ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十四話 神器の力(11)

  • 2017.04.13 Thursday
  • 16:51

JUGEMテーマ:自作小説

かつてラシルの為に戦い、星になった神様。
その光が今、ダナエの頭上を照らした。
「武神・・・・。」
ポロリと呟くと、《ここにいるよ》と声がした。
《僕はここにいる。》
ダナエのすぐ傍に武神が浮かんでいた。
いつもと変わらず、風のように涼やかに。
「ギーク!私どうしたらいいの!?
進化はしたけど、でもその力があまりに大きすぎて・・・、」
《悩むことはないよ。》
ダナエの言葉を遮るように、武神は微笑んだ。
《考えればいいのさ。》
「考えるって・・・何を?」
《どうして君がそんなに大きな力を秘めているのか?それを考えればいい。》
「そんなこと言われたって分からないわ。
私はただ邪神を倒す為に強くなりたいって思っただけで・・・・。」
力が欲しかったのは、邪神を倒す為。
しかし今のダナエは、明らかにそれ以上の力を持っていた。
「きっと邪神を倒してもこの力は消えない。
戦うべき相手がいなくなった時、この力をどうしたらいいのか分からないの。
下手をしたら、みんなを傷つけてしまうんじゃないかって・・・・、」
《君は何者なんだい?》
「え?」
唐突な質問に、ダナエはポカンとした。
《君は誰なのか聞いているんだ。》
「誰って・・・・私はダナエよ。月の妖精。」
《ではどんな妖精だい?》
「どんなって・・・・妖精は妖精じゃない。それだけよ。」
《そうかな?君は妖精だけど、でも他にもう一つ顔があるはずだよ。》
「もう一つ・・・・、」
《君の中には月の魔力が宿っている。とても大きな魔力さ。》
「そうよ。この力がないと邪神に勝てない。」
《月の魔力は邪神を倒す為にあるのかい?》
「それは・・・・・違うわ。この力は月を治める為にあるの。」
《そうだね。君は進化して大きな力を手に入れたけど、じゃあそれは何の為か考えればいい。》
「だからそれが分からないの!」
《分かるさ。》
「ねえ教えて!ヒントだけでも!」
ダナエはすがるような目で見つめる。
するとキーマが《教えてあげれば?》と言った。
《ヒントくらいならいいじゃない。》
《・・・・そうだな。なら一つだけ。》
武神はダナエを見つめ、《君は器さ》と言った。
《君は月の魔力を宿す器なのさ。》
「器?」
《大きな力を宿すには、器も大きくないといけない。進化したのはその為さ。》
「・・・・・・・。」
《ダナエ、もう一度聞くよ。月の魔力は何の為にあるんだい?》
「月を治める為よ。」
《ならもう答えは出るはずだ。》
武神は頷き、ゆっくりと離れていく。
「待って!」
《ダナエ、君が答えを見つけるんだ。僕は導く者であって、光を照らす者ではないからね。》
そう言い残し、武神は空へと消えていった。
「ねえ待ってよ!答えを教えて!」
手を伸ばしても、武神は戻って来ない。
「キーマ!私はどうしたら・・・・、」
しかし彼女も消えていた。
「あれ?どこ行っちゃったの!」
周りを捜しても見当たらない。
ダナエは焦り、「戻って来てよ!」と叫んだ。
するとその時、雲の中から誰かが落ちてきた。
「あれは・・・・コウ!」
ボロボロに傷ついたコウが、真っ直ぐこちらへ落ちてくる。
ダナエはしっかりと両手で受け止めた。
「コウ!大丈夫!?」
心配そうに覗き込むと、コウは小さく笑った。
割れた雲を指さし、「やっただろ?」と頷く。
「うん・・・・コウのおかげで星が見えた。ありがとう。」
ギュッと抱きしめ、頬を寄せる。
その時、ダナエはハッキリと分かった。
どうしてこんなに大きな力を手に入れたのか?
抱きしめたコウの温もりから、ハッキリと分かることが出来た。
「私はダナエ、月の妖精。でもそれだけじゃない。
私は月の王女でもある。だから私はこんなに大きな力を・・・・。」
月の魔力は月の為にある。
それを宿す為に進化したのならば、その答えは一つしかなかった。
「私は邪神をやっつけて、また月へ帰らなきゃいけない。
ダフネもお母さんもいなくなって、今の月には治める者が誰もいない。
だから・・・今度は私がやらなきゃいけないんだ。」
身に余るほど大きな力は、月の為にある。
そして自分は、その魔力を受け継ぐ為の器だった。
「私・・・・宇宙の旅なんてしてる場合じゃなかったんだ。
私のふるさとを守る為に、早く月へ帰らなきゃ。」
答えを見つけ、力の方向が定まる。
不安定だった巨大な力が、ダナエの胸の中に吸い込まれていく。
するとその時、コウはそっと手を伸ばした。
「それでいいのか?」
そう言ってダナエの頬を撫でた。
「お前・・・宇宙を旅する為に月を飛び出したんだろ?
だったらこの戦いが終わった後、月へ帰って満足なのか?」
「それは・・・・、」
ダナエは俯く。
自分は月の統治者で、その為に月の魔力を宿している。
ならばやる事は一つしかなかった。
「私は月へ戻る。そしてダフネやお母さんの代わりに、月を治めて・・・、」
そう答えようとすると、コウは「違う」と言った。
「やるべき事を聞いてるんじゃない。お前がどうしたいのかを聞いてるんだ。」
「私が・・・・どうしたいのか?」
ダナエはキョトンと固まる。
「それは月の王女として、月を治める責任を果たさすこと・・・、」
「そうじゃねえよ。責任だの義務だの、今はそんなもんほっとけ。
ていうかお前にそういうのは似合わねえ。」
コウは身体を起こし、ダナエの目を見つめた。
「いいか?誰がなんと言おうと、お前の意志はお前のもんだ。
月の統治がどうとか、月の魔力がなんの為にあるのかとか、そんなのはどうでもいいんだ。」
「ど、どうでもよくないわ!
だってこんなに大きな力、私だけの事情で決められない・・・、」
「だから俺がいるんだろうが!」
コウはものすごい剣幕で怒鳴る。
ダナエの肩を掴み、怖いほどの目で睨んだ。
「ど、どうしたの?なんでそんなに怒って・・・・、」
「責任だとか統治だとか、お前はそんな面倒臭いこと考えなくてもいいんだ。
だってバカチンなんだから。」
そう言っておでこにデコピンをした。
ダナエは怒ろうとしたが、でもすぐに笑ってしまった。
「久しぶりだわ、バカチンって言われたの。」
「だってそうだろ?バカチンはいつまで経ってもバカチンなんだから。」
コウもクスリと笑う。
「俺たちさ、この星へ来てから色んなことがあり過ぎて、必要以上に大人になろうとしてたと思う。」
ダナエの手を握りながら、小さな声で言う。
「でも・・・・なんか違うんだよな。大人になろうとする事と、無理して背伸びすることは違うんと思うんだ。」
「・・・・・・・。」
「お前はどんどん大人になっていくけど、でもその分つまらない奴になったなって思うことがある。」
「つまらない?」
「だってダナエの良いところは、考えるより先に行動するバカチンなところだぜ。
失敗しても学ばなくて、いつでもバカチンぶりを発揮するのがお前の面白いところだ。」
そう言って握った手を離した。
「その・・・今さらなんだけどさ・・・・、」
「うん。」
「俺たち・・・・セックスするのはまだ早かったのかもしれないなって。」
「後悔してるの?」
ダナエの表情が曇る。コウは「うん」と頷いた。
「ああいうことって、もっとちゃんとしなきゃいけなかったんだ。
なんだか勢いに任せてやっちゃったけど、でも・・・それは俺が悪い。」
「・・・・・・・・。」
「こういうのは男に責任があるからさ。」
「ふふふ。」
「なんだよ?」
「コウこそ背伸びしてるんじゃない?」
「そ、そうか・・・?」
「だってさ、月を飛び出した頃のコウは、もっともっと子供っぽかった。
どっちかっていうと、私の方が手を焼いてたわね。」
「それはない。だって俺の方がしっかりしてたからな。」
「ううん、私の方がお姉さんだった。」
「いいや、俺がお兄さんだ。」
「私がお姉さんよ。」
二人は子供の頃のように喧嘩する。
それがおかしくて、二人して吹き出してしまった。
「ねえコウ。」
「なんだ?」
「また戻ろうか。」
「何が?」
「だってコウが言ったんじゃない。大人の真似事をするには、まだ早かったって。」
ダナエはツンツンとコウの頬を突く。
「だからさ、また前みたいに戻ろうよ。月を飛び出したあの頃みたいに。」
ダナエの顔に、以前と同じような柔らかい笑みが戻ってくる。
「私たち、妖精年齢ではもう大人だけど、でもまだまだ本当の大人じゃない。
だからそんなに焦らなくったって、これから色んなことを経験出来るわ。」
「・・・・そうだな。この戦いを乗り越えれば、まだまだ先があるんだもんな。」
「そうよ!だから・・・・私はまだ月へ戻りたくない。
この広い宇宙を、気の済むまで旅してみたいの。」
王女という身分、月の統治という責任。
どれも大事なモノだが、それらを全部忘れることで、本当の気持ちが蘇ってくる。
「武神は私に答えを授けてくれた。それはきっと正しい答えだと思う。
でも正しいばかりが人生じゃない。私が考えて、私が決める。
そうすれば、どんな結果になろうとも後悔はしないわ。」
ダナエは槍を掲げる。
真っ直ぐに空に向けて、自分なりの答えを叫んだ。
「私はこんな力はいらない!身に余る力なんて、いつか不幸を招くだけだわ。
だから・・・・この力を必要とする者の所へ飛んで行って!」
ダナエの答えを受けて、大きな力が槍の先に集まる。
それは月の魔力。
星一つ分のパワーを宿す、強大な力。
ダナエはまだこの力を受け取る気はなかった。
戦いの連続で自分を見失い、無理して大人になろうとしていた。
しかし余計なことを忘れて、本当の気持ちが蘇ってきた。
《私は人生を楽しみたい!》
妖精には寿命がない。
ある程度まで成長すると、そこから歳を取らなくなってしまうのだ。
大怪我をしたり呪いにかかったりでもしない限りは、いつまでも生き続ける。
しかしダナエはそれが嫌だった。
かつて地球に行った時、一つだけ良いなと思えることがあった。
いつでも戦いばかりして、まったく馴染めないと思った星だったが、月にはない素晴らしい宝物があった。
それはどんな命も、限られた時間の中を生きているということだ。
妖精と違って寿命のある地球の生命は、一瞬の輝きを大切にしていた。
いつか必ず死ぬと分かっているのに、前を向き、立ち上がり、寿命を全うしようとしている。
それは月にはない素晴らしい輝きだった。
地球の命は一生懸命生きている。
空想の世界の妖精と違って、現実の世界の者達はみんな輝いているのだ。
命には限りがあり、いつか死ぬ。それが地球だった。
ダナエは思っていた。
自分も寿命のある人生を生きたいと。
限られた時間の中で、励み、楽しみ、辛いことがあっても前を向いていたいと。
《私の半分は、地球の血が流れている。お父さんが地球人だったから。
だったら私も、地球人みたいに限りある時間を生きてみたい。》
想いは強くなり、槍の穂先が輝く。
《妖精であることを捨てるつもりはないけど、でも永遠なんていらないわ!
過去も未来もない、今のこの瞬間を、強く生きてみたい!》
ダナエの見つけた答え。
それは人生を楽しむということ。
すなわち今を生きるということだった。
その想いを受けた月の魔力は、ダナエから離れていった。
永遠の寿命を放棄するということは、妖精の特権を放棄するのと同じこと。
それはつまり、月の統治者としての資格を手放すということだった。
月を治めるつもりがないのなら、月の魔力は無意味になる。
ダナエを離れた月の魔力は、新たな統治者を探さなければならなくなった。
しかしその前に、今この力を必要とする者の所へ飛んでいった。
それは月の魔力の一部を宿した、最大最強の天使の下だった。
彼は今、地球で戦っている。
悪魔の軍勢を相手に、一歩も退かずに堂々と戦っている。
その名はメタトロン。
全ての月の魔力を宿した彼は、破竹の快進撃を始める。
しかしそれは地球での話。
今、このラシルには関係のないことだった。
強大な力を失ったダナエは、元の姿に戻った。
女神のようだった輝きは消え去り、妖精らしい普段の彼女に戻る。
「月の魔力がなくなっても、進化の力が消えたわけじゃないわ。
新たに手に入れたこの力で、必ずクインをやっつける!」
暗い雲を見上げ、槍を向ける。
雲の中ではまだ戦いが続いていた。
邪神の群れと箱舟。
両者は激しい戦いを演じていたが、やがて箱船の方がやられた。
力を使い果たして、地上へと落下し始めたのだ。
暗い雲を突き抜けて、大地へと滑っていく。
ダナエは槍を掲げ「来い!」と叫んだ。
「三つめの進化を起こす精霊よ!私に宿れえええええ!」
槍の先から虹色の光が溢れる。
それはオーロラのように広がって、ダナエを包み込んだ。
「こ、これは・・・・、」
コウはゴクリと息を飲む。
ダナエを包む虹色の光が、だんだんと蝶に変わっていったのだ。
「これが三つめの進化を起こす精霊・・・・、」
「そうよ!七色に輝く蝶の精霊。」
オーロラの羽を持つ蝶は、ダナエの中に吸い込まれていく。
次の瞬間、ダナエの身体が七色に輝いた。
背中の羽が蝶のように大きくなり、頭から触覚が生えてくる。
髪が長く伸びて、魔力が何倍にも膨れ上がった。
「すげえ・・・・。」
コウは感動して息を飲む。
今までの進化とは違って、今度はとにかく美しくなっていく。
蛾の精霊は悪魔のように進化し、蜂の精霊はフェアリーのように進化した。
そして蝶の精霊は・・・・、
「今度は・・・・まるで天使だな。」
真っ白な美しい服を纏い、周りの空気が輝いて見えるほどだ。
羽はオーロラのように輝き、薄く透けていた。
「どう?」
「いや、なんか・・・・すげえな。」
「月の魔力はもうないけど、でも頑張ればきっと勝てる。」
「そうだな。俺だって一緒に戦うし、他のみんなも一緒だ。」
地上にいる仲間たちも、息を飲んでダナエの進化を見守っていた。
「さて、邪神と戦う前に・・・・。」
ダナエは手を伸ばし、落ちていく箱船に向ける。
すると小さな電気が走って、箱舟の落下速度が弱まった。
「なんだ今の?どうして落ちていくスピードが弱くなったんだ?」
「磁場よ。」
「磁場?」
「この姿になると、強力な磁場を操れるみたい。だからこうして引っ張ってるのよ。」
「引っ張るって・・・・あんなデカイ船をか?」
「私の力で引っ張ってるんじゃないわ。目の前に磁場を生み出して、それで引っ張ってるの。」
「・・・なるほど。だったらさっき飛ばした電気は、箱船に磁力を与える為か。」
「そういうこと。」
ダナエの放った磁場のおかげで、箱船はどうにか不時着することが出来た。
するとそこへ、雲の中から出てきた邪神の群れが襲いかかった。
「やべえぞ!」
「大丈夫よ。任せて。」
ダナエはニコリと笑う。
オーロラの羽を羽ばたいて、七色の風を起こした。
風は舞い上がり、四方へ広がっていく。
すると邪神の群れがダナエたちの方へ引っ張られた。
「おいおい・・・これも磁場の力か?」
「邪神をS極にして、こっちへ引っ張ってるの。」
「ほんじゃ俺たちの前にはN極の磁場があるのか?」
「大きな磁石を生み出せるのが、このオーロラの羽。」
パタパタと羽を振って、「コウも磁石になってみる?」と笑った。
「面白そうだけど遠慮しとくよ。」
数百匹の邪神の群れが、どんどんこちらへ引き寄せられてくる。
「これで邪神の群れが散らばることはなくなったな。」
ほっと安心するコウだったが、「油断するのは早いわ」とダナエが言った。
「この力じゃ邪神は倒せない。」
「あの怪物の群れを倒すには、いったいどうしたらいいんだよ?」
「ふふふ、みんなに手を貸してもらうのよ。」
ダナエは仲間を振り向き「お〜い!」と手を振った。
「シウン!熱線を撃って!」
「熱線を?」
「プラズマの熱線を邪神の群れに撃って!」
「別に構わないが・・・・奴らには効かないぞ。」
「効くわよ、私とシウンの力を合わせれば。」
そう言ってニコリと笑う。
「それとノリス。シウンが熱線を撃つ前に、邪神の反射能力を消してほしいの。」
「いいけどよ、もう弾がねえ。」
「ならマナに補充してもらって。」
マナはノリスの銃に魔力を込める。
するとアドネが「私は?」と尋ねた。
「私は何をすればいい?」
「ちょっとここまで飛んで来てくれる?」
アドネは空を駆け上がり、ダナエの元までやってきた。
「アドネには残党狩りをやってほしいの。」
「残党狩り?」
「シウンが熱線を撃った後に、生き残ってる邪神を倒してほしいのよ。」
「いいけど・・・でも私の鎌が通用するかしら?」
「するわよ、私の力と合わせれば。」
ニコリと笑うダナエ。アドネは「あんたがそう言うなら」と頷いた。
「それとミミズさん!」
「何ダ?」
「不時着した箱船へ行って、みんなを助けてあげて。」
「フン!俺様ダケ雑用カ。」
「雑用なんかじゃないわ。船のみんなを守る大事な仕事よ。」
「上手イコト言イオッテ。」
ニーズホッグは巨体を動かしながら、落ちた船へと向かって行った。
「さて、これで準備は万端。」
「待て待て、俺を忘れてないか?」
コウは怒った顔で睨む。
「俺だけなんにも無しかよ?」
「今の所はね。」
「なんだよ、みんなには仕事を振ったクセに。」
「あ、拗ねちゃった?」
「拗ねてねえ。怒ってるだけだ。」
頬を膨らませ、そっぽを向く。
ダナエはクスクスと笑って、「心配しなくても、戦うチャンスはいくらでもあるわ」と言った。
「さて、それじゃ邪神の群れをやっつけようか。」
羽を羽ばたき、さらに強力な磁場を生み出す。
数百匹の邪神の群れが、団子のように固まりながら近づいてきた。
「ノリス!奴らを撃って!」
「おう!」
二丁の銃を構え、ありったけの弾丸をお見舞いする。
マグマの弾丸が幾つも発射されて、爆炎が群れを包み込んだ。
「シウン!熱線を!」
シウンは拳を振り上げ、思い切り大地を叩きつける。
赤い線が大地を駆けていき、プラズマの光が空へ昇る。
熱線はたちまち邪神の群れに襲いかかった。
真っ白なプラズマの光が、まるで電球のように丸くなり、群れを飲み込んだ。
「これは・・・・なんだ?どうして熱線が球状になった?」
「磁場よ。」
「磁場?」
「私の力でプラズマの熱線を一か所に集めてるの。
そうすることで、無駄に熱を逃がさないようにしてるのよ。」
「なるほど・・・こうすればよりダメージが伝わりやすいってわけか。」
「それに長時間熱を与えることができるわ。」
ダナエの磁場によって、熱線は小さな太陽のように輝いていた。
さすがの邪神の群れも、数百万度の高熱に長時間晒されると、次第に表面が溶けていった。
硬い甲殻は焼け落ち、柔らかい内臓にまで熱が伝わる。
「この方法なら周りに被害が及ぶこともない。だから思う存分熱線を撃って。」
「ありったけの熱をくれてやる!」
両手を振り上げ、同時に数発の熱線を撃つ。
それは磁場の中に吸い込まれていき、さらに強力な火球に膨れ上がった。
すると群れの中から悲鳴が聞こえた。
《ぎいいやあああああああ!》
断末魔の悲鳴がこだまする。
灼熱地獄の中で、邪神の群れはのたうち回った。
あまりに激しく暴れるものだから、数匹の邪神が磁場の中から逃げ出した。
「アドネ!」
「任せて!」
逃げていく邪神を睨みながら、大きな鎌を振り上げる。
「邪神め・・・・受けた痛みを何倍にもして返してやるわ!」
復讐の心が燃え上がり、鎌が伸びていく。
刃も真っ黒に染まって、巨大なドラゴンの爪のようになった。
「死ねええええええええ!」
アドネの顔が髑髏に変わる。
怒りと憎しみを宿した鎌が、邪神に襲いかかった。
それと同時に、ダナエがまたオーロラの羽を羽ばたいた。
アドネの鎌が振り下ろされて、邪神は一刀両断される。
「アドネ!向こうにも!」
「分かってる!」
また鎌を振り上げ、逃げ出した邪神を全て狩りとった。
「私の鎌が効いた。きっとシウンの熱で弱ってたのね。」
「それだけじゃないわ。アドネの鎌も磁石に変えたの。」
「私の鎌を?」
「邪神をS極、アドネの鎌をN極にしたの。
そうすれば、お互いが引き合って斬撃の威力が増すでしょ?」
「ああ、それで鎌の威力が上がったのね。
確かに違和感があったのよ。まるで何かに引き寄せられるみたいに、鎌のスピードが増したから。」
ダナエの力は、仲間の力を増幅させた。
この力があれば、月の魔力なんてなくても、邪神を倒せると信じていた。
「みんな、私は月の魔力を手放しちゃった。
そのせいで、邪神との戦いは過酷になると思う。」
申し訳なさそうに言うダナエ。
しかし仲間たちは誰も責めなかった。
それどろこか、それでいいという風に頷いてくれた。
アドネは「あの力は大きすぎる。持ってる方が危険だわ」と言った。
シウンも「俺も同感だな」と頷く。
「大きすぎる力は、いつか自分自身を焼き尽くしてしまうだろう。
いや・・・自分だけですまなくなるかもしれない。」
そう言うと、ノリスも「まったくだ」と言った。
「俺は身に余る銭は持たねえ主義でよ。
金の魔力に憑りつかれたら、それこそダレスみたいになっちまう。
戦う力だって一緒だと思うぜ。」
「私はお金欲しいけどね。」
「マナよお・・・お前はちっと意地汚ねえんだよ。
あんまり欲張ってると、何もかも失くしちまうぜ。」
「もう何もかも失くしてるわ。だって肉体自体がないんだもん。」
「そういやそうだったな。でもお前の場合は、肉体があっても同じこと言いそうだがな。」
「だって欲しいんだもん。けど力は要らない。欲しいのはお金だけだから。」
そう言って「捨てるくらいなら、月の魔力を売ればよかったのに」と肩を竦めた。
「私にくれたら、お金に換えて有意義に使ってあげたのに。」
それを聞いたダナエはクスクスと笑った。
「ねえみんな、いよいよ最後の戦いよ。心の準備はいい?」
誰もが力強く頷く。
ダナエも頷きを返し、「勝つわよ!」と気合を入れた。
群れの後ろでは、まだ黒い煙が上がっていた。
それは空まで昇っていき、暗い雲へと変わっていく。
コウがせっかく空けた穴も、たちまち塞がってしまった。
「クソ!人が苦労して空けたのに。」
「邪神を倒さないと、この雲は晴れないわ。」
「だな。」
二人は昇っていく黒い煙から、大地へ視線を移した。
「邪神・・・・とうとう動き出したわ。」
墜落した戦艦からは、まだもうもうと黒い煙が溢れている。
その中心で、巨大な影が動いていた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十三話 神器の力(10)

