もしシンゴジラの続編を作るなら「ゴジラVSエヴァンゲリオン」を見たい!

  • 2018.05.18 Friday
  • 14:15

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JUGEMテーマ:漫画/アニメ

アニメ版のゴジラ第二部が公開されますね。
私はまだ見ていないんですが、かなり興味があります。
一昨年にシンゴジラが公開されて、意味ありげな終わり方をしましたが、こちらは続編が出るのかどうかは分かりません。
かなり賛否が分かれた映画ですが、私は面白かったです。
ネットの意見などを覗いていると、ゴジラファンとエヴァファンでバトルがあったりするようです。
私はゴジラファンなんですが、でもどちらの意見も分かるんですよね。
ずっと続いてきたゴジラシリーズ、そこに庵野監督という新しい風が吹き込んできたわけですが、これをどう見るか?
人によって意見は様々ですが、これに決着をつけるには続編を作るしかないでしょう!
シンゴジラ二作目を作るなら、いっそのこと「ゴジラVSエヴァンゲリオン」にすればいいと思います。
もしくはエヴァの新作で「新たなる使徒」みたいなタイトルでシンゴジラを登場させるとか。
どっちにしろゴジラとエヴァに戦ってほしい!
ゴジラVSウルトラマンとか、ゴジラVSガメラとかは、色んな大人の事情があるから無理でしょう。
そういう意味ではゴジラVSキングコングはよく作ったなあと感心します。
ていうかキングコングの最新映画で、ゴジラへと話がつながるんじゃないかって描写があったそうです。
ということはつまり、再びゴジラとキングコングが相まみえるかもしれないということ。
これを興奮せずになんとする!
ハリウッドがゴジラVSキングコングをやるなら、日本はゴジラVSエヴァンゲリオンをやればいいんです。
さっきも言ったけど、ゴジラがエヴァに出演したっていいわけですよ。
きっと面白いと思いますよ。
だって想像しませんか?
もしこの両者が戦ったらどうなるんだろうって。
ゴジラの熱戦はATフィールドを貫けるのか?
エヴァの打撃は重量級のゴジラに通用するのか?
私はパワーならゴジラ、スピードならエヴァに分があると思っています。
熱戦がATフィールドを貫通出来なかったら、ゴジラはどう戦うのか?
逆にATフィールドが破られてしまったら、エヴァはどう戦うのか?
正面からぶつかる肉弾戦だとゴジラが強いでしょうね。
少々の攻撃では怯みませんし、再生能力も強いですし。
しかし死角を取ればエヴァが有利でしょう。
プログレッシブナイフで切り裂くことが出来るでしょうから。
けど油断してはいけません。
実はゴジラには熱戦以外にも武器があるんですよ。
周囲360度に向けて衝撃波を放つ体内放射という技があるんです。
シンゴジラはこれを使いませんでしたが、ゴジラであることに変わりはないんだから、使えても不思議じゃありません。
エヴァが下手に接近したり掴みかかったりすると、体内放射で吹っ飛ばされるでしょうね。
けど暴走状態のエヴァならすぐさま立ち上がって反撃に出るでしょう。
背びれや尻尾からも出るシンゴジの熱戦すらかわして、上手く格闘戦に持ち込むくらいはしそうです。
でもゴジラはゴジラでとにかくタフだから、よほどのことがない限りノックアウトは取れません。
倒れたゴジラにマウントパンチを連発しても、逆に腕に噛み付かれたり、熱戦で反撃されたりと危険が伴うでしょう。
けど暴走状態のエヴァなら、もし腕が食いちぎられたとしても、やっぱりそれくらいじゃ止まらないでしょうね。
今度は自分の方から噛み付いて、肉を噛み千切ろうとするかもです。
でもゴジラはとにかく硬いから、噛みちぎるまで時間がかかりそうです。
その間に尻尾でバチコン!と叩かれたり、蛇のように絡ませて締め上げてくるかも。
けどエヴァならそれをああしてこうして、でもゴジラならここをそうしてなにして・・・・って、キリがないですね。
想像はしょせん想像でしかなく、実際に戦うまではどちらが勝つか分かりません。
もしもシンゴジラの続編を作るなら、ゴジラVSエヴァンゲリオンを是非見てみたいです。

