春の鳴き声 第五話 氷の友情(1)

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 15:34

JUGEMテーマ:自作小説
昨日降った雪のせいで、景色は真っ白に染まっている。
道路も、山も、土手も、民家の屋根も。
それに川の真ん中に浮かぶ茂みも
大きな橋の上から、僕たちはそれを眺めていた。
振り返ると、遠くまで川が流れている。
昨日の夜から降り始めた雪は、まだパラパラと散っていた。
「この辺で雪は珍しいな。」
井口は足元の雪を蹴飛ばす。
そして手の平いっぱいに雪を掴んで、グッと握りしめた。
「どや?」
「何が?」
「雪玉。」
「見たら分かるやん。」
「一回握っただけやで。」
「握力85やもんな。めちゃ硬くなってるやん。」
ツンツンと指でつつく。
柔らかい雪は、軟式野球のボールみたいに硬くなっていた。
「ゴリラみたいなパワーやな。何を目指してんねん。」
雪玉を掴んで、川に放り投げる。
でもあまり遠くまで飛ばなくて、中洲の中に落ちた。
「シュウちゃんはもうちょっと身体鍛えた方がええで。」
「筋トレしてるよ。腕立てとか腹筋とか。」
「俺と一緒に空手やるか?」
「いやや、あの怖いおっちゃんが先生やもん。」
本物のゴリラのような井口のお父さんを思い出して、お金をもらっても行きたくないと首を振った。
「ていうか早よ行こうや。菊池さんお腹減ってるかもしれんし。」
僕たちがふざけてる間、菊池さんはずっと川を見ていた。
手すりから乗り出して、スズメみたいにキョロキョロしながら。
「あんまり乗り出すと危ないで。」
「うん。」
しばらく川を眺めたあと、僕たちは少し離れた喫茶店に向かった。
レストラン喫茶ってやつで、食べ物もそれなりに美味しい。
「あそこな、カレーも美味しいから。期待してええで。」
「うん。」
「でもちょっと辛いねん。大丈夫。」
「無理。」
「え?辛いのあかんの?」
「うん。」
「そうかあ・・・ほな別の店にせんとなあ。」
一緒にご飯に行く約束の為に、菊池さんはわざわざ抜け出してきた。
まあ抜け出すっていっても、菊池さんのお母さんはOKしてくれてるんだけど。
《もしこれが由香子ちゃんやったら、絶対にアカンかったやろな。菊池さんやからOKしたんや。》
あの可愛い由香子ちゃんは、みんなから大事にされている。
親からもお爺ちゃんからも、それに親戚からも。
きっと周りの大人はみんな優しいんだろう。
だって由香子ちゃんは金だから。
残念ながら、石の菊池さんはそこまで大事にされていないんだ、きっと。
僕は今日、菊池さんに楽しい思いをしてほしかった。
だから美味しいカレーを食べさせてあげたい。
あげたいけど、あの喫茶店が駄目となると、これはもう・・・・、
「甘く出来るか聞いてみるか?」
井口が言う。僕はすぐに「無理や」と答えた。
「あそこのおっちゃん頑固なんや。甘口にしてとか言うたら、多分キレるで。」
「う〜ん・・・・ほな竹屋にする?」
「竹屋?」
「最近できたやん。あの飯屋のチェーン店の。」
「ああ、あれな。ここら辺にあんの?」
「一ケ月前くらいからあんねん。俺は何回か行ったで。」
「カレーもあるん?」
「あるある。こっから歩いて10分くらいやから、そう遠くないで。」
「ほなそこにしよか。なあ菊池さん?」
「うん。」
僕たちは歩く。
雪が積もった景色の中を。
生まれてから雪の積もった景色を見るのは、たぶん三度目くらい。
歩くとザクザク音がして、ギュギュっと踵に伝わる感触が心地よかった。
菊池さんも珍しそうにキョロキョロしている。
キョロキョロしているのはいつものことだけど、いつもより目が輝いている気がした。
白い息を吐きながら、竹屋までやって来る。
中は暖房が効いていて、僕らは上着を脱いだ。
「食券買わんとな。」
井口はスタミナ定食とカレー。
僕はカツカレー。
菊池さんはキョロキョロと迷っていて、食券機の前で立ち尽くしている。
「普通のカレーがええ?」
「・・・・・・・。」
「カツカレーは?」
「・・・・・・・・。」
「ウィンナーもあるで。」
「・・・・・・・・。」
「菊池さん、後ろ並んではるから・・・・、」
僕は振り返って、ツナギを着たおじさんに頭を下げる。
菊池さんはたっぷり迷ってから、普通のカレーを選んだ。
僕らは並んでカウンター席に座る。
本当はボックス席の方がよかったんだけど、家族連れが占拠していたから無理だった。
やがてカレーが運ばれてきて、菊池さんは無言で頬張る。
ずっと身体が揺れていて、食べにくくないのかなと思った。
「美味しい?」
「うん。」
一心不乱に食べる菊池さん。
その隣では、井口もスタミナ定食をかきこんでいた。
「なあ菊池さん。」
「・・・・・・・・。」
「今日寒いな。」
「うん。」
「雪降って楽しい?」
「うん。」
「今日から三つ葉の里休みやんな?」
「うん。」
「休みの間は何するん?」
「ゲーム。」
「マリオ?」
「うん。」
「よかったら僕のゲーム貸したろか?怖いやつやけど。」
「・・・・・・・・。」
「いらん?」
「うん。」
「怖いの嫌い?」
「うん。」
「じゃあ格闘ゲームは?」
「・・・・・・・・。」
「やったことない?」
「うん。」
「貸したろか?」
「うん。」
「じゃあ今日の帰りに貸すわ。」
「うん。」
いつもと同じように短い返事。
どうやったら会話が続くんだろう?
どんな事だったら興味を持つんだろう?
菊池さんの向こうに座る井口は、あっという間にスタミナ定食とカレーを食べ終えて、頬杖をつきながら僕たちを見ていた。
《コイツ絶対に勘違いしてるな。別に菊池さんのこと好きなんちゃうのに。》
このままだと、誰も何も喋らないまま終わってしまう。
ぜっかく会ったんだから、もっと菊池さんと話したかった。
《どんなんやったら興味あるんやろうなあ。》
じっと考えて、ふと思いつく。
「そういえば菊池さんって、三つ葉の里やったらすごい楽しそうやな。」
そう尋ねると、菊池さんはスプーンを止めた。
「あんなに嬉しそうに笑うんやなって、初めて知ったわ。」
「うん。」
「あそこ楽しい?」
「楽しい。」
「仲良く喋ってる子おったよな?友達?」
「うん。」
「あの子も発達障害?」
「うん。」
「何を喋ってたん?」
「キティちゃん。」
「キティちゃん?」
「ディズニーも。」
「ああ、そういうの好きなんや。」
「うん。」
「ほなキティちゃんのぬいぐるみとか持ってるん?」
そう尋ねると、菊池さんはパッと笑顔になった。
そして今までの短い返事が嘘みたいに、ものすごい勢いで喋り出した。
とにかくもうキティちゃんのことばかり。
いつ好きになったとか、どれくらいコレクションしてるとか、あとはとにかくマニアックな感じで、内容についていけなかった。
《自分の好きなもんやったら、嬉しそうに話すんやな。》
その後も延々とキティちゃんの話が続いた。
井口はあくびをしながら、また食券を買う。
今度はハンバーグ定食を頼んでいた。
僕も正直これ以上聞くのが辛かった。
カレーだって冷めちゃったし、でもこんなに嬉しそうに話す菊池さんは初めてなので、我慢して聴いていた。
それから30分、キティちゃんについての詳しい説明会が続いた。
店を出る頃には、僕と井口はぐったりしていた。
「ほんま好きなんやな、キティちゃん。」
「うん。」
まだ嬉しそうに笑っている。
30分のキティちゃん説明会は辛かったけど、でも菊池さんが喜んでくれたのは嬉しい。
だから帰り道の間、僕はとても足取りが軽かった。
雪を蹴飛ばし、雪玉をつくって空に投げたりした。
井口はあれだけ食ったのにまだ満足してないみたいで、「コンビニ寄って行かへん?」なんて言っている。
そして肝心の菊池さんは、たくさん喋ったせいか、ちょっと頬が赤くなっていた。
「あのな・・・・、」
珍しく菊池さんから喋りかける。
「なに?」
「あのな、これな・・・・、」
「うん。」
「誰にも言わんといてな。」
とても真剣な顔で言う。
僕も真剣な顔になって、「どうしたん?」と聞いた。
「あのな、私だけ三つ葉の里に行ってるやん。」
「うん。」
「前はな、由香子も行ってたんや。」
「そうなん?」
「でもな、前におった先生がな、由香子にイヤらしいことしてな、それで行かへんようになったんや。」
それを聞いて、「え?」と固まる。
井口も驚いた顔で菊池さんを見ていた。
「それマジで?」
「うん。」
「イヤらしいことって、エッチなことされたってこと?」
「うん。」
「男の人に?」
「女の人。」
「え?女の人?」
「由香子がな、小5の時に。」
「女の先生からエッチなことされたん?」
「うん。」
「ほなそれがあったから、由香子ちゃんは行かへんようになったん?」
「お父さんとお母さんが、すごい怒ってな。」
「うん。」
「そんで園長先生に怒鳴ってな。」
「うん。」
「それからエッチなことしたその先生は、クビになった。」
「まあそらクビやろ、なあ?」
井口に言うと、黙ってコクコク頷いた。
「それでどうなったん?」
「由香子はな、よう分かってないんや。でもな、由香子がその先生に裸にされたり、おっぱい触られたり、それで写真撮られたり。
そういうことされてるのを発見してな。」
「菊池さん、その瞬間を見たん?」
「畑でイモ掘ってる時にな、トイレに行きたくなて、それでトイレに戻る時に、その裏から声がしてな。
それで覗いたら、先生が由香子を裸にしててな、おっぱいとかに触ってた。」
「ほな・・・・菊池さんが発見者やんか。」
「うん。」
「ほなそれで親に言うんたん?」
「ううん、園長先生。」
「園長先生って、この前僕らが行った時におった、あのおばちゃん?」
「うん。」
「そんで園長先生に言うて、その後どうなったん?」
「すぐイヤらしいことした先生呼んでな、真紀ちゃんの言うたことはホンマなんかって聞いてた。」
「真紀ちゃん?」
「私。」
「ああ、菊池さんの名前やったな。それで?」
「私と由香子はな、そのあと別の先生と教室におってな。」
「うん。」
「そしたらすぐにお父さんとお母さんが来て、園長先生の部屋に入っていった。」
「それから?」
「それでお父さんがすごい怒ってる声がしてな。その日はお昼になる前に帰った。」
いきなり思ってもいないことを聞かされて、僕と井口は固まるしかなかった。
由香子ちゃんが女の先生からエッチなことされて、それで行かなくなったなんて・・・・。
そんなのなんて言っていいか分からない。
「それでな、その日の夜に、園長先生が家に来てな。」
「うん。」
「それと知らんおじさんも二人くらい来てな。」
「知らんおじさん?」
「歳のいった人でな、スーツ着てた。
それで園長先生と一緒に、お父さんとお母さんに土下座してたんや。」
「ほな・・・・それでどうなったん?警察とか行ったん?」
「ううん。」
「え?なんで?エッチなことされたのに。」
「なんかな、警察とか裁判とかになったら騒ぎになるから、そういうのは由香子が傷つくから、お父さんもお母さんもやらんって。」
「ああ、そうか・・・・。」
「それでな、一緒に来たおじさんが、また別の日に園長先生と一緒に来て、お金をもらったんやって。」
「お金?」
顔をしかめると、井口が「口止め料やろ」と言った。
「そんなこと周りにベラベラ喋られたら困るやん。だから慰謝料という名の口止め料や。」
「ああ、それでか・・・・。」
僕は納得して、「でもさ・・・・」と聞いた。
「そんな事があったのに、なんで菊池さんはまだ行ってんの?
普通やったら、親がもう行かせへんと思うけど。」
「私が行きたいって言うたから。」
「自分から?」
「うん。」
「由香子ちゃんがそんな目に遭ったのに?」
「私な、小4の頃から行ってるんや。」
「そうなんや。でも学校へ来んようになったのは最近やんか。前から通ってたん?」
そう尋ねると、井口が「じゃないと話が合わへやん」と答えた。
「由香子ちゃんは小5の時にそういう目に遭ったんやで。ほな一年前なんやから、菊池さんが不登校になる前からに決まってるやん。」
「そらそうか。」
「きっとあれやろ、今までは学校が終わった後とか、週に一回だけとか、そんなんやったんやと思うで。なあ?」
井口が尋ねると、菊池さんは「うん」と答えた。
「私な、あそこにおる方が楽しいから、学校じゃなくて三つ葉の里に行きたいって言うたんや。」
「う〜ん・・・・でもよう親が許したな。由香子ちゃんがそんな目に遭ったのに。」
「イヤらしいことした先生は、もうクビになったし、何回も園長先生が謝りに来たから、許したんやと思う。」
「でも普通は・・・・、」
「それにな、私がどうしても行きたいって言うたから。
この近くやったらな、あそこしか発達障害とかの子が行く所はないんや。」
「ほな・・・・しゃあないんかな。」
「それにな、私はブスやから、イヤらしい目に遭うこともないから。」
「え?親にそう言われたん?」
「他の先生。」
「は?」
「他の先生がな、由香子は可愛くて、だからあんな目に遭ったんやって言うてたんや。
でも私はブスやから、大丈夫やったんやろうって。」
「そう言われたん?」
「園長先生の部屋で、他の先生がそう話してるのが聞こえた。」
「なんやねんそれ、最悪な先生やな。」
すごく腹が立ってきた。
なんで大人って、そういうことを平気で言うんだろう?
いや、子供でも柴田みたいな奴はいるけど。
でも子供と大人じゃ違うはずで、大人の方がしっかりしてるもんだ。
でもそれは見せかけだけで、本当は中身は腐ってるのかもしれない。
だって柴田の時だって、大人がアテにならないから井口に頼んだわけで・・・・、
「なあ?」
井口に呼ばれて「ん?」と振り向いた。
「寒いから家行かへん?」
「ああ、そやな。お前今日も半パンやし。しかも半袖。」
「さすがにじっとしてたら寒くなってきたわ。俺ん家行こうや。」
そう言って寒そうに歩き出す。
「菊池さんも一緒に行く?」
「うん。」
「ほな家に電話しよか。じゃないとまた菊池さんのお母さんが心配するかもやから。」
「うん。」
スマホを取り出し、菊池さんの家に電話を掛ける。
雪はいつの間にかやんでいて、泣きそうな暗い雲だけが広がっていた。