  • 2017.04.12 Wednesday
  • 15:39

JUGEMテーマ:自作小説

「俺たちが倒したのはただの兵隊らしい。」
「そんな・・・・・。」
コウの見つめる先には、まだ邪神がいた。
それも一体ではない。
何体もの邪神が、船の墜落した場所から現れる。
もうもうと昇る黒い煙の中から、十匹、ニ十匹と・・・・・。
「なんで・・・・なんで増えてんだよ!」
「だから言ったろ、兵隊だって。」
「兵隊?」
「小さい虫の群れと同じだ。あのデカイ邪神も本体じゃねえ。
きっと本物の邪神は、あの黒い煙の中にいるんだろうぜ。」
「そ、そんな・・・・・そんな事って・・・・。」
今まで必死に戦っていた相手が、実はただの兵隊だった。
それを知った時、コウの自信は根こそぎ崩れた。
「見ろよ、まだまだ湧いてくるぜ。」
「・・・・・・・・・・。」
「こりゃもう勝ち目はねえなあ。」
ノリスはタバコを咥え、「遺書でも書くか?」と笑った。
「・・・・・・・・・・。」
「しょげた顔したって変わらねえ。もう終わりなんだよ。」
「・・・まだ・・・、」
「ああん?」
「まだダナエがいる。」
「へ!無駄だよ。いくら進化なんかしたって勝ち目はねえ。」
「いや、俺はダナエを信じるよ。アイツならきっと光を照らしてくれる。」
そう言って空に浮かぶダナエを見つめた。
月のように輝きながら、大きな蝶の羽を広げている。
その顔は眠っているのか?それとも進化に集中しているのか?
どちらかは分からなかったが、まだ戦うつもりでいるようだった。
その証拠に、固く槍を握りしめ、闘志を漂わせている。
「あいつが進化を終えたら、必ず邪神を倒してくれるはずだ。」
「気持ちは分かるがな、下手な希望は痛い目見るだけだぜ。」
「いいや、俺は何があってもダナエを信じる。
あいつは俺にとっての全てなんだから。」
コウはまだ諦めない。
ダナエが戦おうとしているなら、自分だけじっとしていられない。
「ダナエはみんなで戦おうって言った。だから俺たちだってまだ死ねない。」
「本気で言ってんのか?」
「アイツ一人じゃダメなんだよ!」
「さっきは船長さんが進化したらどうにかなるって言ったじゃねえか。
なら任せとけばいいだろうがよ。」
「そういう意味じゃないんだ!アイツの進化が、邪神を倒す鍵になるって言っただけだ。」
コウはアドネとマナの回復に専念する。
みんなもうボロボロで、いつ死んでもおかしくない。
しかしそれでも仲間を助けようとした。
「へ!分かんねえなあ。無駄なことにしか思えねえぜ。」
「無駄じゃない!無駄なんかじゃないんだ!」
コウは焦る。
いつ邪神の群れが襲って来るか分からない。
それまでにダナエが進化を終えなければ、本当に何もかも終わってしまう。
希望は細く、叶う可能性は低い。
しかしそれでも戦おうとするのは、やはりダナエの為だった。
「みんなが死んだらアイツが悲しむ!」
「だがこの状況じゃあなあ。一匹でもこっちに来たら終わりだぜ?」
「分かってるよ!だから戦ってくれ!お前ズル賢いんだから、どうにか出来るだろ!」
「無茶言うなよ。」
「俺は・・・俺はもう・・・・アイツの悲しむ顔は見たくないんだ!
だから力を貸してくれ!みんなを守ってくれよ!」
コウの目に涙が滲む。ズズッと鼻をすすりながら、アドネたちを助けようとしている。
「そうやって仲間を助けるのも、船長さんの為か?」
「ああ。」
「なら船長さんがいなきゃ、このまま仲間を見捨てるわけだ?」
「・・・・・・・・・。」
「答えろよ。」
「・・・・ダナエを悲しませたくない。それだけなんだ・・・・。」
その声はとてもか細いが、迷いはなかった。
「本気で惚れてんだなあ。」
ノリスの顔色が少しだけ変わる。
コウは「頼むよ・・・」と呟いた。
「動けるのは俺とお前しかいないんだ。」
「いや、コイツもいるぜ。」
ノリスはクイっと顎をしゃくる。そこにはシウンが立っていた。
「コウ・・・お前の言う通りだ。生きてる限りは諦めちゃいけない。」
「シウン・・・・俺は・・・・、」
「俺とノリスでなんとかする。お前はダナエを信じて待っていろ。」
シウンは背中を向け、邪神の群れを睨む。
ノリスも「しゃあねえなあ」と頭を掻いた。
「どっち道死ぬなら、派手に暴れてからにするか。」
二人は邪神の群れに向かっていく。
「おい!何も自分から行かなくても・・・・、」
「馬鹿野郎。こっちに来てからじゃ遅せえだろうが。」
そう言ってヒラヒラと手を振る。
「お前は船長さんのことを信じてりゃいい。」
「ノリス・・・・。」
遠ざかる二人を見つめながら、「悪い・・・」と呟く。
邪神はまだ湧いて出て来る。
その数は二百を超えていて、何匹かがこちらに気配を向けていた。
そして・・・・、
「来たぜ。」
「ああ。」
一匹がこちらへ走ると、一斉に動き出した。
陸から、空から、巨大な影が押し迫ってくる。
ノリスはありったけの銃弾を放った。
それに続き、シウンも限界まで熱を上げる。
その熱を拳に集中させて、大地を叩きつけた。
幾つもの赤い線が、邪神の群れに伸びていく。
そこから熱線が放たれて、邪神の群れを包み込んだ。
数百万度の熱の中で、邪神の動きが少しだけ止まる。
しかしすぐにこちらに向かってきた。
熱線をかき分けるようにしながら、足音と羽音を響かせて迫りくる。
ノリスは「これでこの世ともオサラバだな」と笑って、残った弾を撃ち尽くした。
それはマーラにトドメを刺した、無色透明の弾丸だった。
力の量を反転させて、相手を無力化してしまう弾丸だ。
しかし邪神の魔力はあまりに大きく、大して弱らせることができない。
やがて弾が切れて、カチカチと引き金が鳴った。
「終わりだ、後は任せたぜ。」
「おう!」
シウンは全身から突起を生やし、凄まじいほどに熱を上げていく。
バチバチと放電して、真っ白に輝いた。
「この命、一滴残らず燃やし尽くす!」
神器で増幅した熱を、身体の中で圧縮する。
そして邪神の群れに突っ込んでいった。
「この命が散っても、俺の仲間がお前を倒す!必ずだ!」
シウンは魂までも燃やす。
残された手は、命を武器にすることだけ。
太陽の内部温度に匹敵する熱が、邪神の群れに炸裂しようとした。
全ては次に繋ぐ為。
ダナエが進化を終えれば、必ず希望が照らすはず。
コウだけでなく、シウンもそれを信じていた。
「ううううおおおおおおお!」
命が燃え上がり、限界を超えた熱を発する。
ここで終わる・・・・そう思った時、背後から光が射した。
自爆を覚悟で突っ込んでいったはずなのに、その光に美しさに目を奪われ、思わず足を止めてしまう。
「これは・・・・なんて綺麗な・・・・。」
その光は蝶の羽だった。
まるでオーロラを編んで作ったような、見惚れるほどの美しい羽だった。
羽はどんどん広がり、シウンの手前まで伸びてくる。
そして・・・・・、
「じゃ、邪神の群れが・・・・・、」
こちらに迫っていた邪神たちが、羽に触れた途端に消えていく。
ブスブスと煙を上げながら、真っ黒な炭に変わっていった。
「これは・・・・間違いない!進化を終えたんだ!」
シウンは羽の持ち主を振り返る。
そこには昼間の月のように、薄く輝くダナエがいた。
全身が白く、そして淡く光り、目だけが青色に輝いている。
「すごい・・・・なんて美しい・・・・。」
怒りが消えて、身体から熱が引いていく。
「シウン。」
ダナエの声が響く。
「命を武器にするなんてやめて。」
「いや、しかしこのままでは・・・・、」
「こっちへ来て。みんなここにいるから。」
ダナエが言う前に、シウンの足はそちらへ向かっていた。
近づけば近づくほど、ダナエの姿がハッキリ見える。
それは以前とは似ても似つかないものだった。
ダナエだということは分かるが、これではまるで・・・・、
「まるで女神みたいでしょ?」
「アドネ!」
「ていうか天女?」
「マナも!お前たち助かったのか!?」
シウンは嬉しそうに駆け寄る。
「ダナエのおかげでね。」
「ダナエの・・・?」
「進化を終えたみたいなの。その力で助けてもらった。」
「そうか・・・・間一髪だったな。」
「私もマナも助かった。それにニーズホッグも。」
アドネの後ろには、巨大な竜がそびえていた。
「信ガタイモノダナ、身体ヲ真ッ二ツニアレタトイウノニ。」
切断されたはずの身体が、何事もなかったかのように繋がっている。
そしてニーズホッグの隣にはノリスが立っていた。
「よう超人、命拾いしたな。」
肩を竦めながら、可笑しそうに笑う。
「もうてっきり死ぬもんだと思ってたのによ。ラッキーなこともあるもんだ。」
そう言ってプカリとタバコを吹かした。
「そうだな・・・まさかここまでの進化を遂げるなんて。」
シウンはダナエを見上げる。
「コウ、お前の信じる気持ちが繋がったな。」
ダナエの傍にはコウがいた。
みんなは嬉しそうに二人を見上げる。
闇を照らす光のように、ダナエは美しい光を放っていた。
それは妖精とは思えないほど美しかった。
身体の何倍も長く伸びた髪、羽衣のように取り巻く光の粒子。
身体は半透明に透けていて、立体映像を見ているかのようだった。
その姿は神々しく、息を飲むほど美しい。
アドネもマナも、ノリスもシウンも、そしてニーズホッグまでもがその美しさに見入っていた。
しかし一人だけ浮かない顔をしている者がいた。
それはコウだった。
険しい表情でダナエを見つめている。
「ダナエ・・・・まだ完全じゃないんだな?」
「うん・・・。」
「進化は終えても、力の方向が定まってない。
もし悪い方に傾いたら、それこそ本物の悪魔に・・・・、」
「分かってるわ。だけどまだ答えが見つからないの。」
「答え?」
「進化をする時は、いつだって武神の星が見えた。
だけどこの雲じゃ・・・・・。」
魔城がなくなった今でも、空は暗黒の雲に覆われている。
「ならお前の力で穴を空ければ?」
「無理よ。」
「なんで?邪神の群れを簡単に退けるほどなのに。」
「あれが精いっぱいなの。今みたいな不安定な状態で力を使えば、それこそどう傾くか分からない。」
「もし悪魔になっちゃったら終わりだもんな・・・・。」
「だけどずっとこのままってわけにはいかないわ。」
ダナエは船の落ちた場所を見つめる。
まだ黒い煙に覆われていて、ゾロゾロと邪神が現れていた。
「あれを放っておくと、この星の色んな所に広がっていく。
それだけは阻止しないと。」
そう言った次の瞬間、邪神の群れは四方へ散り出した。
「ああ!」
あんな化け物が一匹でも解き放たれたら、それこそこの星は終わりである。
遠い大陸に避難している人達も、たちまち食い殺されてしまうだろう。
「早く・・・・早く答えを見つけないと。」
ダナエの顔に焦りが出る。
コウは「答えって何なんだよ?」と尋ねた。
「進化は終えたんだ。でも力の方向が定まらないのは、お前の中に迷いがあるってことだろ?」
「うん・・・・。」
「何を迷うんだよ?邪神を倒す!それだけでいいじゃんか。」
「邪神を倒しても、この力は消えないわ。そして答えのないままこの力を持ち続けるのは危険すぎる。」
「そうかもしれないけどさ、今のままじゃ戦えないじゃんか。」
「だからこそ武神の星が必要なのよ。進化の時はいつだってあの星が見えた。
それはきっと、私が間違った方向へ行かないようにする為よ。」
そう言って空を見上げ、「あの雲さえなければ・・・」と悔しがった。
「これだけの大きな力、私だけじゃ答えなんて見つけられない。」
「でもそれはお前の力だろ?なら自分で決めればいいじゃないか。」
「もし・・・もしもコウが人間で、その手の中に核兵器があってさ・・・・、」
「はあ?」
「いいから聞いて。もしコウが何の力もない人間で、でもいつでも手の中に核兵器があったとしたら、冷静でいられる?」
ダナエは真剣な目でコウを見つめる。
「そしてその核兵器は、いつ爆発するか分からないの。
寝ている時かもしれないし、その辺を散歩している時かもしれない。」
「おっかないな、そりゃ。」
「でしょ?もしそれが爆発したら、自分が死ぬだけじゃすまない。
家族も友達も、恋人も仲間も。・・・・ううん、無関係な大勢の人たちだって、全部巻き添えにしちゃう。」
ダナエの目に不安が揺らぐ。
持て余すほどの大きな力、それをどう使うかという答えは、到底一人では見つけられなかった。
そしてこの答えにヒントを与えてくれるのは、天に輝くあの星しかない。
かつて邪神と戦い、星になった神様。
遠い空に浮かんで、いつでも見守ってくれた優しい神様。
それが今、邪神の雲によって阻まれている。
ダナエは焦る。
この答えばかりは、他の誰かの助力では駄目だった。
最愛のコウでさえ力になることはできない。
悩んでいる間にも、邪神の群れはどんどん広がっていく。
ダナエは「どうにか・・・・」と呟いた。
「どうにかしてあの星を見ることが出来たら・・・・。」
武神の星がなければ、進化を終えることはできない。
そうしてモタモタしている間にも、邪神は四方へ散らばっていく。
「クソ!このままでは本当にラシルは終わる!」
シウンが羽の中から駆け出す。
ダナエは「ダメ!」と止めた。
「ここから出ないで!」
「しかしこのままでは・・・・、」
「ダメったらダメ!」
ダナエは首を振り、「じっとしてて」と言った。
「もうこれ以上みんなが傷つくのを見たくない。」
「しかしどうする!?邪神がこの星に散らばってしまうぞ!」
「分かってる!分かってるわよそんなの・・・・。」
眉間に皺を寄せながら、ただ悔しがる。
どうにかしたいのはみんな同じだが、これ以上は打つ手がない。
ダナエが進化を完全に終えない限りは、光は照らさないのだ。
「お願い・・・力を貸してギーク・・・・。」
暗い空を見上げ、武神を呼ぶ。
しかし厚い雲に阻まれて、その願いは届かない。
するとコウが「俺が行く」と言った。
「神器で雲を切り裂いてくる。」
「無茶よ!邪神に襲われるわ!」
「かもな。」
ニコリと笑い、羽の外へ出て行ってしまった。
「コウ!」
「ダナエ、俺はお前を信じた。」
「・・・・?」
「だからお前も俺を信じてくれ。」
そう言い残し、コウは空へと向かって行った。
「ダメ!戻って来て!」
ダナエは手を伸ばす。
それと同時に、邪神の群れがコウに襲いかかった。
羽を広げ、一斉にコウへ群がっていく。
「やめて!」
このままではコウが殺される。
もう迷っている場合ではなかった。
ダナエは槍を構え、邪神の群れに向かおうとした。
しかしその時、誰かが目の前に立ちはだかった。
《動いては駄目。》
「キーマ!」
ダナエは驚き「どうしてあなたがここに!?」と叫んだ。
《どうして私がここにいるか?そんなの今は問題じゃないわ。》
そう言って空へ向かうコウを振り返った。
《あの子は言ったでしょ。俺を信じろって。》
「でも・・・・、」
《彼はあなたを信じた。だからあなたも彼を信じなきゃ。》
キーマはニコリと微笑む。
《本当に彼のことを愛しているなら、信じてあげなきゃ。》
「だけど邪神の群れが・・・・・、」
《心配ばかりしてちゃ、誰も愛せなくなるわよ?》
「え?」
《信じてこその愛よ、ね。》
コウは遠い空へ向かって行く。
ダナエは彼を見上げ、「コウ」と呟いた。
邪神の群れがコウを追いかける。
音速を超えて、凄まじいスピードで迫る。
しかしコウは振り返らない。
真っ直ぐに雲へと向かっていく。
そして・・・・・、
「あ!」
ダナエは短く叫んだ。
なんと黒い雲の中から、小さな光が降りてきたのだ。
「あれは・・・・ジル・フィン!」
ラシルの海神が、なぜか雲の中から現れる。
そしてコウに向かって杖を向けた。
杖の中から水が溢れ、ロープのように伸びていく。
コウはしっかりと水のロープを掴んだ。
ジル・フィンはそのまま雲の中へ消えて、コウを引っ張っていく。
おかげでどうにか邪神の群れに追いつかれずにすんだ。
「コウ・・・・。」
ダナエは息を飲んで見守る。
胸は不安で張り裂けそうで、喉がカラカラになるほどだった。
やがて邪神の群れも雲に突入した。
それからしばらくして、大きな音が響いた。
まるで大地が揺れるような音が、雲の中からこだまする。
「この音は・・・箱舟の大砲!」
《そうよ。あなたの船が雲の中にいるの。》
「ということはカプネも・・・・、」
《もちろんよ。彼も一緒に戦ってる。》
「ジル・フィンもカプネも一緒に・・・・・。」
雲の中から何度も轟音が響く。
時折、稲妻のようにピカピカと光った。
ダナエも他の仲間たちも、息を飲んで見守る。
それから数分後、なんと暗い雲の一部が割けて、光が射した。
「見て!雲が・・・・、」
《ええ。でもまだよ。もっと大きな穴を空けないと。》
暗い雲の中で、激しい戦いが行われている。
ダナエは心配で胸が張り裂けそうだったが、それでもコウを信じることにした。
「コウ・・・私は信じてる。必ず光を照らしてくれるって。」
コウはダナエを信じた。そして今、ダナエもコウを信じている。
ダナエ一人がこの星を照らすのではない。
コウも、そして多くの仲間も、ラシルに光を照らそうとしている。
裂けた雲から、一筋の光が射している。
その光は、雲の裂け目が大きくなるとともに、だんだんと強くなっていった。
「頑張って!コウ!頑張って!」
胸の前で手を握り、もっと光をと願う。
雲の裂け目はさらに広がり、やがて空が見えた。
「ああ・・・・。」
ダナエの瞳に青い空が映る。
淡く、それでいて深味のあるブルー。
それは海とは違った美しい青色だった。
そしてその空の向こうに、強く輝く星があった。
かつてラシルの為に戦い、星になった神様。
その光が今、ダナエの頭上を照らした。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十二話 神器の力(9)

  • 2017.04.11 Tuesday
  • 17:04

JUGEMテーマ:自作小説

「私、また進化する。邪神を倒す為に、私の中から力が・・・・・、」
ダナエは満月のように輝く。
青白い光に包まれて、羽はさらに大きくなった。
虹色に輝く蝶のような羽。
それを広げると、ふわりとみんなを包み込んだ。
すると次の瞬間、ドス黒い煙がこちらに向かってきた。
・・・いや、よく見るとそれは煙ではない。
邪神とよく似た虫の群れだった。
何百、何千・・・・いや、何万もの虫がこちらに迫ってくる。
邪神と同じように禍々しい気を放ちながら。
「おいおい・・・ヤベえんじゃねえか。」
ノリスは銃を構える。
しかしダナエは「大丈夫」と答えた。
「私が守るから。みんなを傷つけさせたりしない。」
迫る虫の群れ。
ダナエは目を見開き、「邪神」と呟いた。
「あんたの思い通りになんかさせないわ。」
蝶の羽が光りを放つ。
何万という虫の群れは、ダナエたちに襲いかかった。
しかし羽に阻まれて進めない。
それどころか、触れた瞬間に塵に還ってしまった。
「おおお!すげえぜこりゃ!」
目の前でどんどん焼かれていく虫たち。
ノリスは「なあお前ら!」と笑いかけた。
「そうね・・・だけどこれはほんの序の口よ。」
「そうだな。これから先が本番だ。」
アドネとシウンは武器を構える。
この虫の後には、必ず邪神がやって来ると。
「へ!このままなんもかんも焼き払えばいいじゃねえか。
戦わずにすむなら越したことはねえぜ。」
「私だってそうしたいわ。でも無理よ。
邪神の力はきっとダナエ以上・・・・戦いは避けられない。」
「面倒臭えなあ。でもまあ・・・俺も奴には借りがあるからな。
前に散々いたぶってくれやがったんだ。そのお返しをさせてもらうぜ。」
ノリスも武器を構え、虫の群れを睨んだ。
するとマナが「私はサポートに回るわ」と言った。
「だからみんな頑張ってね。」
そう言ってそそくさとニーズホッグの後ろに隠れた。
「フン!アノ虫女メ。トウトウココマデノ化ケ物ニナッタカ。」
ニーズホッグはカチカチと歯を鳴らす。
「シカシ遅レハ取ラン。コノ星ハ貴様ノ物デハナイノダカラナ。
俺様ガコノ歯デ食イ千切ッテクレル!」
みんなはやる気満々だ。
邪神は恐ろしいが、それでも逃げるつもりはなかった。
ここでで戦わなければ、さらに大きな災いに繋がると分かっていたからだ。
「ダナエ・・・・。」
コウは彼女の傍に行く。
光り輝くその姿は、月の女神ダフネにも匹敵する神々しさがあった。
「お前はやっぱり月の主の後継者なんだな。
もう妖精っていうより、神様に近い気がするよ。」
手を伸ばし、ダナエに触れたいと思う。
しかし今の彼女には、触れてはならない神々しさがあった。
コウは手を引っ込め「遠い存在になっっちゃったみたいだよ」と苦笑いした。
「このままいつか、俺たちの手の届かない所へ行っちゃったりして・・・、」
悲しそうに呟き、また苦笑いする。
するとダナエは首を振り「どこにも行かないわ」と言った。
「私は私、何があっても月の妖精ダナエよ。そして・・・・、」
コウを振り向き、そっと手を握る。
「愛しい人はこれからも変わらない。だから私がどんな風に変わっても、私を離さないで。」
「ダナエ・・・・。」
「ずっと傍にいてくれるんでしょ?」
ニコリと微笑むダナエに、コウは「ああ」と頷いた。
握った手から、ダナエの感情が伝わってくる。
闘志、怒り、そして悲しみや恐怖。
見た目は神々しくあっても、胸に抱える気持ちはみんなと同じだった。
「私は月の妖精ダナエ。神でも仏でも悪魔でもない。
私は私、それ以外の者になるつもりはないわ。」
「ああ、そうだな。俺だってお前を離す気はないぜ。」
虫の群れはどんどん押し寄せる。
しかし握った手は離さない。
お互いがどう変わろうと、この先何が起きようと、この手だけは離すまいと、しっかりと握り合った。
しかしそれを嘲笑うかのように、巨大な影が押し寄せた。
虫の群れを蹴散らしながら、進化した邪神が迫ってきたのだ。
「なんて禍々しい・・・・。」
ラシルの邪神クイン・ダガダ。
羽化した彼女は、ニーズホッグを遥かに凌ぐ大きさになっていた。
マイマイカブリのような姿は相変わらずだが、目がルビーのように赤く光っている。
黒かった身体も、漂白剤に浸けたかのように真っ白になっていた。
六本の脚も太く、逞しくなっている。
しかし何よりも恐ろしいのは、全身から発する魔力だった。
そのパワーは今までとは比べものにならない。
バロールやヘカトンケイルさえも、一撃で葬ることが出来そうなほどの力だ。
「ダナエ、俺は何があってもお前を守・・・・、」
そう言いかけるコウだったが、ダナエは首を振った。
「みんなで戦うの。」
「ダナエ・・・、」
「私たち二人じゃない、ここにいるみんなで。じゃないと勝てないわ。」
「そうだな・・・。」
「それに私の為に死ぬなんてやめてね。
そんな事したら、あの世まで追いかけてブッ飛ばしてやるから。」
ダナエはニコリと微笑む。
「生きないと。生きて一緒に、また宇宙の旅に出よう。」
そう言ってコクリと頷く。
コウは「ああ」と言って、強く手を握りしめた。
「お二人さん、いつまでイチャついてんだ?」
ノリスが茶化す。
アドネやシウンも肩を竦めていた。
「ごめんね、コウが甘えるもんだから。」
「おい!俺のせいかよ!」
ダナエはクスクス笑いながら、握った手を離した。
「進化を終えるまでもう少しかかる。それまで時間を作って。」
「おう!任せとけ!」
クインはすぐにそこまで迫ってくる。
そして巨大な足をふりかざし、蝶の羽を叩きつけた。
その威力は凄まじく、一撃で穴が空いてしまった。
するとそこからどんどん虫の群れが入ってきた。
「来たわ!」
アドネは鎌を振り、虫たちを切り裂く。
シウンも熱線を放ち、虫の群れを焼き払った。
ノリスもニーズホッグも奮闘して、敵を蹴散らしていく。
マナは「みんな頑張れ!」とニーズホッグの頭の上で応援していた。
虫の群れはダナエにも押し寄せる。
コウは手刀を振りかざし、虫の群れを切り裂いていった。
「ダナエには指一本触れさせねえぜ!」
今のコウたちにとって、虫の群れなど相手にならない。
警戒すべきは邪神ただ一人。
《忌々しいガキども・・・・すぐに食い殺してやるわ。》
クインは天を仰ぎ、大きな雄叫びを上げる。
すると次の瞬間、シウンが苦しみだした。
「ぐおッ・・・・、」
「どうしたの!?」
「中から虫が・・・・、」
アドネが覗き込むと、シウンの体内から虫が湧き出ていた。
「なにこれ・・・・。」
呆気に取られていると、アドネの身体からも虫が湧き出てきた。
「まずい!これ呪いだわ!」
アドネはマナを振り向き、「結界を張って!」と叫んだ。
「呪いを防ぐの!じゃないと虫に食い殺される!」
「わ、分かった!」
マナは慌てて結界を張る。
茶色い波が広がって、みんなを包み込んだ。
しかしすでに呪いかかったシウンとアドネは、どんどん虫が溢れてくる。
「呪いが効かないはずの死神までかかるなんて・・・どれほど強大な魔力なのよ。」
アドネは顔を髑髏に変えて、体内から怨霊を溢れさせた。
怨霊は瞬く間に虫を食い殺す。
「私は自分の呪いで相殺できる。けどシウンは・・・・、」
「大丈夫だ。俺もこの程度でやられたりはしない!」
シウンは怒りを溜めて、灼熱の炎を上げた。
身体が熱くなり、真っ赤に輝く。
「なるほど、それで虫を焼き殺すわけね。」
「ああ。だがあまり熱を上げると、みんなにもダメージがいってしまう。」
「そうね。だったらこれ以上虫を入れないようにするしかないわ。」
二人はクインを睨む。
そして同時に飛びかかった。
「おい!迂闊に飛び込むな!」
コウは慌てて止めるが、二人は聞かない。
「コイツを倒さない限り終わらないのよ!」
「今の俺たちなら勝てるはずだ!」
アドネを鎌を振り上げて、シウンは拳を振り上げて殴りかかった。
しかし二人の攻撃が当たった瞬間、その攻撃は跳ね返されてしまった。
「きゃあああ!」
「ぐおおおお!」
「大丈夫か!?」
「へ、平気・・・・、」
「だがどうして攻撃が跳ね返って・・・・、」
どうにか立ち上がる二人。
その時、邪神はまた蝶の羽を叩きつけた。
大きな穴が空いて、邪神が中に入ってくる。
「ぐッ・・・・まだ終わってないわ!」
アドネは鎌を振り上げ、受けたダメージを吸収させる。
神器の宿ったこの鎌は、受けた痛みを何倍にもして返すことができる。
「その首落としてやるわ!」
復讐で黒く染まった鎌が、邪神の首を狙う。
《お馬鹿さん。》
邪神はクスクスと笑う。
よけようともせずに、どうぞ首を落としてくれと言わんばかりに差し出した。
するとそこへコウが割って入った。
「だから待てって!」
アドネの鎌が邪神に触れる。
その瞬間、また攻撃が跳ね返ってきた。
鎌の一撃が、目に見えない斬撃となってアドネに迫る。
「させるか!」
コウは手刀を振り、見えない一撃を受け止めた。
「馬鹿!迂闊に攻撃するな!」
「コウ・・・これっていったい・・・・、」
アドネが恐怖に慄く。
コウは「分からねえ」と答えた。
「どういうわけか分からねえけど、コイツは攻撃を跳ね返せるみたいだ。」
「そんな!じゃあどうやって倒せばいいのよ!?」
「ダナエの進化を待つしかない。」
そう言って彼女を振り向くと、虫の群れが迫っていた。
「クソ!」
コウは慌てて飛んで行き、拳から竜巻を飛ばした。
竜巻は、渦巻く刃となって虫たちを切り裂いた。
「この神器・・・・魔法に乗せることもできるのか!」
今まで手刀でしか使えないと思っていたのに、意外な発見をした。
「そうと分かればこんな虫たちは怖くねえ!」
風の魔法を唱え、両手に竜巻を纏わせる。
それを撃ち出すと、虫の群れは瞬く間に切り裂かれていった。
しかしいくら倒してもキリがない。
邪神が黒い煙を吐くと、いくらでも溢れてくるのだ。
「やっぱアイツを倒さないとどうしようもないな。」
コウは困ったように舌打ちをする。
「攻撃を跳ね返すんなら、下手に手は出せない。いったいどうしたら・・・、」
そう呟いた時、後ろから銃声が響いた。
「おいガキ!今のウチに攻撃しろ!」
「ノリス・・・。でもこいつは攻撃を跳ね返してくるから・・・・、」
「いいから早くしろ!」
ノリスに急かされて、コウはイチかバチかで殴りかかってみた。
すると初めて攻撃が通った。
コウの拳は邪神の顔面を捉え、大きく仰け反らせたのだ。
「なんで?どうして当たって・・・・、」
「俺の神器だ。」
ノリスは銃を向け、またクインを撃った。
「こいつには力の流れを反転させる神器が宿ってる。
つまり俺の銃で撃てば、邪神の反射能力は無効化できるってわけだ。」
「ああ!なるほど・・・・、」
コウは拳を固め、また邪神を殴った。
硬い音が響き、邪神は仰け反る。
「もっと撃ってくれ!」
「言われなくても。」
ノリスは銃を連射する。
邪神の反射能力は掻き消され、どんどん攻撃が通るようになった。
しかしいくら殴っても傷一つ付かない。
「どんだけ硬いんだよコイツ・・・・。」
反射がなくてもダメージが通らないのなら意味がない。
邪神は《雑魚ども》と笑った。
口を開け、大量の虫を吐き出す。
何万という虫が溢れ出し、コウは慌てて下がった。
「クソ!これじゃどうしようもない!」
そう諦めかけた時、後ろからリング状の光が飛んで来た。
「敵が多いなら、味方に変えちゃえばいいのよ。」
「マナ!」
敵を操るリングの光。
虫の群れはマナの操り人形になった。
「行け!邪神をやっつけろ!」
数万の虫が群がって、邪神の姿が見えなくなる。
すると今度はシウンが攻撃を放った。
地面を叩きつけ、赤い線を走らせたのだ。
それは邪神の足元に伸びていき、数百万度の熱線を放った。
虫の群れは一瞬で蒸発。
しかし残念ながら、邪神は無傷だった。
「熱にも強いか・・・・。」
ギリッと歯を食いしばり、悔しがる。
しかし「まだよ!」と声が響いた。
「アドネの鎌は、誰の首であろうと落とす!」
黒く巨大化した鎌が、邪神の首を斬りつける。
するとほんの少しだけ傷を与えることが出来た。
「おお!」
コウは喜ぶ。アドネも「ね?」と笑った。
「コイツは無敵なんかじゃない。ちゃんと傷を与えられるのよ。」
「そうだな。弱気になっちゃ負けだ!」
コウはクワガタの精霊と融合し、ギュッと拳を握った。
「ドタマかち割ってやる!」
拳に魔力を溜めて、硬度を上げていく。
腰を捻り、渾身のアッパーを見舞った。
すると邪神の横腹にヒビが入った。
「行ける!ちゃんとダメージが通るぞ!」
邪神は決して無敵ではない。
みんなは一気に闘志を上げた。
コウの拳が、アドネの鎌が、シウンの熱線が邪神を追い詰める。
それは邪神に確かなダメージを与えた。
与ええたが・・・・致命傷には至らなかった。
「やっぱり硬いな・・・・。」
《だから言ったでしょ。雑魚は雑魚、私に勝てるわけないわ。》
邪神は羽を広げ、強烈な羽ばたきを起こした。
すると紫色の粒子が飛び散って、コウたちの力を奪い取っていった。
「まずい!マナ、また結界を・・・・、」
そう言いかけた時、巨大な影がコウの前に立ちはだかった。
「ニーズホッグ!」
「下ガッテイロ。」
カチカチと歯を鳴らしながら、邪神の羽に噛みつく。
そしていとも簡単にもぎ取ってしまった。
《このミミズ!》
「装甲ハ頑丈デモ、付ケ根ハ脆イヨウダナ。」
ニヤリと笑いながら、バリバリと羽を食い千切る。
「羽ヲ失イ、柔ラカイ腹ガ剥キ出シニナッタナ。」
《ぐッ・・・・・、》
「コノママ内臓ゴト食イ千切ッテクレル!」
カブリと噛みつき、ひと噛みで内臓まで達する。
《調子に乗るんじゃないわよ。》
邪神も大顎でニーズホッグに噛みついた。
すると頑丈なニーズホッグの鱗が、メキメキと割れていった。
そしてとうとう中まで食い込んで、万力のように締め上げた。
「グウウオオオオオオオ!」
《噛むのはアンタの専売特許じゃないのよ。》
そのままニーズホッグを持ち上げて、何度も叩きつける。
「やめろ!」
シウンが飛びかかり、灼熱の拳で殴る。
しかしまた攻撃が跳ね返されてしまった。
「ぐはあッ!」
「クソ!反射能力が復活しやがった!」
コウは「ノリス!」と叫ぶ。
「邪神を撃て!反射を掻き消すんだ!」
そう言って振り返ると、ノリスは倒れていた。
「どうした!?」
「虫に噛まれたみたい。」
マナが答える。
「あの小さな虫、毒を持ってたみたいなのよ。」
「ならすぐに治す!」
コウは治癒の魔法をかけて、ノリスの毒を打ち消そうとした。
しかしかなり強い毒のようで、そう簡単には治らない。
「クソ・・・・こいつが撃ってくれなきゃ邪神に攻撃が通らないのに。」
「じゃあアンタが撃てば?」
「無理だよ。神器は持ち主じゃないと使えないんだ。」
コウは必死に魔法をかける。
その時、背中に何かがぶつかってきた。
「ぐおッ・・・・、」
何かと思って振り返ると、そこにはアドネが倒れていた。
「おい!しっかりしろ!」
「へ、平気よ・・・・、」
アドネは右腕を失い、しかも顔にヒビが入っていた。
「それより早くノリスを治して・・・・。じゃないと何もできない・・・、」
「ああ、分かってる。もうちょっと待ってくれ。」
手をかざし、ノリスの毒を打ち消していく。
しかしその時、また仲間が傷ついた。
なんとニーズホッグが真っ二つにされてしまったのだ。
「ギャアアアアオオオオオオオオオ・・・・・、」
「ニーズホッグ!」
頑丈なニーズホッグは、今までにこんな大怪我を受けたことがない。
あまりの痛みとショックに悶え苦しんだ。
邪神は高らかに笑い、ここぞとばかりに踏みつける。
「クソ!あの野郎・・・・、」
「あんたは回復に専念して!」
「マナ・・・・、」
「私が行くから。」
そう言ってニーズホッグの元まで飛んでいった。
「大丈夫、助けてあげるわ。」
ポンポンとニーズホッグの頭を撫でていると、上から邪神の脚が迫った。
マナは結界魔法を唱え、その脚を弾く。
そして「うううん・・・・」と唸って、ドッペルゲンガーと分離した。
「お願い、その竜の傷を塞いで。」
ドッペルゲンガーはニーズホッグの傷口に張り付く。
そのおかげでどうにか出血は止まった。
「早く治さないと死ぬわね。」
両手を掲げ、回復魔法をかけようとする。
しかしその時、背中にもぞもぞした感触が走った。
何かと思って振り向くと、邪神の小さな虫が背中に張り付いていた。
「・・・・・ッ!」
慌てて払おうとするが、首筋を噛まれてしまう。
「あッ・・・・・、」
マナは怨霊、ゆえに普通なら毒など喰らわない。
しかし邪神の虫は、怨霊のマナにさえも猛毒を注いだ。
彼女は苦しみ、地面へと落ちていく。
そこには数匹の虫が待ち構えていて、一斉に襲いかかってきた。
「いやあ!」
慌てて結界を張るが間に合わない。
マナは虫に取り囲まれ、手足を噛まれてしまった。
「だ・・・・・誰かッ・・・・、」
手を伸ばし、悲鳴を上げる。
するとアドネが駆け付け、虫たちを斬り払った。
「大丈夫!?」
「・・・・・・・・。」
マナは毒に侵され、ピクピクと痙攣していた。
口を開け、苦しそうに喘いでいる。
「コウ!マナが・・・・、」
「連れて来い!ノリスとまとめて治してやる!」
アドネは急いでコウの元に向かう。
しかしその瞬間、背中に凄まじい衝撃が走った。
「があッ・・・・、」
邪神の一撃が背中を貫いたのだ。
鋭い脚は、腹まで貫通する。
「・・・・・・・・・。」
アドネはその場に倒れる。
マナを抱えたまま、「ダナエ・・・・」と呟いて。
「クソ!みんなやられちまう!」
邪神の強さは圧倒的で、神器さえも役に立たない。
絶望に苛まれ、「ダナエえええええ!」と叫んだ。
「早くしてくれ!このままじゃみんな死んじまう!」
そう叫んだ時、「うるせえなあ・・・」と声がした。
「ノリス!」
「いちいち女の名前呼んでんじゃねえよ・・・・、」
「でも・・・・、」
「船長さんはお前のことを信じて任せたんだろ・・・・。
なら諦める前にやることあるだろうが・・・・・、」
ノリスは銃を掴み、邪神の頭を撃った。
「超人!」
そう叫ぶと、シウンが邪神の頭に飛びかかった。
「まだだ!この程度で俺たちは負けない!」
シウンの怒りは激しく燃え上がる。
身体の熱がどんどん上がり、神器の力によって増幅していく。
「外から叩いても無駄なら、中から弾き飛ばせばいい!」
そう言って邪神の大顎を掴み、メキメキとへし折ってしまった。
「コウ!コイツの口をこじ開けろ!」
「口を・・・・、」
コウは呆気に取られる。しかしすぐに「そういうことか!」と頷いた。
全身全霊のパワーを込めて、邪神の口を貫く。
《ぎゃああああ!》
「行け!」
「おう!」
シウンは邪神の口に飛び込む。
そのまま喉を通り、食道を通り、強酸の溜まった胃袋までやってきた。
《燃やしてやる!何もかも!》
邪神の体内でさらに熱を上げる。
しかし胃袋の酸は強力で、どんどんシウンを溶かしていった。
《負けるものか!こんな所で・・・・負けるものかああああ!》
頭の突起が飛びて、ブレードのように鋭くなる。
それを振り回すと、胃袋はズタズタに切り裂かれた。
《ああああああああああ!》
邪神が悲鳴を上げる。
コウは「頑張れ!」と叫んだ。
シウンはその想いに応えるように、さらに熱を上げる。
やがて真っ白に輝き、身体じゅうから突起が伸びてきた。
全身からバチバチと放電して、熱線さえ上回る熱を蓄える。
百万度・・・・五百万度・・・・一千万度・・・・。
太陽に匹敵する熱は、邪神を焼き尽くしていく。
そして遂には炭に変えてしまった。
《ぎゃああああああああ・・・・・・、》
断末魔の叫びが響く・・・・最後の悲鳴がこだまする・・・・。
恐るべき邪神は、塵一つ残さず焼き払われてしまった。
「やった!シウンの奴やりやがった!」
コウは嬉しそうにガッツポーズをする。
しかしシウンは瀕死の重傷を負った。
あまりに熱を上げ過ぎた為に、自分自身を溶かしてしまったのだ。
手足がドロドロに溶けて、顔も頭もマグマのように歪んでいる。
コウは慌てて助けに行った。
「シウン!」
「・・・・・・・・・・。」
「大丈夫だ!すぐに治してやるからな。」
冷却魔法を唱えて、シウンの熱を下げていく。
もうもうと蒸気が昇り、どうにか一命をとりとめた。
「じゃ、邪神は・・・・・、」
「くたばったよ、お前のおかげだ。」
「そうか・・・・よかった・・・・。」
そう言ってガクリと項垂れる。
コウは「よくやった!」と叩いて、彼をノリスの元まで連れていった。
「熱が足りなくなってる。撃ってやってくれ。」
「いいけどよ・・・・他の奴らも助けてやれ・・・・。」
「分かってるさ。」
コウはアドネとマナの元へ行き、「やったぞ!」と叫ぶ。
「邪神はくたばった!俺たち勝ったんだぜ!」
それを聞いたアドネとマナは、小さく微笑んだ。
「どうなることかと思ったけど、ほんとに勝ててよかった・・・よかった・・・・。」
ホッと息をつき、「すぐに治してやるからな」と笑いかける。
《これでラシルは平和になる。後は地球へ行って、悪魔の軍勢を追い払うだけだ。》
戦いはまだ続く。
しかし邪神に勝利したことは、何よりも大きな自信につながった。
《見てろよ地球の悪魔。すぐにそっちに行って、お前らもブッ飛ばしてやるからな!》
自信は闘志に変わり、胸が熱くなる。
しかしその自信はすぐに打ち砕かれた。
ノリスがやって来て、ポンと肩を叩いたのだ。
「喜ぶのはまだ早いぜ。」
「なんだって?」
「あそこ見てみな。」
そう言って、戦艦が墜落した場所を指さす。
「なんだよ?」
コウはノリスが指さした先に目を向ける。・・・・・そして絶句した。
「な?」
「・・・・・・・・・・・。」
頭が真っ白になる。
自信が粉々に砕かれて、再び絶望が訪れた。
「俺たちが倒したのはただの兵隊らしい。」
「そんな・・・・・。」
コウの見つめる先には、まだ邪神がいた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十一話 神器の力(8)

