ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十五話 海底の死闘(6)

  • 2014.08.07 Thursday
  • 18:22
コウたちがこちらに向かっている頃、ダナエは大きなシャボン玉に包まれて海の中を漂っていた。不安そうにツンツンと泡をつつき、「壊れないよね?」とドリューを振り返った。
「ダナエさんが作り出した泡でしょう?僕に聞かれても困りますよ。」
「そうだけど・・・私ってこういう魔法は苦手なのよ・・・。もし泡が壊れたら、海の中で溺れちゃう・・・・。」
カナヅチのダナエは、いつこのシャボン玉が壊れるかと心配だった。すると横にいたアリアンロッドが、可笑しそうに肩を叩いた。
「心配するな。もし何かあっても私が守ってやる。」
「・・・ありがとう。でもやっぱり怖いな。ああ・・・早く海底に着いてほしい。」
マクナールを抜けたダナエたちは、ユグドラシルが眠る海まで辿り着いた。それはとても綺麗な海だが、とても波が荒い海でもあった。ダナエは風の精霊に頼んで大きなシャボン玉を作り出し、みんなを乗せてユグドラシルを目指していたのだ。
「ねえスッチー。本当にここの海底にユグドラシルがいるのよね?」
そう尋ねると、スクナヒコナは「間違いない」と答えた。
「この海の底から、とても懐かしい気を感じる。これは間違いなくあの神樹のものだ。」
そう答えると、アリアンロッドも頷いた。
「私もこの海底からユグドラシルの気を感じる。とても小さな気だが、これは間違いなくユグドラシルのものだ。」
「そっか・・・・。二人の神様がそう言うんだったら、きっと間違いないわね。」
ダナエは泡に手を触れ、青く揺らめく海中を眺めた。
「綺麗な海・・・。海流は荒れてるけど、それでもたくさんの生き物が泳いでる。」
マクナールの海の中には、大小さまざまな魚が泳いでいた。それにエビやカニや、他にも見たことのない生き物がいて、中には人魚も混じっていた。
「あ!人魚がいる!初めて見たわ・・・・ちょっと感動。」
さっきまでの不安はどこへやら、今は完全にマクナールの海に心を躍らせていた。アリアンロッドはそれを微笑ましく笑い、腕を組んで呟いた。
「しかしあの邪神が本当に偽物だったとはな・・・・。私の知らないところで、色々と事態は動いているのだな。」
スクナヒコナから話を聞いたアリアンロッドは、険しい顔で海を睨んでいた。
「地球では悪魔が暴れ、月では加々美という男が物語を書き変え、そしてこの星では二体の龍神が争っている。これではもう・・・どう収拾をつけていいのか分からんな。」
困った顔でため息をつき、折れた剣を握りしめた。
「・・・ふむ、かなり復活してきたな。あと小一時間もすれば、完全に元に戻るだろう。」
折れた彼女の剣は、まるで生き物のように自己修復していた。それを見たダナエは、感心した様子で「それすごいね」と目を輝かせた。
「いや、別にすごくはない。神の持つ武器というのは、なんらかの不思議な力を備えているものだからな。」
「へええ・・・じゃあジル・フィンからもらったこの槍にも、不思議な力があるのかな?」
そう言って銀の槍を見せると、アリアンロッドは「もちろんだ」と答えた。
「どんな力が隠されてるの?」
「さあな。そればかりはジル・フィンのみぞ知るだ。」
アリアンロッドは肩を竦めて首を振り、折れた剣を鞘に戻した。
「もしこのまま戦い続けていれば、いずれその槍の力が分かるだろう。しかし今はコスモリングの力を復活させる方が先ではないか?それはエネルギーが切れて使い物にならないのだろう?」
そう言ってコスモリングを指差すと、クトゥルーが「んだ」と頷いた。
「その腕輪はエネルギー切れだべ。でもここの海に浸けておいたら、また復活するだ。」
クトゥルーは長い足を伸ばし、「それ貸してけろ」と言った。
「オラが足を伸ばして泡の外に出しておいてやるだ。」
そう言ってクイクイと足を動かし、コスモリングを寄こすように促した。
「でも・・・泡の外に出したら海流にさらわれるんじゃない?」
「心配すんな、オラがきちんと持っててやるから。」
「で、でも・・・泡の外に足を出したら、泡が壊れて水が入ってくるんじゃ・・・・。」
「それも心配ねえ。オラが上手く穴をあけて外に出してやるだ。」
「そう・・・・?だったらお願いしようかな。」
ダナエは手首からコスモリングを外し、そっとクトゥルーに預けた。それを見ていたスクナヒコナが、「盗むでないぞ」と釘を刺した。
「そんなことしねえだ!もっとオラを信用してけろ。」
クトゥルーは不機嫌そうに言い、足を伸ばして泡に闇の穴を開けた。そしてそのまま外に足を出し、クスもリングを海に触れさせた。
「しばらくこうしておけば、きっと力を取り戻すべ。」
「ありがとうクトゥルー。」
ダナエは嬉しそうに笑い、クトゥルーの足を握った。
「クトゥルーって優しい神様ね。昔は悪い神様だったなんて信じられないわ。」
「んだ。オラは友達のおかげで改心したんだ。アマテラスって日本の神様なんだけども、とってもいい奴なんだあ。」
「へええ、じゃあクトゥルーにとって一番大事な友達ね?」
「んだ。彼女だけがずっと友達でいてくれたんだ。だからオラは、心の底からひねくれずに済んだんだべ。」
「そっか、でもそれってとってもいいことよね。だって友達に勝る宝物はないもの。」
「んだんだ。オメさんはよく分かってるべ。」
クトゥルーはニコニコとしながら頷き、しっかりとコスモリングを握っていた。するとコスモリングは突然何かに引き寄せられ、グイグイと海底へ引っ張られていった。
「なんだ?なんかおかしいべ・・・。」
「どうしたの?」
「いや・・・コスモリングが何かに引っ張られるんだあ。まるで磁石みたいにどこかへ吸い寄せられてる・・・・。」
クトゥルーはコスモリングを離さないようにしっかりと掴んでいた。するとその力に引っ張られて、ダナエたちの入っているシャボン玉も海底に引き寄せられていった。
「な・・・なに?どうなってるの?」
ダナエは槍を握りしめてオロオロとし、不安そうに周りを見渡した。するとスクナヒコナが「もしや・・・」と呟き、青黒い海底を睨んだ。
「おそらく・・・・あの腕輪はユグドラシルに反応しているのだ。」
「ユグドラシルに・・・?」
「うむ、それしか考えらない。きっとユグドラシルが、我々を導く為にあの腕輪を引き寄せているのだ。」
「じゃ、じゃあ・・・このままいけばユグドラシルに会えるってことね?」
「そうだ。」
ダナエはドキドキしながら胸を押えた。思えばあの神樹に呼ばれてこの星に降り立ち、多くの冒険を経験してきた。その間に仲間が増え、夢を持ち、そして大きく成長した。
そう思うと、興奮と緊張が入り混じった感情が湧きあがり、さらに胸がドキドキしていった。
「・・・・ダメだ。心臓が爆発しそう・・・。」
胸を押えてソワソワと慌て、髪の毛をいじって頬をつねっていた。それを見たアリアンロッドは、「落ち着け」と笑った。
「そこまでソワソワするなんてお前らしくないぞ。やはりさすがのダナエでも、ユグドラシルに会うのは緊張するか?」
「当然よ。だって私は、ユグドラシルに会う為にこの星に来たんだもの。ああ・・・ユグドラシルってどんな感じなんだろう?ねえ、アリアンは会ったことあるんでしょ?どんな感じなの?」
そう尋ねられて、アリアンロッドは「そうだな・・・」と腕を組んだ。
「見た目はただの大きな樹だ。しかし近くにいると、とても心が安らぐのだ。」
「へええ・・・なんだか不思議な樹ね。」
「ああ。それにもしお前のことを気に入ってくれたら、姿を見せてくれるかもしれないぞ?」
「姿を見せる?どういうこと?」
そう尋ねると、アリアンロッドは何かを想い出すように目を瞑った。
「あの神樹には魂というものがないのだ。しかしその代わりに、長年蓄えてきた多くの意志がある。」
「多くの・・・・意志?」
「ユグドラシルは、多くの生き物の意志を力に変えて存在している。そしてその多くの意志は、ユグドラシルの意志と混ざり合い、時として人の姿を見せることがあるのだ。」
「そうなの?じゃあその人の姿を見せてもらえたら、私はユグドラシルに信頼してもらってるってことなのね?」
「そういうことだ。あの神樹は自分からお前を呼び寄せたのだ。だからおそらく・・・人の姿を見せてくれるだろう。」
そう言うと、ダナエはパッと明るい表情になった。
「それを聞いたら、まずますユグドラシルに会いたくなってきたわ!ねえプッチー、もっと早く引っ張ってちょうだい!そして私たちをユグドラシルの元へ案内して!」
ダナエは泡の外のコスモリングを見つめ、キラキラと目を輝かせた。
コスモリングはそんなダナエの想いに反応するように、淡く光って海底まで引っ張っていった。そして・・・・・遂にマクナールの海底まで辿り着いた。辺りには薄い光が漂っていて、まるで夕方と夜の合い間のようだった。
「どこだろう?どこにユグドラシルがいるの?」
目をキラキラさせたまま海底を見渡し、高鳴る鼓動を抑えて息を飲んだ。するとかなり遠くの方に、小さな赤い光が二つ浮かんでいるのに気がついた。
「あれは何かしら?」
そう言って首を傾げると、スクナヒコナが「分からん・・・」と答えた。
「ユグドラシルがあんな光を放つところは見たことがない。」
「でもこの海底にはユグドラシルしかいないんでしょ?」
「そのはずだが・・・・ちと嫌な予感がするな。皆の者、注意しておいた方がよいぞ。」
スクナヒコナはみんなを見渡し、小さな矢を構えた。そしてアリアンロッドも、折れた剣を抜いてダナエに言った。
「ダナエ、慎重に向こうへ進んでくれ。あそこにはユグドラシル以外の何者かがいる。」
「何者かって・・・誰?」
「分からない。しかし・・・・も嫌な予感がするのだ。」
アリアンロッドは険しい表情で赤い光を睨み、殺気を纏って剣を構えた。
「なんだか急に雲行きが怪しくなってきたわね・・・・。でもいいわ、ここまで来て引き返すことなんて出来ないもの。」
ダナエも表情を引き締め、印を結んで魔法を唱えた。
「水の精霊、この泡を押して、あの赤い光の所まで運んでいって。」
そう唱えると、小さな魚の形をした精霊が集まってきて、ワラワラと泡を押し始めた。
そして前に進むにつれて、赤い光が大きくなっていく。その赤い光はぼんやりと周りを照らしていて、不気味にその正体を浮かび上がらせた。
「な・・・なに・・・・あれ?」
赤い光の正体を見たダナエは、身を震わせて後ずさった。ダナエの瞳に映ったもの、それは虫と悪魔を融合させたような、恐ろしい化け物だった。
身体は赤く染まり、そして二つの大きな目も赤く輝いている。その顔はダイオウグソクムシという虫にそっくりで、しかも悪魔のような角が生えている。身体は甲虫のように硬い殻に覆われ、お腹と後ろ脚だけが黒く染まっていた。そして何より特徴的だったのは、その長い首だ。それはカタツムリを食べるマイマイカブリという虫によく似ていて、顔の両脇から大きな牙が生えていた。
「あれは・・・・あの顔はまさか・・・・・。」
ダナエは槍を握ったまま震えだし、アリアンロッドを見上げた。
「アリアン!あれは邪神の姿にそっくりよ!邪神の女が虫に変化した時、あれとよく似た姿をしていたわ!」
そう叫ぶと、アリアンロッドは黙って頷いた。
「・・・・分かっている。あれこそは間違いないく邪神だ。まさかこんな所にいたとはな。」
海底に佇む邪神は、大きな口を動かして何かを齧っていた。
「何か食べてる・・・・。」
ダナエは目を凝らしてじっくりと見つめた。すると邪神の齧っていた何かは、大きな樹の根っこだった。
「樹の根を食べてるわ・・・・。でもこの海底に生える樹っていえば、一つしかないんじゃ・・・・。」
そう呟いた時、邪神はこちらに気づいた。長い首を動かして、威嚇するように吠えてきた。
「まずい!邪神は我らを襲うつもりだぞ!」
スクナヒコナが叫ぶのと同時に、邪神はこちらに突進してきた。そして大きな牙で泡を切り裂き、巨大な爪を振り下ろしてきた。
海中に放り出されたダナエは、ゴボゴボと息を漏らしながらパニックになっていた。カナヅチの彼女は、水中ではまったく成す術がない。そこへ邪神の爪がギラリと光りながら迫ってきた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十四話 海底の死闘(5)

  • 2014.08.06 Wednesday
  • 13:45
その頃コウたちは、箱舟に乗ってダナエを追いかけていた。しかし偉人の谷までやって来た時、そのあまりの異様な光景に息を飲んだ。
「なんだこりゃあ・・・・辺りが溶岩に飲み込まれてる。それに・・・あの馬鹿デカイ化け物はなんだ?雄叫びを上げて戦ってるけど・・・・・・。」
船の先頭に立ちながら、遠い目で二体の龍神を見つめる。すると船の横に浮かんでいたサリエルが、「あれは龍神だ」と答えた。
「龍神?この星にもそんなもんがいたのか?」
そう尋ねると、今度は後ろに立っていたクー・フーリンが答えた。
「違う、あれは地球の龍神だ。それも自然を司る大いなる龍神だ。」
「自然を司る龍神・・・?」
「見ろ、あの頭がいっぱいある方が九頭龍という龍神だ。奴はその背中に大地を乗せ、世界を支えているのだ。そしてもう一体の方が・・・・・おそらく燭龍だろう。世界に光と熱を与える偉大な龍神だ。これに天を司る黄龍を加えて、三位一体の龍神となっている。」
「三位一体・・・・?なんのことか分からないけど、要するに地球の龍神なんだな?だったらどうしてそんなもんがこの星に来てるんだよ?」
「分からん。しかしどちらも力のある神獣だから、何らかの方法でここまでやって来たのだろう。しかし問題はそんなことではない。見ろ、あの馬鹿げた戦いを。あれではもうただの自然災害だ。もしあんなものに巻き込まれたら、俺たちは一たまりもないぞ。」
クー・フーリンの言うとおり、二体の龍神の戦いは常軌を逸していた。それはまるで自然の力そのものがぶつかるような、地獄のような戦いぶりだった。大地は割れ、溶岩が吹き出し、火山灰が上がって稲妻が散っている。それに激しい気流がいくつもの竜巻を発生させていて、どこからか津波のような濁流まで押し寄せていた。
「確かにあれはヤバイ戦いだな・・・・。ダナエの奴、まさかこんな戦いに巻き込まれてないよな?」
そう呟くと、サリエルが「それは大丈夫だ」と答えた。
「あの妖精の気配は、セバスチャンがきちんと捉えている。」
「ビヒイン!」
「そうか・・・。だったらどうにかしてあの龍神たちを越えて、先に進まないといけないな。」
コウは二体の龍神を睨みつけ、操縦室へ向かってカプネに呼びかけた。
「カプネ!このままじゃあの龍神たちに衝突する!舵を切ってくれ!」
「言われなくてもやってるよ!」
カプネは舵をいっぱいに切り、船の進行方向を変えた。すると右側の車輪が高速で回転し、龍神たちの左側へ逸れていった。
「まだ近すぎるよ!もっと舵を切れ!」
「うるせえな!だからやってるって言ってんだろ!」
カプネは必死の形相で舵を回し、子分たちに指示を出した。
「お前ら!最悪の事態に備えて脱出の用意をしとけ!地面に梯子を垂らすんだ!」
「で、でもお頭・・・地面はマグマでいっぱいですぜ?あんな所に降りたら、俺たちは一瞬で焼きカエルになっちまう。」
「だったら水でも撒いとけ!ちっとは冷えるだろ!」
「そんな無茶な・・・・。」
箱舟は大きく左に旋回し、なるべく龍神たちから距離を取っていく。しかし途中で大きな雷が降り注ぎ、箱舟のお尻に直撃した。
「お頭!船のケツに雷が!煙を上げて燃えてますぜ!」
「だから水を撒いとけって言ってんだろ!ここで墜落したら全員オシャカなんだ!飲料水でも何でもいいから撒いとけ!」
「へい!」
子分たちは慌てて消火活動に取りかかり、火のついた船お尻に水を撒き始めた。
「さあて・・・妖精のあんちゃんよ。これからどうする?このままあの化け物の横を突っ切るのか?」
カプネは咥えた煙管から煙を吐き出し、ジロリとコウを睨んだ。
「そうだな・・・出来ればこのまま突っ切りたいけど、それは危険が大き過ぎる。だからいったん雲の上まで上昇して、奴らの力が及ばない所まで行こう。」
「雲の上までか?」
「この船は宇宙に飛び出せるんだ。雲の上に昇るくらいわけないだろ?」
「違えねえ。だったら思いっきり上昇するぜ!でもその前に子分どもを呼び戻してくれ。あいつらはあんたと違って空を飛べねえからな。」
「了解!」
コウは操縦室を出て船のお尻まで飛んで行き、消火活動を続ける子分たちに叫んだ。
「お前ら!今から雲の上まで上昇するから中に戻れ!火は俺が消すから!」
そう言って中に戻るように促し、みんなが避難してから魔法を唱えた。
「凍てつく冷気の精霊よ。船に着いた火を飲み込んでくれ!」
印を結んで魔法を唱えると、クリオネのような形をした小さな精霊たちが現れた。そしてブルブルと身を震わせ、一気に火の中へ飛び込んでいった。船のお尻についた火は、冷気の精霊によって瞬く間に消し去られ、そしてカチンコチンに凍らせてしまった。
「誰もそこまでやれとは言ってないんだけどな・・・・。まあいいや。俺も一応船の中に戻っとこ。」
コウは素早く踵を返し、カプネのいる操縦室に戻った。
「いいぞ、やってくれ!」
「おうよ!」
カプネは大きな舵を思い切り手前に引き、レバーを操作するように上に向けた。すると箱舟の車輪から煌めく風が放たれ、空気を漕いで真上に上昇していった。
「む?上に昇る気か?」
龍神の戦いを見つめていたクー・フーリンは、バランスを取りながら船の穂先に立った。
そして隣に浮くサリエルも、片手で船の穂先を掴んで一緒に上昇していった。
魔法の箱舟は瞬く間に雲の上に到達し、見渡す限りの青空に躍り出た。そして船体を水平に傾け、龍神たちが争いを続ける頭上を飛び抜けていった。コウは外に出て下を眺め、雲を割って吹きあげる熱風に顔をしかめた。
「すげえな・・・ここまで熱が飛んできてる。もしこのままあいつらが戦い続けたら、この星がヤバイんじゃないか?」
コウの心配はもっともだった。なぜなら二体の龍神の争いはさらに激しさを増し、周りの大地まで吸収してさらに大きくなっていたからだ。
「これじゃ島と島が立ち上がって喧嘩をしてるようなもんだ。歩くだけで地震が起きてるし、吠えるだけで空気が爆発してる・・・。」
想像を絶するその戦いぶりは、もはや誰の手でも止められなかった。もしこのまま二体の龍神が暴れ続けたら、邪神が支配する前にこの星は破壊されるだろう。そのことを危惧したコウは、眼下を睨みながら「戦うか・・・?」と呟いた。
「これを放っておいたら、この星は確実に終わる。そうなりゃ邪神を倒したって、この星が救われない。でもだからって、あの化け物たちとやり合うなんて自殺行為だ。いったいどうしたら・・・・。」
コウは腕を組んで考えた。ラシルの星は守りたい。しかしあんな化け物と戦えば命はない。いったいどうすれば上手く解決できるのかと、眉を寄せて悩んでいた。すると隣に立つクー・フーリンが、槍を掲げて龍神たちを睨んだ
「おいおい・・・まさかあの化け物と戦う気じゃないだろうな?」
そう尋ねると、クー・フーリンは「そのつもりだ」と答えた。
「そのつもりだってお前・・・・あれじゃ戦う前に死んじまうぜ?」
「分かっている。しかし戦の神として、ここでじっとしているわけにはいかん。例え勝ち目のない戦いでも、それに挑戦することが俺の生き甲斐だ!それに元より、勝負に勝ち負けは重要ではない。要は自分が楽しめるかどうかだ!」
