ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十六話 散りゆく仲間(6)

  • 2015.06.05 Friday
  • 12:17
JUGEMテーマ:自作小説
船に戻ると、ダフネは険しい顔をしていた。
腕を組み、まるで説教をする教師のような表情をしている。
そしてカルラと話していたことを、皆に伝えた。
その口調はとても静かだったが、途中で質問することさえ許されないほどの鬼気がこもっていた。
ルシファーとサタンが月に向かったこと、トミーとジャムが月に連れていかれたこと。
そして月の魔力を解く為に、ミヅキと幸也が利用されそうになっていること。
もしそんなことを見逃せば、地球、月、ラシルは、悪魔に支配されてしまうこと。
それらを説明した上で、今のところはただの推測でしたないと付け加えた。
しかしダフネの言葉には説得力があり、誰もそれを推測だとは思わなかった。
これはダフネの想像ではなく、現実に起きたことなのだと感じていた。
誰もが言葉を失い、暗い顔で宙を睨む。
ダナエはギュッとコウの手を握り、トミーとジャム、そしてミヅキと幸也のことを考えていた。
そして月にいる大勢の妖精、全滅させられた天使や死神のことを思うと、ズキズキと胸が痛んだ。
『そんなことあるわけない!』
いつものダナエならそう言い返したが、あまりにダフネの言葉に真実味があるので、それさえも出来なかった。
俯いて唇を噛み、これからどうすればいいのかを悩んでいた。
コウはそんなダナエの手を握り返し、心配そうに見つめる。
ケンとアメルも悲しそうな顔を見せて、子供たちの肩を抱いていた。
すると船の外で話を聞いていたミカエルが、「すぐに月へ行くべきだ」と答えた。
「ダフネ殿はただの推測と言うが、私にはそうは思えない。ダフネ殿自身も、自分の考えに確信を持っているはずだ。」
そう言って問いかけるような目で見つめると、ダフネは「そうね」と頷いた。
「この推測に確証はない。だけど確信はあるの。だから早く月へ行かないといけないんだけど、私たちだけで乗り込むより、メタトロンを待った方がいいと思う。」
「それはそうだが、メタトロン殿はいつここへ来られるか分からないのだぞ?よもやアーリマンに負けることはないだろうが、すぐに我々に追いつくとも限らない。」
「分かってるわ。だけどメタトロンか黄龍には来てほしい。そうじゃないとこっちの戦力が・・・・、」
そう言いかけると、ウリエルが「何を言われるか」と荒い口調で返した。
「元々我らだけでルシファーたちを討つつもりだったのだ。ならばこのまま月へ乗り込んでも問題なかろう。」
血気盛んなウリエルは、剣を掲げて勇ましく言う。
するとガブリエルが「落ち着きなさい」と諌めた。
「私たちだけでは、ルシファーとサタンには及びません。」
「何を言う!現にこうして我らだけで・・・・、」
「この作戦は目的な急襲です。だから敵に動きを気取られないように、あえて少数精鋭で行動したのですよ。それに私たちだけで戦う予定ではなかった。エジプトの神々、メタトロン殿、皆の協力をアテにしての作戦なのです。」
「しかしだなあ・・・・こうしている間にも月は・・・・・、」
「そうですよ、月の魔力が解かれようしているかもしれません。もしそうなったら、ダフネ殿の仰るとおり、悪魔が全てを支配してしまうでしょう。」
「だったらすぐにでも月へ行かないと・・・・・、」
「では尋ねますが、私たちが月へ向かうには、いったいどうしたらいいのでしょうか?」
「そんなもんは簡単だ。ここにある箱舟を使えばいい。こいつは銀河と銀河の間を短時間で駆けることが出来るんだぞ。月までなどひとっ飛びで・・・・、」
「そうですね。だけどこの船を使ってノコノコと出向いたら、これはルシファーたちのいい的になると思いませんか?」
「む?それはそうだが・・・・・、」
「私もダフネの殿の推測どおり、ルシファーとサタンは月へ向かったと思います。しかし宇宙にはこれといって身を隠す場所がない。今回のように急襲というわけにはいかないのですよ。もし私たちだけでノコノコと行ったら、それこそ返り討ちに遭うだけです。最悪は、月に降りる前に全滅させられてしまうでしょう。」
「ぬう・・・・ぐッ!」
「勢いだけでどうにかなる状況ではないのです。今は冷静に考えねばなりません。」
ガブリエルは凛として言い放つ。ウリエルは面白くなさそうに舌打ちをした。
「まったく・・・これだからお前は苦手なんだ。なんでもかんでも理詰めで反論して、俺の意見を潰そうと・・・・、」
「理詰めではありません。当たり前のことを説明しただけです。それともウリエルには良い案が?」
「ないよ、そんなものはない。だから月へ行こうと言っているんだ。メタトロン殿や黄龍がここへ来るにしても、どの道月へ行くんだろう?だったら先に何人かだけでも向こうへ行ってだな、少しばかり様子を確かめて来たらいいではないか。何も戦いに行くわけじゃない。これは偵察だ。」
「ほう、ウリエルにしては冷静な意見。彼はこう言っていますが、ミカエルはどう思われますか?」
ガブリエルに意見を求められ、ミカエルは難しい顔で唸った。
「偵察か・・・。悪くはないが、相手が相手だからな。もし見つかったらその時点で終わりだ。」
「私もそう思います。」
「ふん!二人して俺の意見には反対か。たまにまともな意見を返せばこれだ。」
「いえ、そんなことはありませんよ。偵察というのは良い考えです。相手がルシファーたちでなければね。」
ガブリエルは微笑みを返し、「私はメタトロン殿を待った方が得策だと思います」と答えた。
「ミカエル、私たちの意見を纏めるのはあなたの役目です。どうか決断を。」
「うむ。ラファエルはどう思う?ガブリエルの言うとおり、メタトロン殿を待った方が良いと思うか?」
急に意見を求められ、ラファエルは苦笑いを見せた。
「そういうことを僕に聞くのかい?せいぜいウリエルと同じくらいの意見しか出てこないよ。」
「うぬぬ・・・!お前まで俺を・・・・・、」
「ごめんごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだよ。ただね、今はどういう判断を下すかはとても重要なんだよ。僕に意見があるとすれば・・・そうだな。ここはみんなの意見を仰ぐよりも、ミカエルかダフネ殿にズバっと決めてもらった方が、上手くいくと思う。僕はそれに従うだけさ。」
ラファエルは肩を竦めてそう答えた。
「お前らしい意見だな。しかし確かにその通りかもしれん。ここは私が判断を下そう。ダフネ殿は長く続く緊張の中で、少々疲れておいでのようなのでな。」
ミカエルは船の中に目をやり、操縦室の前に立つダフネを見つめた。
「ダフネ殿、少しくらいお休みになってはいかがか?」
そう言われたダフネは「お気遣いありがと。でも私は平気」と微笑んだ。
「いや、そうは見えない。あなたは戦士ではないのだから、戦いの緊張で疲れている。無理は良い結果をもたらしませんぞ?」
「だから大丈夫・・・・・・って言いたいところだけど、そうでもないのよね。さっきも焦って妙な考えをしちゃったし、少しくらい休んだ方がいいのかも・・・、」
「うむ、そうなされよ。いざという時に倒れられては、困りますからな。」
ミカエルはそう言って、早く休むように手を向けた。
「ありがと。じゃあお言葉に甘えるわ。」
ダフネはスカートをつまんでお辞儀をし、操縦室から出て行く。
するとアメルが「私もちょっとついて行くわ」と言った。
「私も少し休みたかったの。二人で横になるっていうのはどう?」
アメルは首を傾げ、透き通るような瞳でダフネを見つめた。
そんなアメルの目を見たダフネは、一瞬だけ俯く。しかしすぐに顔を上げ、「いいわよ」と微笑んだ。
「じゃあ少しの間、二人で休みましょう。」
そう言い残して、二人は出て行く。
船の中は静まり返り、重い空気が漂う。するとその静けさを破るように、鼻をすする音が聞こえた。
「月が・・・・月がやられちゃったなんて・・・・。私の故郷なのに・・・・妖精のみんなは無事なの・・・?」
ダナエはグスグスと鼻をすすり、目を赤くしていた。
「こんな時・・・・ブブカがいてくれたら・・・・。」
そう言ってコスモリングを撫でて、切ない声を出した。
「ブブカならワープが出来るから、偵察だってこなせるかもしれない・・・・。今こそあなたの力が必要なのに、どこに行っちゃったの・・・・。」
辛そうに顔をゆがめながら、ブブカが帰って来てくれることを願った。
しばらく静寂が漂い、また重い空気が流れる。
皆の視線はミカエルに集まり、これからどうすればいいのか、彼の言葉を待っていた。
すると今まで黙っていたカルラが、「チョットイイダロウカ?」と口を開いた。
「実ハエジプトノ神々ガ見当タラナイノダガ、ソレハドウスルノダ?」
いきなりの質問に、誰もがキョトンとした。
「私ハエジプトノ神々ニ約束シタノダ。必ズ助ケヲ呼ンデ来ルト。シカシソノ神々ガ見当ラナイ。一体ドコニ行ッテシマッタノカ、見当モツカナイ。」
そう言って、お手上げというふうに首を振った。
ミカエルはまたまた難しい顔をして、「エジプトの神々か・・・・」と呟いた。
「確か光のピラミッドに隠れているのだったな?」
「ソウダ。アノピラミッドハ、場所ヲ知ラナイ者ハ決シテ見ツケ出スコトハ出来ナイ。」
「ならばエジプトの神々自身が、どこかへ移動させたのだろう。ルシファーたちがいなくなったから、安全な場所に避難したのかもしれない。」
「ムウウ・・・・ソウデアレバヨイガ・・・・。」
カルラは眉間に皺を寄せて唸った。
必ず助けを呼んで来ると約束したのに、これではその約束が果たせない。
エジプトの神々はどこへ消えたのだろうかと、不安でたまらなかった。
「色々と問題は山積みだが、思案ばかりもしておられん。とにかくこれからどうするか、私が決めさせてもらおう。」
ミカエルは腕を組み、インドがある東の空を睨んだ。
「カルラよ、お主はインドへ飛び、黄龍をここへ引っ張って来てくれぬか?」
「黄龍ヲ?メタトロン殿デハナクテ?」
「メタトロン殿は、今現在どのような状況にいるのかが分からない。まだアーリマンと戦っているのか?それともこちらへ向かっているのか?下手に彼の元へ行こうとすると、すれ違いになる可能性がある。」
「確カニ。」
「しかしインドへ向かえば、確実に黄龍がいるはずだ。奴めの力はメタトロン殿と同等・・・・いや、あるいはそれ以上やもしれぬ。だから黄龍に加わってもらえば、偵察程度ならこなせるかもしれない。まずは月の情報を集め、ルシファーたちと戦うのはそれからだ。」
「シカシソレデハ時間ガ掛ルノデハナイカ?モシ先ニ月ノ魔力ヲ解カレタラ・・・・、」
「だからお主に頼んでいるのだ。お主の翼なら、インドなど目と鼻の先だろう?」
「オオ、ソウイウ事カ。ナラバ私ニ任セロ!」
カルラは空高く舞い上がり、「スグニ戻ッテ来ル!」と飛び去った。
それを見送ったミカエルは「さて・・・・」と顎を撫でた。
「カルラが黄龍を連れて来るまで、私たちもじっとしているわけにはいかない。」
そう言ってダナエに目をやり、こっちへ来いというふうに指を動かした。
「なあに?私に用?」
ダナエは赤くなった目をこすりながら、まだ鼻を鳴らしていた。
「うむ。お前の槍には、神殺しの神器が宿っているだろう?あれを私に渡してほしい。」
「神殺しの神器を・・・・?でもあれは全然役に立たないよ?きっとクインじゃないと使えないんだよ。」
「そうだとしても、持っているだけでルシファーたちへの脅しになる。早く私に。」
「でも・・・・、」
「お前はラシルへ行くのだろう?ならばそれを持っていると、クインに奪い返されるかもしれない。だから私が預かっておく。」
ミカエルはそう言って、「さあ」と手を向けた。
ダナエはどうしたらいいのか迷い、父を振り返った。
「お父さん・・・・。」
娘が困っているのを見て、ケンはゆっくりと首を振った。
「お前の思うようにしたらええ。渡すなら渡す、嫌やったら渡さん。ダナエが決めたらええんや。」
そう言って娘の肩を抱き、「お父さんがおるから」と微笑みかけた。
ダナエは父の笑顔を見て、少し安心した。そしてコウにも目を向けると、ニコリと頷いた。
「ケンの言う通りでいいじゃん。お前の好きにしろよ。」
「・・・・そうだよね。」
ダナエは銀の槍を握りしめ、「これは渡せないわ」と答えた。
「ミカエルの言うことは分かるけど、これはそう簡単に誰かに渡していいものじゃないと思う。だから・・・渡したくない。」
「何を言うか。お前のような子供がその神器を持つことが、どれほど危険か分かっているのか?」
「知ってるわ。この神器の恐ろしさは、ラシルで散々目にしたもの。だから渡せないって言ってるの。」
「ならぬ。判断を下すのは私だ。さあ、それを。」
ミカエルは船に詰め寄り、大きな手を向けて来る。
その目は明らかに威圧していて、ダナエは「渡すもんか」と言い返した。
「あなたに渡したら、どうにかしてこれを使おうとするんでしょ?」
「無論だ。それは悪魔に対して最も有効な武器だ。使わぬ手はあるまい?」
「じゃあ悪魔をやっつけた後はどうするの?こんな物必要なくなるよ?」
「悪魔を滅ぼした後は、我々が管理する。誰かの手に渡って、悪事に利用されない為にな。」
「じゃあまた使うかもってことね?」
「神に・・・そして我らに弓引く者が現れたら、迷わず使うだろう。武器とはその為にある。」
「でもこれは普通の武器じゃないわ。悪魔だけじゃなくて、神様や天使だって殺せるのよ。あなた達がずっと持ってて、それこそ奪われたらどうするのよ?」
「そのような失態は犯さない。」
「そんなの分からないじゃない。何の信用も出来ない。」
ダナエは槍を抱えたまま、決して渡すものかと睨みつけた。
「確かに・・・先の事は誰にも分からない。我ら天使が仕える、この宇宙の真なる神を除いてな。」
ミカエルはそう言って、ダナエを睨み返した。
「しかしだな、お前のような子供が持つより、我らが管理していた方が安全だ。
それともお前は、ずっとそのような物を抱えておくつもりか?ラシルへ行き、邪神を倒したら、その後はどうするつもりだ?」
「捨てるわ、どっか遠いところに。」
「なんという危険な・・・・・。それではいつ誰に拾われるか分からんではないか。」
ミカエルは馬鹿にしたように笑い、「しょせんは子供よな」と睨んだ。
「お前は・・・・その武器を自分の物にしようと企んでいるのではないか?」
「な・・・・何を言うのよ!?そんなことあるわけ・・・・、」
ダナエは顔を赤くして怒る。そして船の外に出て、目の前で言い返してやろうと思った。しかしその時、「そこまで」とコウが止めに入った。
「やっぱりお前は鈍チンだな。こんな挑発に乗るなよ。」
「ちょ・・・挑発って・・・・、」
「お前が船の外に出たら、それこそ力づくでも奪うつもりだぜ。」
「そこまでしないよ。ミカエルたちは仲間なのに。」
「いいや、するね。だってそいつらの口車に乗せられて、俺やアリアンは空想の牢獄に行ったんだ。下手すりゃ赤い死神のせいで全滅してたな。」
コウは荒い口調で言い、ガブリエルに目を向けた。
「あの美人さんが、俺たちを罠に嵌めようとした。危ないところだったんだ。」
そう言って睨むと、ガブリエルは「罠などと・・・、」と苦笑いをした。
「あれは必要な事だからやっただけです。それともあなたは、牢獄を放ったらかしにしておいてもよかったと?」
「そうは思わないよ。でも俺やアリアンが死のうと、あんたはどうでもよかったんだろ?クトゥルーやスクナヒコナだって一緒だったんだ。もし誰かが死んだって、あんたらは悲しみもしなかったんじゃないか?」
「戦いに犠牲は付き物ですからね。それを言うなら、あなたはこの戦いで死んでいった、一人一人の天使の名前を言えますか?
今回の戦いで最も犠牲を払っているのは、我々天使なのですよ?それをどうお考えです?」
「そ、それは・・・・、」
「まるで自分たちだけが傷ついているようなその言い草。」
ガブリエルはため息交じりに言い、ふと優しい目になった。
そしてその優しい目で、諭すように微笑みかけた。
「いいですか、妖精の少年よ。あなた方妖精にも、色々と思うところがあるのは分かります。
しかしこの場はミカエルの判断に従ってもらいます。ダフネ殿も、ミカエルに判断を任せたのですから。」
「だ・・・・ダフネはそんなこと言ってないだろ!?」
「ダフネ殿は、疲れを癒す為にお休みになられました。それはすなわち、この場の判断をミカエルに任せたという事です。」
「う、うう・・・・・。」
「ならばあなた方妖精も、ミカエルの判断に従うべきです。それが筋というものではありませんか?」
「そ・・・・そうなの・・・・かな・・・・?」
コウは引きつった顔で笑いながら、「どうなんだろ・・・・?」とダナエを振り返った。
ダナエも引きつった顔で困っていて、しかしこの武器だけは渡すまいと、ギュッと抱きしめていた。
「お・・・・お父さん・・・・私・・・・、」
ダナエは困り果て、また父を見つめる。
神器は渡したくない。というより、渡してはいけない気がする。
しかしガブリエルの言うことも分かる。ダフネはミカエルに判断を任せた。ならば渡した方がいいのかもしれない。
いったいどうすればいいのか困っていると、ケンはダナエの前に立ってこう言った。
「渡さんでええ。」
「お・・・お父さん・・・。」
「渡したくないんやろ?それやったら渡さんでええ。」
ケンは凛として言い放つ。そしてダナエに背中を向け、天使たちを睨んだ。
「あんたらがどう言おうとな、この神器を渡すことは出来へん。」
するとガブリエルは眉をひそめ、またため息をついた。
「妖精王ケンよ。先ほども言ったとおり、これはダフネの判断でもあるのです。それでも拒否すると?」
「関係ないなあ。別に俺とダフネは主従関係にあるんと違うで。」
「しかし彼女は、月を治める女神ではありませんか。ならばあなたの上に立つ存在でしょう?誰がどう見ても、主従関係にあるように思いますが?」
「いいや、関係ない言うてんねん。ダフネは確かにキツイところもあるけど、理屈コネ回して他人を言いくるめるような真似はせえへん。アイツは月の女神になるまでに、ようさん苦労してんねや。だけどその分強い。どうしても言いたいことがあるんやったら、肩書きなんか抜きで、正々堂々と話すやろ。」
「それこそ理屈をコネ回しているではありませんか。あなただって、神殺しの神器の恐ろしさをご存知のはずでしょう?ならばそんな危険な物を、自分の娘に持たせておくと?」
ガブリエルも凛として言い返す。しかしケンは動じない。ガブリエルのそのセリフを、鼻で笑っているだけだった。
「何がおかしいのです?私は真面目に話をしているのですよ?」
「そうやろか?さっきは俺とダフネの主従がどうとか言うて、今度は俺に娘の心配をさせようとしとる。そんなコロコロ話題を変えられたら、とても真剣に話しとるようには・・・。」
そう言ってまた鼻で笑う。するとその態度にウリエルが怒った。
「おい貴様。なんだその態度は?こちらは真摯に話しているというのに、どうして笑う?」
ウリエルは目を釣り上げ、剣を構えて船の上に降りた。
「こういう言い方はアレだがな、こちらは力づくで神器を奪い取ることも出来るんだ。それをしないで、こうやって話し合いで納得してもらおうとしている。それの何がおかしい?」
「いや、癪に障ったんやったらすまん。謝るわ。」
ケンは窓の前に立ち、ペコリと頭を下げる。そして顔を上げて、「ただなあ・・・・、」と呟いた。
「どうしても神器は渡せへんねん。それだけは理解してえや。」
「なぜだ!?それは危険な代物であると、何度も説明しやはずだ。」
「そんなこと俺かて知っとる。でもダナエは渡さへん言うてんねん。それやったら、俺はこの子を守ったらなアカン。そうでないと、またアメルにビンタされてしまうでな。」
そう言ってダナエを振り返り、ニコリと笑った。
「お母さんのビンタ痛いねん。アレ・・・・もう食らいたあないでな。」
ケンはパチンと自分の頬を叩き、また笑って見せた。
「お父さん・・・・。」
ダナエはジンと来て、強く頷いた。
「ありがとうお父さん。やっぱりこれは私が持っておく。この戦いが終わるまで、誰にも使わせたりしないわ。」
そう言って、誓いを立てるように槍を握りしめる。ケンは満足そうに頷き、「・・・ちゅうわけや」と天使を振り返った。
「あんたらの言い分は分かるけども、俺はこの子の父親やさかいな。だからあの神器は渡されへんわ。」
ケンは背筋を伸ばし、強い口調で言う。
ガブリエルとウリエルは、その返事を聞いてやれやれという風にため息をついた。
「もういいだろう。ここまで紳士的に話して、こいつらは理解しようとしない。力づくで従わせるしかないぞ。」
「暴力ですか・・・。あまり良い考えではないですが、事態が事態ですから仕方ありません。ミカエル、いいですね?」
ガブリエルは同意を求めるように問いかける。
しかしミカエルは、「もういい」と首を振った。
「四大天使ともあろう者が、妖精に手を上げるなど・・・・恥の極みだ。」
そう言ってケンを睨み、「好きにするがいい」と言った。
「何度も言うが、その神器はお前たちが考えるよりも、遥かに危険な物だ。もしルシファーたちがその神器に気づいたら、何が何でも奪おうとしてくるだろう。その時・・・・お前たち妖精に成す術はない。いくら抵抗しようともだ。」
「覚悟の上やがな。」
「そうか・・・・。ではカルラが戻るまで、我らも休むことにしよう。」
ミカエルは背中を向け、翼を羽ばたく。そしてふとケンを振り返り、恐ろしく冷たい視線を向けた。
「妖精王よ、これだけは覚えておけ。お前のその判断が、我ら天使と妖精の間に、大きな溝を作ったということを。」
そう言い残し、ミカエルは遠くへ飛んで行く。ガブリエルとウリエルもそれに続き、箱舟から離れた場所で、何かを話し合っていた。
ケンはじっとその様子を見つめながら、「ふう・・・」と息をついた。
「さすがは四大天使や。すごい威圧感やで・・・・。」
そう言って額の汗を拭い、「アメルにビンタされずに済みそうや」と笑った。
「ダナエ、お前は何にも間違ってないからな。自信を持ったらええ。」
「・・・・・・うん。」
ダナエは強く頷き、「ありがとう、お父さん・・・」と頬にキスをした。
「お母さんもなあ、ビンタやのうてキスしてくれたらええのに。」
「してくれるよ。私、お母さんに言っておく。私を守ってくれて、お父さんはすごくカッコよかったって。」
「おう、頼むわ。キスはめっきり減ったクセに、ビンタだけは増えるからなあ。あれ以上やられたら、ほんまに顔の形が変わって・・・・、」
ケンは頬を撫でながら、照れくさそうに言った。しかしその言葉を遮るように、「ちょっといいかい?」とラファエルが顔を覗かせた。
「うお!アンタまだおったんかいな?」
「まあね。奥さんがキツイってところまで聞いてたよ。」
「天使のクセに盗み聞きとは・・・・おもろいやないか。」
そう言ってニヤリと笑い、すぐに真顔に戻った。
「あの・・・・今のは聞かへんかったことに・・・・、」
「ははは、心配しなくても言わないよ。これ以上殴られたら、顔が変わっちゃうんだろ?」
「う・・・。ま、まあ・・・冗談やけどな・・・・。」
ダラダラと冷や汗を流しながら、誤魔化すように咳払いをする。
しかしすぐに表情を引き締め、ラファエルを見つめた。
「・・・・で?あんたは何の用や?まだなんか話があるんかいな?」
少し強い口調でそう尋ねると、ラファエルは「気を悪くさせて申し訳なかったね」と謝った。
「嫌な思いをしちゃったかもしれないけど、どうか許してほしい。」
「いや、こっちは何も思っとらんで。まあ向こうは知らんけど。」
「みんな強情だからね。でもあれくらいじゃないと、天使を束ねることなんて出来ないんだ。」
そう言ってミカエルたちを振り返り、憂いのある眼差しで見つめていた。
「僕は君の判断を尊重するよ。娘を守ろうとするその心意気、いいじゃないか。」
「そらどうも。実は嫁さんのビンタが怖いだけかもしれへんけどな。」
「ははは、仲がいいんだね、君の家族は。」
ラファエルはおかしそうに笑うが、すぐに真剣な顔に戻った。
「でも忘れないでほしい。神殺しの神器は、とにかく危険な代物だってことを。それにそいつを持ってることがルシファーたちにバレたら、君たちだけじゃ太刀打ちできない。ミカエルが言ったあの警告・・・・あれは本当のことだよ。」
そう忠告するラファエルの言葉には、脅しとも助言とも取れるニュアンスがあった。
「いいかいケン。君たちは今、とても危険な状況に置かれている。それだけは間違いないんだ。だから意地を張るタイミングを間違えちゃいけない。」
「なんやそら?さっきは俺の意見を尊重する言うたやないか。」
「まあね。アレは僕の個人的な意見さ。だけど天使を束ねる立場としては、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。少なくともあの三人はそう思ってるはずさ。」
ラファエルはクイっと親指を動かし、ミカエルたちを指差した。
「また必ず、彼らはその神器を奪おうとしてくる。その時、今みたいに意地を張ったら、本当に痛い目に遭わされるだろう。だから・・・・今度は意地を張らないでくれ、頼むよ。」
そう言い残し、ラファエルは手を振って去って行く。
ケンは彼の背中を見つめながら、「こらダフネに相談せんとな」と頭を掻いた。
「敵の本陣まで来てみたら、ルシファーどころか悪魔一匹おらへん。そのせいで、みんな浮足立ってイライラしとる。共通の敵が目の前におらんようになると、こうもバラバラになってしまうもんかなあ・・・・・。」
せっかく皆が協力して戦っていたのに、一瞬で溝が出来てしまった。
天使と妖精という違いはあれど、今までに共に戦ってきた仲である。
それがこんな事で決裂してしまったら、いったい今までの戦いは何だったのかと、ケンは深く悩んだ。
「・・・・しゃあないわな。おんなじ人間同士でもいがみ合うんや。種族が違えば、そう簡単に理解なんかし合えへんのかもしれん。」
自分の考えが甘いのか?それとも種族としての違いはどうしようもないのか?
ケンは判断しかねたが、出来れば仲良くやっていきたいと願っていた。
すると誰かに服を引っ張られて、「ん?」と振り返った。
「ダナエ。どうした?」
「あのね、コウの様子がおかしいの。」
「ん?コウが・・・・。」
コウは操縦席の前で項垂れていた。
その顔はどんより沈んでいて、「はあ・・・・ダメだあ・・・」と頭を抱えていた。
「俺・・・・危うく言いくるめられるところだった・・・・。ダナエのことを鈍チンとか言っときながら、実は俺の方が洗脳されやすい奴なのかも・・・。」
一人でブツブツと呟き、何度もため息を吐いている。
ケンは「神経質なやっちゃなあ」と笑い、ポンとダナエの背中を押した。
「友達が悩んでるで、元気づけたれ。」
「うん。ビンタして元気を入れてあげる!」
ダナエはコウの元に駆け寄り、「えい!」とビンタをした。
しかしビンタが当たるその瞬間、コウがふとこちらを向いて、鼻面のど真ん中に当たってしまった。
「痛ッ!」
「ああ!ごめん!!」
「いきなり何すんだ!?」
「だって落ち込んでたから。ビンタしたら元気出るかなと思って。」
「だったらほっぺにしろよ!」
「だって急にこっち向くんだもん。」
ダナエは赤くなったコウの鼻を撫でて、「痛いの痛いの飛んでいけ〜」と言った。
「俺は子供か!?」
「今のところはね。」
「そりゃお前もだろ。」
「そうだけど、でもまだまだコウは子供なんだなあって。きっとさ、今は私の方がお姉さんなのよ。ていうか昔っからそうだけど。」
「はいはい。そんなこと言う奴の方がガキなんだ。俺はナリは子供でも、中身は立派な大人さ。」
そう言って胸を張ると、ダナエは「そうだよね。ダフネのパンツ見てニヤニヤしてたもんね」とからかった。
「そういう所だけ大人になって、他は子供だもんね。だからアリアンとも上手くいかないのよ。」
「は・・・はあ!?なんだよそれ!そんなの今関係ないだろ!」
「じゃあさ!じゃあさ!ダフネのパンツ見てニヤニヤしてたこと、アリアンに言ってもいい?」
「な!なにおう・・・・・、」
「あはは!焦ってる!すごく焦ってる!」
ダナエは可笑しそうに笑い、バシバシとコウの背中を叩いた。
「どう?元気出た?」
「元気っていうか・・・・・なんか腹立つんだけど・・・・。」
「いいじゃない。さっきの落ち込んでる顔よりマシよ。」
「そ、そうかな・・・・?」
「そうよ。これからね、きっと今までより大変な事になる。なんでか分からないけど、そう感じるの。だからコウがそんなに元気のない顔してちゃ、私だっていつかバテちゃうわ。」
「ダナエ・・・・。」
コウは椅子から立ち上がり、「お前の言う通りだな」と頷いた。
「俺たちはラシルへ行って、邪神を倒すんだ。こんなところでウジウジしてられないよな?」
「そうよ。なんならトミーとジャムも、もう一回連れて行っちゃおうか?」
「ええ!?・・・・あんだけ感動的に見送ったのに?」
「でもずっと友達って約束したじゃない。また一緒に旅をしたって平気よ。」
「ついて来るかな、アイツら?」
「来る来る。どうせ暇だろうし、絶対に来るって。」
「お前・・・何気にヒドイな。」
ダナエは満面の笑みで「またみんなで旅しよ」と言い、コウも「それもいいかもな」と頷いた。
すると操縦室のドアが開いて、ダフネとアメルが入って来た。
「ああ、二人とも。もう戻って来ちゃったの?」
そう言って二人に駆け寄ると、ダフネが「何よ、戻って来ちゃ悪かった?」と唇を尖らせた。
「そんなことないわよ。ほんのちょっとしか休んでないから、大丈夫かなと思って。」
「そうしたかったんだけど・・・ねえ?」
ダフネはガックリと項垂れ、アメルを振り返った。
「そうね。ちょっと事情が変わったから、ゆっくりなんて出来ないわ。」
「そういうこと。・・・・というわけで、ダナエとコウは、今から月へ行ってちょうだい。」
そう言われて、ダナエとコウは首を傾げた。
「月に?」
「俺たちだけで?」
「そうよ、アンタたちだけでね。」
ダフネはニヤリと笑い、二人の鼻に指を突きつけた。
そして彼女の首には、なぜか鷹の形をした金の首飾りがぶら下がっていた。
《なんだろうこの首飾り・・・・。ダフネってこんなの持ってったっけ?》
ダナエは不思議に思い、じっとその首飾りを見つめる。
金で出来た鷹が、ダフネの胸元で揺れていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十五話 散りゆく仲間(5)