  • 2017.04.10 Monday
  • 16:31

JUGEMテーマ:自作小説

コウは深呼吸をして、ドアの中に足を踏み入れた。
緊張が襲う・・・・鼓動が高鳴る・・・・・。
いくら羽化していないとはいえ、あの邪神と一対一で向き合うのは、相当な恐怖だった。
しかし部屋に入った途端、その恐怖は消えた。
その代わり、「なんだこりゃ?」と顔をしかめた。
真っ白な繭が、大きな部屋の中に鎮座している。
そこからは無数の糸が伸びていて、部屋の中を埋め尽くしていた。
「まるで綿飴をぶちまけたみたいだな・・・・。」
そこかしこに走る白い糸。
もしも何百年も蜘蛛の巣を放置していたら、こんな具合になるのではないかとうような光景だった。
しかし驚きは束の間、また恐怖が襲ってくる。
なぜならニーズホッグよりも遥かに巨大な繭が、今にも羽化せんと脈打っていたからだ。
そして脈を打つたびに、肝が冷えそうな殺気が伝わってきた。
「怖ええよ・・・・。」
正直な気持ちがこぼれる。
しかしビビっている場合ではない。
今倒さないと、さらに恐ろしい敵になるのだから。
「神器の力を解放したんだ。今なら一刀両断できるはず。」
繭の上に舞い上がり、手刀をふりかざす。
すると繭が激しく脈打って、頭の中に声が響いてきた。
《それを振り下ろしたら、あの子も死ぬわよ。》
邪神の声だった・・・・。
コウはピタリと固まる。
《あんたがそれを振るのと同時に、あの子の魂を吸い取る。それでもいいの?》
「てめえ・・・・ダナエは人質かよ。」
千載一遇のチャンスだと思ったのに、ダナエを人質に取られてはどうしようもできない。
しかしだからといって、このまま見過ごすわけにはいかなかった。
「なあ邪神、交換条件といかないか?」
無理に笑顔を作り、余裕を見せる。
「ダナエを解放してくれたら、俺はいったんここから出て行く。どうだ?」
《・・・・・・・・・・。》
「返事なしかよ・・・・・。」
《対等な条件じゃなきゃ飲めないわね。》
「じゅうぶん対等じゃねえか。
お前が繭に包まれている限り、俺はいつでもお前を殺せるんだから。」
《じゃあやればいいじゃない。》
「・・・・・・・・・。」
《今ならバッサリよ、ほら?》
「・・・・・・・・・・。」
《出来ないわよね?あの子が人質に取られてるんじゃ。》
邪神は知っている。
コウが人質を顧みずに、自分を殺せないことを。
《冷酷になれば私を殺せるのに。馬鹿なガキ。》
「うるせえ。仲間を失ったらって恐怖は、お前には分からねえよ。」
《知りたくもないわ。ただの足枷になるようなものなんて。》
可笑しそうに笑って、《そこで見てなさい》と言った。
《じきに羽化するわ。そうすればあんたら皆殺し。》
「へ!いきがんじゃねえよ。こっちだって神器の力を解放したんだ。」
《ふふふ・・・・神器ねえ。》
邪神はクスクスと笑う。
コウは冷や汗を掻きながら、《どうすりゃいいんだ?》と困った。
《せっかくチャンスなのに何も出来ねえ・・・・。》
邪神の言う通り、ダナエが人質に取られている限りは、迂闊に動けない。
困り果てたコウは、いったん部屋から出ることにした。
「どうだったでゅふぉ?」
「ダメだ。ダナエを人質に脅された。」
「まあそうなるでゅふぉね。」
「こうなったら仕方ない。一度この船を離れて、みんなを呼びに行くしか・・・、」
そう言おうとした時、豚は「僕に任せるでゅふぉ」と胸を叩いた。
「僕がチャンスを作るでゅふぉ。」
「チャンス?」
「ほんの一瞬だけだけど、邪神から船の制御を奪い返してみせるでゅふぉ。」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るかどうかじゃなくて、やるしかないでゅふぉ。
そうしないとダナエちゃんを助けられないから。」
豚はキリっと表情を引き締める。
「あんたはダナエのちゃんの所に戻ってほしいでゅふぉ。
そして僕が制御を奪い返した隙に、ダナエちゃんを助けるでゅふぉ。」
「そりゃいいけど・・・・でも本当に大丈夫なのか?」
「言ったでゅふぉ。ダナエちゃんは僕の女神だって。
女神様を放っておくなんて出来ないでゅふぉ。」
豚は自信満々に胸を張る。
それは本当の自信からくるものか?それともただの虚勢か?
コウには分からなかった。
しかし今は少しのチャンスに賭けるしかない。
「分かったよ、そこまで言うならお前を信じる。」
「でゅふぉ。もし制御を奪い返したら、球体の光は一瞬だけ消えるはずでゅふぉ。
その時がダナエちゃんを助けるチャンスでゅふぉ。」
「よっしゃ!なら頼んだぜ!」
コウはすぐに道を引き返す。
「迷っちゃダメでゅふぉよ。」
「一度通った道は忘れねえよ!それよりお前も無茶すんなよ。
ダナエを助けたらすぐに戻って来るから。」
コウはダナエの元へ消えて行く。
豚は「でゅふぉ」と頷き、邪神のいる部屋を振り返った。
「・・・・無茶しないと助けられないでゅふぉ。」
ダナエは女神。
ずっと孤独だった豚にとって、その優しさは光そのものだった。
「僕はダナエちゃんに会えてよかったでゅふぉ。
それだけでも地中から出てきた価値があったでゅふぉ。」
もう二度と地上に出ることはないと思っていた。
愛されることもなく、壊されることもなく、ただひっそりと地中に眠り続けるものだと思っていた。
しかしそんな長い孤独が、ダナエに会えたことで帳消しになった。
豚は思う。
自分だけ破壊されずに残っていたのは、きっとダナエに会う為なのだろうと。
あの笑顔を見る為に、ずっとずっと孤独に耐えてきたのだと。
「僕は生まれてきた意味があったでゅふぉ。」
ダナエと過ごした一日を思い出すと、自然に頬が緩んだ。
豚は邪神のいる部屋に入る。
大きな繭が目に映り、今にも羽化せんとしていた。
「お前はダナエちゃんの敵でゅふぉ。ということは、僕にとっても敵でゅふぉ。」
《時代遅れの遺物が偉そうに。誰が掘り起こしてやったと思ってるの?》
「誰も頼んでないでゅふぉ。でもお前が掘り起こしてくれたおかげで、ダナエちゃんに会えたでゅふぉ。感謝してるでゅふぉ。」
《その割には怖い顔してるわね。何を企んでるの?》
邪神の声に警戒が混じる。
今の豚からは、並々ならう気迫を感じたからだ。
「僕、ダナエちゃんにはずっと笑っていてほしいでゅふぉ。」
《ふふふ・・・そういうセリフはね、付き合いの長い者が言うことよ。
この前会ったばかりの女にそこまで入れ込むなんて、やっぱり変態ね。》
邪神は馬鹿にしたように笑うが、豚は真剣だった。
ダナエの笑顔は脳裏に焼き付いて離れない。
あの笑顔に出会えただけで、もう全てが充分だった・・・・・。
「僕は気持ちの悪い男でゅふぉ。」
《自覚はあるのね。》
「見た目も中身も、到底女になんかモテないでゅふぉ。」
《憐れよね、生まれてこなかった方が良かったんじゃない?》
「そんな僕に優しくしてくれたのは、かつてのパートナーとダナエちゃんだけでゅふぉ。」
《よっぽど物好きな女どもね。私ならあんたみたいなのはお断りだわ。
せいぜい手駒にするくらい。》
「僕・・・・幸せだったでゅふぉ。生まれてきてよかったでゅふぉ。」
《ずいぶん小さい幸せね。幸せの感度がペットボトルのキャップくらい。
そんな弱い頭してたら、そりゃどんなことでも幸せに感じるでしょうね。
憐れすぎて笑えもしないわ・・・・・ゴミクズ。》
邪神の辛辣な言葉は、少なからず豚の心を抉った。
彼にも人と同じように精神がある。
心無い言葉は、確かにその精神を傷つけた。
しかしそれでもなお、自分は幸せだと言える。
戦いで破壊された戦艦や、初期不良であっさり破棄された戦艦。
それらに比べると、自分は恵まれていた。
最後の最後で、あんなに眩しい笑顔に出会えたのだから。
「僕、ダナエちゃんの為なら死んでもいいでゅふぉ。」
包丁を持ち上げ、自分の首に当てる。
邪神は《あんた・・・・》と焦った。
《いいのそんな終わり方で。その程度のことを幸せと感じたまま終わっていいの?》
邪神は必死に止めようとするが、もう豚の耳には届かない。
今の彼には、ダナエの笑顔しか見えていない。ダナエの声しか聞こえていない。
たった一日でも共に過ごした、あの輝かしい時だけが・・・・・。
「僕は幸せだったでゅふぉ。」
短い呟きは、思い出と共に消える。
長い生の中で、最も輝いた一日。
それだけを胸に、豚の生は幕を閉じた。
          *
ダナエの所に戻ったコウは、ずっと彼女を見つめていた。
球体は黄色く光っており、まだ邪神の制御下にある。
この光が消えた時こそが、ダナエを助けられるチャンスだ。
息を飲み、注意深く時を待つ。
果たしてあの豚は上手くやってくれるだろうか?
信じるとは言ったものの、言いようのない不安を感じていた。
《もし失敗したらダナエは・・・・・。》
嫌な考えが頭を巡り、胸に暗い影を落とす。
しかしその時、球体がピカピカと点滅した。
「来たか!?」
コウの動悸が速くなる。
しかしそれと同時にふと思った。
あの豚が制御を奪い返したところで、いったいどうやってダナエを助ければいいのか?
ダナエを助けるには、この球体を破壊するしかない。
しかしそんな事をすれば、船そのものが自爆してしまう。
「・・・・穴か?重力魔法で空間を歪めて、穴を作るか?
そうすれば球体を壊さずに、ダナエを助けられ・・・・、」
そう言いかけて、「いや、無理だ」と首を振った。
「穴の向こうは亜空間なんだ。マナの結界魔法なしじゃ生きていられない。」
コウには結界魔法なんて高等技術は使えない。
もう一度キーマが現れてくれれば別だが、そう都合よくいくはずもなかった。
「クソ!どうやって助ければいいんだ!?」
球体は点滅を続けていて、寿命のきた電球のように弱くなっていく。
そして・・・・・・、
「消えた・・・・。」
球体の光が失われ、豚が制御を奪い返したことを告げる。
「クソ!こうなりゃイチかバチかで、亜空間を通るしかねえ!」
両手に重力を溜めて、球体に向ける。
するとその時、球体の中に豚が現れた。
それも首から上だけが・・・・・、
「なッ・・・・・、」
コウは呆気に取られる。
しかし次の瞬間、ダナエは球体の中から消えて、外に倒れていた。
「ダナエ!」
コウは「しっかりしろ!」と抱き起す。
「助けに来たぞ!」
ペチペチと頬を叩くと、少しだけ目を開けた。
「コウ・・・・、」
「お前・・・・あんな豚の為に無茶して。」
ホッと笑顔になるコウ。しかしダナエは豚の身を案じていた。
「豚さんは・・・・どうなったの?無事でいる・・・・?」
「・・・・・・・・。」
「ねえ・・・豚さんは・・・・?」
コウは唇を噛みしめる。
球体の中には豚の首が浮かんでいて、それはすなわち彼が生きていない証拠だった。
「あいつは・・・・・、」
言うべきか言わざるべきか?
それを悩んでいると、球体から声が響いた。
《早く逃げて。》
「この声は・・・・・、」
顔を上げると、球体の傍にキーマが浮かんでいた。
《この船はもう持たない。ここにいたらみんな死んでしまうわ。》
「キーマ!あいつは・・・・・、」
《残念だけど、もうこの世にはいないわ。》
「やっぱりか・・・・あいつ無茶すんなって言ったのに・・・・、」
悪い予感はあった。
あの時の豚は、死を覚悟した目をしていたからだ。
しかしそのおかげでダナエが助かった。
コウは「悪態ばっかりついちまった・・・・礼くらい言わせてくれよ」と呟いた。
《彼は自分の生を終わせることで、船を緊急停止状態にしたのよ。》
「緊急停止?」
《あの豚は、いわば船の脳にあたる部分よ。それが失われたんだから、船は全ての機能を一時的に停止したわけ。》
「なるほど・・・・でも死んじまったんなら、どうやって船の機能を奪い返したんだ?」
《邪神を利用したのよ。》
「邪神を?」
《船の機能が停止したままでは落下する。もし羽化する前に船が落ちれば、邪神も死ぬわ。》
「逃げる為に船を飛ばしたのに、それで死んだんじゃ笑い話だな。」
《そうならない為に、邪神はあの豚を利用した。
落ちた首を拾って、船をコントロールする機能に無理矢理ねじ込んだのよ。》
「無茶苦茶するな・・・・・。」
《船は機能を回復した。だけどその時、邪神の制御の下を離れたってわけよ。》
キーマは球体を見つめ、《この豚さんに感謝しなきゃね》と言った。
《自分の命を賭してまで、お嬢さんを助けようとした。
ここまで誰かに愛されるなんて羨ましいわ。》
球体の中に浮かぶ豚の頭。それは自分で切断したものだ。
しかしその顔は笑っていた。
ダナエと過ごした時間を思い出すことで、幸福に満ちたまま息絶えたのだ。
《でもどうして豚の頭がこの球体へ飛んできたのか・・・・それは私にも分からない。
この球体は直接管理室と繋がってるわけじゃないのに。》
不思議そうに言うキーマだったが、コウはこう答えた。
「もう一度だけダナエに会いたかったんじゃないか?」
豚の顔は幸福に満たされている。
しかしそれは、どこか寂し気にも見えた。
「たった一日だけの幸せってんじゃ、あまりに短すぎる。
だからもう一度だけコイツに会いに来たんだろうぜ。
そしてそのおかげで、ダナエは球体から出ることが出来たんだろう。」
ダナエの肩を抱き寄せながら、「あの豚の想いは本物だった」と頷く。
《論理的な坊やにしては、ロマンチックな答えね。》
「悪いか?」
《いいえ、素敵だと思うわ。》
キーマは微笑みを返す。しかしすぐに真顔に戻った。
《さあ、お喋りはお終い。早く逃げないと大変なことになるわ。》
「まさか・・・落ちるのか?」
《いいえ、自爆するつもりよ。》
「じ、自爆!?」
《豚さんが言ってたでしょ?制御を奪えるのは一時的にだって。
今はもう邪神の手に戻ってる。そして・・・・あいつはもう羽化しようとしているわ。》
「てことは、もうこの船は必要ないってことか。」
《ええ。巻き添えを喰らう前に、早く逃げて。》
キーマの顔が強張る。硬いその表情の奥には、邪神に対する恐れがあった。
《あいつはもう私の知ってるクインじゃない。正真正銘、災いをもたらす邪神よ。》
羽化した後の邪神がいかに恐ろしいか。
キーマの表情が物語っている。
しかしコウは首を振った。
「あいつが災いなんて前からだよ。俺たちは痛いほどよく知ってる。」
そう言ってダナエを抱き上げた。
「コウ、豚さんは・・・・、」
「・・・・・今は逃げよう。」
ポンポンと頭を撫でて、しっかりと抱きしめる。
そして逃げ出す前に、豚の顔を見つめた。
《ダナエを助けてくれてありがとう。》
短く祈りを捧げ、船から逃げ出す。
「いちいち通路を通ってらんねえ!こいつで・・・・、」
手刀を振り回し、壁を切り裂く。
そして何枚目かの壁を切り裂いた時、ようやく外の景色が見えた。
「飛ばすぞ!」
しっかりとダナエを抱え、弾丸のように駆け抜ける。
音速に近い速さで飛んで、とにかく船から離れた。
「コウ・・・・さっきキーマがいたよね・・・・?」
ダナエが心配そうに船を振り返る。
コウは「ああ」と頷いた。
「でも大丈夫だ。あいつは俺たちとは違う場所にいるはずだから。」
「違う場所・・・・・?」
「今頃武神の横に浮かんでるぜ・・・・多分。」
そう言って、暗い雲に覆われた空を見上げた。
その直後、背後から閃光が走った。
その後には轟音が響き、少し遅れてから熱と風が襲ってきた。
「・・・・・・・ッ!」
背中が火傷しようなほど熱くなる。
コウはしっかりとダナエを抱えながら、仲間の元へ降り立った。
「ダナエ!」
アドネが駆け寄る。
「しっかりして!」
弱ったダナエを見つめて、「誰か回復を・・・・」と言おうとした。
しかし言い終える前に、コウが回復魔法を唱えた。
ダナエは力を取り戻し、「豚さん!」と叫んだ。
遠くに自爆した船が墜落する。
爆炎を上げ、黒い煙が昇っていった。
「そんな!豚さんが・・・・、」
「おいよせ!」
ダナエは船へ飛ぼうとする。
コウは必死にそれを止めた。
「あいつはもう死んだ!」
「なんでよ!?まだなんにも幸せなことがなかったのに!」
「お前を助ける為に死んだんだよ!」
「私を・・・・、」
ダナエの目が潤む。
コウは彼女の肩を掴み、「あいつは不幸なんかじゃなかったぞ」と言った。
「お前と過ごした時間は、すごく幸せだって言ってたんだ。」
「でもたったの一日なのに・・・・、」
「時間の長さは問題じゃねえ。あいつはお前の笑顔に救われたんだ。
だから最後は笑って死んでった。」
「・・・・豚さん・・・・、」
ダナエの目から涙がこぼれる。
こんなことになるなら、もっと一緒にいてあげればよかったと後悔した。
「だって・・・たった一日だけなんて・・・そんな短い幸せ・・・・、」
「だから時間の長さは問題じゃねえ。
お前と過ごした一日が、あの豚の長い孤独を癒したんだよ。」
豚は命を懸けてダナエを助けてくれた。
コウの胸には感謝しかなかった。
「ただの変態野郎かと思ってたけど、あいつはそんな奴じゃなかった。
好きな女の為に命を張れる、本物の男だった。だから可哀想なんて思うんじゃねえ。」
「でも・・・・、」
ダナエは納得できない。
コウの言うことも分かるが、それでも胸が締め付けられた。
しかしその時、船の墜落した場所から、ドス黒い煙が上がった。
それは爆炎による煙ではなく、もっともっと禍々しい煙だった。
「とうとう目覚めちまったか。」
コウの顔が険しくなる。
「ダナエ、もう悲しんでる場合じゃねえぜ。」
そう言うと、ダナエはゴシゴシと目を拭った。
「分かってる・・・・戦わなきゃ!」
目を吊り上げ、黒い煙を睨む。
するとダナエたちの背後から、巨大な何かが迫ってきた。
「誰!?」
慌てて振り向くと、そこにはニーズホッグがいた。
「ミミズさん!」
「残念ナガラ羽化シテシマッタヨウダナ。」
ドス黒い煙を睨み、カチカチと歯を鳴らす。
「トテツモナイ悪意ヲ感ジル。
今マデトハ比ベモノニナラナイホド、力ガ増シテイルヨウダ。」
「そうね・・・・そしてこれが最後の戦い。」
ダナエの瞳に、満月のような紋章が浮かぶ。
そして額にも月の刻印が浮かび上がった。
額と両目、三つの月の印は、三角形の印を結んだ。
「私の中の何かが、邪神に反応してる・・・・・。」
長い髪がざわめき、全身が真っ白に光っていく。
背中の羽が伸びていき、蝶のように広がった。
「ダナエ・・・・お前・・・・、」
「私、また進化する。邪神を倒す為に、私の中から力が・・・・・、」
ダナエは満月のように輝く。
青白い光に包まれて、羽はさらに大きくなった。
虹色に輝く蝶のような羽。
それを広げると、ふわりとみんなを包み込んだ。
すると次の瞬間、ドス黒い煙がこちらに向かってきた。
・・・いや、よく見るとそれは煙ではない。
邪神とよく似た虫の群れだった。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十話 神器の力(7)

