめていた。



            *



船内の食堂は、多くの船員で埋まっていた。艦長にウィル、それにコウをからかっていた女性の船員達もいた。
アリアンロッドとコウは、テーブルを挟んでカルラと向かい合っていた。そしてカルラの口から詳しい事情を聞き、そちらの用が終わり次第、すぐに手を貸してほしいと言われた。
「・・・カルラ殿。お話はよく分かった。まさか日本の神々が、総力を挙げて邪神に戦いを挑もうとしているとは・・・。」
「光ノ壁ハ、我ガ国二近イ場所二アル。ナラバ我ラガ戦ワズシテ何トスル?」
「確かに・・・・。しかし敵は強大だ。スサノオ殿の作戦は素晴らしいと思うが、そう上手くいくとも思えない。ここは一刻も早くユグドラシルに辿り着き、ラシルへ戻る必要がある。
そして向こうの仲間と連携して、邪神を空想の深海に閉じ込めなければならんな。」
アリアンロッドは立ち上がり、剣に手を掛けて皆を見渡した。
「この船の方々よ。私たちはカルラ殿にエジプトまで運んで頂く。ここまでの道中、世話になった。」
そう言って深く頭を下げると、艦長から「待ってくれ」と言われた。
「いきなりそんな事を言われても困るな。この船はなんとしてもインドまで行かなければならない。向こうでは私たちの仲間が奮戦しているのだからな。」
「インドでか?」
「ああ。今や世界じゅうで異常事態が起きている。特にインドでは多くの魔物が出現して暴れている。もしあれを放っておけば、世界中に散らばって暴虐の限りを尽くすだろう。
だから何としてでも食い止めねばならんのだが・・・この艦隊は我が一隻だけになってしまった。日本からの基地を発ってから、魔物の襲撃を受けてほとんど壊滅してしまったからな。」
「その魔物というのは・・・・もしかして黒い塔の事か?」
「ああ、そうだ。あなた方が説明してくれた、あの黒い塔だ。あれは魔王だったのだろう?」
「アーリマンという強大な魔王だ。ユミルという私の友が、命を懸けて戦ってくれた。しかしまだアーリマンの気は残っている。完全に死んだわけではないのだろう・・・。」
アリアンロッドはユミルの事を思い出し、憂いのある顔をみせた。
「あの黒い塔の事も気になるが、今はインドまで行かなければならない。だから・・・ここであなた方に降りられては困るのだ。もしまたあの黒い塔のような化け物が現れたら、今度こそ我々は・・・・・。」
艦長は言いづらそうに口を噤んだ。部下を前にして、我々は死ぬとは言えなかった。
「艦長・・・あなたのお気持ちはよく分かる。しかしこのまま船に残っているわけにはいかないのだ。あまりモタモタしていると、それこそこの星は取り返しのつかない事になってしまう。
だから・・・・・どうか理解してほしい。」
アリアンロッドはもう一度頭を下げる。するとウィルが前に出てきて艦長に言った。
「艦長、アリアンを行かせてあげて下さい。彼女は俺たちよりもずっと重大な使命を負っている。だったらここで足止めするべきじゃない。」
「ウィル・・・。」
「アリアン。君は神様なんだろう?だったら俺たちに気を遣う必要はないよ。神様なら神様の役割を果たすべきだ。」
ウィルははにかみながら肩を竦める。周りから「半人前が偉そうに」と笑いが起きた。
「その・・・君が行ってしまうのは寂しいけど・・・仕方がない。まさか本物の女神に会えるだなんて思いもよらなかったし・・・だから・・・その・・・短い間だけど楽しかったよ。」
顔を赤くしながら笑い、また肩を竦めるウィル。すると艦長はギロリと彼を睨み、「若僧が偉そうに・・・」と肩を殴った。
「だが・・・お前の言うことにも一理ある。彼女には彼女の使命があるからな。そこでだ、一つ頼みがあるのだが。」
「なんだろうか?」
「もしあなたがエジプトまで着いたら、向こうの神々に掛けあってくれないか。インドに応援に来てくれと。」
「ああ、もちろんだ!向こうには私の知っている神もいるから、きっと力を貸してくれるはずだ。しかし・・・インドには強力な神が大勢いるはずだろう?どうしてそこまで苦戦する?」
「分からない・・・。しかし向こうの僧侶が言うには、インドの神々はある場所に出払っているというのだ。話の内容からすると、あなたが言っていた光の壁の事だろうと思う。」
「そうか・・・インドの神々はもう動いてくれているのか・・・。あそこには頼りになる神が大勢いるから心強い。」
「しかし人間の側は困っている。もしインドの神々がいてくれたなら、事はとうに治まっていたかもしれないのに。」
「そうだな・・・。ならば早くエジプトへ行って、向こうの神々に応援を頼まねばなるまい。
コウ、カルラ殿!早く出発しよう!一刻でも時間が惜しい。」
「分かってるよ。」
コウも立ち上がり、アリアンロッドの横に並んで手を振った。
「それじゃみんな、ここまでありがとうな。」
「コウ、またいつでも遊びに来てよ。ここじゃなくて私の家に。」
「あはは!こいつなんかほっといてうちにおいでよ。あんたと同じくらいの息子がいるから、きっといい友達になるわよ?」
女性の船員達は、キャッキャと騒ぎながらコウの頭を撫でまわす。
「アリアン。」
「おお、ウィル。短い間だが世話になったな。気をつけてインドまで行ってくれ。」
アリアンロッドは微笑みながら肩を叩いた。
「君も気をつけて。それと・・・今度絶対に読むよ、ケルト神話を。」
「ああ、是非読んでみてくれ。それではな。」
アリアンロッドはニコリと笑いかけ、踵を返して船から出て行った。
外は少し曇り始めていて、遠くの空で雷の音が響いていた。
「怪しい雲行きだな・・・。それに潮風の中に妙な臭いが混じっている。これは・・・魔物の臭いか?」
海から運ばれてくる臭いの中に、かすかに嫌な気配を感じた。
「敵・・・・か?いや、それともただの勘違いか?」
スンスンと潮風の香りを嗅いでいると、ポンと肩を叩かれた。
「どうした?何か気になることでもあるのか?」
コウが不思議そうに顔を覗き込んでくる。しかし「いいや、何でもない」と笑ってみせた。
《嫌な気配を一瞬だけ感じたが・・・ただの気のせいか・・・・。》
不安を心の中に押し込み、海を見渡すアリアンロッド。するとバサバサと音がしてカルラが飛んで来た。
「我ノ背中二乗ルガイイ。スグニエジプトマデ運ンデ行コウ。」
アリアンロッドとコウはカルラの背中に飛び乗り、見送りに来た船員に手を振った。
「じゃあね、コウ。気をつけて。」
「おう、あんたらもな。」
女性船員と手を振り合うコウ。そしてウィルもアリアンロッドに手を振った。
「アリアン。君の活躍に期待してるよ。必ずこの異常事態をおさめてくれ。」
「ああ、任せておけ。お前も戦場に赴くのだろう?無事を祈っているよ。」
「その・・・また会えるといいな。君に・・・・。」
「本を開けばいくらでも会えるさ。私はいつでもケルト神話にいるからな。本の向こうの、空想の世界に。だからお前も、現実の世界で良い人を見つけろ。」
「・・・ああ、そうするよ。本物の女神様には手が届きそうにないからね。」
ウィルは恥ずかしそうに笑いながら敬礼を送る。それを筆頭に他の船員達も敬礼で見送ってくれた。コウもマネをして敬礼を送り返し、女性船員から笑いが起きる。
「デハ・・・行クゾ!」
カルラは翼を広げて舞い上がり、風を切って飛んで行った。
「みな良い連中だったな。」
「だな。人間も捨てたもんじゃないぜ。」
カルラの背中で後ろを振り返り、小さくなった船を見つめる。すると船の後ろの海面が盛り上がり、女の顔に竜の身体を持った醜い化け物が現れた。その身体は黒曜石のような美しい鱗に覆われ、戦艦よりも一回り大きな巨体をしていた。
「あれは・・・・ティアマット!」
アリアンロッドは立ち上がって叫んだ。
ティアマットは水かきの付いた手で海を掻き回し、巨大な渦を造り出した。戦艦はその渦に飲み込まれ、蟻地獄に落ちて行くように沈んでいった。それはティアマットが現れてから、ほんの一瞬の出来事だった。
アリアンロッドもコウも、呆気に取られてその光景を見つめていた。
「な・・・なんだ・・・。何でいきなりこんなことに!」
我に返ったアリアンロッドは、カルラに向かって叫んだ。
「すぐにあの船へ戻ってくれ!船員を助け出す!」
しかしカルラは「無駄ダ」と首を振った。
「モウ遅イ。アノ巨大ナ渦二飲ミ込マレタノダ。助ケル術ハナイ。」
「しかしッ・・・・・。」
「可哀想ダガ仕方ガナイ。ソレ二アソコヘ戻レバ、ティアマットト戦ウ事二ナルゾ?我ラガ力ヲ合ワセレバ勝テナイ相手デハナイガ、今ハ無駄ナ戦イヲシテイル時デハ無カロウ?」
「・・・・・・・・・・・。」
ユミルに続き、またもや何も出来ずに命が失われていった。アリアンロッドは悔しさのあまり、握った拳から血を流し、ただティアマットを睨んでいるしかなかった。
「アリアン・・・辛いのは俺も一緒さ。でも・・・今はとにかくユグドラシルへ向かわないと。モタモタしてたら、もっと大勢の人が死んじゃうぜ?」
コウはそっと手を握り、落ち着かせるように微笑みかけた。
「・・・・そうだな。今は・・・私情に駆られている時ではないな。」
アリアンロッドは自分の気持ちを落ち着かせ、カルラの背中に座りなおした。
船を沈めたティアマットは、一瞬だけこちらを睨み、また海へと潜っていった。曇った空からは雨が降り出し、何事もなかったかのように海は静けさを取り戻す。
アリアンロッドとコウは悲しみを胸の中にしまい込み、心の中で船員たちに敬礼を送った。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第六話 集結!日本の神々(3)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:48
虚無の闇に光が射していた。
毘沙門天はその光を見上げ、顔をほころばせて尋ねた。
「アマテラス殿。戦の禊が終わられたのですな。」
虚無の闇の穴には、光り輝く女神が立っていた。金色に煌めく和風のドレスを身に着け、透き通る絹の羽衣を纏っていた。
艶やかな黒髪は真珠のように美しく、温和で優しそうな顔をしていた。アマテラスは愛嬌のある目を輝かせ、拝みたくなるほどの美貌で微笑んだ。
「先ほど私の元へやって来た娘だが、無事に呪いを解いたぞ。もう心配いらぬ。」
そう言いながら闇の中に降りて来て、ニコリとクー・フーリンに笑いかけた。
「ミヅキは・・・助かったのか・・・?」
「私の術で呪いを解いた。もう何の心配もいらぬぞ。ほれ、そこに来ている。」
アマテラスは地上の穴に手を向ける。するとそこには、心配そうにこちらを見つめるミヅキがいた。
「クー。大丈夫?また顎が割れてるけど・・・・。」
「それはこっちのセリフだ。お前こそ大丈夫なのか?」
「まあね、ちゃんと治してもらったから平気!」
ミヅキはドンと胸を叩いて笑った。
「でもあんたが私のことを心配してくれるなんて・・・ちょっと驚きだわ。戦いしか興味がないと思ってたのに。」
「い、いや・・・・別に心配したわけじゃ・・・。」
「あ、それツンデレ?」
「ツンデレ?なんか知らんが、俺はお前の心配などしていない。ええい!この鬼神ども、いつまでひっついてやがる!さっさと離れろ!」
槍を振って鬼神を追い払い、不機嫌そうに唇を尖らせるクー・フーリン。しかしそのぶっちょう面とは裏腹に、内心ではホッとしていた。
「おいクトゥルー。ミヅキは無事だったから、一応お前のことは許してやる。感謝しろよ。」
「ほんどに悪かっただなあ。オラ反省してるからよ。」
クトゥルーもホッと胸をなで下ろす。そしてアマテラスの方に近づいていった。
「貴様!それ以上近づくな!」
鬼神達がアマテラスを守るように立ちはだかる。
「そんな悪者扱いしねえでくれよ。オラはちょっとその人と話したいだけなんだあ。」
「ならん!この御方はお前のような者がやすやすと話しかけられる方ではないのだ!」
鬼神の王、アタバクが怖い顔で睨みつける。クトゥルーは「ひどいだ・・・」と項垂れ、シュンと萎れてしまった。
するとアマテラスは、「よいのだ、道を開けておくれ」と微笑んだ。
「いや、しかし・・・・こんなタコの化け物ですから、いったい何をしでかすか・・・。」
「その心配はない。その者は私の旧友なのだ。のう、クトゥルー?」
「こ、このタコが・・・・アマテラス殿の旧友・・・?」
鬼神達はどよどよとざわめきだし、毘沙門天が「鎮まれい!」と一喝した。
「もしもの時は、我らがお守りすればいいだけ。さ、さ、アマテラス殿、どうぞ。」
毘沙門天は頬を赤くしながら手を向ける。
「何よあのいかついおっさん・・・。デレデレしちゃって・・・。」
ミヅキが嫌味を飛ばすと、毘沙門天は「うおっほん!」咳払いをして誤魔化した。
「クトゥルー、よく戻って来たな。空想の深海はどうであった?」
「ああ・・・アマテラス・・・。オラのたった一人の友達・・・。ふうう・・・またこうやって会える日が来るなんて・・・・オラ、生きてていがったあ・・・・。」
クトゥルーの目からドバドバと涙が溢れ、フルフルと身体を震わせていた。
「昔・・・お主は皆から嫌われておったからなあ。せめてもう少し他人の気持ちを考えられる心を持っていれば、あそこまで嫌われることはなかったろうに・・・。」
「・・・んだ。俺は一番の嫌われ者だった。宇宙から来た神だから、村八分にされたこともあっただ。だども・・・オメさんだけは優しく接してくれだなあ。ありがとなあ・・・。」
「私は知っておったからな。お主は見た目はアレだが、中身は良い奴だと。しかしこの私ですら、ちょっとウザいと思うことはあったぞ。どうだ、その独りよがりな性格は直ったか?」
そう尋ねると、クトゥルーはミヅキを見上げて答えた。
「うんにゃ、あんまり直ってねえだ。さっきも、あそこの娘っこを棘で刺しちまっただ。オラはただ友達が欲しかっただけなのに、ひでえ事しちまった。・・・悪かったな。」
「いいよ別に。こうやって治ったんだから。」
ミヅキはニコリと笑って手を振る。
「オラは・・・ずっとずっと空想の深海にいたんだあ。あそこはすんごく綺麗な海でな。
空想の全てが詰まってる場所なんだ。」
「空想の・・・全て?」
ミヅキは髪を揺らして首を傾げる。
「んだ。あそこは・・・青緑の世界が広がる、すんごく綺麗な海なんだあ。そんでもって、そこには空想の全てが詰まってんだ。どういうことかっていうと、どんなことにも縛られない自由がある場所ってことだあ。何でも出来るけど、それとは反対に、何にも出来ない場所でもあるんだ。」
「・・・何でも出来るけど、何にも出来ない?意味分かんない。」
「空想の深海では、頭に描いたことはなんでも起こるんだあ。だども、それはすぐに海底に吸い込まれっから、消えてなくなっちまうんだ。そんで消えた空想がどこへ行くかっていうと、現実の世界にやって来るだ。そんでもって、現実の世界のルールに沿った形になって、この世界に現れるんだあ。」
「空想が・・・現実に吸い込まれる?」
「空想と現実は表裏一体っちゅうことだ。光の壁で交わらないようになってっけど、実はいつだって隣り合わせに存在する世界なんだあ。だから現実の世界のものだって、空想の世界に来ることがあるってわけさ。例えば・・・魂とが、想像力とが、そういう実体を持たないものならば、空想へ流れてくることがあるんだあ。」
「それ・・・コウから聞いた話と似てる。実体を持たないなら、この世界の人間でも空想の世界へ行けるって・・・。」
「互いの世界に影響さえ及ぼさねえなら、行き来は自由なんだべ。空想の深海では、空想の世界の力がより色濃く出るんだども、それはすぐに現実に持って行かれちまうわけだ。
だからオラは、ずっと一人ぼっちだったわけさ。いくら友達が欲しいって願っても、その友達が現れた途端に、現実に吸い込まれるがら。
それにあの場所から出るのも、こりゃまた難儀なことでなあ。いくら頑張っても、それはやっぱり現実の世界に持って行かれちまうんだ。」
「じゃあタコさんは、ずっと空想の深海って所に閉じ込められてたんだね?」
「んだ。もし虚無の闇がなければ、今でもあの場所にいだと思う。こればっかりは、アーリマンに感謝せねばなんね。」
「アーリマン?誰それ?」
「知らねえのけ?こんな虚無の闇を生み出させるのは、あいつしかいねえべ?そんでもって、あんなデッカイ魔王が出て来たなら、こっちの世界の者もすぐに気づくはずだと思うんだけど?」
クトゥルーが「見てないか?」と尋ねると、ミヅキは「知らない」と首を振った。
「変だなあ。あんなにデッカイ魔王なのに・・・・誰も見てないのけ?」
そう尋ねると、「あの塔のことだな?」とクー・フーリンが答えた。
「ここへ来る途中、とんでもなくデカイ黒い塔を見たんだ。おそらくあれがアーリマンなんだろう。」
すると毘沙門天は「なんと!」と鼻の穴を膨らませて驚いた。
「アーリマンといえば悪の王ではないか!そんな者がこの世界に来ているのか!」
「ああ、ここへ来る途中に、海に立っているのを見たんだ。周りには配下の魔王が飛んでいたな。」
「そんな・・・我らとしたことがまったく気づかないとは・・・・。」
鬼神達の顔は真っ青に血の気が引いていく。毘沙門天の横にいたアタバクが、「どうしますか?今から奴を討ちに行きますか?」と険しい顔をみせた。
「すぐにでもそうしたいところだが、そうなるとこちらの作戦に支障をきたす。かといって、アーリマンを放っておくわけにはイカンし・・・。」
う〜んと唸りながら、毘沙門天は眉を寄せた。するとクトゥルーは「心配いらね」と答えた。
「多分アーリマンは動けないでいるだ。そうでなければ、この闇はもっともっと広がってるはずでねえか?」
「確かに・・・・。悪の王たるアーリマンが暴れているのなら、今頃この国の半分は虚無の闇に飲み込まれているはずだ。もしかしたら何者かが、奴を食い止めているということか?」
重い沈黙が流れ、嫌な緊張感が漂う。立て続けに起こる非常事態に、神々さえも困惑していた。するとアマテラスが静寂を破るように「あ!」と叫んだ。
「もうじき我が弟が出て来るはずじゃ。見よ、私の髪がふわふわ立っておる。」
「むうう・・・ではスサノオ殿が戻られたら、すぐにでも作戦を実行致しましょう。アマテラス殿は我々と共に光の壁へ赴いて頂く。」
「分かっておる。そなた達の活躍、期待しておるぞ。」
「もちろんです。この身に代えても、アマテラス殿をお守りし、悪鬼どもを叩きつぶしてやりましょうぞ!」
毘沙門天は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに言った。
「またデレデレしてるし。神様ってツンデレが多いのかな?」
ミヅキは苦笑いしながら呟いた。しかしその瞬間、大きな地震が襲いかかってきた。
「きゃあ!」
バランスを崩して闇の中に落ちてしまうが、咄嗟にクー・フーリンが受け止めた。
「大丈夫か?」
「う、うん・・・ありがとう。でも今の地震は・・・、」
そう呟きかけた時、「ゴエエエエエエエエ!」とけたたましい叫びが響いた。
「何この声・・・・?」
ミズキは不安そうにクー・フーリンに抱きつく。
「俺はこの声を知っているぞ。これはヤマタノオロチの雄叫びだ。」
再び雄叫びが響き、グラグラと大地が揺れる。するとバキバキと地面が割れていき、参道の大木を次々に飲み込んでいった。
「いかん!このままここにいたら危ないぞ!皆の者、上へ上がるのだ!」
毘沙門天は慌てて叫び、ちゃっかりアマテラスを抱きかかえて飛び上がった。クー・フーリンもミヅキを抱えて飛び上がる。
「すごい・・・・地面がパックリ割れてる・・・・。」
出雲大社の参道は稲妻のように割れて、中から何かが迫って来る気配を感じた。
「おどれらあああ!死にたくなければ離れとけええええい!」
地割れの中から野太い声が響き、ビリビリと空気が震える。それはヤマタノオロチに負けないくらいの雄叫びで、皆は思わず後ずさった。
そして・・・・地割れの中から、アーリマンより一回り大きな化け物が姿を現した。
「ゴオオエエエエエエエ!」
その化け物は八つの頭を持つ規格外の大蛇で、紺色の鱗に包まれていた。そして蛇と龍が混ざったようないかつい顔をしていて、口から灼熱の炎を吹き上げていた。
「でけええええええ!」
ミヅキは目玉が飛び出るほど驚き、思わず失神しそうになった。
ヤマタノオロチが現れたせいで、出雲大社は一瞬にして粉砕されてしまった。周りで見ていた神々も、サッと飛びのいて離れていく。
「クー、これやばいよ!早く逃げよう!」
ミヅキはバシバシとクー・フーリンの頭を叩く。ヤマタノオロチが大きいことは予想していたが、まさかこれほどとは思わなかった。このままここにいれば、自分たちなど一瞬にしてぺちゃんこにされてしまう。
「早く逃げようって!あんな奴を仲間にするなんて無理よ!」
「バシバシ人の頭を叩くな!心配しなくても、ヤマタノオロチは暴れたり出来ない。よく見てみろ。」
クー・フーリンはビシッとヤマタノオロチを指さす。するとミヅキは「あああ!」とまた叫び声を上げた。
「身体じゅうに・・・ぶっとい鎖が巻きついてる・・・。しかもそれを引っ張ってるおっさんがいる・・・・。」
ヤマタノオロチは頑丈な鎖で縛りつけられていた。そしてその後ろには、鎖を握った屈強な巨人が立っていた。その大きさはヤマタノオロチの半分程度だが、まったく力負けをしていなかった。
赤い肌に筋骨隆々とした肉体。上半身は裸で、下は血の付いた白い布のズボンを穿いている。
その顔は精悍で迫力があり、渋い俳優のように彫りの深い顔立ちだった。頭はみずらを結っているが、メデューサのように激しく乱れている。
腰には銀に輝く剣を差していて、笑いながら鎖を引っ張っていた。
「このデカ蛇が!いい加減大人しくせい!」
「ゴオオオオオオオ!ぶっ殺す!今度こそお前をぶっ殺すうううう!」
ヤマタノオロチは天に向かって灼熱の炎を吹き上げ、怒りに狂っている。するとその後ろから二人の神が現れて、ササッとこちらに走って来た。
「毘沙門天!もう少し離れろ!」
それはボディビルダーのようにムキムキマッチョの神様だった。服装もボディビルダーのようにブーメランパンツ一枚で、頭に結ったみずらと完全にミスマッチしていた。
「なにあの変態・・・。こっちに来るよ・・・。」
ミヅキが怯えながら言うと、毘沙門天は「変態ではない。天津神のタヂカラオだ」と答えた。
「タヂカラオ、スサノオ殿は上手くやったのか?」
そう尋ねると、タヂカラオはなぜかボディビルのポーズを決めて喋り出す。
「取り押さえるのには成功したが、まだ怒りはやまない。あまりここにいると危険だ。すぐに離れた方がいい。」
そう言って大胸筋を強調し、ピクピク動かしている。
「やっぱ変態じゃん・・・。」
「変態ではない!筋肉美である!」
これでもかと筋肉を見せつけるタヂカラオにうんざりして、ミヅキは顔を逸らした。すると遅れてやって来たもう一人の神が、タヂカラオの頭の上に立って「憤怒!」と意味不明なことを叫んだ。
「おお、不動明王殿!身体じゅう痣だらけではないか。大丈夫か?」
不動明王と呼ばれた神は、「憤怒!」と叫んで剣を向けた。その顔は鬼のように猛々しく、髪は天を突くように尖っている。細身ながらも引きしまった筋肉質な身体をしていて、赤い法衣を身に纏っていた。
「憤怒!・・・・憤怒!」
「おお、そうですか・・・。それは御苦労でしたな。」
「今ので分かるんだ・・・。なんか神様って・・・変人ばっかり。」
そう呟くと、「誰が変人か!」と怒られてしまった。
「何よ、普通に喋れるんじゃん。」
「憤怒!」
「・・・ダメだ、この人・・・。」
コントのようなやり取りをしていると、ヤマタノオロチがこちらへ迫って来た。
「きゃああああ!早く逃げてえ〜!」
「だから人の頭を叩くな!ええい、スクナヒコナ!じっとしているわけにはいかんぞ!我らも戦うべきだ!」
「ううむ・・・しかしここはスサノオ様に任せておいた方がいいかもしれんな。下手に手を出せば、かえって迷惑に成りかねん。」
スクナヒコナの言葉に、アマテラスも頷いた。
「我が弟は力だけはあるからの。心配せずともよいだろう。いざとなれば、私が皆を守るから安心されよ。」
「ああ・・・さすがはアマテラス殿・・・。この毘沙門天、一生ついて行きますぞ!」
毘沙門天は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに頭を掻いた。
ヤマタノオロチはまだ暴れようとしていて、スサノオは力任せに取り押さえる。
「だから大人しくせい!お前も我らと共に光の壁へ向かうのだ!」
「誰がお前らに協力するものか!今日こそ全ての神々を食らい尽くしてやる!」
「・・・・ああ!食らうで思い出したわい!お前、何人か神と仏を飲み込んだだろう?