春の鳴き声 第四話 金と石(2)

  • 2017.01.03 Tuesday
  • 15:23

JUGEMテーマ:自作小説

冬休みが始まって三日目。
僕の部屋に井口が来て、漫画を読んでいた。
柴田が高校生のヤンキーを連れて復讐に来てから、三週間が経っていた。
あれ以来、僕たちは菊池さんと由香子ちゃんに会っていない。
ていうか会わせてもらえないのだ。
あんな事があって、警察までやって来たもんだから、菊池さんの親がすごく心配した。
僕らのことを怒りはしなかったけど、でも《もう会わんといて》と言われた。
《この子らはちょっと普通の子と違ってて、ちょっとしたことでもすごいストレスに感じるんよ。
仲良うしてくれるのは嬉しいけど、あんまり会わんといて。》
菊池さんのお母さんに、面と向かってそう言われた。
あの時、菊池さんのお父さんもお母さんも、それにお爺ちゃんも、由香子ちゃんのことを心配そうにしていた。
菊池さんはその隣でポツンと立ってた。
いつもみたいに、何を考えてるのか分からない、石みたいな表情で。
あの時、僕はなんとなく思った。
きっと菊池さんの家族にとって、由香子ちゃんは金で、菊池さんは石なんだろうって。
同じ子供でも、金と石じゃ大事にされるのは金の方だ。
あの時ラーメン屋で菊池さんが言っていたことを思い出した。
《私はブスで、由香子は可愛いから。》
そう、菊池さんはブスだ。
でも由香子ちゃんはすごく可愛い。
ほんとに可愛い。
だから菊池さんの家族は、由香子ちゃんの方を大事にしてるんだ。
僕は菊池さんが可哀想だと思った。
顔はブスでも、すごく良い子だし、それに優しいし。
余計なことは言わないし、素直だとも思う。
だからこのまま会えなくなるのは、なんだかすごく嫌だった。
背中を向けて漫画を読んでいる井口に「なあ?」と尋ねる。
「菊池さんに会いに行かへん?」
「会うなって菊池さんのおばちゃんに言われたやん。」
「でも菊池さん可哀想やんか。」
「なんで?」
「だって由香子ちゃんんばっかり可愛がってもらってんねんで?菊池さんあんなええ子やのに。」
そう言うと、井口はゴロンとこっちを向いた。
漫画を閉じて、マッチョな足で胡坐をかく。
「でもなあ・・・、」
「嫌なん?」
「嫌とちゃうけど、俺も親父から言われてるからさ。」
「会うなって?」
「うん。」
「井口のおっちゃん怖いもんな。」
「あれ化け物やで。素人やったら刃物持っても勝たれへんわ。」
この前の事で、井口はお父さんからすごく怒られたらしい。
普通の子を相手に、暴力を振るうなんてもっての他だって。
でもそれは僕を助ける為だったから、二発殴られるだけですんだらしい。
そして《友達は大事にせなあかんけど、でもそういう時は大人に言え》と怒られたそうだ。
だけど僕から言わせれば、その大人がアテに出来ないから、井口に頼むしかなかった。
「なあ井口。」
「ん?」
「なんかいっつも悪いな。助けてもらって。」
「ええって。友達やん。」
そう言って「気にすんなや」と笑った。
「おかげで柴田は大人しくなったんやろ?」
「うん。なんかあの後、あのヤンキーどもにボコボコにされたらしいで。」
「そら自分だけ逃げたからな。」
「自分の復讐為に、わざわざ知り合いのヤンキー呼んできたのにな。
ピンチになって一人だけ逃げたら、そらそうなるわな。」
「まあこれで、もうしょうもないことはせんやろ。」
あれ以来、柴田はまったく僕に絡んでこなくなった。
取り巻きの連中も大人しくなったし、柴田と仲の良かった女子は、全然アイツと喋ろうとしなくなった。
これで憎き柴田は完全にやっつけたけど、でも僕は気分が晴れない。
だって菊池さんのことが気になって仕方ないから。
「なあ、やっぱ会いに行かへん?」
「菊池さんに?」
「気になるんや。」
「でも家に行っても会わせてもらえへんと思うで。やんわりと追い返されるのがオチやって。」
「電話しても無理かな?」
「おんなじやろ。」
「ほな・・・・・三つ葉の里は?」
「ん?」
「菊池さん言うてたやん。障害とかもった子が行く所に行ってるって。」
「そうなん?」
「お前は由香子ちゃんと話してたから知らんよな。でもそこに通ってるって言ってた。」
「でもいま冬休みやで?」
「そういう所も冬休みとかあるんかな?」
「知らんけど。」
「ちょっと調べてみよか。」
僕はスマホをいじって、《三つ葉の里》と検索した。
「どや?」
「・・・土日と祝日以外はやってるみたいやな。」
「今日って水曜やんな?」
「うん。12月の27日まではやってるみたい。」
「ほな明日までやんか。」
「年明けやと1月5日からやから、今日と明日逃したら来年まで無理やわ。」
「ほな行ってみるか?」
「そうしよ。」
僕たちは自転車に跨り、三つ葉の里を目指した。
ここからだと自転車で一時間くらいだ。
けっこう遠いけど、でも菊池さんのことが気になって仕方ない。
だから寒い中を、ぶるっと震えながら漕いでいった。
「それ、ええ自転車やな。」
井口が僕の自転車を見る。
「前のん柴田に壊されたからな。ねだってええの買ってもろたんや。」
「ええな。俺も親父に頼んでみよかな。」
井口はそう言って、ものすごい速さでママチャリを漕いでいった。
マッチョなコイツは自転車を漕ぐのも速い。
ギアなんてついていないクセに、ギア付きの僕の自転車より速かった。
それから一時間後、僕たちは三つ葉の里にやって来た。
「シュウちゃん息上がってんで。」
「お前が・・・・・飛ばすからやん・・・・、」
「別に飛ばしてないで。」
「それお前基準やから・・・・・、」
ちょっと休んで、息を整える。
そして三つ葉の里の前に立った。
すごく小さな校舎が、三つ並んでいる。
その前には、フットサルが出来そうなくらいの運動場があった。
校舎の傍には事務所みたいなのがあって、その向こうには畑がある。
フェンスで囲ってあって、土から大きな葉っぱが出ていた。
なんだか幼稚園で芋堀した時のことを思い出した。
門の傍には《児童支援センター・三つ葉の里》と書いてある。
僕も井口も、じろじろと中を見つめた。
「これって勝手に入ってもええんかな?」
井口が言う。
僕は「どうやろなあ」と答えた。
「菊池さんが気づいてくれたら、中に入れるかもな。」
「おるか?」
「分からん。みんな校舎の中みたいやで。」
僕は首を伸ばして覗く。
しばらく待っていると、奥の校舎から子供が出てきた。
小さい子もいれば、高校生くらいの子もいる。
全部で十人くらいの子供が出てきて、その中に菊池さんがいた。
「おった!あそこ!」
「・・・・おお!ほんまや。」
菊池さんは楽しそうに笑っていた。
横にいる女の子と何かを喋っていて、こっちまで笑い声が聞こえてくる。
「笑ってる。いっつも石みたいな表情やのに。」
すごく楽しそうな菊池さんを見て、僕は意外だった。
だってあんな風に笑うなんて思わなかったから。
「楽しそうやな。」
井口も驚いている。
僕はジャンプしながら手を振った。
すると何人かの子供が気づいて、僕の方を見た。
つられて菊池さんもこっちを見て、驚いた顔をしていた。
「菊池さん!」
そう呼ぶと、普段の石みたいな顔に戻ってしまった。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、まるで幽霊でも見つけたみたいに。
「俺ら歓迎されてないんちゃうか?」
「ぽいな。でもここまで来たんやから、このまま帰るのは嫌やん。」
ずっと手を振り続けていると、先生らしき人がこっちへやって来た。
30歳くらいの女の人で、「何か?」と僕らを見る。
「あの、僕ら菊池さんの友達なんですけど・・・、」
「菊池さんの?」
「学校で同じクラスなんです。こっちのデカイ奴は違うけど。」
「押忍!井口です。」
「はあ・・・・。」
いきなり空手の挨拶なんかするから、先生は変な顔をした。
「あの、僕ら菊池さんに会いたいんです。」
「入ってもいいですか?」
そう言うと、先生は困った顔をしながら「ちょっと待ってて」と戻って行った。
事務所に入り、今度は50歳くらいのおばちゃんが出てくる。
さっきの先生は菊池さんの所へ行って、みんなで畑の方へ行ってしまった。
「こんにちわ。」
おばちゃん先生は、僕らを見てニコッと笑う。
僕は「あの・・・」と話しかけようとした。
しかし話す前に、「君たちだけ?」と聞かれた。
「え?」
「菊池さんの友達って聞いたけど、君たち二人で来たの?」
「そうです。僕は高崎といいます。」
「あ、僕は井口です。」
二人して頭を下げて、「菊池さんに会いたいんですけど」と言った。
するとおばちゃん先生は「悪いんだけど、基本的に関係者しか入れないんです」と答えた。
「そうなんですか?」
「見学は出来るけど、事前に予約が必要なんですよ。」
「あの、でも一時間くらい自転車漕いで来たんですけど・・・・、」
そう答えると、おばちゃん先生は困った顔をした。