  • 2015.06.04 Thursday
  • 08:40
JUGEMテーマ:自作小説
戦いというものは、いつだって予想外の事が起こる。
思っていたよりも激戦となり、大勢の死者が出ること。
逃げたはずの機械竜が追って来て、命を懸けた死闘になること。
そして・・・・激戦になると思っていたのに、あっさりと敵陣まで辿りつけたこと。
ダナエたちは箱舟に乗って、エジプトのピラミッドの上まで来ていた。
インドを離れてここへ来るまで、何度か悪魔に遭遇した。
しかしどの悪魔も大したことはなく、箱舟の砲撃だけでカタがついた。
そしてエジプトの周りには要塞があって、万里の長城のように伸びている。
その要塞はエジプトへの侵入者を阻む、悪魔の要塞だった。
無数の大砲が備え付けられていて、侵入者を拒むように幾つもの棘が伸びている。
しかしこの要塞すらも、簡単に突破することが出来た。
グルリとエジプトを囲む要塞には、一カ所だけ門が開かている。
ここは要塞のたった一つの出入り口で、この門を通る以外にエジプトへ入る手段がなかった。
だから激しい戦いが予想されたのだが、それさえもなかった。
見張りの悪魔たちは、ただの下級兵士。
ガーゴイルやドラゴンゾンビといったそこそこ強い悪魔もいたが、ダナエたちの敵にはなりえない。
戦の箱舟、四大天使、それにダフネがいれば、その程度の悪魔などいくらでも倒せる。
だから門番の悪魔もアッサリと倒し、要塞の門を通ってエジプトに入った。
そこから先は楽なもので、悪魔は一匹たりとも出て来なかった。
途中で巨大な悪魔のシルエットが三体見えたが、ダフネは無視するように言った。
余計な戦いはせず、ルシファーとサタンに的を絞りたかったのだ。
そして何の苦もなくピラミッドの並ぶ砂漠まで来ると、そこには誰もいなかった。
ルシファーもサタンもいない。それどころか、悪魔の一匹すらいない。
ダフネはさすがに不審に思い、これは罠なのではないかと疑った。
どこかからこちらの作戦が漏れ、敵に動きを気取られてしまったのかもしれない。
もしそうなら、いつ悪魔が襲って来てもおかしくはないと思い、皆に気を引き締めるように言った。
箱舟を空中に停滞させながら、ダフネは辺りを見渡した。
どこかに悪魔が潜んでいないか?どこかからこちらを見ているのではないか?
注意深く気配を探り、神経を尖らせていた。
四大天使も箱舟から離れ、辺りを捜索していく。
目を凝らし、耳を澄ませて、わずかな気配さえも見逃すまいとする。
しかしどこにも悪魔の気配は感じ取れず、それどころか悪魔がここにいた気配すら残っていなかった。
ミカエルは首を捻りながら、箱舟まで戻って来る。そして「ダフネ殿・・・」と暗い声を出した。
「残念ながら、ここには悪魔の一匹もいない。それに気配の残り香すら感じられないし、とうの昔にどこかへ移動したのではないか?」
「そうかもね。どこかからこちらの作戦が漏れたのかもしれないわ。でも油断は禁物よ、なんたって相手はあのルシファーたちなんだから。」
ダフネは操縦室の窓から外を睨み、「ここ以外に奴らの行きそうな場所ってあるかしら?」と爪を噛んだ。
「さあな。しかしここには誰もいないのは確かだ。」
「・・・・そうね。要するに作戦は失敗ってことだわ。」
そう言って爪を噛み、指から血を流した。
それを見たダフネは、ちょっと怖くなってダフネから離れた。
「ねえコウ・・・・これけっこう悔しがってるよね?」
「ああ・・・。涼しい顔してるけど、心の中は荒れまくってるぜ・・・・。こういう時は下手に近寄らない方がいい。」
「分かってる・・・。」
二人はヒソヒソと話し合い、窓の外に目を向けた。
見渡す限りに砂漠が広がっていて、ピラミッドがポツポツと点在している。
「不思議な場所だね、ここ。コウは一度来たことがあるんでしょ?」
「ああ、ここでセトって奴と戦ったんだ。すっげえ凶悪な奴でさ、目え合わせただけでチビりそうになった。」
「でもやっつけたんだよね?」
「やっつけたっていうか・・・封じ込めたんだよ、スフィンクスの中に。その時にユグドラシルの分身も一緒に食われちまって・・・・、」
そう言いかけた時、コウは何かを思い出したように「ああ!」と叫んだ。
窓の傍に駆け寄り、「ない!ユグドラシルの分身がどこにもない!」と叫んだ。
「おかしいぞ!トートが頑張って復活させたはずなのに・・・・。」
窓に顔を張りつけながら、目を見開いて砂漠を見渡す。
するとダナエも駆け寄って来て、「そうよ!ないじゃない!」と叫んだ。
「トミーとジャムはユグドラシルを通って帰ったのよ!なのになんでどこにもないのよ!?ねえコウ!なんで?どうして?どこへやったのよ!?」
「し・・・知るかよ・・・・首絞めんな・・・・。」
ダナエはガクガクとコウの首を揺さぶり、「二人はどこにいるのよ!?」と泣きそうになった。
「もしかして悪魔に食べられちゃったの!?そんなことないよね?ねえ、どうなのよ!?」
「や・・・やめれ・・・・死んじまうから・・・・、」
コウは白目を剥きながら、ブクブクと泡を吹き出す。
見かねたアメルが、「やめなさい」と止めに入った。
「コウが死んじゃうわ。」
「お母さん!トミーとジャムはユグドラシルを通って帰って行ったのよ!だからアレがないってことは、二人はここにはいないってことになっちゃう!」
「ゾンビのお友達のことね?でも地球に帰ったのは確かなんでしょう?」
「そうよ!ここにいるはずなの!あの二人・・・すごく弱っちいから、下っ端の悪魔にだって食べられちゃうわ!ああ・・・・どうしよう・・・、」
ダナエはグスっと鼻をすすり、「ジャム・・・トミー・・・」と窓の外を見つめた。
するとそこへケンがやって来て、「ジャムっちゅうのは、ダナエに愛の告白をしたゾンビやな?」と尋ねた。
「そいつはどんな男なんや?詳しい言うてみい。」
「もう!こんな時にやめてよ!お説教なんて聞いてる場合じゃないの!」
「そうやない。お父さんも一緒に捜す言うてんねや。」
「ほ・・・・ほんと?」
「ホンマや。ゾンビの分際でお前に告白するなんて、いったいどんな男なんか気になるわ。この目で見てみたいねん。」
ケンはそう言ってニコリと笑い、ダナエの頭を撫でた。
「お母さんも一緒に捜そ。ダナエに告白した男・・・・気になるやろ?」
「まあ・・・そうねえ。もしダナエの将来のお婿さんになるなら、この目で見ておきたいわ。」
「よっしゃ!ほな決まりや。ダナエ、お父さんとお母さんと一緒に、お前の友達を捜そうやないか。」
「お父さん・・・・。」
ダナエはまた鼻をすすり、「ありがとう」と微笑んだ。
「ちゅうわけや。ダフネ、ちょっと外に出てええやろ?」
そう言って振り向くと、ダフネは「本気で言ってるの?」とため息をついた。
「もしかしたらルシファーたちが潜んでるかもしれないのよ?下手に動くのは自殺行為だわ。」
「せやかて、悪魔の気配は無いんやろ?」
「そうだとしても、ここは敵の本拠地なの。油断の出来る場所じゃないわ。」
「敵の本拠地やのうても、今のこの星に油断の出来る場所なんかあるかいな。そうやろ?」
ケンは目に力を込めて言った。アメルも同じように強い視線を送る。
ダフネはまたため息をつき、お手上げという風に首を振った。
「いいわよ、好きにしなさい。でもあまり箱舟から離れちゃダメよ。いいわね?」
「分かっとる。ほなダナエ、そのジャムとかいうアホンダラを捜しに行こか。」
ケンはニコニコと笑って言うが、拳には血管が浮かんでいた。
そして一人で操縦室から出て行ってしまう。
「あれ・・・・怒ってるな。」
「うん・・・。」
コウとダナエは顔を見合わせ、ケンの後を追って行った。
アメルもその後に続き、操縦室にはダフネだけが残される。
「なんていうか・・・・緊張感のない親子よね。ちょっと羨ましいわ、その性格。」
ダフネは豪快なように見えて、実はかなり神経質だったりする。
このような状況で、のほほんと振舞えるタイプではなかった。
「アメルは昔っから逞しいわ。ケンもナイーブなように見えて楽観的だし、ダナエは両方の性格を受け継いでる。
コウもけっこういい加減なところがあるし、みんな私の苦労を分かってるのかしら?」
少しだけ愚痴っぽく言い、操縦席に座る。
「はあ・・・・これからどうしよう・・・。ここに来ればルシファーたちがいると思ったのに、まったくもぬけの殻じゃない。これからどうしろってのよ。」
頬杖をつき、だるそうな目で砂漠を睨む。
するとカルラが窓の前に飛んで来て、コンコンと叩いた。
「なに?横の窓が開いてるわよ。」
そう言って側面の窓を指差す。
カルラは窓を開け、「失礼スル」と入って来た。
「オヤ?ダフネ殿ダケカ?」
「まあね。私はみんなみたいに楽観的じゃないから。」
「?」
「何でもないわ。それより何の用?」
砂漠を睨んだまま尋ねると、カルラは神妙な顔で答えた。
「実ハナ、エジプトノ神々ガ見当ラナイノダ。」
「どういうこと?」
「彼ラハ宙ニ浮カブ光ノピラミッドニ隠レテイル。シカシソノピラミッドガ見当タラナイ。」
「そんなのどっかに移動したんじゃないの?宙に浮くくらいなら動かせるでしょう。」
「イヤ、辺リハ隈ナク捜シタノダ。シカシドコニモイナイ。」
「あなたがエジプトから逃げた時は、まだここにいたのよね?」
「アア。私ハ助ケヲ呼ブ為ニココヲ離レタノダ。ナラバエジプトノ神々ガココニイナイノハオカシイ。」
「う〜ん・・・・それはそうだけど、ここ以外に行きそうなアテはあるの?」
「分カラナイ。シカシ最悪ノ事態ヲ想定シテシマウノダ。」
「最悪の事態ね・・・・。それはルシファーたちにやられちゃったってこと?」
「ウム。光ノピラミッドハ、ソウ簡単ニハ見ツケラレナイ。シカシココニイナイトイウコハ、モシカシタラルシファーニ見ツカリ、ソノママヤラレテシマッタノカモシレナイ。」
「そう考えたくなる気持ちは分かるけど、まだ何とも言えないんじゃないかしら?もしエジプトの神様たちがやられちゃったっていうのなら、どこかに遺体があるはずよね?それは見つかったの?」
「イイヤ、肉片一ツ見ツケテイナイ。」
「だったらまだ分からないわ。私は生きてる可能性の方が高いと思うけどな。」
ダフネは淡々とした口調で答え、椅子から立ち上がる。
そして窓の前まで歩き、難しい顔で腕を組んだ。
外ではまだ四大天使が捜索を続けていて、どこかに悪魔が潜んでいないか探っている。
ダフネはその様子を見つめながら、「もしかして・・・・、」と呟いた。
「月へ行ったのかもしれないわ。」
「月?」
「ここにはユグドラシルの分身が生えていた。そして月にもユグドラシルの分身が生えている。アレを通れば月まで行けるけど、向こうのユグドラシルの穴はちゃんと塞いできたわ。だから普通に考えれば月まで行けるわけはないんだけど・・・・、」
そう呟いて、空に浮かぶ白い月を見上げた。
「・・・・ダメだわ。私も最悪の事態を想定しちゃった。」
「シカシソノ可能性ハ低イト、先ホド仰ッタハズダガ?」
「ううん、エジプトの神々のことじゃないの。私が言ってるのは、月が落とされたかもしれないってこと。」
「ナント!ソレコソ最悪ノ事態デハナイカ!」
「だからそう言ってるじゃない。ルシファーたちはユグドラシルを通って月に行った。そして後を追って来られないようにする為に、エジプトに生えていたユグドラシルの分身を消した。これが一番しっくり来ると思わない?」
「理屈ハ分カルガ、ドウシテソノヨウナコトヲ?」
「多分だけど・・・・ルシファーたちは私たちを敵だと思ってないんだわ。取るに足らない虫ケラだと思ってる。」
「ルシファートサタンハ桁外レニ強イカラナ。ソウ思ッテイル可能性ハアル。」
「だとしたら、地球は自分たちのもの同然と思ってるはず。取るに足らない虫ケラが暴れたところで、痛くも痒くもないでしょうから。」
「ムウウ・・・ナントモ舐メラレタモノダ。」
「これは単なる私の想像よ。本気にしないでね。」
「分カッテイル。先ヲ続ケテクレ。」
「ルシファーたちは地球を手に入れた。だったら次に目指す場所はどこか?私は多分、月だと思う。」
「ナゼダ?アノ傲慢ナルシファーノナラ、次ニ狙ウノハラシルダト思ウガ。」
「そりゃあもちろんラシルだって支配したいと思ってるでしょうね。だけど物事には順序がある。ラシルを支配する為には、まず邪神クイン・ダガダを倒さないといけない。だけど彼女は神殺しの神器を持ってるわ。あの恐ろしい武器の前では、いくらルシファーやサタンといえど、手も足も出ないでしょう。」
「ウム。アノ武器ハ神ヤ悪魔ガ相手デアレバ、無条件ニ殺ス事ガ出来ル。本当ニ恐ロシイ武器ダ。」
「だったらまずそれをどうにかしなきゃいけない。その為には、月に宿る魔力が必要だわ。あの星の中に蓄えられた、魔性の力。それを身に宿すことが出来れば、もしかしたら神殺しの神器に対抗出来るかもしれない。」
「月ノ魔力カ・・・・。シカシアレヲ扱ウニハ・・・・・、」
「うん、大きなリスクが伴うわ。最悪はルシファーもサタンもただの妖精に成り下がるでしょう。それに・・・・人間の協力も必要よ。」
「ソノ通リダ。人間ノ持ツ、空想ヲ描ク力ガ必要ニナル。ソシテ人間ナラ誰デモイイトイウワケデハナイ。浮世離レシタヨウナ、地ニ足ヲ付ケテイナイ、アル種ノ怠ケ者デナケレバイケナイ。ソレニ加エテ、鋭イ感性モ必要ダ。ソンナ人間ヲ都合良ク見ツケテ、月マデ連レテ行ッタトイウノカ?」
「いいえ、地球から連れて行く必要なんてないわ。だって月には二人も人間がいるじゃない。それも・・・・月の魔力を解くのに相応しい人間が。」
ダフネ薄い月を睨み、月にいるはずの二人の人間を思い浮かべた。
「幸也とミヅキ。月の魔力を解くのに相応しい二人だわ。きっとミヅキが魔力を解く役目をさせられて、幸也が実験台にされる。もし失敗したら、月にいる者は全員妖精になっちゃう。そして・・・・月は塵になって消えてしまうわ。」
この時、ダフネはある確信を持っていた。それは月はすでに落とされているという確信だった。
ルシファーたちはユグドラシルを通り、月まで行った。
普通に飛んで行くよりも、その方が遥かに早く行けるし、それにこちら側にも動きがバレない。
そして後を追って来られないように、エジプトに生えていた分身を消滅させるか、あるいは持ち去った。
月には天使や死神の軍勢がいるが、ルシファーたちの敵には成りえない。
あっさりと全滅させられて、月は悪魔の手に落ちた。
そして月を支配し、内部に宿る魔力を手に入れようとしている。
幸也とミヅキ、二人の人間を利用して、大きなリスクを冒してまで月の力を得ようと企んでいる。
ダフネは目を瞑り、最悪の事態が現実に起きていることを確信する。
根拠はないが、これ以外にルシファーたちがここにいない理由が思い当たらなかった。
「多分・・・・私の考えは間違ってないわ。だけどそうなると一つ疑問が残る。ルシファーたちは、どうして月に幸也とミヅキがいることを知ってたのかしら?」
ダフネは強く疑問を感じていた。
月の内部の情報は、悪魔の側には渡っていないはずである。
月を襲って来た悪魔は全滅させたのだから、外に漏れる心配はない。
「分からないわ・・・・。こうなると、どこかからこっちの情報を漏れたとしか考えられない。この作戦にしろ、月にいるミヅキや幸也のことにしろ、外から探るのは無理だもの。そうなると・・・・私たちの中に裏切り者がいるってことになるけど・・・・、」
ダフネは怖い顔でそう言って、ふとカルラを振り向いた。
「ダフネ殿。言ッテオクガ、私ハ裏切リ者デハナイゾ。」
「別にそういう意味で睨んだんじゃないわ。ただ私たちの中に裏切り者がいるとして、それは誰なのかなあと思って。心当たりはある?」
「ウウム・・・・特ニコレトイッテ思イ当タル事ハナイナ・・・・。」
「まあそうよねえ。カルラは途中から合流したわけだし、その後ずっと一緒にいたもんね。やっぱりあなたは裏切り者じゃないわ。」
「ヌウ・・・ヤハリ疑ッテイタノデハナイカ・・・・。」
カルラは苦い顔で舌打ちをする。そして「ダフネ殿、コウイウ事ハ御存知カ?」と尋ねた。
「人間ノ世界ニハミステリー小説トイウモノガアルノダ。探偵役ガ推理ヲシテ、犯人ヲ追イ詰メテイクトイウモノナノダガ。」
「それくらい知ってるわよ。私だって15年前までは地球にいたんだから。」
「ソレハ失礼。シカシコノミステリー小説トイウモノハ、読者ノ期待ヲ良イ意味デ裏切ラナケレバナラナイ。故ニ、時トシテ探偵役ガ犯人ダッタリスルノダ。」
そう言って顔を近づけ、「サテ、今コノ場デ探偵役ヲシテイルノハ、ダフネ殿ナワケダガ・・・・」と睨んだ。
「なあにそれ?もしかして私が裏切り者だって言いたいわけ?」
「別ニソウイウ意味デハナイガ・・・・。タダミステリー小説ノ場合、ソウイウ展開モアルトイウコトダ。」
カルラはじっとダフネを見つめる。さっき疑われた仕返しをするように・・・・。
ダフネはそんなカルラの目を見つめ返し、「あなたって・・・・、」と口を開く。
「あなたって、もしかして意外と根に持つタイプ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・そうよ、実はこの私が犯人。ルシファーたちと裏で繋がっていて、全ての糸を引いてるのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「そして私の正体がバレた以上、あなたにも死んでもらわなきゃいけないわ。運が悪かったと思って・・・・・諦めてね。」
ダフネはニコリと微笑み、カルラの首を絞める。
「ヌグ!・・・・ム・・・・無念・・・・。」
カルラは床に倒れ、翼を動かしてダイイングメッセージを刻む。裏切り者はダフネ・・・・と。
そして目を閉じ、ガクッと死んでしまった。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・あのさ、いつまでミステリーごっこやるわけ?」
「ム?」
「ム?じゃないわよ。疑って悪かったら、ちょっと付き合ってあげただけじゃない。もういいでしょ?」
「アア、スマン。一度コウイウノヲヤッテミタカッタノダ。」
カルラはムクリと起きて、「ヨッコラショット」と立ち上がった。
「満足した?」
「ウム。楽シカッタゾ。」
「それはよかったわ。じゃあちょっと一人にしてくれない?これからの事を考えなきゃいけないから。」
ダフネは真顔に戻り、椅子に腰かける。頬杖をつき、険しい表情で宙を睨んでいた。
カルラはそんな彼女の傍に行き、「裏切リ者トイウノハ、イササカヨクナイ考ダ」と言った。
「私ハ同胞ノ中ニ、裏切リ者ガイルトハ考エテイナイ。」
「そう。」
「モシ本当ニ裏切リ者ガイタトシタラ、我ラハココヘ辿リ着ク前ニ、何ラカノ罠ニ嵌メラレテイタノデハナイカ?」
「じゃあ月に幸也やミヅキがいることを、ルシファー達はいったいいつ知ったのよ?それに私たちの作戦もバレてるっぽいし。裏切り者がいなきゃ説明が付かないじゃない。」
「シカシソレハ、ダフネ殿ノ想像ニ過ギナイノダロウ?」
「いいえ、確信よ。想像じゃないわ。」
「先ホドハ想像ト言ッテイタデハナイカ。ダカラ本気ニスルナト忠告シテイタハズダ。」
「さっきはさっき、今は今よ。お願いだから一人にして。」
ダフネは強い口調で言って、全身からイライラを発していた。
しかしカルラは去らない。ダフネが苛立っているのは分かるが、だからこそこの場に留まった。
「ダフネ殿、私ハ同胞ニ裏切リ者ガイルトハ思エナイ。」
「それはもう聞いたわ。いいから一人にして。」
「私ハコウ思ウノダ。我ラノ中ニ裏切リ者ガイタノデハナク、コノエジプトニ、我ラノ事ヲ知ル者ガイタノデハナイカト。」
「・・・・どういうことよ?」
ダフネは興味を引かれ、目を動かしてカルラを見つめた。
「ミヅキと幸也が月にいること、それに私たちの作戦。それを知ってる奴がここにいたってこと?」
「イヤ、我ラノ作戦ヲ知ル者ハイナカッタダロウ。シカシミヅキ殿ト幸也殿ガ月イルコトハ、知ッテイタカモシレナイ。」
「私たちの作戦は知らないけど、幸也とミヅキを知ってる者・・・・?そんな奴がこの場所に・・・・、」
そう言いかけて、ダフネは口を噤んだ。
「・・・・ちょっと待って。いる・・・いるわ!ここにはあの二人を知ってるかもしれない奴がいる。ていうか、ミヅキのことは絶対に知ってるはずよ。だって『あの二人』は、ラシルでミヅキと一緒に旅をしてたんだもの!」
ダフネは椅子から立ち上がり、「ああ〜・・・私って馬鹿だ・・・」と嘆いた。
「そうよ・・・ここにはトミーとジャムって奴らがいるんだったわ。あの二人はダナエの友達で、ミヅキたちと一緒にラシルにいたんだ。それでもって、ユグドラシルの分身を通って、ここまで帰って来た。」
ワシャワシャと頭を掻き、悔しそうに舌打ちをする。
「黄龍が言ってたわ。エジプトから燭龍の気を感じるって。ということは、ここには確実にあの二人がいたことになる。だってジャムって奴には、燭龍が宿ってるんだもの。」
「ソノ通リダ。ソシテ、今ハソノ二人ノ姿ハドコニモナイ。」
「そうね。きっとルシファーはその二人から情報を引き出して、月にミヅキと幸也がいることを知ったんだわ。そしてミヅキなら、月の魔力を解くのに使えると思った。なぜならあの子は、幸也のことで現実の世界を嫌がってる節がある。それにちょうど思春期真っただ中の多感な年頃だから、感性だって鋭くなってるかも・・・・。だったら月の生贄にするにはピッタリだわ。」
「ウム。ルシファーハミヅキ殿ヲ利用スルツモリデイルノダロウ。トミートジャムハ、案内役トシテ連レテ行カレタ可能性ガ高イ。」
「もしそうだとするなら、こんな場所にいても意味が無いわ。ダナエたちにすぐに戻るように言わないと。」
ダフネは窓の外に目をやり、ダナエを見つめた。
ダナエは真剣な顔で辺りを捜していて、どれだけあの二人のことを心配してるのかが窺えた。
「本当に友達思いな子ね。トミーとジャムって、よっぽど良い友達なのね。」
ダナエの真剣な顔を見つめながら、少しだけ笑顔を見せる。
そしてパンパンと自分の頬を叩き、「弱気になっちゃダメね」と言い聞かせた。
「弱気になると、どうしても焦っちゃうわ。愚痴っぽくもなるし、頭の回転も悪くなる。」
そう言ってカルラを振り向き、「ありがとね」と微笑んだ。
「私が焦ってるのを感じて、アドバイスしてくれたんでしょ?」
「役ニ立テレバ良イト思ッテ、助言シタダケダ。」
「どっちにしたって、あなたのおかげで冷静になれたわ。私は・・・・とても下らない勘違いをするところだった。」
「ウム。仲間ニ裏切リ者ガイルナドト、ソウソウ口ニ出スモノデハナイ。ダフネ殿ハ指揮官ナノダカラ、ソウイウ発言ハ周リヲ不安ニサセルダケダ。例エ本当ニ裏切リ者ガイタトシテモナ。」
「そうね、今後は気をつけるわ。」
ダフネはニコリと笑い、「そもそもが、作戦がバレてるっていうのが間違いだったのね」と言った。
「ルシファーたちは、魔力を得る為に月へ行っただけ。だからここにはいなかったってことよね。」
「オソラクソウダロウ。ダフネ殿ナラ、ソノ程度ノ事ニ気ヅカナイワケガナイ。冷静ニナッタヨウデ何ヨリダ。」
カルラはそう言って、窓の外へと飛んで行った。
「ミカエル殿ニ、コノ事ヲ知ラセテコヨウ。」
「うん、お願い。私はダナエたちを呼び戻して来るわ。」
ダフネは船の外に出て、ふわりと舞い上がった。
そしてダナエの元まで行き、「あんたたち」と呼んだ。
「早く船に戻って。」
「ええ!なんでよ!?まだ二人が見つかってないのに・・・・、」
「いくらここを捜しても見つからないわ。だって二人は月にいるかもしれないんだから。」
そう答えると、ダナエとコウは顔を見合わせた。
「つ・・・・・、」
「・・・・・月?」
「どうして?」
「なんで?」
「それを説明するから、早く戻って来なさい。」
ダフネは宙に舞い上がり、船へと戻って行く。
ダナエとコウは首をかしげ、「?」と顔をしかめた。
「なんなんだろう・・・・いったい・・・。」
「さあな。けど何か心当たりがあるんじゃないか?とにかく戻ろう。」
ダナエとコウも宙に舞い、ダフネの後を追って行く。するとコウが「おう!」と目を丸くした。
「どうしたのコウ?」
「いや、ダフネのパンツが丸見えだと思ってさ。アイツってけっこうそういうの無防備・・・・・、ぐへあ!」
「人のパンツをジロジロ見てんじゃないわよ。色気づいちゃってまったく・・・・・。」
ダフネに石を投げられ、コウのおでこにタンコブが出来る。
「大丈夫?」
「・・・・大丈夫じゃない。ちょっとからかっただけなのに・・・・。」
コウは涙目でおでこをさする。ダナエは「コウも男の子になったんだね」と笑った。
「だけどアレだね。そういうふうになっちゃうと、もう一緒にお風呂入るのやめた方がいいかな・・・。」
「好きにしろい。お前になんか変な気起こすわけないから。」
「どうだかなあ・・・・。最近のコウって、確かに色気づいてるもん。私も気をつけないと。」
「何が色気づくだよ。そういう言葉使って大人ぶんなっての。」
「じゃあさ、もし私が短いスカート穿いて飛んでたら、コウはちっとも気にならない?」
「そりゃあお前・・・・そんなもん気になるわけが・・・・・・、」
そう言いかけたが、急に口を噤んで顔を赤くした。
「ああ!頬が赤くなってる!エッチなこと想像してる!」
「お・・・・お前がそういうこと言うからだろ!」
「やだ!どんどん赤くなってる!サイテー!サイテーだあ!」
「ふ・・・ふざけんなよお前!さっさと飛んで行けよ!」
「そうやって先に飛ばして、私のことジロジロ見るつもりなんだ。あわよくば私のパンツも覗こうと・・・・、」
「んなことしねえよ!!だったら俺が先に行くよ!」
コウは耳の先まで真っ赤にしながら、「お前のパンツなんか見飽きてるっての」と吐き捨てた。
「ああ!またそうやって想像して・・・・・、」
「うるさい!お前はもう喋るな!!」
「首まで真っ赤になってる。」
「クソ!ふざけんなよもう・・・・。」
二人はキャッキャと騒ぎながら、ダフネの後を追って行く。
少し離れた所にいたケンとアメルが、苦笑いしながら二人を見つめていた。
「あいつらもだんだん大人になっていきよるなあ。」
「ほんとね。遠い星で旅して、すごく成長したみたい。これって嬉しいことじゃない?」
「まあなあ・・・。せやけど不安でもあるわな。可愛い愛娘が、これから男を知る年頃になっていくんかと思うと・・・・・はあ、なんか複雑や。」
嬉しいような切ないような、例えようのない感情が込み上げて、ケンは寂しい顔をした。
「俺らも行こか・・・・。」
「そうね。ダフネのあの表情、きっと大事な話に違いないわ。」
アメルはそう言って顔を引き締め、バシン!とケンの背中を叩いた。
「ほら、いつまでも落ち込んでないで。」
「・・・・・はい。」
ケンとアメルも宙に舞い上がり、箱舟に飛んで行く。
一瞬吹いた温い風が、砂漠を海のように波立たせていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十四話 散りゆく仲間(4)

