ダーナの神話 第二話 夢見る少女

  • 2014.10.17 Friday
  • 12:28
JUGEMテーマ:自作小説
「・・・という具合に、人々の信仰心を集められるなら、何にでも神に成りえるわけです。
人でも動物でも、木や石でもいい。自然現象でも構いません。昔の人は雷を見て、そこに神様を想像したわけです。
ギリシャ神話の中にはゼウスという神様がいますが、あれは雷が元となっています。みんなもゼウスっていう名前は聞いたことあるんじゃないかな?
漫画とかゲームでたまに出て来たりするから。」
数人の子供が黙って頷き、他の大勢は退屈そうにあくびをしたり、隣の子と喋り合っていた。加々美幸也は表情を変えずに淡々と続けた。
「神話っていうのは面白いですよ。色んな神様が出て来て、とても人間臭い行動をしますからね。
このゼウスという神様も、ヘラという女神の奥さんがいながら平気で浮気をしたりするんです。
自分がいいと思ったら、相手が女神だろうが精霊だろうが人間だろうが、平気で孕ましてしまいますからね。」
そう言うと、一人の少年が手を上げて質問した。
「孕ますって何ですか?」
「ああ、孕ますっていうのはね、男の人が女の人に・・・・・、」
そこで「ウォッホン!」という高い咳払いが聞こえた。
振り返ると、薄いグレーのスーツを着た女が怖い顔で睨んでいて、幸也はバツが悪そうに子供達に向き直った。
「ええと、まあ・・・それはもう少し大人になれば分かります。
ええと、それでですね、このギリシャ神話というのは・・・・・・、」
それから二十分程話を続ける幸也だったが、二、三人の子供は興味深そうに聞いてくれるものの、他の子供達は退屈そうにぼんやりしているだけだった。
幸也はため息をついて時計を確認し、顔を上げて子供達に言った。
「ええと、以上で僕の話は終わりです。何か質問はあるかな?」
そう言って営業スマイルで子供達を見渡すが、誰も手を上げなかった。
「はい、では質問もないようなのでこれで終わります。皆さん気をつけて帰って下さい。」
子供達はやっと終わったとばかりに嬉しそうに立ち上がり、わいわいと喋りながら親の元へ駆け寄っていった。
「お疲れ様。」
グレーのスーツの女が肩を叩いた。
「あのさ、何でこの仕事断らへんかったん?せっかくの休日にこんな話聞きたい子供なんかおらんやろ。」
だるそうに言う幸也をクスクスと笑い、女はもう一度肩を叩いた。
「仕方ないじゃない。神話学者の書く本なんて大して売れないんだし、こういう小さな仕事も大事にしないと。まあ早く教授になってくれたら別だけど。」
「そら嫌味か?」
「そうよ、早く出世してねって意味。」
幸也は顔をしかめて机の上の本を手に取った。
今日は地方の公民館で神話の講義をしてくれと頼まれたが、まさか相手が小学生だとは思わなかった。
幸也の予想通り、ほとんどの子供は退屈そうに聞き流し、しかしこれも仕事と割り切って講義をしていた。
「稼ぐのは大事やけど、あんまりこういう仕事はなあ・・・。」
そうぼやいて机から離れた時、一人の子供が駆け寄って来た。
少年は足を止め、じっと幸也を見つめた。
「ねえ、孕ませるってどういう意味?」
「ああ、それはね、男がナニして女の人のお腹が大きくなること・・・・・・、」
笑顔で説明する幸也だったが、女が前に出て言葉を遮る。そして少年の頭を撫でた。
「僕、もう少し大きくなったら保健の授業で教わると思うから、それまで我慢しようね。」
そう言って二コリと笑いかけると、少年も二コリと笑い返した。
「孕ませるってアレでしょ?セックスして赤ちゃんが出来ることでしょ?」
可笑しそうに言う少年に、女の顔は引きつった。
《こいつめ、分かって質問してやがったか・・・。》
少年は笑顔のまま幸也を見つめ、女を指差して尋ねた。
「この人っておじさんのコレ?」
意地悪そうな笑顔を浮かべて、生意気に小指を立てた。
「え、うん、、まあそうだけど・・・。」
「じゃあさ、キスとかしたの?」
「ええっと、まあ、したよ・・・。」
「マジでッ?やらしー。」
女の顔はさらに引きつり、少年は茶化すように言葉を続けた。
「じゃあさ、おっぱい揉んだ?」
「お、おっぱ・・・、うん、まあ揉んだよ・・・。」
「マジでッ?やらしーッ、やらしーッ!エローッ!」
幸也は困った顔で少年を見つめ、どうしたものかと眉を寄せていた。
「じゃあさ、セックスは?」
そう尋ねた時、女は笑顔を消してドスの利いた声で言った。
「君、なんて名前?」
「光星。」
「そう。あのさ、光星君。そういうことはベラベラ人に聞くもんじゃないんよ。
さっきも言うたけど、そのうち授業で教わるけん、そん時まで待っとりいや、な?」