【ネタバレあり】ゲイのカップルとダウン症の少年を描いた映画「チョコレートドーナツ」

  • 2018.05.15 Tuesday
  • 14:20

JUGEMテーマ:映画

「チョコレートドーナツ」という映画を観ました。
舞台はアメリカ、二人のゲイと一人のダウン症の少年の物語です。
主人公は歌手を目指すゲイの男。
夜な夜なクラブで歌っては、うだつの上がらない毎日を過ごしていました。
自宅のボロアパートに帰れば、いつも向かいの部屋から大音量で音楽が響いてきます。
クレームを付けても逆ギレされるばかりで、やれやれとばかりに場末のしがない生活に諦観を抱いていました。
しかしある日のこと、その向かいの部屋でひと悶着ありました。
ダウン症の少年が一人ぼっちにされていたのです。
この子は母親と二人暮らしだったのですが、なんと母親が違法薬物で逮捕されてしまいました。
福祉施設に連れて行かれたその少年は、何日か後に自宅に帰ってきます。
母親のいないその子を哀れに思い、主人公は自分が面倒を見ることを決意します。
と言っても一人では難しいので、恋人のゲイに協力してほしいと頼みました。
まだゲイに偏見がある時代のこと、男同士のカップルが子供を預かるなんて認められるわけがありません。
だから検事局に務める彼氏の手を借りて、嘘を書いたの書類を提出してその子を引き取ることにしました。
刑務所にいる母親にも会いに行き、あなたが出所するまでは私たちに面倒を見させてほしいと頼みました。
めでたく母親の許可も得て、二人のゲイと一人のダウン症の少年の暮らしが始まりました。
最初のうち、慣れない子育てに困惑することもありました。
医師からはダウン症の子供を育てる難しさ、過酷さも忠告されましたが、それでも自分で決めたことです。
パートナーと一緒にその子の面倒をしっかりと見ました。
学校にも通わせ、幸い理解のある先生にも出会い、三人の生活は上手く行くかに思えましたが、そうは問屋が卸しません。
少年を引き取るのに提出した書類に嘘を書いていたことがバレて、その子は福祉施設に連れて行かれました。
ちなみにどんな嘘をついていたかというと、主人公とそのパートナーは恋人同士なのに、従兄弟であると偽ったのです。
同性愛への偏見が強い時代、ゲイのカップルが子供を引き取るのはほぼ無理です。
だから嘘をついたわけですが、これが仇となって三人の暮らしは突然終わりを迎えました。
なんとしても少年を取り戻したい主人公は、裁判所に申請を出します。
もしこのまま少年を放っておけば、一生幸せになることは無理だと分かっていたからです。
母親が出所して一緒に暮らせるようになっても、薬物依存のせいでまともに育ててもらえません。
もし母親が親権を放棄したら、自由の利かない施設で一生を過ごすことになります。
少年の未来を守るために、必死に裁判長に訴えました。
しかし申請は却下。
ゲイを快く思わない人たちからの妨害、無理解な裁判官のせいで、少年を取り戻すことは叶いませんでした。
少年は出所してきた母親と一緒に暮らすわけですが、これもまたゲイの二人を妨害しようとする人の策略でした。(かつてパートナーの上司だった検事局の偉いさんです)
母親は予想よりもずっと早くに出所してきました。
子供を引き取るなら、すぐに釈放してやると言われたのでしょう。
本物の母親が子供と一緒に暮らしたいと言ったら、とてもではないけど太刀打ち出来ません。
この日の為に雇った敏腕弁護士でさえお手上げでした。
二人は泣く泣く少年のことを諦めました。
それからしばらく時間が経ってからのことです。
主人公は悲しみを抱えたまま、歌手としての道を歩みました。辛い気持ちを吐き出すかのように、舞台の上で熱唱します。
そしてパートナーだった彼は、裁判官や妨害を行った人たちにある手紙を書きました。
それは新聞に載っていたある三面記事のことを綴った手紙です。
ダウン症を抱えた一人の少年が家を抜け出し、三日間彷徨った挙句、橋の下で死んでいたという内容です。
もちろんその少年とは、二人が引き取ろうとしていたあの少年のこと。
母親に引き取られたあと、その子はまた辛い生活を強いられる羽目になりました。
母は相変わらず大音量で音楽を掛け、間男との情事に勤しむばかりで、我が子のことなど見ていません。
その間男も少年を邪険にする始末。
少年は母の元から去り、自分の家へ帰ろうとしました。
あのゲイのカップルがいた家に。
そして散々探し回った挙句、辿り着くことなく野垂れ死んでしまいました。
裁判官、そして妨害を行った検事局の人など、みんなこの手紙を読んでショックを受けていました。
映画はここで終わりです。
これは実話を元にしたストーリーだそうで、多くの映画賞を獲ったそうです。
ゲイへの偏見、ダウン症の子供に対する周囲の冷たい態度。