  • 2015.06.03 Wednesday
  • 12:36
JUGEMテーマ:自作小説
鳳竜とイツァム・ナーの死闘が終わった頃、メタトロンはインドへと辿り着いていた。
鳳竜のことは心配であったが、あの機械竜は一人で戦うと言った。
だから後ろ髪を引かれながらも、ヤマタノオロチを抱えてインドまで飛んできたのだ。
眼下では激しい戦いが繰り広げられているが、もう間もなく勝負は着きそうだった。
戦況は天使と神獣が優勢で、悪魔たちは追い詰められている。
魔王級の悪魔はほとんど討ち取られ、残っているのは下級の悪魔や魔獣、そして邪龍の類であった。
インドでの戦いは、同胞の勝利で終わる。
メタトロンはホッと胸を撫で下ろしたが、それと同時に不安も覚えていた。
なぜなら戦場の真ん中に、巨人並の大きな丸い石が立っていたからだ。
その石は深い緑色をしていて、少しだけ透き通っている。その姿はまるで、巨大なヒスイのように思えた。
「なんなのだ、あの巨大な石は?」
メタトロンは不思議そうに唸り、「どれ、調べてみるか」と目を光らせた。
「エンジェルアイ・アナライズ・モード!」
メタトロンの目から光が放たれ、ヒスイのような石を隈なく照らしていく。
そして分析を終えると、「これは・・・・どういうことだ?」と唸った。
「あれは石ではない。巨大な卵だ。しかも・・・・中にいるのは妖精ではないか。」
エンジェルアイで分析した結果、ヒスイような石の正体が判明した。
それは卵であり、しかも中には妖精が眠っている。
そしてその妖精は、メタトロンの記憶にある者だった。
「あの妖精は、ケルトの太陽神ルーではないか。あの暴れん坊め・・・・いったい何時の間にこちらへ戻っていたのだ?」
メタトロンはルーを知っていた。というより、一戦交えた経験があった。
あれはかつて、ルシファーたちを空想の牢獄に押し込めた時のことである。
ルーは戦いの申し子のように、意気揚々と暴れ回っていた。
そのおかげももあって、どうにかルシファーやサタンを、牢獄に閉じ込めることが出来た。
しかし戦いが終わった後でも、ルーは暴れ回っていた。
なぜなら彼がそこにいるだけで、次々に争いを呼んでしまうからだ。
ルシファーたちは牢獄に送ったが、それ以外の悪魔が、ルーの戦いの血に呼び寄せられるように群がって来た。
このままで戦いが終わらないと思ったメタトロンは、ルーにこの地上から去るように言った。
すると『どうしてもそうしたけりゃ、アンタが力づくでやってみな』と挑発してきた。
メタトロンはあえてその挑発に乗り、ルーと一騎打ちをした。
そして散々手こずった末に、ルーを打ち負かしたのだった。
負けたルーは、潔くこの地上から去った。
ニコニコと笑いながら、『また相手をしてくれよ』と言い残して。
それがこうして戻って来ている。メタトロンはその事が信じられなかった。
「ルーは暴れ出すと手がつけられんが、約束を違えるような男ではない。いったいなぜ・・・・・?」
そう呟いた時、何かに気づいた。
「む?卵の周りを何かが回っている・・・。」
よく見ると、ルーの卵の周りに、三つの光が回っていた。
メタトロンは再びエンジェルアイを使い、その正体を探った。
「これは・・・・ケルトの神々ではないか!それも魂だけになっている。いったいどうして・・・・、」
卵に驚き、ルーに驚き、今度はケルトの三人の魂が回っている事に驚く。
いったい何事なのかと思っていると、「卵の下を探ってくれ!」とワダツミが叫んだ。
「どうした?あまり身を乗り出すと落ちてしまうぞ。」
「あの卵の近くに、誰かが倒れているのが見える。あの御姿・・・・もしや・・・・、」
そう言いかけて、ワダツミは口を噤んだ。
「どうした?なぜ黙る?」
「・・・・・頼む、あの人影を探ってもらえまいか?」
「それは構わぬが・・・・。」
メタトロンはワダツミを見つめ、いったい何を不安がっているのだろうと思った。
そして言われたとおりに、卵の下を照らしてみた。
すると一人の女が倒れているのに気づき、「これは・・・・、」と息を飲んだ。
「あそこで倒れているのは、アマテラスではないか。」
「や・・・やはりそうなのか!?」
「うむ。しかも・・・・もう息絶えているようだ。」
「な・・・・なんと!?アマテラス様が・・・・、」
ワダツミはがっくりと膝をつき、力なく項垂れた。
「なんという・・・・なんということだ・・・・。私が海にいる間に、アマテラス様が・・・・。」
細い声で呟き、ギュッと目を閉じる。そして首を振りながら、「私は・・・なんと不甲斐ない!」と叫んだ。
「せっかく牢獄から戻って来られたというのに・・・・命を落とされてしまうなんて・・・・。」
ワダツミは自分を責めていた。
メタトロンから話を聞いて、アマテラスが戻って来たことは知っていた。
それはとても嬉しいことだったし、今こそ自分が力にならなければと思った。
それなのに、何の役に立つことも出来なかった。
喜んだのも束の間、今度は以前よりも強い悲しみに襲われていた。
「私は・・・・遅かった・・・。もっと早く来ていれば・・・・。」
アマテラスはいずれ復活する。名のある神、力のある神、そういう者たちは、時間と共に蘇ってくる。
しかしそれでも、アマテラスが戦場で命を落としただなんて、ワダツミには受け止めがたい出来事だった。
「メタトロン殿・・・・アマテラス様の元へ下ろしてくれぬか?」
そう頼むと、「やめた方がいい」と言われた。
「あそこは卵のすぐ傍だ。いつルーが出て来るか分からない。お主は近づかない方がいいだろう。」
「いや・・・どうしても連れて行ってほしいのだ・・・・頼む。」
ワダツミは深く頭を下げる。メタトロンは少し迷ったが、「どうなっても知らぬぞ」と忠告してから、卵の方に飛んで行った。
眼下ではまだ悪魔が蠢いていて、天使たちが必死に戦っている。
そこらじゅうに屍が重なり、「酷い光景だ」と呟いた。
「同胞たちよ、お前たちの死は無駄にはせぬぞ。」
死した仲間に語りかけ、卵の傍まで飛んで来る。
周りにはそう大した悪魔はおらず、メタトロンが降りると、慌てて逃げて行った。
「さあ、着いたぞ。」
卵の傍に降りると、ワダツミはメタトロンの肩から飛び降りた。
そして足早に駆けて行って、アマテラスの前に膝をついた。
「アマテラス様・・・・・。」
悲しそうに呟き、グッと唇を噛んで、泣きそうになるのを堪える。
アマテラスはうつ伏せに倒れていて、その手には折れた剣を握っていた。
白い羽衣が破れ、首にかかった勾玉にはヒビが入っていた。
顔には髪がかかり、その表情は見えない。
ワダツミはそっと手を伸ばし、その髪を払った。
「・・・・・・・・・・・。」
アマテラスは綺麗な顔で死んでいた。目を閉じ、まるで眠っているように見える。
しかし口からは一筋の血が流れていて、それが地面に赤い染みを作っていた。
ワダツミはアマテラスを見つめ、その身体にほとんど傷がないことに気づいた。
多少は切り傷や擦り傷があるものの、戦場で戦ったとは思えないくらいに綺麗な身体だった。
「美しいまま逝かれたことが、せめてのもの救いかもしれぬ・・・・。」
そう呟いて立ち上がり、周りに目をやった。
「・・・・何匹か魔獣が死んでいるな。それに・・・・魔王級の悪魔が一体・・・・。これはアマテラス様が仕留められたのだろうか?」
屍となった魔獣や魔王を睨み、この悪魔たちがアマテラスに死に追いやったのだろうかと考える。
「・・・いや、違うな。どいつもアマテラス様に及ぶほどの器ではないようだ・・・・。ならば・・・・毒か?
御身体は綺麗なまま、口から血を流しておられる。ならば毒か、あるいは強力な呪術か・・・・・、」
そう言いかけて、口を噤んだ。
「いや、そんなことは考えても仕方のない事か・・・・。ここは戦場、いくらでも死ぬ理由はある。」
いくら死の原因を探ったところで、アマテラスが死んだという事実は変わらない。
ワダツミは大きく息をつき、労わるようにアマテラスを見つめた。
「いつまでもこのような場所に、御身を晒しておくわけには参りません。」
そう言って、杖の先から透き通った水を放つ。
これ以上こんな場所に亡骸を晒すことは、その身を辱しめることに他ならない。
それに何より、その亡骸を見るのが辛かった。
ワダツミは杖から放った水でアマテラスを包み、ふわりと宙に浮かせた。
透き通った水はボコボコと泡立ち、白く煙っていく。
そしてシュワリと弾けると、そこにはもうアマテラスの身体はなかった。
「次にアマテラス様が復活された時、この星は必ずや平和に戻っていることでしょう。その為に・・・私は戦わなければならない。」
ワダツミは自分の胸に刻み込むように言い聞かせた。
そして地面に落ちた剣、勾玉に目を向け、それらも水で包んだ。
「三種の神器、私に使いこなせるとは思えない。しかし・・・これだけは預かっておかねば。」
そう言って全ての神器を水に溶かし、杖の中に吸い込ませた。
深く、そして切ない哀愁が、ワダツミの胸を包む。しばらく立ち尽くしていると、「別れは済んだか?」とメタトロンが声をかけた。
「ああ・・・私は決めたぞ。エジプトへ行き、必ずや悪魔を討つと。」
「うむ、その意気だ。そろそろオロチの幻覚が解けそうだ。エジプトへ急がねばならんが・・・・その前に・・・・、」
メタトロンは東の空に目をやり、そこに浮かぶ大きな龍神を睨んだ。
「黄龍・・・私はお前に真意を確かめねばならぬ。あの毬藻の兵器を破壊する為には、お前の力が必要なのだ。お前がどう答えるか・・・・しっかりと聞かせてもらおう。」
そう言って翼を広げ、空に舞い上がる。
すると遠くの方から「兄ちゃ〜ん!」と声がして、金色に輝く天使が飛んできた。
「おお、サンダルフォンよ!」
メタトロンは顔をほころばせ、「よく戦ってくれたな」と弟を褒めた。
「インドでの戦いは、我らの勝利に終わるだろう。お前が指揮を取ってくれたおかげだ。」
「いや、みんなが一生懸命戦ってくれたおかげだよ。」
サンダルフォンははにかみながら、兄の元へ寄ってきた。
そして真顔に戻って、周りに手を向けた。
「このままいけば、僕たちが勝つと思う。だけど・・・・その分犠牲も多かったよ。」
辛そうに顔を歪め、大地に横たわる天使たちに目を向ける。
インドでの戦いは、予想以上の激戦だった。そのせいで多くの天使が命を落とし、悪魔と並んで大地に横たわっていた。
「酷いもんだよ、これは・・・・。まさかここまで犠牲が出るとは思わなかった。」
「敵の数の方が圧倒的に多いからな。こちらにも犠牲が出るのは仕方ない。」
「そうだね。兄ちゃんならもっと上手く指揮を取ったんだろうけど、僕じゃこれが限界さ・・・。」
「いや、そんなことはないぞ。この戦いを勝利に導いただけでも大したものだ。以前のお前なら、とうに根を上げていたはずだ。」
メタトロンは弟の成長を嬉しく思い、労うように肩を叩いた。
するとサンダルフォンは、「そんなことないよ」と首を振った。
「僕一人じゃ、勝利には導けなかったと思う。アマテラスが励ましてくれたから・・・・。」
「あの女神が?」
「うん・・・。彼女、僕にこう言ったんだ。もしこの場の指揮官が兄ちゃんだったら、どう判断を下すか考えろって。だから僕は、言われた通りに兄ちゃんになったつもりで戦ったんだよ。なるべく犠牲は抑えたかったけど、そうもいかないって腹を括ったんだ。そして僕自身、死ぬことも覚悟した。」
「そうか・・・あの女神がな・・・。」
メタトロンはアマテラスが倒れていた場所に目を向け、しばらく視線を送っていた。
「お前は女神にツキがあるようだな。」
「ツキ?」
「以前もそうやって、女神に励まされていたではないか。スカアハというケルトの女神に。」
「ああ、そうだったね・・・・。彼女に励まされて、そして彼女を守ろうと戦ったんだ。だけど・・・今回は無理だったよ。」
サンダルフォンは辛そうに言い、ルーの卵に目を向けた。
「あの卵の周りに浮かんでる三つの光り、見える?」
「ああ。あれはケルトの神々だな。クー・フーリン、アリアンロッド、そしてお前の友スカアハだ。どうやら魂だけになっているようだが・・・・戦死したということか?」
「いや・・・・戦死じゃないんだよ。ルーを止める為にああなっちゃったんだ。」
サンダルフォンは卵を睨み、「あの暴れん坊のせいで・・・・、」と唇を噛んだ。
「アイツが出て来たのは、スカアハたちが封印を解いたからだよ。」
「ああ・・・そういえばそんなことを言っていたな。三人でルーを封じていると。しかしなぜ封印を解いたのだ?」
「分からないよ。でも多分・・・封印しながら戦ってたんじゃ、力が出せないからじゃないかな?」
「ふうむ・・・それで出て来てしまったと・・・・。あの男はさぞ暴れ回っただろうな。」
「そりゃあ凄かったよ。もうアイツ一人でいいんじゃないかって思うくらい。だけど戦えば戦うほど、もっとたくさんの争いを呼んでる感じだった。」
「戦の神だからな、そうなるのは仕方ない。しかしなぜ卵になっているのだ?」
そう尋ねると、サンダルフォンは「それなんだよ」と首を振った。
「あれはアマテラスがやったんだ。スカアハたちの魂を使って、ルーを妖精に変えたんだ。」
「ああ、その手があったか。」
メタトロンは納得したように頷く。
「ケルトの神々は妖精になれるからな。」
「そうさ。だからアマテラスは最後の力を振り絞って、ルーを妖精に変えた。その為にスカアハたちも死んで、あの世へ行くことも出来ない。ルーが完全に妖精に変わるまで、自分の魂を削って封印をかけなきゃいけないからね。最悪は・・・・魂ごと消えちゃうよ。」
「そうなれば復活することも出来んな。」
「そうだよ・・・・。ルーは妖精に変わることを嫌がったから、激しく抵抗したんだ。だから僕とアマテラス、それに黄龍の手も借りて抑えつけた。あの龍神、滅茶苦茶強いんだ。角から黄色い雷を放っただけで、しばらくルーを動けなくさせてたからね。」
「ふうむ・・・・私が駆け付けるまでの間に、色々とあったのだな。」
メタトロンはサンダルフォンを見つめて、小さく笑う。
弟が胸を痛めているのは分かるが、勝つ為に犠牲はつきものである。
こういう事を乗り越えてくれれば、さらに強くなれると信じていた。
「サンダルフォンよ。その悲しみを胸に刻んで、さらに強くなるがよい。」
そう言い残し、メタトロンは飛び去る。
「あ、ちょっと待ってよ!この八つも頭のある怪物は何!?」
「ヤマタノオロチだ。エジプトへ連れて行く。」
「こんな怪物を?」
「戦力になるはずだ。もし暴れ出したら、どうにかして押さえつけておけ。」
「お・・・押さえつけるって言ったって・・・・、」
サンダルフォンはヤマタノオロチに目をやり、「本気でこれを連れて行くつもりなの・・・?」と顔をしかめた。
メタトロンはそんな弟の心配もよそに、東の空へと飛んで行った。
そこには神獣の群れがいて、残った悪魔を駆逐していた。
黄龍は群れの頭上に浮かび、威厳のある顔でそれを見下ろしていた。
メタトロンは近くまで来ると、「黄龍よ」と呼びかけた。
すると黄龍は長い髭を動かして、チラリと目を向けた。
「まずは労っておこう。インドでの戦い、ご苦労だった。」
「いや・・・大したことはない。」
「見たところ、神獣にも犠牲が出ているようだな。ユニコーンにシーサー、ヤタガラスや・・・・なんと!エンシェントドラゴンまで討たれているではないか!?」
「敵は多く、強力な魔王も大勢いた。それなりの犠牲はやむをえまい。」
「・・・・そうだな。天使にも多くの犠牲が出た。ケルトの神や、アマテラスも死んだ。よほど激しい戦いだったのだな。」
そう尋ねると、黄龍は長い髭を動かしながら答えた。
「激しい戦いかどうか、見れば分かるはずだ。そんな事を尋ねに来たわけではあるまい。」
そう言ってゆっくりと振り向き、鋭い視線を飛ばした。
「天使の長よ、聞きたいことがあるのなら、何でも尋ねてくれればよい。我は質問に答えよう。」
「なぜ私が質問すると分かる?」
「お主はエジプトへ行くはずだろう?ならばわざわざ我の所まで、戦いを労いに来る必要はあるまい?」
「・・・そうだな。では一つ頼みたいことがあるのだ。」
メタトロンは背筋を伸ばし、顎を引いて黄龍を睨んだ。
「実はな、この星にラシルの邪神が来たのだ。」
「ラシルの?クインのことか?」
「そうだ。奴にはある目的があって、その為に毬藻の兵器を操っている。」
「毬藻の兵器・・・・?よく分からんな。」
「鳳竜が造られた場所で、人間たちが勝手に造っていた兵器だ。」
「ほう・・・人間が勝手にな。」
「その兵器は毬藻のような形をしていて、無機物に命を与えることが出来る。クインはその兵器に目をつけ、自分の手駒として操っている。そしてある実験をしようと企んでいるのだ。」
「実験?」
「ああ。この地球を第二の故郷にする為に、ラシルの環境と似せようとしているのだ。クインは毬藻の兵器を使い、祠の雲を乗っ取った。そしてラシルから生き物を連れて来て、地球の環境に適応できるかどうか、試すつもりでいるのだ。そんなことを見逃せば、地球は地球ではなくなってしまう。」
「それは問題だな。」
黄龍はわざとらしく言い、「それで?頼みとはなんなのんだ?」と尋ねた。
「わざわざ我に頼みに来るくらいだ。よほどの事なのだろう?」
「ああ。その毬藻の兵器を破壊してほしいのだ。」
そう頼むと、黄龍は「なぜだ?」と尋ねた。
「お主ほど力のある者なら、人間が造った兵器など楽に破壊出来よう。なぜ我に頼む?」
「私では無理なのだ。なぜならあの毬藻には、神殺しの神器が宿っているのでな。」
「なんと・・・・。」
黄龍は驚き、少しだけ眉を動かした。
「それではお主では手が出せんな。」
「その通り。だからお前に頼みに来たのだ。あの毬藻はなかなか強力なようで、並の神獣では歯が立つまい。しかしお前なら破壊出来るはずだ。」
「確かに、我には神殺しの神器は効かない。そして人間の造った程度のモノなら、破壊することは出来るかもしれぬが・・・・、」
そう言って目を細め、何かを思案している。その顔はここではないどこかを見つめるような、とても思慮深い顔だった。
「黄龍よ、一つよいか?」
メタトロンは真剣な声で尋ねる。黄龍はまだ思案していたが、チラリと目を向けた。
「お前は知っていたのではないか?人間が毬藻の兵器を造っていることを。」
「なぜそう思う?」
「お前ほどの者が、人間の行動を予測出来ないはずがない。鳳竜を造る為に、お前は人間に力を貸した。そのせいで人間は余計な知恵を身に着け、あのような兵器を生み出してしまった。これを全く予見していなかったとは言わせない。どうしてこうなる前に、手を打とうとしなかった?」
メタトロンの口調には棘があった。質問というより、黄龍を責めているような言い方だった。
「私はこう思うのだ。お前は毬藻の兵器の存在を知っていたが、あえて見過ごした。なぜならあれは、この星の自然環境の維持に役立つかもしれないからだ。」
「決めつけで語るのはやめてもらいたい。」
「いいや、決めつけではない。これは鳳凰が言っていたのだ。」
「鳳凰が?」
「鳳竜はクインと戦い、酷くやられてしまった。その際に、鳳凰が現れて教えてくれたのだ。神獣とは、誰の味方でもない。自分たちが最も大切にしているのは、命と命の繋がりであると。これは要するに、この星の自然環境のことを言っているのだ。だからもしあの毬藻が自然の保護に役立つのなら、お前は必ずしも毬藻の兵器を破壊しないだろうと。」
強い口調でまくしたてると、黄龍は「その通りだ」と頷いた。
「鳳凰の言っていることは正しい。我らは誰の味方でもない。今こうして戦いに参加しているのは、この地上から悪魔を追い払う為だ。奴らがいては、この星の自然は破壊されてしまうのでな。」
「ならばやはり、毬藻の兵器の存在を知っていたのだな。あるいは・・・・お前が人間に命令して造らせたか?」
「ふふふ・・・まるで誘導尋問のようだな。我に何を言わせたいのだ?」
黄龍は可笑しそうに顔をゆがめ、メタトロンを睨んだ。
「お主の言うこと・・・・否定はしない。人間が新たな兵器を造っていることは知っていた。」
「やはりか。お前が命令したのだろう?」
「いいや、そんなことはしていない。わざわざ我が言わずとも、人間は新たな兵器を造るだろうと分かっていた。力を得れば、武器を造りたがる。それが人間だからな。」
「その通りだ。そしてそこまで分かっていながら、見て見ぬフリをしていたということは、お前が造らせたも同然だ。」
「そういう言い方をされるなら、あえて反論はしない。そもそも天使と神獣では、その思想は相容れない。これ以上言葉を並べたところで、平行線を辿るだけだ。」
「その意見には同意する。しかし・・・・私の頼みは聞いてもらうぞ。決して嫌とは言わせない。」
「毬藻の破壊のことか?」
「そうだ。お前は今から日本に戻り、毬藻を破壊してくるのだ。そして・・・・私は月に行く。」
「月?」
「ああ。実を言うとな、私はアーリマンに敗北してしまったのだ。」
「ほう・・・しかしこうして生きているではないか?」
「とある海王星の神のおかげでな。」
メタトロンはブブカの最後を思い出し、少しだけ眉をひそめた。
「アーリマンは予想以上に力を増していた。しかしいくら力が増したからといって、奴に負けるようでは話にならない。エジプトにはルシファーとサタンが控えているのだからな。」
そう言って空を見上げ、白む月を瞳に映した。
「私は更なる力を必要としている。その為には月へ行く必要があるのだ。」
「なるほど・・・。魔性の星から力を貰うと?」
「あの星は魔力の塊と言っても過言ではない。その魔力を手に入れることが出来れば、ルシファーやサタンを討つ事も可能だろう。」
メタトロンは背中を向け、黄龍を振り返ってこう言った。
「よいか黄龍。必ず毬藻の兵器を破壊するのだ。もし断るというのなら・・・お前をタダではおかない。」
「それは脅しているのか?」
「そうだ。お前は言葉だけで動くようなタマではあるまい。」
「いや、そうではなく・・・・お主にそれが可能なのかと聞いているのだ?」
「それは私に対する挑発か?」
「ただの質問だ。ハッキリと言わせてもらうが、お前では我は倒せない。相討ちすら難しいと思うが?」
「ほう・・・面白いことを言うではないか。」
メタトロンは不敵に笑い、黄龍を睨みつけた。
「言っておくが、私は自分の正義を邪魔する者は許さない。私は天使の長メタトロンだ。我は神の代理、神の分身。我が正義は神の意志である。もしそれに逆らうのであれば、貴様も悪魔とみなす。」
強い怒りが湧きあがり、メタトロンの拳が硬くなっていく。
それはいつでもこの拳で砕いて見せるぞという脅しだった。
「天使の長よ、我と戦っても、一分の利もないぞ?」
「そういう問題ではないのだ。私の正義の妨げになるなら、損得の問題では語れぬ。」
「果たしてそうかな?もしお前が勝ったとしても、どこにも利はない。私がいなくなれば、毬藻の兵器は誰が破壊する?」
「エジプトには燭龍がいると聞いた。ならば奴にやらせればよい。」
「無駄だ。奴も我と同じ龍神。お前の言うことは聞かぬだろう。」
「ならば力のある神獣を何体か引っ張っていくのみよ。麒麟に四聖獣、あと数体いれば、毬藻は破壊出来よう。」
「ほう、我の同胞を力づくで従わせるというのか?」
「お前の返答次第ではな。」
「なるほど・・・・。つくづく力による解決を望む者よ。」
黄龍は皮肉交じりに笑い、「まあよい」と答えた。
「お前の頼み通り、あの兵器は我が破壊しよう。」
「なるべく早急にだ。お前にもエジプトへ行ってもらわねばならんのでな。」
そう言ってまた背中を向け、「ああ、そういえば・・・・、」と振り返った。
「お前の同胞である九頭龍だが、やはりクインに乗っ取られていたようだ。」
「そうか。クインがここまで来たことを考えれば、やはりそうなのだろうとは思っていた。」
「三大龍神は宇宙の海を駆ける事が出来るからな。お前の同胞のせいで、厄介な事になったものよ。」
今度はメタトロンが皮肉を込めて言う。黄龍は黙って受け止めたが、「月は?」と尋ねた。
「もしや月は落とされたのか?」
「察しがいいな。月はクインによって落とされた。我が同胞たちは全滅だ。」
「それでも月へ行くと?」
「必要な事だ。私は自然環境のことしか考えていない神獣とは違うのでな。」
メタトロンはそう言い残し、ルーの卵の近くに戻って来た。
サンダルフォンが寄って来て、「何を話してたんだい?」と尋ねる。
「野暮用だ。いずれ話す。」
「兄ちゃんがそういう言い方をする時って、かなり怒ってる時だよね。」
「余計な詮索はせんでよい。お前はインドを制圧し、可能であればエジプトまで向かえ。」
「そのつもりだよ。もうここは落ちたも同然だからね。」
サンダルフォンは戦場に手を向け、残りわずかとなった悪魔たちを睨んだ。
「で、兄ちゃんは今からエジプトへ行くんでしょ?」
「そのつもりだが、少し月へ寄ってからだ。」
「月へ?なんでまた?」
「野暮用・・・・ではないがな。とにかく行く必要があるのだ。私は用が済み次第、すぐにエジプトへ向かう。ダフネにはそう伝えておいてくれ。」
「分かった。けどさ・・・・コイツはどうすればいいの?なんかめっちゃくちゃ暴れてるんだけど・・・・、」
サンダルフォンはそう言って、悪魔を追いかけ回すヤマタノオロチを指差した。
「ぎゃあああああ!」
「お助けええええええ!」
「オレサマオマエマルカジリ!」
ヤマタノオロチは小さな山くらいある巨体を動かしながら、パクパクと悪魔を食べていく。
それはまるで、アリクイが蟻を食べる光景に似ていた。
それを見たメタトロンは「放っておけばよい」と答えた。
「あのまま悪魔を食い尽してくれれば問題ない。」
「でも・・・アレもエジプトへ連れて行くんでしょ?大丈夫なの?」
「さあな。とにかくアレはお前が運ぶのだ。」
「え・・・ええええ!?僕が!?」
サンダルフォンは絶叫して、「やだよそんなの!」」と首を振った。
「いいや、お前が運ぶのだ。心配せずともワダツミがいる。躾ならあやつに任せておけばいい。」
「で、でも・・・・、」
「大丈夫だ、お前には女神のツキがある。何かが起きたとしても、何とかなる。」
「なんて投げやりな言い方なんだ・・・。」
メタトロンが無茶を言うのは、今に始まったことではない。
しかもこの無茶のおかげで、毎回肝を冷やすことになるののだ。
「一度言い出したら聞かないからなあ・・・・諦めるしかないか・・・。」
「何か言ったか?」
「いいや、何でもないよ。」
「うむ。では雑魚の掃討は任せるぞ。私は月へ行って来る。」
メタトロンは空に浮かぶ白んだ月を睨み、翼を広げる。そして「でやあ!」と叫んで、瞬く間に空の中へと消えて行った。
「兄ちゃんは頼りになるけど、たまにこういう無茶を言うからなあ・・・・。だけど出来る上司ってあんなもんなのかな?」
兄のパワフルさに感心しながら、大きなため息をつく。
すると東の空から光が射して、何事かと目を向けた。
「あれは・・・黄龍の光か。東へ飛んで行くみたいだけど、何かあったのかな?」
黄龍は神々しい光を放ちながら、あっという間に遠くへ飛んでいく。
その周りには四聖獣が付き従い、何やら物々しい雰囲気を放っていた。
「あれじゃまるで、また戦場へ行くみたいだ。他にも敵がいるってことか?」
追いかけて尋ねようとしたが、「いや・・・やめとこう」と首を振った。
「さっき兄ちゃんと話してたからな。それに関係してる事だろう。下手に追いかけたら、また余計な詮索をするなって怒られそうだし。」
黄龍がどこへ行くのか気になったが、今は自分の役目を果たすことが優先だった。
配下の天使に指示を出し、残った悪魔を討ち取っていく。
ヤマタノオロチの活躍もあって、インドに現れた悪魔は完全に駆逐することが出来た。
しかし案の定ヤマタノオロチの暴走は止まらず、慌ててワダツミが宥めようとしていた。
それに加えて、ルーの卵にも変化があった。
殻にヒビが入り、もうじき羽化しそうだったのだ。
周りを回っていたケルトの三人の魂は、もう役目は終わったとばかりに、空へと消えていった。
「スカアハ・・・・守ってあげられなくてごめんよ。」
逝ってしまった友を悲しく見送る。胸には熱いものが込み上げ、思わず涙ぐんだ。
するとその時、バキバキと音がして、卵が真っ二つに割れた。
そして中から小さな妖精が飛び出し、「なんだかなあ〜」と頭を掻いた。
「妖精にして俺を止めるなんて、さすがはスサノオの姉ちゃんだけある。今度マジでお茶に誘わないと。」
妖精となったルーが、不満そうに顔をしかめる。その表情は幼く、まるで子供のように見えた。
服はヒラヒラとした葉っぱのような物を着ていて、戦神の時とはまったく異なる姿だった。
「あんま妖精になるのって好きじゃないんだよなあ・・・・。これじゃ思う存分暴れられないし、ロクに女も口説けない。
・・・・・まあいっか!ダフネちゃんとお茶の約束したんだし、そのうちまた元に戻れるっしょ!」
妖精になったルーは、能天気に笑っている。
そしてヤマタノオロチを見つけると、「おうおう!」と言いながらからかいに行った。
「相変わらず頭悪そうだな、お前は。」
そう言ってペシペシと頭を叩き、尻を向けてオナラをこいた。
「むぎいいいいい!オレサマオマエマルカジリいいいい!!」
「コラ!せっかく大人しくなったのに怒らすでない!」
ワダツミが怒るが、ルーはケラケラと笑っていた
「おうおう!捕まえてみろよ爬虫類!」
「お前ルーだな!?ルーなんだろう!?今日こそ食ってやるぞ!!」
「だから落ち着け!これ以上暴れたら味方にも被害が・・・・・、ぬああああああ!!」
サンダルフォンは何とも言えない表情をしながら、冷たい視線を送っていた。
しかしすぐに笑顔になり、戦いの終わった大地を見渡した。
インドでの戦いは勝利に終わった。
犠牲は多かったものの、その分多くの悪魔を討ち取ることが出来た。
ここまでやれば、陽動以上の役目を果たしたことになる。
サンダルフォンは戦果に満足して、「僕もやれば出来るんだ」と自信をつけた。
そしてワダツミたちの所へ飛んで行き、「いつまでもコントやってるな」と叱った。
「僕たちはこれからエジプトへ行くんだ。敵の本拠地に乗り込むんだぞ。」
「うるせえなバカ。あっち行ってろ。ペッペ!」
「うわ!唾吐くなよ汚いな・・・。」
ルーは妖精になっても暴れん坊・・・・もといやんちゃだった。
ヤマタノオロチは火を吹いて暴れ回るし、ワダツミは「アマテラス様・・・」と泣き出す。
サンダルフォンは「しっかりしてくれよ・・・」とため息をつき、もういっそのことコイツらは置いて行こうかと思った。
するとそこへ、青い鱗をした馬のような神獣が駆けて来た。
その神獣は銀色のタテガミをしており、頭から長い角が生えている。
そしてサンダルフォンの元までやって来ると、「ブフン!」と鼻息を荒くした。
「麒麟じゃないか。どうかしたのかい?」
サンダルフォンはワダツミたちをほったらかし、麒麟の方に向かった。
「なんだか鼻息が荒いけど、いったいどうしたのさ?」
「どうしたもこうしたも、まだ戦いは終わってない。」
「え?何を言ってるんだよ・・・・。もう悪魔は駆逐したじゃないか。どこ見たって一匹も残ってないよ。」
そう言ってインドの大地に手を向けると、麒麟は「新しい悪魔が迫っている」と吠えた。
「ロキは何度も援軍を呼んでいた。まだ来るぞ。」
「まさか。そんなに援軍を送ったら、エジプトが手薄になるだけだ。ルシファーたちはそんな馬鹿なことはしないよ。」
「しかし・・・もうすでに来ているぞ。」
麒麟はそう言って、遥か西の地平線に顎をしゃくった。
そこには三つの巨大なシルエットが霞んでいて、ゆっくりとこちらへ迫っていた。
サンダルフォンは「あれは・・・悪魔なのか?」と目を凝らした。
「こっちに向かってるみたいだけど、あれがロキの呼んだ援軍なのか?」
「ああ、あれは間違いなく悪魔の気配だ。それもインドにいたどの悪魔よりも強いぞ。」
「そんな・・・・。てことはロキやデミウルゴス以上の悪魔ってことじゃないか。そんなのルシファーたちの腹心クラスの悪魔だぞ?」
「その腹心が来ているようだ。しかも三体も。」
麒麟の言う通り、地平線から迫る悪魔は、どれも恐ろしいほどの気を感じさせた。
一つは十二枚の翼を持つ、龍のようなシルエット。もう一つは魚のようなシルエットで、シーラカンスの姿とよく似ていた。
そして後の一つは、カバによく似たシルエットをしていた。しかしカバとは違って二本脚で歩き、その口は身体に対して異様なほど大きい。
三つのシルエットの中では、特に魚とカバが巨大であった。
まるで山脈そのものが歩いているような大きさで、頭が雲にかかっている。
「あ、あのシルエットは・・・・・、」
サンダルフォンは震えだし、「こりゃあまずいぞ」と唸った。
「すぐに退却するんだ!今の戦力じゃあの悪魔たちには勝てない!」
そう叫んで、生き残った味方を集めた。
そして三体のシルエットに剣を向け、「みんな聞いてくれ!」と言った。
「今からとんでもない悪魔がやって来る!今までの奴らとは比較にならない!ここは一旦退却して、とにかく態勢を立て直してから・・・・、」
「おうおう!逃げるなんて出来るかよ!俺がいっちょ先陣を切ってやるぜ!」
ルーは拳を握り、迫り来るシルエットを睨んだ。
「コラ!勝手なことするなよ!」
「止めたきゃ止めてみろ!オナラぶう〜!」
ルーはキャッキャとはしゃぎ、羽を動かして飛んで行く。
サンダルフォンは「戻れよ!」と手を伸ばし、「まったくもう!」と後を追いかけた。
二人の飛んで行く先から、ベルゼブブに次ぐほどの悪魔たちが迫っていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十三話 散りゆく仲間(3)

  • 2015.06.02 Tuesday
  • 12:35
JUGEMテーマ:自作小説
インドでは激しい死闘の末、アマテラスがロキを討ち取った。
その少し前の時間、日本では二体の機械竜が睨み合っていた。
高い空の上で、機械竜の視線がぶつかり合い、お互いの隙を窺っていた。
片や人間と神獣によって生み出された竜、片や人間と悪魔によって生み出された竜。
共に機械の身体を持ち、その身には人知を超えた力を宿している。
二体の竜は、ある意味では兄弟のようなものだった。
どちらも戦いの為に生み出された兵器であり、違いがあるとすれば、誰をターゲットにして戦うかということだった。
鳳竜は悪魔を討つ為に、黒い機械竜は神や天使を討つ為に。
たったそれだけの為に生まれた竜であり、敵は違えど存在理念は共通している。
それは『生みの親の敵となる者の抹殺』である。
鳳竜は悪魔と戦うことに特化し、黒い機械竜は神や天使と戦うことに特化している。
この二体の兄弟は、生まれた時から誰と戦うかを運命づけられたいたのだ。
そしてそれぞれが戦うターゲットの中に、機械竜は含まれていない。
鳳竜の設計には、対機械竜用の兵器はなく、それは黒い機械竜も同じだった。
だから初めて顔を合わせた時、いったどうやって戦えばよいのかまったく分からなかった。
激しい戦闘の末に引き分けたものの、あれはどちらが勝ってもおかしくはなく、どちらが破壊されてもおかしくなかった。
想定外の敵と戦うということは、未知なる敵に挑むことである。
だから初戦では、お互いに本気を出すには至らなかった。
未知なる相手に本気を出すということは、どんな化け物が棲んでいるか分からない洞窟に、無謀に突っ込んでいくのに等しいからだ。
だから・・・・探り合った。お互いにどういう力を持ち、どういう戦い方をし、どういう意志を持っているのか。
今、二体の竜は二度目の戦いを始めようとしていた。
初陣でまさかの顔合わせしてしまった為に、あの時は決着をつけられなかった。
しかし今は違う。
最初の激しい戦いの中で、お互いがお互いの情報を探り合い、そしてデータを集めることが出来た。
そうして集めたデータの中で、ある共通の認識があった。
それは『自分たちは、必ずしもただの戦闘兵器ではない』というものだった。
鳳竜の中には、鳳凰と白龍という神獣が宿っている。
しかしそれは、あくまで動力の役目を果たすものであって、行動を支配するものではない。
鳳竜には自分の意志があり、その意志に従って行動することが出来る。
そして行動を自分で選択できるのなら、それはただの戦闘兵器とはいえない。
なぜなら自分の意志で戦いを回避することも出来るし、必要であれば戦いそのものを放棄することだって出来る。
戦うか否か?
その判断は、全て鳳竜に委ねられているのだ。
そして・・・・鳳竜は戦うことを選んだ。
今この場で戦わなければ、黒い機械竜は天使や神獣に牙を剥く。
そう判断したから、たった一人で戦う道を選んだ。
メタトロンは共に戦うと言ってくれたが、彼には彼の役目があることは分かっていた。
だからこの場は自分が引き受けることにした。
しかし戦いを選んだのには、もう一つ理由があった。
それは、もう自分の寿命は長くないということだった。
鳳竜はボロボロだった。クインや毬藻の兵器との戦いで、壊れる寸前まで傷ついていた。
激しい死闘で、こうして形を保っていることが不思議なほどだった。
だからいつ壊れてもおかしくはない。
それならば、この場で最後の戦いを演じようと決めた。
対する黒い機械竜は、一度自分の国に戻り、しっかりと傷を癒していた。
アーリマンの力を宿す黒い機械竜は、負のエネルギーが渦巻く場所なら、いくらでも力を得ることが出来る。
自分の生まれたアメリカは、悪魔によって蹂躙された。
だからあの国には、無念の魂の叫びが渦巻いている。
それを糧にして、戦いの傷を癒し、以前よりも力を増していた。
そしてまだ自分には名前がないことに気づき、何か良い名前はないかと考えていた。
黒い機械竜は散々悩んだ末に、ある神の名前を頂くことにした。
その名は「イツァム・ナー」
これはマヤ神話の火の神であり、二つの頭を持ったイグアナの姿をしている。
黒い機械竜は自分の生まれた地下施設に戻り、コンピューターのデータの中に、この神の名前を見つけた。
イツァム・ナーは両性具有の神であり、人間にゴムやココアの作り方を教えたとされる。
さらに文明をもたらした神でもあるとされ、黒い機械竜はその伝承を気に入った。
だから自らをイツァム・ナーと名乗ることを決め、いつしか自分もこの神と同じように、人間に力をもたらす存在になりたいと考えていた。
それは人間の安泰を願うからではなく、人間を支配する者になりたいという願望だった。
そして神の一人として崇められ、機械竜などという兵器でしかない自分を捨て去りたかったのだ。
だからイツァム・ナーは、ここで破壊されることを望んではいない。
そして神の為でも悪魔の為でもなく、自分の為に戦おうとしている。
その為には力が必要であり、インドへ向かって戦いを重ねようと企んでいた。
自分が死を振りまけば、多くの怨霊が負のエネルギーを発する。
それを吸収すれば、さらに強くなれると思ったのだ。
イツァム・ナーは、出来れば鳳竜との戦いを回避したかった。
なぜならこの機械竜が強敵であることは、すでに知っているからだ。
戦えば無事に済むはずがなく、それはインドへ戦いにいく為には、避けて通りたい道だった。
なるべく万全な状態でインドへ行き、とにかく天使や悪魔を葬って、その負のエネルギーを貪りたかったのだ。
しかし鳳竜は道を空けてくれない。逃がしてくれるつもりもない。
ならば戦うしか道はなく、イツァム・ナーは出来るだけ傷つかない勝利を望んでいた。
死を覚悟して戦おうとする鳳竜、死を回避する為に戦おうとするイツァム・ナー。
両者の対峙は、息苦しいほどの緊張感に包まれ、ほんの一発の弾丸が死闘の幕開けになるような睨み合いだった。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
睨み合ったまま、ただ時間が過ぎていく。
お互いがお互いの思惑を感じ取っていて、微動だに出来ずにいる。
鳳竜はイツァム・ナーが生を望むことを感じ取り、イツァム・ナーは鳳竜が死を覚悟していることを感じ取っている。
その意志の疎通こそが、両者を動かせないでいた。
なぜなら普通に考えれば、圧倒的に鳳竜の方が不利だからである。
鳳竜はボロボロに傷つき、もう寿命が近い。
それに対してイツァム・ナーは、傷が癒えて力も増している。
もしお互いが死ぬ気でぶつかれば、イツァム・ナーの勝利は揺るがない。
しかしイツァム・ナーはそんな戦い方を望まない。
自らの野望の為、こんな場所で大きな怪我を負いたくなかったのだ。
だから死を覚悟した鳳竜の気迫に圧され、攻め入る隙を見いだせずにいた。
そして鳳竜もまた、自分から仕掛ければ不利になると分かっていた。
ここまでボロボロになった状態では、自ら攻めるのは良い戦い方とはいえない。
死を覚悟してはいるものの、自分が不利な状況であることに変わりはないからだ。
だからイツァム・ナーの方から攻めて来るのを待っていた。
不利な状況に置かれた者が勝利するには、カウンターを狙うに限る。
イツァム・ナーが攻めて来た瞬間、鳳竜は捨て身でカウンターを狙うつもりだった。
そういう具合に隙を窺い合っているものだから、どちらも動くことが出来ない。
張り詰めた緊張感の中、ただ時間だけが流れて行く。
殺気がぶつかり合う時間というのはとても長く、ほんの一分が一時間にも感じられるほどだった。
しかし鳳竜は根を上げない。これが最後の戦いになるのだから、焦る必要などなかった。
それに対して、イツァム・ナーの方は焦れていた。
この睨み合いが無駄なものに感じられて、そろそろこちらから仕掛けるべきか迷っていた。
鳳竜の気迫は凄まじく、カウンターを狙っていることも分かっている。
下手な攻撃は命取りになるだろうし、かといって退却すれば背中を撃たれる。
このままジリ貧の睨み合いを続けるくらいなら、自分から戦いの狼煙を上げようと思った。
イツァム・ナーはゆっくりと尻尾を動かし、先に付いたブレードを振り上げた。
中に溜まった液体がブレードに流れ込み、だんだんと加熱していく。
やがて尻尾のブレードは赤く光を放ち、どんなに硬い金属でも溶断出来る、灼熱の刃になった。
イツァム・ナーはユラユラと尻尾を振り、コイツで攻撃するぞとプレッシャーを掛ける。
鳳竜はそんな挑発には乗らず、ただじっと隙を窺っていた。
もう両肩のガトリングはない。あれが一番強力な武器だったのに、クインとの戦いで失ってしまった。
それに尻尾のミサイルも砲弾も撃ち尽くし、残っているのは腕と頭のビーム砲、そして口の中に備え付けられた、超音波振動装置だけ。
しかしそれらの武器は、全て人間が造ったものだった。
神獣の力で強化されているものの、戦闘の中で壊れるとかもしれないという欠点があった。
だから鳳竜は、それ以外に強力な武器を備えていた。鳳竜を造った人間ですら知らない、隠された力を持っていたのだ。
それは命と引き換えに使う、最大最強の武器であった。
ただしその武器は、とても射程が短い。だからイツァム・ナーが接近してくれるのを待っていた。
背中から伸びる孔雀の翼は、鳳凰の力。これもまた、人間が知らない力である。
この翼と、命と引き換えに使う最強の武器、しかしあと一つだけ、隠された力があった。
鳳竜はその力を使う隙を窺う。イツァム・ナーはブレードを振って挑発するが、アレはただの囮だと読んでいた。
あれを一撃目として、次の攻撃で本格的に仕掛けて来る。
それを捌けるかどうかが、この勝負の分かれ目になる。
鳳竜はじっと待つ。イツァム・ナーが動く瞬間を。
忍耐強く、集中力を欠かず、静かな心で待っていた。
そして・・・・遂にイツァム・ナーが動いた。
翼を動かし、猛スピードで向かって来たのだ。
鳳竜は孔雀の翼を広げ、攻撃に備える。
イツァム・ナーは尻尾を振り、ブレードで切りつけた。
孔雀の翼とブレードがぶつかり、翼は斬られてしまう。
鳳竜はバランスを崩し、空中で左に傾いた。
そこへ再びブレードが襲いかかり、腰の辺りに突き刺さった。
鳳竜はブレードを掴み、腕力に任せてへし折ってしまう。
そして右の翼を羽ばたいて、イツァム・ナーに突進した。
二体の竜がぶつかり、大きな金属音が響く。衝突した場所から火花が散り、鳳竜の身体は嫌な音を立てて軋んだ。
しかしそれでもまた体当たりをして、激しい火花を散らす。そして頑丈な手でイツァム・ナーを掴み、サバ折りのようにミシミシと締め上げた。
単純なパワーだけなら、鳳竜が勝る。凄まじい腕力で締め上げられて、イツァム・ナーは苦しんだ。空に向かって雄叫びを上げ、そのまま吠え続ける。
その遠吠えは、やがて笑い声へと変わっていく。恐怖で相手の意識を揺さぶり、完全にコントロールしてしまう、恐ろしい笑い声に。
『マインドウェーブ』
自分より弱い者なら、誰でも操ってしまう恐ろしい兵器。
まるで悪魔の笑い声のような、野太く、そしてエフェクトのかかった声が響き渡る。
その声は、死を覚悟した鳳竜にさえ恐怖を与えた。
このままマインドウェーブを浴び続ければ、いずれコントロールされてしまう。
だから鳳竜も雄叫びを上げ、超音波振動を発生させた。
その振動は遠くまで伝わっていき、眼下に広がる海が、ビリビリと揺れる。
そのあまりの振動に、海水が熱され、白い蒸気を上げて沸騰し始めた。
鳳竜の咆哮はどんどん強力になっていく。そしてやがては耳に聞こえないほどの高周波になり、マインドウェーブを打ち消した。
イツァム・ナーは憎らしそうに顔をゆがめ、マインドウェーブを止める。
そして口を開けたまま、鳳竜を睨みつけた。
すると口の中にある大砲に、光が集まっていった。
それは山をも貫通するビーム砲で、まともに受ければ鳳竜でも一撃で蒸発してしまう。
イツァム・ナーは口の中に高熱の光を蓄え、それを鳳竜の顔に目がけて撃ち出した。
しかしその瞬間、鳳竜の身体が真っ白に染まっていった。
全身に鱗が生えて、鎧のように身を守る。
イツァム・ナーのビームは、その白い鱗によって弾かれ、四方に拡散していった。
山をも貫くビームを弾く、白い鱗。
これこそが、鳳竜に隠された三つ目の力だった。
この鱗は白龍の鱗で、とても頑丈に出来ていた。
どんな高熱にも耐え、どんな冷気にも耐え、稲妻にも風にも耐える、強靭な龍の鎧だった。
この白い鱗を生やしている間は、ほとんどの攻撃を受け付けなくなる。
しかし長い時間は生やしておくことが出来ず、あまり乱用すると、全身が鱗に浸食されて、石像のように固まってしまう。
だからここぞという時に使う、最強の鎧だった。
イツァム・ナーのビームを弾いた鳳竜は、すぐに白い鱗を解除する。
しかしすでに腕の一部が浸食されて、手首が動かなくなっていた。
しかし今の状況においては、それは好都合だった。
鳳竜はイツァム・ナーを両手で締め上げ、決して逃がすまいとしていたからだ。
それは命と引き換えに放つ、最強の武器を食らわせる為だった。
この武器は、身体を密着させたゼロ距離の射程でしか使えない。
少しでも離れられると、まったく意味を成さない武器なのだ。
鳳竜は爪を立て、イツァム・ナーの身体に食い込ませていく。
凄まじいパワーと強靭な爪が、イツァム・ナーの装甲を貫き、ガッチリと食い込んでいく。
メキメキと音がなり、鳳竜の爪がしっかりとロックされる。
イツァム・ナーは叫び声を上げ、必死に手足をもがいた。
「ゴオオオオオオオオオ!!」
力いっぱい暴れて抜け出そうとするが、鳳竜はビクともしない。
ガッチリと食い込んだ爪が、イツァム・ナーが逃げることを許さなかった。
このままではまずい・・・。
イツァム・ナーはそう感じていた。
鳳竜は何か特別な攻撃を仕掛けて来る。気迫が、腕の力が、そして目が、そういった覚悟を物語っている。
このままでは確実にやられると思い、イツァム・ナーも本気を出すことにした。
出来ればインドで戦うまで温存しておきたかった力を、今ここで発揮することにした。
鳳竜に隠された力があるように、イツァム・ナーにも隠された力がある。
マインドウェーブを超える恐ろしい力が、その身に二つ宿っているのだ。
エネルギーを大きく消耗するが、その分効果は大きい。
ここで負けると全てが終わるので、力の温存などと言っていられない。
なるべく傷を負わずに勝ちたいと思っていたが、もう迷っている場合ではなかった。
イツァム・ナーは雄叫びを上げ、自分の首元に齧りついた。
そしてそのまま装甲を食い千切ってしまった。すると破れた装甲の中から、もう一つ首が生えてきた。
イツァム・ナーは双頭の竜となり、二つの頭で鳳竜の腕に噛みついた。
メキメキと音が鳴り、鳳竜の腕に牙が喰い込んでいく。
それでもまだ離そうとしないので、口の中のビームを放った。
数十万度のビームが、鳳竜の腕を溶かしていく。
そして遂には蒸発させてしまい、イツァム・ナーは逃げ出すことに成功した。
「グオオオオオオオ!」
二つの頭が吠え、また口の中に光を溜めていく。
そして両腕を失った鳳竜に向かって、最大級のビームを放った。
巨大な二本の光線が、鳳竜を消し去ろうと襲いかかる。
しかしビームが当たった瞬間、また四方に弾かれていった。
「ゴオオオオオオオ!」
鳳竜は再び白い鱗で身体を覆い、ビームを弾き飛ばしたのだ。
しかし連続でこの技を使ってしまった為に、身体の半分が鱗に浸食されてしまう。
首も足も白く固まり、少しも動かすことが出来ない。
ここまで固まってしまうと、これ以上戦いようがなかった。
しかしそれでも鳳竜は諦めない。
自分の命と引き換えに、何としてもイツァム・ナーを討とうとした。
「グウウウ・・・・オオオオオオオオ!!」
今まで一番大きな鳳竜の雄叫びが響き渡る。
その気迫に圧倒され、イツァム・ナーはサッと後ろへ下がった。
もうこれ以上の戦闘は必要ない。コイツは放っておけば確実に死ぬ。
そう思って、翼のブースターを全開にし、空高くに舞い上がっていった。
そして西の空を向き、このままインドへ飛び去ろうとした。
しかしそこへ、鳳竜のビームが襲いかかった。
頭の先についたビーム砲で、イツァム・ナーを足止めしたのだ。
イツァム・ナーは軽くそのビームをかわし、この場から退却しようとする。
鳳竜は翼を羽ばたき、それを追いかけた。
二頭の竜が高速で空を駆け抜け、音の壁を突き破って爆音が響く。
逃げるイツァム・ナーと追いかける鳳竜。
そのスピードの差は歴然で、断然イツァム・ナーの方が速い。
鳳竜は元々空戦用ではないので、空での性能は圧倒的に劣っていた。
しかし・・・・決して諦めようとはしない。
ここでイツァム・ナーを仕留めなければ、命を懸けて戦っている意味がなくなってしまう。
だから一か八かの賭けに打って出た。
鳳竜は自分の体内から鳳凰を呼び出し、イツァム・ナーを追いかけさせたのだ。
動力の一つを失った鳳竜は、見る見るスピードが落ちていく。
しかし解き放たれた鳳凰は、美しい翼を羽ばたいて、イツァム・ナーを追いかけていった。
鳥の王たる鳳凰は、龍に並ぶ天空の覇者である。
この神獣が舞えば、風は従い、嵐さえも味方につく。
鳳凰は二度、三度と羽ばたき、風を周りに集める。
そして一声鳴くと、その風は海まで飛んで行き、激しい水柱を起こした。
その水柱は風に舞い上げられ、天まで届いた。
イツァム・ナーは慌てて旋回し、水柱をかわした。
しかしその瞬間、わずかにスピードが落ちる。
鳳竜はその隙を見逃さず、また頭のビームを撃った。
一筋の青いビームが、イツァム・ナーの右の頭に直撃する。
「グオオオオオオオ!」
爆炎が上がり、頭の装甲が溶けてしまう。そのせいでさらにスピードが落ち、鳳凰に追いつかれた。
イツァム・ナーは鳳凰を睨み、肩に装備された大砲を放つ。
その砲弾は空中で炸裂し、強力な酸が辺りに降り注いだ。
しかし鳳凰には当たらない。風が鳳凰を守る様に、激しい突風となって酸を吹き飛ばしたのだ。
その突風はイツァム・ナーにも襲いかかり、グラグラとバランスが崩れる。
そこへ鳳凰が一声鳴くと、イツァム・ナーを取り囲むように風が渦巻いた。
「グオオオオオオオ!」
イツァム・ナーは慌てて逃げ出そうとするが、風に阻まれて逃げられない。
悔しそうに顔を歪め、鳳凰を睨んだ。
「グウウウウ・・・・グウオオオオオオ!!」
二つの頭は遠吠えを放ち、やがて笑い声に変わっていく。
マインドウェーブが鳳凰を支配しようと、不気味な笑い声で襲いかかった。
しかし鳳凰は慌てない。なぜならもう一体の神獣、白龍が助太刀にやって来たからだ。
鳳凰は後ろへ下がり、白龍の後ろに隠れる。
マインドウェーブは白龍にも襲いかかるが、まったくビクともしなかった。
「お馬鹿な機械竜さん。白龍にそのような攻撃は通じません。」
鳳凰の言う通り、白龍にはマインドウェーブは通じなかった。
なぜなら白龍には耳がなかったからだ。
いくら恐ろしい笑い声を響かせようとも、音が聞こえない者には効果がない。
白龍はピクピクと髭を動かし、そのままイツァム・ナーに突っ込んでいく。
そして長い身体でもって、アナコンダのように巻きついた。
「グオオオオオオオ!」
イツァム・ナーは怒り、口からビームを放つ。
しかし白龍には効かない。頑丈な鱗がビームを弾いてしまう。
「無駄です。白龍は龍神の中でも随一の硬さを持つ龍です。機械竜の攻撃では壊れません。」
鳳凰はそう言いいながら、ずっと翼を羽ばたいていた。
嵐のような風を起こし、その風を束ねてパイプのように伸ばしていたのだ。
「さあ、おいでなさい鳳竜!あなたの命の輝き、この悪しき竜にぶつけてやるのです!」
鳳凰はさらに羽ばたき、風を強くしていく。
するとパイプのように伸びた風に乗って、鳳竜が運ばれてきた。
神獣を解き放った鳳竜は、自分で動くことが出来ない。
しかし戦う意志だけはしっかりと持っていて、鳳凰の風に運ばれながらイツァム・ナーを睨んでいた。
そして風に乗って鳳凰の元まで運ばれると、そのまま空中へと飛び出した。
鳳凰は風に変化して、すかさず鳳竜の中に入る。
動力を得た鳳竜は、牙を剥いて唸りながら、イツァム・ナーへと突進した。
孔雀の翼を羽ばたき、砲弾のように向かっていく。
そして轟音を響かせて衝突すると、白龍がイツァム・ナーから離れていって行った。
「・・・・・・・・・。」
白龍は激突した二体の竜を睨み、またアナコンダのように巻きつく。
鳳竜とイツァム・ナーが決して離れないように、鎖のように締め上げたのだ。
「ゴオオオオオオオ!!」
鳳竜はこの瞬間を待っていた。
決して逃げられない状況で、イツァム・ナーと密着する瞬間を。
そして目を黄色く輝かせ、短く吠えてから動かなくなってしまった。
それと同時に、身体が小さく震え始める。
口の中にある超音波振動装置が、自分の身体の中に向かって、超音波振動を放ったのだ。
鳳竜の体内には、この振動に共鳴するプレートが、いくつも埋め込まれている。
だから自分自身の振動音波を浴びることで、そのプレートが激しく共鳴するのだ。
そして何倍にも振動を増幅させて、自分の身体に触れるものを、原子レベルで分解してしまう。
この技を使えば、鳳竜自身も原子レベルで分解される。
しかし鳳竜に触れている者もまた、同じように分解されるという、まさに命と引き換えの技だった。
体内のプレートによって振動は増幅され、鳳竜の身体が蜘蛛の巣のようにヒビ割れていく。
白い鱗で固まってしまった部分でさえも、バキバキと割れて、剥がれ落ちていった。
その振動はイツァム・ナーにも伝わり、装甲にヒビが入っていく。
そしてまた、二体に巻きついている白龍も、鱗が剥がれていった。
命と引き換えに放つ技が、三体の竜を目に見えないほど細かく分解しようとしている。
イツァム・ナーはここで死んでなるものかと、口を開けてビームを放った。
しかし鳳竜の振動によって弾かれ、何の意味も成さない。
そして、そうしている間にも、ボロボロと装甲が崩れていった。
・・・このままでは破壊されてしまう・・・。
追い詰められたイツァム・ナーは、自分も最後の技を使うことにした。
下手をすれば自分自身が吹き飛んでしまうが、このままではいずれ死ぬ。
命懸けの技であったが、やらないわけにはいかなかった。
「ウウウウ・・・・。」
イツァム・ナーは短く吠える。飲み込んだ物を吐き出すように、何度もえづきながら。
異変を感じ取った白龍は、さらに強く締め上げる。これ以上余計なことをさせないように、しっかりと手足を縛り上げた。
しかしイツァム・ナーはえづくことをやめない。そして・・・・二つの口から、緑に輝く液体を吐き出した。
それはビームの元になる液体で、窒素と結び付くと熱を発生させる性質を持っていた。
そしてこの液体は、イツァム・ナーの胸の中に大量に溜め込んであった。
口から吐き出した液体が、窒素と結びついて熱を出す。そして瞬く間に炎が上がり、イツァム・ナーの口の中に燃え広がった。
口の中に広まった炎は、そのまま胸部の液体まで燃え広がり、体内で激しく炎上する。
その炎は胸の中を飛びだし、イツァム・ナーの口、目、関節、そして装甲の剥がれた部分から火を噴いた。
「オオオオオオオオオオオ!!」
全身から火を噴き上げたイツァム・ナーは、大量に息を吸い込む。
体内で再び窒素と液体が混ざり合い、あまりの高熱にプラズマ化していく。
全身から噴きあげる火も温度を上げ、赤い火から青い炎に変わっていった。
鳳竜と白龍はその青い炎に焼かれ、苦しみの叫びを上げる。
鳳竜は赤く熱されて、ドロドロと溶け始める。
白龍の白い身体も、激しい炎に焼かれて炭に変わっていく。
イツァム・ナーから燃え上がる青い炎は、白龍の鱗を焼くほどに強力だったのだ。
しかしそれでも二体の竜は諦めない。
白龍は渾身の力で締め上げ、鳳竜はさらに振動を強くする。
鳳竜が溶けるのが先か?それともイツァム・ナーが分解されるのが先か?
命を懸けた、機械竜のせめぎ合いが続く。
どちらが先に死んでもおかしくない。そういう戦いであったが、鳳竜にはまだ味方がいた。
それは体内に宿る鳳凰である。
鳳竜から生える孔雀の翼を通じて、鳳凰の力が発揮される。
翼を羽ばたかせて、空に渦巻く風を集めたのだ。
その風で凄まじい気流を発生させ、イツァム・ナーの炎を巻き上げようとした。
青い炎は上へ上へと巻き上げられ、鳳竜たちから逸れていく。
しかしイツァム・ナーも大人しくしているわけではなかった。
胸の中で燃え上がる青い炎を、孔雀の翼に向けて吐き出したのだ。
青い炎が竜巻のように発射され、孔雀の翼は一瞬で消し飛ぶ。
そして鳳竜にも青い炎を浴びせかけた。
「ゴオオオオオオオオオ!!」
鳳竜は一瞬で燃え上がり、どんどん身体が蒸発していく。
しかしそれでも負けじと、最後の力を振り絞って振動を強くする。
その振動によってイツァム・ナーは致命的なダメージを負った。
手足がもげ、翼が破壊され、全身の装甲が剥がれてしまったのだ。
そのせいで、身体のあちこちから青い炎が噴き上がる。
「グウウオオオオオオオオ!!」
噴き上げる青い炎は、さらに激しく燃え上がり、何もかも焼き尽くそうとする。
イツァム・ナーは自分の炎で焼かれ、「オオオオオオオオオオオ・・・・・」と絶叫した。
そして・・・・遂に決着の時が来た。
不屈の闘志で戦っていた鳳竜が、とうとう限界を迎えたのだ。
自身の振動によって身体が分解され、原子となって飛び散る。
中に宿っていた鳳凰も、同じように分解されてしまった。
それを見た白龍は、もう自分の役目は終わったとばかりに目を閉じた。
綺麗な白い身体は、見る影もなく焼けただれている。鱗が剥がれ、肉が落ち、遂には骨となってしまう。
その骨さえも焼き尽くされ、仲間と同じように消え去った。
残ったのはイツァム・ナーのみ。
しかしこの機械竜もまた、死の縁にいた。
翼が破壊された為に、もう空を飛ぶことが出来ない。
青い炎に焼かれながら、海へ向かって落ちて行った。
それはまるで、死を告げる不吉な彗星のようであった。
イツァム・ナーは燃えながら海へ沈み、海中でも炎を上げていた。
その炎は長い間燃え続け、イツァム・ナーを死に誘っていく。
そしてようやく炎が消えた頃、海底には竜の頭らしき形をした、煤だらけの金属が転がっていた。
それは見る影もなく焼けただれた、イツァム・ナーの頭部だった。
鳳竜とイツァム・ナー。
人と神獣、そして人と悪魔によって生み出された、機械竜の死闘。
それは誰も生き残らない、勝者のいない決着で幕を閉じた。
溶けて変形したイツァム・ナーの頭に、海の生き物たちが寄って来る。
最初は恐る恐る、しかしやがて、大胆にもその中へと入って行く。
そして悪魔から身を守るように、その中でじっと見を隠した。
悪魔の機械竜は、海の底で静かに眠りについた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十二話 散りゆく仲間(2)