僕はどうしても菊池さんい会いたかったので、「ちょっとだけでも駄目ですか?」と尋ねた。
「う〜ん・・・・・。」
おばちゃん先生はまた困る。
そしてちょっとの間困ってから、「待っててくれる?」と言った。
「今は菊池さんは畑で野菜を採ってるから。」
「ほなそれが終わったら会えますか?」
「ここにいる間は、勝手に誰かに合わせるわけはいかないんだけど・・・・。
菊池さんに聞いてみて、それからご両親にも聞いてみてからじゃないと。」
「親にも聞くんですか?」
「だから待っててくれる?」
「分かりました。」
おばちゃん先生は事務所に戻って行く。
井口は酸っぱい顔をしながら、「こら無理やな」と言った。
「親に言われたら会えるわけないやん。」
「そうやな。ここに来たら会えると思ってたのに。」
「まあしゃあないって。もう帰ろうや。」
「いや、あのおばちゃんが戻って来るまで待ってみようや。」
僕はドキドキしながら中を見つめていた。
畑で大根を抜いている菊池さんが見える。
たまに僕を振り返って、でもまたすぐに大根を抜いていた。
《菊池さん、僕と会いたあないんかな?》
どうしてこんなに菊池さんが気になるのか、自分でも分からない。
でも可哀想と思ったんだ。
由香子ちゃんはあんなに大事にされてるのに、菊池さんはそうじゃない。
でもここにいる菊池さんはすごく楽しそうで、だったら僕が来たのは邪魔だったのかもしれない。
そう思うと、来なかった方がよかったのかなと後悔した。
やがておばちゃん先生が戻って来て、こう言った。
「菊池さんのお母さんは、園の人が一緒なら会ってもいいよって。」
「ほんまですか!」
「でもまだ菊池さんに聞いてないから。
今は楽しそうに畑をしてるから、ちょっと待っててくれる?」
「どれくらいですか?」
「30分くらい。」
「ほな待ちます。」
「ここじゃ寒いでしょ、中に入って。」
「いいんですか?」
おばちゃん先生は事務所へ行って、手招きをする。
僕は井口を振り返り「あの・・・」と言った。
「ん?」
「お前ここにいたい?」
「え?」
「いや、お前は菊池さんに会いたいわけちゃうやん。だから悪いなと思って。」
「シュウちゃんが誘ったんやん(笑)」
「そやけど、でもすぐ会えると思ってたから。」
「別に付き合うで。帰ってもやることないし。
空手の練習も、親父からしばらく禁止されてもたし。」
「ほな・・・・行くか?」
「おう。」
僕たちは事務所へ向かう。
中は石油ストーブのおかげで、とても温かかった。
おばちゃん先生はじっとパソコンとにらめっこをしていて、僕たちは黙ったまま椅子に座った。
やがて畑仕事が終わったようで、ワイワイと子供が戻って来る声が聞こえた。
おばちゃん先生は立ち上がり、「ちょっと待っててね」と出て行った。
「会ってくれるかな?」
「さあな。」
「僕らが来てさ、石みたいな顔に戻ってたやん?」
「そうやな。」
「やっぱ嫌やったんかな?」
「う〜ん・・・・それは本人しか分からんけど、でも会うつもりがないわけじゃなさそうやで。」
「なんで?」
「だってそこまで来てるから。」
井口はドアの向こうに顎をしゃくる。
目をやると、向こうから菊池さんがやって来るのが見えた。
《来てくれた!》
僕は嬉しくなって、椅子から立ち上がる。
ドアが開き、おばちゃん先生の後ろから菊池さんが入ってきた。
「・・・・・・・・・。」
菊池さんは石みたいな表情で僕らを見る。
おばちゃん先生に背中を押されて、僕の隣の椅子に座った。
「ほな私はそこにおるから。」
そう言っておばちゃん先生は、パソコンとのにらめっこを再開した。
たまにカタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。
後は換気扇のブウウウって音だけが響いて、僕と菊池さんは見つめ合うだけだった。
井口がドンと肘をつく。
何か話せと言ってるのだ。
僕は「あの・・・」と口を開いた。
「ごめんな、いきなり来て。」
「うん。」
「迷惑やった?」
「別に。」
「家に行っても会われへんと思って、ほんでここに来たんやけど。」
「うん。」
「あの・・・・特に用事があるわけちゃうんやけど、どうしてるかなあと思って。」
「うん。」
この前と同じように、菊池さんは落ち着きがない。
返事は素っ気ないけど、でも身体はずっと動いている。
あちこち見渡したり、身体を揺すったり。
机の上の物をいじったり、髪の毛を触ってみたり。
「柴田な、あれから大人しくなったで。」
「うん。」
「後からあのヤンキーどもにボコボコにされたんや。」
「うん。」
「取り巻きの連中も大人しいなったし、柴田にくっ付いてた女子どもも離れた感じやし。」
「うん。」
「だからな、もう誰もイジメられへんと思う。」
「うん。」
「だからな、また学校に来ることがあっても大丈夫やで。」
「うん。」
何を言っても「うん」で終わってしまって、そろそろ話が続かない。
どうしようかと考えていると、この前の約束を思い出した。
「あのさ、また一緒にご飯食べに行こ。」
「うん。」
「約束したやろ。菊池さんはラーメンがあかんから、次はカレーにしよか?」
「うん。」
「じゃあいつ行く?冬休みやったら、僕ずっと空いてるで。」
「うん。」
「ここって明日までやろ?ほなその後に行こか?」
「うん。」
「でも僕が家に行っても会えへんから、菊池さん出て来てくれへん?
そうしたら一緒に行けるやろ?」
「うん。」
「あ、でも嫌やったらええで。」
「・・・・・・・。」
「行く?」
「うん。」
「ほな・・・そうやな。明後日にしよか?28日に。」
「うん。」
「昼前くらいに行くわ。家の前に出て来といてくれる?」
「うん。」
「ほなまた明後日な。」
「うん。」
僕は立ち上がり、おばちゃん先生の所へ行った。
「話は終わったんで、もう帰ります。」
「ああ、ほな・・・、」
おばちゃん先生は立ち上がり、ドアを開けてくれた。
「気をつけてね。」
「はい、ありがとうございました。」
井口と二人で頭を下げる。
僕らは自転車に跨って、また寒い風の中を走っていった。
「なあシュウちゃん。」
「なに?」
「ほんまに約束守ってくれるかな?」
「どういうこと?」
「いや、だってさっきの会話、あのおばちゃん先生に聞かれてるで。
そんなら親にだって話が行くやろ。じゃあ一緒にご飯行くの無理ちゃうか?」
「そうかな?」
「そうやろ。俺らが来るのをバレてるんやから。」
「ん〜・・・・俺はそう思わんけど。」
「なんでえな?」
「あのな、これ俺の勝手な想像やで。」
「うん。」
「菊池さんに言わんといてよ。」
「分かった。」
「僕な、菊池さんは石で、由香子ちゃんは金やと思うねん。」
「は?」
「あのな、由香子ちゃんは家族とか周りから大事にされてて、菊池さんはそうでもないと思うねん。」
「なんで?」
「ほら、あの二人って、姉妹やけど顔が全然違うやん。だから・・・・、」
「ああ、由香子ちゃんが可愛いからってこと?」
「やと思う。だからな、今日だってもしあそこにおるのが由香子ちゃんやったら、絶対に会えへんかったと思うねん。
だって親が許さんやろ。」
「う〜ん・・・・、」
「いや、勝手な想像やで。」
「あながち間違ってないかもしれへんけど、実際はどうやろな?」
「まあ分からんけど。でもな、僕の思ってる通りやとしたら、別に菊池さんの親は止めへんと思うねん。一緒にご飯行くこと。」
「まあ・・・それは明後日になってみんとな。」
「そやな。寒いから早よ帰ろか。」
「てか俺の家行かへん?Wiiやろうや。」
「おお!やるやる!」
僕たちは急いで家に帰る。
それは寒いからだし、Wiiをやりたいからでもあった。
だけどそれ以外にも理由があった。
どうしてか分からないけど、僕は嬉しかったんだ。
ラーメン屋で、また一緒にご飯食べよなって言ったのは、何気なく言っただけだった。
でもまたこうして約束して、一緒に行くことになった。
僕は別に、菊池さんに恋してるわけじゃないと思う。
付き合うなら、あの可愛い由香子ちゃんがいい。
でもどうして胸が弾む。
だから自転車を漕ぐ力も上がって、帰りは井口に負けなかった。
「なあシュウちゃん。」
「なに?」
「その明後日のご飯、俺行かん方がええ?」
「なんで?お前も来いよ。」
「いや、だってシュウちゃんが菊池さんのこと好きなんやったら、邪魔せん方がええかなと思って。」
「ちゃうちゃう、そんなんとちゃうねん。なんかな、気になったから誘っただけやねん。別に好きとかちゃうで。」
「そうなん?ほな俺も一緒に行くわ。」
井口は嬉しそうに笑う。
コイツも暇だから、置いてけぼりは嫌なんだろう。
その気になれば彼女でも友達でも、いくらでもできるはずなのに、なぜか俺とばかり一緒にいるもんだから、俺と会えないと退屈なんだろう。
「明後日か。どこのカレー屋行こかな。」
胸を弾ませながら、寒い風を切っていった。