しかしそんなことにも負けずに、その少年を愛し、守ろうとした二人のゲイ。
そこに立ちはだかる法律の壁。
この映画を見て思ったことはただ一つ、誰が悪いというわけでもなく、主人公たちの愛情に時代が追いついていなかったせいで、誰も正しい判断を下せなかったということです。
こういう時、誰かを悪者にしても意味がなくて、時代そのものが変わらない限りは、何度でもこの少年のような子供が現れるんだと思います。
最後に亡くなってしまった少年は可哀想です。
けどその死が新聞に載り、その子を愛した人が手紙を書き、妨害をした人や無理解な裁判官の心に響いた最後の描写には希望を感じました。
ある意味では、あの少年は命懸けで偏見や無理解に挑んだのです。
周囲の決めたことではなく、自分の決めた道を歩こうとしたのですから。
短い生涯だったけど、その人生にはとてつもなく大きな意味があったと信じたいです。
ちなみにタイトルがチョコレートドーナツなのは、その少年の好物のお菓子だったからです。
内容もタイトルも切なく、そして最後まで目が離せない映画でした。

モルダーの声は風間杜夫さんしかいない

  • 2018.03.08 Thursday
  • 14:23

JUGEMテーマ:海外ドラマ

JUGEMテーマ:声優全般

アニメや洋画は声優さんが必要です。
そしてこのキャラは絶対にこの声優さんじゃなきゃイヤだって人がいます。
ジャッキーは石丸さん、シュワちゃんの声は源田さんって具合に。
人気のアニメの声優さんも同じです。
年齢や病気など、続行が難しい場合に交代するのは仕方ありません。
私にとってはドラえもんは大山のぶ代さんですが、今の子供たちにとってのドラえもんはわさびさんでしょう。
こういった世代交代は全然良いんです。
けど・・・・それでもどうしても受け入れられないキャラクターがいるんです。
私にとって絶対にこの声優さんじゃなきゃイヤだって役があります。
それはXファイルのモルダー捜査官。
モルダーは風間杜夫さん。
私の中ではそう決まっているので、他の方の吹き替えは借りません。
借りませんけど・・・・風間さんが声を当てたバージョンってテレビ放送だけなんですよ。
DVDって全て他の方が声を当てているんです。
風間さんの声のモルダー、最高なんですよ・・・・。
「スカリー、事件だ。」
「またなのモルダー?」
「僕の勘がそう言ってるんだ。」
「あなた疲れてるのよ。」
「僕は平気さ、それより君の方が心配だ。最近辛そうにしてる。」
「あら?心配してくれるなんて優しいのね。」
「僕のワガママに付き合ってくれるなんて君しかいないからな。」
「たまにウンザリするけどね、今もそう。」
「でもなんだかんだ言って結局付き合ってくれるじゃないか。きっと今回も。」
「モルダー、私たち恋人でも親友でもないのよ?」
「だからこそさ。君は仕事に私情は持ち込まない。これ以上信頼できるパートナーはいないさ。」
「今日限りであなたに愛想を尽かすかもって考えないの?」
「見限るならとっくにそうしてるはずさ。でもそうしないのは君も僕のことを信頼しているからだ。」
「ずいぶん自信があるのね。」
「だってそうだろ?もし君が僕のことを嫌ってるなら、とっくにゴミ箱に捨てられてるか、もしくは馬の餌にされてる。」
「モルダー、馬は草食よ、肉は食べないわ。」
「分かってるさ、要するに僕が言いたいのは、君は最高の相棒ってことさ。」
「どうかしらね?実は私の方はストレスの限界だったりして。」
「もしそうなら君はカウンセリングを受ける必要があるな。心配しなくても病院代は僕が払う。休暇が必要なら家賃もね。」
「OK、なら明日からあなたと顔を合わせずに済むようスキナーに相談するわ。
ついでにあなたの給料は全て私の口座に振り込むようにって。」
「それで僕のワガママに付き合ってくれるなら大歓迎さ。とにかくすぐ現場に来てくれ。
場所はニューヨーク○○通りの・・・・、」
知的で美しいスカリーの声。
その声に被せるように、眠くて野暮ったくて、それでいて根底に強い意志を感じさせる風間杜夫さん演じるモルダーの声。
やる気がないように見せかけて、実は誰よりも情熱的。
まさにモルダーって男の役割を見事に演じているのが風間杜夫さんなんです。
私はXファイル大好きっ子なので、このブログでもパロディ小説を書いたり、宇宙人系の小説を書いたりしています。
それもこれも全ては風間さん演じるモルダーのXファイルにハマったから。
もはや信仰しているといっても過言じゃありません。
残念ながらもう二度と風間杜夫さん演じるモルダーを見ることはできません。
けどそれでも私にとってはモルダー=風間杜夫さんなんです。
モルダーを演じるなら絶対に代えの利かない最高の声でした。