  • 2015.06.01 Monday
  • 13:40
JUGEMテーマ:自作小説
背後に恐ろしい殺気を感じ、ロキは振り向く。
するとそこには、ルーが笑顔で立っていた。
その手にはターラカと牛鬼の生首を持っていて、他に魔獣の首も二つぶら下げていた。
「う・・・うおおおおおお!」
ロキは慌てて飛びのく。ルーはニコニコと笑っていて、「よう!」と手を上げた。
「久しぶりだなアマテラス。しばらく見ないうちに、またイイ女になっちゃって。今晩飯でも行くかい?」
キザったらしく言って肩を竦めるルー。アマテラスは「はあ・・・」と首を振り、「お主は相変わらずよな」と呟いた。
「いい加減挨拶代わりに口説くのはやめたらどうじゃ。わらわは昔から変わっておらぬぞ。」
「いいや、そんなことはない。アンタは会うたびにイイ女になってるさ。」
「いったいどれだけの女にそう言っておることやら・・・・。先ほどはダフネ殿を口説いておったように思うが?」
「ダフネ?」
「箱舟の上におった女神だ。お茶に誘っていたであろう?」
「おお!あの女神はダフネという名前なのか。彼女もイイ女だ。あれは優しそうに見えて、実は気が強いぞ。並の男では尻に敷かれるのがオチだろうな。」
ルーはダフネの顔を思い出し、一人でニヤけていた。
「しかしまだまだ神としては若いな。もうちょっとこう・・・・なあ。色気が出て来ないと。」
「もうよい。お主の話に付き合っていると埒が明かん。」
アマテラスはうんざりしたように首を振る。ルーは可笑しそうに笑い、手にした生首を放り投げた。
「おいロキ。」
生首がロキの足元に落ちる。どの顔も恐怖で引きつっていて、ルーの圧倒的な強さを物語っていた。
「お前の言う通り、あのふざけたルールで戦ってやったぞ。」
「・・・・・・・。」
「ターラカと牛鬼程度では話にならん。魔獣の方は、近くにいたので仕留めておいた。」
「・・・・・・・。」
「ああそれと、モリーアンはとっとと逃げて行ったぞ。アイツは誰かの言うことを聞くようなタマじゃない。お前の下で働くのはゴメンだとよ。」
「・・・・・・・。」
「ほれ、この輪っかは返すぞ。あまりに脆いから、壊さずに動くのが大変だった。少しヒビが入ったが、弁償はせんからな。」
そう言って、ボロボロになった輪っかをポイと投げ捨てた。
輪っかは音を立てて地面に落ち、ロキはそれを拾った。
「・・・・そうか。あれだけ不利な条件でも、お前にとっては遊びにすぎなかったか。」
「まあ・・・・なあ。せめて両手両足を雁字搦めにするくらいでないと、遊び甲斐もないというものだな。」
「そうか・・・・。」
ロキは輪っかを握りしめ、そのまま引き千切ってしまった。
「コケにされていたのは俺の方というわけか・・・・。」
小さな声でそう呟き、目の奥に怒りを宿す。激しい殺気が周りに広がり、ルーはニコリと微笑んだ。
「お前なら、奴らよりマシな遊び相手になりそうだ。なんなら今度は手足を縛ろうか?ついでに目隠しもして。」
ルーは「はははは!」と笑い、ロキの横を通り過ぎていく。
「おい・・・・どこへ行く?」
「ん?」
「俺と遊ぶのではないのか・・・・?」
ロキの声は怒りに満ちていた。ルーの挑発的な態度、そして上から見下した発言。
そのどれもが気に食わず、今すぐ八つ裂きにしてしまいたいほど怒りに満ちていた。
そんなロキの目を見たルーは、小さく首を振った。
「いや、俺は獲物を横取りするようなマネはしない。」
「横取り?」
「お前の目の前には、お前の戦うべき相手がいるだろう。それを邪魔出来んと言っているだけさ。」
そう言ってアマテラスの方を見て、ニコリとウィンクを飛ばした。
「ここは戦場だ。遊び相手はいくらでもいる。」
ルーは天使と悪魔が殺し合う光景に手を向け、嬉しそうに笑った。
「もしお前が勝ったならば、是非俺とも遊んでくれ。」
そう言い残し、ルーは戦場の前線へ出向いて行く。
ロキはギリギリと歯ぎしりをして、「人質はいらんのか!?」と叫んだ。
「あの三人は放っておけば死ぬぞ!」
「いずれ復活するさ。」
「貴様の息子もいるのだぞ!?復活するとしても、それを見殺しにするのか!」
ロキはケルトの三人に手を向け、鋭く爪を伸ばした。いつでもこの爪で殺せるぞというふうに。
するとルーは足を止め、「好きにしたらいい」と答えた。
「そうか。ならば見殺しにするのだな?神ともあろうクセに・・・・。」
「ははは!必死だな、お前さんも。」
ルーは笑いながら振り返り、ケルトの神々を指差した。
「言っておくがな、その三人に人質としての価値はない。」
「なぜだ?」
「なぜって・・・・皆腹を括った戦士だからさ。戦で死ぬことなど、元より覚悟の上で戦っている。ゆえに人質としての価値はない。」
「最初から・・・・助ける気はなかったと?」
「ああ。」
「ならばなぜ交換条件を飲んで・・・・、」
「面白そうだったから。」
「なんだと・・・?」
「ああいう戦いはあまり経験したことがないのでな。どんなもんかと思ってやってみた。まあまあ楽しかったぞ。」
「・・・・・貴様・・・・・。」
ロキのこけかみに血管が浮く。歯を剥き出し、怒りで目が釣り上がる。
ルーは無言で首を振り、踵を返して歩き出した。
「いくら吠えようとも、あの三人に人質としての価値はない。ゆえに俺を抑え込むことは出来ない。お前は指揮官として役目を果たすことが出来ず、例え生きて帰っても、サタンに拷問されるだけだ。」
そう言いながら、スタスタと歩いていく。ロキはさらに歯を剥き出し、「なぜ知っている!?」と吠えた。
「お前は長らくこの世界から離れていたのだろう!?なのになぜこの星の状況を理解して・・・・、」
「悪魔が蠢くこの現状を考えれば、ルシファーとサタンがこの星を支配しているのは明らかだ。なにせ悪魔の大将といえば、あの二人と決まっているからな。」
「ぐぬ・・・・ッ!」
「ならお前さんのような狡猾な悪魔が、奴らの下に付かないわけがない。そう思っただけさ。」
そう言って手を振り、堂々とした背中を見せつけながら去って行く。
そしてサッと手を上げると、先ほどまで戦っていた場所から、ブリューナクの槍と魔剣アンサラーが飛んできた。
それをガシっと掴み、「やはり戦は武器を振るってこそよな」と笑った。
ロキは何も出来ずに見送り、ただただ歯を食いしばっていた。
握った拳は小さく震え、唇からは血が流れる。
「ロキよ。」
アマテラスは静かな声で呼びかけ、彼の前に立った。
「ルーの言うこと、もっともなことであるぞ。」
「ああ?」
「そう怒るな。奴の言うとおり、例え生きて帰ったとしても、お前はサタンに拷問されるであろう。ならばここは潔く敗北を認め、我らの軍門に下らぬか?」
「馬鹿かお前。そんな提案を受け入れると思ってるのか?」
「冗談で言っておるのではない。わらわは知っておるぞ。お前は口は悪いが、根っからの悪ではないということを。だからもう終わりにせぬか?ここで我らの軍門に下れば、サタンに捕まることもないぞ。」
アマテラスは諭すような口調で言う。剣を下ろし、戦う姿勢を解き、真っ直ぐな目でロキを見つめる。
「お前の旧友、雷神トール殿。彼は我が弟とも親交があった。トール殿は多少やんちゃなところはあるが、実に誠実な神であった。
そのトール殿が、お前のことを親友と認めておったのだ。だから・・・・わらわは出来ることなら、これ以上戦いたくはない。そしてサタンの拷問にもかけさせたくはない。指揮官のお主が退けば、争いは治まろう。どうか・・・・わらわの頼みを聞いてほしい。」
アマテラスは静かな口調で問いかけ、ロキの方へと近づく。
ロキは何も答えず、口元に手を当てて黙っていた。
その目はじっと宙を睨んでいて、まるで何を考えているのか分からなかった。
「お前は・・・・本気でそう言っているのか?」
ロキはぼそりと呟く。宙を睨んだまま、疑うような声で問いかけた。
「俺にはどうにも信じられん。神のお前が、悪魔の俺を許すなど。」
そう言って腕を組み、アマテラスを睨んだ。
「上手いこと言って、俺を騙そうとしている。どうもそう思えて仕方ないんだがなあ。」
「わらわは騙そうなどとは思っておらぬ。」
「なら武器を捨ててもらえないか?その羽衣・・・・大きな力を持っているんだろう?そんな物騒なものを持たれたまま説得されても、とても心には響かないというか・・・・。」
「いいだろう。羽衣は捨てる。剣も・・・・ここに置こう。」
アマテラスは羽衣を脱ぎ捨て、剣を大地に突き立てた。
そして両手を広げながら、もう一歩前に出た。
「これでよいか?」
「・・・・・いや、まだだな。」
「なぜじゃ?もう武器は持っておらぬぞ?」
「そのスーツのような服・・・・身を守る鎧なのだろう?もしお前の言葉が本当だというのなら、一糸まとわぬ姿でここまで来てほしい。」
「なッ!?。わらわに裸になれと申すか!」
アマテラスは怒り、「そのようなことは出来ぬ」と切り捨てた。
「ほう?ではその言葉は嘘だと?」
「そうではない。そこまで言うのなら、この服を元に戻せばよいだけのこと。」
そう言って身体を光らせると、コウの作ってくれた黄色いドレスに戻った。
「この服は戦う為の物ではない。これならよかろう?」
ドレスの袖を振り、特に変わった物でないことをアピールする。
ロキは「いいだろう」と頷き、「ではここまで来てほしい」と足元を指差した。
アマテラスはロキの前まで歩き、「これでよいか?」と手を広げた。
「・・・・・・・・・。」
「ロキよ。もう争うのはやめにしよう。わらわ達は、必ずやルシファーとサタンを討つ。お主が拷問に遭わずに済むよう、この名に誓って約束する。」
アマテラスは目に力を込め、自分の想いを伝えようとする。
そもそもが戦いの神ではないアマテラスは、命を奪い合いなどしたくなかった。
悪魔は邪悪な存在であると分かっているが、それでも血を流し合って戦うのは胸を痛めた。
だからここでロキが退いてくれれば、インドでの戦いは終わると思った。
無駄な命の奪い合い、そして何より、ルーという戦を呼び寄せる神の登場。
今ここで戦いを終わらせなければ、さらに命が消えていくだけだと悲しんでいた。
「ロキよ、頼む。これ以上の戦いは、さらにあの男に火を点けてしまうのじゃ。そうなれば、敵味方双方ともに、大きな被害が出る。だからもう・・・終わりにしよう。」
そう言って手を差し出すアマテラス。もし自分の言葉を受け入れてくれるなら、この手を取ってほしかった。
ロキは少し迷っていた。唇をすぼめ、顎に手を当てて迷っている。しかし「お前のいうことにも一理あるか」と頷き、アマテラスの手を取った。
「太陽の女神よ。お前は本当に優しいのだな。」
「褒めてくれて感謝する。わらわの手を取ったということは、もう争いをやめるという意味でよいのだな?」
「ああ。あのルーという男、あまりに危険過ぎる。ここらでお前たちの軍門に下った方が、俺も助かるというものだ。サタンに拷問などされたくないのでな。」
そう言ってニコリと笑い、アマテラスの元に膝をつく。
「これからは、あなたを守る騎士となりましょう。」
ロキはニコリと微笑み、アマテラスの手に口づけをする。
その口づけは、アマテラスの手に紫色の唇の痕を残した。
するとその途端にアマテラスは胸を押さえ、「うう・・・」と苦しみ出した。
「お・・・お主・・・・その接吻は・・・・、」
「毒さ。ヨルムガントのな。」
ロキはニヤリと笑い、口から何かを引き剥がした。
それは氷だった。薄い薄い氷の膜を唇に張りつけ、その上にヨルムガントの毒を塗っていたのだ。
「ほんのわずかな量だが、それでもお前の命を奪うには充分だ。」
そう言って指の間に氷を生み出し、アマテラスの方に向けた。
「綺麗事を並べ立てて、俺を落とそうとしたみたいだが・・・・そうはいかない。」
「ち・・・違う!わらわは嘘など言っては・・・・、」
「分かっている。お前は本当に俺の身を案じてくれたんだろう?しかしな、ここは戦場だ。ルーの言うとおり、ここは戦場なのだ。」
ロキは周りに手を向け、死で死を贖う争いを見つめた。
「神と悪魔が和解するなど有り得ない。俺はお前らの軍門に下るくらいなら、サタンに拷問された方がマシだ。」
「ば・・・・馬鹿なことを・・・・。サタンがどれだけ冷酷非道か、お前もよく知っているはず・・・・、ぐふ!」
アマテラスは口を押さえ、その場に膝をついた。激しく咳き込み、遂には赤い血を吐き出した。
「ぐう!・・・・・はあ・・・はあ・・・、ぐふう!」
「どうだ?俺の息子の毒は強力だろう?」
ロキは勝ち誇ったように言い、冷たい目でアマテラスを見下ろした。
「もうじきお前は死ぬ。そして次に復活してきた時は、この星は完全に悪魔のモノになっているだろう。・・・・残念だったな。」
「お・・・おのれ・・・・。わらわは・・・・もう争いなど見たくはない・・・・。ここでお前が退けば、争いは鎮まるというのに・・・・・、」
アマテラスは苦しそうに目を瞑り、その場に横たわる。胸には激痛が走り、また血を吐いた。
ロキはそんなアマテラスを見つめながら、小さく笑っていた。
「トドメを刺す必要もなさそうだな。」
指の間に張った氷を消し、戦場の真ん中に目を向ける。
そしてアマテラスの横を通り過ぎて、ルーの方へと向かっていった。
アマテラスは「ふぐう!」と血を吐き、あまりに激痛に身をのけ反らせた。
「ああ・・・あああああ!」
ヨルムガントの毒は強力で、アマテラスの命の灯を消していく。
もはや視界は霞み、意識も朦朧としていた。
《わらわは・・・・後悔しておらぬ・・・。例え裏切られることになっても・・・・血を流して争うよりかは・・・・、》
ロキを説得しようとしたことに、微塵の後悔もない。
ここで命が潰えても、それは初めから覚悟のうえだった。
しかし心配なのは、やはりルーのことであった。
あの戦神だけは、このまま放っておくことは出来ない。
例えルシファーとサタンを討ったとしても、あの男がこの星の地上に留まる限り、いくらでも争いを呼んでしまう。
《わらわの命よ・・・・どうか・・・・どうかもう少しだけもってくれ・・・・。ルーを・・・あの男をどうにかするまでは・・・・、》
残された力を振り絞り、血を吐きながら立ち上がる。
黄色いドレスは真っ赤に汚れ、身体が毒によって蝕まれる。
しかしそれでも、ここで倒れているわけにはいかない。なぜならアマテラスは、ルーを抑え込むたった一つの手段を知っていたからだ。
どうにか立ち上がった彼女は、ロキとは反対の方向に歩いて行く。地割れを避け、ヨルムガントの屍を乗り越え、ぐったりと倒れるケルトの三人の元までやって来た。
そして申し訳なさそうな顔で膝をつき、「すまぬな・・・・もう助けてやれるだけの力がない・・・」と呟いた。
「お主たちは、ここで潰えるだろう・・・。それは・・・ごふ!わ・・・・わらも・・・・一緒じゃ・・・・。」
そう言って三人の頭を撫で、悲しく微笑んだ。
「しかし・・・どうせ潰える命なら・・・・お主たちの力を・・・・ぐふ!・・・わらわに預けて・・・・ほしい・・・。ルーを・・・・あの男を・・・・・妖精に・・・・変える・・・・為に・・・・。」
アマテラスは三人の上に覆いかぶさり、そっと抱きしめた。
「ケルトの神は・・・・その姿を・・・・妖精に・・・・変えることが出来る・・・・。妖精の発祥は・・・・お主たち・・・ケルトの神々だからな・・・。だから・・・わらわの融合の力と・・・・お主たちの・・・・三つの命で・・・・ルーを・・・・妖精に・・・・。」
その声は願うような、そして三人に詫びるような、とても切なくて悲しい声だった。
アマテラスは三人を抱きしめたまま目を閉じ、残された最後の力を使った。
身体の中に残るわずかな力が、太陽の光となって輝き出す。
その光はクー・フーリン、アリアンロッド、スカアハの三人を包み、導かれるようにアマテラスの中に吸い込まれた。
ケルトの神々の魂を吸収し、アマテラスは力を取り戻す。
痛みは治まり、血を吐くこともなくなった。
しかし完全に毒が消えたわけではない。いずれ身体を蝕み、死へと誘っていく。
「残された時間は少ない。わらわはケルトの神々と共に、最後の役目を果たそうぞ!」
アマテラスの清らかな声が、風のように舞い上がる。両手を広げ、目を閉じ、祈るように天を仰いだ。
すると再び身体の中から光が溢れ、戦う為の衣装に変わっていく。
血で汚れたドレスは消え去り、緑と黄色が鮮やかな、身体に張りつくスーツに戻っていく。
アマテラスは手を掲げ、「ここへ!」と叫んだ。
すると白い羽衣が飛んで来て、マントのように巻きついた。そして青い剣もその後に続き、アマテラスの手に収まった。
「残された時間はわずかだが、それでもわらわは諦めぬ!ルーを妖精に変え、これ以上の争いを食い止めてみせようぞ!」
命を懸けた誓いが、戦いの空に響く。風は揺れ、アマテラスの背中を押すように吹き荒れた。
太陽の女神は、剣を構えて空に舞い上がる。
そして遥か遠くで戦うルーを睨み、「いざ!」と飛んで行った。
悪魔の兵隊が邪魔をして来るが、剣を振って一蹴する。
魔獣や魔王も襲いかかって来たが、それをヒラリとかわして進んでいった。
「無駄な戦いをしている余裕はない。一気にルーの元まで。」
アマテラスは風を切って飛んで行く。そしてもう一息でルーに辿り着く所まで来た時、ロキが邪魔に入った。
「死に損ないが。何をしに来た!」
ロキは兵隊の悪魔の背中に乗って、アマテラスの前に立ちはだかる。
鋭い爪を伸ばし、「まだ毒はあるのだぞ」と爪の先を見せつけた。
「大人しく死んでいろ。もう長くはないのだから。」
「分かっている。だからこそやらねばならぬ事がある。」
「そうかい。聞きわけのない女神だ。ならもう一度毒を食らえ!」
ロキは悪魔に乗って飛んで来る。そして毒が塗られた爪を振ってきた。
「そんなものは食わぬ!」
アマテラスは剣を振り、ロキの爪を切り落とす。しかしその瞬間、冷たい冷気が襲いかかってきた。
「く・・・ッ!」
羽衣で身を守り、灼熱の光を放って応戦する。ロキは氷の壁を張ってそれを防ぎ、アマテラスの頭上に飛び上がった。
「空は苦手だ。降りて戦ってもらおう。」
ロキは足の先からも鋭い爪を伸ばし、アマテラスを蹴りつける。
腕にその爪を食らってしまい、アマテラスは地面へと落とされていった。
「足の爪は・・・・毒は塗っていないようだな。助かった・・・。」
そう言って切られた左腕を見つめ、ホッと息をつく。
これ以上毒を貰ったら、それこそ即死してしまう。
アマテラスは剣を構え直し、空に浮かぶロキを睨んだ。
「ロキよ、もはや言葉はいるまい。決着をつけようぞ。」
「いいだろう。貴様のような死に損ないにうろつかれたら、邪魔で仕方ないからな。」
ロキは悪魔から飛び降り、両手の指に氷を生み出した。
「一気に凍らせる!」
指の間に張った氷を飛ばすと、キラキラと輝く雪の結晶に変わった。
その結晶はアマテラスを飲み込むほど巨大化して、凄まじい冷気を放ちながら飛んできた。
「呪術のかかった氷か。食らえば一たまりもない。」
アマテラスは剣を向け、刀身から灼熱の光を放った。
その光はレーザーのようになって、雪の結晶に向かっていく。
「わらわの熱線で、その雪の結晶ごと貫いてくれる!」
剣から放たれる熱線が、雪の結晶とぶつかる。
熱と冷気が激しく攻め合い、火山のような蒸気が噴き上がった。
「はははは!最後の足掻きだな!」
ロキは雪の結晶の上に降り立ち、また指の間に氷を張った。
「燃え尽きる前のロウソクは、激しい炎を生み出す!しかしそれは、しょせん一時の輝きに過ぎん!このまま押し切る!!」
そう言って指の間に張った氷を飛ばし、雪の結晶を強化した。
冷気はさらに激しさを増し、アマテラスの熱線を押し返す。
「うう・・・・ぐ・・・・。」
「はははは!早くしないと毒が回ってくるぞ!燃え尽きる前に死んでしまうぞ!!」
ロキは顔をゆがめて笑う。そしてまた指から氷を放ち、雪の結晶の威力が増した。
「こ、このままでは・・・・・、」
アマテラスはロキの冷気に押され、ジリジリと後退していく。
辺りに冷たい風が吹き荒れ、手足が少しずつ凍り始めた。
「まだ・・・まだ終わらぬ!ここで倒れてなるものかああああ!!」
潰えようとする命が、さらに輝きを増して力を与えていく。
白い羽衣がバタバタとなびき、真っ赤な炎を蓄えた。
「わらわにはまだ力がある!この羽衣の力が!!」
白い羽衣はさらに炎を蓄え、まるで火竜のような姿に変わった。
その火竜は百個の頭を持っていて、天に向かって吠えた。
そしてロキを睨み、百本の凄まじい火柱を吐き出した。
圧されていたアマテラスの熱線が、百本の炎によって冷気を押し返していく。
「うおおおおおお!なんだこの炎は!?どこにこんな力が・・・・、」
「これはラードーンの炎である!」
「ら、ラードーン?・・・・ま、まさか・・・・お前はヒュドラだけでなく、ラードーンの炎も吸って・・・・、」
「あの邪龍の炎は強力ぞ!跡形もなく消え去るがいい!!」
邪を打ち払うアマテラスの熱線、そして十万度にも達する百本の火柱。
想像を絶する灼熱が、雪の結晶をどんどん溶かしていく。
立ちこめる冷気は打ち払われ、今度はロキが圧される番だった。
「な・・・・なんのこれしきいいいいいい!!」
死に損ないの神に負けるわけにはいかない。
ロキは口を開けて冷気を吐き出し、アマテラスの力を押し戻そうとする・・・・・・が、それは無理だった。
アマテラスの熱線とラードーンの炎は、そう簡単には押し返せない。
しかも今のアマテラスには、ケルトの三人の魂が宿っていた。
通常よりも力は増し、熱線は強力になっている。
雪の結晶はドロドロと溶けていき、白い蒸気を上げる。そして・・・遂には完全に消えて無くなり、ロキは熱線に飲み込まれた。
「うぐおおおおおお!このまま焼かれてたまるかああああ!!」
ロキは口から魂だけ抜け出して、熱線の外へと逃げていく。
残された身体は一瞬にして焼かれ、そのまま蒸発していった。
《はあ・・・はあ・・・ふざけるなよ・・・死に損ないの分際で・・・・。》
魂だけとなったロキは、死んでしまわないように氷の膜を張った。
その氷には呪術がかかっていて、簡易的な身体の役目を果たす。
そしてアマテラスに気づかれないように、悪魔の兵隊の一匹に乗り移った。
「まだ終わらない・・・。今度こそトドメを刺してやる。」
ロキは乗っ取った悪魔の身体を操り、地面を見渡して何かを捜している。
「・・・・・あった。これがあればまだ・・・・・。」
そう言ってロキが拾ったのは、先ほど切られた指の爪だった。
この爪の先には薄い氷の膜が張っていて、そこにはヨルムガントの毒が塗られている。
これさえ刺すことが出来れば、今度こそアマテラスを倒せる。
ロキはニヤリとほくそえみ、アマテラスの方を向いた。
しかし・・・・そこには誰もいなかった。
「な・・・なぜだ?どこへ消えた?」
先ほどまで熱線を放っていたアマテラスは、忽然と姿を消していた。
ロキは毒の爪を持ったまま、キョロキョロと辺りを見渡す。
「・・・・どこにもいない。もしや・・・・また悪魔の中に隠れたのか?」
アマテラスは羽衣の力を使って、魔獣や悪魔の体内に入ることが出来る。
ロキは目で捜すのをやめ、神経を集中させて気配を探ってみた。
「・・・・・・いない?悪魔や魔獣に宿っているわけでもない。ならばどこに・・・・?」
目に見えない。気配も探れない。こんなことはあるはずがないと思い、不思議そうに首を捻った。
するとその瞬間、自分の足元の影から、青い剣が飛び出してきた。
「うおおおお!」
ロキは慌てて飛びのく。しかし自分が動けば影も動く。だから影から飛び出してきた剣で、爪を持った腕を斬り落とされてしまった。
「ぐううおお!だ・・・誰だ!?姿を見せろ!!」
影に向かって、口の中から冷気を吐いた。すると灼熱の光が溢れて、影の中からアマテラスが現れた。
「き・・・貴様!」
ロキは驚き、「なぜ俺の影に!」と叫んだ。
アマテラスは斬り落としたロキの腕に剣を向け、「あの物騒な毒、二度と使わせぬぞ」と言った。
「そんなことは聞いていない!お前は光の女神だろう?なのにどうして俺の影に入り込むことが出来た?お前にそんな力は無いはずだぞ!」
そう尋ねると、アマテラスは「いかにも」と頷いた。
「わららに影に入り込む力はない。こういう事が出来るのは、闇の力を操る者だけである。」
「だから・・・・それを聞いている!なぜ俺の影に入り込むことが出来た!?」
「リッチである。」
「リッチ?」
「わらわはこの羽衣で、リッチの力も吸い取った。あやつは闇の魔法を得意としておるから、影の中に入ることが出来た。」
アマテラスは羽衣を掴み、ユラユラと振って見せた。
「あ・・・・おお・・・・うぬう!」
「わらわが吸収したのは、ヒュドラとラードーンだけではないのだぞ。」
「ぬぐう・・・・!」
「ロキよ、狡猾なお前らしくもない失態よな。よほど追い詰められていると見える。やはり・・・・サタンが怖いのであろう?」
「ぐほあ・・・・!」
「素直に認めればいいものを。しかし・・・・もう遅い。わらわには時間がないのでな。ここで終わらせる。」
アマテラスは腰を落とし、剣を居合に構えた。
「馬鹿か貴様!武神でもないクセに、剣で俺を仕留められるか!?」
「ほう、わらわの剣は怖くないと?」
「当たり前だ。武神でもない者の剣など、恐るるに足らず!それに武器を得意とするシュウとモリーアンは、お前に吸われたわけではない。よってお前は、剣で俺を仕留めることは出来ない!」
「ならば試してみるか?」
「挑発には乗らん!俺は一旦退く!そして必ずやお前に復讐する!覚悟しておけ!!」
ロキは翼を広げ、空に舞い上がろうとする。
しかしアマテラスは「逃がさん!」」と言い、大地に剣を突き立てた。
すると地面に大きな鏡が現れ、水面のように波打った。
嫌な予感がしたロキは、素早く飛び去ろうとする。
背中を向け、翼を羽ばたき、大空へ昇ろうとした。
しかしそれより一瞬早く、アマテラスが剣を振った。
居合の構えから剣が一閃し、地面に広がる鏡を斬りつける。
すると鏡は、水面のように波が立った。その波は刃のように鋭利になり、鏡の上を進んでいった。
空に飛び立とうとしていたロキは、ふと後ろを振り向く。すると鏡から立つ水の刃が迫って来て、「うおおおおおお!」と叫んだ。
そして・・・・・頭から股の間まで、綺麗に一刀両断されてしまった。
「ば・・・・馬鹿な・・・・この俺が・・・・・、」
アマテラスに向かって手を伸ばし、悔しそうに顔を歪める。
そして水に沈んでいくように、鏡の中に飲み込まれていった。
「融合だけがわらわの力ではない。三種の神器という、心強い武器があるのだ。」
アマテラスは剣を下ろし、沈んでいくロキを見つめた。
「手強い悪魔であった。素直に負けを認めれば、このような事にならずに済んだものを・・・・。」
消えていったロキに憐れみの言葉をかけ、すぐに剣を構え直す。
「余計な邪魔が入ってしまった。もう・・・・時間は少ない。」
身体の中にゆっくりと毒が回り始め、胸に痛みが走る。
アマテラスは辛そうに息をつき、グッと歯を食いしばった。
ルーは戦場のど真ん中で戦っていて、水を得た魚のように暴れ回っている。
これ以上の戦いは無用。陽動の役目はすでに果たしており、一刻も早く戦いを鎮める必要があった。
アマテラスは毒の痛みを堪え、ふわりと宙に舞う。
指揮官であるロキは仕留めた。勝鬨を上げれば、敵の士気は大きく下がり、戦場の炎は収束に向かうだろう。
その為には、ここにルーがいてもらっては困る。
太陽の女神は、その命を燃やしながら、ルーの元へと飛んで行った。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十一話 散りゆく仲間(1)