さっさと吐き出せ!」
スサノオは拳を握り、思い切りヤマタノオロチの腹を殴りつけた。
「ぐげええええええええ!」
「まだ吐き出さんか!ならもういっちょ!」
「どぶろおおおおおッ!」
強烈なパンチを二発もくらい、ヤマタノオロチの腹はへこんだ。そして口を開けて飲み込んだ神や仏を吐き出した。
「オロオロロオオ・・・・・・。」
「うわあ・・・・汚ったなあ〜・・・。」
ミヅキは顔をしかめて鼻をつまむ。ヤマタノオロチから吐き出された神と仏たちは、ドロドロに汚れながら「ちくしょう!」と怒っていた。
「ヒノカグツチに愛染明王、薬師如来に阿弥陀如来に摩利支天・・・。ええっと、オオクニヌシやタケミナカタもいるな・・・・。ああ!貴様、我が兄、ツクヨミまで飲み込んでいたのか?」
「ぐふう・・・・せっかく食った連中を吐き出してしまった・・・・。」
「おいコラ!これで全部だろうな!まだ腹に残ってるんじゃないのか?」
「もういない・・・。」
「嘘つけ!もっと食ってただろうが!」
「・・・・消化された・・・。何人かは残っていると思うが・・・。」
「消化・・・・。ああああ、お前って奴は、なんてことしやがるんだ!とりあえず残ってる奴らを吐け!」
「ぐぼうッ!」
ヤマタノオロチの中から、消化を免れた神や仏が出て来る。
「ええっと・・・ひいふうみいよう・・・、うん、まあこんなもんだろ。おい、これ以上暴れるなよ?今度暴れたらその首斬り落とすぞ!」
「むうう・・・おのれスサノオ・・・。許すまじ・・・・。」
ヤマタノオロチはまだ怒っていたが、とりあえずは観念したようだった。スサノオは腰に着けていた手ぬぐいを外し、「胃液を拭いとけ」と神や仏に放り投げた。そして鎖を握ったまま、ズカズカと歩いて来てアマテラスを見下ろした。
「姉上、ヤマタノオロチの捕獲、終わりました。」
「うむ、大義であった。他の者は無事かえ?」
「何人かは消化されたようです。ですがまあ・・・時間が経てば復活するでしょう。皆力のある神ですから。」
「そうだな。それでは光の壁に向かおう・・・・・と言いたいところだが、地上でも色々と厄介なことが起こってな。」
「ほほう・・・厄介なことですか?して、どんなことが?」
「うむ、そっちに厄介事の一つが控えておるぞ。」
アマテラスは微笑みながらクトゥルーに手を向けた。
「おお!お前は大昔にタコ殴りにしたタコではないか!」
「・・・・・・・・・・・・。」
スサノオはズカズカと近づき、グリグリと頭を撫でまわした。
「元気そうで何よりだ。しかし・・・お前は空想の深海にいるはずでは?」
「・・・・・・・・・・。」
クトゥルーはスサノオから目を逸らし、ブルブルと震えていた。
「これこれ、怖がっているではないか。一番いじめていたのはお前だから、きっとトラウマになっているのだろう。」
「そうだったか?そんなにいじめた覚えはないが・・・。」
「いじめた側は忘れても、いじめられた側は覚えているものだ。なあクトゥルー?」
「・・・・・・・・・・。」
クトゥルーはすっかり意気消沈し、触腕で顔を隠して俯いた。
「はははは!そう怖がるな。あの時はお前が悪さをしていたから懲らしめただけだ。今は何もせんわい!」
「・・・ほんとけ?」
「ああ、悪ささえしなければな。それよりお前・・・どうやってあそこから出て来た?空想の深海からは抜け出せないはずだが?」
「それは・・・ちょっと事情があったんだあ・・・。実はアーリマンが・・・・、」
クトゥルーはビクビクしながら説明していった。スサノオは神妙な顔で聞いていて、「ほほう」と唸って虚無の闇の穴を見つめた。
「虚無の闇がなあ・・・・。それで、アーリマンはどうなった?」
「知らね・・・。虚無の闇の広がりは急に止まったがら、何かあったんでねえか?」
「そうか・・・。まあいい。もし出会ったらタコ殴りにしてやる、はははは!」
「あんた・・・・やっぱ怖いべ・・・・・。」
「そうビビるな。お前のおかげでいいことを思いついたぞ。姉上、虚無の闇は利用できますぞ。
これを使えば、邪神を空想の深海に閉じ込めることが出来るかもしれません。」
「邪神をか・・・・?」
「そうです。正直なところ、あいつを完全に殺すのは難しい・・・。特に神や悪魔に対しては、無敵の力を発揮しますからな。」
「それは分かっておる。だからこそヤマタノオロチを呼び出したのだろう?邪神の持つ神器は神や悪魔にしか効かぬからな。」
「さよう。しかし龍や聖獣の力で邪神を倒すのは難しいと思われる。あやつは頭が回りますから、物の怪がトドメを刺すのは無理でしょう。
ならばヤマタノオロチの力を使って、邪神を虚無の闇に追い詰めればいい。あとはそこのタコの力を使って、空想の深海に押し込めるのです。いかかでしょうか?」
アマテラスは「う〜ん」と唸り、オモイカネの方を見つめた。
「こういう話はオモイカネの方が得意だろう?どうだ?お主はこの案に賛成か?」
いきなり話を振られたオモイカネは、「むむう・・・」と困惑した。
「有効な手段ではあると思いますが、そう上手くいきますかな?邪神は異星の神ですから、こちらの常識を越えた力を持っているかもしれません。だからもし失敗すると・・・・ただ邪神を取り逃がすだけに終わる可能性が・・・・。」
オモイカネは慎重に言葉を選ぶ。賛成でもなければ反対でもないが、どちらかというと乗り気ではないようだった。
「お前は相変わらず心配性だな。そんな事を言っていたら何も解決せんだろう。」
「い、いや・・・ははは、なんとも・・・・。」
スサノオに睨まれ、ペコペコと恐縮するオモイカネ。そして次に話を振られたのはスクナヒコナだった。
「おいスクナヒコナ。お前はどう思う?俺の案、悪くないよな?」
怖い顔でギロリと睨みつけ、ノーとは言わせない圧力を掛けてくる。しかしそんなものにビビるスクナヒコナではなかった。身体は小さくても、心は大きくて強かった。
「正直に申しますと、我もオモイカネと同意見ですな。」
「なんだ・・・お前もか?いい案だと思うんだがなあ・・・・。」
「まあまあ、最後まで聞きなされ。何も反対すると言っているわけではありませんぞ。」
「ほう、それではお前の考えを聞かせてみろ。」
スサノオは腕組みをしてニヤリと笑った。まるでスクナヒコナを試すように・・・。
「では私の考えを申し上げましょう。スサノオ様の案は悪くはないと思いますが、オモイカネの心配も最もです。ですからここは、双方の意見を採用致しましょう。」
「双方の意見?どういうことだ?」
「邪神を空想の深海に閉じ込めることは賛成です。しかしそう簡単にやられる邪神ではありますまい?おそらく・・・我らだけの力では無理があると思われます。
そ・こ・で!是非クー・フーリン殿にも一緒に戦って頂きたいのです。あなたと、あなたの仲間の力があれば・・・きっとこの作戦は上手くいくであろう。」
スクナヒコナはクー・フーリンを見つめながらニコリと笑った。
「ミヅキ殿の話によると、クー殿には頼もしい仲間がいるとのこと。アリアンロッドとスカアハという、とても強い女神が。」
「ああ、俺の友と師匠だ。もしあの二人が協力してくれれば、きっと大きな戦力になるだろう。
しかし・・・向こうは向こうで自分たちの役目があるから、手を貸してくれるかどうかは分からんぞ?」
「分かっておる。だからこちらの戦力の一部を、クー殿の仲間にお貸しする。
そうすればあなたの仲間は素早く役目を終えて、我らの戦いに加わる事が出来るであろう?」
「おお!それは名案だな。」
クー・フーリンはポンと手を叩いて頷いた。
「我らの仲間にカルラという者がいる。鳥人間のような姿をした神なのだが、その者をクー殿の仲間にお貸ししよう。」
「それはありがたい!アリアンはコウと一緒にユグドラシルを目指しているからな。きっと役に立つはずだ。」
「ミヅキ殿の話から考えるに、邪神を倒すにはラシルの星の協力が必要になるかもしれん。こちらとしても、クー殿の仲間には是非ともユグドラシルまで辿り着いて頂きたい。」
スクナヒコナは指を咥え、空に向かって口笛を鳴らした。すると雲の彼方から一羽の鳥が現れ、猛スピードでこちらに飛んで来た。
「呼ンダカ?」
カルラは鷹の顔に人間の身体、そして翼の形をした腕を持っていた。足は猛禽類のような鋭い爪が生えていて、全身に金や宝石などをジャラジャラと身に着けていた。
「カルラよ。実はお前に頼みがあるのだ。そちらの方の仲間に、手を貸してやってほしい。」
スクナヒコナはクー・フーリンに手を向けた。そして今までの事情をかいつまんで説明していった。
「ナルホド、話ハヨク分カッタ。オ主の仲間二手ヲ貸ス事、承知シヨウ。」
カルラはクー・フーリンに向かって翼を伸ばし、握手を求めた。
「ずいぶんあっさりと引き受けてくれるんだな?」
「当然ダ。今ハ一刻ヲ争ウ事態ダカラナ。モタモタシテイル事ハ出来ナイ。サア、オ主の仲間トヤラハ何処二イル?今スグ加勢シニ行コウ!」
「きっエジプトの向かっているはずだと思うが・・・・どの辺にいるのかは分からないな。」
「ナラバ特徴ヲ教エテモラオウ。我ノ眼ナラ、スグニ見ツケ出ス事ガ可能ダ。」
カルラは自慢の目をギロリと光らせた。
「ええっと、特徴なあ・・・。特徴なんかあったっけ?」
毎日のように顔を合わせているので、アリアンロッドの特徴と言われてもピンと来なかった
すると代わりにミヅキが手を挙げて答えた。
「銀色の長い髪をしてるよ。それに青い燕尾のコートを着ていて、腰に剣を差してる。あと人間の男の子と一緒にいるはずよ。妖精の魂を持った男の子とね。」
「ソウカ。ソレダケ分カレバ充分ダ。」
「まあね。記憶力だけは自信があるから。」
ミヅキは得意そうに胸を張り、クー・フーリンは不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「デハスグニソノ者ヲ見ツケヨウ。名ハ何トイウノダ?」
「アリアンロッドよ。ケルト神話の女神。人間の男の子の方は博臣・・・・じゃなかった、今はコウっていうの。人間の身体に妖精の魂が入ってるわ。」
「心得タ。デハスグニソノ者達ノ元ヘ向カオウ。スクナヒコナ殿、後ハ任セタゾ。」
「分かっておる。お主も気をつけてな。」
カルラは頷き、高く舞い上がって飛び去っていった。
「・・・・ということです。どうですかな、スサノオ様?」
そう尋ねると、スサノオは「どうもこうもあるか」と苦笑いをみせた。
「お前の考えを聞くつもりが、すでに作戦は始まってしまったではないか。儂が提案した策なのに、いい所だけを持っていきおって。」
「ははは、これは失礼。しかし愚痴っている場合ではありませんぞ。我らもすぐに行動を起こしましょう。」
「そうだな。儂はヤマタノオロチを連れて邪神の元へ向かうから、姉上は他の神々を連れて光の壁へ向かって下さい。」
「うむ、しかしお主は少々無茶をするクセがあるから、充分に気をつけるのだぞ。」
「儂から無茶をとったら何も残りますまい。」
スサノオは豪快に笑い、クー・フーリンを睨んだ。
「おい小僧。」
「誰が小僧だ。俺はケルトの神、クー・フーリンだ!」
「クー・フーリン・・・?おお!もしかして太陽神ルーの息子か!」
「父上を知っているのか?」
「当たり前だ!あいつとはえらく馬が合ったからな。しばらくコンビを組んで、悪鬼どもをシバキ倒す旅をしていたことがあったわ。」
スサノオは豪快に笑い、バシバシとクー・フーリンの背中を叩いた。
「まさか奴の息子に会えるとはなあ。どうだ?ルーは元気か?」
「最近はまったく会っていないから分からん。しかし父上のことだ、元気じゃないなんて事は有り得ないだろうな。」
「そうだろう、そうだろう。あいつはいつでも活き活きと輝いておるからな。そうか、ルーの息子かあ・・・うんうん。」
スサノオは親戚のおじさんのようにニコニコと笑い、すこぶる上機嫌だった。
「あいつの息子なら相当強いんだろうな?」
「もちろんだ!」
「ならお前・・・俺と一緒に来い!命を懸けて邪神と戦うんだ、いいな?」
スサノオは拒否を許さない目でジロリと睨む。
「ふん!言われんでもそのつもりだ!俺は奴に借りがあるからな。」
「ほほう、借りとな?」
「ああ、ラシルの星で奴と一戦交えたんだ。神殺しの神器とやらにやられて、手も足も出なかったがな・・・。」
そう言うと、スサノオは腹を抱えて笑い出した。
「がはははは!あいつと一戦交えたとはいい度胸だ!親父ゆずりのその性格、気に入ったぞ。」
スサノオは腰の剣に手を掛け、仲間の神々を振り返って叫んだ。
「さあ、我らも行くぞ!憎き邪神をシバキ倒し、空想の深海に閉じ込めてやるのだ!」
「おお〜!」
邪神の討伐部隊の神々が、拳を握って雄叫びをあげた。
「毘沙門天!光の壁の雑魚どもは任せた!一匹残らず殲滅してみせよ!」
「無論だ!」
「ああ、それと・・・姉上のことはしっかりと頼むぞ。」
「も、もちろんだ・・・。この命に代えてもお守りする!」
毘沙門天は顔を真っ赤にしながら、チラチラとアマテラスの方を見る。
「そしてクトゥルーは儂と共に来るのだ。お前の力なら、邪神の元まで虚無の闇を広げる事は可能だろう?」
「んだ、問題ねえっぺ。でも虚無の闇を広げるのは、ちっとばかし時間がかかるんだあ。それでもいいか?」
「構わん。儂が何としても時間を稼いでやるから、心配するな。」
クトゥルーは「分がった」と触腕を上げて頷く。
「それでは参ろう!おいクー。しっかり働けよ。」
スサノオは笑いながらバシン!とクー・フーリンの背中を叩く。
「まったく・・・どいつもこいつも人の名前を省略しやがって・・・。」
「いいじゃない。それだけ仲良くしてもらってるってことなんだから。」
ミヅキはお姉ちゃん風を吹かせて頭を撫でる。それがまた癪に障り、「ふん!」と怒ってそっぽを向いた。
「クー殿、我もスサノオ殿に同行致す。共に力を合わせて戦おうぞ!」
「スクナヒコナ・・・。お前はなんだかあの妖精に似ているな。」
「あの妖精?」
「コウという妖精だ。見てくれは小さくても、中身はデカイ。俺はそういう奴は嫌いじゃないぞ。共に邪神に一矢報いてやろう。」
クー・フーリンはスクナヒコナを肩に乗せ、天に向かって槍を突き上げた。
「では行くぞ!みんな俺について来い!」
「なんであんたが仕切ってんのよ・・・・・。」
魔槍ゲイボルグを掲げながら、ケルトの戦神が戦へ赴いていく。
《コウ、アリアン・・・。俺は無事に仲間を集められたぞ。お前達も必ずやユグドラシルへ辿り着いてくれ。》
クー・フーリンは、空を見上げて仲間の無事を祈った。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第六話 集結!日本の神々(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:44
クー・フーリンは何も見えない暗い空間にいた。一切の光が届かず、時間の感覚さえない。
それどころか、音も臭いもない空間だった。
《ここは・・・・どこだ・・・?》
ヌルヌルとした液体が身体に纏わりつき、バッと腕を払った。
《くそ!なんなんだこの気持ちの悪い液体は?俺の自慢の鎧が汚れてしまうではないか。》
社の前で槍を振り回していた時、参道の方からふと何かを感じて振り向いてみた。すると参道の真ん中にポッカリと暗い穴が空いていて、何事かと近づいてみた。
じっと目を凝らしても真っ暗なだけで、首を捻りながら見つめていると、突然何かに巻き取られて中に吸い込まれたのだった。
《あれはタコの足のようにも見えた・・・。しかも恐ろしく邪悪な気配を感じたな。ということは・・・やはり敵なのか?》
暗い穴の中には、無音の闇が広がっていた。底にはドロドロとした液体が溜まっていて、抜け出すことも出来そうになかった。
《ここには何も無い。光も音も、臭いもない。それどころか、時間すら流れていないように感じる・・・。》
それはとても不思議な空間だった。クー・フーリンは槍を振り回して暴れてみるが、やはり何も起こらない。もしこのまま誰も来なければ、永遠にここに閉じ込められることを覚悟しなければいけなかった。
《・・・これは、きっと虚無の闇だな。何も無い闇、一たび足を踏み入れれば、誰も外へ出ることが出来ない、永久の闇だ。しかしなぜ出雲にこんなものがあるのだ?