どうして日本のホラーはこんなに怖いのか

  • 2018.02.02 Friday
  • 10:25

JUGEMテーマ:映画

日本のホラー作品ってどうしてこんなに怖いんでしょうね。
正直なところ、欧米のホラーってそこまで怖くありません。
ゾンビとか悪魔とか言われても、いまいちピンとこないせいかもしれません。
墓場の下からゾンビが出て来て、ゆっくりと追いかけてくる。
恐怖はありますが、絶望感はありません。
逃げようと思えば逃げられるし、人間の武器でも勝てそうだし。
あと悪魔が乗り移って悪さをするというのも、そこまで怖いと思いません。
悪魔って元々悪い奴だから、そういうもんなんだろうと思って見てしまうせいかも。
けどこれが人間の怨霊だとか呪いだとかになると、途端に怖くなります。
日本のホラーって怪物や悪魔が登場することはほぼありません。
死んだ人間の怨念が追いかけてくるってイメージです。
きっとこれが怖いんでしょうね。
人間が一番怖がるのは人間です。
ゾンビや悪魔の恐怖なんて、人間の恨みつらみに比べれば可愛いものだと思えてきます。
まず幽霊って逃げ切ることが不可能に近いです。
ゾンビみたいに物理的に追いかけてくるわけじゃないからです。
いったんターゲットにされたら、建物の中にいようが関係ないですから。
それに距離も関係ありません。
貞子のようにテレビから出てこられると、日本にいようがアメリカにいようが無駄です。
それに倒すってのも難しいです。
人間の武器が効かないですから。
銃も刃物も爆弾も効きません。
殴るの蹴るのも無理だから、物理的な力でどうこうできないっていうのが怖いです。
要するに狙われたらお終いだよっていう絶望感があります。
あとなんの前触れもなく現れたりします。
なので回避のしようがないんですよ。
ゾンビが嫌ならお墓に近づかなければいいだけ。
悪魔が嫌なら悪魔を呼ぶ儀式をしなければいいだけ。
でも幽霊ってポンと出てきます。
鏡を見た瞬間に後ろにいるとか、ドアを閉じた瞬間に後ろに立ってるとか。
前触れがないんですよ。だから防ぎようがないです。
日本人で海外のホラーを怖がる人は少ないと思います。
けど欧米の人も日本のホラーは怖がるそうですよ。
海外のホラー作品も、明らかに日本のホラーから影響を受けていると思える作品があります。
パラノーマル・アクティビティなんかまさにそうじゃないでしょうか。
目に見えない何かが傍にいる恐怖。これってたまらなく怖いですよ。
得体の知れない不気味さ、そして逃げ場のない絶望感があります。
日本と欧米では恐怖の感じ方が違うのは、宗教観も関係しているそうです。
向こうではキリスト教が主流ですから、ゾンビや悪魔など反キリスト的なものは恐怖の対象になるんだそうです。
対して日本人の抱く恐怖って神道から来ています。
祟りとか呪いって仏教にはない考えで、神道から輸入されたものなんですよ。
仏教は和の精神ですが、神道は恩恵と恐怖の二面性があります。
お寺で悪さをしたらバチが当たるかもと考える人はいても、呪われるかもと思う人はいないでしょう。
対して神社だと願い事を叶えてくれるかもって希望と同時に、悪さをしたら祟られるんじゃないかって恐怖もあります。
文化や宗教観によって、恐怖の対象は変わるってことです。
なのに日本のホラーが世界的に評価が高いのはなぜか?
きっとクオリティが高いのが一番の理由でしょうね。
人を怖がらせるストーリー、演出、幽霊の造形など。
たまに日本の映画は世界に通用しないなんて言う人がいますが、ホラーに関しては世界を牽引していると思います。

アクション映画に本物の格闘家は必要か?

  • 2017.12.06 Wednesday
  • 12:15

JUGEMテーマ:映画

JUGEMテーマ:格闘技全般

マイクタイソンが映画に出ています。
合気道の達人と戦ったり、中国拳法の達人と戦ったり。
私は格闘系のアクション映画が好きですが、本物の格闘家が出ることには少しばかり違和感があります。
というのも、実際の格闘技とアクションの動きって違うからです。
ボクシングにしろ総合にしろ、本物の格闘技は見栄えのする動きをしません。
動きが派手になればパンチはかわされるし、無駄な動きが入るとスピードも威力も落ちてしまうからです。
だから実際の格闘技の試合では、派手は動きってほとんど見られません。
地味で素早く動く人が強いんです。
アクションは魅せる為の動きですから、派手に動かないといけません。
ボクシングではジャブは有効なパンチなので多用しますが、アクション映画でジャブを見ることはまずありません。
キックにしたってローキックはほとんどなく、後ろ回し蹴りや飛び蹴りが多いです。
実戦的かどうかよりも、見栄えのする動きをしないと、映画の迫力が出ないからです。
本物の格闘家がアクション映画に出演する際、もちろんアクションの動きを指導されていると思います。
ちゃんと台本があって、入念にリハーサルして、怪我のないように行っているでしょう。
だからマイクタイソンも、いきなり大振りのパンチで殴りかかったりします。
モブキャラを倒す時はめちゃ速いんだけど、主人公や達人と戦う時は、あえてよけやすいパンチから入ります。
大振りのロングフックなんていきなり打っても当たるはずがないのに、何度も懲りずに打ったりするんです。
これも映画の演出です。
主人公や達人があっさり負けると映画が成り立たないから、あえてかわしやすいパンチから入るんです。
それを楽々かわしてみせることで、主人公の強さが際立つという演出です。
これって漫画でいうところの主人公補正です。
重要なキャラクターほどカッコよく魅せないといけないから、敵の弱体化が起こるわけです。
だけど映画としてはそれでいいと思います。
タイソンが本気で戦ったら、どっちが勝つかなんて分かり切ってるんですから。
そりゃアクション俳優だって格闘技をやっているんだろうけど、本物には及びません。
ジャッキーもブルースリーもジェットリーも素人よりは断然強いでしょうけど、ヘビー級の格闘家なんか相手にしたら・・・・・。
次の瞬間には目を覆いたくなる光景が広がっていると思います。
映画は空想の世界であり、それを魅せるには本物の格闘家は本気で戦うことは許されません。
空想のものは面白いかどうかが全てであり、現実の戦いはプロの格闘家に任せておけばいいんですから。
アクション映画は作り物で、それを分かった上で楽しむものです。
ジャッキーもブルスリーもジェットリーも大好きだし、カッコいいアクションに毎度魅せられます。
だけど本物の格闘家が出てきてしまうと、どうしても白けてしまうんです。
どこの誰だか分からない悪役が「アチャー!」とブッ飛ばされても、白けることはありません。
むしろブルースリーがカッコいいと熱くなります。
けど本物の格闘家があえて間抜けな戦い方をして、しかも絶対に喰らうようなことのない攻撃をくらい、手打ちのパンチや軽量級の攻撃で沈むのを見ると・・・・・。
やっぱり白けてしまうんですよね。
頭では演技だって分かっていても「そんなわけないだろ!」って。
スティーブンセガールが本当に強いのは知っているけど、さすがにタイソンと善戦するっていうのは無いと思います。
元世界チャンピオンのパンチをすんなり避けられるはずがないだろって。
私は空想と現実は分けるべきだと考えているので、アクション映画に本物の格闘家は出ない方がいいと思っています。
ジャッキーもリーもセガールも、多くの人が憧れるヒーローです。
今でもカッコいいと思うし、セガールなんか2ちゃんでネタにされるくらいに最強キャラとして扱われています。
いうなれば仮面ライダーやウルトラマンと同じで、絶対に手の届かない憧れのヒーローなんですよ。
ライダーやウルトラマンが強いのは空想の世界であり、現実ではなんの力も持ちません。
あの着ぐるみを着たまま格闘技の試合に出て、本物の格闘家にボコボコにされる姿なんて、誰も見たくないでしょう。
アクション映画に本物の格闘家が出るって、これと同じだと思います。
映画の制作サイドとしては、話題性を狙える効果があるのは分かります。
格闘家サイドとしては、引退後の新たな道を切り開いたリ、より知名度を上げる効果があるのも分かります。
お互いに得るものがあるっていうのは、重々分かっているんです。
だけど・・・やっぱり白けてしまうのも事実です。
私はジャッキーがリングの上でボコボコにされる現実の試合は見たくないし、タイソンが滑稽な戦い方をして敵に翻弄される空想の戦いも見たくありません。
現実は現実、空想は空想。
きっちり分けた方が、アクション映画は面白いと思います。

