勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十九話 白鬚ゴンゲン(8)

  • 2014.12.06 Saturday
  • 12:53
JUGEMテーマ:自作小説
「・・・・どこだ・・・ここは?」
目を開けると、そこは知らない場所だった。
辺りは高い木々に覆われていて、目の前には古びた参道が伸びていた。
そして向かって左側は急な斜面になっており、その下にはいくつかの民家が見えた。
《さっきとは別の場所だ。本当にワープして来たんだ・・・・。》
驚きながら辺りを見渡していると、すぐ後ろに赤い鳥居があることに気づいた。
「ここから出て来たのか・・・・。」
鳥居の向こうには小さな社が建っていて、えも言われぬ怪しい気配を放っている。しかも波紋のように空間が揺らいでいた・・・。
社の前にはとても小さな鐘がぶら下がっていて、数枚の硬貨とお酒が置いてあった。
「お供え物か・・・ここに参る人もいるんだな。」
そう呟いて後ろを振り向くと、参道はずっと先まで伸びていた。周りを木々に挟まれ、その向こうには舗装された道路が見える。
「すんげえ体験だったな。腹の肉が吹き飛ぶかと思ったぜ。」
マサカリが興奮したように言うと、チュウベエが「まったくだ」と頷いた。
「ありゃ台風の風よりすごかった。ちょっと病みつきになりそうだよな?」
するとカモンが「俺たちで特許を申請して商売にしようか?いい儲けになるぜ」と狡賢い顔で言った。
「ちょっとあんた達、お金儲けを企んでいる場合じゃないわよ。今から沖田の野郎をぶっ飛ばしに行くんだから。」
マリナはブンブンと尻尾を振り、やる気満々で鼻息を荒くしていた。
一応コイツらを連れて来たものの、役に立つかどうかは分からない。
俺は「勝手なことすんなよ」と釘を刺し、参道の先に立つたまきに尋ねた。
「すごいもんだな、本当にワープ出来るなんて。」
「いい体験をしたでしょ?でも特許を申請したって無駄よ、危険だからアトラクションには向かないわ。」
「分かってるよ、コイツらの冗談を真に受けるな。」
俺はたまきに近づきながら、「坂田はどこだ?」と尋ねた。
「彼ならそこで伸びてる。白目を剥いてね。」
たまきは笑いながら参道の脇を指差す。するとそこには気を失った坂田が倒れていた。
「おい!しっかりしろ!」
慌てて肩を揺さぶると「うう・・・・」と呻いて目を覚ました。
「・・・・うあ!どこだここは!?」
「どこって・・・植物園の近くの神社じゃだよ。多分・・・」
「へ?・・・・・ああ!そうだった!ワープしたんだっけ・・・・・。」
「お前も信じられないみたいだな。それで・・・ここはお前の言っていた神社で合ってるのか?」
そう尋ねると、坂田は身を起して辺りを見渡した。
「・・・・・ああ、間違いない。ここは俺の言っていた神社だよ。ほら、参道の向こううに道路が見えるだろう?あそこを歩いて行くと、五分くらいで植物園に着くはずさ。」
「そうか・・・・あの先に沖田がいる可能性があるんだな・・・・。」
俺は参道を歩き、舗装された道路まで出た。道は左右に伸びていて、右は下り、左は上り坂になっている。
「山の中の植物園か。どんな場所かイメージ出来ないけど、とにかく行ってみよう。」
俺は植物園に向かってひたすら歩いた。すると後ろから「一人で行くなよ」とマサカリたちが追いかけて来た。
「じっとしていれられないんだよ。早く行かないと。」
「分かってるよ。今度こそ沖田のケツを噛みちぎってやるぜ!」
「ああ、期待してるよ。」
そう言って歩き出そうとした時、たまきと坂田の姿が見えないことに気づいた。
「あれ?あいつらは?」
「ああ、たまきなら社をじっと睨んでたぜ。坂田はたまきに見惚れてた。」
「何やってんだよアイツら・・・。まあいいや、そのうち追いかけて来るだろうから先に行こう。」
たまきと坂田を残し、動物たちと植物園を目指す。道は緩やかな上り坂で、途中に「熊に注意」という看板が立っていた。
「クマか・・・・まあ山奥だから出てもおかしくないか。」
看板には恐ろしい熊の絵が描いてあって、必要以上に恐怖を煽ろうとしている。それを横目にやり過ごし、ひたすら歩いているとたまき達が追いかけてきた。
「何やってたんだ?」
「別に。ただ神社を見ていただけよ。」
たまきはスタスタと先を歩いて行く。その後ろをトコトコと坂田がついて行くので、「アイツ何をやってたんだ?」と尋ねた。
「ああ、なんか腕を組んでじっと考え込んでいたんだ。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
「・・・そうか、まあいいや。」
たまきは時々秘密主義なところがある。こういう時はいくら聞いても教えてくれないので、向こうから教えてくれる時を待つしかない。
坂田は先頭に立って歩き、「もうじき着くぞ」と前を指差した。
「あそこに見えるコテージの向こうなんだ。」
坂田の指差す先には、ボロいコテージがあった。今は誰も使っていないようで、伸びたツタが絡まっている。
そしてそれを通り過ぎて先へ行くと、またコテージのような建物が見えた。
こちらはしっかりと手入れされているようで、屋根の下に『シジマ高原植物園』と書かれていた。
「あそこだ。手前の駐車場から入れるんだ。」
坂田の言う通り、コテージ風の建物の前には駐車場があった。俺たちは中へ入り、ぐるりと辺りを見渡した。
「ほとんど人がいないな。今日は閉園日か?」
そう呟くと、坂田が「そうらしいな」と答えた。彼は建物の前で、入り口に立った看板を見つめていた。
「今日は火曜日だから閉園日だな。」
「そうか・・・でもその方が好都合だ。客がいたら面倒くさいからな。」
「確かに。入り口は閉まってるけど、横の遊歩道から入れるんだ。」
そう言って坂田が見つめた先には、遊歩道への入り口があった。手前に小さなポールが立っていて、「本日閉園」の札がぶら下がっている。
「こっから中に入れるんだ。早く行こう。」
坂田はポールを越えて入って行く。俺たちもそれに続き、誰もいない園内へと足を進めていった。
「こりゃあ植物園というより庭園だな。」
遊歩道はなだらかな下り坂になっていて、その先にはヨーロッパ風の庭園が広がっていた。
杉の木がいくつも並び、大きな広場には池がある。そして遊歩道はさらに先まで伸びていて、二つに枝分かれしていた。
「良い場所ね、空気が綺麗だわ。」
たまきは胸いっぱいに空気を吸い込み、山の匂いを楽しんでいた。
「でも山を切り開いたってことは、観光用に自然を破壊したってことでもあるわ。
さっき熊出没の立て看板があったけど、もし何かあっても人間の自業自得ね。」
そう言って肩を竦め、スタスタと先へ行ってしまう。
「ちょっとご機嫌斜めだな。何かあったのかな?」
マサカリの背中でカモンが言う。すると同じようにマサカリの背中に乗ったマリナが「生理じゃない?」と答えた。
「・・・マリナ、本人の前で言うなよ。焼きトカゲにされて食われちまうぞ。」
「冗談よ、恐ろしいこと言わないで。」
俺たちはたまきの後を追い、二つに分かれた道までやって来た。
「おい坂田、これはどっちへ行ったらいいんだ?」
「ええっと・・・確か左へ行と、外周をグルリと回るんだ。右に行くと沼と大木がある。
沖田は大木の近くにいることが多いな。樹齢が二千年の大木で、近くに湧水が出てるんだ。」
「そうか、ならそっちから行こう。」
俺たちは右の道に向かった。美しい庭園を通り抜け、高い木々が重なる道へ踏み込む。しばらく進むと左手に沼が見えてきて、そこへ続く木板の道があった。
「そっちは沼だぞ。大木はこっちだ。」
「分かってるよ、でもちょっと気になってな・・・・。」
「気になる?何がだ?」
「・・・・分からない。でもな〜んか引っ掛かるんだよな。」
俺は道を逸れ、沼へ続く道へ向かった。
「おい!多分そっちにはいないと思うぞ。そこはよく熊が出るから、あまり人が入らないんだ。」
「悪い、ちょっと覗くだけだから待っててくれ。」
坂田を無視して先に進むと、だんだんと木板の道が湿ってきた。そして少し先に沼が現れ、大きなトンボが何匹も飛んでいた。
「オニヤンマか、珍しいな。」
そう呟いて前に進むと、「上手そうなトンボだな」とチュウベエがついて来た。
「なんだよ、向こうで待ってろって言っただろ。」
「まあまあ、お前を一人で行かせたら危ないから。」
「どうせトンボが目当てなだけだろ?」
「あ、バレた?」
「ここは熊が出るんだ。食われても知らないぞ。」
「大丈夫、俺は飛んで逃げるから。食われるのは悠一だけ。」
「それが飼い主に言う言葉かよ・・・・。」
呆れてそう呟くと、どこからか奇妙な音が聞こえてきた。
「なんだこの音?」
チュウベエが耳を澄ませる。俺もじっと耳を澄まし、奇妙な音がする方へ進んでみた。
《・・・・どうやら沼の反対側から聞こえるみたいだな。》
湿った板の上を歩き、慎重に音のする方へ進んでいく。すると沼の脇に生えた草の中に、ピンク色の何かが見えた。
そこから「ふごふご」と妙な音が聞こえ、時折「ぐふ」と鳴っている。
俺はもしやと思い「マイちゃん?」と呼びかけてみた。
すると草の中から大きな豚が現れ、バッタを食べながらクチャクチャ口を動かしていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
豚と目が合う。俺たちの間に妙な空気が漂い、豚は草の中へ隠れてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!マイちゃんなんだろ!?」
「違います!」
「いや、その声はマイちゃんじゃないか。よかった・・・無事だったんだな。」
「だからマイちゃんじゃありません。ただの豚です!」
「こんな所に豚がいるわけないよ。早くこっちにおいで。」
「嫌です!私は養豚場から逃げ出してきた豚です!マイちゃんなんて知りません!」
「何でそんなウソをつくんだよ?みんな心配してたんだぞ。とにかくこっちへ来なよ。」
「嫌です!来ないで!」
マイちゃんは駄々っ子のように拒否する。草の影からお尻を覗かせ、小さい尻尾をフリフリしていた。
「なんであんなに嫌がるんだ?」
不思議に思って首を捻っていると、チュウベエが「俺に任せろ」と言った。
「俺にはコマチの気持ちが分かる。」
「なんだって?」
「いいから俺に任せるんだ。お前はここにいろ。」
チュウベエはパタパタと羽ばたき、マイちゃんが隠れる草の中へ飛んで行った。
そしてしばらく待っていると、マイちゃんと一緒にこちらへやって来た。
「ほら、正直に言えよ。悠一は笑ったりしないから。」
チュウベエはマイちゃんの頭に止まってそう言った。
「でも・・・・・、」
「いいから早く。こっちは時間が無いんだからさ。」
ペシペシと頭を叩かれ、マイちゃんはしぶしぶという感じで頷いた。
「あのね・・・鳥居を潜ったらここへ出て来て、しばらく臭いを探っていたの。そうしたら沖田の臭いがあったから、後を追いかけたの。」
「本当か!?それでアイツは今どこに?」
「・・・・分からない。」
「へ?分からない?どうして・・・?ここにアイツの臭いがあったんだろ?」
そう尋ねると、マイちゃんはモジモジと恥ずかしそうに言った。
「・・・バッタ・・・・。」
「バッタ?」
「・・・セグロバッタがたくさんいたから、思わずそっちに行っちゃったの。あのバッタって栄養豊富で、しかも捕まえやすいんだ。だから・・・・その・・・・食欲が勝って、沖田をほったらかしに・・・・・、」
「・・・・・・・・・・・。」
「ごめんなさい!こんな大事な時なのに、私ったらついバッタなんか食べちゃって!」
マイちゃんはギュッと目を瞑って謝る。パンパンの身体がプルプル震え、今にも泣き出しそうだった。
「おい悠一、俺はコマチの気持ちが分かるぜ。動物ってのは食欲が第一なんだ。
美味そうなバッタがいたら、そっちを選ぶに決まってる。だから許してやってくれ。」
チュウベエはマイちゃんを庇うように羽を広げた。マイちゃんはマイちゃんで、また「ごめんなさい!」と謝った。
「・・・マイちゃん。」
「はい・・・・。」
「顔を上げなよ。俺はそんなことで怒ったりしないから。」
「・・・・ほんと?」
「ほんとだよ。ていうかマイちゃんが無事でよかった。ホッとしてるよ。」
そう答えると、マイちゃんは「ごふ・・・」とえづいた。
「だ、大丈夫!?」
「・・・えぐ、ごめんなさい・・・クチャクチャバッタばかり食べてて・・・・。」
「いいよ、全然怒っていないから。それよりさ、今から沖田の臭いを追跡してくれないかな?マイちゃんの鼻なら出来るだろ?」
「・・・うん、でも・・・・・、」
「でも・・・何?」
「もうそろそろ変化が限界なの。・・・・元に戻っちゃうかも・・・・、」
そう言った次の瞬間、ボワリと白い煙が上がった。
「ああ・・・・元に戻っちゃった・・・・。」
白い煙の中から、人間の姿に戻ったマイちゃんが現れた。
「これじゃ臭いを追えない・・・・どうしよう・・・・。」
オロオロしながら俺の首を掴み、ガクンガクンと揺さぶる。
「ちょ・・・ちょっと・・・息が苦しい・・・・。」
「え?ああ!ごめんなさい!」
「・・・マイちゃん・・・ちょっと落ち着こうな。とりあず向こうにみんなが待ってるから・・・・。」
首を押さえながらそう言うと、トタトタと誰かが走って来た。
「悠一!大変だ!」
「マサカリ・・・そんなに慌ててどうした?」
マサカリは真っ青な顔で走って来る。プルプルのお腹を揺らしながら、はあはあ言って立ち止まった。
「やべえぜ悠一・・・マズイことになった・・・。」
「何がマズイんだよ?何かあったのか?」
そう尋ねると、頬の肉を揺らしながら答えた。
「・・・アレ・・・たまきじゃなかったんだ・・・・。」
「はい?」
言っている意味が分からず、思わず首を傾げた。
「たまきじゃないってどういうことだよ?」
「だから・・・あれはたまきじゃなかったんだよ!アイツは・・・アイツは・・・・ダキニだったんだ!!」
「・・・・・へ?」
「へ?じゃねえよ!ダキニがたまきに化けてたんだ!俺たちはまんまと騙されたんだよ!!」
「な・・・・・なんだってえええええええ!!!」
俺の声が稲妻のように響き渡る。飛んでいたトンボが驚いて逃げて行き、チュウベエがパクリと食べた。
「どういうことだよ!なんでダキニがたまきに化けてるんだ!?」
マサカリの肉を掴んでガクガク揺さぶると、「沖田を捕まえる為だ!」と叫んだ。
「お前がこっちに行った後、たまきは一人で大木の方へ行っちゃったんだよ!そんでそれを追いかけたら、その先に沖田がいた!
藤井を人質に取って、銃を向けて『一緒に死んでやる!』とか叫んでな!」
「い・・・一緒に死ぬだって!?藤井はどうなったんだよ?無事なんだろうな!?」
「ノズチが飛びかかって助けたよ。でも・・・・その後だった。たまきが突然笑い出して、その正体を現したんだ。白い煙が上がった瞬間、ダキニの姿に変わっていた。そんで・・・藤井と沖田をさらって逃げちまったんだよ!」
「ま・・・またかよ!いったい何回さらわれたら気が済むんだ!?」
「そんなもん俺に言われても知るかよ!でもとにかく二人はさらわれた。ダキニは二人を抱えて植物園から出て行ったんだ。
そんでその時にこう言い残していった。『邪魔な奴らはみんな消す。これ以上誰も私の邪魔をすることは許さない』って。」
「なんだよそりゃ・・・・意味が分からない。」
俺は顔をしかめて呟いた。するとマサカリは「アイツ・・・もしかしたら稲荷の長の座が危ういんじゃねえかなあ・・・」と言った。
「アイツさ、ぼそりと言ってたんだ。『絶対に白髭に私の椅子は譲らない。絶対に・・・・』って。」
「白髭・・・・?なんだよそれ?」
そう聞き返すと、マイちゃんが「私知ってる」と手を挙げた。
「白髭って、多分白髭稲荷のことだと思う。」
「白髭稲荷・・・・?」
「うん。元々はその白髭が稲荷を治めてたんだって。でもダキニが大陸から渡って来て、その座を譲ったってお父さんが言ってた。今は隠居してるんだけど、でも力はまったく衰えてないって。もう歳だから隠居してるだけだけど、その実力はダキニより上だって。」
「マジかよ・・・・。ダキニ以上の稲荷がいるってのか・・・・。」
「これ・・・あくまで噂なんだけど、ダキニと白髭って仲が悪いんだって。白髭はダキニを見込んで稲荷の長を譲ったのに、彼女は勝手なことばかりしてるでしょ?だからちょくちょく注意していたらしいんだけど、あのダキニが人の言うことを聞くわけないじゃない?だから白髭がダキニを追い出して、再び稲荷の長になるんじゃないかって噂があるの。」
「それどこの噂?」
「化けタヌキの噂。なんの根拠もないけどね。」
マイちゃんはそう言って肩を竦めた。俺は「白髭稲荷ねえ・・・」と呟き、マサカリに「他の奴らはどうした?」と尋ねた。
「坂田や動物たちはどうしたんだよ?アイツらは無事なんだろうな?」
「他の奴らは大木の傍にいるよ。坂田が腰を抜かしちまったから、俺が伝えに来たんだ。」
「そうか・・・みんな無事か。」
ホッとしてそう呟くと、マサカリは「あのバカ猫も無事だぜ」と言った。
「沖田が銃を取り出す時に、鞄から投げ出されたんだ。」
「本当か!?だったらモンブランに話を聞けば、あの後どうなったか分かるってことだな。」
「まあそういうこったな。だから早く大木の所まで来いよ。みんな待ってるから。」
なんだか予想もしない展開になってしまった・・・・。
たまきがダキニで、沖田と藤井がさらわれて、それで白髭っていう稲荷が絡んできて、それからマイちゃんは豚から人間に戻った。
色んなことが一気に起きて、頭の中を整理出来ない。モンブランからあの後の話を聞きたいけど、これ以上何かを聞いたらますます混乱しそうだ。
「なんか・・・・疲れたな。家に帰ろうか?」
冗談交じりにそう言うと、マサカリが「バッキャロウ!」と吠えた。
「ここまで来て何を言ってんだ!藤井を見殺しにする気か?」
「ただの冗談だよ、真に受けるな。」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!藤井や翔子の身がかかってるのに、しょうもない冗談言うんじゃねえよ!」
マサカリはいつになく真剣に怒る。確かに今の冗談は良くなかった・・・・。だから素直に謝ろうとした時、「もし・・・・」と声がした。
「ん?誰か呼んだか?」
辺りをキョロキョロと見回していると、また「もし・・・」と声がした。
「誰だよ?ずいぶん歳のいった声だけど・・・・・どこにいるんだ?」
「ここじゃよここ。」
「どこ?」
「だからお前さんの目の前。沼を見てみい。」
そう言われて沼を見ると、真っ白な髭を生やしたじいさんが埋まっていた。
「ぬおおお!じいさんが埋まってる!」
俺は慌てて飛びのき、その異様な光景を見つめた。
「じいさん・・・命懸けの遊びだな、あんた勇者だぜ。」
マサカリが感心したように言い、チュウベエも「すげえや」と唸っていた。
「バカモン!誰がこんな遊びをするか!」
「うお!このじいさん俺たちの言葉が分かるぜ!」
「なんだよ、最近じゃ動物と話せるのがトレンドなのか?そういうアプリでもあるのかよ?」
マサカリとチュウベエは面白そうにじいさんを見つめる。するとマイちゃんが「あああああああ!」と頬を押さえて絶叫した。
「も・・・もしかして・・・・・、」
「どうした?マイちゃんも沼に埋まって遊びたいのか?」
「違うよ!この人は人間じゃない!稲荷の気配がする!」
「え?稲荷の・・・・、」
「しかもすっごく強い気だよ!これって・・・まさか・・・もしかして・・・・・、」
マイちゃんが口元を押さえて絶句していると、沼に埋まったじいさんはニコリと笑った。
「べっぴんな化けタヌキじゃな。儂とお茶でもせんか?」
そう言われたマイちゃんは、「滅相もない!」と手を振った。
「そんな・・・・あなたみたいな偉い神様とお茶だなんて・・・・。せめてバッタを一緒に食べるくらいなら・・・・。」
マイちゃんはオロオロと困り果て、近くにいたバッタを掴んで頬張っていた。
「どうしたんだよ、何をそんなに慌ててるんだ?」
そう尋ねると、マイちゃんは俺の腕を掴んでこう言った。
「この人が白髭稲荷だよ!さっき言ってた前の稲荷の長!」
「へ?だって沼に埋まってるぞ、これ。」
「これって言っちゃダメ!神獣としてずっと昔からこの国を護ってる偉い神様なんだから!
神獣っていうのは、私たち動物にとっては一番偉い神様なの!龍とか麒麟とか、そういう神様と同じなんだから!」
「沼に埋まってるのに?」
「だからあ・・・・指を差しちゃダメだってば!」
マイちゃんは慌てて俺の指を押さえる。すると沼に埋まったじいさんは、「よっこらしょっと」と抜け出してきた。
「ダキニの奴め・・・・随分と痛手を負わせてくれたもんじゃ。しかしまあ、この沼に浸かれば怪我など全快!
いっちょ懲らしめに行ってやろうかの。」
そう言いながら泥を払い、俺の前に立ってこう言った。
「初めまして。白髭稲荷のゴンゲンという者じゃ、よろしくな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ゴンゲンと名乗ったじいさんは、泥にまみれた手で握手を求めてきた。
「あんた有川君じゃろ?たまきから聞いとるよ。」
「え?たまきから・・・・?」
「あんたアレじゃな?女にモテるようでモテないだろ?儂がいいメスを紹介してやろうか?まあキツネだけどな、がはははは!」
じいさんは口を開けて大笑いする。そしてまた沼に落ちていった。
「むう・・・油断した。」
そう言いながら這い上がって来て、どさくさに紛れてマイちゃんの太ももを触った。
「きゃあ!」
「・・・・やっぱ違うな、若い女の足は・・・・。」
じいさんはエロイ目つきでマイちゃんの足を見る。俺はじいさんを蹴り落とし、再び沼に埋めてやった。
「コラ!何をするか!儂は偉い神様なんじゃぞ!・・・・ええ足しとるな。」
じいさんはズブズブと沼に埋まりながら、まだマイちゃんの足を見つめていた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十八話 白鬚ゴンゲン(7)