俺をここへ引きずり込んだ奴は、邪悪な気を持っていた。ということは、邪神の配下の者ということになるが、いったいどんな悪魔がこれを・・・・?》
クー・フーリンは考えるのが苦手であった。思考より行動がモットーであり、敵はとにかく斬り倒す。しかし斬り倒すべき敵がいない今、どうしたものかと困っていた。
《ずっとこんな場所にいるわけにはいかない。どうにかして俺を引きずり込んだ奴を倒さないといけないわけだが、その肝心の敵が見当たらない。これは・・・・困ったな。》
戦いたくても敵はおらず、しかもドロドロの液体が纏わりついて気持ち悪い。腹が立って槍を振り回すが、やはり何も起こらなかった。
《くそ!なんなんだこれは!虚無の闇など造りやがって!目の前に出てきて、正々堂々と戦え!》
苛立ちながら槍を振り回していると、ふとある考えが浮かんだ。
《そういえばここへ来る途中、海にそびえる黒い塔を見たな。あの塔は間違いなくどこぞの魔王だった。しかもかなり強い力を持った魔王だった・・・。ならばこの闇は、その者が造り出したのか?》
強い力を持った魔王で、虚無の闇を生み出すことが出来る者。じっと考えていると、それに該当する魔王がいた。
《ああ!あれはもしかしたら・・・アーリマンか?あのドス黒い気配、主神格級の大きな力、そして・・・虚無の闇を生み出す能力・・・間違いない!あれはアーリマンだ!》
虚無の闇を作り出した犯人が分かり、うんうんと納得する。しかしそれが分かったところで、ここから抜け出せるわけではなかった。
《参ったな・・・。あれが相手となると、ちょっとここから抜け出せんぞ。俺の力では奴に勝てないだろうからな。》
勝てない相手だからと、オメオメと引き下がるクー・フーリンではない。そもそも戦いさえ出来れば満足なので、勝敗すらこだわらない。しかし・・・・・困っていた。
《別に俺のことはどうでもいいのだが、ミヅキがなあ・・・・。あいつを放っておくのも何だかアレだし・・・それに師匠やアリアンも動いているわけだから、俺だけここでくたばるっていうのは、ちょっと勝手過ぎるか?》
悶々と葛藤しながら考えていると、何かが肘に当たった。
《なんだ?今確かに何かが触れて・・・・。》
今度は頬にこそばゆい感触があって、思わず笑ってしまった。
《誰だ!俺をくすぐる奴は!》
手を伸ばしてバチン!と叩くと、おでこにチクリと何かが突き刺さった。
《痛ッ!こ、この感覚は・・・・。》
おでこに触れてみると、案の定小さな矢が刺さっていた。
《これはスクナヒコナの矢じゃないか。ということは、俺の頬をくすぐった奴は・・・?》
《そう、我である。》
《おお!この声やっぱりスクナヒコナか!》
《うむ。今はまじないを使ってお主の頭に話しかけておる。ここは音さえないから喋ることも出来んのでな。》
《お前も虚無の闇に引きずり込まれたのか?》
《恥ずかしながら・・・。我としたことが油断しておったようだ。しかしこれはかなり厄介なことになったぞ。虚無の闇は、中から抜け出すことが出来ん。よほど特殊な力を持った者なら別だが、残念ながら我にはそのような力はない。お主はどうだ?》
《ふん!俺にそんな力があれば、ここにいると思うか?》
《それもそうだな。では外から助けが来るのを待つしかないようだ。》
《・・・それはあてにならんな。》
《どうしてだ?ここには強い神が大勢いるのだぞ?》
《それがあてにならんのだ。いいか、よく聞けよ。この虚無の闇を造り出しているのはアーリマンだ。知っているだろう?悪の王アーリマンを?》
《そりゃあ知っているが・・・・しかし我々を引きずり込んだのは・・・・、》
スクナヒコナは何かを言おうとしたが、クー・フーリンに遮られてしまった。
《まあまあ、俺の話を聞け。いいか、アーリマンは並大抵の魔王じゃない。だから正直なところ・・・・・外にいる連中では無理だ。確かに何人か強い神もいたが、それでもアーリマンに及ぶほどじゃなかった。だから外から助けに来たとしても、最悪はアーリマンに殺されるだろう。》
《い、いや・・・・その前に我の話を・・・・、》
《お前の話などいらん!今大事なのは、ここをどう抜け出すかだ。そこで相談なんだが、お前がさっき俺に飲ませた酒を、もう一度作れるか?それもなるべく大量に。》
《そりゃ作れるが・・・・そんなものをどうする気だ?》
そう尋ねると、クー・フーリンは胸を張って言った
《決まってるさ!アーリマンに飲ませるんだ!》
《・・・・・・・・・・・。》
《ヤマタノオロチは、大量の酒を飲まされて酔っぱらったところをやられたんだろ?なら俺達も、アーリマンに酒を飲ませて酔っぱらったところを討ちとればいい。どうだ、完璧だろう?》
これ以上の策は無いと言わんばかりにふんぞり返るクー・フーリン。彼の頭の中では、一分の隙もない完璧な作戦を立てたつもりだった
《・・・クー・フーリン殿・・・。残念ながら、その策は通用すまい。》
スクナヒコナの呆れた声に、《なぜだ?》と聞き返す。
《あんな方法はアーリマンには通用すまいて。相手は魔王なのだぞ?力はあってもオツムの弱い物の怪とは違う。それに我らの力では、トドメを刺すに至らんだろう?》
《だからといって、このままというわけにはいかんだろう?どうにかここを抜け出さないといけないんだから。》
《だからお主こそ人の話を聞け。いいか、我らを引きずり込んだのはアーリマンではない。》
《アーリマンじゃない?じゃあ虚無の闇はどう説明する?アイツ以外にこんなことを出来る奴がいるのか?》
《いや、この闇を造り出したのは、おそらくアーリマンであろう。しかし我らを引きずり込んだのは、もっと別の奴だ。空想の深海に眠る、恐るべき魔神、クトゥルーだ。》
《クトゥルーだと?はははは!馬鹿も休み休み言え。奴は空想の深海にいるのだぞ?いったいどうやってあそこから抜け出すというのだ?》
《おそらく、この虚無の闇が関係しているのだろう。アーリマンがどういう意図でこれを造ったのかは知らんが、クトゥルーは虚無の闇を利用して表に出て来たのだ。あれは遥か昔に宇宙から飛来した魔神であるから、我らの常識を越えた力を持っておる。だからこそ、永遠に抜け出せない空想の深海に封印されたのだ。多くの神々が力を合わせてな。》
《・・・・もし本当にクトゥルーだとしたら、ある意味ではアーリマンよりやっかいだな。
あいつはあらゆるものを支配する力を持っているから、迂闊に手を出せば・・・・、》
《こちらが支配されるだろうな。クトゥルーの口から放たれる棘は、射抜いた者の心を完全に支配する力を持っている。それは並大抵の力では解けないほど強力だ。ゆえに、大昔の人類は奴に支配された事がある。神々の一部もあの棘にやられたからな。外にいる連中が、クトゥルーの棘にやられてなければいいが・・・・。》
スクナヒコナは心配そうに顔をしかめた。
《・・・まあいい。誰が相手であろうと、ここから抜け出さないといけない事に変わりはない。たかがクトゥルーごとき、この槍で切り裂いてくれるわ!》
そう叫んでピュンと槍を振ると、何かを斬った手ごたえがあった。
《なんだ・・・?今何かを斬り裂いたぞ・・・・?》
もむ一度槍を振ってみると、また何かを斬る感触があった。
《どうした?何をしておるのだ?》
《いや・・・さっきから槍に何かが当たっているんだ・・・。ちょっと柔らかい感触だったな。
・・・・ん、槍の先端に何か付いている。これは・・・・鱗か?》
《どれどれ、我にも触らせろ。・・・・・むむ!確かにこれは鱗であるな。しかしこれはいったい・・・・。》
その時だった。二人の頭の中に《ギエエエエエエエ!》と高い叫び声が響いた。
《うお!なんだ今のは?》
《まずいぞ!これはきっと・・・・、》
スクナヒコナは慌ててまじないをかける。すると二人の身体はスカスカの空気のようになってしまった。
《なんだこれは?お前の魔法か?》
《そうだ・・・。この状態であれば、三分ほどは誰にも触れることは出来ない。どんな攻撃がこようと、ただすり抜けていくだけだ。》
《攻撃?いったい何を言って・・・・、》
そう言いかけた時、無数の棘が二人に向かって飛んできた。しかしスカスカの空気のような身体のおかげで、棘に刺さらずにすんだ。
《今のは・・・・敵の攻撃か!》
《そうだ。クトゥルーの棘だ。もしあれに刺さったら、クトゥルーに支配されてしまうぞ。》
《ということは・・・・奴は近くにいるということか?》
《近くも何も、お主がその槍で斬ったではないか。さっきの鱗は、おそらくクトゥルーの鱗だぞ。》
《ならば・・・・すぐ近くにいるということに・・・。》
そう言って槍を構えた時、微かな光が灯っていることに気づいた。真っ暗だった闇の中に、大きな赤い光が浮かんでいる。それも目玉のように二つ・・・・。
そして闇の中に、タコのような生き物がユラリと姿を現した。目玉の光を受けて赤く浮かび上がり、おぞましい姿をさらけ出している。
《これがクトゥルー・・・・。見るのは初めてだ・・・・。》
クー・フーリンは槍を構えたまま、じっとクトゥルーを見つめていた。
姿かたちはタコそのものであったが、足は何十本も生えている。しかも鋭いギザギザが並んでいて、全身を鱗に覆われていた。
体色は・・・赤い光を受けているので分かりにくいが、おそらくこの闇と同じで真っ黒のようだった。そして頭の後ろにはコウモリのような小さな羽が生えていて、目はまん丸のルビーのようだった。その身体は十階建てのビルに匹敵するほど巨大で、口からドロドロとした液体を吐いている。
《すごいな・・・。見ているだけでもゾクゾクしてくる。しかし・・・俺の闘志が反応しないのはなぜだ?これほどの敵ならば、猛るような闘志が湧いてくるはずなのに・・・。》
強敵を前にしても、クー・フーリンの顎は割れてこない。それどころか、まったく戦いたいという気さえ起らなかった。
不思議に感じてじっと見つめていると、クトゥルーは触腕を動かして喋りかけてきた。
《#%$#|$$#&△○%$&》
《え?なんだ?》
《#&$&$&¥%&$△□○!》
《意味が分からない・・・。ちゃんと分かるように喋れ!》
思わず槍で突くと、クトゥルーはニヤニヤ笑いながら目を閉じた。何やら一人でブツブツ呟き、また可笑しそうに笑って触腕を動かした。
《なんか腹が立つな。おいスクナヒコナ!コイツは何と言っているんだ?》
《我にも分からん。だがまじないをかければ話せるようになるかもしれん。》
スクナヒコナは目を閉じてまじないの言葉を呟き、小さな矢を放った。それは上手い具合にクトゥルーの口に入り、気持ち悪そうにペッペと吐き出していた。
《痛てえなこの野郎!何すっぺ!》
《おお、まじないが効いたようだな。これで喋れるぞ。我らの言葉が分かるか?》
《言ってることくらい分かるっぺ!オラを馬鹿にずんな。空想の田舎モンだど思って見下しでっど痛でえ目みっど?》
クトゥルーは赤い目を光らせてプンプン怒っている。
《まあまあ、落ち着け。お主に聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずここから出してくれんか?我らは邪神と戦う為に地上に戻らねばならんのだ。》
《はん!知ったごとか!オラは飢えてんだ。ずっとずっと空想の深海で眠ってたがら、飢えに飢えまくっでんだ!》
《ほほう、では我らを食べようと?》
《うんにゃ、そうでねえ。》
《しかし飢えていると言っていたではないか?腹が減っているのだろう?》
そう尋ねると、クトゥルーはブルブルと頭を振った。そのせいで口からドロドロの液が飛び散り、クー・フーリンは《汚い!》と手を払った。
《コラ!このタコ野郎!さっきからなんだお前は!わけの分からない言葉を喋るわ、ドロドロの液体を飛ばすわ。見ろ!俺の鎧がベタベタになっちまったじゃないか!気持ち悪いんだから何とかしろ!》
身体に纏わりつくドロドロの液を投げつけると、クトゥルーは《うっせ!》と怒って殴りかかって来た。
《ふん!今の俺にはそんな攻撃は効かん!なぜなら、スクナヒコナの魔法によって守られてるからな。はははは・・・・・、ぶべらッ!》
《すまん、もう時間切れだ。元の身体に戻ったぞい。》
《そ・・・そういうことは早く言え・・・・。》
ダラダラと鼻血を流しながら顔を押さえるクー・フーリン。しかし、ここまでされてもまったく闘志は湧かなかった。自分でもどうなっているのか分からないまま、ただ不思議に思っていた。
《オラが飢えてるのは飯じゃねえ。誰かと話すことだっぺ。》
《誰かと・・・話す?》
スクナヒコナが問い返すと、《んだ。》と頷いた。
《だ〜れも話し相手がおらんかったから、寂しくなっじまってなあ。空想の深海っちゅうとこは、居心地は良いけど退屈なんだあ。だども、表さ出る方法がわがんねえから、どうしようもなぐってなあ。いっでえいづまでこんなとこさいるんだろうって思っでだら、なんと!とんでもねえチャンスが巡ってきだんだあ!
いつもは穏やかな空想の深海が、ユラユラ揺らぎ始めてなあ。なしてこんな事になってるのかと思っでだら、深い深い闇が向こうにあるのを感じでなあ。こんりゃチャンスだと思っで、オラの墨さ吐き出して闇の道を造ったんだあ。そすたらまあ、空想の深海の向こうに虚無の闇があるでねえか!やった!これでオラはついにここから出られると思っだわけだ。んだんだ。いがった、いがった。》
クトゥルーはしみじみとした目で遠くを見つめる。
《驚いたな。虚無の闇を通ってここまで来るとは・・・・。》
スクナヒコナは小さな腕を組んで、むむっと感心していた。
《闇はオラの友達さ。オラ明るいのって嫌いなんだ。虚無の闇はな〜んにもねえべ?オラはそういう場所はどうってことねえんだ。だども・・・・誰とも話せねえのは辛かった。だからこうして、オメ達に話し相手になってもらおうと思って引きず込んだわけさ。》
《ふうむ・・・・お主のような魔神でも、孤独は辛いものか?》
《いんや、孤独は辛くね。ただ話し相手が欲しかったんだ。》
《それを孤独と言うのだ。》
スクナヒコナは可笑しそうに笑い、小さな指を立てて言った。
《ではクトゥルーよ、こうしないか?我々がお主の話相手になってやろう。その代わりお主の話に付き合ったら、ここから出してもらう。それでどうだ?》
そう尋ねると、クー・フーリンが《待て待て!》と首を振った。
《俺はそんなのゴメンだぞ!いきなりこんな所に引きずり込まれて、しかもドロドロの液まみれにされたのだ。誰がこんなタコもどきの話に付き合うものか!さっさとこの槍でぶった斬って、ここから抜け出せばいいんだ。》
《それは無理だ。先ほども言ったが、虚無の闇は一度入ると抜け出せない。ただし特殊な力を持つ者なら、ここから出ることも可能だ。そしてクトゥルーは空想の深海からここまで辿り着いたのだから、きっと虚無の闇を抜け出す力を持っている。ここは奴の話に付き合い、外へ出してもらうのが一番だと思うが?》
《それはそうだが・・・・なんで俺がこんな軟体動物の話を・・・・。》
《仕方あるまい。それしか方法がないのだから。それにお主は先ほどから、まったく闘志が湧いておらんではないか。タケミカヅチとはあんなに激しく争ったクセに、今は闘志のカケラもない。そんな状態では、とてもではないがクトゥルーとは戦えないのではないか?》
クー・フーリンは痛い所を突かれて黙り込む。そう、さっきからまったく闘志が湧かないで困っていた。こんな事は今までに初めてなので、自分でもどうしていいのか分からなかった。
《オラはただ・・・話し相手がほしいだけだあ・・・。でもそんなに拒否されっと、ちょっぴり傷つくくべ・・・。》
《まあまあ、そう落ち込むな。我だけでも話を聞いてやるから。》
《ほんとけ?》
《ほんとだ。さあ、なんでも我に話してみよ。このスクナヒコナ、身体は小さくとも心は大きいのだ。なんでもドンと話してみるがいい!》
《・・ああ・・・・オメは良い奴だなあ・・・。そっちのすました兄ちゃんとは違うべ。》
クトゥルーは涙を拭き拭き自分のことを語り出した。
《んだば聞いてもらうべ・・・。あれはオラが三つの時、隣のミヨちゃんに恋した時のことだ。》
クトゥルーは遠い目をしながら自分の恋愛遍歴を語る。それは聞くのも苦痛なほど退屈な話で、思わず眠ってしまいそうになった。
《・・・・これが八つの時の話だあ。ミヨちゃんのことさ忘れられずに、またアタックしたんだけども、やっぱりフラれちまっだ・・・。なあ、オラのどこがいけなかったんだろなあ?
ミヨちゃんのハートを掴む為に、必死にこいて努力しだのに、なしてオラは・・・って、ちゃんと人の話をきいてっか?》
《・・・・んん・・・・ああ!もちろん聞いておるぞ。》
《オメ・・・今寝てたべ?》
《いいや、寝ておらんぞ。我は人の話を聞くときに、目を瞑るクセがあるのだ。》
《ほんとけ?》
《ほんとうだ。それで・・・それからどうなった?》
《それからオラは、やっぱりミヨちゃんのことが諦められずに・・・・・、》
下らない話は延々と続き、苦痛を通り越して感覚が麻痺してくる。だがこれも外へ出る為であり、スクナヒコナは必死に耐えた。居眠りをしながら・・・・・。
《・・・というわけで、ミヨちゃんの話はこれでお終いだ。次はカヨちゃんと付き合い始めた時の話を・・・・、》
《ま、待て待て!まだ続くのか?》
《んだ。まだ十分の一も話してねえべ。》
《・・・・・・・・・・。》
《・・・やっぱり退屈なんだべ、オラの話・・・。》
クトゥルーは悲しそうに俯き、シュンと萎れてしまう。
《いや・・・退屈というか・・・なんというか・・・なあ、クー・フーリン殿?》
スクナヒコナは助けを求めるように目配せをする。するとクー・フーリンはイビキを掻いて爆睡していた。
《あああああ!やっぱり居眠りしてたんだあ!オラ・・・・傷ついたぞ!》
《いや、これは・・・・。おい、クー・フーリン殿!人が話している前で失礼であるぞ!》
スクナヒコナはクー・フーリンのおでこに矢を放った。
《痛ッ!なんだ・・・?気持ちよく寝てたのに・・・。もう退屈な話は終わったのか?》
《こ、コラ!退屈などと言ってはならん。実に楽しい話だったではないか。》
《聞いていないから分からんな。だいたいタコの恋愛の話などどうでもいい。それならまだイカのリング揚げを食べていた方がマシだ。》
クー・フーリンはあくびをしながら背を伸ばし、クトゥルーに槍を向けた。
《おいタコ野郎!貴様のくだらん失恋話などどうでもいい。》
《なッ!し・・・失礼なこと言うでねえ!オラの恋は成功したこともあるど!・・・一度だけ。》
《でもどうせすぐフラれたんだろう?》
《そ、それはまあ・・・・二日ほどで・・・・。》
《それ見ろ。お前みたいにベラベラベラベラ自分のことばっかり喋る奴なんて、女が出来なくて当然だ。しかしとりあえず話は聞いてやったんだ。さっさとここから出せ!》
《そ、そんなあ・・・オメさん達寝てただけだべ?もっとオラの話をちゃんと・・・、》
《お前の話など聞いておられん!さあ、さっさとここから出せ、さもなくば・・・・斬る!》
クー・フーリンはビシッと槍を構えた。しかし闘志はまったく湧いてこないので、あっさりと負けてしまった。
《ぐふう・・・・こんな馬鹿な・・・・。》
《馬鹿はオメさんだ。ここは虚無の闇だって忘れたか?感情の力だって、闇に塗りつぶされて消えちまうんだ。》
《・・・なるほど・・・。それで闘志が湧いてこないのか・・・。》
《オメさん達地球の神は、虚無の闇の中じゃ力は出せないべ?でもオラは違う!オラはずっと宇宙を漂って来たから、闇にはなれっこなんだべ。ここで戦っても、オメに勝ち目はねえぞ。》
《ぐッ・・・・。おのれ・・・タコの分際で・・・・。》
いくら悔しがっても、虚無の闇の中では力が出ない。クー・フーリンは潔く諦め、ドカっと胡坐を掻いた。
《ふん!では好きなだけ話せ!しかしその代わり、俺達をここから出してもらうぞ。》
《わがっでる。んだば、次はカヨちゃんとの馴れ初めから・・・・、》
クトゥルーはノスタルジーに浸りながら喋った。退屈な話は延々と続き、スクナヒコナは苦笑いしながら首を振った。しかし・・・・その時誰かの声が聞こえた。
《・・・今のは・・・毘沙門天の声?》
遥か上の方から声が聞こえる。それは間違いなく毘沙門天の声で、スクナヒコナは大声で返事をした。
「おお〜い!ここだぞ〜!」
「しまっだ!神社の裏に空けた穴をほったらかしだった。こりゃまずい!」
暗闇の中に光が射し、外の空気が流れ込んで来る。
クトゥルーは虚無の闇の奥へ逃げようとするが、クー・フーリンの槍が身体を貫いた。
「痛だだだだ!」
「動くな!俺の槍は無数に枝分かれしてお前を斬り刻むぞ。そうなりたくなければ、じっとしていろ!」
「ぐぬぬ・・・・・形勢逆転されちまったべ・・・・。」
クトゥルーは諦めたようにがっくりと項垂れる。そこへ地上の神々が降りて来て、クトゥルーを囲った。
「この化け物め、大人しくしろ!」
毘沙門天を筆頭に、鬼神達が武器を向けて威圧する。
「言われなくても大人しくしてるべ。頼むから武器を下ろしてけろ・・・。」
「ふん!こちらの仲間をさらっておいて、よくも大人しくしてるなどと言えるものだ。さあ、スクナヒコナはどこだ!あいつは無事なんだろうな?」
「さっきまでは無事だったべ・・・。」
「さっきまでは?どういうことだ!」
「だ、だって・・・・オメさんが踏みつけてるから・・・。」
「ん、我が・・・・、ああああ!スクナヒコナああああ!しっかりしろ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
毘沙門天の大きな足に踏みつけられ、スクナヒコナはぺちゃんこになっていた。
「誰ぞ、彼を膨らましてやってくれ!」
「では私が・・・。」
十二神将の一人であるネズミの頭を持ったクンビーラが、げっ歯類特有の長い歯を突き立ててエネルギーを注いだ。
するとスクナヒコナは見る見るうちに膨れ上がり、風船のようにパンパンになってしまった。
「こ、コラ!やめろ!破裂してしまう!」
「こ、これは失礼・・・。」
クンビーラはスクナヒコナの腹を押して、ピュッと余分なエネルギーを吹き出した。
「・・・ふう。危うく死ぬところだった。コラ毘沙門天!もっと気をつけんか!」
「す、すまぬ・・・。足元が暗かったゆえ・・・許せ。」
スクナヒコナはプリプリ怒り、そしてクー・フーリンの方を振り向いた。
「クー殿。」
「短縮して呼ぶな!」
「よいではないか、もう我らは仲間なのだから。それよりも、クトゥルーから槍を抜いてやれ。」
「何を言っている?こいつは俺とお前をさらったんだぞ。しかも下らない話を延々と聞かせてくれやがって・・・。あんなもんは一種の拷問だ!」
「それはそうだが、もう許してやれ。ずっと話を聞いていて分かったが、そやつは悪人ではない。」
「本気で言っているのか?クトゥルーといえば、かつて世界を支配しようとした魔神だぞ?」
「それは昔のことだろう?しかし今は違う。おそらく・・・空想の深海で悪しき心が消え去ったのだろう。今のそやつは改心しておるよ。だから許してやれ。」
「ぐぬぬ・・・・断る!俺は人の命令を聞くのが嫌なんだ!」
クー・フーリンは意地でも槍を抜こうとしない。それどころかさらに深く刺し込んでいく。
「痛だだだだ!やめてけろ!死んじまうべ!」
「だからどうした?お前のような化け物など、木端微塵に砕いてやるわ!」
「困った・・・このままでは本当にクトゥルーを殺してしまうぞ。いったいどうしたら・・・。」
スクナヒコナは悩んでいた。もしクトゥルーが味方になってくれれば、これほど貴重な戦力はないからだ。虚無の闇を自由に行き来できる力は、絶対に役に立つと考えていた。
「う〜む・・・。我らの言は葉聞かんか。ならばミヅキ殿に頼むしかない。おい毘沙門天、ミヅキ殿をここへ連れて来てくれんか?」
すると毘沙門天は申し訳なさそうに目を伏せた。
「あの人間の娘は、クトゥルーの棘に刺されてしまった。今は治療の為、アマテラス殿の所へ行っておる。」
「なんと!お主たちがいながらなんという失態か!」
「・・・申し訳ない。この毘沙門天、一生の不覚・・・。」
するとその話を聞いていたクー・フーリンが、「今なんと言った?」と怖い顔を向けた。
「ミヅキがこいつの棘にやられただと?」
「う、うむ・・・。」
「もちろん無事なんだろうな?もし何かあったら、お前ら全員斬り捨てるぞ!」
「すまぬ・・・。あの娘は強力な呪いにかかっているゆえ、アマテラス殿の所へ運んだのだ。
きっと助かるとは思うが・・・・。」
「そんないい加減な返事があるか!おいクトゥルーッ!貴様、よくも俺の仲間に手を出してくれたな!もういい、このまま細切れにしてやる!」
クー・フーリンはズブリと槍を刺しこむ。
「痛だだだだだ!勘弁してけろ〜!オラはただ友達が欲しかっただけだあ!別に傷つけるつもりはなかったんだべ!」
「だったらなぜ呪いをかけた?ほんとうはミヅキを支配するつもりだったんだろう、ええ!」
槍の先端が細く枝分かれしていき、クトゥルーの体内を切り刻んでいく。
「いぎゃあああああ!やめてけろ〜!ほんとに悪いことは考えてなかったんだあ!」
「うるさい!タコの分際で俺の仲間に手を出しておって!苦痛の中で悶え死ぬがいい!」