真顔で広島弁を発し、最後に二コリと笑いかける女。
少年はその迫力に怯え、サッと背を向けて走り去っていった。
女は腰に手を当て、呆れた顔を見せていた。
「ませとるガキんちょや。親はどんな教育しとんじゃろな?」
「いや、男の子なんてあんなもんやで。それよりお前怖すぎや。子供相手にドスの利いた声で広島弁て・・・。」
「なんよ?広島馬鹿にしとうと?」
「いや、ちゃうけどさ・・・。」
女は笑い、幸也も呆れたように笑っていると、また別の子供がこちらへ近づいて来た。
今度は女の子だった。
先ほどの少年よりも大人びた感じで、幸也を見つめながら近づいて来る。
「また孕ませるの質問ちゃうやろな・・・?」
そう思って身構えていると、少女は真っすぐに幸也を見上げて尋ねた。
「あの、聞きたいことがあるんです・・・。」
少し長めの髪を揺らし、少女は大きな瞳を向けてくる。
「聞きたいこと?何かな?」
「あの、先生は神話に詳しいから知ってるかなって・・・。」
「うん、神話のことならだいたい知ってるよ。ギリシャ神話でも日本神話でもケルト神話でも、アボリジニーやインディアンの神話でも。」
そう言って胸を張る幸也に、少女は俯いて切り出した。
「あのね、夢を見るの・・・。」
「夢?」
てっきり神話のことを尋ねてくると思っていた幸也は、拍子抜けしたように聞き返した。
「・・・去年死んだ弟がよく夢に出て来るの。」
「・・・・・・・・。」
幸也は真顔になって女と顔を見合わせる。そして膝を屈めて少女の目線に合わせた。
「・・・そうか。辛いね・・・。」
「私・・・俊のこと大好きだったから、夢に出て来る度に泣いちゃうの・・・。
夢じゃなくて、現実にいてくれたらいいのにって・・・。」
幸也は頷き、少女の顔を見つめて言った。
「分かるよ、その気持ち。僕も昔に兄ちゃんを亡くしてるから・・・。家族がいなくなるのは悲しいよね。」
少女はその言葉に反応し、目尻を濡らして頷いた。
「それでね、俊が夢に出て来て私の手を引っ張るの。お姉ちゃんも一緒に行こうって・・・。でも私は怖いから嫌だって言って・・・。」
「・・・・・・。」
幸也はポケットからハンカチを取り出して少女の涙を拭ってやった。女が幸也の肩に手を置き、小さく呼びかける。
「幸也・・・この子は・・・。」
「分かっとる。これは俺の仕事やあらへんけど、気持ちは分かるねん。もうちょい待っといてくれ。」
そう言って少女に向き直り、「それで?」と先を促す。
少女は幸也から受け取ったハンカチを握りしめ、目を赤くして言った。
「俊がいつも言うことがあるの。お姉ちゃんも一緒に行こう。ダーナの所へ一緒に行こうよって。」
「ダーナ?」
眉を寄せて尋ねる幸也に、少女はコクリと頷いた。
「俊と同じくらいの女の子で、外国の子だって言ってた。金髪で青い目をしてるから。俊はダーナの所にいて、彼女と仲良しだって・・・。
他にも、アメルとか、ケンイチとか、たくさん友達がいるんだって、いつも楽しそうに笑うの・・・。」
「ケンイチ・・・?」
その言葉を聞き、幸也はまさかと思って尋ねた。
「なあ、そのケンイチってどんな感じの人か分かる?」
「ちょっと幸也・・・。」
女が見かねたように声を出す。
「里美は黙っとれ。」
里美と呼ばれた女は憮然として首を振った。
幸也は少女に微笑みかけ、先ほどと同じ質問を繰り返した。
「そのケンイチっていう人、どんな感じの人か分かるかな?」
「大人の人だって言ってたけど、どんな人かは分からない・・・。」
「そうか・・・。」
深くため息をつき、幸也はもう一度笑顔を向けて尋ねた。
「弟さんを亡くした悲しみはよう分かる・・・。せやけど君の・・・・、ええと、名前は?」
「野本麻理・・・。」
「麻理ちゃんの聞きたいことって何かな?
いや、ええねんで。自分の苦しい気持ちを聞いてもらいたいだけやったらそれでもええねんけど、何かおっちゃんの中に引っ掛かることがあってな。
そやから尋ねたいことって何かなと思って?」
少女はハンカチでグイっと涙を拭い、ついでに鼻もすすった。
そして肩を揺らしながら小さく口を開いた。
「俊が夢の中で言うの・・・海が消えちゃうって・・・。」
「海が消える?」
「うん。ダーナの神話は、最後に海が無くなっちゃうって・・。先生・・・ダーナの神話って、海が無くなっちゃうの?」
「ダーナの・・・神話・・・?」
「誰に聞いてもダーナの神話なんて知らないって言うの。学校の先生も、塾の先生も・・・。
お父さんのパソコンで調べても、そんな神話出て来なかった。だから先生なら知ってるかなと思って・・・。」
「ダーナの神話・・・。それは夢の中で麻理ちゃんの弟がそう言うたん?」