そう言って槍を振り回し、メキメキを顎が割れていった。
「なんだよ、結局バトルマニアなだけじゃんか・・・・。」
相変わらずの脳筋っぷりにうんざりしていると、前方に浮いていたサリエルが叫んだ。
「後ろから何か来るぞ!」
「ん?後ろから?」
そう言われて船の後ろを振り返ると、そこには六つ足の大きな鳥が飛んでいた。
「なんだありゃ?どうして鳥がこんな所に・・・・。」
疑問に思って見つめていると、その鳥の上に二人の人物が乗っていることに気づいた。
一人は包帯を巻いたゾンビ、もう一人は赤いスーツを着た狼の獣人だった。
「あれはトミーとダレスじゃないか!トミーの奴・・・・船を通り過ぎてどこかへ走って行ったと思ったら、ダレスを呼びに行ってたのか。」
六つ足の大きな鳥は、翼を羽ばたいて箱舟の上に舞い上がった。するとトミーが大きく手を振り、「お待たせ!」と叫んだ。
「お前なにやってんだよ。なんでダレスなんか連れて来たんだ?」
そう尋ねると、ダレスは「なんかとは言ってくれるじゃねえか」と船に飛び下りて来た。
大きな身体のクセに見事に着地し、後から飛び降りてきたトミーを片手で受け止めていた。
「す、すんません・・・・・。」
「・・・受け取り料、あとで二十万だ。」
「金取るのかよ・・・・。」
コウは呆れ気味に呟き、ダレスに話しかけた。
「なんで金貸しのあんたがこんな所に来てるんだ?」
そう尋ねると、片手に持ったトミーをポンと投げ飛ばした。
「うぎゃ!」
トミーは顔面から落下し、痛そうに鼻を押さえていた。
「そ、それは俺が頼んだからだよ・・・・。」
「トミーが?なんで?」
「・・・それは、ジャムの為だよ。」
そう言って鼻を押えながら立ち上がり、申し訳なさそうに俯いた。
「アイツさ、これ以上この旅を続けるのは無理があると思うんだよな。」
「うん、まあ・・・・最初から無理があったと思うけど。」
「俺は地球にいる頃からアイツを知ってるけど、ほんっとに筋金入りの臆病なんだよ。ちょっとしたことですぐにビビるし、いざという時はすぐに逃げ腰になるし・・・。でもそのクセにプライドだけは人一倍高いから、現実とのギャップですぐに苦しむんだよ。」
「うん、グウの音も出ないほど正確な分析だと思う。」
「でもさ、それでも決して悪い奴じゃないんだよ。ガキっぽいしヘタレだし、すぐ人に頼るけど、その分いい所だってあるんだ。」
「そうだろうな。でなきゃダナエがあんなに仲良くしないだろうから。」
トミーは少しだけ笑って頷き、また申し訳なさそうな表情に戻った。そして何かを口にしようとして、そわそわと躊躇っていた。
「どうした?言い淀むなんてらしくないぞ?ジャムの怨霊でも乗り移ったか?」
「勝手にジャムを殺すなよ。いや、でも・・・・確かに俺らしくないな。ちょっと言いにくいことではあるんだけど、ここはハッキリ言わせてもらうわ。」
そう言って背筋を伸ばし、グッと表情を引き締めた。
「・・・・悪いんだけど、アイツをこの旅から降ろさせてやってくれ。」
トミーは深く頭を下げ、ギュッと拳を握った。
「旅の途中でいきなり降りるなんて勝手だって分かってる。でも・・・さっきも言った通り、これ以上アイツが旅を続けるのは無理だ。普段は平気な顔を見せてるけど、実はかなり参ってるんだよ。夜になると俺の部屋に来て、色々と相談してくるんだ。もう俺は限界だって・・・・。化け物と戦うのも怖いし、早く地球に帰りたいって。酷い時には泣きながらそう言うんだよ。でもさ、それでもここまで旅を続けて来たのには、理由があるんだ。」
「理由?」
「ああ・・・。アイツさ、マジでダナエちゃんに惚れてんだわ。」
トミーは肩を竦めて微笑んだ。
「ほら、色々とダナエちゃんに悪戯してただろ?風呂を覗いたりとか?」
「ああ、してたな。最近じゃダナエが風呂に入る時は、鎖で縛りつけられてるらしいじゃんか?」
そう言うと、トミーは困ったように苦笑いした。
「アイツはナリは大人だけど、中身は丸っきりガキなんだよ。だからさ、決して嫌がらせをしようとしてそんなことをしてるわけじゃないんだ。なんていうか、上手く女の子に気持ちを伝えられないから、ああいう馬鹿な行動に出ちゃうんだよな。まるで小学生のガキが、好きな女の子のスカートを捲るみたいにさ。だから決してエロい気持ちでやってるわけじゃないんだ。ああすることでしか、上手く自分の気持ちを表現出来なかったんだ。」
「そうか?その割には嬉々として覗いてただろ?」
「うん、まあ・・・多少はそういう気持ちもあったかもな・・・。でもさ、それでもダナエちゃんに惚れてるのは本当なんだ。アイツってガキの頃からあんなだったから、あんまり友達がいなくてさ。だから誰からも相手にされずに、クラスの隅っこでポツンと座ってたんだわ。そんで楽しそうにはしゃぐクラスメイトを見ては、それを羨ましく思ってたんだ。」
トミーの声は心なしか優しくなっていく。それはまるで、友達を語るというよりは、肉親を語っているような感じだった。
「アイツはいつでも一人で隅っこにいて、陽の当たる場所を歩いたことがないんだ。だから好きな子が出来たって、声を掛けることすら出来なかった。それがさ・・・借金のカタにゾンビになってこの星に来てみれば、ダナエちゃんっていう太陽みたいな眩しい子に出会っちまったんだ。しかもあの子ときたら、こんな俺たちを友達だって言ってくれる。それがどれほどジャムにとって嬉しかったことか・・・。」
そこでトミーは言葉に詰まり、一瞬だけ暗い表情を見せた。コウは黙って彼の話を聞いていて、口を開くまでじっと待っていた。
「・・・・・アイツは・・・ダナエちゃんに憧れてたんだろうなあ・・・・。どんな時でも笑顔を絶やさなくて、辛いことがあったって絶対に弱音を吐かない。しかも誰にでも分け隔てなく接して、気に入った奴とはすぐに友達になっちまう。そのどれもが、ジャムが持ってないもんばっかりだ・・・・。ほら、人って自分とは正反対の奴に惹かれるっていうじゃん?だからアイツもダナエちゃんに惚れちまったっていうわけさ。それも日に日に彼女を想う気持ちがデカクなっていって、もう自分ではどうしたらいいか分からなくなってたんだ。最近なんかじゃ、毎晩のように俺のところに相談に来てたしな。」
「・・・・そこまで思い詰めてたのか、あのゾンビは?」
「ああ、馬鹿みたいに思い詰めてたよ。だって・・・自分の恋が叶うわけないって知ってるからな。ダナエちゃんの肩には大きな責任が乗っかっていて、今は恋にかまけてる時じゃないだろ?それにもし邪神を倒したって、やっぱり自分の想いは届かないって知ってるんだよ。なぜなら・・・・お前がいるからさ。」
そう言って目に力を込め、コウに視線を投げかけた。
「俺?俺がどうしたっていうんだ?」
コウは自分を指差し、意味が分からないという風に首を捻った。
「いや、誰が見ても分かるだろ?ダナエちゃんがお前に惚れてるって。」
「はあ?アイツが俺に惚れてるって?それ本気で言ってんのか?」
コウは大げさに目を見開き、そしてすぐにゲラゲラと笑いだした。
「ないない!それはない!天地天命に誓ってそれだけはないよ!」
そう言ってブンブンと手を振り、涙が出るほど笑っていた。
「なんでだよ?ダナエちゃんはどう見たってお前に惚れてるだろ?」
「違うよ、あれは惚れてるんじゃなくて、ただ懐いてるだけだ。」
コウは笑いを堪え、呼吸を落ち着かせてから言った。
「いいか?俺とあいつは家族みたいなもんなんだ。生まれた時からずっと一緒にいて、本当の兄弟みたいに育ってきたんだ。だから何でも話し合えるし、気を遣うことだってない。
それに今でも一緒に風呂に入ってるだろ?もし男女なんてもんを意識してたら、そんなこと出来ないよ。」
「それはまあ・・・・そうかもしれないけど・・・・・。」
「それにさ、あいつって誰とでも友達になっちまうけど、男を見る目は案外厳しいと思うぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。だって月にいる時に、あいつってやっぱりモテてたもん。カッコイイ妖精や頼りになる妖精から言い寄られてたけど、全部断ってたからな。」
「そりゃ断るだろ。まだ子供なんだから。」
そう言い返すと、コウは「分かってないなあ」と指を振った。
「いいか?月の妖精にはある風習があってだな、将来の結婚相手を子供のうちから決めることがあるんだ。もちろん結婚するのは大人になってからだけど、それでも子供のうちから結婚相手を決めて、将来を祝福される奴もいる。だからダナエが男どもの好意を断るってことは、今はまだ全然そういうことに興味がないってことだし、何より男を見る目が厳しいってことでもあるんだ。だからジャムに限らず、誰が告白したところで撃沈だぜ?」
コウはそう言って肩を竦めて笑った。
「そうのなか・・・。いや、でも結局はジャムの恋が実らないことに変わりはないわけで・・・う〜ん・・・なんだか複雑になってきたなあ・・・。」
トミーは腕を組み、真剣な顔で唸っていた。すると黙って聞いていたダレスが、「もういいだろ」と投げやりな口調で言った。
「トミーよ、テメエはこの俺様をわざわざこんな所まで連れて来やがったんだ。だから今さらグダグダいって、やっぱりジャムの身体はいりませんなんてぬかしてみろ。どうなるか分かってるだろうな?」
ダレスの声は迫力に満ちていた。それは脅迫ともとれるほどおっかない声で、トミーはぶるりと震え上がった。
「おいおい、あんたとトミーにどういうやり取りがあったのか知らないけど、あんま脅かしてやるなよ。」
コウが取り成すように言うと、ダレスはいかつい顔で「ふん」と悪態をついた。
「いいか、妖精のあんちゃん?そこのゾンビはな、こともあろうにジャムの借金を帳消しにしてくれと言ってきやがったんだ。」
「ジャムの借金を帳消しに・・・?」
「ああ。俺は以前こいつらに言ったはずだ。あの妖精のお嬢ちゃんを、何としてもユグドラシルまで案内しろってな。そしてもし邪神を倒すことが出来たら、借金を帳消しにして肉体を返してやると。」
「ああ・・・そういや言ってたな。」
「俺は約束を守る男だ。だからもし目的を達成することが出来たら、きちんと肉体を返してやるつもりだった。だがそこのゾンビは、ジャムを守りたい一心で俺にこう言ったんだ。『あいつの借金は俺が肩代わりするから、どうか肉体を返してくれ』ってな。」
「そうなのか?」
コウは驚いた様子でジトミーを見つめた。
「俺はな、金貸しって仕事に命を懸けてる。なのにそいつときたら、目的も達成していないのに肉体を返せとぬかしやがった。本来ならその場でぶち殺してやるところだが、そんなことをしたって一円の得にもならねえ。だからジャムの借りている金の三倍の借金を肩代わりすることで、アイツの肉体を返すことに同意してやったんだ。だから今さらそれを無しにしてくれたんて言いやがったら、この場で即ミンチにしてやるつもりだ。」
そう言ってダレスはポキポキと拳を鳴らし、トミーに詰め寄った。
「なあトミーよ?お前の仲間を想う気持ちは認めてやる。しかしな、今さら引き返すことは出来ねえ。分かってるな?」
「・・・・はい。」
トミーはぶるぶる震えながら頷き、せわしなく目を動かしていた。
「ようし・・・・それじゃさっさとジャムをここに連れて来いッ!俺は忙しいんだ!いつまでもグダグダぬかしてると、お前の骨を全部叩き折って、下の溶岩に叩き落とすぞ!」
「は・・・はいいいいい!」
トミーはビシッと背を伸ばし、すっ転ぶ勢いで辺りを捜し始めた。そしてコウを振り返り、「アイツはどこだ?」と尋ねた。
「さあな?俺たちもいま来たばっかりだから分からないんだ。きっとダナエと一緒にいると思うんだけど・・・。」
「そっか・・・なら早くダナエちゃんの所に行ってくれ!頼む!」
トミーは両手を合わせて頭を下げた。するとコウは笑って頷き、「言われなくてもそのつもりだよ」と答えた。
「サリエル!すぐにダナエの所まで案内してくれ!」
サリエルはイライラした様子で頷き、「ついて来い」とセバスチャンを駆っていった。
「ほんとに短気な奴・・・。でも心強い味方が出来てよかった。」
サリエルはセバスチャンの手綱を引き、猛スピードで走っていく。箱舟は彼を追いかけ、瞬く間にマクナールを越えて海に出て行った。それはユグドラシルが眠る、青くて深い海だった・・・・・。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十三話 海底の死闘(4)

  • 2014.08.05 Tuesday
  • 13:54
クインの腕に抱かれていたのは、しばらく前まで一緒に旅をしていたアリアンロッドという女神だった。
「アリアン!しっかりして!」
アリアンロッドは、長い銀髪を濡らしてグッタリとしていた。青い燕尾のコートからポタポタと滴が落ち、その手には折れた剣を握っていた。
「ねえアリアン!しっかりしてよ!」
ダナエが肩を揺らして呼びかけていると、アリアンロッドはその美しい顔をゆがめて目を開けた。
「・・・ダ・・・ダナエ・・・・か?」
「よかった!アリアン・・・・。」
久々の再会を喜び、ダナエはギュッとアリアンロッドに抱きついた。
「心配してたの・・・地球には強い悪魔がたくさんいるっていうから・・・。」
「それは私も同じだ・・・。お前が無事でいてくれてよかった。」
クインはそっとアリアンロッドを下ろし、怪我の具合を確認した。
「斬られた場所はもう大丈夫ですか?」
「ああ、しっかりと治ったよ。助けてくれて感謝する。」
アリアンロッドはクインを見つめ、深く頭を下げた。そしてダナエの方を振り返り、ポンポンと頭を叩いた。
「アリアン・・・死神に襲われたって聞いたけど本当?」
「本当だ。ここへ来る途中、サリエルという恐ろしい死神に出くわしてしまってな。危うく死にそうになってしまった。しかし何とか逃げのびてここへ辿り着いたのだが、そこで力尽きて倒れてしまった。このまま朽ち果てるのかと覚悟した時、そこに立っている御仁に助けて頂いたというわけだ。」
「そっか・・・。じゃあ噴水の中から感じていた大きな気は、アリアンのものだったのね。
でもよかったね、死神に殺されなくて。」
ダナエが安心したように言うと、アリアンも「まったくだ・・・」と頷いた。
「奴はコウの命を狙っているから、何としても仕留めたかったのだが・・・あっさりと返り討ちにあってこのザマだ。」
そう言って肩を竦めて笑い、周りを見渡して「おや?」と呟いた。
「私の知らぬ顔がいるな。」
彼女の視線の先には、スクナヒコナたちが立っていた。
「ダナエ、彼らはお前の仲間か?」
「うん!ここへ来るまで一緒に戦ってくれたんだ。紹介するね。」
そう言って仲間の元に駆け寄り、手を向けて紹介していった。
「ええっと、ドリューのことは知ってるよね?」
「ああ、岬の街にいた画家だろう?もっとも、そっちは私のことは知らないだろうが。」
「そうね。アリアンはプッチーの中にいたから、一度も会ってないもんね。ドリュー、彼女はアリアンロッドっていうの。最初にプッチーに宿ってた神様だよ。」
「ああ・・・はじめまして。」
ドリューはいささか緊張しながら手を出した。
「こちらこそよろしく。」
アリアンロッドは微笑みながら握手を交わした。そしてさっきからずっと気になっていた、大きなタコの化け物を見上げた。
「ダナエ・・・・私はこの大きなタコに見覚えがある・・・。まさかとは思うが・・・。」
「こっちはクトゥルー。これでもタコじゃなくて神様なんだよ。」
そう説明すると、アリアンロッドは青い顔で後ずさった。
「ク・・・クトゥルーだと!馬鹿な!あの破壊神がなぜこんな所にいるのだ!」
ワナワナと唇を震わせて驚いていると、スクナヒコナが「私が説明しよう」と手を挙げた。
「ん?今度は妖精か?」
「違う!我は妖精ではない!れっきとした神である!」
スクナヒコナはプリプリ怒り、腕を組んで拗ねてしまった。ダナエはクスクス笑いながら彼を抱き上げ、手の平に乗せた。
「この妖精みたいにちっちゃいのが、スクナヒコナっていう神様。日本から来たんだよ。」
「日本から・・・?どうして地球の神がこんな所に?」
首を捻って不思議そうにするアリアンロッドに、スクナヒコナが説明した。
「我は国津神のスクナヒコナと申す者。邪神を追って、この星まで来た次第である。」
「なんだと!邪神を追って?どういうことだ!奴は地球にいるのではないのか?」
アリアンは怖い顔で詰め寄り、スクナヒコナを見下ろした。
「邪神は魂だけ抜け出し、この星に逃げ込んだのだ。」
「どうやって!」
さらに興奮して詰め寄ると、スクナヒコナは不機嫌そうに眉を寄せた。
「・・・お主、少々無礼ではあるまいか?こちらは名を名乗ったのだぞ。ならばそちらも名を名乗るのが礼儀であろう?」
「あ・・・ああ!これは申し訳ない・・・。私はケルトの女神、アリアンロッドという者だ。」
「ふむ、やはりそうか。クー殿から聞いていた特徴とよく似ていたから、そうではないかと思っておったのだ。」
「クー殿・・・?」
「クー・フーリン殿のことだ。彼も我らと共にこの星に来ておる。」
「な・・・なんと!クーも一緒にか!」
アリアンロッドは驚きを通り越し、口を開けたまま立ち尽くしていた。しかしすぐに気を取り直し、小さく頷いた。
「いや・・・よくよく考えればおかしなことではないか。クーは日本の神々に協力を求めに行ったのだ。ならば日本の神と一緒にいても妙なことはない。しかし私が気になるのは、どうして皆がこの星に来ているのかということだ。」
「ふむ・・・その辺の事情を察しておられないようだな。では我が手短に説明しよう。」
スクナヒコナは身ぶり手ぶりを交え、手短に説明していった。
「・・・というわけなのだ。上手く伝わっただろうか?」
「・・・・ああ。よく分かった。そして・・・こうしてじっとしていられない状況であることも分かった・・・。」
アリアンロッドは後ろを振り向き、ダナエに向かって叫んだ。
「ダナエ!これは考えようによっては好機だぞ!奴は一人でこの星に逃げ込んでいる。ならば今奴を見つければ、私たちだけでも討ち取れるかもしれない!」
「それはそうなんだけど、どこにいるかまったく見当がつかないのよね。それに今はユグドラシルに会うのが先だから。そうしないと・・・地球が危ないわ。」
そう言ってクインの方に視線を向けると、彼女はコクリと頷いた。
「アリアンさん・・・少しお話を聞いて頂けますか?」
「話?何の話だ?・・・・いや、それより・・・あなたは誰かに似ているな?さっきは怪我を負っていたからよく顔を見なかったが、こうしてじっくり見ると、誰かに似ていると感じる。」
アリアンロッドは記憶を辿り、クインに似た人物を探していった。そしてピッタリ当てはまる人物が思い浮かび、折れた剣を構えて睨みつけた。
「貴様は・・・邪神ではないか!まさかこんな目の前にいたとは・・・・。」
「ちょ、ちょっと待って!彼女は違うの!」
ダナエは慌てて止めに入ったが、アリアンロッドに腕を掴まれて引き寄せられた。
「下がっていろ!コイツは私が仕留める!」
そう叫んでクインに飛びかかり、折れた剣で斬りつけた。しかしその瞬間に霧に囲まれ、クインの姿は消えていた。
「おのれ!どこへ隠れた!」
折れた剣を握りしめ、神経を集中させてクインを探す。するとだんだんと眠たくなってきて、思わず膝をついた。
「これは・・・・この霧のせいか・・・?」
コートで顔を覆い、必死に眠気に耐えた。
「おのれ邪神!コソコソ隠れるとは卑怯だぞ!姿を見せろ!」