  • 2015.05.31 Sunday
  • 11:02
JUGEMテーマ:自作小説
死は死を呼ぶ鐘となり、争いの渦中に魂を引きずりこんでいく。
累々と屍が積み上がり、大地は嘔吐のごとく吸い込んだ血を吐き出す。
神、天使、魔王、悪魔、そして神獣・・・・・。
インドの地にて、大きな力を持った者たちがぶつかり合い、うねるような戦いの咆哮が響いていた。
見渡す限りにいた悪魔の群れは、その半分が屍となっていた。
また天使の軍勢も、悪魔を討ち取る為に屍の山を築くことになっていた。
この戦場の指揮官であるサンダルフォンは、自分もここで果てることを覚悟していた。
あまりに激しい戦い。あまりに多い敵の数。
戦力の差を埋める為に気力を振り絞っていたが、それも長くは続くまいと感じていた。
「元々100倍の戦力差があるんだ。楽にはいかないと思っていたけど、こりゃあ過酷過ぎる・・・・。」
配下の天使たちは、その数を半分以上減らしていた。
「天使だけじゃない。神獣も何体かやられたようだ。黄龍が強いからどうにか均衡を保ってるけど、でもこのままじゃいずれ・・・・、」
指揮官という立場である以上、サンダルフォンは戦場の中心で戦っているわけではなかった。
一番激しい場所からは距離を取り、全体を見渡して指示を出していた。
「僕が前に出るのはまだ早い。きっとまだ敵の援軍が来るはずなんだ。せめてその時まで持ち堪えないと。」
天使の軍勢の隙間を縫った悪魔が、サンダルフォンに襲いかかって来る。
それを軽く一蹴すると、少しだけ前線の方へと近づいた。
「兵隊の悪魔はともかく、魔王級の悪魔が何体もいるのが厳しいな。それに・・・悪魔以外の敵も増えて来た。魔獣や妖魔、巨人族に邪龍・・・・悪霊やアンデッドの類もいる。せめてこっちにも多少は援軍が来ないことには。」
そう言いながら空を睨み、「兄ちゃん、早く来てくれよ・・・」と呟いた。
「アーリマンに負けちゃったなんてことはないだろ。早く・・・・早く応援に来てくれ!頼むから・・・・。」
遠くにいる兄に語りかけるように、サンダルフォンはじっと空を睨む。
すると「おおおおおおおおお!」と激しい雄叫びが聞こえて、そちらを振り返った。
「あれは・・・・太陽神ルーか。すごく強い神だけど、かなり苦戦してるみたいだな。相手は・・・・・北欧の魔王ロキか。単純な強さなら引けを取らないだろうけど、ロキはすごく狡猾は悪魔だ。気をつけてくれよ。」
ロキと対するルーを見つめながら、ふと横に気配を感じて振り向いた。
「君は・・・・アマテラス。エジプトへ行ったんじゃないのか?」
そう問いかけると、アマテラスはゆっくりと首を振った。
「わらわもここで戦うと決めた。あの男、ルーが何をしでかすか分からぬのでな。」
「あのルーっていうのは、君の知り合いなのかい?」
「わらわの弟の友じゃ。やんちゃくれの荒ぶる戦神だが、強さは折り紙つき。」
「それは戦いぶりを見てれば分かるよ。だけどちょっと危ないよね、あれ。なんか必要以上に戦いを煽ってる気がするんだけど・・・・、」
「いや、実際にそうなっておる。現に続々とエジプトから増援が駆け付けている。あの男の持つ戦の血が、さらに戦いを呼び寄せておるからだ。このまま暴れ続ければ、さらに戦火は酷くなる。わらわたちは・・・・負けるだろう。」
アマテラスは憂いのある声で呟き、前に歩いて行った。
「あ、ちょっと!君は後ろにいた方がいいんじゃない?前線で戦うようなタイプじゃないんだろ?」
「こう見えても、一度サタンを退かせておるぞ。」
「それは兄ちゃんから聞いたけどさ・・・。でもあんまり無理はしない方が・・・・、」
「いや・・・本気で戦わねば、ここに残った意味がない。お主も指揮官なら、よく戦況を考えた方がよいぞ。」
「なんだよそれ?僕に説教しようっていうのか?」
サンダルフォンはカチンと来て、口調が荒くなる。
するとアマテラスは振り返り、ニコリと微笑んだ。
「もし指揮官がメタトロン殿なら、この戦況をどうお考えになるであろうな?」
「兄ちゃんなら?」
「サンダルフォン殿は強い天使であるが、まだまだ兄上には及ばぬと感じる。」
「そんなの分かってるよ。いちいち異国の神に偉そうに言われたくない。」
「そうであろうな。しかし、もしここに兄上がおられたら、きっとこうお考えになるはずじゃ。
これはダフネ殿が予想された展開とは違う。おそらく、ここにいるほとんどの同胞が果てるだろうと。」
そう言われたサンダルフォンは「どういうことさ?」と首を捻った。
「全てはルーという男の登場によって、台無しになったということじゃ。あの男のせいで、ここはダフネ殿が予想した以上に激しい戦場となった。その分エジプトは手薄になるであろうが、わらわ達はその煽りを受ける。おそらくここで果てるであろう。」
「その程度のことなら僕にだって分かるよ。だからそれをどうにかしようと悩んでるんじゃないか。」
「・・・・悩んで解決することなら、大いに悩めばよかろう。しかし悩んでも仕方のない事というのはある。酷なようじゃが、ここは敗北を受け入れた上で戦わねばならぬ。自らの命を剣として、終わりがくるまで戦うのみぞ。」
アマテラスは裾を翻し、悪魔の群れに歩いて行く。
きっとこの戦いで、自分は命を落とすだろうと思っていた。
いずれ復活するにしても、次にこの世に戻って来た時、そこは悪魔の支配する地球になっているかもしれない。
しかしそれでも、この身を砕く覚悟で戦うつもりだった。選択肢と呼べるものはなく、それしか道が残されていなかった。
《ダフネ殿たちが、敵の大将を討ってくれれば全てが終わる。その為なら、わらわはこの命を散らしてでも戦おう。しかし・・・・この胸には、暗い雲のような不安が込み上げる。この星のどこかで、予期せぬ災いが起こったような気がしてならぬ。》
アマテラスは感じていた。この星に大きな災いが振りかかろうとしていることを。
今の彼女は、クインが地球に来たことを知らない。そして月が侵略されたこと、毬藻の兵器が地球をラシルに変えようとしていること。その全てを知らない。
しかしそれでも、鋭い勘がそれらの災いを感じていた。言葉に出来ない何かが、ずっと胸の底を突いているような感覚があった。
「何事も、予期せぬことは起きるものか・・・・。しかし災いだけが予期せぬものでもあるまい。必ず・・・・必ず災いが転じて吉となる。その為の光を・・・・なぜかあの妖精から感じたのだ。」
アマテラスは足を止め、ダナエのことを思い出す。
ほんの少ししか一緒にいなかったが、それでもダナエの中に光るものを感じていた。
力でもなく、知恵でもなく、勇気や情熱でもない。
ダナエの中には、『何かと何かを繋ぐ』、そういった可能性がある。
言葉では説明しきれない、淡い期待を抱かせるものを秘めていた。
「あの子なら、必ずやこの星に吉兆をもたらしてくれるであろう。」
そう言いながら歩き出し、服の袖を見つめた。
「これは戦う服ではないな。変えるか。」
今アマテラスが来ているのは、コウに作ってもらった服だった。
鮮やかな黄色いドレスに、薄く透き通るローブ。そして天女のような羽衣。
どれも美しい物だが、戦いには向かない。
だから戦う為の衣装に替えることにした。
目を瞑り、両手を左右に広げて、ゆっくりと頭上に持ち上げる。
すると足元に小さな水面が広がり、それは鏡へと変わっていった。
そしてその鏡の中から、錆びた剣と、茶緑色の勾玉が現れる。
アマテラスは右手に剣を、左手に勾玉を持ち、じっと足元の鏡を見つめた。
そこには自分の姿が映っていて、鏡の中の自分と目が合う。
「幻光の術により、わらわ自身を召喚する。出でよ、もう一人のアマテラス!」
アマテラスは左手に持った勾玉を、鏡に映る自分に向かって落とした。
すると鏡に波紋がたち、太陽のような暖かい光が溢れた。
その光は勾玉に吸い込まれ、ふわりと浮かび上がった。
そして鏡の中からもう一人のアマテラスが出て来て、そっと勾玉に手を伸ばした。
鏡の中の幻だったもう一人のアマテラスが、勾玉を取り込むことで実体を持った。
二人のアマテラスは向かい合い、お互いに見つめ合う。
そしてそっと手を伸ばして触れ合った。
手と手が触れあった瞬間、二人は磁石のように引き合い、そのままぶつかって粘土のように潰れる。
そしてグニャグニャと動いて、だんだんとの元の姿に戻っていった。
一糸まとわぬアマテラスが、太陽のように光り輝きながら現れる。
そして天に向かって両手を掲げると、足元の鏡が水となって舞い上がった。
その水はアマテラスを包み、戦う為の衣装となっていく。
鮮やかな緑と、鮮やかな黄色の水が、身体に張り付いて服に変わる。
その服はピタリと身体を覆い、緑と黄色の際立つボディスーツのようになる。
そして透明な水が雨のように降り注ぎ、羽衣となって首元に巻きついた。
その羽衣は、アマテラスを守るように包みこんだ。
手には金色の手甲、足には金色の具足が現れ、長い髪は後ろで結いあげられて、戦いに赴く勇ましい戦士の姿となった。
そして・・・・錆びた剣を掲げ、白い羽衣を動かして包みこむ。
するとサファイアのような青い剣に生まれ変わり、透けて見えるくらいの美しい刃になっていた。
「ルーをどうにかして止めねばならぬ。あやつがいる限り、いつまでたっても戦は終わらぬ。」
アマテラスは羽衣をはためかせ、剣を構えて「いざ!」と叫んだ。
すると悪魔の群れの中から、「ドオオオオオオオン!」と奇声を発する怪物が現れた。
「雌ノ匂イガスルド!喰ワセロ!モシクハ交尾サセロ!」
そう叫びながら現れたのは、九つの頭をもつヒュドラという化け物だった。
ヒュドラはギリシャ神話の怪物で、不死身の身体を持つ邪龍であった。
何度頭を切り落とされても、たちどろこに再生してしまう。
しかも鱗はとても硬く、並の武器では歯が立たない。
それに加えて、神々でも殺せる強力な毒を持っていた。
ヒュドラは鼻を動かし、アマテラスの匂いを嗅ぎつける。
濃い緑色の鱗をジャリジャリ鳴らし、「ドコダ?」と辺りを探っている。
ヘビのような細い目を動かしながら、チロチロと舌を出す。
ワニのようなずんぐりした四本の足を動かしながら、じょじょにアマテラスの方に近づいて来た。
「・・・・・・・アア!イタ!雌ガイタド!!」
ヒュドラは嬉しそうに舌を出し、「餌カ交尾カドッチガイイ?」と尋ねた。
「どちらもごめんだ。わらわは獣の餌でもなければ、子を成す相手でもない。」
「ドオオオオオン!ソレハ駄目エ〜!ソウイウコト言ウ奴ハ、交尾シテカラ食ッテヤル!」
「できるものならやってみるがよい。」
アマテラスは剣を構え、真っ直ぐに突進していった。
「馬鹿馬鹿!コイツハ馬鹿ダ!ソンナチビデ突進ナンカ馬鹿ダ!」
ヒュドラは笑い、口を開け襲いかかった。
そして・・・・一口でアマテラスを飲み込み、胃袋へと流し込んでしまった。
「・・・・・ア!交尾スルノヲ忘レタ。」
残念そうに言って、「吐キ出セナイカナ?」と口を開けた。
「ング!ググググ・・・・・駄目ダ・・・・。出テ来ナイ。」
どうにか吐き出そうと頑張るが、アマテラスは出て来ない。
いくら胃袋を動かしても、出て来るのは唾液だけだった。
「オカシイナ・・・・。中デ何カガツッカエテルヨウナ・・・・・、」
ヒュドラは腹を動かし、身を捩って吐き出そうとする。
しかしどう頑張ってもアマテラスは出て来なかった。
「・・・マアイイカ。天使ニモ雌ハイルシ、交尾シテ喰ってヤル。」
ヒュドラは身体の向きを変え、群れの方に戻っていく。
しかし異変に気づいて、「アレ・・・?」と立ち止まった。
「ナンカ変ダナ・・・・。悪魔ドモガ大キクナッテル?」
群れにわんさかといる悪魔の兵隊たちが、いつの間にか大きくなっていた。
いや、悪魔だけではない。天使も神獣も、誰もが巨大化していた。
「ナ・・・ナンダア?ドウシテミンナ大キクナッテ・・・・・、」
そう呟いた時、腹の中に違和感が走った。
最初はムズムズとこそばゆく、やがてズキズキと痛みだす。
ヒュドラは不思議そうに首を捻り、また歩き出した。
「・・・・アレ?サッキヨリモ悪魔ガ大キクナッテル・・・。」
悪魔の兵隊は、先ほどよりも一回り大きくなっていた。
そして悪魔と戦う天使や神獣も、また巨大化していた。
「・・・・・・・マサカ?」
ヒュドラは自分の身体を見つめて、「ヤッパリ・・・・」と呟いた。
「周リガ大キクナッテルンジャナイ。俺ガ小サクナッテルンダ・・・。」
ヒュドラの身体は、元の大きさの半分くらいにまで縮んでいた。
そして今もどんどん縮んでいて、もう人間と変わらないほどの大きさになってしまった。
「ナ・・・ナンデダアアアア!?」
ヒュドラは絶叫する。元は巨人に匹敵するくらい大きかったのに、今では人間と変わらないサイズになってしまった。
どうしてこんな事になっているのか、首を捻って考える。
するとそこへ別の邪龍がやって来て、「んん〜?」とヒュドラを見つめた。
それはラードーンという名の邪龍で、100の頭を持つギリシャ神話の竜だった。
ラードーンは赤い鱗に小さな角を持ち、獰猛な顔つきをしていた。
そして縮んだヒュドラを見つめて「弟よ、その姿はどうした?」と尋ねた。
「兄チャン!分カンネエヨ!ナンカドンドン縮ンデイクンダ!」
「ほう。敵の呪いにでもかかったか?」
「サア?特ニソンナ覚ハナイケド・・・・、」
ヒュドラは困り果てたように言い、「雌ナラサッキ喰ッタケド」と答えた。
「どんな雌だ?」
「女神ダト思ウ。チビノクセニ自分カラ突進シテキタンダ。」
「それを飲み込んだのか?」
「マアナ。交尾シヨウト思ッタノニ台無シダ。」
「お前は何でも喰うからな。どれ、ちょっと見せてみろ。」
ラードーンに言われて、ヒュドラは口を開ける。
「どの口で飲み込んだんだ?」
「エエット・・・右カラ二番目。」
「・・・・・よく見えんな。もっと開けてみろ。」
ラードーンはさらに顔を近づけ、ヒュドラの口を覗きこむ。
するとその瞬間、ヒュドラはブルブルと震えだした。
「どうした弟よ。腹でも痛いのか?」
「・・・・・・・・・・。」
「おい?顔が真っ青だぞ?どうしたんだ?」
「・・・ウウ・・・・・。」
「ヒュドラよ。吐き出せ!その女神とやらを早く吐き出すんだ!」
様子がおかしくなっていくヒュドラを心配して、ラードーンは叫ぶ。
しかしヒュドラの震えは止まらない。ガクガクと顎を揺らし、白目を向いて痙攣する。
「おいヒュドラ!早く飲み込んだ雌を吐き・・・・・、」
そう言おうとした時、ヒュドラが「グオオオオオオオ!」と雄叫びを上げた。
そしてそのまま突進して、ラードーンの口の中に飛び込んだ。
「ムグ!・・・・・・・ググ。」
いきなり口の中に入って来たものだから、ラードーンはそのままヒュドラを飲み込んでしまう。
顔をしかめ「なんということだ・・・」と腹を撫でた。
「弟を飲み込んでしまった。アイツめ・・・きっと飲み込んだ女神に、呪いでもかけられたに違いない。何でもかんでも食べるからだ。」
ラードーンは呆れたように言い、「まあ食ってしまったものは仕方ない」とゲップをした。
「さて、まだまだ天使や神獣はいる。早い所蹴散らして、このインドがルシファー様のものだと教えてやらねば。その時、俺様は大出生間違いなし。きっと龍神に格上げしてもらえる。」
ラードーンの頭にあるのは、手柄を立てることだけだった。
今までは黄金のリンゴを守るだけの仕事だったので、いい加減もっと別のことをしたいと思っていたのだ。
「龍神になれば、きっと俺様も崇められるに違いない。使われる立場から、コキ使う立場へと変わるのだ。むはははは!」
弟を飲み込んだことなどもう忘れ、とにかく手柄を立てる為に暴れ回る。
天使を貪り、神獣を葬り、百の頭と巨体でもって、戦場を荒し回った。
しかしラードーンは気づかない。自分もまた、弟と同じように縮んでいることを。
それに気づかないまま戦い続け、違和感を覚えた時にはもう遅かった。
周りはみんな自分よりも大きくなっていて、「俺様もか!」と叫ぶ。
そして別の魔獣に見つかり、面白半分に食われてしまった。
その魔獣も時間と共に縮み、しかも誰か操られるように他の悪魔の口へ飛びこんでいく。
気がつけば、邪龍が二体、魔獣が三体、魔王が一体。そして兵隊の悪魔は100体もそうやって消えていった。
そして最後に飲み込んだのは、リッチというアンデッドだった。
リッチは魔術師がゾンビ化したもので、強力な魔法を操る恐ろしいアンデッドだった。
縮んだ悪魔を飲み込んでしまったリッチは、すぐに異変に気づいた。
飲み込んだ途端に、何者かに力を吸われている感覚があったからだ。
リッチは魔法を使い、自分の身体を隅々まで探ってみた。
すると小指ほどの小さな小さな女神が、自分の体内に宿っているのに気づいた。
その女神は白い羽衣で身体を覆い、手足を抱えて赤子のような姿で眠っている。
しかもリッチの魔力をどんどん吸い取っていた。
これは不味いと思ったリッチは、闇の魔術によって、その女神を葬ろうとした。
身体の中に毒蜘蛛を発生させて、女神を食らい尽そうとしたのである。
しかし・・・無理だった。女神を覆う羽衣は固く、毒蜘蛛では歯が立たない。
だから自分の手を突っ込み、どうにか外に引きずり出そうとした・・・・・が、これも無理だった。
その小さな女神に触れた途端、強烈な光で焼かれてしまったのだ。
リッチーは闇の魔法を得意とする為、光の力には弱かった。しかもこの女神が発する光は、太陽のように熱い光だった。
リッチは炎にも弱く、もはやこの女神を取り出す術はなかった。
どんどん力は吸い取られ、まともに魔法が使えなくなる。しかしなぜか身体は縮まなかった。
ただ力だけが吸い取られ、やがて意識まで乗っ取られてしまう。そしてフラフラと戦場を離れて行った。
まるで誰かに糸を引かれるように、真っ直ぐ歩くのもおぼつかない足取りで・・・。
リッチはふらふらと歩き続け、やがてロキの元までやって来た。
ロキはケルトの三人を人質に取り、部下に指示を出してルーと戦わせていた。
「やはり強いな、ケルトの太陽神。モリーアン、ターラカ、牛鬼を相手にしても引けを取らない。というより、人質がいなければとうにやられているか・・・。」
ロキはルーに交換条件を出していた。
武器を使わず戦い、モリーアン、ターラカ、牛鬼を倒してみせろと。
しかしそれでもルーの方が遥かに勝るので、サマエルからもらった輪っかで、ルーの足首を縛っていた。
さらに右腕も使用禁止にしているので、ルーは左腕だけで戦わなくてはいけない。
もちろん魔法も禁止なので、戦える手段は限られている。
左腕で殴るか、あるいは頭突きをかますか。足首は縛られているので、動く際はいちいち飛び跳ねないといけない。
しかしそんな不利な条件でも、ルーは二つ返事で頷いた。
それはこの戦いに勝利すれば、人質を返してやると言われたからだった。
不利なルールでの戦いは、人質解放の交換条件。
ルールを破って戦えば、その度に人質を殺されることになっていた。
ロキは狡猾なやり方でルーを追い込んだつもりだったが、少々計算が甘かった。
なぜならそれだけ不利な条件の中でも、ルーは平気な顔で戦っていたからだ。
巧みに身体を動かし、華麗に攻撃を捌いていく。
しかも素手の攻撃力も半端ではなく、軽いジャブだけで牛鬼の足が三本も吹き飛んでしまうほどだった。
もはや牛鬼が討ち取られるのは時間の問題で、ターラカもかなり怪しくなっていた。
自慢の怪力でどうにか持ち堪えているが、手にした出刃包丁はボロボロに砕かれていた。
しかもルーの攻撃を防ぐたびに、骨がミシミシと軋んでいる。
「ターラカも駄目だな。まあしょせん、牛鬼もターラカも力だけの悪魔だ。もしターラカがやられたら、次の作戦に移るとしよう。」
ロキは親指の爪を噛み、陰険な目で笑った。
そしてふと横を見た時、リッチが立っているのに気づいた。
「なんだゾンビ?何を勝手に前線を離れている?さっさと戻って戦え。」
ロキは高圧的な口調で命令する。
いかにリッチが強力なアンデッドであろうと、ロキのような高位の魔王からすれば、取るに足らない存在である。
ロキはすぐにルーに視線を戻し、その戦いぶりを観察した。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・おい、いつまでそこにいる気だ?気が散るだろうが。」
立ち去らないリッチに腹を立て、ロキは前を向いたまま言った。
「命令に従わないのなら、塵一つ残さず消すだけだぞ。アンデッドといえども、葬る手段などいくらでもあるのだからな。」
そう言って脅しても、リッチは微動だにしない。それどころか、手にした杖を掲げて、ロキを睨みつけた。
「反抗する気か?お前ごときゾンビが。」
挑発的な態度に、ロキはギロリと目を向ける。
しかしすぐに異変に気づいて、「お前・・・・操られているのか?」と尋ねた。
「お前の中から、嫌な気配を感じるぞ。誰かに乗っ取られているんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「返事は無し。もはや自我はないようだな。」
ロキはリッチの前に立ち、懐から銀色の輪っかを取り出した。
それはルーの足を縛っている輪っかと同じ物で、指でクルクルと回しながら投げつけた。
銀の輪っかはニョキニョキと大きくなり、リッチを締め上げる。
ロキはその隙に杖を奪い取り、リッチの腹に向けた。
「そこにいるのは分かってるぞ。さっさと出て来い。」
「・・・・・・・・・・・。」
「しらけるつもりか?ならこのまま貫いてやろう。」
ロキは手にした杖を逆さに持ち替え、尖った先端を突き刺した。
リッチの黒いローブが破れ、肋骨が折れて背中まで貫通する。
するとその瞬間、リッチは口を開けて、中から茶緑色の勾玉を吐き出した。
そしてそのまま崩れ落ちて、リッチは砂となって消えてしまった。
ロキは地面に落ちた勾玉を睨み、「これか・・・」と手を伸ばした。
しかし危険な雰囲気を感じて、その手を止める。そしてリッチの杖で、思い切り叩きつけた。
ゴリ!と鈍い音が鳴るが、勾玉は傷一つつかない。それどころか、杖の方が折れてしまった。
「随分と硬いようだな。隠れてないで出て来い。」
そう言って足で踏みつけ、グリグリと動かした。
「いつまでも隠れるつもりなら、このまま壊すぞ?」
ロキは手を開き、親指と人差し指の間に、小さな氷を生み出した。
それをポトリと地面に落とすと、強烈な冷気が広がり、凍てつく風が吹き荒れた。
地面に落ちた勾玉も、真っ白に凍って霜が付いていた。
ロキは足を上げ、ブーツの先を突き破って、爪を伸ばした。
そしてその爪で勾玉を踏みつけ、ガリガリと動かして、粉々に砕いてしまった。
「死んだか?」
地面に膝をつき、顔を寄せて覗きこむ。
すると粉々になった勾玉は、まるで磁石に引き寄せられるように、ピタリと元に戻った。
そして粘土のようにグニャグニャと動いて、その形を変えていった。
ロキは「死んでないのか」と警戒し、また指の間に氷を生み出した。
それを指で弾いて飛ばすと、先ほどよりも強烈な冷気が広がった。
地面だけでなく、空気まで凍って霜が舞う。
辺りには冷気が立ち込め、もうもうと白い煙が上がった。
しかし粘土のようになった勾玉は傷つかない。中から太陽のように眩い光を放ち、ロキを退かせた。
「うおおおおおお!これは・・・・太陽の光!ということはどこぞの太陽神か!?」
勾玉から放たれる光は、灼熱のごとく辺りを燃やす。
霜は蒸発し、凍った地面も瞬く間に溶けていった。
ロキは「これしき!」と叫び、懐からドラムのスティックを取り出した。
そのスティックで地面を叩くと、大地が振動して波のようにうねった。
勾玉はその波で宙へ舞い上げられるが、まだグニョグニョと動いている。
そしてだんだんと人の姿に変わっていき、目も開けられないほど眩く輝いた。
「なんという光・・・・そしてなんという力・・・・。まだこれほどの力を持った神が残っていたとは・・・、」
ロキは驚き、目を見開いてその光を見つめる。
今目の前に現れようとしている神は、ロキですら警戒を抱くほどの者だった。
「これほどの力を持つ神・・・なぜ地上にいる?海底の決戦で、全て牢獄に閉じ込めたはずだぞ。」
ほとんどの神々は、ルシファーとサタン、それにベルゼブブによって牢獄へ送られた。
ならばこの神はいったい何者なのか?
ロキは困惑し、「姿を見せろ!」と吠えた。
勾玉はまだ粘土のように動いていて、じょじょに人の形になりつつある。
そして眩い光を放って、アマテラスが現れた。
「き・・・・貴様はアマテラス!?どうしてここにいる!?海底の決戦で葬られたはずでは・・・・、」
驚くロキに対し、アマテラスはニコリと笑ってみせる。
そして白い羽衣を翻し、大地に降り立った。
「お前の言う通り、わらわは確かに牢獄へ送られた。しかしサタンの手によって、こうして地上に戻ることが出来たのじゃ。」
「さ・・・サタン様が?」
「あやつはわらわを牢獄から引きずり出し、オモチャのようにいたぶりおった。しかし仲間が助けてくれたおかげで、こうして戻って来ることが出来た。」
「な・・・・なんて事だ・・・。せっかく邪魔な神々を封じ込めたというのに・・・・。サタンの馬鹿女め・・・余計なことを・・・・、」
そう言いかけて、ロキはハッと口を噤んだ。
「どうした?なぜ急に黙る?」
「あ・・・いや・・・・、」
「今の言葉・・・サタンをなじるものであったな?」
「そ、そんなことはない!この俺がサタン様をなじるはずが・・・・、」
「いいや、わらわは確かに聞いた。あの馬鹿女とな。」
「い・・・いや、だからそれは・・・・、」
ロキは真っ青な顔になって、ダラダラと冷や汗を掻く。目が宙を彷徨い、何度も唾を飲み込んでいる。
「ふふふ、よほどサタンが怖いと見えるな。」
「・・・・・・・・・・・。」
「まあ仕方なかろう。あやつは悪魔の中でも特に冷酷非道じゃ。それにルシファーに匹敵する力を持っておる。怖がらぬ方がおかしいというものぞ?」
「だ・・・・黙れ・・・・。知ったようなことを・・・・、」
ロキは怒りのこもった目で睨につける。するとアマテラスは口元に指を当て、「告げ口しちゃおっかな〜」とわざとらしく言った。
「ちゅ・・つ・・ちゅ・・・つ・・・告げ口だと!?」
「だって聞いちゃったしい〜。これ聞いたら、きっとあの女は怒るだろうな〜。」
「な・・・何おう・・・・。この俺を脅す気か!?」
「私も同じ女として、陰口なんて言う男は最低って思うな〜。だからこれ告げ口しちゃったら、あんたねえ・・・・どうなることやら・・・・。」
アマテラスは目を細め、チラリとロキを見る。そして「きっと死ぬより辛い目に遭うんだろうなあ・・・・可哀想」とわざとらしく言った。
「ぐ・・・ぬ・・・おお・・・・。き、貴様という女はあ・・・・・・、」
「陰口なんか言う男の方が悪いんでしょ?しかも敵の前で堂々と。こっちにキレられてもねえ。」
アマテラスはそう言いながら、退屈そうに枝毛をいじっていた。
「こ・・・この女あ・・・・・俺をコケにする気か!!」
ロキは鼻血を吹き出す勢いで怒り、両手のスティックを振り回した。
「誰が告げ口などさせるものか!貴様はここで死ね!!」
二本のスティックを高速で回しながら、思い切り地面を叩きつける。
すると大地震が起きて、大地がガラスのように割れていった。
「この大地の下・・・・何かおるな?」
アマテラスは咄嗟に飛び上がり、剣を逆手に構えた。
「姿を見せよ!」
そう叫びながら地面を突き刺すと、大きな雄叫びが響いた。
「ぬうううおおおおお!!」
割れた大地の中から声が響き、さらに大地が揺れる。
ロキは「ちょっと早いが、伏兵を使わせてもらう」と笑った。
「出て来い!ヨルムガント!!」
するとまた「ぬううおおおおお!」と雄叫びが響いた。
そして大地を突き破って、とてつもなく巨大な蛇が現れた。
その全長は10キロはあろうかというほどで、全身が茶色い鱗で覆われていた。
目は赤黒く、長い牙が口からはみ出している。そしてその牙の先からは、黄色に滲んだ毒液が垂れていた。
その毒は神でも簡単に殺せるほどの猛毒で、ヨルムガント最大の武器である。
ロキはヨルムガントの頭の上に乗り、「どうだ俺の息子は!イカすだろう?」と笑った。
「コイツは神でも瞬殺できる猛毒を持つぞ!貴様にその毒を浴びせてやろう!」
そう言ってスティックでヨルムガントの頭を叩くと、アマテラスに牙を向けた。
「やれ!アマテラスを葬れ!」
「ぬううおおおおお!!」
ヨルムガントは身体を震わせ、牙の先から毒を放とうとする。
しかしアマテラスは「笑止!」と叫び、自分の髪を三本抜いた。
それを白い羽衣に巻きつけると、ダイアモンドのように硬くなった。しかも透明な液体がべったりとついていて、気味悪く滴っている。
「猛毒ならわらわも持っている!とくと味わえ!」
ダイアのように硬くした髪を、羽衣に巻きつけて飛ばす。
するとヨルムガントの口の中に突き刺さり、頭の中までめり込んだ。
「はははは!馬鹿か貴様!10キロもある大蛇だぞ?そんな程度の攻撃で・・・・・、」
ロキは高らかに笑う。しかしヨルムガントの様子がおかしいことに気づき、「どうした?」と顔をしかめた。
「・・・・・ぬう・・・・おお。」
「おい!我が息子よ!何をしている?その程度の攻撃は効くまい?」
「ご・・・・・ああ・・・・。」
「・・・・ヨルムガント?」
「・・・・・ごおおお・・・・ぐっぎゃあああああああ!!」
ヨルムガントは地鳴りのような声で叫び、ブルブルと痙攣する。
そして白目を向いて、天に向かって口を開けた。
「ぎゃあああああああああ・・・・・ぐばあ!!」
「うおおおおお!空に向かって毒を吐くな!!」
ロキは慌ててヨルムガントから離れる。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
ヨルムガントは毒を吐き続け、その毒は天高く昇っていく。
そして触れただけで即死するような猛毒が、死の雨となって降り注いだ。
ロキは氷の壁で身を守り、アマテラスは羽衣をマントのようにして毒を防いだ。
「あああっぎゃあああああああ・・・ああ・・・あ・・・ああ・・・・・。」
ヨルムガントはひたすら毒を吐き続け、遂には全ての毒を吐き出してしまった。
ガクガクと痙攣しながら、口を開けたまま泡を吹く。そしてそのまま大地に倒れ込んでしまった。
10キロもある巨体が倒れた為に、地割れはさらに酷くなる。
大地は揺らぎ、地割れが広がって、大きな大きな海溝のような溝が出来た。
ヨルムガントはその溝に飲み込まれ、そのまま絶命してしまった。
ロキはヒビ割れた大地に立ち、「なぜだ・・・・」と呟いた。
「ヨルムガントはトールとも相討ちになるほどの猛者だぞ!それがどうして・・・・、」
「毒じゃ。」
アマテラスは宙に浮きながら、強い目でロキを見下ろした。
「わらわも毒を使ったのじゃ。ヒュドラの毒をな。」
「ひゅ・・・ヒュドラだと?」
「わらわはこの羽衣により、敵の力を吸い取ることが出来る。だからヒュドラの中に入り込み、その毒を宿したというわけじゃ。」
「ば・・・馬鹿な!奴の毒も猛毒だぞ!!それも巨神を殺せるほどの!それを吸い取ったというのか!?」
「わらわは融合が得意でな。だから敵の体内に入り、この羽衣に毒を融合させたわけじゃ。もっとも・・・吸い取った力を使えるのは一度切りじゃがな。」
「なんという・・・・・。貴様!いったいどれほどの力を吸い取った!?先ほどはリッチに取りついていたようだが・・・・他にも吸い取っているんだろう!?」
「さあのう。それをお前に教える義理はないと思うが?」
アマテラスは微笑み、遠くに横たわるケルトの神々を見つめた。
「可哀想に・・・皆ひどく痛めつけられておるな。早く手当てをせねば、いずれ息絶えてしまう。」
クー・フーリン、アリアンロッド、スカアハ。ケルトの三人は無惨に敗北し、気を失って横たわっている。
三人の命の灯は消えかかっていて、このまま放っておいては、近いうちに死ぬことは目に見えていた。
「魔王ロキよ、相も変わらず卑劣な戦法よな。どうせあの三人は人質か何かなのだろう?」
「その通りだ。あのルーとかいう男を抑える為のな。」
「ほう?ルーをなあ。しかし・・・それはあまり良い策とは言えぬな。」
「どういうことだ?」
「どうもこうも・・・・・ルーは人質程度で大人しくなるようなタマではないぞ。」
「何を言うか。奴は交換条件を飲んだのだぞ。人質を解放したければ、不利なルールで戦えという条件を・・・・、」
そう言いかけた時、ロキの背後に巨大な影が降り立った。
ズズン!と大地が揺らぎ、辺りに殺気が立ち込める。
ロキはまさかと思い、恐る恐る振り返った。
するとそこには、ターラカ、牛鬼、そして二体の魔獣の生首を持ったルーが立っていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十話 太陽神ルー(8)