「うん、ダーナは神様だって。海が大嫌いで、この世界を緑でいっぱいにするんだって。それでいつの日かお月様に移り住むんだって言ってた。」
「ダーナという神様・・・海が嫌いで月に移り住む・・・うーん・・・・・・。」
ダーナとはケルト神話に登場する神のことで、それを母に持つ神々のことをダーナ神族と呼ぶ。しかしダーナが海を嫌いで月に移り住むなどという話はなかった。
必死に考え込む幸也だったが、麻里の話に該当するような神話は思い浮かばなかった。
すると里美が麻理の前にしゃがんで、優しい口調で言った。
「麻理ちゃんは、昔に絵本とかたくさん読んだことあるんじゃないかな?」
「うん、好きだったからたくさん読んだ。」
「じゃあ漫画は?」
「漫画も好き。」
「じゃあ今までに読んだ漫画や絵本の中に、海が無くなっちゃうようなお話ってなかったかな?」
そう問いかけると、麻理は急に不機嫌そうな顔になった。
「お姉さんは、私の夢が嘘だって言いたいんでしょ?昔に読んだ絵本とか漫画とか、そういうのが夢に出て来てるだけだって。」
鋭い発言に、里美は苦笑いしながら答えた。
「ええ、そうよ。夢っていうのは人の記憶で出来ているから、今までに体験したこととか、昔に読んだ本のことが出て来ることがあるの。
夢に弟さんが出て来るのは、麻理ちゃんがそれだけ大事に想っていたからだと思う。
きっと弟さん・・・俊君だっけ?俊君は天国から麻理ちゃんのこと見守ってくれてるわよ。」
そう言って頭を撫でようとしたが、麻理はその手を払って幸也を見つめた。
「俊が出て来るようになったのは、半年くらい前から。」
「半年前から?それまでは見なかったの?」
「うん、俊が亡くなってからしばらくは見てたけど・・・でもそれは夢だって分かってたから。けど今の夢は違うの。本当に俊がそこにいるの。」
「そうか・・・。」
真剣に考え込む幸也に、里美は呆れた顔で見下ろしていた。
《子供の夢の話だっていうのに、どうしてこう純粋なんだか・・・。》
遠くで麻理の様子を見ていた母親がこちらに歩いて来る。そして幸也と里美を見つめて頭を下げた。
「すみません。この子が何か困らせるようなことを言っているみたいで。」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ神話について質問されただけですから。」
里美は営業スマイルで頭を下げ、「ちょっと・・・」と肘で幸也をつついた。
「ん?ああ。お母さんですか?」
幸也は立ち上がって軽く頭を下げる。そして麻理を見つめながら言った。
「麻理ちゃんに質問をされましてね。夢の中に出て来る神話について。しかしどうにも思い当たる神話が無くてですね・・・・・、」
「すみません。最近よく夢で見たことを話すんです。あの・・・弟が亡くなったことは・・・・?」
「ええ、聞きました。実は僕も五年前に兄を亡くしていまして。どうにも他人事とは思えなくてね・・・・。」
「・・・そうなんですか。この子も俊を亡くしてとてもショックを受けているようで・・・。
当たり前ですよね、私達だって毎晩夢に見るくらい辛かったんだから、この子にとっては言いようのないくらい悲しいことだったはずです。」
麻里の母は辛そうに言い、娘の頭を撫でた。
「考えちゃうんですよね、時間が経つにつれて。どうしてあの時川に遊びに行ったんだろうとか、どうして俊から目を離したんだろうとか。
今になって考えても仕方ないのに、ずっと後悔しているんです。」
「川で・・・・ですか?」
「はい。去年の夏に主人の実家に遊びに行って、川へ泳ぎに行ったんです。
田舎なものですごく水が綺麗だから、わざわざプールに行くよりいいと思って・・・。」
幸也は目の色を変え、重い口調で尋ねた。
「実家の川ですか?あの・・・・もしよかったら旦那さんの実家ってどこだか教えてもらえませんか?」
「幸也。」
「ええから、ちょっと黙っといてくれ。」
幸也の迫力に圧されて、麻理の母親は戸惑いながら答えた。
「岡山県の○○市ですけど・・・。」
「ほんまですかッ?」
勢い込む幸也にさらに気圧され、麻理の母親は怪訝な顔になった。
しかし幸也は気にせずに続けた。
「実は僕の実家も同じなんです。それで・・・兄は地元の川べりで亡くなってる所を発見されたんです。」
「・・・そうなんですか?」
「はい。山に登って渓流に滑り落ちたんちゃうかいうのが警察の見方らしいんですけど。
でも兄は慎重な性格で、しかも登り慣れた山の川に落ちるなんて不自然やなて思ってたんです。
せやからあの・・・俊君がどういう具合に亡くなりはったんかをよかったら・・・・、」
「幸也!いい加減にしなさい。」
里美に激を飛ばされ、幸也は自分が恐ろしく興奮していることに気づいた。