春の鳴き声 第三話 金と石(1)

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:04

JUGEMテーマ:自作小説
朝の天気予報で、今日は寒くなると言っていた。
雪が降るほどじゃないけど、吹き抜ける風はカッターナイフみたいに肌を切る。
「こんな日はラーメンが一番や。」
井口はふうふうと息を吹いて、ズズっとラーメンをすする。
「ほら、お前らも食え。」
ぶっとい腕を伸ばして、向かいに座る二人の女の子に手を向けた。
「ここ高いんやぞ。食わんともったいない。」
分厚いチャーシューが四枚も入った、高級トンコツラーメン。
ていうかこの店のラーメンはどれも高くて、だけど値段に見合った美味しさをしている。
僕もチャーシューを頬張り、ズズッと麺をすすった。
「やっぱ美味いな、本骨ラーメン。」
「当たり前やん。この前テレビの取材が来てたんやで。」
「そうなん?」
「ほら、あのデブいグルメレポーターおるやん。なんとか言うやつ。」
「ああ、知ってる。」
「あれが来とった。」
井口はあっという間に平らげて、「チャーハンも頼もかな」とメニューを睨んでいた。
よく喰う奴だと思いながら、僕は目の前の女の子たちに話しかけた。
「食べへんの?」
そう尋ねると、可愛い顔をした方の子は、遠慮がちに食べ始めた。
「おいしい。」
「そやろ。」
嬉しそうに言って、犬みたいに頬張る。
でも隣の女の子は、浮かない顔をしているだけだった。
「菊池さん、食べへんの?」
「お腹空いてないから。」
「そうなん?でも美味いで。」
チャーシューを摘まんで、ヒラヒラさせる。
すると可愛い子の方が「お姉ちゃんなあ、ラーメンあかんねん」と言った。
「お姉ちゃんなあ、カレーとポテトサラダと唐揚げと白いご飯と、それから食パンと目玉焼きと牛乳と麦茶とコーラしかあかんねん。」
「なんで?ラーメン嫌いなん?」
「嫌いじゃなくて、さっき言うたやつしか食べられへんねん。」
「えらい偏ってるな。栄養とか良くないんちゃうんか?」
「ちっちゃい頃からそうやねん。
そんでアタシはな、カレーとラーメンと牛乳と卵と、ハンバーグとトマトと白いご飯と沢庵と梅干しか食べられへんねん。」
「自分もかいな。えらい好き嫌い激しいな。」
「そんでな、夜はお風呂に入ってからやったら、アイス食べてもええんや。ガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか。」
「甘いもんが好きなんか?」
「でもな、ケーキとソフトクリームとシュークリームはあかんねん。」
「お菓子も好き嫌いあるんか?」
「でもな、お姉ちゃんはケーキとシュークリームとソフトクリームとポッキーとチョコレートは好きなんや。」
「ほないっつも風呂あがったら、そんなん食べてるんか?」
「でもな、歯医者に行った時はあかんから、昨日は食べてないねん。
だからな、今日はガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか、どれか食べてもええんや。」
「どれ食べるの?」
「お母さんが買ってくるまで分からへん。でもな・・・・、」
可愛い子の話は延々と続く。
小さな子がお母さんに話しかけるみたいに。
「よう喋るな。」
運ばれてきたチャーハンを頬張りながら、井口が可笑しそうに言う。
「ここソフトクリームあったはずやで。頼むか?」
「お風呂上がったあとじゃないと、食べたらあかんねん。」
「ええやん別に。」
「お風呂上がったあとじゃないと、食べたらあかんねん。」
「そうか。ほなしゃあないな。」
可愛い子はラーメンを頬張り、まだ喋りつづけている。
井口は「そうか」とか「すごいな」とか、聞いているのかいないのか分からない、適当な相槌を打っていた。
僕は箸を止めて、「菊池さん」と呼んだ。
「柴田のこと、スカっとしたやろ?」
笑いながら尋ねると、「別に」と答えた。
「俺はむっちゃスカっとしたわ。でもちょっとやり過ぎかもしれへんけど。」
「・・・・・・・・。」
「菊池さんは腹立ってなかったん?」
「おばあちゃんがな・・・、」
「うん。」
「酷い目に遭っても、我慢しなさいって言うてて。」
「死んだお婆ちゃん?」
「うん。」
「やり返したりとか、恨んだりとかしたら、良くないからって言うてた。」
「でも大事にしてた筆箱捨てられたやん?あんな事されても腹立たへんの?」
「・・・・・・・・・・。」
「ああ、ごめん。いらんこと聞いた。」
菊池さんは涙目になった。
顔をちょっと赤くして、じっと泣くのを堪えている。
「ごめんな。」
「ううん・・・。」
「でも井口が柴田をシバいてくれたから、もう手は出さへんと思う。学校来ても大丈夫ちゃう?」
「いま《三つ葉の里》に行ってるから、学校は行かれへん。」
「三つ葉の里?」
「発達障害とか、心を病気したりとか、そういう子が行くところ。勉強も教えてくれるし。」
「ほなもう学校は来おへんの?」
「うん。」
「ほな菊池さんが学校に来おへんようになったのって、三つ葉の里に行く為?」
「うん。」
「イジメが原因じゃないんや?」
「うん。」
「そうか。ほなしゃあないな。」
井口のおかげで、僕も菊池さんも、安心して学校に行けるようになった。
でもそういう理由があるんじゃ仕方ない。
だって菊池さんは、やっぱり普通とは違うから。
こうして喋っている今でも、なんか身体を揺すったり、コップの水を指でつついたりしている。
それは隣の可愛い子も一緒で、井口とお喋りしながら、落ち着くなく動いていた。
「菊池さんの妹は、三つ葉の里に行かへんの?」
「うん。」
「なんで?」
「由香子は可愛いから。」
「ん?」
「私はブスで、由香子は可愛いから。」
「由香子ちゃんアイドルみたいやもんな。」
「お父さんもお母さんもおじいちゃんも、それに親戚とかも、みんな由香子のこと好きやから。
だから三つ葉の里に行かせんと、なるべく家におってほしいから。」
「それ酷いな。だって姉妹やのに、菊池さんはブスやからって、三つ葉の里に行かされるんやろ。」
「うん。」
「やっぱ酷いと思うで、それは。」
「でも由香子は可愛いから。」
菊池さんの声は淡々としてる。
怒ってるわけでもないし、悔しいわけでもない。
そういうもんだから仕方ないというわけでもなくて、石みたいに固まった顔でそう言った。
「あのな・・・・、」
菊池さんの方から話しかける。僕は「なに?」と見つめた。
「ありがとう。」
「何が?」
「柴田君やっつけてくれて、ありがとう。」
「なんや、やっぱり嬉しいんやんか(笑)」
「誰かに助けてもらったら、ちゃんとお礼を言いなさいって。」
「お婆ちゃんが?」
「うん。」
「お婆ちゃんのこと、今でも好き?」
「うん。」
はっきり言って、菊池さんはブスだ。
変なジャガイモみたいな顔してるし、あんまり空気も読めないし、じっとしていられない。
でも僕は、そんなに菊池さんのことが嫌いじゃない。
すごく良い子だし、優しい子だと思う。
「なあ菊池さん。また一緒にご飯食べよな。」
「うん。」
それから五分くらいして、僕らは店を出た。
菊池さんは一口もラーメンを食べなかった。
代わりに井口が平らげて、親の財布から取ってきたカードで、みんなに奢ってくれた。
「カードとか勝手に使ってええの?」
「構へん。だってオカン明細なんて見んから。」
「お前んとこ金持ちやもんな。」
「言うほどでもないけどな。」
大事そうにカードをしまって、「ほな帰ろか」と言った。
「菊池さんの家って、馬場山の方やんな?」
「うん。」
「ほな送って行くわ。」
「うん。」
僕たちは並んで歩き出す。
すると井口が「おい」と呼んだ。
「シュウちゃん由香子ちゃんと歩けや。」
「なんで?」
「だって好きなんやろ?」
「好きっていうか、めっちゃ可愛いなあって思うんや。」
「似たようなもんやろ。仲良くなるチャンスやぞ。」
「いや、僕は菊池さんと歩く。」
「なんでえな?」
「だって菊池さん、ええ子やから。」
「好きになったんか?」
「そんなんとちゃう。でもなんか話したいねん。」
「そうか。まあ代わりたあなったらいつでも言えよ。」
井口は僕の後ろに並んで、由香子ちゃんと喋り始めた。
て言っても、喋ってるのはほとんど由香子ちゃんだけど。
後ろがすごくうるさいけど、僕は気にすることなく菊池さんに話しかけた。
「菊池さんはあんまり喋らへんのやな。」
「うん。」
「話すの苦手なん?」
「うん。」
「いっつも家におる時とか、何してるん?」
「ゲーム。」
「僕もやるで。怖いやつとかようさん持ってる。」
「うん。」
「菊池さんはどんなんやるん?」
「マリオとか、ポケモンとか。」
「ポケモンGoとか?」
「ううん、スマホないから。」
「買ってもらえへんの?」
「うん。」
「そら残念やな。」
「でもDSがあるから。」
「他には何やってんの?ゲーム以外で。」
「本読んでる。」
「どんなん?」
「三島由紀夫とか。」
「昔の小説家やんな。」
「うん。」
「なんか自殺した人やろ?首切って。」
「うん。」
「じゃあゲームと本以外やったら、何やってるん?」
「ご飯食べて、お風呂に入って、寝てる。」
「三つ葉の里は?」
「それも行く。」
「そうか。色々忙しいんやな。」
「うん。」
菊池さんの返事は短い。
僕のことなんかどうでもいいように、ただ前だけを見ている。
何かを話しかけようと思うけど、でも何を聞いても「うん」しか言わないだろう。
だから「うん」以外で答えてもらえそうな質問を考えていると、後ろから「おい!」と大きな声がした。
何かと思って振り向くと、そこには柴田がいた。
そしてその隣に、高校生くらいの人たちが何人もいた。
みんなヤンキーっぽい感じで、すごくガラが悪そうだった。
「なんや・・・・。」
嫌な予感がして、ここから逃げ出そうとした。
すると井口が前に立ちはだかって、「お前ら先に行け」と言った。
「あいつ復讐に来よった。」
「みたいやな。」
「こっからちょっと走ったら、交番あるから行ってくれんか?」
「駅の近くのやつ?」
「そや。」
「でもあいつら大したことなさそうやで。お前なら勝てるんちゃうん?」
「勝てると思うけど、でも菊池さんと由香子ちゃんがおるやん。みんなでおったら危ないやろ?」
「それはそうやな。」
「だからな、交番まで行って・・・・、」
そう言いかけた時、柴田たちがこっちへやって来た。
「早よ行け!」
井口が僕の背中を押す。
「すぐ交番行ってくるから!お巡りさん呼んでくるから!」
菊池さんと由香子ちゃんの手を握って、交番へ走り出した。
すると「待てコラ!」と、柴田の周りにいた高校生たちが追いかけてきた。
「ヤバ!早よ走るで!」
菊池さんも由香子ちゃんも、怖がるように固くなっていた。
でもそれを無理矢理引っ張って、とにかく交番まで走った。
そしてしばらく走ると、後ろから「殺すぞ!」とか「やんのか!」と聞こえてきた。
振り返ると、井口が高校生に囲まれていた。
柴田はその後ろでニヤニヤしている。
「あいつほんまムカつくな。」
井口を取り囲んだ高校生たちは、足を蹴り始める。
そして髪を掴んだり、顔を叩いたりしていた。
でも井口は手を出さない。
ただやられるだけになっていた。
あいつは中学生離れしたガタイをしてるから、相手の高校生が小さく見える。
でも絶対に手を出そうとしなかった。
どうして手を出さないのか不思議に思ったけど、でもすぐに答えが分かった。
ヤンキーの高校生たちが怒鳴り声を上げるから、近くの家から人が出てきたのだ。
《井口はわざと殴らしてるんやな。そこへ警察を呼んでくれば、捕まるのは向こうやから。》
井口の作戦を成功させる為に、僕は本気で走った。
ここから交番までは、全速力で走れば五分くらい。
だから息が上がっても走り続けた。
でも途中で由香子ちゃんが「足痛い」としゃがみこんだ。
「足痛い。」
「立って!走らんと!」
「足痛い。」
「走るんや!」
「足痛い。」
「ほら、早く!」
強引に手を引っ張ると、「足痛い!」と叫んだ。
「足痛い足痛い足痛い足痛い!」
あんまり大声で叫ぶもんだから、近所の家から人が出てきた。
「何しとん?」
おばちゃんが出てきて、じろじろと僕たちを見つめる。
「足痛い!」
「足?」
「足痛い!」
「怪我でもしたん?」
おばちゃんは心配そうにのぞき込む。
由香子ちゃんは「この人が引っ張る!」と僕を指さした。
「足痛いのに引っ張る!」
するとおばちゃんは「君、お兄ちゃん?」と尋ねてきた。
「いえ、違います。この子の妹です。」
そう言って菊池さんを指さした。
「僕ら友達を助ける為に、交番に行くんです。」
「交番?」
「向こうで友達が絡まれとるんです。」
おばちゃんは僕の指さした方を見る。
ヤンキーたちはまだ怒鳴っていて、井口をどこかへ連れて行こうとしていた。
「こらあかん!」
おばちゃんは「すぐ警察呼ぶからな!」と家に戻って行った。
「そうや・・・交番まで走らんでも、電話すればよかったんや。」
ポケットにスマホが入っているのに、110番することを全然思いつかなかった。
人間って、ピンチの時は冷静じゃなくなるもんだなと実感した。
僕は由香子ちゃんの顔を覗き込んで、「大丈夫?」と尋ねた。
「足痛い。」
「うん、もう走らんでええから。」
「足痛い。」
「うん、引っ張ってごめんな。」
「足痛い。」
由香子ちゃんはずっとそればっかりで、何を言っても駄目だった。
それから二分後くらいに、パトカーがやって来た。
ヤンキーたちはたくさんの警察に囲まれて、井口もパトカーに乗せられていた。
そして肝心の柴田はというと、どこにもいなくなっていた。
《あいつだけ逃げよった。》
やっぱりムカつくやつだ。
上手くいけば、あいつも警察に捕まって、学校に来れなくなるかもしれないと思ったのに。
パトカーはこちらへ走ってきて、近くを通り過ぎる。
中に乗ってる井口と目が合ったけど、あいつはすぐに顔を逸らした。
《俺らのこと言わんつもりか?巻き込まんようにしようとしてるんやな。》
パトカーはそのまま通り過ぎて、警察署のある方へ走って行く。
僕は「どうしよ・・・」と呟いて、ただ見送るしかなかった。
足元では、由香子ちゃんが「足痛い」と泣き続けていた。