クー・フーリンの顎がメキメキと割れていき、戦鬼の姿へと変わっていく。
「いかん!皆の者、クー殿を止めるのだ!」
鬼神達が一斉に飛びかかり、力任せに押さえつけた。
「やめんか!落ち着け!」
十二神将に取り押さえられ、槍を奪われるクー・フーリン。そして毘沙門天に羽交い締めにされてしまった。
「離せ!多対一とは卑怯だぞ!」
「いいから落ち着け!くそ・・・。なんとい力だ・・・。」
鬼神達はクー・フーリンの力に手を焼いていた。全員で押さえつけてもなお暴れようとしていて、このままでは自分の身が危うくなりそうだった。
するとスクナヒコナがひょうたんを持って近づき、クー・フーリンの口の中に流し込んだ。
「これでも飲んで頭を冷やせ!」
「ぐぼぼぼ・・・・。」
まじないのかかった酒がクー・フーリンから闘争心を奪い、いくぶん冷静にさせていく。しかし完全には怒りがおさまらず、まだ暴れようとする。
「おいクトゥルーッ!もしミヅキに何かあったら、貴様をタコの燻製にしてやる!覚悟しておけよ!」
「ひいいい・・・・こいつ怖いだよ・・・・。」
クトゥルーは触腕で顔を隠し、ブルブルと震えていた。
「オラはもう・・・昔のオラじゃねえ・・・。空想の深海で、善い神様になったんだあ。
だども・・・これ以上オラを傷つけるってんなら黙っていねえ。オラの力を使って、オメを叩きのめしてやるだ。」
クトゥルーの中から邪気が溢れ、その身体は見る見るうちに巨大化していく。それを見たスクナヒコナは、慌てて止めに入った。
「待て待て!こんな所で古代の魔神の力を解放されたらかなわん!お前も落ち着け!」
「だども・・・そいつはオラを殺そうとしてるんだべ?だったら、殺られる前に殺るしかねえべさ?」
「そういう考え方がイカンのだ。やったらやり返すを続けていると、また悪しきに神に戻ってしまうぞ?もしそうなれば、お主はまた空想の深海に閉じ込められるだろう。それでもいいのか?」
「・・・・それは・・・やだ・・・・。」
「ならば大人しくしていろ。ほれ、我の酒を飲めば傷も治るだろう。」
スクナヒコナは新しいひょうたんを取り出し、まじないを掛けてクトゥルーに飲ませた。
「ふおおおお・・・・・身体の傷が癒えていくのが分かるだあ・・・。オメすげえな。」
「我は酒と医療の神だからな。こんなことは朝飯前だ。クトゥルーよ、お主のやったことは許されることではないぞ。いくら話し相手が欲しかったとはいえ、クー殿の友人を傷つけたのだからな。ここは一つ、男らしく頭を下げたらどうだ?」
スクナヒコナは、両手を広げてクトゥルーを見上げた。
「・・・・んだな。オラが悪かったんだもんな。だったら謝らねば・・・。」
そう言ってクー・フーリンの前に歩み寄り、ペコリと頭を下げた。
「・・・すまね。オラが悪かった。許してけんろ。」
「ふざけるな!ミヅキは呪いを受けているんだぞ!もし何かあったらどうするつもりだ!」
「その呪いはオラが解くだ。元はといえば、全部オラが悪いんだから。」
「・・・・・ほんとだな?ちゃんと呪いを解くんだな?」
「約束する。そのミヅキちゃんとやらをここへ連れて来てくれれば、すぐに呪いを解いてみせるだ。」
クトゥルーは頭を下げて謝る。するとスクナヒコナは、毘沙門天に向かって叫んだ。
「ミヅキ殿をすぐにここへ!」
「しかし・・・クー・フーリン殿はどうする?もし我がここを離れれば、また暴れ出すやもしれんぞ?」
「その心配はない。クー殿が怒っているのは、ミヅキ殿を心配しておるからだ。ならば呪いを解いてくれるクトゥルーを襲うはずがあるまい?」
「ううむ・・・それもそうだな。では我はひとっ走りアマテラス殿の所へ行って参る。鬼神達よ、後のことは任せたぞ!」
毘沙門天は上を見上げ、高く飛び上がって地上へ戻ろうとした。しかし突然眩い光が降り注ぎ、「ぬああ!」と叫んで落っこちて来た。
「くッ・・・・。なんだあの光は・・・。」
「驚かせてすまんの。私である。」
「おお・・・その声は・・・・。」
毘沙門天はお尻を押さえながら立ち上がった。
彼の視線の先には、光り輝く女神が立っていた。
それは八百万の神々の頂点に立つ、太陽神アマテラスだった。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第六話 集結!日本の神々(1)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:41
ユミルがアーリマンを氷漬けにした頃、ミヅキとクー・フーリンは出雲へ辿り着いていた。
「ここだ。この出雲大社にヤマタノオロチがいるのだ。」
二人は大きな鳥居の前に立ち、奥へ続く参道を睨んだ。
「人がいないね。みんなどこかへ避難しちゃったのかな?」
「さあな。人間というのは気が小さいから、何かあるとすぐに身を隠すものだ。」
クー・フーリンは吐き捨てるように言い、ズカズカと鳥居をくぐっていく。
「あ!鳥居の中に入る時は、ちゃんと一礼しないとダメなのよ。」
「それはお前ら人間の場合だろう?俺はケルトの神だ。日本の神に頭を下げたりなどしない。」
「もう・・・祟られても知らないよ。」
ミズキはぷくっと頬を膨らませ、一礼をしてから鳥居をくぐった。
「ここってすごい神社だよね。立派な鳥居に立派な参道。それに日本じゅうの神様が集まる場所なんだって。」
「ふん、誰が集まろうがまとめて斬り捨ててくれる。」
「だから〜・・・斬ったらダメだって・・・。仲間を集めに来たんだから。」
二人は並んで参道を歩いて行く。ミズキは礼に従って参道の脇を歩くが、クー・フーリンは我がもの顔で真ん中を歩いて行く。
「なんか静かだね。やっぱり人がいないせいかな?」
「いや・・・俺は感じるぞ・・・。ここには無数の強い気を感じる。」
鳥居の奥には、神様の放つ強い気が満ちていた。それも一つや二つではなく、大勢の気が充満していた。
「弱い者ほど群れたがる。この国の神のレベルが知れるというものだ。」
馬鹿にしたように豪快に笑い、槍を掲げてズカズカと歩いて行く。すると何かが頭にぶつかって、思わずうずくまった。
「痛ッ!なんだ・・・何か飛んで来たぞ・・・。」
額を押さえながら顔を上げると、目の前に小さな矢が落ちていた。
「なんだ、このミニチュアの矢は?子供のオモチャか?」
小さな矢を拾って睨んでいると、また頭に矢が飛んできた。
「痛ッ!おのれ・・・この俺に矢を浴びせる不届き者は誰だ?」
立ち上がって周りを見つめると、「ここだ!」と声が聞こえた。
「ん?どこだ?」
クー・フーリンはキョロキョロと周りを見渡す。
「ここだ!ここにいるだろう!」
「だからどこだ?隠れていないで出て来・・・・痛ッ!」
また小さな矢が飛んできて、プスリと鼻に刺さった。
「おのれ〜・・・不意打ちとは卑怯な・・・。この槍であぶり出してくれる!」
鼻に刺さった矢を抜き、ゲイボルグを構えた。すると今度は、頭の後ろに短剣が刺さって叫び声を上げた。
「ぎゃあ!何をする!」
「何をするじゃないわよ!そこをよく見てから言いなさい。」
「んん?どこをだ?」
ミヅキは参道の脇に生える大木を指さした。するとそこには、小さな弓矢を構えた小人がいた。
長い黒髪に弥生時代の服のまとい、キリリと端正な顔で睨みつけている。
「コラお前達!この出雲に何の用か?」
小人は木の根元からピョンと飛びだし、矢を番えて狙いを定めた。
「これは・・・・なんだ?妖精か?」
「違わい!私はスクナヒコナという神だ。お前達、何者か名を名乗れ!」
スクナヒコナは、凛々しい顔でギロリと睨みつける。しかし人の指くらいの大きさしかないので、ちっとも迫力がなかった。
「だはははは!こんなちっこいのが神だと?嘘をつくな。どうせ妖精か何かだろう?」
「うぬぬ・・・人のことをチビ呼ばわりするわ、名前は名乗らないわ・・・。なんと無礼な者であることか。お主、この国の者ではないな!」
「その通り。俺はケルトの戦神、クー・フーリンという者だ。煌めく鎧をまとい、魔槍ゲイボルグを掲げて戦場を駆ける、勇ましき勇者なり!・・・・・・痛ッ!」
「何が勇者だ。こんな矢もロクによけられないクセに。どうせどこぞの名も無き土着神だろう。
今日は忙しいのだ。お前のようなヘッポコの相手はしていられん。さっさと帰れ!」
スクナヒコナはクルリと背を向け、トコトコと参道を歩いて行った。
「へ・・・ヘッポコだと・・・。おのれ、俺を侮辱することは許さんぞ!」
クー・フーリンの顎がパックリと割れ、戦鬼の姿へと変わっていく。
「ちょっと落ち着いて!暴れちゃダメ・・・・・きゃあ!」
止めに入ったミヅキを突き飛ばし、槍を掲げて飛びかかるクー・フーリン。
「このチビめ!我が槍で切り刻んでやる!」
ゲイボルグの刃が無数に枝分れして、スクナヒコナに襲いかかる。しかし何者かが間に割って入り、その槍を受け止めた。
「ぬお!俺の槍を止めるとは・・・・何者だ!」
クー・フーリンの槍を止めたのは、筋骨隆々とした逞しい青年であった。その手には青く輝く剣を持っていて、スクナヒコナと同じような服を着ていた。
頭は『みずら』という弥生時代の髪型をしていて、歴戦の兵士のような厳つい顔をしていた。
「槍を収めい、異国の神よ。」
「ぬうう・・・この俺に命令するな!」
クー・フーリンは槍を構え、青年に向かって投げつけた。すると三十本の矢に変わり、雨のように降り注いだ。
青年は剣を振って払うが、そのうちの一本が腕を貫いた。
「ぬぐ・・・。」
「チャンス!」
クー・フーリンは素早く青年の背後に周り、矢を槍に戻して斬りかかる。しかし青年の身体から青い稲妻が放たれ、攻撃を弾かれて吹き飛ばされた。
「落ち着けと言っているだろう、この馬鹿が!」
青年は高く飛び上がり、稲妻を纏った剣を振り下ろす。
「小癪な!」
クー・フーリンは二股に分かれた槍の先端で受け止め、身体を捻って回し蹴りを放った。
強烈なキックが青年の腹にめり込むが、分厚い筋肉に押し返された。
「むうう・・・・この国にもこんなに強い神がいるとは・・・・唸るぞおおおおお!」
クー・フーリンの顎はさらに割れ、髪は血のように赤く染まっていった。
「むふううう・・・・強敵と戦うことこそ喜びだ!死ぬまで斬り合おうぞ!」
完全に鬼神と化したクー・フーリンは、もはや誰の言うことも聞かない。ただ己の闘争本能に従い、目に映る全ての者を斬り裂いていく。
「なんと荒ぶる神か・・・。私の血もたぎってきたぞ!」
青年も稲妻を放って応戦する。ゲイボルグと稲妻が火花を散らしてぶつかり、目にも止まらぬ激しい戦いが巻き起こった。
「ああ・・・どうしよう・・・喧嘩をしに来たんじゃないのに・・・。」
こうなってはもはや止めようがなく、ミヅキは短剣を握ったままオロオロとしていた。
するとスクナヒコナがツンツンとくるぶしを突いて、ジロリと睨んできた。
「お前は人間だな?」
「う、うん・・・そうだけど・・・・。」
「私は国津神のスクナヒコナと申す者。お前は何という名だ?」
「私はミヅキ。あそこで暴れてるクー・フーリンと一緒に仲間集めをしているの。」
「仲間集めとな?」
「うん。ラシルっていう星の邪神をやっつける為に、仲間を集めなきゃいけないの。
なのにクーときたら・・・・脳筋バカの本領を発揮しちゃって・・・・。」
そう言ってため息をつくと、スクナヒコナは「邪神とな!」と大声を上げた。
「お前は奴を知っているのか!」
「う、うん・・・。私の友達が妖精と入れ換わっちゃってね。それで色々と話を聞いたの。」
「むむむ・・・・。その話、詳しく聞かせてはもらえまいか?」
スクナヒコナはピョンと飛び上がり、ミヅキの手の上に乗った。
「可愛い!動くフィギュアみたい。」
「ええい、人をオモチャ扱いするな!」
「オモチャって・・・フィギュアを知ってんの?」
「ああ、不埒な恰好をした女の人形だろう?参拝に来た人間が持っているのを見かけたぞ。」
「・・・神社にフィギュアを持って来るって・・・・どんな人よそれ・・・。」
「そんな話はどうでもいい!さっさとお前の話を聞かせるのだ。これは一刻を争う事態なのだからな。」
スクナヒコナはピシっと小さな腕を組んだ。ミヅキは「可愛い!」を連発しながら撫でまわし、コウから聞いた話を伝えた。
スクナヒコナは神妙な顔で聞いていて、時折「むむ・・・」と唸っていた。
「・・・・・というのが、私の聞いた話なんだけど・・・。」
「なるほどな、よく分かった。実を言うと、我らも仲間を募っておったのだ。」
「ええ!そうなの?」
「うむ。今日、この出雲大社には日本の神々が集結しておる。まさにお前の言った邪神と戦う為にな。」
スクナヒコナは後ろで手を組んで遠い目をした。
「あの邪神は、この地球を乗っ取ろうと企んでおるのだ。そして多くの悪鬼や物の怪が奴に味方している。だからこちらもそれ相応の力を集めねばならんと思い、ここへ集まっておるわけなのだが・・・・。」
「なのだが・・・・どうしたの?」
「ちとやっかいな事になってな。ヤマタノオロチが暴れておるのだ。」
「ああ、それそれ!私達はそのヤマタノオロチに会いに来たのよ。仲間になってもらう為にね。」
そう言うと、スクナヒコナはクワっと目を開いて「ならん!」と怒鳴った。
「何よ・・・急に怒って。ちっちゃいから全然怖くないけど・・・。」
「ちっちゃいと言うな!いいか、ヤマタノオロチは物の怪なのだぞ。ならばどちらかというと、邪神寄りの存在なのだ。もし下手に復活させれば、好き放題に暴れ回るに決まっておる。」
「じゃあ・・・・・どうしたらいいの?私達はヤマタノオロチに会いに来たのに。」
ミヅキは不安そうに俯き、スクナヒコナの頭をグリグリと撫でまわした。
「今は奴を抑える為に、スサノオ様が戦っておる。事が収まるまで、しばしの間待つしかない。」
「そっか・・・。じゃあさ、スッチーが仲間になってくんない?」
「スッチー?誰のことだ?」
「あなたのことよ。そんなにちっちゃくても、一応は神様なんでしょ?だから仲間になってくれたら、ちょっとは役に立つかなって。」
「貴様!神に向かって無礼な!」
スクナヒコナはピュッと矢を放ち、ミヅキのおでこに当たった。
「いた〜い・・・。何すんのよ!」
「人間ぶぜいが神に偉そうな口を聞くからだ。我は身なりこそ小さいが、秘めた力は大きいのだぞ。それを今見せてやろう。」
スクナヒコナは懐から小さなひょうたんを取り出し、目を閉じてまじないをかけた。
するとひょうたんは見る見るうちに膨らみ、立派なひょうたんへと成長した。
「さあ、ミヅキとやら。これをあの二人に飲ませてみろ。」
スクナヒコナは両手でひょうたんを持ち上げ、ミズキの目の前に差し出した。
「なんなのこれ?なんだかチャプチャプいってるけど・・・。」
「中に酒が入っておる。それをあそこで喧嘩をしている二人に飲ませてみろ。」
スクナヒコナは自信満々でクー・フーリン達を指さした。
「飲ませてみろって言われたって・・・。どうやって飲ませるのよ・・・。」
クー・フーリンと青年は激しく争っていて、稲妻や刃が飛び交っている。下手に入れば死ぬことは確実で、ミヅキはゴクリと息を飲んだ。
「・・・あの二人に飲ませるのは、ちょっと無理があるんじゃ・・・・。」
「しょうがないのお。それじゃちょっとまじないをかけてやるか。」
スクナヒコナはまたブツブツとまじないをかけ、小さな矢を二本放った。するとその矢を受けた二人は、一瞬動きを止めて辺りを見回した。
「あれは気を散らすまじないをかけたのだ。さあ、今のうちにそれを飲ませるがいい。」
「わ・・・分かった・・・。」
ミヅキはそそくさとクー・フーリンに近づき、「えい!」と口の中にひょうたんを突っ込んだ。
「ぶほあ!」
いきなり口の中にひょうたんを突っ込まれ、ゲホゲホと咳き込むクー・フーリン。
「ほら、あんたも飲みなさい!」
青年の口にもひょうたんを突っ込み、ドバドバと注いでいった。
「げぼうッ!」
鼻から酒を吹き出し、ヨダレを垂らして咳き込む青年。
「・・・・どう?」
ミヅキはじっと二人の顔を覗き込んだ。するとクー・フーリンと青年はいきなり笑い出し、友達のように肩を組んだ。
「ミヅキ!それをよこせ!」
クー・フーリンは手を伸ばしてひょうたんを奪い、ガバガバと一気飲みをする。
「おいおい、こっちにもよこせ!」
青年が口を開けると、クー・フーリンはニコニコとしながら酒を注いだ。
「だはははは!酒だ!もっと酒を持って来い!」
「邪神がなんだってんだ!今から酒盛りをするぞ!みんな集まれい!」
二人は明らかに酔っぱらっていた。顔を真っ赤にして大笑いし、ドカっと座り込んで酒を呷りだす。
「酒や酒や!酒持ってこ〜い!」
クー・フーリンはひょうたんを掲げてご機嫌に笑っている。鬼神のような姿が元の美男子に戻り、気の良い兄ちゃんのように酒を楽しんでいた。
「なんで急に関西弁になってんのよ・・・。さっきまで鬼の形相で戦ってたくせに・・・。」
そう呟くと、肩に座っているスクナヒコナが答えた。
「これが我の力だ。楽しい酒は嫌な事を忘れさせ、気持ちをほぐしてくれる。」
「でも酔っ払いすぎじゃない?これじゃ仕事帰りのオヤジみたい。」
「それでいいのだ。仕事帰りのオヤジは戦士であるぞ?だから酒で心を解放するのだ。」
スクナヒコナはピョンと飛び降り、二人にめがけて矢を放った。
「痛て!」
「ぐあ!」
「さあ、酒盛りはそこまでだ。今は宴会を開いておる場合ではないぞ。」
矢を受けた二人は我に返り、また武器を構えた。
「やめい!それ以上争って何になる?異国の神よ、お主は戦いに来たわけではないのだろう?」
「ぐぬぬ・・・それはそうだが・・・。」
「それにタケミカヅチ。お主も少々頭を冷やせ。今日は喧嘩をする為に集まったわけではなかろう?」
「ううむ・・・私としたことが失態だ・・・。」
タケミカヅチと呼ばれた青年は、恥ずかしそうに剣を収めて頭を下げた。
「すまない、異国の神よ。どうか槍を収めて話を聞いてほしい。」
タケミカヅチの紳士な態度に、クー・フーリンの表情がわずかに和らいだ。
「ま、まあ・・・謝るのなら武器を引こう・・・。」
意地を張ってカッコをつけ、バツが悪そうに槍を下げた。
ミヅキはそれを見てホッと胸をなでおろし、ポンとクー・フーリンを叩いた。
「あれほど暴れちゃダメって言ったのに。このやんちゃ坊主!」
「・・・すまん・・・。」
ミヅキはだんだんとクー・フーリンの扱いに慣れてきた。戦の神といっても何のことはない。
クラスのやんちゃな男子と同じように接すればいいだけなのだ。
「さて、話はそこの娘から伺った。お主たちはヤマタノオロチに会いに来たとな?」
「そうだ!邪神の軍勢に対抗する為に、強い仲間が必要なのだ。」
「ふむふむ、ヤマタノオロチが味方につけば、それは心強いだろうな。しかしあの物の怪は今、スサノオ様と戦っているのだ。もうすぐ出て来るからしばし待たれよ。」
スクナヒコナはクルリと踵を返し、社の方へ向かって行く。
「ここには大勢の神が集結しておる。神道の神だけではなく、仏教の神も来ておるぞ。
皆と会って話をすれば、きっと力を貸してくれるに違いない。」
身体は小さいが心は大きい。スクナヒコナはニコリと笑い、「ついて来い」と言った。
「行こうクー。ヤマタノオロチが無理でも、ここにいる神様たちが力を貸してくれれば、きっと心強い味方になるよ。」
「・・・そうだな。まあ、会ってやらんこともないか。」
偉そうに言ってクルリと槍を回し、二人はスクナヒコナの後をついて行った。
タケミカヅチは腕を組み、クー・フーリンの後姿を見つめて呟いた。
「あいつ・・・頭に矢が刺さったままだぞ。」


            *


太い荒縄の垂れ下がった社が、威厳のある佇まいでそびえている。その社の前には、大小様々な大勢の神が集まっていた。
誰もが神妙な顔でそわそわとしていて、妙な殺気が立ちこめている。
「お主たち、客人だぞ。」
スクナヒコナが手を上げて呼びかけると、皆が一斉にこちらを振り向いた。
「誰だその優男は?」
赤い鎧に身を包み、三又の槍を持った武神がギロリと睨んだ。
「これこれ毘沙門天、客人を威圧するではない。」
「しかしそっちはヤル気だぞ。槍を構えてガンを飛ばしている。」
クー・フーリンは毘沙門天の闘気にあてられ、戦神の血がたぎっていた。しかしミヅキに諌められ、唇を尖らせてそっぽを向く。
「子供か、お前は。」
毘沙門天は呆れたように言い、鬼のように怖い顔でこちらに近づいて来た。
「スクナヒコナよ。間もなくスサノオ殿が戻って来るだろう。その時はいよいよ邪神の軍勢に戦いを挑む時だ。そんな大事な時に、どうしてこんな小僧を連れて来た?」
馬鹿にしたような言い方にムッとするクー・フーリンだったが、ミヅキにギロリと睨まれて黙り込んだ。
「スクナヒコナ、こんな小僧にかまっている暇はないぞ。スサノオ殿が戻り次第、我らも光の壁へ赴かねばならん。あそこでは異国の神々が奮闘しているというのに、この国の神はまだ誰も参戦しておらん。我らはこの国の神々だというのに、こんなに恥ずかしいことはないからな。」
「分かっておる。だからこそ後ろの客人をつれて来たのだ。こちらの方は、かの邪神と一戦を交えたことがあるらしい。そして奴を討つべく、仲間を探して旅をしておられたのだ。」
「な、なんと!あの邪神と一戦交えただと!」
毘沙門天は鼻の穴を膨らませて驚く。
「詳しいことはそこの娘から聞くとよいだろう。申し訳ないがミヅキ殿、先ほどの話しを、この者達にも聞かせてやってはもらえまいか?」
「うん、いいよ。実はね・・・・・、」
頭の良いミヅキは、何度も同じことを間違わずに喋ることが出来る。スクナヒコナに伝えた話しを、一言一句たがわずに日本の神々に伝えていった。
話を聞き終えた神々はざわざわとどよめき、緊張が高まっていく。
「なんと・・・ラシルの星でそんな事が・・・・・。」
毘沙門天も驚きを隠せず、神妙な顔で足元を見つめていた。そしてクー・フーリンに歩み寄り、ペコリと頭を下げた。
「無礼な事を言ってすまなかった。どうか許してほしい。」
「ふん!分かればいい・・・。しかしお前は相当強いな。どうだ、後で俺と一戦交えてみないか?」
「機会があれば是非にでも。だが今は私闘に興じている暇はないゆえ、我らと共に戦って頂きたい。」
「もちろんだ。俺は邪神の奴に借りがあるからな。この槍にて、きっちりとそれを返させてもらう!」
クー・フーリンは高々とゲイボルグを掲げ、勇ましく雄叫びを上げた。
それは天にも届くほど大きな声で、神々も一斉に拳を上げて雄叫びを上げた。
「さて、気合が入ったところで、我らの策を説明しておこうか。おい、オモイカネ。もう一度皆にあれを。」
スクナヒコナが神々の奥に向かって呼びかけると、脳ミソ丸出しのバカでかい顔をした神が出てきた。痩せた顔に黒い布服を纏い、胸にはいくつもの勾玉をぶら下げている。
「や、や、これは・・・・どうも。天津神のオモイカネと申します。一つお見知りおきを。」
頭を下げながら名刺を取り出して、両手でクー・フーリンに差し出す。
「ふむふむ、何々・・・?人事と作戦担当、天津神オモイカネ。」
その名刺には、ニコリと笑ってピースサインをするオモイカネが写っていた。
「や、や、こちらの世界へ来てから、名刺というのに興味を持ちましてな。自己紹介をするのにこんなに便利なものはない。その写真もセルフの機械じゃなくて、店で店員さんに撮って頂いたのです。」
オモイカネはご機嫌そうにニコニコと笑う。
「・・・写真写りが悪いな。まるで犯罪者だ。」
「ていうか、よく店員さんが撮ってくれたわね。私なら絶対に追い返すと思うけど・・・。」
「あの人たちはサービス業ですから、誰が来ても断れんのですよ。なかなか難儀な商売です。」
「ふん!そんな事はどうでもいい。俺はこんな物をもらいに来たのではない!」
クー・フーリンはピュッと名刺を投げ返し、オモイカネの脳ミソにプスリと刺さった。
「邪神と戦う策とやらを、さっさと教えろ!いま光の壁で戦っているのは、俺の友の仲間なのだ。グズグズしている時間はない!」
怖い顔で槍を向けて怒鳴ると、オモイカネは営業マンのようにペコペコしながら頭を下げた。
「そ、そうでしたな。これは失礼・・・・・。」
オモイカネは頭に刺さった名刺を抜き、血を拭いて懐にしまった。そして後ろを見渡して神々に手を向け、営業トークのように歯切れよく喋りはじめた。
「作戦はいたって簡単です。まずは毘沙門天殿が率いる部隊が、光の壁の増援に向かいます。
そこには多くの悪魔や魔王が集結していますから、それらを倒さなければなりません。」
手を向けられた毘沙門天は、槍を突き立てて鼻息を荒くした。
「醜い悪鬼どもは、仏法の守護者であるこの毘沙門天が粉砕してくれるわ!我らが仲間も、ウズウズしながら戦いを待ち焦がれている。」
毘沙門天の周りには多くの鬼神が集まっていて、その言葉に同調するように頷いた。
「みんな強そうね。これなら勝てそうだわ。」
ミズキがそう言うと、クー・フーリンは「俺の方が強いぞ!」と鬼神達を睨みつけた。
「はいはい、あとでおやつあげるから大人しくしてようね。それじゃ脳ミソさん、続けて。」
一人で槍を振り回すクー・フーリンを無視して、オモイカネに笑いかける。
「脳ミソさんと呼ばれたのは初めてですな・・・ははは・・・。ええっと、うほん!
