不滅のシグナル 第十一話 恨みは忘れた頃に(1)

  • 2017.04.21 Friday
  • 17:14

JUGEMテーマ:自作小説
夜の墓地というのは、神社とは違った怖さがある。
暗闇の神社に抱く恐怖は、神に対する畏れ。
夜の墓地に抱く恐怖は、死者に対する恐れ。
同じ恐怖であっても、まったく種類が違うのだなと、田所はムズムズした。
潤に教えられた墓地へやって来てから、一時間も経っていた。
戸田と掘られた墓石の前に立ち、じっと睨みつける。
「出て来い。俺に話を聞かせてくれ。」
何度も呟きながら、ひたすら幽霊が現れるのを待つ。
しかし残念ながら、戸田親子の幽霊は現れなかった。
潤に言われた「あんたは幽霊に好かれる」という言葉。
それを期待してやってきたのだが、空振りだった。
「そう上手くはいかへんか。」
ポンと膝を打ち、墓石を後にする。
しかしその時、何かが気になって引き返した。
「花が活けてある。ということは、親しい誰かがここへ来とるということか・・・・。」
戸田親子に話が聞けないなら、彼らに親しい人物に話を聞くしかない。
田所は、聞き込み対象を幽霊から人間に変えることにした。
・・・・翌日、田所はもう一度墓地に向かった。
時刻は朝9時。
ゴキゴキと首を回しながら、「うう〜・・・・」と背伸びをした。
「もうちょっとええ宿にしたらよかったな。」
安い宿に泊まってしまった為に、硬い枕で寝かされた。
おかげで首が痛くて仕方ない。
ベンチに座り、コンビニで買った朝食を頬張る。
晴れやかな朝の墓地で、サンドイッチを齧る。
なかなか愉快な朝食だと、一人笑ってしまった。
タバコを吹かし、暇潰しに買った本を読みふける。
時計を見ると11時。
二時間もベンチに座りっぱなしで、「今度は腰が痺れるな」と背伸びをした。
グイグイと屈伸をして、戸田親子の墓石の前に立つ。
花は少し萎れているが、それでも綺麗に墓石を彩っている。
ツンツンとそれをつつき、「そういえば・・・・」と首を傾げた。
「戸田の息子とお父さんはここに眠っとる。ほなお母さんは?」
まさか全員自殺もないだろうと思い、「他にも家族がおるかもしれんな」と呟いた。
「ていうか・・・・戸田の家の場所を聞けばよかったな。」
潤から教えてもらったのは墓地の場所だけ。
また大事なことを聞き逃してしまったと、自分に呆れた。
しかし落ち込む必要はなかった。
なぜなら花を抱えた初老の女が、田所に近づいてきたからだ。
「あの・・・・どちらさん?」
嘘くさいほど黒く染めた髪を揺らしながら、怪訝な目を向ける。
「え?あ、もしかして・・・・、」
田所は女と墓石を交互に指さす。
「身内の方?」
「そうですけど・・・・アンタ誰?」
「私は宏太の叔父です。」
「コウタ?」
「ええ、戸田組の工事現場で亡くなった子供の。」
そう答えた瞬間、女の顔が引きつった。
「誰や?」
「はい?」
「アンタ誰やねん!?」
花を振り上げ、今にも殴りかかろうとする。
「ちょっと待って!」
「誰やアンタ!警察か!どこぞの記者か!」
「違います!私は叔父です!」
「嘘つけ!」
花束でバシバシ叩かれて、蹴りまで飛んでくる。
田所は「痛い!」脛を押さえた。
「ちょっと何しますの!」
「ウチの人らは関係ないで!」
「何がです!?」
「ウチの人は誰も殺してへん!」
女はヒステリーを起こし、さらに殴りかかってくる。
田所は《なんやねん!》と身を庇った。
しばらく好きなように殴らせていたが、あまりにしつこいので「やめい!」と手を掴んだ。
「ちょっと落ち着いて!」
「これ以上ウチの人らを苦しめんといて!」
女は発狂する。滅茶苦茶に暴れ回る。
田所は大人しくなるまで手を掴んでいた。
「ちょっと落ち着いて。」
「なんよ?アンタ誰なん・・・・。」
「・・・・・言っても信じてもらえへんかもしれへんけど・・・、」
そう前置きして、ここへ来た経緯を話した。
「・・・・というわけです。だからここへ来たんですよ。」
「幽霊・・・・またあの子の・・・・、」
女の顔が青くなる。肩を落とし、グッタリと項垂れた。
「なんか知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、今でもずっと出てくるねん・・・・夢の中に。あの人も啓二もずっとやった・・・・。
だから耐えられへんようになって、それで首を括って・・・・、」
「その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「だからアンタ誰や!もうウチは嫌やで!根掘り葉掘り聞かれて、あの幽霊のこと考えるんは・・・・、」
顔を覆い「あああああ・・・・」と泣き出す。
「・・・・おばさんも見るんですね、幽霊の夢。」
「毎晩や!ずっと出てくる!」
「・・・・宏太君、悔しいんですよ。だから自分を死なせた人らに罰を受けてほしいんです。」
「ウチらとちゃう!あの人も息子もなんもしてへん!」
「ほな誰が・・・・、」
「業者や!」
「業者?」
田所は首を捻る。
業者と言われても、その業者が戸田組ではないのか?
「どういうことです?詳しい聞かせてもらえませんか?」
女を立たせ、ベンチに座らせる。
「これ、飲みかけやけど・・・・。」
ペットボトルのお茶を差し出すと、ゴクゴクと飲み干した。
それでも震えは治まらず、「ああ〜・・・・」と顔を覆った。
「あの・・・・業者ってどういうことですか?宏太君を死なせたのは戸田組やないんですか?」
「違う!」
「ほな誰が?」
「だから業者や!ゴミを処理するとこの!」
それを聞いた田所は、「ほなやっぱり・・・」と唸った。
「あの工事現場、余計なモンを捨ててたんですね?」
「そや!でもウチらもお金が苦しかったから、引き受けるしかなかったんや!
付き合いのあるヤクザからも圧力かけられて・・・・あの人は嫌がってたのに・・・。」
「ほな・・・・宏太君を轢いて埋めたのはその業者で?」
「だからそう言うてるやろ!不法投棄するもんを運んでくんねん、大きいダンプで。
あの子はそれに轢かれたんや!埋めたのもその業者や!バレることが怖いからって、あんな小さい子供を・・・・。」
「そうやったんですか・・・・。」
田所はふうっと息をつく。
この女の言っていることは本当か?
それは分からない。
しかし落ち着かせる為には、うんうんと聞いてやるしかなかった。
「ほな戸田組の人らはなんもしてへんのですね?」
「してへん!全部あの業者がやったんや!それやのになんでウチらが恨まれなあかんの?
あの人も啓二も、ずっとずっと苦しんでた。呪いでも受けるみたいに・・・・ずっとや。」
「俺もその気持ちは分かります。実は・・・、」
田所は身の上を話した。
すると女の表情は見る見る変わって「アンタも?」と目を丸くした。
「ついこの前まで夢に見てたんです。あれは辛い・・・・・ほんまに。」
「ほな分かってくれるよな?ウチらの辛さも。」
「もちろんです。でもその呪いから解放されるには、謝るか誤解を解くかせなあかんのです。
俺の場合は、俺が悪いから謝りました。
何度も謝ってたつもりやけど、でも本気で謝らんと伝わらんのです。」
「ウチらかてなんぼでも謝った!あれは戸田組やないって!
でもあの子は全然信じてくれへん!20年間ずっと夢に出てくるんや!」
「誤解しとるんですね、宏太君。」
「そらウチらだって責任がないとは思ってへん。警察に言うなり、埋めるのを止めるなり出来たかもしれへん。
でもそんな事したら、経営が苦しいて続かんようになる。それにヤクザの顔にも泥を塗ることになるから・・・・。」
「それがアカンのですよ。家族が二人も自殺して、今さら経営も面子もないでしょう?」
「だから後悔しとるんやんか!タイムマシンがあるんやったら、あの時に戻りたいわ!」
「そらそうですね、すいません・・・。」
田所はペコリと謝る。
最近謝ってばかりいるせいで、自然と頭を下げるようになってしまった。
そのせいか、女は「なあアンタ」と腕を掴んできた。
「誤解を解いて!ウチらは関係ないねん!」
「そらええですけど、宏太君がどこまで信じてくれるか・・・、」
「アンタその子と仲がええんやろ?ほなお願いしてえや。ウチらは関係ありませんって。
警察を呼ぼうにも、それが出来へん状況やったって。でも今は後悔しとるんや。
だからお願い!こんなん警察や弁護士じゃ役に立たへん。あの子と親しいモンやないと・・・・。」
俯き「この通りです!」と手を合わせる
しかし田所は首を振った。
「宏太君の誤解を解くには、その業者の口から言わせなあきません。
そうやないと言い訳やと思って、信じてもらえへんでしょう。」
真っ直ぐに見つめながら「その業者のこと、教えて下さい」と言った。
「・・・・ない。」
「は?」
「もうないねん。」
「・・・なんで?」
「あの業者、他ん所とも癒着しててな。口利きしたヤクザ共々しょっぴかれた。」
「そんな・・・・、」
「もし今でもおるんやったら、ウチが直接話をつけに行ってるわ。無駄に20年も苦しんでたわけとちゃう。」
「そらそうですね。ほな・・・・どないしよかな?」
困った顔で、ボリボリと頭を掻く。
《上手くいく思ったら、すぐに道が閉ざされるな。》
20年も前の出来事を洗い出すのは、素人の田所には荷が重い。
どうにかなるかもしれないという希望は、消えかけのロウソクのように頼りなかった。
「とりあえず宏太君には話してみます。それでええですか?」
「お願いや!」
女はガシっと手を掴む。
仏様でも拝むみたいに、深く頭を下げた。
《難儀なことやなあ、これ。どないしよ・・・・。》
いつまでも頭を垂れる女。
神頼みでもするように、ひたすら拝み続けていた。


            *

翌日、田所は家に戻った。
そして夜になるのを待って、安桜山神社に向かった。
宏太に真実を伝える為だ。
「・・・・そういうわけで、君は戸田組の人らのせいで死んだんと違うんや。」
そう伝えると『知ってる』と頷いた。
「なんやて?」
『そんなんとうに知ってるで。』
「ほななんで教えてくれへんかってん?無駄足やないか。」
怒る田所。しかし宏太はケラケラと笑った。
『面白そうやったから。』
「なに?」
『僕が言い出したんと違うで。こっちの子が言うたんや。』
そう言って、田所が撥ねた少年に目を向ける。
『僕はな、もう誰も恨んだりしてへんで。』
「ほななんで戸田親子の夢に出るねん。」
『僕はなんもしてないで。』
「嘘つけ。毎晩夢に出て来る言うてたぞ。」
『それは僕じゃなくて、そのおばちゃんらが勝手に見てる夢やから。僕はなんもしてへんもん。』
「夢?ただの夢やいうんか?それで自殺まで追い込まれるか?」
『そんなん僕に言われても知らんもん。だって僕、ほんまになんもしてないから。』
あっけらかんと言う宏太。
子供らしいその表情は、どこまで本当のことを言っているのか分からない。
『ほな僕はもう帰るな。天国でみんな待ってるから。』
「おい待て!お前ちゃんと説明せえや。」
手を伸ばすと、少年が『ええやん』と立ちはだかった。
『ただのイタズラやから。』
「イタズラやと?」
『俺がおっちゃんをからかっただけ。あの子はほんまになんもしてないで。』
「それが分からへんねん。」
困ったように首を振る。
少年を睨み、「説明せえ」と指をさした。
「イタズラてどういうことやねん。」
『だから宏太君のこと。あの子は誰も恨んでないし、復讐とかしたいと思ってないねん。
でも俺がおっちゃんをからかう為に、ちょっとだけ手伝ってもらってん。』
「からかうって・・・・なんでそんなことすんねん?」
『面白いから。』
「ふざけるな!こっちは本気やったんやど!ほんまに宏太君との約束を守ろうとしたんや。それがただのイタズラやったんかい?」
怖い顔で詰め寄ると、『また俺を殺すん?』と言われた。
「は?」
『だって怖い顔しとったから。』
「アホいうな。君はもう死んでるやろ。」
『ほな生きてたら殺す?』
「するわけあるか。」
『じゃあもう怒ってない?』
「怒るに決まってるやろ!なんでこんなしょうもないイタズラをするねん!」
田所の怒りは治まらない。
子供が考えたイタズラに振り回され、本気で心配してしまった。
しかし少年は悪びれない。
『だってそれくらいええやん。俺はおっちゃんのせいで死んだんやから。』
「・・・・・・・・・。」
『どうしたん?』
「あのな、いつまでもそれが通用すると思うなよ。」
『何が?』
「悪いとは思ってる、あの事故のことは。現場から逃げたことも。
でもな、いつまでも付き纏われるいわれはないぞ。
君はもう天国におるんやろ?成仏したはずや。それやったらそれでええやないか。
俺は君を死なせたことを正当化するつもりはない。
でもずっと縛られるわけにはいかんのや。罪は忘れたらあかんけど、生きてる人間は前に進まなあかんからな。」
これ以上付き纏われるなら、また呪いの日々が始まる。
それはなんとしても防ぎたいことだった。
「もう俺の前から消えてくれ。」
『また思い上がってる。』
「そんなことない。これからも君のお墓には手を合わせに行く。罪を忘れたわけと違うんや。」
いつもはただ謝るばかりだが、今日は黙っていられなかった。
すると少年は『でもええ事あったやろ?』と笑った。
「んなもんあるかい。」
『おっちゃんのおかげで、潤君が助かったやんか。』
「は?」
『あの子な、ずっと苦しんでたんやで。宏太君のことな、いつまでも気にしてたんや。』
「知っとる。だから引きこもってニートになってたんや。』
『それにな、戸田組のおばちゃんだってちょっとは楽になるかもしれへんで。
おっちゃんが宏太君の誤解を解くって約束したから。』
「誤解もクソも、ただのイタズラやないか。」
『じゃあ誤解は解けましたって言えばええやん。ほな夢に宏太君が出て来ることだって無くなるかも。』
少年は『ほな!』と手を振る。
「おい待て!お前もう現れるなよ!」
『よかったな、おっちゃんのおかげで二人も救われた。徳が積めたな。』
「ふざけんな!お前・・・俺はもうここに来おへんからな!喜衛門にもそう言うとけ!」
『またな。』
「いらんわ!」
 少年はニコニコと消えていく。
夜の神社には田所だけになって、そびえる本殿を見上げた。
「喜衛門よ・・・お前な、わざわざ天国に行った子供を呼び戻すな。それでも神様か。」
愚痴を飛ばし、クルリと背を向ける。
その瞬間、ガランガランと鈴が鳴って、手を叩く音がした。
田所はビクっとする。
誰がいるのかと振り返ったが、誰もいなかった。
「・・・・・なんや?」
本殿の蛍光灯が、誰もいない場所を照らしている。
田所は背筋が寒くなって、慌てて逃げ出した。
『またな、おっちゃん。』
少年の声が追いかけてくる。
それに混じって、女の声が響いてきた。
『・・・・次は私をお願い・・・・。』
かすかに響いた女の声。
田所は足を止めて、神社を振り返った。
「美由希・・・・。」
神社に戻り、「美由希!」と叫んだ。
「お前もか!お前もここにおるんか!?」
本殿の前に立ち「さっきのはお前か!?」と叫ぶ。
「お前も会いに来てくれたんか!お前やったら大歓迎やぞ!」
そう言って神社を見渡すが、誰もいない。
「美由希・・・・。」
彼女の声を聞き間違うはずがない。
田所は「お前もか・・・」と呟いた。
「俺に助けてほしいことがあるんやな。」
煌々と灯る蛍光灯を見上げ、「ええで」と頷く。
「未練があるんやったら、俺に会いに来い。でも・・・イタズラは勘弁やで。」
ポケットに手を突っ込み、神社を後にする。
どこでもないどこかから、クスクスと笑う美由希の声が聴こえた。

不滅のシグナル 第十話 夜に逃げる(2)