春の鳴き声 第二話 イジメられっ子の再会(2)

  • 2017.01.01 Sunday
  • 10:39

JUGEMテーマ:自作小説

「ほな終わり。」
担任の声がかかって、みんな一斉に手を止める。
今日で期末テストは終わり。
みんなホッとしたような表情に変わる。
ホームルームも終わり、教室はガヤガヤと騒がしくなった。
僕はさっさと立ち上がり、荷物をバッグに詰めた。
すると案の定、柴田たちが絡んできた。
「お前さ、なんでいっつも全部の荷物持って帰んの?」
ムカつく顔をしながら、ボンとバッグを蹴る。
しかも取り巻きの連中に囲まれて、逃げ場を失ってしまった。
「そんなん全部持って帰ってたら重いやん。アホちゃうの?」
「・・・・・・・・・・。」
僕は目を逸らし、《ボカケス》と心の中で罵った。
机の中に教科書やら何やらを置いていったら、必ず捨てられたり破かれたりするに決まってる。
誰が好き好んで、こんな重いバッグを担ぐかっちゅねん!
「おいコラ。何か言えや。」
取り巻きの一人が、足を蹴ってくる。
その後ろでは、柴田と仲の良い女子たちがニヤニヤ笑っていた。
《ほんまムカつくなこいつら・・・・。》
心の中では悪態をつくけど、目は泣きそうになっているはずだ。
ジンと熱いし、視界がぼやけてくるから。
ガツ、ガツっと足を蹴られて、頭まで叩かれる。
そしてバッグを奪われて、中身を放り出されてしまった。
「あ・・・・、」
「なに?」
ジロっと睨まれて、情けなく目を逸らした。
柴田は俺のノートを開いて「お前真面目やな」とからかった。
「びっしりノート取ってるやん。」
パラパラ捲って「うお!」と驚いた。
「おいおい!みんな見てコレ!」
嬉しそうな顔をしながら、あるページを指さす。
周りが覗き込んで、いっせいに「きっしょ!」と笑った。
「お前何描いとんねん!」
ゲラゲラ笑いながら、「お〜い!みんな〜!」とノートをふりかざす。
「コイツこんな絵描いてんでえ!」
柴田が開いたページには、僕の好きな漫画の女キャラが描いてあった。
それもちょっとパンチラした格好で。
授業中に暇潰しに描いたやつだけど、今の今まですっかり忘れてた・・・・・。
「おいコラ。これなんなん?」
ニヤニヤしながら、目の前にノートを押し付ける柴田。
僕はグッと唇を噛んで、ただ泣くのを堪えていた。
「お前あれ?もしかしてオタク?」
柴田がからかうと、後ろの女子が「同人誌とか描いてそ〜」と爆笑した。
「お前さ、これマジでキモイで。なあ?分かっとん?」
「・・・・・・・・・・。」
「泣いてるし(笑)」
言い返したいが、怖くて何も言えない。
ここから逃げ出したいけど、取り巻きが怖くて動けない。
柴田は窓を開け、僕のノートを投げ捨てた。
「取って来いよ。大事なやつやろ。」
ボンとケツを蹴られて、「早よ」と睨まれる。
僕は取り巻きの隙間を縫って、教室の外へ駆け出した。
「拾ったら戻って来いよ〜!逃げたらどうなるか分かってるやろなあ〜。」
背中に声を聴きながら、僕はひたすら走った。
校庭のノートを拾い、ギュッと握りしめる。
そして・・・・・
「クソ柴田!死ねボケカス!」
「はあ?」
「お前がキショイんじゃボケ!」
「え?なに?お前死にたいん(笑)」
ゲラゲラと笑われて、「すぐ行くからそこ動くなよ」と言われた。
動くなよと言われて、動かない僕じゃない。
ああやって言い返したものの、柴田と喧嘩する度胸なんてないから。
だから走った。
校門まで走って、とにかく逃げた。
そして大通りまで出ると、向かいにある細い道に逃げ込んだ。
民家が並んでいて、その隙間に身を隠す。
「ええわ・・・もうやってられん・・・。アイツに頼も。」
学ランの内ポケットから、スマホを取り出す。
そして一番信頼できる友達に掛けた。
「もしもし?あのな、例のアレやっぱり頼みたいんやけど・・・・、」
アイツはすぐに引き受けてくれた。
ただ学校の傍で喧嘩をするのはマズイので、どこかにおびき出してくれと言われた。
「ほなイオンの駐車場の向こうは?空き地があるし、周りが林みたいになってるから、周りから見えにくいし。」
そこでいいと言われたので、「ほな頼むで」と電話を切った。
民家の隙間から出て、学校を振り返る。
しばらく待っていると、自転車に乗った柴田が出てきた。
取り巻き連中と、ムカつく顔で笑いながら。
「どうしよか。向こうは自転車やから、追いつかれてまう。」
指定した場所まで、どうやっておびき出すか?
やっぱりこっちも自転車が必要になると思った。
僕はまた民家の隙間に隠れて、柴田たちをやり過ごす。
そして急いで駐輪場まで戻って、自分の自転車に跨ろうとした。
でも・・・・
「あいつら・・・・、」
僕の自転車はボロボロにされていた。
カゴはボコボコにへこんで、タイヤはパンクしている。
サドルは無くなってるし、ペダルも何かで擦ったように傷だらけだった。
「まだ乗れるかな。」
サドルがないので立ち乗りをする。
ペダルを漕ぐと、スカスカで転びそうになった。
「あかん・・・・チェーンもやられてる。」
自転車が使えないんじゃ、あいつらをおびき出せない。
どうしたもんかと困っていると、後ろから「使う?」と誰かが声を掛けてきた。
「俺のでよかったら使う?」
そう言ってくれたのは、同じクラスの委員長だった。
「俺、親に迎えに来てもらうから。」
「ええの?」
「だって困るやろ?」
「いや、そうじゃなくて、そんなことしたら西田君も目えつけられるんちゃうかと思って。」
「あいつらもうおらんから、バレへんて。」
そう言って「使いいな」と自転車を向けた。
「ほんまにええの?」
「うん。あ、でもあいつらには貸したこと内緒な。」
「分かった。ありがとう。明日返すから。」
ありがたく自転車を借りて、一気に駆けだす。
少し走ると柴田の背中が見えてきて、メンチを切りながら追い抜かした。
「あ!」
「何が『あ!』やねんボケ。死ね。」
ペッと唾を吐き、慌てて逃げ出す。
いつもなら絶対にこんなことは出来ないけど、今日はアイツがいてくれる。
だからどこまでも強気に出れた。
「待てコラ!」
怒鳴り声が響いて、柴田たちが追いかけて来る。
僕は必死に自転車を漕いで、少し離れたイオンの駐車場を目指した。
「待て言うとるやろ!」
「死にたいんかコラ!」
「うっさいボケ!お前が死ね柴田!」
「ええわ、お前絶対殺す。」
柴田の人相が変わる。
《コイツ、マジギレしたら血の気が引くタイプなんやな。》
目を見開き、顔は無表情。
今捕まったら、冗談抜きで殺されるかもしれない。
だから本気で漕いだ。
漕いで漕いで必死に漕いで、ようやくイオンが見えてきた。
僕は一気に駐車場を駆け抜け、その向こうにある空き地へと走る。
そして近くまで来ると、自転車を乗り捨てた。
空き地と駐車場の間にはフェンスがあるので、それを越えないといけない。
そう高くはないから、急いで登れば捕まることはないはずだ。
はずだったけど・・・・・捕まった。
「はい終了。」
柴田が僕の右足を掴んでいる。
取り巻きどももやって来て、「手え離せコラ」と群がった。
抵抗虚しく、ズルズルと引き下ろされる。
顔を上げると、目の前に柴田の顔があった。
「お前覚悟できとんやろ?」
「・・・・・・・・・・。」
「謝っても無駄やで。マジで殺さな気がすまんわ。」
