作家性ってなんだろう?

  • 2016.12.02 Friday
  • 14:28

JUGEMテーマ:アート・デザイン

作家性って言葉があるけど、いったいどういう意味なんでしょう。
写真家の森山大道さんとアラーキーの対談があります。
内容はデジタルカメラについて。
意外なことに、お二人ともデジタルには否定的ではありません。
特に森山さんは肯定的に見ているようです。
森山さんはとにかく撮る枚数がすごいから、デジタルの方がいいんだと仰っています。
本当は撮った写真全部見せたいくらいの気持ちで撮ってるんだけど、それが出来ないから選んで展示しているそうです。
そしてたくさんの写真を撮ることで、質が上がっていくんだとも仰っています。
量のない質はあり得ないというのが信念だそうで、たくさん撮ることが大事と仰っています。
フィルムカメラの時代、写真撮影は不便でした。
シャッタースピードも絞りも自分で調整し、ピントも自分で合わせます。
フィルムだって自分でまき上げないといけないし、ズームレンズだって今ほど性能がいいわけじゃありません。
そしてフィルムごとにまったく発色が異なっていて、どんなフィルムを選ぶというのも重要だったんです。
デジカメのように、カメラが何でもやってくれるわけではありません。
写真の加工だって手間だったし、そう簡単に色を動かすことも出来なかったんですよ。
でもデジカメの時代になって、何でもできるようになりました。
後からいくらでも加工できるし、シャッターを押すだけでバッチリ撮れます。
これを良くないと考える人もいるでしょう。
加工した写真なんて写真じゃないし、何でもカメラ任せでは腕は上達しないと。
でも森山さんとアラーキーはこう仰っています。
便利なカメラの時代だからこそ、作家性が出ると。
どんなカメラを使おうが横並びならば、後は人間を売るしかないってことだそうです。
フィルムカメラの時代は、カメラにもフィルムにも特徴があり、どんな機材を選ぶかは重要でした。
でも逆にいうと、それって機材に頼ることができるってことでもあります。
作家性と言いつつも、実は機材の特徴に頼っていただけかもしれないんです。
だけどデジカメに変わった今、それは無理です。
どのカメラを使っても高性能で、技術的なことはカバーしてくれます。
それに後から簡単に加工ができるから、撮影後にどうにでも変化させられます。
そんな時代の中でも個性を発揮できる人こそが、作家性を持っているってっことなんでしょう。
どんなカメラを使おうが、「あ、これはの人の写真だ!」って分かるような写真を撮る人っているんです。
私はB'zが好きなので、松本さんのギターの音色はすぐに分かります。
ギターを変えようが、今までに聴いたことのない曲だろうが、「この音は松本さん!」って分かります。
優れたクリエイターって、道具に左右されない大きな力を持っています。
でもそれと同時に、道具を最大限まで生かそうとしている工夫も感じます。
ありきたりな言い方だけど、道具に使われるんじゃなくて、使いこなしているんですね。
自分がここにいて、何かを作る。
どんなフィルターを通しても、「あ、これあの人の作品だ!」って分かってもらえる。
それこそが作家性なのだと思います。