  • 2014.12.05 Friday
  • 12:39
JUGEMテーマ:自作小説
たまきの小さな身体が、猫用のベッドに寝かされている。
血の汚れはおばさんが拭ってくれて、すっかり身体は綺麗になっていた。
それに信じられないことに、あれだけの傷を負っていながらもう元気になりつつあった。
俺は畳の上に寝転がり、ホッとため息をついた。
「よかった・・・・これでなんとか安心だ・・・・。」
一時はどうなることかと思ったけど、とりあえず命に別条はなくなった。
それもこれも全ては俺の横に座っている人のおかげで、身を起して頭を下げた。
「ありがとうございます・・・文江さん。」
そう礼を言うと、文江さんは「いえいえ」と手を振った。
「たまき様にはこの前お世話になりましたから、いつか恩返しがしたいと思っていたんです。だからお礼なんて必要ないですよ。」
そう謙遜しているものの、お礼を言われて嬉しそうにしていた。そして横に座る寺市さんと見つめ合い、幸せそうに微笑んでいた。
「でもよビックリしましたよ。まさかお二人が近くの宿に泊まっていたなんて。」
「今日の朝に来たばっかりなんです。ちょうど寺市さんの仕事が休みだったから。」
「いやあ・・・最近は法事やら葬式やらで忙しかったんですが、ちょっと空きが出来ましてな。一度二人で旅行でも行こうということになりまして。」
寺市さんはツルツルの頭を撫で、嬉しそうに顔を赤くいしていた。
「ほんとに幸せそうですね。このままだといつか結婚したりして?」
冗談混じりにそう言うと、二人は恥ずかしそうに笑った。
「どうしたんですか?」
「ああ、いえ・・・・ねえ?」
文江さんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。そしてもじもじと手を動かしながら、左手に填めた指輪を見せつけた。
「実は・・・婚約したんです。」
「こ・・・・婚約ううううううう!?」
「ええ、つい一週間ほど前にプロポーズを受けまして・・・・。」
「そ・・・それは・・・いいんですか、神様として?」
「いちおうダキニ様にお伺いは立てたんです。そうしたら『別にいいんじゃない〜』って。」
「そ、そんなに軽いもんなのか・・・人間と神様の結婚って・・・・。」
「あら?そういう例は歴史上にいくらでもありますよ。別に誰かが禁止しているわけでもないですし。」
「いや、でも・・・・・。」
「それに私はクリスチャンだから、愛を最も大切にしてるんです。だから・・・・いいかなって。」
「稲荷がクリスチャンって・・・・そっちの方が問題のような・・・・。」
「いいんですよ、何を信じようが個人の勝手です。ダキニ様だってご自宅にゼウスの裸体像を飾っていて、ウットリしながら見ているんですから。」
「それはまた意味が違うような・・・・・。」
「同じですよ。今はグローバルの時代だから、神様だって細かいことは気にしないんです。」
「そういうもんなのか・・・・グローバルって・・・・。」
なんだかよく分からないけど、でも文江さんのおかげでたまきが助かったことは確かだ。
たまきを乗せてこの宿まで戻って来た時、文江さんが歩いているのを見つけた。
そして声を掛けると、怪我をしたたまきを見て「大変!」と慌てたのだ。
文江さんはたまきを抱えて部屋に運び、すぐに手当てをしてくれた。
目を閉じてたまきに手を当て、人間には分からない言語でブツブツと何かを唱えていた。
するとたまきの怪我は見る見るうちに良くなり、すっかり危険な状態は脱したというわけだ。
やっぱり神様というのは不思議な力を使うようで、人間とは違うのだなと感心させられた。
「たまき・・・目が覚めたら文江さんにお礼を言えよ。もし彼女がいなかったら、お前は死んでいたかもしれないんだから。」
眠るたまきに手を当て、そっと頭を撫でてやった。
「有川さん。」
突然文江さんに呼ばれ、「はい?」と顔を上げた。
「お友達・・・誘拐されたんですってね?」
「知ってるんですか?」
「はい・・・ちょっと用事があったから、今朝ウズメ様に連絡を取ったんです。その時にチラリとお話を伺って・・・・。」
「そうですか・・・・。で?ウズメさんは何か言っていましたか?」
「まだ油断が出来ない状況だと。今は必死にベンジャミンさんの説得に当たっているようですが、かなり危険な状態らしいです。ベンジャミンさんは随分と興奮していて、今にも無茶をしそうな感じだと・・・・。」
「そんな・・・・もし翔子さんに何かったら・・・・・。」
俺は今すぐにウズメさんに電話を掛けようかと思った。いったいそっちはどんな状況なのか、少しでもいいから知りたかったのだ。
けど今掛けたところで、ウズメさんの邪魔をするだけだ。向こうの状況が分からないのは辛いけど、今はただ待つしかなかった。
「ごめんなさい・・・有川さんが苦しんでいるのに何も出来なくて・・・・・。」
「いえいえ!とんでもないですよ!だってこうしてたまきを助けてくれたんですから。」
「それはこの前のご恩をお返ししただけです。私・・・・寺市さんと浮かれている場合じゃないわ。
有川さんの為に・・・是非一肌脱がせて下さい!」
文江さんは身を乗り出し、遠山の金さんのように腕まくりをした。すると寺市さんも、そんな文江さんを見つめながらコクリと頷いた。
「有川さんにはご恩がある。もしあなたが助けてくれなかったら、私は大切な鳥たちを失っていたかもしれない。だから協力出来ることがあったら何でも言って下さい。微力ながらご助力致しますぞ!」
「寺市さん・・・・。」
二人はじっと俺を見つめる。いや・・・睨んでいるといった方が正しいかもしれない・・・・。
《もちろん人手は多い方がいいけど、でもこの二人に頼むのは気が引けるなあ・・・・。》
文江さんと寺市さんの指には婚約指輪が光っている。この二人はこれから幸せになろうとしているのに、危険な目には遭わせたくなかった。
「二人とも・・・・お気持ちは嬉しいです。でも俺に味方するってことは、ダキニを敵に回すかもしれない・・・・。そうなったら、またこの前にみたいに危険な目に遭うかも・・・・・。」
そう言って二人の申し出を断ろうとしたのだが、文江さんは首を振った。
「もしそうなっても構いません。有川さんの為に何かさせて下さい。」
「そうですぞ。こっちも助けられっぱなしじゃ居心地が悪い。ここは遠慮せずに何でも言って下さい。」
「いや・・・でも・・・・・。」
優柔不断に答えに困っていると、後ろから「またあんたの悪いクセが出てるわね」と言われた。
「たまき!目が覚めたのか?」
「さっきね。」
そう言って立ち上がり、文江さんの前に歩いて行った。
「あなたが私を助けてくれたのね?」
「ええ、この前のご恩を返すチャンスだと思って。助かってよかったです。」
「私は運がいいわね、もしあなたがいなかったら死んでいたかもしれない・・・礼を言うわ。」
そう言って頭を下げると、文江さんは「滅相もない!」と首を振った。
「たまき様みたいな偉い神様が、私みたいなのに頭を下げてはいけません!」
「ふふふ、お礼を言うのに身分なんて関係ないわ。私はあなたのおかげで助かった・・・・心から感謝してる。」
「ああ・・・・そう言って頂いて恐縮です・・・・。」
文江さんはペコペコと畏まり、また嬉しそうにしていた。
《この人・・・案外褒め殺しに弱いんだな。》
そんなどうでもいいことを考えていると、たまきに膝を叩かれた。
「悠一、まだウジウジするクセは治らないのね?」
「ん?何が?」
「何がじゃないわよ。せっかくこの二人が協力してくれるって言ってるんだから、素直に頷きなさいよ。」
「でも・・・婚約してる二人を巻き込んだら悪いかなって・・・・、」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?下手をすれば翔子ちゃんがどうなるか分からないんだから。彼女に何かあってもいいの?」
「よくないよ!」
「じゃあ手伝ってもらいなさいよ。だいたいあんたと藤井さんだけじゃ、沖田を捕まえるのはちょっと荷が重いかも・・・・・って。藤井さんはどうしたの?一緒じゃないの?」
たまきは不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡した。
「藤井さんは?もしかして・・・・・何かあったの?」
さすがはたまきだ、勘が鋭い。俺は「藤井もさらわれたんだ・・・」と答え、たまきがここを去ってからのことを話した。
「・・・・なるほど、じゃあ沖田を追いかける途中で私を見つけたわけね?」
「そういうことだ。でもさ、どうしてお前はあんな場所にいたんだ?それも傷だけになって。」
そう尋ねると、たまきは怖い顔をして窓を睨んだ。
「あれはダキニにやられたのよ・・・・。」
「ダキニに・・・・。」
「アイツ・・・話し合いに行った私を殺そうとしたの。いつもはお供に狛犬を連れて行くんだけど、あの時は急いでたから私一人で行ったのよ。でもそれがいけなかった・・・・。ダキニは部下の稲荷と一緒に私を囲み、ロクに話も聞かずに襲いかかってきた。私は抵抗したけど、さすがに多勢に無勢だったわ・・・・。向こうの稲荷を三分の二くらいブッ倒してから負けちゃった。」
「三分の二って・・・どれくらいだよ?」
「そうねえ・・・・ざっと500匹くらい?」
「500匹!?たった一人でそんなに相手をしたのか?」
「500匹は倒した数よ。実際は800近くいたんだから。」
「・・・・よく生きてたな・・・お前。」
「稲荷なんかに負けるなんて・・・・近年稀に見る屈辱だわ。ダキニさえいなければ全員シバキ倒したのに・・・・・。」
たまきは悔しそうに牙を剥き出す。その顔は猛獣のように猛々しく、とても猫には見えなかった。
《コイツも怒ったら相当怖いんだろうな・・・・。これからはちょっと良い子にしていよう。》
俺はウホンと咳払いをし、「それで?」と先を促した。
「その後はあんたが見た通りよ。私はボコボコにやられちゃって、あの神社に捨てられた。でも不思議なことがあって、私はこうして生きてるのよねえ・・・・。ダキニが見逃したなんて思えないし、いったい何がどうなってるのか・・・・。」
たまきは困ったように首を傾げる。生きているのが不思議で仕方がないという風に、皺を寄せて考え込んでいた。
「せっかく私を殺すチャンスだったのに、それをみすみす逃すなんて有り得ない。きっと何か事情があるんだわ・・・・。」
「事情ってどんな?」
「・・・・そうねえ、例えば誰かが私を守ったとか。」
「守るって・・・相手はあのダキニなんだぞ。いったい誰が守れるんだよ?」
「それは分からないわ。でも人間じゃないことだけは確かね。もしかしたらだけど・・・・他の神様が守ってくれたのかも。」
「他の・・・神様?」
「だってそれしか考えられないもの。人間じゃバズーカを持ったってダキニには勝てない。」
「だったら戦車や戦闘機なら?」
「あんたは馬鹿?あんな場所にそんなもん持って来られるわけないでしょ?」
「まあ・・・それもそうだな。」
「きっと名のある神様が私を守ってくれたんだと思う。けど・・・・その理由が分からないのよねえ。基本的にこの国の神は放任主義だから、何かあってもいちいち首を突っ込んだりしないのよ。よほどの事情があれば別だけど・・・・。」
たまきはじっと考え込み、難しい顔で唸っていた。そして「駄目ね、分からないわ」と首を振った。
「まあ今はそんなことはどうでもいいのよ。大事なのはこれからどうするかってこと。
翔子ちゃんの方はウズメに任せるとして、問題は藤井さんの方よねえ。あんた・・・沖田の行きそうな場所に心当たりはあるの?」
「いいや、あるわけないだろ。俺はアイツのことを全く知らないんだから。」
そう言ってから、ふとあることを思い出した。
「いや、待てよ・・・・沖田のことを知ってる奴ならいるぞ。」
そう答えると、たまきは「ああ、沖田の仲間ね」と頷いた。
「そうだ。アイツらなら何か知ってるかもしれない。」
そう言って立ち上がると、部屋の外から動物たちが入って来た。
「お前ら・・・どこ行ってたんだよ?」
「おばさんから餌をもらってたんだ。」
マサカリは尻尾を振りながら嬉しそうに言う。
「餌を貰うって・・・今朝も貰ってたじゃないか。」
「だからもう一回貰ったんだよ。腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ?」
「腹が膨れすぎても戦は出来ないよ。お腹がポンポコポンじゃないか。」
風船みたいなマサカリの腹をプニプニしていると、今度はおじさんが入って来た。
「よう、かあちゃんから聞いたぜ。密猟者のボス・・・逃がしちまったんだって?」
「おじさん・・・仕事に行ってたんじゃ?」
「行ってたよ。でも帰って来た。あんたらのことが気になって、仕事が手につかねえもんでよ。」
そう言いながらタバコを咥え、窓の外へ煙を吹かした。
「若い兄ちゃんたちが、身体を張って悪者を捕まえようとしてるんだ。放っとけねえだろ。」
おじさんは照れくさそうに言い、テーブルの灰皿にグリグリとタバコを押し付けた。
「それと兄ちゃんにお客さんだ。」
「俺にお客さん?」
「ああ、今かあちゃんと話してる。もうじき上がって来るだろうぜ。」
おじさんは部屋の入り口に目を向ける。すると遠慮がちに坂田が現れた。
「坂田!仲間大丈夫だったのか?」
そう尋ねると、坂田は「ああ」と答えた。そして腕に抱いたノズチ君を見つめ、「骨がいってたけどな」と笑った。
「でもそう大した怪我じゃない。一応添え木はしておいたし、もうじき救急車が来ると思う。松沢は付き添いで行くから、俺だけ来たってわけだ。」
「そうか・・・いや、好都合だよ。実はこっちから行こうと思ってたんだ。」
「分かってる。さっき宿のおばさんから話を聞いたからな。沖田と藤井・・・・どこかへ消えちゃったんだってな。あのタヌキの女の子も。」
「ああ・・・何がなんだかさっぱりで困ってるんだ。お前なら沖田の行き先を知ってるんじゃないかと思ってな。」
この場で沖田に詳しいのは坂田しかいない。もし彼が何も知らないと答えたら、沖田の行く先を掴むのは難しくなる。
じっと返事を待っていると、坂田は「一つだけ・・・・心当たりがある」と答えた。
「ここから少し離れた所に植物園があるんだ。」
「植物園?」
「ああ、山を切り開いて造った植物園でな。ヨーロッパ風の庭園みたいになってるんだ。
あそこは沖田が子供の頃、よくお袋さんに連れて行ってもらった場所なんだ。
だからアイツにとっちゃ思い出深い場所で、落ち込んだりした時によく行ってたんだよ。」
「本当か!?だったらそこに行ったらもしかしたら・・・・・、」
「いるとは断言できないけど、可能性は高いな。沖田は追い詰められてるから、あの植物園に行っている可能性はあると思う。」
「じゃあすぐに行こう!ここからそう遠くないんだろ?案内してくれ!」
そう言って坂田の方に詰め寄ると、たまきが「待って」と言った。
「なんだよ?」
「その植物園に行くのは賛成だけど、もしかして車で行く気?」
「当然だろ。歩いてたら時間がかかるじゃないか。」
そう言い返すと、たまきはニヤリと笑った。
「車よりもっといいものがあるわ。」
「車よりもいいもの?」
「ええ。私が倒れていたあの神社を使えば・・・もっと早く行けるかもしれない。」
「はあ?あの神社を・・・・。」
いったいコイツは何を言っているんだろう?そう思って首を捻ったが、すぐに閃くものがあった。
「ああ!もしかしてあの鳥居か?」
「そうよ。神社の中には、どこでもドアみたいに他の神社へ繋がっているものがあるの。
あそこの神社は、どうやら他の神社へ繋がっているみたいね。だってそうでなきゃ私があんな場所で倒れているはずがないもの。」
「なるほど・・・じゃあお前はダキニの社からあそこへワープしてきたわけだ?」
「多分ね。だからコマチさんも、あの神社からどこか別の場所へワープしたのよ。」
「いや、どこか別の場所って言ったって、あれはダキニの社に繋がっているんじゃ・・・・?」
「いいえ、そうとも限らないわ。神社のワープ先は一つじゃないからね。問題なのは今から行く植物園に、神社があるかってことなのよ。もしあるのなら、あの神社からワープ出来ると思う。それなら車を使うより早いでしょ?」
「う〜ん・・・確かにそうだけど・・・ちょっと不安だなあ・・・。もし間違ってダキニの社に出ちゃったりしたら、それこそ終わりだぞ?」
「そんなヘマはしないわ。私だって神様なんだから、神社へのワープくらいどうってことはないわよ。だからやっぱり問題なのは、植物園に神社があるかってことなのよ。もし園内に無かったとしても、近くにあればそれでいいし。」
たまきはそう言って坂田の方を睨んだ。
「ええっと・・・坂田君だったわね?」
唐突に話しかけられ、坂田はうろたえた。
「あ・・・有川さん・・・この猫はなんだ?どうして人の言葉を喋ってる?」
「ん?まあ・・・猫神だから?」
「猫神・・・・?」
「ははは、今さら驚くなよ。もうツチノコとか化けタヌキとか見てるんだからさ。」
そう言って肩を叩くと、坂田は深くため息をついた。
「分からないよ・・・もう何がなんだか・・・・。」
「まあ気持ちは分かるけど、今はたまきの質問に答えてやってくれないか?」
ポンポンと肩を叩いてそう言うと、「・・・分かったよ」と頷いた。
「あの植物園に神社はない。けどそこに行くまでの道のりにはある。」
「おお、じゃあその神社は植物園に近いんだな?」
「まあ・・・ちょっとだけ離れてるな。でももしワープなんてもんが出来るなら、車を使うより早いはずだ。」
「そうか・・・。おい聞いたかたまき!植物園の近くに神社が・・・・・・・、」
そう言ってたまきを振り向いた時、俺は言葉を失くして固まった。
「聞こえてるわ、神社があるんでしょ?だったら早く行きましょ。」
たまきは足早に部屋を出て行く。しかし俺は慌てて止めた。
「ちょ・・ちょっと待てよ!」
「何?」
「いや・・・何?じゃなくて・・・・お前人間に化けたのか?」
「見れば分かるでしょ?猫よりこっちの方が色々と便利なのよ。」
「いや、それは分かるんだけど・・・・その・・・つまりだな・・・・。」
「何よ?時間がもったいないからハッキリ言いなさい。」
たまきは苛立たしそうに俺を睨んだ。しかし俺はたまきを直視することが出来ない。なぜなら・・・・・・、
「あ、あの・・・・その格好で行くのは・・・ちょっとやめた方がいいんじゃ・・・・・。」
「ん?どの格好?」
「いや・・・だから・・・・その・・・せめて服をだな・・・・・。」
俺はチラリとたまきの方を見ながら言った。すると彼女は自分の格好を見て、「ああ」と呟いた。
「そういえば稲荷どもと戦ってる時に、服がボロボロになったから脱いだんだったわ。すっかり忘れてた。」
たまきは苦笑いしながら、バツが悪そうに肩を竦めた。・・・・・裸のままで。
「ねえおじさま。悪いんだけど服を貸して頂けるかしら?」
そう言っておじさんの方を振り向くと、ティッシュを丸めて鼻に突っ込んでいた。
「え?あ・・・ああ!いいよ!かあちゃんの若い頃のやつでよければだけど・・・・。」
「充分ですわ。申し訳ないけど持って来て頂けるかしら?」
「え・・・・ええ!今すぐ!!」
おじさんは慌てて部屋を出て行く。そして途中でつまづいて階段を落っこちていった。
「痛ててて・・・・・。おいかあちゃん!昔の服はどこだ!?ちょっとお客さんに貸してやってくれ!」
「・・・・おじさん、きっと今日は眠れないな。」
俺はぼそりと呟き、たまきから目を逸らした。そしておばさんが来るまでの間、「部屋の浴衣でも着たらどうだ?」と言ってやった。
「このままでいいわ。アンタたちに見られても何とも思わないから安心して。」
いや・・・・こっちは何とも思うから困るんだよ・・・・。
俺はずっと目を逸らしていたが、坂田は眉ひとつ動かさずにたまきを見ていた。きっと彼も今夜は眠れないだろう。
そしてしばらくしてからおばさんが現れ、裸のたまきを見て「ひゃあ!」と叫んだ。
「コラ!男たちはさっさと外へ出る!」
俺と坂田は追い出され、ピシャリと扉が閉められる。そして待つこと数分、たまきは色っぽいホットパンツに、これまた色っぽいピンクのタンクトップで現れた。
「ありがとうおばさま、サイズもピッタリだわ。」
「それ、私が若い頃に着ていたやつなんです。なんだか恥ずかしいわあ・・・。」
おばさんは恥ずかしそうに言いながら、手にしたモフモフの扇子まで渡した。
「これもよかったら。」
「ああ、ありがとう。一応借りておくわ。」
たまきはその扇子を受け取り、フワリと扇いで見せた。魅惑的な服装に悩ましいスタイル、それに加えてモフモフの扇子とくれば、これはもう・・・・・、
「お立ち台だ。」
戻って来たおじさんがぼそりと呟いた。
「俺とかあちゃんは東京のデスコで知り合ったんだ。あの時のかあちゃんはお立ち台でボデコンをやってたんだよ。」
「ぼ・・・ボデコン・・・・。」
「綺麗だったんだぜ、昔のかあちゃんは。今じゃあんころ餅みたいになってるけどな。」
そう言って笑っていると、「誰があんころ餅だって?」と睨まれていた。
「いや・・・別に・・・・・。」
おじさんはサッと俺の後ろに隠れる。そしておばさんの視線から逃げるように階段へ向かって行った。
「俺が車を出してやるよ。あの神社まではその方が早いだろ?」
そう言ってサッと階段を下りて行く。おばさんは「あんころ餅ってなにさ!」と追いかけて行った。
「なんだか騒がしい夫婦だなあ・・・・。でも良い人たちだ。」
あのおばさんがデスコでボデコンをやっていたことは意外だったけど、まあそんなことは個人の自由だ。
俺は坂田の肘をつつき、「下に行こう」と促した。
「あのさ、有川さん・・・・・。」
「なんだ?」
「あの猫神様・・・・今付き合ってる人っているのか?」
「そんなの知らないよ。ていうか・・・もしかしてたまきに惚れちゃったのか?」
「俺・・・・ああいう色っぽいタイプに弱いんだよ。後で連絡先聞いとこうかな・・・・。」
どうやら彼は、たまきに一目惚れしてしまったようだ。しかし残念ながら、その恋は叶わないだろう。
俺は彼の腕を引っ張り、「早く行くぞ」と連れて行った。そして玄関まで下りて行くと、おじさんが車を回してくれていた。
俺と坂田はおじさんのワゴン車に乗り、そしてたまきと動物たちもそれに続いた。
「それじゃ行くぜ。」
おじさんはタバコを咥えてエンジンを吹かす。すると遠くの方から「待ってくださあ〜い!」と声がした。
誰かと思って窓から顔を出すと、文江さんと寺市さんが走って来た。
「ああ、そういえばいつの間にかいなくなってたな、あの二人。」
文江さんと寺市さんは車まで駆けよって来て、俺の手に何かを握らせた。
「これ私のお守りなんです!よかったら持って行って下さい!」
そう言って文江さんが握らせたのは、銀色の十字架だった。
「十字架ってドラキュラに効くんだそうです!よかったら持って行って下さい!」
「え?いや・・・別にドラキュラと戦うわけじゃ・・・・・、」
すると今度は寺市さんが何かを手渡してきた。
「こっちは私のお守りです!持って行ってくだされ!」
そう言って彼が渡して来たのは、文江さんのプロマイドだった。
「・・・・・・・・・・。」
「それを見せると、悪い幽霊が逃げ出すんです!」
「いや・・・だから幽霊と戦うわけじゃ・・・・・・、」
「何を言っておられますか!備えあれば憂いなし!大は小を兼ねるですぞ!」
「・・・すいません、言ってる意味がちょっと・・・・・。」
こんな物を渡されても、こっちとしてはどうしていいのか困ってしまう。しかし二人の気持ちを無碍にするのは悪いので、とりあえず受け取っておいた。
「なんだかよく分からないけど、気持ちは伝わりました。それじゃ・・・・行ってきます。」
俺は二人に手を振り、おじさんの車に揺られて神社を目指した。
「有川さん!ファイト!」
「帰ったらゴマ豆腐をご馳走してあげますぞ!」
二人の声援に、俺はもう一度手を振った。そして文江さんから渡された十字架を首に掛けてみた。
・・・うん、まあ見た目は悪くない。でもさすがにプロマイドの方はどうにも出来ないので、とりあえずポケットに突っ込んでおいた。
車の中では誰もが無言で、おじさんがルームミラー越しにチラチラとたまきの足を見ているだけだった。
そしてすぐにあの神社に到着し、たまきが先頭に立って歩き出した。
「・・・まだダキニの気配が残っているわね。アイツ・・・きっとここで誰かと戦ったんだわ。」
そう言ってグルリと神社を見渡し、また歩き出した。
「戦ったってどういう意味だ?」
そう尋ねると、「さっき言ったことを忘れたの?」と睨まれてしまった。
「ダキニは私にトドメを刺さなかった。それはつまり、誰かが私を守ったからよ。
きっとその時に激しく争ったんだわ。そうじゃなきゃここまで強い気が残らないもの。」
「ははあ・・・それでここへ来た時にダキニの気配を感じたんだ。あれは戦いの残り香みたいなもんだったわけか。」
「そういうことね。」
たまきは肩を竦め、赤い鳥居の前で立ち止まった。
「さて・・・この先に妙な歪みを感じるわ。きっと別の神社へ繋がるワープゾーンなんでしょうね。」
「ということは・・・・ここを通れば・・・・、」
「他の神社へ行ける。不安かもしれないけど、私が一緒だから安心して。」
そう言ってたまきは俺の手を取った。そして動物たちには周りに集まるように言い、坂田にも「こっちへ来て」と手招きをした。
呼ばれた坂田は顔を真っ赤にしながら、「へえ!」と上ずった声を出していた。
「へえ!って・・・・お前は江戸時代の町人かよ。」
「うるさいな・・・緊張してるんだから仕方ないだろ。」
坂田はカチコチに固まりながら、そっとたまきの手を握った。
「こ・・・これでいいですか?」
「ええ、しっかり握ってて。」
たまきの頬笑みが坂田を射抜く。彼はとろける寸前のアイスクリームのような顔で、「へえ・・・」と言った。
「それじゃ行くわよ、みんな私から離れないでね。」
そう言ってたまきは鳥居を潜ろうとする。しかし俺は一つ尋ねた。
「あのさ・・・今思ったんだけど、もしかしたら沖田もここを通ったのかな?」
「その可能性は高いわね。だってここで臭いが途切れてたんでしょ?」
「ああ・・・。でももしそうだとしたら、どうして神社のワープゾーンを知ってたんだろうな?アイツはただの人間なのに。
もしかして・・・・実は稲荷だったとか?」
半ば本気でそう尋ねると、たまきは「それはないわ」と首を振った。
「もし彼が稲荷なら、ダキニが密猟者を捕まえろなんてミッションを出すと思う?」
「ああ・・・それもそうだな。」
「もし彼が稲荷なら、ダキニ自身が制裁を加えてるわよ。」
「確かに・・・。じゃあどうしてここの存在を知っていたんだろう?こんなもん普通の人間なら気づかないよな?」
「さあね、それは分からないわ。けどここを通った可能性は大いにある。どっちにしたって沖田を見つければ分かることよ。」
沖田を見つければ分かることか・・・・。確かにその通りだ。だから今から行く先に沖田がいないと困る。
もし植物園に奴がいなかったら、藤井を助けることが出来なくなってしまうのだから。
「さあ、心の準備はいい?」
たまきはみんなを見渡して言った。俺たちはゴクリと息を飲み、まるで戦場に赴く兵士のように頷いた。
「それじゃ行きましょうか。悪いけど坂田君、頭の中で植物園の近くの神社をイメージしてみて。私がそこへ導くから。」
「へ・・・へえ!」
《だからお前は江戸時代の町人かよ。いっそのことチョンマゲでも結うか?》
たまきは「離れないでね」と念を押し、俺たちの手を引っ張って鳥居を潜っていった。
すると次の瞬間、嵐のように強烈な風が走った。それは目を開けられないほど強烈な風で、呼吸さえも出来なかった。
《怖いよお!早く着いてくれ!》
たまきの手を握りながらそう願っていると、嵐のような風はすぐにやんだ。そして「もう着いたわよ」と言われ、恐る恐る目を開けてみた。
「・・・・どこだ・・・ここは?」
目を開けると、そこは知らない場所だった。
《本当にワープして来たのか・・・。》
俺は立ち上がり、周りを覆う木立を眺めた。
後ろには赤い鳥居の神社が建ち、波紋のように空間を揺らめかせていた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十七話 白鬚ゴンゲン(6)

  • 2014.12.04 Thursday
  • 12:38
JUGEMテーマ:自作小説
警官二人が怖い顔をして睨んでいる。
大きな豚をつれて歩いていたもんだから、巡回中のパトカーに呼び止められてしまったのだ。
「・・・で?これは君のペットなわけね?」
歳のいった警官が、ペンをカチカチ鳴らしながら尋ねて来る。
「ええ・・・ちょっと散歩にと思って・・・。ダメですか?」
「別にダメなわけじゃないけどさ・・・・他の人が見たらビックリするだろ?
だからまあ・・・せめて首輪くらい付けてもらわないと、そっちのブルドッグも。」
「すいません・・・・大人しいから勝手にどこかへは行かないんですけどね。」
「でも万が一があるだろ?何かあってからじゃ遅いからさ。」
警官の言うことはもっともで、豚やブルドッグを首輪も付けずに散歩させていたら、そりゃあ職質も受けるってもんだ。
「まあ次からはちゃんと首輪を付けてね。」
そう言って若い警官と共にパトカーに戻っていく。
「あの!ちょっといいですか?」
「ん?なに?」
「実は知り合いを捜しているんです。背の高い細身の男を見ませんでしたか?女の人も一緒なんだけど・・・。」
「いや・・・見てないな。」
「そうですか・・・・いえ、すいません。お手数お掛けしました。」
そう言って踵を返すと、「ちょっと待って」と若い警官の方に呼び止められた。
「それってもしかして登山ウェアを着た男じゃないの?大きなバッグを肩に掛けた。」
「ええ、そうです!今日は登山に来ていたから。」
「だったら少し前に見たよ。女の子を一人つれて歩いてたなあ。」
「そ・・それはどこで見たんですか!?」
「ここから車で十分ほどのバス停だよ。」
「バス停・・・・ですか?」
「うん、あんな場所にカップルがいるなんて珍しいから、ちょっと気になってね。シゲさんは二日酔いで寝てたから気づかなかったみたいだけど。」
そう言うと、若い警官は「いらんこと言うな!」と小突かれていた。
「いえ、教えて頂いて助かりました。」
頭を下げて礼を言うと、シゲさんは二手に分かれた道を指差した。
「あの道を右に行くとバス停が見えてくるよ。でも二時間に一本しか来ないから、もしそれに乗ったのならしばらく待たないといけないけど。」
「ああ・・・二時間に一本か・・・・。」
さすがは山奥の田舎だ。もしバスに乗られていたら、追いかける術がない。
しかしせっかく教えてもらったのだから、とりあえず行ってみることにした。
もう一度頭を下げて礼を言うと、「ちゃんと首輪を忘れずにね」と釘を刺してから去って行った。
「よし!それじゃそのバス停まで行ってみるか。」
みんなにそう言うと、マイちゃんはいつの間にか一人で行ってしまっていた。
「おいおい!一人で行くとまた警官に怒られるぞ。」
慌てて後を追いかけると、マイちゃんは二手に分かれた道へ走って行った。
そして警官に教えられた通りに右へ進み、その先にあるバス停まで駆け出した。
「豚って案外早いんだな・・・・。」
ずんぐりした体形のクセに、豚の足は中々のものだった。何とかバス停まで追いかけると、マイちゃんは「臭いが消えてる・・・」と呟いた。
「ここで臭いが途切れてる。藤井さんのも・・・・・消えてるわ。」
「じゃあやっぱりバスに乗ったってことだな。」
バス停には木造りのベンチが一つ置かれていて、その隣に時刻表が立っていた。
周りは見渡す限り山に囲まれていて、細い道路が左右に伸びているだけだ。
「ここからバスに乗って、どこかへ向かったんだな。え〜と、次のバスはっと・・・・11時40分か・・・・。」
腕時計を確認すると、今は9時55分を指していた。ということは15分前まではここにいたわけだ。
「バスに乗ったのはついさっきか・・・・。車を調達出来れば間に合うだろうけど、問題はどこへ向かったかだよなあ・・・。」
俺は地元の人間じゃないので、ここのバスがどこへ向かうのか知らない。だけど山の方へ向かうバスに乗ったということはないだろう。
きっと街まで下りて、そこからどこかへ逃げるつもりなのだ。
「・・・一度宿へ戻るか。おばさんに車を借りられないか頼んでみよう。」
そう思って踵を返すと、マイちゃんが「違う・・・」と呟いた。
「ん?どうした?」
「違うの・・・・これはきっと・・・バスに乗ったわけじゃない。」
「なんだって?」
マイちゃんは地面に鼻を擦りつけて、フンフンと臭いを嗅いでいた。
「バス停の周りには、まったく二人の臭いがしないの。まるで羽でも生えて飛んで行ったみたいに、突然消えてる・・・・。」
「そんな馬鹿な・・・・じゃあ藤井たちはどこへ行ったんだよ?」
「分からない・・・。臭いが消えてる以上、どこへ行ったのかは調べようがないから。」
「そんな・・・・いったいどうなってんだ?」
臭いが消えるということは、ここから先は徒歩で行ったわけじゃないということだ。
しかしバスに乗っていないとなると、いったいどうやって移動したのか・・・・?
マイちゃんはまだ臭いを嗅ぎながら首を捻っていて、動物たちも不思議そうにしていた。
《どうやって移動したんだろう?ヒッチハイクでもしたのか?》
しばらく考えながらウロウロしていると、ふと何かが目に入った。
《ん?あれは・・・・・・。》
街へ下りる方の道に、何やら赤いものが見える。立ち並ぶ木々に遮られて見えにくいが、確かに道路の脇に建っている。
「あれは鳥居じゃないか・・・・。しかも赤い鳥居ってことは、稲荷を祭ってあるってことだ。」
稲荷・・・・なんだか嫌な予感がした。なぜならこの夏が始まってからの出来事は、その全てに稲荷が関わっているからだ。
不安になりながらその鳥居を見つめていると、マイちゃんがトコトコとそちらへ歩き出した。
「どうしたマイちゃん?」
「なんかね・・・・別の臭いが混じってるの。」
「別の臭い?」
「うん。多分女の人だと思うんだけど・・・・・これって人間じゃないと思う。」
「なんだって?人間じゃない・・・?」
胸の中の不安がザワザワと増していく。女の人の臭いで、しかも人間じゃない・・・・。
マイちゃんは臭いを嗅ぎながら進んでいき、やがて赤い鳥居の前で立ち止まった。
「悠一君!ここだよ!ここまでその臭いが続いてる!」
「・・・・・・・・・・。」
不安は嵐のように膨れ上がり、背筋がひんやりと冷たくなる。
「悠一・・・顔色が悪いぜ。」
マサカリが心配そうに言い、自分でも血の気が引いていくのを感じていた。
「・・・嫌な予感しかしないけど、とりあえず行ってみるか。」
前方の赤い鳥居を睨みながら、不安を押さえて足を進める。夏だというのに寒くなってきて、思わず腕をさすった。
「悠一・・・鳥肌まみれよ。大丈夫?」
首に巻いたマリナが尋ねてくるが、返事をせずに歩いて行った。そして・・・・赤い鳥居の前まで来ると、じっとその奥を睨んだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
鳥居は俺の身長より少し高いくらいで、その奥には細い参道が伸びていた。左右は木立に覆われ、木陰の向こうに小さな社が見える。
その社の前にも赤い鳥居が立っていて、なんだかここだけ別世界のように見えた。
「なんか・・・・嫌な感じだな・・・。」
胸ポケットのカモンがぼそりと呟く。俺もその意見に同感で、出来ればここで引き返したかった。
《この夏が始まってから、今が一番胸がゾワゾワする・・・・。この参道の奥には、きっとヤバイもんがある・・・。》
頭の中では赤ランプの警報が鳴っていて、これ以上先へ進むなと警告していた。
普段なら間違いなく引き返すだろうけど、今はそういうわけにはいかない。
怖くて足が震えっぱなしだけど、ここは男を見せて前に進むべきだ!
「この先に・・・・沖田を追う手掛かりがあるかもしれない・・・。ビビってる場合じゃないんだ!」
気合いを入れる為に頬を叩き、「よし!」と叫んでから歩き出した。
・・・・・参道は狭い。周りの木立から圧迫感を感じる。風が葉っぱを揺らしているが、その音さえ不気味に感じる・・・・。
《・・・怖いよ、ここ・・・・。なんでか分からいないけど、とにかく怖い・・・・・。》
こんなわけの分からない恐怖は初めてだった。・・・いや、そうでもないか。
俺はつい最近にこんな恐怖を経験している。それはアカリさんを追って、あの山まで行った時だ。
《あの時・・・・俺はとても恐ろしい体験をした・・・。途中でたまきが来てくれたから助かったけど、もしそれがなかったら今頃は・・・・、》
俺が今感じている恐怖・・・・それは初めてダキニを見た時の恐怖と同じだった。ということはつまり・・・・・・。
「ここは・・・ダキニの社ってことなのか・・・・?」
今俺が感じている恐怖は、間違いなくダキニを見た時に感じた恐怖だ。ならばこの先には当然ダキニがいることになる。
「マズイな・・・いくらなんでも稲荷のボスに出て来られたらどうしようもない・・・・・。せめてたまきかウズメさんがいれば・・・。」
ダキニは危険な奴だ・・・。それはこの夏を通してのミッションでよく知っている。
アイツは神様でありながら、恐ろしく自己中心的で、しかもたまきが警戒するほどの猛者だ。
もしこんな場所で出くわしてしまったら、沖田を追うどころではなくなる。
「・・・・やっぱり一旦引き返すか。俺たちだけじゃダキニと会うのは危険過ぎる。」
沖田を追いたい気持ちはあるが、無茶をしても仕方がない。この危うい神社を引き返そうと思い、マイちゃんに声を掛けた。
「マイちゃん、ここは危ない。一度宿に戻ろう。」
そう呼んでもマイちゃんは足を止めなかった。地面の臭いを嗅ぎながら、トコトコと社の方へ向かって行く。
「マイちゃん!ここは危険だ!引き返そう!」
何度も呼びかけるが、まったく聞こえていない様子だった。
「臭いを嗅ぐことに集中して、声が聞こえてないんだわ。」
マリナが心配そうに言う。俺は「しょうがないな・・・」と呟き、マイちゃんの元へと走り出した。
しかし・・・その時だった。社の前の鳥居を潜ったマイちゃんが、突然どこかへ消えてしまったのだ。
「な・・・なんだ!?いきなり消えた・・・・・。」
まるでテレポーテーションでもしたかのように、マイちゃんは忽然と姿を消してしまった。
「おいおいおい!どうなってんだよ!やべえぜここは!」
「コマチが消えちまった・・・・どこ行っちゃったんだよ?」
「きっと黄泉の国へ行ったんだ。残念ながら、彼女は今頃地獄の釜に・・・・・、」
「縁起でもないこと言わないで!きっと誰かが落とし穴でも掘ってたのよ。そこへ落っこちただけに決まってるわ!」
動物たちはガヤガヤとざわめき出し、誰もが恐怖に怯えていた。
「・・・マイちゃん・・・。」
俺はしばらく迷っていたが、やがて社の方へ足を進めた。
「お前らはここにいろ。何かあったらすぐに逃げるんだぞ。」
マサカリの背中にマリナとカモンを乗せ、俺だけ社に向かう。
「ちょっと悠一!危ないからやめときなさいよ!」
「いいや・・・マイちゃんをほったらかしには出来ない。ここは危険を承知で助けに行かないと・・・・。」
「でも足が震えてるわよ!無理しなくていいから!」
「無理しなきゃ助けられないよ。いいからお前らはそこにいろ。」
先へ進むのは怖いが、ここは逃げ出すわけにはいかない。なぜならマイちゃんまでもが危険な目に遭ったら、俺はきっと自分を許せないだろうから・・・・。
《藤井はさらわれ、翔子さんも誘拐された。それに加えてマイちゃんにまで何かあったら、俺は大切な人をたくさん失うことになる。》
かつては動物しか話相手がいなかった俺にとって、彼女たちはかけがえのない仲間だった。
だから・・・・誰も失いたくない。失うわけにはいかない!
「・・・・・・・・・・・。」
一歩一歩慎重に歩き、石畳の参道を踏みしめていく。社に近づく度にプレッシャーが増し、頭の中の警報はもはや破裂寸前だった。
・・・・目の前に鳥居が迫る。目が覚めるほど真っ赤な鳥居が、もう目前まで迫っている。
額に汗が流れ、背中までもが冷や汗でびしょ濡れだった。それほどまでにヤバイ予感を感じるけど、意を決して鳥居に足を踏み入れようとした。
しかし突然ふくらはぎに激痛が走り、思わずしゃがみこんだ。
「痛って!・・・・・・なんだよいったい・・・・。」
ふくらはぎを押さうずくまると、目の前に誰かが立ちはだかった。
「おい悠一!ちょっとこっち来い!」
「マサカリ・・・お前が噛んだのか?」
「そうだよ!いいから早くこっちに来るんだ!」
マサカリはかなり慌てた様子で俺を引っ張る。
「痛ててて!分かったから手を噛むなよ!」
マサカリの口から手を引っこ抜き、赤くなった部分を撫でた。
「何をそんなに慌ててるんだよ?」
「慌てるに決まってるだろ!これを見ろよ!」
そう言ってマサカリが連れて来たのは、参道の中ほどにある小さな水たまりだった。
「なんだ?この水たまりがどうかしたのか?」
参道の脇にあるその水たまりを見つめていると、「そこじゃねえよ!」と怒鳴られた。
「水たまりの横に茂みがあるだろ?そこをよく見てみろ!」
「ん?茂みだって・・・?」
水たまりの横に目をやると、確かに小さな茂みがあった。いかにも雑草という感じの草が、人の膝くらいの高さまで茂っている。
「ここに何があるんだよ?」
膝を曲げて覗きこむと、その茂みの中に何やら白いものが見えた。
「なんだこれは・・・・?何かの・・・・足?」
茂みの中の白いものは、動物の足のように見えた。その足らしきものには赤い染みがついている。
「もしかして・・・動物が怪我でもしてるのか?」
そう呟いて茂みを掻き分けると、その奥からとんでもないものが出て来た。
「な・・・なんで?なんでお前がここに・・・・・?」
茂みの奥から出てきたものを見て、思わず声を失った。そして恐怖とは別の意味で足が震え、気がつけばそっと手を伸ばしていた。
「・・・・たまき・・・たまきじゃないか!」
茂みの中から現れたもの・・・・それは怪我をして倒れたたまきだった。
猫の姿で血を流していて、目を閉じたままぐったりとしている。
「おいたまき!どうしたんだ!?しっかりしろ!」
慌てて彼女を抱き上げ、傷ついた身体をそっと包んだ。
「身体のあちこちに怪我をしてる・・・・・まるでリンチにでも遭ったみたいだ・・・・・・。」
たまきの身体は傷だらけになっていて、見るのも痛々しいほど血で汚れていた。
「なんで・・・なんでこんなことに・・・・・。」
抱いた腕から温もりが伝わってくるので、まだ死んではいないようだ。微かに呼吸もしているし、時折小さく口を動かしていた。
「まだ生きてる!急いで手当をしないと!」
どうしてこんな場所にたまきがいるのか分からないけど、今は怪我をどうにかする方が先だ。
俺はたまきを抱えたまま、慌てて神社の外に出た。
「宿まで戻れば車があるけど・・・・そこまで時間が掛る。早くどうにかしないといけないのに・・・・。」
ここから宿までは、走って三十分近くかかる。果たしてそれまでたまきがもつかどうか・・・・微妙なところだった。
「クソ!こんな時にパトカーでも通ってくれれば!」
さっき職質を受けたパトカーが通らないかと、道の先を睨んでいた。しかし車が来る気配はなく、こうしている間にもたまきは血を流していた。
「・・・・仕方ない、走って行くか。」
迷っている暇があったら、走ってでもいいから宿に戻った方がいい。
俺はたまきを抱きかかえたまま、全速力で駆け出した。
するとチュウベエが目の前に飛んで来て、「おばさんを呼んでくる!」と言った。
「宿に戻る道は上り坂だ。走ってたら時間がかかる。」
「そりゃそうだけど・・・・でもたまきが・・・・・、」
「だからおばさんを呼んで来るって言ってるだろ!そんでここまで車で来てもらう。その方が早いだろ?」
「チュウベエ・・・お前はなんて頼りになる奴なんだ・・・・。」
やっぱりコイツはいざという時に頼りになる。俺は「頼んだ」と頭を下げ、急いで宿まで飛んでいくチュウベエを見送った。
「さて・・・いくら助けが来るにしても、ここでじっとはしていられない。」
たまきは腕の中でぐったりとしていて、苦しそうに息を吐いていた。
「たまき・・・すぐに助けてやるからな。」
そっと彼女の頭を撫で、宿までの坂道を駆け上がった。
その後ろをマサカリがついて来て、背中に乗ったマリナとカモンが「早く走れ!」と急かしていた。
《言われなくても早く走るさ。今までに何度もコイツに助けてもらったんだ。だから今度は、俺がたまきを助ける番だ。絶対に死なせたりするもんか!》
坂道を駆け上がるのはキツいが、それでも足は止められない。この手にたまきの命が懸っているかと思うと、死んでも止まるわけにはいかなかった。
「悠一頑張れ!」
「そうよ!ファイト、悠一!」
こいつらは気楽なもんだ。お前らを乗せているマサカリはとうにヘバッているってのに・・・・。
「はあ・・・はあ・・・・しんどい・・・息が・・・苦しい・・・・。」
「頑張れデブ犬!」
「そうよ!頑張ったら後でお礼がもらえるわ!。」
「お・・・お礼・・・・?」
「そうよ!犬缶食べ放題とか!」
「ま・・・マジか・・・?」
マサカリの顔色が変わる。死んだ目に力が戻り、犬缶という言葉のおかげで復活してきたようだ。
「おいデブ犬!俺がたまきに伝えてやるぜ!たまきを助けたのはマサカリだってな。そうすりゃ犬缶どころか、生のステーキだってもらえるかも。」
「な・・・生のステーキ・・・・・。」
マサカリは鼻息荒く呟き、「生ステーキ・・・」と繰り返していた。
・・・生のステーキ、それはもうステーキではなくて、ただの生肉なんだけど・・・・。
しかし肉と聞いてマサカリが黙っているわけがない。「ステーキいいいいいいい!」と雄叫びを上げ、俺を追いこして走って行った。
「いいぞマサカリ!その調子だ!」
「そうよ!このまま一気に宿まで突っ走って!」
マリナとカモンの声援を受け、マサカリはあっという間に先へ行ってしまった。
それを見た俺は「さすがは犬だ・・・」と感心したが、同時に「なんてマヌケな奴らだ」と呟いた。
「お前らだけ先に行ったって意味がないだろ・・・・。たまきを助けるという目的を完全に忘れてるな。」
マサカリの脳ミソは、たまきから肉へと目的が書き変えられた。もはや何の為に宿を目指しているかも分かっていないだろう。
すると傷ついたたまきが少しだけ顔を動かし、俺を見上げた。
「・・・・相変わらずね、あの子たちは・・・・。」
そう言って小さく笑い、また目を閉じた。
「たまき・・・・お前には世話になってばかりだからな。今度は俺が助ける番だ。」
「・・・・ふふ・・・まさかあんたに助けられる日が来るなんてね・・・。」
か弱いたまきの声がズキリと胸に突き刺さる。彼女が傷ついた姿を見るなんて初めてだったから、もしかしたら俺の方が動揺しているかもしれない。
坂道は疲れるが、それでも俺は走り続けた。そして足の筋肉が悲鳴を上げる頃、遥か遠くの方から一台の車がやって来た。
その車には宿のおばさんが乗っていて、俺を見つけるなりクラクションを鳴らした。
「よかった・・・これで助かるぞ。」
ホッと安堵が押し寄せ、思わずその場に座りこみそうになる。
「・・・ふふふ・・・マサカリにステーキをご馳走しなきゃね・・・・・。」
腕の中でたまきが笑う。俺も笑い返すと、目を閉じて意識を失った。
まさか俺がたまきを助ける日が来るなんて思いもよらず、複雑な気持ちで立ち尽くしていた。
それは初めて親の背丈を追いぬいた時のような、嬉しくも切ない気分だった。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十六話 白鬚ゴンゲン(5)