コートで鼻を押さえたまま剣を振るうが、強烈な眠気のせいで力が入らなかった。
その間にじょじょに霧は晴れていき、その向こうからダナエが駆け寄ってきて、剣を持つ手を押さえた。
「アリアン!ちょっと落ち着いて!」
「ダナエ!お前は逃げていろ!」
「いいから私の話を聞いて!彼女は邪神じゃないの!いや・・・邪神なんだけど、でも偽物の邪神なのよ!」
「偽物・・・・?何を言っているのだ?邪神に偽物も本物もなかろう!」
「あるのよ!クインは私たちの知ってる悪い邪神じゃないの!だから今は剣を納めて話を聞いて。」
やがて霧は晴れ、アリアンロッドから眠気が引いていった。そして霧の晴れた向こうには、申し訳なさそうな顔をしたクインが立っていた。
「・・・・どう見ても邪神だ。あれが偽物だというのか?」
アリアンロッドはまだ剣を構えたまま、ダナエに問いかけた。
「そうよ。彼女は私の叔父さんが生み出した、もう一人の邪神なの。」
「ダナエの叔父上が?」
「話せば長くなるんだけど、でも聞いてほしいの。お願い。」
訴えかけるようなダナエの目を見て、アリアンロッドは躊躇いがちに頷いた。
「分かった。お前がそこまで言うのなら、話を聞いてみよう。」
そう言って折れた剣を納め、クインの方に歩み寄った。しかしその時、大きく地面が揺れて地割れが起きた。
「な、なんだ!」
アリアンロッドはサッと地割れから飛びのいた。すると遠くの方から凄まじい雄叫びが響いて、ビリビリと空気を震わせた。
「なんだ今の雄叫びは・・・・?相当大きいぞ・・・・。」
そう呟くと、スクナヒコナが「まずいぞ!」と叫んだ。
「燭龍と九頭龍の争いが、この辺り一帯を飲み込み始めているのだ。早く避難せねば、我らも巻き込まれてしまうぞ!」
「あの龍神さんたち、まだ喧嘩を続けてたのね・・・。仕方ないわ、このままここを抜けて、ユグドラシルを目指しましょう。」
ダナエはスクナヒコナを肩に乗せ、一目散に走りだした。
「ダナエ!いったい何がどうなっているのだ?」
アリアンロッドは何がなんだか分からず、どうしたらいいのか立ち尽くしていた。
「走りながら説明するわ!ほら、みんなも急いで!」
「は・・・はい!」
「んだ!」
ダナエたちは噴水を飛び越え、街の外へ走っていく。しかしクインだけはその場に残り、じっと偉人の谷の方を見つめていた。
「クイン!あなたも早く!」
「・・・・いえ、私はこのままで・・・。」
そう言ってダナエの方を振り返り、小さく笑った。
「何言ってるの!ずっとここにいたら死んじゃうよ!」
「・・・いいえ、私はもう死んでいます。」
「ああ・・・魂だけだもんね・・・。でもそれは私たちも一緒よ!とにかく逃げよ!」
ダナエは足を止め、クインの所まで戻って手を引いた。しかしクインは首を振り、そっとダナエの手を離した。
「ダナエ・・・・私はあなたに謝らなくてはいけません。」
「謝る?なにを?」
「私は嘘をつきました。あなた達は、魂が身体から抜け出したりなんてしていません。」
「どういうこと・・・・・?」
眉を寄せて尋ねると、クインは偉人の谷を振り返った。
「あの身体は、私が魔法で生み出したただの幻覚なんです。」
「幻覚・・・?どうしてそんなことを?」
そう尋ねると、クインはダナエを見つめて答えた。
「それは・・・・あなたが羨ましかったからです。」
そう言って小さく微笑み、目の奥に悲しみの色を見せた。
「私は邪神を倒す為だけに生み出された、都合の良いキャラクターに過ぎません。でもその役割すら全う出来ず、無駄に存在してしまったんです。加々美が物語を書き変えた時から、その設定に乗っ取って時間を遡り、大昔からこのラシルに住んでいました。あたかも最初から物語に加わっていたように・・・・・。でも、今の私はもう用無しなんです。
役割を全う出来ず、何の役にも立たないキャラクターなんて、物語の途中でフェードアウトするのが決まりです。あれ?そういえばあんなキャラクターもいたなあなんて感じで。」
クインは笑っていた。しかしその声は、悲痛なほど寂しさに満ちていた。
「きっと作者である加々美ですら、私のことなどもう気にかけてはいないでしょう。月に行った時に顔を合わせたけど、まったく何の興味も無さそうでした。でも・・・それはそうですよね・・・。失敗作のキャラクターなんて、紙と一緒に丸められてゴミ箱行きなんですから・・・。」
「クイン・・・・・。」
ダナエは悲しげにクインを見つめ、そっと手を伸ばした。しかし彼女に触れようとした瞬間、また大地が揺れて倒れそうになった。
「クインは用無しなんかじゃないよ!だって・・・こうして私たちを助けてくれたじゃない!ドリューだってアリアンだって、クインがいなきゃ今頃死んでるよ!」
そう言って手を伸ばし、クインの手を握って見つめた。
「ねえ、私たちと一緒に行こ。クインだって、ちゃんと自分の意志を持てるよ。叔父さんの意志なんて関係ない。クインは自分の意志で生きていいんだから!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
クインは何も答えなかった。それは自分に課せられた過酷な運命を知っていたからだった。
「ダナエ・・・空想の住人が、本当の意味で死ぬ時というのは、どういう時か分かりますか?」
「本当の意味で死ぬ・・・・?分からないわ。ていうか今はそんなことはどうでもいいから、早く逃げよう!」
そう言ってクインを連れて走り出そうとした時、地割れの中から溶岩が吹き出した。
「きゃあ!」
マグマは高く吹きあげ、ダナエの頭上に降り注ぐ。アリアンは咄嗟に助けようとして飛びかかったか、その瞬間に辺りに霧が満ちた。その霧はマグマを弾き、ダナエを守ってアリアンの元まで運んだ。
「ダナエ!大丈夫か?」
「うん・・・クインが守ってくれたから・・・。」
ダナエは再びクインの元に戻ろうとした。しかし辺りは全てマグマに覆われていて、もはや彼女に近づくことは出来なかった。
「クイン!早くこっちまで飛んで!マグマに飲み込まれちゃうよ!」
そう叫んで手を伸ばすと、クインは涼やかな顔で微笑んだ。
「ダナエ・・・空想の住人が本当の意味で死ぬ時・・・。それは誰からも忘れ去られた時です。今まで多くの命が空想の世界に誕生しました。でも生き残っているのはほんの一部だけなんです・・・。ほとんどの者は皆の心から忘れられ、酷い時には陽の目を見ることすら無く消えていく・・・・。だから・・・私はあなたが裏ましかった。みんなから愛され、物語の筋書きまで変えて守られたあなたが、どうしても羨ましかったんです。」
クインは淡々と語った。とても小さく、消え入りそうな声で語った。そして彼女自身が、空想の世界から消えようとしていた。足元が薄っすらと透け始め、消しゴムで擦られたように消えようとしていた。
「クイン!」
「私はあなたを羨むあまり、意地悪をしてしまいました。ごめんなさい。」
「そんなのいいわよ!私と一緒に行こう!私は絶対にクインを忘れたりしないから、一緒に行こう!」
「・・・ダメなんです。空想の世界の住人は、現実の世界の者に覚えられていないとい意味がないんです。作者の手を離れて自分の意志を持てば別ですが、私はそこまで行けそうにない・・・。だから、ここで消える運命なんです。」
地割れからまたもマグマが吹き出し、もはや辺りは灼熱の地獄と化していた。これ以上は危険だと判断したアリアンは、ダナエを抱えて走り出した。
「待って!まだクインが・・・・・、」
「駄目だ。このままではみんな死んでしまう。」
「でもクインが・・・・、」
「彼女は自分の運命を悟っている・・・。これ以上の言葉は逆に傷つけるだけだ。もしクインのことを本気で考えるなら、彼女の想いを尊重してやれ。」
「クインの想い・・・・?」
ダナエはじっとクインを見つめた。すると彼女はその姿を虫に変え、羽を動かして霧を発生させた。
「クインは私たちが逃げ切るまで時間を稼ぐつもりなのだ。だからこのままここにいては、彼女の想いを無駄にすることになる。」
「そんな!今にも消えそうなのに、私たちを守ろうっていうの?」
ダナエは巨大な虫に姿を変えたクインを見つめた。霧はマグマを弾いているが、それでも全てを防ぐのは無理があった。足元に流れて来た溶岩は、徐々に彼女を溶かしていった。
「クイン!ダメだよ!せっかく生まれたのに、こんなの悲し過ぎる!」
ダナエはジタバタともがいてクインに手を伸ばす。しかしアリアンロッドはしっかりと彼女を抱きかかえ、クトゥルーたちと一緒に街の外へ走っていった。
「クイイイイイイイン!」
遠ざかるクインの姿が、霧の中へ消えていく。マグマは霧に押し止められ、ダナエたちが逃げ切るほんの僅かな時間を稼いでくれた。そして・・・・クインは自分が消える前に、ダナエの頭に話しかけてきた。
《ダナエ・・・邪神はこの近くに潜んでいるはずです。》
「クイン!」
《この街に来ておかしいと思いませんでしたか?ここはこんなに大きな街なのに、誰も人が住んでいない。》
「そ・・・そういえば・・・・。」
《これは全て邪神のせいなのです。彼女は肉体を捨てて魂だけになってしまったから、新たな肉体を手に入れようとしたのです。街の人たちを全て殺し、自分の配下であった領主まで手に掛けました。それを元に魔法を用いて、新たな肉体を作り出したのです。まだ上手く馴染んでいないでしょうから、きっと遠くまでは逃げていません。だから彼女を仕留めるなら、なるべく早いうちに仕留めて下さい。もしまた力を蓄えてしまったら、その時は・・・・地球とラシルの破滅を意味します。》
クインの霧が消えかかり、ゆっくりとマグマが押し寄せて来る。アリアンはさらにスピードを上げて走り、瞬く間に街から遠ざかって行った。
《・・・・ダナエ・・・必ず生き延びて下さい・・・・。あなたは自分の意志を持った空想の命。作者が存命中にその手を離れた、稀有な存在です。それは・・・・私たちにとっての希望・・・。陽の目を見ることなく消えていった・・・・空想の命の・・・憧れ。》
クインの声はか細く掠れていく。それはまさに、彼女が消えようとする瞬間であった。
「クイン!私は忘れないから!絶対にあなたを忘れない!叔父さんをぶん殴ってでも、必ずあなたの物語を創らせるわ!だからこれで終わりじゃないよ!」
ダナエは遠く離れたマクナールに向かって叫ぶ。マグマは赤く燃え上がりながら街を飲み込み、まるで地を這う蟻の大群のように広がっていった。
《・・・ダナエ・・・・あなたに出会えたことが・・・私の人生で一番の幸せ・・・・。
またいつか・・・・あなたに会えたら・・・・・・・。》
「会える!きっと会えるよ!だから・・・・だからさよならは言わない!」
街は完全に燃え上がり、溶岩の中に消えていった。そしてクインもまた、空想の世界から消えていった。邪神の影として生み出され、本来の役割をまっとうすることなく消えていった。
彼女は言った。出来そこないのキャラクターは不要だと。しかしダナエは違った。クインのおかげで仲間が助かり、こうして自分も生き延びることが出来た。だから、絶対にクインは不要な存在などではなかったと。そしてまだ見ぬ叔父の顔を想い浮かべ、クインにこんな残酷な運命を背負わせたことを怒っていた。
「叔父さん・・・・私は必ずあなたに会うわ。そして・・・・ぶん殴ってでもクインの物語を創らせる!覚悟しとけ!」
クインの姿を心に焼きつけ、いつか必ず彼女を復活させると誓った。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十二話 海底の死闘(3)

  • 2014.08.04 Monday
  • 19:40
「ダナエ、あなたはメタトロンという天使を知っていますか?」
「メタトロン・・・?さあ、聞いたことないわ。」
「メタトロンは、神の代理とも言われる偉大な天使です。邪神の軍勢と戦うならば、きっと彼が先頭に立つことになるでしょう。なぜなら・・・邪神軍の筆頭には、ルシファーという凶悪で手強い悪魔がいるからです。そういう闇の者を倒すには、光の力が一番有効なのです。だから天使の長であるメタトロンには、最強の魔王であるルシファーと戦ってもらわねばなりません。その為には、強力な光の力が必要になるのです。」
クインは演説をする政治家のように、グッと拳を握った。しかしダナエはまったく要領を得ることが出来ず、まだ不思議そうにしていた。
「だから、どうしてそれで博臣の魂が必要なの?そのメタトロンさんが魔王と戦うのは分かったけど、博臣はまったく関係ないんじゃ・・・・、」
「いいえ!あります!大アリなんです!」
「顔が近いよ・・・・。」
クインは興奮気味に詰め寄り、さらに熱く語った。
「地球には、神や悪魔以外にも多くの空想の住人がいるんです。知ってますか?」
「地球の空想の住人?ええっと・・・確かミヅキが言ってたわね、ゴジラとか、ウルトラマンとか・・・・。」
「そう!それ!」
クインは指をさして目を輝かせた。
「地球には面白い空想の住人がたくさんいるんです。神や悪魔ほど歴史は長くないけど、でもちゃんと空想の世界に存在しているんですよ、ええ!」
「ごめん・・・指が鼻に当たってるんだけど・・・。」
「ああ、すいません・・・つい興奮しちゃって・・・。」
クインは申し訳なさそうに謝り、それでも目をキラキラさせていた。
「いいですよねえ、ああいうの・・・。私・・・実をいうと特撮マニアなんです。」
「特撮マニア・・・?それもミヅキが言ってたわね。」
「特殊な技術を用いて、色々なヒーローや怪獣を見せる作品のことです。ああいうのってこの星にはないから、すっごくハマっちゃって・・・。そういえば今年、ハリウッドでゴジラが上映されたんですよ。まだ見てないんですけど、絶対に見に行かなきゃ。前作はイグアナだとかなんとか言われて不評だったけど、アレはアレでアリだと思うんですけどねえ・・・。」
クインは完全に自分の世界に浸り、いかにゴジラという作品が素晴らしいかを力説した。
「特にゴジラ対ビオランテはよかったですね。峰岸徹さんの演技が素晴らしいんですよ。
『薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん』って。その後ゴジラにビルごとやられちゃうんですけど、それがまた男の生き様って感じで、ほんとにシビれるんです。だから彼の訃報を聞いた時はショックだったなあ・・・・。」
クインはウルウルと目を潤ませ、完全に向こうの世界へ浸っていた。
「あ、あの・・・ちょっと話が脱線してると思うんだけど・・・・。」
「え?ああ!これはすいません・・・つい興奮しちゃって・・・。」
そう言ってクインはローブで目尻を拭った。その時、彼女の魔道服の横に、怪獣のアップリケが入っているのをダナエは見逃さなかった。
「ほんとに好きなんだね、その・・・特撮っていうの。」
「ええ、そりゃもう。」
クインはコクコクと頷き、再び表情を引き締めて話を続けた。
「少し話が逸れましたけど、でもさっきのは重要なことなんです。なぜなら、メタトロンはルシファーと戦う為に、より大きな光の力を必要としているからです。そこで彼が目をつけたのが・・・・ウルトラマンというわけです。」
「ウルトラマン・・・・?それも特撮っていうやつ?」
「ええ。特撮界を代表する作品の一つです。ウルトラマンはちゃんと空想の世界に存在していて、私たちと同じように命を持っているんですよ。そして何より、ウルトラマンは光の国から来た正義の巨人なんです。だから彼らに協力を仰ぐことで、メタトロンはより強い光を手に入れようとしているわけです。」
「ふうん・・・・なんだかよく分からない話だけど、やっぱり博臣がどう関係するのか分からないわ。」
そう尋ねると、クインはニヤリと笑った。
「いいですか?メタトロンがウルトラマンの国へ協力を仰ぎにいった時、こう言われたんです。『我らは光の巨人として、是非協力させてもらいたい。だがその為には一つ条件がある。それは・・・・人間の魂と同化することだ!』ってね。」
「人間と魂と同化・・・・?どうしてそんなことを?」
「それはですね、ウルトラマンというのは、地球では活動が制限されるからなんです。普段から光の巨人のままだと、激しくエネルギーを消耗しちゃって、いざという時に戦えないんですよ。だから寄り代となる人間が必要なんです。」
「ええっと・・・・どういうこと?」
ダナエはまったく話しについていけず、苦笑いを見せるしかなかった。
「要するにですね、ウルトラマンというのは、普段は人間の姿をしていないといけないってことです。」
「・・・・・なんで?ずっとウルトラマンでいた方が強いんじゃないの?」
そう言うと、クインは「かあ〜・・・素人はこれだから!」と嘆いた。
「いいですかダナエさん!」
「ああ・・・はい・・・。」
「普段からずっとウルトラマンのままだったら、いったい視聴者はどこで彼をカッコイイと思えばいいんですか?」
「え?いや・・・そう言われても・・・。」
「怪獣が現れて、街が破壊されて、みんながピンチになって、その時に颯爽と現れるからカッコイイんですよ!そして怪獣をやっつけて、また颯爽と去っていく。これこそがウルトラマンの醍醐味なんです!」
「は・・・はあ・・・・。」
「例えば想像してみて下さい。テレビが始まって、五分で印籠を突きつける水戸黄門がいたらどう思います?そんなものは誰も見たくないですよ。悪者を懲らしめた後に印籠を出すから、みんながシビれるんじゃないですか!そう思いません?」
「そ・・・そう・・・なのかな?よく分からないけど・・・・。」
「そうなんです!ヒーローというのは見せ場が肝心なんです。逆に言うと、見せ場を心得ていないヒーローなんて、穴の掘れないアナグマ!声マネをしない九官鳥!川で溺れるアナゴなんです!」
「ア・・・アナゴは海じゃなかったっけ・・・?」
「そんなのはどっちでもいい!大事なのは、ヒーローは見せ場が命ということです。だからウルトラマンにとって、人間からウルトラマンに変身するというのは、とても重要なことなんです!だからこそ、ウルトラマンはメタトロンに条件を突きつけたんです。自分たちの力を使ってもいいけど、必ず人間からメタトロンに変身する場面を設けるようにって。
それを承諾してくれるなら、内からティガの貸そうって。」
「ティガ?」
「ウルトラマンティガのことです。彼はまさに光の巨人の異名を取るウルトラマンなので、きっとメタトロンとの相性はいいだろうと言ってくれたんです。だからティガの力を得る為に、人間の魂と同化しないといけないんですよ。」
「そ・・・そうなんだ・・・。それで博臣の魂を連れて行ったんだね?」
「ええ。多角的かつ包括的に調査をしたところ、どうも博臣の魂が適任なんじゃないかという結論に達しまして。」
「へ、へえ〜・・・。」
ダナエは再び苦笑いを見せ、心の中でそっと思った。
《きっと多角的でもなんでもなくて、クインの独断で選んだんだろうなあ・・・。》
しかしそれは口に出さず、ニコニコと愛想笑いを見せていた。
「ま・・・まあ要するに、邪神の軍勢と戦う為に、博臣の魂が必要だったってことね?」
「そういうことです。」
「あなたの話はよく分かったわ。でも・・・一つだけ大きな疑問が残っている。」
ダナエはクインの顔を見つめ、じっと言葉を溜めこんだ。そしてクインもまた、ダナエが何を疑問に思っているのかを見抜いていた。
「ねえクイン・・・。」
「はい。」
「・・・・あなたはいったい誰なの?さっきあなたは、自分が邪神だって言ってたわよね?