  • 2017.04.20 Thursday
  • 17:07

JUGEMテーマ:自作小説

遠くに蒜山が見えている。
田所はサービスエリアで買った牛乳プリンを食べながら、そびえる山を映した。
オヤジから休みをもらって翌日、島根県を目指していた。
今住んでいる場所からだと、車で三時間ほど。そう遠くない。
しかしこちらの方へ来ることはほとんどなかったので、どの景色も新鮮に映った。
「このままドライブを続けたい気分やけど、そうもいかんな。」
蒜山で採れた極上の牛乳を使ったプリンを平らげ、再び走り出す。
それから一時間後、目的地の島根県○○市についた。
しじみで有名な宍道湖は、晴れた空を映して、よく磨かれた鏡のように美しい。
田所はしばらく宍道湖の周りを走る。
そして宏太の言っていたマンションを見つけた。
「ここやな。」
近くのスーパーに車を停め、マンションまで向かう。
「えらい派手な色やな。」
12階建てのマンションは、目が覚めるようなピンク色だった。
所々汚れてはいるが、それでも派手なことに変わりはない。
マンションの周囲を回り、遠目に観察してみる。
派手な色以外は変わった様子はないが、人気というのをほとんど感じなかった。
「あんまり居住者がおらんのかな?」
時刻は昼前、もう少し人気があってもいいのではないかと思ったが、やはり人の気配を感じられない。
しばらく観察した後、駐車場に回った。
「車も少ないな。」
フットサルが出来そうなくらいに広い駐車場。
しかし停まっている車は三台だけ。
軽自動車が一台に、ボックスカーが二台。
そしてマンションの入り口の傍には、『入居者募集!』と垂れ幕が掛かっていた。
「やっぱり人少ないねんな。まあ当たり前か、これはちょっと派手すぎる。」
どうしてこんな色にしたのか?
デザインした者のセンスを疑いたくなった。
田所はしばらくマンションを観察してから、ポンと地面を叩いた。
「ここに眠ってるんやな・・・・あの子が。」
ダンプに轢かれ、深い土の中に埋められた宏太。
彼の魂はここにはいなが、それでも手を合わせた。
「できる限りのことはやるからな。」
そう祈りを捧げて、マンションの入り口に向かった。
入り口は手押しのガラスドアになっていて、その向こうにエレベーターが見える。
その脇には階段があって、自販機が備え付けてあった。
「こんな立派なクセに、オートロックやないんやな。」
ガラスドアから中を見渡し、入ろうかどうしようか迷う。
しばらく考え込んでいると、ふと何かが目に入った。
「郵便受けか。」
入り口の脇に郵便受けが並んでいる。
個人情報にうるさい昨今だが、ご丁寧にきちんと表札まで付いている。
それを流し見していくと、ふとある名前が目に留まった。
「佐々木・・・・。」
まさかと思う。
宏太の友人であった佐々木潤。
まだこの街にいてくれればと思ったが、まさかここに・・・・。
田所は顔をしかめる。
そしてガラスドアを押して、マンションに入った。
エレベーターに乗り、最上階に向かう。
そこの一番右端の部屋に来て、「佐々木」の表札を睨んだ。
「まさかな・・・・。」
そう思いつつ、しかし期待している自分がいる。
チャイムを押し、返事を待った。
するとすぐにドアが開いて、「はい?」と中年の女が顔を出した。
「あの・・・・つかぬことをお伺いしますが・・・・、」
緊張して顔が強張る。
女は警戒したように、少しドアを狭めた。
「なんです?」
「こちらに潤君という子はいますか?」
「息子ですけど・・・・、」
「ああ、息子さん!ほなあなたはお母さんで?」
「ええ・・・・。」
怪訝そうに目を細めてから、「どちらさん?」と睨んだ。
「私、宏太君の叔父です。」
「コウタ?」
「潤君が子供の頃に、宏太君いう友達がおったでしょ?」
「・・・・・ああ、はいはい!あの可愛らしい。」
「あの子の叔父なんです。」
「はああ・・・叔父さん。」
女はドアを開け、同情したような表情に変わった。
「大変でしたねえ・・・・まだ見つかってないんでしょ?」
「ええ。工事現場に遊びに行った所までは分かってるんですけど。」
「工事現場?」
「ここです。」
そう言ってマンションを指さした。
「これが建つ前、ここで工事があったんです。宏太はようここで遊んでたんですわ。」
「はいはい、ウチの子も一緒によう行ってたみたいで。」
「それでね・・・・その、なんちゅうか。俺はまだ納得できんのですわ、宏太が見つからんことに。
だからどうにか手掛かりがないかと思いまして、昔の友達に話を聞けんもんかと。」
咄嗟についた嘘だったが、女は「ああ・・・」と憐れんだ目をした。
「宏太君がおらんようになった時、警察がウチにも来ました。ほら、潤が仲良かったから、なんか知ってることはないかって。」
「それで・・・・潤君は何か?」
「知らんいうてましたわ。宏太君が帰って来おへんようになったあの日、一緒に遊ぶはずやったらしいんですけどね。
ウチでずっとゲームしてまして。」
「・・・・そうですか。」
ガッカリする田所。
女は「ごめんねえ、力になれんで」と謝った。
「あの時ね、ウチらも協力して捜したんですよ。
だっておんなじ小学校の子がおらんようになったんですからね。
警察だけやなくて、婦人会とか老人会でも、それらしい子がおらんか注意して見るようになったんです。」
20年前を思い出すように、遠い目をする。
「でも全然ダメでねえ。あれからもう長いこと経って、それでも見つからへんなんて・・・・身内にとってはどれだけ辛いか。」
首を振り、「心配でしょう?」と尋ねた。
「そうなんです。だからどうにか手掛かりがないかもんかと思いまして。」
田所も神妙な顔で頷く。
「それでですね、ちょっと妙な噂を聞きまして。」
「噂?」
「あのですね、ここを埋め立てる時に、なんか余計なモンを捨ててるいう噂を聞いたんです。腐った肉とか、危ない薬品とか。」
「ああ、ああ。ありました、そういう噂。わけの分からんもんを埋めてるいうて。
でも噂やから、誰も見たことあるわけと違て。」
「お母さんも詳しくご存じない?」
「噂ですから。なんやそういうのを見たいう人がおるでって。」
「ほなそれを見た人・・・・誰か分かりますか?」
「そこまではねえ。噂やから。」
「そうですか・・・・。」
何か聞き出せればと思ったが、何も出てこない。
だから質問を変えた。
「あの時、ここで工事をしてた業者なんですけど、名前分かりますか?」
「戸田組いう土建屋さんですよ。潤の同級生のお父さんの所です。」
「その戸田組というのはどこに?」
「もうないんとちゃいますか?」
「ない?」
「ほら、ずっと前から不況でしょう?えっと・・・・四年くらい前やったかな?借金が嵩んで、戸田組は潰れたって。」
「潰れた・・・・・。」
「戸田君のお父さんがね、借金のせいで自殺しはったんです。ウチもお通夜には行ったから、よう覚えてます。」
「もう亡くなってるんですか?」
「まだ50やったんですよ。まだまだ若いのに、自殺ってねえ・・・・。」
これみよがしに辛そうな顔をして、「戸田組はその後潰れたって聞いたんです」と言った。
「婦人会の人がそう言うててね。だからもうないんとちゃいます?」
「・・・・そうですか。」
さらにガッカリする田所。
すると女は「あの・・・・」と見つめた。
「ほんまに宏太君の叔父さんで?」
「は?」
「だってそんな事くらい知ってはるんとちゃいますの?色々調べてはるんでしょう?」
「いや、最近まで遠くに住んでたもんで。僕は僕で色々とまあ・・・・離婚したり、子供が病気で亡くなったりね。そういうことがあったから。」
「ああ・・・・・。」
また辛そうな顔をして、「子供さんを・・・・気の毒に」と首を振った。
「そうなんですよ。だからね、もし宏太が生きてるんやったら、何がなんでも見つけたいんです。」
「う〜ん・・・・力になってあげたいけど、これ以上はよう知らんもんで。」
そう言って「すいません」と頭を下げた。
「いえいえ、そんな。・・・・あの、それより潤君は今は?」
「仕事です。」
「ああ、仕事ですか。」
「でもアレですよ。潤に聞いても、私とおんなじくらいのことしか知らんと思うけど。」
「お話させてもらうのは無理ですか?」
「う〜ん・・・・できたら遠慮したいんやけど・・・・、」
さっきまでの心配そうな顔が消えて、迷惑そうな目に変わる。
「あの子、ちょっと前までニートやってね。」
「ああ、最近流行りの?」
「そうなんですよ。ほんでね、働かへんのやったら、ここから追い出すでいうて。
ちょっと前にようやく腰を上げたんですわ。だからね、今は一生懸命仕事してもらわんと。」
「そらよかった。潤君もええ大人でしょ?立派に働かんと。」
「そうなんですよ。しんどいしんどい言うてるけど、毎日頑張って行ってるんです。
だからね、そういう話をしたら、また気が滅入ってニートに戻るんちゃうか心配で。」
「潤君、落ち込んでたんですね?宏太のこと。」
「そらもう!だって仲の良い友達が行方不明になったんですからね。そらもう・・・ほんま落ち込んでました。」
「ほな・・・・やっぱり無理ですか?」
「できたらそっとしといてあげて下さい。ようやく働きだしたし・・・・・。」
「分かりました。色々聞かせてくれて、ありがとうございました。」
ペコリと頭を下げて、踵を返す。
女は「大した力になれんで」と会釈した。
田所も会釈を返し、マンションを後にする。
車に戻り、部屋を見上げて、「はあ・・・」と息をついた。
「やっぱり潤君に直接話を聞きたいな。・・・・・帰ってくるまで待つか。」
コンビニで時間を潰し、近所のパチンコ屋で時間を潰し、暗くなるのを待った。
そしてマンションの近くに戻り、入口をじっと睨んだ。
「宏太君と同い年やから、今やと27、8いう頃やな。」
それらしい青年が現れないか、遠くから睨む。
すると待つこと30分、マンションからパーカーを着た青年が出てきた。
頼りなさそうな顔をしていて、見事なまでの猫背だ。
青年は駐車場を抜け、コンビニまで歩いていく。
「あれ・・・・そうかな?」
田所は思った。
時間を潰している間に、仕事から帰ってきていたのかもしれないと。
後をつけていくと、コンビニに入っていった。
漫画を立ち読みし、エロ本のコーナーで腕組みをし、パンとジュースと『知ったら儲かる裏ワザ』なる本を抱えて、レジに向かった。
田所は外で待ち、彼が出てきた所で声を掛けた。
「あの、すいません。」
「・・・・・・・・・。」
青年はビクっと睨む。
田所は「人違いでしたら悪いんですが・・・」と切り出した。
「もしかして佐々木潤君で?」
「はい・・・・。」
「ああ、やっぱり。俺ね、宏太君の叔父なんやけど・・・・、」
そう言いかけると、「お母さんの言うてた?」と尋ねた。
「あ、お母さんから聞いた?」
「なんか変な人が来たって。叔父さんとか言うてたけど、ちょっと怪しいって。」
「いや、ほんまに叔父やねん。」
「・・・・まあ俺はどっちでもええですけど。」
興味もなさそうに、「ほんで?」と言った。
「なんか俺に聞きたいことあるんでしょ?」
「宏太のことでな。あいつずっと行方不明のままや。どうにか見つけられへんもんかと思ってな。」
「死んでるでしょ、もう。」
あっけらかんと言う潤に、田所は顔をしかめた。
「それが友達に言うセリフか?」
「違うでしょ?」
「何がや?」
「普通こういう時って、それが身内に言うセリフか?でしょ?」
「は?」
「あんたやっぱり叔父さんとちゃうんでしょ?」
そう言って「誰?」と詰め寄った。
「あんたが本物の叔父さんかどうか、そんなんどうでもええねん。俺が嫌なんは、あいつのこと茶化されることや。」
「茶化す?」
「どっかの記者やろ?未解決失踪事件とか、そういうの集めた本とかあるやん?」
「違う。俺は記者やない。」
「叔父でもないやろ?」
「・・・・・叔父や。」
「嘘つけ。」
潤はタバコを取り出し、備え付けの灰皿へ向かっていく。
煙を吐きながら、「誰か教えてくれたら話すわ」と言った。
「・・・・・・・・。」
田所は迷った。
本当のことを話してもいいが、信じてはもらえないだろう。
しかし・・・・、
「ええで。でもな、ちょっとぶっ飛んだ話や。それでもええか?」
潤は目で「話せ」と促す。
田所は頷き、どうしてここへ来たのか、詳しく話した。
「・・・・な?幽霊とか信じられへんやろ?だから叔父って嘘ついたわけや。」
肩を竦め「笑ってもええで」と言った。
しかし潤は笑わなかった。
それどころか、神妙な顔で「そうなんや・・・」と頷いた。
「あいつ・・・・やっぱりあそこで死んでたんやな。」
「なんや?なんか知ってるんか?」
「あの工事現場な、他にも人を埋めたって噂があるねん。」
「マジか!?」
「だから安いのよ、あのマンション。けっこうええ所やのに、入居者がおらんやろ?
だから俺ん所みたいな普通の家族でも、最上階に住めるねん。」
「なるほど・・・・それで人が少ないわけか。」
「オカンはあんたのこと怪しんでたから、余計なことは言わへんみたいやったけどな。でもあのマンションはいわく付きや。」
タバコを揉み消し、ジュースを取り出す。
ゴクっと喉を洗って、そびえるマンションを見上げた。
「あそこの埋め立てをしたんは、戸田組いう土建業者や。
俺の同級生のオトンがやってた所でな。まあ柄の悪い人やったわ。
ヤクザとも付き合いがあったみたいやで。」
「ほな・・・人を埋めたいう噂もあながち・・・・、」
「かもな。他にも色々捨ててたみたいやで。どっかと癒着でもして、賄賂でももらってたんちゃうかな。」
「それは俺も考えたんや。そういう話は聞いたことがあるからな。」
「あんまりええ噂のない業者やったわ。でも子供にとって、工事現場って最高の遊び場やん?
だから宏太君と一緒にちょくちょく行ってたんや。
だけどあの日だけは行かへんかった。俺、新しいゲーム買ってもらったからさ。
宏太君も誘ったけど、工事現場で遊ぶ方がええって、一人で行ってもたみたいやな。」
しみじみした顔で言いながら、「俺な、幽霊を見たんや」と笑った。
「幽霊?」
「宏太君のな。」
「ほんまに?」
「あいつが行方不明になって、何日か経ってからやった。夢ん中に、宏太君が出てきたんや。
死んでもたって笑ってたな。そんで下半身がないねん。
俺、めっちゃ怖くてさ。宏太君はダンプに撥ねられたいうて、しかもその後埋められたんやと。」
「それ・・・・ただの夢とちゃうんか?」
「かもしれん。でもあんたの話を聞いて、やっぱりあれは幽霊やったんやって確信したわ。
だってこの話、誰にもしてないからさ。」
そう言ってニコリと笑った。
「ああ、宏太君死んだんやなあって、あの時そう思ってさ。でもガキ一人じゃなんにも出来へんやん。
可哀想やとは思うけど、どうしようもなくて辛かったなあ。」
またタバコを咥え、「トラウマや」と言った。
「時間が経つほど苦しいなっていって、大学を出てからは引きこもった。おかげでついこの前までニートやからな。」
「でも今は働いてるんやろ?立派やないか。」
「親父がもうじき定年やねん。さすがにな、定年後も脛齧るいうのは・・・・。」
自嘲気味に言って、タバコに火を点ける。
「辛かったんやな。」
「けっこうな。仲良かったから。・・・・そんでさ、宏太君の幽霊が出てきて、その二日後くらいやったかなあ。
戸田が急に学校に来おへんようになってな。」
「戸田?それは戸田組の息子さん?」
「そう、俺と一緒のクラスやった。なんか体調を崩して、しばらく学校に来られへんって先生が言うてたわ。
でもおかしない?あいつの幽霊が出てきて、次の日に学校に来おへんようになった。
だからな、多分宏太君は、戸田の夢にも出たんやと思うで。
お前んとこの親父、許さへんでって。下半身がない幽霊みたいな感じで、そんなん言われたんちゃうかな?
だから怖あなって、学校に来おへんようになった。」
「う〜ん・・・・なんとも言えん話やな。」
「全部俺の想像やからな。でも俺の夢に出てきた宏太君は、本物の幽霊やったと思う。
俺の夢に出てきた宏太君と、あんたが神社で会った宏太君、どっちも下半身がないやもん。
ダンプに撥ねられて、その後は埋められた。
見ず知らずのあんたと俺、話が合うのはおかしいやん?
ほな絶対に幽霊やねん。あの時夢に出てきた宏太君は・・・・。」
そう言って辛そうに俯いた。
「俺、役に立てへんかった・・・・。なんもしてやれんですまんって、言うといてくれるか?」
「おお、絶対に伝える。」
落ち込む肩をポンと叩く田所。
潤は「絶対な」と頷いた。
「ほな・・・もう帰ってもええかな?」
「ああ、すまんな、色々教えてくれて。」
「・・・・・・・・。」
「どうした?神妙な顔して。」
「あんたのほんまの目的は、宏太君を見つけることと違うやろ?」
「そや。その戸田組いうのに、罰を与えるのが宏太君の望みや。俺はその手伝いをするだけや。」
「ほな戸田の居場所教えたろか?」
「おお!そやな、行ってみんと!」
ポンと手を打ち、「どこや?」と詰め寄る。
「まだ地元におんのか?親父さんは自殺したって聞いたけど、息子の戸田君はまだここにおんのか?」
「おるよ。」
「どこに?」
「墓地に。」
「墓地?」
「あいつも自殺したからな。」
「なんやて?」
田所の表情が曇る。
潤は「ビックリしとるな」と笑った。
「こっからちょっと車で走ったとこに墓地があんねん。場所教えたるわ。」
そう言って、身振り手振りで墓地までの場所を伝えた。
「あんた幽霊に好かれやすいみたいやからな。もしかしたらやけど、墓地から戸田が出て来て、なんか聞かせてくれるかもな。」
「嬉しいないこと言うな。」
「冗談や。でもちょっとは本気やねん。もし・・・・宏太君の無念を晴らすことが出来るんやったら、俺は嬉しい。
そうしたらトラウマが消えるかもやし。」
悲しそうな目で笑って、「ほなな」と手を振る。
「ありがとうな、色々と。」
去りゆく潤に手を振り、「墓地か・・・・」と呟く。
「死者に聞き込みをせいってか?んなアホな。」
そう思ったが、あながち無理でもないと考えるのは、立て続けに起こる不思議な出来事のせい。
田所は「頭おかしなるな」とため息をついた。
「でも色々と聞けたな。来たは甲斐はあったで。」
マンションへ戻っていく潤の背中に、小さく手を挙げる。
死者の声を聴き、それを今まで抱えていた青年は、田所のおかげで足取りが軽くなっていた。
重い荷物を、ほんの少しだけ外すことが出来たかのように。
遠くへ消えるその背中は、夜に逃げていくようだった。

不滅のシグナル 第九話 夜に逃げる(1)