髪の毛を掴まれて、膝蹴りを入れられる。
息が詰まり、「おえッ・・・・」と吐きそうになった。
すると取り巻きの一人が「ここじゃヤバイ」と柴田を止めた。
「ようさん人がおる。あんまやりよったら通報されるかも。」
「ほな向こうの空き地に連れて行ったらええやん。」
柴田は僕にヘッドロックをかけて「大声出すなよ」と言った。
そしてグルリと駐車場の外を回って、ありがたくも僕の目的地まで連れていってくれた。
「ここならええやろ。」
教室一個分の広さの空き地に、枯れた草が茂っている。
周りは高い木々で覆われていて、中に入ると外から見えない。
柴田は「なあ?」と僕の髪を掴んだ。
「今日どしたん?んん?」
「・・・・・・・・。」
「いや、殺す言うたらほんまに殺すで?」
「・・・・・・・・。」
「何その目?冗談で言うてる思てんの?」
「・・・・思ってないよ。でもお前じゃ無理やから。」
「は(笑)?」
「お前が僕をボコボコにする前に、お前がボコボコになるから。」
「いやいやいや(笑)ボコボコじゃなくて殺す言うてんねん。
ていうかなんで俺がボコボコ?お前勝てると思てんの?」
柴田は馬鹿にしたように笑う。
取り巻き連中も爆笑して、「シバっちゃん、もうやってもたら?」と言った。
「そなや。」
柴田は笑顔を消して、グッと拳を握る。
「とりあえず鼻いくわ。そのあと歯あな。」
「いや、顔はまずいんちゃう?バレるで?」
取り巻きに言われる柴田だったが、「それくらいやらんと気が済まん」とキレていた。
「どうせ中学生どうしの喧嘩やし、警察なんかに捕まらんって。
学校にバレたって、センコーらは隠すだけやし。」
「そやな。菊池ン時もそうやったし。」
「あのブスがまだおったら、お前がイジメに遭わへんかったかもしれへんのにな。可哀想に。」
柴田の拳が動く。
僕の顔に目がけて。
でもそれが当たる前に、アイツがその腕を掴んでいた。
「シュウちゃん、来たで。」
ニコッと笑う井口、僕は「助けて・・・」と呟いた。
「うん、分かっとる。」
井口は力任せに柴田を投げ飛ばす。
片手でヒョイっとやっただけなのに、柴田はゴロゴロ転がっていった。
「なんやねんお前!」
取り巻き連中が殺気立つ。
でも井口が「え?なに?」と詰め寄ると、誰もが黙り込んだ。
今日の井口は、短パンに加えてタンクトップだった。
冬なのによくもまあこんな格好をする。
でもその服装のせいで、中学生離れしたマッチョな肉体が剥き出しだ。
取り巻きどもは黙り込んで、井口と目を合わせようとしなかった。
「誰か俺とやんの?」
そう言って睨むと、みんな後ずさった。
まあ当然だろう。どこからどう見てもゴリラモドキなんだから。
「じっとしとけ。動いたらシバくぞ。」
怖い顔をしながら言って、柴田の元へ行く。
「こいつが主犯やな。」
髪の毛を掴み「立て」と引っ張る。
「お前俺のダチに何してくれてんねん。」
バコン!と大きな音がして、井口のビンタが炸裂する。
柴田はよろめいて、「ちょ、待って・・・・」と怯えた。
「殺すぞお前。」
またビンタが炸裂。
いや、ビンタっていうより、平手でどつかれてる感じだ。
「シュウちゃん俺のダチやねん。何手え出してくれてんねん。」
また平手のパンチ。
柴田はヨロヨロっとなって、鼻血を出した。
「おいコラ、聞いてんのか?」
顎を掴み、無理矢理上を向かせる。
空手で鍛えた太い指がめり込んで、柴田の顔が歪んだ。
「しゅ、しゅいまへん・・・・、」
「ああ?」
「ひゃんべんひへふばはい・・・・、」
「何言うてるか分からんわボケ。ちゃんと喋れ。」
ちゃんと喋りたくても、井口の指が食い込んで顎が動かない。
「なんて?なんて言うたん?」
わざとらしい顔をしながら、耳を近づける。
柴田は涙目になりながら、「ひゅいまへんへひた・・・・、」と謝った。
「だからちゃんと喋れや。」
顎を掴んだまま、ローキックをかます。
柴田の身体がふわっと浮いて、でも顎を掴まれてるから倒れることが出来ない。
「謝るんやったらちゃんと謝ってんか。ちゃんとな。」
「ひゅ、ひゅいまへん・・・・、」
「だからちゃんと喋れや。」
またローキック。
鈍い音がして、「あうあッ!」と悲鳴を上げた。
「ひゅいまへん!ひゅいまへん!はんべんひへふだはい!」
「ええ!?なんてえ!?」
またまたローキック。
さっきのやつよりも強烈で、柴田は「いだいッ!」と泣いた。
「ほうやへて・・・・、」
「え?だからなに?」
「ほへんなはい・・・もうへえはひまへんはら・・・・、」
「お前日本語喋れよ。言うてる意味分からへんねん。」
「あ・・・あご・・・ゆびが・・・・、」
「ああ?なんてえ!?」」
「はやまりまふはら・・・もうはんべんひへふだはい・・・・、」
「だから分からんて。アホなんかお前は。」
その後、ローキック、「ふうはへん・・・」、ローキック、「はんべんひへふばはい・・・」と、同じようなやり取りが何度も続いた。
取り巻き連中は怯え切って、その場から動くことが出来ない。
そして僕もだんだんと柴田が可哀想になってきて、「もうええで」と言った。
「もう許したって。」
「ええんか?」
「だってこれ以上はさすがに・・・・、」
「でもこの手のやつって、半端にやったら後から何するか分からんで?」
「でももうええねん。許したって。」
「そう?シュウちゃんがそう言うんやったら。」
井口は掴んでいた顎を離す。
「ああ・・あ・・・・、」
柴田はその場に倒れて、ぶるぶる震えながら泣いた。
「おいコラ、分かってると思うけどな・・・、」
井口は柴田の髪を掴み、「これで終わりにしとけよ」と睨んだ。
「もしまた手え出したら・・・・、」
「もう二度としません!すんません・・・、」
「それと親や学校に泣きつくなよ。こっちにはコレがあるから。」
そう言ってポケットからスマホを取り出した。
「お前らがシュウちゃんイジメてるとこ、しっかり撮ったから。しょうもないことしたらネットに上げるで?」
「誰にも言いません・・・・絶対に言いません・・・・、」
「ホンマやな?嘘やったら殺すぞ?」
「約束します!なんにも言いません!」
「もうしょうもないことするなよ。」
「はい・・・すいません・・・・、」
「ほな行け。」
ドンと柴田のケツを蹴飛ばす。
取り巻きが柴田を立たせて、肩を支えながら逃げて行った。
僕はホッと息をつく。
「大丈夫か?」
「まあ・・・ちょっとビビったけど・・・・、」
「もうないと思うけど、またなんかあったら言うてや。次はあんなもんじゃすまさへんから。」
マッチョな筋肉がピクピク動いて、僕は「もう大丈夫やろ」と引きつった。
井口は「みんな大した怪我がなくて何よりや」と笑う。
「いや、柴田怪我してるやん。」
「あんなん怪我のうちに入らへんて。」
「それお前基準やろ。」
「そやな。」
可笑しそうに笑って、「そうそう」と何かを思い出していた。
「あの子らも連れて来たんや。」
「え?」
「だから昨日の子と、そのお姉ちゃん。」
そう言われて、僕は「マジで・・・」と固まった。
「そら連れて来るやろ。自分をイジメてた憎き相手がシバかれるんやで。
見たいに決まってるやん。」
そう言いながら、井口は「なあ?」と後ろを振り返る。
するとそこには二人の女の子がいた。
一人は昨日の可愛い子。
そしてもう一人は、俺の前に柴田にイジメられていた、発達障害のあの子だった。