でもどうしても、私にはあなたが悪い人には思えないの。それにさっきからあなたの話し方を聞いていると、まるで邪神を自分とは別の人のように語ってるわよね?これってどういうことなのかな?」
ダナエは怒るでも憎しむでもなく、素直にそう尋ねた。
「あなたは邪神とよく似ているわ。その顔、その佇まい、そして・・・あの虫の姿。どれをとっても邪神と瓜二つだけど、それでもあなたからは悪い気を感じない。だから教えてほしいの。あなたはいったいどこの誰で、どうしてこんなに色々なことを知っているのか?
それを聞かない限りは、今までの話もどこまで信じていいのか分からないから・・・。」
ダナエは思った。クインの話は実に筋が通っていたと。マニアックすぎて途中でついていけないところもあったけど、それでも話の内容に矛盾は感じられなかった。
もしクインの言っていることが本当なら、自分も今すぐに地球に行き、邪神の軍勢と戦いたいと思ったのだ。
「ダナエさん・・・・。」
クインは重い声で口を開き、「ごめんなさい・・・」と謝った。
「なに?どうして謝るの?」
「・・・私は、出来損ないなんです・・・。」
「出来損ない?どういうこと?」
「・・・・私は確かに邪神です。けど・・・あなたが知っている邪神とは別人なんです。」
「別人・・・?それってもしかして、邪神が二人いるってこと?」
「二人いるといえば、二人いることになります。しかし私は本物の邪神ではなく、加々美幸也によって生み出された、偽の邪神なんです。」
「偽の・・・・邪神・・・・。」
ダナエは一瞬何を言っているのか分からなかった。邪神に偽物や本物があるのかと、必死に考えを巡らせていた。そんなダナエの胸の内を見透かしたように、クインはまた謝った。
「すいません・・・混乱していますよね・・・。」
「ああ・・・ううん、ちょっと理解出来なくて。でもどういうことかちゃんと聞かせて。」
「はい・・・・。」
クインは背中を向け、噴水の中に溜まる綺麗な水に目を落とした。
「加々美幸也が物語の筋書きを変えた時、邪神そのものをどうにか出来ないかと考えたんです。しかし邪神は元々彼の物語には登場しませんから、筋書きを変えたところで操ることはできません。ならば・・・もう一人邪神を作ろうと考えたんです。」
「邪神をもう一人って・・・どうしてそんなことを?」
「同じ世界に、同じキャラクターは二つも必要ないでしょう?だから私という存在を生み出せば、もしかしたら元々の邪神は消滅するのではないかと考えたんです。でも・・・そうはならなかった。私が生まれても、邪神は相変わらず存在しています。以前と何も変わらない形のままに・・・。その時点で、私はすでに用済みなんです・・・。こうして空想の世界を生きてはいるけど、まるで宙に投げ出された羽のように、ただフワフワと漂っているだけ・・・。今はなんの為に生きているのか・・・何の為に生まれてきたのか、まったく分からない状態です。」
クインはとても辛そうにしていた。切ない声に寂しげな表情。誰からも必要とされていないという現実に、ただただ傷ついているようだった。
「クイン・・・あなたはずっと昔からこの星に住んでいるんでしょ?さっきそこのドリューが言ってたもの。ここにはずっと昔に偉い魔道士がいて、死んだあとも魂だけ残ってるって。それってあなたのことなんでしょ?だったら叔父さんに生み出されたなんて、ちょっと辻褄が合わない気がするんだけど?」
そう尋ねると、クインは可笑しそうに笑った。
「そんなものですよ、売れない作家の考えることなんて。」
「・・・どういうこと?」
「何の考えもなしに、適当に設定を後付けするんです。だから私みたいな中途半端なキャラクターが出来てしまうんですよ。それに・・・彼は作品に私情をはさみ過ぎです。」
「私情をはさむ?」
「ほら、私って怒った時に広島弁になるでしょう?あれって、加々美が昔に付き合っていた女性のクセなんです。」
「そ、そうなの・・・?」
「サトミという女性なんですが、ダフネが昔に起こした事件で死んでしまったんですよ。だから今は妖精として月に住んでいるはずです。会ったことはありませんか?」
そう尋ねられて、ダナエはじっと考え込んだ。
「サトミ・・・・サトミ・・・・・、ああああ!あの妖精ね!知ってるわ!昔に何度か遊んでもらったことがある。今は結婚して子供も出来て、幸せに暮らしてるはずよ。」
「そうです。そして加々美はそのことがショックだったんです。月で彼女と再会した時に、かなりヘコんでいたらしいですから。だから私というキャラクターを作る時に、私情をはさんで彼女のクセを入れてしまったんですよ。」
「ははあ〜・・・・なんだか情けない男ね、叔父さんて。」
「ええ、そりゃもう。あなたのお父上のケンに比べたら、とんでもなく女々しい男ですよ。」
「お父さんはすっごく立派な妖精だからね。お母さんのことも愛してるし、私のことだって愛してるし。それに他のみんなにも優しいもの。」
父のことを語るダナエは、どこか誇らしそうだった。
「でもよかった。あなたが私の知ってる悪い邪神じゃなくて。だって・・・あなたって、きっとすごく優しい人だと思うから。」
「そうですか?こう見えても私、けっこうドライですよ。」
「ドライな人が、わざわざ危険を冒して私たちを助けてくれたりしないわ。」
ダナエはクインの手を握り、ニコリと笑って「ありがとう」と呟いた。
「・・・・やめて下さい。こういうの・・・慣れてないんです。」
「いいじゃない。助けてもらったら、ありがとうって言うのが普通よ。」
その言葉を聞き、クインはジンと熱くなって泣きそうになった。
「・・・もう、私のことはいいでしょう・・・。あんまり自分のことは好きじゃないから、これ以上話したくないんです。」
「うん、クインがそう言うなら、もうこの話は終わりにするわ。色々聞かせてくれてありがとね。」
またダナエに感謝され、クインはサッと顔を逸らして肩を震わせていた。そしてグイっと目尻を拭い、深呼吸をしてから振り返った。
「ダナエさん、実はあなたに会わせたい方がいるんです。」
「私に?」
「ええ。あなたに会う為に、わざわざ地球からいらした方です。ユグドラシルの根っこを通ってここまでいらしたんですが、途中で死神と遭遇して大怪我を負ってしまったんです。
だから今は・・・この癒しの水に浸かって、怪我を治しているところだったんです。」
そう言って噴水の中に目を凝らし、「もう大丈夫でしょう」と手を入れた。
「地球から私に会う為にやって来た・・・?いったい誰のことかしら?」
ダナエは首を傾げて考えていた。するとクインは噴水の中からズルズルと誰かを引き出し、そっと両腕に抱えた。
「あ・・・ああああああ!」
その姿を見たダナエは、瞳を揺らして駆け寄った。
「アリアン!」
クインの腕に抱かれていたのは、しばらく前まで一緒に旅をしていたアリアンロッドという女神だった。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十一話 海底の死闘(2)

  • 2014.08.03 Sunday
  • 18:28
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ。」
クインは小さく微笑み、真っ直ぐにダナエの目を見つめ返した。
「まず・・・ミヅキはどこ?彼女は無事なの?」
「はい。彼女はいま月にいます。」
「つ・・・月!どうしてそんな場所に!」
思いがけない答えに、ダナエは思わず身を乗り出した。するとクインは噴水の向こうに手を向け、遠い目をして答えた。
「この街の向こうには、マクナール海という海が広がっています。そしてその海底にはユグドラシルが眠っているのです。」
「知ってるわ。その為にここへ来たんだもの。」
「なら・・・ユグドラシルの根っこが、地球に繋がっていることもご存じですか?」
「うん、地球には小さな分身があるんでしょ?」
「ええ、でもそれは地球だけではありません。月にも・・・分身が生えているのです。」
「そ・・・それほんと!」
初めて知る事実に、ダナエは興奮を隠せない様子で詰め寄った。
「本当です。でも・・・月に生える分身は、ごく最近になって出来たものです。月の女神ダフネが、地球の分身から根っこをわけてもらって生やしたのです。」
「ダフネが・・・・。」
「先ほどのミヅキという少女は、ユグドラシルの根っこを通って月へ送りました。」
「じゃあ・・・・ミヅキは無事なのね?」
「はい。ダフネに預けているので心配はいりません。」
「そっか・・・よかったあ。」
ホッと胸を撫で下ろし、そしてすぐに次の質問をぶつけた。
「じゃあ・・・・どうしてミヅキをさらったの?いったい何の目的で、月まで連れていったの?」
「それもダフネからの指示です。」
「またダフネが・・・。」
「正確に言うと、ミヅではなくて、博臣という少年の魂が欲しかったのです。」
「博臣・・・それって、コウが肉体を借りてる少年の名前ね。それにミヅキの親友でもある。」
「はい。ダフネが欲しがったのは、博臣の魂なのです。でも・・・ミヅキは決して彼の魂を手放そうとしなかった。胸の勾玉に宿った彼の魂を、意地でも守ろうとしていました。
だから仕方なしに、彼女ごと月まで連れていったのです。」
「で、でも・・・どうしてダフネが博臣の魂を欲しがるわけ?だいたい、月は今回の争いには関係ないはずでしょ?」
そう尋ねると、クインはゆっくりと首を振った。
「大いに関係があるのです。なぜなら・・・・あなたがいるからです。」
「私が・・・・?」
「あなたは月の妖精の王女、ならばそれを守ろうとするのは、ダフネにとって当たり前のことです。あなたは彼女の娘のようなものですから、何としても邪神の手から守りたいと思っているのです。それにダフネは、過去に大きな過ちを犯しました。現実と空想を混ぜるという、前代未聞の大罪です。その罪滅ぼしの意味もこめて、邪神を倒すことに協力しているわけです。」
「ダフネが・・・・今回のことに深く関わってたなんて・・・・。」
思いもよらない真実を聞かされ、ダナエの思考は少し混乱した。
「彼女はあなたを守るため、ある人物に協力を要請しました。それは・・・ミヅキの父であり、あなたの叔父でもある加々美幸也です。」
「加々美幸也・・・それって、お父さんの弟の名前だわ。そしてダーナの神話という物語を書いて、私を生み出した人でもある。」
「そうです。彼はダーナの神話、そしてあなたという人物の生みの親です。ならその力をもってすれば、あなたを守ることが出来るかもしれないと考えたのです。しかし・・・・実際はそう上手くいきませんでした。」
クインはユグドラシルが眠る北の海を見つめ、潮風に髪をなびかせた。それはどこか憂いのある顔で、胸に何かの傷を抱えているように感じられた。
「ダナエは加々美幸也が生み出した、空想の人物。ならば彼があなたの物語を描くことで、最悪の結末を防ごうとしました。」
「最悪の結末・・・・?」
「決まっているでしょう。もちろん・・・あなたが死ぬことです。」
クインはダナエの方を向き、ゆっくりと近づいた。
「いいですかダナエ。あなたは・・・一度死んでいるのです。邪神の手によって。」
「え?私が・・・・?」
素っ頓狂な声を出すダナエに向かって、クインは強く頷いた。
「以前、ラシルの廃墟であなたの友人が殺されましたね?」
「うん・・・コウが死んじゃったわ。あ!でも今は生きてるから大丈夫よ!」
無理に明るい声で言うと、クインは悲しい顔をみせて答えた。
「いいえ、それは物語の筋書きが変わった後のことです。あの時ほんとうに死んだのは、ダナエ・・・・あなたの方なんです。」
「私が・・・・・?」
「あなたは邪神に戦いを挑み、あっさりと殺されました。そしてそれを助けようと頑張ったのがコウなのです。」
「コウが私を助けた・・・?」
「あなたが死んだあと、コウは必死に邪神に戦いを挑みました。そこへラシルの廃墟の番人であるニーズホッグも加わり、なんとか邪神を撃退することに成功したんです。そしてその後、コウはあなたを生き返らせる為に、月へ赴くことになりました。たった一人でユグドラシルまで辿り着いて・・・。」
「・・・・・分からない・・・いったい何を言ってるの・・・?」
クインの言うこと全てが、ダナエにとってはチンプンカンプンだった。自分が一度死んでいる?そのあとコウがユグドラシルに辿りついた?どれをどう考えても、まったく意味が分からなかった。
「・・・混乱していますね?」
「・・・ほんとに、何を言ってるのかサッパリ分からないわ。私は一度も死んでないし、コウだってユグドラシルには辿り着いてない。どれもデタラメなことばかりなのに、でもあなたは嘘を言っていない。だって・・・まったく痛がる様子を見せないもの。」
もしこの場所で嘘をつけば、胸に耐えがた痛みが襲ってくるはずだ。なのにクインは眉一つ動かさずに、平然と立っていた。
もしかしてただのやせ我慢かと思ったが、それは有り得ないと首を振った。
《そんなわけないわ。あの痛みは絶対に耐えられないもの。魂が感じる痛みは、私でも邪神でも同じはず。だから・・・・彼女はウソを言っていない。だけど・・・とてもじゃないけど信じられない!私が死んだなん絶対にウソよ!もし死んでるんだったら、こんな所にこうして立ってるわけがないもの。》
「ねえクイン。」
「はい?」
「もうまどろっこしいのは無しにして、あなたが知っていることを全て聞かせて。そうじゃないと・・・きっと私は今日眠れない・・・。」
「思い詰めていますね。でも気持ちは分かりますよ。」
クインはニコリと笑い、ダナエの手を取って鳥居の中に招き入れた。そして噴水の前に立ち、キラキラと輝く綺麗な水を見つめた。
「いいでしょう。私が知っていることを全てお話します。」
そう言って噴水に背を向け、笑顔を消して語り始めた。
「ダナエ、先ほども言ったとおり、あなたは一度死んでいるのです。ラシルの廃墟で邪神に殺され、それを助ける為にコウが奮闘した。彼はボロボロになりながらも、たった一人でユグドラシルに辿りつき、地球へ向かったのです。彼が出た場所はエジプトです。なぜなら、そこにユグドラシルの分身が生えているからです。コウはエジプトの神々に事情を話し、なんとか月へ帰れないかと相談しました。するとホルスという神が、祖父であるアメン・ラーを通じて月へ交信を取ってくれたのです。事情を知ったダフネは、すぐに天使に協力を要請し、コウを月まで運んでもらいました。」
「そんな・・・・全然私の知らないことばかりだ・・・。」
ダナエは悲しそうに俯き、それでも歯を食いしばって話を聞いた。
「あなたが死んだことを知ったダフネは、たいそう悲しみました。それに妖精王のケンと、妃のアメルも涙に暮れました。月は悲しみに包まれ、まるで毎日がお通夜のようだったのです。しかし悲しみに暮れてばかりはいられませんでした。なぜなら・・・邪神が本格的に地球を侵略し始めたからです。地球の魔王や悪魔を味方につけ、好き放題に暴れ回って街を破壊しました。もちろん地球の神々は応戦しましたが、邪神には神殺しの神器があります。どの神も次々に討ち取られ、邪神の軍勢が圧倒的な勝利を収めたのです。」
「そんな!じゃあ地球は邪神に乗っ取られちゃったの!」
「いえ、そうなる一歩手前に、ダフネが手を打ったのです。幸い月は邪神の攻撃を受けませんでしたから、ダフネも妖精たちも無事だったのです。それに天使や死神といった、強力な存在も月に身を寄せていました。ダフネは天使や死神の協力を得て、地球からある人物を連れて来させました。それが加々美幸也です。」
「ここで叔父さんの登場なのね・・・。でもよく生き残ってたね、地球は邪神にやられていたんでしょ?」
「神々は全員殺されてしまいました。そしてその魂を空想の牢獄という場所に閉じ込められ、二度と出て来られないようにしたのです。しかし・・・・神獣や聖獣は僅かながらに生き残っていました。神獣たちは生き残った命を天空の祠で守り、なんとか邪神の攻撃をしのいでいたのです。」
「なるほど、神獣たちには神殺しの神器が効かないもんね。」
「ええ、しかし祠が陥落するのは時間の問題でした。そしてその祠に・・・加々美幸也はいたのです。天使や死神たちは祠を守る為、邪神の軍勢に強襲をかけて撃退しました。」
「やっつけちゃったの?」
「一時的にです。時間が経てば、邪神の軍勢は態勢を立て直して攻めてくるでしょう。だからそうなる前に、加々美幸也を月へ連れて行ったのです。彼の手によって、物語の筋書きを書き変えてもらう為に。」
「筋書きを変えるって・・・・どういうこと?よく分からないんだけど?」
ダナエが真剣な目で尋ねると、クインは「そのままの意味です」と答えた。
「加々美幸也は、あなたを主人公に据えて、ダナエの神話という物語を書きました。しかし残念ながら、あまり売れなかったのでこの物語を知る者はほとんどいません。」
「・・・なんか悲しいね、それ。」
「食えないのが作家の宿命です。いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく、加々美幸也はあなたを主人公にして物語を書いた。そしてその物語の筋書きでは、あなたはラシルに降り立つことはなかったのです。だが・・・こうしてラシルに来てしまった。邪神というイレギュラーな存在に出会うことで、本来の筋書きを外れてしまったのです。」
「なるほど・・・物語がおかしな方向に行っちゃったわけね?」
「ええ。そのせいであなたは死に、ダナエの神話はさらに筋書きが変わってしまった。
だからダフネは、作者である加々美幸也に物語を書き変えてほしいと頼んだのです。あなたが死なないようにする為に・・・・。」
「そっかあ・・・・ダフネと叔父さんは、私を助けようとしてくれたのね。」
ダナエは遠い月にいるダフネを想い、そして会ったこともない叔父の顔を想像してみた。
「それで、叔父さんはちゃんと物語を書き変えることが出来たの?」
「彼はダフネの見守る中、しっかりと物語を書き変えました。そのおかげで、とりあえずはあなたが死ぬ運命は避けられたのですが・・・・ここでも問題が・・・。」
クインは突然申し訳なさそうに唇を噛み、ダナエから目を逸らした。
「急に黙ってどうしたの?問題ってどういうこと?」
「・・・本当なら、あなたはここにはいないんです。」
「ここにはいない?それって・・・死んでるってこと?」
「いえ、死んではいません。あなたはこうしてちゃんと復活したんですから。私が言いたいのは、物語がまたしても筋書き通りに進まなかったということです。」
クインはダナエの方を向き、少しだけ目を伏せた。
「新たな物語の筋書きでは、あなたはそもそも宇宙へ旅に出たりしていないんです。だって・・・宇宙へ出てしまったら、邪神に出会う可能性があるから・・・。邪神にさえ出会わなければ、物語の筋書きが変わることはありません。だから・・・あなたは今でも月で安全に暮らしていたはずなんです。しかし実際にはそうならなかった。」
「どうして?私が邪神に出会うことで、筋書きが変わってしまったんでしょ?だったら、今ここに私がいるのはどうしてなの?」
そう尋ねると、クインは顔を上げて答えた。