  • 2017.04.19 Wednesday
  • 17:33

JUGEMテーマ:自作小説
蒸し暑い夜、田所は安桜山神社に来ていた。
蚊が寄ってきて、シッシと手を払う。
「虫除けスプレーかけてきたらよかったな。」
刺された肌を掻きながら、小屋の椅子に座る。
昨日、ここであの少年と会った。
三年前に撥ねてしまったあの少年と。
今日ここへ来いという約束だったので、寄ってくる蚊に顔をしかめながら待った。
待つこと10分ほど。あの少年が現れた。
何もない空中から、音もなくスウっと。
その隣には別の少年がいて、仲良く手を繋いでいる。
『こんばんわ。』
「おう。」
手を上げ、「それが友達か?」と見つめた。
『宏太君いうねん。僕より一個下の小二やねん。』
宏太なる幼い少年は、ジロジロと田所を見つめた。
そして田所も宏太を見回す。
《車に撥ねられたって言うてたけど・・・・これは撥ねられたどころとちゃうやろ。》
宏太は下半身がなかった。
何かで切断されたように、バッサリと千切れている。
左腕の先も失くなっていて、顔には大きな擦り傷があった。
『宏太君な、ダンプカーに撥ねられたんや。』
「ダンプか・・・・それでそこまでの怪我を・・・・、」
『ほんでな、ボーンて飛ばされた後に、別のダンプに轢かれたんや。』
「二回もかいな!」
『工事現場で遊んでた時にな、事故に遭うたんやって。な?』
少年が目を向けると『せやで』と頷いた。
『でもな、全然痛くなかってん。なんかな、ナンバーの所から記憶がなくて、気づいたらこんなんなってたんや。』
そう言って失った下半身を指差す。
「ナンバー?」
『あのな、工事現場で遊んでてな、ほんでな、土の山から下りた所で、デッカいダンプがきたんや。
僕はな、すぐにダンプを振り返ってな、ほんならな、デッカいナンバーが目の前にあったんや。』
「ナンバープレートのことか?」
『ほんでな、その後から全然覚えてないんや。気いついたらな、こんなんなってたんや。』
そう言って、なぜか可笑しそうに笑った。
「なんで笑てんねん。笑うことちゃうやろ。」
『でもな、全然痛くないねん。なんでかっていうとな、もう死んでるから。』
「・・・・神様も酷やな。死んだ後くらい、綺麗な身体にしたったらええのに。」
田所は首を振る。
少年の姿も酷いが、宏太の姿はそれ以上だ。
しかし強すぎる刺激ほど麻痺するもの。
目を背けたくなるその姿は、案外早く慣れることが出来た。
「宏太君はあれやろ?自分を撥ねた人を捕まえてほしいんやな?」
『そやねん。別にな、死んでも痛くないからな、別に死んでも怒ってないねんけどな、でもちょっとくらい腹立つやん?
だからな、僕を殺した奴を捕まえてほしいねん。』
「ほな犯人は逃亡しとるわけやな?」
『?』
「ああ、ごめん。逃げるいう意味や。」
『そんなん知ってるわ。馬鹿にせんといて。』
ムスっと頬を膨らませ、子供らしい表情でふてくされる。
「でも首を傾げてたやんか?だから逃亡の意味が分からんのかと思って・・・・、」
『犯人は逃げてなんかないで。』
「・・・・どういうことや?」
『僕がな、事故したのは工事現場なんや。だからな、僕は埋められたんや。』
「埋めるって・・・・隠蔽されたんか?」
『?』
「・・・事故を隠したっちゅうことやな?」
『うん。』
「・・・・胸糞悪いな。こんな子供を撥ねて、それを隠すなんて・・・、」
そう言いかけた時、『おっちゃんも逃げたやん』と少年が言った。
『俺を撥ねて逃げたやろ?』
「・・・・そやったな、すまん。」
膝に手をつき、頭を下げる。
「偉そうに言える立場やなかったな。堪忍してや。」
『もう終わったと思って忘れかけてた?』
「・・・・思い上がってたかもしれん。この通りや。」
深く謝り「それで?」と先を促す。
「君は埋められて、事故は無かったことにされたわけや。その後はどうなった。」
『デッカいマンションが建った。』
「マンション?」
『工事が終わってな、それでデッカいマンションが出来たんや。』
「ほな君は・・・今でもそのマンションの下に埋まってるんやな?」
『多分な。』
「多分て・・・・自分のことやろ?」
『だって20年の前も話やもん。もう骨とかになって、土とかに溶けてるかもしれへんし。』
「そのまま埋められたんか?」
『うん。』
「そうか・・・・。もしコンクリートとか流し込んでたんやったら、まだ遺体があったかもしれへんのにな。」
田所は考える。
犯人を捕まえるのは至難の技だと。
「遺体がなけりゃ証拠がないも同然や。いくら警察に言うたって、動いてはくれへんな。」
どうしたもんかと悩んでいると、『あのな』と宏太が言った。
『僕な、別にどんな風でもええから、犯人が捕まったらええねん。』
「ん?」
『だからな、僕を撥ねたから捕まるんじゃなくて、別のことでもええねん。』
「別のこと?別件ってことか?」
『?』
「・・・・他の悪さでもええってことか?」
『うん。』
「君を撥ねた犯人は、他にも悪いことをしとったんか?」
『そこの工事現場の人ら。』
「どういうことや?」
『あのな、あそこの工事現場で、捨てたらアカンもん捨ててたんやって。』
「それは不法投棄・・・・悪いものを捨ててたってことか?」
『なんかな、お母さんとか、近所のおばちゃんが言うてた。なんかな、腐った肉とかな、掃除で使った薬とか。
それと汚い油みたいなんとか、いっぱい捨ててたんやって。』
「・・・・・・・・。」
それを聞いた田所は考えた。
《その工事の業者、産廃業者と癒着でもしてたんかな?》
田所が以前に勤めていたのは、薬品メーカーである。
その時、同僚から似たような話を聞いたことがあった。
《薬品によっては、法律に沿った形で処理せなアカンもんがようさんある。でもそれには金が掛かるからな。
だから埋め立てなんかをする業者に賄賂を渡して、安く引き取ってもらうっちゅうのは聞いたことがある。》
田所自身はそういう場面に出くわしたことはない。
しかし首になった上司の中に、そんな噂がささやかれていた者がいた。
《もしそうやとしたら、これは手がかりになるな。宏太君のことを追及するのは無理でも、不法投棄なら警察も動いてくれるかもしれん。》
20年もあれば、人の体は土に還る。
しかし薬品の場合は、もっと長い時間残ることがある。
《いったい何を捨ててたんか知らんけど、調べてみる価値はありそうやな。》
少しだけ希望が灯る。
田所は「任せとき」と頷いた。
「おっちゃんがなんとかしたる。」
『ほんま?』
「どこまで出来るか分からんけどな。でもやれる限りのことはやってみるわ。」
立ち上がり、小指を向ける。
「絶対に解決するって約束はできへん。でもやれる限りのことはやってみる。それだけは約束する。」
『ほんまやで!』
宏太は嬉しそうに笑って、指切りを交わした。
『絶対やで。約束破ったら許さへんからな。』
「もう破ったりせえへん。何か分かったらいつでも知らせに来る。」
『ホンマやで!絶対な!』
嬉しそうにはしゃぐ宏太を見て、田所は胸が痛んだ。
足がないので、腕だけで這いずり回っている。
死人だから痛くはないのだろうが、それでも胸が締め付けられた。
田所は手を伸ばし、宏太を抱き上げた。
「大丈夫、おっちゃんに任せとき。」
そう言ってポンポンと背中を撫でると、少年も手を広げた。
『俺も。』
「おう。」
二人を抱き上げ、よしよしとあやす。
「すまんな・・・・勝手な大人のせいで辛い目に遭わせて。」
二人の身体は驚くほど冷たかった。そして驚くほど硬い。
「こんな姿にさせてもて・・・・。ほんまはもっともっと楽しいことが待ってたやろうに・・・・ごめんな。」
抱きしめ、何度も謝る。
やがて腕に重さがなくなり、二人は消え去った。
「・・・・おっちゃんに任せとけ。恨みを晴らしたる。」
そう言って本殿を見上げる。
「喜衛門、お前のことはオヤジさんから聞いたで。大昔におったごっつい霊能力者やったんやってな。
でも欲深い商人に目えつけられて、そいつの誘いを断ったが為に、辛い目に遭った。
そういう意味じゃ、お前も身勝手な人間の被害者や。」
本殿の前に立ち、賽銭を入れる。
鈴を鳴らし、パンパンと手を叩いた。
「力を貸してくれ。報われんと逝ってしもた子供らの為に。」
もう決して神頼みはしない。
そう決めたのに、三度目の祈りを捧げていた。
リスクは覚悟の上。
こうしてこの神社と出会い、あの子たちに出会ったのは、全て喜衛門の手引きだと思っていた。
「お前は失くしたいんやろ?理不尽に命が奪われるような出来事を。
この世にはお前の力を引き継いだ子孫がようさんおって、でもみんな不幸なんやろ?
それもこれも、お前が残した力のせいや。
たくさんの仏像や御神体に、お前の力が残ってるんやろ?
それがあるせいで、未だにお前の血を引く者が辛い目に遭うとるんやろ?
全部オヤジさんから聞いたわ。」
田所は顔を上げる。
扉の隙間を睨み、奥で輝く鏡を映した。
「お前は理不尽な目に遭って、不幸な結末を迎えた。
それやのに、今度は自分の残した力のせいで、子孫が不幸な目に遭うてる。
お前はそれに終止符を打ちたいんや。
だから・・・・だから俺を引き合わせたんやろ?
ここに残った、最後の御神体を破壊する為に。」
じっと鏡を睨み「任せとけ」と頷く。
「この世にな、不思議な力はいらへんねん。特別なことは必要ない。
何気なく、平穏に暮らせるのが一番ええんや。
お前の望み通り、俺が徳を積んだる。そんでこの世からお前の残したもんを消し去ったる。
・・・・だから力を貸せ。あの子らを助ける為に。」
昨日、オヤジから喜衛門の話を聞いた。
『あくまで伝え聞いた話やで?』と前置きした上で、詳しく教えてくれた。
それを聞いた田所は、喜衛門もまた助けを求めているのだろうと思った。
不思議な力を手にして生まれ、そのせいで辛い目に遭った。
しかも子孫たちも同じような目に・・・・。
喜衛門の血を引き継ぐ子孫は、大きく二つに別れる。
星野という姓を持つ者、そして野々村という姓を持つ者に。
星野姓は神道系に属し、野々村姓は仏教系に属していることが多い。
どちらも不思議な力の持ち主で、幽霊を従えるとか、人の持つ色が見えるという。
しかし子孫の全てが力を発揮するわけではない。
眠った力を開眼させるには、喜衛門の力を封じた仏像や御神体が必要になるのだ。
そしてこれらを巡って、子孫の間で争いが起きている。
その争いは常に水面下で行われていて、死人が出ることも珍しくない。
しかしいくら子孫が彼の血を引いていようが、それは世代と共に薄くなる。
仏像や御神体さえなくなれば、喜衛門の力は消滅するのだ。
そして今、それらのほとんどが失われた。
多くの犠牲者、そして勇気ある者の行動によって、とうとうあと一体というところまできたのだ。
そして最後の御神体が、安桜山神社にある鏡。
これさえなくなれば、全てが終わる。
しかしそう簡単に壊せるものではない。
高い徳を積んだ者でなければ、この鏡を破壊することは出来ないのだ。
下手に手を出せば、大きな災いが降りかかり、余計に死者が出る。
田所はオヤジの話を思い出しながら、「俺に期待してんねやろ?」と尋ねた。
「俺は事故の被害者であり、加害者や。理不尽に大事な人を奪われたし、その後は俺自身があの少年を・・・・。
だからこそ俺を選んだんやろ?」
全ては想像でしかないが、田所には確信があった。
「・・・美由希の姓は野々村や。あいつが死んだのは、お前の子孫やったからなんやろ?
お前の血を継ぐ者が、最後の御神体に関わってきたらまずい。
どっからどう情報が漏れて、他の連中に知れ渡るか分からん。
だから殺した・・・・・そうなんやろ?」
美由希に不思議な力はなかった。オカルトも信じていなかった。
それどころか、喜衛門のことすら知らない。
しかしそれでも命を落としたのは、彼女が喜衛門の子孫だからではないかと考えていた。
「美由希が死んだのは俺の不注意や。でも例え俺が注意してても、それ相応に辛い目に遭ってたかもしれん。
アイツの一番の不幸は、俺と出会ってしもたことかもしれんな。」
神社に背を向け、車に戻っていく。
田所は思っていた。
悪い意味で運命が回っていると。
それを終わらせる為には、あの少年の頼みを解決するしかない。
そうすれば自分の罪は今度こそ消えて、徳を積める。
そうすることで、喜衛門なんて厄介な奴を、この世から追い払えると思っていた。
ルームミラーに、遠ざかる神社の灯りが映っている。
それはとても不気味で、同時に神秘的だった。
「明日から忙しいなるな。」
雲が流れて、月明かりを遮る。
車のライトだけが、深い闇を切り裂いた。


            *

安桜山神社で起きた不思議な出来事。
二人の少年と会い、ある頼みごとを受けた。
宏太と会った翌日、田所はそのことをオヤジに話した。
「んん〜・・・そらまた難儀な。」
腕を組み、いつものようにタバコを吹かす。
「それでですね、ちょっとばかし休みがもらえんかと思いまして。」
「人手は足りてるからええけどな。でもそんなもん素人の兄ちゃんに解決できるもんなんかいな?」
オヤジは心配そうな顔をする。
「もし失敗してみい。またどえらい事が起きるで?」
「かもしれませんけど、もう約束したんです。俺はあの子らの力になってやりたいんです。」
「気持ちは分かるけどなやなあ・・・・もう20年も前のことやろ?
しかもその子が埋まっとる場所にはデカいマンションが建ってるんやろ?
そんなんやっぱり無理ちゃうかなあ。」
「いや、見つけるのはその子の遺体やないんです。どうにか不法投棄の証拠を掴めんもんかと思いまして。」
田所は真剣な顔で尋ねる。
「オヤジさん、なんかその手の道に詳しい人は知りませんか?」
「おらんわけでもないけどな。」
「ほんまですか!?」
「農業っちゅうのは土が大事や。汚染された場所では出来んからな。
せやから充分に選んで、この場所にしたんや。」
「ここオヤジさんの地元ですよね?」
「そや。近くにこないな土のええ場所があったわけや。幸運やで。」
「そんで・・・・その道に詳しい人いうのは?」
「俺や。」
「オヤジさん?」
田所はキツネにつままれたような顔をした。
「筋モンやってる時にな、地上げを担当してた事があんねん。」
「はあ。」
「ああいうのって、よう土地のこと調べなアカンのやわ。後から面倒になることもあるさかいな。」
「ほな資格かなんかお持ちなんで?」
「ないで。」
「・・・・・・・・。」
「別にいらんねん、そんなもん。ちょっとそこの土やら水やら取ってきてな、カエルでも魚でもええから、放り込んどくわけや。
もしも汚染されてる土地やったら、そういう小さい生き物はすぐに死による。」
「そんな簡単なことで判断できるんですか?」
「最終的な判断は専門家を雇う。でも最初から専門家に頼んだら、えらい高あつくがな。
あいつら医者と一緒で、余計な検査ばっかりしよるからな。」
恨めしそうに言いながら、タバコを揉み消した。
「化学的にどういうモンが含まれてるとか、将来的にどういう影響を及ぼすとか、そんなもん専門家に任せるしかないわ。
でもな、汚染されてるかどうかくらいは、簡単な方法で見抜けるもんやで。」
「でもカエルでも魚でも死なんくらいの僅かな汚染やったら?」
「そんなもん汚染されてるとは言えへん。」
「でもあの子との約束を果たすには、過去に不法投棄してるって事実が必要なんです。」
「20年も昔のことで、しかも今は人体に影響がないレベルやったら、誰が腰を上げるんや?」
「それは・・・・そうですね。」
「放射性廃棄物でも捨てとるんやったら別やけど、兄ちゃんが言うようなちっこい事では、警察は動かん。
まあ不発弾でも埋まってるんやったら別やけどな。」
冗談交じりに笑って、「現実的に望みはないっちゅうことや」と締めた。
「過去の土壌汚染なんて、そう簡単に証明できるかい。仮に分かっても、相手かて弁護士なり専門家なりを雇って、徹底的にやりあうはずや。
兄ちゃん一人ではどうしようもできへん。」
立ち上がり「うう〜・・・」と背伸びをする。
「ほな・・・・俺はどうしたらええんですか?」
「その子に謝るしかないやろ。」
「謝るって・・・・もう約束したんですよ。」
「懲りんとまた神頼みなんかするからや。」
「・・・・なんかええアイデアありませんかね?」
「俺に聞かれても知らんがな。」
面倒くさそうに言って、またあくびをする。
「一週間休みをやるわ。その間になんも掴めへんかったら諦めることやな。」
そう言い残し「さ、仕事や仕事」と出て言った。
一人遺された田所は頭を抱えた。
《オヤジさんの言う通りやな・・・・。素人の俺一人で、昔の不法投棄なんか調べられるわけがあらへん。
そんなもんちょっと冷静になったら分かるはずやのに・・・・。》
あの子達をどうにかしてやりたい。
そう思う気持ちが強すぎて、まったく頭が回っていなかった。
《いっつもこうやな。気持ちばっかり先走る。俺の悪いところや。》
田所は気づいた。
そういえばそのマンションの場所さえ聞いていないことに。
《アホやな俺は・・・・。》
悔しくなって、ボンと膝を叩く。
しかしせっかく休みをもらったのだから、出来る限りのことはしようと決めた。
・・・・その日の晩、また安桜山神社に向かった。
昨日と同じように、あの二人が現れた。
「なあ宏太君。他になんか知ってることないか?どうも不法投棄の線で行くのは無理みたいでな。」
そう伝えると『もう無理なん?』と悲しそうな顔をした。
「いやいや、まだ諦めたわけとちゃうで。でもな、よう考えたらマンションの場所すら聞いてないしやな・・・、」
『島根県の○○市ってとこにあるんや。宍道湖ってあるやろ?』
「おお、しじみで有名なとこやな。」
『そっから近い所にあるねん。』
「どんな感じのマンションや?」
『ピンクやねん。ほんでけっこう大きいからすぐに分かる。近くに大きい旅館があってな、ほんでちょっと離れた所に、釣りのお店がある。』
「島根県の○○市な。宍道湖の近くと・・・・。」
記憶に焼き付け、「なら他に思い出すようなことはないか?」と尋ねた。
『ないで。』
「即答かいな。もうちょっとなんか思い出されへんか?」
『だってそんなに知らんもん。遊ぶのが楽しい場所やったから行ってただけやし。』
「一人で行ってたんか?」
『うん。他の子も行くはずやったけど、なんかゲームするからええわって。』
「その友達の名前は?」
『佐々木潤君いうねん。』
「いつもはその子と遊んでたん?」
『うん。』
「そうか・・・・。まだ地元に住んでてくれたら、何か聞けるかもな。ちなみに君の家は?ご両親はおるんやろ?」
『お父さんもお母さんもおらんへんねん。僕がな、保育園の時に死んだから。』
「そうか・・・・すまん、悪いこと聞いて。」
『でも今は天国で一緒やねん。』
嬉しそうにニコっと笑う。
田所もつられて笑ったが、笑うべきところじゃないと真顔に戻った。
「ほな誰と住んでたん?」
『おじいちゃんとおばあちゃん。今一緒に天国におるで。』
「・・・・・・・・。」
『なんで悲しい顔してんの?』
「・・・いや、すまん。」
一家全員がこの世にいない。
しかも誰よりも早く逝ったのはこの少年。
そう思うと胸が詰まった。
「ほな君の話が聞けそうなのは、佐々木潤君くらいやな?」
『うん。』
「分かった。とりあえず明日、君が亡くなった場所に行ってみるわ。なんか分かるか調べてみる。」
『絶対やで!』
嬉しそうに頷いて、また手を広げた。
「おう、よしよし。」
『俺も。」
二人の少年を抱きしめ、昨日と同じようにあやす。
そして気がつけば消えていた。
「・・・・俺一人でどこまで出来るか?やってみるしかないわな。」
本殿を見上げ、手を叩いて祈りを捧げた。