春の鳴き声 第一話 イジメられっ子の再会(1)

  • 2016.12.31 Saturday
  • 15:31

JUGEMテーマ:自作小説
夏が終わるのは早い。
ついこの前始業式だったのに、窓の外は寒い風が吹いている。
校庭の木々は枯れ葉を着込み、強い風に服を持って行かれまいと、枝をしならせて抵抗している。
僕は頬杖を突きながら、学ランのボタンをいじっていた。
「ほな明日もテストやから。しっかり勉強しとくように。」
ホームルームを終えた先生が、「今日の委員長」と最前列の生徒を見る。
「起立、礼!」
みんな適当に頭を下げて、いっせいにお喋りが始まる。
僕も立ち上がり、体操着のバッグに荷物を詰め込んで、教室から出た。
重いバッグを担ぎ直し、下駄箱に向かう。
すると「おい」と呼ばれて、身体を固くした。
「アホがまた全部持って帰ってんで。」
僕を呼んだ声の主は、取り巻きの連中と笑い合う。
身体はさらに固くなり、鼓動が跳ね上がった。
決して後ろを振り向かず、またバッグを担ぎ直して、下駄箱を目指した。
その時、ボンとバッグが持ち上がった。
蹴られたのだ。
「おいコラ。」
また蹴られて、「おい!」と怒鳴られる。
それを無視して、逃げるように廊下を走った。
靴を履き、駐輪場まで向かい、重たいバッグをカゴに詰める。
目尻に涙が溜まり、グイと拭った。
ペダルを漕ぎ、学校という場所からとにかく離れる。
家までは自転車で40分、距離にして14キロ。
脚に力を入れ、ギアを切り替え、一気にトップスピードまでもちあげた。
そして家まで半分の距離まで来たところで、ゆっくりとスピードを落とした。
田んぼがよく見える道を漕ぎながら、「なんで・・・」と呟く。
「なんで次は俺やねん・・・・。」
また涙が溜まり、泣いてもいいかどうか確認する為に、周りを見渡した。
急いで自転車を漕いだおかげで、どの生徒も僕に追いついていない。
だから田んぼを眺めるフリをしながら、ボロボロと泣いた。
「死ねアイツら・・・・。」
言いようのない感情がこみ上げて、怒りとも悔しさともつかない気持ちになる。
家に帰ると、すぐに自分の部屋に駆けあがった。
イジメられてるなんて親に知られたくないので、涙で腫れた目は見せられない。
重いバッグを下ろし、すぐに学ランを脱ぎ、言いようのない感情を押し殺す為に、ゲームのスイッチを入れた。
嫌な気分の時は、明るいゲームはやりたくない。
僕はプレステの蓋を開けて、ホラーゲームに入れ換えた。
ホラーといっても、幽霊が出て来るようなやつじゃない。
どこかの孤島で、殺人事件が起きるゲームだ。
上手く進めていかないと、どんどん人が死んでいく。
途中で選択肢がいくつも出て来て、最悪なパターンだと恋人に殺されることになる。
怖いし暗いし、エンディングによっては鬱になるゲームだ。
でも嫌な気分の時は、むしろこういうゲームが気持ちいい。
二時間ほどプレイしていると、少しだけ気持ちが楽になった。
「ここら辺でやめとこか。」
セーブして電源を切る。
それから漫画を読みながらゴロゴロしていると、スマホが鳴った。
「もしもし?」
《シュウちゃん?今から行ってええ?》
電話の向こうからよく知った声が返ってくる。
僕は「ええで」と答えた。
「あ、でも外に行かへん?」
《ええで、どこ?》
「竜胆公園にしようや。」
《なに?またホームレスのおっさんからかうん?》
笑い声が返ってきて、「ちゃうちゃう」と答えた。
「この前な、あそこ行ったらめっちゃ可愛い子おってん。
そんで短いスカートでブランコとか乗っててさ。」
《マジで?》
「今日もおったらパンツ見れるかなと思って。」
《どんな感じの子?》
「そやなあ・・・俺らより年下やと思うわ。
でもマジで可愛いで。下手な子役とかより全然可愛い。」
あの日見たあの子のことを思い出し、もう一度見たいなあと妄想する。
《でも俺らより年下やったら小学生やろ。》
「そやなあ。」
《でも今日火曜日やで。小学校はまだ学校終わってへんやろ。》
そう言われて「そういやそうやったな」と頷いた。
《それにな、今そういうの厳しいなっとんやで。》
「何が?」
《だからさ、ロリコンとかおるやん?》
「うん。」
《ああいうの取り締まる為に、法律とか世間の目えとか厳しいなってんねん。
俺も可愛い子のパンツ見たいけど、でもあんまジロジロ見とったら警察呼ばれるで。》
「いや、でも僕らだって子供やん。まだ中二やし、この前まで13歳やってんで?」
《まあそうやな。ほな大丈夫なんかな?》
「だってあの可愛い子、たぶん小六くらいやと思うわ。
それやったら僕ら中二なんやから、二つしか違わへんやん。」
《でも小学生なんやろ?》
「でも来年なったら中学上がるやん。
中一と中三が付き合ってたって、別におかしいないやろ?」
そう答えると、井口は《確かにな》と頷いた。
《溝渕なんか中一で初体験やってたからな。》
「相手一個下やから小六やんな?」
《うん。今はどっちも中学やけど。でもこの前別れたって言うてて・・・・、》
他愛ない話を続けてから、《ほな竜胆公園行くか》と決まった。
それから10分後、僕は竜胆公園に来ていた。
ここはたくさんホームレスのおっさんがいて、中には若い感じの人もいた。
この前犬のウンコを投げて、おっさんどもをからかった。
そしたらマジギレされて追いかけられた。
でも足はこっちの方が速いから、余裕で逃げ切ったけど。
ホームレスのおっさんは、遊歩道の向こうに住んでいる。
だから遊具のあるこっち側にはあまり来ない。
ていうかこっちへ来ると、警察とかに苦情が入るらしい。
子供を遊ばせてる親とかが、怖いからこっちへ来ないようにしてくれって感じで。
まあそういうわけで、遊具のある方にいれば安全だ。
僕はブランコに乗りながら、この前の可愛い子のことを思い出していた。
「今日はおらへんな。ほなやっぱり学校なんかな?」
ブランコを漕ぎながら、数日前のことを思い出す。
「ほんま可愛かったなあ。色白いし、ちょっとおっぱいもあったし。
でもアレやな。やっぱブランコ乗ってる時のパンチラが・・・・。」
色々と妄想に浸っていると、ふと「あれ?」と思い出した。
「あの日って確か平日やんな。ほななんでここにおったんやろ?」
あの可愛い子を見たのは、先週の木曜日だ。
あのバカどもにイジメられるのが嫌で、僕は学校をサボっていた。
その時この公園へ来て、それであの子を見つけたのだ。
「確か昼くらいやったよなあ。ほんなら学校のはずやろ?
サボるような感じの子でもなさそうやし、なんでやろ?
もしかして、あの子もイジメとかに遭うてんのかな?」
男子の場合だと、カッコいいとほとんどイジメられない。
でも女子の場合だと、可愛いからイジメに遭うって聞いたことがある。
もしそうだとしたら、これはあの子と仲良くなれるチャンスかもしれない。
だってお互いに共通の話題があるんだから。
まあポジティブな共通点じゃないけど・・・・・。
それからしばらく妄想に耽っていると、井口がやって来た。
「おうシュウちゃん。」
中二なのに身長が180もあって、体重は90キロもある。
しかも脂肪で90じゃなくて、全身筋肉の塊なのだ。
一言で言うならゴリラモドキみたいな奴だった。
冬なのに半パンを穿いていて、足も裸足にサンダルだ。
「どや?可愛い子おるん?」
そう言いながら、隣のブランコを漕ぎ始めた。
「いや、今日はおらんわ。」
「ほなやっぱ学校やな。」
井口は中学生とは思えないマッチョな筋肉で、グイグイブランコを漕ぐ。
「でもな、この前見た時も平日やってん。しかも昼間。」
「そうなん?」
「だから多分サボってたんやと思うんやけど。」
「サボりか。ほなヤンキーっぽい感じか?」
「いや、逆。すごい真面目そうな子。」
「じゃああれか?シュウちゃんと一緒で、イジメられてるとかか?」
「かもしれへん。」
「ほなラッキーやん。そういうのって、お互いに仲良くなれるかもしれへんで?」
「やっぱそう思う?」
「話すキッカケはあるわけやん。ほなあとは自分次第やろ。」
井口はさらにブランコを漕いで、勢いをつけて飛び降りる。
ブランコの前にある柵を、軽々と飛び越えながら。
「ええなお前。」
そう呟くと、「何が?」と返された。
「だってお前めっちゃ強いやん。僕もそれくらい強かったら、柴田とかにイジメられへんのに。」
暗い顔で言うと、「ほな俺がシバいたろか?」と笑った。
「どいつもヒョロガリやろ?4、5人くらいやったら二分もかからんで。」
「いや・・・・今はええわ。」
「なんで?」
「だってお前やり過ぎるやん?」
「手加減するって。」
「でもあんま大事にしたあないねん。だからもっと酷うなった時に頼むわ。」
「まあいつでも言えや。どいつも病院送りにしたるから。」
中学生とは思えないムキムキの筋肉を見せつけながら、ニカっと笑う井口。
家が空手の道場だから、幼稚園の時からやっている。
それに頭も良いから、僕とは別の進学私立に通っていた。
《喧嘩なんかしたら、私立やったら退学になるかもしれへんのに。
でもそういうの気にせんと、気に入らへん相手をシバけるからこそ、コイツは強いんやな。》
身体も心も強くて、それに頭も良くて、もう初体験も済ませていて、そんなハイスペックな奴なのに、なぜかコイツは僕みたいなショボイ奴と一緒にいる。
本人曰く、優越感に浸れるかららしいけど、コイツのスペックなら誰相手でも優越感に浸れるはずだ。
だから僕と一緒にいる理由は別にあるんだろうと思っているけど、本人ははぐらかすばかりだった。
でも井口がいるおかげで、どうにかイジメに耐えることが出来ていた。