  • 2017.04.09 Sunday
  • 15:55

JUGEMテーマ:自作小説

戦艦の周りには、強力な結界が張ってある。
しかし今のコウにとっては、それは紙きれ同然だった。
「さっきは油断して弾かれたけど、今度はそうはいかねえぜ!」
手刀を構え、結界へ向かっていく。
すると戦艦の大砲がこちらを向いて、プラズマを放ってきた。
「効くかこんなもん!」
手刀であっさりと斬り裂き、船に近づく。
そして再び手刀を振り下ろすと、結界は豆腐のように切れた。
「ダナエ!今行くぜ!」
結界の中に飛び込み、船に降りる。
「どこが入り口か分からねえな。」
戦艦はガッチリと装甲で覆われていて、入口らしきものは見当たらない。
「あの野郎、誰も中に入れさせないつもりだな。」
豚はダナエを連れ去ろうとしている。つまりは駆け落ちだ。
コウは「そんなこと絶対にさせるか!」と装甲を切り裂いた。
神器の力は凄まじく、分厚い装甲も簡単に切り払う。
そして船の内部に入ると、辺り一面に通路が伸びていた。
壁には配管が走り、現像室のようにオレンジ色の光が灯っている。
「クソ・・・どこにいるのか分からねえな。」
あの豚は船の中枢へ行くと言っていた。
しかし中に入ってしまうと、まるで迷路のような通路の網。
これではどうにも捜しようがなかった。
「仕方ない。手当たり次第に進んでみるか。」
通路を飛び回り、戦艦の中枢を目指す。
しかし同じところをグルグル回るだけで、「だああああ!もう!」と頭を掻いた。
「こんなんじゃいつまで経っても見つからねえ!」
業を煮やしたコウは、試しにある魔法を使ってみることにした。
「こういう魔法を使うのは初めてだけど、やってみるしかねえ。」
手の中に魔力を溜めて、それを波紋のように解き放つ。
すると壁をすり抜けて、戦艦の至る所に広がっていった。
「・・・・・・・・・。」
コウは神経を研ぎ澄ます。
魔力の波紋は、物にぶつかるとその一部が跳ね返ってくる。
いわばソナーのような物だ。
こういった魔法はともても難しく、魔力だけでなく技術も要求される。
キーマのような熟練者でもなければ、まず上手く行うことはできないのだ。
しかし今は時間がない。
早くダナエを見つけないと、あの豚にどんな目に遭わされるのか分からないのだから。
コウは丹念に波紋を送り続ける。
初めて使う類の魔法は、とても神経をすり減らした。
通常の魔法は、精霊の力を借りて行う。
この場合、術者の魔力的な負担は少なくてすむ。
魔法に使用される力の大半を、精霊が肩代わりしてくれるからだ。
しかしデメリットもあって、この方法だと微妙な調整をしづらい。
なぜなら魔法の効果を、精霊に任せてしまうことになるからだ。
だが自分の魔力だけで魔法を使えば、このデメリットを解消できる。
ソナーのような魔法を使うには一番良い方法なのだ。
ただその代わり、全てのエネルギーを自己負担しなければならない。
そのせいで、ほんの一分波紋を送り続けただけでも息切れを起こした。
これ以上は魔力も体力ももたない。
焦りは募り、余計に神経をすり減らした。
《俺にキーマくらいの経験があれば・・・・・。》
コウはもどかしく思った。
いくら力を手に入れても、それを扱う技量がなければ、何の意味もない。
もしもキーマが生きていれば、彼女に教えを乞いたかった。
経験を培うには時間が必要だが、それを短縮してくれるのが師の存在である。
思えばここまで、誰かに教えを乞うことなどなかった。
全て自分たちの力でやってきた。
しかしここから先、果たしてそれで通用するのか?
いくら神器の力を引き出しても、それを活かしきることができるのか?
《キーマ・・・あんたが生きてりゃ、頭を下げてでも教えを乞いたかったぜ。
俺は・・・ダナエを助ける力が欲しいんだ!》
まだまだ未熟なコウの技量では、完璧にソナーのような魔法は扱えない。
単純に重力をぶつけるような魔法とは違って、とにかく魔力を消耗していった。
《もうダメだ・・・・これ以上力を使ったら、例えダナエを見つけても・・・・。》
あの豚は必ず抵抗してくる。
それを倒す為には、戦うための魔力も残しておかないといけない。
《クソ!こんなことなら、やっぱアドネたちにも来てもらえばよかった。》
ダナエが連れ去られたのは自分の責任。
好きな女を助けられないで、何が邪神の討伐か!
そう思って一人で来たが、それは間違いだと思った。
《やっぱり仲間って大事だよなあ・・・。
アドネの言う通り、カッコつけるんじゃなかった。》
これ以上の力の消耗は、空を飛ぶ力さえ失う。
そうなれば仲間に助けを求めることも出来なくなる。
コウは仕方なくソナーの魔法を解除しようとした。
しかしその時、ふと誰かの声が聞こえた。
《もう諦めちゃうの?》
耳元に微かな声が響く。
《お嬢さんを助けるんでしょ?こんな所で諦めていいの?》
コウは思わず顔を上げた。
「この声は・・・・・、」
《大丈夫、私も手を貸してあげる。でもその代わり絶対に諦めちゃダメ。
あなたが彼女を助けなかったら、いったい誰が助けるの?》
微かに響くその声は、まちがいなくあの魔女のものだった。
「キーマ!」
コウは叫ぶ。
どうして彼女の声が聞こえるのか?
ダレスとの戦いで死んだのではなかったのか?
様々な疑問が渦巻くが、口から出てきた言葉は一つだった。
「俺に力を貸してくれ!」
あらん限りの声で叫ぶと、コウの傍にキーマが舞い降りた。
それは幻か?それとも幽霊か?
どちらかは分からないが、薄くなった彼女の姿は、すでにこの世の者ではないことを物語っていた。
「頼む!どうすればいい!?どうすればダナエを見つけられる?」
必死な顔で尋ねると、キーマはこう答えた。
《こんな遮蔽物の多い場所でソナーは向かない。私ならこうするわ。》
キーマは両手をかざす。
すると辺りの色がネガフィルムのように反転した。
そして・・・・・
「なんだこれ?全ての壁が薄くなっていく。」
ゴクリと息を飲みながら見つめる。
キーマは《さしずめレントゲンってとこね》と笑った。
《魔力はソナーのような波紋だけじゃなくて、粒子としても飛ばせるわ。》
「粒子・・・・。」
《波と粒子。光に似た性質を持ってるの。
だからほら、粒子として魔力を飛ばすと、遮蔽物を透かして見ることができるのよ。》
キーマの手から放たれた魔力は、鱗粉のように舞い散る。
それは壁を透かして、船内の様子を映した。
コウは「こんな使い方が・・・」と呆気に取られた。
「なあキーマ!これはどうすれば・・・・、」
そう言って振り向いた時、彼女は消えていた。
「・・・・なんで?どこ行ったんだ?」
辺りを見渡しても、どこにもいない。
それどころか気配すら感じなかった。
「・・・幻?」
辺りの景色は元に戻っている。
しかしさっきの光景は、決して幻などではなかった。
「・・・やるしかねえ。」
コウは一つ深呼吸をして、キーマと同じように両手をかかげた。
「・・・・なんかやりにくいな、これ。」
手を下ろし、自分が楽だと思う体勢になる。
そして力を抜いて、身体じゅうから魔力を飛ばした。
・・・イメージする。
この魔力は小さな粒であると。
そうすることで、なんだか上手くいくような気がした。
気がしたが・・・・・上手くいかなかった。
「そんな簡単なわけないよな。」
ため息をつき、「ここはキーマに従うか」と両手をかかげた。
手の平に魔力を溜めて、神経を集中させる。
魔力は力の入れ具合によって、強くも弱くもなる。
コウはギリギリまで力を落とし、薄い魔力の光を放った。
ほんのりと紫に光り、どうにかその状態を維持する。
「これ・・・・疲れるな。」
ソナーよりも格段に神経をすり減らす。
しかしこれが上手くいけば、ダナエを見つけられるかもしれない。
「先のことを考えてもしょうがない。今はダナエを見つけることだけに集中だ。」
ここで全ての魔力を失ってもいい。
そう思って魔力を解き放った。
常に最も力の弱い状態を維持しながら、慎重に魔力を飛ばす。
すると僅かではあるが、遮蔽物が透けて見えた。
「キーマほどじゃなくても、一応は成功だよな。」
魔力を飛ばし続け、船の中をくまなく照らす。
すると船体の後ろの方に、微かにあの豚の影が見えた。
「そこか!」
魔法を解除し、豚のいる場所を目指す。
しかし通路は迷路のようになっていて、簡単に辿り着けない。
「クソ!こうなったら・・・、」
手刀を振りかざし、壁を切り裂く。
これを繰り返しながら、どうにか豚のいる場所まで辿り着いた。
そこは学校の教室ほどの広さになっていて、鎖が巻かれた球体が置かれていた。
ほんのりと黄色に光っていて、表面には数式らしき文字が浮かんでいる。
豚はその大きな球体の前に立っていた。
「おいてめえ。」
ポキポキと拳を鳴らしながら、「ダナエをどこへやった?」と睨んだ。
「大人しく返せば、タコ殴りにするだけで許してやる。」
殺気を漂わせながら、豚に近づく。
しかし何かに気づいて、ピタリと足を止めた。
「ダナエ・・・・・。」
巨大な球体の中に、ダナエが閉じ込められていた。
手足を抱え、胎児のようにうずくまっている。
しかも気を失っているようで、無表情に目を開けていた。
「この豚野郎・・・・。」
コウの怒りが増す。
目を吊り上げ、「殴るだけじゃすまさねえ」と言った。
「こんな事してまでダナエと結婚したいのかよ?」
豚は背中を向けたまま動かない。そして何も答えなかった。
「お前約束したじゃねえか。ダナエに妙な真似はしねえって。
それを信じて預けたのにこのザマかよ。」
コウは腹が立っていた。
この豚に対してはもちろん、それ以上に自分に腹が立っていた。
「やっぱりあの時行かせるべきじゃなかった。
引っぱたいてでも止めりゃよかったぜ。」
豚へ近づきながら「なんとか言えよ!」と怒鳴る。
「何も答えねえなら、このまま首が落ちるだけだぜ。」
手刀をふりかざし、豚の首を狙う。
するとそこで、ようやくこちらを振り返った。
「・・・・なんだお前?泣いてるのか?」
「・・・・・・・・・。」
豚の顔は涙でグシャグシャになっていた。
鼻水を垂らし、ヨダレまで流している。
「ぼ、僕は・・・・・、」
泣きそうになるのを堪えながら、「僕は・・・・」と繰り返す。
「守れなかったでゅふぉ・・・・。」
「なんだって?」
「ダナエちゃんは・・・僕との約束を守ってくれたでゅふぉ・・・・。
一日だけお嫁さんになって、ずっと傍にいてくれたでゅふぉ・・・・。」
「グヒ!」っと唸って、ごしごしと目を拭う。
「おい、何があったのか詳しく話せ。」
「・・・・僕・・・嬉しかったでゅふぉ・・・・。長い間一人で寂しかったから・・・。
でもダナエちゃんのおかげで、久しぶりに楽しい時間を過ごせたでゅふぉ・・・。
たくさんお話をして、僕のつまらない冗談で笑ってくれたでゅふぉ・・・・。」
「ぶふ!」っと嗚咽して、言葉につまる。
コウは胸倉を掴み、「泣いてる場合じゃねえだろ!」と怒鳴った。
「何があったんだ!これはお前がやったんじゃないのか!?」
「違うでゅふぉ!」
「じゃあ誰がやったんだ!」
手刀を振りかざし、「事と次第によっちゃ・・・・」と殺気を放つ。
すると豚はブルブルと首を振って「邪神が・・・・」と答えた。
「邪神がやったんでゅふぉ・・・・。」
「邪神?」
「あいつ・・・・もう目覚める寸前なんでゅふぉ・・・・。
今度はすごく強くなってるから、目覚めたら僕なんかいらないって・・・。
かと言って敵に利用されても困るから、僕を処分するって・・・・、」
「処分・・・・。」
コウは言葉に詰まる。
てっきりこの豚がやったものだと思っていたのに、まさか邪神とは・・・・。
「邪神は僕を殺そうとしたでゅふぉ。」
そう言ってダナエの入った球体を振り向く。
「あれが僕の本体なんでゅふぉ。あの中に人工の魂が入っていて、それが今ここにいる僕でゅふぉ。」
「ちょっと待て。あれがお前の本体ってんなら、なんでダナエが入ってんだ?」
「ダナエちゃんが僕を守ってくれたんでゅふぉ。」
球体に近づき、ダナエを見つめる豚。
本来は自分が入っているはずなのに、それがこうして入れ替わってしまった。
その原因は邪神にあった。
「邪神はこの球体の中から、僕を抹消しようとしたでゅふぉ。」
「抹消って・・・・魂を消そうとしたってことか?」
「でゅふぉ。僕は人工の魂だから、船を乗っ取られると消されるんでゅふぉ。」
「乗っ取るって・・・・どうやって?これはお前そのものなんだろ?」
コウは首を傾げる。
豚は「出来ないことはないでゅふぉ」と答えた。
「僕の魂はここにあるけど、船の心臓部は別にあるんでゅふぉ。」
「心臓部ねえ・・・・ならそこがお前の中心ってことか?」
「船を管理する場所でゅふぉ。そしてその場所にこそ、邪神は眠っているんでゅふぉ。」
「なるほど・・・なら最初からお前を処分するつもりだったわけだな。」
要領を得て頷くコウ。豚は「僕は浅はかだったでゅふぉ」と答えた。
「邪神の口車に乗せられて、一番大事な場所を渡してしまったでゅふぉ。
おかげで船は乗っ取られ、僕は危うく抹消されそうになったでゅふぉ。」
「それを助けたのがダナエだと?」
「でゅふぉ。」
豚の目が潤み、瞳に映るダナエが滲んでいく。
「僕が消されそうになったその瞬間、ダナエちゃんが助けてくれたんでゅふぉ。
僕をあの球体から出して、代わりに自分が・・・・・。」
ガクッと項垂れ、ぐふ!っと嗚咽する。
コウは「でもいったいどうやって・・・」と不思議に思った。
「魂を入れ替えるなんて技、あいつは持ってないぞ。」
「僕にも分からないでゅふぉ。だけどダナエちゃんはこう言ったんでゅふぉ。
豚さんは死んじゃダメって・・・・。
邪神に利用されて終わるなんて、そんなのでいいはずがないって・・・・。」
泣き崩れ、えづくほど嗚咽する。
「気がついたら、僕とダナエちゃんが入れ替わってたでゅふぉ・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
豚の言葉に嘘はない。コウはそう思った。
ダナエの言う通り、この豚からは邪神やダレスのように悪意のある気配は感じられないからだ。
しかしダナエはどうやって豚と入れ替わったのか?
コウは球体に近づき、じっとダナエを見つめた。
どこか変わったところはないか?
注意深く見ていると、ある異変に気づいた。
「あいつ・・・・・、」
コウが目を凝らしたのはダナエの右手。
そこにはコスモリングが填まっていた。
綺麗な黄金色に輝くそのリングは、大きな亀裂が走っていた。
青い宝石の埋まった辺りから、パックリと割れている。
「使ったんだ・・・・コスモリングを・・・・・。」
所有者の望みを叶える不思議なリング。
ある意味神器よりも大きな力を備えている。
しかしこのリングの寿命は、あと一度きりの使用だった。
豚が命の危機に晒された時、ダナエは迷わずこのリングを使ったのだ。
「このバカ・・・・こんな豚の為に・・・・。」
コスモリングはダナエの宝である。
今までどれほどこのリングに助けられてきたか。
それをこんな豚に使うなんて、いかにもダナエらしいと思った。
「あ、あんた!」
豚が足にしがみつく。
「ダナエちゃんを助けてくれでゅふぉ!」
悲壮な顔で訴える豚に、コウは「当たり前だ」と言った。
「お前の為にダナエを死なせられるか。」
「ダナエちゃん、まだ生きてるんでゅふぉ!でもこのままじゃいつどうなるか・・・。」
「助けるのは簡単さ、この球体を壊せばいい。」
そう言って手刀を振りかざすと、豚は「ダメでゅふぉ!」と止めた。
「それが壊れたら、この船が吹き飛ぶかもしれないでゅふぉ!」
「ふ、吹き飛ぶ?」
「この戦艦は敵に奪われた時の為に、自爆機能を備えてるんでゅふぉ。
それがこの球体を壊すことなんでゅふぉ。」
「そういうことはさっさと言え!危うく斬るとこだったろうが!」
ガチン!と拳骨を落とすと、「でょふ!」と頭を押さえた。
「ダナエちゃんを戻すには、また僕が中に入らないといけないでゅふぉ。
だけどこの船は邪神に乗っ取られてるから、それを奪い返さない限りは・・・・、」
「やってやるよ。」
「でゅふぉ?」
「邪神を倒せばダナエも助けられる。一石二鳥じゃねえか。」
コウは踵を返し、中枢室から出て行こうとした。
「お前の心臓部とやらに案内しろ。」
「わ、分かったでゅふぉ!」
豚は「こっちでゅふぉ」と先を歩く。
「邪神はもうじき目覚めるでゅふぉ。それまでに倒さないと厄介なことに・・・、」
「んなこたあ分かってる。いいからさっさと歩け。」
ボンと豚のお尻を蹴飛ばすと、「すまんでゅふぉ・・・」と謝った。
「僕・・・浮かれてたでゅふぉ。」
「何が?」
「ダナエちゃんに一日お嫁さんになってもらって、とっても幸せだったでゅふぉ。」
「そうか、ならよかったじゃねえか。」
「たくさんお話をして・・・・っていうかほとんど僕が喋ってたんでゅふぉが、それでも笑顔を崩さすに聴いてくれたでゅふぉ。」
「あいつはけっこう聞き上手だからな。」
「それに僕からも質問したら、ちゃんと答えてくれたでゅふぉ。」
「けっこう律儀だからな。」
「僕は楽しかったでゅふぉ。
長い間の孤独が、たった一日で埋まるほど幸せだったでゅふぉ。」
「あいつの笑顔にはそういう力があるんだ。だからみんなが集まって来る。」
「僕もその一人だったでゅふぉ。
ダナエちゃんの笑顔を見ていると、とっても幸せな気持ちになれたでゅふぉ。
出来るなら、ずっとあの笑顔を見ていたいでゅふぉ。」
「ありゃ俺の女だ。お前にはやらねえ。」
「分かってるでゅふぉ。だけど・・・・それでも僕はあの笑顔を見ていたいでゅふぉ。」
豚の声は切なく、コウの胸にほんの少しの同情を抱かせた。
この豚の生い立ちを考えると、確かにダナエの笑顔は眩しく映るだろう。
それは中毒にも似た魅力となるはずで、だからこそここまで執着するのだろうと。
しかしだからといって、この豚を許す気にはなれない。
「言っとくけどな、邪神を倒したら、お前もそれなりに痛い目見てもらうかな。」
「ダナエちゃんが助かるなら、僕はどうなってもいいでゅふぉ。」
「それだけの心意気があるなら、最初から守ってやれよ。」
「すまんでゅふぉ・・・・。」
豚は足早に歩き、迷路のような通路を迷いなく進んでいく。
いかに複雑な道だろうが、これは自分の身体。
どこに心臓部あるかは、手に取るように分かる。
「あと少しで着くでゅふぉ。」
豚の足取りはさらに速くなる。
コウは「もっと急ごう」と言った。
「お前を抱えて飛ぶから、道だけ教えろ。」
そう言って豚を抱え、迷宮のような通路を飛んでいった。
「僕・・・・・、」
「なんだ?」
「僕・・・・・最後に膝枕してもらったんでゅふぉ。」
「そういやそんな約束してたな。」
「ダナエちゃんの膝枕、とっても柔らかかったでゅふぉ。」
豚の顔が緩み、目が垂れ下がる。
「いちおう聞くけど、それ以上のことはしてないだろうな?」
「何度も言ったでゅふぉ。僕は紳士だから、変な真似はしないでゅふぉ。」
「もし変な真似してたら、このまま壁に叩きつけてやる。」
「大丈夫でゅふぉ。あ!でも・・・・、」
「でも?」
「最後にチューしてもらったでゅふぉ。」
「ちゅッ・・・・・・、」
コウの眉間に血管が走る。豚を抱える腕に力が入った。
「い、痛いでゅふぉ!」
「お前・・・・チューってどういうことだよ?変な真似してないって言ったじゃねえか。」
「してないでゅふぉ!僕からは・・・・、」
「どういうことだよ?」
「一日が終わる時、ダナエちゃんがほっぺにチュってしてくれたんでゅふぉ。」
「・・・・・・・・・。」
「豚さん、目を瞑ってって言うから、ドキドキしながら目を閉じたんでゅふぉ。
そしたらほっぺにチュって。」
豚はとろけそうなほど顔が緩くなる。
ウットリとしながら、キスをされた頬を撫でた。
「その後にこう言ってくれたんでゅふぉ。
お嫁さんは無理だけど、でもその代わり友達になろうよって。」
「・・・・・・・・・・・。」
「僕、すごく嬉しかったでゅふぉ。
一日が終わって、もう二度とダナエちゃんに会えないと思ってたから。
でもダナエちゃんは、友達でいいならずっと一緒にいようって言ってくれたんでゅふぉ。」
「・・・・・・・・・・。」
「私の船は壊れちゃって、今は厳つい戦艦しかないんだって。
だからこの戦いが終わったら、私の船になってくれないかって。
それで一緒に大きな神様に会いに行こうよって。」
「・・・・・・・・・・。」
「嬉しくて泣きそうだったでゅふぉ。僕だって厳つい戦艦なのに・・・。
それでも一緒に行こうって言ってくれた優しさが、本当に嬉しかったでゅふぉ。
ダナエちゃんは僕にとって女神でゅふぉ。」
豚の声から切なさが消え、代わりに喜びが溢れる。
コウは黙って聞いていたが、「なあ?」と口を開いた。
「さっきから言おうと思ってたんだけど・・・・、」
「でゅふぉ?」
「道案内が止まってるぞ。」
「・・・・・でゅふぉ!?」
豚は慌てて「すまんでゅふぉ!」と謝る。
「つい嬉しくて・・・・、」
「それは分かったから、ちゃんと道案内してくれ。」
「え、えっと・・・・もうだいぶ通り過ぎたでゅふぉ。」
「・・・・・・・・。」
「痛ッ!」
拳骨を落とされ、涙目になる豚。コウは心の中で小さく笑った。
《ダナエが友達っていうんなら、連れて行かないわけにはいかねえよな。》
豚に対する怒りは消える。
しかし調子に乗られても困るので、今は厳しい顔を崩さなかった。
「おいまだか?」
「もうちょっとでゅふぉ。」
豚に案内されながら、ひたすら迷宮を抜けていく。
そしてとうとう心臓部の近くまでやって来た。
「この先が・・・・、」
「ああ、分かってる。アイツの気配がプンプンするぜ。」
迷宮のような通路の先から、おぞましい気配が溢れている。
「こいつは確かに今までとは比較にならないな・・・・。」
コウの背筋に寒気が走る。
羽化する前でこれなのだから、もし完全に目覚めてしまったら・・・・。
想像するのも怖くなって、ブルブルと首を振った。
「大丈夫、今ならまだ間に合うんだ。」
通路を抜け、邪神のいる部屋の前まで来る。
ドアの奥からは異様な殺気が漂っていて、さながら地獄の門のように思えた。
「見た目は城にあったドアと似てるんだな。まあ同じもんだから当たり前だけど。」
豚を下ろし、ドアの前に立つ。
「俺が行くからな。お前はここにいろ。」
「ぼ、僕も戦うでゅふぉ!」
「何言ってんだ。もしお前がやられたら、ダナエを助けられないだろ。」
コウは「すぐ終わるから」とドアを睨む。
「そのドア、簡単には開かないでゅふぉ。ノブの傍にある数字を合わせないと・・・、」
「そんなもん必要ない。」
コウは手刀を振りかざす。
それを振り下ろすと、ドアは紙切れのように切り裂かれた。
「しゅ、しゅごいでゅふぉ・・・・かなり頑丈なドアなのに・・・・、」
「いいか、呼ぶまで入って来るんじゃないぞ。」
「でゅふぉ。」
豚はコクコクと頷く。
コウは深呼吸をして、ドアの中に足を踏み入れた。
緊張が襲う・・・・鼓動が高鳴る・・・・・。
いくら羽化していないとはいえ、あの邪神と一対一で向き合うのは、相当な恐怖だった。
しかし部屋に入った途端、その恐怖は消えた。
その代わり、「なんだこりゃ?」と顔をしかめた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百九話 神器の力(6)