不滅のシグナル 第八話 赤い空(2)

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 17:31

JUGEMテーマ:自作小説

今時の30代は若い。
坊さんの経を聞きながら、美由希にそう言ったことを思い出した。
初めて訪れる美由希の実家。
今住んでいる場所から、車で北に一時間ほど走った場所にある。
周りは山ばかりで、農協のスーパーがポツンと建っているだけ。
若者はどんどん出ていって、廃れた民家も多くなっていた。
美由希の家は山を切り開いた麓にあった。
美由希が亡くなってから二日後、実家へ戻ってきた。
昨日通夜を終え、今日は葬式だ。
目の前にはこじんまりとした祭壇があって、坊さんがお経をあげている。
周りには両親と親戚、そして何人かの友人。
ずいぶん質素な葬式だった。
田所は祭壇の彼女を見つめながら、《なあ?》と話しかける。
《覚えてるか?俺、今時の30台は若いって言うたよな?
やのにさ、なんで逝ってまうんねん。これからさ、幸せになれるかもしれへんかったんやで?
お義父さんから許してもらって、それに俺と婚約してさ。
やのになんでやねんな?まだ若いやん。これから人生変わることもあっやたん。なんで逝ってまうの?》
遺影を見つめながら、何度も語りかける。
昨日の通夜では何も言えなかった。
涙も出なければ、言葉もでない。
今日になって、やっと悲しいという感情が湧いてきた。
薄く目が滲んで、指で拭う。
《助かったのになんで・・・・。》
あれから何度も考えた。
どうして突然死んでしまったのか?
色々考えたが、思い当たることは一つしかなかった。
《お告げ・・・・俺が約束を破ったから・・・・。》
オヤジは言っていた。
喜衛門にお参りをした時点で、それは始まると。
そしてお供え物だけは絶対に忘れてはならないと。
最悪は人が死ぬこともあると・・・・。
《俺が死ぬんとちゃうんかい。なんで・・・・なんで美由希やねん!》
これが喜衛門の仕業だというのなら、呪わずにはいられなかった。
いくら神とはいえ、簡単に人の命を奪ってもいいのか?
一度約束を破っただけで、悪人のレッテルを張り付け、こんな仕打ちを与えるなんて許されるのか?
《・・・ふざけるなよ。もしこれが喜衛門のせいやとしたら、俺は絶対に許さへん。絶対にや・・・・。》
あの少女を恨む気持ちはない。
自分の為にわざわざ天国から戻って来てくれたのだから。
しかし喜衛門は違う。
《あの子はただお告げを持ってくるだけや。それを与えてるのは、喜衛門とかいう神様なんや。
お前が美由希を殺したんか?》
目を開け、血走った目で安桜山神社を思い浮かべる。
怒りは復讐心に変わり、悲しみよりも憎悪が膨らんだ。
やがて葬式が終わり、火葬場へ向かった。
棺桶に眠る美由希に、最後の別れを告げる。
「ごめんな・・・・幸せにしてやれんで。ほんまにごめんな。」
まだ涙が滲み、そっと頬を撫でた。
二時間後、火葬が終わって、骨を拾った。
丁寧に挟んで、骨壺に入れる。
カコンと無機質な音が鳴って、もうここに美由希はいないんだと痛感した。
葬儀を終えた後、田所は両親に頭を下げた。
「幸せにするって約束したのに、すんませんでした。」
両親は何も言わなかった。
急に訪れた不幸。
それを受け入れるのに必死で、ただ小さく首を振った。
その日、田所は一晩美由希の傍にいた。
そして翌朝、安桜山神社に向かった。
本殿の前に立ち、「喜衛門」と睨む。
「お前か?お前が美由希を殺したんか?」
人でも殺しそうな目で睨みつける。
本殿の扉は閉じていて、隙間から御神体の鏡が見える。
「俺は許さへんぞ。神様かなんかしらんけど、たった一回約束を破っただけで、人を殺してもええんかい?」
拳を握り、殴りそうになる。
それをグっと堪えて「待っとるからな」と言った。
「今日、夢の中に出てこい。美由希はなんで死んだんか?俺に教えにこい。
もし来おへんかったら・・・・ここを燃やす。」
田所は本気だった。
「ええな」と釘を刺し、神社を後にする。
職場に行くと、オヤジが「残念やったな」と肩を叩いた。
「まさか美由希ちゃんが亡くなるなんて・・・・。」
「・・・美由希は死なずにすむはずやったんです。でも俺のせいで・・・・、」
田所は詳しい事情を話した。
美由希が亡くなったことは告げていたが、そこに至る経緯を、細かく伝えた。
するとオヤジは「そらあかん」と首を振った。
「言うたはずやで。お供えもんは忘れたらあかんて。」
「分かってます。でもたった一回ですよ?一回忘れただけで、なんで美由希が死ななあかんのですか?」
「それも言うたやろ。最悪は人が死ぬこともあるって。
美由希ちゃんが急に亡くなったんは、間違いなくお告げのせいや。お前が悪いんやで。」
「ほな俺を殺せばよかったでしょ。なんで美由希が・・・・、」
「それが罰っちゅうもんや。」
「罰?美由希は何も悪うないのに?」
「納得いかへんやろけど、それがお告げの危険性なんや。
人を超えた力を借りるんやったら、それ相応の危険がないと、誰かが悪用するかもしれへん。
だから理不尽な罰を与えるんや。」
オヤジは椅子に座り、プカリとタバコを吹かした。
「兄ちゃんが怒るのは当然や。でもな、神様ちゅうのは怖いんや。
覚悟のないモンが手えだしたら、こういう目に遭うっちゅうこっちゃ。」
天井に煙を飛ばしながら、「これでもう懲りたやろ?」と尋ねた。
「神頼みなんてそう何度もするもんと違う。一回上手くいっただけでも良しとせんと。」
「一回も上手くなんていってませんよ。美由希は事故に遭うて・・・・、」
「それは兄ちゃんの不注意やろ?防ごう思たら防げたはずや。」
「・・・・・・・・。」
「喜衛門さんを責めたらアカン。悪いのは兄ちゃんなんや。あんたの不注意が不幸を招いてしもた。それだけや。」
「ほな・・・・美由希が死んだのは俺のせいですか?」
「そうとは言わんけどな・・・・、」
「そう聞こえます。」
「俺が言いたいのは、もう神頼みなんかするなっちゅうことや。」
タバコを揉み消し、「仕事や仕事」と立ち上がった。
「辛いやろ?しばらく休んでええで。」
「いえ・・・・じっとしてる方が落ち着かないんで・・・、」
「ほな一生懸命身体を動かせ。出所した時のリハビリみたいにな。」
肩を叩き、オヤジは事務所から出ていく。
「俺が悪いんか・・・・?」
田所は立ち尽くす。
美由希が死んだのは自分のせいで、悪いのは自分自身。
それをどう受け止めていいのか分からず、しばらく立ち尽くしていた。

            *

仕事が終わり、タイムカードを切る。
「お疲れさんでした。」
同僚に頭を下げて、職場を後にする。
するとその時「兄ちゃん」とオヤジがやってきた。
「はい?」
「あんた安桜山神社に行く気やろ?」
「そのつもりでしたけど・・・・今は迷ってます。
オヤジさんの言う通り、悪いのは俺やったんかなって・・・・。」
「いや、俺も言い方が悪かったな。別に兄ちゃんを責めたつもりはないねん。
ただな、あのままやったら、余計なことしそうで心配やったからな。」
「余計なこと?」
「神社に行ってなんかやらかすつもりやったんやろ?」
「・・・・・ええ。」
「悪いことは言わん、やめとき。」
オヤジは車の鍵を振った。
「飲みにでも行こうや。」
「・・・・・・・・。」
「そら飲んで忘れられるようなことちゃうやろけどな。一瞬でも辛さから解放されたらどうや?」
オヤジの気持ちは嬉しかった。
しかし田所は「神社に行きます」と答えた。
「あそこに行って考えたいんです。俺が悪いんか、喜衛門が悪いんか。」
「ほな喜衛門さんが悪いってことになったら、どないするつもりや?」
「・・・・・・・・。」
「何しでかすか分からん顔やな。俺も行くわ。」
「オヤジさんも?」
「せっかくムショから出てきたんや。また逆戻りなんてなったら、美由紀ちゃんも悲しむやろ?」
そう言って軽トラに乗り込み、「ほれ」と助手席を向ける。
「・・・・自分の車で行きます。」
田所も車に乗り、オヤジと一緒に神社へ向かった。
時刻は午後五時半。
まだ陽は高く、じょじょにオレンジに染まっていく。
10分ほど車を走らせ、神社に到着した。
オヤジは鳥居の前で頭を下げる。
「綺麗なもんやな。」
オレンジの光を受けた神社は、神秘的に輝いていた。
田所も綺麗だなと思ったが、情緒を呟く気にはなれない。
オヤジの脇を通り抜け、階段を上っていった。
そして本殿の前に立つと、恨みを込めた目で睨んだ。
「喜衛門・・・・俺は分からん。自分が悪いんか、あんたが悪いんか。」
ぼそりと呟き、小屋の椅子に腰掛ける。
オヤジがやって来て、鈴を鳴らして手を叩いた。
田所は首を振り、《神頼みなんてするもんやなかったな》と俯く。
後悔を滲ませながら、ゆっくりと顔を上げた。
・・・・その瞬間、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。
「なんで・・・・・、」
目の前にまた子供がいた。
しかしそれはあの少女ではない。
三年前に撥ねてしまったあの少年だった。
「・・・・・・・。」
わけが分からず、沈黙する。
少年は『久しぶり』と笑った。
『ビックリした?』
「なんでここにおんねん・・・・。」
『喜衛門いうおっちゃんに呼ばれたから。』
「なんやて?」
『天国に喜衛門いうおっちゃんが来てな、それでここに連れて来られたんや。』
「だからなんで!?」
『なんかな、このままやったら神社が燃やされるかもしれへんからって。
そんでな、もしそうなったら喜衛門のおっちゃんは困るから、ちょっと力を貸してくれって言われたんや。』
「力を貸すって・・・・なんで君が連れてこられるんや?せっかく成仏したのに・・・・、」
『だって罪の意識があるやん?』
「なに?」
『おっちゃんは俺を怖がってるやろ?自分で殺したから。』
「・・・・そや。今でも悪いと思ってる。」
『それやったら、次は約束を破らへんやろうと思って、俺を呼んだんやって。』
「どういうことや?」
『前にここにおった女の子の約束は破ったんやろ?
それでおっちゃんの大事な人は死んで、だから復讐して神社を燃やすつもりやったんやろ?』
「おい待て!ほなやっぱり美由希は喜衛門のせいで死んだんか?」
『そやで。』
「・・・・・・・・。」
『でもそれはおっちゃんが悪いんやで。なんの危険もなしに、願いなんか叶えてもらえるはずがないやん。
そんなことも分からんと、約束を破ったおっちゃんが悪いんや。』
少年はあっけらかんと言う。
田所は「俺が・・・・」と頭を抱えた。
「やっぱり俺のせいか・・・・・。」
『おばちゃんを殺したのは喜衛門のおっちゃんやけど、原因はおっちゃんにあるから。
おっちゃんが神頼みなんてせえへんかったら、こんな事にならんかったんやで。』
「・・・・・・・・。」
『このままやったら、おっちゃんは神社を燃やしてまうやろ?そうなったら喜衛門のおっちゃんは困るんや。
それにおっちゃんを殺さなあかんし。』
「俺を?」
『当たり前やん。お願い事して上手くいかへんかったからって、燃やすなんて逆恨みもええとこやん。』
「でも喜衛門は美由希を・・・・、」
『おっちゃんが頼んだんやろ?危ないって分かってたのに。』
「・・・・・・・・。」
『どうしても燃やしたいんやったらやれば?おっちゃんは確実に地獄生きやけど。
あの世でおばちゃんと会うことも出来へんで。』
少年はクスクスと笑う。
田所は首を振り「もうええ」と立ち上がった。
「もう二度とここには来おへん。」
『逃げるん?』
「何がや?」
『俺な、わざわざおっちゃんの為に天国から戻ってきたんやで?
それやったらな、俺の為にお参りしていってよ。』
「お参りしてほしいんやったら、なんぼでもする。ただし君のお墓にな。」
『お墓に俺はおらへんて。ここにおるんや。』
少年は田所の前に回って、手を広げる。
『あのな、俺からお願いがあんねん。』
「なんや?」
『天国でできた俺の友達でな、車にはねられて死んだ子がおるんや。でもな、犯人はまだ捕まってないねん。』
「それを捕まえろっていうんか?」
『うん。』
「んなアホな。なんで俺が・・・・、」
『もしお願いを聞いてくれたら、良い事があるかもしれんで?』
少年はニコっと笑う。
田所は「ええことなんて・・・」と首を振った。
「そんなんいらへん。俺はただ平穏な日々を送りたかったんや。でも美由希がおらんようになって、それも無理や。」
『そんなことないって。だって運命って何があるか分からんのやから。』
そう言って『俺だってこの歳で天国に行くと思わんかったもん』と笑った。
『でもな、信じられへんような悪いことがやってくるんやったら、信じられへんような良い事だって起こるかもしれへんで?』
「・・・・・そんな期待を持てる気分になれんな。」
乗り気になれない田所だったが、「ええよ」と頷いた。
「君を死なせたのは俺や。断る権利はないわな。」
『ほなな、明日またここに来て。その子を連れて来るから。』
そう言い残し、少年はスっと消え去った。
それと同時に「兄ちゃん」と呼ばれる。
「どうした?ブツブツ独り言呟いて。まさかまた・・・・、」
「俺が死なせた子供がそこにいました。」
「ホンマか!?成仏したんと違うんか?」
「天国から戻ってきたそうです。喜衛門にお願いされて。」
「なんじゃそら?」
田所は本殿を見上げる。
《喜衛門。お前は俺に何をさせたいんや?神社を燃やされるのが嫌やから、あの子を戻したんか?
それとも他に理由が・・・・?》
自分は喜衛門に利用されているのではないか?
そんな気がしてならなかった。
「オヤジさん、ここに祀ってある喜衛門という神様のこと、詳しく教えてもらえませんか?」
「別にええけど・・・・えらい怖い顔しとんな。なんかやらかすつもりか?」
「違います。ただ気になるんですよ、喜衛門のことが。」
「まあ知りたいんやったら教えたるけど。」
オヤジは「立ち話もなんやから、いっぱい交わしながらやろうや」と歩き出す。
田所も鳥居を抜けて、神社を振り返った。
《俺がこの町に来たのは偶然やない。お前がオヤジさんと引き合わせて、それでここへやって来た。
ほな他のことも偶然と違うんとちゃうか?美由希と出会ったこと、あいつが死んだこと。
全部・・・・・全部お前の筋書きと違うんか?》
確証はない。しかし疑念が湧く。
なぜまたあの少年が絡んでくるのか?
なぜこうも車の事故に関係したことばかり起こるのか?
偶然ではなく、悪い意味で運命が動き出しているような気がした。
そして運命なんてものを動かすことが出来るのは、神様だけ。
田所の疑念は深まっていく。
《まあええわ。考えても仕方のないことや。今はあの少年との約束を果たさんと。》
正直なところ、田所は嬉しかった。
あの少年がもってきた、厄介な頼みごと。
それをこなしている限り、美由希を失った悲しみを誤魔化せるのだから。
夕陽は傾き、地平線へ近づいていく。
見上げた空は赤く染まっていた。

不滅のシグナル 第七話 赤い空(1)