それでは作戦の続きですが、まあこれもいたって簡単なものです。毘沙門天殿の部隊が戦っている間に、残った者たちで邪神を強襲します。奴の周りにはワダツミの強力な結界が張ってありますので、今の所は悪魔や魔王は入って来られません。だからその隙に一斉に攻撃をしかけ、邪神を討ちとろうと考えているのです。」
「ふ〜ん・・・すごく単純な作戦ね。そんなんで大丈夫?」
「強力な敵には、単純な戦法が効果的なのです。ただしこれらの作戦は素早く行わないといけません。モタモタしていると、いつ光の壁を突破されて敵の増援が来るか分かりませんから。」
「・・・・そうね。将棋でも簡単な手の方が、相手を追い詰めたりすることがあるし・・・。
ねえ、クーはどう思う?」
そう言って後ろを振り返ると、さっきまで槍を振り回していたクー・フーリンはいなくなっていた。
「あれ?あのやんちゃ坊主は?」
キョロキョロと辺りを見渡しても、どこにもいなかった。スクナヒコナに尋ねても、「知らない」と首を振った。
「我もオモイカネの話に集中していたからな。誰か、クー・フーリン殿を見た者はおらんか?」
スクナヒコナは小さな手を広げて尋ねた。しかし誰も「見てない」と言い、「はて?どこへ行かれたのだ?」と首を傾げた。
「あいつ・・・また勝手なことをしてるに決まってるんだわ。どうして大人しくしてられないかなあ・・・。」
やんちゃな弟を心配するようにため息をつき、トタトタと参道へ走って行く。
「あ、これ!待たれよ!」
スクナヒコナは後を追いかけ、「ミヅキ殿!」と呼び止める。
「あまり一人でうろつかない方がいい。今は緊急事態ゆえ、何が起こってもおかしくない。
人間の娘が勝手に動き回ったら危険であるぞ。」
「分かってるけど、あいつを探さなきゃ話にならないでしょ?もしまたどこかで喧嘩でもしていたら・・・・・、」
そう言いかけた時、何かが飛んで来て胸に痛みを感じた。
「ちょっとスッチー。また矢を撃って・・・・って、あれ?」
胸に手を当てると、硬い何かが触れた。ゆっくりと目を向けると、そこには一本の矢が刺さっていた。
「これ・・・スッチーの矢じゃない・・・。ていうか・・・・血が・・・・。」
矢が刺さった胸からは、ジワリと血が滲んでいた。コートが赤く染まり、鋭い痛みがチクチクと襲って来る。
「なに・・・これ・・・。なんで・・・・。」
痛みの次には恐怖が襲い、身体じゅうが震えてくる。そして足元から力が抜け、ペタンと座り込んでしまった。
「す・・・スッチーッ!これ・・・どうしよう!助けて!」
泣きそうになりながら後ろを振り返ると、スクナヒコナはいなくなっていた。
「なんで・・・?さっきまでそこにいたのに・・・・。」
クー・フーリンに続いて、スクナヒコナまでもが突然いなくなってしまった。胸に刺さった矢はズキズキと痛みを増し、息をするのも苦しくなってくる。
「い・・・嫌だ・・・死にたくない・・・。誰か・・・・誰か助けてえええええ!」
胸を押さえながら大声で助けを呼んだ。するとその声を聞きつけた神々が、武器を構えてこちらに走って来た。
「どうした!」
タケミカヅチが真っ先に駆けつけ、ミヅキの胸に刺さっている矢を見て驚いた。
「なんということだ!すぐに手当てをしなければ。」
「み・・・みんないなくなっちゃったの・・・。クーも・・・スッチーも・・・。
この矢も・・・・いきなりどっかから飛んで来て・・・・。」
「スッチー?」
「スクナヒコナのこと!さっきまでそこにいたのに、いきなり消えちゃったの・・・。」
ミヅキはグスグスと鼻水を垂らして泣いていた。胸の痛みと二人が消えた恐怖で、カタカタと肩を震わせている。
「・・・これは敵の襲来かもしれませんな。」
オモイカネが険しい顔で呟く。
「日本の神々がここに集まっていることを、邪神の側に気づかれたのかもしれません。そして作戦を阻止するため、刺客を送り込んできたのでしょう。」
「ということは、あの二人は敵にやられたということか?」
「分かりませんな。しかし今はその子の傷をどうにかしてやらないと。ちょっと見せてもらえますかな。」
オモイカネはミヅキに刺さった矢に顔を近づけ、ふんふんと臭いを嗅いだ。
「ぬおおお!こ、これは・・・まさか・・・・。」
「どうした?」
「こ・・・この矢からは恐ろしい呪いを感じます・・・。これは・・・この星の神の呪いではない!」
「な、なんだと!」
その言葉に皆がザワザワとざわめき出す。それがミヅキの不安を駆り立て、余計に涙が溢れてきた。
「やめい!落ち着かんか馬鹿ものども!」
毘沙門天が槍を突き立てて怒鳴り声を上げる。周りはシンと静まりかえり、一人の神がミヅキの前に出てきた。
「お嬢さん、ちょっと見せておくんない。」
そう言ったのは、ゆったりとした巫女の衣装を纏った女神だった。真っ白な羽衣を身に着け、黒く長い神を揺らして美しい顔を近づけてきた。
「・・・・これは・・・確かにこの星の呪いじゃないね。けど邪神というわけでもない。
多分これは・・・・アイツじゃないかな?」
「アイツ?アメノウズメよ、アイツとはいったい誰のことだ?」
タケミカヅチが尋ねると、アメノウズメと呼ばれた女神は答えた。
「ほら・・・アイツだよ・・・ええっと、その・・・・ほら、なんだっけ?ずっと昔に宇宙から来たタコみたいな化け物だよ・・・。名前はなんて言ったっけなあ・・・。」
アメノウズメは腕組みをして考える。眉間にシワをよせ、「ああ、名前が出て来ねえ!」と舌打ちをした。すると隣にいたオモイカネが助け舟を出した。
「大昔に宇宙から来た、タコのような化け物といえば・・・・クトゥルーではないか?」
「ああ!それそれ!そのトゥルルーだよ!」
「トゥルルーではなく、クトゥルーだ。遥か昔に地球に降り立ち、この世界を支配しようと企んだ魔神だ。今は空想の深海で眠りについているから、決して表には出て来られないはずだが・・・・。」
「でも私はこの感じを知ってるんだ!あいつって口から棘を飛ばして来るだろ?その棘に刺さった奴を見たことがあるんだよ。あの時も、こんな禍々しい呪いの気を放ってた。」
「ううむ・・・しかし空想の深海からはそうやすやすとは出て来られんぞ?」
オモイカネは腕を組んで首を捻る。しかしアメノウズメは断固として譲らす、これは絶対にクトゥルーのものだと言い張った。
「あ・・・あのさ・・・。どうでもいいから助けてよ。胸が痛くて死にそう・・・。」
「おお、これは申し訳ない。だがクトゥルーの呪いとなると、これは一筋縄ではいかんぞ。
いったい誰に治療を頼めばよいのやら。医療の神であるスクナヒコナは見当たらんし・・・。
困ったなあ。」
スクナヒコナは、酒と医療と呪術の神であった。その力は強力で、彼ならミヅキを助けられる可能性があった。
「・・・でもいないもんはしょうがないだろ。このままだとこの子は死んじまう。あの御方の所に連れて行くしかないよ。」
「あの御方って・・・まさかお前・・・・。」
「アマテラス様に決まってんだろ!あの御方なら、きっと呪いは解いて下さるに違いない!」
アメノウズメはミヅキを抱え、社に向かって走り出した。しかしオモイカネに腕を掴まれ、「それはイカン!」と引き止められた。
「アマテラス様は決戦の禊でお忙しい。ましてやそんなに簡単に人間に会わせるなど許されんぞ!」
「うっせえな、脳ミソ丸出しのクセに!」
「や、や、お前までそんなことを・・・・、」
「この客人は邪神を倒す為に尋ねて来てくれたんだよ?それを見殺しになんか出来るか!
おう、アメノトリフネ!この子をアマテラス様の所まで運ぶから、手を貸しておくれ!」
そう叫ぶと、社の屋根が宙に浮き上がった。そして黄金の宝船に変形してこちらに飛んで来た。
船の先端にはキジが乗っていて、その胴体は船と一体化していた。そして気の抜けた声で喋りかけた。
「へいへ〜い!お呼びで?」
「この子をアマテラス様の所まで運ぶから乗せてってくれ!」
するとアメノトリフネは首を傾げ、タケミカヅチの方を向いた。
「ああ言ってますけど、いいんですかい?」
「・・・まあ仕方ないだろう。俺も一緒に行くから乗せて行ってやってくれ。」
タケミカヅチは颯爽とアメノトリフネに飛び乗り、「早く!」と手招きをした。アメノウズメはミヅキを抱えたまま宙に舞い上がり、船に乗って飛んでいく。そしてピカリと光って消えてしまった。
「・・・いいのか、勝手にアマテラス様の元に連れて行って。」
オモイカネは納得のいかない様子で顔をしかめた。
「仕方あるまい。それより今は消えた二人を探さねばならん。まったく・・・邪神との決戦が近いというのに、面倒を起こしてくれおって。」
毘沙門天は槍を構え、後ろにいる神々に言った。
「鬼神達は我と共にクトゥルーを討伐するぞ!天津神と国津神の方々は、この社の警護をお願いする。そしてスサノオ殿が戻られたら、すぐにこの事態を伝えるように、よいか!」
「おおう!」
勇ましい神々から雄叫びが上がり、熱い活気がみなぎる。
「まあ邪神と戦う前の準備運動と思えばよい。では大元帥明王アタバクよ、十二神将を率いてクトゥルーを探しだせ!奴は必ずどこかに潜んでいるはずだ!」
アタバクと呼ばれた鬼神は、筋骨隆々とした肉体に白い法衣を纏っていた。四面の顔に八本の腕を持ち、それぞれの手に武器を持っている。その顔は、どんな鬼でも恐れをなすほど猛々しく、悪鬼を楽々と踏み潰すほどの力を持っていた。
そしてアタバクの周りには、十二神将と呼ばれる鬼神達が控えていた。干支の動物の顔をした十二人の鬼神達で、いかつい甲冑に剣や槍を携えている。
アタバクは剣を掲げて「御意!」と叫び、十二神将と共に神社の中に散っていった。
「見つけ出すのは時間の問題だ。久々の戦い・・・我も少々熱くなるな。」
七福神の一人として数えられる毘沙門天だが、彼は仏法を守護する四天王の一人でもある。
周りには持国天、増長天、広目天が控えていて、険しい顔で神社の中を睨んでいた。
「しかしクトゥルーが現れるとは、いったいどうなっているのだ?これも邪神の奴が関係しているというのか・・・?」
毘沙門天は憂いのある目で空を見つめ、三又の槍を大地に突き立てた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第五話 悪の王アーリマン(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:39
アリアンロッドの心は限界に達していた。激しい怒りは理性を奪い、ただ欲望に走り出す。落とした剣を掴み、コウを睨んで今にも斬りつけようとしていた。
しかし・・・ふと妙な匂いを感じて我に返った。
「これは・・・潮の香り・・・?」
フワっと鼻をついたのは、穏やかな海の匂いだった。汚れた地球の海とは違い、アクアマリンのように輝く、綺麗な海の匂いだった。
「・・・知っている・・・これは・・・ラシルの海の匂いだ・・・。」
ラシルの海は、どこへ行ってもダイアモンドのように輝いている。ゴミ一つなく、汚れも嫌な臭いもしない。それはかつて地球が持っていた、懐かしき海の匂いだった。
「ああ・・・ラシルの星だけじゃない・・。これは・・・ずっと昔の地球の匂いだ。
かつて神々が謳歌していた時代の・・・本物の海の匂いだ・・・。」
懐かしさが溢れ、思わず目尻が濡れる。こんなに危機的な状況なのに、ノスタルジーが胸の中に広がっていく。
それは背徳の心を隅へ押しやり、やがては完全に消し去ってしまった。すると本来のアリアンロッドの心が復活し、強い正義感と燃えるような闘志が湧き上がってきた。
「・・・情けない・・・命に代えても守るなんて言っておきながら、コウを危険に晒してしまった・・・。ましてや・・・この剣で斬りつけようとするなんて・・・・。」
噛みしめた唇から血が流れ、目の前に立つアエーシュマを睨んだ。
「ああ?なんだよその目は?やっちまうぞ?」
「・・・黙れゴリラ男・・・。それ以上調子に乗るな!」
「はあ?お前もういいや。くたばれ!」
アエーシュマは棍棒を振り上げ、渾身の力で叩きつけた。アリアンロッドは身をひねって素早くかわし、目にも止まらぬ速さで剣を振った。
「ああ!俺の大事な武器が・・・・・て、あれ?なんか首が・・・。」
「動くな。今・・・お前の首を斬った。下手に動けば死ぬぞ。」
アリアンロッドはアエーシュマの背後に回っていて、首元に剣を当てた。その目は冷徹なほど冷たく、身も凍るような殺気を放っていた。
しかしアエーシュマは動じない。怒りに身を任せ、棍棒を振り上げて襲いかかった。
「舐めたことぬかしてんなコラあああああ!」
だがその瞬間、首に違和感を覚えた。そして・・・ゆっくりと頭が落ちていった。
「あ、あれ・・・・なんで俺の身体があんな所に・・・。」
自分の頭が落下していくのをスローモーションに感じながら、目の前に立つアリアンロッドを見つめていた。
「馬鹿め・・・。動くなと言ったのに。」
アエーシュマはしばらくまばたきをしていたが、やがて目を開いたまま動かなくなった。
立っていた身体もガックリと膝をつき、仰向けに崩れ落ちていった。
「まず一人。次は・・・・。」
鋭い眼光をギラリと向け、ジャヒーを睨みつける。
「あらら・・・やられちゃった・・・。油断してるからそうなるのよ。」
ジャヒーは可笑しそうにケラケラと笑い、コウを盾にして首を掴んだ。
「それ以上動いたらこの坊やが死ぬわよ?」
「何を言っている?コウは邪神がつれて来いと言ったのだろう?ここで殺せばお前が酷い目に遭わされるだけだぞ?」
「あはは!勘違いしないでよ。私は邪神になんか忠誠は誓ってないわ。私の主はアーリマンだけ。だから邪神なんて・・・・・、」
そう言いかけて、急に身体が震え出した。
「あ、あれ・・・・何これ・・・。なんで・・・こんなに恐怖心が・・・。」
ジャヒーは自分の身体を抱いてブルブルと震えた。
「変だわ・・・こんなことって・・・・。」
魔王である自分がこんなに怯えるはずがない。不思議に思って足元を見つめると、虹のアーチから光が立ち昇っていた。
「これは・・・・。」
「私の虹は暴力を消し去る光だ。さて、悪魔の心から暴力を消し去ったら、あとは何が残るか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「お前を支えているのは、尽きることのない残虐性や攻撃性だろう?そういう暴力的な心を失えば・・・もう自分を支えるものはない。そうなればお前の本心が見えてくるな。邪神が怖いという本心が・・・・。」
「あ・・・ああ・・・・・・。」
ジャヒーはコウを離して後ずさり、ブルブルと震えて頭を抱えた。
「い・・・嫌・・・。あいつの持つ神器は・・・どんな神でも悪魔でも殺すのよ・・・。
だから・・・私の主、アーリマンも服従を・・・・。」
ジャヒーは邪神の恐ろしさをよく知っていた。それは神や悪魔をいとも簡単に殺せる神器を持っているからだった。そして・・・この星の悪魔とは比較にならないほどの残忍性を持っている。もし下手に怒らせたらどうなるか・・・・。
それを考えると、まだ地獄で苦しんでいる方がマシだった。
「嫌ああああ!私は帰る!自分の棲家へ、空想の世界へ・・・・。」
恐怖に慄きながらジリジリと後ろへ下がっていく。そして・・・発狂したように飛びかかってきた。
「うわああああああ!あんたを殺せば問題ないのよ!さっさとこの虹を消せええええ!」
「・・・憐れな悪魔だ・・・・。」
アリアンロッドはサッと攻撃をかわし、すれ違いざまに斬りつけた。
ジャヒーはあっさりと一刀両断されて、恐怖に震えたまま絶命していった。
「これで二人。あとは・・・。」
そう呟いてタローマティの方を睨むと、コウが殴りかかってきた。
「術者を倒しても呪いは残るのか。厄介な・・・・。」
コウは完全に我を失っていた。拳を握ってポカポカと殴りつけ、ガンガンと蹴りを入れてくる。
「手荒なマネはしたくないが・・・・許せ。」
アリアンロッドはコウの首をトンと叩いて気絶させた。そして彼を抱えて虹のアーチに寝かそうとした時、また潮の香りを感じた。
「この匂いは・・・コスモリングから出ているのか?ということは・・・コスモリングがコウを持ち主として認めたということか?」
じっとコスモリングを見つめていると、背後から強い殺気を感じだ。
「よそ見とはいい度胸だわ。」
タローマティはマントの中に隠していた剣を握り、首を狙って斬りつけてきた。
しかしアリアンロッドは後ろを見ずにそれをかわし、振り向きざまに剣を振った。
「ぐッ・・・・。」
タローマティは間一髪でかわしたが、覆面とマントを斬りおとされてしまった。
「ほう・・・醜い顔をしているのかと思いきや、なかなかの美形ではないか。」
「おのれ・・・・。」
タローマティは、アリアンロッドに負けず劣らずの美女であった。やや幼さの残る顔だが、それが愛嬌を出していて、美しさと可愛いさが同居する美女であった。
「この顔が・・・・この顔が私は嫌いなのよ!こんな童顔・・・・誰かに見られたくないから隠してたのに・・・・。」
「ほう、魔王でもコンプレックスを持つのか?」
「黙れ!」
タローマティは二つに結った赤い髪を揺らし、絹のローブを翻して飛びかかってきた。
「遅い!剣で私に勝てると思うな!」
アリアンロッドは素早くツバメ返しを決める。しかしタローマティはそれをあざやかにかわし、コウの首を掴んで持ち上げた。
「遅いのはあんたの方よ。この妖精さえ手に入れば、ここにいる必要はない。後はアーリマン様が全てやって下さるわ。」
そう言って高笑いを飛ばし、コウを掴んだまま逃げ出そうとした。
「待て!」
すぐに追いかけて剣を振るアリアンロッドだったが、タローマティには当たらない。
「無理よ、そんな剣さばきじゃ私は捉えられない。これでも素早さには自信が・・・、」
自信満々にそう言いかけた時、何者かの飛び蹴りが顔にめり込んだ。
「ぐっはあ!」
思わずコウを手放し、虹のアーチの上に倒れるタローマティ。
「・・・悪しき女神よ・・・・これ以上の狼藉は許さん・・・・。」
「あ、あんたは・・・・。」
タローマティに飛び蹴りを入れたのは、黒い武道服に身を包んだ女だった。
「スカアハ!」
「アリアン、手を焼いているようだな・・・・加勢するぞ・・・・。」
スカアハは足を開いて拳を構える。そして空手の息吹のように、「こおおおお・・・」と息を吐き出した。
「くそ・・・・。こうなったら一時撤退よ。どうせアーリマン様が全部片付けてくれるわ。」
タローマティは口元の血を拭い、素早く逃げだそうとする。しかし振り向いた先にはスカアハが回り込んでいて、後ろにはアリアンロッドが剣を構えていた。
「あ、あんた達!二人がかりなんて卑怯よ!」
「何を言っている。私はさっきまで三体一で戦っていたのだぞ。」
「で、でも・・・・あんた達は善の女神でしょ?だったら二人かがりなんて卑怯よ!そんなことしてたら、イメージがダウンして信仰が薄れるわよ!」
「信仰か・・・・残念だが私達には関係のない話だ。なぜなら・・・・とうの昔に引退した古き神なのだからな。」
アリアンロッドは真っすぐに剣を向ける。その目は激しく燃え上がり、猛獣のように相手を威圧していた。
「・・・よせ、アリアン。確かに二人がかりは卑劣なり・・・。ここは我が一人でお相手しよう・・・・。」
スカアハは太極拳のように優雅に構え、クイクイと手を動かした。
「悪しき女神よ・・・戦うのは我だけだ・・・。かかってこい。」
「・・・ふふふ、さすがは善の女神、話が分かるわ。それじゃ遠慮なく・・・・逃げる!」
タローマティは空に飛び上がって逃げ出した。
「あはははは!戦うわけないでしょ!いつか復讐してやるから楽しみにしてなさい!」
勝ち誇ったように言いながら前を向くと、目の前にスカアハがいた。
「んなッ!」
「・・・行動が見え透いているな・・・・。」
スカアハは脇に拳を構え、腕の筋肉を膨らませた。
「ま、待って!分かった、降参するから・・・・、」
「・・・聞く耳持たぬ。・・・散れ・・・・。」
スカアハは「カッ!」と声を上げ、脇に構えた拳を打ち出した。
「ぐぼろッ!」
コークスクリュー気味のパンチがタローマティの顎にめり込み、一撃で顎を割る。そして虹のアーチの上に落下し、ジャヒーと重なりあって倒れた。
「終わったか。・・・アリアンよ、コウは・・・?」
「無事だ。少しダメージがあるようだが心配ない。」
ジャヒーの呪いのせいでダメージを受けていたが、大きな怪我はない。しかしコウは、深い意識の中で自分を責めていた。
《・・・また・・・何も出来なかった・・・。ダナエはたまにこうやって悔しがることがあったけど・・・その気持ちが分かるよ・・・。》