「それは・・・あなたが作者の意志を超えたからです。」
「叔父さんの意志を超えた・・・?それってどういうこと?」
「本来・・・物語とは作者が進めるものです。キャラクターを生かすも殺すも作者次第だし、どういう結末を用意するかも作者次第なんです。しかし・・・ごく稀に作者の意志を超える者が出て来るんです。そうなると、そのキャラクターは物語の筋書きを離れて行動を起こすことがあります。」
「作者の意志を離れるってことは、自分の意志を持つってこと?」
「そうです。物語の登場人物だけでは終わらない、自分の意志を持った生き物になるんです。ほら、たまにいるでしょう?作家の中に、登場人物が勝手に動くという人が?」
「うう〜ん・・・あんまり本を読まないから分からないなあ。外で遊んでることの方が多いから。」
ダナエは頭を掻いて苦笑いした。
「で?その後はどうなったの?私が叔父さんの意志を超えて、それでどうなっちゃったの?」
そう尋ねると、クインは「それはあなたが一番よくご存じでしょう?」と笑った。
「加々美幸也は、あなたが月から出ないように筋書きを変えたのです。でも・・・あなたは自分の意志で旅に出た。作者の意志を超えて、自分で自分の道を歩き始めたのです。
そしてこの星を通りかかった時に、ユグドラシルに呼ばれた。そこから先はどんな冒険をしてきたか・・・あなたが一番よく知っているはずです。」
クインは可笑しそうに笑っていた。それはまるで、ダナエを讃えるような眼差しだった。
「空想の世界の者にとって、作者の意志を超えるのは至難の業です。普通は作者が没してから自由になれるのに、あなたは作者が生きている間に自分の意志を持った。これは称賛に値することです。」
「うう〜ん・・・そんなこと言われても、なんだかよく分からないわ。私は自分がこうしたいと思って行動してるだけだから。」
「それこそが、自分の意志を持つということなんです。」
そう言ってクインはまた笑い、そしてすぐに表情を引き締めた。
「これはあなたにとってはとても良いことですが、一つ問題もあります。」
「まだあるの?なんだか問題だらけね?」
「ええ・・・まったく。あなたのオテンバぶりには、ダフネも加々美も舌を巻いていますよ。」
「なに?私が問題だっていうの?」
ダナエは頬を膨らませ、不機嫌そうに言った。
「いいですか?そもそも、ダフネと加々美が物語の筋書きを変えようとしたのは、あなたを守る為なんです。なのにあなたときたら、さっさと作者の手を超えて自分の足で歩き出してしまった。これはもう・・・ダフネも加々美も、あなたを制御出来ないということです。そして・・・・いくら頑張ったとしても、もう物語の筋書きは変えられないということでもあるんです。地球とラシルは危険な状態にありながら、もはやその流れを変える術は失われました。後に残されている道は・・・・邪神の軍勢との全面戦争しかないのです。」
「全面戦争・・・・。なんだか不吉で嫌な言葉ね。」
「当然です。戦争になれば多くの血が流れ、多くの命が傷つきます。出来ればそんなことは避けたかったけど・・・もうこれしか道は残されていないのです。座して邪神に屈するくらいなら、戦って地球とラシルを守るしかない。これはダフネの決断ですが、きっと彼女は断腸の思いだったはずです。」
クインはダフネの気持ちを推し量るように、険しい表情で眉を寄せた。
「邪神との戦争は避けられない。となれば、こちらもそれなりの準備をしなくてはなりません。その為に、博臣の魂が必要だったのです。」
そう言うと、ダナエは不思議そうに首を傾げた。
「どうして?博臣は普通の子供だよ?なのにどうしてあの子の魂を必要とするの?」
「それには理由があります。」
クインは険しい表情をさらに険しくして答えた。
「ダナエ、あなたはメタトロンという天使を知っていますか?」
「メタトロン・・・?」
聞いたことのない名前に、ダナエは首を傾げて髪を揺らしていた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十話 海底の死闘(1)

  • 2014.08.02 Saturday
  • 17:56
海底の死闘


ダナエたちは、闇の道を通って安全な場所まで避難した。そして地上に出ると、遠くの方に大きな街が建っていた。
「よかった・・・なんとか逃げられた・・・。」
そう言って遠くの街を見つめ、「あれがマクナール?」と呟いた。
「おそらくそうであろうな。他に街は見当たらない。」
「よし!じゃあさっそく行こうか!ジャムのことは心配だけど、いまはあの龍神さんに任せるしかないわ。」
ダナエの言葉にみんなが頷き、枯れ草が覆う大地を踏み進んでいった。
「ミヅキ、もう大丈夫?」
「うん、ちょっとまだ熱いけど平気。」
「ならよかった。他に誰も怪我とかしてないよね?」
そう言って周りを見渡し、「あれ?」と首を傾げた。
「あの女魔道士さんは?」
「む?さっきまで近くにいたのだが・・・。」
クインと名乗った女魔道士は、忽然と姿を消していた。いったいどこに行ったのかと辺りを捜していると、「こっちです」と声が響いた。
「ああ、魔道士さん。いつの間にそんなに先へ行っちゃったの?」
クインはダナエたちの遥か先にいた。そして手を振りながら、「急いで」とせかした。
「あまりこの場所でじっとしてない方がいいです。」
「どうして?」
「それは・・・・死んでしまうからです。」
そう言ってダナエたちの足元を指差すと、そこには彼女たちの肉体が倒れていた。
「きゃあ!私が死んでる!」
頬を押さえて叫び、慌てて駆け寄って抱き起した。
「な、なんで・・・・?なんで自分の身体が転がってるの?」
「ダナエだけじゃないよ。私やスッチー、それにクトゥルーまで・・・・・・。」
「ほんとだ・・・みんなの身体が倒れてる・・・。これっていったい・・・?」
倒れる自分たちの身体を見ながら呆然としていると、クインは「行きましょう」と促した。
「今のあなた方は魂が抜けているんです。」
「魂が抜ける・・・?」
「偉人の谷の先は、実体を持つ者は入れないんです。ここから先は、完全なる空想の世界となっていますから。」
「で、でも・・・ラシルの星は、空想でありながら実体を持つ星なんじゃ・・・?」
「そうです。でも・・・ここだけは別なんです。あの偉人の谷の霧は、悪い魂を振るいにかける為のもの。こうしてここに立っているということは、あなた方はこの先に進む資格があるということです。」
そう言ってクインは背を向け、足早に歩き出した。
「ほら、早く行かないと。私はもう死んでいるから大丈夫ですけど、あなた達がずっとここにいると、黄泉へ送られてしまいますよ。」
「ごめん、さっきから何を言ってるのかサッパリだわ。」
ダナエは首を傾げ、自分の身体をそっと寝かせた。
「ねえ・・・さっきのあなたの姿・・・あの虫みたいなやつのことだけど、もしかしてアレって・・・・。」
遠慮がちに尋ねると、クインはコクリと頷いた。
「そうです。私は邪神です。」
「やっぱり!」
ダナエは殺気立ち、距離を取って構えた。
「邪神・・・・こんな所にいたのね。これで全て納得がいったわ。」
そう言って銀の槍を向け、憎しみを込めた目で睨んだ。
「あんたは魂だけ抜け出して、この星にやって来た。だから肉体を持ってないんでしょ!それにあの龍神さんたちからドリューを助けたのだって、邪神の力なら可能だわ。」
ダナエはさらに憎しみを込め、怒りで肩を震わせた。
「あんたのせいで、コウは一度死んじゃった。それにドリューだって殺しかけたし、他の仲間だって危険な目に遭った。ううん、それだけじゃない!地球もラシルも、全部あんたのせいで酷いことになってる!だから・・・ここでキッチリ成敗してやるわ!」
そう言って邪神に飛びかかると、あっさりと槍を掴まれて投げられた。
「うわ!」
しかし空中で体勢を立て直し、羽をはばたいて邪神の真上に上がった。
「前の私と同じと思うなよ!」
そう言って羽を高速で動かし、キラキラと光る麟粉を放った。その麟粉は邪神を包み、彼女の力を封じていった。
「これで妙なマネは出来ないでしょ?さあ、これで終わりだあ!」
槍を邪神に向け、一直線に降下していく。そしてドリルのように回転し、槍の穂先を青白く輝かせた。
「成長した力を見せてやる!食らってみろ!」
ダナエの槍は、一直線に邪神を貫いた。それと同時に麟粉が弾け、邪神を粉々に分解してしまった。戦いはあまりにもあっけなく終わり、ダナエは腑に落ちない様子で槍を構え直した。
「おかしい・・・・。いくらなんでも、こんなに弱いわけがないわ・・・。」
あの程度で邪神が死ぬはずがないと思い、気を張り詰めて周りの気配を探った。するとミヅキが「足元!」と叫び、ダナエを突き飛ばした。ダナエはバランスをくずしてよろめき、すぐに体勢を整えてミヅキを見つめた。
「ミヅキ!」
「ダナエ・・・足元が・・・・。」
泣きそうな顔で言うミヅキの足元には、巨大な虫となった邪神の姿が映っていた。そしてヌッと地面から出てきて、ミヅキを咥えてマクナールに飛び去ってしまった。
「ミヅキ!」
「ダナエえええええええ・・・・・・。」
あっという間に邪神は飛び去り、そしてマクナールを超えてどこかへ消えてしまった。
「邪神・・・・また私の仲間を傷つけるつもり!」
ダナエは怒りで我を忘れそうになり、鬼のような形相でマクナールへ飛んでいった。
「待てダナエ殿!」
慌てて手を伸ばすスクナヒコナだったが、ダナエはそれを無視して飛び去ってしまった。
「くそ!クトゥルー、すぐに追うぞ!」
「んだ!」
クトゥルーは頭にスクナヒコナを乗せ、足にドリューを抱えてダナエの後を追った。枯れ草の大地に嫌な風が吹き抜け、悪意に満ちた気配が漂っていた。


            *


邪神を追いかけてきたダナエは、マクナールの上空で辺りを睨んでいた。
「くそ・・・どこ行った?」
青い瞳は血走り、怒り揺れている。そして金色の髪はふわふわと逆立ち、拳には血管が浮かび上がっていた。。
「あいつ・・・・絶対に許さない!もしミヅキに何かあったら、今度こそ八つ裂きにしてやるわ!」
いつものダナエからは想像も出来ないセリフが飛び出し、可愛い顔も鬼のように恐ろしくゆがんでいた。
「・・・・・まるで気配を感じない。どこに隠れてやがる・・・。」
猛獣のように歯をむき出し、神経を集中させて邪神の気配を探る。すると追いついてきたスクナヒコナたちが、「ダナエ殿!」と呼びかけた。
「ミヅキ殿はいたか?」
「いいえ、見つからないわ・・・。あの邪神、どこかに隠れてるのよ。」
「ならば一度マクナールに降りてはいかがか?ここは大きな街ゆえ、邪神が隠れているかもしれない。」
「・・・・そうね。このままじっとしてても埒が明かないわ。いったん街に降りてみる。」
そう言ってビュンと風を切って急降下し、スクナヒコナの前に立った。そしてじろじろと街を見渡して、懐かしそうに目を細めた。
「ここは・・・あの場所に似ているわ。」
「あの場所?」
「ラシルの廃墟よ。かつてユグドラシルが根を張っていた場所。街の形は全然違うけど、辺りを包む空気がそっくりだもの。ということは・・・もしかしたら・・・・。」
そう呟いて立派な建物が並ぶ街を見つめると、気を取り戻したドリューが頷いた。
「僕も・・・そう思います。」
「ドリュー!よかった・・・気を取り戻したのね。」
そう言ってさっきまでの鬼の形相は消え、天使のような微笑みで駆け寄った。
「大丈夫?どこも痛くない?」
「はい。でも・・・胸のあたりがムズムズするんです・・・。」
そう言いながら胸を抑えると、スクナヒコナが「それは我のまじないのせいだ」と答えた。
「今は我の掛けたまじないで、ドリュー殿の父上の血を抑え込んでおる。しかしまた何時覚醒するか分からぬゆえ、気分が悪くなったら申されよ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
ドリューは申し訳なさそうに頭を下げ、ゆっくりとクトゥルーの足から降りた。そしてダナエの前に立ち、街に並ぶ建物を睨みながら口を開いた。
「僕もダナエさんと同じ考えです。ここはラシルの廃墟と同じ空気がする。ということは、魂と魂が直接繋がる場所だということですね?」
「うん。もしここで自分にウソをついたら、ズキズキと胸が痛んじゃうわ。みんなも気をつけてね。」
そう言ってスクナヒコナとクトゥルーに呼びかけ、槍を握り直して街を歩き始めた。
「早くミヅキを見つけないと。あの邪神のことだから、いったい何をしでかすか分からないわ。」
ダナエはカツカツとブーツの音を響かせて、綺麗な石畳を歩いた。街には真っ白な神殿風の建物や、大きな民家がいつくもそびえていた。そして街の奥には鳥居に似た形のオブジェがあり、その向こうにキラキラと輝く噴水があった。
「あそこから不思議な力を感じる。とりあえず行ってみましょう。」
ダナエに促され、ドリューたちも後をついていった。
「ところでドリュー殿、魂と魂が直接繋がるというのはいったい・・・・?」
未だ要領を得ないスクナヒコナが、ドリューの肩に乗って尋ねた。
「ああ、魂と魂が繋がるっていうのは、まさにその言葉通りなんです。ここでは魂が剥き出しになるから、いっさいの誤魔化しや嘘は通用しないんですよ。」
「しかし今の我らは、すでに魂だけの状態だぞ?」
「う〜ん・・・そうなんですけど、もうちょっと深い話というか・・・。なんか観念的な話になっちゃうから、上手く説明出来ないんですよ。こういう時にコウさんがいてくれたら、きっと上手に教えてくれると思うんですが・・・・。」
「ふ〜む・・・やはりコウ殿は頭が良いということだな?ダナエ殿に聞いてもチンプンカンプンな答えしか返って来なさそうだし、今はその説明で納得するしかないか。」
「スッチー・・・聞こえてるわよ。」
ダナエは一瞬だけ振り返って怖い笑顔を見せ、またスタスタと歩き始めた。
「要するに、この場所ではウソをついちゃいけないってこと。もし自分にウソをついたら、針で刺されたみたいに胸が痛むんだから。」
「左様か。ならば嘘は申すまい。クトゥルー、お主も気をつけるのだぞ?」
「んだ。オラは元々正直者だから心配ねえべ。」
みんなは街の景色を見上げながら、まっすぐに奥へ向かった。そして鳥居のようなオブジェの前まで来ると、異様な気配を感じて足を止めた。
「この先に・・・何かいるわね?」
ダナエは槍を構え、再び目の色を変えた。
「でも・・・この気配は邪神とは違う。いったい誰が潜んでいるの?」
眉を寄せて噴水を睨み、一歩ずつ前に進んでいく。
「ダナエ殿、気をつけるのだ。この鳥居の向こうから、得体の知れぬ気配を感じる。」
「分かってる。」
みんなはゆっくり鳥居に近づき、その下を潜ろうとした。しかしその時、地面がグニャリと歪んで波紋が広がった。
「なに!敵?」
咄嗟に後ろに飛びのき、槍を向けて警戒する。すると波紋が広がる地面の中から、魔道士の姿に戻ったクインが現れた。
「邪神!」
ダナエは咄嗟に飛びかかろうとしたが、クトゥルーの足で止められてしまった。
「ちょっと!邪魔よ!」
「いだだだだ!槍を刺すでねえ。」
クトゥルーは痛そうに足を押さえ、ペロペロと舐めていた。
「今のオメさんは、怒りで我を忘れそうになってるべ。ちょっと落ち着くだ。」
「落ち着いてなんかいられない!ミヅキがさらわれたんだから!」
「だども、どうも向こうは戦いをする気配じゃないべ。」
クトゥルーが足を指して言うと、スクナヒコナも頷いた。
「我も同感だ。今のダナエ殿は、少々熱くなり過ぎておる。それでは余計な争いを招くだけだぞ?」
「・・・・そんなことは分かってる。でも・・・私はどうしてもコイツが許せないの。私の大事な仲間を傷つけたし、それに・・・コウを・・・コウをあんな酷い目に・・・。」
ダナエは思い出す。かつてラシルの廃墟で、コウが邪神に殺されたことを。あの時、自分は何も出来ずに泣いているしかなかった。あの悔しさ、あの怒り、それは今でも胸に刻まれ、決して消えることはなかった。
するとドリューがそんな胸のうちを見透かしたように、優しく声を掛けた。
「ダナエさん、ここは直接邪神に聞いてみたらどうでしょう?」
「・・・・どういうこと?」
「この場所で嘘をつくと、ズキズキと胸が痛むはずです。だから邪神に質問をして、正直に答えてもらえばいいじゃないですか。」
するとスクナヒコナも「それは名案だ」と頷いた。
「ダナエ殿、お主の心の傷、我らに推し量ることは出来ぬ。だからここは、ダナエ殿が思っていることを邪神にぶつけてみてはどうか?じっと心の中で堪えているより、その方がスッキリすると思うが?」
「んだんだ。なんでも溜めこむのはよくねえべ。オラなんか一度女の子を好きになったら止まらねえからな。出会って二分で告白して、五秒でフラられたこともあっただ。」
「みんな・・・・・。」
ダナエはジンと胸が熱くなり、コクリと頷いた。
「そうだね・・・ちょっと感情的になり過ぎてたね。」
そう言って心を落ち着かせ、鳥居の向こうに立つ邪神を睨んだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ。」
クインは小さく微笑み、真っ直ぐにダナエの目を見つめ返した。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第二十九話 霧の街マクナール(10)

  • 2014.07.31 Thursday
  • 19:45
「こっち見ろっつってんだろダボハゼどもがああああああああああ!」
ダナエたちはピタリと争いをやめ、キツネにつままれたような顔で振り向いた。するとそこには、白いローブを羽織った美しい女の魔道士が立っていた。やや赤味がかった長い髪に、美人とも可愛いともいえる端正な顔立ち。そして抜群ながらもキュートなスタイルをしていて、ワンピース風の水色の魔道服を纏っていた。
その女魔道士は、イライラと舌打ちをしながら、鬼のような形相で睨んでいた。そしてこめかみに血管を浮かび上がらせ、ドスの利いた声でメンチを切った。
「さっきから呼びかけとろうが!ええ加減気づかんかいワレども!」
「ご・・・ごめんなさい・・・。」
さっきまでの剣幕が嘘のように、みんなはピタリと大人しくなった。そして彼女の腕にドリューが抱えられているのに気づいて、慌てて駆け寄った。
「ドリュー!しっかりして!」
ダナエが肩を揺さぶって呼びかけると、ドリューは薄く目を開けた。
「・・・ダナエさん・・・?」
「ああ・・・よかった・・生きてる。」
ホッとして安堵の息をつき、ギュッとドリューの手を握った。
「大丈夫?どこも怪我してない?」
「・・・ええ。ちょっとだけ頭がボーっとしますが、それ以外は大丈夫です。」
ドリューはみんなを安心させるように笑い、また気を失ってしまった。
「ドリュー!」
ダナエが不安そうに呼びかけると、女魔道士は「心配ありません・・・」と答えた。
「この方に目立った傷はありません。今は疲れているだけです。」
「ほんと?よかったあ・・・。」
そう言ってホッと胸を撫で下ろし、女魔道士を見つめた。
「あなたがドリューを助けてくれたの?」