「ああ、すいません・・・。さっき麻理ちゃんから聞いた話で気になることがあったもので・・・。」
「ケンイチっていう人のこと?」
麻理が首を傾げて尋ねる。
「うん、もしかしたら僕の兄ちゃんかもしれんと思ってね。」
麻理は母を見上げ、グイと袖を引っ張った。
「話していい?」
「・・・・・麻理がそうしたいなら、お母さんは止めないけど・・・。」
麻理は頷き、真っすぐに幸也を見つめて言った。
「私と俊は一緒に遊んでたんだけど、お父さんがお肉焼けたっていうから川から上がったの。
でも俊はまだ遊びたいって言うから、あんまり深い所に行っちゃダメだよっ注意したの。
私はバーベキューを食べながらたまに俊を見てたんだけど、浅い所でばしゃばしゃ遊んでるだけだった。
それからは友達と喋ってたから見てない。けど・・・・・、」
「けど?」
「川で遊んでる時に、声が聞こえるって言ってた。」
「声?誰の声?」
「分からない。でも女の子の声だって言ってた。それで俊のことを呼んでるんだって。一緒に行こうって。」
「行こうって・・・どこに?」
「分からない。私は何にも聞こえなかったから。俊がそう言ってただけ。」
「・・・・・そうか。」
「私ね、その時俊を呼んでた声って、ダーナのことじゃないかと思う。」
「なんでそう思うん?」
「分からないけど・・・なんとなくそう思う。」
「・・・・・・。」
幸也は顎に手を当てて考え込んだ。
「ケルト神話の中にダーナっていう神様が出て来るんやけど、女の子やないねんな。
それに海を嫌ってるわけでもないし・・・・・分からなんなあ・・・。」
「そっか・・・・神話の先生でも分からないんだ・・・。」
麻理は残念そうな顔で俯き、悲しそうに唇を噛んでいた。
「麻理ちゃん、ちょっと時間くれへんかな?おっちゃん調べてみるわ、そういう神話や民話がないかいうこと。
ほんで何か分かったら必ず教える、それでええか?」
「ほんとに?」
「ああ、ほんまや。もしかしたら麻理ちゃんの期待に応えられへんかもしれんけど、それでも調べてみる。約束する。」
幸也は「指切りや」と小指を出した。麻里は「うん」と頷き、指切りげんまんをした。
「お母さん、これ僕の名刺です。自宅とケータイ両方書いてありますから。」
「ああ・・・はい。」
「いつでもええんでケータイにワンコール入れて下さい。何か分かったら連絡しますから。」
麻理の母は戸惑いながら名刺を受取り、そっと頭を下げた。
「でもいいんですか?こんなの子供の夢の話なのに・・・。」
「構いません。このままやったら麻理ちゃん納得せえへんでしょ?
僕もその気持ち分かるんです。兄が亡くなった時、何度も山の渓流に足を運んで調べたもんです。こういう時はとことんまでやらんと気が済まんもんで。
麻理ちゃんは僕と似てるんかもしれません。」
そう言って麻理に笑いかけると、彼女は初めて笑顔を見せた。
「それにね、麻理ちゃんのいうダーナの神話に興味が湧いてきましてね。もしほんまにそれがあるんやったら、是非知りたいと思ったんです。
せやから麻理ちゃん、ちょっとの間だけ待っとってな。」
「うん、私も自分で調べてみる。」
二人はもう一度指切りをした。幸也は「これあげるわ」と言って、持っていた本を差し出した。
「気になったらとことんまで調べる。麻理ちゃんは学者に向いとるかもしれんな。
これギリシャ神話の本や。子供でも読める初心者用やから、よかったら読んでみ。」
麻理は嬉しそうにそれを受け取り、ニコッと笑った。
「じゃあ麻理、あんまり先生の邪魔しちゃ悪いから。」
そう言って麻理の手を取り、彼女の母は会釈をして去って行った。
途中で麻理が振り返り、小さく手を振った。
幸也も手を振り返し、「よし」と呟いて後ろを振り返る。
「よし、じゃないわよ。あんな無責任な約束して大丈夫なの?下手な同情したら、かえってあの子を傷つけるだけだと思うけど?」
「同情なんかやあらへん。同志や。」
「同志?」
「そや、身内を亡くしての同情とちゃう。これが気になる、これを知りたい。
その為やったらすぐに行動を起こす。あの歳で立派なもんや。だから同志や。」
「何が同志よ。神話の世界なんかにどっぷりつかっちゃったら、将来困るだけなのに。」
「その困った人間と、もうじき結婚するんはどこの誰かな?」
「何それ、嫌味?」
「そや、さっきのお返しや。」
幸也は里美の脇を抜けて事務室に向かった。
里美は諦めの混じったため息をつき、どうしてこんな男を好きになったのかと後悔していた。
しかしこの身勝手が新鮮に映ったのも事実で、今までに付き合った男とは明らかに違う何かを感じていた。
《まあ仕方ないわよね、好きになっちゃったんだから・・・。》
幸也に振り回されるのは毎度のことで、里美は彼の後を追って事務室に向かった。