何も出来ないもどかしさは、やがて自分を責める心に変わる。それは言いようのないほど痛かったし、心から血が出るほど悔しかった。
アリアンロッドの声で目を覚まし、申し訳なさそうに目を逸らした。
「コウ・・・大丈夫か?」
「・・・・ごめん・・・また迷惑かけたな。」
「気にするな。お前を守るのが私の役目だ。」
アリアンロッドはコウを抱きかかえ、コートの中にくるんだ。スカアハも心配そうに見つめて、小さく笑いかけた。
「・・・ああ、スカアハも来てくれたのか・・・。どうだった、邪神の方は?」
「・・・邪神の力は抑え込まれている・・・・だが、安心出来る状況ではない・・・・。
奴は邪悪な思念を飛ばし、多くの悪魔を呼び寄せている・・・。このままではいずれ、光の壁は突破されるだろう・・・。」
「そうか・・・。なら急いでラシルへ向かわないとな。向こうにいる仲間にも、こっちへ来て戦ってもらわないと・・・。」
コウは身体を起こし、ふらつく足取りで立ちあがった。
「無理をするな。まだダメージが残っているんだぞ。」
「いいや、みんな必死に戦ってるのに、俺だけ寝ていられない。それに・・・ずっと守られっぱなしじゃカッコ悪いからな。」
無理をしていることは自分でも分かっている。しかし熱い衝動がこみ上げてきて、じっとしていることは出来なかった。
「・・・・気持ちは分かる。だが・・・人の身では魔法も使えまい・・・?下手に突っ走ると、さらにアリアンに迷惑をかけるだけぞ・・・・・。」
スカアハは厳しい口調で言う。そんなことはコウも充分承知していたが、それでもこの悔しさはどうにも我慢できなかった。
「妖精の時と同じじゃなくてもいいんだ。せめて・・・せめて一つでも魔法が使えれば・・・。」
拳を握って胸の前に構え、じっと見つめる。すると左手に違和感を覚えて首を捻った。
「あれ?なんか・・・プッチーが波打ってる感じがする・・・・。」
左手に填めたコスモリングから鼓動を感じ、そっと触れてみた。すると突然海の音が聞こえてきて、潮の香りまで感じた。
「これは・・・・ラシルの海?穏やかで・・・すごく綺麗な海の匂いだ。」
ダメージを受けていた心が、コスモリングから溢れる海の香りで癒されていく。心地良い波の音が響き、まるで海に抱かれているような気分になった。
「・・・・・・・・・。」
目を閉じ、ただ海の匂いと音に身を任せる。
アリアンロッドとスカアハは顔を見合わせ、コウの肩を叩いた。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「・・・海が・・・海が見えるんだ・・・。音と匂いだけじゃない。綺麗な海の光が見える。」
「コウ・・・やはりお前はコスモリングに認められたのだな。」
海の力が宿るコスモリングは、コウの魂と同調を始めていた。コウの心臓とコスモリングの鼓動が同じリズムを刻み、それぞれの意思が疎通を始める。
「・・・・・・・・・。」
博臣の肉体は、コスモリングの力を受けて変貌を始めた。背中から羽が生え、顔は少しずつ形を変えていく。
「おお・・・これは・・・まさか・・・。」
博臣の肉体は、コウの姿に変わっていった。やや切れ長のつり目に、丸顔だが凛々しさを感じさせる表情。そして髪の色も栗色に変わり、背中の羽が虹色に煌めき出した。
「・・・・力が・・・漲ってくる・・・・。」
コウは感じていた。この身に溢れる力は、妖精の持つ魔法の力だと。身体を失ってから消えていた力が、やっと自分の手に戻ってきたのだ。
「・・・よっしゃ・・・・。よっしゃあああああああ!」
天を見上げて大声で叫んだ。拳を握り、足を踏ん張って雄叫びを上げた。
「やった!戻った!俺の身体が・・・俺の力が戻ったああああああ!」
「コウ・・・・。」
嬉しさのあまり空を飛び回り、意味もなく魔法を唱えてはしゃぎまくる。
「うらうらうらあああああ!この羽と魔法さえあれば俺も戦えるぜ!しかも人間のサイズにビルドアップしてるぞ!こうなりゃ力が何倍にも膨れ上がるってもんだ!」
博臣の肉体とコウの魂、そしてコスモリングの力が三位一体となり、その魔力は妖精とは思えないほど強力になっていた。
軽く放ったカマイタチがライフルのように遠くまで飛んでいき、海とぶつかって水柱を上げた。
「おいおい・・・あまり無茶をするな。」
アリアンロッドが心配そうに宥めるが、コウはキャッキャと騒ぎながらひたすら飛び回っていた。
「ふふふ・・・まあ無理もないか。やっと自分の力が戻ってきたのだから。」
「・・・これで戦力が増えたな。・・・あの力・・・・遥かに妖精を越えている・・・。」
二人の女神は微笑ましくコウを見つめていた。しかし地震のように大きな揺れを感じ、思わず後ろを振り返った。
「ぬううううう・・・。魔王の分際でやりおる・・・・。」
「当たり前や。無理しいなやおっさん。顔が引きつってんで。」
東京タワーより巨大なユミルとアーリマンが、プロレスのようにガッチリと手を組み合っていた。
「ほらほらおっさん、どうした?もう泣きいれるか?」
アーリマンは腕に血管を浮き上がらせて、ユミルの手を捻り上げていく。
「ぐうううう・・・・まさか儂が力負けするなど・・・。」
「デカイいうても、しょせんはただの巨人やろ?そんなもんがワイに勝てるかいな。ふん!」
アーリマンは本気で力を入れた。ユミルの腕は弓なりに曲がり、ついにはバキバキと折れてしまった。
「はははは!やるではないか!しかしこの程度では何のダメージにもならんぞ。」
ユミルは胸いっぱいに息を吸い込み、白い息を吐き出そうとした。しかしアーリマンは彼の後ろに周り、腕を回して口を塞いだ。
「そうはいかんでえ。お前は氷さえあればなんぼでも再生しよるさかいな。ここできっちりトドメ刺したるわ。」
アーリマンはユミルの口を塞いだまま、ガンガンと胸を殴りつけていく。やがてユミルの胸はピキピキとヒビ割れ、溜まった冷気が吹き出した。
「ごはあッ!」
ユミルの胸は爆発したように吹き飛び、大きな穴があく。
「おっと!これが飛び散ったら元もこもないな。ちょっと腐らせてもらうで。」
アーリマンの背中に生える四本の触手は、鼻をつまみたくなるような臭気を放った。
それに触れた白い冷気はドロドロと固まり、醜いヘドロになってしまった。
「はははは!氷さえなかったら雑魚も同然やな。このままくたばれや。」
アーリマンは高く飛び上がり、ユミルを囲むように四本の触手を地面に突き立てた。
「さて・・・悪の王アーリマンの呪い、その身に受けてもらおか。」
地面に刺さった触手から黒い波が広がり、虚無の闇が広がっていく。ユミルはズブズブとその中に飲み込まれ、底なし沼のように沈み始めた。
「ぐぬうう・・・これしきで!」
空気中の水分を使って霜を作り出し、胸に空いた穴を塞いでいく。そして胸いっぱいに息を吸い込み、特大の白い息を放った。
「はははは!無駄無駄。そんなんじゃワイの闇は消せへんでえ。」
白い息は虚無の闇に吸い込まれてしまう。何度やっても結果は同じで、ユミルの身体は胸元まで闇に沈んでいった。
虹のアーチの上からそれを見ていたアリアンロッドは、剣を構えて飛びかかろうとする。
しかしスカハアに肩を掴まれて、「やめよ」と止められてしまった。
「なぜ止める!このままではユミルが・・・・。」
「我らの力では無理だ・・・。ユミルが適わぬ相手に、どう戦いを挑むつもりか?」
「そんなことは分かっている!しかし友を見捨てることは出来ないだろう!」
「それは我も同じだ・・・。死ぬと分かっているのに、お前を行かせることは出来ぬ。」
「・・・・・・くッ!」
アリアンロッドは歯を食いしばり、目を閉じて俯いた。
「ユミルは・・・おそらく負ける・・・、アーリマンの力は・・・・予想以上であった。」
二人の女神は何もすることが出来ない。目の前で旧友が苦しんでいるというのに、悔しさを堪えて見ているしかなかった。
「はははは!おい、おっさん!もうそろそろ頑張るのはやめときいや。見苦しいだけやで。」
「黙れ!このままオメオメと死ねるか!何とか貴様に一矢報いてくれる!」
「だから無駄やって。もう首まで闇に浸かってんのに、そこから何が出来んねん?お前の力なんぞ、ワイの前では子供のお遊戯やで。」
身体の大きさは同じでも、内に秘めた魔力はアーリマンの方が大きかった。日本じゅうの人々から発せられる恐怖の感情を取り込み、ユミルを遥かに超える力を手に入れていたからだった。
「人間っちゅうのは、一旦怖がり出したらもう止まらへんのや。恐怖っちゅうのは自分の力だけでは消されへんからなあ。これからもっともっと恐怖は強ようなるで。
それに比例してワイの力も増していく。いずれはあの邪神もシバき倒して、現実の世界を支配したるんや。」
「・・・偉そうにぬかしおって・・・。そういうセリフを吐く奴は、近いうちにくたばると相場が決まっておるわ。」
「くたばるのはおっさんの方や。さっさと虚無の闇へ落ちんかい!」
アーリマンは触手で殴りつけた。ユミルは力をなくしていき、顔の半分まで闇の中に落ちていった。しかし・・・・そこへ一筋の光が飛んできた。
「なんだ・・・これは・・・・。」
ユミルはじっとその光を見つめる。それは七色の光を纏うコウであった。
「おっさん。ずいぶんピンチだな。今助けてやるぜ。」
「馬鹿もん!早く逃げい!ここにいたらお前も飲み込まれるぞ!」
「分かってるよ。でも仲間をほうっておけないだろ?」
コウはニコリと笑いかけて、ブンブンとユミルの周りを飛び回る。彼の羽から輝く鱗粉が放たれ、虚無の闇を照らしていった。
「おお・・・これは・・・闇が消えていく。」
ユミルを飲みこもうとしていた闇は、七色の鱗粉によってジワジワと溶けていく。
「おっさん、今だ!上がれ!」
闇が消えて大地が現れ、ユミルは手をついて身体を引きずり出した。そこへアーリマンの触手が襲いかかってきたが、サッとかわして掴み取った。
「ちっちゃいの。礼を言うぞ。お前のおかげで助かった。」
「ちっちゃいのって言うな!俺の名前はコウだ!」
「ならばコウ、すぐにここから離れろ。アーリマンがお前のことを狙っているぞ。」
「え?」
次の瞬間、コウの背後に巨大な影が迫ってきた。後ろを振り返ると、そこにはアーリンが腕を組んで立っていた。
「お前が邪神の言うてたチビやな。ほれ、こっちへ来んかい。」
そう言って巨大な手を伸ばしてきた。コウは慌てて逃げようとしたが、目の前を触手で塞がれてしまった。
「うわわ・・・ちょっとタンマ!」
「いいや、待たへん。痛あせえへんから大人しいせえ。」
「誰が大人しくするか!捕まえられるもんなら捕まえてみろ!」
コウは蠅のようにブンブン飛び回る。アーリマンの手を逃れ、触手を掻い潜って逃げ出した。
「この・・・すばしっこい虫が!大人しいせいや!」
必死に触手を動かして叩き落そうとしていると、ユミルに体当たりを食らって吹き飛んだ。
「がはあッ!」
「調子に乗るなよ、この木偶魔王が!」
ユミルは高く飛び上がって、フライングボディプレスをかました。
「ぐぼおッ!」
ゴゴゴゴゴと大地が揺れ、残っていた建物が倒壊していく。
「アーリマンよ、確かにお前は強敵だ。だがしかし!思いあがった心がお前の弱点だ!
原始の巨神の力、その身でとくと味わうがいい!」
ユミルはベアバックのようにアーリマンを締め上げ、持てる力の全てを使って大気中の水分を凍らせていく。
絶対零度に近い冷気が吹き荒れ、辺り一面がブリザードの世界へと変わっていった。
「アリアン!コウを連れて逃げろ!儂は・・・・ここまでのようだ。」
「ユミル!まさか自爆するつもりか!」
アリアンロッドは身を乗り出して叫んだ。
「残念ながら、こいつは普通に戦って勝てる相手ではない。このまま放っておけば、いずれこの国を虚無の闇へと変えてしまうだろう。だから儂は、この命に代えてもこいつを仕留める!」
「よせ!私達も助太刀す・・・・・、」
そう言いかけた時、スカアハに肩を叩かれた。
「・・・アリアン・・・行くぞ・・・。」
「しかし・・・。」
「我らが手を貸したところで、足手まといにしかならん。ここは奴の言う通り、コウをつれて逃げるのが賢明なり・・・。」
「・・・・・・・・・。」
スカアハの言うことはもっともだったが、どうしても抵抗があった。目の前で苦しむ友を見捨てるのは、自分の信条に反することだったからだ。
何とかならないものかと考えていたが、スカアハはまた肩を叩いて首を振った。
「感傷にとらわれている時ではない。我らがここにいれば、巻き添えをくらって死ぬだけだ。」
「・・・・そうだな。」
アリアンロッドは心の中でユミルに詫びを入れ、クルリと背を向けた。
「コウ!早くここから逃げるぞ!ついて来い!」
そう叫んで剣を振り、虹のアーチを伸ばして長い橋を作った。そして後ろを振り返り、決死の攻撃を仕掛けようとするユミルに言った。
「ユミル・・・・すまない・・・。」
「気にするな。短い間だったが、なかなか楽しい旅だった。海底で眠っているより、遥かに充実した時間であったぞ。」
大きな顔をニコリと笑わせるユミル。そして「行け!」と激を飛ばしてアーリマンを締め上げた。
「行くぞコウ!ボケっとしているな!」
アリアンロッドは長い銀髪を翻し、虹のアーチを駆けていく。スカアハも並んで走りだし、コウも二人を追いかけた。
「おっさん!俺が邪神を倒したら、きっと生き返らせてやるぜ!コスモリングの力なら、絶対に出来るはずだ!」
「ほざけ小人が。儂の事はいいから、とにかく邪神をぶっ倒してこい!」
コウはしばらくユミルを見つめていたが、サッと背を向けて飛び去っていった。
「やれやれ・・・小人どもは融通が利かんでかなわん。儂一人が死んだところで、世界はどうにかなったりはしないというのに。」
ユミルはさらに力を入れ、アーリマンの身体をメキメキと締め上げていく。しかし四本の触手が背中に突き刺さり、思わず膝をつきそうになった。
「おっさん・・・何をするつもりか知らんけど、ワイに勝てるつもりか?」
アーリマンは自信タップリに笑って、触手から高熱のガスを放った。ユミルの身体はジワジワと溶かされていき、もうもうと湯気が上がっていく。
「ふん!これしきでやられるものか!」
ユミルはさらに冷気を放ち、激しいブリザードを巻き起こした。
「しぶといおっさんやな。この腕ごと砕いたるわ!」
アーリマンは力を込めてユミルの腕をふりほどいた。そしてガシっと顔を掴み、触手を地面に突き立てて虚無の闇を広げていった。
「ほれほれ、今度は完全に沈めや!」
両手でユミルの頭を押さえつけ、力任せに闇の中へ押し込んでいく。虚無の闇はズブズブとユミルを吸い込み、永遠の闇へ誘おうとする。
「やはり強いな、さすがはゾロアスターの魔王だ。」
「当たり前やん。俺に勝てる奴なんてそうそうおらへんで。ここまで戦えただけでも立派なもんや。ふん!」
そう言ってさらにユミルの頭を押し込んでいく。しかしふと違和感を覚えて足元を見つめると、小さな霜がポツポツと付いていた。
「なんやこの霜は・・・?」
「それは儂の命を削って作った霜だ。」
「おっさんの命を・・・・。」
「この儂の命と引き換えに、どんなに強大な敵でも凍らせる巨神の霜だ。」
「ふん!そんなもんでワイが倒せると思ってんのか、ええ?」
「無理だろうな。しかし呪いをかけることは出来るぞ。永遠に溶けることのない、凍てつく霜の呪いを・・・・。」
ユミルは胸いっぱいに息を吸い込み、身体を膨張させた。そして風船のようにパンパンに膨み、虚無の闇から抜け出して空に浮かび上がった。
「儂の力ではお前を倒せない。だがしかし!きっと・・・きっと何者かがお前を倒すだろう。その時まで、お前はしばしの間氷漬けにされるがいい!」
ユミルはさらに息を吸い込み、何倍にも膨れ上がっていく。
「おいおい・・・ちょっと待てやおっさん・・・どこまでデカくなるねん・・・。」
ユミルの膨張は止まらない。その大きさはスカイツリーの全長を越えていき、やがて直径五キロの氷の塊と化した。それはまるで、空に浮かぶ氷の太陽のようだった。
「アーリマンよ!霜の巨人ユミルの力、その身に受けるがいい!」
膨張したユミルの身体がビキビキとヒビ割れていき、中から冷気が溢れ出す。
「待て待て待て!こんなもん相手にしてられるかい!」
アーリマンは慌てて逃げ出そうとしたが、足元が霜で凍りついて動けなかった。
「おいおい、いつのまにこんなに凍ってしもたんや。もう腰の辺りまで来てるやんけ・・・。」
「さあ・・・これで終わりだ。永久に凍りつくがよい!」
膨張したユミルの身体から白い閃光が放たれ、渦巻きのように霜が降り注ぐ。それはアーリマンの身体を凍らせ、氷像のように固めていった。
「お・・・おのれ・・・・このままやられてたまるかい・・・・・。」
悪の王アーリマンは、力を振り絞って触手を動かす。そして海に向かってそれを伸ばし、海底に突き立てて邪悪なエネルギーを注いでいった。
「このままでは終わらんぞ・・・。お前の仲間がワイを倒しに来るっていうんやったら、こっちもそれなりの手を打たせてもらうで・・・。ワイの力で・・・ここに穴を空けたる・・・。虚無の闇の穴を・・・。そうすりゃ、いずれ空想の奥へ通じる道が出来る・・・。空想の深海への道が・・・。」
アーリマンの触手は虚無の闇を広げ、海底に暗い穴を空けていく。それは時間も空間もない完全なる闇の世界で、一たび足を踏み入れたら二度と出て来られない虚無の世界だった。
「邪神よ!聞こえてるか!お前なら・・・ここに空想の深海への道を造れるはずや!
そして・・・空想の力の全てを手に入れろ!」
アーリマンは天を見上げ、両手を広げて叫んだ。そしてその姿のまま、ユミルの呪いによって凍りついてしまった。ユミルは死に、アーリマンは呪いを受けて氷漬けになった。
そこに勝者はなく、アーリマンの生み出した虚無の闇が残っただけであった。
 

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第五話 悪の王アーリマン(1)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:36
穏やかな瀬戸内の海に、大きな黒い塔がそびえている。
突如現れたその黒い塔は、周りに三人の魔王を従えていた。
『ここで再び臨時ニュースです!つい先ほど、瀬戸内海に謎の黒い塔が現れたとの情報が入りました。塔の周りには謎の生物の存在が確認され、現在自衛隊の偵察機が詳しい情報を集めています。』
ミヅキは電器屋のテレビに映し出される画面を見つめていた。
博臣の家を出たあと、クー・フーリンと共に西を目指していたのだが、岡山の沿岸部を通りすぎる時に異様な光景を目にして立ち止まったのだ。
「あれ・・・・なんなの・・・?」
テレビ画面から目を離し、海にそびえる黒い塔に視線を向ける。その周りには三体の黒い影が飛んでいて、おぞましい気を発していた。
「ねえ、クー。あれは何?なんだかすごく怖いものを感じるんだけど・・・。」
ミヅキはクー・フーリンの腕を掴み、黒い塔を指さした。
「おそらく・・・魔王だろうな。それもかなり手強い奴だ。きっと光の壁の穴を抜けてきたんだろう。」
「魔王って・・・・。なんでそんなものが・・・・。」
「決まっているだろう。この星を自分たちのものにする為だ。しかし・・・あれほど強力な魔王が突然出て来るとは思わなかった。これは・・・・うずくな。」
クー・フーリンはニヤリと笑い、ゲイボルグを握りしめた。
「ねえ、クーはあれに勝てるの?もしあいつらが攻めて来たらやっつけられる?」
ミヅキは不安そうにクー・フーリンの腕を引っ張る。さっきから嫌な予感ばかりしていて、これからきっと良くない事が起こると不安になっていた。
「クーは強い神様なんでしょ?もしあいつらが悪い事をしたら、やっつけられるんでしょ?」
それは質問というより、懇願だった。なんとしてもあいつらを倒してほしい。でなければ、きっとこの国に災いが降りかかる。
ミヅキはゴクリと息を飲んで返事を待つが、クー・フーリンはあっさりと「無理だ」と言い切った。
「まずあの黒い塔のようなものだが、あのクラスの魔王となると、主神格級の神に匹敵する力を持っている。それに周りには三体も手下がいるし、勝つのは無理だ。」
「そんな・・・・じゃあどうすりゃいいのよ・・・・。」
「刺し違える覚悟なら、手下を葬るくらいは出来るかもしれない。しかし、あの黒い塔の魔王は無理だ。だからこそ・・・・・うずく!うずくぞおおおおおおお!」
クー・フーリンはゲイボルグを掲げ、勇ましい雄叫びを上げた。すると顎はパックリ割れていき、筋肉が盛り上がってモジャモジャと毛が生えてきた。
「勝てない戦いこそ楽しめるというもの!いや、そもそも勝敗などどうでもいいのだ!