  • 2017.04.17 Monday
  • 17:19

JUGEMテーマ:自作小説

汗が滲む夏の夜。
田所は安桜山神社にいた。
本殿を照らす一本の蛍光灯。
それを見上げて、ふうと息をついた。
一昨日、美由希が事故に遭った。
亡くなった夫の父を助けようとして、バスに撥ねられた。
彼女は今も目を覚まさない。
危険な状態が続いていて、ずっと両親が付き添っている。
田所は病室を抜け出して、この神社へやって来た。
ここにもうあの少女はいない。
役目を終え、天国へ旅立っていった。
あの時、神頼みは二度とすまいと決めた。
神様とは怖い存在。
良い事と悪い事、その両方を運んで来るもの。
少女からそう聞かされて、田所は自分を呪った。
《神頼みなんてせえへんかったら、美由希があんな目に遭うことも・・・・。》
後悔しても遅く、今は彼女が助かることを願うしかない。
願うしかないが、願うには祈る相手が必要だ。
神頼みは二度としない。
そう決めたクセに、気がつけばここへ来ていた。
《医者が言うには、いつどうなってもおかしいないらしいからな。頼れるのはこの神社しか・・・・。》
本殿を見上げ、祭神に語り掛ける。
《喜衛門さん。もういっぺんあんたの力を貸してくれへんか?
俺はどうなってもええ。だから美由希を助けてやってくれ。》
賽銭を入れ、鈴を鳴らし、パンパンと手を合わせる。
《俺が注意してれば、事故は防げたんや。だから俺の命を使ってもええから、どうかアイツを助けてやってくれ!》
目を閉じ、深く頭を垂れる。
《お供えもんでもなんでも、毎日持ってきます。だからどうか!》
強く願を掛けてから、踵を返す。
すると小屋の所にまた子供がいた。
「あ・・・・・、」
田所は言葉を失くす。
『おっちゃん。』
成仏したはずの少女が目の前にいる。
「なんで・・・?天国に行ったんと違うんか?」
そう言いながら近づくと、『喜衛門のおっちゃんがな』と答えた。
『あのおっちゃんはまた絶対に来るから、もう一回だけ手伝ってあげてって言われたんや。』
「なんやて?」
田所は顔をしかめる。
『また絶対に来るから、あと一回だけ頼むわって。』
「ほな・・・・俺のせいで成仏できへんかったんか?」
『うん。』
「・・・・・すまん。」
謝ったものの、言葉が続かずに目を逸らした。
「君は天国に行くはずやったんやろ?俺のせいで・・・・すまん。」
『あのな、またお菓子持ってきてくれる?』
「もちろんや!なんぼでも買うてきたる。」
『ほんまやで!嘘ついたら怒るで。』
「約束や。」
小指を結んで、指切りを交わした。
『ほなな、またお告げもっていくから。』
「待ってる。このままやったら美由希がどうなるか・・・・。」
『次はちゃんと注意せなあかんで。』
「分かっとる。お告げは良い事と悪い事、セットやもんな?」
『おっちゃんな、ちょっとボケっとしてるとこがあるから、気をつけなアカンで。』
田所は頷き、「ほなまた夢の中に来てくれるんか?」と尋ねた。
『うん。』
「ほな今すぐ寝るわ。そこに車があるさかい。」
そう言って「待ってるで!」と手を振った。
『お菓子は?』
「え?・・・ああ!そうか、そやったな。」
『ないと怒るで。』
「すぐ買うてくる。ちょっと待っててえや。」
田所は車を飛ばし、少し離れたコンビニに向かった。
しかし今日に限って、なぜか開いていなかった。
「なんでや?コンビニって休むんか?」
入り口のドアには張り紙がしてあった。
「・・・・店舗の改装か。ほなしゃあないな。」
近くにお菓子を買える場所はない。
「ちょっと離れたとこにスーパーがあったな。」
車を駆り、30分ほど離れた大型スーパーにやって来る。
そこでたんまりとお菓子を買い込んで、「早よ戻らな」と車に乗り込んだ。
その時、突然ケータイが鳴った。
それは美由希のいる病院からだった。
・・・・嫌な予感が過ぎる。
震える指でボタンを押し、「もしもし?」と尋ねた。
『田所はじめさんですか?』
「はい。」
『塚島病院の者です。先ほど野々村さんが目を覚ましました。』
「ほんまですか!?」
『一時間ほど前までは危なかったんです。何度も電話したんですが繋がらなくて。』
「ああ、すいません・・・・、」
『でももう大丈夫ですよ。一番危険なところは越えました。』
「ほならもう命に別状はないと?」
『はい。しかし後遺症が残る可能性があります。』
「・・・・・・・・・。」
『脳にダメージがあるので、上手く歩けなかったり、手が震えたりする可能性はあります。
詳しいことはこちらでお話しますので、病院までお越し願えますか?』
「分かりました!すぐ行きます。」
電話を切り、「よかった・・・」と息をつく。
「助かってくれた・・・・よかった・・・・。」
ホッと息をつくが、同時に不安も押し寄せた。
「後遺症か・・・・心配やな。」
助かったことは嬉しい。
しかし障害が残るのは怖かった。
とにかくすぐに会いたい。
田所はハンドルを切り、病院へ向かう。
お菓子が詰まったレジ袋が、助手席で揺れていた。

            *

「美由希、分かるか?」
集中治療室で眠る美由希に、手を握って話しかける。
ピクピクと瞼を動かし、薄く開いた目がこちらを見た。
「美由希!」
何度が瞬きをして、すぐに目を閉じる。
「・・・・よかった、助かって・・・・。」
涙ぐみ、「今は休んどき」と頭を撫でた。
それから田所は、彼女の両親と一緒に、医者の話を聞いた。
もう命に別状はないこと。
しかし後遺症がでる可能性があること。
そうなった場合、最悪は車椅子の生活になるということ。
とりあえずは回復を待ち、様子を見るしかないという。
田所は頭を下げ、彼女の両親と話し合った。
同棲していることは、病院で顔を合わせた時に伝えた。
しかし婚約したことはまだ伝えていなかった。
「もし美由希に何があっても、僕は結婚するつもりです。あいつを支えてやりたいんです。」
両親は渋い顔をした。
その気持ちは嬉しいが、田所には前科がある。
故意ではないにしろ、子供を死なせたという事実が。
しかし真剣に話す田所に、じょじょに信頼を寄せていった。
「僕はあいつに助けられたんです。もしあの時俺を撥ねたのがあいつじゃなかったら、俺はどうなってたか。
こうして出会うこともなく、今でも過去の罪に苦しんだままでした。あいつがおるから、僕は僕でいられるんです。」
渋い顔をしていた両親は、最後には頷いてくれた。
「あんたもうええ大人や。それやったら信用してもええな?」
「はい。」
強く頷き、「美由希のことは任せてください」と頭を下げた。
その日は田所が美由希に付き添うことになった。
彼女の実家には寝たきりの祖母がおり、両親はいったん帰ることにしたのだ。
「なんかあったらすぐに連絡ちょうだいな。」
「はい。」
両親を見送り、美由希の傍に座る。
「喜んでくれ。お父さんとお母さんからお許しがでたで。これで晴れて結婚できるな。」
頭を撫でながら、「なあ」と語りかける。
「この前デートの時に言うたよな。運命っちゅうのは分からんもんやって。
俺は被害者から加害者に、お前は加害者から被害者になって・・・・。
でもな、これでもうチャラやと思うねん。
俺はな、もう不幸なことは嫌や。その代わり、特別な幸運もいらん。
普通の・・・・ほんまに普通でええから、穏やかに暮らしたい。
お前とやったら、それが出来そうな気がするねん。だから目え覚ましたら、一緒に頑張ろうや。
リハビリが必要やったら、俺も手伝う。
車椅子に乗らなあかんのやったら、俺がどこへでも押していったる。
だからずっと一緒にいようや。」
しばらく傍にいてから、付添人の部屋へ戻った。
ベッドに横たわり、これからのことを考えていると、眠気が襲ってきた。
「運命は分からん・・・・ほんまに・・・・、」
独り言を呟きながら、夢の中へ落ちていった。
《・・・・・・おっちゃん。》
少女が現れる。
暗い夢の中に、真っ白に浮かんでいる。
《なんでお菓子持って来てくれへんかったん?
喜衛門のおっちゃんにお願いした時から、もうお告げは始まってるんやで?
なんで約束守ってくれへんかったん?
指切りげんまんしたやんな?
ウチずっと待ってたんやで?
おっちゃんの為に天国から戻ってきたんやで?
なんでずっと待ちぼうけなん?
おばちゃんが助かったから、もうお告げはいらんのん?
それやったらウチ、なんで戻ってきたん?
ずっと天国におりたかったのに。
向こうに行ったら、お父さんもお母さんも、真紀姉ちゃんも達也兄ちゃんもおるのに。
みんなとバイバイして戻ってきたのに、なんで待ちぼうけせなあかんの?
おっちゃんがお告げほしいって言うたんちゃうん?
ウチ、車ではねられて死んだんやで?
それやったらな、死んだあとくらい天国に行きたいのに、なんで神社で待ちぼうけせなあかんの?
せっかく喜衛門のおっちゃんが連れて行ってくれたのに・・・・。
ウチな、許さへんで。
約束破るなんて、悪い人のすることなんやで。
悪い人っていうのは、ウチを撥ねて逃げた人とおんなじなんやで。
ウチ怒ってんねん。
おっちゃんはな、大事なことまた忘れてるんや。
神様は怖いんや。
良い事と悪い事、両方持ってくるんやで。
なんでか分かる?
それはな、どんな人だって、良い事と悪い事のどっちもあるからなんや。
良い人でも悪い事するし、悪い人でも良い事するんや。
喜衛門のおっちゃんは良い人のお願いしか聞かへんけど、でも途中から悪い人に変わることもあるんや。
だから良い人が悪い人に変わった時は、悪いことが起こるんやで。
悪いことが起こるのが嫌やったらな、良い人でおらんとあかんのや。
神様に頼んで、これでもう大丈夫やって思ってる人とか、平気で約束破るような人は、悪い人なんや。
おっちゃんは約束を破ったから悪い人な。
悪い人には良くないことが起こるんやで。
・・・・もう朝やから、ウチは帰るな。
今度こそ天国に行くねん。
ほななおっちゃん。》
・・・・瞼の向こうから眩い光が射す。
田所は目を開け、ゆっくりと身体を起こした。
「・・・・・・・・・。」
嫌な夢を見て、頭を押さえる。
「さっきの・・・・お告げか?」
美由希のことがあって、すっかり少女との約束を忘れていた。
顔を洗い、タオルで拭い、ぼんやりする頭で夢を振り返る。
するとコンコンとノックが響いて、医者が入ってきた。
「おはようございます。」
医者は神妙な顔で会釈する。
真っ直ぐに田所の前まで歩いてきて、じっと見据えた。
「・・・・おはようございます。」
タオルを握ったまま固まる田所。
医者は小さく喉を鳴らした。
「先ほど、野々村美由希さんがお亡くなりになりました。」
「は?」
「つい先ほどです。それまでは容体が安定していたんですが、急に悪化して・・・・。
すぐに処置を施しましたが、残念ながら。」
「・・・・・・・・。」
医者は神妙な顔をしたまま、小さく頭を下げる。
田所はタオルを握りしめ、ただ石になるしかなかった。

不滅のシグナル 第六話 聞こえてるでしょ?(2)