ダーナの神話 第一話 誰も知らない神話

  • 2014.10.16 Thursday
  • 13:26
JUGEMテーマ:自作小説
それは暗い暗い海の中で始まった。
小さな魚は他の魚に嫌われて、どこにもいられなくなった。
居心地のよかったサンゴの家から飛び出し、誰も知らない場所に行こうと思った。
真っ暗な海を漂っていると、明るいお月さまが見えた。
「いいなあ、鳥になったら、あのお月様まで飛んでいけるのに。」
小さな魚は、もう海にいるのが嫌だった。
ここには辛いことしかない。
こんなに真っ暗で、こんなに冷たい水の中で、どうして私は生まれたの?
神様は、どうして私を鳥に生んでくれなかったの?
ここには傷つくことしかないのに。
小さな魚は覚悟を決めていた。
お月様まで飛んでいけないのなら、せめてもう少し近くで眺めたい。
もっとよく見える場所で、もっと大きく見える場所で。
だから陸へ上がってみよう。
水の中でしか生きられないけど、それでも陸に上がってみよう。
小さな魚は、まん丸に輝く月を見つめながら、陸に向かって泳いでいった。
少しずつ浅くなっていく海から上がり、深い森が広がる陸に這い出ていった。
天に輝くお月様は、海の中で見るよりもっと輝いて見えた。
「綺麗。あれがお月様のほんとうの姿なんだわ。」
小さな魚は、もっと近くでお月様を眺めたいと思った。
ヒレを動かして木に登り、細い枝の上で天を見上げた。
そうやってじっとお月様を眺めていると、やがて身体が乾いて呼吸が出来なくなり、ぼとりと木の枝から落ちてしまった。
「ひどいわ・・・。私・・・もっとお月様を眺めていたいのに・・・。」
小さな魚は、自分が魚であることを呪った。
もし鳥なら、いや、せめてネズミかイタチなら、陸で生きられたのに。
もっとお月様を眺められたのに。
小さな魚は、息の出来ない口をパクパク動かして呟いた。
「神様・・・私・・・もうこの世界に戻りたくないわ・・・。だから・・・次は・・・お月様に・・・住まわせて・・・。」
小さな魚は息絶え、ふらりと現れたイタチに食べられてしまった。
小さな魚の魂は、ふわりと天に昇り、空を越えて月に向かっていった。
ぐんぐんと昇り、空が見下ろせるくらい高く舞い上がり、やがてお月様までやってきた。
小さな魚の魂は、一人の少女に生まれ変わり、月に降り立った。
神様は小さな魚の願いを聞き届けたのだった。
魚から生まれ変わった少女は、自分の名前を「ダーナ」と決めた。
彼女は嬉しさのあまり、三日三晩月を駆け回った。
何度も何度も月を回って、やがて疲れて寝転んだ。
「ここには海がない。真っ暗な空と大地だけ・・・。だからお月様って美しいんだわ。」
ダーナは決めていた。
ここに緑を生やし、森を創ろうと。
そしてあの青く輝く星から、海を失くしてしまおうと。
神様はそんなダーナを愛した。
たくさんの力を与え、そして神様の仲間にしてあげた。
ダーナは月を緑で覆い、神様の国にした。
ここに海はない。必要ない。
だからあの星にも海は必要ない。
ダーナは月から飛び出し、再び青い星に戻って海を飲み干そうとした。
ちょっとしょっぱかったけど、それでも我慢して飲み干そうとした。
やがて海の半分を飲み干した時、お腹がいっぱいになって眠ってしまった。
その眠りはとても深く、心配した神様が起こしてもまったく目を覚まさなかった。
ダーナは眠っている最中に、飲み込んだ海を吐き出した。
それはとても綺麗な水だった。
ダーナはその水に吸い込まれ、もう二度とお月様に戻ることはなかった。
ダーナのいなくなった月からは緑が消え、神様の国は失われてしまった。
ダーナの水はとても綺麗で、たくさんの緑を育て、青い星を緑で覆っていった。