写真は引き算の芸術

  • 2016.10.18 Tuesday
  • 13:34

JUGEMテーマ:アート・デザイン

JUGEMテーマ:写真

写真は引き算の芸術と言われます。
絵や文章は自分で書き足していかないと増えません。
だけど写真はシャッターを押せば、目の前の全てが写ってしまいます。
綺麗な景色を撮ったつもりでも、端っこに電線が写っているなんてしょっちゅうです。
それにあれこれと詰め込み過ぎてしまうこともあります。
「桜と空を一緒に写して、でも手前の菜の花も綺麗だから一緒に入れて、だけど奥にある川も綺麗だからそれも写して・・・・」
そうやって画面に詰め込み過ぎると、結局何を撮りたかったのか分からなくなってしまうんです。
不要なものを排除しないと、写真はただ写っているだけになってしまうものです。
だから引き算が大事なんですが、これがとっても難しい。
かの名編集長、鳥嶋和彦さんもインタビューで仰っていました。
「時間をかければ足し算は誰にでもできる」と。
難しいのは引き算なんですね。
絵の場合だって、たっぷり時間をかけて、隅々まで描き込めば、誰が描いてもそれなりに見えるでしょう。
どんなに絵が下手でも、画面に余白のないほど描き込めば、それなりに面白い絵になると思います。
だけど水墨画のように余白を活かして描くのは、とても難しいと思います。
あれって絶対にセンスや経験がなければできない芸当ですよ。
素人が真似てみても、やっぱり上手くいかないんですよね。
シンプルなものほど美しい。
写真は特に引き算が難しく、だけど他の芸術よりも引き算をしないといけないジャンルです。
押せば映る。
便利だけど、それこそが手強いところでもあります。
良い写真を撮る人って、ちゃんと周りが見えているんだと思います。
目の前にある光景の中で、上手く引き算が出来ているんでしょう。
だから余計なモノを外して、必要なモノをしっかりと見せます。
足すのは簡単で、引くのは難しい。
日常生活でもそういうことありますね。
買うばかりで増えていって、使わないのに捨てられない。
引き算が上手くできるなら、そうもならないんでしょうけど、やっぱり難しいです。
何かを引く。
それこそが一番センスを問われることかもしれないですね。

格闘技と芸術

  • 2016.09.13 Tuesday
  • 11:22

JUGEMテーマ:格闘技全般

JUGEMテーマ:アート・デザイン

格闘技と芸術。
一見正反対にあるように思えますが、実は同じものだと思っています。
格闘技ってサッカーや野球などのスポーツよりも、芸術に近いように思います。
格闘技は強いということを求めるものですが、それだって一つの自己表現です。
強さに価値を置く。
強さを磨く。
それを見せるのが格闘技。
戦うという自己表現です。
武芸という言葉がりますが、武は強さ、芸は見せるということでしょう。
強さを見せる。だから武芸。
武術や武道とはまた違います。
武術は戦う術のこと、武道は武を通じた人生の道です。
でもそこに芸が加わると、やはり自己表現ということになります。
格闘技だってこれと同じで、見せてナンボだと思います。
誰もいない所で戦っても、誰も評価してくれないし、強さを証明出来ません。
漫画などでは「自分が最強であることを自分が知っていればいい」といったようなセリフがありますが、現実にはいないんじゃないでしょうか。
自分だけが知っている強さなんて、それで満足できる人間が本当にいるのか?
漫画のキャラとしては面白いけど、実際にいない人間のように思います。
強くなったなら見てほしい、知ってほしい、それを証明してみせたい。
だからこその武芸だし、格闘技だと思います。
芸術だって同じです。
創る時は内に籠ってもいいけど、作品が生まれたなら見せたくなるものです。
評価されないかもしれないけど、でも自分だけが知っている自分の作品なんて、世の中に存在していないのと一緒です。
誰も知らないのであれば、どんな名作も無いのと同じ。
やはり人の目に触れてこそだと思います。
格闘技も芸術も、自分を表現するもの。だから同じものです。
表現方法が違うだけで、根っこに流れているものはきっと一つでしょう。
格闘家って意外と絵が上手かったり、手先が器用だったりするんです。
あの宮本武蔵も、彫刻や絵、それに書道を得意としていました。
逆に芸術系の人には格闘技が好きな人が多いように思います。
格闘技をやっているミュージシャンや、格闘技をやっていた漫画家もいますからね。
それは強さに憧れるっていうよりも、一つの表現手段だと考えているからじゃないでしょうか。
もちろん強さに対する憧れもあるでしょう。
だけどそれよりも自己表現という意味で、格闘技と芸術に通ずるところがあるから。
格闘技は絵であり、音楽であり、あらゆる芸術の一つだと思います。