  • 2014.12.03 Wednesday
  • 12:42
JUGEMテーマ:自作小説
遠くの方から分厚い雲が迫り、今にも夕立を降らせようとしている。
明るかった空は一気に光を失い、山を下りる頃にはとうとう雨が降り出した。
「おいチュウベエ!藤井はどこだ!?」
登山口の親水公園まで下りて来ると、チュウベエは「分からない・・・」と首を振った。
「さっきまではここにいたんだ。今は・・・もういないみたいだ・・・。」
「そんな・・・・いったい何があったのか説明しろよ!」
土砂降りの中で叫ぶと、坂田が「とりあえず雨の避けられる場所に行こう。ここじゃ話が出来ない!」と言った。
俺たちは慌てて親水公園のトイレに駆け込み、バケツをひっくり返したような土砂降りを眺めた。
「服がビショビショだ・・・・。」
マイちゃんがギュッと服の裾を絞り、ブルブルと頭を振って水を飛ばした。
その姿はまるで犬のようだったが、元がタヌキなので違和感はない。ていうか今はそんなことはどうでもいい。
「チュウベエ、何があったのか詳しく教えろ。」
少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、チュウベエを手の上に乗せて尋ねた。
「俺たちと別れてからいったい何があった?どうして藤井はさらわれたんだ?」
「まあ・・・なんていうか尾行がバレバレだったんだな。しばらく尾けたところで、いきなり沖田たちがこっちに走って来たんだ。」
「それで?その後はどうなった!?」
「藤井はビックリして逃げようとした。けどアッサリ追いつかれて捕まったんだ。」
「そんな・・・・ノズチは何をしてんだよ!?」
「ノズチは頑張ったんだぞ。沖田の仲間が俺やマサカリまで捕まえようとしたから、ボールみたいに丸まってぶっ飛ばしたんだ。おかげで俺たちは助かったけど、藤井は無理だった。沖田はすぐに銃を撃ったからな。」
「銃を撃っただって・・・・。」
それを聞いて血の気が引いた。
「みんなは無事なのか!?藤井は?マサカリは?モンブランは!?」
「そうまくしたてるなよ。動物たちは無事だ。沖田の撃った銃はノズチが防いだからな。」
「ふ・・・防ぐだって・・・?そんなこと出来るのかアイツ?」
顔をしかめて尋ねると、チュウベエは「当たり前だろ」と羽を上げた。
「ノズチは猛スピードで転がって車をぶっ壊すような奴だぞ?それでもって自分は平気な顔をしてる。だったら猟銃くらいなんてことはない。」
「そ・・・そうか・・・。動物たちは無事なんだな・・・・。」
それを聞いてとりあえずはホッとした。マイちゃんも「よかった・・・」と呟き、俺と同じようにホッと胸を撫で下ろしていた。
「それで?その後はどうなった?マサカリたちはどこにいるんだ?」
「マサカリはいま山を下りて来ているはずだ。ノズチは沖田を追いかけるつもりが、途中で岩にぶつかって崖の下に落ちていった。多分今頃登ってる。」
「何やってんだよアイツは・・・。それで・・・モンブランは?」
「モンブランは・・・・ついて行った。」
「は?」
「だからついて行ったんだよ。沖田が銃を取り出す時にバッグを開けたから、その中に隠れてついて行った。」
「な・・・・・なんだってええええええ!!!」
俺の叫びが夕立を切り裂いてこだまする。チュウベエは耳を塞ぎ、「うるさいな」と怒った。
「うるさいなじゃないよ!なんでそんな危険なことするんだ!」
「俺に聞かれても知らない。あいつはアホだから、たまに突拍子もない行動に出るんだ。」
「それは知ってるけど・・・・でも普通一緒について行くか?」
「普通じゃないからモンブランなんだ。まともなアイツを見たことがあるか?」
「そ・・・それは・・・・あんまりないな。」
「だろ?だから慌ててお前を呼びに来たんじゃないか。モンブランは我が家のトラブルメーカーだからな。
いったい何をしでかすか分かったもんじゃない。最悪は藤井が死んだりして・・・・。」
「縁起でもないこと言うな!藤井は必ず助ける!」
拳を握ってそう叫ぶと、トイレの外から「おうおうおう!」と野太い声が聞こえた。
「沖田の野郎はどこだ!俺がケツを噛み千切ってやるぜ!」
そう言って威勢よく現れたのはマサカリだった。
「おお、悠一じゃねえか!大変なんだ!真奈子が連れて行かれちまった!」
「知ってるよ、さっきチュウベエから聞いたからな。」
「あの野郎・・・・俺様が岩の窪みに足を取られて動けない隙に藤井をさらいやがった・・・。
あの時岩にさえ挟まらなきゃ俺様が助けてやったのに。」
マサカリは偉そうに言うが、その足はカクカクと震えていた。
「アホのブルドッグに何が出来る?お前は岩の後ろで震えてただけじゃないか。」
チュウベエが馬鹿にしたように言うと、「うるせえ!」と怒った。
「相手は銃を持ってんだぞ!いくら俺様でも分が悪い!」
「なに言ってんだ。銃を出す前から逃げてたじゃないか。」
「それは・・・ちょっと持病の痛風がだな・・・・・。」
マサカリはバツが悪そうに目を逸らす。コイツが臆病なのはいつものことで、最初から大して何も期待していない。
「なんだよ・・・悠一まで冷めた目で見やがって・・・・。」
「いや、別に・・・・。」
「ふん!どうせ俺のことを役立たずな野郎だと思ってんだろ?」
「・・・・否定はしないよ。」
そう答えると、マサカリは大きな鼻をヒクヒクさせた。
「へ!いいか悠一!俺は犬だ!」
「知ってるよ。犬以外の何者でもない。」
「犬ってのは鼻が利くんだ!だから俺様が沖田の臭いを追跡してやるぜ!」
そう叫んでトイレの外に駆け出すマサカリ。地面に鼻をつけてスンスンと臭いを嗅いでいたが、すぐに戻ってきた。
「ダメだ、雨のせいで臭いが辿れない・・・・。」
「最初からそんなことは分かってるよ。とりあえずお前は大人しくしてろ、今は忙しいから。」
冷たくあしらうと、マサカリはショボーンと沈んだ顔で項垂れた。
《マサカリには悪いけど、今はコントに付き合ってる暇はないんだ。どうにかして沖田の後を追わないと。》
イライラしながら足踏みをしていると、マイちゃんが「私がやってみる!」と叫んだ。
「私が動物に化けて臭いを探ってみる!」
「動物に化けるって・・・元々動物じゃないか。」
「そうじゃなくて・・・鼻の利く動物に化けるの!いくら雨で濡れてるからって、完全に臭いが無くなるわけじゃない。だから犬よりも鼻の利く動物に化ければ、きっと臭いを辿れる!」
「出来るの・・・・そんなこと?」
「出来る・・・・・と思う・・・・。」
「なんか頼りないな・・・・。」
マイちゃんは自信の無さそうな顔で拳を握っている。するとそこへ「へいへいへい!」と甲高い声が聞こえた。
「沖田の野郎はどこだ!?俺がケツをすり潰してやるぜ!」
そう言いながら現れたのはノズチ君だった。山の上からコロコロと転がって来て、親水公園の向こうまで吹っ飛んで行く。
そしてコンクリートの壁に激突し、大穴を開けてから止まった。
「おいコラ!そこのボンクラ!」
「相変わらず口が悪いな・・・・。」
「藤井はどこ行った!今すぐ助けないと!」
そう叫んでこちらへ転がって来たが、マイちゃんがさっと抱きかかえた。
「興奮しちゃダメだよ!トイレごとみんなを壊す気?」
「コマチ・・・俺は・・・俺は・・・・、」
ノズチ君はプルプルと震えながら、「うおおおおおおおん!」泣き出した。
「俺は藤井を守れなかった!惚れた女の為に・・・この命を懸けて守ることが出来なかったあああああああん!」
まるで赤子のように泣きじゃくり、必死に藤井を守れなかった自分を責めている。
マイちゃんは「よしよし・・・ノズチ君は悪くないよ」と慰めていた。
「悪いのは沖田って人だから。ノズチ君はよく頑張ったよ。」
「でも・・・でも・・・もし藤井に何かあったら・・・・俺は男として失格だあああああああん!」
いつもの強気なノズチ君からは想像も出来ないほど悔しがっている。それを見た時、胸の中で熱いものが込み上げてきた。
「ノズチ君・・・・。」
「なんだボンクラ!?今は引っ込んでろ!」
「いいや、そういうわけにはいかないよ。もしノズチ君がいなけりゃ・・・誰かが撃たれてたかもしれないんだから。」
「はあ?」
「君は身を呈して銃弾を防いでくれたんだろ?そのおかげで誰も怪我をせずに済んだ。ありがとう・・・・。」
そう言って頭を下げると、ノズチ君はキョトンと固まっていた。しかしすぐにいつもの調子を取り戻し、「へん!」と悪態をついた。
「俺は藤井を助ける為にやっただけだ!他の奴らがどうなろうと知ったことじゃねえぜ!」
「それでもいい。君のおかげでマサカリ達は無事だったんだ。飼い主として礼を言わせてもらうよ。」
もしノズチ君が銃弾を防いでくれなかったら、今頃誰かが大怪我をしていたかもしれない。最悪は死んでいた可能性だって・・・・。
そう思うと感謝せずにはいられなかった。それに何より・・・ここまで藤井の為に自分を責めるなんて、よほどあいつのことが好きなんだと知った。
ならば俺は、その想いに答えなければいけない。藤井を譲るつもりは毛頭ないけど、それでも同じ女に惚れた者同士、彼の気持ちはよく分かるから。
「マイちゃん、やってくれるか?その・・・・沖田の臭いの追跡を。」
そう尋ねると、「もちろん!」と頷いた。
「頑張って沖田を見つけるから心配しないで!」
「ああ、任せるよ。」
早く沖田を見つけないと、藤井の身が心配だ。ここはマイちゃんに賭けることにした。
「それじゃ・・・・変化するね。」
マイちゃんはやる気満々で拳を握る。するとお尻からポン!とタヌキの尻尾が生えてきた。モフモフした立派な尻尾が、せわしなく揺れ動いている。
「じゃあ・・・・・逝きます!じゃなかった!行きます!」
死んでどうする?とツッコミたかったが、ここはマイちゃんの見せ場だ。今のはスルーしよう。
「ううううううううんんん・・・・・とおりゃああああああああ!」
マイちゃんは忍者のように印を結び、空高くに吠えた。するとモフモフした尻尾がマイちゃんを包み、ボワリと煙が上がった。
「おお・・・すげえや・・・・。」
動物たちが感嘆の声を漏らす。俺も息を飲んで見守った・・・・・。
「・・・・・変化完了!どう?」
煙の中から現れたマイちゃんが、恥ずかしそうにはにかむ。
しかし・・・・・明らかにその変化は失敗していた。
「みんなどうしたの?タヌキが化けるところを見て驚いちゃった?」
マイちゃんは恥ずかしそうに笑ってみせる。確かに俺たちは驚いたけど・・・それは別の意味でだ。
「あの・・・・マイちゃん?」
「ん?なあに?」
「その・・・・変化に失敗してるんだけど・・・・?」
「え?失敗?」
「だって・・・・・身体だけワニになって、顔は人間のままだから・・・・・。」
「え?ウソ!?」
マイちゃんは慌てて自分の姿を見る。そして「あああああ!」と絶叫した。
「見ないで!これじゃただの化け物だから!」
マイちゃんはワニの尻尾で俺を叩く。凄まじい尾の一撃で、俺はトイレの壁に激突した。
「ぐはあッ!」
「悠一ッ!」
マサカリが慌てて飛んでくる。「大丈夫か・・・?」と聞かれるが、全然大丈夫じゃないので首を振った。
「死ぬかと思った・・・・・一瞬お花畑が見えたよ・・・・・。」
「そりゃワニの尻尾は人間の骨を折るくらい強烈だからな・・・・テレビでやってたぜ。」
「そ・・・そうか・・・・じゃあ生きてる俺は運がいいな・・・・。」
叩かれた背中を押さえながら、痛みを我慢して立ち上がる。するとその時またボワリと煙が上がり、変化に成功したマイちゃんが現れた。
「どう?今度は完璧でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
確かに・・・・今度は完璧だった。しかしなぜその姿に変化するのか、誰もが困惑していた。
「あ、あの・・・・マイちゃん?その姿はいったい・・・・・、」」
マイちゃんは丸々と太った豚に変化していた。ブヒブヒと鼻を鳴らし、薄いピンクの肌がパツンパツンに張っていた。
「なんでって・・・豚は鼻が利くのよ。犬よりもずっと嗅覚が鋭いんだから。」
「あ・・・ああ!そういうことか!」
確かに豚の鼻はよく利くと聞いたことがある。しかし沖田を追跡するのにこの姿が正しいのか・・・・俺には分からなかった。
しかしここはあえて何も言うまい。大事なのは臭いを追跡することであって、どんな姿に変化するかじゃないのだ。
「それじゃ臭いを嗅いでみるね。」
そう言ってトイレから駆け出し、スンスンと地面に鼻を擦りつけていた。
「・・・・・・・・・・・。」
黙って臭いを嗅いでいる・・・。短い尻尾がフリフリと揺れ、時折「ぐふ」と唸っていた。
「・・・・どうだ?臭いは残ってるか?」
「・・・・ちょっとだけ・・・ほんの少し残ってる。でも雨で弱くなってるから、早く追わないと。」
そう言って親水公園の向こうに駆け出し、「ついて来て!」と振り返った。
「おい悠一!ボケっとしてないで行こうぜ!」
マサカリが雨の中へ駆け出して行く。
「早く行かないと本当に藤井さんを取られちゃうわよ。それでもいいの?」
首に巻いたマリナが急かすように促してくる。
カモンとチュウベエも早く行こうと言わんばかりに見つめていた。
「・・・そうだな。きっとこれが最後の山場だ。」
今年の夏はずいぶんと長く感じた。でも・・・・これが終われば今年の夏はすぐに去るだろう。
ひょんなことから始まった、わけの分からないこの夏・・・・。それももう終わりに近づいていると感じていた。
《いつか・・・たまきが言っていた。藤井を取れば苦労すると。でもそれがどうした!苦労しない人生なんて、どこ探したってないんだ。だったら一番大切な人を見捨ててどうする?その先に予想もつかないことが待ち受けていたとしても・・・大切なものを投げ出すよりはマシだ!》
土砂降りの雨はまだ続いているが、遠くの空には光が射している。俺はトイレから駆け出し、雨に打たれながらマイちゃんの後を追った。
すると「待ってくれ!」と呼び止められ、誰かが走って来た。
「あんた・・・・ちょっと待ってくれよ・・・。」
そう言いながら追いかけて来たのは坂田だった。
「ずっと黙って見てたけど・・・・なんなんだよあの女の子は?なんで豚に化けたり出来るんだ?」
坂田は怪訝な目でマイちゃんを睨み、雨に打たれながら顔をしかめていた。
「彼女はタヌキなんだよ、それも化けタヌキだ。」
「はあ?化けタヌキ・・・・?」
「ああ、さっき見たとおり、変化が出来る化けタヌキだ。」
「・・・・信じられないな、そんなこと言われても・・・・。」
「でも実際にその目で見ただろ?」
「それはそうだけど・・・・・、」
「この世には動物と話せる人間だっているんだ。だったら化けタヌキがいたっておかしくないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「それにほら、そこにはツチノコだっている。あんなヘビは見たことないだろ?」
そう言ってノズチ君を指差すと、なぜかウィンクを飛ばしてきた。
「あれだって図鑑に載ってない生き物だ。けどこうしてちゃんと生きている。俺たちが知らないものは、この世にたくさんあるんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「混乱するのは分かるけど、今は沖田を追わないと。悪いけど沖田を捕まえたら証人になってもらうぞ。アイツの密猟の罪、それに藤井をさらったこと・・・・きっちり証言して、沖田にトドメを刺してやってくれ。」
俺は坂田の肩を叩き、マイちゃんの元に走り出した。
「なあ有川さん!」
「なんだ!?」
「俺と松沢は仲間を助けに行く。山で倒れてるんだろ?」
「そうらしいな。早く行ってやれ!」
「それと・・・・もう警察には通報した方がいいと思う。沖田がやったのはただの誘拐だ!これ以上は俺たちだけじゃ・・・・、」
「ダメだ!」
「どうして!?藤井がどうなってもいいのか?」
坂田は手を広げて尋ねてくる。俺は足を止め、「警察はダメなんだ・・・」と振り返った。
「今警察に手を出されると、あるキツネが助けられなくなる。だから沖田を捕まえるまでは待ってくれ。」
「キツネだって・・・?」
「詳しい話は全てが終わったら教えるよ!あんたは山で倒れてる仲間の元へ行け!そこのツチノコが場所を知ってるよ。」
そう言ってノズチ君に視線を飛ばすと、「まあな」とウェインクを返してきた。
「かなり強めにぶっ飛ばしたから、骨くらいはいってるかも。」
「そんな・・・じゃあ早く助けないと!」
「案内してやるからついて来いよ。」
ノズチ君はコロコロと転がって登山口に向かう。そして俺を振り返ってこう言った。
「俺もすぐに行くからな!それまではボンクラに任せる!しっかりやれよ!」
どうやら俺の呼び名を改める気はないらしい・・・。ノズチ君は猛スピードで転がって行って、坂田たちが「待ってくれ!」と追いかけて行った。
「・・・・俺も行くか。」
ノズチ達を見送り、親水公園の出口に向かって走る。マイちゃんはかなり遠くまで行っていて、マサカリが「早く来い!」と急かしていた。
土砂降りの雨はもう終わりを迎え、分厚い雲を切り裂いて太陽が照りつける。
公園には登山客らしき男が入って来て、缶コーヒーを片手に山を眺めていた。
俺はその男の脇を通り抜け、先を行くマイちゃんの後を追いかけた。
濡れた地面から雨の匂いが立ちこめ、夏の熱気を蒸し返していた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十五話 白鬚ゴンゲン(4)