「はい・・・。なんだか危険な状況だったので、思わず助けに入ってしまいました。」
「ありがとう。あなたのおかげで仲間を失わずに済んだわ。」
ダナエは女魔道士の手を取って感謝し、長い金色の髪を揺らして微笑みかけた。
「私はダナエ。月っていう星から来た妖精なの?あなたは・・・見たところ人間みたいだけど・・・この星の人?」
「はい・・・。ずっと昔からこの谷に住んでいる者です。」
「へええ・・・こんな霧の濃い場所にねえ・・。さぞかし大変でしょう?買い物とか、寝る時とか。」
「いえ、どちらも私には必要ありませんから。」
そう言って小さく笑い、ドリューを地面に寝かせた。
「もうしばらくすれば、きっと目を覚ますと思います。それまでは安静にしていて下さい。
それじゃ・・・・。」
女魔道士はさっとローブを翻し、霧の奥へ去ろうとした。しかしダナエにローブを掴まれ、首が締まって「ぐえッ!」と叫んだ。
「待って!仲間を助けてもらったんだから、なにかお礼をさせて。」
「い・・・いえ・・・。別にそのようなことは・・・・。」
「ダメよ、あなたはドリューの恩人なんだから、ちゃんとお礼をさせてほしいの。」
「・・・・まあ、そこまで言うなら・・・・。」
女魔道士はローブを直し、髪を整えてダナエと向き合った。
「・・・なんかアッサリと受け入れたね。ほんとはお礼が欲しかったんだ・・・。」
「しッ!聞こえたら悪いぞ・・・。」
ミヅキとスクナヒコナはコソコソと喋り、女魔道士は決まりが悪そうに咳払いをしていた。
いったいこの女魔道士は何者なのか、誰もが疑問に思いながら口を噤んでいた。さっきのドスの利いた啖呵のせいで、全員がこの人物のキャラクターを測りかねていたからだった。
「ねえスッチー・・・。この大人しい方と、さっきのいかつい喋り方と、どっちが本性だと思う・・・?」
「う〜む・・・難しいな。一見大人しそうにみえて、実は気性が荒い奴というのはかなりいるからな・・・。さっきのいかつい方が本性ではないだろうか?」
「んだんだ。オラもそう思うべ。こういうタイプは、結婚した途端にキャラが変わるんだ。」
「何よ、あんた結婚したことあるの?」
「いや、ただの想像だべ。」
「あの・・・全部聞こえてるんですが・・・・。」
女魔道士に睨まれ、ミヅキたちはビクっとして愛想笑いを浮かべた。それを見たダナエはクスクスと笑い、「ごめんね、悪気はないの」と謝った。
「でもあなたのことは気になるわ。どうしてこんな場所に住んでるのか?それにどうしてドリューを助けることが出来たのか?どっちもとっても不思議だわ。」
そう言ってダナエは後ろを振り向き、まだ死闘を続けている龍神たちを睨んだ。
「見てよあれ。あれはもう戦いというより、ただの災害だわ。近くに寄っただけで巻き込まれて死んじゃいそう。あの中からドリューを助けたんだから、すごいとしか言いようがないわ。」
龍神たちは雄叫びを上げ、地割れを起こしたり、濁流で辺りを押し流したりととんでもない戦いをしていた。誰もが一目見ただけで震え上がるほどの戦いなのに、女魔道士は平然として言い放った。
「たかがトカゲの戦いです。大したことはありません。」
「ふええ〜・・・あれをトカゲって言い切っちゃった。もしかして、あなたってすごく強いの?」
「ええ・・・まあ・・・それなりには・・・。」
そう言ってモジモジと照れる女魔道士だったが、その足はカクカクと震えていた。
「何よ、めっちゃビビってんじゃん。」
ミヅキにツッコミを入れられ、女魔道士は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「ミヅキ、そういうこと言わないの。ドリューを助けてくれた恩人なんだから。」
「あ、ああ・・・そうね、ごめん。」
素直に謝るミヅキに対し、女魔道士は「いえ・・・」と手を振った。
「さてと、あなたにお礼をしなきゃいけないんだけど、とりあえずドリューを連れてここから出なきゃ。ええっと・・・あなたの名前はなんていうの?」
ダナエにそう尋ねられると、女魔道士はやや照れながら名前を名乗った。
「・・・クインと言います。」
「クイン・・・?」
「はい。私の名前は・・・クイン・ダガダといいます。」
「へええ・・・なんだか面白い名前ね。」
うんうんと頷きながら笑うダナエだったが、クインの顔を見つめて「あれ・・・?」と首を捻った。
「あなたって・・・・誰かに似てるわ。」
そう言ってジロジロと顔を眺めていると、クインはサッと顔を逸らした。
「誰だろう・・・?けっこう最近会ったような気がするんだけど・・・・。」
腕を組んで考えていると、突然スクナヒコナが「ぬあああ!」と叫んだ。
「どうしたのスッチー?オシッコ?」
「違わい!お主、さっきからわざと言っとるだろう!」
「あ!バレた?」
ダナエが可笑しそうに笑っていると、スクナヒコナの矢が飛んできた。しかし咄嗟に手で払い、「へへん!」と笑った。
「もう食らわないよ。パターンは読んでるんだから。」
「違う!そういう意味で撃ったのではない!」
「じゃあどういう意味?」
そう言ってヒョイっとスクナヒコナを摘まみあげると、彼はクインを指差して言った。
「この女が誰に似ているか・・・まだ分からんのか?」
「まだ分からんのかって・・・スッチーは分かったの?」
「当たり前だ!この顔、この佇まい、そしてこの雰囲気・・・どれをとってもあの女にそっくりではないか!」
「あの女って・・・いったい誰のことよ?」
そう言って首をひねると、スクナヒコナは「かあ〜!」と呆れた顔をした。
「ここまで言ってまだ分からぬとは・・・コウ殿の苦労が察せられるというものだ。」
「何よスッチーまで!私を鈍チン扱いする気?」
プリプリと怒るダナエだったが、ミヅキが「ああああああ!」と叫んでバシバシと叩いた。
「ちょっと、痛いよミヅキ。」
「ダ・・・ダナエ・・・。私この人とそっくりな女を知ってる・・・。」
「ミヅキも?」
「ち・・・地球で邪神と戦った時、この顔を見たの・・・。」
「邪神?・・・それってまさか・・・。」
ダナエはゴクリと息を飲み、クインを振り返った。
「そのまさかよ!あの邪神・・・虫みたいな身体から魂だけ抜け出して、この星に逃げてきたの・・・。その時の一瞬だけ・・・ハッキリと顔が見えた・・・。この女の人は、あの邪神の女にそっくりなのよ!」
ミヅキはブルブルと震えてクインを指さし、ダナエの後ろに隠れた。
「ま・・・まさかあ〜・・・・。」
そう言ってジロジロとクインの顔を眺め、ミヅキと同じように「あああああ!」と叫んだ。
「ほ・・・ほんとだ・・・。邪神にそっくりだ・・・・。」
ダナエはワナワナと震え、声にならない声で口を動かした。そして深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、また笑顔に戻って言った。
「確かに似てるけど、それは偶然よ。もし邪神だったら、きっと今頃私たちは襲われてるもの、ねえ?」
そう言ってクインに微笑みかけると、突然背後から熱風が襲いかかった。
「きゃあ!なに!」
「まずい!燭龍が本気を出し始めたのだ!見ろ、頭の花が大きくなって、さっきより強い輝きを放っている!このままここにいたら、偉人の谷とともに消し飛んでしまうぞ!」
「そりゃ大変!とにかく逃げよ!」
ダナエはドリューを抱え上げ、一目散に飛び上がる。ミヅキもスクナヒコナを手に乗せ、クトゥルーの頭に乗っかった。
「クトゥルー!早く逃げて!」
「んだ!」
みんなは慌てて逃げるが、それでも熱風は襲いかかって来る。灼熱の風はどんどん強くなり、やがてミヅキが倒れてしまった。
「あ・・・熱い・・・。」
「ミヅキ!」
ダナエが心配そうに振り返ると、クトゥルーが闇の道を作り出した。
「みんな!この中に逃げるだ!」
「分かった!」
ダナエたちは慌てて闇の中に逃げ込もうとする。しかしその瞬間、燭龍の花がパッと炸裂して、地獄の業火のような閃光が迫ってきた。
「まずい!間に合わねえべ!」
灼熱の光がダナエたちを飲み込もうとする。せめてミヅキとドリューだけでも守ろうとした時、クインがみんなを守るように立ちはだかった。
「早く逃げんかい!」
そう言って手を広げると、その身体はゴキゴキと蠢いて巨大な虫へと変化した。
「こ・・・これは・・・邪神と同じ姿!」
ダナエは呆気に取られて固まった。そして青い顔でワナワナと震え、思わずドリューを落としそうになった。
「・・・・この姿を晒すことんなるとは・・・おどれら許さんで!」
そう叫んで羽を開き、高速で動かして霧を巻き起こした。その霧は灼熱の光を弾き、ダナエたちを間一髪で守った。
「何しとんじゃ!さっさと逃げんかい!」
予想外の出来ごとに放心していたダナエは、ハッと我に返ってコクコクと頷いた。そしてクトゥルーの足で巻き取られ、サッと闇の中へ消えていった。
「よし・・・・そろそろウチも限界じゃけん、ここらで逃げるとしようかの。」
そう言って人間の姿に戻り、素早く闇の中に逃げていった。
するとその次の瞬間、燭龍の放った光が谷全体を飲み込んだ。そして瞬く間に谷を蒸発させ、ボコボコと沸騰する溶岩の海へと変えてしまった。
《九頭龍・・・少しはこたえたか・・・?》
鋭い眼光で辺りを見渡すと、煮えたぎる溶岩の中から九頭龍が現れた。
《むうう・・・咄嗟に地下へ逃げ込んで凌いだか・・・。》
そう言ってまた頭に花を咲かせ、二発目の光を撃つ準備に入った。それを見た九頭龍は、九つの頭を動かしながら猛スピードで突進してきた。
《もう地下は飽きた!俺は空を駆ける龍になる!まずはお前を倒し、その後は黄龍だ!地球に三体も龍神はいらん!》
《ぬかせ!我らは三位一体で地球の自然を司っているのだ。誰かが勝手な真似をすれば、あそこは生命の棲める星では無くなる。それがなぜ分からん!》
《分かりたくもないわ!延々と大地を背中に乗せるだけの仕事など、刺身にタンポポを乗せる仕事と変わらんではないか!》
その言葉を聞いた燭龍は、少しだけ同情した。しかし九頭龍の持つ役割は大きく、その責任も重大だった。いったいどう言えば分かってもらえるかと考えている間に、九頭龍の体当たりが炸裂した。
《ぬうううう・・・・これしきで・・・・。》
二体の超巨体が激突したことで、辺りは特大の地震に見舞われる。大地は割れ、山は崩れ、木々が飲み込まれてクレーターのような大穴が空く。しかしそれでも二体の龍神は戦いを止めない。それどころか、さらに激しさを増してぶつかり合った。
《いかん!このままでは、この星の自然が破壊されてしまう!》
燭龍は慌てていた。これ以上本気で戦えば、この星の自然が破壊され、生態系を崩壊させてしまう。しかしここで手を抜けば、九頭龍に押し切られて負けてしまう。どうしたものかと悩んでいると、ハッといいことを思いついた。
《九頭龍よ、聞けい!》
《なんだ!命乞いなら断るぞ!》
《そうではない!実は・・・・儂はボイラーなのだ。》
《・・・・・・・は?》
唐突な言葉に、九頭龍は一瞬動きを止めた。
《よいか九頭龍。儂はボイラーだ。ボイラーの役目は、ひたすら燃えて熱を生み出すことだ。そして・・・・黄龍はエアコンだ。》
《・・・・・・・ん?》
《エアコンというのは、温度を調節して風を送るのが仕事だ。そして・・・・お前は空気清浄機なのだ!》
《・・・・・・・ぬ?》
《空気清浄機というのは、汚れた空気をろ過して綺麗にするのが仕事だ。それはすなわち、お前が背負う大地の役目と同じだ。大地は死した命を吸収し、再び土に還す。それが大地に潤いを与え、新たな命を育むのだ。それだけではないぞ。雨として降り注いだ水をろ過し、綺麗な水に変えて川へと流す。それは海を満たし、やがては雲に変わって恵みの雨をもたらす。ほれ、どうだ?こう考えると、決してお前の仕事は刺身にタンポポを乗せるだけではあるまい?》
《むむう・・・・・。》
燭龍のきわどい例え方に、九頭龍は言葉を失くして黙り込んだ。言っていることは馬鹿っぽいが、その内容は筋が通っている。九頭龍は困惑し、怒ることも納得することも出来ずに唸っていた。
《よいか、もう一度言うぞ。儂はボイラー、黄龍はエアコン、そしてお前は空気清浄・・・・・・・・ぶふッ!》
《・・・・・ん?どうした?》
《いや・・・なんでもない。わ・・・儂はボイ・・・・・ぶほッ!》
燭龍は自分で言った例えがツボにはまり、思わず吹き出してしまった。するとそれを見た九頭龍は、怪訝な顔で尋ねた。
《どうして笑っている?何がそんなにおかしい?》
《い・・・いや・・・これは決してその・・・・可笑しな笑いでは・・・・ふぼッ!》
《ぬううう・・・・貴様、上手いこと言って俺を丸めこむつもりだったな?》
九頭龍は怒りで身を震わせ、あんな馬鹿みたいな例えで納得しかけた自分に腹を立てた。その怒りはやがて燭龍に向かい、《べええええええええ!》とクラブのママのような雄叫びを上げて襲いかかった。
《もう我慢ならん!ここで貴様を倒し、俺こそが地球で唯一の龍神になってやる!覚悟しろ!》
《ま・・・待て!決してお前を馬鹿にしたわけでは・・・・。》
今さら言い訳しても、九頭龍は止まらなかった。九つの頭が口を開け、燭龍に噛みついてくる。
《このままバラバラにしてくれるわ!》
《むうう・・・・しくじったか。ウケると思ったのだが・・・・・。》
燭龍の最大の誤算、それは自分と九頭龍とでは、笑いのセンスが違うことにあった。こうなってはもう力ずくで止めるしかないと思い、頭の花に力を溜めた。
《この星の自然は、儂が責任を持って元に戻す。しばらくは荒れ果てるだろうが、それもこの星を守るためだ。許せ!》
そう言って頭の花を炸裂させ、再び灼熱の光を放った。偉人の谷はもはや地獄と化し、周りの大地まで溶け始めていた。
しかしそれでも龍神たちは止まらない。マグマの中で、そして荒れ狂う稲妻の中で、超絶の巨体をぶつからせて死闘を演じ続けた。それは確実にこの星に影響を与え、遠く離れた場所にまで被害が及んだ。ダナエの言った通り、これはもう戦いではなく、大きな災害であった。このまま二体の龍神が戦い続ければ、やがてこの星は荒れ果てて死の大地に変わるだろう。しかしこの二体を止められる者は、この星にはいない。
マクナールの海に眠る、あの神樹を除いては・・・・・。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第二十八話 霧の街マクナール(9)

  • 2014.07.30 Wednesday
  • 15:06
「あれは・・・・山を飲みこんでいるのね。周りの山と同化して、九頭龍と同じくらいに大きくなるつもりなんだわ。」
燭龍のシルエットは次々に山を飲みこみ、やがて九頭龍と同じくらいにまで大きくなった。それを見たミヅキは、恐怖を忘れてその光景に見入っていた。
「私・・・こう見えても特撮とか好きなんだよね。ゴジラとか、ウルトラマンとか。」
「ゴジラ?ウルトラマン?なあにそれ?」
「地球の怪獣やヒーローよ。ダナエと同じで、空想の世界の住人。小さな頃、あんまり友達がいなかったから、特撮の映画とかテレビとか大好きだったの。それが生で見られるなんて・・・ちょっと感激かも。」
ミヅキは嬉しそうに手を組み、じっと二体の龍神を見上げた。するとやがて大きな地響きが鳴って、地震のように大地が揺れ始めた。
「うわわ!」
「ミヅキ!クトゥルーに掴まってて!」
ダナエたちはクトゥルーの頭に避難し、二体の龍神のシルエットを見つめた。
「霧でよく見えないけど、すごい迫力は伝わって来るわ。地球にはあんなに凄い神獣がいるのね・・・・。」
ゴクリと息を飲んで見守っていると、「だああああああああ!」と雄叫びが響いて燭龍が動いた。するとどこからともなく雷雲が現れ、バリバリと雷鳴を響かせて稲妻を落とした。辺りに閃光が走り、空気が震える。その稲妻は九頭龍を直撃し、モウモウと大きな煙を上げていた。
「なんて大きな雷・・・・。まるで隕石が降ってきたみたい・・・・。」
燭龍の放った特大の雷は、大地に大穴をあけるほど強力だった。しかし九頭龍はピンピンしていて、雄叫びを上げて反撃に出た。
「べええええええええええ!」
九頭龍の雄叫びは、ヒステリーを起こしたクラブのママのように、独特で低い声だった。
「なにあの雄叫び・・・・・なんか馬鹿っぽい・・・。」
ミヅキがげんなりして呟くと、次の瞬間には地面が割れて水が噴き出していた。その水は巨大なビルのように燭龍を取り囲み、一瞬にして氷漬けにしてしまった。
「ああ!燭龍が!」
身を乗り出して叫ぶミヅキ。目を見開いて驚くダナエ。そして腕を組んで「むむ!」と唸るスクナヒコナ。最後にクトゥルーが「んだ!」と叫んだ。
一瞬にして氷漬けにされた燭龍に、九頭龍の強烈な頭突きが炸裂する。それは雷に負けないほどの爆音で、またしても大地が揺れた。
まともに攻撃を受けた燭龍は、氷漬けにされたまま倒れて行く。しかしすぐに起き上がり、氷を粉砕して反撃に出た。
「だああああああああ!」
「なんか・・・こっちの雄叫びも馬鹿っぽい・・・・。」
独特な雄叫びの応酬が続き、みんなは少しだけ笑いを堪える。しかしすぐに表情を引き締め、二体の死闘に見入った。
「見て!燭龍の姿が変わっていく!」
ミヅキは興奮気味に燭龍を指差した。
「ほんとだ・・・。なんか・・・真っ赤に燃え上がってる?」
燭龍の巨体は、溶岩のように赤く染まっていく。そしてモクモクと煙を上げ、頭の上にポンと花のようなものが咲いた。
「あら可愛い!」
「そう・・・?なんかマヌケだけど・・・。」
喜ぶダナエに、ミヅキが低い声でツッコミを入れる。しかし燭龍の頭の花は、ムクムクと大きくなって、やがて太陽のように輝き始めた。すると黙って見ていたスクナヒコナが、慌てて叫び声を上げた。
「いかん!早くここから逃げるぞ!」
「どうして?」
「あれは世界に熱を与える、燭龍の光なのだ!こんなところにいたら、我々は一瞬で蒸発してしまうぞ!」
「それは大変!・・・・って、ドリューを放ってはおけないわ!」
ダナエは槍を構えて走り出し、羽を広げて飛び上がった。
「みんなは先に行ってて!私はドリューを助けるから!」
そう言ってドリューを助けに行こうとすると、頭の後ろにスクナヒコナの矢が刺さった。
「痛ッ・・・。何するのよ!」
「ダナエ殿・・・気持ちは分かるが、もう手遅れだ・・・。」
「手遅れ・・・?何が手遅れなのよ!ドリューはちゃんと生きてるわ!」
ダナエは拳を握って反論する。しかしスクナヒコナはゆっくりと首を振った。
「なによ・・・・ドリューが死んだとでも言うつもり?」
怒った目でスクナヒコナを睨みつけると、彼は何も言わずに目を逸らした。そしてミヅキとクトゥルーも、浮かない顔で黙っていた。
「どうしたのよみんな・・・。なんでそんなに暗い顔をしてるの?」
ダナエは槍を下げ、瞳を揺らしながらみんなを見つめた。するとミヅキが言いづらそうに口を開いた。
「ダナエ・・・気持ちは分かるけど、さっきの龍神たちの戦いを見たでしょ?あの絵描きさんは、その龍神たちの足元にいたんだよ?だったら・・・もう・・・・。」
「ミヅキ・・・・やめてよ、そんなこと言わないで・・・・。」
悲しそうに呟くと、クトゥルーも重い口を開いた。
「・・・仕方ねえべ。あんな化け物同士の戦いに巻きこまれたら、生きてる方が不思議だ。