  • 2015.05.30 Saturday
  • 12:27
JUGEMテーマ:自作小説
黒い毬藻の中から出て来たのは、ボロボロに傷ついた鳳竜だった。
装甲がほとんど剥がれ落ちて、中の機械部分が剥き出しになっている。
全身にヒビが入り、両肩のガトリングが破壊されている。
しかしまだ完全には壊れていないようで、わずかに目が光っていた。
「鳳竜よ、いったい何があったのだ?この毬藻のような物は、いったい何なのだ?」
「グウウウ・・・・・、」
「かなりダメージを負っているな。しかし残念ながら、私の力では治せない。」
メタトロンは鳳竜を抱えながら、どうにかして詳しい説明が聞けないものかと思った。
鳳竜はかなり傷ついていて、いつ機能を停止してもおかしくない。そうなる前に、何があったのか聞き出さなければならなかった。
「鳳竜よ・・・・お前はいったい何を見たのだ?どうしてそこまで傷ついている?それにクトゥルーとスクナヒコナはどこへ行った?」
「・・・・・・・・・・。」
「マズイな。もう限界が来ているのか・・・。」
鳳竜は小さく口を動かしながら、だんだんと目の光が弱くなっていく。
そして完全に機能を停止しようとした時、二つの目が突然輝きだした。
「ど、どうしたというのだ!?鳳竜の中から、大きな力が溢れている。」
鳳竜の目はさらに輝きを増し、やがて身体全体が光に包まれた。
そして目の中から二つの光の玉が飛び出し、グルグルと回り始めた。
「この気配は・・・・・神獣のものか?」
鳳竜から出て来た二つの光は、じょじょにその姿を変えていく。
一つは鳥の姿に、そしてもう一つは龍の姿に変わり、眩く光ってから、完全にその姿を現した。
「おお!これは鳳凰ではないか!その隣にいるのは白い龍か?」
メタトロンは鳳竜を地面に下ろし、二匹の神獣を見つめた。
すると鳥の姿をした神獣が、「私の名は鳳凰。機械竜を動かす心臓の一つでございます」と名乗った。
鳳凰は孔雀のような美しい鳥で、全身がキラキラと宝石のように輝いていた。
特に尾羽は美しく、孔雀模様に染められた天女の羽衣のようだった。
そして鳳凰の隣には、一点の曇りもない真っ白な龍がいた。
白い鱗に白い髭。そして白いタテガミに白い瞳。
その白は恐いほど美しく、そして氷のように冷たい印象を抱かせるものだった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
白い龍は喋らない。ただじっとメタトロンを見つめている。だから代わりに鳳凰が喋った。
「こちらは白龍。龍神の仲間でございます。」
「ほう、龍神か。ならば黄龍の同胞だな。」
「ええ。私たちは二身一体となって、鳳竜を動かしているのでございます。」
「先ほど心臓の役目を果たしていると言ったが・・・・要するに動力のようなものか?」
「そう受け取って頂いて構いません。鳳竜は人間と神獣によって生み出された竜です。機械の身体は人間が造り、それを動かす力は私たちが与えているのです。」
「ふむ。ならば今の鳳竜は、魂の抜けた殻のようなものということか。」
「いいえ、この機械竜には自分の意志がございます。私たちはあくまで力を与えているに過ぎません。しかし私たちがいなければ、鳳竜の力は普通の兵器と大差ない物になってしまうのです。」
「要するにハードは人間が造り、ソフトは神獣の力によって成り立っているわけか。」
「パーソナルコンピューターのことでございますね?その例え方、間違ってはおりませんよ。」
鳳凰はニコリと頷き、ゆるりと尾羽を振った。
「私たちがこうして出て来たのは、あなた様にお伝えしたいことがあるからです。」
「私に伝えたいこと?その前に私からも聞きたいことが・・・・、」
メタトロンが口を開きかけると、鳳凰は「分かっております」と頷いた。
「なぜこのような事態になったのか、それをお知りになりたいのでしょう?」
「そうだ。ここは祠の建つ神聖な雲だったはずだ。生き残ったこの星の命が守られ、そして私の仲間もいたはずだ。それがこのような姿になってしまって・・・・、」
メタトロンは頭上を見上げ、空を覆う藻に顔をしかめた。
「人間たちは藻の巨人になっているし、鳳竜が造られた祠も無くなっている。何もかもが以前とは変わってしまった。
残っているものといえば、この美しい景色のみ。これはいったいどういうことなのだ?」
悲しそうに言いながら、周りに手を向けるメタトロン。すると鳳凰は首を振り、「これは月からの侵略なのです」と答えた。
「月?月とは・・・あの月のことか?」
「そうです。天に浮かぶ、あの月のことです。」
そう答えると、メタトロンは「馬鹿な」と笑った。
「いま月にいるのは、私たちの仲間であるぞ。天使に死神、そして月の妖精だけだ。その者たちが、地球を侵略しに来たとでもいうのか?」
皮肉っぽい口調で尋ねると、鳳凰は「そうではありません」と答えた。
「あなた様の仲間が、侵略などしようはずがありません。」
「ならばどういうことだ?お主は先ほど、月からの侵略と言ったではないか?」
「申しました。しかしそれは、天使でもなければ死神でもなく、ましてや月の妖精でもありません。」
「ではいったい誰だと言うのだ?」
メタトロンは少々苛立ちながら尋ねた。鳳凰はとても丁寧な口調で話すが、ややもったいぶった答え方をする。
そのことが腹立たしく感じて、「私の質問に答えるのだ」と強い語気で言った。
「悠長に話している時間はない。この地球は今、悪魔との決戦に臨んでいる。それはお主も知っていよう?」
「ええ、もちろんです。」
「だったら早く答えて・・・・、」
「月が侵略されたのです。」
「何?」
「月にはもう、あなた様の仲間はおりません。天使も死神も、そして妖精さえも、全て滅ぼされました。」
「な・・・何を馬鹿な!?我が同胞たちが滅ぼされただと!いったい誰に!?」
「邪神です。」
「邪神・・・?」
「ラシルの邪神、クイン・ダガダによって滅ぼされました。」
「く・・・・クイン・ダガダだとおおおお!!」
メタトロンは雷のような声で叫び、「馬鹿な!!」と怒った。
「奴はラシルにいるはずだ!どうして月を侵略することが出来る!?」
「それは宇宙の海を通って来たからです。」
「う・・・宇宙の海・・・・・。」
「そうです。空想と現実の狭間に流れる、二つの世界が溶けあった、たゆたう空間。あそこを通れば、距離など関係ありません。
同じ銀河内であれば、瞬く間に移動できます。天使の長たるあなたなら、ご存知のはずです。」
「・・・・・・・・・・・。」
「言葉を失くされるのも無理はありません。本来あそこを通れるのは、ごく限られた者のみ。この地球だと、黄龍、燭龍、九頭龍の三大龍神だけでしょう。天使の長たるあなたでも、おそらく宇宙の海を渡ることは不可能なはず。」
「・・・・当然だ。宇宙の海とは、空想と現実が溶けあった、二つの世界の狭間にある空間だ。あれはこの世界が誕生した原始のなごり。あんな場所に足を踏み入れたら、途端に溶けてなくなってしまうであろう。」
「その通りです。そして宇宙の海は血管のように、この銀河全体に巡っています。あの場所がなければ、空想と現実は激しくぶつかり合い、やがて混沌とした原始の世界に戻ってしまうでしょう。」
「うむ。いわばあれは、空想と現実のバランスを保つ、緩衝地帯のようなものだ。ゆえに三大龍神のように、原始的なエネルギーである『波の気』を扱える者でなければ、あの場所を通ることは出来ない。」
「仰るとおりでございます。だからこそクイン・ダガダは、宇宙の海を通る事が出来ました。」
「む?何を言っておるか分からぬな。クインが『波の気』を扱えるなど聞いたことが・・・・・・、」
そう言いかけた時、メタトロンはハッと気づいて口を噤んだ。
「お気づきになりましたか?」
「・・・・・・・・・・。」
「クインは今、九頭龍の身体を乗っ取っているのです。であれば、宇宙の海を通ることは可能です。」
「・・・な・・・・なんということだ・・・・・。」
メタトロンは頭を押さえ、「そんな・・・・そんな基本的なことを失念していたとは・・・・、」と嘆いた。
「そうだった・・・。奴は九頭龍の身体を乗っ取っているのだった・・・。」
そう呟いた後、「いや、しかし・・・それはあくまで可能性の話だったはずだ・・・・」と顔を上げた。
「黄龍は、もしかしたら九頭龍がクインに取り憑かれたかもしれぬと言っていた。あの推測は当たっていたというわけだな?」
「そのようです。クインは月を侵略したあと、ここへ訪れました。なぜならここの祠には、クインの興味を引く物があったからです。」
鳳凰はそう言って、後ろの黒い毬藻を振り返った。
「これは人間が造った兵器です。神獣から授かった知恵を用いて、第二の鳳竜を造ろうと企んだのです。」
「第二の鳳竜か・・・・。似ても似つかぬが・・・・失敗作ということか?」
「いえ、これでいいのです。この毬藻は、あらゆるモノの心臓になる力を持った兵器。機械ではなく、生命を武器にする、生物兵器というものです。」
「生物兵器だと・・・・?」
「はい。この雲が毬藻のようになってしまったのは、この生物兵器が心臓の役割を果たしているからです。心臓とは、その生命の生殺を握る核、そして命を維持させる器官です。だからこの毬藻に取りつかれると、命がないモノに、命を吹き込むことが可能というわけです。」
「なるほど・・・・人間たちはその毬藻を用い、無機物に命を与えて武器にするつもりだったのだな?」
「そういう兵器と考えて頂いて、間違いありません。」
「人間め・・・・命の無い物に命を与えるなど、まるで神の真似事ではないか。思い上がった行為をしおって・・・。黄龍はこうなることを予測しなかったのか?人間は力を与えすぎると、ロクな真似しかしない生き物だというのに。」
メタトロンは怒りと落胆を覚え、「それで・・・クインは?」と尋ねた。
「クイン・ダガダはもうここにはおらぬのか?」
「はい、またラシルへ戻ったようです。」
「それは理屈に合わんな。奴はこの毬藻を奪いに来たのだろう?ならばどうして持ち去らなかった?」
「いいえ、この毬藻はすでにクインの手に落ちています。もはや彼女の言うこと以外は聞かないでしょう。」
「なんと!ではこの毬藻は、すでに邪神の手駒というのか!?」
「残念ながら・・・・。」
鳳凰は目を瞑り、悲しそうに首を振った。
「クトゥルーもスクナヒコナも、必死に邪神に応戦したのです。もちろん私共も・・・・。」
そう言って白竜の方を見つめ、また悲しそうに目を閉じた。
「しかし相手はあの邪神。クトゥルーとスクナヒコナは神殺しの神器に討ち取られ、私共もこのように敗北を・・・・、」
鳳凰は鳳竜に目を向け、悲しそうな視線を投げかけた。
「以前の邪神なら、私共でも勝てたでしょう。彼女の切り札である神殺しの神器は、私共には通じませんから。」
「そうだな。神獣と機械竜。どちらも神殺しの神器は受け付けまい。しかし今の邪神は・・・・・、」
「ええ、九頭竜を乗っ取っています。私共では到底歯が立ちませんでした。こうして生きていられるのは、鳳竜がその身を盾にして守ってくれたから・・・。機械というのに、並々ならぬ強い意志を持った竜です・・・。」
ボロボロに傷ついた鳳竜を見つめながら、鳳凰はそっと尾羽で撫でた。
「もうじき鳳竜は寿命を迎えるでしょう。」
「そのようだな。目に力が無くなっている。」
「鳳竜はよく戦いました。どうにかして皆を守ろうと、持てる力の全てで戦いを挑んだのです。しかし・・・・邪神は強かった。クトゥルー、スクナヒコナに続き、鳳竜までもが負けてしまったのです。後はご覧のありさま。黒い毬藻は糸を伸ばし、この雲の心臓となりました。そして人間は藻に浸食されて、化け物に変わってしまった。その他の動物は養分として吸収され、ここには植物以外の生命はおりません。」
鳳凰は邪神が襲来して来た時のことを思い出し、辛そうに目を閉じた。
忘れようとしても忘れられない、凄惨な光景。
邪神のあまりの力の前に、ここに生き残った多くの命が消えていった。
人間は藻に犯され、醜い化け物に変わってしまった。
その中には必死に家族の名前を叫ぶ者もいた。『ヒロオミ・・・ヒロオミ・・・』と。
そして馬や像、虎や熊も、藻の中に吸収されてしまった。
鳥も魚も、そして虫までもが、毬藻の養分となって消えていった。
多くの生命が蹂躙される、地獄のような光景と叫び。それは鳳凰の目と耳にこびりついていて、激しい悲しみと怒りが湧いてきた。
そしてそんな激しい感情を飲み込むように、目を閉じて黙っていた。
「鳳凰よ、相手はあの邪神だ。何も出来なかったとしても、あまり自分を責めてはならぬ。」
「・・・・・分かっております。」
「ではお主の伝えたい事というのは、それだけだな?」
「ええ。」
「ならばいくつか質問なのだが、どうして植物だけ生き残っているのだ?」
そう言いながら、メタトロンは周りの美しい景色に目を向けた。
「人間も動物も、そして魚や虫さえも消えたというのに、なぜ植物だけが残っている?」
祠の雲は、毬藻に浸食された後でも美しい景色を残していた。
大地に広がる一面の緑。緩やかな丘に咲く花々。
それに小さな森もそのまま残っていて、植物だけは傷一つなく無事だった。
「人間や動物だけが消え、草や木、花は残っている。それに・・・・・海も川も綺麗なままだ。これはクインがわざとそうしたのか?」
「そのようです。クインはあえて植物を残し、自然を綺麗なままに保ったように感じられました。」
「ふうむ・・・あの邪神がそのようなことを。いったいなぜ・・・・?」
クインが残虐非道な邪神であることは、メタトロンもよく知っていた。
だからこそ、なぜ川や海や植物を傷つけなかったのか、謎だった。
腕組みをしてじっと考え込んでいると、「これは私の推測ですが・・・・、」と鳳凰が口を開いた。
「クインは、ここを第二の故郷にしようとしているのではないかと。」
「第二の故郷?」
「明確な根拠はありませんが、どうもそう感じられたのです。そして、そう推測するに当たる理由があります。」
「ほう、それはどのような理由か?」
「クインは九頭龍を乗っ取ることに成功しました。しかしその力は、想像を絶するほど大きかった。だから上手く扱う事が出来なかったであろうと思います。」
「それはそうだろう。九頭龍はこの星の大地を支える龍神だ。単純なパワーだけなら、三大龍神の中で最も強いのだから。」
「ええ。ですからクインは、自分の星を滅茶苦茶に壊してしまった可能性があるかと。」
「なるほど。九頭龍のパワーを持て余し、ラシルを荒らしてしまったということか。充分考えられるな。何せあの龍神のパワーは桁外れだ。身動ぎ一つで、小さな島なら沈んでしまうだろう。」
「そうです。だからラシルの自然を破壊してしまい、荒野のような星に変えてしまった。いずれは自然が復活するとしても、それまでには膨大な時間がかかる。だから地球を第二の故郷にしようと企んだ・・・・。私はそう推測しています。」
「うむ。それなら理屈に合うな。・・・・・そう考えると、この雲はモデルケースというわけか?」
「そう思います。とりあえずここの自然を残しておいて、自分の星から幾つか動物を連れて来るつもりなのでしょう。そして地球に馴染むか観察し、適応しそうであれば大量に移住させる。それが実行されれば、地球はラシルに生まれ変わってしまうわけです。」
「邪神め・・・・なんという企みを・・・・・。何もかも自分の思い通りに変えようというのか。」
メタトロンはギリギリと歯を食いしばり、「この毬藻・・・・どうにかせねばならんな」と睨んだ。
「コイツが生きている限りは、邪神の意志の元に悪さを働くだろう。すぐに破壊せねば。」
そう言って脇に拳を構え、リュケイオン光弾を撃とうとした。
しかし鳳凰が「おやめなさい!」と叫んだ。
翼を広げ、毬藻を守るように立ちはだかる。
「鳳凰よ!なぜその毬藻を守る!?まさかお前も邪神に支配されて・・・・、」
「そうではありません。この毬藻をよくご覧なさい。」
鳳凰のあまりの剣幕に、メタトロンは拳を下ろした。
「いったいなんだというのだ・・・・?」
そう呟きながら毬藻を睨むと、そこには恐ろしい物が浮かんでいた。
「あれは・・・・指輪?」
毬藻の前には、黒光りする小さな指輪が浮かんでいた。
その指輪は恐ろしいほどの邪気を放っていて、メタトロンでさえも寒気を感じた。
「これは・・・・神殺しの神器ではないか!」
「そうです。この黒い毬藻の中には、神殺しの神器の一つが宿っているのです。もし迂闊に手を出せば、あなた様は死んでいたでしょう。」
「なんと・・・・邪神め!」
メタトロンは悔しそうに歯ぎしりをして、「お主たちでどうにか出来んのか!?」と叫んだ。
「あれは神獣には効かぬはずだ。ならばお主たちで・・・・、」
「無理です。」
「なぜだ!?」
「この黒い毬藻、そう弱くはありません。」
そう言って、毬藻から伸びる紐を見つめた。
「迂闊に攻撃すると、あの紐で巻かれてしまいます。そして毬藻の中に取り込まれ、あっという間に吸収されてしまうでしょう。」
「ならば・・・どうすれば破壊できるというのだ!?」
「神殺しの神器が効かず、それでいてこの毬藻より強い者でないと、破壊することは無理でしょう。しかしこの兵器は生き物。放っておけばどんどん力を増していきます。やがては誰も倒せない怪物になる恐れも・・・・、」
「ならば尚のこと早く破壊しなければ!私はインドへ赴き、黄龍を呼び戻す。あやつならこんな毬藻程度、楽に破壊出来よう。」
「・・・・そう上手くいくといいのですが・・・・。」
「なんだ?含みのある言い方だな。もしやお主・・・・何かを隠しておるのか?」
メタトロンは鳳凰に詰め寄り、ギロリと睨んだ。
「知っていることがあるなら教えてもらおう。拒否は許さぬぞ。」
そう言って威圧すると、「隠すつもりなどございません」と答えた。
「誤解の無きように言っておきますが、黄龍は必ずしもあなた方の味方というわけではありまんよ。」
「ほう・・・それはどういう意味か?」
「黄龍は誰の味方でもないという意味です。神の味方でもなければ、人間の味方でもありません。もちろん悪魔の味方をすることもありません。黄龍が最も大切にしているのは、この星そのものなのです。」
鳳凰はそう言って、地球全体を示すように翼を広げた。
「黄龍にとって大切なことは、この星が美しくあること。そして生命を宿す母であり続けるという事なのです。もしこの毬藻が地球環境の保全に役立つのなら、黄龍は必ずしもこの毬藻を悪とは考えないでしょう。」
そう答えると、メタトロンは「馬鹿な!」と吐き捨てた。
「この毬藻はクインの兵器も同然なのだぞ?あの邪神はこれを用い、地球を我がものにしようと企んでいる。黄龍はそれを見過ごすつもりなのか!?」
「クインの思想が、黄龍の望む地球の在り方に貢献するのなら、必ずしも拒否はしないだろうと言っているのです。」
「それではクインの味方をしているも同然ではないか!奴の危険な思想に同調するなど、断じてあってはならん。私は今から黄龍に会い、あやつの真意を確かめてくる。そして・・・・もしクインに味方するなどということがあれば、私は迷わず奴を討つ!」
メタトロンは拳を握り、その目に激しい怒りを宿した。すると鳳凰は首を振り、「天使と神獣では、根本的な価値観が違うものです」と言い返した。
「あなた方は、光や善というものを重んじるでしょうが、私共はそうではありません。神獣が大切に考えることは、この星の生命そのものです。一つの命の在り方を見るのではなく、命と命の繋がりを重視しているのです。この星が生命を生み、それを育み続ける世界であることが、地球を地球たらしめている理由なのですから。」
「それではなにか?お前たちの言う理想の地球を保つ為なら、この星の支配者が邪神になっても構わぬと?」
「黄龍ならば、それも一つの選択肢として考えるでしょう。もちろん、数ある選択肢の一つとしてですが。」
鳳凰は凛として言い切る。メタトロンは顔をしかめ、「話にならん・・・」と切り捨てた。
「だから申したのです。天使と神獣では、根本的に価値観が異なると。」
「そのようだな。これ以上お主と話しても埒が明かん。私はとにかく黄龍に会いに行く。そして・・・・その後は月だ。」
「月・・・ですか?しかしあそこは・・・・、」
「分かっている。クインの支配下にあるのだろう?」
「そうです。いくらあなた様とはいえ、一人ではさすがに・・・・、」
「それでも行かねばならぬ。あの星には、内部に大きな魔力が宿っているのだ。それこそが、月が魔性の星と呼ばれるゆえんだ。」
メタトロンは背中を向け、降りて来た穴の下へ歩き出した。
「鳳凰よ。お主も私と共に来るのだ。鳳竜はまだ動くのだろう?」
「寿命は近いですが、もう一戦交えるくらいなら。」
「ならば来い。そして悪魔と戦うのだ。元よりその為に生み出された兵器なのだからな。」
胸に湧く怒りを抑えながら、メタトロンは歩いて行く。
そして頭上の穴を見上げて、そこから射し込む光に目を細めた。
《黄龍は気づいていたはずだ。人間どもが神獣の知恵を用いて、新たな兵器を造っていることを。しかしあえてそれを見過ごした。
その理由はただ一つ。あの毬藻が、黄龍の望む地球の在り方に、役立つかもしれぬからだ。》
メタトロンは光に目を細めながら、黄龍に対する疑惑を膨らませる。
元々油断のならない所があると思っていたが、ここへ来てその疑念がさらに強くなった。
そして後ろを振り返り、黒い毬藻を睨みつけた。
「この毬藻、なんとしても破壊してみせる。邪神の思い通りになどさせるものか。」
翼を広げ、外へと飛び出す。すると足早にワダツミが寄って来て、「中の様子は?」と尋ねた。
「酷いものだ。人間だけでなく、植物以外の生命がいなくなっている。」
「なんと!ではスクナヒコナとクトゥルーは・・・・、」
「殺されたようだ。邪神クイン・ダガダによってな。」
「く・・・クインだと!?ラシルの邪神がなぜこんな所に・・・・、」
「説明は後だ。すぐにインドまで向かうぞ。黄龍に真意を確かめねば。」
メタトロンはワダツミの横を通り過ぎ、ヤマタノオロチの前に立った。
「まだ幻覚を見ているようだな。その方がいい。無駄に暴れられると困るからな。」
ヤマタノオロチは「美女だ!酒だ!」と叫びながら、ニコニコと笑っていた。
メタトロンはそんなオロチを掴み上げ、ワダツミの方を振り返った。
「早く私に乗れ。インドまで急ぐぞ。」
「それは良いのだが・・・中から何か出て来るぞ。」
ワダツミは穴の中を睨んでいた。するとボロボロに傷ついた鳳竜が、雄叫びを上げながら飛び出してきた。
「グオオオオオオオ!」
「こ・・・・これが鳳竜という機械竜か!なんとも勇ましい姿だが・・・・傷が酷い・・・・。」
鳳竜は毬藻の外に飛び出し、傷ついた身体を軋ませた。
その姿は痛々しく、すでに寿命が近いことを物語っていた。
「機械の竜なれど、そのような姿で戦えるものなのか?」
ワダツミは心配そうに問いかける。すると鳳竜の背中から孔雀の翼が伸びてきて、ふわりと舞い上がった。
「おお!あれは鳳凰の翼ではないか!ということは・・・・、」
「神獣が宿っているのだ。鳳凰と白龍という神獣たちがな。」
「メタトロン殿。この機械竜・・・・神獣の鎧というわけか?」
「いや、そうではないが・・・・とにかく説明は後だ。インドへ向かうぞ。」
メタトロンはワダツミを肩に乗せ、ヤマタノオロチを抱えて飛び上がる。
そして「行くぞ!」と叫んで、翼を羽ばたいた。
瞬く間に音速を超え、超スピードでインドへ向かう。
鳳竜も翼を羽ばたき、その後を追いかけていった。
「黄龍め、食えん奴だと思っていたが、我らと志を共にしているわけではなかったようだ。しかし・・・今気づいてよかったと言うべきかもしれぬ。あの手の輩は、最後の最後で裏切りかねんからな。事と次第によっては、お前をタダではおかぬぞ。」
天使の長であるメタトロンは、いつ何時でも正義に燃える。
神に仕える彼にとって、神獣の思想は受け入れがたいものだった。
「己が正義であるということは、己自身が正義であり続けることで証明される。私の正義とは、悪を討つ光となること。邪神も悪魔も、それに与する者も、私は決して許しはせん。」
激しい怒り、そして激しい使命感が燃え上がり、メタトロンはさらに速く飛んで行く。
風を切り、雲を抜け、流れる景色の中を、ミサイルより速く飛んで行く。
すると突然「グオオオオオオオ!」と雄叫びが響いて、「どうした!?」と振り返った。
「鳳竜よ、何を騒いでおる?もしや・・・もう限界が来たか?」
鳳竜は目を光らせ、また雄叫びを上げた。そして急に向きを変え、後ろの空を睨みつけた。
「鳳竜!何をしているのだ。早くインドへ向かわねば。それとも・・・・もしや鳳凰が邪魔をしているのか?」
メタトロンは鳳竜に近づき、じっと目を見据えた。
「あの神獣がどういう思想を抱こうと、お前には自分の意志があるはずだ。惑わされる必要などないのだぞ?」
「グウウウウ・・・・・。」
「お前は元々、悪魔と戦う為に生み出された兵器だ。ならば悪魔と戦わずして何とする?」
「グウウウ・・・・グウオオオ!!」
「やけにいきり立っているな。鳳凰に支配されているというわけでもなさそうだが・・・・・どうしたというのだ?」
鳳竜はずっと唸りっぱなしだった。まるで家を守る番犬のように、ただひたすら牙を剥いている。
そんな様子を見たワダツミが、「何かを警戒しているのではないか?」と言った。
「警戒だと?敵が迫っているというのか?」
「鳳竜は機械なれば、レーダーという物を積んでいるのだろう?ならば遠くより迫る敵に気づいたのやも・・・・。」
「ふうむ・・・・。それは有り得る話だが、こやつが警戒するほどの敵ともなれば、私が気づかぬはずが・・・・・、」
そう言いかけた時、遥か遠くの空に、黒い点が浮かんでいるのに気づいた。
「あれは・・・・、」
メタトロンは黒い点を睨み、じっと気配を窺った。
「・・・・・これは・・・知っているぞ!この気はアイツではないか!!」
そう叫んだ途端、鳳竜は一際大きな雄叫びを上げた。
それに呼応するように、遠くの空からも雄叫びが返ってくる。
ワダツミの言うとおり、鳳竜は敵の襲来を警戒していた。
そしてその相手とは、遠くに浮かぶ黒い点。
自分と同じく、戦う為の兵器として生み出された、敵の機械竜であった。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第三十九話 太陽神ルー(7)

  • 2015.05.29 Friday
  • 13:00
JUGEMテーマ:自作小説
スクナヒコナたちが雲の祠にいる頃、メタトロンは海の中へ来ていた。
ここは太平洋側の日本近海で、海の中にも悪魔が溢れていた。
魚は食い尽され、イルカもサメも、そしてカメも海藻でさえも、無惨というほどに食い散らかされていた。
海そのものは綺麗だが、生命のいない海というのは寂しかった。
見渡す限り濃い青色だけが続き、海底にはでこぼこした岩が広がっているだけ。
しかも上半身は魚、下半身は馬の姿をした悪魔が泳ぎ回っていて、とてもではないが美しいと呼べる光景ではなかった。
メタトロンはそんな海の中を進んで行く。翼を広げ、まるで空でも飛ぶように突き進んでいた。
悪魔たちは、メタトロンが近づくと慌てて逃げた。
ここにいる悪魔たちは、インドにいるような兵隊ではない。
本能のままに動く、ただの下級悪魔だった。
だからメタトロンのような強大な天使には、決して近づこうとはしない。
遠巻きに眺めながら、目が合うとサッと逃げていった。
「おぞましいものだな。母なる海が悪魔の巣窟になるというのは。」
メタトロンは心を痛めていた。
本当ならここは、魚やイルカ、それにカメや海藻など、海の生命が謳歌している場所である。
しかし見渡す限りでは、そういった生き物は一匹たりともいない。
ただ悪魔だけが泳ぎ回っていた。
「生命の母たる海が、悪魔に汚される・・・。決してあってはならぬことだ。このような事態を収める為にも、私は急がねばならん。」
メタトロンは悪魔を尻目に海中を進み、遥か先の方に大きな気配を感じた。
「これか・・・。」
スクナヒコナの言っていた、ヤマタノオロチとワダツミ。
この気配は二人のものに違いないと思い、そちらの方へと進んで行く。
すると大きな気配のするその周りだけ、悪魔が寄りついていなかった。
魚やカニ、それに海藻や貝も残っていて、まるで悪魔から逃れるように身を固めていた。
「ここに避難しているということか。地球の生命たちよ、悪魔の脅威は必ずや私が打ち払うぞ。」
そう語りかけながら、魚の群れを縫って行く。すると・・・・海底が大きく窪んだ場所があり、その中に一人の男が浮いていた。
彼は「みずら」という形に髪を結っていて、長い杖に白い布服を着ていた。
顔はとても凛々しく、身体は逞しい。
メタトロンは「お主がワダツミか?」と尋ねた。
すると男はゆっくりと振り返り、メタトロンを見つめた。
「・・・・天使?あなたは確か・・・・メタトロン?」
「いかにも。我が名はメタトロン。神の代理たる天使の長である。」
「おお、やはりそうか・・・。以前に一度だけ見たことがあるのだ。ルシファーたちを牢獄に閉じ込める戦いの時に。」
「ほう、お主も参戦しておったのか?」
「もちろんだ。しかし・・・・天使の長がどうしてこのような所へ?」
ワダツミは不思議そうに言い、メタトロンの近くへ寄って来た。
「この海にはもう何もない。ご覧のとおり、悪魔のせいで荒れて果ててしまった。」
そう言いながら、生命の死に絶えた海に手を向けた。
「私の周りに、ほんのわずかな命が残っているだけだ。海は死んだも同然になってしまった。」
悲しそうに言いながら、顔をゆがめるワダツミ。そして窪んだ海底を睨みながら、「地球は悪魔のものになってしまった・・・」と嘆いた。
「私は海の神である。この日の元の海を守護することこそが、私の使命だった。」
「外では多くの悪魔が暴れている。このような状況になるのは仕方がない。」
「悲しきかな・・・。この星からはもう、同胞の気配を感じない。きっと悪魔たちにやられてしまったのだろう。
スサノオ様も戻って来られぬし、私はここで果てるのを待つのみ・・・・。」
ワダツミは悲しみに満ちていた。じっと海底を睨み、眉を寄せている。
メタトロンはそんな彼の悲しみを遮るように、強い言葉で言った。
「ワダツミよ、まだ戦いは終わっておらん。これからが悪魔との決戦の時なのだ。」
「まさか・・・。もう負けたではないか。海底にて神と悪魔の決戦が行われたことは知っている。神々は・・・・負けたのだ。」
「いいや、まだ終わらない。全ての希望が途絶えたわけではないのだから。」
「希望・・・?思わせなぶりな。悪魔の満ちるこの星に、いったいどのような希望があるというのか?」
「ある。光はまだ射している。私の仲間が、インドの地で、そしてエジプトの地で戦っているのだ。だからお主にも加わってもらいたい。この海底に眠る、ヤマタノオロチと共に。」
そう言って海底を睨みつけると、「ヤマタノオロチだと・・・・?」とワダツミが顔をしかめた。
「私は奴めを見張る為、ここを動けなかった。もし解き放ってしまえば、悪魔と同じように暴れ回ってしまうぞ。」
「そんなことは私がさせない。いいかワダツミよ、お主が海にいる間に何が起きたのか、私が説明してやろう。」
メタトロンはこれまでの戦いのことを語った。二度に渡るアーリマンとの戦いや、月にベルゼブブやヘカーテが襲いかかってきたこと。
そして悪魔を打ち滅ぼす為に、多くの仲間がインドとエジプトへ向かったこと。
ワダツミは真剣な顔で聞いていて、「まだ希望は潰えていなかったか・・・」と喜んだ。
「私の力が必要というのなら、喜んで助力しよう。」
「うむ。一人でも味方は多いがいい。」
「しかし・・・やはりヤマタノオロチを連れて行くのは不安だな・・・・。こやつはいつ何時暴走するか分からん。
あのスサノオ様でさえ、酒を飲ませてから討ち取ったのだ。下手をすれば私たちに牙を剥くやも・・・・。」
「その時はその時だ。私がどうにかしてみせる。」
「あなたが・・・?」
「天使の長たるもの、たかが物の怪に遅れを取るわけにはいかん。ヤマタノオロチが暴走した際は、私が討つ!」
メタトロンは拳を握って言った。ワダツミは少し迷ったが、やがて「そこまで言うのなら・・・」と頷いた。
「あなたほどの力なら、それも可能かもしれない。その言葉・・・・信じよう。」
「うむ。ではすぐにオロチを連れてここを出るぞ。」
「それは良いが・・・・ここに残った命たちが・・・・。」
ワダツミは自分の周りを見つめ、生き残った魚や貝に目を向けた。
「私がここからいなくなってしまったら、わずかに残った生命たちは・・・、」
「案ずるな。それも私がどうにかしよう。」
そう言ってメタトロンは、腕をクロスさせて「でやあ!」と叫んだ。
するとクロスさせた腕から、光り輝く十字架が放たれた。
その十字架は海の中に浮かび、生き残った命を守るように結界を張った。
「ここにいる悪魔は対して強くない。こうして十字架の結界を張っておけば、寄り付くことはないだろう。」
「おお、これなら安心だな。」
ワダツミはニコリと頷き、窪んだ海底まで降りていった。そしてコンコンと杖で叩き、「起きるのだ」と言った。
「お前のような暴れん坊でも、役に立つ時が来たぞ。目を覚ませ。」
そう言って海底を叩いていると、「がああああああああ!」と雄叫びが響いた。
その雄叫びは海の中を揺らし、激しい海流を生み出した。
海底はグラグラと揺れて、悪魔たちが慌てて逃げて行く。
「いかんな・・・機嫌が悪いぞ。」
ワダツミは海底から離れ、杖を振りかざす。
そして荒れた海流を鎮めて、「メタトロン殿・・・」と振り返った。
「うむ、私に任せよ。」
メタトロンは海底まで降りていき、「むうん!」と宝玉から光を放った。
するとその光に照らされて、海底の中にヤマタノオロチのシルエットが浮かび上がった。
「ここか!」
メタトロンはシルエットの浮かぶ場所に拳を突き刺し、「だああああ!」と引き抜いた。
するとメタトロンに首根っこを掴まれたヤマタノオロチが、「ぐおおおおおお!」と叫んで姿を現した。
「誰だ!俺様の眠りを妨げるのは!」
「私は天使の長メタトロン。お前の力・・・・私に預けてもらおう。」
「ああん?メタトロンだあ・・・・?」
ヤマタノオロチはギロリと睨み、口から炎を吹いた。
海の水が一瞬で沸騰し、水蒸気爆発を起こす。
辺りは泡だらけになり、ヤマタノオロチはその隙に逃げ出そうとした。
「俺様は誰にも従ったりせん!邪魔する者は喰らい尽くす!」
八つの頭を動かしながら、辺り構わず火を吹く。
ヤマタノオロチは濃い紫の身体に、頭にトサカを持っていた。
龍ともヘビともつかない顔をしていて、目は赤く滲んでいる。
そして・・・・とにかく大きかった。
メタトロンよりも二回りほど大きく、頭から尻尾の先までは、ゆうに二キロを超えていた。
そんな巨体が暴れ回るものだから、海の中は激しく荒れていく。
まるで海底火山が噴火したように、赤い炎が水を吹き飛ばしていった。
「むうう・・・・確かにとてつもない化け物よ。だがしかし!天使たる私が、ヘビの怪物ごときに遅れはとらぬ!」
メタトロンは「でやあ!」と飛び上がり、ヤマタノオロチの前に立ちはだかった。
「聞けいヤマタノオロチよ!お前はこれからインドへ向かい、悪魔の軍勢を喰らい尽くすのだ!」
「うるさい!俺は誰の言うことも聞かん!」
「そうか。そのような反抗的な態度を取るのなら・・・・痛い目を見ることになるぞ?」
「ぬかせこのチビ!俺様は邪神にも負けないヤマタノオロチ様だ。俺様に頼み事をするなら、美女か酒を貢ぐのだ!」
「やれやれ・・・・オツムの弱い物の怪め・・・・。」
メタトロンはうんざりしたように首を振り、「では痛い目を見てもらおう」と言った。
「ぬううう・・・・はああ!」
メタトロンが頭上で腕をクロスさせると、身体の色が赤色に変わった。
「おお!色が変わった!お前・・・・奇術師か?」
ヤマタノオロチは興味津々に目を輝かせた。
「いや、これはティガの力だ。」
「ティガ?」
「説明は不要。その身をもって教えてくれよう。」
そう言ってヤマタノオロチの下に回り込み、そのまま持ち上げた。
「こら!何をする!?」
「このまま空の上まで運んでやろう。」
「なあにい〜?俺様を海から持ち上げるってのか?」
「いかにも!私とお前の力の差・・・・・とくと思い知れ!」
メタトロンは「でやああああ!」と真上に飛び、そのまま海面へと飛び出す。
「ぬうう・・・・水が無いとさすがに重いな・・・・。しかし負けぬ!」
ありったけの力を込め、ヤマタノオロチを持ち上げたまま空に舞い上がる。
ワダツミはそのパワーに驚嘆し、「なんという剛力!」と叫んだ。
「タヂカラオでもあの様な真似は出来ぬ!」
全長が二キロを超える巨大なオロチを、メタトロンはグングンと持ち上げていく。
500メートル、1000メートル、2000メートル、そして・・・・・遂には雲を突き抜けて、上空15000メートルまで持ち上げた。
「のおおおおおおお!こ、こんな・・・・こんな高い空まで・・・・・、」
ヤマタノオロチは怯えていた。
こんなに高い場所から海を見下ろすのは初めてで、恐怖と驚きを感じながら震えていた。
「どうだヤマタノオロチよ!このような風に景色を眺めるのは初めてだろう?」
「あ・・ああ・・・・・目眩が・・・・・あまりの高さに目眩がするぞ・・・・・。」
ヤマタノオロチは周りを見渡し、信じられないという風に首を振った。
水平線は遥か遠くまで広がっていて、自分のすぐ下を雲が流れている。
遠くに見える地平線も水平線も、地球の丸さを伝えるようにゆるりと湾曲していた。
「むうう・・・・凄い景色だ・・・・・。俺様には翼がないから、こんな景色を見る機会はなかった・・・・。」
最初は怖がっていたヤマタノオロチの様子が、じょじょに変わってくる。
そして恐怖は消え去り、代わりに喜びが湧いてきた。
「俺様にも翼があれば・・・・・。」
初めて見る高い景色に、ヤマタノオロチは感銘を受ける。
八つの頭をキョロキョロと動かし、興味深そうに見入っていた。
「ヤマタノオロチよ、もう暴れる気はなくなったか?」
「む?そういうわけじゃないが・・・・・、」
「この遥か遠くの空には、別なる国が広がっている。」
「それくらい知っているぞ。馬鹿にするな。」
「馬鹿になどしておらん。私が言いたのはだな、こういった景色が、今まさに悪魔に侵されようとしているということだ。
お前がいたあの海も、悪魔の巣窟と化している。それを許せるか?」
「ぐうう・・・そんな手には乗らん。こんなものを見せて、俺様の心を落とそうとするとは小癪だぞ!」
「そうか。ならばこのまま海へ落ちるがいい。高い空から落ちてゆく感覚、なかなかに刺激的だぞ?」
メタトロンはさらに高く舞い上がり、成層圏の近くまで昇っていく。
高く昇れば昇るほど、地球の丸さが際立ち、ヤマタノオロチは「こういう姿をした星なのか・・・」と唸った。
「さて、ここから海へ落ちてもらおう。」
「なに!?」
「言っただろう。言うことを聞かないのなら、痛い目に遭ってもらうと。」
「ふん!海へ落ちたくらいでどうにかなるものか!」
「・・・・なるほど。空を知らぬ物の怪だな。」
メタトロンはニヤリと笑い、「高さがあれば、水は凶器に変わるのだぞ!」と叫んだ。
「よもや死ぬことはあるまいが、死ぬほど痛いことは覚悟しておけ!」
そう言って大きく振りかぶり、「でやああああ!」とヤマタノオロチを投げ落とした。
「ぐうううおおおおおおおおお!!」
ヤマタノオロチは猛スピードで落ちていく。
風を切り、景色が流れ、初めて体感する空からの落下という状況に、舌を巻いていた。
「こ・・・・怖い!これは怖いぞおおおおおお!!」
八つの頭がウネウネと動き、どうにか飛び上がろうともがく。
しかし空を飛ぶ力がないので、ただただ重力に引っ張られるばかりだった。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヤマタノオロチは目を瞑っていた。落ちて行く感覚が怖くて、早く海へ着いてくれと願う。
しかし成層圏からのダイブは、なかなか海面まで辿り着かせてくれない。
落ちてゆく恐怖がずっと続き、「ぬがああああああ!!」と発狂した。
「早く・・・・・早く落ちろ!俺様はやっぱり陸地がいい!!」
一瞬だけ空をいいものだと思ったが、やはり大地に腹をつけていた方が落ち着く。
空に縁のないヤマタノオロチは、陸地を愛しい母のように感じていた。
やがて雲が迫り、そのまま中に突入する。
雷が身体がを打ったが、そんなものは屁でもない。それよりも落ちていく恐怖の方が勝っていた。
あっという間に雲を突き抜け、遠くに海面が見えた。
「おお!もうすぐだぞ!早く・・・・早く落ちるのだ!!」
ヤマタノオロチは喜び、嬉しそうに「グ!グ!」と鳴いた。
そして・・・・・・海は目前まで迫り、目の前いっぱいに青色が広がった。
「戻って来たぞおおおおおおお!!」
雷鳴のように大きく吠えながら、海面に向かって頭を伸ばす。
そして・・・・・・・凄まじい轟音を響かせながら、海面に叩きつけられた。
「へぎょあッ!!」
噴火のように水柱が立ち上り、大きな波がたって海面を歪ませる。
ヤマタノオロチは気絶しそうなほどの激しい衝撃を受けて、ピクピクと痙攣した。
そしてそのまま海底まで落ちていき、ブクブクと白い泡を吹き出した。
「い・・・・痛い・・・・。身体が・・・・バラバラに引き裂かれたようだ・・・・。」
七つの頭は気絶していて、残った頭も白目を剥いている。
ワダツミは「ああ・・・・」と嘆きながら、心配そうに寄って来た。
「おい・・・・生きているか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「とんでもない高さから落ちたようだな。お前のような怪物でなければ、五体がバラバラになっていただろう。」
「・・・バラバラになるかと思うほど・・・・痛かった・・・・。」
「気の毒に。しかし大人しく言うことを聞かぬからこうなるのだ。いい加減暴れるのはやめて、メタトロン殿と共に行こう。」
「嫌だ・・・・。俺様は誰にも従わない・・・・。」
「強情な奴め。また落とされてもいいのか?」
「ぐ・・・・ッ。しかし・・・・やはり誰かに従うのは・・・・・、」
ヤマタノオロチはどうにか身体を起こし、フラフラと頭を振った。
「俺様は・・・・誰にも従わない・・・・。例えこの身をバラバラにされてもだ・・・・。」
「なんという覚悟に満ちた目・・・。これは痛みでは言うことを聞かせられんな。」
ワダツミは困り果て、「どうしたものか・・・」と頭を掻いた。
そこへメタトロンが降りて来て、「どうだ?大人しくなったか?」と尋ねた。
「大人しくはなったが、言うことを聞くつもりはなさそうだ。」
「ふうむ。それでは大気圏の外から落としてみるか。」
「それではさすがに身体がもたないだろう。死にはしなくても、戦える状態ではなくなる。」
「・・・・・ならば飴で釣ってみるか?」
「飴?」
「鞭が駄目なら飴しかあるまい。私に任せよ。」
メタトロンはヤマタノオロチの前に立ち、「お前は酒が好きであったな?」と尋ねた。
「酒と美女だ。」
「では酒の方を与えてやろう。極上の葡萄酒・・・・その舌で味わうがいい。」
そう言って両手を前に出し、額の宝玉を光らせた。
「我こそは神の代理なり。ほんのささやかな奇跡、この手の中に起こしてみせよう。」
メタトロンは宝玉から淡い光を飛ばし、両手の中に集めていく。
するとその光の中から葡萄が現れ、それと同時に酒樽まで現れた。
葡萄は酒樽の中に吸い込まれ、グルグルと回りだす。そしてメタトロンが「むん!」と叫ぶと、辺りにワインの香りが広がった。
「おお!これは酒の匂い・・・・。」
ヤマタノオロチはクンクンと鼻を動かし、メタトロンの手の中を見つめた。
「この酒樽には葡萄酒が熟成されている。飲み頃だぞ。」
「く・・・くれ!その酒を俺にくれ!!」
ヤマタノオロチは首を伸ばし、酒樽に食いつこうとした。
しかしメタトロンはサッと手をかわし、「私と共に戦うか?」と尋ねた。
「もし悪魔の軍勢と戦うというのなら、この酒をやろう。」
「ぬぐぐ・・・それはその酒を味わってからでないと答えられん。もし俺様の舌に適うモノであったなら、力を貸してやらんこともない。」
「そうか。ならばお試し用ということで、酒樽を一つ与えよう。とくと味わえ。」
そう言って酒樽を投げると、ヤマタノオロチはパクリと口に入れた。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「これは・・・・美味!口に入れた瞬間、濃厚かつ芳醇な香りがふわりと広がった。その香りは平原を駆ける野生馬のように力強く、それでいて晴れた日に微笑みを投げかける貴婦人のような優しさがある。」
「む?」
「味は・・・・極上と言わざるを得ない。あえて若い葡萄を使うことで、甘酸っぱくほのかな甘味が広がっている。それはまるで、セーヌ川の川面を流れる、うららかな春の花びらのようだ。太陽の光が川面を輝かせ、花弁が光の中に旅立つような情景が浮かび上がる。」
「ほう。」
「総合的に判断を下すならば、これはモーツァルトの奏でるピアノの傍で、ゴッホの絵画を眺めるが如し。野性味の溢れる複雑な味と香りが混ざり合った、至高の一品と言えるだろう。葡萄、熟成方法、また熟成の期間。さらには葡萄酒造りに生涯を捧げた職人だけが生み出せる、真なる葡萄酒の一つと評せる。」
「うむ、見事な洞察と評価だ。お前の酒の味わう舌は本物だな。」
ヤマタノオロチの見事な評価に、メタトロンは深く頷く。
その後ろでは「こんな物の怪がワインの良し悪しを評するとは・・・、」と、ワダツミが驚いていた。
そしてメタトロンの足元に何かが散らばっているのに気づいて、「これは・・・」と拾った。
「・・・・・瓶?」
メタトロンの足元に散らばっていたのは、小さな空き瓶だった。
ラベルを見ると、コンビニのロゴが入っていた。値段は一本400円である。
「・・・・・・・・・・・。」
ワダツミは何も見なかったことにして、「ゴミは拾わんとな」と懐に隠した。
「さて、ヤマタノオロチよ。もし悪魔の軍勢と戦うというのなら、今味わった極上の葡萄酒をもっとくれてやるが?」
メタトロンがそう尋ねると、ヤマタノオロチは「いいだろう」と頷いた。
「あれほどのワイン、そうは味わえない。喜んで協力しよう。」
「うむ。さすがは酒好き、味の違いが分かるようだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
ワダツミは冷めた目で二人を見つめていて、懐の瓶をいじっていた。
「しょせんは物の怪だったか・・・。」
そう呟くと、「・・・・余計なことは喋るなよ・・・・」とメタトロンが釘を刺した。
「分かっている。せっかく言うことを聞いてくれたのだからな。」
二人はヒソヒソと話し合い、ヤマタノオロチは「どうした?」と尋ねた。
「いや、なんでもない。それでは悪魔の元へ向かおう。・・・・・と言いたいが、その前に・・・・、」
メタトロンは海の上を見上げ、「まずは雲の祠に向かわねば」と呟いた。
「ヤマタノオロチは私が運ぼう。ワダツミは・・・・・、」
「私も空は飛べない。」
「ならば私の肩に掴まっていろ。飛ばすから落ちないようにな。」
メタトロンはヤマタノオロチを抱え上げ、ワダツミは言われた通りに肩に乗った。
「では行くぞ!まずは神獣の建てた雲の祠へ!でやあああ!!」
メタトロンは海から飛び上がり、猛スピードで雲の祠へと飛んでいく。
いったい何事だったのかと、海の悪魔がたち顔を覗かせて戸惑っていた。