  • 2017.04.16 Sunday
  • 17:10

JUGEMテーマ:自作小説

週末、繁華街は人で溢れる。
田舎の地方都市なのに、どこから掘り出してきたのかと思うくらい、人で溢れかえっていた。
「えらい人ごみやな。」
美由希は肩を竦める。
「土曜に遊びに来るなんて久しぶりやから、ちょっと新鮮やわ。」
そう言って行き交う人ごみを楽しそうに見つめた。
「なあ美由希。今日は駅の南口に行かなあかんねん。そこでお告げをやな・・・、」
「分かった分かった。それはちゃんと付き合うから。今はデートを楽しも。」
さっと手を出して「ん?」と見つめる。
「なんや?」
「手え繋ごいうてんの。」
「恥ずかしいがな。」
「たまにはええやん。」
「せやけどこの歳でやな・・・・、」
「30台はまだ若いんちゃうの?」
「そらそうやけど・・・・、」
照れる田所。
美由希はクスクス笑って「ほら」と手を握った。
上機嫌な美由希とは裏腹に、田所はそわそわしていた。
チラチラと駅を振り返り、《早よあそこに行かなあかんのに・・・・》と眉を寄せた。
それから三時間、美由希はデートを楽しんだ。
まるで学生にかえったかのように、嬉しそうにしながら。
「楽しいか?」
「ほんまに。たまにはこういうのもええな。」
ストローでコーヒーのクリームをつつきながら、「なあ?」と神妙な顔になる。
「どうした?」
「あんたさ、結婚とかって考える?」
「ん?」
「あんたは婚約者がおったんやろ?」
「事故で亡くなったけどな。その後は俺が加害者になってもた。運命ちゅうのは分からんよな。」
「そやな・・・・。私もあの人を殺すことになるなんて思いもせんかったわ・・・、」
「殺すいうな。事故と殺人は違うんや。」
「一緒やん。命を奪われた人からしたら。それに遺された家族も・・・・、」
「そうやって自分を責めるから、昨日みたいなことになんねん。
そら罪の意識は大事やけど、あんまり自分を追い込んだらあかん。」
さっきまでの楽しい笑顔はどこへやら。美由希の表情はどんどん曇っていく。
「やっぱあかんわ・・・・。」
「何が?」
「こうやって楽しく振舞ってみても、全然気持ちは晴れへん・・・・。どこかでずっと引っかかってるんよ、あの人のことが。」
顔を上げ、クリームのついたストローを舐める。
「全然笑うことができへんねん。作り笑顔はできても、心の底から笑えへん。」
声は重く、目から輝きが消える。
美由希は「なあ?」と尋ねた。
「あんた結婚願望はある?」
「う〜ん・・・どうやろ?この前まであの子のことで頭がいっぱいやったからなあ・・・・、」
「私はあんねん。」
「また結婚したいんか?」
「身勝手な理屈に聴こえるかもしれんけど、そうすることでしか前に進めへんような気がするんや。
このままずっと一人やったら、いつかあんたの言う通りになるかもしれへん。
もっともっとエスカレートして、それこそ自殺でもするんちゃうかって・・・・。」
「怖いか?」
「うん・・・・。正直なところもう無理や・・・・。ずっと我慢してたけど、もうしんどい・・・・。」
俯き「しんどい・・・」と繰り返す。
「だからさ・・・あんたさえよかったら、私と一緒になってくれへん?
こんな勝手な理由で言うのは、すごい失礼やって分かってる。
でもあんたとやったら、またやり直せるんちゃうかって・・・・。」
「ええよ。」
田所はあっさり頷く。
美由希は驚いた顔をした。
「しよか。」
「・・・・ちょっと待ってえな。そんな軽い買い物するみたいに言われても。」
「そんなつもりとちゃうよ。ぶっちゃけ言うと、俺かて一人は怖い。
この前まであの子のことがあったから、それどころじゃなかったけど。
でも今は違う。なんちゅうか・・・・お前と一緒や。
このままずっと一人でおったら、いつか潰れてまうんちゃうかって思う時があんねん。
せやけどお前とやったら、頑張れそうな気がするわ。」
「それは似たような境遇やから?」
「かもしれん。でもそういうのって大事やろ?
お互いに人には言いにくい過去があって、それを包み隠さず話し合える仲や。
だからな、これは神様が引き合わせてくれたんかなと。」
そう答えると、美由希は吹き出した。
「なんよそれ?そういうの信じへんタイプやったんちゃうの?」
「歳とると変わるもんや。なんちゅうか・・・目に見えるもんだけを信じるって寂しいやん。
そら運命なんてほんまにあるんかどうかは知らん。
でもあるって信じた方が、幸せになれることだってあるような気がすんねん。」
臭いことを言ってしまったと、少し後悔する。
しかし美由希は「そういうのもええな」と頷いた。
「あるかないか分からんけど、幸せになれるかもしれへんのやったら、信じてみるのもアリかな。」
「やろ?こうやって俺らが出会ったのも、なんかの運命かもしれへん。それやったら一緒になろうや。」
「・・・・ほんまにええの?私で。」
「お前がええ。」
そう言った後、「あ、でも婚約指はしばらく待ってや」と手を振った。
「今の給料じゃなかなか買われへんねん。その代わり金が溜まったらちょっとええのをやな・・・、」
「いらん。」
「ん?」
「別に指輪なんていらんよ。そんなんが欲しくて結婚したいわけとちゃうから。」
「・・・・ないわけにはいかんやろ。俺は買うで。」
美由希の手を取り「楽しみに待っててえや」と頷いた。
「こんな安月給の男やけどな。そういうとこは意地見せんと。」
「またカッコつけて・・・・。」
美由希はグっと唇を噛む。
短い髪を揺らして、「ありがとう」と頷いた。
「あんたと会えてよかったわ。そうやなかったら今頃・・・・、」
「だからそう悲観的になったらあかんて。過去は過去や。
自分のやったことを忘れたらあかんけど、それに縛られてもあかん。」
薄く涙を浮かべる美由希に、ポンポンと手を叩く。
「・・・・・ありがとう、ほんまに・・・、」
目を拭い「行こか?」と言う。
「どこに?」
「駅の南口。それが目的で来たんやろ?」
「おお、そやった!」
ポンと手を叩き「よう言うてくれた」と立ち上がる。
「忘れてたん?」
「そら急にこないな話になったさかいな。でも今日はそれが大事やねん。
お前の助けになるかどうか分からんけど、なんもせえへんよりはマシやろ。」
そう言って「早よ」と店を出て行った。
「ちょっと待ってえな。」
二人は駅に向かう。
人ごみは相変わらずで、それを縫うようにしながら、足早に向かった。
「なんや?お前も早よ行きたいんか?」
「だってこんなんさっさと終わらせたいもん。」
「俺も一緒や。」
駅に入り、向かいまで続く大きな通りを歩く。
そして南口の近くまで来た時、誰かがケンカしている声が聴こえた。
「なんや?」
南口を出て、声のする方に目を向ける。
そこには人だかりが出来ていて、その真ん中に二人の男がいた。
一人は酔っ払ったサラリーマン。
もう一人はポロシャツを着た、白髪の男だった。
「あ!あれって・・・・、」
田所は指をさす。
美由希は「お義父さん!」と叫んだ。
「こんな所で何をして・・・・、」
美由希が言い終える前に、サラリーマンが義父につっかかった。
胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶる。
何かを喚いているが、酔っ払っているのでろれつが回っていない。
義父は「悪かった」とか「わざとじゃない」と手を振っている。
しかしサラリーマンの怒りは治まらない。
顔を真っ赤にして、義父を殴り飛ばした。
「お義父さん!」
美由希が駆け出す。しかし田所が止めた。
「俺が行く!」
野次馬を掻き分け、二人の間に割って入る。
「大丈夫ですか?」
倒れた義父に駆け寄ると、後ろからサラリーマンが蹴ってきた。
大声で喚きたてるが、やはり何を言っているのか分からない。
「そうとう酔っ払ってるな。」
赤くなった顔、酒臭い息、トロンとした目、足取りはおぼつかなく、鬼の形相で怒鳴っている。
「ちょっと落ち着いて。」
田所はどうにか宥めようとする。
サラリーマンは「なんで俺やねん!」とか「訴えたる!」などと喚いた。
その怒りは義父に向かられているというよりは、見えない誰かにぶつけているようだった。
《この人、リストラにでもおうたんかな?》
スーツ姿で昼間から酔っ払うなんて、それくらいしか考えられなかった。
田所はどうにか男を押さえ込む。
「ちょっと落ち着こう、な?」
肩を抱き、どうどうと背中を撫でる。
暴れ疲れたのか、サラリーマンはものの数分で大人しくなった。
「ちょっとそっち座ろか。」
そう言って植え込みまで運ぼうとした時、警察が駆けつけた。
サラリーマンは拘束され、田所は事情を聞かれる。
「いや、俺も詳しいは分からんのですけど・・・・、」
そう答えると、後ろから義父が現れた。
「すいません、ご迷惑をお掛けして・・・・、」
義父は美由希に支えられながら立っていた。
殴られた左の頬が赤くなっている。
口元が切れて、美由希がハンカチで拭っていた。
義父は警察に事情を話す。
駅の近くのコンビニ行こうと思ったら、酔っ払いが若い子に絡んでいた。
あまりにしつこく絡んでいたので、見かねて注意をした。
すると突然激昂して、胸ぐらを掴んできたという。
何かを喚いているが、よく聞き取れなかった。
とりあえず落ち着くように言って、注意深く話を聞いてみた。
すると今朝リストラを宣告されたという。
真面目に働いてきたのに、どうして自分がと、納得がいかなかったらしい。
でも歳を聞けばまだ36で、まだまだやり直しがきくじゃないかと慰めた。
私の息子は死んでしまって、もうやり直すことも出来ない。
でもあんたはまだまだ若いし、こうして生きてるんだから、自棄になるのは早いと。
そう言って肩を叩こうとした時、相手がよろけた。
その時、手が頬に当たってしまって、ビンタをしたと勘違いされてしまった。
それからは何を言っても無駄で、とにかく手がつけられなかった。
ガツンと殴られて、そこにこの二人が助けに来てくれたと話した。
義父は田所と美由希に目を向け、「助かった」と頭を下げた。
「あのままやったら、もっと殴られとったかもしれん。」
田所は「いえ」と謙遜し、美由希は「お義父さん」と見つめた。
「大丈夫ですか?病院に行きますか?」
「いやいや、平気。」
遠慮がちに手を振って、切れた口元を拭う。
美由希がハンカチを当て、心配そうにした。
「あの・・・すいません・・・・。私なんかに助けられたくなかったやろうに・・・、」
俯く美由希だったが、義父は「いや・・・」と首を振った。
「なんであんたが謝る?助けてもらったのはこっちやのに。」
「・・・・・・・・・・。」
「あんたは何も悪うない。なんにも。」
口元を拭い、血のついた指を見つめている。
「悪うないよ、なんにも・・・・。」
もう一度同じことを呟き、「悪うない」と頷いた。
「悪うないんや。」
何度もそう呟き、美由希は「ごめんなさい・・・」と謝った。
「ごめんなさい・・・・・。」
「悪うない。ただ悲しいて・・・・、」
「ごめんなさい、ほんとに・・・・・。」
義父の手を握り、頭を下げる。
警察は「どうしますか?」と尋ねた。
「告訴するんやったら、詳しい話を聞かなあきません。これ、事件にしますか?」
そう問われた義父は「いや」と首を振った。
「その人まだ若い。ちょっと自棄になっとっただけでしょう。だからもういいですよ。」
義父はサラリーマンに近づき、「色々あるわ」と肩を叩いた。
「誰かて自棄になりたい時はあるわな。でも諦めるにはまだ早い。」
その言葉が届いているのかいないのか?
相手は俯いたままだった。
義父は「許したって下さい」と警察に言う。
「悪うないんです。私は気にしてませんから。」
「分かりました。ほな酔いが冷めるまでは、保護ということにしときますんで。」
両脇を警官に挟まれて、酔っ払いは連れて行かれた。
野次馬は散り、静けさが戻る。
「お義父さん、ほんまに大丈夫ですか?」
心配そうに見つめる美由希に、「平気や」と頷いた。
「悪かったな、助けてもろて。」
「・・・・こっちこそごめんなさい。あの時のこと、謝るのがこんなに遅れて・・・・、」
「悪うない。あれは事故や。でも儂も人間やさかい、ああいうことがあるとな、素直になれんで・・・・。」
真っ直ぐに美由希を見つめ「あんたも辛かったろうにな」と言った。
「あんたの気持ちは知っとった。でも・・・・ちょっと怖あてな。
どうやってあんたと向き合ったらええんか、儂には分からんかった。
こんな事でもなかったら、今でも顔を合わそうとせえへんかったやろ。」
「お義父さん・・・・。」
美由希はグスっと涙ぐみ、小さく首を振った。
「ほんまに・・・・ほんまにごめんなさい。」
「もうええて。あんた悪うない。気にせんでええねや。」
そう言って「ほな仕事があるさかい」と離れていく。
「あの・・・またお伺いします。俊雄さんにお線香を上げさせて下さい。」
「いつでも来い。」
少しだけ笑顔を見せ、義父は去って行く。
美由希は涙を浮かべ、その背中を見送った。
《・・・・マジや。マジでお告げの通りになった。》
今日、駅の南口に来れば、自分の願いが叶うかもしれない。
淡い期待を抱いてやって来たが、本当にそうなってしまった。
田所は驚きを隠せず、小さくガッツポーズをした。
《これで美由希だって楽になれるはずや!長いこと抱えてた辛さが、ちょっとはマシになるはずや。》
安桜山神社には何かがある。
そう思って神頼みをしたこと、間違いではなかったと拳を握った。
美由希は背筋を伸ばして義父を見送っている。
その背中は、10年の罪の重さから解放されたかのように、とてもスッキリしていた。
田所は近づき「帰ろか」と声をかける。
しかしその瞬間、美由希は突然駆け出した。
「おい!」
弾かれたように走り出して、田所は呆気に取られる。
美由希は真っ直ぐに義父を追いかけ、ドンと背中を突き飛ばした。
「お前!何をやって・・・・、」
そう言いかけたとき、美由希にバスが突っ込んだ。
駅前のロータリーから出ていく大型のバスが、石ころでも吹き飛ばすように、軽々と美由希を弾き飛ばした。
彼女は10メートルも飛ばされて、停車していたタクシーに叩きつけられる。
大きな音が響き、フロントガラスが砕ける。
そして糸が切れた人形のように、ズルズルと落ちていった。
「・・・・・・・・・。」
田所は何が起きたのか理解できなかった。
義父も立ち尽くし、倒れた美由希を睨んでいた。
周りから悲鳴が上がり、通行人の一人が「大丈夫ですか!」と駆け寄る。
バスからも運転手が降りてきて、慌てて駆け寄っていった。
・・・・田所はふと我に返る。
「美由希!」
倒れる美由希に駆け寄り、言葉をなくす。
「・・・・・・・・。」
彼女はカっと目を見開き、ピクリとも動かなくなっていた。
側頭部が割れて、地面に血だまりが出来ていた。
田所の頭に、三年前の出来事がフラッシュバックする。
ぐったりと動かなくなったあの少年。
首が曲がり、頭がへこみ、黒い血に滲んでいた。
誰がどう見ても、一目で死んでいると分かる状態。
あの時とまったく同じ光景が、美由希に襲いかかった。
「美由希・・・・。」
膝をつき、手に触れる。
次に顔に触れて、そっと髪を掻きあげた。
割れた頭から中身が覗いている。
身体にはまだぬくもりが残っていて、田所は手を握りしめた。
「なんで・・・・なんでや・・・・、」
顔を近づけ、抱き起こそうとする。
すると「触るな!」と誰かが止めた。
「下手に触ったらあかん!」
義父が田所の手を掴む。
「救急車が来るまでこのままにしとくんや!」
「救急車て・・・・もう死んでる・・・・、」
「んなもん素人に分かるかい!」
「でも誰が見ても・・・・、」
「あんたは医者か!?違うやろ!」
「・・・・・・・。」
「もし生きてたらどうすんねん!下手に動かしたら助からへんど!!」
田所は美由希を見つめ、「生きてんのか・・・・」と呟いた。
どう見ても死んでいるようにしか見えない。
しかし義父は「しっかりせいよ!」と励まし続ける。
「死んだらアカンど!しっかりせいよ!」
やがて救急車が来て、美由希は担ぎ込まれた。
「助かりまっか!?」
義父は救急隊に尋ねる。
「まだ息はありますが、なんとも・・・・、」
「お願いします!どうか助けてやって下さい!」
「ご家族の方で?」
「亡くなった息子の妻やったんです!」
「なら同乗して下さい。」
そう言われて、義父も救急車に乗り込む。
「あんた!」
「え?」
「何をボケっとしてんねや!早よこっち来んかい!」
「・・・・・・・・・。」
「あんた美由希さんの大事な人なんやろ!あんたも来い!」
義父は必死に手招きをする。
田所は駆け出し、「一緒に住んでるモンです!」と伝えた。
「なら乗って!」
田所も乗り込み、ドアが閉じる。
救急車はサイレンを鳴らしながら、赤信号を突っ切っていった。
「死んだらアカン!死んだらアカンで!」
義父は必死に語りかける。
田所は真っ青な顔をしながら、ギュっと目を閉じた。
《・・・・これか・・・。これがお告げにあった危険のことか・・・・。》
拳を握り、グっと唇を噛みしめる。
危ないことが起こるかもしれない。
そう告げられていたのに、すっかり忘れていた。
強く後悔していると、瞼の裏にあの少女が現れた。
《聞こえてた?》
『な・・・何がや?』
《聞こえてたでしょ?》
『だから何が!?』
瞼に浮かぶ少女に、怒鳴るように尋ねる。
《危ないって言うたやん。》
『知ってるがな!でも俺が油断してたせいで・・・、』
《ちゃうって。》
『何がや!?』
《ウチな、さっきちゃんと言うたんやで。撥ねられるよって。》
『なんやて?』
《そっち行ったら撥ねられるよって。だからな、行ったらあかんでって、おっちゃんに言うてあげてって。》
『おっちゃん?』
《おっちゃんの隣におるおっちゃん。》
『・・・どういうことや?』
《だってそのおっちゃんが撥ねられそうになったから、おばちゃんが助けたんやで。》
『助けた?』
《だから撥ねられたんやで。》
『・・・・・身代わりになったっちゅうことか?』
《おっちゃんがな、ちゃんと耳を澄ましてればな、ちゃんと聞こえたんやで。》
『・・・・・・・。』
田所は黙る。
『助けようと思えば、助けられたっちゅうことか?』
《うん。》
『・・・・・・・・。』
《お告げってな、危ないことも一緒についてくるから、気をつけなアカンねん。
喜衛門のおっちゃんはな、ええ神様やけど、でも神様って怖いとろこもあるんやで。》
『・・・・・・・・。』
《そんなな、都合よく助けてくれへんねん。だって神様はな、優しい顔と、怖い顔と、二つ持ってるからな、気いつけんとアカンのやで。》
『・・・・なんやそれ?そんなん聞いてないぞ・・・・。』
《ほなウチはこれで天国に行くから。だってもう100人にお告げしたから。》
『成仏するんか?』
《喜衛門のおっちゃんが連れて行ってくれるって。ウチ、めっちゃ嬉しいねん!》
少女は手を振って去っていく。
そして去り際、こんな言葉を残した。
《ちょっとしたことでな、おおきな不幸がやってくるんやで。
でもな、ちょっとしたことでもな、良い事がやってくるから、ちゃんとな、注意してないとアカンで。》
そう言葉を残し、消えていく。
田所は目を開け、美由希を見つめた。
「・・・・・すまん・・・すまん美由希。」
生死の境をさまよう彼女を見つめながら、「すまん・・・」と繰り返す。
「俺が・・・・神頼みなんかしたばっかりに・・・・、」
10年も続いた美由希の苦しみ。
それを解放することには成功したが、その対価はあまりに大きかった。
田所はワシャワシャと頭を掻き毟る。
サイレンの音を聞きながら、どうか助かってくれと願った。

不滅のシグナル 第五話 聞こえてるでしょ?(1)

  • 2017.04.15 Saturday
  • 08:24

JUGEMテーマ:自作小説
仕事が終わり、田所は家に向かっていた。
時刻は六時前。
夏の空はまだまだ明るく、窓から羽虫が入ってくる。
シッシと手を振って、ウィンドウを上げた。
エアコンを入れ、涼しい風に顔を緩ませる。
今日、安桜山神社へ行き、奇妙な子供に会った。
喜衛門のお告げを持ってくるという、不思議な少女に。
田所は一日中その子のことが忘れられないでいた。
人とは思えない声、人とは思えない気配。
そして何より、背中には骨が見えるほどの大怪我を負っていた。
『夜になったらこっちへおいでよ。』
そう言って去ってしまった。
追いかけようとしたが、鳥居をくぐった瞬間に消えてしまった。
「なんなんやろな、あの子。」
いくら考えても分からない。
オヤジにも訪ねたが、『俺も知らん』と言った。
『俺が知ってるのは、あの神社には相当なご利益があるっちゅうことだけや。
あの子が何者かとか、そんなこと聞かれてもわからへん。』
頼りにならないなと思う田所だったが、オヤジは険しい顔でこう忠告した。
『ええか。何があってもお供えモンだけは忘れるなよ。』
そう釘を刺されたので、田所は家に帰るのをやめた。
少し離れたコンビニまで行って、お菓子を買い込んだ。
スナック菓子、チョコレート、それに飴やガムやジュース。
レジ袋が三つになるほど買い込んで、安桜山神社に向かった。
「まだ明るいけど、時間的には夜や。もう参ってもええやろ。」
時刻は午後七時前。
助手席のお菓子をポンと叩きながら、安桜山神社に向かった。


            *
異様な光景というのは、最初は人を驚かせる。
しかし異様であればあるほど、慣れるのも早い。
眩い閃光で目が眩むように、とんでもない悪臭で鼻が利かなくなるように。
強すぎる刺激というのは、いとも簡単に人の感覚を麻痺させてしまう。
今、田所の感覚は麻痺していた。
安桜山神社の小屋で、子供がお菓子を食べている。
背中には骨が見えるほどの大怪我を負っていて、黒い血が滲んでいた。
服は泥に汚れ、靴は片方ない。
さらに頭にも傷を負っていて、髪の一部が抜けていた。
そんなとんでもない状態なのに、少女は平気な顔をしている。
チョコレートを頬張り、ジュースを飲み、あっという間にお菓子を平らげてしまった。
田所は無言でそれを見つめていた。
ここへ来てからすぐに、この少女が現れた。
そして田所の手からお菓子を奪い、飢えた犬のように貪り始めた。
散乱した袋や空き缶。
田所はそれを拾い、ギュっと袋に縛った。
「なあ?その・・・・、」
口を開きかけると、少女は突然立ち上がった。
田所の手を取り、神社の裏に引っ張っていく。
《なんちゅう冷たい手や・・・・。》
この子は幽霊か?それともゾンビか?
田所は混乱するが、何も尋ねることが出来なかった。
人とは思えない異様な気配に、ただただ圧倒されていた。
少女は神社の裏に回る。
そして土を掘り起こし、中から大きな箱を取り出した。
『見て。』
少女は箱を指差す。
田所は「開けてもええのか?」と尋ねた。
『見て。』
「・・・・・分かった。」
膝をつき、大きな箱を睨む。
木で出来たその箱は、少女より一回り大きい。
土に埋まっていたせで、あちこち汚れていた。
《不気味やな・・・・まるで棺桶みたいや。》
引きつった顔をしながら、そっと手をかける。
そして蓋を取り外すと、中から人の骨が出てきた。
「うおッ・・・・、」
悲鳴を上げ、尻もちをつく。
「・・・・・死体?」
箱の中には、子供のものらしき白骨死体が入っていた。
頭の一部が欠けていて、背骨も大きく歪んでいる。
《ウソやろ・・・・なんやこれ?》
恐怖はあるが、好奇心もある。
身を乗り出し、じっと覗き込んだ。
すると少女が『ウチな』と言った。
「へ?」
『それウチ。』
「・・・・君のん?」
『あのな、あと一人やねん。』
「・・・・何が?」
『あと一人だけ願いを叶えてあげれば、ウチは楽になんねん。』
「楽?」
『あのな・・・・、』
「うん・・・・。」
『ウチ車に轢かれてん。』
「・・・は?」
『ずっと前にな、後ろからバーンってやられたんや。そんでな、ウチは死んでな、ここに埋められた。』
「なんやそれ?ひき逃げに遭うたんか?」
『そんでな、喜衛門のおっちゃんが出てきてな、ここにおってもええって言ってくれてな。
でもウチはウチを撥ねた人が捕まってほしくて、でも全然捕まらへんくてな。だからな、成仏できへんのや。』
「ほな・・・・君はやっぱり幽霊なんか?」
『そんでな、喜衛門のおっちゃんはな、ずっとずっとここにおったら良くないから、いつかウチの恨みを晴らさなアカン言うてな。
でもな、その代わりにおっちゃんの仕事をて伝えって言われてな。』
「仕事?」
『おっちゃんな、ここにお参りに来る人にな、願い事を聞いてあげんねん。
それでな、良い人やったら願いを事を聞いてあげてな、悪い人やったら知らんぷりすんねん。』
「・・・・・・・・。」
『それでな、良い人はちゃんと助けてあげるからな、ウチはそのお手伝いをせなあかんねん。
100人な、良い人を助けるお手伝いをしたらな、おっちゃんがウチを殺した奴を殺してくれるから。』
「殺す?」
『そうしたなら、ウチは恨みが晴れるからな、天国に行けるんやって。
それでな、この前のおっちゃんが99人目でな、今のおっちゃんが100人目なんや。』
「・・・・なんかよう分からんけど、君はひき逃げに遭ったんやな?ほんで犯人はまだ捕まってないと?」
少女はコクリと頷く。
田所は腕を組み、「そうか・・・」と呟いた。
「未練があるわけか・・・・。」
ここにもまた、幼くして命を奪われた子供がいた。
かつて自分が撥ねた子供と同じように、理不尽に命を奪われた子供が。
《これは何かの運命なんやろか?》
田所は考える。
これは喜衛門なる神様が引き合わせたのではないかと。
ここには子供の白骨死体が埋まっていて、それを警察に知らせれば、必ず捜査をしてくれるはずだ。
そうすればこの子の恨みは晴れるはず・・・・。
「あのさ、君が撥ねられたのっていつ頃のこと?」
『30年くらい前。』
「30年!ほなその間ずっとここにおったんか?」
『うん。』
「そうか・・・・。でもそうなると、警察に知らせた所で無駄か。
30年じゃとうに時効やもんな・・・・。」
そう思ったが、何もしないわけにはいかない。
いくら幽霊とはいえ、幼い子供が苦しんでいる。
それを放っておくことは出来なかった。
《俺はあの子に罪滅ぼしはできへんかった。ならせめてこの子に・・・・、》
とにかくすぐに警察に行き、この事を知らせようと思った。
幽霊だのなんだのは信じてもらえないだろうが、骨はここにある。
ならば何もしてくれないわけがない。
そう思って「おっちゃんに任せとき」と頷いた。
「君がここに眠ってるってこと、ちゃんと警察に言うから。
犯人は捕まらへんかもしれへんけど、でも君はちゃんと弔ってもらえるかもしれへん。」
そう言って振り向くと、少女は消えていた。
「あれ?どこ行った?」
周りを見渡すがどこにもいない。
それどころか、骨もなくなっていた。
「なんでや!」
目の前にあった箱が忽然と消えている。
田所は混乱した。
そして先ほど少女が掘り返した場所は、綺麗に埋まっていた。
「元に戻したんか?」
近づき、もう一度堀り返そうとする。
しかしいくら掘っても、何も出てこなかった。
「なんでや・・・・。今までの、全部幻か?」
わけが分からず、眉間に皺が寄る。
するとその時、『お菓子ありがとう』と声がした。
「おい!どこにおるんや!?」
『また明日も持ってきてな。』
「それはええけど・・・・でも君は何者なんや?あの骨はどこいった?」
『今日ちゃんと寝て。おっちゃんの夢にお告げを持っていくから。』
それだけ言い残し、少女の声は消えてしまった。
「どうなっとんのや・・・・。」
暗くなった神社を見渡し、途方に暮れる。
自分ではどうしていいのか分からないので、明日またオヤジに相談することにした。