  • 2014.12.02 Tuesday
  • 12:49
JUGEMテーマ:自作小説
「松沢!」
黄色い登山ウェアの男は、「すぐに治してやるからな・・・」と心配そうに見つめていた。
「オイあんたら!動かないようにコイツを押さえておいてくれ!」
「わ・・・分かった!」
俺とマイちゃんは松沢なる男を押さえ、その隙に黄色い登山ウェアの男が脱臼を治した。
「いぎゃあッ!」
「もう大丈夫だ、綺麗にハマったから。」
う〜ん・・・さすがは骨接ぎのプロ、あっさりと脱臼を治してしまった。
しかしまだ心配そうな顔で見つめ、「早く病院へ行った方がいいな」と呟いた。
「相当強い力で脱臼してるから、神経が傷いついてるかもしれない。内出血もひどいし・・・・。」
「そ、そんな・・・・・。じゃあ俺はもうウェイトリフティングは出来ないのか!?」
「いや、そこまではいかないだろうけど・・・・。でも治療が早いにこしたことはない。今すぐ山を下りて病院へ行かないと。」
「・・・・クソ!なんてこった・・・・。」
松沢は腕を押さえ、悔しそうに叫んだ。ハマった関節は赤く腫れていて、素人目にも早く治した方がいいと分かる。
「もうすぐ大会があるってのに・・・これじゃ出られないじゃないか!」
「大会・・・?」
首を捻って尋ねると、黄色い登山ウェアの男が答えた。
「こいつはウェイトリフティングの選手なんだ。来週大きな大会があるんだけど、この状態じゃ出場は無理だな。」
「そうなのか・・・。でも言っとくけどこっちに責任はないぜ。襲ってきたのはそっちなんだから。」
「分かってるよ。でも・・・・俺たちだってやりたくてやったわけじゃないんだ。これは沖田の命令だから・・・・。」
「沖田の命令・・・・?」
そう聞き返すと、黄色い登山ウェアの男はスッと立ち上がった。
「あんたのことは知ってるよ、有川悠一っていうんだろ?」
「ああ。」
「それでもって動物と話す力を持っている。」
「そうだよ、沖田に聞いたのか?」
そう尋ねると、男は小さく頷いた。
「沖田はあんたのことを徹底的に調べていたよ。」
「俺のことを?どうして?」
「どうしてって・・・・藤井を奪う為に決まってるだろ。沖田は昔っから藤井に惚れてたからな。だから別の男が出来たのが許せなかったんだ。」
「アイツは藤井と別れたんだろ?それもかなり前に。だったらもうとっくに終わってるじゃないか。なんで今さら・・・。」
そう言い返すと、男は小さく笑った。
「誰かを好きになるのに、今とか昔とか関係あるのか?」
「いや・・・それは・・・・、」
「沖田の親父は地元じゃ名士で通ってる。土地をたくさん持ってるから金だってあるし、色んな所にも顔が利く。だから沖田は何不自由なく育ってきたんだんだけど、一つだけ手に入らないものがあったんだ。」
「手に入らないもの?」
そう尋ねると、黄色い登山ウェアの男は一瞬だけ口を噤んだ。
「・・・これを話すってことは、ある意味沖田に逆らうってことだ。そうなりゃ俺たちは・・・・身の破滅になるかもしれない・・・・。」
「なんだよ・・・えらく神妙な顔しちゃって。そんなにヤバイことなのか?」
「ああ、俺たちにとってはな。」
そう言って男は松沢と顔を見合わせる。松沢は何とも言えない顔で困っていて、腫れた腕を押さえながら首を振った。
「ダメだって、沖田に逆らうのは・・・・。あいつの後ろ盾がなくなったら、きっと俺たちは・・・・・、」
「ああ、警察に捕まるだろうな。でもいつまでもアイツの言いなりじゃいられないだろ?ここがアイツと縁を切るいいチャンスかもしれない。」
「坂田!」
黄色い登山ウェアの男は坂田というらしい。松沢は立ち上がり、ブルブルと首を振った。
「お前はよくても俺は困る!だってやっと自分の店を持ったんだし、それにウェイトリフティングだって出来なくなっちまう・・・・。次の大会は出られなくても、その後には別の大会が控えてるんだよ。」
「仕方ないだろ、俺はもう沖田の言いなりはゴメンだ。」
「で、でも!俺はやっと自分の店を持って、もうじき子供だって産まれるんだぞ!もしここで沖田に逆らったりなんかしたら、密猟の罪を全部押し付けられて身の破滅だ!俺は絶対にそんなのは嫌だからな!」
松沢は狂ったように叫ぶ。そして坂田を無視し、俺の前に来て頭を下げた。
「襲ったことは悪かった!でもこれ以上の沖田のことは探らないでくれ!頼む!」
「それは無理だよ。俺にだって事情があって、絶対に沖田を捕まえないといけないんだ。そうじゃないと・・・・最悪は・・・・、」
そう言いかけて口を噤んだ。ここから先を話せば、ダキニやアカリさんのことにまで触れてしまう。
そんな話題を持ち出せば話がこじれるだけだから、ただ首を振って松沢の頼みを拒否するしかなかった。
「あんたらと沖田がどういう関係かは知らないよ。でも密猟をしていたことは事実なんだろ?だったらその罪は償わないと。」
俺は密猟者を捕まえる為にここへ来ている。だからどうあってもコイツらを見逃すことは出来ない。
松沢は「嫌だ・・・」と呟き、地面に突っ伏して頭を抱えた。
「お前は何も分かってない!捕まるのは俺たちだけで、沖田は絶対に刑務所になんか行かないんだ!
アイツの親父は地元の警察とだって仲がいいし、そこの署長とも懇意にしてる。今までだって、何度も沖田の罪を誤魔化してきたんだ!万引きに傷害、それに飲酒運転や恐喝だって・・・・・・。だから今回だって沖田は捕まらない!破滅するのは俺たちだけなんだよ!」
松沢は涙交じりに叫び、立ち上がって俺の胸倉ぐらを掴んだ。
「密猟者を捕まえたいだって?そんなのは無理だ!俺たちを捕まえたところで、沖田が残れば意味がない!アイツは動物を憎んでいるから、何度でも密猟を繰り返すぞ!」
そう叫んでから再び頭を抱え、「坂田・・・・お前からも何とか言ってくれよ・・・」と訴えていた。
「・・・まあ、松沢の言ったことは概ね当たってるよ。きっと沖田は重犯罪でも犯さない限りは捕まらない。
イノシシだのクマだのを密猟している程度じゃ、きっと親父の力で守ってもらえるよ。」
「そうなのか?なんか俺はえらい奴を相手にしてるんだな・・・・。」
「今頃気づいたのか?言っとくけどアイツは一筋縄でいくような奴じゃないぞ。
金も権力も持ってるし、何より腕っ節だって強い。アイツ格闘技が好きでな、空手と柔道は三段だし、プロボクサーのライセンスも持ってる。」
「マジかよ・・・・・。」
「最近じゃ総合格闘技にもハマってるな。わざわざ家にトレーナーを呼んで指導を受けてるよ。筋がいいからプロにならないかって誘われてたな。」
「・・・・・・・・・・・。」
「喧嘩でも負け知らずだぞ。一度ボクシングの世界チャンプと揉めたことがあったんだけど、アッサリと勝っちまったからな。
それに本当かどうかは知らないけど、190センチもあるプロレスラーも倒したことがあるとか・・・・・。」
「・・・それはさすがにウソだよな?」
「まあプロレスラーの方は噂だな。でもボクシングの世界チャンプに勝ったのは本当だ。だってこの目で見たんだから。アイツは空手も柔道もやってるから、蹴りで動きを止めてから投げてたよ。その後腕を外して大怪我させたんだ。けど相手は世界チャンプだろ?街で喧嘩したとあっちゃ体裁が悪い。何より負けちゃってるわけだし。だから何事もなくその場は終わった。後からゴロツキみたいな連中を連れてきやがったけど、そっちの方は親父の力でどうにかしてたな。」
「・・・・・・・・・・・。」
「おお!明らかに顔色が変わったな。ようやく沖田のヤバさを理解したか?」
坂田は可笑しそうに俺の肩を叩く。そしてすぐに真面目な口調でこう言った。
「沖田って奴は二面性があるんだよ。自分が好きな相手にはとことん優しくするけど、嫌いな相手には容赦しない。だから惚れた藤井にはとことん優しくしていたな。けど・・・・動物のことは毛嫌いしてるよ・・・・。」
「動物を毛嫌い?あのさ、そこんところがよく分からないんだ。藤井が言うには、沖田は動物には優しいっていうんだけど・・・・。」
藤井は確かに言っていた。沖田は動物に対しては真摯だと。しかしそれは動物好きを演じて、藤井の気を引いていただけなのか?
そう思っていると、坂田は「野生動物の方だ」と答えた。
「沖田は・・・・自分の母親を野生動物に殺されてるんだよ。」
「なんだって?」
思わず聞き返すと、松沢が「それ以上はダメだ!」と叫んだ。
「あいつは母親のことを知られるのを嫌がるんだ!それ以上話したら、きっと俺たちは・・・・、」
「俺たちは沖田から見放され、警察に捕まる。それに・・・・資金援助も絶たれるから、俺の店もお前の店も潰れるだろうな。」
「そうだよ!だからこれ以上はダメだ!」
松沢は必死に止めようとする。しかし坂田は首を振り、「もう終わりにしよう・・・」と呟いた。
「沖田の言いなりになっている以上、俺たちはいつまで経ってもアイツに怯えてなきゃならない。そんなのはゴメンだ。」
「そりゃそうだけど・・・・。でも俺には子供が産まれて・・・・・・、」
「子供が産まれるなら、尚更アイツと縁を切らないと。誰かの言いなりになる父親になりたくないだろ?」
「・・・それは・・・・。」
松沢は勢いを失くし、また頭を抱えて「どうすりゃいいんだ・・・」と呻いた。
「なあ松沢・・・。俺たちは昔っから沖田に頭が上がらなかったよな。今でこそ自分の店を持ってちゃんと生きてるけど、昔はそうじゃなかった。沖田の親父の力をアテにして、散々悪さをしてたじゃないか。だから・・・その報いを受ける時が来たんだよ・・・・・。」
そう言って松沢の肩に手を置き、昔を語り始めた。
「あれはいつだったか、免許もないのに車を運転しただろ。しかも酒まで飲んでさ。その時に一匹のキツネを撥ねて、それを近所のばあさんに見られてた。そしたらそのばあさんは警察に通報しやがったんだ。免許は無い上に酒まで飲んでたから、警察署までしょっぴかれたよな?」
淡々と語る坂田の口調に、松沢は耳だけを傾けていた。頭を抱えたまま、じっと俯きながら・・・。
「けど・・・沖田の親父のおかげでお咎めは無しだった。俺たちはその日のうちに帰され、相変わらず沖田とつるんで悪さをしていた・・・。俺はさ・・・・あの時のことを今でも考えるんだよ。もしあの時撥ねたのがキツネじゃなくて人間だったら、俺たちはどうなっていたんだろうって・・・・。いくら沖田の親父の顔が広いって言っても、さすがに無免許の飲酒運転で人を撥ねたら・・・・きっと無事じゃ済まなかったと思う。だからさ・・・俺はあの時のことを考えると怖くなるんだよ。もしこのまま沖田の言いなりを続けていたら、いつか取り返しのつかないことになるんじゃないかって。もしそうなったら・・・・俺もお前も本当に破滅する。そうなってからじゃ遅いから、今ここでアイツと縁を切らなきゃいけないんだ。」
坂田はそう言って、慰めるように松沢の背中をさすっていた。そして俺の方に向き、「悪かったな」と謝った。
「まず謝っておくよ。俺たちがあんたを襲ったのは沖田の指示だ。あいつは・・・・あんたを潰すつもりでいるんだよ。そうすれば藤井が戻って来ると思ってる。」
「沖田が藤井に執着しているのは分かったよ。でもどうしてそこまで藤井に拘る?沖田は金も権力もあるんだろ?だったら他にいくらでも彼女が見つかりそうだけど?」
「確かに女はいくらでもいるよ。でもみんなただの遊びだ。沖田にとって本命は藤井だけだ。なぜなら・・・・藤井は沖田の死んだお袋さんにそっくりだからな。」
「沖田の・・・お袋さん?」
俺とマイちゃんは顔を見合わせ、小さく首を捻った。
「さっきあんたはこう言ったよな?沖田のお袋さんは動物に殺されたって。それと藤井が何か関係してるのか?」
そう尋ねると、坂田は「大いに関係してるよ」と答えた。
「実はな・・・・沖田のお袋さんも動物と話すことが出来たんだ。」
「マジかよ!!」
思わず大声叫んでしまった。
「ほ・・・本当に動物と話せたのか!?」
「ああ、何度もこの目で見たから間違いない。」
「そ、そんな・・・・。俺と藤井以外にもそんな人間がいたなんて・・・・・。」
はっきり言って信じられなかった。動物と話せる人間が他にもいたなんて・・・・。思わずよろけそうになると、マイちゃんが「大丈夫?」と顔を覗きこんできた。
「あ・・・ああ、大丈夫だよ。」
笑顔でそう答えてから、再び坂田に尋ねた。
「じゃあ・・・沖田は藤井とお袋さんを重ねて見てるわけだ?」
「そういうことだ。見た目はかなり違うけど、優しそうな雰囲気はそっくりだな。あと動物が好きなところとか。」
「・・・そうだったのか・・・・。それであそこまで藤井に執着して・・・。」
これで沖田が藤井に執着する理由が分かった。死んだ母と重ねて見ているのなら、その思いは並々ならぬものがあるだろう。
「信じられない話だけど・・・事実なんだよな?」
「ああ、本当のことだ。沖田はかなりのマザコンだったから、お袋をさんを亡くした時は相当なショックを受けていた。一時期は後を追おうとしていたからな。しばらくは家に引きこもって、その後グレちまったんだ。それまではけっこういい奴だったのに・・・・。」
坂田は悲しそうに呟く。昔の沖田を知る者にとっては、今の沖田は本当の沖田ではないのかもしれない。
「沖田は俺たちと一緒に悪さばかりしていたよ。けど頭は良かったから、俺たちとは別の高校に進学した。そしてその時に藤井と出会ったんだ。彼女が動物と話せると知った時の興奮を、嬉しそうに語っていたよ・・・・・。」
「そりゃあそうだろう。まさかそんな人間が他にもいるとは思わなかっただろうからな。」
「そうだな、正直俺たちも信じられなかったよ。けど藤井の力は本物だった・・・。だから沖田は一瞬で惚れちまったんだ。そしてだんだんと仲良くなっていって、やがては付き合うことになった。藤井と付き合っている時の沖田は本当に幸せそうだったよ・・・・。俺たちと悪さをすることもなくなって、昔の良い奴に戻っていた・・・。」
そう語る坂田の声には切なさが宿っていた。横で聞いていた松沢も、それに同調するように唇を噛んでいた。
「出来ればずっと二人の関係が続いてほしいと思った。藤井さえ傍にいれば、沖田は悪さをしなかったからな。でも・・・そうはならなかった。高校を卒業するのと同時に、二人は離れることになったんだ。」
「どうしてだ?何か喧嘩でもしたのか?」
「いいや、そうじゃない。動物に対しての考え方で、二人の間に溝が出来たからなんだ。」
「溝・・・?」
「さっきも言ったけど、沖田のお袋さんは動物に殺されてるんだ。山菜採りに行った時に、運悪くイノシシに襲われてな。幸い怪我そのものは大したことはなかったんだけど、イノシシに襲われたショックで足を滑らせ、そのまま崖の下に落ちていった・・・・。沖田は俺たちと一緒にその光景を目撃していたんだ・・・・。最愛のお袋さんが、イノシシのせいで死ぬ瞬間をな。」
坂田は当時のことを思い出すように目を瞑る。きっとその時の光景が目に焼き付いて離れないのだろう。辛そうに眉を寄せていた。
「あの日から沖田は動物を憎むようになった。いや・・・正確には野生動物を憎んでいた。ペットに関しては自分も犬を飼っていたから、そっちは大事にしていたよ。けど野生動物に関しては異常なまでに毛嫌いしていた。テレビでそういう番組があるだけで、機嫌を損ねて部屋を出て行ってしまうほどに・・・。」
「そうか・・・・でもその気持ちは分からないでもないな。動物が原因で大切な人を失ったんだ。そりゃあ嫌いにもなるだろう。」
「あんたもそう思うか?」
「普通はそう思うんじゃないか?そのイノシシが直接殺したわけじゃないけど、でもイノシシに襲われたのが原因なんだろ?
だったら沖田の気持ちは分からなくもない。ていうかそれで動物を好きになれっていう方が無理があるだろ?」
そう答えると、坂田は強く頷いた。
「俺もそう思う。けど・・・・藤井はそうじゃなかった。あいつは動物なら何でも好きだから、ペットとか野生動物とか関係なしに接していた。でもそれが沖田にとっては気に食わなかったんだ。直接口には出さなかったけど、藤井の異常なまでの動物への愛情には、辟易としていたよ。それでも沖田にとって藤井は最愛の人だった。だからずっと藤井と一緒にいたかったんだろうけど・・・藤井の方はそうじゃなかった。」
坂田はやや不満そうに語る。それを表すように、唇を噛み、眉をしかめていた。
「藤井にとっては、沖田は高校の生活の一幕でしかなかったんだ。だから高校を出るのと同時に、本格的に動物の為に活動をしようと行動を起こした。その結果・・・沖田と会う時間は減っていった。藤井は遠い大学に通う為に一人暮らしをしていたから、そういう意味でも会う時間は減っていったな。あの時の沖田は焦っていたよ・・・。このままじゃ藤井と別れてしまうんじゃないかって。そして・・・その心配は現実のものになった。ある時沖田がいきなり会いに行くと、藤井は動物を助ける為のボランティアに参加していた。それも野生動物を助ける為のボランティアだ。」
「ああ・・・藤井ならやりそうだな。そういうの好きだから。」
「しかもだ!その時に助けようとしていたのがイノシシなんだ。ハンターに密猟されるイノシシを減らそうと奮闘していた。」
「なんか・・・その先は聞かなくても分かる気がするな・・・・。」
もう大方の予想はつくけど、ここまで聞いたなら最後まで聞き届けなくてはなるまい。俺は胸を張り、じっと坂田を見つめた。
「沖田のお袋さんはイノシシに殺された。そしてその憎きイノシシを助けようとする藤井を見て、沖田の心は冷めていったんだ。」
「要するに現実を知ったわけだ?藤井はお袋さんじゃないって。」
「そういうことだな。そしてその日を境に二人は会わなくなり、連絡もしなくなった。二人の仲は自然消滅し、沖田は元の悪に戻ってしまった・・・。そしてその悪さはどんどんエスカレートしていって、やがて密猟まで始めるようになった。最初はお袋さんを殺した野生動物への復讐だったけど、今じゃ純粋に楽しんでいるよ。裏にサバけばいい小遣いになるし、きっとこの先も続けるだろうな。」
「なるほど・・・・。でも一度別れたのに、どうして今さらヨリを戻そうとするんだ?」
「それは去年の夏前に再会したからだよ。アイツは自分じゃ気づかないだけで、まだ藤井のことが好きだったんだ。だからもう一度藤井とやり直そうとしている。その為にはあんたが邪魔なんだよ。だからどんな手を遣っても潰そうとしている。たとえ誘拐まで働いてもな。」
「ちょ・・・ちょっと待て!誘拐だって!?」
思わず身を乗り出すと、坂田は険しい顔で目を逸らした。
「あんたの友達に北川翔子って女がいるだろう?沖田はベンジャミンとかいう金貸しをそそのかして、その女を誘拐させたんだ。」
「や・・・・やっぱり・・・やっぱり沖田が絡んでやがったのか!?」
もしかしたらと思っていたけど、ここへきてようやく確信が持てた。翔子さんが誘拐されたのは沖田の指示。ならばベンジャミンは利用されているだけじゃないか。
「・・・あんた大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
「大丈夫なわけないよ・・・。沖田のせいで翔子さんも藤井も酷い目に遭ったんだ。許せるわけないだろ!」
そう叫ぶと、坂田は「藤井が・・・?」と首を捻った。
「沖田は藤井には何もしてないぞ?さっきも言ったけど、あいつは自分の好きな人間に対しては優しいからな。藤井に危害を加えるなんて考えられない。」
「そんなことないよ!だって沖田は藤井の寝ている隙に・・・・・、」
そう言いかけて、慌てて口を噤んだ。この先はペラペラ人に話せるようなことじゃない。うっかり口を滑らせたら、藤井の心を傷つけてしまう。
しかし坂田はじっと俺を睨み、「説明してくれ」と言った。
「沖田は藤井に何かしたのか?」
「い、いや・・・なんでもないよ・・・・。」
「なんでもないわけないだろう?どうしてそんなに慌てるんだ?」
「い、いや・・・だから本当に何もないから。」
言葉に窮して困っていると、今までずっと黙っていたカモンが口を開いた。
「夜這いしたんだ。」
「あ、コラ!言うんじゃない!」
慌ててカモンを捕まえようとしたが、マムシの頭に乗っているので手を引っ込めた。
「お前なあ・・・・そういうのはペラペラ言うことじゃないんだよ!」
そう怒ると、カモンは「へ!」とそっぽを向いた。
「隠すようなことでもないだろ!そいつらは沖田に愛想を尽かそうとしてるんだ。だったら正直に話して仲間に引き込んだ方が賢明だろ。」
「そりゃそうかもしれないけど・・・・でも夜這いだなんて言ったら・・・・、」
そう言った瞬間、《マズイ!》と思って口を噤んだ。そしてゆっくりと坂田の方を振り返ると、じっと俺を睨んでいた。
「夜這い?どういうことだ?」
「いや・・・なんでもないよ。」
「沖田が藤井に夜這いしたっていうのか?」
「いや・・・したような・・・してないような・・・。いやいや!何でもないからやっぱり忘れて!」
そう言って誤魔化そうとすると、坂田は「有り得ない・・・」と首を振った。
「沖田は絶対に藤井を夜這いなんかしないよ。」
「な、なんでそう言い切れる・・・?」
「なんでって・・・強引に藤井を奪うならつもりなら、いつでも出来たからだ。でもそうしなかったのは藤井に惚れてるからだ。沖田は何としてもヨリを戻そうとしているけど、決して藤井を傷つけるようなことだけはしなかった。だからそれは何かの間違いだよ。」
「い、いや・・・でも藤井はそうされたって・・・・。」
「その根拠は?」
「こ・・・根拠?」
「夜這いをされたって根拠でもあるのか?」
「いやあ・・・・俺は直接見てないから何とも・・・。」
「じゃあ藤井がそう言っていただけなんだな?」
「ま、まあ・・・そうだな。アイツも絶対に夜這いされたとは言い切っていなかったけど・・・・。」
「じゃあやっぱり間違いだ。」
「で、でも!藤井は朝起きたら服を着替えさせられていたって・・・・。それにお腹に違和感があったって言うし・・・・。」
そう説明すると、坂田は眉をひそめてこう言った。
「あんた・・・藤井と一緒に酒を飲んだことはあるか?」
「え?いや・・・そういえば一緒に酒を飲んだことはないな。まあ俺がほとんど飲めないっていうのもあるけど・・・・。」
「でも彼氏なんだろ?普通なら一緒に酒くらい飲むだろ。」
そう言って坂田は腕を組み、木立の向こうの空を見つめた。
「あのな・・・これは沖田から聞いたんだけど、藤井ってめちゃくちゃ酒グセが悪いらしいぞ。」
「・・・・へ?酒グセが悪い?」
「藤井は酔っぱらうと、とにかくテンションが上がって手がつけられないらしい。今までにも何度かそうやって暴れ回って、事務所にワインをぶちまけられたことがあるって沖田が嘆いてた。」
「それは・・・・知らない情報だな・・・・。」
「まあ彼氏にはそんなことは知られたくないだろ。だから一緒に酒を飲まなかったんだろうな。」
「・・・俺の知らない藤井の一面がまだあったのか・・・・。」
少しだけショックを受けていると、坂田は肩を竦めながら笑った。
「しかも疲れている時ほど酒グセが悪いらしい。だから夜這いをされたと勘違いした日も、相当疲れてたんじゃないか?」
「ああ、そう言ってたな。事務所でそのまま寝たって。」
「きっと寝る前にたくさん酒を飲んだんだろ。それでもってワインを片手に暴れまくって、自分の服を汚したんだ。」
「で、でも・・・普通下着まで脱がすか?」
「じゃあ下着も酒でビショビショだったんだろ。服まで脱がせたのに、ワインまみれの下着はそのままってのもなあ・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「それに腹に違和感があったっていうのも、きっと暴れているうちにどこかでぶつけたんだろう。今までにだって、そうやって腕や足に青痣を作ったことがあるらしいし。」
「・・・・・・・・・。」
「だからまあ・・・あれだ。きっと酒のせいで勘違いしたんだろ。藤井は酔うと記憶が飛ぶらしいから、自分が暴れたことを覚えてないだけだ。絶対に夜這いなんかされてないと思うぞ。」
「・・・・・・・・・。」
「ははは!そんな顔するなよ。彼女が夜這いされてなくてよかったじゃないか。ていうか・・・あんた女性経験は乏しいだろ?」
「・・・自慢出来るほど経験はないよ・・・・・。」
「だったら覚えとくといいよ。女ってのは、いくら好きな男でも絶対に全てを晒け出さないからな。全てを知ったつもりでいると、いつかショックを受けるかもしれないぞ。」
ショックならもう受けている。俺はてっきり藤井が夜這いされたと思っていたのに、それが酒グセの悪さからくる勘違いだったなんて・・・・・。
「まあそう落ち込むなよ。彼女が何もされてないことが分かったんだからさ。それよりも今はこんな話をしている場合じゃない。さっきも言ったけど、俺はもう沖田とは縁を切る。松沢だって・・・・そうするだろ?」
そう言って松沢の方を振り返ると、彼は半ば諦めたように首を振った。
「分かったよ・・・・もうお前に任せる。俺はどうなっても知らん。」
「よし!じゃあこれから沖田の所に行こう。有川さん・・・・あんたも当然行くだろ?」
「当たり前だ。俺は奴を捕まえる為にここまで来たんだからな。あんたら二人が証人になってくれれば、きっと沖田だって言い逃れ出来ないはずだ。」
「そうだな。もう沖田に怯えるのはやめだ。あいつの親父さんがいくら庇っても、俺たちが証言すればどうにかなるかもしれない。」
ここへ来てようやく希望の光が見えて来た。この二人がいれば沖田にトドメが刺せるかもしれない。
そう思って希望を燃やしていると、突然「悠一!」と呼ばれた。
誰かと思って辺りを見渡すと、一羽のインコがパタパタと飛んできた。
「チュウベエ!どうしたんだ?藤井と一緒に行ったはずじゃないのか?」
そう尋ねると、チュウベエは慌てた様子で答えた。
「大変だ!沖田が藤井を人質に取って山を下りた!」
「はあ!?」
「驚いてないで早くついて来い!このままじゃ藤井がどこかへさらわれる!!」
チュウベエは「こっちだ!」と言って山を下りていく。
俺はマイちゃんと顔を見合わせ、じっと黙ったまま固まっていた。
するとマリナがのそのそと身体に登って来て、「略奪愛ね」と囁いた。
「悠一、ここが正念場よ。早く藤井さんを取り戻さないと、本当に沖田に奪われるかも。」
いきなりの異様な展開に、俺は言葉を失くしたまま立ち尽くす。マイちゃんが「悠一君・・・」と腕を引っ張り、不安そうな顔で見つめていた。
《藤井・・・・・・。》
頭の中に藤井の顔が浮かび、気がつけば拳を握って走り出していた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十四話 白鬚ゴンゲン(3)

  • 2014.12.01 Monday
  • 12:59
JUGEMテーマ:自作小説
どんなことにも、必ず転機というのは訪れる。それが人生であれ、密猟者を追い詰める為であれだ。
アカリさんの電話から一時間後、突然事態は動き始めた。
おばさんが猫を抱いて部屋にやって来て、「お客さんですよ」と伝えた。
「沖田って人が下に来てるんですけど・・・・あの人って昨日みなさんが話してた方ですよね?」
不安そうな顔でそう言い、「どうしましょう?追い返しますか?」と尋ねた。
「まだお二人がここにいることは言っていないんです。今はお父さんが対応に当たっているんだけど・・・・どうしましょう?」
俺と藤井は顔を見合わせ、テレパシーのように意志を疎通させた。
「追い返して下さい。」
「追い返してもらえますか?」
綺麗にハモって答えると、おばさんは「そう言うと思ってました」と笑った。
「昨日のお二人の会話を聞いてる限りじゃ、ここにいるのは教えない方がいいかなと思ったんです。
だってあの沖田って人、密猟者かもしれないんでしょう?」
「ええ、だからその証拠を押さえる為に、今ここにいることがバレたら困るんです。
それに・・・もうあんな奴に藤井を会わせるわけにはいかないから。」
沖田はきっと藤井を捜しに来たのだ。いきなり自分の元から消えたものだから、手当たり次第に宿を捜しているんだろう。
「沖田君・・・なんとしても私を連れ戻したいんだろうね。」
藤井は不安そうに言う。しかしすぐに明るい表情を取り戻し、「誰が戻るもんか」と強い口調で言った。
「ねえ悠ちゃん、これはチャンスだよ。彼は突然私がいなくなって焦ってる。これなら隙を見せるかもしれないよ。」
「そうだな。焦れば焦るほど、人間ボロが出て来るもんだ。」
「普段の沖田君はほとんど隙を見せないから、このチャンスを逃す手はないと思う。
きっと彼は今日密猟を行う。やるべきことをやって、後はサッサと帰るつもりだろうから。」
藤井は自信あり気な顔でそう言う。
「沖田君は何か予想外のことがあると、なるべく早く仕事を終えて、そこから離れようとするの。彼ってかなり計算して動くタイプだから、思いもよらない展開になると警戒するの。だから同じ場所に長居したがらないんだよね。目的だけ果たして、身を守ろうとするクセがあるんだ。」
「なるほど・・・。だったらなおのこと隙が出来るな。身を守る為に、普段とは違う行動を取る可能性がある。狙うならそこしかないわけか・・・・・。」
沖田はプロだ。俺たち素人が尾行したって必ずバレる。でも藤井がいなくなって焦っている今なら、奴の集中力は散漫になっているかもしれない。
いや・・・・なっていてもらわないと困るのだ。
「なあ藤井・・・。ここは二手に分かれて尾行しよう。」
「二手に?ああ、なるべくバレないようにする為だね?」
「そうだ。いくら隙が出来たといっても、沖田はプロだからな。まとまって動いていると見つかる危険が高いだろ?」
「うん、いい考えだと思う。けど・・・どうやって分けるの?」
藤井はマイちゃんや動物たちを見渡し、俺に意見を求めるように首を傾げた。
「そうだな・・・・まず俺とお前は一緒に行動するとして・・・・、」
そう言いかけた時、藤井は「ちょっと待って!」と遮った。
「私と悠ちゃんは一緒に行動しない方がいいよ。」
「どうして?」
「だって私と悠ちゃんが一緒に行動したら、もう一つのグループはどうなるの?コマチさんと動物だけになっちゃうよ?」
「ああ・・・それはちょっと心配だな。」
確かに藤井の言う通り、マイちゃんと動物たちだけでは心配だ。しかしそれに異を唱える者がいた。
「おいおいおい!人間ごときが偉そうに言ってくれるじゃねえか!ツチノコと化けタヌキを舐めんなよ!」
「別に舐めてないよ。ただお前たちはこういうのは不向きかなと思って。」
「なんで?」
「なんでって・・・・まずノズチ君は放っといたらいつ暴れ出すか分からない。それにマイちゃんは多分・・・尾行なんて向かいないと思う。それにマサカリたちは、俺の目の届く範囲に置いておかないと心配だしなあ・・・・。」
腕組みをしながらそう呟くと、「おうおうおう!」とマサカリが吠えた。
「いったい俺たちのどこか心配なんでい!」
「全部。」
「ぜ・・・全部だとお・・・・悠一は俺たちのことを信用してないのか!?」
「うん、まったく。」
「んなッ!お・・・おのれ・・・・。」
マサカリは顔の肉をプルプルと震わせ、悔しそうにヨダレを垂らす。するとモンブランが「まあ悠一の言うとおりね」と頷いた。
「今までの私たちの行いを顧みれば、悠一が心配になるのも無理ないわ。」
そう言うと、カモンが「バカ猫のクセに何偉そうに言ってんだ」と呟いた。
「バカは余計よ!いい?私たちがやらなきゃいけないのは、沖田の野郎をとっちめて警察に突きだすことなのよ。だったらここは合理的に動かないと、合理的に。」
モンブランはそう言って胸を張り、藤井の元に近づいた。
「ねえ藤井さん、コマチさんは悠一に任せましょうよ。私たちは藤井さんについて行くわ。」
「み、みんな私について来るの・・・・?」
藤井は若干困ったように眉をひそめる。
「だって仕方ないでしょ。藤井さんとコマチさんをくっつけても、いざって言う時に困りそうだもの。だったら悠一とコマチさんをくっつけて、残りは藤井さんと一緒に行動する。その方が合理的だと思わない?」
「そ、そうかもしれないけど・・・・。」
「あら?困った顔してどうしたの?昔の藤井さんなら私たちを邪険にしたりしなかったのに。」
そう言って、モンブランは悪戯っぽくニヤリと笑った。それを見た時、俺はピーンときた。
《こいつ・・・わざと俺とマイちゃんをくっつけやがったな。そうやって藤井の嫉妬を煽って楽しんでやがるんだ。》
気がつけばマリナまでニヤニヤしていて、俺は「それはダメだ」と首を振った。
「お前らみたいな厄介者を押し付けたら、藤井が困るだけだ。」
「そんなことないわよ。だって藤井さんと我が家の動物たちは、以心伝心の間柄だもの。」
「以心伝心って・・・・この状況で使う言葉じゃないだろ。」」
「そんなことないわよ、ねえマリナ?」
「・・・悠一とコマチさんが二人っきりになれば、新たな恋の予感・・・・。そうなればまた新たな修羅場が展開されて・・・・・。」
マリナは悦に浸ってブツブツ言っている。この二匹を相手にしてもダメだと思い、オス連中に意見を聞いた。
「なあ、お前らはどう思う?みんなで藤井について行きたいか?」
そう尋ねると、マサカリは「俺は構わねえぜ」と肉を震わせた。
「俺がしっかりと真奈子をエスカレートしてやるよ。」
「それを言うならエスコートだろ。だいたいそれもこの状況で使う言葉じゃないし。」
「んなこたあどうでもいいんだよ!要は俺が真奈子のボディガードをやってやるって言ってんだ!
真奈子だって俺が一緒なら心強いはずだぜ・・・な?」
そう言ってマサカリは自信満々に藤井に目を向ける。
「え?いや・・・ええっと・・・・そうかもね・・・・。」
「ほら、真奈子だってこんなにありがたがってる。だから俺は真奈子をエスカレートするぜ!」
藤井は明らかに困っている様子だったが、マサカリの勢いに負けて頷くしかなかった。
「じゃ、じゃあ・・・よろしくね、マサカリ。」
「おうよ!事が終わったら餌でも奢ってくれよ!」
なるほど・・・どうやらそれが目当てらしい。マサカリらしいと言えばマサカリらしいけど、このブルドッグを藤井に丸投げするわけにはいかない。
「なあカモン、お前はどうしたい?出来ればマサカリのお目付け役にとして一緒に行ってやってほしいんだけど。」
そう尋ねると、カモンは「ノンノンノン」と首を振った。
「悪いけど俺は悠一と一緒に行くぜ。」
「なんでだ?そんなにマサカリと一緒に行くのが嫌なのか?」
そう尋ねると、マサカリは「んだとお!」と怒っていたが、俺もカモンも無視した。
「別にマサカリがどうとかは関係ないんだ。たださ・・・俺ってもういつ死ぬか分からないじゃん。だからまあ・・・有川家の一員としては、なるべく飼い主の傍にいてやりたいわけよ、分かる?」
カモンは肩すくめ、スカした顔で言った。するとそれを聞いた藤井が、「カモンが死んじゃうってどういうこと!?」と身を乗り出した。
「興奮するなよ。だって俺はハムスターなんだぜ?だったらもういつ死んでもおかしくないんだよ。今年で四歳だから、小型のげっ歯類にしちゃいつお迎えがきてもおかしくないだろ。」
「そんな・・・・カモンがいなくなったら私イヤだよ!」
藤井はカモンを手に乗せ、泣きそうな顔で見つめた。
「ふん!たかがネズミ一匹死んで悲しむ奴がいるかよ。」
「たくさんいるよ!私も悠ちゃんも・・・それにマサカリたちだって悲しむに決まってる!だから・・・そういう寂しいこと言わないでよ。」
「事実を言っただけだ。藤井の気持ちは嬉しいけど、寿命はどうしようもないからな。だから残された時間は悠一の為に使ってやりたいんだよ。」
それを聞いた時、コイツは相変わらずな意地っ張りな奴だと苦笑いした。
《要するに俺の傍にいたいってことだろ。素直じゃないよなあ、コイツは・・・・。》
なんだか俺までしんみりしてしまって、それを誤魔化すようにカモンを掴み取った。
「あ!コラ!そういう持ち方はするな!」
「いいよ、俺と一緒に行こう。大人しくポケットの中に入ってるんだぞ。」
俺は胸ポケットにカモンを入れ、指でツンツンとつついてやった。カモンは不機嫌そうに腕を組んでいたが、やがてポケットの中で丸くなってしまった。
「ちょっと寝る。尾行が始まったら起こせ。」
とりあえずカモンは俺と一緒に来ることになった。なら後は・・・・・。
「チュウベエ、お前は藤井と一緒に行ってやれ。」
そう言って目を向けると、「最初からそのつもりだ」と羽を広げた。
「こんなブルドッグに藤井は任せられない。」
「まあお前が一緒なら安心だよ。抜けてるようでしっかりしてるし、意外と頼りになるしな。」
「意外は余計だ。俺こそ有川家のエースプレイヤーだろ?」
チュウベエは藤井の肩に止まり、偉そうに胸を張った。
「藤井、俺が一緒だから安心しろ。」
「うん、よろしくねチュウベエ。」
う〜ん・・・マサカリの時とはまったく違う反応だ。やはり藤井もチュウベエが一緒だと心強いらしい。
「残るはメス連中だけど・・・・・、」
モンブランとマリナに目を向けると、藤井の傍でチョコンと座っていた。
《こいつらは藤井と一緒に行くつもりだな。まあモンブランはともかく、マリナまで預けるのは気が引けるな・・・・・・。》
マリナには申し訳ないが、コイツはきっと一番役に立たない。それどころか、かえって藤井の足を引っ張る可能性がある。
「マリナは俺と一緒に行こう。」
そう言って持ち上げると、「イヤよ!私も藤井さんと行く!」と叫んだ。
「藤井さんと一緒に行って、ある事ない事こと吹き込んで嫉妬を煽るんだから!」
「だったら尚のこと行かせられないな。お前は俺と一緒に来るんだ。」
「イヤよ!」
「ワガママ言うな。イグアナじゃ素早く動けないし、空も飛べない。お前にモンブランやチュウベエほどの活躍は期待できないんだよ。」
「そんなの分かってるわ。だって私はいっつもお留守番だから!でも役に立つかどうかは、行ってみないと分からないわよ?」
マリナは自信あり気に流し目を寄こしてくる。いったいどこからその自信がくるのか分からないが、それだけ自信があるなら俺と一緒に来てもらおう。
「じゃあマリナは俺と一緒な。これでグループ分けは完了だ。」
まだグチグチ言うマリナを無視し、みんなを見渡してそう言った。
するといつの間にか部屋におじさんが来ていて、「あの野郎を追っ払ったぜ」とタバコを吹かした。
「ああ、すいません・・・今アイツに見つかるとマズイもんで。」
「分かってるよ。だから適当に追い返してやったよ。」
おじさんはそう言って眠たそうに欠伸をし、「そんじゃ仕事に行って来るか」と踵を返した。
「なあ兄ちゃんたち・・・あんまり無茶するなよ。相手は密猟者なんだ。いくら証拠を押さえる為だからって、銃を持った相手に正面から挑んじゃいけねえぜ。」
「ええ、分かってますよ。」
笑いながら頷くと、おじさんは「そんじゃな」と手を振って出て行った。
「サッパリして良い人だよな。」
俺はああいう人は嫌いじゃない。一見ぶっきらぼうでも、中身は優しいと知っているからだ。
「ある意味たまきに似てるよな。」
そう呟くと、藤井が「ん?」と首を傾げた。
「いや・・・なんでもない。それじゃ俺たちも行動を開始しよう。きっと沖田は一度宿に戻るだろうから、山に向かうタイミングを見計らって後をつけるんだ。」
そう言うと、みんなは「了解!」と頷き合った。
それからはおばさんの用意してくれた朝食を食べ、軽くシャワーを浴びてから着替えた。
一応スマホを確認するが、まだアカリさんからの連絡はない。
翔子さんがどうなったのかは気になるが、今は自分の仕事をこなさないといけない。
俺たちは準備を整え、宿の前に集まった。辺りを窺って沖田がいないことを確認し、裏の路地からこっそりと沖田のいる宿に向かった。
そして路地の植え込みに身を隠すこと二十分、ようやく沖田とその仲間が現れた。
《仲間は全部で四人か・・・・。尾行は充分気をつけないとな。》
沖田たちは登山ウェアに身を包み、いかにも登山客であることをアピールしていた。
しかしその肩には大きなバッグが掲げられていて、少し重そうに担いでいた。
《あれに銃が入ってるわけか・・・・。沖田め、密猟なんてさせないからな!》
ルールを犯して殺される動物のこと、そして藤井を傷つけたこと、両方の怒りが燃え上がり、俺の心に火を灯していく。
グッと拳を握って怒りを堪えていると、藤井が手を重ねてきた。
「大丈夫・・・私たちならきっと上手くやれる。」
そう言って俺の手を握りしめ、もう一度「大丈夫」と囁いた。
「藤井・・・。」
その言葉と手の温もりのおかげで、胸の中の怒りが収まっていく。
《・・・そうだ。今は冷静にならないといけない。怒りに身を任せたら、それこそこっちに隙が出来てしまう。》
俺は藤井の手を握り返し、小さく笑いながら頷いた。
沖田たちはしばらく談笑していたが、やがて登山道のある親水公園へと向かって行った。
俺たちは顔を見合わせて頷き合い、足音を殺して後をつけた。
沖田を倒せば全てが終わる。密猟も防げるし、沖田を利用してベンジャミンを助ける方法も考えていた。
それに何より、藤井が安心して俺の元に戻って来ることが出来る。
最後の敵を倒す為、俺たちは息を殺して沖田の後をつけて行った。