  • 2017.04.08 Saturday
  • 16:52

JUGEMテーマ:自作小説

コウとダナエは「一人で行く」、「いや、一緒に行く」と言って譲らない。
傍から見ればただの惚気で、さっさと決めろと言いたくなるような状況だった。
そしてそんな二人のやり取りを、遠くから見つめる者がいた。
誰がどう見ても惚気だが、この者にはそうは映らなかった。
「あいつ・・・・ダナエちゃんを困らせてる・・・。悪い奴でゅふぉ。」
目を吊り上げ、殺気ムンムンで近づいて行く。
二人はそれに気づかない。
「俺が行く!」
「私も行く!」
言い争いはヒートアップして、喧嘩のようになってしまった。
「もういい!これ以上話しても無駄だ。」
ダナエを押しのけ、先へ進むコウ。
「待ってよ!」
追いかけるダナエだったが、ふと何かが目に入った。
「あ・・・・、」
「どうした?」
「豚さん・・・・。」
通路の奥を指さすダナエ。
そこには怒りに染まった豚がいた。
懐から出刃包丁を取り出し、ゆっくりと近づいて来る。
その殺気は明らかにコウに向けられていた。
「ダナエちゃんを困らせる悪い奴・・・・・殺してやる。」
「おお、こいつが変質者か。」
コウはニヤリと笑い、豚に近づいた。
「あ、ちょっと・・・・、」
ダナエの制止も聞かず、豚と向かい合う。
そしてダナエを指さし、こう言った。
「コイツは俺の女だ。お前になんかやらねえぜ。」
ビクッと赤くなるダナエ。
しかし豚は別の意味で赤くなっていた。
怒りが極限まで達して、目が血走っている。
「そうやって・・・・ダナエちゃんを手籠めにしたんだな。」
「手籠め?」
「強引に迫って・・・・無理矢理自分のモノにしようとしたんでゅふぉ?」
「そりゃお前だろ。初対面の女に向かって結婚しろなんてさ。
頭がどうかしてるぜ。」
「初対面じゃないでゅふぉ。何度か合ってるでゅふぉ。」
「そうかい。でもお前が嫌われてることに変わりはねえ。」
そう言ってゴキゴキと拳を鳴らした。
「聞きたいことがある。」
「でゅふぉ?」
「邪神はどこだ?」
「ぶふッ・・・・教えるわけないでゅふぉ。」
「なら身体に聞くか?」
拳を握り、メキメキと鳴らす。
「喧嘩っ早い奴でゅふぉ。そんな奴にダナエちゃんは渡せないでゅふぉ。」
包丁を構え、ギラリと光らせる。
するとダナエが「待って待って!」と止めた。
「話し合うんでしょ!なんでいきなり喧嘩するのよ!」
「そいつが先に売ってきたんだ。」
「何言ってるの、先に仕掛けようとしたのはコウじゃない。」
「いいや、そいつは殺気満々だった。大人しくしてれば殺されるだけだ。」
ジロリと豚を睨むコウ。
ダナエは「挑発しないの」と諌めた。
豚を振り返り、「ごめんね」と謝る。
「この子ちょっとカッとなりやすいのよ。」
「子供みたいに言うな。」
「コウは黙ってて。」
口を押え、後ろへ追いやる。
豚は「ダナエちゃんは優しいでゅふぉ」と微笑んだ。
「やっぱり僕のお嫁さんにピッタリだあ・・・・。」
目が歪み、じとっとダナエを見つめる。
「そ、その目はやめて・・・・。」
鳥肌が立ち、ぶるぶると腕をさする。
「あのね豚さん。何度も言ってるけど、お嫁さんにはなれないの。」
「大丈夫でゅふぉ。そんな悪い男、僕がブッ飛ばしてやるでゅふぉ。」
「そういうことじゃなくて、今はお嫁さんの話は無しにしましょ。」
ニコリと笑い、豚の緊張をほぐす。
「あのね、私たちはどうしても邪神を見つけたいの。
豚さんなら居場所を知ってるよね?」
「でゅふぉ。」
「できれば教えてほしいんだけど・・・・無理かな?」
「いいでゅふぉ。ただし・・・・・、」
豚はニヤリと笑う。しかし言い終える前に、コウが遮った。
「ダナエちゃんにお嫁さんになってほしいでゅふぉ。」
馬鹿にしたような言い方をする。
豚は怒り、「捌かれたいでゅふぉ?」と包丁を向けた。
「お、落ち着いて!」
慌てて包丁を下ろさせて、「コラ!」とコウを睨む。
「どうしてそう挑発するのよ?」
「だってムカつくんだよそいつ。俺のこと馬鹿にしやがって。」
「それはお互い様でしょ。」
「でもさ・・・・、」
「いいからコウは黙ってて。」
強い目で睨むと、コウは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「もし邪神の居場所を教えてくれるなら、豚さんのお願いを聞いてあげるわ。」
「おいダナエ!」
「いいから!ここは私に任せて。」
ダナエは表情を引き締め、豚に向かい合う。
「だけど私に出来る範囲にしてね。
とりあえずお嫁さんは無理だから、他のことにしてくれない?」
「お前なあ・・・そんなこと言ったら、絶対にエロいことお願いしてくるぞ?」
「・・・・・・・・。」
「へいへい、黙ってますよ。」
肩を竦め、ヒラヒラと手を振る。
ダナエは「まったく・・・」とため息をついた。
「で・・・・どんなお願いがいい?」
そう言って豚に向き直ると、「そでゅふぉねえ・・・・」と考えた。
「お嫁さんは無理・・・・。だったらずっと一緒にいてほしいでゅふぉ!」
「それだとお嫁さんになるのと一緒じゃない!」
「違うでゅふぉ。結婚はしなくてもいいでゅふぉ。
ただ一緒にいてくれたらそれでいいでゅふぉ。」
「で、でも・・・・、」
「心配しなくても、僕はこう見えても紳士でゅふぉ。
絶対にダナエちゃんが嫌がるようなことはしないでゅふぉ。」
「嘘つけ。二人きりになったら絶対に襲ってくるぞ。」
「お前と一緒にするなでゅふぉ。」
「はあ?喧嘩売ってんのかお前。」
「やるならやってもいいでゅふぉ。」
「だから喧嘩はやめてって!」
大きな声で叫んで、「豚さん!」と振り返る。
「いいわよ、そのお願い聞いてあげる。」
「おいおい・・・・お前本気かよ?」
コウは信じられないという風に首を振る。
「本気よ。ただし条件付きだけど。」
「条件付き?」
ダナエは頷き、豚を振り返る。
「ねえ豚さん。一緒にっていうのは、二人きりじゃなくていいのよね?」
「でゅふぉ?」
「私たちと一緒に邪神を倒さない?」
「ダナエちゃんと・・・・一緒に?」
「私たちの仲間になってよ。それならずっと一緒にいられるでしょ?」
「仲間・・・・・。」
「そう、仲間。友達でもいいわ。」
「友達・・・・・。」
「豚さんの気持ちは嬉しいんだけど、でもやっぱりお嫁さんにはなれない。
だけど仲間や友達っていうなら歓迎よ。」
そう言って手を差し出す。
するとコウが「待て待て」と止めた。
「俺は反対だぜ。こんな頭のおかしい豚を仲間にするなんて。」
「そう?仲間になってくれたら邪神を見つけられるわよ。」
「いや、そうかもしんないけど・・・・、」
「それに豚さんは絶対に強いわよ。だって古代の戦艦そのものなんだから。」
そう言って「ねえ?」と微笑みかける。
すると豚は「嫌でゅふぉ」と答えた。
「え?」
「ダナエちゃんと二人きりがいいでゅふぉ。」
「だからあ・・・それは無理だって・・・・・、」
「だったら僕も条件を付けるでゅふぉ。」
「条件?」
「ずっとじゃなくてもいいでゅふぉ。
その代わり、一日だけお嫁さんになってほしいでゅふぉ。」
「い、一日だけ・・・・?」
豚はコクリと頷く。
「どうしてもダナエちゃんが嫌っていうなら、無理にお嫁さんには出来ないでゅふぉ。
だけど一日くらいならいいでゅふぉ?」
「ええっと・・・・それは・・・・、」
ダナエの笑顔が引きつる。
思いもしない返答をされて、「どうしよう!」とコウを振り返った。
「知るか。自分で蒔いた種だろ、自分でどうにかしろ。」
「で、でも・・・・・、」
ダナエは豚を振り返る。
するとすぐ目の前に顔があった。
「きゃあ!」
「さあ、どうするでゅふぉ?」
「うう・・ええっと・・・・、」
「返事を聞かせてほしいでゅふぉ。」
豚の目は本気だ。
ダナエは青い顔をしながら、ダラダラと冷や汗を流した。
「と、友達じゃダメなの・・・・?」
「ダメ。」
「ど、どうしてもお嫁さんじゃなきゃダメ?」
「でゅふぉ。」
豚はさらに顔を近づける。
荒い鼻息が吹きかかって、ダナエの髪がなびいた。
「さあ?どうするでゅふぉ?」
「・・・・・・・・。」
「心配しなくても、約束はちゃんと守るでゅふぉ。
お嫁さんになるのは一日だけだし、邪神の居場所だって教えるでゅふぉ。」
「うう・・・・・・。」
「それにさっきも言ったように、僕は紳士でゅふぉ。
ダナエちゃんが嫌がるようなことは絶対にしないでゅふぉ。」
ダナエは《このお願いそのものが嫌なんだけど・・・》と目を逸らした。
豚は返事を待つ。
コウも助ける気はないようで、「さっさと決めてやれよ」と言った。
「言い出したのはお前だろ?早く決めないと時間の無駄だ。」
「ううう・・・・・、」
泣きそうになるのを堪えながら、「じゃあ・・・・」と答える。
「あの・・・一日ってことは、今からじゃなきゃダメなの?」
「でゅふぉ。」
「でもそれだと邪神が羽化しちゃうわ。邪神を倒してからじゃダメ?」
「君たちが邪神に勝つという保証がないでゅふぉ。
もしダナエちゃんが負けたら、僕は約束を破られることになるでゅふぉ。」
痛いところをつくなと思いながら、ダナエはこう答えた。
「でも一日は長すぎるわ。どうにか邪神が羽化する前に倒さないといけないから。」
困った顔でそう言うと、豚は「ぬふふ」と笑った。
「ダナエちゃんの心配はもっともでゅふぉ。
だけどそれは心配しなくてもいいでゅふぉ。」
「どういうこと?」
「僕の中に来ればいいんでゅふぉ。」
「あなたの中に?」
わけが分からず、首を傾げる。
「戦艦の中枢に来れば、意識を加速させる道具があるでゅふぉ。
それを使えば、ほんの一分でも一日と同じくらい長く感じるでゅふぉ。」
「ああ、なるほど!・・・・って、よく分かんないわ。」
苦笑いを見せると、コウが助け舟を出した。
「要するに、その豚と一緒にいるのは一分だけでいいってことだ。」
「そうなの!?だったら全然問題ないわ。」
「ただし・・・・その一分は一日分の長さに感じるけどな。」
「え?」
「さっきその豚が言っただろ。意識を加速させて、時間の感覚を変えるって。
それはつまり、一分を一日と同じくらい長く感じるってことだ。」
「ええっと・・・・つまりそれって・・・・、」
「実際に一緒にいるのは一分だけ。でも感覚的には一日分ってことだ。
だから邪神が羽化する前に見つけ出すことは、充分に可能ってこと。」
そう説明されて、ダナエは少し迷った。
迷ったが・・・・ここが妥協点だと思い、「いいわよ」と頷いた。
「ほ、ほんとでゅふぉ!?」
「実際の長さが一分なら問題ないわ。ただし・・・・・、」
「ただし・・・・?」
「これはあなたを紳士だと信じてOKするんだからね。もし変なことしたら・・・、」
「それは心配ないでゅふぉ。あ!でも・・・・、」
「でも・・・・何?」
「膝枕くらいはしてほしいでゅふぉ・・・・。」
顔を赤く染めながら、恥ずかしそうに俯く。
ダナエは「それくらいならいいけど・・・」とため息をついた。
「じゃ、じゃ!早速行くででゅふぉ!」
ダナエの手を取り、走り出す豚。
「あ、ちょっと・・・・・、」
二人は城の奥へ駆けて行く。
ダナエは振り返り、「ここで待ってて!」とコウに言った。
「すぐ戻って来るから!」
「へいへい、どうなっても知らんぜ。」
「何よそれ?」
「そんな豚を信じちゃってさ。何があっても責任持たないからな。」
拗ねたように言うコウ。
ダナエは「ヤキモチ妬いてる」と笑った。
「当たり前だろ。他の男のお嫁さんになるんだぞ。たった一分とはいえ。」
「・・・ごめんね。」
ダナエは申し訳なさそうに謝る。
「でも信じて。私が男の人として好きなのはコウだけだから。」
そう言われて、コウはツンとそっぽを向いた。
「ほんとにごめん。でも絶対にすぐ戻って来るから。
そうしたらまた・・・・・ね?」
「また・・・・・・か。」
顔が赤くなり、ううんと咳払いする。
ダナエは豚に手を引かれて消えていく。
コウは腕組みをしながら、「また・・・・か」とあらぬ妄想に浸った。
あんなことやこんなことを妄想しながら、ダナエを待つ。
そして一分が過ぎた頃、ふと我に返った。
「いかんいかん。今はそんなこと考えてる場合じゃない。」
また咳払いをして、通路の奥を見つめる。
ダナエが去ってから五分ほど。戻って来るにはまだ早い。
「行き帰りを計算すると、ざっと十分くらいかな?」
あの二人がどこへ行ったのかは分からない。
しかしそう遠い場所ではないと思い、しばらく待つことにした。
それから数分後、コウの後ろから誰かの気配が近づいてきた。
「これは・・・・・、」
幾つかの気配がこちらに向かっている。
そのどれもがよく知る気配だった。
「アドネたちだな。」
通路の向こうから、こちらへ走って来るシルエットが浮かぶ。
案の定それはアドネたちで、コウを見つけるなり手を振った。
「おうお前ら、生きてたか。」
コウも手を振り返すと、「当たり前でしょ」とアドネが怒った。
「あんな悪魔にやられるかっての。」
「俺はお前らのこと信じてたぜ。」
「嘘くさい・・・・。」
ツンとしながら言うアドネ。そして「ん?」と何かに気づいた。
「あんた・・・・なんか変わった?」
「おう!大人になったんだ。」
そう言ってグッと拳を握る。
するとノリスが「大人になら昨日の夜になったろ」とニヤけた。
「そういう意味じゃない!妖精として進化したって意味!」
「まあどうでもいいけどよ。船長さんはどこだ?」
「そうよ、ダナエがいないじゃない。」
アドネたちはキョロキョロとダナエを探す。
コウは頭を掻きながら「実は・・・・」と切り出した。
今までの経緯をかいつまんで話すと、アドネは「何それ!」と驚いた。
「豚のお嫁さんって・・・・。」
「でもそうしないと邪神の居場所が分からないんだよ。」
「あんたはそれでいいの?
たった一分とはいえ、ダナエが他の男のお嫁さんになっちゃうんだよ。」
「いいとは思わないよ。でもこうするより仕方なかったんだ。」
腕を組み、不機嫌な顔で答える。
「まあ心配しなくても、すぐに戻って来るさ。」
「楽観的ねえ・・・。もし何かあったらどうするのよ。」
それから数分の間、みんなはダナエを待った。
五分が過ぎ、十分が過ぎ、やがて三十分近く経とうとしていた。
「・・・・遅いな。」
コウは通路の奥を睨む。アドネも心配そうに頷いた。
「捜しに行った方がいいんじゃない?」
「でもどこに行ったのか分からないんだよ。」
「手分けして探せばいいじゃない。」
「・・・・そうだな。このままほっとくのは危険かもしれない。」
みんなは通路の奥へと向かう。
するとその時、地鳴りと共に城が揺れた。
「何だ!?」
「分からない!でもただの地震じゃないわ!」
揺れはだんだんと強くなって、やがて城の壁にヒビが入る。
通路の床も割れて、城そのものが崩れそうになった。
「おいおい・・・逃げた方がいいんじゃねえか?」
ノリスは顔をしかめながら言う。
シウンも「ここにいるのは危険だな」と頷いた。
「どうする?このまま奥へ行くか?」
そう聞かれて、コウは迷わず答えた。
「みんなは外へ逃げてくれ。俺はダナエを捜す。」
「何を言ってるんだ。捜すならみんなで行った方がいいだろう。」
「そうよ。何一人でカッコつけてんのよ。」
シウンもアドネも奥へ駆けて行く。
しかしコウは「待て」と止めた。
「これは俺の責任なんだ。」
「何がよ?」
「あいつを豚と二人きりで行かせたのは、俺の責任だ。
だから俺が助けに行く。」
そう言って一人で駆け出して行く。
「みんなは外で待っててくれ!必ずダナエを連れ戻すから!」
「あ、ちょっと・・・・・、」
アドネが止める間もなく、コウは通路の奥へ飛んでいった。
するとその瞬間、城がガラガラと崩れて、形を変え始めた。
「こ、これは・・・・、」
アドネたちは息を飲む。
変わりゆく城の姿は、宙を飛ぶ乗り物へと変わっていった。
「城が・・・・戦艦に戻ろうとしてる。」
古代の戦艦は、そのまま宙へ舞い上がる。
アドネたちは呆気に取られながらその様子を眺めていた。
「・・・・・追わないと!」
咄嗟に宙へ駆け出すアドネ。するとそこへコウが落ちてきた。
「きゃあ!」
二人はぶつかって、地面へ落ちていく。
「くっそ〜・・・・結界に弾き返された。」
コウはブルブルと頭を振りながら、戦艦を見上げる。
「あの野郎・・・・ダナエを連れ去る気だ。」
戦艦は空高く舞い上がり、どこかへ飛び去ろうとしている。
アドネは「すぐに追いかけよう!」と叫んだ。
「いや、お前らはここにいてくれ。」
「はあ?だから一人でカッコつけてんじゃ・・・・、」
「そうじゃない。さっきも言ったけど、これは俺の責任なんだ。」
そう言って宙へ舞い上がる。
「絶対にダナエを連れ戻す。それまでここで待っててくれ。」
高速で羽ばたき、音速を超えて戦艦を追いかけて行った。
「あ!ちょっと・・・・、」
止める間もなく戦艦へ行ってしまうコウ。
アドネは「まったく・・・」と呆れた。
「だから言ったのに。他の男のお嫁さんにするなんてさ。」
飛び去るコウを見つめながら、「絶対に連れ戻して来るのよ〜!」と叫んだ。
コウは頷き、ダナエを助けるべく戦艦へ飛びかかっていった。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百八話 神器の力(5)