だっていざとなれば、コイツに頼めばいいんだから。
「なあ?」
シャドーボクシングみたいに空手のパンチやキックをしている井口を見つめながら、「30分くらい待とか」と言った。
「何が?」
「だからその可愛い子が来るの。」
「そやな。俺も見てみたいし。」
「ブランコ乗ってくれたらパンチラ見れるかも。」
「ええな。」
井口はまた隣のブランコに座って、ものすごい勢いで漕ぎ始めた。
「なあシュウちゃん。」
「なに?」
「その子のこと好きなん?」
「好きっていうか、可愛いから見たいねん。」
「ほな仲良うなったら、告白とかするんか?」
「いや、それはまだ分からんけど。」
「でもさ、もし彼氏とかになったら、イジメられてるとかダサいやん?」
「そやな。」
「だからその子と付き合えることになったら、俺がシバいたるから。」
「うん。」
僕は素直に頷く。
柴田の顔を思い出すと、また嫌な気持ちになってきた。
「ほんまは俺がターゲットとちゃうねん。」
「つい最近やろ?目えつけられたん。」
「最近っていうか、先月くらいから。」
「元々イジメられてた子、なんやったっけ・・・・なんか普通と違うんやろ?」
「発達障害ってやつらしい。」
「なんか最近よう聞くよな、それ。」
「有名人とかでもけっこう多いらしいで。」
「誰?」
「イチローとかアインシュタインとか。」
「マジで?」
「ほら、最近ようテレビ出てる栗原類っておるやん?」
「ああ、モデルの人な。」
「あの人もそうやって。」
「そうなん!ほな発達障害持ってる奴って、けっこうすごい人ばっかやん。」
井口は感心したように言う。
でも俺は頷かなかった。
「そういうのはごく一部やって。あの子はめっちゃ変な子やった。
空気とか読まれへんし、いっつもじっとしてないねん。なんか挙動不審やし。」
「だからイジメられたんやろ?」
「やと思うで。小学校の時からイジメられてたらしいし。」
「なんか可哀想やな。」
「そんなん誰でも言えるわ。」
「ほな助けたろか?」
「その子を?」
「いや、シュウちゃんを。」
「いや、だから僕はまだええって・・・・、」
「でもこのままやったら、シュウちゃんもいつその子みたいになるか分からへんで?
だってその子引きこもっとんやろ?」
「引きこもるっていうか、なんか病院とか行ってるらしい。
そういう障害を持った子が行く、施設みたなんがあるんやって。」
「ほなその子が戻って来たら、シュウちゃんイジメられへんようになるわけやな。」
「多分な。」
僕は学校に来なくなった、あの子の顔を思い出す。
なんかジャガイモみたいな顔で、すごいブスだった。
最初は男子がからかってたんだけど、女子もそれに乗っかるようになった。
イジメてるのはもちろん柴田で、アイツと仲の良い女子も加わったのだ。
最後の方は見てられないくらいの酷さで、他人事なのに胸が痛むほどだった。
「あの子な、おばあちゃん子なんや。
でもそのおばあちゃんが亡くなって、昔に買ってもろた筆箱を大事にしとった。」
僕は思い出す。
夏休みに入る前の、掃除の時間を。
あの子は校庭の掃除当番だった。
柴田たちはすぐ隣の、駐輪場の掃除。
あいつらはあの子が大事にしていた筆箱を、あの子の目の前で捨てた。
教室から奪ってきて、本人をからかうように、仲間どうしてパスしたりしながら。
あの子は必死にそれを追いかけていた。
あの子と当番を組んでいた子が、見かねて注意したけど、柴田たちは面白がるだけ。
そして駐輪場の向こうにある、用水路に投げ捨てた。
ちょうど田んぼの時期だから、たくさん水が流れていた。
だから筆箱はあっという間に流されて、その後に先生たちが探しても見つからなかった。
あの子は泣かなかったけど、でもすごい辛かったと思う。
ていうか思い返すと、イジメられて一度も泣いていたことがない。
いや、本当は家に帰ってから泣いていたのかもしれないけど、でも僕の知る限りじゃ泣いているところは見たことがなかった。
きっと強いんだろうと思う。
そんな強い子が学校へ来なくなるくらいだから、あいつらのイジメは相当なものだった。
「シュウちゃん、暗い顔してんで?」
「・・・・・・・・・。」
「あんま無理せんときや。いつでも俺シバいたるから。」
「うん・・・。」
嫌な気持ちが蘇ってきて、柴田もあの子も頭から追い払う。
それからしばらく、井口と喋っていた。
ゲームとか井口の学校のこととか。
ふと公園の時計を見ると、もう30分が経っていた。
「今日は来んみたいやな。」
そう言うと、井口は「ほな俺ん家いくか」とブランコから飛び降りた。
「姉ちゃんがな、この前誕生日やってん。ほんでWiiの新しいやつ買ってもらってさ。」
「マジで!?」
「いま姉ちゃんおらんから、一緒にやろうや。」
「ええな、すぐ行こ。」
僕たちは自転車に跨り、公園から出て行く。
するとそれと入れ違いにして、一台の車がやって来た。
赤い軽自動車で、すれ違う時に中が見えた。
「あ!」
僕はその車を振り返る。
「どうしたん?」
「あの子。」
「え?」
「あの可愛い子が乗ってた。」
「マジで?」
「ちょっと行ってみよ。」
地面に足を着いて、グルっと自転車を回す。
車は遊歩道の近くの空き地に停まって、中からあの子が出てきた。
それを見た井口は「うお!めっちゃ可愛いやん!」と驚いた。
「な?」
「あれなんかのアイドルちゃうの?」
「そう思うくらい可愛いよな。」
車から出てきたその子は、この前と同じようにミニスカートを穿いていた。
なんかヒラヒラした感じのやつで、スラっと長い足に見惚れた。
「・・・・ブランコの後ろに回るか。」
自転車を置き、公園を囲う植え込みに沿って歩く。
散歩してるだけですよみたいな、何気ない雰囲気をだしながら。
「シュウちゃん、またパンツ見るん?」
「そら見たいやろ。早よ来いよ。」
二人してブランコの後ろに回る。
あんまりジロジロ見ると怪しまれるので、少し距離を置いた。
「なあシュウちゃん。」
「なに?」
「あの子の近くに親おんで。」
「そやな。」
「だからな・・・・、」
「うん。」
「スマホはしまい。」
「・・・・そやな。」
あわよくばと思ったが、バレたらただではすまない。
いそいそとスマホをしまうと、「盗撮はあかんで」と井口に言われた。
「シュウちゃん、たまにそういうとこあるよな。」
「健全やろ。」
「気持ちは分かるけどさ、でもバレたら恥ずかしいで。
喧嘩して補導やったら構へんけど、パンツ盗撮で捕まったら、イジメがなくても学校行かれへんようになるから。」
「分かっとるがな。ちょっとした出来心や。」
井口はたまにこうやって僕を注意する。
時々親のような奴だと感じるけど、まあ僕を思ってのことだろう。
「見いな、あの子こっち来るで。」
井口は背中越しに顎をしゃくる。
僕も背中を向け、チラリと振り返って確かめた。
この前と同じように、思い切りブランコを漕いでいる。
短いスカートがフワフワとめくれて、その中身が・・・・・、
「スパッツ穿いとるな。」
井口が冷めた口調で言う。
僕も同じように冷めた。
「・・・・・・・・・・。」
「落ち込みすぎやろ。」
ドンと肩をぶつけられて、よろめく。
「マッチョな身体でぶつかんな。痛いねん。」
「すまんすまん。でもさ、あの子ちょっとおかしいないか?」
「何が?」
「あの子さ、どう見ても小六か中一くらいやで。
やのに幼稚園児みたいにはしゃいで、ブランコ乗っとる。」
「よっぽど好きなんやろ。」
「かもしれんけど、あの歳であんなにはしゃぐかな?」
井口は口をへの字に曲げる。
そして眉間に皺を寄せて、じっと睨んでいた。
その時、勢いをつけすぎたブランコから、その子が足を滑らせた。
しかもちょうど僕たちのいる方に向かって。
「ヤバッ!」
僕の正面にその子が飛んでくる。
すると井口が僕を突き飛ばして、その子を受け止めた。
「あおッ・・・・、」
変な声を出しながら、その子を抱えて倒れる井口。
それを見ていたその子のお母さんが、慌てて走ってきた。
「すいません!大丈夫!?」
我が子を抱えてから、井口の手を引く。
「いや、大丈夫っす。」
「ごめんねえ・・・・怪我とかない?」
「いや、平気っす。」
笑って答える井口。
どうやらマッチョな身体のおかげで助かったようだ。
そして肝心のその子はというと、またブランコに乗っていた。
何事もなかっかのように、小さな子供みたいにはしゃぎながら。
「ほんまにごめんねえ・・・・。」
「いやいや、全然大丈夫っす。マジで。」
ごめんと大丈夫を繰り返す、おばちゃんと井口。
でも俺はそんなことはどうでもよかった。
だってその子は、さっき落ちた拍子に、思い切りスカートがズレていたからだ。
しかもスパッツもずれて、パンツが丸見えになっている。
そんな恥ずかしい恰好で、でも全然気にする素振りも見せずに、ブランコを漕ぎ続けている。
この時僕は、井口と同じような考えだった。
《この子、やっぱちょっと変かもしれへん。》
パンツを見れるのは嬉しいけど、それ以上に《なんなんやこの子?》と不思議に思った。

新しい小説

  • 2016.12.30 Friday
  • 15:20

JUGEMテーマ:自作小説

ダナエの神話と並行して、新しい小説を載せます。

「春の鳴き声」という小説です。

ダナエの神話と違って、ファンタジー要素はいっさい無い、ちょっと恋愛系の小説です。

明日から載せますので、よかったら読んでやって下さい。

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