            *


氷ノ山はとても深い山だった。
道はそんなに険しくないけど、辺りは木々に覆われて視界が狭かった。
もう少し登れば視界が開けるのかもしれないが、生憎俺は登山に縁がない。
沖田を尾行しながら山を登るのは、思っていたよりも体力のいることだった。
「はあ・・・はあ・・・キツイぞこりゃ・・・・。」
すでにヘバり始めた俺と違って、藤井はスタスタと先を歩いて行く。
「こんなので参ってちゃ沖田君を捕まえられないよ?」
藤井はこの一年の間に逞しくなっていた。昔は俺より体力がなかったくせに、今ではこっちの心配をしてやがる。
「分かってるよ・・・・でも足の筋肉がパンパンで・・・・。」
太ももを擦りながらそう言うと、マイちゃんが「おんぶしてあげようか?」と言った。
「これでも人間よりは力があるから、悠一君をおぶるくらいわけないよ?」
「いやいや、それはあまりにもちょっと・・・・・。」
いくら人間より体力があるからって、マイちゃんにおぶってもらうわけにはいかない。
震える足に気合いを込め、木々に覆われた山道を登っていった。
「偉そうなこと言っておきながら、悠一が一番だらしないじゃない。宿に戻る?」
モンブランが馬鹿にしたように言い、ノズチ君まで「それがいい」と笑った。
「どうせこんなポンコツは役に立たないんだ。沖田なんて俺が一発でKOしてやるぜ。」
「いやいや、そんなことしたら密猟の証拠が押さえられないだろ・・・・。」
ノズチ君なら沖田をぶっ飛ばすことは容易い。だが肝心なのは、アイツの密猟の証拠を掴むことなのだ。
「このスマホで密猟現場を撮影してやる。それまでは弱音を吐いていられない。」
弱気になれば勝負は負ける。どんなに足が痺れたって、ここは鞭を打って先へ進まないといけない。
青い落ち葉を踏みしめながら、ペットボトルの水を流し込んだ。
山道での尾行はきついが、でもそれなりに身体も慣れてきた。足はパンパンに張っているけど、体力は底をついていない。
じっと息を殺しながら、注意深く尾行を続けた。
すると尾行を続けること一時間・・・・ようやく向こうに動きがあった。
俺たちは近くの木立に身を隠し、そっと様子を窺った。
沖田はタバコを吹かし、何やら仲間に指示を出している。すると二人の仲間がそれに頷き、沖田とは別の道へと進んでいった。
《こりゃあ好都合だな。ここで二手に分かれて尾行しよう。》
俺たちは顔を見合わせて頷き、先ほど分けたグループに固まっていった。
そして沖田が動き出してから、そっと尾行を再開した。
「藤井・・・俺は沖田を追う。お前は他の奴らを頼んだ。」
そう言って沖田の後を追おうとすると、「待って」と腕を掴まれた。
「沖田君は私が追いかける。」
「ダメだよ。沖田は危険な奴なんだ、お前に任せるなんて出来ない。」
「けど私は沖田君のことを知ってる。いざとなったらチュウベエを飛ばして知らせるから、ここは私に任せて。」
藤井はそう言うが、でもこいつを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
困った顔で返事に窮していると、「早くしないと見失っちゃうよ」と前を指差した。
沖田は山道を真っ直ぐ進み、やがて木立を曲がって消えようとしていた。
「悠ちゃんの心配する気持ちは分かる。けど・・・・ここはどうしても私に任せてほしいの。」
「どうしてそんなに奴にこだわるんだ?」
この非常事態でここまで食い下がるなんて、よっぽどの事情があると思った。
すると藤井は、ニコリと笑って肩を竦めた。
「私は・・・・どうしても沖田君にギャフンと言わせたい。寝ている間に私に酷いことをして、悠ちゃんのことまで馬鹿にした・・・・。だから・・・絶対にそれを許したくない。私がこの手で引導を渡してやるわ!」
藤井の目は怒りに満ちていた。沖田に対しての許せない思いが、いつもの藤井とは違った表情を見せている。
「ごめん悠ちゃん、早く追わないと見失っちゃう。」
そう言って駆け出し、マサカリとチュウベエ、そしてモンブランもそれに続いていく。
「おい待て!お前の気持ちは分かるけど、やっぱりそれは危険・・・・、」
「いいよ、行かせてあげよう。」
「マイちゃん・・・。」
マイちゃんは俺の手を押さえ、「藤井さん」と呼んだ。
「ノズチ君を連れて行って。いざとなったらぶつけてやればいいから。」
そう言ってコロコロとノズチを転がすと、藤井の足元でピタリと止まった。
「よう藤井!俺様がしっかり守ってやるぜ!」
「ノズチ君・・・・一緒に来てくれるの?」
「当たり前だろ。惚れた女に命を懸けるのが男ってもんだ。」
「・・・ありがとう。じゃあ一緒に行こう。」
そう言ってノズチを抱きしめ、マイちゃんに向かって「ありがとね」と微笑んだ。
「藤井さん・・・くれぐれも無理はしないでね。それとノズチ君を放つ時は慎重に。下手をしたら相手を殺しかねないから・・・・。」
「うん、分かってる。それじゃコマチちゃんたちも気をつけてね。」
そう言い残し、藤井は足早に沖田の後を追って行った。
マサカリとモンブラン、そしてチュウベエもそれに続いて行った。
《お前たち・・・藤井を頼んだぞ。》
去りゆく藤井たちを見送ると、マイちゃんが「私たちも行こう」と腕を引っ張った。
「早くしないとこっちも見失っちゃうから。」
「そうだな・・・藤井のことはノズチ君や動物たちに任せて、俺は別れた奴らを尾行するか。」
沖田の仲間は、二手に分かれた道を左に進んで行っている。その先は曲がりくねったでこぼこ道で、早く追わないと本当に見失いそうだった。
俺たちはなるべく気配を消し、沖田の仲間をつけて行った。
・・・ターゲットは50メートルほど先を歩いている。鬱蒼とした木立のおかげで身を隠す場所には困らないが、よく注意していないといつ見失うか分からない。
しかし相手を見てばかりいては、でこぼこした足元につまづきそうになる。慎重に慎重に、息を殺して尾行していった。
近くには小さな沢が流れていて、やたらと足の長いザトウムシが歩いていく。
踏みつぶさないように気をつけながら、沢の水を避けて先へ進んだ。
ターゲットの二人は沖田より背は低いが、身体はガッチリとしていた。
いかにも鍛えている感じの身体付きで、登山ウェアから覗く二の腕は俺の倍以上はあった。
「もし取っ組み合いになったら負けそうだな・・・・。」
ぼそりとそう呟くと、マイちゃんが「大丈夫!」と細い腕を見せつけた。
「化けタヌキって力が強いんだよ。人間のマッチョマンになんか負けないから。」
「ま、まあ・・・そうかもな。あのノズチ君を従えてるんだから。」
「別に従えてるわけじゃないよ。ノズチ君は私の友達なの。気性の荒いところはあるけど、根っこは優しいんだから。」
「それは分かってるよ。だから藤井を任せたんだ。」
ノズチ君は口は悪いが男気のある奴だ。いざとなったら、きっと藤井を助けてくれるだろう。
「悠一君は私が守るからね。」
笑顔でそう言われ、「まあ・・・よろしく頼むよ」と苦笑いした。
すると胸ポケットの中でゴソゴソとカモンが動き、チロリと顔を覗かせた。
「ふああ〜・・・・ちょっと寝てた。今どんな状況だ?」
まるで指揮官気どりで偉そうに言い、ポケットの縁に肘を掛けて見上げてくる。
「今は沖田の仲間を尾行中だよ。沖田本人は藤井が追ってる。」
「そうか・・・。藤井の奴、よっぽど自分の手でトドメを刺したいんだな。」
「なんだ?さっきの会話を聞いてたのか?」
「いいや、聞かなくても分かる。だって藤井のことはよく知ってるからな。大人しいように見えて、けっこう攻撃的なところがある。」
「う〜ん・・・・否定出来ないな。」
「でもその分心配だけどな。感情に任せて突っ走らなきゃいいけど・・・・。」
カモンの心配は的を射ている。確かに藤井は直情的なところがあるし、無茶をする時もある。
そういう部分を、動物たちが上手いことフォローしてくれればいいんだけど・・・・。
藤井のことを心配して顔をしかめていると、カモンが口を開いた。
「なあ悠一。」
「なんだ?」
「あのさ・・・・さっきから気になってたんだけど・・・・。」
「ん?」
「あの沖田の仲間たち、多分こっちに気づいてるぜ。」
「なんだって?」
カモンは目を細めたまま沖田の仲間を指差す。すると向こうはチラチラとこちらの様子を窺っていて、目が合うとサッと逸らした。
「・・・・・・・・・・・。」
《なんてこった・・・・まさか気づかれていたなんて・・・。これじゃ密猟の現場を押さえられないじゃないか!》
どうしようかと立ち尽くしていると、沖田の仲間は足早に先へ進んでいった。
「マズイ!俺たちを撒く気だ!」
どうやらとっくにバレていたらしい。しかしそうとなれば隠れる必要はなく、もはや力づくで密猟を自白させるしかない。
「待て!」
俺たちは一気に駆け出した。でこぼこ道は走りにくいが、それは向こうも一緒だった。
必死に逃げようとするが、その距離はどんどん縮まっていく。
そしてこの手を伸ばせば触れられる距離まで来た時、相手の一人が突然振り返った。
「死ねやコラ!」
ドスの利いた声でそう叫びながら、太い腕でラリアットをかましてくる。
勢いのついた俺は止まることが出来ず、そのラリアットを思い切り食らってしまった。
「ぐげッ!」
太い腕が喉に食い込み、その反動で身体が宙に浮く。首に巻いたマリナは投げ出され、カモンはサッと胸ポケットから飛び出していった。
「ぐはあッ・・・・。」
宙に舞った身体が落ち、固い地面に背中が叩きつけられる。ラリアットのダメージと背中を打った衝撃で苦しんでいると、「立てや!」と髪を掴まれた。
「コソコソつけて来やがって・・・・お前が藤井をさらったのは知ってんだよ!」
赤い登山ウェアを着た髪の短い男が、俺の髪を引っ張って無理矢理立たせる。
「ちょ・・・ちょっと痛いって!」
俺は髪の毛を掴んだ手を外そうとした。しかし敵の腕力は相当なもので、俺の力ではビクともしなかった。
《こいつ・・・・なんて馬鹿力だよ!》
俺の髪を掴むその腕は、まるで丸太のように太かった。二の腕は立派に膨れ上がり、前腕には筋肉の筋が刻まれている。
パッと見ただけでも力があるのが分かり、まともに戦っても勝てないと悟った。
「おい待て!ちょっと話を聞いて・・・・、」
そう言いかけた時、腹に激痛が走った。
「ぐべッ!」
男のゴツイ拳が俺の脇腹を抉り、思わず息が出来なくなる。口からはヨダレが垂れ、ボディブローを食らって悶絶するボクサーの気持ちがよく分かった。
腹を押さえてうずくまっていると、今度はこめかみに衝撃が走った。
鋭い痛みと火傷のような熱さに襲われ、こめかみを押さえて地面にうずくまる。目の前に男の靴が見えたから、どうやら蹴られたらしい。
《まずい・・・・このままじゃやられる・・・・。》
何とかしなければと思うが、思うように身体が動かない。いきなり殴ったり蹴られたりすると、人間の身体はショックで硬直するようだ。
喧嘩なんか縁のない俺にとって、この状態から逆転しろといっても無理がある。出来ることと言えば、せめて動物たちを守ってやることくらいだ。
「マリナ!カモン!逃げろ!」
そう叫ぶと、カモンはサッサと逃げて行った。しかし動きの遅いマリナはあっさりと捕まり、首を絞めて持ち上げられた。
「ちょっと!離してよ!」
尻尾を動かして必死に逃れようとするが、男はビクともしない。それどころかマリナを持ち上げ、そのまま地面に叩きつけようとした。
「やめろ!」
咄嗟に立ち上がり、マリナを守ろうとした。しかし黄色い登山ウェアを着たもう一人の仲間が立ちはだかり、またボディブローを食らってしまった。
「ぐッ・・・・・。」
「大人しくしてろ。でないと腕の一本もらうぞ。」
男は俺の腕を捩じり上げ、頭を掴んで押さえつけた。
《クソ!このままじゃマリナが・・・・・。》
マリナは首を掴まれたまま、今にも地面に叩きつけられようとしている。あんなごつい腕力で叩きつけられたら、きっと無事では済まない。
でも今の俺に助ける術はない。だからといって諦めるわけにもいかず、首を捻って男の手に噛みついた。
「痛だだだ!何してんだ!」
噛みついたせいで余計に相手を怒らせてしまい、本当に腕が折れるかと思うほど捩じり上げられた。
「痛ってええええええ!折れるって!」
「言っただろ、大人しくしてないと折るって。心配しなくても腕が折れたくらいで死なないよ。」
どうやらコイツは本気で折るつもりらしい・・・・。ギリギリと捩じり上げらる度に激痛が走り、吐き気さえ催してくる。
絶体絶命とはまさにこういうことを言うのだろう。何も出来ない絶望感というのは、人間の身体から力を奪っていくものだ。
もうダメだと思い、悔しさを感じながら目を瞑った。
しかしその時、「やめて!」と甲高い声が響いた。そして次の瞬間、俺の腕を捩じっていた男が、宙を舞って吹き飛ばされた。
「みんなにヒドイことしないで!」
俺は腕を押さえながら顔を上げた。するとそこには、泣きそうな顔をしたマイちゃんがいた。
唇を噛んでブルブルと震え、鼻を真っ赤にしながら目に涙を溜めている。
「マリナを離して!」
そう叫んでもう一人の男の腕を掴み、強引にマリナを奪い取った。そして「悠一君!」と俺の方に投げて寄こすと、正面から男と取っ組み合っていた。
「なんだこの女・・・・。」
いきなり襲いかかられたものだから、男はわずかに怯んでいた。しかしすぐに気を取り直し、「大人しくしろや!」とマイちゃんの髪の毛を掴む。
「痛い!」
マイちゃんは咄嗟に腕を払った。すると男の腕は『メコ』と変な音をたて、あらぬ方向に曲がっていた。
「ぎゃああああああああああ!」
太い腕が有り得ない方向に曲がっている・・・。男は腕を押さえてのたうち回り、赤子のように泣き叫んでいた。
「ああああ!しまった!」
マイちゃんは頬を押さえて叫び、「大丈夫ですか!?」と男に駆け寄る。すると男は「来るな!」と叫び、立ち上がって逃げようとした。
しかし・・・・突然動きを止めた。なぜなら立ち上がろうとしたその先に、マムシを従えたカモンがいたからだ。
「おい、どこ行くんだよ?」
カモンは腕組みをして男を睨む。男は目と鼻の先にいるマムシに驚き、咄嗟に後ろへ逃げようとした。
だが振り向いたその先にはマイちゃんがいて、「腕を見せて下さいと!」と迫ってくる。
「ぎゃああああ!来るな!」
そう言って反対側に逃げようとするが、マムシが飛びかかってきて身を屈めていた。
「ひいいいいい!」
俺は腕の痛みをこらえ、チャンスとばかりに飛びかかった。
「この野郎!大人しくしやがれ!」
男の首に腕を回し、後ろに向かって引き倒す。そして総合格闘技のように馬乗りになって、サッと拳を振り上げた。
「おい!降参するか!?」
そう叫んで拳を見せつけると、先ほどマイちゃんに突き飛ばされた男が襲いかかってきた。
「舐めんなよコラ!」
しかしマイちゃんに「あっち行って!」と突き飛ばされ、岩壁に激突してノックアウトされた。
それを見たもう一人の男は、「なんだよお前ら・・・」と声を震わせていた。
「それを聞きたいのはこっちだ!いきなり襲いかかってきてどういうつもりだ!?」
胸倉を掴んで叫ぶと、男は顔をしかめて睨みつけてきた。どうやらまだ降参するつもりはないらしい。
「マイちゃん、やっちゃって。」
「うん。」
「それとカモン、マムシに噛ませてやれ。」
「おう!」
「わ、分かった!降参するから!だからその化け物みたいな女を近づけないでくれ!」
「誰が化け物よ!」
マイちゃんは怒りの形相で男の顔を踏みつけた。
「ふぎゃッ!」
いきがっていた男はついにノックアウトされ、「ま・・・参った・・・」と降参した。
「俺の負けだから・・・・もうやめてくれ・・・・。」
「ふん!最初からそう言えばいいんだよ。言っとくけど次に暴れたら容赦しないからな。」
そう言って男から離れると、腕を押さえて痛そうにしていた。マイちゃんはサッと駆けより、「見せて」と腕を掴んだ。
「・・・・折れてはないと思う。きっと脱臼だね。」
よく見ると男の腕は肘が外れていて、赤く腫れ上がっていた。
「関節を入れれば戻ると思うけど・・・・・悠一君出来る?」
「無理だよ。マイちゃんは?」
「・・・・ちょっと自信ないかな。でもやってみる。」
マイちゃんは男の腕をしっかりと握り、慣れない手つきで間接をはめようとした。
「待て待て!素人に触られたらそれこそヤバイ!」
男は腕を引いて首を振った。そして黄色い登山ウェアの男を指差し、「アイツを起こしてくれ!」と頼んだ。
「柔道整復師なんだ。脱臼くらいなら治してくれるから・・・・・。」
「ほんと?」
マイちゃんは倒れる男の元に駆けより、「ちょっと」と肩を揺さぶった。
目を開けた男は「ぬお!」とビビっていたが、マイちゃんが「あの人を助けてあげて」と指差すと、すぐに状況を理解していた。
「松沢!」
そう叫んで松沢なる男の元に駆けより、「すぐに治してやるからな・・・」と心配そうに見つめていた。
俺はマイちゃんの方に目をやり、彼女の強さに畏敬の念を抱いていた・・・・・。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十三話 白鬚ゴンゲン(2)