過去の自分を殺して上に行く

  • 2016.09.12 Monday
  • 11:16

JUGEMテーマ:アート・デザイン

JUGEMテーマ:漫画/アニメ

遊戯王の高橋和希先生の絵が好きで、画集も持っています。
その高橋和希先生がインスタグラムに絵をアップされています。
もうめちゃくちゃ上手いです!
単行本も持っているんですが、初期とはずいぶん絵柄が変わっています。
どんな漫画家さんでも絵柄は変わっていくものだと思いますが、連載を終えてなお画力が上がる漫画家さんって少ないです。
きっとずっと描いてらっしゃるんでしょうね。
ジョジョの絵も描いてらっしゃいましたが、やっぱり上手いです。
高橋先生の絵は特徴的なので、見た人の記憶に残ります。
上手いだけじゃ記憶に残らないし、特徴的というだけでは物足りません。
画力と個性。
両方ある人が本当に上手い漫画家さんだと思います。
高橋先生はどっちも持ってらっしゃるから、これからインスタグラムにアップされるイラストを楽しみにしています。
画力と絵柄って密接な関係にあると思います。
下手な頃は「こう描きたい!」と思っても、腕がついていきません。
選択肢がないんですよね。
だからその時の自分に描ける絵が表に出てきます。
だけど上達すれば、選択肢が増えてきます。
リアル志向にしたり、デフォルメを強くしてみたり。
絵柄だってコッテリさせるのか?それともアッサリさせるのか?
漫画やイラストの内容によって変更することが出来るでしょう。
高橋先生の今の絵は、明らかにイラスト向きの絵だと思います。
ご自身でそれを意識して描かれているんでしょう。
だけど漫画を描くとなれば、当然漫画の絵に変わるでしょう。
私は今の高橋先生の絵も好きですが、昔の絵も好きです。
初期のブルーアイズのカードデザインなんてめちゃくちゃカッコいいですよ。
レッドアイズもいいですね。
それにブラックマジシャンに関しては、昔の方が好きです。
遊戯王で数少ない紅、ブラックマジシャンガールも昔の方が好きだったり。
もちろん今の絵も好きですよ。
でも漫画の頃のマジシャン子弟の方が好きでした。
だけど上手いのは断然今の絵だと思います。
だからこれは私の好みでしかありません。
上達すると絵柄が変わるから、昔を懐かしんでも仕方ないでしょう。
上手くなるというのは、どこかで昔の自分を捨てるってことなのかもしれません。
漫画家でもミュージシャンでも「昔のような作品は作れない」なんて言葉をたまに聞きます。
それは上手くなったがゆえに、失われたものがあるってことなのでしょう。
「昔のように出来ない」ってことは「昔の自分は死んだ」ってことなのかもしれません。
壊さないと新しいものが作れないように、過去の自分を殺さないと新しい自分は生まれないのかも。
物事の上達は、過去からの積み重ねではなく、過去を捨て去ってこそ成しえるもの。
上達を目指して努力するのは、今いる自分を殺そうとしている証なのかもしれません。
同じ場所に留まるのがいいのか?
今の自分を殺してでも上に行くのがいいのか?
どっちがいいのか分かりませんが、受け手としては新鮮なものの方がありがたいです。
いくら高橋先生の昔の絵柄が好きだと言っても、やはり新しい絵に対する興味が勝ります。
少なくとも読者の目線としては、作家が過去の自分を殺すのは悪いことではないと思います。