            *


「な・・・・なんなのだこれは!?」
雲の前まで来たメタトロンは、目の前に広がる異様な光景に驚いていた。
「雲が・・・・雲が毬藻になっている!これはいったいどういうことだ!?」
祠の建っていた雲は、藻を固めたような丸い姿になっていた。
あちこちから藻が伸びて、まるで毬藻のようになっている。
それも雲全体を飲み込むほどの、あり得ないほど巨大な毬藻に。
メタトロンは言葉を失い、ただ毬藻を睨みつける。
すると肩に乗っていたワダツミが、「これは何なのだ?」と尋ねた。
「あなたのお話では、ここには祠の建つ雲があるとのことだった。しかしどう見ても、これは雲ではない。大きな毬藻だ。」
ワダツミは杖を向けながら、顔をしかめてそう尋ねた。
メタトロンは「私にも分からぬ・・・」と答え、毬藻の上まで舞い上がった。
「雲全体が藻に覆われているようだが・・・・中はどうなっているのだろう?皆は無事なのか?」
ここにはスクナヒコナとクトゥルー、そして悪魔から逃れたこの星の生命がいる。
メタトロンはその事を心配していて、「中に入ってみるか」と言った。
「外からではまったく様子が分からない。皆無事ならいいのだが・・・、」
そう言いながら毬藻の上に降りようとすると、「迂闊に近づかない方が・・・、」とワダツミが言いかけた。
そしてその瞬間、毬藻の中から、藻に覆われた巨人が現れた。
全身緑の藻だらけで、丸い目だけが剥き出しになっている。
「ウオウウウウオオオ!!」
「何やら吠えているな。悪い気配は感じぬが・・・・。」
メタトロンは藻の巨人を警戒し、毬藻から距離を取る。
「答えよ、お前は何者か!?」
「ウウオオウオオオ!!」
「話が通じんか・・・・。」
困りながら見つめていると、藻の巨人はたくさん現れた。
まるで毬藻の中から生えてくるように、気持ち悪いくらいにたくさん湧いてくる。
どの藻の巨人も、意味不明な言葉を叫んでいる。それは威嚇にも見えるが、それと同時に助けを求めているようにも感じられた。
「不気味だな。敵か味方か判断がつかん。」
そう呟くと、「俺様が燃やしてやろうか?」とヤマタノオロチが言った。
「俺様の炎なら、あんな奴ら一掃出来るぞ。」
「いや待て。迂闊に攻撃してはならん。ここは私に任せよ。」
メタトロンは「むうう・・・」と目を輝かせ、「エンジェルアイ・アナライズモード!」と叫んだ。
すると二つの目に数式が浮かび上がり、正体不明の相手を解析するスコープとなった。
「あの巨人は、おそらく何かの亜種だ。その元となる者が私の記憶にあるならば、即座に照合、解析する。」
聞かれてもいないのにエンジェルアイ・アナライズモードの解説をして、目から光を放った。
藻の巨人はその光に照らされ、メタトロンの記憶に合致する者がいないかどうか照合していく。
亜種の元になる者が記憶の中にいれば、例え姿形が違っても、即座に解析してくれる。
メタトロンの目は忙しく数式を並べ立て、ピーピー!と機械音を発した。
「なんと!この巨人の正体は・・・・、」
エンジェルアイ・アナライズモードにより解析した結果、メタトロンの中にはこの巨人の元となる者の記憶があった。
「これは・・・・人間だ。」
「人間?これが?」
ワダツミは藻の巨人を見つめ、「まさか・・・・」と首を振った。
「人間がこのような巨人に化けたというのか?」
「化けたかどうかは分からないが、元は人間であることは間違いない。何かが原因となって、このような姿になってしまったのだろう。」
「では・・・・その何かとは・・・?」
「残念ながら、そこまでは解析出来ない。しかし・・・・これでは迂闊に攻撃出来んな。」
メタトロンは顔をしかめながら、毬藻に生える巨人たちを見つめた。
「いくら元が人間といえど、敵対するなら私は容赦しない。しかし・・・この巨人たちからは、敵意を感じない。かといって友好的な気配を感じるわけでもない。さて・・・・どうすればよいか・・・・。」
メタトロンは厳しい天使である。神の代理である彼は、悪に染まるなら誰であれ容赦はしない。
人間だろうが天使だろうが、悪に堕落するならその手で討つのみである。
しかし敵対しない者を攻撃するのは、己の信条に反していた。
アーリマンのような敵意が剥き出しの者なら躊躇はないが、そうでない限りは力による解決は望まなかった。
「あの毬藻に降りれば、おそらく巨人どもは群がって来るだろう。悪意はなくとも、微かに攻撃的な意志は感じる。・・・・ふうむ、困ったものだ。」
そう言って藻の巨人たちを見つめていると、ヤマタノオロチが「ぐうう・・・・」と唸った。
恐ろしい顔で巨人たちを睨み、頭のトサカを光らせる。
そして・・・・・口から巨大な火柱を吹き出して、巨人たちを焼き払ってしまった。
「貴様!何をしている!?」
メタトロンは慌てて止めさせようとしたが、ヤマタノオロチは炎を吐くのをやめない。
灼熱の業火を吐き続けて、目に見える巨人を全て焼いてしまった。
「な・・・なんということを・・・・。」
炎は激しく燃え上がり、毬藻が焼かれていく。
そして瞬く間に燃え広がり、毬藻の半分が業火に覆われてしまった。
すると毬藻の中から、「オオオオオオオオ・・・・」と絶叫が響き、たくさんの巨人が湧いてきた。
どの巨人も炎にまみれていて、苦しそうに手を伸ばしている。
ヤマタノオロチは延々と炎を吐き続け、完全に毬藻を焼き尽くそうとしている。
メタトロンは「貴様!これ以上な勝手なことは許さんぞ!!」と睨み、額の宝玉からビームを放とうとした。
しかしその瞬間、ワダツミがサッと杖を振り上げた。
すると眼下に広がる海から、モコモコと海面が盛り上がって、海水で出来た魚たちが飛んで来た。
その魚たちは次から次へと海から現れ、毬藻に突っ込んでいく。
海水の魚は炎を鎮め、もうもうと水蒸気が立ち昇る。
そしてヤマタノオロチの方にも飛んで来て、炎を吐く口の中に突撃していった。
「ごおおおおお・・・・。」
口の中が海水で溢れ、ヤマタノオロチは苦しそうにもがく。しかしそれでもまだ炎を吐こうとしていてる。
メタトロンは「言うことを聞かぬなら、力づくで大人しくさせるのみよ!」と言った。
掴んでいた手を離し、ヤマタノオロチを毬藻の上に落とす。そして胸の前で腕をクロスさせて、力を溜めた。
周りから光が集まり、メタトロンの腕が七色に輝く。
そしてその腕を前に突き出すと、螺旋状の七色の光線が放たれた。
その光を受けたヤマタノオロチは、ピタリと炎を吐くのをやめた。
急にニコニコと笑いだして、「美女が大勢いるぞ!」と叫んだ。
「ああ、見渡す限り美女だらけだ・・・・。しかも酒を持っているではないか!もっと・・・・もっと近こう寄れ!」
そう言って何もない場所を見つめ、酒を飲むような仕草をしていた。
「上手く幻術にかかってくれたようだ。しばらくは大人しくしているだろう。」
メタトロンは自分も毬藻の上に降り、焼け死んだ巨人を見つめた。
「酷いことをしてしまったな。許せ。」
元は人間であって藻の巨人。その死を悼みながらも、なぜこのような事態になってしまったのかを考えた。
「ワダツミよ、私は毬藻の中へ入ってみる。お主はここでオロチを見張っていてくれ。」
「心得た。メタトロン殿も、どうかお気をつけて。」
ワダツミはヤマタノオロチの元へ向かい、これ以上暴れないように見張る。
メタトロンは「さて・・・・」と毬藻を睨み、中に手を入れてみた。
「・・・・表面は柔らかいようだが、奥はどうなっているのか・・・・?」
深く腕を指し込んでいくと、何やら硬い物に当たった。
指で軽く叩いてみると、鉄のような金属音が返ってきた。
「中は金属で覆われているようだな。ならば・・・・、」
メタトロンは立ち上がり、脇に拳を構えた。そして力を溜めて、その拳を輝かせた。
「むうん!リュケイオン光弾!!」
力を溜めた拳を突き出すと、螺旋状の光が放たれた。
その光は毬藻の表面を貫き、大きな穴を空けた。
メタトロンはその穴から中を覗きこみ、「これは・・・、」と唸った。
「中は以前のままだな。違いがあるとすれば、生き物が一切見当たらないことか。」
毬藻の中には、以前と同じように自然が広がっていた。
山があり、川があり、海まであり、まさに楽園のような景色だった。
祠も残っており、人間や動物の姿だけが無くなっていた。
「人間と動物だけがいなくなっている?地面を覆う植物は無事のようだが・・・。どれ、入ってみるか。」
メタトロンは中に飛び降り、大きな音を響かせて着地した。
地面から土煙りが上がり、大きな足型が残る。
そして一歩前に踏み出して、じっと周りを見上げた。
「空にも藻が広がっているのか・・・・。」
中は藻の空に覆われていて、とても不気味な光景だった。
しかも藻の奥から光が漏れていて、そのおかげでとても明るい。
メタトロンは歩きながら周りを見渡し、ふとあることに気づいた。
「む?一番大きな祠が無くなっている。その代わりに・・・・なんなんだあれは?」
鳳竜が造られた巨大な祠は消えており、その代わりに黒くて丸い物が鎮座していた。
それはよく見ると毬藻に似ていて、周りから紐のような物を伸ばしていた。
その紐はケーブルのように長く伸びていて、空を覆う藻、そして地面にも突き刺さっていた。
「もしやアレが原因でこのような事態になってしまったのか?」
メタトロンは毬藻のようなその物体に歩み寄り、再びエンジェルアイ・アナライズモードを使った。
「・・・・・・駄目だな。私の記憶の中に照合出来る存在がない。ということは、これは人間ではないわけか。」
そう言ってさらに歩み寄り、注意深く観察してみた。
毬藻のようなその物体は、全体が黒い藻で覆われていた。
そして周りからは藻を束ねたケーブルのような物が伸びていて、空と地面に刺さっている。
メタトロンはそっと手を伸ばし、毬藻のようなその物体に触れてみた。
「・・・・これも表面は柔らかい。しかし・・・・中に何かが埋まっているな。これはいったい・・・?」
毬藻のような物体の中には、明らかに金属と思われる硬い物があった。
掴んで揺らしてみると、少しだけ動く。メタトロンは少し迷ったが、その硬い物を引っ張り出してみることにした。
力を入れて引っ張ると、中の硬い物はさらじょじょに外へ出て来た。
「これは・・・・金属の爪か?」
毬藻のような物体の中から、金属で出来た、黒くて大きな爪が出て来る。
さらに引っ張ってみると、爪に続いて腕が出て来た。
「これは・・・見覚えがあるぞ。」
メタトロンは両手を突っ込み、「むうん!」と強引に引きずり出した。
そして中から出てきた物を睨んで、「やはり・・・・、」と唸った。
「お前は鳳竜ではないか!」
中から出て来たのは、ボロボロに傷ついた鳳竜だった。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第三十八話 太陽神ルー(6)

  • 2015.05.28 Thursday
  • 11:39
JUGEMテーマ:自作小説
先を行こうとするスクナヒコナの前に、餓鬼が立ちはだかる。
そして手を出して、「手形」と言った。
「手形?そのような物は持っておらぬが?」
「手形がないと入れませ〜ん。出直して来て下さ〜い。」
餓鬼はおちょくるような口調で言い、ケラケラと笑った。
「すまぬが急いでいるのだ。我はスクナヒコナと申す神で、この祠を建てた黄龍の仲間である。どうか通してもらえ・・・・・、」
「お前アホか?話聞いてるか?手形がいるんだよ手形が〜。」
「むむう・・・餓鬼のクセに偉そうに・・・・。」
スクナヒコナは弓矢を構え、「ならば圧し通るだけだ」と狙いを定めた。
「餓鬼よ、そこをどかねば、我が矢で射抜かれることになるぞ?」
「ゲゲゲゲゲ!旦那あ〜!こいつ手形無しで通ろうとしてますぜ!」
そう言って天井の鬼門を見上げると、怒った顔で降りて来た。
天井から顔だけニュッと伸びて、鳥居の前に立ち塞がる。
「手形無き者、何人も通すことまかりならん!去ねい!」
「いや、手形が必要なのは分かったが、今は急いで・・・・、」
「去ねいと言っておる!去ね!去ぬのだ!ぺっぺ!」
「のわ!唾を飛ばすでない!」
鬼門は「去ね!」」を繰り返し、餓鬼は「手形がないならお断り〜!」と馬鹿にする。
スクナヒコナは「おのれ・・・」と怒り、ギュッと矢を引いた。
「鬼門と餓鬼ぶぜいが調子に乗りおって!退治してくれる!」
「ぬぬ!こやつ去なぬのか!ならば去なせるのみ!」
「ゲゲゲゲゲ!ちびっ子なんかイチコロだであ〜!」
鬼門と餓鬼は口を開けて襲いかかって来る。
スクナヒコナはまじないのかかった矢を飛ばし、辺りにひょうたんの木を生やした。
「ぬぬ!」
「ゲゲ!」
ひょうたんの木はツタのように伸びて行き、二匹の鬼を絡め取る。
そしてがんじがらめに締め上げて、身動きを封じてしまった。
「不覚!敗北!」
「ゲゲ!負けたわ!」
「・・・・・・・・弱い。」
あっさりと決着がつき、スクナヒコナは「はあ・・・」と首を振る。
「実に無駄な時間であった。警戒した自分が馬鹿馬鹿しい。」
そう言って鬼たちをすり抜け、鳥居の奥へと向かう。
すると「ゲゲゲ!手形が無きゃエレベーターは開かないぜ〜」と餓鬼が言った。
「何?」
「そいつは特別製のエレベーター。その下には工場があって、兵器を造ってんだよ〜。」
「それは知っておる。鳳竜を造った場所であろう?」
そう尋ねると、餓鬼は「ゲゲゲゲ!」と笑った。
「鳳竜も・・・・だぜ〜!」
「鳳竜も?どういうことだ?」
スクナヒコナは踵を返し、餓鬼に詰め寄った。
「ここで造られたのは、鳳竜だけではないのか?」
「ゲゲゲ!負けたわ!」
「ちゃんと答えんか!」
「アウチ!」
スクナヒコナは矢を飛ばし、餓鬼のおでこに刺した。
「鳳竜も・・・とはどういう意味だ?ここには二体目の鳳竜がいるとでもいうのか?」
「不覚!敗北!」
「貴様は黙っておれ!」
「痛し!」
鬼門も矢を飛ばされ、頭にひょうたんの木が生えた。
「我は真面目に聞いておるのだ!これ以上ふざけるならば・・・・、」
そう言って矢を引いた時、後ろから低い機械音が響いた。
スクナヒコナはエレベーターを振り返り、「誰か来るのか?」と睨んだ。
エレベーターの昇降ボタンは青になっていて、扉の向こうから音が聞こえる。
そして・・・・・チンと音がしたかと思うと、ゆっくりと扉が開いた。
「・・・・・・・・・・・・。」
エレベーターの中には、黒くてグニャグニャとしたものが詰まっていた。
それも一ミリの隙間もないくらいに、パンパンのギュウギュウに詰まっている。
「あれは・・・・なんだ?」
正体不明かつ意味不明の物体に、スクナヒコナは顔をしかめる。
エレベーターに詰まった黒いグニャグニャとしたものは、モゾモゾと動いて抜けだしてきた。
長い足がいくつも動き、満丸い赤い目が現れる。頭にはコウモリの小さな羽が生えていて、外に出て来るなり「ぶはあ〜!」と息を吐いた。
「せ・・・・狭いべこのエレベーター・・・。」
そう言って出て来たのはクトゥルーだった。スクナヒコナは矢を落としそうになり、「お主だったのか!?」と叫んだ。
「おお、スクナヒコナでねえか。あの人間と話は終わったのか?」
クトゥルーはスクナヒコナの前までやって来て、「修理はすぐ出来るってよ」と言った。
「おお!それでは直るのだな?」
「んだ。あれくらいなら小一時間でいけるってよ。」
「そうかそうか。それは良かった。」
スクナヒコナは満足そうに頷き、「しかし・・・、」と首を捻った。
「お主・・・よくエレベーターに乗ることが出来たな?」
「んだ。オラは身体が柔らけえから、どうにか押し込めば乗れたべ。」
「いや、そういうことではない。あのエレベーターに乗るには手形が必要だったはずだ。しかしお主は手形など持っておらぬだろう?」
そう尋ねると、「ああ、そのことけ」と笑った。
「手形ってのは鳳竜のことだべ。」
「鳳竜?あやつが手形なのか?」
「鳳竜か、それかこの下にいる人間でねえと、エレベーターは動かせねえんだと。」
クトゥルーはエレベーターを振り返り、「オラだけじゃ乗れなかったなあ」と言った。
「あのエレベーター、ちょっと不思議でよ。なんか結界みてえのが張ってあんだよな。」
「ほう、結界とな?」
「多分悪い奴が入れねえようにする為だと思うんだけど、どうも厳重過ぎんだよなあ。」
「それは厳重にするであろう。ここには人間と神獣が造った兵器があるのだから。」
「いや、それはおかしいべ。」
「おかしい?どうしてだ?」
「だってここには敵なんていねんだべ?だったらどうして結界なんて張って守ってんのかなと思って。それに下にある工場でも、何重にも結界が張ってあったんだあ。もし鳳竜がいねかったら、オラは通ることが出来なかったべ。」
「ほほう、お主が通れぬほどの結界か・・・。それはまた随分と強力な。」
「んだ。だからなあ・・・オラはこう思うんだ。ここの下では、鳳竜以外にもなんか造ってんじゃねえかってな。」
「ふうむ。鳳竜以外の何かか・・・・。」
スクナヒコナはじっと考え込み、後ろの鬼たちを振り返った。
「おい、お主たち。」
そう言って近づくと、「ゲゲゲ!負けたわ!」と笑った。
「それはもう分かった。ちょっと質問に答えてもらいたいのだが・・・・、」
「不覚!敗北!」
「それも分かった。」
スクナヒコナは首を振り、真剣な目で鬼たちを睨んだ。
その視線に気圧されて、二匹の鬼はサッと目を逸らす。
「おい?どうしたのだ?なぜ目を逸らす?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・怪しいな。」
スクナヒコナは鬼たちに詰め寄り、「何か隠しておるな?」と睨んだ。
「お主たち・・・・先ほどこう言っていたな。ここでは鳳竜『も』造っておると。あれはどういう意味だ?」
「ゲゲゲ!負けたわ!」
「不覚!敗北!」
「誤魔化すでない!」
二匹の鬼たちはスクナヒコナから逃げようとする。しかしひょうたんの木が絡まっているので、逃げ出すことが出来ない。
するとクトゥルーが「こいつら何だべ?」と言った。
「どうしてこんな場所に鬼さいるんだ?」
「いや、どうもここの鳥居を守っておるようなのだ。お主は邪魔されなかったのか?」
「いんや、こんな奴らいねかったぞ。」
「しかし手形のことを知っておったではないか?この鬼たちに要求されたからではないのか?」
そう尋ねると、クトゥルーは「何言ってんだべ」と顔をしかめた。
「オラはこんな鬼さ知らねえ。その代わりに、鳥居の前で人間が立ってたんだあ。」
「人間が?」
「んだ。青い作業服を着た奴と、スーツを着た奴が立ってたんだべ。そんで部外者は立ち入り禁止だって言われたんだ。だども鳳竜を連れてたから、中に入っていいって言われたんだ。」
そう説明すると、スクナヒコナは「それは本当か!?」と叫んだ。
「んだ。さっきも言ったけど、あのエレベーターには結界みてえなのが張ってあるんだ。だから部外者は入れねえ。鳳竜か、ここにいる人間じゃねえと無理だべ。オラはそういう意味で手形って言ったのかと思ったんだべ。」
「むむむ・・・・これは・・・・実にキナ臭いぞ。」
クトゥルーの話を聞いて、スクナヒコナの頭にはある疑惑が湧いていた。
「人間は大きな力を手に入れると、ロクなことに使わん。ほとんどの場合は、戦争を起こすか金儲けを企むかのどちらかだ。」
神として長らく人間を見てきたスクナヒコナは、人間とはどういう生き物であるかを知っていた。
「人間は、善と悪を併せ持つ生き物だ。普段は善人であったとしても、状況によっては悪人に変わることもあるし、その逆もあり得る。悪魔によって追い詰められた今、人間たちが神獣の力を用いて、新たな兵器を造ろうとしているのやも・・・。」
疑惑は大きく膨らんでいき、嫌な予感が胸を駆け廻る。
不安そうな目で考え込んでいると、「あいつら逃げるべ!」とクトゥルーが叫んだ。
「あいつら?・・・・・ぬあ!いつの間に抜け出しおった!?」
餓鬼と鬼門はひょうたんの木から抜け出して、祠の外へ逃げようとしていた。
「クトゥルー!奴らを捕まえるのだ!」
「んだ。」
クトゥルーは長い足を伸ばし、二匹の鬼を絡め取った。
「ゲゲゲ!負けたわ!」
「不覚!敗北!」
「ようし!そのままここへ。」
餓鬼は必死に暴れて抵抗する。鬼門はガシガシとクトゥルーの足に噛みついていた。
「噛むでね!」
「痛し!」
鬼たちはスクナヒコナの前に連れて来られ、しょんぼりと項垂れた。
そしていきなり頭を下げて、「ごめんなさい」と謝った。
「我らが悪うござんした。どうか命だけは勘弁を。」
「この世を去ぬのは嫌だ。我らを去なせないでくれ・・・。」
切なくなるほど悲しそうな顔をして、ただひたすら謝る鬼たち。
スクナヒコナは「そう怖がらんでもよい」と言った。
「我の質問に正直に答えれば、このまま見逃してやる。」
「ホンマでっか!」
「去なずに済むのか!?」
「うむ。ただし嘘をついてはいかんぞ。このクトゥルーが食べてしまうからな。」
そう言ってクトゥルーに指をさすと、「オラ鬼なんか食べたくねえべ」と顔をしかめた。
「し!こういう時は嘘でもいいから、お前らを食ってやると言えばいいのだ・・・・。」
「んだ。コラ!オメえら!嘘ついたら頭っから齧ってやるど!」
そう言って口を開けると、「ひいいいい!」と怯えた。
「喋ります喋ります!聞かれてない事でも喋りますとも!」
「そうだ!正直にある事ない事喋るから食わんでくれ。」
「ない事は喋らんでいい。」
スクナヒコナは厳しい口調で言い、二匹の鬼に詰め寄った。
そして堂々と胸を張り、射抜くような視線で尋ねた。
「今から三つの質問をする。お主らの分かる範囲でいいから答えてくれ。」
そう前置きしてから、コホンと咳払いをして質問を始めた。
「まずは一つ目の質問だが、ここでは鳳竜以外にも機械竜がいるのではないか?」
そう尋ねると、二匹の鬼は首を傾げた。
「ええっと・・・・機械竜?」
「竜ではないな。なんかこう・・・・モサッとしたのならおるが。」
「モサッとした?」
「そうそう。なんかこう・・・・モサっとしてるんだよ。」
「うむ、モサっとしておるな、アレは。」
「・・・いまいち要領を得んな。もっと詳しく話せ。」
そう言ってさらに詰め寄ると、クトゥルーが「モサッとって、アレのことだべか?」と呟いた。
「クトゥルーよ、お前は中に入ったのだったな?どんな様子であった?」
「んんっと・・・いっぱい機械があったべ。たくさん人間もいたし。みんな作業服みてえなの来て、一人だけスーツを着た男がいたべなあ。」
「スーツの男か。そいつはお主を案内した男か?」
「いんや。そいつはいつの間にかいなくなってた。」
「どこかへ消えたというのか?」
「分かんねえべ。でも中は広くて、なんか造船所みてえな感じなんだ。アレ・・・・ドッグっていうのけ?デカイ船とか飛行機を収容する場所みてえなやつ。ほんでコンピューターとか、なんか太いケーブルとかがあって、それがモサっとしたアレに繋がってたんだあ。」
「ふうむ・・・モサっとなあ。まったく想像が湧かん。」
スクナヒコナは困った顔で唸る。すると餓鬼が「そういえばアレに似てるな・・・」と呟いた。
「アレ?アレとは何のことだ?」
「ほら、こう・・・・アレだよ!な?分かるだろ?アレ。」
そう言って鬼門の方を振り向くと、「アレか・・・・確かに似ている」と頷いた。
「こらこら、お前たちだけで頷いても分からん。アレとは何のことだ?」
「だから・・・・アレだよアレ!こう・・・モサッとしてさ、な?」
そう言って餓鬼は、何かを伝えるように手を動かした。するとそれを見たクトゥルーが、「ああ!アレな!」と足を指した。
「確かに似てるべ!アレはアレに似てるんだあ。」
「そうそう!アレはアレに似てんだよ!な?」
「不覚!今の今まで気づかなんだ・・・。アレはアレに似ておるのだ。だが・・・アレの名前が出てこん・・・。」
「どうでもいいじゃねえか、名前なんて。」
「む?そうか?」
「だべだべ。名前なんかどうでもいいべ。オラ、アレが何かに似てると思ってたんだあ。いやあ、分かってスッキリしたべ!」
「だよな〜。俺も何かに似てると思ってたんだよ。アレはアレに似てたのかあ〜。」
「不覚!・・・と言いたいところだが、そうでもないな。アレがアレに似てると分かっただけで、大分スッキリした。名前などどうでもいいか。」
「うんうん、似てると分かっただけで充分だ。」
「んだな。これで万事解決だべ。」
クトゥルーと二匹の鬼は、スッキリした顔で頷く。そしてお互いに肩を組み合って、「いやあ、よかったよかった!」と笑った。
「なんにも良くないわ!このバカたれども!!」」
スクナヒコナは顔を真っ赤にして怒り、クトゥルーたちに矢を放った。
「いで!」
「アウチ!」
「痛し!」
「おのれら・・・・会話が曖昧過ぎるであろう!何が万事解決なものか!?なんも解決なんかしとらんわ!」
茹でダコのように顔を真っ赤にしながら、「アレとは何のことだ!?」と叫んだ。
「我にも分かるように説明せい!!」
「そう怒るでねえ。ちょっと思い出すから待ってろ。」
クトゥルーは長い足を動かしながら、「アレは・・・・水の中の生き物だべなあ・・・」と呟いた。
「なんかこう・・・・苔を丸めて作ったような生き物だべ。丸っこくて、下手すりゃ藻屑が絡まったゴミにしか見えねえんだけども・・・・、」
するとスクナヒコナが「もしかして毬藻か?」と尋ねた。
「おお!おお!それそれ!毬藻だべ!」
「OK!あんた物知りだぜ!」
「不覚!思い出せなんだ・・・・。」
「貴様らは漫才のトリオか・・・・。いい加減真面目にやれい。」
スクナヒコナはうんざりしたように首を振り、「では毬藻のような兵器があるということか?」と鬼に尋ねた。
「まあなあ〜・・・あれは兵器っちゃあ兵器なんだろうけど、機械じゃないような・・・・。」
「機械ではない兵器か・・・。生物兵器ということか?」
「さあなあ。詳しいことは知らんけど、でも戦う為のモンなんじゃないの?いや、詳しいことは知らんけど。」
「そうか・・・。毬藻のような兵器か?して、それは大きいのか?」
「うん、鳳竜の五倍くらいはあるんじゃないか?」
「五倍だと!?」
「だって生き物みたいな感じだから、日に日にデカくなってんだよ。俺、こっそり中に入ってチェックしてっからさ!」
そう言って餓鬼は、なぜか自慢気に指を立てた。
「ううむ・・・・毬藻のような生物兵器か・・・・。よく分からぬが、鳳竜以外にも兵器があることは分かった。」
スクナヒコナはコホンと咳払いして、「では二つ目の質問だ」と言った。
「お主たちはなぜここにおる?」
そう尋ねると、「そんなもん決まってんだろ!」と餓鬼が言った。
「この先のエレベーターを守ってんだよ。」
「どうして?」
「ど・・・・どうして?それは・・・・どういう意味?」
「あのエレベーターを動かすには、鳳竜かここの祠の人間が必要なのだろう?ならばわざわざお前たちが守る必要はあるまい?」
「・・・・・・・・・・・。」
「それにもしエレベーターを守る為というのなら、どうしてクトゥルーを止めようとしなかった?我は止めたクセに。」
「それは・・・・、」
「これは我の推測だが、お前たちの本当の役目は監視ではないのか?」
強い口調で尋ねると、餓鬼は「う・・・」とうろたえた。
「やはりか・・・。ならばもう一つ。お前たちが監視しているのは、外から入って来る者ではない。中から逃げ出そうとする者たちだ。違うか?」
「うおう!」
「お前たちは誰かに命令されて脱走者を見張っている。そして・・・お前たちに命令を出しているその『誰か』は、この祠の中にいるのであろう?」
「ぐえあ!」
「正直な反応で分かりやすい。」
スクナヒコナは肩を竦めて笑い、「お前たちの役目は、この祠にいる人間の監視であろう?」と言った。
「クトゥルーを襲わなかったのは、単に勝てないと思ったからだ。しかし我のようなチビには勝てると思った。だから遊び半分で襲いかかって来たのだろう?」
「・・・す・・・鋭い・・・・。」
「こんな事で驚かれては困る。次はもっと鋭い質問をするぞ。」
そう言ってニヤリと笑い、真顔に戻って鬼たちを見つめた。
「では最後の質問だ。お前たちに命令を出している『誰か』とは・・・・人間ではないな?」
「・・・・・・・・・・・。」
「この中で造られている毬藻のような兵器。そして脱走者を見張る為に、餓鬼と鬼門を置いている。
どちらも人間では無理なことだ。ならば答えは一つ、この祠には悪魔がいるのだ。」
「・・・・・・・・・ぐ!」
「神獣のいない隙を見計らって、ここに入った悪魔がいる。それがどのような悪魔かは分からぬが、この場所を利用して何かを企んでいるはずだ。」
「・・・・・・・・ぬぐ!」
「ここにいる人間たちは、悪魔に脅されて新たな兵器を造っている。だから脱走しないように、お前たちが見張っている。違うか?」
「・・・・・・・・・おふ!」
スクナヒコナはビシッと指を突きつけ、「我の推測、当たっているかどうか答えてもらおう!」と叫んだ。
「え、ええっと・・・・、」
二匹の鬼は顔を見合わせ、ダラダラと冷や汗を流した。
「答えぬのなら、クトゥルーに食べてもらうが?」
そう言ってクトゥルーに顎をしゃくると、大きな口を開けて吠えた。
「オメえら!どうなんだ!?スクナヒコナの質問に答えねえか!さもなくば食っちまうど!!」
「ひいいいいいい!」
「不覚!去ぬのは勘弁!!」
鬼たちは身を寄せ合い、ブルブルと震えた。
「そ・・・・その質問には答えられない!」
「どうかご勘弁を!」
「ならば食われてもいいのか?」
「イヤだ!イヤだけど・・・・・喋ったら殺される!」
「我らは去にたくない!喋るのも食われるのも拒否する!!」
「むうう・・・・相当怯えておるな。こやつらのバックには、いったいどんな悪魔が・・・・・。」
スクナヒコナは腕を組み、険しい顔をした。
もしかしたらここには、想像以上に強大な悪魔が入りこんでいるのかもしれない。
もしそうだとするならば、自分たちだけで中に行くのは危険かもしれないと思った。
「ここはメタトロン殿が戻って来られるまで、大人しく待っていた方がいいやもしれぬ。」
そう呟いてエレベーターを睨んだ時、祠がグラグラと揺れた。
「じ・・・地震か!?」
「んな馬鹿な。ここは雲の中だど。地震なんかあるわけねえべ。」
「ならば・・・この揺れはいったい・・・・、」
祠の中が激しく揺れ、天井にヒビが入る。鬼たちはピタリと寄り添い、「ひいいいいい!」と叫んだ。
「この揺れは・・・・下からであるな。メタトロン殿を待っている時間はなさそうだ。我らだけで中へ・・・・、」
そう言いかけた時、祠の中に大きな叫びがこだました。
「これは・・・鳳竜の雄叫び!?」
揺れる祠の中に、鳳竜の雄叫びが響き渡る。そして凄まじい爆音が響いて、辺りの床が吹き飛んだ。
「いったい何が起こっておるのだ!」
揺れは激しさを増し、天井が砕け落ちる。そしてまた床が吹き飛んで、祠の中は滅茶苦茶になっていった。
そして・・・・遂には粉々に崩れてしまい、爆撃を受けたかのようにバラバラになってしまった。
そんな光景を、外の人間たちは息を飲んで見つめる。
ざわざわとどよめき出し、中には恐怖で泣き出す者もいた。
「ああ・・・・博臣・・・。どうか死ぬ前に一度だけ、博臣に会わせて・・・・。」
博臣の両親が、手を握り合って祈っていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第三十七話 太陽神ルー(5)