だったら・・・このままマクナールって街を目指した方がいいべ。」
「なによクトゥルーまで・・・・不吉なことばっかり言わないでよ!」
ダナエはカッと熱くなり、泣きそうになるのを堪えて唇を噛んだ。
「ドリューは生きてるわ!前だって死にかけたけど、ちゃんと助かった。だから今回だって、絶対に生きてるに決まってる!」
そう言って背中を向け、二体の龍神の方に飛んで行こうとした。
「クトゥルー!ダナエを行かせないで!」
ミヅキが叫ぶと、クトゥルーは長い足を伸ばしてダナエを巻きつけた。
「ちょっと!離してよ!」
「オラじゃねえ。ミヅキがやれって言ったんだ。」
「あなたミヅキと絶交してるんでしょ!だったら言うこと聞かなくていいじゃない!」
「簡単に絶交するなって言ったのはオメさんだべ?」
「そ、そんなの・・・・今は関係ないでしょ!いいから離して!」
ダナエは銀の槍をクトゥルーの足に突き立てた。
「いでででで!刺すでねえ!」
「離してくれるまで止めない!」
ダナエはブスブスと槍を刺し、最後にはガブリと噛みついた。
「こ・・・コラ!傷口に噛みつくでねえ!」
「ははふはではへはい!」
ダナエは意地でもドリューを助けに行こうとする。しかもあの龍神たちの戦いに巻き込まれたら、決して無事ではすまない。だからミヅキたちは、何としてもダナエを止めようとしていた。
「ダナエ!ちょっとは落ち着いて!あんなデッカイ怪獣が戦ってるところに行ったら、あなたまで死んじゃうわよ!」
「ほへでもいい!」
「ダナエ殿!いい加減諦められよ!仲間を想うことは素晴らしいが、あまりに意地を張るとみんなが不幸になるのだぞ!」
「ほへでも、ほひゅーをひふてはへはい!」
「何言ってるか分かんねえべ・・・・。」
ダナエは意地でもドリューを助けに行こうとする。そしてミヅキたちは意地でもダナエを止めようとする。うるさくギャアギャアと喚き合っていると、後ろから「あの・・・」と声が掛かった。
「行っちゃダメよダナエ!」
「へっはいひふもん!」
「ならん!ここは一旦退くのだ!そして後ほどコウ殿たちと合流して、また助けに来るしかない!」
「ほんはひはっへはへはい!」
「だから・・・何言ってるか全然分からねえべ。いい加減噛みつくのを止めてけろ。」
みんなはギャアギャアと言い争い、後ろから声を掛けてくる人物に気づかない。
「あ・・・あの・・・お取り込み中申し訳ありません・・・。」
その人物はオロオロとしながら、遠慮がちに声を掛けてくる。そしてその腕には、グッタリとしたドリューが抱えられていた。
「あなた達がお探しの人って・・・この方じゃないでしょうか・・・・?」
そう声を掛けるも、誰も聞いていなかった。
「行っちゃダメだって!死んじゃうよ!」
「ひなない!わはひはひんだりひない!」
「何を言っておるのだ!あの戦いを見よ!あんな戦いに巻き込まれて、いったいどうやって生きて帰って来るというのか?」
「ひるか!ひあいでいひのひてやる!」
「なんだかちょっと面白くなってきたな。オラ・・・笑ってもいいべか?」
ダナエたち言い争いをやめず、全く後ろの人物に気づかない。
「あ・・・あの・・・ちょっといいですか?あなた方がお探しの・・・・、」
「行っちゃダメ!」
「うっさい!」
「いかんと言っておろうが!」
「知るか!」
「やっぱ面白れえべ。・・・・ぶふッ!」
「あ、あの・・・・・ちょっと聞いて頂けますか・・・?」
また呼びかけるが、それでも誰も振り向かない。その人物はいい加減に業を煮やして、大声で叫んだ。
「こっち見ろっつってんだろダボハゼどもがああああああああああ!」
ダナエたちはピタリと争いをやめ、キツネにつままれたような顔で振り向いた。するとそこには、白いローブを羽織った美しい女の魔道士が立っていた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第二十七話 霧の街マクナール(8)

  • 2014.07.29 Tuesday
  • 14:57
ダナエはそっと手を差し出し、スクナヒコナを乗せた。そして燭龍の方に向けると、ゴゴゴゴと大きな音を響かせて身を動かした。
《・・・何奴?》
燭龍は山のような巨体を振り向かせ、大きな目で睨んできた。
「うう・・・・近くで見るとすごい迫力・・・・。」
燭龍は、鳥とトカゲを混ぜたような顔をしていた。身体は土のように茶色く、表面のほとんどが木々に覆われていた。そして額には大きな目が開いていて、全身から凄まじい気迫を漲らせていた。
《・・・・妖精?それと・・・・小人の神か?》
燭龍はスンスンと鼻を動かし、ダナエたちの臭いを嗅いだ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
そのあまりの巨体に、ダナエはみじろぎ出来ずに固まっていた。燭龍は長い蛇のような身体をトグロに巻いていて、天高く頭を持ち上げた。そしてギロリとダナエたちを見下ろし、《何用か?》と重たい声を響かせた。
「あ・・・あのね・・・・ちょっとあなたに話があって・・・、」
《話?話とな?》
「うん。実は私の友達のジャムっていうゾンビのことなんだけど・・・・、」
《ジャム・・・?おお、我の寄り代になった小童か。あれがどうした?》
「あの・・・彼を元に戻してほしいの。ジャムはこの霧の影響を受けて、あなたを呼び覚ましたんでしょ?だからあなたには申し訳ないんだけど、もう一度ジャムの中に戻ってほしいの。じゃないと・・・彼は最悪死んじゃうかもしれないから。」
ダナエは勇気を振り絞って言った。しかし燭龍は《ならん!》と叫び、ダナエの近くまで顔を寄せてきた。その顔は巨人のように大きく、ダナエが米粒に見えるほどだった。
《いいか、若いの。》
「は・・・はい・・・。」
《森羅万象の龍神たる儂が、何の考えもなしに現れたと思うか?》
「・・・・ええっと・・・どういうこと?」
首を傾げて尋ねると、燭龍は嵐のような鼻息を吹き出した。
《儂はかの邪神の企みを防ぐ為、宇宙の海を駆けてやって来た。このゾンビの小童を寄り代にしてな。》
「かの邪神って・・・まさかラシルの邪神のこと?」
《ほう・・・知っているのか?》
燭龍はいささか驚き、少しだけ表情を和らげた。
「私は地球とラシルを守る為に、邪神を倒す旅をしているの。」
《お前のような童の妖精がか?見たところ月の力を秘めているようだが、なぜ邪神を倒そうとする?》
「それは・・・この星の近くを通りかかった時に、ユグドラシルに呼ばれたから。この星が悪い邪神によって滅ぼされようとしているって。」
《ユグドラシルが・・・・。》
燭龍は思案気な顔で呟き、ゆっくりとダナエに顔を近づけてきた。そして大きな目でじっと睨み、長い髭を伸ばしてダナエの頭に触れた。
「な・・・・何してるの?」
《お前の記憶を見ているのだ。・・・・ふむふむ、ほほう・・・・あのゾンビの小童は、お前の風呂を覗いて殴られてばかりいたのか。・・・・ぶふ!》
「そこに反応するんだ・・・・。」
燭龍は長い髭からダナエの記憶を読みとり、何かを納得したように頷いた。
《なるほど、よく分かった。お前たちはここまで来るのに、かなり過酷な旅をしてきたようだな。》
「そうよ。だからこんな戦いを終わらせる為にも、絶対に邪神を倒さなきゃいけないの。
でもその為には、まずジャムを助ける必要がある。だから彼を返してほしいんだけど・・・。」
《なぜだ?あんなゾンビの小童・・・大して役に立たなかろう?》
「そういう意味じゃない。彼は私の大切な仲間だから、ここで見捨てて行くことなんて出来ないわ。」
《・・・役に立たぬ仲間の為に、貴重な時間を割こうというのか?》
「そうよ。仲間を助けるっていうのは、損得勘定じゃないもの。時間だとかお金だとか、そういうもので割り切れるものじゃないわ。」
《・・・・ふうむ、自分のことより仲間の身を案じるか?》
燭龍はいたく感心したように呟き、優しい眼差しでダナエを見つめた。
「それに、私は将来会社を立てて社長になりたいの。その時は、ジャムにだって一緒に働いてほしいと思ってる。床とトイレの掃除を・・・時給600円くらいで。」
《・・・・安いな。せめて650円にしてやれ。》
燭龍は可笑しそうに笑い、そっとダナエから顔を離した。
《ダナエよ。お前の仲間を想う気持ちはよく分かった。だがしかし・・・今すぐにこの小童を返すわけにはいかん。》
「どうして?ああ!まさか・・・やっぱり時給が安過ぎるから・・・。じゃあ720円にするから、今すぐ返して!」
《そういう問題ではない。今は無理なのだ。なぜなら・・・・儂はこれより、九頭龍と戦わねばならんのでな。》
「九頭龍・・・?」
ダナエは首を傾げて尋ねた。するとスクナヒコナが、「それも龍神だ」と説明してくれた。
「地球には、自然を司る大きな龍神が三体おるのだ。一つ目はそこの『燭龍』。そして二つ目は、光り輝く龍神『黄龍』。そして三体目が、最も巨大な龍神、『九頭龍』。この三体の龍神が、大きな自然の力を操り、そして季節や気候を左右している。そうすることで、地球は生命の住みやすい快適な環境に保たれておるのだ。」
「へええ・・・・まるで空調設備みたいね。一人がエアコンで、一人がボイラーで、もう一人がガスボンベみたいな感じね?あ、でもガスボンベは違うか?空気清浄機とかの方がいいかな・・・・?」
「う・・・うむ。まあ概ね間違ってはおらんが、そんな例え方をした者は初めてだ・・・。」
それを聞いた燭龍は盛大に吹き出し、突風のような鼻息を吹き出した。
「きゃあ!風に巻かれちゃう!」
《おお、これはすまん。つい可笑しくなってしまってな。・・・・ぶふ!ボイラーって・・・。》
燭龍は垂れた鼻水を舐め取り、威厳のある声で口を開いた。
《黄龍は天を駆ける龍神であり、九頭龍は大地を支える龍神だ。そして儂は、世界に光を灯す龍神である。》
「へええ・・・じゃああなたがボイラーなのね?」
《・・・・ぶふッ!いい加減やめい。顔が鼻水まみれになってしまうわ。》
そう言ってペロペロと鼻水を舐め取り、それを見たダナエは「風邪を引いた猫みたい」と笑っていた。
「で?その龍神さんたちがどうかしたの?」
《うむ。実は九頭龍の奴が、邪神の仲間になってしまったのだ。》
「ええええええ!どうして邪神の仲間なんかに?」
《おそらく・・・もうそろそろ地下で眠るのが飽きたのだろう。奴は気性の激しいところがあるから、じっと大地を支えているのが我慢ならなかったようだ。まあ定期的にこういう癇癪を起こす奴なのだが、今回はそこを邪神につけ込まれた。あの邪神は神殺しの神器という恐ろしい武器を持っているが、それは神や悪魔にしか通用しない。ゆえに、神でも悪魔でもない神獣や魔獣に対抗する為に、九頭龍を手懐けたのだ。》
それを聞いたスクナヒコナは、「なんと狡賢い奴・・・」と顔をしかめた。
《九頭龍は邪神に協力する見返りとして、海と空を駆ける龍神になれると約束してもらった。ゆえに、邪神を守る為にこの星に襲来するはずだ。》
「そっか・・・・。邪神は魂だけになって、この星に来てるもんね。じゃあそれを追いかけて、九頭龍もやって来るってことね?」
《いかにも。宇宙の海を駆け、瞬く間にこの星に到達するだろう。》
「宇宙の海・・・?それってさっきも言ってたけど、いったい何のことなの?」
ダナエは初めて聞く言葉に首をひねった。するとスクナヒコナも、「我も初めて聞く言葉だ」と首をかしげた。
《よかろう、お前たちに教えてやる。宇宙の海というのはな、空想と現実の狭間で・・・、》
そう説明しかけた時、燭龍は突然「来たな!」と空を睨んだ。
《お前たち、すぐにここから離れよ!でなければ、九頭龍に押し潰されてしまうぞ!》
「え?押し潰されるって・・・いったいどういう・・・・、」
《いいから早く逃げい!》
燭龍は鼻から突風を吹き出し、ダナエたちを吹き飛ばした。
「きゃあああああああ!」
ダナエはスクナヒコナを抱えたまま、遠くに吹き飛ばされていった。そして地面にいたクトゥルーの上に落ちて、「痛〜い・・・」と頭を押さえた。
「もう・・・いきなり何なのよ?」
タンコブの出来た頭を押さえていると、突然空から何かが降ってきた。それを見上げたミヅキは、顔面蒼白になってクトゥルーの後ろに隠れた。
「・・・し・・・島が降って来る!」
ダナエたちの頭上には、霧を切り裂いて激しい風が吹いていた。その原因は、空から降って来る島のような巨大な何かのせいだった。
「こりゃやべ!いったん闇の中に逃げるべ!」
クトゥルーは慌てて地面に闇を広げ、その中に逃げ込んだ。
「待って!私たちも隠れるから!」
ダナエはミヅキの手を引き、咄嗟に闇の中に隠れた。そしてその後に重大なことに気づき、
「あああ!」と叫んだ。
「ドリューを忘れてる!」
そう叫んで外に出ようとした時、クトゥルーに止められた。
「やめるべ!外に出たら危ないだ!」
「でもあのままじゃドリューが押し潰されちゃう!早く助けなきゃ!」
そう言って外に出ようとしたが、何かに出口を塞がれて出られなかった。
「何これ・・・?何かが穴を塞いでる。」
力いっぱい押しても、穴を塞いでいる何かはビクともしなかった。
「この!」
槍で切りつけても動かず、どうしたものかと困り果てた。
「・・・・そうだ!ブブカに助けてもらおう!」
そう言って右腕のコスモリングに触れ、ブブカの眠る右の宝石に呼びかけた。
「お願いブブカ!ドリューをこの中へワープさせて!」
強くそう念じるダナエだったが、コスモリングはウンともスンとも言わなかった。
「どうして・・・?なんで反応しないの!」
苛立たしそうにコスモリングを叩くと、クトゥルーが「そりゃ無理だべ」と言った。
「どうして!」
「どうしてって・・・・今はその腕輪は力を失ってるからだあ。」
「力を失う・・・・?」
「コスモリングってのは、決して万能な道具じゃねえんだ。あんまり無闇やたらに使い過ぎると、エネルギーが切れちまうべ。きっとオメさんやコウとかいう妖精が、事あるごとに使ったからエネルギー切れを起こしてるんだ。」
「そんな・・・・じゃあどうすればいいの!」
「綺麗な海にしばらく浸けておくと、また力を取り戻すべ。でも今は近くに海なんてねえから、どっちにしろ使えねえがな。」
「し・・・知らなかった・・・。どうしてジル・フンはそのことを教えてくれなかったんだろう・・・。」
この腕輪をくれたジル・フィンという神様は、まったくそんなことは教えてくれなかった。
「・・・これも試練ってことなの?コスモリングに頼らずに、自分の力で何とかしろってことなの・・・?」
思い返せば、この腕輪にはずっと頼りっぱなしだった。コスモリングに宿る神様に助けられ、コスモリングに宿る力に助けられ、何かというとこの腕輪にお世話になっていた。
「・・・プッチー、ごめんね。あなたも疲れてたのね。」
労わるようにコスモリングを撫で、優しく労いの言葉をかけた。
「この谷を抜けたら、マクナールっていう街があるわ。その近くには海があるから、そこでプッチーを癒してあげるからね。それまでは・・・・自分の力で戦わなきゃ!」
ダナエは槍を握りしめ、どうにかしてここから脱出しようとした。
「ねえクトゥルー。他の場所に穴を開けて、外に出ることは無理なの?」
「んなことは朝飯前だ。」
「じゃあやってみてくれる?ずっとここにいたままじゃ、ドリューを助けられないから。」
「んだ。じゃあオラから離れないようにするだ。」
そう言って長い足でみんなを抱え、スイスイと闇の中を泳いでいった。そしてかなり遠くまで来ると、「この辺でいいべかな?」と外へ繋がる穴を広げた。
「ありがとう。じゃあすぐに行こう!ドリューを助ける為に!」
そう叫んで外に飛び出そうとした時、頭にゴチン!と何かがぶつかった。
「いったあ〜い・・・・。またタンコブ出来ちゃった・・・・・。」
涙目でおでこを押さえていると、スクナヒコナが「もっと遠くへ行かないと無理だ」と言った。
「おそらくここの穴も塞がれているのだ。ほれ、上に何かが乗っかっておるだろう?」
そう言って矢を放つと、固い音が響いて跳ね返されてしまった。
「だども、そりゃ変だべ?さっきの場所からずいぶん遠くまで来たんだ。また穴が塞がれてるなんておかしいべ?」
「いや、おかしくない。空から降ってきたあの巨大な何かは、きっと九頭龍だからな。」
それを聞いたクトゥルーは、鼻息荒く「九頭龍!」と叫んだ。
「そんな化け物までこの星に来てるだか!」
「ああ、しかも邪神の手下になってな。」
「んなッ・・・・。なんてこったあ・・・・。」
その会話を聞いていたミヅキは、「九頭龍って何?」と尋ねた。
「大地を支える龍神だあ・・・。そのデカさときたら、島一つが背中に乗っかるほどだべ。」
「マジで!」
「しかも・・・全部で九つの頭を持ってるだ。分かりやすく言うと、ヤマタノオロチの馬鹿デカイバージョンだと思えばいいべ。」
「・・・そんな・・・次から次へとそんな怪物が・・・。いったいいつからこの戦いは怪獣大戦になったのよ!」
「文句言っても仕方ねえべ。来たもんは来ちまったんだ。もっと遠くへ移動して、さっさとここから逃げるだ。」
クトゥルーは高速で闇の中を進み、ずっと離れた場所に穴を開けた。すると地上から光が射し、みんなは眩しく目を細めた。
「やった!外に出られる!」
ミヅキは喜び、「早く早く!」とクトゥルーを促した。そして穴から外に出てみると、そこにはまだ霧が漂っていた。
「ここは・・・まだ偉人の谷が続いているのね。」
「ずいぶん長い谷だね。いったいどこまで続いてるんだろう?」
谷は遥か遠くまで続いていて、その終わりが見えなかった。しかし霧は少しだけ薄くなっていて、先ほどよりは視界が開けていた。
「霧が薄くなってるってことは、もうすぐ谷を抜けられるってことね。でもその前にドリューを助けなきゃ。」
そう言って後ろを振り返ると、信じられない光景に絶句した。
「・・・凄い・・・・ほんとうに怪獣大戦みたいだ・・・・。」
谷の遥か奥の方では、霧の中に巨大なシルエットが二つ浮かんでいた。一つは燭龍のもの、そしてもう一つは、ヤマタノオロチのようにいくつもの首を持った龍のシルエットだった。
「あれが九頭龍・・・・。大きいなんてものじゃないわ。頭が雲まで届いてる・・・。」
ダナエの言うとおり、九頭龍はとてつもない大きさだった。頭は天まで届き、大きなトサカが雲をかすめていた。そしてその身体は島そのものと呼べるくらいに巨大で、怪しげな風に包まれていた。そのあまりの大きさに圧倒され、誰も口を開くことが出来なかった。息を飲んでその様子を見つめていると、燭龍のシルエットがムクムクと大きくなり始めた。
「あれは・・・・山を飲みこんでいるのね。周りの山と同化して、九頭龍と同じくらいに大きくなるつもりなんだわ。」
燭龍のシルエットは次々に山を飲みこみ、やがて九頭龍と同じくらいにまで大きくなった。
山より大きな二体の龍神が、今にも戦おうと睨み合っていた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第二十六話 霧の街マクナール(7)

  • 2014.07.28 Monday
  • 18:27