映画「アビエイター」 【ネタバレあり】

  • 2017.11.06 Monday
  • 15:12

JUGEMテーマ:映画

「アビエイター」という映画を観ました。
レオナルドディカプリオ主演で、実話を元にした作品です。
主人公のハワード・ヒューズは青年実業家です。
父の遺産、そして自ら大きくした会社の資産で、莫大なお金を手にしました。
そしてそのお金を使い、映画業界に参入します。
目標は未だ誰も見たことのない映画です。
数十機にも及ぶ飛行機、数百万ドルという製作費、そして製作期間3年という超大作です。
始めのうちは金持ちの道楽と揶揄されていましたが、映画は大ヒットをおさめます。
しかしあまりに製作費が掛かり過ぎた為、赤字になってしまいました。
周りからはもう充分だろうと言われ、本業に戻るように促されます。
しかしヒューズの挑戦は終わりません。
今度は航空事業に乗り出しました。
幼い頃から飛行機が好きだった彼は、世界一の飛行機の製造、そして世界一の航空会社を目指します。
手始めに世界最速の飛行機を作り、その次は飛行機で世界一周を成し遂げます。
どちらも今までの世界記録を塗り替え、ヒューズは瞬く間に時の人となりました。
それと同時に様々なスキャンダルを舞き起こします。
毎晩といっていいほど違う女優と遊び、ゴシップ誌を賑わせました。
そのせいで、今まで支えてくれていた彼女が激怒し、家を出て行ってしまいます。
落ち込むヒューズでしたが、この頃からある奇行が見られるようになりました。
彼女が出て行ったその日、自分の服を全部燃やしてしまったのです。
それを皮切りにして、トイレのドアに触れない、手の皮が擦りむけるほど洗い続ける、同じ言葉を呪文のように繰り返すなどなど・・・・。
常人では理解しがたい奇行が増えていき、本人自身もその奇行に悩まされていきます。
しかしそれでもヒューズの挑戦は終わりません。
大手の航空会社に打ち勝つ為に、軍需産業に手を挙げたのです。
時はまさに第二次世界大戦の真っただ中。
軍は性能の良い航空機を必要としていました。
ここで軍からの信頼を得られれば、一気にアメリカ最大手の航空会社になることも夢ではありません。
ヒューズは自身の奇行に悩みながらも、着々と新しい飛行機を作り、軍との関係を深めていきます。
そしてこれからの時代は大型輸送機だということで、史上類を見ないほどの大型飛行機の建造を始めました。
全長は60メートルを超え、翼の長さはフットボールのフィールド以上です。
ほんとにこんな物が飛ぶのか?と、誰もが頭を抱えます。
しかしやると言ったらやるのがヒューズ。
まずは大型飛行機の試作機を作りました。
自分がパイロットとなり、操縦桿を握ります。
テスト飛行は最初のうち順調でした。
しかし飛行を終え、帰還する間際になって、トラブルに見舞われます。
巨大な飛行機は民家の屋根を破壊しつつ、遂には墜落してしまいました。
どうにか一命を取り留めたヒューズですが、この事故のせいで会社の信頼は地に落ちました。
軍からは契約をキャンセルされ、世間からはバッシングにあい、FBIからは家宅捜索を受け、もうふんだり蹴ったりです。
さらには異常なまでの心配性のせいで、新しくできた彼女にまで見放されてしまいました。
しかし追い打ちはまだ終わりません。
ライバルの航空会社が、ここぞとばかりに攻勢を仕掛けてきました。
とある上院議員と手を組んで、自分の会社に有利になるような法律を作ろうとしたのです。
そしてヒューズを追い詰める為に、墜落事故の聴聞委員会を開くように言いました。
議員はヒューズに取引を持ち掛けます。
お前の会社をライバル会社に売却するなら、これ以上の責任は問わないと。
しかしヒューズは頑なに拒否しました。
それと同時に、様々なプレッシャーからさらに奇行が酷くなってしまいます。
彼の奇行は明らかな精神障害であり、いわゆる強迫神経症というやつです。
というのも幼い頃、母から感染症の恐ろしさについて聞かされて、それがトラウマになっているのでした。
ヒューズは引きこもりになってしまいます。
風呂にも入らず、トイレにもいかず、用は全てビンの中に足します。
ヒゲは伸び放題、髪もボサボサです。
そこへかつての最初の彼女が訪れて、部屋から出るように促しました。
実は彼女、女優をやっていて、新しい彼氏がいるのです。
ヒューズは彼女がスキャンダルの的にならないよう、新しい彼氏との写真を、記者から全て買い上げていました。
彼女はその感謝を伝えると共に、どうか出てきてほしいと頼みます。
しかしヒューズの強迫神経症は重く、彼女の声も届きません。
その次に、心配性が行き過ぎたが為にフラれてしまった彼女が訪れました。
この彼女、話し合いをすっ飛ばして、強引に部屋に入ります。
そして嫌がるヒューズを無視して、彼のヒゲを剃ったり、服を整えたりと、人間らしい姿に戻していきました。
彼女はよくヒューズのことを理解しているようで、言葉では彼の心を開かせることは出来ないと知っていました。
事業家としては一流でも、精神的に子供っぽい所があり、駄々をこねる子供に「いい加減死にしなさい!」とばかりに、彼を部屋から出すことに成功したのでした。
ヒューズは自分を陥れた議員の待つ聴聞会へ向かいます。
どう考えても不利な戦いなのに、彼は最終的に勝ってしまいました。
確かにヒューズにも悪い所は多々あります。
周りの意見を聞かず、自らの冒険心のみで突っ走って、多くの人に迷惑をかけたからです。
その点については、ヒューズも非を認めました。
しかし議員の追及する金銭の不正に関しては、他の航空会社にも同様のことが言えると反論します。
なのになぜ自分だけがつるし上げられるのか?
それはこの議員が大手の航空会社と結託し、自分たちに有利な法律をしている為だと熱弁しました。
そして自分は私利私欲の為に飛行機を造っているのではなく、ただ飛行機が好きで、その熱は今でも失われていないことを説明しました。
ヒューズの熱弁によって、大衆は彼を支持するようになります。
議員と大手の航空会社の目論見は崩れ去りました。
さて、ヒューズはいよいよ自分の夢の完成へ向かいます。
史上最大規模の飛行機を本当に飛ばしてしまったのです。
フットボール場よりも大きな飛行機が飛んだことに、誰もが拍手喝采を送りました。
この飛行機が実用化されることはありませんでしたが、ヒューズの冒険はまだ終わらないのだと、世間に知らしめることが出来たわけです。
試練を乗り越えたヒューズは、次なる夢へ走り出します。
すでに軍で実用化されていたジェットエンジン、そいつをいち早く民用化できた航空会社が勝利者になると確信し、ジェットエンジン搭載の民間機の開発に乗り出しました。
かつて自分を引きこもりから連れ出してくれた彼女も駆け付け、これでハッピーエンドかと思われました。
だがしかし、ヒューズの強迫神経症は治ってはいませんでした。
それどころか以前よりも悪化する始末です。
彼は呟き続けます。
「未来への道・・・・未来への道・・・・。」
止まることのない彼の冒険心は、病気を抱えたまま走り続けるのです。
映画でのラストは「未来への道・・・」と呟きながら、ヒューズの顔がアップになった所でエンディングです。
史実の彼は、今後も大きな活躍を果たします。
それと同時に病気は重くなり、最後の方はほとんど部屋から出なくなっていたそうです。
亡くなった際の遺産は天文学的な数字だそうで、遺書がなかったこともあり、その整理をするのに20年もの歳月がかかったほどだそうです。
ハワード・ヒューズは天才実業家ではあるけど、常に病気に悩まされた人でもありました。
いや、もしかしたら病気があったからこそ、あれだけ突っ走ることが出来たのかもしれません。
止まってはいけないという強迫観念の元に。
理由はどうあれ、彼は偉大な事業を成し遂げました。
航空事業だけでなく、映画の方でも評価を受けていたみたいで、特に新人女優を育てる手腕は見事だったと言います。
そこには彼個人の、若くて胸の大きい女が好きといった趣味もあったようです。
なんというか・・・・天才というのは、功罪が大きいものなのかもしれません。
偉人だとか天才だとか聞くと、無条件に人格者であると思い込みがちですが、実はそうではないことの方が多かったりします。
歴史に名を残すような人って、どこか狂ってる部分があるんですよ。
真面目の良い子ちゃんでは、とても歴史を変えるなど不可能ってことなんだと思います。
そしてこの映画の見どころは、なんといっても主演のディカプリオの演技です。
ほんとに良い役者さんになりましたよね。
彼が主演の映画ってまず外れがないです。
タイタニックの好青年のイメージを払拭しようと、あえて真逆の役を演じてきたそうですが、それは見事に成功だったようです。
ディカプリオって、すごいんだけどどこかクセがあるというか、欠点のある男を演じるのが上手いです。
もっというなら、天才なんだけど病的な部分を抱えている男を演じたら最高の役者さんです。
作中の強迫神経症の演技なんか、ゾッとするくらいのリアリティがありました。
彼の演技を見るだけでも、この映画を観る価値は充分にありますよ。
ハワード・ヒューズという実在の人物を描いた「アビエイター」
間違いなく名作だと思います。