  • 2017.04.07 Friday
  • 15:42

JUGEMテーマ:自作小説

もしも目の前に死が迫ったら、多くの者は逃げ出すだろう。
それは人でも妖精でも変わらない。
しかし今、その死に立ち向かう妖精がいた。
コウは死神と向かい合う。
それも全ての死神の頂点に君臨する、赤き死神テンジュと。
テンジュの鎌を振り下ろされた者は、死が約束される。
そもそもこの死神に遭遇するということ自体が、死の運命が近づいているということなのだ。
これが他の死神ならば、戦って追い返すことも可能である。
大きな力を持つ者や、絶対に死にたくないという強い信念があれば、死神を退けることは不可能ではないからだ。
しかしテンジュにはそれが通用しない。
ルシファーかサタン、もしくは三大龍神と同等の力を備えていなければ、到底この死神に勝つことなど出来ないからだ。
もし人間や妖精がこの死神に狙われたら、潔く諦めるしかない。
テンジュの名前は天寿の意。
この死神に目を付けられるということは、それがその者の寿命なのだ。
妖精であるコウは、テンジュと戦っても勝ち目はない。
しかしたった一つだけ、この死神を追い払う方法があった。
それは神器の力を引き出すこと。
死神といえども神は神。
拳に宿る神器の力を引き出せば、撃退することは可能である。
だがもしそれに失敗すれば・・・・。
今、コウの目の前に死が迫っていた。
命を狩るテンジュの鎌が、コウの首に振り下ろされたのだ。
それは数百分の一秒という、とてつもなく短い時間だった。
死神の鎌は速い。
脳の命令を受けて、身体が動く速度を遥かに超えている。
これを生き延びるには、神器の力を引き出す以外にない。
目の前に死が迫り、コウの思考速度は加速した。
数百分の一秒という速さの、死神の鎌を上回るほどに速くなる。
《死ぬ間際って、スローモーションに見えるってホントなんだな。
めちゃくちゃゆっくり鎌が迫って来る。
だけどこっちも動けないや・・・。身体の動きが全然追いつかない。》
全てがスローモーションに見えるということは、自分の動きさえ遅くなる。
いくら死神の鎌がゆっくりに見えても、コウの動きはそれ以上に遅くなっていた。
《このまま何も出来なかったら、俺は間違いなく死ぬだろうな。
でも神器の力なんてどうやって引き出せばいいんだ?》
真剣に考えるが、まったくわからなかった。
しかしそこで、ふと武神の言っていたことを思い出した。
《そういえば武神は、それぞれの性格や戦い方を考慮して、相性の良い神器を与えたって言ってたな。
ということは、そこに神器の力を引き出す秘密があるのかも。》
コウの受け取った神器は剣。
どんな魔法も切り裂く、究極の刃だ。
《剣・・・・剣ねえ。なんで俺は剣だったんだろう?
どっちかっていうと、こういうのはダナエに向いてるんじゃないか?》
ダナエは根はとても優しいが、意外と好戦的なところがある。
殺し合いは嫌いだが、喧嘩は好きだし、暴れることもしょっちゅうだ。
だからこそ攻撃魔法を得意としているし、いざという時に凄まじい力を発揮する。
《剣なんて攻撃的な武器は、どう考えてもダナエ向きだよなあ。
どっちかっていうと、俺は杖とかの方が向いてると思うんだけど。》
神器と相性。
それを考えていると、死神の鎌はすぐそこまで迫っていた。
《やべ!どうにかしないとマジで死ぬ。》
焦りが募る。肝が冷えて、思考まで恐怖に支配される。
《えっとえっと!・・・・どうしたらいい!?どうすれば神器の力を・・・・、》
すぐそこまで迫った鎌は、刃紋までハッキリ見える。
コウは《もうダメか・・・・》と諦めかけた。
《・・・まあいいか。俺が死んでもみんながいるんだ。
シウンもアドネも、それに他のみんなも神器を持ってる。
俺一人いなくたって・・・・・。》
首に鎌が触れる。
それは豆腐を切り裂くかのように、何の痛みもなく肉に滑り込んできた。
あと数センチも食い込めば、神経も骨も断たれてしまうだろう。
コウは力を抜き、死に身を委ねることにした。
《じゃあなみんな。後のことは頼んだぜ。》
死を受け入れた途端、恐怖が消える。
それどころか、戦いへの重圧、邪神への怒り、様々な感情が消え去って、とても楽な気持ちになった。
気が緩む・・・緊張感がなくなる・・・・その瞬間、コウの思考は正常な時間を刻み始めた。
スローモーションの世界は消え去り、身体を基準にした時間が戻ってくる。
死神の鎌は神経を切断し、骨に差し掛かった。
死ぬ・・・・・。
楽な気持ちのまま、コウはこの世を離れようとした。
しかしそこで、もう一度だけ時間の流れが変わった。
スローモーションの世界が蘇り、彼女の顔が浮かんだのだ。
『コウ。』
眩しい笑顔でダナエが呼ぶ。
そしてこう呟いた。
『いかないで。』
たった一言の呟き・・・・それを聞いた時、コウは神器の力を目覚めさせた。
どうして自分に剣が託されたのか?
それをハッキリと理解したのだ。
首に食い込んだ死神の鎌、それが骨を切断する前に、鎌の柄を掴んでいた。
「なんと・・・・、」
天寿は驚く。
すでに食い込んだ鎌を、骨を切断する前に掴み取るなど、妖精の業とは思えなかった。
「私の鎌より速いというのか。」
驚きを隠せず、ほんの一瞬だけ動きが止まる。
そして次の瞬間・・・・・、
「むあ・・・・?」
コウの手刀が目の前にあった。
鎌で受け止めようとするが、とても間に合わない。
疾風のごとく、稲妻のごとく、刹那の間にコウの手刀は振り下ろされた。
・・・・テンジュは真っ二つになる。
身体が左右に分かれていき、そのまま馬から崩れ落ちた。
「・・・・・・・・。」
コウは静かな表情でそれを見つめる。
剣の達人のように、鋭い目をしながらテンジュを見下ろす。
すると異変が起こった。テンジュの衣の中から悪霊が現れたのだ。
サタンがネビロスに押し付けた、魔王の死霊。
その姿は恐ろしく、気の弱い者なら見ただけで絶命する。
死霊は口を開け、苦痛の叫びを響かせた。
これまた普通の者なら、聴いただけで発狂するような恐ろしい叫びである。
しかしコウは表情を変えない。
眉ひとつ動かさずに、手刀を一閃させた。
死霊は切り裂かれ、砂のように崩れ落ちる。
そして水のように滲みながら消滅した。
「・・・・・・・・・。」
短く息を吐き、「おい」とテンジュを呼ぶ。
「俺の勝ちだ。」
テンジュは瞬く間に元通りになって、コウの前に立ちはだかった。
「見事・・・・・。」
「ギリギリだったけど、神器の力を引き出せた。お前のおかげだよ。」
斬られた首を撫でて、回復魔法で傷を治す。
「なあテンジュ。お前・・・俺に剣の神器が宿ってるって見抜いてたんだな?」
そう尋ねると、テンジュは何も答えずに馬に跨った。
「七つある神器は、それぞれに特徴を備えている。
その力を引き出せるかどうかは、使う者の心に懸っている。」
赤い衣をはためかせながら、「お前には愛が宿っている」と答えた。
「愛しい者の為ならば、己が犠牲になっても構わない。
その命を武器にしてでも、愛する者を守るだろう。」
「俺・・・・死ぬ間際にダナエの顔が見えたんだ。
その時ハッキリ気づいたよ。俺には剣がピッタリだって。」
手刀を向け、「これは守る為の武器だ」と言った。
「騎士が王様やお姫様を守る時、必ず剣を抜くもんな。
剣は他の武器と違って、誰かを守る為にあるものなんだ。」
「その通り。しかしそれに気づくには、死を体感させるしかなかった。
もし自分が死んでしまえば、残された愛しい者はどうなるのか?
私の鎌によって、それが見えたはずだ。」
テンジュは背中を向け「しかし本当に生き残るとは思わなかったがな」と言った。
「間違いなく死ぬと予想していた。」
「本気で殺す気だったんだな・・・・・。」
「生きていて儲けものだな。」
カポカポと馬を歩かせながら、部屋を後にするテンジュ。
しかし途中で立ち止まり、「これを渡しておこう」と何かを投げ寄こした。
「これは・・・・、」
「牢獄の鍵だ。」
コウは真っ赤な鍵を見つめながら、「これがあれば・・」と笑った。
「地球の神様たちを外へ出してやれる。
そうすりゃ悪魔の軍勢を追い払えるかもしれない。」
希望に輝く目、嬉しそうな顔で「ありがとな」と笑った。
「必ず地球から悪魔を追い払う。」
「ルシファーとサタンは強敵だ。
いかに神々の力を借りようとも、容易く撃退できる相手ではないぞ。」
「分かってるって。だけどやらないわけにはいかないだろ?」
そう言って鍵を振って見せる。
テンジュは頷き、「ではこれにて」と馬を走らせた。
そして黒い煙に包まれて、どこかへ消え去った。
「もう二度と会うことはないだろうけど、でも約束する。
お前を苦しめたルシファーを、絶対にブッ飛ばしてやる。」
テンジュは城を出て、ユグドラシルに会いに行く。
呪われた運命から抜け出す為、そして自分自身を消滅させる為に。
城を出てから数分後、彼の願いは叶うことになる。
偉大な神樹の力によって、遂に苦しみの運命から解き放たれたのだ。
最強の死神は完全に消え去った。
もう誰も、彼の鎌に狙われることはない。
コウは牢獄の鍵を握りしめ「行くか」と歩き出した。
「この先に邪神はいない。すぐにダナエを連れ戻さないと。」
大人に進化したコウは、その羽も逞しくなっていた。
いちいちオニヤンマの精霊を呼び出さなくても、疾風のように飛ぶことができる。
器用に羽を動かしながら、うねった通路を進んでいった。
するとその時、道の先から誰かの気配を感じた。
「これは・・・・ダナエか!」
急いで彼女の元まで向かう。
すると向こうもこちらへ飛んできた。
・・・ガチン!と音が響いて、二人のおでこがぶつかる。
「痛あ〜い・・・・、」
「痛ってッ・・・・」
おでこを押さえ、悶絶する。
しかしすぐに顔を上げ、同時に叫んだ。
「コウ!」
「ダナエ!」
またおでこをぶつけ、涙目でうずくまる。
「お、お前なあ・・・・・、」
コウはおでこを押さえながら、「なんでいきなりこっちに飛んで来るんだよ!」と怒った。
「だってコウの気配がしたから・・・・・、」
「ていうかそんな事はどうでもいいんだよ。邪神はこの先にはいないんだ。」
「みたいね。」
「みたいねって・・・・知ってたのか?」
ダナエは「実はね・・・・・、」とあの豚のことを話した。
「・・・・というわけなの。」
コウは「なんだそりゃ?」と顔をしかめた。
「邪神はいなくて、その代わりに豚がいただって?」
「うん。でもただの豚じゃないよ。古代の戦艦なの。」
「戦艦・・・・てことはこの城そのものってことか。」
辺りを見渡し、「好都合だな」と頷く。
「ダナエ、その豚の所に案内してくれ。」
「ええ〜・・・・・。」
「なんでそんな嫌そうな顔するんだよ?」
「だって・・・・・、」
「求婚されたからか?」
「そうよ・・・・もうホントに強引だったんだから。」
あの豚の目を思い出し、ブルっと震えた。
「悪い人じゃないと思うんだけど、ちょっと思い込みが強いっていうか・・・、」
「なるほど、ストーカー気質なんだな。」
「でもね、可哀想といえば可哀想なの。大事な相棒を失って、すごく傷ついてるわ。
それに今では邪神に利用されてるし・・・・、」
「じゃあ結婚してやれば?」
「・・・・・・・・・。」
「冗談だよ冗談!燃えるな!」
ダナエの身体から炎が噴き出す。
それはヘビのようにうねり、コウを取り囲んだ。
「ごめんごめん!悪かったから!」
「冗談でも次言ったら・・・・、」
「本当にごめんなさい。」
膝をつき、ペコリと頭を下げる。
「次言ったら・・・・昨日の夜のこと、コウが無理矢理襲ったことにして、アリアンに言いつけてやるから・・・・。」
「ひいいいい!それだけは勘弁!」
ガタガタ震えながら、ひたすら謝る。
ダナエはケロっと笑って「冗談よ」と言った。
「一度こういうのやってみたかったの。嫉妬に燃える女みたいな?」
「いや、ちょっと意味が違うんじゃ・・・・、」
「でも今度は冗談でも許さないからね。」
「は・・・はい。」
コウは思った。
もしダナエと結婚することになったら、確実に尻に敷かれるだろうと。
「ケンもアメルに対してこういう気持ちだったんだろうなあ・・・・。」
「ん?お父さんとお母さんがなんだって?」
「い、いえ!なんでもありません。」
バッと立ち上がり、「ふう・・・」と冷や汗を拭う。
ダナエはクスクス笑いながら「冗談はこれくらいにして・・・」と言った。
「どうして豚さんの所へ案内しなきゃいけないの?」
「ああ、それはな・・・・、」
コウはネビロスが言っていたことを話す。
邪神は城の奥にはいなくて、途中にあったたくさんのドアのどれかにいること。
そして正解のドアを見つけるには、城の機能を停止させないといけないこと。
「・・・そういうわけで、その豚の所に連れてってほしいんだよ。」
「そういう理由があったのね。だけどそうなると・・・・、」
「どうした?困った顔して。」
「そうなると、あの豚さんをやっつけないといなけくなるんじゃ・・・・、」
「いいじゃん、やっつけりゃ。」
「で、でも!根っこは悪い人じゃないのよ。
本当なら地中で大人しく眠ってるはずだったのに・・・・、」
「そうは言うけどさ、その豚をどうにかしないと、邪神を見つけられないんだぜ?」
「それはそうだけど・・・・、」
「だいたいその豚だって散々なことやってんだ。
邪神に手を貸して、街を襲ったりしてんだからさ。」
「でもそれは、あの豚さんが兵器として作られたからよ。
もし違った風に生まれていたら、そんなに悪いことはしなかったと思うわ。」
「じゃあどうするんだ?その豚に気を遣って、邪神を放っとくっていうのかよ?」
「そんなこと言ってないわ。ただやっつけるなんて可哀想だと思って・・・・。」
ダナエは困る。
もしあの豚がダレスや邪神のような悪者なら、倒すことに躊躇いはない。
しかし彼は根っからの悪ではなく、しかも同情を抱くような過去がある。
ダナエにとって、ある意味最も厄介な相手だった。
「あの豚さんは、私と戦う気なんてないわ。それどころかお嫁さんになってって言われた。
そんな相手をやっつけるなんて、私には出来ない。」
「なんだよ、求婚されたことが嬉しかったのか?」
「だからそうじゃないってば!」
「じゃあなんだよ?」
「悪者じゃないし、それに私に好意をもってくれてる。
そんな人を傷つけたくないって言ってるの。」
「でもさ、その豚をどうにかしないと邪神を見つけられないんだぜ?
だったら迷う必要なんいてないだろ。」
コウの言うことはもっともだ。
古代の戦艦は敵であり、それを倒さないと邪神を見つけることすらできない。
モタモタしていたら、いつ羽化してしまうか分からないのだから。
ダナエもそんな事は分かっていて、それでも素直に頷くことは出来なかった。
「だって・・・そんな人を傷つけたら、それこそ邪神と変わらない気がする。
そして地球みたいに、争いの絶えない星になりそうで怖いのよ。」
「もう争いの絶えない星になってるよ。
でも邪神を倒せば平和が取り戻せる。だからここは心を鬼にしろよ。」
コウは肩を叩きながら、グッと顔を近づける。
ダナエはその目を見つめ返し、「ねえ?」と尋ねた。
「コウも進化したんだね?」
「ん?・・・・ああ、ついさっきな。これでもう大人だぜ。」
手を広げ、自慢げに笑ってみせる。
ダナエは「私はそこまで大人になれない」と首を振った。
「コウの言ってることは正しいわ。豚さんが可哀想だからって、邪神を見逃すことはできないもの。」
「だったら・・・・、」
「でもね、それでも出来ない。戦う気もなくて、悪者でもなくて、好意をもってくれる相手を傷つけるなんて、やっぱり私には出来ない。」
そう言って首を振るダナエ。
コウは困ったように頭を掻いた。
「分かったよ。だったら俺だけ行ってくる。」
「一人で?」
「だってお前は行きたくないんだろ?」
ダナエの脇を抜け、奥へ進んでいく。
「お前はここにいろ。」
「待ってよ!もしかして戦うつもりなの?」
「それしかねえだろ。」
「一人でなんて危ないわよ。相手は古代の戦艦なんだから。」
ダナエはコウの前に立ちふさがり、「私が行く」と言った。
「行ってもう一度話してみる。」
「話すって何を?」
「邪神の居場所を教えてもらうの。」
「無理だろ。だって何言っても通用しない相手なんだろ?」
「だけどいきなり戦うよりマシよ。」
そう言って奥へ歩き出した。
「さっきはいきなり結婚してって言われて、ちょっと驚いた。
だけど今度はしっかり話し合うわ。」
「いやいや、また求婚されるだけだって。」
コウはダナエの腕を掴み、「俺が行く」と言う。
「お前が行ったって話にならないよ。」
「それどういう意味?」
「だってその豚はお前のこと好きなんだろ?
だったら教える代わりの条件として、結婚してくれって絶対に言うはずだ。」
「それは断るわ。だけど邪神の居場所は聞いてみせる。」
「甘いよ。その手の奴は、見返りなしに何も教えてくれない。
それこそ本当に結婚でもしない限りはな。」
ダナエの腕を引っ張り、肩を掴む。
「さっきは冗談で結婚してやればなんて言ったけど、でも本当にそんな事になったら俺は許さない。」
真剣な目で見つめながら、「お前が好きなんだから」と頷いた。
「誰かに渡すつもりなんてないぜ。」
「コウ・・・・。」
いきなりそんな事を言われて、ダナエは顔を赤くする。
「だから俺が行く。そんなおかしな男の所へ、お前を行かせられるか。」
「・・・・だけどやっぱりいきなり戦うなんて・・・・」
「じゃあまず俺が話すよ。。絶対に邪神の居場所を聞き出してみせる。」
ダナエは俯き、「嬉しいけど・・・」と困った。
「でもコウ一人行くのは危険だわ。
だってあの豚さん、私がコウのこと好きって知ってるもの。
だからコウだけで行ったら、逆に怒るだけかもしれない。」
「それなら好都合じゃん。向こうから襲ってくれば、戦っても問題ないだろ?」
「いきなり戦いになったら、話し合いは出来ないじゃない。
だから私も一緒に行く。」
「いや、お前は残れ。そんな変な男と話す必要なんてない。」
「気持ちは嬉しいけど、でも絶対に戦いになっちゃうわ。だから私も行く。」
「ダメだ、ここで待ってろ。」
「どうしてよ?私が行ったらお荷物なわけ?」
「そんなこと言ってないだろ。」
「じゃあ一緒に行こう。豚さんの所まで案内するから。」
二人は「一人で行く」、「いや、一緒に行く」と言って譲らない。
傍から見ればただの惚気で、さっさと決めろと言いたくなるような状況だった。
そしてそんな二人のやり取りを、遠くから見つめる者がいた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百七話 神器の力(4)

  • 2017.04.06 Thursday
  • 15:38

JUGEMテーマ:自作小説

力と力のぶつかり合い。
拳と拳のぶつかり合い。
そして意地と意地のぶつかり合い。
ハードパンチャーのボクサーが殴り合ったら、それはとても面白い試合になるだろう。
・・・超人と巨人。
桁外れのパワーを持つ二人の戦いは、まさにハードパンチャーの殴り合いだった。
拳を固め、力を溜め、防御を無視して殴り合う。
一撃一撃に轟音が響き、落雷のような閃光が走る。
シウンとヘカトンケイルは、一歩も引かない戦いを演じていた。
単純なパワーならヘカトンケイルの方が上である。
彫刻のような筋肉から繰り出される一撃は、大地を揺らすほどのパワーがあった。
何より無数の腕を持っているので、絶え間なく殴り続けることが出来る。
しかしシウンも負けてはいない。
パワー、体格、腕の数。
それらでは引けを取っているが、彼には神器がある。
神器の力を完全に引き出した今、その拳から放たれる一撃には絶大な威力があった。
エネルギーを溜め、それを濃縮し、倍増させて撃ち出す棍棒の神器。
手数ではヘカトンケイルに負けても、一撃の重さでは勝っている。
それに加えて、彼には熱という武器がある。
怒れば怒るほど熱を上げ、神器によって増幅される。
拳には数十万度の熱が宿り、ヘカトンケイルの身体を焼き払っていった。
殴る度に閃光が走り、プラズマの光が放たれる。
攻撃力はほぼ互角で、まさに力と力のぶつかり合いだった。
しかしヘカトンケイルには再生能力がある。
少々のダメージを受けても、たちまち傷が癒えるのだ。
今は均衡を保っている殴り合いも、時間と共にヘカトンケイルが有利になるだろう。
しかしそれでもシウンは後ろへ退かなかった。
理不尽に故郷と家族を奪われた怒り、それは魂を焼き尽くすほど激しく燃えているからだ。
どこにぶつけていいのか分からなかったこの怒り。
それを今、目の前の巨人にぶつけている。
勝ち負けは考えていない。
とにかくこの怒りを誰かにぶつけたかった。
シウンはコウやノリスのように、戦術を使うタイプではない。
考えるより先に、相手にぶつかる。
それで不利になることもあるが、状況を読まずに突っ走れるというのは、ある意味強力な武器だった。
「おおおおおおおお!」
力を溜め、殴る。自分も殴られるが、そんな事は気にしない。
痛みも傷も、彼の怒りを止めるには不十分なのだ。
命を絶たない限り、暴走した列車のごとく突っ走る。
それはヘカトンケイルにとって、若干の恐怖を抱かせた。
《なんだコイツ・・・ちっこいクセに・・・・。》
巨人のヘカトンケイルから見れば、シウンなどネズミのようなものである。
なのにそのネズミは決して後ろへ退かない。
それどころか、殴れば殴るほど前に出て来る。
そして強力な拳を打ち込んでくる。
自分の方が上・・・・そう思い込んでいるからこそ、恐怖を抱いていた。
《コイツは強い・・・・ネズミなんかじゃない・・・・・。
俺と同じ巨人と思わないと・・・・・。》
無数の拳を打ち付け、シウンを後退させようとする。
しかし彼は隙を縫って踏み込んでくる。
そして強烈な一撃を見舞うのだ。
《ダメだな・・・・コイツは暴走してる・・・・。馬鹿みたいに殴り合うのはよくない。》
命を捨てて向かって来る相手に、力任せに挑むのは分が悪い。
ヘカトンケイルは防御を行うことにした。
無数の手のうち、三分の一は防御に回す。
そうすることで、どうにかシウンの攻撃を防ぐことが出来た。
《よしよし・・・・俺、賢い。》
防御に気を回したおかげで、直撃は喰らわすに済む。
しかしその分攻撃がおろそかになり、シウンを勢いづかせてしまった。
《ぬぐ・・・・まずい・・・・・。》
気がつけばどんどん追い込まれて、遂には防戦一方になってしまう。
《調子に乗って・・・・・反撃だぞ!》
防御を捨てて、攻撃一辺倒に切り替える。
しかしいったん劣勢に回った状態は、そう簡単には覆せない。
シウンはどんどん攻めてきて、ヘカトンケイルの拳をものともしない。
勢いを失った相手の拳など怖くないからだ。
《失敗したあ・・・・やっぱり守るんじゃなかった。》
俺、賢い。
そう思った自分が恥ずかしくなった。
《やっぱ俺、考えて戦っちゃダメだあ・・・・・。》
向いてないことをすると、良くない結果になる。
しかし今さら後悔しても遅かった。
シウンの攻撃は激しさを増し、反撃の余地すら与えてくれない。
ヘカトンケイルは殴られるばかりで、腕や顔を失っていった。
《これ、どうっすかな・・・・再生も追いつかなくなってる。》
シウンの拳を受ける度、身体のどこかが焼けていく。
それはヘカトンケイルの再生能力を上回り、どんどん力を削られていった。
《まずい・・・・どうにかしないと・・・・。》
無い頭を捻り、必死に考える。
しかし考えることが向いてないので、より追い込まれるだけだった。
そして気がつけば、ほとんどの腕と顔を失っていた。
全てを再生するには時間がかかる。
しかしシウンはそれを待ってくれない。
いや、それどころかトドメを刺しにかかってきた。
床を殴り、赤い線を走らせたのだ。
百万度もある真っ赤な光線が、赤い線の軌道上から溢れる。
それをまともに喰らったヘカトンケイルは、思わず膝をついた。
《これ、熱ううッ・・・・・・。》
身体の半分が丸焦げになり、立つことすらままならない。
するとそこへまた赤い線が走った。
百万度の熱線が放たれ、怪力の巨人が焼かれていく。
「いぎいいいいいいい!」
遂に倒れるヘカトンケイル。
大きな音を響かせて、床に沈んだ。
「そんな・・・・俺が・・・・殴り負けるなんて・・・・・、」
腕力には自信があった、殴り合いにも自信があった。
どんな相手だろうが、単純なパワーなら勝てると思っていた。
しかし下手に頭を使ってしまったが為に、一気に追い込まれてしまった。
「くそう・・・・もっかい仕切り直したい・・・・・、」
殴り合いで負けるはずがない。
もう一度勝負すれば、次は勝つ自信があった。
しかしシウンは甘くない。
そんな希望を打ち砕くかのように、また赤い線を走らせた。
「むうぐうう・・・・これまでか・・・・、」
灼熱の熱線が溢れ、怪力の巨人を飲み込んでいく。
しかしその時、頭上から何かが降ってきた。
「カアアアアアア!」
それはフレスベルグだった。
上の層からニーズホッグに投げ落とされたのだ。
「おのれミミズ野郎!調子に乗りやがって!」
ヘカトンケイルの上に立ちながら、頭上のニーズホッグを睨む。
しかし足元から溢れる熱線に「ほわ!」と叫んだ。
「熱ッ!」
バタバタと羽ばたき、口から冷気を吐き出す。
真っ白な息が広がり、熱線の威力を削いだ。
「危うく焼き鳥になるところだった。」
そう言って上の層に戻ろうとする。
しかしヘカトンケイルに足を掴まれて、床に叩きつけられた。
「何をする!?」
「お前・・・・一緒に戦え・・・・、」
「ああん?」
「そこのチビを・・・・・一緒に叩きのめすんだ・・・・。」
ボロボロの身体で立ち上がり、フレスベルグを持ち上げる。
「うんと言うまで、この足は離さない・・・・。」
「カカ!なんでお前に協力しなきゃならんのだ?」
「少しの間だけでいい・・・・俺の傷が再生するまで・・・・、」
「カアア!お断りだ!」
そう言ってヘカトンケイルの腕を噛み千切る。
「お前に構ってる暇なんかない。俺はあのミミズ野郎をぶっ殺すんだ!」
頭上のニーズホッグを睨み、飛びかかろうとする。
「待て。タダでとは言わないから。」
「ん?」
「お前は死者の魂が好物だろう?」
「それがどうした?」
「地球にある俺の寝床に、たくさん魂がある。非常食にとっといたやつだけど、それお前にやる。」
そう言われて、フレスベルグは少し考え込んだ。
「どれくらい?」
「ざっと二百くらい。」
「二百かあ・・・・夜食にもならんな。」
「なら俺が集める。お前が満腹になるくらい。」
「五千はいるぞ?」
「やる!だからちょっと手え貸してほしい。」
ヘカトンケイルは必死に頼む。
するとそこへシウンが襲いかかってきた。
「よそ見とはいい度胸だな。」
力を溜めた拳で、トドメを刺そうとする。
ヘカトンケイルは「ひあ!」と仰け反った。
今攻撃を喰らったら、確実に致命傷になってしまう。
しかしそこへフレスベルグが割って入り、シウンを踏みつけた。
「その話、乗った!」
好物をぶら下げられては、断るわけにはいかなかった。
フレスベルグは神でも悪魔でもなく、欲望に忠実な魔獣だからだ。
「こいつ押さえとくから、とっとと再生しろ。」
「助かる・・・・。」
ヘカトンケイルはうずくまり、回復に専念する。
シウンは悔しそうに叫んだ。
「クソ!邪魔をするな!」
「カカカ!ちょっとだけじっとしてろ。」
大きな足で、ガッチリとシウンを押さえ込む。
しかし急に熱くなってきて、「ほわ!」と叫んだ。
「離さないならこの足ごと燃やすだけだ。」
シウンの体内から熱が溢れ、身体が真っ赤に染まっていく。
辺りに熱が広がって、床の一部が溶けだした。
「こりゃマズイ。」
フレスベルグは冷気を吐きつけ、シウンの熱を奪う。
もうもうと白い煙が上がり、一気に冷えていった。
「カカカ!そのまま凍れ。」
「舐めるなよ、この程度の冷気でどうにかなるか!」
「なら握り潰してやる。」
大鎌のような爪を食い込ませ、シウンを引き裂こうとする。
「ぐッ・・・・・、」
「ほれほれ、早く抜け出さないと八つ裂きになるぞ?」
「黙れ!貴様も巨人もまとめて灰にしてやる!」
怒りが高まり、熱が上がっていく。
フレスベルグは「ヤバ」と冷気を吹きかけた。
その時、「ヤバイノハオ前ノ脳ミソダ」と声がした。
「む?」
見上げると、ニーズホッグが真上に落ちてきた。
「ぎゃああああ!」
フレスベルグは押し倒され、シウンを離してしまう。
「おのれミミズ野郎!邪魔するな!」
「邪魔スルニ決マッテルダロウ。馬鹿カオ前ハ。」
大きな口を開け、強靭な歯で噛みつく。
「いぎゃッ!」
「コノママ翼ヲ毟リ取ッテヤル。」
メリメリと音を響かせて、右の翼をもぎ取ろうとする。
「させるか!」
フレスベルグは雄叫びを上げ、全身に氷を纏わせた。
次の瞬間、バキバキと音を立てて、右の翼がもげてしまう。
「ムウウ・・・上手ク氷ヲ使ッテ逃レタカ。」
毟り取った翼はただの氷だった。
ペッと吐き捨て、「今度ハ本物ノ翼ヲモラウ!」と襲いかかる。
「カカ!やれるもんならやってみろ!」
フレスベルグはバサバサと翼を羽ばたく。
その翼は、なんと十枚にも増えていた。
「ムウ、氷デダミーヲ増タシタノカ。」
「馬鹿のお前にはどれが本物か分かるまい!」
「馬鹿ニ馬鹿ト言ワレタクナイワ!」
大きな歯で噛みつき、バキバキと翼を毟る。
「ブブー!外れだ。」
「カカカカ!」と笑い、ニーズホッグの頭を蹴飛ばす。
「オノレ・・・・、」
悔しそうに歯ぎしりをするニーズホッグ。
しかしその時、熱風が頬を撫でた。
「何ダ?」
顔を上げると、シウンが熱を放っていた。
身体を真っ赤に燃え上がらせて、マグマを撒き散らしている。
「氷の翼なら溶かしてやればいいだけだ!」
そう言って激しい熱風を巻き起こす。
「カカア!やめろ!」
ダミーの翼はどんどん溶けていく。
そしてとうとう本物の翼だけが残った。
「カカ!余計なことをしやがって!」
怒るフレスベルグ。
翼を広げ、シウンに飛びかかった。
しかし後ろからニーズホッグに襲われ、尾羽を食い千切られてしまった。
「ぬが!俺様の自慢の尾羽が・・・・、」
「硬クテ不味イナ。」
「貴様!」
「今度ハ翼ヲモラオウカ。」
「させるか!」
頭に血が昇ったフレスベルグは、正面から突っ込む。
ニーズホッグは「馬鹿ガ」と笑った。
頭を持ち上げ、頭突きをかます。
ゴ〜ンと除夜の鐘のような音が響いて、フレスベルグはよろめいた。
「こ、この石頭め・・・・、」
「俺様ノ頭ハ石ヨリ硬ゾ。」
そう言ってもう一発頭突きを見舞う。
二発目の鐘が鳴らされて、フレスベルグはノックアウトされた。
「ク・・・カカア・・・・・、」
大きな身体が横たわる。
次の瞬間、身体の下から灼熱の熱線が溢れてきた。
「クカッ!?」
「これで終わりだ。」
床を殴り、赤い線を走らせるシウン。
熱線が溢れ、フレスベルグは焼かれていった。
「カアアアアアア!」
慌てて逃げ出そうとするも、上からニーズホッグが圧し掛かる。
「ソノママ焼鳥ニナレ。」
「バカ野郎!お前も燃えるぞ!」
「超人ゴトキノ熱デ焼ケルホド、俺様ハ弱クナイ。」
「嘘つけ!思い切り我慢してるじゃないか!」
ニーズホッグは歯を食いしばって耐えていた。
いくら頑丈なこの竜でも、さすがにこの熱線はこたえる。
「俺様ハ軽イ火傷デ済ム。シカシ貴様ハ間違イナク焼鳥ニナルダロウ。」
「カアアアアアア!熱い!マジで焼け死ぬ!」
冷気を吹きかけ、熱線に対抗する。
しかしまた赤い線が走って、熱線が溢れてきた。
「ぎゃあ!」
「これで足りないならもう一本だ。」
また赤い線が走り、フレスベルグを囲うように熱線が溢れる。
「鬼かお前は!?」
「鬼じゃない、超人だ。」
床を叩きつけ、もう一本赤い線を走らせる。
辺りに熱線が溢れ、さながら太陽に包まれたかのような熱に覆われた。
「グカカ・・・・焼け死ぬ・・・・・、」
身体を氷で覆うも、焼け石に水。
自慢の翼はメラメラと焼かれ、今にも焼鳥になろとしていた。
「永キ因縁モコレデ終ワリダ!」
灼熱に耐えながら、ニーズホッグは巨体を押し付ける。
フレスベルグは「ここまで・・・・カ」と諦めた。
しかしその時、何者かがニーズホッグを持ち上げた。
「ずううおおおりゃあああああ!」
怪力に任せて振り回し、城の外まで投げ飛ばしてしまう。
「ウウウオオオオオオオ!」
ニーズホッグは宙を舞い、そのまま海へ落ちていった。
「がはは!さっきのお返しだ!」
復活したヘカトンケイルは、嬉しそうにガッツポーズをする。
「俺、完全復活!」
ムキムキっと筋肉を唸らせ、シウンを振り返る。
「超人、もう一度勝負だ。」
グルンと腕を回し、ポキポキと拳を鳴らす。
「今度は負けない。ボッコボコにしてやる!」
雪辱を誓うヘカトンケイル。
シウンは「いいだろう」と頷いた。
「俺もまだ殴り足りない。まだ・・・・この怒りは消えないんだ。」
熱を上げ、赤く染まっていく。
頭の前にある大きな突起が、ブレードのように伸びていった。
「来い!」
「ずうううおおりゃああああああ!」
ハードパンチャー同士の殴り合いが再び始まる。
作戦などない。戦術もない。防御さえしない。
拳を握り、ただ相手を殴り飛ばす。
一撃で大地を揺らすほどの拳が、機関銃のように飛び交った。
一発一発に全てを乗せる。
避けられた時のことなど考えない。
いや、そもそも避ける気などない。
お互いに全ての拳を受けきり、それでもなお一歩も退かない。
脳が命令を下すよりも早く、身体が先に動く。
思考のスピードを遥かに超える速さで、拳が飛び交った。
無数にあるヘカトンケイルの腕は、千手観音のように拳を繰り出す。
シウンの目の前にあるのは、まさに拳の壁。
対してヘカトンケイルの前にあるのは、超絶の破壊力を秘めた拳。
それは降り注ぐ隕石を受け止めるような衝撃だった。
しかしそれでも退かない。
一歩たりとも、いや、一ミリたりともその場から退かない。
力と力、拳と拳のぶつかり合い。
二人は知っているのだ。
もし一歩でも退いてしまったら、その時が負ける時だと。
「勝つ」というより「負けたくない」という気持ちが勝る。
相手を倒さなくてもいい。
ただ最後まで自分が立っていればいい。
負けない限界の先にあるもの、それこそが勝利。
交わる二つの拳は、確実に二人を死に近づけていく。
ヘカトンケイルの再生能力も、シウンの怒りの熱も無限ではない。
殴られれば殴られるほど、力は失われていくのだ。
しかし止まらない・・・・。
今の二人には、生死さえ問うところではなかった。
最後の最後、自分が立っていればいい。
その後に力尽きたとしても構わない。
ただ・・・・コイツには殴り負けたくない!
拳による攻撃という、最も原始的な闘争。
しかし原始的であるがゆえに、力比べにはもってこいの戦い方だった。
ヘカトンケイルの意地か?
シウンの怒りか?
拳に宿るものは違えど、負けたくないという思いは同じ。
飛び交う拳の中で、二人は生死を超える一線を見た。
青く光る光線が、自分の足元にハッキリと見えたのだ。
それは超えてはならない境界線、命を保つボーダーライン。
もしこれを超えて戦えば、勝敗を問わずに死が待っている。
・・・・二人は迷わなかった。
何のためらいも見せずに、そのラインを超えた。
それは死への覚悟などではない。
今、この瞬間、決して後ろへ退きたくないという、子供の喧嘩にも似た安い意地だった。
しかしそれは「殴り合い」という単純な闘争の中では、何よりも大事なものだった。
力に任せて殴るだけ。
空手のように技を使うわけでもない。
ボクシングのように駆け引きをするわけでもない。
目の前の相手をただ殴るだけ。
あまりに単純な闘争だからこそ、どちらが先に前で出るかが重要だった。
後ろへ退かないのは当たり前。
ならば勝敗を分けるのは、死線を超えて踏み込むスピードにある。
先ほどハッキリと見えた青い線、二人の目に確かに映った。
しかし先にそれを超えたのはシウンだった。
あの線が見えた瞬間、彼は少しだけ笑ったのだ。
死を超えて殴り合う。
それは怒りの炎を燃やし尽くすには、充分なものだったからだ。
身も心も焦がす熱い炎・・・・・。
この怒りを抱えたままならば、自分はいつ暴走するか分からない。
先ほどの青い線は、その怒りを鎮めてくれる消火栓のように思えた。
しかしそんな考えが過ぎったのも、ほんの一瞬。
一秒の百分の一程度に過ぎない。
次の瞬間には、考えるよりも早く拳が飛んでいた。
僅かに勝ったシウンの踏み込み。
瞬きすら許されない刹那の差が、数秒後に訪れる勝敗を決めた。
まずシウンとヘカトンケイルの拳がぶつかる。
一撃の威力ならシウンが上だ。
しかしヘカトンケイルには無数の拳がある。
シウンの拳がぶつかった瞬間、すでに五発もの拳が彼を射抜いていた。
顎に、腹に、腕に、足に、そして後頭部に。
しかしシウンは止まらない。
僅かに勝った踏み込みの差が、致命傷となるのを防いでいた。
狙ったはずのヘカトンケイルの拳が、数ミリずれたのだ。
それは大きな痛手だった。
ヘカトンケイルが次の拳を繰り出す前に、シウンは二撃目の体勢に入っていた。
それも深く懐に踏み込んで。
接近したならば、身体の小さなシウンが有利になる。
ヘカトンケイルは慌てて拳を振り下ろすが、もう間に合わない。
無数の拳が届く前に、シウンの剛腕が炸裂した。
熱で膨張した右の拳が、ヘカトンケイルの足を抉る。
たった一撃で、巨体を支える右足が灰と化した。
巨体がよろめき、膝をつく。
これも大きな痛手だった。
攻撃を忘れたその瞬間、シウンの三撃目が炸裂したのだ。
今度は左の剛腕が振り抜かれる。
灼熱に染まる拳は、もう一本の足も灰に還した。
両足を失い、腕をつくヘカトンケイル。
だがまだ諦めない。
無数の手で身体を支えながら、渾身の一撃を繰り出したのだ。
三本の腕を絡ませて、ハンマーのように叩きつける。
今までで一番強力な一撃。
小隕石の落下にさえ匹敵する、恐るべき破壊力を備えた拳。
それはヘカトンケイルの全身全霊を乗せた攻撃だった。
しかし残念ながら、シウンにその拳が届くことはなかった。
反撃を予想していた彼は、身体を大きく仰け反らせる。
そして頭に生えたブレードで、巨人の腕を切り裂いたのだ。
真っ赤に染まった灼熱の刃は、三日月を描いて駆け抜ける。
渾身の力を込めた巨人の拳は、腕を離れて宙を舞った。
ヘカトンケイルは呆然とそれを見つめていた。
・・・・刹那の間に起きた、三度目の痛手。
殴ることを忘れ、シウンから目を離してしまった。
慌てて彼の姿を探す。
しかし残念ながら、二度とその姿を見つけることは出来なかった。
目の前に赤い閃光が走り、それと同時に絶命したからだ。
シウンの必殺技は、地面を殴って灼熱の熱線を放つことである。
その技を直接相手に撃ち込んだのだ。
ヘカトンケイルのどてっ腹を貫いたシウンの拳は、再生も追いつかないほどのダメージを与えた。
巨人は内部からヒビ割れ、赤い閃光を撒き散らす。
死ぬ間際に見た赤い光は、体内から溢れ出る灼熱の光線だった。
悔しさも怒りも感じる間もなく、ヘカトンケイルは命を絶たれた。
炭に還った彼の身体から、魂が飛び出す。
しかしマーラのように怨霊と化すことはなかった。
とことんまで殴り合い、最後は自分のミスで負けてしまった。
言い訳の余地はなく、むしろ清々しささえ感じていた。
《楽しかった・・・・またやろう。》
部屋の中に、涼やかな声が広がる。
心地の良い余韻を抱えたまま、巨人の魂は地球へと帰って行った。
「・・・・・・・・・。」
勝った・・・・。
最後まで立っていた。
負けないことで手に入れた、喜びの勝利。
シウンは短く吠えて、ガッツポーズを取る。
胸に燃え上がる怒りの炎は、ずいぶんと小さくなっていた。
まるで消えかかるロウソクのように・・・・。
これで暴走することはない。
身も心も焦がす痛みに耐える必要もない。
でもその代わり、ずいぶんと力を失ってしまった。
燃える心を失うということは、彼にとって死を意味する。
灼熱の超人は、いつでも熱くなければ、生きていられないからだ。
冷えていくシウンの身体。
あちこちにヒビが入り、その場に倒れた。
「すまない・・・・。」
目を閉じながら、一言だけそう呟く。
ダナエに、コウに、他の仲間に・・・・。
邪神を倒すという目的は、果たせそうにない。
後はどかよろしく頼む・・・・・。
そう願いながら、命の火が消えていくのを感じていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
長い時間・・・目を閉じていたような気がする。
シウンは時間の間隔さえも忘れ、永遠の眠りにつこうとしていた。
しかし彼の仲間がそれを許さなかった。
ノリスの放った弾丸が、シウンをこの世に呼び戻したのだ。
「よう超人、お目覚めかい?」
目を空けると、すぐ傍にジャッカルの顔があった。
タバコを咥えながら、ふっと煙を吹きかけてくる。
「危なかったなあ。もうちっと来るのが遅かったら死んでたぜ。」
そう言って「一つ貸しだからな」と笑った。
「・・・・・・・・・。」
自分は生きている。
熱が戻った身体を見つめ、何度も拳を握った。
「・・・・助かった。ありがとう。」
ノリスを見上げ、心から礼を言う。
その時、他の仲間もいることに気づいた。
「アドネ、マナ。」
立ち上がり、「お前らも生きてたのか」と喜んだ。
「よかった、もしかしたら死んでるんじゃないかと思ってた。」
そう言うと、アドネはコンと鎌で突いた。
「さっきまで死にかけてた奴がよく言うわ。」
「ほんと。後で治療費ちょうだいね。」
シウンは笑って頷く。
仲間が無事だったことは、自分が助かったことよりも嬉しかった。
「ずいぶん苦戦したみたいだな。」
ノリスが後ろに顎をしゃくる。
「ああ・・・とんでもなくタフな奴だった。」
真っ黒に焦げた巨人の死骸。
殴り合っている最中は何とも思わなかったが、今となっては無茶をしたもものだと寒気を覚えた。
「よくもまあこんなデカブツとやり合うもんだぜ。
お前アレだろ?どうせ正面から殴り合ったんだろ?」
ノリスは顔を殴る真似をする。
シウンは「ああ」と答えて、「でも良い戦いだった」と微笑んだ。
「しかし妙だな。奴の死体がない。」
「奴?誰のことだ?」
「デカイ鳥がいたんだ。真っ白な羽毛をしていて、冷気を吐く奴なんだが・・・・、」
そう言いかけた時、部屋の壁を突き破って、何者かが現れた。
「敵か!?」
ノリスは銃を向ける。アドネも鎌を振り上げた。
「終ワッタヨウダナ。」
「てめえは・・・・、」
「ニーズホッグ!」
「フン!」
「なんでアンタがここにいるの!?」
アドネが駆け寄り、「ずいぶん傷ついてるみたいだけど・・・」とペチペチ叩いた。
「フン!頭ノ悪イチキン野郎ガイテナ。」
そう言って部屋を見渡し、「ドウヤラ逃ゲタヨウダナ」と呟いた。
「アイツハイツモソウダ。不利ニナルト尻尾ヲ巻イテ逃ゲル。正ニチキン野郎ダ。」
嫌味たっぷりに言いながら、「ソレヨリ」と振り返る。
「俺様ニ構ウ暇ガアッタラ、アノオテンバヲ追イカケテヤレ。」
「もちろん追うわよ。この先に行ったのよね?」
「アア。」
ニーズホッグは部屋の奥をしゃくる。
アドネは「ならすぐに行こう!」と駆け出した。
みんなは奥へ向かう。
しかしニーズホッグはその場にとどまった。
「ちょっとアンタ。ぼうっとしてないで行くわよ。」
「先ニ行ケ。俺様ハ少シ休ンデカラ向カウ。」
「大丈夫?なんならマナに治してもらって・・・・、」
「コンナ所デ無駄ニ魔力ヲ使ウナ。コノ先ニハ邪神ガ待チ構エテイルノダゾ。」
「でもアンタ辛そうじゃない。意地張ってないで・・・・、」
「俺様ナラ平気ダ。オ前タチトハ身体ノ出来ガ違ウカラナ。」
そう言って胸を張る。
アドネは心配そうにしながらも、「分かったわ」と頷いた。
「なら先に行ってるわね。」
「ウム。邪神ヲ倒シテコイ。」
アドネたちは先へ行く。
それを見届けたニーズホッグは、その場に倒れ込んだ。
「チキン野郎ハトモカク、超人ノ熱線ハ堪エタ・・・・。」
フレスベルグを押さえ込む為、自分も熱線に焼かれてしまった。
致命傷にはならなかったが、そのダメージは確実に身体の中に刻まれていた。
「邪神・・・恐ラク奴ラダケノ手ニハ余ル。俺様ガ加勢シナケレバ・・・・。」
寝言のように呟きながら、ゆっくりと目を閉じる。
ニーズホッグは決めていた。
いよいよともなれば、自分の命を武器にしてでも邪神を倒そうと。
もし自分がいなくなっても、邪神さえ倒せばラシルの平和は守れる。
なぜならこの星には、ユグドラシルがいるのだから。
あの神樹さえ無事なら、ラシルは美しい星に蘇ることが出来る。
その為にも、邪神を倒すことは絶対の使命だった。
来るべき決戦に備え、巨竜は少しばかりの休息を取った。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百六話 神器の力(3)