その頃ダナエたちは、闇の道を抜けて偉人の谷という場所に出ていた。そこはいつでも深い霧に覆われていて、十メートル先も見えないような危険な場所だった。
辺りには怪しげな気配が漂っていて、常に誰かに見られているような居心地の悪い雰囲気だった。ダナエはみんなの先頭に立ち、慎重に歩いていった。そしてしばらく歩いた所で足を止め、グルリと辺りを見渡した。
「結界が消えてる・・・。前に箱舟でここに来た時は、見えない壁のようなものがあったのに・・・。」
深い霧に手を伸ばし、以前にあった見えない壁を探る。するとドリューが「拠点の化け物を倒したからですよ」と答えた。
「五つの拠点に棲む化け物を退治したから、結界が消えたんです。これで先に進めますよ。」
「そうだね・・・。この谷を抜けるとマクナールっていう街があって、その近くの海にユグドラシルがいるのよね?」
「ええ。でもその前にジャムさんを取り戻さないといけないですが・・・・この霧だと後を追うのが難しそうですね。」
ドリューは濃い霧を睨んで眉を寄せた。するとミヅキが何かを見つけ、「これを辿ればいいんじゃない?」と呟いた。
「ほら、ここ見て。クトゥルーの通った後があるよ。タコのネバネバみたいなのが残ってるもん。」
「ああ、ほんとだ・・・。ずっと向こうの方まで続いてるね。」
クトゥルーの通ったネバネバは、地面を伝って霧の向こうに消えていた。
「じゃあこれを辿って行こうか。向こうもマクナールに向かってるはずだから、きっとそのうち会えるわ。」
ダナエたちはクトゥルーのネバネバを辿り、霧の中を歩いていった。
「みんな、霧で視界が悪いからはぐれないようにね。」
「うん、大丈夫。」
そう言って返事をするミヅキだったが、「あれ?」と首を傾げた。
「あの絵描きさん・・・いなくなってる。」
「ウソ?ドリューが・・・?」
言われて周りを見渡すと、ドリューの姿が見当たらなかった。
「ドリュー・・・もしかして、また絵を描きに行っちゃったのかしら?」
「どういうこと?」
「ドリューは根っからの画家だから、珍しい景色に出会うと、勝手にどこかへ行って絵を描いちゃうのよ。今までにもそれで危険な目に遭ってるのに・・・・。」
「迷惑な絵描きさんねえ・・・。でもとりあえず捜した方がいいよね?」
「うん。じゃあはぐれないように手を繋いどこう。」
二人はしっかりと手を繋ぎ、深い霧の中を叫んだ。
「お〜い!ドリュー!どこにいるの〜?」
「絵描きさ〜ん!勝手にどっか行っちゃダメだよ〜!」
偉人の谷に、ダナエとミヅキの声が響き渡る。それは谷にこだまして、何重にも音が重なって響き渡った。
「・・・・返事がない。けっこう遠くまで行っちゃったのかな?」
ダナエが心配そうに呟くと、ずっと黙っていたスクナヒコナが「むむむ!」と唸った。
「どうしたのスッチー?オシッコ?」
「違わい!人を子供扱いするな!」
「痛ッ・・・・だから矢を飛ばさないでよ・・・。」
スクナヒコナはぷりぷり怒りながらダナエを説教し、そして矢を番えて偉人の谷の奥を睨んだ。
「この先から強い妖気を感じる・・・。気を引き締めた方がよいぞ。」
「強い妖気・・・?敵がいるってこと?」
「分からん。敵意はあまり感じないが、向こうもこちらを警戒しているようだ。気を抜くでないぞ。」
「わ、分かった・・・。」
ダナエは槍を握りしめ、じっと谷の奥を睨んだ。すると霧の中から人影が近づいて来て、ゴクリと息を飲んだ。その人影はドリューによく似ていて、小さな声で呼びかけた。
「・・・・ドリュー?」
そう声をかけると、「ええ」と返事があった。
「・・・・ああ!よかった、無事だったのね・・・。」
霧の中から出てきたのはドリューだった。しかしどこかいつもと様子が違っていて、妙な雰囲気を感じた。
「ドリュー・・・どうしたの?なんだかいつもと違う感じがするんだけど・・・。」
「そうですか?僕はいたって普通ですよ。でも・・・ちょっとだけ角がムズムズするんです。これって何かの病気ですかね?」
そう言って、ドリューは羊のような曲がった角を触っていた。
「それに・・・やけに身体が熱いんですよ。なんだか血が沸騰しているような、闘志が燃え盛るような・・・・・落ち着かない感じです。」
「そうなの?もしかして、どこか調子が悪いとか?」
「いや、そういうのは感じないです。けど・・・・やっぱり変なんですよ。いつもの自分じゃない感じがして・・・・。」
ドリューは不安そうに角を触り、ソワソワと落ち着かない様子でいた。するとそれを見たスクナヒコナが「ちょっとよろしいか?」と尋ねた。
「確かドリュー殿は、父上が神で、母上が人間でしたな?」
「ええ、父は芸術の神です。元々はただの獣人だったんだけど、あまりに凄い絵を描くので神様の仲間にしてもらったんです。」
「ふうむ・・・それではお父上は、もしかしてこの谷に来られたことがあるのではないか?」
「ええっと・・・どうだろう?父は色んな所を放浪して絵を描いていたから、もしかしたらここにも来たことがあるかもしれません。」
「ふうむ・・・・なるほど。これはもしかしたら・・・。」
スクナヒコナは腕を組んで考え、ポリポリと頭を掻いた。
「どうしたの?シラミでもいるの?」
「だから違わい!いちいち間の抜けたことを言うな!」
そう言ってピョンとミヅキの胸ポケットから飛び出し、地面に降りた。
「ドリュー殿。ここは偉人の谷というそうだが、その名前の由来はご存じか?」
「ええ。なんでも大昔に、すごい魔道士がいたそうですよ。その人は後に神様と崇められて、死んだ後でも魂だけになってこの世に留まっているそうです。そしてその魂の眠る場所が・・・、」
「この谷というわけか・・・。」
スクナヒコナは谷の霧を見つめ、一人で何かを納得していた。
「ちょっと、何勝手に一人で頷いてるのよ。私たちにも説明して。」
ミヅキはヒョイとスクナヒコナを摘まみあげ、手の平に乗せた。
「・・・我も詳しいことは分からん。しかしこの霧からはどうにも妙な気配を感じるのだ。
おそらく・・・その魔道士とやらの魂が関係しているのだろう。そしてドリュー殿は、この霧の力に反応して、眠っていた神の血が騒ぎ出したに違いない。」
「神の血・・・ですか?」
「うむ。申し訳ないが、ドリュー殿は神の血を引いているにしては、ちと力が弱すぎる。
きっと・・・お父上の神の血が、ずっと身体の奥で眠っていたのだろう。それが表に出てきたものだから、今までとは違う妙な感覚に陥っているのだ。」
そう説明すると、ミヅキがそっと手を挙げた。
「じゃあさ、ドリューさんはこれから神様になろうとしてるってこと?」
「いや・・・そこまではいくまい。しかしただの獣人から、神の力を受け継ぐ偉大な絵描きへと成長してようとしているのだ。」
それを聞いたダナエは「ほんと!」と手を叩いて喜んだ。
「よかったじゃないドリュー!これから成長するんだって!今までよりすごい絵が描けるよ。そうなったら絵だけでご飯が食べられるかもしれないし、生まれてくる子供だって養ってあげられるよ!」
ドリューの手を取ってニコニコとはしゃぐダナエだったが、スクナヒコナは「それはどうかな?」と首を振った。
「なあに?ドリューは成長しようとしてるんでしょ?すごくいいことじゃない?」
「確かに成長するのは良いことだ。しかし急激な成長は危険を伴うものだ。上手く神の血が目覚めればいいが、もし失敗したら・・・・、」
「失敗したら・・・・?」
「・・・化け物に変わってしまう可能性がある。それもただの化け物ではない。神の力を受け継いだ、凶悪で醜い化け物だ。」
「そんな・・・・。」
ダナエは不安そうに顔をゆがめ、ドリューを見つめた。
「ねえドリュー?なにか調子の悪い感じとかはしない?大丈夫?」
「ええ、今のところは・・・。でも身体の中は、さっきより熱くなってるんですよ。まるで血が沸騰しているような・・・・。」
そう言ってダナエの手を離した時、ドリューはビクン!と震えた。
「ちょっと!大丈夫?」
慌ててドリューの肩を揺さぶると、彼は目を紫に光らせてダナエの首を絞めにかかってきた。
「ドリュー!やめて!」
ダナエは必死に抵抗するが、あまりに力が強くて引き離せなかった。
「絵・・・絵が描きたい・・・。この世を埋め尽くすほどの絵を描いて、僕は絵の神になるんだ・・・・。」
ドリューはダナエを持ち上げ、力任せに遠くへ投げ飛ばした。
「ダナエ!」
ミヅキが慌てて駆け寄ると、ダナエは羽を動かしてふわりと宙に舞い上がった。
「・・・・大丈夫、心配ないよ・・・。ゴホッ・・・・。」
ダナエは首を押さえて咳込み、凶暴になったドリューを睨んだ。
「ドリュー!正気を保って!そのままじゃ化け物になっちゃうよ!」
「黙れ!僕は絵の神になるんだ!邪魔する奴は・・・このキャンバスに閉じ込めてやる!」
そう言ってどこからともなく真っ白なキャンバスを取り出し、超高速でダナエをスケッチし始めた。
「そら!お前を描いてやったぞ!ありがたく思え!」
完成したスケッチをダナエに向けると、絵の中からスケッチのダナエが飛び出して襲いかかってきた。
「きゃあ!」
ダナエはスケッチの自分に腕を掴まれ、キャンバスの中へ引きずり込まれていく。
「ダナエが危ない!ちょっとスッチー!黙って見てないで何とかしてよ!」
「分かっておる!」
スクナヒコナは矢を構え、まじないを掛けてドリューに飛ばした。
「痛ッ・・・。なんだこの小さな矢は?こんなものが効くか!」
「それはどうかな?」
スクナヒコナはニヤリと笑い、勝ち誇ったような笑みを見せた。しかしドリューは何ともない様子で、おでこに刺さった矢を抜いてしまった。
「・・・・・スッチー?何も起きないじゃない・・・。どうなってるのよ!」
「うむ。あの矢には封印のまじないを掛けたのだ。しばらくすれば、ドリュー殿の神の血は治まるだろう。」
「しばらくって・・・・どのくらい?」
「一時間くらいかの?」
「長過ぎ!そんなに待ってたらダナエがやられちゃうよ!」
「・・・それは分かっているが、神の血を抑え込むとなると、それなりに時間が必要なのだ。ダナエ殿には、それまで堪え切ってもらうしかない。」
そう言ってまた矢を番えた。
「今度は攻撃のまじないだ!食らえ!」
スクナヒコナは、ドリューの胸に狙いを定めた。しかしダナエから「待って!」と言われ、番えた矢を下ろした。
「ドリューを攻撃しないで!一時間くらいなら耐えてみせるから!」
「でもこのままじゃ・・・・。」
「ミヅキ・・・心配しないで。私はそんなにやわじゃない。きっと・・・傷一つ付けずにドリューを正気に戻してみせるわ!」
ダナエは銀の槍を振り、スケッチの自分を切り払った。そして返す刃で、思い切りドリューの顔を叩きつけた。
「ふべしッ!」
ドリューの鼻から盛大に鼻血が吹き出し、もんどりうって地面に倒れてしまった。
「傷一つどころか、鼻血まみれになってるじゃん・・・。」
「いいのよ、後で治すから!」
そう言ってまた槍を振り、倒れたドリューをバシバシと叩きつけた。
「ごめん!悪いけど今は気絶してて!どおおおりゃああああああ!」
「どぶろッ!」
ドリューの腹に槍の柄がめり込み、ピクピクと痙攣して気を失った。
「ふう・・・これでよしと。」
ダナエはホッとした様子で汗を拭き、ミヅキに向けてビシッとピースサインをした。
「ダナエって・・・けっこう無茶するわね・・・。」
「こんなの軽い方よ。もしこれがジャムだったら、股間に思いっきりキックを入れてるもん。」
「・・・なんか、あのゾンビさんが怒る気持ちが分かるような気がするわ。」
少しだけジャムに同情をおぼえていると、霧の中から強い妖気が迫ってきた。
「いかん!何かが来るぞ!」
スクナヒコナは咄嗟に矢を構え、霧の中に向けて放った。すると「いで!」と叫び声が響いて、大きな何かがヌッと現れた。
「ひ、酷いだよ〜・・・いきなり何するだ・・・。」
「クトゥルー!」
霧の中から出て来たのは、矢の刺さった頭を撫でるクトゥルーだった。
「いくら絶交したからって、いきなり矢を飛ばすことはねえべ?」
「・・・お、お主!ここで何をしておる!マクナールとやらに向かったのではないのか!」
スクナヒコナがそう叫ぶと、クトゥルーはしょんぼりした様子で口を開いた。
「そのつもりだったんだけど、ちょっと予想外の事が起きたべ・・・。」
「予想外・・・?」
「んだ。あのへっぽこのゾンビが、ここの霧に触れて変わっちまったんだ。なんでもあいつの家は神社らしくて、龍神を祭ってたんだと。」
「龍神・・・・?」
「中国の道教に出て来る、ばかデカイ龍神だべ。ほら、神社って何でも祭っちまうだろ?だからあのゾンビは、その龍神の気をモロに受けて育ってきたんだべ。それがここの霧に触れて、表に出てきたんだあ・・・。オラ、あんなデッカイ龍神と戦いたくねえべ。だからあのゾンビさ置いて、引き返すことにしたんだ。」
クトゥルーはしょんぼりとした声で言って、地面に闇の道を作り出した。
「そんじゃ、オラはこれでさよならするべ。後はオメさんたちがよろしくやってけろ。」
「いや、待て待て!何を無責任なこと言っておるのだ!あのゾンビはお主が連れて行ったのだろう?ならばちゃんと責任を持って・・・・、」
そう言って止めようとした時、深い谷の向こうから、とてつもなく巨大な何かが動き出した。それを見たミヅキは、真っ青になってダナエの後ろに隠れた。
「な・・・何あれ・・・?山が・・・動いている・・・。」
霧の向こうには、大きな山のシルエットがそびえていた。そのシルエットはゆっくりと動き、やがて生き物のように雄叫びをあげた。
「だあああああああああ!」
その雄叫びは、雷鳴を遥かに凌ぐ爆音だった。思わず鼓膜が裂けそうになり、ミヅキはギュッと耳を押さえた。
「痛い!耳が壊れちゃう!」
「ミヅキ!大丈夫よ、私が守るから!」
ダナエは魔法を唱え、風の精霊に呼びかけて空気の壁を作り出した。
「お願い!この爆音から私たちを守って!」
そう叫んで手を前に出すと、可愛らしいシルフが現れて、見えない空気の壁を作り出した。
それは爆音の雄叫びを防ぎ、そしてダナエたちをクルリと包み込んだ。
「この中にいれば大丈夫よ。」
「・・・・ほ、ほんとだ。雄叫びが聞こえなくなった・・・。」
ミヅキは耳から手を離し、不思議そうに辺りを見渡した。
「私の近くから離れちゃダメよ。」
「うん・・・。」
ミヅキはギュッとダナエの裾を掴み、顔だけ出して山のシルエットを睨んだ。
「あれは何なの?どうして山が動いてるの?」
そう尋ねると、いつの間にか肩に乗っかっていたスクナヒコナが答えた。
「あれは山ではない。おそらく・・・・燭龍だ。」
「燭龍?何それ?」
「道教に伝わる龍神だ。燭龍は森羅万象を司る神獣で、その姿は山そのものとされるほど巨大だ。まさかあのゾンビがこんなものを宿していたとは・・・・予想外だ。」
「じゃ、じゃあ・・・もし襲いかかって来られたら・・・・、」
「間違いなく全滅するだろう。」
「そ、そんな・・・・。」
ミヅキはフラフラと後ろによろけ、ドリューにつまづいて転んでしまった。
「ぎゃん!」
「ミヅキ!私から離れちゃダメ!」
「んだんだ。みんなで固まってる方が安全だべ。」
クトゥルーはそそくさとダナエたちの元に寄り、霧の中にそびえる燭龍を見上げた。
「あいつは地球でも最強の部類に入る神獣だべ。下手な神様なんかより、よっぽど恐ろし相手だあ・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・クトゥルーでも勝てない?」
ミヅキが恐る恐る尋ねると、クトゥルーは何とも言えない顔で唸った。
「・・・勝てない・・・ってことはねえと思う。だども、あんな化け物と戦おうとすると、オラは昔に戻んなきゃなんね。」
「昔に戻る?どういうこと?」
「オラは元々は破壊の神なんだあ。だども今は改心して、善い神様になってるだ。でもその分力は劣るべ。だから昔の破壊の神に戻れば、絶対に勝てない相手じゃねえと思う。」
「だったらすぐにそうしてよ!だいたいこうなったのも、全部あんたのせいなんだから!」
ミヅキはポカポカとクトゥルーを殴りつけた。
「・・・それはゴメンだべ。」
「どうして!このままじゃみんなやられちゃうんだよ?」
「・・・それでも断る。だって・・・昔の破壊の神に戻ったら、またみんなから嫌われちまうべ。オラはもう・・・一人ぼっちは嫌なんだ・・・・。」
クトゥルーは切ない顔で俯き、地面に闇の道を作り出した。
「別に無理してあんな化け物と戦わなくてもいいべ。この闇を通って、どこか安全な場所に逃げるだ。」
「そ・・・そうね。おっかない敵からは、逃げるのが一番よね。」
ミヅキとクトゥルーは、そそくさと闇の道に逃げようとした。しかしダナエが「ダメ!」と叫び、二人の前に立ちはだかった。
「ここで逃げたら、ジャムはどうなっちゃうの?」
「そ、それは・・・・どうなるの?」
ミヅキはクトゥルーを見上げて尋ねた。
「分かんね。だども・・・良い結果にはならねえだろうなあ。身に余る力を開放すると、最悪は死んじまうだろうから。」
「そんな・・・・じゃあすぐに助けないと!」
ダナエは宙に舞い上がり、燭龍に向かって飛び立とうとした。
「待たれよダナエ殿!」
「スッチー・・・悪いけど止めてもムダよ。私は絶対に仲間を見捨てたりしないから!」
「分かっておる。お主の性格からすると、死んでも仲間を助けようとするだろう。だからここは、我も共に戦うぞ。」
「でも・・・すごく強い敵なんでしょ?一緒に戦ったら危険だよ?」
「そんなことは分かっておる。しかしここで背を向けたとあっては、八百万の神の名折れというもの。我も共に戦わせてくれ、とりゃ!」
スクナヒコナは思い切りジャンプして、ダナエの肩に掴まった。
「ダナエ殿。とりあえずは燭龍に話しかけてみよう。向こうもこちらに敵意を持っているとは限らんからな。」
「そうね。」
ダナエは銀の槍を握りしめ、そっとコスモリングを撫でた。
「プッチーの神様たち・・・。いざという時は頼むわよ。」
そう言って高く舞い上がり、ミヅキの方を振り返った。
「ミヅキ!そこから動かないでね!」
「分かった!ダナエも気をつけてね!」
「ああ、それと・・・クトゥルー。」
「んだ?」
「ミヅキをちゃんと守ってあげてね。」
「へん!やなこった!オラはもうこいつらとは絶交したんだ!」
クトゥルーはプイっとそっぽを向き、顔をしかめて拗ねてしまった。
「そんな簡単に絶交だなんて言わないの。せっかく出来た友達でしょ?大事にしなきゃ。」
「・・・・・・ふん!」
意地を張るクトゥルーを見て、ダナエはクスクスと笑った。
「じゃあ・・・行くわよスッチー!」
「うむ、慎重にな。」
ダナエは霧の中を飛び抜け、大きなシルエットに向かって行く。そして燭龍の目の前まで来た時、その大きさに息を飲んだ。
「なにこれ・・・本当に山そのものだわ。」
「だから言っただろう、燭龍は山ほど大きいと。とりあえず、こちらに敵意が無いことを伝えねばならん。悪いがダナエ殿、我を手に乗せてくれ。」
「分かった。」
ダナエはそっと手を差し出し、スクナヒコナを乗せた。そして燭龍の方に向けると、ゴゴゴゴと大きな音を響かせて身を動かした。

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