 

映画「ミミック」 【ネタバレあり】

  • 2017.10.16 Monday
  • 13:07

JUGEMテーマ:映画

「ミミック」という映画を観ました。
けっこう昔の映画です。
あらすじを書きますと、まずアメリカで未知の病気が流行ります。
感染者は子供がほとんどで、感染率、致死率共に高い恐ろしい病気です。
ワクチンは未だ開発されず、もし自己回復して重い後遺症が残るほどです。
もはや医者だけでは万策尽きました。
そこで登場したのが昆虫学者です。
彼女はこの病気の感染源がゴキブリにあることを見抜きます。
ならばと、ある方法を使ってゴキブリを駆除しようとしました。
その方法とは、別々の虫を掛け合せて新たな虫を生み出すことです。
この新種の虫はゴキブリの天敵となり、瞬く間に駆除してくれました。
そのかげで未知の病の流行は阻止されて、多くの子供の命を守りました。
しかし問題が一つ・・・・。
ある日、二人組の少年が珍しい虫を捕まえたので、買い取ってくれないかとやって来ました。
彼女は小遣いをあげる感覚でその虫を買い取ったのですが、中を開けてビックリ。
なぜならそこにいたのは、自分が生み出したあの新種の虫だったからです。
「そんな・・・ありえない・・・」と驚愕します。
というのも、新種の虫は半年しか生きられないように遺伝子操作をしていたからです。
それに生殖能力も持てないように作っていました。
この虫はあくまでゴキブリ駆除の為だけの虫なので、勝手に繁殖されては困るからです。
しかしその虫がまだ生きていて、しかも幼虫ではありませんか。
「繁殖してる・・・・。」
慄く彼女でしたが、黒いマントを羽織った怪しい人物によって、その幼虫のサンプルを奪われてしまいます。
その後、少年たちがその虫を見つけたという地下道へ潜入します。
そしてそれと同時に、街で奇妙な人物が目撃されるようになりました。
変わった靴を履き、黒いマントを羽織った人間が、神出鬼没に現れるようになったのです。
地下道の捜査は空振りに終わり、落ち込む学者でしたが、すでに事件は動き始めていました。
なんとその虫を売りに来た二人の少年が、見たこともない奇妙な生き物によって殺されてしまったのです。
そして黒いマントの人物がよく目撃される家の、すぐ向かいの家の子供も、その奇妙な生き物によって誘拐されてしまいます。
・・・これは普通の事件ではない・・・・。
そう思った主人公は、相棒の男と二人で本格的な捜査に乗り出します。
しかし・・・・主人公までもが奇妙な生き物によってさらわれてしまいました。
街で目撃される、黒いマントを羽織った謎の人物、そして子供や主人公を誘拐した奇妙な生き物。
この二つには何か関係があるのか?それとも・・・・。
相棒の男は行方の知れなくなった彼女を捜します。
そしてさらわれた主人公もまた、暗い地下道の中で目を覚ましました。
そこへ自分をさらった奇妙な生き物が襲いかかってきました。
どうにかそれを撃退し、地下道から逃げようとします。
その途中で相棒と再会するわけですが、避難した廃電車にまで、その奇妙な生き物は襲いかかってきました。
相棒と一緒にいた警官がどうにか射殺しましたが、それでも深手を負うほどの獰猛さです。
彼女は死体を詳しく調べ、ある事実を突き止めました。
なんとその生き物、体の真ん中辺りに、人間の顔とよく似たお面のような物がくっ付いていたのです。
彼女は謎が解けたとばかりに頷きます。
「この生き物・・・・人間に擬態していたのよ。」
そう、街で目撃された黒いマントの人物と、人をさらう奇妙な生き物の正体は、まったく同じものだったのです。
虫というのは、天敵の真似をすることがあります。
例えばハエの天敵はクモですが、あえてそのクモの真似をすることで、難を逃れているわけだと、主人公は説明します。
この奇妙な生き物も、人間の姿形を真似ることで、人間の目を掻い潜っていたわけです。
要するに擬態、ミミックです。
人間に擬態していれば、駆除されることはありません。
そのせいでいつの間にかたくさん数を増やしていたわけです。
しかもこの生き物、かつて彼女が生み出した、あの新種の虫でした。
人間の手を離れたこの虫は、独自に進化を遂げて、生殖能力を獲得していました。
それと同時に、決して虫にはない臓器まで持っていました。
それは肺です。
虫が巨大化できない理由の一つに、肺がないからというのがあるそうです。
肺を獲得したこの虫は、人間と同じ大きさまにで成長していたのです。
謎が分かったはいいものの、ここは恐ろしいその虫が蠢く地下道です。
生きて出る方法はただ一つ、いま立て籠もっている廃電車を動かして、安全な場所まで逃げ切ることのみ。
しかしその為には誰かが外に出て、制御装置を動かさないといけません。
丸腰で出れば死ぬのは確実・・・・かといって立て籠もっていてもジリ貧です。
そこで主人公はある方法を取りました。
先ほど仕留めた虫の死骸を、自分たちに塗りたくったのです。
そうすれば虫の臭いがついて、仲間だと勘違いして襲ってこないからです。
これならどうにか外へ出られますが、かといって完全に人間の臭いを消せるわけではありません。
汗を掻いたリ、怪我をして血を流したりすれば、途端に虫が襲いかかってきます。
廃電車を動かす為に外へ出た主人公たちでしたが、危惧した通りのことが起きてしまいます。
緊張して汗を掻いてしまったり、油断してハンカチで顔を拭ってしまったり、出血のせいで虫を引き寄せてしまったり。
一人、また一人と仲間が消えていきました。
それでもどうにか電車を動かすことに成功しますが、これまた虫の侵攻によって止められてしまいます。
仕方なく走って逃げる主人公たち。
道中で助けた子供を守りながら、必死に出口へ走ります。
しかし虫の足は速く、空まで飛びます。到底逃げ切ることはできません。
そこで相棒の男は主人公と子供を逃がし、自爆覚悟でガス管に火を点けました。
激しい炎と爆風が起こり、卵も虫も全滅です。
そして主人公はというと、生殖の要であるオスの虫を見つけ、どうにか仕留めることに成功しました。
ラストは死んだと思っていた相棒の男が生きていて、抱き合ってエンディングです。
だいたいこんな感じの内容なんですが、ジャンル的にはモンスターパニックってやつです。
エイリアンやジュラシックパークと同じです。
ただ残念ながら、エイリアンや恐竜ほどの迫力はないので、そこまでの緊張感はありません。
その代わり虫というありふれた生き物が、人間に擬態して襲いかかってくるという恐怖があります。
しかしその擬態も前半のみ活かされており、後半は大きな虫が襲ってくる、ありきたりなパニックアクションに変わってしまいます。
設定はすごく面白いし、虫の恐ろしさや、人間が完全に生き物をコントロールするなんて無理という、思い上がりの戒めも盛り込まれています。
だけどやはり有名なモンスターパニックに比べると、緊張感に欠けるのは否めないかなと思いました。
警官の銃弾を何発も喰らって生きているのに、主人公がピンチの時だけ鉄パイプで死ぬのはいかがなものかと思ったり・・・・。
こういった映画には、物語の進行上ある程度のご都合主義は必要ですが、それがお粗末だと緊張感は萎えてしまいます。
モンスターパニックの真骨頂は、やはりモンスターに襲われた時の絶望感です。
エイリアンに、ティラノサウルスに、プレデターに追いかけられたら、逃れようのない絶望感がありますからね。
そういった意味では、めちゃくちゃ面白いとまではいかない映画かなと思いました。
ただし虫が人間に擬態するという、他の作品にはない斬新さがあります。
そこがけっこう面白かったので、観て損のない映画でした。

 