  • 2015.05.27 Wednesday
  • 12:08
JUGEMテーマ:神社仏閣
ルーの登場、エジプトからの悪魔の増援。
それらが戦場に熱を持たせ、戦いはより派手に、より激しくなっていく。
天使の軍勢はよく奮闘しており、サンダルフォンを筆頭に悪魔を蹴散らしている。
また神獣の群れも強く、黄龍に麒麟に四聖獣、エンシェントドラゴンやバロンもよく戦っていた。
力のある神獣は魔王級の強さを備えていて、中にはそれ以上の者もいる。
ペガサスやユニコーン、それにヤタガラスやスパルナも奮闘していて、神獣の群れは大いに活躍してくれた。
インドは天使と悪魔、そして神獣が入り乱れる大戦場となり、エジプトからも続々と悪魔の増援が駆け付けて来る。
ダフネは満足そうに頷き、「そろそろ頃合ね」と言った。
「これだけ援軍が来れば、エジプトは手薄になっているはず。それに戦いの目もこちらに向いてるだろうし、急襲をかけるなら今しかないわ。」
そう言ってミカエルに手を振り、「もうここはいいわ!」と叫んだ。
「後はサンダルフォンや神獣に任せましょう。」
船から少し離れた所で戦っていたミカエルは、「そうだな」と頷いた。
「予想以上に激しい戦いになってくれた。これ以上煽る必要はあるまい。」
「ええ、今ならエジプトの守りは薄くなっているはず。急ぎましょう。」
ダフネは船の中に戻り、「そろそろ行くわよ」とダナエに言った。
「早く船を飛ばして。ああ、それと・・・・ペダルを使ってね。」
そう言ってダナエの近くに寄り、操縦席の足元にあるペダルを踏むフリをした。
「これは超高速で船を飛ばす装置よ、前に説明したでしょ?」
ダフネはペダルの前に膝をついた。
「ペダルが三つあるでしょ?右から順番に速くなるのよ。この前アンタが踏んだのは一番左のペダル。銀河から銀河へ移動する時に使うやつね。それでもって真ん中が恒星から恒星の間を飛ぶのに使うやつ。そして一番右が惑星間用ね。」
指をさしながら丁寧に説明し、「今回は一番右のペダルを使うのよ」と言った。
「このペダルを踏みながら、椅子の左右のレバーをめいっぱい後ろまで引くの。そうすれば最大までスピードが落ちるわ。
ここからエジプトくらいだと、そうねえ・・・・だいたい二分くらいで着いちゃうわ。」
そう言って立ち上がり、「説明終わり、分かった?」と尋ねた。
「・・・・・・・・・・。」
「ダナエ?」
「・・・・・・・・・・。」
「ちょっとダナエ。何をボーっとしてるのよ。今の説明聞いてた?」
「・・・・・・・・・・。」
「ダナエったら。」
ダナエは窓の外を睨み、真剣な顔をしていた。ダフネは目の前で手を振り、「お〜い、ダナエ〜!」と呼びかけた。
「・・・・今、助けてって聞こえた・・・。」
「ん?」
「スカアハが・・・・助けてって言ってた。」
そう言って操縦室から出て、下の階へ向かう。
「ちょ・・・ちょっと!どこ行くのよ!?」
ダフネは慌てて追いかけ、「待ちなさい!」と腕を掴んだ。
「アンタ何してるのよ!これからエジプトへ向かうのよ?」
「だって・・・スカアハが助けてって言ってたんだもん!」
「そう?私には何も聞こえなかったけど?」
「そんなことない。あれは絶対にスカアハの声だった。彼女が助けてって言うなんて・・・・・きっとよっぽどのピンチなんだわ!早く行かなきゃ!」
ダナエはダフネの腕を振りほどき、船の外へと駆け出した。
そして「今行くからね!」と、スカアハの声がした方に飛び立とうとした。
「待ちなさいって言ってるでしょ!勝手なことは許さないわよ!」
ダフネは後ろから羽交い締めにして、ダナエを引き下ろした。
「離してよ!スカアハがピンチなんだから!!」
「行っちゃダメよ!アンタは船を動かすの!」
「イヤよ!私の仲間が危ないんだよ!?このままエジプトになんか行けない!」
「馬鹿なことを言うんじゃない!私たちはエジプトへ行って、敵の大将を叩かないといけないのよ!それにアンタはラシルへ戻らなきゃいけないでしょ!」
「スカアハを助けたら行くわよ!いいから離して!」
ダナエは身を捩り、ダフネの腕から逃げ出す。そして再び飛び立とうとした。
しかしダフネの方が先に飛び上がって、ダナエの前に立ち塞がった。
「勝手なマネするんじゃない!!」
手を振りあげ、思い切りダナエの頬をはつった。バチン!と大きな音が響き、ダナエの頬が赤くなる。
ダフネに叩かれるなんて初めてのことで、ダナエは一瞬固まってしまった。
しかしすぐに我に返り、ジンと痛む頬に手を触れた。
「・・・・・・・・・・・。」
ダナエは怒った目でダフネを睨む。その目は涙ぐんでいて、泣くのを我慢するように唇を噛みしめていた。
ダフネはその目を睨み返し、視線を逸らすことなく言った。
「ミカエル、ケルトの神々が救援を求めてるみたい。援護を出してあげて。」
そう言うとミカエルは頷き、近くにいた天使たちを援護に向かわせた。
ダフネはそっとダナエの肩に手を起き、強い目で睨んだ。
「ダナエ、仲間を心配する気持ちは分かるけど、勝手なことは許さない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「いくら睨んだってダメよ。アンタはこれからエジプトへ向かうの。この船を飛ばしてね。」
そう言って船を見つめ、ダナエの背中を押した。
そして手を引いて操縦室まで戻り、椅子に座らせた。
「この戦いの指揮官は私よ。勝手な行動は許さない。いいわね?」
「・・・・・・・・・・・。」
ダナエは怒りのこもった目でダフネを睨みつける。固く唇を結び、決して泣くものかと我慢していた。
それでも溜まった涙は抑えられない。透明な滴が一筋、赤くなった頬を伝っていく。
ダフネはその涙を指で拭い、「私を信じて」と言った。
「今、私のことをひどい奴だと思ってるでしょうね。それならそれで構わないだけど・・・それでも私を信じてほしい。腹が立っても嫌いになってくれても構わない。ただ・・・私を信じて。お願い。」
ダフネはそっと手を重ねる。その手はいつもと変わりなく柔らかく、そして温かかった。
ダナエはグッと唇を噛んだまま、また一筋涙を流す。そして堪りかねたように、顔を逸らして俯いた。
「さあ、船を飛ばして。さっき私が説明したとおりに、一番右のペダルを踏みながら、左右のレバーを引くの。方向は私が指示するから、しっかりと舵を握ってちょうだい。この船を操れるのは、あなたしかいないんだから。」
重ねたを手をしかっりと握りしめ、ほんの少しだけ微笑む。
そしてダナエから離れて、外にいるミカエルに頷きかけた。
「ダナエ・・・・。」
傍にいたコウが、心配そうに寄って来た。
優しく背中を撫でながら、「大丈夫か?」と問いかける。
「・・・・・・・・・。」
「頬、赤くなってるぞ?魔法で治そうか?」
「・・・・・いい。」
ダナエはまだ泣いていて、コウから顔を逸らして涙を拭った。
そして顔を逸らしたまま、「スカアハが・・・・助けてって言ってたの・・・・」と呟いた。
「彼女がそんなこと言うなんて、よっぽど危険な目に遭ってるってことなのに・・・・どうして助けに行っちゃいけないの?」
そう呟くダナエの背中は震えていて、また涙を拭った。
「ダナエ・・・ダフネはお前に腹を立てて怒ったわけじゃ・・・・、」
「分かってるよ!そんなの分かってる!」
「・・・・だよな、ごめん。」
コウはポリポリと頭を掻き、「スカアハが心配なんだろ?」と肩を叩いた。
「スカアハが助けを求めるなんてよっぽどだ。だからアイツのことが心配なんだろ?」
「そうよ!もし・・・・もし悪魔にやられてたらって思うと・・・・・エジプトなんかに行ってる場合じゃない!アリアンもクーも・・・・みんな危ない目に遭ってるはずなのに・・・・私は何も出来ない。」
ダナエは悔しそうに言う。声をふるわせ、鼻をすすりながら。
地球へ来てから何も出来ない自分。戦うことに迷いはないはずなのに、どうしてもこの星の空気に馴染めない自分。
そして傷つく仲間を見捨てて、エジプトへ向かおうとしている自分。自分、自分、自分・・・・どこまでいっても不甲斐ない自分。
地球へ来てから、ダナエの自信は小さく萎み、今ではロウソクの火のように頼りないものになっていた。
ダナエは本来、そう明るい性格ではない。脆く、傷つきやすく、落ち込みやすい性格をしている。
明るく振舞うのは好きだが、心の根っこは繊細で後ろ向きなところがあった。
そのことをよく知っているコウは、「あんまり自分だけで抱え込むなよ」と頭を撫でた。
「そうやって自分の中に何でも抱え込むのは、お前の悪いクセだぞ。スカアハは強い神様だし、それはアリアンやクーだって一緒さ。だから悪魔に負けたりなんかしない。」
「そうだけど!でも・・・・もし何かあったらって・・・・、」
「・・・うん、俺も心配だよ、みんなのことは。だけどここは戦場だから仕方ないんだよ。冷たく聞こえるかもしれないけど、スカアハたちだって腹を括ってるはずさ。」
「・・・・・聞こえるかもしれないじゃなくて、冷たく聞こえるわ。私はコウみたいに割り切れない。」
「俺だって割り切ってなんかないよ。だけどどうしてみんなが命懸けで戦ってるのか、それを考えないと。それは俺たちをエジプトへ向かわせる為だろ?」
「・・・・・・・・・・。」
「お前はさ、一見気丈に見えても、実はすごく弱いんだよ。俺たちは昔っから一緒にいるから、どんなに誤魔化したって分かる。今はそうやって泣いてるけど、今までにだって心の中じゃ何度も泣いてたろ?ラシルにいる時でもさ。」
「・・・・そんなことない。」
「あるよ。俺だけじゃなくて、ドリューやカプネだって気づいてる。あのゾンビどももな。」
そう言った瞬間、ダナエは「そうだわ!トミーとジャムは!?」と振り向いた。
「あの二人はちゃんと地球に帰ったのよね!?」
「当然だろ。二人で見送ったじゃんか。」
「二人が出た場所は、地球に生えてるユグドラシルの分身・・・・。それって・・・・、」
「ああ、エジプトだ。」
コウはニコリと笑い、「向こうにだって仲間がいるんだぜ」と言った。
「スカアハたちだって仲間だけど、あいつらは強い。だから自分のことは自分でどうにか出来るよ。だけどあのゾンビどもは弱っちいんだぜ?それはお前もよく知ってるだろ?」
「・・・・・・・・・・。」
「あいつらこそ、お前が助けに来てくれるのを待ってるはずさ。ラシルの時みたいに、俺とお前、そんであの二人と一緒に戦おうよ。それで必ずラシルに戻るんだ。ドリューやカプネと一緒に、邪神を倒しにいかないと。」
コウはまたニコリと笑って、箱舟の舵を握った。
「これは確かに凄い船さ。でも俺たちの本当の船はラシルにある。一緒に月を飛び出して、ラシルで共に戦った船が・・・・・。」
そう言いながら舵を握っていると、ダナエもそっと舵に触れた。そして少しだけ動かしながら、固く結んでいた唇をほどいた。
「・・・・ラシルには、私の本当の船がある。みんなと一緒に旅をした船が・・・・。」
「そうさ。だからエジプトへ行かないと。この星の神様たちはこの星の為に、俺たちはラシルの為に戦うんだ。その為に・・・・一緒に行こう。」
コウは手を重ね、ダナエの顔を見つめて微笑んだ。
ダナエの頬には涙の跡が残っているが、もうその目に涙は溜まっていない。
コウのおかげで大切なことを思い出し、窓の外の空を見上げた。
「コウは本当に口が達者だよね。そう言えば私が元気を取り戻すって知ってたんでしょ?」
そう言って肩をぶつけると、コウは「さあねえ」と笑った。
「別にそういうつもりだけじゃなかったけど、お前を扱うのなんて簡単さ。なんたって鈍チンなんだから。いつだって俺の手の平で転がされてればいいんだよ。」
「何よそれ?また馬鹿にする気?」
「いいや、お前を信用してるだけだよ。何があっても、お前は仲間の為に頑張る奴だってな。」
「上手いこと言って。ちょっとニヤけてるじゃない。」
「そうか?真顔のつもりだけど。」
コウはペシペシと自分の頬を叩く。二人は顔を見合わせて笑い、一緒に船の先を見つめた。
「行こっか、エジプトへ。」
「ああ、いい加減飛び立たないと。後ろでおっかない女神が睨んでるからな。」
そう言って後ろを振り返ると、そこには腕組みをしたダフネが立っていた。
可笑しそうに微笑みながら、髪を揺らして首を傾げる。
「あんたらは良いコンビよね。昔も今も。」
「まあな。ダナエみたいな単純な奴には、俺みたいな賢い奴が必要なんだよ。」
そう言って笑っていると、ダナエに背中をつねられた。
「痛ッ!」
「私だってもうそんなに単純じゃないからね。いつかコウより賢くなるかもよ?」
「ないない。それだけは絶対にないね。」
「ううん、絶対になってみせるわ。だって私の将来の夢は社長なんだから。」
ダナエはニコリと笑い、舵を握りしめる。そして右のペダルを踏みながら、左右のレバーをめいっぱい後ろに引いた。
箱舟の車輪が回り出し、ゆっくりと浮き上がる。辺りから虹色の粒子が集まって、箱舟を覆い始めた。
「邪神を倒したら、必ず大きな神様に会いに行く。その後は、どこかの星で会社を創るの。」
「お前・・・・その夢本気だったのか?」
「もちろんよ!私が社長で、コウが副社長。ドリューは美術部の部長で、カプネは営業部長ね。」
「トミーとジャムは?」
「トミーは人を見る目がありそうだから人事部長。ジャムは・・・・・意外と面白いアイデアを持ってそうだから、企画部長かな。」
「夢が膨らんでいいことだな。」
「でしょ!アドネは秘書で、ミミズさんは強いからボディガード。それでもってブブカは・・・・・って、そうだった!ブブカがいなくなっちゃったんだわ!どこに行っちゃったんだろう?早く戻って来てくれたらいいんだけど・・・・。」
船は空高く浮き上がり、車輪が高速で回転していく。
ダフネはケンとアメルを呼び戻し、カルラと共に船の上に降り立った。そして四大天使も戦場から離れ、船の縁に掴まった。
「さあ、行くわよみんな!ルシファーとサタンをぶっ飛ばしてやるの!そして地球を悪魔の手から取り戻すわよ!!」
月の女神の号令が飛び、それと同時に箱舟が動き出す。
虹の光を纏った車輪が、凄まじい勢いで風を漕ぐ。
船は一瞬で音速を超え、悪魔の大将を討ち取るべく、エジプトへ向かった。
それを地上から見ていたアマテラスが、目を閉じながら祈りを捧げた。
「この地を治めたら、すぐに我らも向かう。それまでどうか無事で。」
祈りを捧げる女神の元に、悪魔の大群が襲いかかる。アマテラスは悪魔を睨み、鋭い眼光を飛ばした。
「悪魔たちよ!八百万の神を束ねるわらわの力、とくと見せよう!」
眩い光が辺りを包み、一瞬で悪魔の大群を浄化していく。
しかしまだまだ悪魔は残っている。それどころか、エジプトから続々と援軍が駆け付けて来る。
サンダルフォン、アマテラス、ルー、ケルトの神々、そして天使の軍勢と神獣の群れ。
インドでの決戦は、佳境に向かって熾烈を極めていく。
ぶつかる両軍の雄叫びが、雷のように遠くまで響いていた。


            *


インドでの戦いが熾烈を極める頃、クトゥルーたちはまだ日本にいた。
神獣たちがいた、祠のある雲の中に来ていたのだ。
雲の中には、楽園のような世界が広がっていた。
山や川、それに海まであって、見渡す限りに美しい自然が広がっている。
動物が自由に歩き回り、鳥が気ままに空を舞い、そして虫や魚までもが自由を謳歌していた。
大地は緑に覆われ、緩やかな丘には花が咲き誇っている。
そしてそんな美しい景色の中に、大きな石造りの建物が建っていた。
それは祠だった。学校の体育館ほどもある祠が幾つも点在し、多くの人々がその中で過ごしていた。
そしていくつもある祠の向こうには、ひときわ大きな祠が建っていた。
まるで城かと思うほどの巨大さで、祠の上には注連縄のかかった大きな岩が乗っていた。
クトゥルーはたちはその巨大な祠を目指し、雲の中を歩いて行く。
人間たちが怯えた表情で見つめていて、目が合うとビクリと身構えた。
「オラたち敵だと思われてんのけ?」
クトゥルーが不快そうに言うと、「そう思われても仕方なかろうと」とスクナヒコナが答えた。
「ここにいる人間たちは、悪魔の襲撃で住処を奪われたのだ。ならば他所者が入ってくれば、警戒するのは当然であろう。」
「だどもオラたちは悪魔じゃねえべ。地球の為に戦ってんだ。それは人間の為にもなるってのに、こうもジロジロ見られちゃあなあ・・・・。」
クトゥルーはさらに不快な顔をして、祠の中の人間たちを見渡して行く。
「人間の目には腹が立つけども、ここは良い場所だべ。大昔の地球によく似てるだ。」
「黄龍と四聖獣の力で、この世界を創りだしているのだ。自然を司る神獣ならではの技だな。」
スクナヒコナもその美しい景色に目を奪われる。しかし憂いのある声で、「そう長くはもたぬだろうがな」と呟いた。
「ここは美しい場所だが、しょせんは一時の隠れ家に過ぎぬ。いつかは神獣たちの力が消え、ただの雲に戻ってしまうだろう。」
「そうなったら大変だべ。ここにいる生き物は、全部下へ落っこちちまうだ。助かるのは鳥だけだべ。」
「左様。そうならぬ為にも、ここが消える前に悪魔たちを殲滅せねばならぬ。我らの仲間はすでにインドで戦っているであろう。もしかしたら、すでにエジプトでも戦いが始まっているやもしれぬ。」
「んだな。だったらオラたちも早く行かねえと。この鳳竜さ直してもらってな。」
そう言ってクトゥルーは後ろを振り向く。そこには戦いで傷ついた鳳竜が歩いていた。
「コイツは機械なもんだから、魔法で治せねえのが欠点だな。」
「うむ。だからこそこうして雲の祠を目指しておるのだ。これを造った人間たちに修理してもらう為に。」
クトゥルーたちは真っ直ぐに巨大な祠へ歩いていく。
すると一組の夫婦が、川の傍で佇んでいた。
その夫婦はクトゥルーたちに気づいておらず、沈んだ顔で川を見つめていた。
スクナヒコナはその夫婦を見て、「気の毒に・・・」と呟いた。
「きっと悪魔の襲撃で、身内を亡くした人間だろう。」
川を見つめる夫婦は、中年というにはまだ若く、若者というには歳を取っていた。
二人は身を寄せ合い、まるで川面に誰かの顔を描いているように、じっと見つめていた。
二人の歳、そしてその佇まいから察するに、きっと子供を亡くしたのだろうとスクナヒコナは思った。
「我が子を亡くす・・・・親としてこれほど辛い事があるだろうか?本来ならば親よりも長く生きるはずなのに、先に逝かれるほど悲しいことはない。」
夫婦への同情が胸を打ち、《必ずやこの地球に平和を取り戻す。もうしばし辛抱してくれ》と心の中で語りかけた。
そしてその夫婦の後ろを通り過ぎようとした時、妻が「ヒロオミ・・・・」と呟いた。
スクナヒコナはその呟きに反応して、耳を傾けた。
「ヒロオミ・・・・・あの変な女の人と家を出て行ったきり、戻って来ない・・・・。」
妻は悲しそうに呟き、目尻を拭う。夫も同じように悲しい顔を見せ、ただ唇を噛んでいた。
そして妻の手を握り、慰めるようにゆすった。
「あの子・・・・アリアンさんと出て行ったきり、まったく戻って来ないわ・・・・。それにミヅキちゃんも、赤い鎧を着た変な男の人と出掛けていくし・・・・。まさか・・・・あれって誘拐だったの・・・・?私があの時しっかりしていれば、ヒロオミがいなくなることなんてなかったのに・・・・。」
妻は自分を責めるように目を瞑る。夫は握った手をゆすりながら、「お前のせいじゃない・・・」と慰めた。
二人はまた沈黙し、川に視線を戻す。深い深い悲しみが二人を包み、背中まで泣いているようだった。
そんな二人の会話を聞いていたスクナヒコナは、「ちょっと止まるのだ」とクトゥルーに言った。
「なんだべ?小便け?」
「違わい!あの夫婦が気になる事を話しておったのだ。」
スクナヒコナはクトゥルーの頭から飛び降り、夫婦の元まで駆け寄った。
「もし?ちょっとよろしいか?」
そう言って声をかけると、夫婦は「?」とういう顔で振り向いた。
「・・・・誰?今誰か呼んだわよね?」
妻が不思議そうに首を傾げる。夫も「俺も聞いたぞ」と頷いた。
「ここだ、ここにおる。」
スクナヒコナはジャンプしながら手を振る。しかし夫婦はまったく気づかない。
妻は疲れたように首を振り、「ヒロオミのことを考え過ぎて、疲れてるみたい・・・」とぼやいた。
「幻聴が聴こえるだなんて・・・・よっぽど参ってるのね。」
「無理もないよ、ヒロオミがいなくなったんだから。しかも悪魔のせいで世界は滅茶苦茶だ。心配しない方がどうかしてる。」
「そうよね・・・・。悪魔がうろついてるんだもの、幻聴くらい何よって話よね・・・。」
二人は互いに慰め合い、また川に視線を戻した。
スクナヒコナは「ぬぬぬ・・・」と顔を真っ赤にして、夫婦の前に回り込んだ。
「ここにおるであろうが!」
そう叫んでジャンプすると、二人は「うわあ!」と驚いた。
「ちょっと・・・小人がいるわよ・・・・。」
「本当だな。これ・・・一寸法師かな?」
「違わい!我は小人ではない!スクナヒコナと申す神である。」
そう言って胸を張ると、夫婦は「神様?」と首を傾げた。
「こんなに小さいのに・・・・神様?」
妻は疑わしそうに首を傾げる。スクナヒコナは「嘘ではないぞ。我は八百万の神が一人、スクナヒコナである」と言った。
「実は先ほどからお主たちの会話を聞いていて、ふと心当たりがあってな。こうして声をかけた次第である。」
そう言うと、妻は目の色を変えた。
「心当たり?それってもしかして・・・・ヒロオミのこと?」
妻はスクナヒコナに顔を近づけ、「何かあの子のことを知ってらっしゃるんですか!?」と尋ねた。
「うむ。実は我の仲間にも、ヒロオミという名の少年がおるのだ。確か・・・・姓は桂と言ったか?」
そう答えると、夫婦は顔を見合わせて驚いた。
「あ・・・あの・・・私たちも桂というんです!悪魔が現れるようになってから、息子が行方不明になってしまって・・・。」
「その息子殿が、我らの仲間であるヒロオミ殿かどうか、確認させてもらいたいのだ。申し訳ないが、息子殿のことを詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
「え・・・ええ!もちろんです!」
妻はコクコクと頷き、ヒロオミの特徴を伝えた。そして友人のミヅキも一緒にいなくなってしまったこと、アリアンロッドという変な格好をした女性が家に来たことも伝えた。
まくしたてるように説明を終えると、スクナヒコナは「ふうむ、なるほど・・・」と頷いた。
「お話を聞く限りでは、我らの仲間の博臣殿と見て間違いなかろう。」
「ほ・・・ほほ・・・本当ですか!!」
妻は両手でスクナヒコナを掴み、「あの子はどこにいるんです!?無事なんですよね?今すぐ会わせて下さい!!」とゆすった。
「こ・・・コラ!我は神なるぞ!この様な無礼な扱いは・・・・、」
「いいから答えて!あの子はどこにいるの?すぐに会わせて!」
「ぐがが・・・・・首を絞めるな・・・・。」
博臣の母はさらに激しくゆさぶる。スクナヒコナは「見ておらんでなんとかせい!」と、父の方を睨んだ。
「ちょっと落ち着けよ。そんなんじゃ何も答えられないだろ。」
「え?ああ・・・・そうね・・・。つい興奮しちゃって・・・、ごめんなさい。」
母はスクナヒコナを下ろし、「息子は・・・どこにいるんでしょうか?」と聞き直した。
「心配で心配で堪らないんです・・・。私たちだけこうして助かって、あの子だけ危険な目に遭ってたらどうしようって・・・・、」
母の目にじわりと涙が溜まり、スクナヒコナは「お気持ちは察するぞ」と言った。
「まず博臣殿は無事だ。何の怪我もしておらん。」
「ほ・・・本当ですか!?」
「ああ、本当である。しかし今はここにはおらぬのだ。先ほどまでは一緒だったのだが、少し事情が出来てな。今は海の中へ潜っているはずだ。」
「う・・・・海に・・・潜る?」
母は眉をひそめ、意味が分からないというふうに首を傾げる。父の方は真剣な顔で聞いていて、「もっと詳しく話して下さい」と詰め寄った。
「そうだな・・・・。まずは簡単にこれまでの経緯を話すとしよう。信じられぬとは思うが、とりあえずは聞いてほしい。」
スクナヒコナは丁寧に、そして分かりやすく説明した。今までの戦いのこと、博臣が肉体を失っていること。
そしてメタトロンと同化して、悪魔と戦っていること。全ての説明を終えると、博臣の母は瞬き一つしなくなってしまった。
接着剤で固められたように表情が消え去り、二つの目が宙を彷徨っている。
「もし?母上殿?」
スクナヒコナはピョンピョン跳ねて手を振る。博臣の母はまだ固まっていて、思い出したように瞬きをした。
心配した父が、「おい・・・」と肩を揺さぶる。すると無言のまま振り返り、「あの子の所に行って来るわ・・・」と立ち上がった。
「海にいるんでしょう?ちょっと行って来る・・・・。」
そう言ってフラフラと歩き出し、「博臣、今行くからね・・・」と呟いた。
「待て待て。落ち着けって。」
父が慌てて腕を掴み、スクナヒコナの元に引き戻した。
「この神様、まだ言いたいことがあるようだぞ。ちゃんと聞かないと。」
「もう全部聞いたわ・・・・。早く博臣の所に行かないと。」
「あのな、博臣は無事だ。この神様もそう言ってる。だから海へ行くのはやめとこう。」
「だって・・・・、」
「神様が無事だって言ってるんだ。無事に決まってる。」
「そうだけど・・・・、」
「俺だって博臣に会いたいよ。だけど海の中じゃ会いに行くなんて無理だろう。最後まで話を聞こう。」
そう言ってどうにか落ち着かせ、スクナヒコナの前に座らせた。
「母上殿、心中お察しする。しかしまだ続きがあるのだ。どうか落ち着いて聞いてほしい。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「我が子が悪魔と戦うなど、人間の親としては考えられぬこと。その気持ちはよく分かる。しかしこれは事実なのだ。重いと思うが、受け止めてほしい。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「母上殿?」
「・・・・・・・ええ、聞いてるわ。」
「左様か。ならばどうして博臣殿が海にいるのか説明しよう。しかしその前にちょっと失礼する。」
スクナヒコナはクトゥルーの元に戻り、「先に鳳竜を連れて行ってくれ」と言った。
「我は博臣殿のご両親と話をする。少し時間がかかるやもしれぬ。」
そう言って夫婦の方を振り返ると、今度は父親の方も放心状態になっていた。
妻が混乱してくれたおかげで冷静さを保てたが、時間と共に父の方にも混乱が押し寄せた。
今では二人して川を睨み、心ここにあらずという感じだった。
それを見たクトゥルーは、「そんなもん後でいいでねか」と答えた。
「今は鳳竜を直す方が先だべ。インドじゃみんな戦ってんだ。早く行かねえと。」
「それはそうだが、どの道メタトロン殿がここへ戻って来るまでは動けぬ。何も知らせずに博臣殿と再会したら、あの夫婦はさらに混乱するであろう。話が必要なのだ。」
「オメさんは細けえ性格してんなあ。疲れねえのけ?」
「生来このような性格だ。今さら疲れたりはせん。」
「そうけ。まあオメさんの気の済むようにしたらいいべ。オラはあのでっかい祠さ行って来るから、何かあったらすぐに来るべ。」
「うむ、頼んだぞ。」
クトゥルーは鳳竜を振り返り、「ほれ、直してもらいに行くべ」と先を急いだ。
スクナヒコナはそれを見送ると、サッと踵を返して夫婦の元に戻った。
「あいやごめん。では話の続きを・・・・、」
そう言いかけて二人を見ると、宙を睨んだまま固まっていた。
「ううむ・・・・もう少しオブラートに包んで話すべきだったか。」
放心する二人を見つめながら、パンパン!と手を叩いた。
「父上殿、母上殿、我の声が聞こえるか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
二人とも黙ったまま動かない。しかし少しだけ肩を揺らして反応した。
「よしよし、聞こえておるようだな。ならばそのままでいいから聞いてくれ。」
スクナヒコナは話を続け、アーリマンとの戦いを語った。
メタトロンが一度死んでしまったこと。自分も殺されてしまったこと。
赤い死神やブブカのことは掻い摘んで話し、とりあえずアーリマンを撃退することに成功したところまで語った。
「・・・というわけなのだ。まあ我は死んでいたから、その後のことは鳳竜から聞いたのだがな。知っておるだろう?人間と神獣がここで造った機械竜のことを?」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「さらに辛い話をしてしまったようだな。メタトロン殿が死ぬということは、同化している博臣殿が・・・・・、まあそういうことだ。
しかし安心いたせ。皆こうして生き返ったのだ。博臣殿もちゃんと生きておる。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「博臣殿は海へ向かったと言ったが、それには理由があるのだ。博臣殿・・・というより、メタトロン殿が向かったのは、太平洋側の日本近海である。
あそこにはワダツミという我が同胞の神と、ヤマタノオロチという化け物がおる。
両者とも力のある者なので、是非我らと共に戦ってもらう為に、メタトロンが向かったのだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「しかしそれだけではまだ足りない。アーリマンに敗北してしまったメタトロン殿は、強い危機感を抱かれた。
このままでは悪魔たちに対抗出来ぬと判断して、いったん月へ戻ることを決意された。
月は魔性の星ゆえ、内部に大きな魔力を秘めておる。その魔力を用いて、さらなる力を得ようとされておるのだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「どのような方法で月の魔力を得るのか分からぬが、そこは天使の長メタトロン殿のこと。何かしらの考えがあってのことなのだろう。
メタトロン殿は月へ行く前に、一度ここへ戻って来られるはずである。その時に、博臣殿と再会することが出来よう。どうか安心なされ。」
話を終えたスクナヒコナは、ポンと二人の膝を叩く。
「お二人のお気持ちは充分にお察しする。しかし今戦わねば、この地球は悪魔のはびこる地獄のような星になってしまう。
どうか戦いが終わるまでは、博臣殿を預けて頂きたい。このスクナヒコナが、必ずや無事に帰すと約束しよう。」
子を心配する親の気持ちはよく分かるが、今博臣を帰すわけにはいかない。
なぜなら彼が戻ってしまえば、メタトロンはティガの力を使うことが出来なくなってしまうからだ。
『人間と同化し、普段は人間の姿でいること。そして非常事態のみメタトロンに変身すること』
それがウルトラの父が突きつけた条件だった。そして一度同化したら最後、別の人間に変更することは許されない。
地球を取り戻すこの戦いが終わるまで、博臣はメタトロンと共に行動しなければならないのだ。
「無茶なことを言っていることは、百も承知である。しかし・・・・今はあなた方のご子息の力が必要なのだ。どうか我を信じて、任せてほしい。」
スクナヒコナは神でありながら、深く二人の人間に頼みこむ。
博臣の両親は何も答えずに川を見つめていて、父の方がゆっくりとスクナヒコナに目をやった。
「神様にこんなことを言うのは申し訳ないですが・・・・・、」
そう前置きしてから、グッと唇を噛んだ。
「そんな・・・・そんな勝手な話をきけると思ってるのか!!ええ!?」
父は鬼のような顔で怒鳴り、怒りとも悲しみともつかない表情で震えた。
「自分の子供を戦いの道具にされて、はいそうですかと言えるわけはないだろう!いくら神様だからって、そんな頼みがきけるか!!」
そう言って怒りに震えたまま、大きく息を吐き出した。
「博臣が戻って来たら、俺たちと一緒にここで避難させる。子供を戦いに送り出すなんて、そんなことは絶対に認めない。」
「・・・・お怒りはごもっとも。」
「白けた顔してぬかすなよ!あんた八百万の神様とか言ってたけど、それならこの国の神様なんだろ?だったら自分の国の子供を守ろうとは思わないのか!?それが神様のすることか?」
「そのお怒りもごもっとも。我には言い返す言葉はない。しかしこの戦いには、どうしても博臣殿の協力が必要なのだ。」
「そんなもん知るか!悪魔とかわけの分からんもんが出て来て、急に神とか天使とか言われても、こっちとしてはいい迷惑だ。そんなもんは映画だの漫画だのの中でやっとけばいんだ!どうして・・・・どうして現実にこんな事が起こるんだ・・・・・。」
父は悔しそうに唇を噛み、家族を守ることの出来ない自分を責めた。
そして、決して息子を戦いの道具にはさせないと誓った。
「誰がなんと言おうと、博臣は俺たちの元に帰してもらう。あの子は俺たちの大事な息子なんだ。分かったな!」
激しい怒りをぶつけ、自分を保つかのように荒い呼吸を繰り返す。
すると黙って聞いていた母が、「なんでもいいわ・・・・」と呟いた。
「博臣が帰って来てくれるのなら、なんでもいい・・・・。難しいことなんてどうでもいいから、早く戻って来てほしい・・・・。」
心から漏れたその呟きは、スクナヒコナの胸を打つ。
・・・ただ自分の子供に帰って来てほしい。
そんな素直でシンプルな言葉が、どんな罵りよりも胸を突いた。
しかしそれでも頷くわけにはいかない。グッと申し訳ない気持ちを堪え、「すまないと思っているが・・・、」と返すことしか出来なかった。
博臣の両親は黙り込み、もう何も言うまいと目を合わせなかった。
そして互いに寄り添うように、祠の方へと去ってしまった。
スクナヒコナは「すまない・・・」と見送り、何度も心の中で詫びる。
そしてクトゥルーの向かった巨大な祠に目をやった。
「・・・・行くか。」
小さな弓矢を担ぎ直し、トコトコと歩いて行く。
駆け回る馬や象の間を通り抜け、虎や熊にジロリと睨まれ、怯える人間たちに白い視線を向けられ、ただ真っ直ぐ祠へと歩いて行った。
そして見上げるほど巨大な祠の前に来ると、「ごめん」と言いながら中に入った。
「ここは・・・・・実に不思議な場所だな。」
祠の中は洞窟のようになっていて、不気味なほど薄暗い。周りには何も無く、ただ広い空間が広がっていた。
しかし奥には鳥居らしき物が建っていて、その上に注連縄がぶら下がっていた。
両隣には菩薩を祭ったお堂があり、線香の匂いが漂っている。
そして鳥居の奥には長い道が伸びていて、エレベーターのドアが見えた。
昇降ボタンが赤く光り、薄暗い祠の中で、不気味に輝いていた。
「あれに乗れというのか?」
スクナヒコナはエレベーターを睨み、真っ直ぐ歩いた。
そして鳥居の近くまでやって来ると、なにやら妖しげな気配を感じた。
「・・・・良くない気配を感じるな。もしやこんな所に敵が・・・・?」
弓矢を構え、注意深く辺りを見渡す。そしてふと頭上を見上げた時、鳥居の上に痩せた鬼がいるのに気づいた。
「こんな場所に鬼・・・・?しかもあれは餓鬼ではないか。」
鳥居の上にいたのは、餓鬼という名の低級の鬼だった。
餓鬼は骨と皮だけの細い身体をしていて、腹が異様にへこんでいた。
顔は普通の鬼と変わらないが、ダラダラとヨダレを垂らしていて、腹を空かした犬のように舌を舐めている。
餓鬼はいつでも腹を空かせている鬼で、隙あらば何でも食べようとする。
しかし素手の人間でも勝てる程度の強さなので、スクナヒコナは大して警戒しなかった。
「どこぞから迷い込んだのか?まあ餓鬼などゴキブリと似たようなものだ。一匹くらい迷い込むこともあるやもしれぬ。」
そう言って鳥居を潜ろうとすると、今度は餓鬼とは比べ物にならないくらいの大きな気配を感じた。
「むうう・・・・餓鬼以外にも何者か潜んでいるようだ。」
弓矢を構え直し、また辺りに注意を配る。
「・・・・・・・・上か?」
頭上から嫌な気配を感じるので、ふと見上げてみた。
すると薄暗い天井に、大きな鬼の顔が埋まっていた。
「あれは・・・・・鬼門か!?」
スクナヒコナは目を凝らし、じっと天井の鬼を睨んだ。
鬼門とは悪い気が流れ込む方角、または入り口のことだった。
しかしもう一つ役割があって、それは霊験あらたかな場所を守護する、門番のような役割だった。
天井に浮かぶ鬼門は、祠と同じように石で出来ていた。
完全に天井の一部として同化していて、よく出来た彫刻のように見える。
餓鬼とは違って鬼神のように猛々しい表情をしており、散乱した長い髪がおぞましさを感じさせた。
「鬼門がここにおるということは、鳥居を潜ろうとする者を見張っているということか。さて・・・我はすんなり通してもらえるだろうか?」
スクナヒコナは弓矢を構えたまま、表情を引きしめて鳥居を潜ろうとした。
するとその瞬間、餓鬼が降りて来て、道を塞いだ。
「餓鬼が・・・・?鬼門が立ち塞がるのではないのか?」
不思議に思いながら見ていると、餓鬼は「手形」と言って手を出した。

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