            *

その日の晩、田所は今日の出来事を美由希に話した。
「何それ?からかってんの?」
美由希はまったく相手にしなかった。
しかしあまりに田所が真剣に言うので、そのうち頭を疑い始めた。
「あんた・・・私と一緒で、まだ苦しんでるんとちゃうの?それで精神的に参って・・・、」
「違うがな。俺の頭にもうあの子はおらん。」
「ほななんでそんなアホな話を・・・・、」
「俺かて信じられへんよ。でもホンマにあったことなんやからしゃあないやろ。」
美由希がこういう反応をすることは予想していた。
田所は「とにかくお告げを待つしかない」と言った。
「今晩あの子が夢に出てきて、美由希を助けるにはどうしたらええんか、お告げを持ってきてくれるはずなんや。」
「わかったわかった。」
美由希は鬱陶しそうに手を振り、風呂に行ってしまった。
「まあ信じてもらえへんよな。立場が逆なら俺もおんなじこと言うわ。」
プカリとタバコを吹かし、満腹になった腹を撫でる。
その日、美由希はさっさと眠ってしまった。
「これ以上オカルト話聞かされたらたまらんからな。おやすみ。」
時刻は午後九時半。
寝るには早いが、田所も布団に入った。
早くお告げを聞きたかったのだ。
「待ってるで。どうかええお告げを持ってきてくれよ。」
目を閉じ、眠くなるのを待った。
なかなか寝付けなかったが、気がつけば微睡んでいた。
夢と現実が曖昧になる頃、あの子は約束通りやって来た。
《あのな、明日には、隣街の駅のな、南の出口に行ったらええで。そっちのおばちゃんと一緒に。》
それを聞いた田所は喜んだ。
『そこに美由希を助けるヒントがあるんやな?』
《でもな、危ないから気いつけんとあかん。》
『危ない?何が?』
《行ったら分かる。》
それだけ言い残し、少女は消えてしまった。
『おい!もうちょっと詳しい教えてくれ!』
田所は手を伸ばす。
その瞬間、どこからか大きな音が聴こえた。
雷が落ちたような、鋭く高い音が。
「なんや!」
慌てて飛び起き、周りを見渡す。
「・・・・美由希。またか・・・・。」
隣に美由希はいなかった。
その代わり、居間から大きな音が聴こえる。
「何をしとんのや?」
襖を開け「美由希」と呼ぶ。
彼女はテーブルを持ち上げ、窓に叩きつけていた。
「なんで!?なんでよおお!」
鬼のような形相で、「わざと殺したんと違う!」と叫んだ。
「私は人殺しと違う!誰が人殺しじゃい!」
大きなをテーブルを持ち上げて、力任せに投げつけた。
出窓はボロボロで、破片があちこちに飛び散る。
美由希は窓辺に走り、またテーブルを掴んだ。
飛び散ったガラスが刺さり、足から血を流す。
「謝るくらい許してくれてもええやんか!なんでいつまでも人殺し扱いされなアカンの!」
庭にテーブルを放り投げ、ガラスの破片を握り締める。
手からも血が流れ、それで壁を切り裂き始めた。
「もうやめい!」
田所は彼女からガラスを取り上げる。
それでも暴れるので、羽交い絞めにしたまま、寝室に連れていった。
「落ち着け!」
「私は人殺しと違う!」
「そうや!お前は人殺しと違う!あれは事故や!」
「私は誰も殺してへん!殺してなんかないんや!」
「分かっとる!お前は人殺しと違う!」
美由希は暴れ続ける。
ブンブン手を振って、あたりかまわず殴りつける。
田所はそんな彼女を抱えたまま、辛そうに顔を歪めた。
《心配してたことが・・・・・。》
不安だった・・・・。
いつかこうなるのではないかと。
長い時間、度を超えたストレスに晒されて、普通でいられるわけがない。
それは田所自身が経験済だった。
あの子の呪いから解放されたいが為に、自ら車に飛び込んだのだから。
《よっぽど強い人間でもない限り、ずっとずっと辛い思いになんか耐えられへんのや。》
暴れる美由希を抱きしめながら、あの子のお告げを思い出す。
《明日、隣街の駅の南口に行けばええんやな。そこに何かがあるんやな?》
少女に問いかけるように、何度も繰り返す。
美由希はその間も暴れ続け、やがてピタリと止まった。
「・・・・・・・・。」
無言のまま立ち上がり、布団に入る。
そのまま何事もなかったかのように眠ってしまった。
田所は救急箱を持ってきて、美由希の傷ついた手足を消毒する。
そしてしっかりと包帯を巻いた。
「深くはないけど、痛むようやったら明日病院行こ。それからお告げのあった場所に。」
さっきまでの形相が嘘のように、スヤスヤと眠る美由希。
田所はポンと頭を肩を撫でた。

            *

「嫌や、なんで仕事休んでまで行かなあかんの。」
美由希はムスっとふてくされる。
田所は「信じててえや」と手を合わせた。
「昨日な、ほんまに夢にあの子が出てきたんや。そんでお告げを持ってきたんやって。」
「ただの夢やろ?そんなんに付き合うなんてアホらしいわ。」
「分かる!気持ちは分かる!立場が逆なら、俺も同じこと言うてるやろ。」
「ほな行かんでええよね?」
「いや、それとこれとは話が別やねん。」
「いっしょやろ。ええ年してお告げだのオカルトだの・・・・、」
「ほなこう考えて。今日は俺とデートするって。」
「デート?」
「そや。お告げで行くんじゃなくて、デートで隣街に行くんや。それやったらええやろ?」
「だから仕事やいうてるやん。あんたは休みかもしれんけど、こっちは土曜も出勤なんや。」
「悪いとは思うてるよ。でもお前の力になりたいねん。
このままやったら、もっとエスカレートして・・・・、」
そう言って包帯を巻いた手足を見つめた。
「昨日あんなに暴れて・・・・。下手したら大怪我するところやったで?」
「それについては・・・・悪いと思ってるよ。」
美由希はバツが悪そうに目を逸らした。
「痛あないか?」
「大丈夫、あんたが手当してくれたから。」
「今回は軽い怪我ですんだけど、次はどうなるか分からん。大怪我してからやったら遅いんやで?」
「平気やって。」
「でも・・・・、」
「そんなに心配やったら、一緒に住むのやめる?私かてこれ以上あんたに迷惑かけたあないし。」
「いや、逆やねん。お前が心配やから離れるわけにはいかん。
俺かて最近まで自分の罪に苦しんでたんや。だから誰よりもお前の気持ちは分かる。
ここは一つ・・・・俺に付き合ってもらえへんか?」
無理なお願いをしていることは分かっている。
しかし美由希を助けたい気持ちは変えられない。
頭を下げ「この通り!」と手を合わせた。
美由希は呆れた顔で首を振る。
そしてケータイを取り出し、誰かと話し始めた。
「・・・・もしもし?ああ、野々村です。課長は手え空いてますか?」
立ち上がり、寝室に消えていく。
しばらくすると、電話に頭を下げながら出てきた。
「会社休んだから。」
「え?」
「ええよ、付き合う。」
「ホンマか!?」
「あんたには迷惑かけてるからな。たまにはワガママに付き合うよ。」
「おお!すまんな!」
ガバっと美由希を抱きしめ、「ほなすぐ行こ!」と言った。
「ほらほら、着替えて!」
「ちょっと!お尻押さんといてえな。」
パジャマを脱ぎ、ジーンズとTシャツに着替える田所。
美由希もいそいそと着替えた。
「じっと見んといてや。」
「ん?待ってるだけや。」
「ちょっと下膨らんでるで。」
「え?・・・・ああ、すまん。最近ご無沙汰やったから・・・・、」
恥ずかしそうに咳払いすると、美由希は笑った。
「ええで、今日は仲良くしよか。」
「そ、そやな・・・・。」
田所は「外で待ってるわ」と玄関に向かう。
あのまま寝室にいては、夜まで待てそうになかった。
庭に出て、プカリとタバコを吹かす。
「お待たせ。」
「お、なんやえらいめかしこんで。」
「だってデートやろ?」
「いや、お告げを・・・・、」
「建前でもそう言うてえや。お告げなんて理由で出かけたあないわ。」
「すまんすまん。ほなデートっちゅうことで。」
田所は車のドアを開け「どうぞ」と手を向ける。
美由希は上機嫌に乗り込む。
「仕事をサボって出かけるなんて、若い頃いらいやわ。」
「まだ若いやんか。」
「38のどこが若いの?」
「30代は30代や。」
「あと二年で40やな。考えただけでも嫌やわ。」
「今は30でも40でも若いやろ。心さえ老いへんかったら、いつまでも若いもんやで。」
「なんよそれ?ちょっとカッコええこと言うて。」
美由希は嬉しそうにするが、田所の内心は不安でいっぱいだった。
《お告げが来たのは嬉しいけど、危ないこともあるって言うてたな。》
少女が言っていたことを思いだし《もうちょっと詳しい教えてくれへんもんかなあ》と唸った。
《でもまあ・・・お告げなんてのはそんなもんか。とりあえず行ってみるしかないわ。》
助手席の美由希はいつになく上機嫌だ。
田所は不安を隠すように笑顔を返した。

不滅のシグナル 第四話 こっちへおいでよ(2)

  • 2017.04.14 Friday
  • 17:13

JUGEMテーマ:自作小説

時計が夜の12時を回ろうとしている。
月は雲に隠れ、部屋の中には常夜灯の明かりだけが灯っている。
二人でケーキを食べに行った日の夜、田所は妙な音で目が覚めた。
隣の布団を見ると、美由希がいない。
トイレかと思ったが、そうではないことに気づいた。
居間の方からゴンゴンと音が響いている。
襖を開け、そっと覗いてみた。
居間には美由希が立っていた。
壁に向かって頭をぶつけている。
ブツブツ呟きながら、何度もぶつけている。
それが終わると、今度は台所に向かっていった。
コップいっぱいに水を注ぎ、呷るように飲んでいる。
口からこぼれるのもお構いなしに、ひたすら飲み続ける。
それが終わると、また壁に頭をぶつけ始めた。
そしてまだ水を飲む。
何度もこれを繰り返してから、寝室に戻ってきた。
ガバっと襖を開け、田所には目もくれずに布団に入る。
そして何事もなかったかのように眠ってしまった。
「またか・・・・。」
田所は呟く。
美由希の布団を見つめて、心配そうに眉を寄せた。
「今日のことが堪えんとのやろなあ・・・・。
あのおばちゃんに余計なこと言われ、亡くなった旦那さんのお父さんに会うた。
・・・・明日しっかり話をしてみよか。」
田所も布団に入り、眠りについた。
翌日の朝、田所は昨晩のことを話した。
「またやってた?」
「やってたやってた。」
「・・・・・・。」
「こう言うたらアレやけど、お前も呪われとるんかもしれんな。」
「え?」
「それ、病院でも治らんかったんやろ?」
「うん・・・・。」
「ほなやっぱり俺と一緒かもな。」
「でも呪いなんてほんまにあるん?」
「物の例えや。別に幽霊の仕業とかいうわけちゃう。
なんちゅうか・・・・自分で自分を呪ってるんや。
頭ん中に嫌なもんが住んでて、そいつが悪さをすんねん。
それをどうにかせん限り、いつまでもおんなじような事が続くやろなあ。」
「そんなん言われたって・・・・、」
美由希は困った顔をする。
自覚症状はないにしろ、おかしな行動を取っていることは理解していた。
「前に住んでたアパート、壁に穴空けたことがあって・・・・、」
「それで追い出されたんやろ?」
「うん・・・・。全然覚えてへんのやけど・・・・、」
「夢遊病みたいなもんやろな。」
「・・・・病院に行っても治らんかったし、相談できる人もおらへん。
今はあんたに話を聞いてもらうのが、一番の薬やわ。」
そう言って深く俯いた。
短い髪が垂れて、顔の半分を隠す。
「せめて・・・・お義父さんに謝ることが出来れば・・・・・。」
「そやな、多少は治まるかもな。」
「でも無理やねん・・・・。あの人が死んだのは私のせいやから。」
辛そうな声を吐き出して、「ごちそうさん・・・」と食器を片付ける。
「ええよ、俺がやるから。仕事行くまで休んどき。」
美由希を座らせ、朝食の後片付けをする。
スポンジで茶碗を擦りながら、美由希の抱える問題について考えた。
《どうしたもんかな・・・・・。》
今から10年前、美由希は結婚していた。
相手は同じ会社の上司で、五つ年上だった。
新人の頃から面倒を見てくれた人で、気心の知れた仲だった。
二人の結婚生活は幸せだったが、突然崩壊する日がやってきた。
美由希の勤めていた会社は、楽器を作っていた。
ピアノやバイオリン、それにギター。
楽器の元となる木材を加工する部署があって、美由希はそこの主任だった。
ある時、そこへ上司である夫がやってきた。
重役たちが現場を視察するので、その案内係を務めたのだ。
夫は大きな機械の元へ向かった。
それは木材を細かく切断する機械だった。
この日、木材を切断する予定はなかったので、その機械は動かないはずだった。
夫は重役たちを振り向きながら手を向ける。
その瞬間、大きな音を立てながら、動かないはずの機械が動き出した。
夫が手を置いている場所は、木材を巨大なカッターへと運ぶベルトコンベア。
突然それが動き出して、後ろに引っ張られた。
そしてカッターのある穴の中に、手が引きずりこまれてしまった。
工場の中に悲鳴が響く・・・・・。
誰かが『止めろ!』と叫んで、慌てて停止させた。
しかし間に合わなかった。
夫は機械の中に吸い込まれ、目も当てられないほど酷い有様になっていた。
この時、切断機の傍には美由希がいた。
彼女がスイッチを入れてしまったのだ。
実はこの日、一度だけ切断機を動かす予定があった。
作業には使わないが、点検の為にスイッチを入れる必要があったのだ。
そのことを夫は知らなかった。
そして美由希もまた、夫が機械に手を触れているとは知らなかった。
切断機はとても大きく、美由希の立っている場所からでは、夫の姿は見えない。
点検の為に何気なくスイッチを入れてしまい、不幸な事故が起きてしまった。
美由希に故意はなく、ただ業務に従って機械を動かしただけ。
だが注意を怠って、夫を死なせてしまった。
結果、美由希は業務上過失致死に問われた。
しかし事故は美由希のせいだけではない。
夫に切断機を動かす予定があることを告げていなかった、連絡の不備にも問題がある。
事故の責任は会社側にもあるとされ、美由希は書類送検されるだけですんだ。
重い刑罰は免れた。
しかし自分のせいで、最愛の人が死んでしまったという事実は、あまりに重かった。
会社は美由希を責めることはしなかったが、彼女は辞職した。
その後は深く心を閉ざしてしまい、酒と精神薬に頼った生活を送った。
夢遊病のような奇行は、この時から始まった。
誰かに謝るように、壁に頭をぶつける。
何かを忘れるかのように、大量の水を呷る。
この奇妙なクセは10年近く続いて、今も治らない。
田所は最初、この奇行に驚いた。
しかし美由希の心情を考えると、仕方のないことだと思った。
《せめて旦那さんのお父さんに許しをもらうことが出来たらなあ・・・・。》
美由希は心の底から申し訳ないと思っている。
ならば謝るチャンスが必要で、どうにかしてやれないものかと悩んだ。
《・・・・オヤジさんに相談してみるか。》
食器を洗い終え、美由希の元へ向かう。
「なあ。」
「なに?」
「お前の旦那さん、男手一つで育てられたんやったな?」
「小さい頃にお母さんを亡くしたんよ。それからはお父さんが一生懸命・・・・。
そら許せるわけないよな。たった一人の大事な息子を殺したんやから。」
「そんな言い方するな。殺すのと事故で亡くなるんは違うんや。お前は悪気があってやったわけやないんやから。」
隣に腰を下ろし、ポンを肩を叩く。
「お前のこと・・・オヤジさんに話してもええか?」
「あんたん所の社長?別にええけど・・・・もう知ってるんちゃうの?」
「いや、そこまで詳しいことは言うてへんねん。だからちゃんと話して、相談に乗ってもらおうと思ってな。」
「相談って・・・・あんなおっちゃんに何が出来るんよ?」
美由希は不機嫌にそっぽを向く。
田所は「まあまあ」と笑った。
「前にな、ちょっと気になることを言うてたんや。」
「気になること?」
「・・・・信じる信じへんはお前に任せる。言うてええか?」
「なによ?気になるやん。」
「実はな・・・・・、」
田所は自分の考えを話した。
あのオヤジは安桜山神社でお告げを聞き、そして自分に出会ったこと。
そして俺と出会ったおかげで、呪いから解放されたこと。
「そんなん知ってるわ。もうなんべんも聞いた。」
「そやな。だから・・・ここはひとつ、俺らも神頼みといかへんか?」
「何それ?」
「あの神社・・・・どうも気になんねん。」
「気になる?」
「あのな・・・・俺が撥ねたあの子、毎晩夢に出てきた言うたやろ?でも一回だけ起きてる時に見えたんや。」
「ああ、おっちゃんの背中を押した時?」
「そや。あれ・・・ただの幻かと思ったけど、どうも違うような気がすんねん。
幻やったら、オヤジさんの背中を押すなんて無理やからな。」
「それはあんたがそう思い込んでるだけ違うの?
ほんまは揉み合ってる時におっちゃんが倒れてきただけで・・・・、」
「かもしれん。でもな、あの時あの子は、神社の方から走って来た。
まるであの場所から出てきたみたいに。」
「だからただの幻ちゃうの?」
「・・・・分からん。でもやっぱりあの神社は気になるんや。
だからちょっとオヤジさんに詳しく聞いてみようと思ってな。
そんでなんか御利益があるんやったら、お前の助けになるかもしれへんし。」
「やめてえや。私そういうの苦手やねん。オカルトとかお告げとか・・・・そんなんで悩みが晴れたら苦労せえへんわ。」
美由希は不機嫌に立ち上がる。
「昨日はお義父さんに会って、それでちょっと辛くなってただけやから。だからもう心配せんといて。」
「でもこのままやったら夢遊病は治らんやろ?」
「医者でも治せへんもん、神頼みで治るわけないやん。」
「でもなあ・・・・心配やねん。今は変な奇行ですんでるけど、そのうちもっと自分を傷つけるようなことするんと違うかと思って・・・・、」
「大丈夫やって。もしそうなるんやったら、とうに自殺でもしてるやろ。
だって10年も続いてんねんで?こうして生きてるんやから、きっと大丈夫や。」
「・・・・でもオヤジさんには相談してみる。お前が嫌や言うんやったら別やけど・・・・、」
「ええって言うたやん。あんたの好きにしいな。」
これ以上は付き合えないという風に、美由希は仕事に行く準備を始める。
田所も着替え、一緒に家を出た。
「はい、これ。」
美由希は弁当を差し出す。
「おお、すまんな。」
「二日も忘れたら、明日から作ってあげへんで。」
グイっと押し付け、ニコリと笑う。
「ほな仕事頑張って。」
「お前もな。」
それぞれの車に乗り込み、手を振りながら別れる。
会社に向かう途中、田所はあの神社の傍を通った。
「・・・・なんか気になるんやな。美由希の助けになる何かがあればええけど。」
不安と期待を抱きながら、会社へ向かった。