  • 2014.11.30 Sunday
  • 12:47
JUGEMテーマ:自作小説
『藤井さんのことが好きなら、しっかり捕まえておきなさいよ。』
アカリさんにそう言われて、ふと大事なことを思い出した。
《そうだよ・・・アカリさんからの電話で忘れてたけど、藤井はもう結婚してるんだった・・・。なんか訳ありな感じだけど、きちんと話を聞いておかないとな。》
俺はチラリと藤井の方を見つめた。すると向こうもこちらの様子を窺っていて、言いようのないくらいに不安な顔をしていた。
「すいませんアカリさん、これから藤井と大事な話があるんです。もしかしたら沖田に関することかもしれないので、とりあえず一旦切っても大丈夫ですか?」
『ええ、いいわよ。こっちも進展があったらまた教えるから。』
「お願いします。それじゃ・・・・翔子さんのことよろしく頼みます。」
そう言って電話を切ろうとした時、『待って!』と止められた。
『この前ベンジャミンがあんたに会いに来たでしょ?』
「ええ、なんかわけの分からない言いがかりをつけられて、七億払えとか言われましたよ。」
『あれね・・・・あんたに会うのが目的だったのよ。』
「はい?俺に会うのが・・・・・、」
『さっきも言ったけど、ベンジャミンは藤井さんに恩がある。だから彼女を沖田から守ろうとしたんだけど、逆に脅される羽目になった。でもこのままだと藤井さんはいつか必ず酷い目に遭うと分かっている。だから・・・・あんたに会いに行ったのよ。
藤井さんの彼氏がどんな男なのか?頼りになる奴なのか?藤井さんを守るだけの気概と力があるのか?そして・・・・どうやらあんたはベンジャミンのお眼鏡にかなった。だから沖田のことを忠告していったのよ。アイツと一緒にいると、藤井さんが酷い目に遭うとね。』
「それは・・・・自分の代わりに藤井を守れってことですか?」
『何を言ってるのよ、藤井さんを守るのは元々あんたの役目でしょ?ベンジャミンは、あんたが藤井さんの彼氏に相応しいかどうか会いに行っただけよ。そして・・・あんたなら藤井さんを任せても大丈夫だと思ったんでしょう。だからこそ、自分は翔子さんを誘拐してまで目的を果たそうとしているのよ。もうここまで来たら、沖田に脅されてるなんて関係ないからね。ベンジャミンの企みが上手くいったら、沖田も必ず殺されるわ。けどそんな血生臭いことになる前に、あんたに藤井さんを沖田の元から離してほしかったんだと思う。ベンジャミンは確かに野蛮なところはあるけど、根は義理堅くて情に厚い奴なのよ。それは同じ稲荷の私がよく知ってるから・・・・。』
アカリさんは少し寂しそうな声で言った。電話の向こうから声が途切れ、重い空気だけが耳に響いた。
『ベンジャミンは・・・私とよく似た過去を持ってる・・・。私もアイツも元々はただのキツネで、愛する者を人間に殺された・・・・。だから傷を舐め合うわけじゃないけど、アイツとは仲良くやっていたの・・・・。
私たちは元がただのキツネだから片身は狭かったけど・・・・お互いの痛みを理解出来るから・・・・ずっと傍にいたの・・・。私とアイツは・・・・友達だった・・・・。』
アカリさんの声は震えていた。小さく鼻をすする音が聞こえ、電話の向こうから彼女の悲しみが伝わって来るようだった。
『ねえ悠一君・・・・ベンジャミンを助けてあげて・・・。このままだとアイツは必ずダキニ様に殺される・・・・。こんな馬鹿な企みが通用するほど、ダキニ様は甘くない。だから・・・・アイツを助けてあげて・・・・。』
「アカリさん・・・・・。」
『アイツは頭が良いクセに馬鹿なのよ・・・・。馬鹿みたいに義理堅くて、馬鹿みたいに真っ直ぐなだけなの・・・・・。
だから大事な者を守れなかった自分が、悔しくて悔しくて堪らないだけなのよ!
悠一君は動物を助ける活動をしているんでしょ?だったらベンジャミンを助けてあげて!あの馬鹿を助けてあげてよ・・・・・お願い・・・・。』
電話の向こうからアカリさんの押し殺した泣き声が聞こえる。それはいつもの気丈な彼女からは想像出来ないほど、自分の心をさらけ出した叫びに聞こえた。
俺はしばらく黙っていた。アカリさんが電話の向こうで俺の返事を待っているのを感じながら、ただ宙を見つめていた。
「悠ちゃん・・・・何があったの・・・・?」
藤井が堪りかねたように尋ねてくる。俺はそんな藤井の顔を見つめながら、アカリさんやベンジャミンの境遇を自分に置き換えてみた。
《もし藤井が誰かに理不尽に殺されるようなことがあったら、きっと俺は憎しみを抱くだろう。藤井を殺した奴を拷問にかけ、苦しみ抜いた末に殺してやりたいとさえ思う・・・・・。けどそんなことをしたって藤井は生き返らない。俺はただただ胸に空いた虚無感に苛まれることになるはずだ。》
・・・・藤井がいなくなる。いや、俺にとっての大切な者たちがいなくなる・・・。我が家の動物たちや、翔子さんやたまきがいなくなったら・・・・俺は・・・・・、
「アカリさん、任せて下さい。ベンジャミンは俺が何とかしてみせます。」
そう返事をすると、『ほんとに・・・?』と呟いた。
「ほんとです。だってアカリさんの言ったとおり、俺は動物を助ける活動をしていますからね。だから・・・・きっと何とかしてみせますよ。」
『・・・・あんた・・・・馬鹿じゃないの?こんなの感情に任せて頼んだだけなのに・・・・本当に引き受けてくれるの?』
「ええ、今俺の目の前には藤井がいるんです。俺たちは今までにたくさんの動物を助けてきたから、今回もきっと上手くやってみせますよ。」
胸を張って偉そうに言ったものの、上手くいった試しの方が少ない。しかし今日の俺は男らしいそうなので、多少の見栄は許されるだろう。
それに何より、ここまで話を聞いて、俺にはある考えがあった。それが上手くいけば、ベンジャミンを助けることが出来るかもしれない。
『・・・分かった、あんたを信じるわ。きっとベンジャミンを助けてあげてね。』
「はい!任せて下さい。」
『それじゃ一旦切るね。また何かあったら連絡する。・・・ああ!それと藤井さんにもよろしく言っておいて。あなたに会ったことはないけど、私はあなたを信用するって。・・・・それじゃ。』
俺はスマホをポケットにしまい、みんなの方を振り返った。
目の前では藤井とマイちゃんが息を飲んで俺の言葉を待っていて、ノズチ君はなぜか俺に飛びかかろうとしていた。
「おいコラ!ボケっと突っ立ってないで電話の内容を言え!みんな不安で仕方ないんだからよ!」
「分かってるよ。けどその前に聞いておくことがあるんだ。」
俺は藤井の顔を見つめながら、頭に浮かんだある質問をぶつけてみた。
「お前が結婚した相手って・・・・もしかして死んだ犬を捜してくれって依頼してきたおじさんじゃないのか?」
そう質問をぶつけた途端、見る見るうちに藤井の顔が青ざめた。
「やっぱりか・・・・。ベンジャミンの奴、そこまでして藤井に恩を返そうと・・・・。」
一人で納得していると、ノズチ君が「スカした顔で納得してんじゃねえや!」と叫んだ。
「なんで分かったのか説明しやがれ!」
「お前はいつもカッカしてるな。もうちょっと落ち着けよ。」
「へん!カッカするのがツチノコなんだ!図鑑にもそう書いてあるぜ!」
「書いてないよ。ていうか図鑑にツチノコは載ってない。」
ノズチ君の相手をしていたら話が進まない。適当に受け流し、藤井を見つめて問いかけた。
「なあ藤井・・・お前は知っているんじゃないか?死んだ犬を探すおじさんが、実はベンジャミンだってことを。」
「・・・・・・・・・。」
「黙ってても表情でバレバレだよ。お前はベンジャミンを助けたことは覚えてなくても、アイツが稲荷だってことは知っていたはずだ。稲荷ってのは人間に化けられるから、姿形だってある程度は自由に変えられる。だからきっと・・・そのおじさんはベンジャミンなんだ。ベンジャミンはどうにかしてお前を守りたいと思い、沖田から引き離すことを考えた。
だから死んだ犬を捜してくれだなんて嘘の依頼を持ちかけた。そうすれば沖田は呆れて相手にしないだろうけど、お前は食いつくと踏んだんだ。死にかけた自分を助けてくれるほど優しいお前なら、きっとこんな依頼でも信じてくれると思ってな。」
一息にそう問い詰めると、藤井は視線を逸らして手元を見つめた。
「お前だって、心の底ではそんな馬鹿げた依頼は信じていなかったはずだ。けどどうしてもそのおじさんの気持ちを汲んであげたいから、沖田に黙って一人で会いに行った。そこでそのおじさんは、自分がベンジャミンであることを明かしてこう言ったんじゃないか?『沖田は危ない奴だから、すぐに奴の元を離れろ』ってな。
お前はその時に、沖田がどういう人間か教えられたはずだ。そして・・・・・きっとショックを受けたと思う。まさか自分が師事している人間が密猟者だなんて思わなかっただろうからな。動物好きのお前は沖田に怒りを覚えて、奴を一人で追い詰めることを決意した。だから沖田を説得して、ベンジャミンの嘘の依頼を引き受けるように頼んだんだ。」
相変わらず藤井は顔を上げない。しかしそれこそが俺の言っていることを認めている証拠で、構わず先を続けた。
「お前はベンジャミンから聞いていたんだろう?沖田がこの山で密猟をしていることを。
だからベンジャミンの嘘の依頼を利用して、奴と一緒にここまでやって来た。沖田が密猟をしている証拠さえ押さえれば、後は警察に行くだけだからな。
けど・・・ベンジャミンはそんな危険なことは許さなかった。お前を引き留めようと説得はしてみたものの、全く聞く耳を持ってくれなくて困ったはずだ。お前を守る為に沖田の本性をバラしたのに、それがかえってお前の心に火を点けてしまったんだからな。だからベンジャミンは慌てた。そこで思いついたのが、ノズチ君が自分の神社を壊した事を利用することだったんだ。
ノズチ君はお前の友達だから、その責任を追及することを思いついた。金を払うか、自分の元で働くかしない限り、沖田の元には帰さないってな。けど・・・・ベンジャミンはもう一つ選択肢を突きつけたはずだ。それは・・・・沖田を自分一人で追い詰めるなら、俺と結婚しろって選択肢だ。違うか?」
俺は目に力を込めて藤井を睨んだ。もうここまで来てだんまりは許さない。ここから先は藤井の口から認めてもらわないと意味がない。
そうでなければ、全ては俺の勝手な推測になってしまうから・・・・・。
藤井はひどく困っていた。忙しなく手元を動かし、泣きそうな顔でまばたきを繰り返していた。
すると黙って見ていたマイちゃんが、「もういいじゃない、全部話してスッキリしちゃお・・・」と呟いた。
「悠一君は藤井さんの大切な人なんでしょ?だったら・・・きっと受け止めてくれるよ。どんなことがあったって、きっと受け止めてくれる。私は藤井さんより前から悠一君を知ってるからね、それは保証するよ。」
マイちゃんはそう言って優しく藤井の肩を撫でる。顔を上げた藤井は目元に涙を溜めていて、「ごめんなさい・・・」と呟いた。
「さっき悠ちゃんが言ったこと・・・・ほとんど当たってる・・・・。」
「そうか・・・。アカリさんから話を聞いた時、ベンジャミンが悪い奴じゃないって分かったんだ。だったら、マイちゃんがずっと俺のことを想っていてくれたように、ベンジャミンだってお前のことを想っていたはずだ。そんな義理固い奴が、命の恩人を放っておいて自分の目的を遂行するはずがない。アイツは・・・・今でもちゃんと藤井のことを守ろうとしている。結婚の条件まで飲んで、沖田を追い詰めることを選らんだお前を守る為に・・・・俺に会いに来たんだ・・・・。」
自分の考えは全て正しかった。ちょっと自信はなかったけど、でも藤井が認めてくれてよかった。
だって・・・こういう理由なら、藤井の結婚も納得出来るから。藤井はあくまで動物の為にベンジャミンと結婚したんだ。
沖田の罪を暴き、これ以上密猟の犠牲となる動物を出さない為に・・・・・。
「藤井・・・俺はもう怒ってないよ。お前はやっぱり昔のままだ。いつだって動物の為に無茶をする、出会った頃の藤井のままだ。」
そう言って藤井の手を握ろうとすると、なぜかサッと避けられた。
「どうした?もう俺は怒ってないんだぞ?そんなに怖がらなくても・・・・・、」
「違うの!そうじゃないの!」
藤井は喚くように言い、目に溜まった涙を流しながら俺を見つめた。
「・・・・私・・・まだ悠ちゃんに言ってないことがある・・・・。」
「俺に言ってないこと?」
「だっておかしいと思わない?私はチュウベエとカモンが来る前から、沖田君がどういう人間か知っていたんだよ。
だったらもっと早く悠ちゃんの元に帰ってるはずじゃない・・・・。」
「ああ、言われてみれば確かに・・・・・。」
藤井がここへ逃げて来たのは、チュウベエとカモンが沖田の本性を伝えに行ったからだ。
でも藤井は、それ以前から沖田が密猟者であることを知っていたわけだから、これは確かに変だった。
「まだ・・・・悠ちゃんに言ってないことが二つある・・・・。そのうちの一つはベンジャミンのこと・・・・。」
「ベンジャミンの・・・・?」
「私は知ってたの・・・・彼が何を企んでいるかを・・・・。だって彼の口から全てを聞かされたから・・・・。
けどそんな事をしたら、きっと彼は不幸な目に遭うと思った。私は・・・・私を守ってくれようとしている彼を放っておけなかった。」
藤井は辛そうに顔を歪めながら言う。俺はそんな藤井の顔を見て胸が痛んだ。
「お前は気にしてたんだな。アイツの企みを知りながら、それを黙っていたことを。」
「だって・・・・そのせいで翔子さんがさらわれちゃったから・・・・。悠ちゃんの大事な友達なのに・・・・ごめんなさい・・・・。」
そう謝る藤井は、心の底から申し訳なさそうにしていた。俺はさらに胸が痛み、「お前のせいじゃないよ」と言った。
「私は彼の企みをやめさせようと思って、悠ちゃんに電話した。」
「俺に電話?」
「この前したでしょ?ベンジャミンのことで。」
「ああ、あれか・・・・。ノズチ君が神社を壊してどうのこうのって・・・・。でもあの時は、ベンジャミンの企みなんて一言も話してなかった気がするけど・・・・?」
そう尋ねると、藤井は黙り込んだ。まるで毒でも盛られたように、胸にグッと手を当てながら。
「言いたかったけど言えなかった・・・・。だって私は・・・・・もう悠ちゃんに頼みごとを出来る立場じゃないと思ったから・・・・。」
「どうして?俺とお前の仲なんだぞ。何でも言えばいいじゃないか。」
「それが出来ないから言えなかったの!私が昨日言ったこと覚えてる・・・・?」
「昨日言ったこと?・・・・・ええっと、なんだっけ?」
「沖田君のことよ。彼に何かされたのかって聞いたでしょ?」
「ああ、あれか・・・。途中でたまきに止められたから、あれ以上聞けなかったけど・・・・。それが何か関係あるのか?」
なんだか嫌な予感がして、思わず腕を組む。この先は聞かない方がいいような気がするけど、ここで背を向けるわけにはいかなかった。
「なあ藤井。もう結婚の話まで聞かされたんだ。今さら何を聞いても驚きゃしないよ。だから何でも言ってくれ。」
努めて優しい口調で言うと、藤井は小さく首を振った。
「なんだよ、ここまできて言いたくないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
藤井は無言で俯き、小さく震えていた。胸に当てた手を握りしめ、痛みを抑えるように力を込めていた。
・・・・長い沈黙が流れる。ここから先は聞かない方がいいという警告が頭の中に流れているけど、それでも聞かないわけにはいかない。
ただじっと藤井の言葉を待ち、流れる沈黙に耐えていた。
「・・・あのね・・・・昨日・・・私は嘘を言った・・・・。」
藤井は震える声で言う。まるで大きな罪でも告白するように、その顔は色を失くして沈んでいた。
「昨日は・・・・沖田君に何もされていないって言ったけど・・・・それは嘘なの・・・・・。
私・・・・私は・・・・・もしかしたら・・・・沖田君に抱かれていたかもしれない・・・・。」
「え?」
「・・・・今から半年ほど前に、仕事が忙しくて彼の事務所に泊まったの・・・・。
すごく疲れてたから、ソファに横になってすぐ眠たくなった・・・・。ウトウトして眠りに落ちていく途中・・・・ふと沖田君の匂いを近くに感じたの。ううん、匂いだけじゃない。彼の息遣い、それに私の頬に触れる感触も・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「けどあまりに眠かったから、特に気にせずにそのまま寝ちゃった・・・・・。でも次の日の朝に起きたら・・・・・毛布が掛けられていて、私は彼の服に着替えさせられていた。私の着ていた服は全部事務所の洗濯機に入っていて・・・・下着もその中にあった・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから慌てて自分の身体を調べてみたら、お腹に違和感があって・・・・それで・・・・。」
藤井は目を瞑り、堪りかねたように泣き出した。マイちゃんがその肩を抱くと、身を預けるように項垂れていた。
「きっと・・・・寝ている間にやられちゃったんだと思う・・・・。あの時はすごく疲れてたから、何をされても気づかなかったんだと思う・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「目を覚ましたら沖田君はいなくなっていて、今日は疲れているみたいだから休んでいいって書置きがあった。普段は風邪を引いても休ませてくれないのに、こんなのおかしいと思った・・・・。でももしかしたら私の勘違いかもしれないし、それに彼に直接聞くのも怖かった・・・・。最初は何かの間違いだって忘れようとしたんだけど、日に日に胸の中で大きくなっていって、我慢が出来なくなって・・・。」
藤井は言葉を詰まらせながら、強く目を閉じた。眉間に皺が寄り、必死に言葉を絞りだそうとしている。
「だからその日からしばらく、沖田君の元から逃げてたの。それで・・・・一度だけ悠ちゃんのアパートの前まで行ったことがある。そこまで行った時、すぐにでも悠ちゃんに会いたい衝動に駆られた・・・。昔みたいに、あのアパートの階段を上って、あの部屋に入って・・・・。悠ちゃんやマサカリ経ちと一緒に、昔みたいにみんなで楽しく過ごしたかった・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「でも・・・無理だった・・・・。だって知らない間に、沖田君にひどい事されていたかもしれないって思うと、悠ちゃんに会うのが怖くなった・・・。偉そうなことを言ってあの街を出ていったクセに、そんな状態で会うなんて・・・・とてもじゃないけど出来なかった・・・・。だから・・・・沖田君の所に戻った・・・・。あの日のことは忘れることにして、何もなかったかのように振舞った・・・・。でも・・・・昨日チュウベエとカモンが会いに来た時に、もう我慢が出来なくなって・・・・・。もうこんな所にはいたくない・・・・そう思ったから・・・。私は・・・・みんなの所に帰りたかった!悠ちゃんとマサカリ達がいる・・・あの街に・・・・・。」
藤井の絞り出した声は、大きく震えて宙に消えていった。そして藤井自身も、この場所から消えてしまいたいという風に力を抜いていった。
「・・・ごめんなさい・・・・嘘ついちゃって・・・・。本当は私の方が先に参ってた・・・・。この前だって山で悠ちゃんに会った時、飛び上がるほど嬉しかった・・・。でもやっぱり怖かったから、冷たい態度を取っちゃった・・・・。もっと早く帰りたかったけど、このことがバレるのが怖くて・・・・ずっと黙ってた・・・・ごめんなさい・・・・。」
藤井は胸の支えを吐き出すように、口元に手を当てて泣いていた。マイちゃんは慰めるように藤井を抱きしめ、その背中を撫でていた。
「藤井。」
声を掛けると、藤井はビクリと肩を動かした。でも顔は上げない。俺の目を見るのを拒絶するように、決して顔を上げようとはしなかった。
「・・・・・もういいじゃんか、戻って来いよ・・・・。」
藤井は小さく首を振り、子供のように泣きじゃくっていた。
「俺はさ・・・・お前がそんなに苦しんでるなんて知らなかった。だから・・・謝るのは俺の方だよ。」
そう言いながら藤井に近づくと、マイちゃんがそっと離れていった。ノズチを抱きかかえ、足音を消して部屋から出て行く。
「アカリさんっていう同僚がいるんだけど、その人にこう言われたよ。彼女をほったらかしにしたらダメだって。だから俺は・・・・きっと怠けてたんだろうな。大切な人ならいつだって気に掛けてないといけないのに、俺は怠けてた。もっと・・・・もっと早く、お前が苦しんでいることに気づいてやればよかった・・・・。だから・・・・俺の方こそごめんな。」
そっと手を伸ばし、藤井の肩を抱き寄せる。藤井はしばらく固くなっていたが、やがて俺の背中に手を回してきた。
「ごめん!ほんとうにごめんなさい・・・・・。」
「なんで謝るんだよ?お前は何も悪くないだろ。」
「だって・・・・私は沖田君と・・・・・、」
「それはお前のせいじゃない。誰だって疲れたらぐっすり寝ちまうもんだよ。だから・・・・自分を責めたらいけない。
悪いのはお前を放ったらかしにしていた俺の方だ。」
俺は藤井を強く抱きしめ、その匂いを感じるように頭をくっつけた。柔らかい藤井の髪が頬に触れ、とても懐かしい気持ちにさせられた。
「なあ藤井・・・・俺たちが倒すべき敵はもう決まっている。だから・・・・手を貸してくれないか?」
藤井は顔を上げ、まだ潤んだ瞳で俺を見上げた。
「俺は約束したんだ。さっき電話で話していたアカリさんって人と・・・・。」
「アカリさん・・・・悠ちゃんと同じ銭湯の人だね?」
「うん。ミッションが失敗したら死んじゃうかもしれない人・・・いや稲荷だ。そのアカリさんにさ、ベンジャミンを助けてやってくれって頼まれたんだよ。だから俺はこう言った。藤井と一緒なら、きっとベンジャミンを助けてみせるって。」
「・・・・・・・・・・・。」
「俺はアカリさんの境遇を知ってる。だから絶対に彼女の気持ちは裏切れない・・・・。」
「・・・・うん。」
「藤井・・・・もう一回俺たちで始めようよ。俺とお前、そしてマサカリ達と一緒に、動物を助ける活動をさ。だから・・・戻って来い。あの街に、そして・・・・俺の傍に・・・・。」
ずっと伝えたいと思っていた言葉が、ようやく言えた。藤井が俺の元を離れてから一年・・・・ずっと胸にしまっていた言葉をようやく言えた。
俺は藤井の目を見つめながら返事を待った。昇った朝陽が窓から射し込み、俺たちをぼんやりと照らした。
「いいの?私、またあのアパートに戻ってもいいの?」
藤井の潤んだ瞳が、陽の光を受けて小さく光る。それはきっと、胸の中に射した希望の光なんだろうと思った。
「いいに決まってるだろ。誰だって自分の居場所ってのがある。だから戻って来いよ。俺もマサカリたちも、ずっとお前が帰って来る日を待ってたんだから。」
「・・・・・ありがとう・・・・。」
藤井は掠れる声で頷き、身を預けるように抱きついてきた。
俺はそんな彼女の頭を撫でながら、「お前がいないもんだから、モンブランとマリナにオモチャにされてかなわないんだよ」と笑った。
「・・・またみんなと一緒に過ごせる。もう・・・・意地を張るのはやめる。」
そう言って藤井は涙を拭い、いつもの気丈な顔に戻った。
窓から射す光はだんだんと強くなり、光の射す角度も変わっていく。
朝陽というのは、いったん顔を出すとすぐに昇っていく。長かった夜が嘘のように、夜明けの光は瞬く間に世界を照らしていく。
「藤井・・・・おかえり。」
「・・・・うん。」
俺たちはお互いの温もりを感じるように、しばらく抱き合っていた。そしてふと視線を感じて顔を上げると、部屋の外からみんながこちらを見ていた。
マイちゃんにノズチ君、そして我が家の動物たち。マサカリは涙ぐんで鼻をすすり、モンブランはニヤニヤしながら笑いを隠し、カモンは小さな腕を組んで頷いていた。
そしてチュウベエはなぜかミミズの切れ端を咥えていて、マリナはうんうんと頷いて目尻を拭っていた。
それに気づいた藤井は「ただいま」と笑いかけ、その横顔に朝陽を受けて輝かせた。
きっと・・・・また夜はやって来ると思う。陽が昇るなら、その陽が沈む瞬間が必ずやって来る。
でも長い夜を乗り切れば、また陽が昇って光を照らしてくれる。辛い時間が嘘だったように、世界を明るく照らしてくれる。
マサカリたちは嬉しそうに駆け寄ってきて、口々に茶化し始めた。
藤井は楽しそうに動物たちと笑い合い、俺の手を握りしめて微笑みかけた。
これが・・・これこそが俺の宝物だった。絶対に失うわけにはいかない、俺の人生で最高の宝物だった。
陽は昇っても、まだ全てが終わったわけじゃない。沖田という敵を倒さない限りは、本当の夜明けはこないのだから。
俺と藤井は手を握りしめ、じっと見つめ合って頷いた。
言葉は交わさなくとも、本当の夜明けを迎える為に、必ず沖田を倒すことを誓い合った。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十二話 白鬚ゴンゲン

  • 2014.11.29 Saturday
  • 12:35
JUGEMテーマ:自作小説
山の朝は夏でもひんやりする。
陽が昇れば暑くなるけど、まだ太陽は顔を見せない。青白い光を空に投げているだけだ。
山の稜線から漏れる光は、麓にある民宿を包んでいる。
俺は窓の傍に立ちながら、澄んだ山の空気を全身で感じていた。
昨日は具体的な考えが何も思い浮かばず、結局沖田をどうするかは決められなかった。
それにたまきからは何の連絡もなく、こちらから一度だけ電話を掛けたが圏外になっていた。
「・・・・・不安が消えない。全てを悪い方向に考えてしまうな・・・・。」
人間というのは、一つの辛いことはには耐えられる。しかし幾つも不安が重なると、精神的なストレスは倍増するものだ。
翔子さんのこと、そして沖田のことが気になって、昨日はほとんど眠れなかった。
動物たちは俺の後ろでスヤスヤと眠っているが、隣の部屋にいる藤井はどうだろう?
あいつは俺より神経が太いから、案外ぐっすり眠っているかもしれない。
『悠ちゃんと動物たちは自分の部屋で寝てね。私はコマチさんと一緒にこっちで寝るから。』
昨晩はそう言われてあの部屋から追い出された。
あの後藤井とマイちゃんがどんな話をしていたのか分からないけど、今はそんなことを気にしても仕方が無い。
俺は湯飲みにお湯を注ぎ、安物のティーパックを沈ませた。
安物といえども、朝のお茶は心を落ち着かせてくれる。熱いお茶が腹に染みわたり、身体の隅々まで染み渡っていくような気がした。
「さて・・・・これからどうするか?沖田の密猟の証拠を押さえるには、奴を尾行しないといけないわけだけど・・・・。
でも山の中で尾行ってなあ・・・上手くいくかな?」
沖田はプロの探偵だ。いくらペット探偵といえど、俺みたいな素人が簡単に尾行出来る相手じゃないだろう。しかも山の中で・・・・・。
しかしここでじっとしていても何も始まらないわけで、何かしら行動を起こさないといけない。
残ったお茶を一気に飲み干し、とりあえず部屋を出た。すると隣の部屋から話声が聞こえてきた。
「藤井もマイちゃんも起きてるのか?」
時刻は午前五時半。ずいぶん早起きだなと思ったが、それは俺も同じだった。
もしかしたら藤井も眠れていないのかもしれない。いくら神経が太かろうが、あいつだって色々と心配になることはあるだろう。
俺はクマの出来た目をしばたきながら、そっとドアに手を掛けた。するとその瞬間、急にドアが開いて黒い塊が飛んできた。
「痛ッ!」
黒い塊は思い切りおでこにぶつかり、鈍い痛みを走らせた。
「なんだよ!」
おでこを押さえながら黒い塊を睨みつけると、ムクムクと動いて赤い舌を出した。
「コラ!そんな所にボケっと突っ立てるな!オシッコ漏れちゃうだろ!」
ノズチはプリプリ怒りながら、またボールのように丸まってトイレに駆けこんでいった。
そしてしばらくすると、トイレを流す音が聞こえてきた。
「あいつ・・・どうやってトイレを流したんだろう・・・?」
どうでもいいことを真剣に考えていると、後ろから「おはよう」と声を掛けられた。
「おお、おはよう。」
藤井がニコリと笑って手を挙げる。その隣ではマイちゃんがお茶を飲んでいて、「おはよう」と言った。
「おはよう。さっきから話し声が聞こえてたけど、もう起きてたのか?」
そう尋ねると、藤井は「まあね」と肩を竦めた。
「昨日は夜遅くまで起きてたから、ちょっと眠いけど。」
「やっぱりお前も眠れなかったのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ちょっとコマチさんと色々と話てて・・・・。」
藤井はそう言ってマイちゃんの方を見る。二人は顔を見合わせてニコリと笑い、何やら秘密の会話でもしていたかのようだった。
「なんかもったいぶった言い方だな。何を話してたのか俺にも教えて・・・・、」
そう言いかけた時、また背中に重い衝撃が走った。
「痛ッ!」
「コラ!そんな所にボケっと突っ立てるな!部屋に入れないだろ!」
「お・・・お前なあ・・・・いちいちぶつからなくてもいいだろ!」
「へん!どこを通ろうと俺の勝手だ!邪魔な所に立ってる奴が悪いんだ。」
ノズチ君はまったく悪びれず、コロコロと転がってマイちゃんの腕に収まった。
「ゆっくり転がれるんじゃないか・・・・。次からはそうしろよまったく・・・・。」
背中を押さえながら立ち上がると、藤井が「まあまあ、座って」と向かいに手を向けた。
「悠ちゃんは昨日眠れなかったの?」
「まあな。人間色々と心配事があると、眠くても眠れないもんだ。」
「そうだね・・・。沖田君のことも不安だけど、一番の心配は翔子さんだね・・・。」
「昨日の夜中に、一度だけたまきに電話を掛けたんだ。でも圏外だったよ。きっとダキニの所へ行ってるんだと思う。」
「ダキニって・・・・悠ちゃんが言ってたお稲荷さんだね。確か一番偉い稲荷なんでしょ?」
「ああ、アイツと関わったせいで、俺は命を懸けたミッションをやらされる羽目になった。
今回のことだってそうだよ。元はといえばアイツのミッションが始まりなんだ。密猟者を捕まえろだなんて、俺一人で出来るかってんだ・・・。」
ダキニはいつも無茶を言ってくる。きっと俺の困る姿を想像して楽しんでいるに違いない。
そう思うと腹が立ってくるが、翔子さんを助けるにはダキニの協力が必要だ。
「悠一君・・・・目の下にクマが出来てるよ。昨日は本当に寝てないんだね。」
マイちゃんが俺の目の下を指差す。
「眠りたくても眠れなかったよ。動物たちはグーグー寝てるけど。」
「やっぱり友達がさらわれたら心配になるよね・・・・。」
「そりゃそうだよ。もし翔子さんに何かあったらと思うと、気が気じゃないからな。でもきっとたまきが何とかしてくれる。だから俺たちは俺たちのやるべきことをやらないと。」
無理矢理笑顔を作ってそう言うと、藤井とマイちゃんはまた顔を見合わせた。
「藤井さん・・・・やっぱり昨日のことは悠一君に話すべきですよ。そうじゃないと、きっと密猟者は捕まえられないから・・・・。」
「そうだね・・・。出来れば黙っておきたかったけど、そうもいかないみたいだし・・・・。」
藤井は俺と同じように無理矢理笑顔を作り、自分を納得させるように頷いた。
「なんだよさっきから。俺に聞かれたらまずい話でもあるのか?」
俺はじっと二人を睨み、唇を尖らせて尋ねた。昨日はいったい何を話していたのか?それを聞かないといけないような気がした。
「今は非常事態なんだ。沖田を捕まえる上で役に立つことがあるなら、ぜひ聞かせてくれよ。」
「分かってる・・・・。でも・・・・・、」
「なんだよ、お前にしちゃ煮え切れない態度だな。俺に聞かれたらまずい話なのか?」
「いや、まずいっていうか・・・・困るっていうか・・・・・。」
「困る?何が困るんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「黙ってないでさっさと言えよ。悪いけど、昨日は寝てなくて気が立ってるんだ。あんまりじらされたらイライラしてくるじゃないか。」
少し語気を強めてそう言うと、マイちゃんが「まあまあ」と取り成した。
「藤井さんだって心の準備がいるんだから、そう急かさないで。」
「心の準備?なんだよそれ・・・ますます気になるじゃないか。」
イライラしてさらに語気が強まる。するとノズチ君が「藤井を困らせるな!」と怒鳴った。
「女子には色々と心の準備があるんだよ!そんなことも分からねえのか!」
「妖怪にそんなこと言われたたくないよ。」
「誰が妖怪だ!俺は妖怪じゃなくてツチノコだ!」
「同じだろ。わけの分からないいかがわしい生物なんだから。」
「い、いかがわしいだと!おのれ・・・・・ボウリングのピンみたいに跳ね飛ばしてやる!」
ノズチ君はボールのように丸くなり、俺に飛びかかろうとした。しかしアッサリとマイちゃんに抱え込まれ、「大人しくしてて」と怒られていた。
「なんだよコマチまで・・・・。藤井の抱えてる秘密はペラペラ喋れるようなことじゃないんだぞ!」
「それは分かってるよ。だから大人しくしててって言ってるの。無理矢理喋らせたら可哀想だから・・・・。」
「可哀想なら話さなくてもいいんだよ!だいたいこんなアンポンタンに秘密なんか喋る必要はないんだ!藤井が誰と結婚してようが関係ないんだからな!」
「あ!言っちゃダメ!」
マイちゃんは慌ててノズチ君の口を押さえる。しかし時すでに遅しで、俺は「結婚・・・?」と藤井を睨んでいた。
「あ!違うんだよ!これはアレだから!ノズチ君の戯言だから!」
マイちゃんが慌てて誤魔化そうとする。しかし今の俺には誰の言葉も耳に入らない。ただ一人、藤井の言葉以外は・・・・・。
「なあ藤井。さっきノズチ君が言ったことは本当なのか?お前・・・・もしかして俺に内緒で・・・・・、」
そう言いかけた時、藤井は「違う!」と叫んだ。
「これは違うの!動物を助ける為に仕方なく・・・・・、」
「動物を助ける為・・・・?いったいどういうことだよ?詳しく聞かせろ。」
俺は藤井に詰め寄り、真っ直ぐにその顔を睨んだ。藤井の目は明らかに泳いでいて、青い顔で唇を震わせていた。
「・・・・・・・・・。」
「なんで黙る?結婚ってどういうことか説明しろよ。」
「・・・それは・・・その・・・・・。」
「お前・・・昨日言ってたよな?俺には言いたくないことがあるって。それってもしかして、結婚のことだったんじゃないのか?お前は俺と離れてる間に、他に好きな男でも出来たんだろう?だからそいつと結婚を・・・・・、」
そう問い詰めると、藤井は金切り声を挙げて「違うってば!」と叫んだ。
「何が違うんだよ!さっきノズチ君は確かに結婚って言ったじゃないか!」
「だから話を聞いてよ!ちゃんと理由があるんだから!」
「理由?理由ってなんだよ?理由があれば俺に黙って結婚してもいいっていうのか?」
「そうじゃないってば!これは依頼を引き受ける為に仕方なくやったの!全てが終わったらちゃんと離婚届を出すつもりよ!」
「はあ?依頼の為に結婚って意味が分かんねえよ。ていうかいったい誰と結婚したんだ?まさか沖田とか言わないよな?」
俺はさらに藤井に詰め寄った。もしここで沖田と結婚したなんて言ったら、俺はどう出るか分からない。
今から沖田を殴りに行くか?それともこの場で藤井と縁を切るか?
「なあ答えろよ。いったい誰と結婚したんだ?」
「・・・・それは・・・・・・、」
「ゴニョゴニョ言ってないでハッキリ答えろよ!」
思わず声を荒げると、マイちゃんが「落ち着いて!」と俺を突き飛ばした。
「ぐはあッ!」
稲荷もそうだが、化けタヌキも力が強いらしい・・・・・。俺は思い切り後ろに倒れ、後頭部を打ちつけて悶絶した。
「悠一君!ちゃんと藤井さんの話を聞いてあげて!」
「いや、だって藤井が全然喋らないから・・・・・、」
「そんなにまくしたてたら喋れないに決まってるよ!急かさないでってさっきから言ってるのに、どうしてそんなに怒るの?」
マイちゃんは泣きそうな顔で俺を睨む。そしてノズチ君をこちらに向け、「藤井さんの話を聞かないならノズチ君を解き放つよ?」と恐ろしいことを言った。
「ちょ、ちょっと待って!そんなことをしたら宿が壊れる!」
「じゃあ黙って聞いてくれる?」
「そりゃ聞くけどさ・・・・。でもこっちだっていきなり結婚とか言われて混乱してるんだよ。だから、とりあえず誰と結婚してるのかを・・・・、」
「・・・・ノズチ君、やっちゃっていいよ。」
「オウ!」
「いや、待て待て!お前が暴れたらおじさんとおばさんにまで迷惑が掛る!」
「じゃあ黙って聞いてくれるのね?」
「いやあ・・・・こっちにだって色々と聞きたいことが・・・・・、」
「ノズチ君。」
「おうよ!」
「わ、分かったから!大人しく聞くからその妖怪を引っ込めて!」
俺は慌ててマイちゃんを座らせた。
「ちゃんと藤井の話を聞くから、だからノズチ君は引っ込めて、な?」
「分かった・・・・。」
マイちゃんは素直に大人しくなったが、ノズチ君はまだやる気満々で俺を睨んでいた。
「次に妖怪って言ったら月まで飛ばすぞ。」
「もう言わないよ。だからお前も落ち着け。」
怒るノズチ君を宥め、俺も気持ちを落ち着けて藤井の向かいに座った。
「取り乱して悪かった。ちょっとあまりにショックだったから・・・・。」
そう謝ると、藤井は「いいよ、悪いのは私だから」と目を伏せた。
「出来ればずっと黙っていたかったけど、そうもいかないからね。」
そう前置きしてから、深呼吸を繰り返して口を開いた。
「あのね・・・・まず誰と結婚したかっていうと・・・・・・、」
そう口を開きかけた時、俺のポケットでスマホが鳴った。
「ちょっとごめん!」
慌ててスマホを確認してみると、それはアカリさんからだった。
「もしもし!翔子さんはどうなったんですか!?無事なんですよね?ていうかたまきと連絡が取れないんですよ。アイツはダキニと話をつけたんですか!?いや、それより翔子さんの安否は・・・・、」
まくしたてるように質問すると、『うるさい!』と怒られてしまった。
『そんなにまくしたてられたら話せないでしょ!黙って聞け!』
「す・・・すいません・・・つい焦っちゃって・・・・。」
『まあ気持ちは分かるけどさ・・・・。』
アカリさんは声を落とし、『今から言うことをよく聞いてね』と言った。
『まず翔子ちゃんだけど、今のところは無事よ。ベンジャミンから連絡があって、翔子ちゃんに代わってもらったから。』
「よかったあ・・・・無事だったか・・・・。」
『でもまだまだ油断は出来ない状況よ。ベンジャミンは自分の神社に立て籠って、翔子ちゃんを人質に強請りをかけてきてるからね。』
「ゆ、強請りですって!?」
『そうよ。ベンジャミンが翔子ちゃんを人質に取った理由は二つある。一つは身代金目当て。あの子の家はお金持ちだから、多額の身代金を取れると思ったんでしょうね。ほら、この前あんたが七億を立て替えてもらったでしょ。どうもアレで味を占めたみたいで・・・・。』
「そんな・・・じゃあ俺のせいで翔子さんは・・・・・、」
『誰もそんなこと言ってないわよ。悲観的になる前に話を聞きなさい。』
話を聞きなさいか・・・・。どうも最近これを言われる機会が多いな。どうやら俺は、自分が思っている以上に焦っているみたいだ。
『ベンジャミンは金に汚い奴だから、誘拐までしても私腹を肥やしたいのよ。でも稲荷だからいくらでも警察から逃げようがある。きっと今回が初めての誘拐じゃないわね。今までにも何度かやってるのよ。そうでないと手際が良すぎる。私の目の前から翔子ちゃんをさらって行く時も一瞬だったからね。』
そんなことを聞かされると余計に不安になってくる。金に汚く手段を選ばないということは、翔子さんの身の保証は出来ないということだ。
『不安になる気持ちは分かるわ・・・。私だって翔子ちゃんが心配だもの。
でも今は焦っている場合じゃない。それは翔子ちゃんを誘拐したのには、もう一つ理由があるから。』
「もう一つの理由・・・・・?」
『そうよ。ていうかこっちが本来の目的って言っても過言じゃないわ。実はね、ベンジャミンは過去に自分の彼女を密猟者に殺されてるのよ。』
「彼女を殺されるですって?それはいったいどういう・・・・?」
『ベンジャミンは今でこそ禍神になっちゃってるけど、元々はただのキツネなのよ。アイツが稲荷になったのは、密猟者に彼女だったキツネを殺されたせいなの。その恨みから人間を憎むようになったんだけど、それを憐れに思ったダキニ様が、特別に稲荷に取り立ててあげたのよ。アイツは頭だって回るし、仕事だって出来る。それに腕っ節も強いから、きっと役に立つと踏んだんでしょうね。』
「ダキニ・・・・またダキニか・・・・。」
面倒なことにはだいたいダキニが関わっている。いったいどこまで人に迷惑を掛ければ気が済むのかと思ったけど、今はダキニに腹を立ててもしょうがない。
「それで・・・その後ベンジャミンはどうなったんですか?」
『稲荷になってからしばらくは落ち着いていたわ。でもある事がキッカケで禍神になっちゃったのよ・・・・。』
「ある事ですか?」
『ベンジャミンはね、稲荷になってから密猟に遭う動物を助けようと奮闘してたのよ。
けどいくら頑張っても密猟は無くならない。だからダキニ様に訴えて、稲荷の力を集めて人間に反旗を翻そうとしたわけ。だけどダキニ様はそれを却下した。なぜならダキニ様は、人間社会との調和を望んでいたからね。』
「調和ですか?人間の社会を支配下に治めたいだけのような気がするけど・・・・。」
『まあそういう部分もあるかもね。でもダキニ様は心の底では人間と争うことなんて望んでいないのよ。個人を利用してメリットを得ることはあるけど、社会全体を敵に回そうだなんて思っていないわ。あの御方だって名のある神様なんだから、ちゃんと人間のことも考えてるわよ。だからこそベンジャミンの訴えは退けた。それどころか、ベンジャミンの目に余る行動を咎めていたわ。』
「目に余る行動ですか?なんか無茶しそうな奴ではあるけど、いったい何をして咎められたんですか?」
『それはね・・・・・人間を殺してるのよ。』
「こ・・・殺してるって・・・・いったいどういうことですか!?」
『ベンジャミンは密猟者を憎んでいる。だから動物を守る為に、密猟者を殺したことがあるのよ。
このまま放っておけば、あと何人殺すか分からないってくらいに残酷にね。だからダキニ様はベンジャミンを咎めた。このままアイツが人間を殺し続ければ、いずれ人間との間に大きな摩擦が出来る。稲荷の中にはベンジャミンに同調する者もいたから、ダキニ様としては放っておけなかったのよ。』
「そりゃそうでしょうよ。人を殺し続けたりなんかしたら、いずれ世間で騒がれますよ。いったい誰が犯人なんだ?って。」
『その通りよ。だからダキニ様はベンジャミンにこう言ったわけ。『これ以上人間を殺したら、あんたを稲荷の世界から追放する』ってね。そう言われたベンジャミンは、ダキニ様に食ってかかった。『稲荷は動物を見捨てて、人間の味方をするのか』って。その時のダキニ様の返事はたった一言。『青臭いこと言うんじゃない、この若僧』それがキッカケとなって、ベンジャミンはダキニ様の元を離れた。そして禍神となって、人間に災いをもたらすようになったっていうわけよ。』
俺はスマホを握りしめ、その時の様子を思い浮かべてみた。言い争うダキニとベンジャミン。二人の姿が容易に想像がつき、思わず身震いしてしまった。
《きっと言い争うだけじゃ終わらなかったんだろうな。あのベンジャミンのことだ、ダキニに挑みかかったに違いない。
でもコテンパンに返り討ちにされて、それが元でダキニと袂を分かったんだろう。だったらこの二人の関係は修復不可能ってことか・・・・。》
たまきは言った。ダキニには稲荷の長としての責任があると。それを逆手に取って、ベンジャミンを捕えるのを手伝わせると。
けどアカリさんの話が本当だとしたら、きっとダキニは手を貸さないだろう。
なぜなら今のベンジャミンは稲荷じゃないからだ。ただの悪魔のような存在に成り下がり、しかもかつての長であるダキニとは袂を分かっている。
だったら到底ダキニが協力してくれるとは思えない。きっと上手い具合に言い逃れ、たまきにベンジャミンを討たせようとするに決まっている。
そう考えると、さらに不安が増してきた。早いところ翔子さんを助けないと、本当に何をされるか分からない。
『もしもし?悠一君?』
「・・・・・ああ!すいません・・・・ちょっと不安になってきちゃって・・・・。」
『分かるわ、こんな事を聞かされたら冷静じゃいられないわよね。だって翔子ちゃんの身にいつ危険が及んでもおかしくないんだから。』
「その通りです。けどベンジャミンが翔子さんをさらった理由って何なんですか?身代金が一つの目的ってことは分かったけど、二つ目の目的っていったい・・・?さっきのダキニとの話に関係があるんですか?」
そう尋ねると、アカリさんは『大アリよ』と答えた。
『さっきの話からも分かるとおり、ベンジャミンはダキニ様にも憎しみを抱いている。だからダキニ様をどうにかして稲荷の長から引きずり落として、自分が頂点に君臨するつもりなのよ。そして密猟をする人間・・・・いえ、動物を苦しめる人間は、手段を選ばすに殺すつもりでいる。でもその為にはダキニ様を引きずり下ろすキッカケがいるわよね?そのキッカケっていうのが翔子ちゃんなのよ。』
「どうして翔子さんがキッカケになるんですか?」
そう尋ねると、『鈍いわねアンタは』と怒られてしまった。
『彼女は稲松文具っていう世界的に有名な大企業の娘さんなのよ。だから彼女を誘拐し、身代金を受け取った後で殺せばどうなるか?きっと世間は大騒ぎ。いったい誰が犯人なのかって血眼になって捜すわよ。その時にベンジャミンは、ダキニ様を犯人に仕立て上げるつもりでいるわけ。ダキニ様は人間の世界でも結構な有名人でね。大きな化粧品会社を経営してるわ。他にも幾つも事業を起こしていて、財界じゃ知らない人間はいないわね。』
「なるほど・・・・そんな人が誘拐を起こして殺人を犯したとなれば、世間は放っておきませんね。」
『そういうこと。しかも運が悪いことに、今はダキニ様の会社と稲松文具はちょっとした敵対関係にあるのよ。この二つの会社は家具も作ってるんだけど、今から一年ちょっと前にある事で揉めてね。ダキニ様の持ってるカマクラ家具の特殊技術が、稲松文具に盗まれたのよ。決定的な証拠が無いから法的に訴えることは出来ないけど、それでもダキニ様を誤魔化すことは出来ない。だからダキニ様は稲松文具の株を買い占めて報復しようとしたんだけど、そのせいでまた揉めちゃって・・・・。』
「なんかややこしい話ですね。でも話の要点は分かります。ダキニは翔子さんを誘拐する動機があるってことですね?彼女は稲松文具の娘さんだから。」
そう答えると、『鈍い割に物分かりがいいじゃない』と褒められた。
『ベンジャミンは翔子ちゃん誘拐して殺し、その罪をダキニ様になすり付けようと企んでいるわけ。だからこのままじゃ確実に翔子ちゃんは殺される。一刻も早く助けないと。』
「それは分かりますけど、よく短時間でそこまで調べましたね。アカリさんて意外と頭が良い・・・・・、」
『うるさいわね!調べたのは私じゃなくてウズメさんよ!意外と頭が悪くてゴメンね!』
耳がキンキンするほどの声で怒鳴られ、思わず電話から耳を離した。
「話はよく分かりましたけど、結局は何の進展も無いってことでしょう?じゃあここはやっぱりたまきに任せるしか・・・・・。」
そう答えると、『情けないこと言ってんじゃないわよ!』と怒鳴られた。
『いい?私があんたに電話をしたのは、翔子ちゃんのことだけじゃなくて、沖田に関することもあるからなのよ。』
「沖田にですって!?」
『ほら、たまきから聞いてるはずでしょう?私がベンジャミンからケータイを奪ったって。そしてそのメモリーの中に、沖田って奴の名前があったことも。』
「ええ、聞いてますよ。沖田啓二・・・・俺たちが捕まえようとしている密猟者の名前です。」
『ベンジャミンのケータイの中に沖田の名前があったってことは、この二人には何かしらの繋がりがあるってことよね?』
「そうなりますね。ていうかどっとかが指示して、密猟をしているんじゃないかと俺は疑ってるんですけど・・・・。」
そう答えると、アカリさんは『その通りなのよ!』と叫んだ。
『これもウズメさんが調べたことなんだけど、どうやら利用されているのはベンジャミンの方みたいなの。』
「ベンジャミンが?だってあいつは神様なんですよ?だったら沖田に利用されるなんてことは・・・・・、」
『普通なら無いわね。けどベンジャミンには弱みがあったの。』
「弱み・・・・ですか?」
『そうよ。ベンジャミンはかつてキツネだった頃に、人間に助けられた過去があるの。そして彼を助けた人間っていうのが・・・・藤井さんなのよ。」
「なんですって?藤井が・・・・?」
思わず声を上げると、藤井が不安そうにこちらを見つめていた。俺は声のトーンを落とし、藤井から目を逸らして尋ねた。
「どういうことなんですか?藤井が過去にベンジャミンを助けたって・・・・。」
そう尋ねると、アカリさんは『あんたとコマチちゃんの関係と同じよ』と答えた。
『あんたは子供の頃にコマチちゃんを助けたでしょ?それと同じように、藤井さんも一匹のキツネを助けたことがあるの。
まだ子供だった頃に、道端で撥ねられているキツネをね。』
「じゃ、じゃあ・・・・そのキツネがベンジャミンってことですか?」
『そういうこと。藤井さんはベンジャミンの命の恩人なのよ。だけど当の藤井さんはそのことを覚えていないみたいでね。
だからベンジャミンは自分の正体を隠して、彼女に恩返しをしようとしていた。その恩返しの方法っていうのが、沖田から守ってやることだったのよ。』
「藤井を守る・・・ですか?」
『ベンジャミンはあれでも神様の端くれだからね。どんなに表面を良く見せても、ちゃんと人間の本性は見抜くわよ。だから藤井さんが地元に戻って来た時、沖田と一緒にいるのを見つけて、奴の本性を見抜いたんでしょうね。こんな奴と一緒にいたら、いつか藤井さんが酷い目に遭わされるって。だからどうにかして二人を引き離そうとしたんだけど、逆に自分が追い詰められることになった。』
「ベンジャミンが追い詰められる?そんなまさか・・・・、いくら沖田でもそこまでは・・・・、」
『やるわよ。』
「え?」
『沖田ならやる。いや、出来るのよ。だって沖田はベンジャミンの弱みを握っているから。さっき私が言ったことを覚えてる?ベンジャミンは人間を殺したことがあるって。』
「ええ。でもそれがどうかしたんですか?」
『どうかしたどころじゃないわよ。いい?ベンジャミンが殺した密猟者っていうのは、沖田の仲間なのよ。』
「はい?沖田の仲間・・・・?」
『沖田はかなり前から密猟をやっていたの。でもそれをベンジャミンに見つかって殺されそうになったのよ。幸い沖田は運よく逃れることが出来たけど、でも目の前で仲間を殺された。それはもう・・・口では言えないくらいに無惨にね。だから沖田はそのことを根に持ってるわけ。そしてペット探偵と称して、その実は仲間を殺した犯人を捜していたのよ。でも自分だけじゃ限界があるじゃない?だから藤井さんを仲間に引き込んだってわけ。彼女の動物と話せる力を使えば、きっと仲間を殺した犯人を見つけられると思ってね。』
「そ、そんな・・・・じゃあ藤井は最初から利用されていたってことじゃないですか・・・・。」
『そういうこと。沖田は藤井さんを口説き落として仲間に入れた。そして・・・・それは仲間を殺した犯人を捜すには最高の手段だったのよ。だってベンジャミンは藤井さんの命の恩人だからね。たまたま彼女を見つけたベンジャミンが、自分の方から近づいて来てくれたんだもの。』
「あああ!それで逆にベンジャミンが追い詰められたってことか・・・・。」
人間、素直に納得すると声が大きくなってしまう。そのせいでまた藤井が不安そうな顔をするので、咳払いをして声を落とした。
「もちろん沖田は藤井とベンジャミンに繋がりがあるなんて知らないだろうから、嬉しい誤算だったでしょうね。」
『その通りよ。きっとベンジャミンは沖田たちに襲いかかった時、人間に化けている時の姿を見られていたんでしょうね。
そしてベンジャミンが藤井さんに近づいて行った時も、当然人間に化けていたはず。だから・・・・・、」
「だから・・・一目見てこいつが犯人だとバレてしまったと?」
『そういうこと。ようやく犯人を見つけた沖田は、自分からベンジャミンに接触していった。彼のことを調べ上げ、とうとう近くの神社に住んでいるという所まで突きとめた。だからベンジャミンを呼び出し、自分の仲間を殺されたことをネタに復讐しようとしたのよ。』
「それ・・・なんか無謀ですね。あのベンジャミンに正面から挑むなんて・・・・。」
『別に無謀じゃないわよ。だってこの時点では、沖田はベンジャミンが稲荷だなんて知らないもの。刃物の一つでも持っていけば勝てると思ったんでしょう。それに平気で密猟をするような人間だから、肝だって座ってるだろうし。』
「そ、そういうもんですか・・・・・・?」
『まあ気の弱いあんたには分からい感覚だろうけどね。でもとにく沖田はベンジャミンに会いに・・・・いや、復讐しに行った。でも相手は稲荷だから、当然勝てるわけはないわよね?沖田はアッサリとやられて、逆に殺されそうになった。けどそこでベンジャミンの正体を知ることになった。ベンジャミンは自分の身を守る為、稲荷の姿になって戦ったはずだから。沖田はそれを見た時、ベンジャミンがこの神社に祭られている稲荷だと知ったわけ。でもこれは、沖田にとって二つ目の嬉しい誤算だった・・・・。』
アカリさんはそこで一呼吸置き、少し間をとってから続けた。
『実は沖田の実家は、昔から続く地主の家柄でね。だから地元の神社の管理だって任されてるのよ。もしベンジャミンが殺人者だとバレたら、神社の管理を任されている地主は、それを放っておくわけがない。だって神社に殺人者が住んでいたら、怖くて誰も近寄れないでしょ?だから当然警察に通報して、ベンジャミンを排除しようとするでしょうね。
するとどうなるか?自分の神社を失った神様というのは、急速に力が衰えるものなの。神様は神社を寄り代とし、そこから人々の信仰を集めることで力を保っているからね。有名な神様ほど力を持っているのはその為よ。』
「なるほど・・・・。ということは、沖田はそれをネタに強請りをかけたわけですね?お前を殺人者だとバラし、この神社から追放するぞと。」
「そうよ。だからベンジャミンは沖田に従うしかなかった。だって今ここで自分の神社を失えば、それこそダキニ様を引きずり下ろすどころじゃなくなるからね。それに翔子ちゃんを誘拐して身代金を要求したのだって、もしかしたら沖田が絡んでいるのかも。」
「そんな!アイツは翔子さんまで利用しようとして・・・・・、」
『落ち着いてよ。今のはただの私の推測だから。けどそれ以外のことは全部ウズメさんが調べたことだから、間違いないわよ。
自分の仲間の稲荷を使って、一晩中ベンジャミンのことを調べていたからね。』
「そう・・・ですか・・・。なら間違いないですね・・・・。」
ここへ来て急にベンジャミンに対する印象が変わってしまった。てっきりアイツが黒幕かと思っていたのに、実は沖田の方が黒幕だったなんて・・・・。
翔子さんのことに関しては、まだ沖田が関わっているかどうかは分からない。けど無関係とは思いにくいから、それはやはり沖田の口から直接聞かねばなるまい。
『悠一君、もしかして傍に藤井さんがいる?』
突然そう尋ねられ、ビクリとして「ええ・・・」と答えた。
『やっぱりか・・・・。』
「やっぱりってどういう意味ですか?」
『なんだかね、今のあんたと話してるとそんな気がしたのよ。』
「それは・・・・勘って奴ですか?」
『違うわよ。今日の悠一君、いつもよりしっかりしてるなと思ってさ。普段はもっとアンポンタンでビクビクしてるはずなのに、今日はやけに男らしく感じたから。だからもしかしたら近くに彼女がいるのかと思ってさ。』
「いや、確かに近くに藤井はいますけど、でも俺はいつも通りですよ。別に男らしいなんてことは・・・・。」
『それはあんたが自覚してないだけ。今日の悠一君は、絶対にいつもより男らしいわよ。あんたをそんな風に変えるなんて、きっとすごく良い彼女なんでしょうね。絶対に他の男に取られないように、しっかりと捕まえておきなさいよ。逃がしたら一生後悔するから。』
そんなことを言われても、こっちとしてはどう返していいのか困ってしまう。でも藤井にはずっと傍にいてほしい。
この先別れるかもなんて思っていたけど、出来ればこれからも一緒にいたいな・・・・・なんて・・・・・、
でもそう考えた時、ふと思い出した。
《そうだよ・・・アカリさんからの電話で忘れてたけど、藤井はもう結婚してるんだった・・・。なんか訳ありな感じだけど、きちんと話を聞いておかないとな。》
そう思いながら藤井を振り返ると、不安そうにこちらを見つめていた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十一話 密猟者を追え(8)