神様はダーナの生み出した緑の森に移り住み、じっと世界を見つめ続けた。
そして森の木を削ってダーナに似せた人形を作り、魂を入れた。
それは海を嫌い、森を愛する人間に変わった。
神様は、ダーナに似たその少女にアメルと名付けた。
アメルは毎晩お月様を眺め、敬い、愛した。
神様はアメルを立派で美しい女性に育て上げ、そして一つ仕事を言い渡した。
『いつかお前も月に行き、もう一度あの場所を緑で覆いなさい。』
アメルは頷き、月に行く為に必要なものを創り始めた。
火を創り、風を創り、乗り物を創った。
そしていざ月へ行こうとした時、突然現れた大きなクマに食べられてしまった。
アメルは死に、土へ還って元の木に戻った。
しかし彼女の創り出した、火と、水と、乗り物だけは残った。
やがて、この世界から飛び出そうとする者達がそれを巡って争い、殺し合い、憎しみ合った。
魚が、クマが、イタチが、猿が、虫が、誰もが醜く争った。
そんな光景を、ダーナは水の中から見ていた。
彼女は醜く争う者達を悲しく思い、全てを水の中に飲み込んだ。
火も、風も、乗り物も、生き物たちも、全てダーナの水の中に吸い込まれて同化した。
世界から生き物がいなくなり、寂しく思ったダーナは、自分の一部を生き物に変え、陸へ送り出した。
それは時間が経つに連れて数を増やし、色んな生き物へと姿を変えていった。
ダーナはその身から生まれた者達を愛し、ずっと見守り続けた。
そして、いつの日かみんなであのお月様に移り住もうと決めていた。
もう一度お月様を緑で覆い、神様の国を創り、この星から飛び出そうと決めていた。
ダーナは水の中で今でもその時を待ち、静かに世界を見つめている。


            *****


不思議な大木


家に向かう足取りが重い。
バイトを終えた加々美憲一は、自転車に乗りながらは夜空を見上げた。
浮かび上がるたくさんの星の中に、大きく輝く月があった。
自転車を止めてしばらく眺めたあと、そのまま家に帰るのも躊躇われてコンビニに寄った。
毎週読んでいる漫画雑誌を立ち読みし、タバコを二箱買ってから外で吸った。
田舎の夜空には無数の星が輝き、憲一はそれを見つめる度に不思議な気持ちになった。
『違和感』
物心ついた時から、常にそれがあった。
自分が自分でないような、いや、そもそも自分とは誰なのかすら分かっていなかったが、確かなことが一つだけあった。
「ここは、俺のおる場所とちゃう。」
幼稚園に通い出した時から、大学を卒業するまで常にその感覚を持っていた。
大人になってもその感覚は消えず、周りが就職活動を始める中で、憲一だけは何もせずに過ごしていた。
自分が会社に勤め、誰かと結婚し、家庭を持つことが考えられなかった。
幼い頃、父は毎日夜中に帰宅し、憲一が目覚める前に仕事に行っていた。
とてもではないが、自分にそんなことは出来ない。
子供心にそう思っていたし、今でもそう思っていた。
「こういうのは・・・みんな思春期終わったら卒業すんねやろなあ・・・。」
いつまで経っても頭から追い払うことの出来ない違和感を抱えたまま、憲一は二十八になっていた。
この歳でアルバイト、この歳で恋人がいない、この歳で実家暮らし、この歳で年収が百五十万、この歳で、この歳で・・・・・、
社会の常識に当てはめれば、如何に自分が情けないかを痛感していた。
「子供のまんまや・・・俺・・・。」
タバコを灰皿に捨て、憲一は家へと帰った。
母が作った飯を食べ、馬鹿騒ぎを繰り返すテレビを眺め、風呂に入ってから部屋に籠った。
パソコンを立ち上げ、だらだらとネットサーフィンを繰り返す。
「明日は休みや、何しょうかな・・・。」
いつもより早めにネットを切り上げ、布団に入って眠りについた。