マイケルムーア監督の「世界侵略ノススメ」

  • 2017.10.09 Monday
  • 15:15

JUGEMテーマ:映画

マイケルムーア監督の「世界侵略ノススメ」という映画を観ました。
物騒なタイトルですが、内容は物騒なものではありません。
この監督の映画が好きで、アメリカの医療問題を扱った作品、それに銃社会の問題を取り上げた作品も観ました。
ものすごいガツガツ突っ込んで取材するので、ガードマンに追い返されたり、門前払いを喰らうこともあります。
「マイケルムーアが来ただと!」って感じで、会社の偉いさんがビビることもあったり。
今回観た「世界侵略ノススメ」は、色んな国の優れた所を取材して、アメリカと比較しようというものでした。
そして出来ればアメリカに取り入れたいといった内容です。
いつもは一つにテーマを絞るのですが、今回は教育や刑務所など、色んなことをテーマにしていました。
イタリアはやたらと有給休暇が多いのに、企業も社員もちゃんと儲かっているそうです。
ノルウェーの刑務所は楽園みたいな所で、受刑者は敷地内であれば自由に行動できます。
一人につき一戸建ての家が与えられ、パソコンやテレビもあります。
これで刑罰になるのかと疑問ですが、出所後の再犯率はアメリカより遥かに低いとのことです。
フィンランドでは教育について取り上げていました。
授業時間がとても短いのに、学力は高いんです。
教育レベルは世界一だそうです。
アイスランドでは女性の社会進出について取材していました。
議員や経営者など、高いポストに就く女性がとても多いそうです。
かつて幾つもの銀行が破綻して、アイスランドそのものが破綻状態になりました。
だけど女性が経営者を務めている銀行だけは破綻しなかったそうです。
このようにたくさんのテーマを取り上げて、アメリカとの比較を行っていました。
どの国の人たちも、自分たちの国の優れた所を誇らしく語っていましたが、監督がアメリカの事情を話すと固まっていました。
有給休暇がゼロだとか、刑務所はもっと厳しいだとか。
取材を受けた人たちは、誰もがアメリカはすごい国だと認めています。
経済的にも軍事的にも世界一であり、インターネットもアメリカの発明です。
また多くの国で実践している優れたシステムも、元を辿ればアメリカ発なので、やっぱりアメリカはすごいと褒めていました。
みなさんすごく謙虚な姿勢で物を言っていました。
自慢するわけでもなく、かといって遜るわけでもなく。
なんていうか・・・・本物の自信みたいなものを感じました。
そしてその自信にあてられてか、それともアメリカとの比較を嘆いてか、監督は意気消沈した様子です。
自国の政府や企業に取材するときは、マイク・タイソン並みに猛ラッシュをかけていくのに。
上にあげた国々は、他の国にはない優れたシステムや制度を持っています。
しかしもちろんすべてが優れているわけではなくて、他国と比較して劣っている部分もあるでしょう。
だけど良い事をしている国があるなら、それを取り入れようというのが監督の姿勢です。
・・・ただし注意しておかなきゃいけないのは、この監督は本当に見せ方が上手いということです。
映画評論家のおすぎさんも言っていましたが、この監督って「本当にこういう事させると上手い」だそうです。
一見ドキュメンタリーなんだけど、実はエンターテイメントとしてもレベルが高いんです。
演出というか、とにかく見せ方が上手い監督です。
せっかくドキュメンタリーを作っても、固すぎると誰も見てくれません。
かといってエンターテイメント性が強すぎると、それはもうドキュメンタリーではありません。
なんというか・・・・その辺のバランスが上手い人だなあと感じます。
映画の内容はきっと事実なんだろうけど、それをそのまま信用できるほど、この監督は素直な映画を撮りません。
一癖も二癖もある作品を撮る監督なんです。
だからやっぱり見る時は注意が必要です。
内容は素晴らしいけど、話半分に聞いておこうっていうくらいの姿勢じゃないと痛い目に遭いそうです。
面白いけど、どこかズルいんですよね。
見せたいところはしっかり演出して見せて、そうでない所は見せるには見せるけど、印象に残りにくい作り方をするんです。
「正も負もどっちも内容に盛り込んでるんだから、俺の映画は偏っちゃいないよ」って声が聴こえてきそうです。
だけど構成や演出で、見た人の印象を操作することは可能だから、その辺がすごいズルい人です。
まさに食えない男です。
だけどそんな癖の多さが魅力になっていて、それを自覚しながら作品を撮っているんだろうなとも思います。
・・・映画に出て来た多くのテーマについては、あえてどうこう意見を書きません。
申し訳ないけど、深く掘り下げるにはこの監督の映画は向かないですから。
何度も言うけどズルい人だからです。
だけど面白い映画なのは間違いなくて、新作が出たらまた見てしまうでしょう。
監督自身、この映画を観た人が深く考えるよりも、ちょっとでも興味を持つキッカケになってくれればと考えているのかもしれません。
ていうかそもそも、面白いから次も見たいなんて思ってる時点で、完全に監督の思うつぼですね。
ドキュメンタリー映画の監督としては信用できないけど、面白い映画を撮る監督としては超一流の人だなと思います。
・・・ただ一つだけ納得いかない制度を採用している国がありました。
映画に出て来たたくさんのテーマそのものは、深く議論する価値のあるものばかりです。
日本だって見習わなきゃいけない所はたくさんあります。
だけどね、一つだけ「そりゃダメだろう!」ってのがあったんです。
ポルトガルなんですけど、麻薬解禁ってのはダメだろう!
国によっては大麻やマリファナが合法になっています。
もちろん制約はありますが、ルールの範囲内であれば使用してもいいことになっています。(私は反対ですが。少なくとも日本には持ち込まないでほしい制度です)
しかしポルトガルよ!
覚醒剤までOKってのはダメだろう!
監督が取材した時、相手はこう答えていました。
「ポルトガルでは麻薬の犯罪件数はゼロだ。だって麻薬が合法なんだから。」
そりゃそうでしょうね、違法じゃないなら検挙できないですから。
でもそれってただの屁理屈でしょう。
覚醒剤って大麻やマリファナよりもっと危険な麻薬です。
議論するどころか、それ以前の話って感じで、唯一「なんでやねん!」ってツッコミたくなりました。
ヘロイン中毒者が多く、政府が何をやっても改善の見込みがなかったので、あえて合法化したとのことでした。
そうすると麻薬中毒者が半分に減ったのだとか。
・・・・これをどう見るか。
功を奏したと見るか。
それとも・・・・・、
私は失敗だと思います。
半分じゃなくてゼロを目指さなきゃ意味ないでしょう。
麻薬は使うと心身共にボロボロになるから禁止なのに、ゼロを目指さないでどうするんでしょうか。
合法化することでマフィアやヤクザの資金源を絶てるという意見もありますが、売り手が闇組織から表組織に変わっただけじゃないかと思います。
闇組織のやっていることなら追及できるけど、政府公認じゃ誰も追及できません。
私はそっちの方が性質が悪いと思うんですが・・・・。
数あるテーマの中で、麻薬合法に関してだけは納得いきませんでした。

 