要は戦いさえ出来れば俺は満足!さあ、この身が砕かれるまで戦うぞおおおおお!」
拳を握って雄叫びを上げ、海の方へ走りだすクー・フーリン。
しかし後ろから短剣が飛んできて、プスリと頭に突き刺さった。
「痛ッ!」
「待ってよこの馬鹿!あんたが死んだら仲間集めはどうするの?コウとアリアンとの約束を破る気?」
ミヅキは怒った顔で駆け寄り、短剣を掴んで振り上げた。
「待て待て!剣を下ろせ!」
「じゃあ大人しく言うことを聞きなさいよ!ここで無駄死にしたって意味ないんだから!」
ミヅキは短剣を構え、グイッとクー・フーリンに詰め寄る。もしここで彼に死なれたら、コウとの約束が果たせなくなる。それは博臣が帰ってこられなくなることを意味していた。
「コウの作戦が失敗したら、きっと邪神はこの星を乗っ取るわ。そうなったら、博臣はもう・・・。」
ミヅキは短剣を下ろし、唇を噛んで俯く。博臣がいなくなってしまったことは大きなショックだった。今まで我慢していた気持ちが溢れ、思わず泣きそうになる。
「・・・ミヅキ。泣くな。」
「うっさい・・・。泣いてないもん・・・。」
「お前の言うとおり、ここは剣を引こう。しかしこれからどうする?あの黒い塔は、きっとこの国を攻めるつもりだぞ?そうなればお前の家族も・・・・、」
「分かってる!でも今はあんたに死なれたら困るでしょ・・・。だから・・・このまま仲間を探しに行くしかない・・・。出雲には強い神様がいるんでしょ?」
「神様というより、怪物だがな。ヤマタノオロチという化け物だ。一度だけ戦ったことがあるが、滅茶苦茶強い相手だった。正直死にかけたからな・・・。それにあの場所へ行けば、この国の神に協力をあおげるかもしれん。」
「じゃあ早くそこへ行こう。こんな所でグズグズしてられないもん!」
そう言って、ミズキはピョンとクー・フーリンの背中に飛び乗る。
「さあ、走って!早く出雲大社を目指そう!」
「うむ、では落ちるなよ!」
クー・フーリンは地面を蹴りつけて走り出す。それはチーターを遥かに凌ぐ俊足で、車を追い越して出雲を目指していった。
ミヅキはクー・フーリンの長い髪に守られ、ギュッと彼の背中にしがみつく。
そして後ろを振り返り、黒い塔を睨みつけた。
「コウ・・・この国は・・・ヤバイかもしれない・・・・。」
穏やかな瀬戸内の海は、黒い塔に怯えるように波が立っていた。


            *


その頃、コウとアリアンロッドはユミルに運ばれて日本へ戻って来た。
氷の道をスイスイと滑りながら、神経を集中させてアーリマンの気配を探っていた。
「・・・・遠くに邪悪な気を感じるな。それも一体ではない・・・。」
アリアンロッドは目を閉じながら言う。
「俺も感じるぜ。全部で四つの悪い気がある。しかもそのうちの一つは、すごく大きな力を持ってる。」
コウはアリアンロッドのコートに抱かれながら、遥か遠くの海を見つめた。
「このまま行けばすぐに辿り着くだろう。しかし、一つ心配ごともある。」
そう呟いて空を見上げるアリアンロッド。そこには自衛隊の偵察機が飛んでいた。
「こちらに気づいているな。さっきからずっとつけられている。」
「そりゃそうだろ。こんなデカイ巨人が海の上を滑ってんだ。放っとく方がどうかしてるぜ。」
偵察機は空高くからユミルを監視していた。立て続けに起きる異常現象に、人間の側は完全にパニックになっていたのだ。
そして巨大なユミルの出現は、さらに人間を不安に陥れていた。偵察機のパイロットは、我が目を疑いながら情報を本部へ伝えている。
「もしかしたら、儂も攻撃を受けるかもしれんな。まあ人間の武器など痛くも痒くもないが。」
「お前はともかく、コウはそういうわけにはいかん。人間側に、なんとかこちらの意志を伝えたいが・・・。」
アリアンロッドは上空を舞う偵察機を見上げる。こちらに敵意がないことを知ってもらえれば、攻撃を受ける可能性は低くなる。コウを守る為に、なんとかそれを伝えられないものかと悩んでいた。
「アリアン、敵の気配が迫っている。もうすぐだぞ。」
ユミルは険しい顔で注意を促す。
「分かっている。敵は強大だから心してかからねばならん。ユミル・・・アーリマンはお前に任せていいか?」
「当然だ。あんな美味しい遊び相手を譲るものか。」
ユミルはニヤリと笑い、さらにスピードを上げていく。
すると耳をつく高い音が聞こえて、後ろを振り返った。
「・・・来たか、人間の兵器が・・・。」
遠い空から、三機の戦闘機がこちらに迫っていた。それに続いて、遥か後方には艦隊の影も見える。
「人間どもは本気でやる気だな。」
「くそッ!ここで足止めをくらうわけにはいかんのに・・・。」
アリアンロッドは悔しそうに唇を噛む。自分はともかく、コウは無事ではすまないかもしれない。もし人間が攻撃をしかけてくるなら、コウを守る為に戦わざるをえなかった。
「あまり乗り気はしないが・・・仕方あるまい・・・。これも邪神を倒す為だ。」
腰の剣に手を掛け、虹の光で身体を覆う。戦闘機は音速を超えてこちらに迫り、一触即発の緊張が走った。
「・・・・・・・・・・。」
しかし・・・・戦闘機は何も仕掛けてこなかった。ユミルを追い越し、まるで別の目標があるかのように飛び去っていった。
「これは・・・・私達を追いかけてきたわけじゃないのか?」
アリアンロッドは拍子抜けして戦闘機を見送る。するとコウは、首を伸ばして前方の海を見つめた。
「きっと・・・・アーリマンを狙ってるんじゃないかな?」
「アーリマンを・・・?」
「人間って、よっぽどのことが無い限り兵器なんて持ち出さないだろう?だったら、すでにアーリマンが暴れ回ってるのかも・・・。」
「それは考えられるな。こちらもグズグズはしていられん。ユミル、もっと急いでくれ!」
アリアンロッドはペチペチとユミルの肩を叩く。
「言われんでも分かっておるわ!そおれい!」
ユミルは氷の道に足の指を食いこませ、スプリンターのように走っていく。その速さは音速の近くにまで達していて、飛び跳ねるように氷の道を駆け抜けていった。


            *


自衛隊が奮闘している。戦闘機がミサイルを放ち、戦車が爆音を響かせて砲撃する。
目標はただ一つ、海に浮かぶ黒い塔。
先ほどまでじっと佇んでいるだけだったが、突然動き出して街を襲いだしたのだ。
四本の長い触手を伸ばし、縦横無尽に動かして街を叩きのめしていく。日本政府はこの黒い塔を生物と判断し、災害派遣の名目で自衛隊を緊急出動させていた。
科学の粋を集めた兵器が、謎の生物を駆逐しようと奮闘する。
しかし・・・・まったく効果はなかった。
ミサイルも砲弾も、ズブズブと黒い塔の中に吸い込まれ、何のダメージも与えることが出来なかった。沖に待機する戦艦からもミサイルが発射されるが、やはりズブズブと吸い込まれるだけで効果はない。何ら効果的なダメージを与えられずにもたついていると、塔の周りを飛ぶ三体の影が動き出した。
「ひゃっはああああああ!頂きまあああす!」
赤い衣を纏った真っ黒な天使が、チャラいヤンキーのように舌を出しながら迫って来る。
ミサイルを掻い潜り、戦車部隊の上に舞い上がると、口に手を当てて叫んだ。
「ギヴェエエエエエエエエエ!」
黒板を引っ掻いたような気持ちの悪い音が響き、その途端に戦車の中から隊員が飛び出してくる。
「ぎゃああああああ!」
誰もが恐怖に顔を引きつらせ、まるで悪魔にでも追いかけられているように逃げ惑う。
そしてパニックを起こして銃を乱射し、味方同士で殺し合いを始めた。
「ぎゃははははは!やれ!もっと殺し合え!」
気持ちの悪い声は街じゅうにこだまし、一般人までもが恐怖に駆られて暴れ出す。民間人の避難と誘導を行っていた機動隊までもが、その寄声にやられて暴徒と化していた。
地上に展開する部隊は、この魔王一人によって統制が崩されてしまった。
そして・・・空でも激しい戦いが巻き起こっていた。翼の生えた美しい女悪魔が、真っ黒な肌に赤い目を光らせて飛び回っていた。身体に巻き付けた紺色の絹を翻し、ミサイルや機銃を難なくかわしていく。
そして真っ白な長い髪を揺らし、怪しげなピンクの光を放った。
すると戦闘機を操縦していた女性パイロットが腹を押さえて苦しみ出し、血を吐いて絶命していった。
「時代は変わった・・・今は女が戦場に出るとは・・・・。」
虚ろな目で空を睨み、ヒラリヒラリとミサイルをかわして戦闘機を翻弄していく。そしてブツブツと呪文を唱え、ピンクの光を空一面に拡大させていった。
それは色香で人を惑わす怪しい光だった。戦闘機や戦闘ヘリを操る男たちは、たちまち魅了されて女悪魔の軍門に下る。そして地上で同士討ちをする仲間に向けて攻撃を仕掛けた。
街にミサイルや機銃が炸裂し、ビルが壊れて人が死んでいく。
「・・・時代は変わっても・・・人の心は弱いもの・・・・。」
女悪魔は電波塔の上に座り、虚ろな目をしたまま街を睨んでいた。
そしてもう一人、送電線の高い鉄塔から海を見つめる者がいた。一つ目の描かれた覆面をかぶり、白いマントで全身を覆う、悪の女神だった。
遠くに見える自衛隊の艦隊を睨みつけ、スッと手を伸ばして祈りを捧げた。それは人の道徳心を奪い、欲望に駆り立てる恐ろしい祈りだった。
艦隊の船員からは理性が消え、本能を剥き出して勝手な行動を始める。
本部からの命令を無視し、好き勝手に砲弾やミサイルを放ち、さらには仲間を裏切って逃げ出そうとする者もいた。
艦隊の指揮系統は混乱し、もはや原始人に運航を任せているような状態だった。
「・・・・・・・・・・・。」
悪の女神は何も言わずにその光景を見つめ、ただ瞑想にふけっていた。
三人の魔王はあっという間に人間の兵力を無力化し、虫でも踏み潰すように蹂躙していく。
黒い塔はゆっくりと前進し、とうとう陸に上がってしまった。
四本の触手を伸ばしてひたすら街を破壊する。そして全ての建物を破壊し尽くすと、触手を自分に巻きつけて動かなくなってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
それは・・・まるでサナギのようだった。黒い塔は、人々の恐怖や憎しみ、そして猜疑心といった負のエネルギーを糧としていた。
正体不明の敵に襲われた人間はパニックになり、我先にと逃げ惑う。そして魔王の呪術によってさらに混乱し、同士討ちを繰り返して屍の山が築かれていった。
黒い塔は、そこから生まれる負のエネルギーをひたすら吸収する。本来の姿に戻る為、じっと佇んで力が溜まるのを待っていた。
この様子は報道ヘリによって中継されていて、テレビやネットを見ていた人々は恐怖に震えた。日本じゅうが正体不明の化け物に戦慄し、画面の前で息を飲んでいた。
自衛隊の増援が続々と駆けつけて、応援にやってきた在日米軍も戦いに加わる。
しかし・・・・結果は同じ。まったく成す術なく蹂躙されていくだけであった。
あまりに一方的な戦いに、ニュースを見ていた人々にさらに戦慄が走る。黒い塔は日本じゅうの負のエネルギーを吸収して、しだいに姿を変えていった。
触手で囲まれた身体がモゾモゾと動き、黒い瘴気が溢れ出す。そしておぞましい悪魔が姿を現した。
「・・ううう・・・・めっちゃ寝た・・・・・。」
悪魔はツルツルと光沢のある黒い肌をしていて、まるで甲殻類のように堅そうな身体をしていた。頭の後ろには長い角が二本生えていて、ウルトラマンのようなモヒカンの突起がある。
そしてコキコキと首を鳴らし、背中から生える触手を伸ばして立ち上がった。
「ああ・・・ほんまよう寝た・・・・スッキリした。」
休日のオッサンのように背伸びをし、グイグイと足を伸ばして屈伸をする。
「うわあ・・・めっちゃ街変わってるやん。時代やなあ・・・・。」
腰に手を当てて壊れた街並みを見渡し、ホジホジと鼻クソをほじる。
「ひっさしぶりやなあ、現実の世界は・・・。空気と海がだいぶ汚れとるけど。」
自分の知るかつての現実の世界とは違い、少しだけ戸惑いを覚える。
「まあずっと闇の中で眠っっとったからしゃあないけど・・・時代やなあ・・・。」
その悪魔はユミルに匹敵するほどの巨体だった。ただ歩くだけでも街は破壊されていく。足元で人間が逃げ回っているが、まったく気にすることなく踏み潰していった。
「うわあ・・・昔に比べてめっちゃ人間おるやん・・・・気持ち悪!」
なるべく踏まないようにつま先立ちで歩き、遠くに見える大きな川に向かっていった。
「・・・・ええやん・・・大きな気が溢れとる・・・ちょっとここの神殺そか。」
巨大な悪魔は川に手を突っ込み、黒い瘴気を放った。すると昔からこの川にすむ龍神が悲鳴を上げて出て来た。それをパシッと掴むと、あっさりと握り潰してしまった。
「ははは!弱いな、この国の神は。こんなんが川の守り神なんか?ぬるい国やで。」
可笑しそうに笑いながら川に浸かり、まるで風呂でも楽しむかのように横たわった。
「・・はあ・・・ええわあ・・・生き返るで・・・・。」
川に溜まった大きな気を吸い取り、自分の力に変えていく。するとそこへ三人の魔王が集まり、膝をついて頭を下げた。
「おはようございます、アーリマン様。」
「おう!お前ら、御苦労やったな。人間のオモチャはどうやった?」
「・・・カス、でございますね・・・。遊びにもなりません。」
一つ目の覆面をかぶった悪しき女神が、吐き捨てるように言った。
「ははは、きついなあ、タローマティは。そんなんやから男が出来へんのやで。」
「・・・必要ありません。オスは嫌いなので。」
「ほうか。まあ恋愛は自由やさかいなあ。」
アーリマンと呼ばれた悪魔は、ニコニコとしながらタローマティを見つめる。そして他の魔王にも気さくに喋りかけた。
「おう、アエーシュマ。なんやその恰好、天使みたいやで。ほんまはモジャモジャのくせに。」
「いやあ、こっちのがオシャレっすよ。俺、自分の見ため嫌いなんで。」
赤い衣の黒い天使は、チャラい仕草でペコペコとする。
「お前のほんまの姿はゴリラみたいやからなあ。俺もダサいと思うわ。」
アーリマンはゲラゲラと笑い、その隣にいる女悪魔を見つめた。
「ジャヒーは相変わらずエロい身体しとるなあ。またチチがデカなったんとちゃうか?」
「大きすぎるのも悩みものです。理想はこれの半分くらい。」
紺の絹を纏うジャヒーは、色っぽく微笑みながら胸に手を当てた。
「まあなにはともあれ、こうやって現実の世界に出てこられたんは嬉しいこっちゃ。
・・・はて?ドゥルジとダハーカが見当たらんけど、どうした?」
そう尋ねると、悪しき女神のタローマティが答えた。
「殺されました。」
「な、なんやて!誰にや!」
「原始の巨神ユミルと、ケルトの女神アリアンロッドにです。ドゥルジが飛ばした蠅が知らせてくれました。」
「・・・ユミルかあ・・・厄介な奴が出てきたな・・・。ほんで、アカ・マナフはどうした?」
アカ・マナフとは、アーリマンの配下の魔王であった。その力は絶大で、アーリマンも信頼を寄せる部下であったが、姿が見えないことに首を捻った。
「まさか・・・マナフもやられてしもたんか?」
険しい顔で尋ねると、黒い天使のアエーシュマが肩を竦めて答えた。
「光の壁の穴を抜ける時にやられちまったんすよ。ダンタリオンとかいう魔人にね。」
「ダンタリオン・・・確かソロモンの魔人やないか。あいつら邪神に敵対しとんか?」
「そうっすよ。どっちかつうと、ソロモンの連中は中立的な立場だったっすからね。邪神と手を組むのはゴメンなんじゃないすか?」
「ふん!アホな奴らや。今やこの星の魔王や悪魔は、ほとんど邪神に味方しとんやぞ。今さらどうあがいたって勝ち目なんかあるかいな。」
つまらなさそうに言い捨て、ひたすら川に流れる気を吸収するアーリマン。
「よっしゃ!だいぶリフレッシュしたで!ほならそろそろ仕事しよか。邪神の奴は何て言うとった?ワイはずっと塔の中で寝てたさかい分からへんのや。邪神の声に反応して来ただけやからな。」
そう言って身を起こし、川で濡れた身体をパンパンと弾いた。
「邪神はこう言っておりました。この日本という国を、死の世界に変えると。」
「死の世界?」
「そうです。この国を邪神の本拠地とし、病と飢えを振りまいて死の世界に変えると。あの邪神はそういう陰鬱な場所を好みますからね。」
タローマティの言葉に、アーリマンは「ほう、死の世界か・・・」と顎を撫でた。
「それだけではありません。どうやらこの国の琵琶湖という湖を、ラシルの星と繋ぐ計画をしているようです。」
「・・・なるほど。ほな邪神の奴は、ここを自分の住処にするつもりなんやな?」
「でしょうね。その為の土台作りを我々にさせるつもりなのです。それと・・・・ある妖精を捕まえて来いと言われました。」
「ある妖精?」
「はい。ラシルの星から来た妖精だそうで、今は人間の肉体に宿っていると聞きました。ドゥルジとダハーカがそれを捕まえに行ったのですが・・・・・。」
「・・・返り討ちに遭うたいうわけやな?」
「はい。正直なところ・・・ケルトの女神はともかく、ユミルは危険過ぎる相手です。もし我々に気づいてこちらに向かっているとしたら・・・・。」
タローマティは厳しい顔で主を見上げた。
「・・・面倒くさいことになるな。でももう遅いみたいやで。あちらさん、ごっつう怖い顔で睨んどるから。」
そう言ってアーリマンは海の方を指さした。配下の魔王達は後ろを振り向き、鬼神のごとき形相でこちらを睨むユミルを見て、「ひえ!」と震えた。
「まずいっすよ・・・。めっちゃ怒ってる・・・。」
「私・・・し〜らないっと・・・。」
アエーシュマとジャヒーはササッと顔を逸らす。
ユミルは海を歩きながらズンズンとこちらに近づいて来る。アーリマンは腕を組み、ギロリと睨み返した。
「なんやおっさん。文句あんのか?」
アーリマンは挑発的な態度で笑い、ユミルに近づいて行く。そして顔が触れるほど近くで足を止め、喧嘩腰で喋りかけた。
「なんやワレこら?誰にメンチ切っとんじゃ。ああ?」
「うるさいわ。お前こそ誰に喧嘩を売っとるつもりだ?」
東京タワーよりも一回り大きな両者が睨み合い、激しい殺気がぶつかって空気が歪む。
「おどれ・・・ワイの舎弟を可愛がってくれたらしいのお?ああ!」
「お前の舎弟?・・・・ああ!あのトカゲと蠅か?あんなもんが舎弟とは泣けてくるな。
お前の舎弟はその辺の草むらで捕まえて来たのか?はははは!」
「ワレ・・・・あんま調子こいてっとイテこますどコラ・・・。」
アーリマンのこめかみにピキピキと血管が浮き上がる。そしてユミルの肩に乗っているアリアンロッドとコウに気づいて、手を伸ばそうとした。
「なんや?おもろいペット買うてるやんけ。ちょっと見せえや。」
アーリマンはすぐに見抜いていた。ユミルの肩に乗る少年が、邪神が捕まえて来いといった妖精だと。しかしコウに触れようとした瞬間に、ユミルに腕を掴まれた。
「おいおい・・・いきなり友に手を出すとは無粋だな。」
今度はユミルの眉間に皺が寄る。
「え?・・・ああ!このちっちゃいのおっさんの友達?これはスマンスマン・・・。
俺はてっきり食用のペットか思うて。でも・・・・あれやな。巨人のクセにこんなんが友達って・・・なんか寂しいな。おっさん・・・・もしかしたら巨人に友達おらへんのとちゃうか?なあ?」
アーリマンは嫌味な笑顔で下から覗きこむ。そしてペチペチとユミルの頬を叩いた。
「なんとか言えやおっさん。ビビってんのか?それとも・・・・、ふべしッ!」
ユミルの怒りの鉄拳が、アーリマンの顎を撃ち抜いた。
「調子に乗るな!たかが魔王の分際で!」
「ワレ・・・タダじゃすまさへんで・・・・・。」
アーリマンは顎を押さえて立ち上がり、コキコキと首を鳴らした。
「アリアン!ここを離れておれ!巻き添えを食うぞ!」
「分かった!コウ、行くぞ!」
アリアンロッドはコウを抱えて飛び上がり、剣を振って虹のアーチを作り出した。
「コウ、安全な所まで避難するぞ。」
「でも・・・おっさんは大丈夫かな?あのアーリマンって奴、かなり強そうだけど。」
「ああ、奴は強い。だからユミルが戦うのだ。私には少々手の余る相手だからな。」
アリアンロッドはコウを抱えて、虹のアーチを滑っていく。すると前方から三人の魔王が迫ってきて、一斉に取り囲まれた。
「アーリマンの配下か・・・。」
足を止め、コウを後ろに隠して剣を構える。
「お前がドゥルジを倒した女神だな。それほど強そうにも見えないが・・・。」
タローマティは腕を組んで見下ろし、ビリビリと殺気をぶつけてくる。
「そのセリフはそのまま返そう。これでも腕っぷしには自信があるのだ。」
「ほほう・・・面白い・・・。では我ら三人がお相手をしようか。そして・・・その妖精を頂く!」
そう言ってビシっとコウに指を向ける。
「コウを・・・?なぜ彼を狙う?」
「邪神からの頼みだ。どうしてもその妖精を捕まえて来いと言われたのでな。」
「やはり邪神が絡んでいたか・・・・。どうせラシルでやられた事を根に持っているのだろう。
器の小さい女だ。」
アリアンロッドは剣を振って虹のヴェールを纏い、タローマティを睨みつけた。
「コウは絶対に渡さん!私はボディガードなのだ、命に代えても守ってみせる。」
「ああ、そう。出来るものならやってみるがいいわ。私達三人を相手に・・・ね。」
タローマティは他の魔王と顔を見合わせ、一斉に襲いかかってきた。
「ひゃっほおおおおおおい!」
アエーシュマは一気に距離を詰め、鋭い蹴りを放つ。
「くッ・・・・。」
アリアンロッドはそれをかわし、剣を振って反撃に出る。しかし横から手が伸びてきて、胸ぐらを掴まれてしまった。
「勇ましい女・・・でも胸は私の方が大きいわ。」
ジャヒーはアリアンロッドの顔を殴りつけ、ピンクの光を放った。
「ぐあッ・・・・・。」
すると急に腹が痛み出して、思わず膝をつきそうになった。
「これしきで・・・・。」
歯を食いしばって痛みを堪え、虹の力を使って時間の流れを遅くする。するとジャヒーとアエーシュマは、カタツムリのように動きが鈍くなった。
「うかつに飛び込むからこうなる・・・。」
そう言ってクルリと回転し、後ろにいたタローマティを斬りつけた。
「ぐあッ・・・。」
「背後からコウを狙うことは分かっていた。お前の動きはバレバレだ。」
アリアンロッドは「伏せていろ!」とコウの頭を押さえつけ、剣を収めて居合の構えをとった。
そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで周りの敵を斬りつけ、パチンと鞘に戻した。
全ての敵は真っ二つに切り裂かれ、地面へ落ちていった。
「・・・・妙だな。アーリマンの配下がこの程度なわけがない・・・。」
あまりに手ごたえがなさ過ぎて不安になっていると、いきなりコウが襲いかかってきた。
「うおおおおおおおお!」
「どうしたコウ!落ちつけ!」
コウは目をつり上げて掴みかかり、バシバシと殴りかかってくる。
「これは・・・何かに惑わされているのか?」
「そうよ・・・。さっきのピンクの光にね。」
斬られたはずのジャヒーが、クスクス笑いながら宙に浮かんでいた。
「なぜだ・・・。確かに斬ったはずなのに・・・。」
「甘い甘い。そんなにうまくいくわけないでしょ。」
そう言って両手を広げ、パッと目の前から消えてみせる。
「これは・・・幻術か?」
「そう・・・あんたが斬ったのはただの幻。」
ジャヒーはコウの後ろに現れた。ピンクの光で魅了されているコウは、フラフラとジャヒーの方に歩き、忠誠を誓うように膝をついた。
「くッ・・・不覚だ。」
「今さら悔しがっても遅いわよ。上を見てごらんなさい。」
ジャヒーはアリアンロッドの真上を指さした。するとそこには、ゴリラのような毛むくじゃらの大男が浮かんでいた。