            *


翌日、憲一は車を走らせて山の麓に来ていた。
久しぶりに登山でもしようと思い、少し離れた里山までやって来た。
登山といっても特別な山に登るわけではなく、大した高さもない小さな山だった。
だから普段通りの格好に、足元だけ登山用のブーツに履き替えていた。
何度も登っている山なので、遭難の危機感など持ち合わせておらず、ふらりと登山道へ入っていった。
季節は秋。気の早いもみじが色づき始め、憲一はスマホを取り出して写真を撮った。
「おう、よう撮れとる。」
早速壁紙に設定し、憲一は山を登っていった。
木々に囲まれ、鳥のさえずりを聞き、澄んだ空気を吸い込む。
山の世界を感じながら、足を動かして登っていく。
この時だけ、この時だけが、違和感から解放される瞬間だった。
人の世界に身を置いているとどうしても感じてしまう違和感が、この時だけは薄れていくのが分かる。
それがどういう理由によってそうなっているのかは分からなかったが、少なくとも、自分が自分であるようなシックリとした感触があった。
もしかしたら、自分の前世は山の中で生きる鹿か猪であったのかもしれない。
本気でそう思いたくなるほど、人の世界にいると違和感があった。
「ほんまに・・どうしょうもないな・・・この感覚は・・・。」
どうしようもないと思いつつ、この感覚が嫌だと思ったことはなかった。
人の世に嫌気を感じても、この違和感に嫌気を感じたことは一度もなかった。
リュックから水を取り出してゴクリと飲み、憲一は山を登っていく。
そして途中で足を止めた。
「なんや・・・?」
何かが心の中に引っ掛かった。
いつもは通らない脇道へ逸れ、川の音が響く渓流の方へ足を向けた。
険しい獣道を通り過ぎると、渓流の向こうに大きな木がそびえていた。
太く根を張り、逞しさを感じる荘厳な木だった。
「なんや・・・えらい立派な木やな。」
写真を撮り、注意しながら渓流を渡って、大木の傍まで寄ってみた。
近くで見るとかなり樹齢がいっているようで、皮が捲れて朽ちかけていた。
しかし外見とは裏腹に、えも言えぬ迫力と荘厳さを感じて、そっと手を触れてみた。
「なんや・・・これ・・・?どうなっとんや・・・?」
触れた手から伝わって来る感触に驚いた。
それは鼓動だった。
まるで心臓のように鼓動を刻んでいるのが分かる。
気持ち悪くなって手を放し、じっと大木を見上げてみた。
「・・・・・・。」
風が吹き抜けて木々を揺らし、その中に誰かの声が混じっていた。
「・・・誰かおるんか?」
辺りを見回しても人の気配はなく、憲一はもう一度大木を見上げた。
《・・・て・・・、・・・・・れて・・・・。》
「・・・・ッ!」
何かの声が響き、思わず後ずさった。
木を見上げ、よく耳を澄ましてみる。
《・・・もう・・・ちど・・・、・・・れて・・・。》
「・・・・・・なんや・・・。」
気味が悪くなり、踵を返して逃げ出した。
その時強い風が吹いて身体が揺さぶられ、体勢を崩して渓流の中に落ちてしまった。
「・・・・・ッ!」
冷たい山の水が服に染み込み、憲一の身体を流していく。
なんとか起き上がろうとするものの、流れる水は身体を飲み込んでいった。
パニックを起こして水を飲み込み、息が苦しくなる。
《嫌や・・・死にとうないッ・・・。》
パニックは恐怖に変わり、さらに暴れて水を飲み、手足をばたつかせる力さえ失っていった。
流れるまま流されていき、岩にぶつかり、川底に擦られて意識を失った。
それから二日後、家に帰って来ない憲一を心配した家族が、警察に連絡を入れた。
そして彼は下流の川べりで発見された。
動かぬ遺体となって・・・。