古いと趣の違い

  • 2016.08.25 Thursday
  • 11:32

JUGEMテーマ:アート・デザイン

古いと趣。
その違いってどこにあるんでしょうか?
陶器には備前焼というのがあって、土の色をそのまま生かすのが特徴です。
色の出る釉薬は塗りません。
ただ土の色です。
備前焼って土だけだから、時間と共に変色していくそうです。
最初は味気ない茶色でも、時間と共に良い味を出していく。
普通なら変色した器や花瓶なんて捨てられてしまうけど、備前はそうじゃありません。
変色してこそ価値があります。
歴史的な建造物だって同じです。
長い時間をかけて、朽ちたりヒビが入ったりツタが巻き付いたり。
そういうのが時間の経過を感じさせて、歴史好きにはたまらない味を出すのでしょう。
古くなった建物だって、普通なら取り壊されます。
だけど今でもちゃんと残っているのは、古いという事に価値を置いているからです。
これは趣です。
古くなったものを見て、そこに思いを馳せたり、時間が刻んだ色を楽しんだり。
でも全てのものに趣があるわけじゃなくて、安いプラスチックのコップなんかは捨てられてしまいます。
民家やアパートだって古くなれば取り壊されるでしょう。
趣に必要なのは、ただ古いってことじゃないのでしょうね。
時間と共に美しくなるとか、時間を刻んだからこそ出せる面白味とか、そういったプラスαが必要なんでしょう。
そう考えると、安くて壊れにくて使いやすいものほど、趣は見出してもられないのだろうと思います。
安いカップ、安い皿、安いアパートや家。
そういったものは消耗品と見なされて、時間の渦の中に消えてしまうってことです。
だけど消えてしまうからこその良さもあります。
なぜなら趣を見出されてしまった物は、変化することが許されないからです。
例えば神社やお寺の形って、どこへ行ってもだいたい決まっています。
自動ドアの鳥居とか、エスカレーターのついたお寺って見たことないですもんね。
あったら面白いと思うんですが、それは許されないことなんでしょう。
趣があると見なされてしまうと、「これはこうあるべきだ!」みたいな価値観に囚われて、変化を許容することが出来なくなってしまうから。
それに対して安価な消耗品は、とにかく進化が速いです。
古くなれば新しい形に変わる。
家もアパートも、昔に比べてどんどん新しいデザインのものが増えています。
いかにもな日本家屋って、最近じゃあまり見かけませんからね。
カップにしたってシンプルなものもあれば、キャラクター入りのものまであります。
鳥居にプリキュアがプリントしてあったり、お堂にキャプテンアメリカとかが描かれていたら、きっと「なんだこりゃ?」ってなると思います。
陶芸だって同じで、上手く釉薬を使ってイカ娘とか千反田えるとか描いてしまったら、それはもう別のものになるでしょう。
作品が並ぶのは陶芸店ではなくて、アニメイトとかになりそうです。
それはそれで面白いんですが、陶芸としては受け入れてもらえないでしょう。
趣があるのはいいことだけど、変化を許容できない堅苦しさもあります。
今までにあったものはちゃんと残して、なおかつ新しいものを生み出す勇気を持つ。
キャプテンアメリカが描かれたお堂とか、千反田えるの織部焼とかあったら、色んな意味で新たな道が拓けると思います。

 

アナログにはデジタルにはない良さがある

  • 2016.08.21 Sunday
  • 12:10

JUGEMテーマ:特撮

JUGEMテーマ:アート・デザイン

CG全盛の時代ですが、今でも着ぐるみの特撮が大好きです。
庵野監督のゴジラは面白かったし、ハリウッドのゴジラもよかったです。
だけどやっぱり中に人が入っているゴジラが好きです。
モーションキャプチャーで動きをトレースすんじゃなくて、実際に中に人が入っている動きが好きなんです。
そして若干の着ぐるみ臭さ、でもそれが妙にリアリティを引き立てるんですよ。
生の動きそのもがそこにあって、着ぐるみだって実在する物ですよ。
だからそこには確かなリアリティがあります。
CGを否定するわけじゃありません。
でも最もいいのは、特撮とCGの融合です。
ウルトラマンティガはバランスよくそれを両立していたと思います。
ウルトラマンも怪獣も着ぐるみなんだけど、要所要所でCGを組み込んで面白く見せています。
空を飛ぶシーンや光線のエフェクト。
そこに生の人間の動きが重なると、これはとても面白いんですよ。
ちょっと話は変わるけど、ゾイドというオモチャがあります。
恐竜や動物をメカにしたプラモデルなんですが、ゼンマイや電池で動くんですよ。
その動きは非常に細かくて、口、手足、尻尾、指が動くものもあったような気がします。
それに目が光るものもあったり。
だからゾイドのCMって、オモチャをそのまま使っていたんです。
ジオラマでセットを組んで、実際にゾイドを動かす。
それだけで充分映像として成り立つんです。
それくらいにゾイドというオモチャは精巧に出来ているんですよ。
これは一種の人形劇です。
自動で細かい動きをするゾイドというオモチャだからこそ、それをそのまま使って動画作品を作れるわけです。
CGはなくて、いっさいが実物です。
その出来栄えといったら、今でもワクワクするほどです。
CGはこれからも発展していくでしょう。
そして特撮や人形劇といったものはどんどん隅へ追いやられると思います。
だけどCGにはない魅力が、特撮や人形劇にはあるんです。
アナログの極致というか、デジタルでは出せない生々しさがあるんですよ。
デジカメ全盛の時代でも、あえてフィルムにこだわる人がいます。
でもその気持ちはとてもよく分かる。
どこまでいってもデジタルはデジタルで、フィルムの持つ妙な生々しさは出せないからです。
でも今の時代フィルムはお金がかかるから、便利で財布にも優しいデジタルが世の中を占めています。
私も今ではもっぱらデジタルだけど、お金があるならまたフィルムをやりたいです。
アナログにはデジタルにはない良さがある。
遠い未来には消えてしまうだろうけど、優れた作品は残るはず。
もしも技術が失われても、人の記憶から消えることはないでしょう。