  • 2014.11.28 Friday
  • 12:50
JUGEMテーマ:自作小説
翔子さんがさらわれる・・・・・。
予想もしない出来事は、俺の胸に嫌なモヤモヤを掻き立て、そして不安にさせていった。
アカリさんからの電話を終えると、たまきはすぐに出掛けて行った。
『今からダキニの所に行って来るわ。あんた達はここで待ってて。』
そう強く念を押して、急いで宿を出て行った。
俺はみんなと一緒に宿に残され、ただただ翔子さんの身を案じていた。
《翔子さん・・・どうか無事でいて下さい・・・。》
何度も何度も同じことを願い、なるべく悪い方向へ考えないようにする。
しかしそれでも不安は消えず、胸の中に重たい石が置かれたような気分だった。
《翔子さん・・・どうか無事で・・・・。》
暗い窓の外を見上げながら、たまきとの会話を思い出していた。


            *****


『私は一旦戻るわ。あんた達はここにいなさい。』
そう言って宿を出て行こうとしたので、『俺も行く!』と追いかけた。
『ダメよ、あんたはここにいなさい。』
『どうして!?翔子さんがさらわれたんだぞ!じっとしていられないよ!』
『・・・・・アカリから聞いたんだけど、翔子ちゃんをさらった奴は、どうも沖田と関係がありそうなのよ。』
『沖田と・・・・?』
『まだ断定は出来ないけどね。けど・・・・翔子ちゃんをさらった犯人は、私たちの知る人物よ。』
『俺とたまきが知っている奴・・・・誰だよ?』
そう尋ねると、たまきは射抜くような視線を向けてきた。
『ベンジャミンよ。』
『べ、ベンジャミンが・・・?』
『そう。あの金貸しがやったの。』
『そ、そんな・・・・・ベンジャミンだって一応は神様なのに・・・・・、』
そう言って俯くと、たまきは『禍神(マガツカミ)ね』と言った。
『マ・・・マガツカミ・・・・・?』
『禍神は、その名の通り禍々しい神様ってことよ。己の欲に溺れ、神様でありながら災いをもたらす存在。西洋で言うところの悪魔と同じものね。』
『そ、そんな・・・・そんな奴に翔子さんが・・・・・、』
『禍神は恐ろしい相手よ。このままだと、翔子ちゃんがどんな目に遭わされるか分からない。だから私はすぐに戻るわ。
あんたは達はここで沖田の動向を探ってなさい。沖田とベンジャミンはどこかで繋がってるはずだから。』
『アカリさんがそう言ってたのか?』
『そうよ。翔子ちゃんがさらわれたのは、こがねの湯から出て来たところだったらしいの。
だから近くにいたアカリが助けようと飛びかかったんだけど、アッサリと負けたみいたい。
でもその時にベンジャミンのケータイを奪ったらしいのよ。』
『ベンジャミンのケータイを・・・・?じゃあもしかしてその中に・・・・・・、』
『ええ、密猟者とおぼしき相手と連絡を取った形跡があった。しかもその相手の名前は、沖田啓二。』
『沖田・・・啓二・・・・。』
そう呟きながら藤井を振り返ると、『それ、沖田君のフルネームだよ・・・』と顔を青くしていた。
『だったらやっぱり沖田が・・・・・。』
『まだ断定は出来ないけど、その可能性は高いわね。まあ全てはベンジャミンを捕まえれば分かることよ。だから私はダキニに会いに行ってくるわ。』
『ダキニに?どうして?』
『どうしてって決まってるでしょ。ベンジャミンは稲荷なのよ?だったら一族の長に責任を取ってもらわないと・・・・。』
そう言ってたまきは意地悪く笑った。
『同族が罪を犯したとなれば、ダキニだって動いてくれるはずよ。ていうか意地でも動かすけどね。』
そう言いながら玄関に向かい、靴を履いてから振り返った。
『きっとダキニは、ミッションを利用して悠一を働かせるつもりだったのよ。』
『どういうことだ?』
『ベンジャミンが禍神だってことは、当然ダキニも知ってるはず。だからミッションという形で、あんたを動かしたってことよ。』
『で、でも・・・・俺なんかが禍神とやらに勝てると思えないんだけど・・・・・、』
そう返すと、たまきは『馬鹿ね』と笑った。
『ダキニが本当に動かしたかったのは、あんたじゃなくて私よ。一回のミッションにつき、一度だけ私の力を借りられるでしょ?だから私を動かして、ベンジャミンを消してほしかったのよ。』
『消すって・・・どうやって?』
『ベンジャミンは神社の建て替え費用を払えなんて、あんたにイチャモンをつけてきたでしょ。しかも七億も。もしそれを断ったら、きっとあんたに襲いかかったでしょうね。けど私が傍にいる限り、そんなことは許さない。あんたを守る為に、ベンジャミンを殺していたかもしれないわ。』
『ああ、なるほど・・・・。』
『けど翔子ちゃんが七億を肩代わりしてくれたから、ダキニの計画は狂った。きっと今頃、次はどんな手であんたを利用しようか考えているはずよ。』
『・・・・・・・・・・・・・・。』
たまきの話を聞いて、何も言葉が出てこなかった・・・。
もしあの時たまきがいなかったら?もしあの時翔子さんがお金を払ってくれなかったら?俺は最悪殺されていたかもしれないってことだ・・・・。
そう思うと怖くなってきて、ただ黙ってその場に立ち尽くしていた。
するとたまきは『これであの女の恐ろしさが分かったでしょ?』と肩を叩いた。
『俺・・・・とんでもない奴に喧嘩を売ってたんだな・・・・。なんて卑怯で狡猾な奴だよ・・・。』
『ダキニは計算高い女だからね、他人を利用する術に長けてるのよ。ダキニならベンジャミンにも勝てるでしょうけど、極力自分の手は汚したくないのよ。』
『なんかダキニらしいな、それ。』
唇を尖らせながらそう言うと、『そういう奴よ、昔からね』と笑っていた。
『でもまさか密猟に手を出しているとは知らないでしょうね。いくら禍神に堕ちたとしても、ベンジャミンは一応は稲荷だもの。人間に災いを向けることはあっても、同じ動物に悪さをするとは思っていないはず。ダキニにとっては痛い誤算よ。』
そう言いながらドアを開け、暗い夜道に踏み出した。
『でも考えようによっては、これはチャンスよ。ベンジャミンの悪事を逆手に取って、ダキニを動かすことが出来る。もしベンジャミンを捕まえることが出来れば、翔子ちゃんも助かるし、あんたはミッションをクリア出来る。』
『なんでミッションがクリア出来るんだ?』
『さっきも言ったでしょ?ダキニには稲荷の長として責任を取ってもらうって。そうすればもうこんな馬鹿げたミッションなんてお終い。あんたは晴れて自由の身よ。』
『そうかもしれないけど・・・・でももし翔子さんに何かあったら・・・・・。』
ベンジャミンは非道な奴だ。それに加えて禍神ともなれば、いったいどんな悪さを働くか分からない。
一刻も早く翔子さんを助け出さないと、無事ではすまない可能性が・・・・・・。
『悠一。』
翔子さんの身を案じて不安になっていると、たまきはニコリと微笑んだ。
『大丈夫、翔子ちゃんは必ず助けてみせる。私を信じて。』
『たまき・・・・・。』
『あんな金貸しキツネ野郎に、あんたの友達を傷つけさせたりはしないわ。』
たまきは安心させるように微笑みかけてくる。だから俺は迷わず頷いた。
『うん、翔子さんのことは頼んだよ。お前なら・・・・きっと助けてくれるはずだから。』
『任せておいて。何かあったら連絡するから、それじゃあ。』
たまきは手を振り、赤いスポーツカーに乗って去って行った。
それを見送った俺は、部屋に戻ってじっと翔子さんの身を案じていた。