  • 2017.04.05 Wednesday
  • 16:59

JUGEMテーマ:自作小説

勝ち誇った顔でマーラを見上げるノリス。
立派な魔王は「なぜだ・・・」と呟いた。
「なぜ儂のフェロモンが敗れた・・・・。」
「へ!んなもん決まってるじゃねえか。」
マナに顔を向けながら、ニヤリと笑う。
「こいつが欲しいのは男じゃねえ。金なんだよ!!」
「ぬぐうッ!」
「テメエはこいつを虜にしたつもりでいるようだが、それは間違いだ。
なぜなら本当に欲しいものを見抜けなかったんだからな。」
そう言って「なあマナ」と笑いかける。
「私・・・・お金がだ〜い好き!それをくれるノリスも好き!」
ウットリしながら、ほっぺにキスをする。
マナの目には、彼が金塊のように見えていた。
「な?」
「・・・・・ぐうう・・・。」
マーラは悔しがる。
ノリスの言う通り、マナが本当に欲しいものを見抜けなかったからだ。
「儂は間違いを犯したようだ。その娘を虜にするなら、金欲をくすぐるべきだったな。」
「そういうこった。」
マナはチュッチュとキスをする。
そして手を差し出し、「ちょうだい」と微笑んだ。
「今はこれしかねえ。だが戦いが終わったら全部くれてやる。」
そう言ってどっさり金貨の入った財布を渡した。
「・・・・・・・ッ!」
マナは歓喜に震える。
財布を開けて、金貨の中に飛び込んだ。
うっとりしながら、「うふふふ・・・」と金浴を楽しむ。
「なあ大将。」
タバコを咥えながら、そそり立つイチモツを見上げる。
「男気とは何か?雄々しさとは何か?って聞いたな。」
タバコに火を点け、ふっと煙を吐く。
「それはな、執着しねえってことだ。」
「何?」
「金なんざくれてやりゃあいい。
コイツだって決めた女には、何もかもくれてやりゃあいいのさ。」
「ぬはは!だがそれで女が離れて行ったらどうする?
お前に金が無くなった時、女を引き止めるものは無くなるのだぞ?」
「構わねえ。」
「なんだと?」
「いつ、どこで、何を求められようが差し出せる。
そして見返りは求めねえ。それが男気だ。」
ノリスは堂々と言い切る。
マナを指さし「仮にコイツが・・・・」と続けた。
「金だけ受け取り、またお前に寝返ったとしても、俺は怒らねえ。」
「しかしそれでは失うだけだ。お前はそれでいいのか?」
「それくらいの覚悟がなきゃ、別の男を見てる女に振り向いてもらえねえだろ。」
ニヤリと笑い、「裁定は?」と尋ねる。
マーラは「ふむ」と頷き、「到底納得できんな」と答えた。
「貴様の言う男気は、実に女々しく感じる。
真に男というのであれば、女の方から惚れさせるくらいの度量が必要だろう。」
「へ!フェロモンなんて反則技使う奴がよく言うぜ。」
「ぬはは!それはもっともだな。」
マーラは潔く負けを認めることにした。
「この勝負、お前の勝ちだ。」
「へ!男はアレのデカさじゃねえってこったな。」
勝った途端、急に力が抜けていく。
ふらふらとよろけて、仰向けに倒れ込んだ。
「じゃあもういいだろ。とっとと地球へ帰れ。」
「そうはいかん。」
「ああ?」
マーラはズイっと迫って、ノリスを見下ろした。
「男と男の勝負はお前の勝ちだ。」
「ならこれで終わりだろうが。」
「いや、まだだ。儂は男である前に悪魔なのでな。」
そう言ってマナの方を睨んだ。
「お前との勝負は終わった。しかしこっちの娘はまだだ。」
「なんだと・・・・?」
「悪魔たるのも、非道なことの一つや二つはしていかねばならん。
この娘を八つ裂きにして、貴様の周りに並べてやろう。」
「テメエ・・・・ざけんじゃねえぞ!」
ノリスは立ち上がり、腰の銃を抜く。
「勝負は着いたろうが!」
「貴様との勝負はな。」
「セコいこと言ってんじゃねえや!もうこれで終わりにしとけ!」
そう言って銃を向けるも、「ぬはは!」と笑われた。
「弾の入ってない銃で何をするつもりだ?」
「うるせえ!このまま寝てられるか!」
「それに満身創痍ではないか。とても戦えるとは思えんがな。」
「テメエがイツモツでぶっ叩いてくれやがったからな。」
「ぬは!儂の一撃を喰らう瞬間、その銃で身を防いだのだろう?
だからこうして生きておる。」
「おうよ、コイツには攻撃を跳ね返す力があるんだ。
何しようが無駄だぜ。」
二丁を構え、鋭い目で威嚇する。
しかしマーラは首を振った。
「その銃には神器が宿っているのだろう?」
「お前なんざイチコロだぜ。」
「それは完全に力を引き出した場合の話だろう?
今の貴様は、その半分も引き出せていないのではないか?」
「ぐッ・・・・・、」
「もし完全に神器の力を引き出しているのなら、わざわざあんな勝負を持ちかける必要もないはずだ。
戦っても勝てないと分かっているから、ふざけた勝負を提案した。」
「・・・・・・・・・・。」
「儂はお前のような男は嫌いではない。だがそれはそれ、これはこれだ。
悪魔としての使命は全うさせてもらう。」
男根を振り回し、勢いをつける。
そしてマナに向かって振り下ろした。
「やめろテメエ!」
銃を向けるが、弾がない。
ノリスはマナの前に立ち、「早く逃げやがれ!」と叫んだ。
・・・・次の瞬間、巨大なイチモツがノリスに直撃した。
銃で受け止めるが、あまりの威力に跳ね返すことが出来ない。
「うおおおおおおおお!」
床が抜け、下の層へ落ちていく。
「ぐはあッ・・・・・、」
「馬鹿者が。」
「ぐう・・・クソッタレがああ・・・・、」
「そこで大人しくしていろ。抵抗するなら貴様も死ぬぞ。」
マーラは「さて」とマナを見つめる。
「まだ金に溺れているのか。」
マナは金貨の中に浸かっていた。
頬を赤くして、酔っぱらったようにウットリしている。
「ここまで欲に忠実だと、かえって清々しいな。」
幸せそうなマナの顔。
マーラは「金に溺れたまま死ぬがいい」とイツモツを叩きつけた。
しかし危険に気づいたマナは、慌てて逃げ出した。
男根は振り下ろされ、床に穴が空く。
「あああああああ!私のお金がああああああ!」
頬を押さえて絶叫するマナ。
彼女の大事な宝物は、見るも無残に粉砕された。
「なんて事してくれんのよ!」
粉々になった金貨を必死に集める。
しかしほとんどが吹き飛んでいて、ほんのちょっとしか形を留めていなかった。
「ひ、ひどい・・・・、」
プルプル震えて、目に涙を浮かべる。
「私の・・・・私のお金が・・・・・、」
「金より命の心配をするべきだな。もっとも逃げることは不可能だが。」
マーラは周りに粘液をまき散らす。
べっとりとした不気味な液体が、逃げ場を塞いでしまった。
「さあ、こんどこそ死ね。」
大木のような男根が襲いかかる。
今度は薙ぎ払いではなく、槍のように突き刺した。
しかし途中で動きが止まる。
「む?なんだ・・・・身体が動かん。」
まるで何かに縛り付けられたかのように、ピクリとも動くことが出来ない。
いったい何事かと身体を見ると、リング状の光によって縛られていた。
「なんだこれは?」
ググっと力を入れるが、まったく千切れない。
それならばと膨張してみたが、やはり破壊することは出来なかった。
「あんた・・・・・、」
暗い表情をしたマナが、マーラの前に舞い上がる。
「よくも・・・・私のお金を・・・・、」
「娘、これは貴様の仕業か?」
「よくも・・・・・よくもおお・・・・・、」
「ずいぶん怒っているようだな。しかし儂に挑むとはいい度胸だ。
すぐにあの世へ送ってやろう。」
マーラは「くあああああああ!」と雄叫びを上げる。
すると彼の周りに巨大な雪の結晶が浮かび上がった。
それは一撃で大河を凍らせるほど、強力な冷却魔法だった。
「凍って死ぬがいい!」
マナに向けて、雪の結晶を解き放つ。
しかしなぜかマーラが凍ってしまった。
「な・・・・なにい・・・・・、」
相手に撃ったはずの魔法が、自分に掛かってしまう。
バキバキに凍ったマーラは、「これしき!」と身体を揺さぶった。
氷は弾け、辺りに飛び散る。
「この娘、さっきの若僧と同じように、攻撃を跳ね返すことが出来るのか。」
そう呟いて、「ならば!」と叫ぶ。
「反射も出来ぬ力で叩き潰してくれる!」
魔法を唱え、男根の先を硬くする。
そしてニョキニョキと棘を生やした。
「喰らえ!」
マナに目がけて、さらに強力になった男根を振り下ろす。
しかし途中で向きを変えて、自分を叩きつけてしまった。
「ぬほお!」
棘が玉にめり込み、「いひゃあ!」と悲鳴を上げる。
「な、なんで・・・・・、」
ドクドクと血を流しながら、痛みに震える。
すると勝手に身体が動いて、何度も何度も自分を叩きつけた。
「ごはあ!へべ!ぬほおお!」
棘の付いた男根の先が、自分自身に穴を空けていく。
赤い血が飛び散り、玉まで穴だらけになる。
「ひいいいやああああああ!」
さすがに棘が刺さると、気持ち良いなどと言っていられない。
マーラは「ぐひゅうう・・・」と倒れ込んだ。
「か、身体が勝手に・・・・・、」
「このクサレチ○ポ野郎!よくも私のお金を!」
マナは怒り狂っていた。
せっかく手に入ったお金が、藻屑と消えてしまったからだ。
「返せ!私のお金を返せええええ!」
両手を掲げ、ギュッと握りしめる。
するとマーラを縛っているリング状の光が、さらにキツくなった。
「ぐうおおおお・・・・、」
自慢の男根がギュッと締められる。
苦しそうに喘ぎながら、「貴様あ・・・・」と睨んだ。
「小娘の分際で儂を締め上げるとは・・・・こんなプレイをしてただで済むと思っているのか!?」
「それこっちのセリフ。人のお金を台無しにしといて、無事でいられると思う?」
「ほざけ!痛みを伴うプレイには、それ相応の対価を払ってもらうぞ!」
マーラの身体が金色に変わっていく。
魔力が何十倍にも高まって、イチモツもカチコチに硬くなっていった。
するとマナは「金!」と目を輝かせた。
「ちょうだい!」
「ほしければくれてやる!その代わり、もう一度儂の虜になってもらう!」
男根の先から、黄金色に輝く金粉をばら撒く。
マナは「きゃああああ!」と狂喜乱舞した。
「それ全部私のもの!」
結界魔法を唱え、金粉を集めていく。
しかしそれは罠だった。
金色の粉は、異性を虜にする強烈なフェロモンだったのだ。
「儂のフェロモンはどんな女も虜にする!耐えられるかな?」
マーラはニヤリと笑う。
しかしマナは「金!金!」と笑って、マーラには目もくれない。
虜になるどころか、「もっと出せ!」とせっついた。
「むうう・・・欲しければくれてやる!」
「足りない!もっとよ!」
そう言ってリング状の光に魔力を送る。
ギュッと締め付けて、大量の金粉がドビュっと出た。
「ぐううおおお!やめい!千切れてしまう!」
「ダ〜メ!全部出すまでやめない。」
マナの持つ指輪の神器は、相手を支配することが出来る。
マーラは自分の意志に反して、必要以上に金色のフェロモンをばら撒いた。
「むううう・・・・儂の精力が枯れていく・・・・・。」
出したくないのに吸い取られていく。
マナの金欲は、マーラの魔力さえ搾り取ろうとした。
指輪の神器は、彼女の持つ底なしの欲に刺激され、その力を引き出していった。
リング状の光はさらに強力になり、見ている方が痛くなるほどマーラを締め上げた。
「ぎゅううわああああああ!儂のイチモツを枯れさせる気か!?」
これ以上フェロモンをばら撒いても、精力と魔力を吸い取られるだけ。
マーラは「もうよい!」と諦めた。
「貴様のような欲の塊には付き合ってられん。」
そう言ってシュルシュルとしぼんでいく。
金色の輝きは消え、大木のような男根も人の大きさ程度になってしまった。
しかしおかげで、リング状の光からすり抜けることが出来た。
マナはまだ金粉を集めている。
マーラは「いつまでもそうしておれ」と吐き捨てた。
「儂の煩悩を吸い取ろうとする女など初めてだ。」
ため息をつき、そそくさと逃げ出す。
しかし・・・・・、
「よう大将。」
「・・・・・・・・・。」
目の前にノリスが立っていた。
銃を向け、引き金に指をかける。
「どこ行こうってんだい?」
「地球へ帰るのだ。」
「そうかい。だが残念ながらそりゃ無理だ。」
「儂を殺す気か?」
「ああ。」
「しかし弾は入ってなかろう。」
「いや、補充させてもらった。」
そう言ってマーラの根本を狙う。
玉に弾が直撃して、爆炎を上げた。
「ぐお!な、なぜ・・・・、」
「テメエがまき散らした粉を吸わせてもらった。」
「なにい!?」
ノリスは銃を上に向ける。
すると金色の粉が銃の中に吸い込まれていった。
「なんと!儂の魔力を使って・・・・・、」
「俺の神器は力の流れを変えることが出来る。
だったら空中を漂う金の粉を吸えば、弾が補充できるんじゃねえかと思ってな。」
「む、むううう・・・・貴様も儂の魔力を吸い取っていたのか。」
マーラはギリっと歯を食いしばる。
そしてまた巨大化しようとした。
「やめときな。またアイツに金を要求されるぜ。」
マーラの後ろに銃を向けると、マナがキラキラした目でこちらを見ていた。
「またお金くれるの?」
結界の中いっぱいに金粉を集めて、それでも足りない様子だった。
「な?」
「・・・・・・・。」
マーラは意気消沈して、巨大化を諦める。
「なんということだ。儂の武器である煩悩が、ただ敵を喜ばせるだけとは・・・。」
シュンと萎れ、さらに小さくなっていく。
「元気がなくなりゃ、ソッチも萎えるわなあ。」
ノリスは可笑しそうに笑う。
そして男根の先に銃を突きつけた。
「よ、よせ・・・・、」
「大将のおかげで、俺も神器の力を引き出せたよ。」
「な、なにい・・・・、」
マーラの顔が引きつる。その分ノリスは笑顔になる。
「デケえイチモツでぶっ叩かれてよ、死にそうになって思い出したぜ。
まだファミリーも持たずに、地べた這いずり回ってた時の事をよ。」
笑顔が消え、殺気のある表情に変わる。
眼光が増し、鋭い牙を剥く。
「俺はよ、元々何も持っちゃいなかった。金も仲間も家族もな。
でもそれでよかった。何も持たねえなら、失うモンもねえからな。」
殺気はそのままに、また笑顔に戻る。
「ただよ、誰かに舐められるのだけは嫌だった。
俺は何も持っちゃいなかったが、そこいらのクソと一緒にはされたくなかった。
どいつも持ってるのが当たり前みたいな顔しやがってよ。
失うことに怯えて、まともな奴でもクソに成り下がるんだ。」
殺気が鋭くなり、突き刺すようにマーラに向けられる。
「そういう奴に限って、人を見下しやがる。
テメエがクソだってことも気づかずに、ヘラヘラ笑ってやがんだ。」
笑顔が消えて、無表情になる。
彼の心には何もない。
感情が消えて、悲しみも喜びさえも感じない。
ノリスが守りたいモノはただ一つ。
それは感情を超えたところにあるプライドだった。
何もない所から今まで生きてきたという、誰とも共有出来ない誇り。
他人からすれば無価値に見えるかもしれないそのプライドは、彼にとっては命に等しい。
自分を見下し、馬鹿にした者に鉄槌を下す。
相手が神だろうが魔王だろうが、どこまでも追いかけ、額に風穴を空ける。
守りたいものは、今まで自分を支えてきたプライドだけ。
それ以外のものはどうでもよかった。
ノリスは昔を思い出すことで、ゼロになった。
何も持っていなかったあの頃、しかしクズに成り下がることだけは拒否したプライド。
銃に宿った杖の神器は、「何も持たなくていい」というノリスの思いに反応した。
力の流れを変えるこの杖は、力の量そのものを左右することも出来る。
持つことも出来れば、捨てることも出来る。
何かかも失くして、ゼロに戻すことが可能な神器なのだ。
「大将。」
声に重たい殺気が宿る。
「その立派なモンを振りかざして、周りを見下してきたんだろ?
だったらよ、今度はテメエが見下される側になるといいぜ。」
引き金を引き、無色透明の弾丸を撃ち込む。
マーラは仰け反り、自分の中から力が失われていくのを感じた。
「むうう・・・・ぐぐ・・・・・、」
どんどん力が失われて、シュルシュルとしぼんでいく。
そして遂には、ノリスが巨人に見えるくらいに小さくなってしまった。
「どうだ?テメエが見下される気分は。」
マーラは数センチほどの大きさに縮んでしまった。
反り立っていた立派なモノも、シュンと萎れてしまう。
「フニャフニャだな。どれ、俺のと比べてやるか。」
そう言って自分のイチモツを取り出す。
「おお、俺のがデケエな。」
「・・・・・・・・・・。」
「自慢のモノが負けちまってどんな気分だ?」
「・・・・・・・・・・。」
「あらら、気弱になっちまって。喋ることも出来ねえか。」
マーラは可哀想なほど落ち込んでいた。
プルプルと震えて、悔しさに満ちている。
「男気でも俺の勝ち、イツモツでも俺の勝ち。いいとこ無しだなあ。」
ゲラゲラ笑いながら、足を持ち上げる。
「お、おい・・・・、」
「今さらビビッても遅えよ。」
見下した目をしながら、マーラの上に足をもって行く。
「さっき勝負がついた時、大人しく地球に帰ってりゃよかったなあ。」
「待て!ならばもう一度勝負を・・・・、」
「ねえよ。一回で充分だ。」
ニヤリと笑い、無慈悲に踏みつける。
プチ!っと音がして、足元に赤い血が滲んだ。
《おお・・・おおおおお・・・・・。》
死んだマーラは魂だけとなる。
そして恐るべき怨霊となって、ノリスに襲いかかった。
《弱小短小の分際でええええええ!よくも儂をコケにしてくれたなああああ!》
真っ黒に染まり、波のようにうねり、汚い粘液をまき散らしながら襲い来る。
ノリスは「往生際が悪いぜ」と銃を向けた。
しかし彼が銃を撃つよりも早く、マナが動いた。
リング状の光を放ち、怨霊となったマーラを締め上げたのだ。
《ぐうう・・・ごおおおお・・・・またしてもこんなプレイを・・・・、》
「汚いイツモツ。とっとと消えろ。」
クイッと手を動かし、マーラを操る。
彼は自分の意志に反して、どんどん巨大化していった。
はち切れんばかりに育った大木のような男根。
しかしリング状の光に絞められて、《ぎょええええ!》と悲鳴を上げた。
《おのれ娘!》
「もっと膨らみなさいよ。気持ちいいから。」
ウフっと笑って、リングの光を締め上げる。
そして・・・・自慢の男根は、パツン!と切れてしまった。
《ほぎょああああああああああ!》
真っ二つになった男根は、サラサラと崩れ落ちる。
力を失くしたマーラの魂は、ふわふわと宙を彷徨った。
《許すまじ・・・・ラシルの住人ども・・・・。
我が主ルシファー様が、必ずや鉄槌を下そうぞ・・・・。》
そう言い残し、マーラの魂は地球へと飛び去っていった。
「しぶとい野郎が。負けたなら大人しく引っ込めってんだ。」
煙を吐きながら、マーラの魂を見届けるノリス。
するとマナがやって来て、「見て見て!」と喜んだ。
「これ、金がいっぱい。」
結界の中には、マーラの放った金粉がパンパンに詰まっていた。
ノリスは「よかった」と言いながら、金粉に鼻を近づけた。
「何してるの?」
「・・・・・・・。」
「ねえ?」
「・・・・臭うな。」
「そりゃアソコから出て来たし。でも洗えば問題ないわ。」
「こいつが本当に金粉ならな。」
「え?」
ノリスがそう言った瞬間、金粉はドロドロの粘液に変わった。
奇妙な緑色に濁って、悪臭を漂わせる。
「えええええええ!なんで!どうして!?」
「だから言ったろ。」
「どういうことよ!?」
「あのな、イツモツの先から金粉が出るわきゃねえだろ。
そいつはマーラのフェロモンだ。」
「ふぇ、ふぇろもん・・・・・、」
「マーラの魔力で金色に光ってただけだ。残念だったな。」
「・・・・・・・・。」
ポンとマナの肩を叩き、先へ歩いて行くノリス。
彼女はしばらく固まったままだった。
「私の・・・・お金・・・・・、」
グスっと泣いて、でもすぐに気を取り直す。
「ねえねえ!あんたは本当にお金くれるんでしょ!?」
そう言ってノリスを追いかける。
「約束したもんね。」
「ああ。」
「で、いくらくらいあるの?」
「そうだな・・・二十ってとこかな。」
「二十!もしかして二十億とか!?」
「違う。」
「なら・・・・二十兆?」
「そんなにあるわけねえだろ。」
「でも大きなファミリーのドンだったんでしょ?だったられなりに持ってるでしょ。」
マナは期待を込めた目で見つめる。
ノリスは笑顔でこう返した。
「残念ながら、貯金は二十チョリスだけだ。」
「へ?」
「俺は個人では金を持たねえ主義でな。稼ぎのほとんどはファミリーに預けてた。
そんでそのファミリーはもういねえ。だから二十チョリスが全財産だ。」
「で、でも!さっきの金貨は・・・・・、」
「ありゃダレスの会社にあった奴をガメたんだ。
何かの役に立つかと思ってよ。実際に役に立ってくれてよかったぜ。」
そう言ってポンとマナの頭を撫でた。
「あの金はお前のもんだ。好きにしな。」
「好きにしなって、あのチ○ポ野郎が壊しちゃったじゃない!」
「そりゃ俺のせいじゃねえからなあ。」
「ヒドイ!あんたなら大金持ってると思ったのに!」
「まあ地道に稼げよ。」
「一攫千金がいいの!」
マナは悔しそうに泣く。
せっかく大金持ちになれると思ったのに、もらえるのはチョコ一個分のお金だけ。
こんな事なら、何がなんでも金貨を守っておけばよかったと後悔した。
「うわああああん!お金!お金が欲しい!」
ポカポカとノリスを殴りながら、お金を連呼する。
ノリスは「見苦しいぞ」と煙を飛ばした。
凶悪な男根、もとい凶悪な魔王は、二人の前に敗れ去った。
煩悩・・・・。
それは欲に溺れ過ぎたマナと、欲を持たないノリスの前では通用しなかった。
反りは合わないが、ある意味息の合う二人だった。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百五話 神器の力(2)