映画「追憶の森」 ネタバレ注意

  • 2017.07.03 Monday
  • 14:57

JUGEMテーマ:映画

追憶の森という映画を観ました。
富士山の青木ヶ原樹海が舞台になっています。
アメリカ映画だけど渡辺謙さんが出演されています。
海外で活躍している数少ない日本の役者さんですよね。
作品によってまったく違うキャラクターを演じられる、すごい役者さんです。
この映画の主人公はアメリカ人の男です。
とある出来事のせいで、生きる希望を失ってしまいました。
死に場所を求めた彼は、ネットで青木ヶ原樹海を見つけます。
胸には自殺用の睡眠薬(もしくは毒)を忍ばせて、遠路はるばる樹海までやってきました。
大きな岩の上に座り、樹海を見渡します。
静かで何もない場所です。
あるのは木立のみ。
彼は薬を取り出し、一粒一粒飲んでいきます。
一息に死ぬのではなく、過去の人生に思いを巡らせるように・・・・。
しかしそこで一人の男を発見します。
渡辺謙さん演じる日本人の男です。
彼は仕事でミスをしてしまい、リストラ部屋に追いやられてしまいました。
仕事もない、誰も話しかけてくれない、孤独な空間です。
心が蝕まれていくものの、妻子のことを考えると退職できません。
だんだんと追い詰められていった彼は、遂に自殺を決意し、樹海へやって来たのでした。
しかし死ぬのを思いとどまります。
過酷な環境の樹海にいると、刻々と死の足音が近づいてくるからです。
死ぬと決めたはずなのに、いつしか生きることを考えていました。
でも樹海はそう簡単には出られません。
水もないし、食べ物もない。
フラフラのヨロヨロになっていた所、主人公と出会ったのでした。
主人公は彼を助けようとします。
しますが・・・・自分も道に迷ってしまいました。
自分が死ぬのはいいけど、彼を見殺しにするのは後味が悪い。
だから下山を手伝うことにしました。
しかし樹海は過酷で、いつしか主人公も生きたいと思うようになりました。
怪我で死にかけたり、日本人の男と胸の内を語ったり。
主人公が自殺を選んだのは、愛する妻を失ったからです。
病気でした。
しかし腫瘍は良性で、治療すれば助かるものでした。
喜ぶ主人公と妻。
ですが病院からの帰り道、妻は死んでしまいます。
交通事故のせいで・・・・。
助かると思った数時間後、絶望のどん底に叩き落とされたわけです。
生きることが辛くなった主人公は、自殺の為にここへやって来たのでした。
その自殺を思いとどまらせたのは、樹海という過酷な場所、そして日本人の男です。
文明の力が及ばない樹海の中は、とにかく過酷です。
隠していた心は剥き出しになり、自分が自殺しようとしている理由を話します。
日本人の男は「大切な人はすぐ傍にいる」と返します。
闇の中に紛れて、いつでもあなたの傍にいると。
その言葉のおかげで、自殺を思いとどまりました。
しかし二人の体力はもう限界です。
歩くことさえままなりません。
でも幸いなことに、道中でトランシーバーを手に入れました。
それを使って、どうにかレスキューを呼ぶことに成功するのですが・・・・。
助かったのは主人公一人だけ。
なぜならいくら救助隊が探しても、日本人の男なんていなかったからです。
彼が入山したという日の記録を調べてみても、そんな男はいませんでした。
納得がいかない主人公は、一人で捜しに行きます。
しかしいくら捜しても彼はいません。
その代わり、一輪の花を見つけました。
土もないのに、岩の上にポツンと咲いているのです。
主人公は悟りました。
彼はすでにこの世にいなかったのだと。
その後、主人公はアメリカに戻り、自分の人生を生きました。
ここで映画は終わりです。
なかなか凝った設定で、細かい部分はかなり省きました。
それにちょっと分かりづらい展開もあったりと、見る人を選ぶかもしれません。
決して王道ではないし、かといってB級のように奇抜なアイデアで勝負しているわけでもありません。
独特な世界観、凝った設定、そして青木ヶ原樹海という不気味と神秘に満ちた場所。
そういうものが重なり合った、奇妙で不思議な映画でした。
この映画で一番すごいと思ったのは、やっぱり渡辺謙さんの演技です。
役によって全然別人になってしまう演技力はさすがです。
カッコいい二枚目から、よたったダメなおじさんまで、なんでも演じることが出来ます。
正直なところ、この映画から青木ヶ原樹海と渡辺謙さんを抜いてしまうと(主人公の俳優の演技も素晴らしいですよ)、あまり何かが残るような作品ではないと思います。
独特な雰囲気や設定も、樹海があってこそのもの。
厳しい言い方をするなら、樹海という場所に依存した映画ともいえます。
この場所を活かしているというより、この場所に頼った映画です。
物語うんぬんを語るより、青木ヶ原樹海がどんな場所なのか?どんな空気が満ちているのか?の方が、重要になってきます。
東尋坊もそうだけど、自殺の名所って映画にしづらいでしょうね。
下手に神秘的に見せると、自殺願望者を集めることになりかねません。
かといってホラータッチで見せてしまうと、今度はオカルト好きが集まってくるでしょう。
こういう場所が有名になるって、実はいいことじゃないんですよね。
でもこういう場所だからこそ、人を惹きつける魔力があるのも事実です。
特に映画監督や作家のような芸術家ならば尚更でしょう。
映画としては面白かったけど、だからといって神秘的な場所と誤解してはいけません。
樹海に限らず、山ってのは危険なんです。
舐めてると大怪我したり、低い山でも遭難したりするんですから。
作品は作品、いかに美しかろうとしょせんは作り物。
樹海は自殺する場所でもなければ、ホラーを提供する場所でもありません。
現実とは一線を引いて見るべき映画だと思います。

映画評論家 語るに落ちる

  • 2017.03.29 Wednesday
  • 15:39

JUGEMテーマ:映画

真面目にしか物を語れない人がいます。
最近ゴジラばっかりのネタを書いていますが、また特撮について思うことがありました。
ゴジラはかつて、キングコングと戦っています。
かなり昔の映画ですが、アメリカでも上映されたそうです。
その時、向こうの特撮ファンは喜んだようです。
しかし芸術的で文学的な高尚な映画を好む評論家は、総じて辛口だった模様。
というより、見下して相手にしなかった模様。
アメリカ人の特撮ファンが書いたとある本の中で、そういった人たちを批判する内容がありました。
「賢いことしか語れないそういった評論家たちは、結局自分自身で作り上げた真面目という鎖に縛り付けられている。」
そんな内容です。
芸術的であったり文学的であったり、そういった映画についてはよく語れるくせに、そこから外れるともうダメだと皮肉っているんです。
これはどういうことかというと、ゴジラのような特撮映画を観た時に、素人と同レベルの感想しか言えないとダメ出ししているんですよ。
「あんなものは子供が見るもの」
「チープで馬鹿げた映画」
そういう風に批判することは、素人でもできます。
特撮に興味のない人が、特撮を見下したり相手にしなくても、私は別段何も思いません。
好みは人ぞれぞれ、好き嫌いがあって然るべきです。
しかしその道で飯を食っている人が、素人同然の事しか言えないというのは、致命的ではないかと思います。
特撮が嫌いならそれでいい。
しかしそれなら黙ってやり過ごすとか、無視して相手にしないとか、色々とやりようはあるはずです。
口を開いて語る以上、プロならばそれなりのことを言ってみせてほしいものです。
映画評論家という肩書は、その名の通り映画の全てを包括して評論しなければなりません。
苦手なジャンルがあるならば、最初から白旗を挙げればすものを、素人同然の言葉で見下すのは、果たしてプロのすることか?
そういえなヨーロッパでシンゴジラが公開されたそうです。
ですが結果は散々なようで、かなりの酷評を浴びています。
「会議ばっかりでつまらない」
「災害や行政の在り方を問題的するのに、現実に在りはしない生き物を持ってこないと語れないのは幼稚だ」
そういった酷評があります。
これ、どれも的を射ています。
プロが言ったのか素人が言ったのか分からないけど、誰が言ったにしてもかなり確信を突いています。
怪獣映画なのに会議ばっかりというのは、確かに不満の要素の一つです。
好きな人もいるだろうけど、怪獣同士のドンパチが見たい人にとっては、退屈なシーンでしかありません。
また現実的な問題を提起するのに、空想の怪物を持ち出さなければ説明できないというのも、幼稚と言われても仕方ありません。
メッセージ映画を作りたいなら、現実に向かい合って表現してみろってことなんでしょう。
こいった意見なら納得できます。
そもそもシンゴジラはどう見ても国内向けで、海外で酷評されるのは仕方ありません。
それを差し引いても、納得のいく意見だと思います。
ただですね、賢い映画を観て賢いことしか語れない人たちが、ゴジラを見て素人と同レベルの意見しか語れなかったとしたら問題です。
職務放棄の末に、ただで給料をもらってるようなものです。
苦手な映画なら無視するか、黙ってやり過ごせばいい。
見下すのは自由ですが、語るに落ちるということに気づいてほしいです。

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