「てんめえええ!やってくれたな!俺のお気に入りの天使衣装をよおおお!」
それは本来の姿を現したアエーシュマだった。手には丸太のような棍棒を持ち、頭上に振り上げて襲いかかってきた。
「チッ・・・・。」
サッと飛びのいて棍棒の一撃をかわし、剣を構えるアリアンロッド。アエーシュマは獣のような雄叫びを上げ、棍棒を振り上げて迫ってきた。
「鈍い!そんなものが当たるか!」
余裕で棍棒の一撃をかわし、また虹の力を使ってアエーシュマの動きを鈍らせる。そしてトドメを刺そうと剣を突いた時、なぜか心がザワザワとうずき出した。
「なんだ・・・これは・・・。私の心に・・・・妙な欲望が・・・・。」
「それは背徳の心。道徳や正義感を捨てて、欲望が剥き出しになる呪いよ。」
「くッ・・・・。私としたことが・・・・油断した。」
「さっきの言葉は訂正する。あなたは強いわ。でも・・・さすがに三人を相手にするのは無理があったみたいね。おまけにそこの坊やに気を取られているし。」
コウはすっかりジャヒーに酔いしれていて、もはやアリアンロッドのことなど眼中にないという感じだった。魅惑のピンクの光は、それほどまでにコウの心を支配していた。
「さて、あの坊やはこっちの手に落ちたわ。あとはあなたを始末するだけ。でもただ殺すのは面白くないから、自分の欲望にまみれて死になさい。正義感の強いあなたなら、そういう死にかたが一番屈辱的でしょ?」
タローマティは手を向け、ブツブツと呪いの言葉を放つ。それはアリアンロッドに背徳の心を植え付けていき、正義や道徳という心を抹消していった。
「ううう・・・ああああああああ・・・・・・。」
堪らず剣を落として膝をつくアリアンロッド。心の中に湧き上がる欲望は、身を焦がすほど強烈になっていった。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜえええええ!」
アエーシュマは丸太のような棍棒を振り上げ、力いっぱいアリアンロッドを殴りつけた。
「がはあッ・・・・・。」
「オラオラ!さっきの威勢はどうしたよ、ええ?」
何度も棍棒で叩きつけられ、身体はミシミシと悲鳴を上げていく。
「ほおら、坊やのお友達があんなふうになってるわよ。よかったら君も参加してくれば?」
ジャヒーはさらに魅惑の魔法を強め、コウの心を掌握していく。
「・・・・・・・・・。」
もはや完全にジャヒーの傀儡となったコウは、ガンガンとアリアンロッドを蹴り始めた。
「くッ・・・コウ・・・。やめろ・・・。それ以上やったら・・・私は・・・・。」
アリアンロッドは激しい怒りに燃えていた。背徳の心が植え付けられたせいで、攻撃を仕掛けてくるコウに憎しみを覚えていた。
「頼む・・・やめてくれ・・・。もう・・・自分を抑えられない・・・。これ以上蹴られたら、私は・・・私は・・・・お前を斬ってしまう・・・・。」
コウを見つめながら、湧き上がる憎悪に苦しんでいた・・・。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第四話 海底に蠢く邪神(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 18:34
ユミルが砕いた氷塊から、、巨大な龍が姿を現した。
「・・・・・・・・・・・・。」
それはゴジラに登場するキングギドラのような、三つの頭を持つ邪龍だった。
しかしキングギドラとは違って、その身は腐敗したように黒くくすんでいた。身体中から鼻をつまみたくなるような臭気を放ち、その周りをブンブンと羽虫が飛んでいる。
「これは・・・アジ・ダハーカだな。ということはアーリマンがこちらに来ているということか?」
ユミルは拳を構えながら問いかける。
すると後ろから、金属がぶつかる鋭い音が聞こえた。
「ぬはははは!来た来たあ!私の時代がやって来たああああああ!」
そこには、際どいハイレグのレオタードを身に着けた女がいた。灰色の肌にグラマラスなボディをしていて、蠅の羽と長い短い触角をもっている。そして白いショートカットの髪を揺らし、美しい顔で笑っていた。
その指からは鋭い爪が伸びていて、アリアンロッドの剣とつばぜり合いを起こしていた。
「貴様は・・・ドゥルジ!悪神アーリマンの配下ではないか!」
「そうよお!空想の世界からこっちへ出てこられるなんて思わなかったわ。ああ、シャバの空気って最高・・・。思わず濡れてきちゃうわ・・・。」
「不埒な女め・・・消え失せい!」
アリアンロッドはドゥルジの腹を蹴り飛ばし、コウを守るように立ちはだかった。
「ん〜っふっふっふっふ・・・。ああ、実体があるっていいわねえ・・・アソコの感度も抜群だし、何よりこの痛みがいいわあ・・・。」
そう言ってクネクネと身体を揺らし、自分で自分の身体をまさぐって恍惚としていた。
「お前のような悪魔がなぜこちらの世界へ来ている?まさか・・・光の壁が突破されたのか?」
「いいえ、まだあそこでは神と悪魔が争ってるわ。けど・・・全ての悪魔を防げるわけじゃない。神々の隙間を縫って、私はこっちの世界へ現れた。」
「なら・・・お前達の主、アーリマンもまさか・・・・。」
「ええ、こっちに来てるわよ。今頃日本って国を襲ってるんじゃないかしら?」
それを聞いた途端、コウは前に出て叫んだ。
「日本だと!あそこには博臣の家族が・・・・。」
「あなた・・・変わってるわねえ。人間の肉体に妖精の魂を持つなんて。ねえ、なんで私があたな達を追ってきたか分かる?」
「はあ?知らねえよそんなこと。」
「ぬふふ・・・私達がほしいのは・・・あなたなのよ、坊や。」
「俺?なんで俺が・・・・。」
眉を寄せて尋ね返すと、ドゥルジは何も答えずにニヤニヤと笑っていた。
「なんだよこいつ・・・ニヤニヤして気持ち悪りい奴だな・・・。」
「ぬふふ・・・もっと罵ってちょうだい・・・。ほら、私って痛いのが好きだから。心も身体もね。もしよかったら、あなたの童貞を私にくれないかしら。とおっても気持ち良くしてあげるわよお〜・・・ぬふふふふふ・・・・。」
「こいつ・・・ただの痴女じゃねえか・・・。」
コウは気持ち悪くなってアリアンロッドの後ろに隠れる。するとドン!と大きな音が響いて、ユミルの肩から落ちそうになった。
「どうしたユミル!」
アリアンロッドが振り返ると、巨大な蛇龍、アジ・ダハーカがユミルに噛みついていた。
「この・・・・チビの分際で・・・・・。」
アジ・ダハーカは確かに巨大ではあるが、その大きさはユミルの半分もなかった。三つの頭はユミルの足に噛みつき、そこから無数の害虫を注ぎ込んでいる。
「そんなものが儂に効くか!」
ユミルの体内に侵入した害虫は、パキパキと凍ってたちまち死んでいく。そしてアジ・ダハーカの頭もピキピキと凍り始めていた。
「この醜いトカゲめ!儂に喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ!」
ユミルは脇に拳を構え、強烈なアッパーをかましてアジ・ダハーカを吹き飛ばした。
「うわああああ!落ちるううううう!」
ユミルが大きく動いたせいで、アリアンロッドとコウは肩の上から滑り落ちていく。
「コウ、掴まれ!」
アリアンロッドは咄嗟に手を伸ばし、コウを抱きかかえて氷の海面に着地した。するとそこへドゥルジが飛んできて、口から大量の蠅を放ってきた。
「危ない!」
アリアンロッドはコウを庇うように抱きかかえる。ドゥルジが放った蠅は、低い羽音を立てながらアリアンロッドに纏わりついた。そして服の隙間から中に入り込み、皮膚を食い破って中へ侵入してくる。
「うああああああああああ!」
「アリアン!」
あまりの痛みに絶叫し、苦痛に顔を歪めながら倒れこむアリアンロッド。邪悪な蠅は彼女の中で好き放題に暴れ回り、体内を食い散らかしていく。
「くそッ・・・・。」
コウは両手を掲げて空を睨み、魔法を唱えた。
「水の精霊、海の精霊!アリアンロッドの身体から邪悪な虫を消し去ってくれ!」
両手を掲げたまま、精霊たちに念を送る。しかし・・・・・何も起きなかった。
「ああ、そっか・・・・。今は人間だったんだ・・・。」
いつものクセで魔法を唱えてしまったが、人間に魔法が使えるはずはなかった。
「ちくしょう・・・・どうしたらいいんだよ・・・・。」
アリアンロッドは身体をよじって痛みに耐えている。グッと歯を食いしばって顔を歪め、堪らず叫び声を上げた。
「ぐうああああああああ!」
「アリアン!」
アリアンロッドは口から血を吐き、ガクガクと震えている。コウは何も出来ない自分に苛立ちを覚え、ユミルに助けを求めようとした。
「おっさん!頼む、アリアンを助けて・・・・・、」
しかしその時、ドゥルジの手が口を塞いだ。
「ダメよ坊や〜・・・・・。せっかく二人きりになったんだから、ゆっくり楽しみましょうよ、ねえ・・・?」
「むぐッ・・・・ぐぐぐぐ・・・・・。」
ドゥルジは指でコウの頬をなぞり、彼を抱えたまま高く舞い上がった。
「ぬふふふ・・・・いいわあ・・・こういうウブな子は・・・いじめがいがあるもの。
ああ・・・あんな事やこんな事をして泣かせたい・・・・ぬふふふ・・・・。」
さっきまでは順調な旅だったのに、いきなり窮地に立たされてしまった。何とかして逃げようとするが、人間の身体ではどうすることも出来なかった。
《クソッ・・・・。頼むよユミル・・・こっちに気づいてくれ・・・・。》
ユミルはアジ・ダハーカと睨み合っていて、まったくこちらに気づかない。それどころか、思いのほかに強力なアジ・ダハーカに、戦いの喜びを感じて浮かれていた。
「なかなかやるではないか。たかがトカゲのくせに。」
ユミルの身体にはいくつもの大きな噛み痕が残っていた。それはアジ・ダハーカがつけた牙の傷痕で、そこから徐々に氷の身体が溶け始めていた。
「・・・・デカブツめ・・・。」
アジ・ダハーカはニヤリと笑い、天に向かって大きく吠えた。するとどこからか黒い雲が飛んできて、湯気の立ち上る灼熱の雨を降らせた。その雨は三万度の熱を持つ死の雨であった。
氷で出来たユミルの身体は見る見るうちに溶けていき、やがてアジ・ダハーカと同じくらいの大きさに縮んでしまった。
「・・・・これで対等だ・・・。」
アジ・ダハーカは構わず死の雨に突っ込んでいく。そして自分と同じ体格にまで小さくなったユミルの腕を噛みちぎり、嵐のように害虫を吐き出した。
「むうう・・・・思っていたよりやるな・・・・。」
「・・・強がるな、デカブツ・・・。お前は力は強いがそれだけだ。体格と腕力だけが頼みの、ただの木偶の坊だ・・・・。」
「ははは!言ってくれる。」
ユミルは余裕の笑みを見せるが、死の雨はさらに身体を溶かしていく。そしてついにはアジ・ダハーカの十分の一にまで縮小し、ペロリと飲みこまれてしまった。
アジ・ダハーカの体内には、はち切れんばかりに害虫が詰まっていた。そして小さくなったユミルを一瞬にして食らい尽くしてしまった。
「・・・・デカイだけだな・・・・。」
アジ・ダハーカは勝ち誇ったように言い、ドゥルジの方を見つめた。
「ドゥルジ、早く我らが主の元へ行くぞ・・・。目当ての小僧は手に入れたのだから。」
「分かってるわ。でもこの坊や面白いのよ。私のいじめを必死に我慢してるんだから。
ぬふふ・・・何が何でも泣かせてやるわ・・・。」
ドゥルジはコウの首元に牙を吐きたて、快楽の毒を注いでいた。それはどんな麻薬よりも強力な快楽をもたらし、指が触れただけでも気を失いそうになるほど、神経を敏感にさせる毒だった。
「さあさあ・・・坊や・・・。いつになったら声を上げるのかしら?まだ快感がたりない?」
ドゥルジはコウの胸の爪を立て、小さく傷を付けていく。
「・・・・・・・ッ!」
「ぬふふ・・・・痛みは感じないでしょ?だって、私の毒はとおっても気持ちいいはずだもの。
さあ、我慢せずに快感に身を任せなさい。その時こそ、坊やは廃人になって全ての感情を失うんだから・・・・。」
《・・・・やべえ・・・・・これマジでやばいぞ・・・。ユミルもアリアンもやられちまうし、俺は人間の身体で何も出来ないし・・・・。》
コウは敗北を覚悟し、全身から力を抜いていった。離れた星にいる親友を思い浮かべ、快楽に負けて声を出しそうになった。
「・・・う・・・・・・。」
「そうそう、素直になっちゃいなさい・・・。廃人になっても、私がペットとして買ってあげるから・・・・ぬふふ・・・・。」
《・・・ああ・・・・みんな・・・ごめん・・・・。俺・・・もう・・・・・。》
コウの目から、ポロリと悔し涙が落ちる。そして力が抜け、ドゥルジの毒に降参して声を上げようとした。
しかしその時、一本の剣が飛んできてドゥルジに突き刺さった。
「があッ・・・・。これは・・・・・あの女の剣!」
次の瞬間、ドゥルジは背後に殺気を感じて振り返った。
「やってくれたな、蠅の女よ。」
「な、なんで・・・・?なんで復活してんの!」
アリアンロッドは、氷の海面から伸びる虹のアーチに立っていた。その周りには、先ほどまで彼女を苦しめていた蠅が飛び回っていた。
「私は虹を操る力を持っている。」
「に・・・虹・・・・?」
「私は暴力が嫌いでな。だからこの虹に触れた者は、暴力という野蛮な心が消えてしまうのだ。
いまやこの蠅たちは、ブンブン飛び回るただの虫に過ぎん。」
「・・・・なるほど・・・さすがはケルトの女神・・・。その子たちだけで倒せるほど甘い相手じゃないってわけね。」
「そういうことだ。それにな、この虹には他にも力があるぞ。」
そう言って虹のアーチに手をつくと、周りの空間が僅かに揺らいだ。
「これは・・・時間が歪んで・・・・・、」
「ああ、この虹は時間の流れを変える力を持っている。時間を遅くすることも出来れば、早くすることも出来る。私が受けたダメージは、時間を早送りすることですぐに回復させてもらった。」
「時間を早送りで復活って・・・・それちょっと反則じゃないの・・・?」
「ふふふ、こんな使い方を覚えたのはつい最近だ。海王星からやって来たブブカという神をマネてやってみたのだが、なかなか便利な使い方だ。」
アリアンロッドはドゥルジに刺さった剣を引きぬいた。
「ぬうあああああ!いい!その痛みいいわああああ!」
「やはり変態だな。そんなに痛いのがいいなら、いくらでも与えてやろう。」
アリアンロッドは剣を構え、目にも止まらぬ速さでツバメ返しを決める。ドゥルジの身体にVの字の傷が刻まれ、緑の血がバッと飛び散った。
「さあ、思う存分痛がるがいい!」
そう言って虹に手をつき、バリっとむしり取ってドゥルジに投げつけた。
「うううあああああああああ!」
虹の力のせいで、身体に刻まれた傷の時間が遅くなっていく。そのせいで鈍い痛みが傷口に溜まり、思わず叫び声を上げた。
「どんなに痛みが好きでも限界はあるだろう?たっぷりと苦痛を味わうがいい!」
アリアンロッドは剣を一閃し、ドゥルジの羽を斬り落とす。そしてサッと手を伸ばしてコウを助け出した。
「おいコウ!大丈夫か?」
「・・・・うう・・・あんま触らないで・・・・すんごい刺激が・・・・。」
「奴の毒のせいだな。大丈夫だ、すぐに治してやる。」
アリアンロッドはコウを虹の上に寝かせた。そして極限まで時間の流れを遅くして、快楽を止めてやった。
「あとは解毒だが・・・私の治癒魔法で治るか?」
剣を収め、銀の髪を三本抜いてふっと息を吹きかける。すると途端に虹色の粒子に変わり、コウの身体を包んでいった。
「・・・・・しばらく様子を見るしかないか。下手に動かすのは危険だからな。」
アリアンロッドは自分の指に口づけをし、それをコウの唇に当てた。
「体力さえ持てば回復すると思う。今はゆっくり休め。」
そう言って指の先に溜めた力を、コウに分け与えた。
「さて・・・あの蠅女はどうなったか?」
虹のアーチから下を見下ろそうとした時、ズン!と大きな音が響いて海面が揺れた。
「・・・ドゥルジの愚か者め・・・。油断するからこういう事になる・・・。」
「・・アジ・ダハーカ・・・。こちらへ向かって来るか・・・。」
アリアンロッドは再び剣を構え、虹の膜を張って迎え撃とうとする。しかし突然アジ・ダハーカの動きが止まった。
「なんだ・・・?」
剣を構えて見つめていると、アジ・ダハーカの背後から巨大な氷塊が盛り上がってきた。
「ははは!トカゲのくせにやりおる。しかし甘いな。」
氷塊は見る見るうちに人の姿に変わり、やがてユミルが姿を現した。
「馬鹿な!お前は葬ったはずだぞ!」
「馬鹿を言うな。あれしきで儂が死ぬと思うか?」
ユミルはアジ・ダハーカの尻尾を掴み、高く持ち上げて氷の海面に叩きつけた。
「ぬぶらッ!」
「そおれ、もういっちょ!」
「ふべらッ!」
アジ・ダハーカの巨体が軽々と宙を舞い、何度も氷の海面に叩きつけられていく。そしてその衝撃に耐えられなくなった氷は、ビキビキとひび割れて砕け散った。
「儂を倒したいのなら、儂の周りにある全ての氷を消さねば無理だぞ。まあそんなことは不可能だがな。」
そう言って胸いっぱいに息を吸い込み、死の雨を降らせる雲に向かって吹きかけた。凍てつく白い息が吐き出され、たちまち黒い雲をどこかへ吹き飛ばしていった。
そして海面にも白い息を吹きつけ、辺り一面を氷の世界に変えていく。
「さあ、邪龍よ。ここにある全ての氷を溶かしてみるがいい。出来るならの話だが。」
ユミルの吐いた白い息は、見渡す限りの海を氷に変えていた。それはまるで、南極のように凍てつく世界だった。
アジ・ダハーカは分厚い氷を破って立ち上がり、怒ったように天に向かって吠えた。
「このデカブツめえええええ!そこまで言うならやってくれる!全ての氷を溶かしてやるぞ!」
怒りの雄叫びは、空高くまで響き渡る。そしてどこからともなく黒い雲が現れ、もくもくと巨大になっていった。
「まだだ・・・まだ足りない!もっともっと巨大になるまで・・・・、ふべしッ!」
一生懸命雲を育てるアジ・ダハーカだったが、いきなりユミルに殴り飛ばされた。
「き、貴様・・・・いきなり殴りかかるとは卑怯な・・・・、へぶしッ!」
「隙だらけのお前が悪い。」
「ふべらッ!」
「敵の攻撃をわざわざ待つ馬鹿はいない。」
「ぐほうッ!」
「安い挑発に乗って隙を見せおって。しょせんこれがトカゲの限界というものだ。」
「ふべしッ!ぶべらッ!・・・ちょ、ちょっと待て・・・・・・、ごぼうッ!」
ユミルの拳は、雨あられのように降り注ぐ。アジ・ダハーカの顔はパンパンに腫れ上がり、もはや元の面影はなかった。
「ま・・・待ってくれ・・・・いったんストップを・・・・。」
「断る。儂に喧嘩を売ったこと、とくと後悔するがいい!」
「へぶらッ!ぐほうッ!へぶしッ!あいたッ!や、やめ・・・・・・どぶろッ!」
アジ・ダハーカはサンドバッグのように殴り飛ばされる。そしてガシっと身体を掴まれて、ユミルの頭上に持ち上げられた。
「よし!これでとどめだ。バラバラに引きちぎってくれる!」
「ぐわあああああああ!痛い痛い!やめろおおおお!」
「ふん!この程度で情けない。それでも魔王か?」
「や、やめろ!俺の中にはパンパンに害虫が詰まっているんだぞ!引きちぎったりなんからしたら、そこらじゅうに呪いの虫が飛び散るぞ!」
「かまわん。」
「何を言っている!俺の中には一兆を超える虫がいるんだぞ!それが飛び散ったら、あの日本という国まで被害を受けるんだぞ?それでもいいのか!」
「やかましい!悪魔の命乞いなど聞く耳もたんわ!そおれい!」
ユミルは馬鹿みたいに太い腕でアジ・ダハーカを引っ張る。そして遂にはバリバリバリと音を立てて、真っ二つに引き裂いてしまった。
「ぎゃあああああああ!おのれ!我が虫の呪いを受けろおおおお!」
引き裂かれた身体かから、不快な害虫が大量に飛び出してくる。それはアジ・ダハーカの怨念が宿った呪いの虫で、人間なら触れただけでも死に至る虫だった。
「ははははは!我は死んでも、虫は生延びる!そして、やがてはこの我も復活するのだ!」
引き裂かれたアジ・ダハーカは風船のようにしぼんでいき、やがてピラピラの薄皮になって崩れ去った。
「むうう・・・・確かにおぞましいほど大量の虫だ。」
放たれた害虫は、空を埋め尽くすほど大量にいた。そして日本を目指して一斉に飛んでいく。
「そうはさせん!いくら数が多かろうとしょせんは虫!一網打尽にしてくれるわ!」
ユミルは特大の凍てつく吐息を放ち、一瞬で害虫の群れを全滅させてしまった。
「虫が冷気に弱いのは当たり前。相手が悪かったな、アジ・ダハーカよ。」
原始の巨神の威厳を見せつけるように、ほとんど無傷で勝利したユミル。しかしまだ敵は残っていた。
「・・・ああ・・・最悪だわ・・・・。ダハーカは死んじゃうし、身体の傷は痛むし・・・。
ここから挽回するのは、ちょっと無理ね・・・・。」
ドゥルジは冷静だった。身体に刻まれたVの字の傷を押さえながら、今自分に出来ることを落ち着いて考える。そして・・・この命と引き換えに仲間に危機を知らせることにした。
「いいわ・・・あなた達の勝ちよ・・・。でも、私達の主アーリマンはこんなもんじゃなくってよ・・・。私達程度に苦戦するようじゃ、きっと何も出来ずに殺されるわ、ぬふふ・・・。」
皮肉をたっぷりこめて笑い、鋭い爪で自分の首元を抉る。
「何を企んでいるか知らんが、させるか!」
アリアンロッドは虹のアーチから飛び降り、剣を大上段に構えて振り下ろした。細身の剣が空を切り裂いて一閃し、ドゥルジの身体は一刀両断される。
「・・・ぬふふ・・・これからが地獄よ・・・・・ぬふふふ・・・・。」
ドゥルジは真っ二つに裂かれて倒れていく。しかし首元に空いた穴から、一匹の大きな蠅が出て来て飛び去っていった。
「逃がすか!」
後を追って素早く剣を振るアリアンロッドだったが、蠅はスイスイとかわして遠くの空へ消えていった。
「チッ・・・・取り逃がしたか・・・・。」
悔しそうに顔を歪め、ゆっくりと剣を収める。
そこへユミルが近づいて来て、虹のアーチで眠るコウを見つめた。
「アリアン。毒が消えているようだぞ。」
「本当か!よかった・・・・。」
ユミルはコウを手に乗せて、そっとアリアンロッドの前に持っていく。
「よかった・・・かなり回復しているようだな。そろそろ虹の力を解除するか。」
そう言ってふっと息を吹きかけると、コウの時間の流れは元に戻った。
「・・・ううん・・・・。」
「コウ、大丈夫か?」
「・・・アリアン・・・。あいつらは・・・?」
「心配するな。どちらも撃退した。しかし・・・このままユグドラシルを目指すことは出来そうにないぞ。奴らの主、アーリマンが日本を襲っているのだからな。」
「分かってるよ・・・。こんな所でモタモタしてられない、すぐに戻ろう・・・。」
コウは足を踏ん張って立ち上がり、フラフラとよろけて転びそうになった。
「危ないぞ。今はまだ大人しくしていろ。」
アリアンロッドはコウを抱きかかえ、ユミルの手に飛び乗った。
「ユミルよ、悪いが日本へ戻ってくれ。このままではあの国が・・・・。」
「いいだろう。この旅はなかなか楽しそうだ。約束通り、お前達の仲間になってやろう。」
ユミルはニコリと笑いながら、二人を肩に乗せる。
「それでは行くぞ。飛ばすから落っこちないように掴まっておれ!」
ユミルは胸がはち切れるほど息を吸い込み、白い息を吹いて氷の道を造っていく。そしてスピードスケートのように軽やかに滑っていった。
「・・・何か・・・何か一つでいいから魔法が使えれば・・・・・。」
アリアンロッドの胸に抱かれながら、コウは悔しそうに爪を噛んでいた。

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