写真と絵は似て非なるもの

  • 2016.04.08 Friday
  • 09:40
JUGEMテーマ:アート・デザイン
写真と絵。
とても似ているように思うかもしれませんが、根底にあるのはまったくの別物です。
私は写真は文学に近く、絵は音楽に近いと思っています。
カッコつけた言い方だけど、写真は見る文学、絵は見る音楽だと思っています。
逆に文学は読む写真、音楽は聴く絵です。
文学は言うまでもなく文字で構成されています。
文字は芸術性や文学性以前に、情報の記録と伝達という最大の役割があります。
写真もこれと同じで、一枚の中に膨大な情報が含まれています。
まず情報ありき。それが文字と写真です。
写真も情報の記録や伝達がメインです。
そこに何が書かれているか?何が写っているか?
芸術性や文学性は、その後に付随するものだと思っています。
絵や音楽は逆で、情報の伝達うんぬんよりも、まずは芸術性やクリエイティブな面があるはずです。
自分の中から出て来る創造力や、抑えきれない創作意欲から生まれるのが絵や音楽だと思っています。
だからどのように描いても、どのように弾いても間違いなんてないはずです。
だけど写真や文学の場合だと、あまりに自由過ぎると何が何だか分からなくなります。
文法も言葉の意味も無視した小説だと、物語の内容が伝わってきません。
というより、そもそも書いてある意味を理解することすら出来ないでしょう。
写真だって一緒で、下手な撮り方をすれば、いったい何を写しているのか分からなくなります。
目の前に桜があったとして、でもピントがズレていたり、露出が狂っていたりすると、桜と分からないような写り方になってしまいます。
これでは桜を撮る意味がありません。
正しく撮るだけが写真じゃないけど、あまりに自由過ぎると被写体が伝わらなくなってしまいます。
まずは情報ありき。
文学や写真だって、絵や音楽と同じように正解はないと思います。
だけどこれは間違いだって部分はあるはずです。
何が書いてるのか分からない文学、何が写っているのか分からない写真。
多分見ていて苦痛のはずです。
でも絵や音楽は違います。
何が描いてあるのか分からなくても面白いし、何を弾いているのか分からなくても楽しいものです。
だけど情報の伝達や記録という意味では、絵は写真に敵いません。
完全な自由が許されるが故に、正確性という意味では写真に負けるからです。
写真と絵は近いように思うけど、私はまったくの別物だと思っています。

作品にテーマは必要か?