            *****


食べ掛けの料理が並ぶテーブルの前で、誰もが難しい顔をしていた。
・・・翔子さんがさらわれる。
それは俺の胸だけでなく、動物たちや藤井の心も揺らしていた。みんな険しい表情で目を落とし、誰も口を開こうとはしなかった。
すると向かいに座っていたマイちゃんが、おずおずと手を挙げた。
「あ・・・・あの・・・・。」
「どうしたマイちゃん?」
「翔子さんって、この前悠一君の家で会った人だよね?」
「ああ、藤井に化けてる時にな。」
そう答えると、藤井は「私に化ける?」と首を捻った。
「ああ、お前にはまだ言ってなかったな。ていうかマイちゃんのことだけじゃなくて、たまきや稲荷のことも話してなかったっけ?」
「何も聞いてないよ。だってさっき来たばかりだもの。」
「動物たちは何も言ってなかったか?」
「全然、みんなはしゃいでただけだから。藤井が帰って来た!って。」
「そうか・・・・なら話しておかないとな。たまきや稲荷のこと。それに・・・・この夏から俺の周りで起こった事を・・・・・、」
俺はたどたどしくも、この夏の始めから起きたことを説明していった。
アカリさんを助けたところから始まり、今までのミッションのこと。そしてダキニやたまき、翔子さんやマイちゃんのことも・・・・。
全てを聞き終えた藤井は、神妙な顔で口を噤んでいた。口元に手を当て、まるで俺の説明を反芻しているようだった。
「・・・大変だったんだね、悠ちゃん。こんなに大変な時に一人にして・・・・ごめんね・・・・。」
そう言って俺を見つめ、瞳を揺らしながら手を重ねてきた。俺はその手を握り返し、小さく首を振った。
「大変な思いをしていたのは俺だけじゃないだろ?お前だって遊んでたわけじゃないんだ。動物の為にしっかりと頑張ってたじゃないか。」
「そう言ってもらえると嬉しい・・・・。けど・・・まさか沖田君が密猟者だったなんて・・・・。」
藤井は悲しそうに呟き、拳を握って胸に当てた。
「昔はね、そんな人じゃなかったんだよ。もっと真面目で、そして純粋だった・・・・・。」
「それはお前が付き合ってた頃の話か?」
悪いとは思いつつも、ついつい聞いてしまった。すると藤井はコクリと頷き、重ねた手を離した。
「もう何年も前の話だけどね。実を言うと、ここを離れて彼の元で働き始めてから、ちょっと違和感はあったんだ・・・・。
あれ?こんな人だったかな?・・・って。けどカッコつけて悠ちゃんから離れたわけだから、今さら戻れないじゃない?だから・・・・・、」
「意地を張って続けていたと?」
「うん・・・。たまきさんの言うとおり、もっと早く彼の元を離れておけばよかった。ほんとうに・・・・意地を張るとロクなことがないね。」
そう言って悲しそうな目で笑い、チビリとお茶を飲んだ。
「なあ藤井。俺は沖田を捕まえるつもりだ。だから・・・・よかったらお前も協力してくれないか?」
俺は藤井の手を握って尋ねた。
「沖田はなんとしても捕まえないといけない。けどその為には密猟をしている証拠が必要だ。
だから・・・・教えてくれないか?沖田とはどういう奴なのか?お前の知っている範囲でいいから。」
俺は握った手を揺らし、悲しみに包まれる藤井の目を見つめた。久しぶりに握る藤井の手は少しだけ荒れていて、ペット探偵という過酷な仕事を続けてきたことが分かる。
「いいよ、私の知ってることでよかったら。でもそんなに大した事じゃないから、役に立つかどうか分からないけどね。」
「どんな情報でもいいよ。何も知らないよりかはマシだからな。」
俺は沖田の事は何一つ知らない。知っているのは奴が密猟者だとういこと。そして気に食わない奴だということくらいだ。
だから腕を組んで顔をしかめていると、藤井は可笑しそうに笑いながら喋り出した。
「じゃあ私の知ってる限りで話すね。まず沖田君はとっても頼りになる人ってこと。仕事は出来るし、動物にも優しいし。」
「そんな優しい奴が密猟なんかするかね?」
「そうだね・・・・。でもそういう一面は確かにあるんだよ。高校の時からそんな感じだったから、女の子にもよくモテてたなあ。なんかちょっとだけ悠ちゃんに似てる感じはあるよ。」
「死んでも似つかないよ。あんな奴と一緒にしないでくれ。だいたい俺はモテないし。」
「昔の話だよ。それに今の悠ちゃんはモテモテじゃない。翔子さんにコマチさんに・・・・ねえ?」
藤井は悪戯っぽく目を細める。俺は居心地悪く咳払いし、「話の腰を折って悪かった・・・」と謝った。
「冗談だよ。ちょっとからかっただけ。」
そう言って藤井は笑い、また真剣な顔に戻って話を続けた。
「沖田君は頼りになるし、優しい面だって持ってる。でも・・・・ちょっと得体の知れない部分があるのも確かなんだ・・・・。私が一年前に彼の元に行った時、なんだか違和感があった。本当はもっと穏やかなはずの人なのに、たまに怖い時があるっていうか・・・・。」
「怖い時?例えばどんな?」
「ペット探偵ってね、依頼者からかなりキツイことを言われる時があるんだ。
ペットが見つかれば問題ないんだけど、もし見つけることが出来なかったら、最悪は訴えられることもある。
人間を追う探偵なら、何かしら仕事をした形跡が残るものだけど、ペットを追うのってもっと地味だから。
自分の足で街を徘徊して、ただじっと動物が現れるのを待つことだってあるの。
そうすると本当にペットを探していたのかどうかっていう仕事の跡が残りにくいの。
だからもし見つからなかった時、依頼者から『本当は探してなかったんだろう!』って怒られることもあるんだ。
金だけもらって仕事をしないなんて、詐欺と一緒だってね。」
「それはキツイな・・・・。でも依頼者からしてみれば、本当に仕事をしていたかどうかは分からないもんな。」
「そうなの。でね、そういう事が三回ほどあったんだけど、その時は沖田君はこう言ったんだ。『訴えるのは勝手だけど、痛い目に遭うのはそっちですよ』って。そんなことを言われたら、もちろん依頼者は怒るよね。でも・・・訴えを起こされることはなかった・・・・。それどころか、後になって謝りに来た人だっている。」
「後から謝りに・・・・?それっていったいどういう・・・・、」
「分からない。けどとにかくそういうことがあったの。それに・・・・他にもあるよ。あれは資産家の家の奥さんが依頼に来た時なんだけど、とにかく態度が横柄だった。いなくなったフェレットを見つけてほしいって言うんだけど、絶対に二日以内に探し出せっていうの。三日後に友達に見せる約束をしてるから、必ずそれまでに見つけろって。なんか自分で契約書まで作って来てて、無理矢理サインしろって迫られて・・・・、」
「そりゃ滅茶苦茶だな。そんなのは断ればいいじゃないか。」
「うん、確かにそのとおりなんだけど、沖田君はなぜか引き受けたんだよね。それで結局二日を過ぎても見つからなかったんだけど、依頼者が怒ることはなかった・・・・。」
「どうして?そんなに横柄な奴なら怒りそうに思うけど?」
不思議に思って顔をしかめると、藤井は俯いて答えた。
「なんかね・・・どうも沖田君に怯えてるみたいだったの・・・・。」
「怯える?資産家の奥さんがペット探偵に怯えるってのか?」
「理由は分からないけど、確かに怯えてた。しかも旦那さんまで一緒に来てて、『依頼料は払うから、どうか何も無かったことにしてほしい』って土下座までするの。これって・・・ちょっと普通じゃ考えれないかなあって・・・・。」
「いや、普通じゃなくても考えられないよ。それっとどう考えても沖田が向こうを脅したに違いないだろ。どういう手段で脅したのかは分からないけど・・・・。」
「やっぱりそうだよね?他にも時々それに近いようなことはあって、なんだか怖くなっちゃって・・・・。でもさっきも言ったように、優しい面もちゃんとあるから、いったい沖田君はどうしちゃったんだろうって不思議だった・・・・。動物に対してはいつだって真摯だったし、礼儀の良い依頼者さんにはいつも笑顔で応対してたから。
でも彼の元で働くうちに、やっぱり不信感は募っていった。それに加えてペットの盗難や、密猟の疑いまで出て来たじゃない?
だから・・・・もう沖田君のことは信用出来ないかなって・・・・・。」
「そりゃそうだろ。俺がお前の立場ならとっくにそんな奴は見限ってるよ。よく一年も堪えて働いたな。」
半ば呆れ、半ば感心しながら言うと、藤井は困ったように笑った。
「だって仕事そのものは好きだったから。自分でやってみて思ったんだけど、私はこの仕事が向いてると思った。だから沖田君のことはともかくとして、ここで修業を積んで、いつかは独立したいなって思うようになって・・・・。その為にはまだまだ頑張らなきゃいけないから、一年も経たずに逃げ出すのは嫌だったの。」
「いや、逃げ出すわけじゃないだろ。ただ沖田の元を去ればよかっただけじゃないか。なにもペット探偵は沖田だけじゃないんだからさ。」
「そうだけど・・・・でも悔しかったから・・・・。」
「悔しい?何がだ?」
そう尋ねると、藤井は言いづらそうに口を噤んだ。
「いや、言いたくないことならいいんだよ。無理に聞くつもりはないからさ。」
「・・・・ごめん・・・なんだか思い出すと余計に悔しくなってきちゃったから・・・。」
藤井は何かを堪えるように唇を噛み、そしてじっと俺の目を見つめた。
その目はわずかに潤んでいて、深い怒りが宿っているように思えた。
「沖田君にね・・・・私たちのやっていたことは、素人遊びだって言われたの・・・・。」
「素人の遊び?どういうことだ?」
「・・・私と悠ちゃんがやっていた活動のこと・・・。頑張ってたくさんの動物を助けようとしてきたのに、頭ごなしにそれを否定された・・・。いくら動物と話せるからって、しょせんは素人の遊びだって・・・・。本当に動物の為に何かをしたいのなら、ずっと俺の傍にいるべきだって・・・・。」
藤井は悔しそうに拳を握り、我慢出来ずに声を荒げた。
「そう言われた時、私は本当に悔しかった!私と悠ちゃんがどれだけ動物と向き合ってきたかも知らないクセに、素人の遊びだなんて言われる筋合いはない!だから沖田君を見返す為にも、絶対に逃げ出すのは嫌だった。ここで何かしら結果を出して、彼をギャフンと言わせたかったの。
だって私のことだけじゃなくて、彼は悠ちゃんのことまでバカにしたから!それだけは・・・・腹が立って許せなかった・・・・。悠ちゃんのことを何も知らないクセに、知ったかぶってバカになんかされたくない!」
藤井の拳が怒りで震えている。激しく声を荒げていたけど、それでもかなりオブラートに包んで言ったんだろう。
沖田の奴・・・・・本当はもっとボロカスに俺のことを言っていたに違いない。
そうでなければ、我慢強い藤井がここまで怒るものか。
俺たちが素人だってことは認める。それにプロの沖田からすれば、俺など歯牙にもかける相手ではないだろう。
別にそんなことはどうでもいいんだけど、藤井を傷つけたことだけは許せない。
《けど・・・今のはちょっと嬉しくもあったな。一年も遠く離れていたのに、まだこんな風に俺のことを想っていてくれたなんて・・・・。》
藤井の怒りは、俺が馬鹿にされたことに対しての怒りである。
だから俺は藤井の手を握りながら、「ありがとうな」と笑いかけた。
「でももう無理しなくてもいいからな。沖田の所なんて二度と戻る必要はない。」
「うん・・・・。頼まれてもゴメンだよ。」
藤井はニコリと笑い、俺の手を握り返した。
「今回氷ノ山へ来たのは、ある依頼が入ったからなんだ。」
「ある依頼?」
「そう・・・。犬を飼っていたおじさんからの依頼でね、逃げた猟犬を見つけてほしいって頼まれたの。」
「猟犬か・・・。だったらその依頼者は猟師なのか?」
「そうだよ。マタギって言ってたから。」
「マタギか・・・それで?」
「そのおじさんの犬がいなくなったのって、今から二十年も前なの。」
「二十年・・・・?」
「うん・・・。狩りをしている時に、イノシシに突かれて死んじゃったんだって。」
「死んだって・・・・それなら探しようがないじゃないか。」
そう尋ねると、藤井は困った顔で眉を寄せた。
「実はね・・・・この山でおじさんの犬を見たって人がいるの。」
「死んだ犬をか?」
「そう・・・。ちょっと信じられない話なんだけど、でも目撃者がいるの。」
「目撃者?」
「うん。氷ノ山に登ってた人が、実際に見たって言うのよ。道に迷っている時に、麓の親水公園まで案内してくれたって。」
「おいおい、死んだ犬がどうやって人を案内するんだよ?」
「・・・・・分からない。けどおじさんが言うには、確かにその犬に助けられた人がいるんだって。ここの山で迷っていると、どこからか現れて道案内をしてくれたらしいの。そして麓まで案内すると、忽然と姿を消しちゃったんだって。」
「いや・・・それは作り話だろ?そのおじさんが自分で考えたに決まってるよ。」
藤井には悪いと思ったが、俺は笑いながらそう言った。しかし藤井は首を振り、「私・・・実際にその犬に助けられたっていう人に会ったの」と答えた。
「悠ちゃんと同じように、沖田君もこんな話は信じなかった。でもどうしても気になったから、私は一人だけでそのおじさんに会いに行ったのね。そうしたらおじさんの犬に助けられたって人の元に案内されて、話を聞かされたの。その話を聞いて・・・・おじさんは嘘を言ってないって確信した。だってその犬に助けられた人の話を聞くと、それってまさにおじさんの犬そのものだったから。」
そう言って藤井は、脇に置いたバッグから一枚の写真を取り出した。
そこには黒地に斑模様の犬が写っていて、凛々しい顔をこちらに向けていた。
「この子はシュウ君っていうの。これは二十年前に撮った写真で、この時で五歳だったんだって。」
「五歳か・・・・。だったらやっぱりもう死んでるじゃないか。犬は二十五年も生きないからな。」
「普通に考えればそうだよね。でも確かにこの犬に助けられたって人がいるの。だからおじさんは何としてもこの犬に会いたがっているのよ。」
「うう〜ん・・・・でもやっぱり信じられないなあ。その目撃者もグルなんじゃないのか?」
「それは・・・・何とも言えないけど・・・・。でもおじさんは諦めきれないのよ。どうかもう一度だけでもいいから、シュウ君に会いたいって・・・・。私はもう沖田君のところに戻る気はないけど、その犬のことだけは気になるの。だから・・・・・一緒に探してほしい。今が大変な時だっていうのは分かってるけど、悠ちゃんと一緒なら見つけられそうな気がするから。」
藤井は写真を見つめながら、かつての柔らかい表情を見せた。
すると黙って聞いていた動物たちが、ワラワラと藤井の周りに集まり出した。
「悠一よ、俺は真奈子の味方だぜ。」
マサカリが鼻息荒く言う。
「私も。ここは藤井さんと一緒にシュウ君とやらを探してあげましょうよ。」
モンブランが尻尾を振りながら真剣な顔で言う。
「今ここに悠一と藤井の同盟が復活する。その為なら俺は助力を惜しまない。・・・・多分。」
チュウベエが羽を広げて主張する。
「まあなんていうか・・・・お前ら二人は結局これしかないんだよ。密猟者だのミッションだのもいいけど、地味に動物を助ける方が似合ってるぜ。」
カモンがカッコをつけながら腕を組む。
「私もみんなと同じ意見よ。悠一だって大変だろうけど、藤井さんあってのあなたじゃない。断るなんてしないわよね?」
マリナが流し目を寄こしながら微笑む。
「お前ら・・・・なんだかんだ言って、結局藤井が好きなんじゃないか。」
動物たちは嬉しそうに藤井に寄りそう。あんなに茶化していたモンブランだって、今は藤井に頬を寄せていた。
「死んだ犬を探すか・・・・。そんなのは初めてだけど・・・・・、」
どうせ見つかるはずがない・・・・。そうは思っても口に出来なかった。
なぜならそんなことを言おうものなら、我が家の動物たちからどんな反撃を食らうか分かったもんじゃないからだ。
それに何より、藤井の頼みを断る気にはなれない。また一緒に動物を探そうと言うのなら、俺には断る理由なんてないのだから。
「分かったよ・・・・一緒にその犬を探そう。」
そう答えると、藤井は笑顔を弾かせてで喜んだ。
「ほんと!ほんとんに?」
「ほんとだよ。でも沖田や翔子さんのことが優先だからな。」
「もちろん分かってる。ていうか別に今からじゃなくてもいいの。まず最初にやらなきゃいけないのは、翔子さんを助けること。そして次に沖田君のこと。私の頼みは最後でいい。全てが終わってからでも、じゅうぶん間に合うから。」
藤井は動物たちを抱き寄せ、「みんなもありがとう」と呟いた。
それを見ていたマイちゃんとノズチ君が、キョトンとした目でこう言った。
「なんか楽しそう・・・・。人がさらわれたっていうのに・・・・。」
「そうだな。こいつらって案外自分のことしか考えてなかったりして・・・・。」
痛いところブスリと突かれ、思わず首を振った。
「いやいやいや!まずは翔子さんのことが第一だよ!」
「ほんとかなあ・・・・今完全に藤井さんのことしか考えてなかったような・・・・。」
「いや、実際に考えてたんだよ。この男は藤井にデレデレなのさ。でも俺は諦めねえぜ!藤井は俺の女だ!」
きっと今日この中で一番まともなのはマイちゃんだ。確かに俺は、藤井と再会して浮かれていた。
こうやってなじられても仕方が無い。
「藤井・・・悪いけどお前の頼みは一番最後だ。」
「うん、分かってる。ごめんなさい・・・こんな時にこんな話をして。」
マイちゃんとノズチ君のおかげで、また場に緊張感が戻ってきた。
すると今度はおじさんとおばさんが首を傾げて呟いた。
「なんのことだか分からねえけど、とにかく大変そうだな。」
「ていうか・・・・さっきから動物と喋ってるし・・・・。でもそんなことはどうでもいいか!ゴマを見つけてくれたんだから。」
二人は不思議そうな顔で俺たちを見ていたが、やがておじさんの方が酒を飲みながらこう言った。
「なんだかよく分からねえけど、俺らで力になれることがあったら何でも言ってくれよ。」
「ああ・・・はい・・・ありがとうございます。」
「詳しい話は分からねえけど、さっきから密猟がどうとか言ってるから、あんまり危険なことはするんじゃねえぞ。いざとなったら警察を呼べばいいんだから。」
「はい、気をつけます。」
俺は頷き、手元に置いたグラスを見つめた。残った酒に自分の顔が映り、ふとそこに違和感を覚えた。
《・・・俺ってこんな顔してたっけ?なんか・・・・前より歳をとった気が・・・・・。》
こんな場面でふと感慨深くなり、頭を振って余計な感傷を追い払った。
《今はこんなこと考えてる場合じゃない。翔子さんを助けること、そして沖田をどうするかを考えないと。
翔子さんのことは心配だけど、とりあえずはたまき達に任せるしかない。アイツならきっと翔子さんを助けてくれるはずだ。
だったら俺はどうする?沖田の密猟の証拠を押さえる為には、奴がまさに密猟をしている現場を押さえるしかないわけだけど・・・・。果たして上手くいくかな?向こうは動物に関しても狩猟に関してもプロなわけで、こっちはただの素人の寄せ集めだ。いったいどうしたら・・・・・。》
沖田はプロで、しかも仲間までいる。
対してこちらは動物と話せるだけの人間。それに犬、猫、ハムスター、インコ、イグアナだ。
あとは化けタヌキのマイちゃんと、馬鹿丸出しのツチノコだ。
《・・・・・これって勝ち目はあるのかな?こっちの戦力が測定不能過ぎて、どうにも予想出来ないよ・・・・。》
酒に映った自分の顔を眺めながら、どうやって沖田を追い詰めるかを考える。
グラスに映る自分の顔は、やはり前より歳を取ったように感じた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第三十話 密猟者を追え(7)

  • 2014.11.27 Thursday
  • 10:56
JUGEMテーマ:自作小説
藤井を助ける為に氷ノ山までやって来たのに、その藤井が今、俺の目の前で笑っている。
多少お酒が入っていることもあり、頬を赤くしながらマサカリたちと騒いでいた。
目の前の大きなテーブルにはたくさんの料理が並べられていて、そのテーブルを囲ってみんなが楽しそうにしていた。
藤井、我が家の動物たち、マイちゃんにノズチ、それにたまきまでもが饒舌に喋っていた。
それに加えてなぜかこの宿のおばさんとおじさんまでいて、嬉しそうな顔で料理をつついていた。
まるで状況が飲み込めない俺は、チビチビとウーロン茶を飲みながら周りを見渡していた。
《いきなりこの部屋に連れ込まれて、何がなんだかサッパリだ・・・・。肝心の藤井は動物たちとはしゃいでいるし、いつの間にかチュウベエとカモンは戻って来てるし・・・・誰か説明してくれよ。》
状況が理解出来ないのに、周りが楽しそうにしているのはちょっと腹が立つ。
俺は憮然としたまま、暗くなった窓の外に目をやった。
すると窓際に一匹の猫が寝ているのに気がついた。
それはブクブクと太ったキジトラの猫で、腹を見せて寝そべっていた。
《あの猫・・・・もしかして・・・・・。》
俺はウーロン茶を置き、おばさんに向かって尋ねた。
「あの・・・あそこの猫なんですけど・・・・、」
そう言って指をさすと、おばさんは「帰って来たんですよ!」と手を叩いた。
「今日の晩御飯の前に戻って来たんです。」
「そうなんですか?」
「まあ戻って来たっていうより、連れて来てもらったんですけどね。」
おばさんはそう言って藤井の方を見る。すると藤井はニコリと笑い、肩を竦めた。
「あの猫ね、私の泊まってる宿にいたんだ。」
「お前の宿に・・・・・?」
「うん。私が泊まりに来たのは一昨日なんだけど、その日にフラリと迷い込んできたの。それでどこから来たのか尋ねてみたら、『近く』ってだけ答えるのよ。見たところ飼い猫だと思ったんだけど、『近く』って言われただけじゃどこから来たのか分からないでしょ。だから仕事が終わるまで預かるつもりでいたんだ。」
「そうか・・・それでお前が連れて来たってわけか。」
納得して頷くと、おじさんがチビチビと酒を飲みながら笑った。
「ゴマが帰って来たおかげで、ようやくかあちゃんに元気が戻ってきた。あんたには礼を言わねえとな。」
そう言って藤井に笑い掛けると、「いえいえ」と手を振っていた。
「私はただゴマ君を連れて来ただけですから。本当はもっと早く帰してあげたかったんですけど、すみません・・・・。」
「謝ることはねえよ。見ろよ、かあちゃんのこの嬉しそうな顔をよ。ゴマがいなくなってから貝みたいに塞ぎこんでたのに、今じゃまんじゅうみたいに顔を笑わせてやがる。」
そう言っておばさんの肩を叩くと、「まんじゅうはないでしょ」と怒られていた。
「ゴマのことを考えると、夜もろくに眠れなかったのよ・・・。でももう大丈夫!藤井さんのおかげでね!」
おばさんは立ち上がり、ゴマ君を抱いて喉を撫でていた。
「勝手に他所の宿に行ったらダメじゃない。ほんとに心配かけて。」
おばさんは愛おしそうにゴマ君に頬ずりをする。おじさんはそれを見つめながら、焼き魚に箸を伸ばしていた。
そして俺の方にグラスを傾け、「遠慮せずにどんどん食べてくれ」と言った。
「かあちゃんが元気になったのは、兄ちゃんの彼女のおかげだ。今日は全部奢りだから、酒でも料理でも遠慮せずやってくれ。」
「は、はあ・・・・・?」
わけが分からずに呟くと、モンブランがトントンと足を叩いてきた。
「おじさんね、ゴマを見つけたくれたお礼に、こんなにたくさんご馳走を用意してくれたの。食べきゃ損よ?」
「いや、でも・・・・ここって別の人が泊まってたんじゃ・・・・、」
この宿に来た時には、部屋は一つしか空いてないとおばさんが言っていた。ならここの客たちはいったいどこへ・・・・・?
疑問に思って眉を寄せていると、おじさんが「叩き出したよ」と言った。
「風呂が熱くて子供がどうとか喚きやがるから、温ま湯にしてやったんだ。
それなのに今度は料理にケチをつけて来やがった。ウチの子供は必ず食後にプリンを食べるんだと。
だから絶対にプリンを出せとか吠えるから、こっちも腹が立ってきてよ。
そんなにゴチャゴチャ言うなら、金を返すから出て行けってな。」
「それはまた・・・・豪快ですね・・・・。」
「ふん!何が豪快なんだよ。ガキの頃から甘やかしてたら、ロクな大人になりゃしねえよ。
だいたいウチはホテルや旅館じゃねえんだ。そんなにサービスしてほしいなら、高い金払ってそれなりの所に行けってんだ。」
おじさんは憮然として言い放ち、グイっと酒を呷った。
「なんかよくわからないけど・・・・とにかく猫が見つかってよかったです。」
おじさんは何度も頷き、俺のコップにビールを注いできた。
「まあまあ、こんなしょうもない話はどうでもいいだろ。どんどん飲めよ。」
「ああ、いえ・・・お構いなく・・・・・。」
正直俺は酒に弱い。だから飲むフリだけして笑っておいた。
しかし今の俺ははしゃいでいる場合じゃなかった。だって一番肝心なことが分かっていないんだから。
藤井は向かいの座布団に座っていて、マサカリたちと喋っている。しかし俺の視線に気づいてピタリと口を止めた。
持っていたコップを置き、姿勢を正して俺に向かい合う。その顔は微笑んでいたが、目の奥には暗い光が宿っているように感じた。
「まず・・・謝っておくね。いっぱい心配かけてごめん。悠ちゃんだって自分のことで忙しいのに、ずっと私に気を遣わせちゃって・・・・。」
藤井は申し訳なさそうに言い、髪を揺らして俯いた。しかしすぐに顔を上げ、ここに至るまでの状況をポツポツと語り始めた。
「今日ね、私の泊まってる部屋にチュウベエとカモンが来たんだ。」
「チュウベエとカモンが?」
「うん・・・。私が一人で部屋にいる時、窓から入って来たの。いきなりだから驚いちゃって・・・・・。
でね、チュウベエとカモンは早くここから逃げろって言うわけ。近くの宿に悠ちゃんがいるから、そこまで来いって。
なんのことか分からずに困ってると、チュウベエとカモンがその理由を教えてくれた。
沖田君が・・・・いったい何をやっていたのかってことを・・・・。」
藤井はチュウベエとカモンを手に乗せ、撫でるように指をなぞった。
「沖田君・・・・密猟をやってたんだね・・・。今日ここへ来たのだって、密猟をする為だった・・・。
私は何も知らずについて来て、危うく利用されるところだった。だからすぐに悠ちゃんの所に逃げようと思ったんだけど、そこで沖田君が戻って来て・・・・。」
藤井は目を閉じ、重く息をついた。ずいぶん疲れている・・・・そう思わせる表情だった。
「私は咄嗟にチュウベエとカモンを窓の外へ逃がした。そして沖田君に、それとなくカマを掛けてみたの。」
「カマを掛ける・・・?」
「沖田君がね、今回は大変な仕事になるからって、助っ人を呼んだの。男の人を四人。
でもみんなどこか余所余所しくて、あまり私と話そうとしなかった。だから「あの人たちはどういう関係なの?」って尋ねたら、高校の時の同級生だって言うわけ。でもね、これってちょっとおかしいんだ。だって私は彼と同じ高校だけど、あんな人たちは見たことなかったもん。あの時の沖田君、すごく焦ってた・・・。だからその後こう尋ねたの。『沖田君たちはここへ来るのは初めて?』って。そうしたら・・・・ボロを出した・・・・。」
「ボロ・・・・?どんな風に・・・・?」
「だってここへ来るのは初めてのはずなのに、まるで土地勘があるみたいに歩き回ってたから。どの建物がどこにあって、どの道がどこから抜けられるとか、仲間と話し合ってたから・・・・。」
「それはまた・・・ずいぶんと簡単なカマに引っ掛かったもんだな・・・・。」
呆れながら言うと、藤井は怒りのこもった声で呟いた。
「きっと私のことを舐めてたんだと思う。」
「舐める?どうして?」
「沖田君は私のことを、バカ正直な女だと思ってるから・・・。今までにだって、何度かそういうことはあった。」
「それは・・・・具体的にどういう・・・・、」
「言いたくない。でも本当に腹の立つことがあった・・・・。仕事にしても、それ以外のことでも・・・・・。」
「それ以外って・・・もしかしてアイツに何かされたのか?」
思わずカッと熱くなった。もし藤井に何かしたのなら、今からでも沖田をぶん殴りにいってやる!
するとそんな俺の心を見透かしたように、藤井はクスクスと笑った。
「大丈夫、変なことはされてないから。・・・・ていうか、させてないから。」
「させてないってことは・・・・やっぱり・・・・、」
胸の中はさらに熱くなり、もう沖田を殴りたい気持ちを抑えられなかった。
だから具体的に何をされたのか尋ねようとしたら、「やめなさい」とたまきに止められた。
「今は落ち着いて藤井さんの話を聞きなさい。」
「でも・・・藤井は沖田に・・・・・、」
「いいから落ち着きなさい。それともあんたは、嫌々でも彼女に話させる気?好きな男だから言いたくないことだってあるのに、それを無理矢理聞こうっていうの?」
たまきの視線が俺を射抜く。その目は鋭く、これ以上藤井に尋ねることを許さなかった。
「あんたの気持ちは分かるけど、藤井さんが大事なら今は大人しく聞かなきゃ。」
たまきはそいう言って藤井に目を向けた。
「これで分かったでしょ?私が保護者って意味が。」
「ええっと・・・・はい・・・。」
藤井は困ったように笑い、じっとたまきのことを見つめた。
「私のことが気になる?」
「いえ・・・ただ不思議な人だなあと思って・・・。悠ちゃんって意外と意地っ張りだから、あまり人は言うことは聞かないはずなんです。なのに睨んだだけで黙らせちゃって・・・・すごいなと思って。」
「藤井さん・・・・色々と辛いことがあったんでしょ?後で私が話を聞いてあげるわ。」
微笑みながらそう言うと、藤井は「ほんとですか・・・」と唇を震わせた。
「ほんとほんと。この子には言わないから、全部吐き出しちゃいなさい。」
たまきはグリグリと俺の頭を撫でまわし、笑顔で頷きかけた。
「この子はほっといていいから、今は先を続けて。」
「は・・・はい!」
藤井は教師の質問に答えるように、ビシッと背筋を伸ばした。
「沖田君にカマを掛けてから、だんだんと彼のことを疑い始めたんです。実を言うと、前からちょっとおかしな所があって・・・・・、」
「おかしな所?どんな?」
「これは悠ちゃんには言ったんですけど、実は最近ペットの盗難が相次いでいるんです。だからウチへの仕事の依頼が増えるようになって・・・・・。」
「なるほど・・・それで?」
「それで・・・・これはただの勘違いかもしれないんだけど・・・・・。」
藤井は慎重に前置きしてから、深呼吸のように息を吸い込んだ。
「今から五日ほど前のことなんですけど、沖田君の車のトランクから猫の声が聞こえたんです。」
「猫の声?」
「もしかしたら聞き間違えかもしれないけど、『助けて』って聞こえたような気がしたんです。それでトランクを覗こうとしたら、沖田君がやって来て、慌てて車を動かしたんです。」
「なるほどねえ。だったら藤井さんは、ペットの盗難に沖田が関わっているんじゃないかと思うわけね?」
「考えたくないけど・・・・そう思っています。でも何も証拠がないし、私の勘違いかもしれないし・・・・。」
藤井は自信が無さそうに言い、疲れたように目を閉じた。
「そういうことがあったから、ますます沖田君を疑うようになったんです。だから彼がいなくなった隙に逃げて来ました・・・。きっと今頃私を捜してると思います。」
そう言って藤井はスマホを取り出した。
「さっきから何度も電話やメールが入って来るんです。どこにいる?とか、心配してるとか・・・・。」
「そっか。藤井さんの話はよく分かったわ。でもそこまで疑ってるんなら、よく今まで一緒に仕事をしてたわね?」
たまきがそう尋ねると、藤井は恥ずかしそうに目を伏せた。
「だって・・・偉そうなことを言って悠ちゃんと離れたから・・・・。何かしら結果を出してからじゃないと戻れないと思って・・・・。」
「でも色々と辛いことがあったんでしょ?だったら無理せずに戻って来たらよかったのに。」
「そうだけど・・・・やっぱりこのまま帰るのはカッコ悪いかなって・・・・。悠ちゃんは悠ちゃんで頑張ってるのに、私だけ逃げ出すのは嫌だったから・・・。もしここで戻ったら、ただ悠ちゃんに甘えるだけだと思って・・・・・。」
藤井はさらに目を伏せ、しょんぼりと肩を落とす。それを見たたまきはプッと吹き出した。
「なるほど・・・・あんた達が付き合ってる理由がよく分かったわ。」
そう言って俺と藤井を交互に見つめ、「似た者同士ね」と笑った。
「あんた達はよく似てる。意地っ張りで頑固で、でも煮え切らない所がある。けど・・・・やっぱり藤井さんの方が向こう見ずな所があるわね。だからきっと悠一は苦労を強いられるわよ。別れるなら今のうちかもね。」
たまきは冗談っぽく言い、また俺の頭を撫でまわそうとした。
「別れるわけないだろ。何の為にここまで来たと思ってるんだ。」
「でも本心ではちょっと考えてるでしょ?この先やっていけるのかって。」
「そ、そんなことは・・・・・・・、」
そんなことはない!・・・そう言おうと思ったんだけど、なぜか素直に言えなかった。
何かに堰止められるように、喉に言葉がつっかえている。すると藤井は「もしそうなっても仕方ないね」と笑った。
「私のワガママで一年も離れてたんだもん。悠ちゃんだって相当不満が溜まってるだろうし・・・・。」
「いやいや!そんなことは決して・・・・・、」
手を振ってそう言いかけた時、またモンブランが茶化してきた。ペシペシと藤井の足を叩き、よからぬ顔でニヤニヤしている。
「あのね藤井さん、悠一ったら翔子さんに告白されたのよ。」
「こ・・・告白・・・?」
「うん。私はずっと有川さんのことが好きでしたって。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
藤井の表情がわずかに歪む。しかしモンブランは楽しそうに続けた。
「しかも藤井さんがいない間、ずっと翔子さんに動物を助ける活動を手伝ってもらってたの。いわばパートナーみたいなものね。翔子さんって綺麗だし、頭も良いし、それに良い所のお嬢さんだからお金だってある。
悠一は翔子さんの告白を断ったらしいけど、きっと今でも未練はあるはずよ。だからここはガツンと一発かましとかないと、翔子さんに悠一を取られちゃうかもよ?」
モンブランはさらにニヤニヤしながら言う。するとマリナまで加わってきて、「そうそう」と頷いた。
「翔子さんは今でも悠一のことが好きみたいだから、油断してるとすぐに取られて・・・・・って、ちょっと!何するの!」
俺は二匹の首根っこを持ち上げた。
「お前らなあ・・・・・この前からいい加減にしろよ!」
「何よ!悠一の為を思って言ってあげてるんでしょ!」
「そうよ!飼い主を想うこの気持ちが分からないの?」
「分かるかそんなもん!いいからちょっと黙っとけ!」
「嫌よ!きっともう悠一にモテ期なんてやって来ない!だからここらでいっぱい盛り上げとかないと。」
「こんな楽しいこと滅多にないからね。骨の髄まで味わい尽さないと。」
「要するにお前らが楽しみたいだけじゃないか!」
「そうよ、悪い?」
「な・・・なんだとお・・・・・。」
モンブランはまったく悪びれず、またとんでもないことを言いだした。
「藤井さん、そこにコマチちゃんって可愛い女の子が座ってるでしょ。」
「え、ええ・・・・。」
「その子も悠一のことが好きなのよ。さっきはただの友達って紹介したけど、実は昔から悠一に想いを寄せるタヌキなの。」
「た・・・・タヌキ・・・・・?」
「人間に化けてるのよ。この前なんか同じ布団で寝てたんだから。」
それを聞いた藤井は、「それほんと?」と怖い目を向けてきた。
「だから違うって!あの時はタヌキの姿だったし、間にノズチ君がいただろ!」
必死に弁明するも、藤井は怖い目のまま睨んでいた。こいつ・・・怒ると怖いんだよな・・・・。
なんだかいたたまれなくなって目を逸らすと、藤井は急に表情を和らげた。
「いいよ、別に怒ってないから。」
「いや、怒ってるじゃないか・・・・・。」
「まあ・・・ちょっとはね。でもモンブランの言うことを素直に信じたりしないから大丈夫だよ。イタズラ好きな子だって知ってるからね。」
そう言ってモンブランの頭を撫で、プニプニと頬を押していた。
「それに私にだって責任はあるから。一年も悠ちゃんをほったらかしにしてたんだから、文句を言う権利はないよ。」
そう言いながらもやはり納得はしてないようで、柔らかい表情の中には険が含まれていた。
するとそんな藤井を見て、またモンブランが余計なことを言った。
「他にもウズメさんって美人がいるのよ。悠一のバイト先のオーナーで、いっつも露出の多い格好をしてるの。あれはきっと悠一に気があって・・・・、」
「あるわけないだろ!いい加減にしろ!」
藤井の手からモンブランを奪い取り、首根っこを掴んでブラブラさせた。
「なによ!ウズメさんだって女なんだから、悠一に気があるかもしれないでしょ!」
「あるわけないだろ!だいたいウズメさんは稲荷なんだから、人間の俺なんかを好きになったりは・・・・・、」
そう言いかけて、ハッと気づいた。
「ああ、そういえばウズメさんから電話があったんだ。」
モンブランをペッと放り投げ、立ち上がって部屋を出た。
「どこ行くの?」と藤井の声が追いかけて来るので、「自分の部屋」と答えた。
「さっき言ったウズメさんから電話があったんだ。掛け直さないと。」
そう答えると、またもモンブランが「やっぱり悠一に気があって・・・」と茶化してきた。
「もういいから!これ以上話をややこしくするな!」
逃げるように部屋から抜け出し、自分の部屋に戻った。
そしてスマホの液晶を確認すると、三件の着信があった。それはウズメさんからではなく、アカリさんからの着信だった。
「アカリさんから?何の用だろう?」
とりあえず先にアカリさんに掛けてみる。すると数回のコールの後、『もしもし?』と上ずった声が聞こえた。
「ああ、アカリさんですか?」
そう尋ねると、『呑気な声出してんじゃないわよ!』と怒られた。
「ど、どうしたんですか・・・そんなに慌てて。」
『慌てるに決まってるでしょ!いい、落ち着いてよく聞いてよ。』
アカリさんの声は鬼気迫っていた。なんだか不安になって目を動かすと、たまきが部屋の前でこちらを見つめていた。
《いいから電話を続ける》
たまきは目でそう言って、電話で話すジェスチャーをした。俺は頷き、アカリさんに「何があったんですか?」と尋ねた。
『今日の夕方・・・・翔子ちゃんがさらわれた。』
「さ・・・・さらわれた・・・・?」
『あの子ね、ずっと密猟者について調べていたみたいなの。ほら、この前のツチノコの一件から。』
「え?でもでもあれはノズチ君のデタラメだったのに・・・・。」
『あの一件に関してはね。けどずっと調べていくうちに、本物の密猟者について情報を得たのよ。」
「それほんとうですか!?」
『今日ウズメさんから聞いたから間違いないと思う。あの子・・・・君に心配を掛けたくないから、黙って調べてたみたいでね。自分の知り合いと協力して、かなり深くまで首を突っ込んでいたみたいなの。』
「じゃ、じゃあ・・・・もしかしてそれが原因でさらわれたと?」
『まだ断定は出来ないけど、多分そうだと思う。でさ、そっちにたまきはいる?』
「ええ、すぐ近くにいますけど・・・・・、」
『だったら代わって!早く!』
アカリさんは耳がキンキンするほどの声で怒鳴った。
すると横から手が伸びて来て、「代わって」と言われた。
「全部聞こえてたわ。早く代わって。」
「あ、ああ・・・・。」
たまきにスマホを渡すと、神妙な顔でアカリさんと話していた。
俺は暗い部屋の中に立ち尽くし、腕を組んでそわそわとしていた。
《翔子さんがさらわれた・・・・翔子さんが・・・・・・。》
予想もしないことを聞かされると、人は正常な思考が出来なくなるものだ。
頭の中で何度も《さらわれた・・・》と繰り返し、落ち着きなく目を動かしていた。
《俺に内緒で密猟者を調べてたのか・・・・どうしてそこまでして・・・・・。》
翔子さんが無類の動物好きであることは知っている。けど密猟者を調べ続けているとは思わなかった。
とっ散らかった思考で考えていると、後ろから「悠ちゃん」と呼ばれた。
振り向くとそこには藤井が立っていて、動物たちやマイちゃんも一緒にいた。
「何があったの?ずいぶん思い詰めた顔をしてるけど・・・・。」
藤井は心配そうに言い、澄んだ瞳で見つめてくる。我が家の動物たちもよくない事が起きたことを感じているようで、誰も茶化すようなことは言わなかった。
その奥ではマイちゃんがノズチ君を抱きしめ、不安そうに立ち尽くしていた。
《翔子さん・・・どうして密猟者を調べるなんて危険な事を続けてたんだ。せめて一言くらい話してくれよ・・・・。》
未だに正常な思考が出来ず、みんなに見つめられながら不安に駆られていた。
スマホの向こうからアカリさんの声が聞こえ、たまきが相槌を打っている。
空気の重さに耐えかねたように、藤井がそっと手を握ってきた。

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