  • 2017.04.04 Tuesday
  • 15:37

JUGEMテーマ:自作小説

悪魔とは欲望の塊である。
そして欲にも色々ある。
金への欲、権力への欲、成功への欲、支配への欲。
そして・・・・性欲。
性欲は三大欲求の一つで、それ自体は悪いものではない。
むしろ種の存続には必要なものだ。
しかしあまりに性欲が強過ぎると、人は常軌を逸した行動を取る。
そのエネルギーは凄まじく、理性など簡単に吹き飛ばしてしまう。
・・・・・煩悩。
人を悩ませ、惑わせる欲望の数々。
その中でも性欲は特に強力だ。
そしてその性欲を具現化したような悪魔がいる。
インドの魔王マーラ。
その姿はまさに性欲の権化と呼ぶのに相応しい。
雄々しくそそり立つその姿は、屹立した男根そのもの。
そこから生えた顔と手足は、ただの付属物に過ぎない。
本体はモザイクが必要なほどの、そそり立つ男根なのだ。
この悪魔は見た目もさることながら、実力も折り紙付きだ。
性欲を根源としたその魔力は、尽きることを知らない。
強力な魔法をいくらでも連発出来るし、受けた傷もたちまち治ってしまう。
それにパワーも半端ではなくて、男根の一突きで巨人に穴を空けてしまうほどだ。
ノリスとマナは、そんな強敵に挑んでいた。
もちろん正面から戦っても勝てないので、策を弄して戦うことになる。
まずはノリスが敵を引き付け、その隙にマナが結界を張る。
それは敵のエネルギーを奪う特殊な結界で、屹立したマーラの男根を諌めようとした。
しかし二人の連携は上手くいかない。
どちらも自分勝手に動くので、なかなか思い通りに戦えないのだ。
「おいコラ!モタモタやってんじゃねえ!」
「はあ?お前こそキビキビ動け。」
「お前って誰に向かって言ってんだ!」
「頭の悪いジャッカルの獣人。」
「てめえ・・・ちょっとここまで降りて来い。」
「お前がこっちまで飛んで来れば?」
「ぶっ殺されてえのか?」
「ぶっ殺されてえのか?」
「てめえ・・・・変な顔しながら人の真似してんじゃねえ!」
銃を向け、引き金を引く。
マナは慌てて物陰に隠れ、また「ぶっ殺されてえのか?」と変顔をした。
「この野郎・・・・上等じゃねえか・・・・。」
ノリスはプルプル震えながら、「ドタマぶち抜いてやる!」と乱射した。
するとそれを見ていたマーラが「ぬははははは!」と笑った。
「仲間割れか?」
「うるせえ!」
「まあ儂は構わんぞ。お互いに潰し合ってくれた方が手間が省ける。」
「チンポ野郎が・・・・まずはテメエからぶっ殺してやる!」
男根の根本に向けて、銃を乱射する。
爆炎が上がり、もうもうと煙が昇った。
「金玉に直撃だ、泣きそうだろ?」
「確かに泣きそうだ。ちょうどいい痛みで心地良い。」
「変態かよこの野郎・・・・・。」
「こんな攻撃は効かんと言っておるだけだ。
貴様の貧相なモノと一緒にされては困る。」
「テメエまで俺を馬鹿にしやがるのか?」
「馬鹿にはしておらん、見下しておるだけだ。」
「クソッタレが!」
二丁を向け、ありったけの弾を撃ち込む。
マーラは炎に包まれて、男根がキャンプファイヤーのように燃え上がった。
「どうだ!?これでもまだ気持ち良いって言えんのか?」
ゲラゲラ笑いながら、そそり立つ男根を睨み付ける。
すると「良い心地だ」とウットリした。
「なッ・・・・・、」
「儂はいつでもたぎっておる。この程度の炎などどうということはない。」
「頑丈にも程があんだろ・・・いったい何で出来てんだよ?」
「煩悩だ。」
そう言って「では儂からも行くぞ」とそそり立った。
「うお!また膨らみやがった・・・・。」
さらに大きく成長する男根。ノリスはたじろぐ。
同じ男として、少しばかり悔しさを覚えた。
膨らんだマーラは「ぬはは!」と笑い、巨大な男根を振り下ろした。
それは目にも止まらぬ速さで、疾風のように駆け抜けた。
ノリスは反射的に身を逸らす。
すると次の瞬間、彼の足元は抉れていた。
「・・・・・・・。」
ゴクリと息を飲み、「なんてパワーだ」と慄く。
「驚くのは早いぞ。」
「ああ?」
「後ろを見てみろ。」
言われて振り返ると、遥か先まで床が抉れていた。
「・・・・・・・・・。」
「どうだ?貴様のモノではここまで出来んだろう?」
「・・・俺じゃなくても出来ねえよ。」
圧倒的なパワー、いくらでも膨らむポテンシャル。
ノリスは「なんて野郎だ・・・」と悔しがった。
「ここまで立派なモン持ってる奴は初めてだぜ。」
「だろうな。儂も自分以上のモノを拝んだことはない。」
色々な意味で力の差を感じて、どうしたもんかと悩む。
《こりゃ俺一人じゃ絶対に敵わねえ。あのバカが協力してくれねえと。》
マナとはまったく息が合わないが、それでも一人で戦うよりはマシだ。
「ここは俺が下手に出るしかねえか。」
そう言って「おうマナ!」と呼んだ。
「さっきのは俺が悪かった。」
プライドはあるが、今は頭を下げる時だ。
でなければ、何も出来ずにこの悪魔に負けてしまうだろう。
「コイツを倒すには、お前の力が必要だ。」
優しい声で頼むと、物陰からヒョコッと顔を出した。
「おお、そこにいやがったか。」
ノリスは「さっきは悪かったなあ」と笑顔を見せる。
「ちょっとカッとなっちまってよ。俺がお前の動きに合わせるから、手え貸してくんねえか?」
これ以上ないくらいの笑顔で言うと、マナはゆっくりとこちらに飛んできた。
そして・・・・・
「えい!」
「な、何すんだ!?」
マナは結界魔法を唱えて、ノリスを中に閉じ込める。
「おい!何のつもりだ!」
「ふふ。」
可笑しそうに笑いながら、マナはマーラの元へ飛んでいく。
「コラ!ここから出しやがれ!」
ガンガン蹴りまくって、ゴンゴン殴りまくる。
しかし結界はビクともしない。
「チッ!ならこいつで・・・・、」
そう言って銃を撃つが、弾は出てこない。
「・・・・・なんてこった。撃ち尽くしちまった。」
引き金を引いてもカチカチ鳴るだけ。
弾を補充するには、誰かに魔力を込めてもらわないといけない。
「おいマナ!なんで俺を閉じ込めんだ?」
ガン!と結界を叩き、「答えろコラ!」と叫ぶ。
「ていうかなんで顔赤くしてんだよ?
チンポ見たくらいで赤くなるほどウブじゃねえだろ。」
「・・・・・うふ。」
マナはマーラにメロメロだった。
頬を赤くして、恋する乙女の顔になっている。
「なんだあ・・・頭がイカれたのか?」
「そうではない。」
マーラが答える。
「儂は煩悩をくすぐり、相手を支配することが出来る。」
「支配?」
「この娘、欲にまみれた心の持ち主だ。」
「それがどうした?」
「煩悩を抱える者は、決して儂には勝てん。
金欲、物欲、支配欲、そして性欲。強い欲望は、己の意志さえ支配する。」
「そんなもん誰にでも言えることじゃねえか。」
「しかし強固な意志を持つ者は、煩悩を跳ね返すことが出来る。
儂の場合、特に性欲を操るのが得意でな。
常に異性を虜にするフェロモンをまき散らしておるのだ。」
「フェロモンだとお?ならマナはお前の虜になっちまったってのか?」
「その通り。見よ、もはや儂の子を孕みたくて仕方ないといった様だ。」
マナは完全に女の顔になっていた。
見せたこともないような表情で、マーラに頬をすり寄せている。
「この娘、欲を跳ね返すほどの意志はないようだ。」
「まあどっちかっつうと、欲に従って生きてる感じだからな。」
マナは完全にマーラの虜と化していた。頬を赤くして「マーラ様」と呟く。
これではいくら頼んでも手を貸してくれないだろう。
「というわけで、お前は一人で儂と戦わねばならん。」
「そうかい。だったら逃げるかな。」
「ぬは!」
「んだよ?何が可笑しい?」
「結界に閉じ込められているのに、どうやって逃げるのだ?」
「そりゃあ・・・・どうにかしてだな・・・・、」
「ぬはは!何なら手を貸してやろうか?」
「何?」
マーラは魔法を唱え、結界を粉々にしてしまった。
「ほれ、さっさと逃げるがいい。」
「へ!優しい悪魔もいたもんだ。」
ノリスは背中を向け、「あばよ」と去って行く。
「お前は必ず戻って来る。」
「ああ?」
「逃げることは出来ない。」
「何言ってやがんだ?逃げろっつったのはテメエだろうが。」
「実は先ほどから、お前を操ろうとフェロモンを撒いていてな。」
「おいおい・・・俺は男だぜ?」
「性欲のフェロモンではない。金欲と物欲のフェロモンだ。」
そう言って妙な香りを漂わせた。
「・・・確かになんか臭うな。鼻は利く方なんだが気づかなかった。」
「臭いが分かるだけでも大したものだ。
しかし残念ながら、どうもお前にフェロモンは効かぬようだ。」
「そりゃ変だな。俺にはたんまり欲があるのによ。」
そう言って可笑しそうに肩を竦めた。
「先ほども言ったが、強固な意志を持つ者は、煩悩を跳ね返すことが出来る。
お前は鉄のような意志で、儂のフェロモンに抗っておるのだ。」
「そうかい。俺は抗ってるつもりはねえけどな。
ある意味マナより欲望に忠実だぜ?」
自虐気味に笑いながら、「降参するわ」と手を挙げた。
「俺一人じゃ勝てねえ。このまま逃げさせてもらうぜ。」
背中を向け、一目散に駆け出す。
銃を撃ちまくったおかげで、マーラの張った粘液に穴が空いている。
ノリスはそこからさっさと逃げ出した。
「あんなのとやってられっか。」
タバコを咥え、ふうと煙を吐く。
しかしその時、ふと足を止めた。
「・・・・・・・・。」
このまま自分が逃げれば、マナはどうなる?
気に食わない奴だが、それでも見殺しにするのは・・・・、
「・・・別に構うこたあねえ。どうせ他人だ。」
そう言って強がるも、後ろ髪を引かれるように、戦いの場所を振り返った。
「・・・・このまま逃げればすむじゃねえか。何を迷ってんだ。」
ノリスは冷血漢ではない。
ファミリーは大事にしてきたし、自分を慕う者も大事にしてきた。
しかし出会って短いマナに対して、どうして心配を抱くのか?
反りが合わないし、お互いに口も悪い。
強敵と戦う最中でさえ、下らない言い争いをした。
それなのに・・・・・、
「・・・・あいつだな。あの船長さんの影響だ。」
ダナエと一緒に旅をするようになってから、間違いなく自分は甘くなっている。
昔ならマナごと敵を殺そうとしただろう。
しかし今では彼女の心配をしている。
「・・・・ダレスの野郎も、これを怖がってたんだろうな。
あの船長さんの傍にいると、自分が変わっちまうって。」
憎きダレスだが、その点だけは同情を抱いた。
なぜならマフィアや金貸しという商売は、甘さを持つなど論外だからだ。
変わりゆく自分に嫌気が差し、ダナエの元を離れたダレスの心境。
それは痛いほど理解出来た。
だからといって、彼を憐れむ気持ちなど毛頭ないが・・・。
「クソッタレが。いっそのこと俺も邪神の側に付くか?」
そう言いながらも、足はマナの方へ戻っていく。
そして・・・・・
「ようチンポ野郎。」
「戻って来ると思っていたぞ。」
「うるせえ。」
「ぬはは!儂のフェロモンを跳ね返すほどの精神力。
そんな強固な意志を持つ者が、おいそれと仲間を見捨てるはずがない。」
「そんなんじゃねえよ。
テメエみてえなチンポ野郎に背を向けたんじゃ、俺のイチモツが立たなくなっちまう。」
「立ったところで儂には及ばんがな、ぬはははは!」
高らかに響く笑い声。
ノリスは「チッ」と悔しがった。
「そっちに関しちゃ負けを認めるぜ。
だがよ、デカけりゃいいってもんじゃねえ。」
「ほう・・・儂が見てくれだけのモノと申すか?」
「男は中身だぜ。これみよがしに自慢するなんざ、器の小せえ証拠だ。」
「では貴様のモノがどの程度か、とっくり拝ませてもらおうか!」
屹立した男根が、ノリスに向かって振り下ろされる。
「一度見せた技を・・・・、」
ニヤリと笑い、銃で受け止める。
すると勇ましい男根はベチン!と跳ね返されてしまった。
「むうう・・・・なんのこれしき!」
一度で無理なら二度三度。
大木ですら真っ青になる立派なモノが、モーニングスターのように振り回される。
「しゃらくせえ!」
ノリスは勘がいい。
例え目で追うことが出来なくても、驚異的な勘の鋭さで攻撃を弾いていく。
《この銃には神器が宿ってる。
来る攻撃さえ分かってれば、跳ね返すことなんざわけねえぜ。》
銃に宿る神器の杖は、力の方向を変えてしまう。
いかにマーラの男根が立派であろうとも、そのパワーは無力化されてしまうのだ。
「ほほう・・・大した腕よな。」
「だから言ったろ、男は中身だって。」
「確かに・・・振り回すだけでは芸がないな。
かといって魔法で潰すのも面白くない。」
「お前・・・・勝ちにはこだわりを持つタイプだろ?」
「む?」
「手段を択ばねえんなら、とっくに俺を殺してるはずだ。
だがそうしねえのは、女々しい戦い方が嫌いだからだ。」
「そうだ。儂が望むのは雄々しい勝利。
貴様ごときに魔法で勝っても、嬉しくも何ともないわ。」
それを聞いたノリスはニヤリと笑った。
マーラは雄々しさこそ至上と考えていて、卑劣な手は使わない。
ノリスはそれを見抜いていたので、こんな勝負を持ち掛けた。
「なあ大将。」
「なんだ?」
「俺とお前、どっちが男らしいか競おうじゃねえか。」
「ほう、この儂と雄々しさで勝負するか?」
マーラはニヤリと笑う。
雄々しさを競うなら、天地がひっくり返っても負けるはずがない。
なぜなら自分以上に立派なモノを持つ男などいないからだ。
「で、どのように競う?」
「言ったろ、男は中身だって。だったらよ、こいつを懸けて勝負しようじゃねえか!」
そう言ってマナを指さした。
「この娘を?」
「そいつは今、あんたの虜になってる。それを俺に惚れさせたら勝ちとしてくんねえか?」
「なるほどな、女を懸けて戦うというわけだ。」
「おうよ。何度も言うが男は中身だ。イチモツのデカさだけで決まるわけじゃあねえ!」
ノリスは銃をしまう。
そしてマナに向かって歩き出した。
「おう。」
目の前まで近づき、「俺んとこへ来い」と言う。
「そいつはデカいだけだ。惑わされちゃいけねえ。」
そう言うと、マナは「?」と首を傾げた。
そしてニコリと笑い「小さい男は嫌」と突き飛ばした。
「へ!何度でも言うぜ、俺んとこへ戻って来い。」
「死ね。」
結界魔法を放ち、ノリスを締め上げる。
「ぐううおおお・・・・、」
鎖で締め上げられる様に、全身が悲鳴を上げる。
しかし決して銃は抜かない。
あくまで男気だけで戦うつもりだった。
「マナ、俺のところへ来い。」
「ウザい。」
「ぐううううッ・・・・・、」
首まで締め上げられて、息が苦しくなる。
しかし諦めない。
痛みに耐えながら「お前が要るんだ」と言った。
「俺んとこへ戻って来い・・・・・。」
「うるさ。喋るな。」
今度は口まで塞がれてしまう。
これではもう喋ることすら出来ない。
しかしノリス諦めない。じっとマナだけを見つめていた。
どんなに締め上げられようが、決して彼女から目を逸らさない。
すると黙って見ていたマーラが「つまらん」と言った。
「貴様の言う男気とはそんなものか?」
「・・・・・・・・。」
「ただしつこく誘うのが男気か?強引に迫るのが雄々しさか?」
「・・・・・・・・。」
「そんな事では、この娘は戻って来んだろう。
儂のフェロモンを舐めてもらっては困るな。」
マーラはまた膨張する。
そして男根の先から七色のフェロモンをまき散らした。
それを吸い込んだマナは、「マーラ様・・・・」と目を潤ませた。
「見よ、雄々しさとは力に非ず。堂々とそびえたつ、この儂のことだ!」
ピンと屹立したマーラは、七色のフェロモンを纏って、神々しく輝く。
それは同じ男のノリスから見ても、感嘆するほどの雄々しさだった。
マナはギュッとマーラに抱きつく。
フェロモンの力は強力で、もはやこの支配から逃れることは出来なかった。
「この儂に雄々しさで勝負を挑もうなど、無謀もいいところよな。ぬはははは!」
「・・・・・・・。」
ノリスは何も出来ない。
しかしそれでもマナを見つめることはだけはやめなかった。
「小僧、もはやこれまで。」
勝負は着いた。
マーラはググっと男根を反り返らせた。
「じっとしておれ。苦しまずに逝かせてやる。」
世界最大の樹、セコイアのような男根が、ノリスに向かって振り下ろされる。
彼の立っていた場所は、一撃で男根の形に穴が空いた。
「ふ・・・・威勢だけの小僧が。」
つまらなさそうに言って、「さて」とマナに目を向ける。
「貴様も奴の仲間。後を追ってもらおうか。」
再び男根がそそり立つ。
マナはまだフェロモンにやられていて、自分が殺されようとしている事に気づかない。
「憐れよな。」
ニヤリと笑い、巨大なイチモツが振り下ろされる。
しかし彼女に振れた途端、男根はベチン!と弾き返された。
「何い!?」
ぶるんと震え、先っぽからフェロモンが飛び散る。
「この娘にも小僧と同じ力があるのか!?」
驚きながら見つめていると、彼女の後ろからノリスが現れた。
「貴様!潰れたはずでは!?」
ノリスはボロボロになっていた。
あちこちに怪我をして、足元に血だまりが出来るほどに。
「なぜ生きている!?」
そう問いかけても、ノリスは返事をしない。
マーラを無視して、ただマナだけを見つめていた。
「・・・・俺んとこへ戻って来い。」
静かだが、しかし力強い声で語り掛ける。
「お前が必要だ・・・・。」
血だまりを踏みながら、マナへ近づく。
しかし彼女はこちらを向かない。
「マーラ様・・・」とそそり立つ男根を見上げている。
「マナ、戻って来い・・・・。」
「愛しいマーラ様・・・・。」
「何度でも言う・・・・俺のとこへ戻って来い。」
マナの背中を見つめながら、同じ言葉を繰り返す。
どんなに血を流そうが、決して目を逸らさず、同じ言葉を語りかけた。
するとマナは一瞬だけ振り返った。
「戻って来い・・・・。」
「死ね。」
結界魔法を放ち、ノリスを締め上げる。
しかしそれでも彼の口から出る言葉は変わらない。
「お前が必要だ・・・・。」
「ウザい。」
「戻って来い・・・・マナ・・・・戻って来い。」
矢のように真っ直ぐな視線で、マナを射抜く。
すると少しだけ変化が起きた。
マナは首を傾げて、困ったような顔をしたのだ。
「チンポ野郎なんざに惑わされるな。
俺はここにいる・・・・お前が戻るまで待ってる。」
「?」
また首を傾げ、ムスっとした表情になる。
ノリスとマーラを交互に見つめ、「むうう・・・」と唇を尖らせた。
「俺のところへ来い。」
ノリスの言葉が、初めてマナの耳に届く。
「うう・・・・」と頭を押さえ、「どっちを・・・・」と呻いた。
「立派なモノか・・・・それとも・・・・お金?」
顔を上げ、ノリスを見つめる。
「・・・・ねえ?」
「なんだ?」
「戻ったら・・・・いくらくれる?」
目をキラキラさせながら問いかける。
「全部だ。」
「ぜッ・・・・・!」
「有り金全部くれてやる。」
「ほ、ほんとに!?」
「なんなら通帳ごとくれてやろうか?」
「いるいる!」
マナはピタリとノリスに抱きつく。
すりすり頬を寄せて、「大好き!」と見つめた。
「・・・・というわけだ。」
勝ち誇った顔でマーラを見上げるノリス。
立派な魔王は「なぜだ・・・」と呟いた。

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