  • 2016.03.11 Friday
  • 14:20
JUGEMテーマ:アート・デザイン
作品にはテーマが必要。
そういう意見を耳にすることがありますが、果たして本当なのでしょうか?
テーマとは、自分の伝えたいこととか、作品の核になる部分のことだと思います。
だからテーマの無い作品は、見ている人に訴えかける力が無いということなのでしょう。
しかし私の大好きなB'zは、特にテーマをもって作品に臨むこはないそうです。
何かのインタビューで、松本さんがそう答えていたのを聞いたことがあります。
テーマどうこうじゃなくて、その時その時に自分の中から出てきたものを大事にする。
だから普段から曲のストックもないし、レコーディングが始まった時点では真っ白な状態だそうです。
テーマが無ければ作品は成り立たない。そんなことは決してな無いわけです。
音楽でも小説でも、絵でも写真でも、テーマをもって臨む人と、そうでない人がいると思います。
プロとかアマとか関係なく、どういうスタンスで作品に取り組むかは、人によるはずです。
テーマを大事にするのはいいことだけど、逆に言えばテーマがなければ作品が作れないということでもあります。
作りたい気持ちはあるのに、核となるテーマがない。
だから作りたくても作れなくて、悶々と創作意欲だけが膨らんでいく。
テーマを大事にし過ぎると、そうなることだってあるかもしれません。
だけど松本さんがインタビューで答えたように、その時その時に自分の中から出てきたものを大切にするなら、いつだって創作活動が可能です。
いちいちテーマにこだわらなくても、その時の自分の気持ちを大事にしているからです。
ジブリの宮崎駿監督も、特にテーマをもって作品を作ることはないと仰っていました。
確か黒澤明監督との対談だったと思いますが、試写会などで「今回のテーマ?」と聞かれても、「テーマなんてないよ」というのが本音だそうです。
作りたいから作る。その時の自分の気持ちが最優先で、テーマは二の次。
要は出来上がった作品が良いか悪いかだけだから、テーマというのを重視していないんだと思います。
そもそも映画にしろ音楽にしろ、誰かが作った作品を受け取る時に、テーマを考えながら楽しむことは少ないです。
後から「あれはああいう意味だったのかなあ」と思うことはあるけど、作品を楽しんでいる時はあまり考えないでしょう。
だから絶対的にテーマが必要だとは思わないんですが、でもテーマを持った作品でなければ、不朽の名作になることはあり得ないと思います。
例えばゴジラ。
この怪獣映画が作られた背景には、環境汚染、そして科学万能への警鐘があります。
ゴジラは核から生まれた怪物であり、また人類によって汚された自然の怒りそのものでもあります。
ゴジラの襲来は、自然災害であるのと同時に、人類が引き起こした公害でもあるわけです。
だからゴジラは他の怪獣やモンスターとはまったく別物と言っていいでしょう。
ゴジラはただ観客を楽しませる為のマスコットではなく、この怪獣そのものが映画に込められたメッセージであり、重要なテーマです。
あまりに自然を破壊したり、科学ばかりに偏っていると、いつか取り返しのつかないことになるぞという警告なんです。
そういった重要なメッセージが込められているからこそ、世界中にファンがいるのだと思います。
あのスピルバーグ監督も、大のゴジラファンだそうです。
ゴジラに込められた重要なメッセージを、多くの人が受け取っている証拠です。
作品を作る上で、絶対的にテーマが必要だとは思いません。
だけど時代を超えて支持される作品を作るには、テーマは必要不可欠だと思います。

パクリとオマージュの違い

  • 2016.01.27 Wednesday
  • 14:38
JUGEMテーマ:アート・デザイン
他人の作品の引用はどこまで許されるものなのか?
音楽にしろ絵にしろ、「これあの人に似てるなあ」というのがたまにあります。
私の好きなB'zだって、そっくりそのまま別のミュージシャンのフレーズを引用している曲があります。
B'zが売れるキッカケになったバッドコミュニケーションだって、レッドツェッペリンの曲と非常によく似ていますからね。
ただしそれをパクリと捉えるか、それとも遊び心のオマージュと捉えるかは、聴き手による部分が大きいと思います。
それに法的な問題で言えば、引用元の作者が訴訟を起こすかどうかも重要です。
たまにニュースで流れていたりしますよね、「○○が○○の曲を盗用」とか。
元の作者が「これは私の作品の盗作だ!」と訴訟を起こせば、いくらオマージュだと言っても聞いてもらえません。
どんな作品であれ著作権に守られているわけだから、引用元の作者が寛大な心を見せてくれるか、それとも怒りを覚えるかで、オマージュか盗用かは決まります。
仮に引用元の作者が許したとしても、世間が「これパクリだ!」と騒げば、やはりその作品は回収せざるをえないでしょう。
ちなみにB'zは誰からも訴訟を起こされていないし、世間からのバッシングもニュースで取り上げられるほどのものではありません。
引用元の作者の容認と、世間の容認。
この二つがあれば、盗用ではなくオマージュとして扱ってもらえるようです。
もちろんB'zをパクリだと怒る人もいるし、その感情が間違っているとは思いません。
私だって好きな音楽がたくさんあって、もしそれが無断で引用され、自分の曲のように言う人がいれば、きっと腹が立つからです。
ただし世間の容認とは、あくまで「数」です。
反対派よりも許容派の方が多いのであれば、それは世間から容認してもらえたということになります。
もちろん引用元の作者が許容してくれればの話ですが。
漫画の場合でも、他の作品からの引用はありますね。
孤高の漫画家である漫画太郎先生は、堂々と他の作品のオマージュを創ります。
中には引用元の作者から怒られた例もあるようだけど、ほとんどの場合は許容してもらっているようです。
それに世間も漫画太郎先生のオマージュには理解があると思います。
だって・・・・先生の漫画はとにかく面白いから。たった一コマで笑わせるほどの破壊力があるから。
中途半端なことはせず、「これやっていいのか・・・?」と読んでいる方が躊躇いを覚えることすらあります。
これってある意味凄まじい覚悟です。
そして漫画自体が面白いから、世間の許容が得られるのでしょう。
だけど漫画太郎先生以外の漫画家が、他の漫画家の作品を引用したらどうなるか?
きっと叩かれてしまうでしょうね。
漫画太郎先生だから許してもらえる。
彼にはそれだけの覚悟と実力があるからで、何よりも多くの人に愛されているからだと思います。
先ほども書いた通り、世間が許容してくれるのであれば、それはパクリにはなりません。
もちろん引用元の作者の寛容があればこそですが、でもやはり多くの人に愛され、理解されていないと、他作品からの引用はリスクが高いようです。
面白ければ何でもいいというわけじゃないけど、でも面白かったりカッコ良かったりすれば、世間の理解も得られるでしょう。
パクリとオマージュの違い。それは本人の覚悟と実力による所が大きいかもしれません。
オマージュとして認められるなら、他作品の引用は許されるということなのでしょうね。