            *****


巡り合わせ


《私はダーナ。初めまして。あなたの名前を教えて。》
「・・・・・・・・。」
《そう、憲一っていうのね。残念だけど、あなたはもうこの世にはいないのよ。死んじゃったからね。》
「・・・・・・・・。」
《大丈夫、寂しくなんかないわ。死ぬことは終わりじゃないの。始まることでもあるんだから。》
「・・・・・・・・。」
《そうね、言っている意味が分からないのも無理ないわ。でもね、これはほんとうのことなのよ。
あなたはこれから始まるの。新しい姿になって、新しい名前をつけられて、新しい命と
なって、また歩かなきゃいけないのよ。》
「・・・・・・・・。」
《うん、分かってる。死にたくなんかなかったわよね。でもね、こればっかりは仕方ないの。
だって命ってそういうものだから。死ぬ時は死んじゃうのが命だもの。》
「・・・・・・・・。」
《え?いつ生まれ変わるかって?それは分からないわ。何にでも巡り合わせっていうのがあって、それがやってこないとことには無理だから。》
「・・・・・・・・。」
《ええ、いいわよ。私はダーナ。ずっとずっと昔からこの世界にいるの。恐竜がいた時代より、もっとずっと昔からね。》
「・・・・・・・・。」
《え?私が神様かって?そうね、一応神様の仲間よ。たくさんいるわよ、神様って。
まあ場所によって呼び方が違うみたいだけど、全部同じ者よ。別に特別じゃないのよ、神様は。どこにだっているわ。》
「・・・・・・・・。」
《残念だけど、ここは天国じゃないわ。あなたが流された川よ。ほら、よく見て。あなたの入っていた身体の周りに人が集まっているわ。
あそこで泣いているのはあなたのお母さんかしら?》
「・・・・・・・・。」
《そうね、辛いわよね。誰かが死んで一番悲しむのは、その人を愛していた人だから。
あなたもお母さんが死んだら、きっと泣いちゃうものね。でも仕方ないのよ。これがあなたの寿命だから。》
「・・・・・・・・。」
《ごめんなさい、それは無理よ。お別れを告げたいのは分かるけど、あなたはもう死んじゃたから。生きている者とはお話出来ないのよ。》
「・・・・・・・・。」
《そうよ、心配しなくても、あなたは天国に行けるわ。そして生まれ変わりの時がくるまでそこで過ごすことになるの。》
「・・・・・・・・。」
《そうよ、ほんとうはすぐに天国に行くはずだったんだけど、私が引き止めたの。ちょっとお願いしたいことがあってね。あなた、川に落っこちる前にあの木に触れたでしょう?》
「・・・・・・・・。」
《うん、変わった木でしょ。鼓動を刻んで、言葉を喋って。でも普通なら何も感じないんだけど、あなたは彼女の声と鼓動を感じたでしょ?だからね、彼女に協力してもらおうと思って。》
「・・・・・・・・。」
《ううん、ここで話してもいいんだけど、詳しいことは彼女に聞いた方がいいと思うわ。
あの木はね、アメルっていうの。私よりちょっと年下だけど、ずっとずっと昔からいるのよ。
彼女ね、あなたのことが気に入ったみたいなのよ。
これってすごく珍しいことなんだから。きっとあなたとお話してみたかったのね。》
「・・・・・・・・。」
《そうね、気味が悪いのも無理ないわ。でもあなたの持っている常識なんて、あなたの考えたものじゃないでしょう?そういうのは誰かが勝手に決めたことだから。》
「・・・・・・・・。」
《ごめんなさい。今すぐには天国に行けないの。でも約束する。全てが終わったら、ちゃんと天国に送ってあげるわ。だから・・・今はとりあえずアメルと会ってほしいの。
ほら、怖がらなくていいから、私の手を取って。大丈夫、アメルはとっても良い子よ。》
「・・・・・・・・。」
《うん、平気平気。うまく喋れないのは向こうも一緒だから。
私?私はどこへも行かないわ。だって私はどこにでもいるし、すべての命が私の子供だから。但し・・・海を除いてね。だからもし私に会いたくなったらいつでも呼んで。それじゃあアメルの所へ行きましょう。
ほら、もっとリラックスして肩の力を抜いて。何にも怖くないから大丈夫よ。》

 

新しい小説 「ダーナの神話」

  • 2014.10.15 Wednesday
  • 20:31
JUGEMテーマ:自作小説
水面の白影が終わったので、明日から新しい小説を載せます。
タイトルは「ダーナの神話」です。
これは今現在途中になっている「ダナエの神話」の前に書いたもので、作中に登場するダフネや幸也がメインの物語です。
明日から載せていきますので、よかったら読んで下さい。

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