色の組み合わせの発見

  • 2016.01.26 Tuesday
  • 13:33
JUGEMテーマ:アート・デザイン
絵を描いていると、色の組み合わせを発見するのが楽しいです。
今日は三色だけで塗るとか、この模様はこういう色にして、背景はこの色とか。
そうやって色で遊べるのが絵の面白いところです。
昨日も絵を描いていたんですが、なんだか普通に塗るのが嫌だったんです。
だから黒と白、そして紫とオレンジしか使わないって決めました。
これがけっこう楽しいです。
これはこういう色をしているから、この色を塗ろうじゃなくて、あらかじめ決められた色の中で、どう表現しようかっていうのが楽しかったです。
その絵は、このブログで近いうちに載せます。
「グレイブ&リーパー」って新しく書いた小説の絵です。
また載せたら読んでやって下さい。
その小説の絵を描くのに、少ない色だけで塗った一枚があるんです。
黒はどんな色でもだいたい合います。
白も同じですね。当然黒と白の相性も抜群です。
だけどオレンジや紫も、けっこう黒と合います。
黒と紫は渋くてカッコいい感じになります。
黒とオレンジだと、オレンジが燃える炎のように映えます。
私はオレンジと紫ってすごく好きなので、服でもこの色を選んだりします。
以前に服を買いに行くと、ザ・オレンジってくらい鮮烈なオレンジのパーカーが売っていました。
あまり人気がないのか、特価で非常に安くなっていました。
迷わず買いましたね。そしてこれを着る時は、黒か濃い色のジーンズです。
オレンジって人によったら敬遠する色かもしれないけど、でも面白い色です。
赤と黄色の中間で、しかもかなり派手です。
落ち着いた色のオレンジもカッコいいですけどね。
オレンジって自然界でもよく目にする色で、ミカン、柿、夕陽、朝焼け、それに色づき始めた紅葉も透き通るようなオレンジをしています。
オレンジって意外とどこにでもあるんですよ。
それに紫も良い色です。
赤と青の中間で、白ともよく合います。
それに本当かどうか知らないけど、魔除けの色でもあるそうですよ。
神社やお寺でたまに紫の幕を目にするけど、やっぱり魔除けの為なんでしょうか?
まあ真偽はともかく、落ち着く色ではあります。
絵でも服でも、色を組み合わせて発見を楽しむことが出来ます。
自分にとって最高の色の組み合わせが見つかった時、それこそが自分のカラーかもしれませんね。

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