            *
「俺、美由希のことどうにかしてやりたいんですわ。
でもどうにもいかんで、神頼みでもええからすがりたい気分なんです。」
相談を受けたオヤジは、「そういうのは信じへんかったんと違うんか?」と笑った。
「信じてません。でももしそれで美由希がちょっとでも楽になるんやったら、それでもええかなって。」
「う〜ん・・・・あの子もかなり参っとるんやなあ。」
「あれも呪いみたいなもんですよ。俺らと一緒です。」
「苦しいもんやで、罪の意識っちゅうのは。いつまでも追いかけてきよるからな。」
しみじみした目で言いながら、火を点けたばかりのタバコを揉み消す。
「ええで、力になったる。」
「ほんまですか!」
「神頼みっちゅうことは、あの神社のことを知りたいんやろ?」
「そうなんです。ちょっとあそこは気になるんですよ。何か秘密があんのかなって。」
「あるで。」
「やっぱり?」
「ちゃんと御利益のある神社や。でも危険もあるけどな。」
「危険?」
田所の表情が曇る。
オヤジは「そらそうやろ」と笑った。
「神さんちゅうのは、そないに都合のええもんと違うで。」
「はあ・・・・。」
「ちゃんと御利益はあるけど、それなりの危険は覚悟せなアカン。
だから神頼みをするかどうかは、俺の話を聞いてからにした方がええな。」
「・・・・教えて下さい。あの神社には何があるんですか?」
田所はグっと身を乗り出す。
オヤジは腕を組み、険しい顔で唸った。
「どうしたんで?」
「いや、説明したいんやけど、俺そういうの苦手でなあ・・・・、」
「はあ・・・・。」
「行こか。」
「どこに?」
「安桜山神社に。」
そう言って立ち上がり、皺にまみれたジャケットを羽織った。
「論より証拠。その目で確かめた方がええやろ。」
オヤジは事務所から出て行く。
田所は不安を抱きながらも、オヤジの後をついて行った。
軽トラに乗り、二人で神社まで向かう。
会社からはそう遠くない。
大きな国道を走り、10分ほどで着いた。
路肩に車を停めて、細い道を歩く。
そして麓にそびえる神社を見上げた。
「ここ春になったらええんやで。境内いっぱいに桜が咲いてな。」
「はあ・・・・。」
「それに畦道にもようさん咲いてな。写真好きがちょくちょく集まって来るんや。」
そう言いながら、鳥居をくぐっていく。
先には上まで伸びる階段があって、また鳥居が現れた。
それを潜れば小屋のような場所があって、木造りのテーブルと椅子が並んでいる。
「これ、なんの為にあるんですか?」
「ああ、それな。昔はよう子供らがここで遊んどったんや。めんこしたりベーゴマやったりな。」
「オヤジさんも?」
「もちろんや。」
懐かしそうに目を細めながら、オヤジは本殿に向かっていく。
田所も小屋を通り過ぎようたしたが、その時ふと誰かの声が聴こえた。
『こっちへおいでよ』
子供の声だった。
ソワっと背筋が寒くなる。
慌てて後ろを振り向き、じっと目を凝らした。
《なんやさっきの・・・・。》
一瞬だけ聴こえた呼び声。
それは人のものとは思えない、妙な不気味さがあった。
《まさか・・・・またあの子が・・・・・、》
そう思ったが、《いや、違うか》と首を振った。
《もっと高い声やったな、さっきのは。女の子みたいな・・・・、》
「兄ちゃん、何をボケっとしてんねや。」
「え?いや、今の子供の声が聴こえて・・・・、」
「子供?」
「こっちへおいでよって聴こえたんです。なんか女の子っぽい声でしたけど・・・・。」
田所は辺りを見渡す。
しかし誰もいなかった。
《幻聴か?その割には生々しい感じがしたけど・・・・。》
不思議に思っていると、「兄ちゃん」と肩を叩かれた。
「はい?」
「それや。」
「は?」
「お告げ。」
「・・・・・何が?」
「子供の声が聴こえたんやろ?」
「ええ・・・・。」
「それな、喜衛門の使いや。」
「使い?」
「ここの祭神の使いやがな。その子がお告げを持ってくんねん。」
オヤジはニコリと笑う。
しかしすぐに真顔になった。
「その声が聴こえたっちゅうことは、御利益があるかもな。」
「・・・・どういうことで?」
「兄ちゃんの悩みが解決するかもしれんちゅうことや。」
「ほ、ほんまですか!?」
「ただし・・・・、」
オヤジの表情が険しくなる。
田所は息を飲み、続きを待った。
「毎晩ここへ来て、お菓子やらオモチやらをお供えせなあかん。
もしそれを怠ると、酷い目に遭わされるからな。」
「酷い目?」
「最悪は死ぬかもしれんほど、危険な目に遭うんや。」
「それが・・・・リスクってやつですか?」
「そや。まあ信じる信じへんは任せるけどな。」
そう言って、「お参りしとき」と手を向けた。
「喜衛門にお参りして、兄ちゃんの願いを伝えろ。そうしたらスタートや。」
「・・・・何が?」
「だからお告げや。あの子の声が聴こえたっちゅうことは、またお告げを持ってきてくれる。
その為には喜衛門にお参りせんとあかんのや。」
オヤジは真剣な顔で言う。
田所は《ホンマかいな・・・》と疑ったが、先ほど聴こえた声は、明らかに人のものではなかった。
《なんかよう分からんけど、ちょっとでも美由希の助けになるんやったら・・・・、》
本殿の前に立ち、賽銭を入れる。
鈴を鳴らし、パンパンと手を叩いた。
《お願いします。どうか美由希を助けてやって下さい。》
そう願うと、また声が聴こえた。
『こっちへおいでよ』
田所は小屋を振り向く。
そこには泥で汚れた服を着た、小さな女の子が立っていた。
「・・・・・・・・・。」
『夜になったらこっちへおいでよ。』
笑顔のまま手を振る少女。
ニコリと笑い、背中を向けた。
「あ・・・・・、」
田所は声を失う。
なぜなら少女の背中は、骨が見えるほど抉れていたからだ。
真っ黒な血が滲んでいて、目を背けたくなるほど痛々しい。
少女は小走りに去っていく。
田所は「おい!」と追いかけたが、鳥居を出た瞬間に、少女は消えてしまった。
「なんや今の・・・・・。」
呆然としていると、オヤジが「ほな帰ろか」と肩を叩いた。
「オヤジさん・・・・今さっき子供が・・・・、」
「見えたんやろ?そやったら喜衛門が願いを聞き入れてくれたっちゅうことや。
あの子のお告げに従えば、兄ちゃんの願いは叶うやろ。」
「・・・・・・・・・。」
「でも絶対にお供えモンは忘れたらあかんで。お菓子でもええしオモチャでもええから、毎晩ここに持ってくるんや。
でないと・・・・・、」
「でないと?」
オヤジはニヤっと笑う。
「帰ろか。」
軽トラに乗り込み、「早よ」とクラクションを鳴らす。
田所は神社を見上げ「なんやねん・・・・」と呟いた。
「全然わからへんことだらけやわ。でも・・・・さっきの子供は幻なんかとちゃう。
ほんまに目の前にあった・・・・・。」
オヤジの言うことを間に受けてもいいのかどうか?迷いはある。
しかし先ほどの少女の存在感が、否応なしにオヤジの言葉を信じ込ませた。
「まあええ。毎晩お供えモンを持ってくればえんやろ。それで美由希が助かるなら安いもんや。」
不安はあるが、それ以上に期待がある。
オヤジの軽トラに揺られながら、不思議な神社を後にした。

不滅のシグナル 第三話 こっちへおいでよ(1)

  • 2017.04.13 Thursday
  • 16:56

JUGEMテーマ:自作小説
ツクツクホーシが鳴いている。
最初は正確なリズムを刻みながら、でも最後は適当なほと早口で鳴き喚く。
田所は鍬を置き、後ろにそびえる山を見上げた。
深い木々の中から、輪唱のようにツクツクホーシの声が響く。
ここへ来て一年、田舎の暮らしにも慣れて、セミの声に情緒を感じるようになった。
しばらくセミの輪唱に聞き入っていると、後ろからオヤジがやってきた。
「もうそろそろ上がろか。」
そう言ってポンと肩を叩く。
田所は鍬を持ち、今日耕した土を振り返った。
「ええもんですよね、身体を動かす仕事って。」
「なんや?今さらそんなこと気づいたんかいな。」
オヤジは可笑しそうに笑う。
タバコを咥え、「リハビリはどうや?」と尋ねた。
「出所して一年や。ちょっとは慣れてきたか?」
「おかげさまで。でも一番の理由は・・・・、」
「あの子か?」
「はい。でもそのおかげで気づくことが出来ました。俺は本気であの子に謝ってなかったんやなって。」
一ケ月前、田所は死にかけた。
自ら車に撥ねられて、踏切の中に放り出された。
どうにか助かったが、その時にあの子が現れた。
閉じた瞼の裏で、『死ねばよかったのに』と言われた。
あの時、田所は本気で謝った。
謝罪とは自分の為にある。
そんな風に誤解していた自分を、強く恥じた。
謝るのは他の誰でもない。
傷つけてしまった相手の為にすること。
そんな簡単なことに気づくのに、一年も時間がかかってしまった。
「俺、思い上がってたんですね。刑務所出たから、もう終わりなんやって思ってました。
でも亡くなったあの子、それにあの子の親に終わりなんてないんです。
俺だけが勝手に終わったと思って・・・・・、」
「人間ちゅうのは、なんでも自分に都合よう考えるもんや。
でもそれに気づいたならよかったやんか。あの子はもう出てこおへんのやろ?」
「はい。」
「ほなそれでええ。これからは自分の為に生きたらええねん。」
ポンポンと肩を叩き「おつかれ」と去っていく。
「お疲れさまでした。」
田所は頭を下げ、収穫した野菜や、仕事道具を会社へ運んだ。
退勤を押して職場を出ると、門の所で一人の女が待っていた。
「おつかれ。」
「おお、迎えに来てくれたんか。」
田所は駆け寄る。
女は短い髪を揺らして、「はい」と何かを差し出した。
「ん?なんやこれ?」
「お弁当。今日持って行くの忘れてたやろ?」
「なんで今さら・・・・、」
「ん?迎えに来るついで。」
クスクスと笑って、「帰ろ」と車に乗る。
田所は弁当を持ったまま、「変なやっちゃ」と笑った。


            *

あの少年が去ってから一ケ月後、田所は一人の女と同棲していた。
名前は野々村美由希。田所と同い年である。
彼女は田所を線路から連れ出したあの女だった。
そして撥ねたのも彼女である。
あの後、急いで救急車を呼んで、呆然とする田所を励まし続けた。
『しっかりしてよ!死んだらアカンで!』
少年に謝り続ける田所にその声は届かなかったが、それでも励まし続けた。
やがて田所の意識が戻ると、警察が事情聴取に来た。
田所は吊るされた足を見つめながら、こう話した。
『自分から撥ねられに行ったんです。ずっと前から辛いことが続いて、死んでしまおかなと思って。
だから俺を撥ねたあの人は悪くありません。俺が勝手に撥ねられにいったんです。』
死ぬつもりなどなかったが、あえてそう答えた。
そうしなければ、彼女が悪者になってしまうから。
田所の証言もあって、野々村美由希は罪に問われることはなかった。逆に田所は警察からこってり絞られたが。
そしてその日のうちに、彼女は田所の所へ見舞いにやってきた。
『ごめんなさい』と頭を下げる彼女に、田所は首を振った。
『悪いのはこっちです。俺のせいですいません。』
お互いに恐縮し、すいませんを連呼し合った。
そして美由希の方から『あの・・・』と切り出した。
『自殺するつもりやったんですか?』
遠慮がちに尋ねる美由希に対して、田所は首を振った。
『死ぬつもりはありませんでした。でも・・・車に撥ねられて死ぬ人間の気持ちを理解する必要があったんです。』
美由希は『?』という顔で首を傾げた。
『信じてもらえへんかもしれんけど・・・・、』
そう前置きしてから、田所は切り出した。
かつて子供を撥ねてしまったこと。
その子が毎晩夢に現れるようになったこと。
そしてその悪夢から解放されるには、自分自身が同じ目に遭う必要があったこと。
信じてもられないだろうと思ったが、正直に話した。
美由希は真剣な顔で聞いていて、『実は・・・・』と切り出した。
『私も人を死なせたことがあるんです。』
そう言って自分の過去を語った。
そして『私も毎晩夢に見たんです』と、田所に同情した。
『今はもう出てこおへんようになったけど、長い間・・・・ずっと夢に出てきたんです。』
田所は驚いた。
まさか彼女も同じだったとは・・・・・。
それ以来、二人はちょくちょく会うようになった。
最初はお互いの傷を舐め合う感じで。
しかし徐々に惹かれていって、一ケ月もたたない間に同棲を始めていた。
過去のことはなるべく話題に出さない。
故意ではなかったにしろ、人の命を奪ってしまったなんて、口に出したいことではなかった。
しかしそれと同時に、誰かに聞いてほしいという衝動に駆られることもあった。
胸の内に溜めておくのがしんどくて、何もかも吐き出してしまいたい気分になることが。
そんな時の為に、二人はある約束をした。
どうして我慢できなくなったら話してもいい。
しかしその代わり、食べたい物を奢ること。
二人が同棲を始めてから一度だけ、美由希はこの約束を使った。
胸にしまい込んだ辛い過去、それを一晩中かけて吐き出した。
その代わり、翌日に田所の好きな焼肉を奢った。
そして今日、今度は田所がその約束を使った。
仕事を終え、家に帰り、「ちょっとええかな?」と切り出したのだ。
「あの話・・・・してもええかな?」
いつもとは違う真剣な表情。
美由希は「ええで」と頷いた。
夕食後、二人は向かい合って座った。
田所は三年前の事故のことを話す。
あの子はもう出てこないが、それでも辛くなる時がある。
自分は子供の命を奪ってしまったんだと。
胸の内を吐き出し終える頃、日付は変わっていた。
「悪いな、遅うまで・・・・。」
「ええよ。辛い時はいつでも言うて。」
その日、田所は美由希の乳房に抱かれて寝た。
そして翌日、約束を果たす為に、美由希ご希望のロールケーキを食べに行った。
仕事終わり、車で一時間ほど離れた街までやってきた。
「あ〜、美味しかったわ。」
満足そうにお茶を飲む美由希。
田所は「俺も美味かったわ」と頷いた。
食後のお茶を楽しみながら、なんでもない話題で笑顔になる。
するとそこへ誰かが近づいてきた。
「美由希ちゃん?」
派手な柄の服を着たおばちゃんが、美由希の顔を覗き込む。
「ああ!育枝さん!」
美由希はバッと立ち上がる。
「お久しぶりです!」
「久しぶり。まだあの工場に行ってるん?」
「いえ、今は別の仕事をしてます。」
「そっかあ・・・・。まああんな事があったからなあ。」
おばちゃんはしみじみと頷く。
美由希は一瞬だけ表情を曇らせ、しかしすぐに笑顔で誤魔化した。
「育枝さんもロールケーキですか?」
「そうそう。この前ここ雑誌に出てたらしいから。どんなモンかと来たみたけど、そこそこ美味しかったわ。」
そう言いながら、袋に入ったケーキを揺らした。
そして田所に気づいて「あれ?」と驚いた。
「なによ美由希ちゃん!ちゃんとそういう人がおるんやんか。」
嬉しそうにしながら、ドンと肩を合わせる。
「あんな事があったから、もう男とは付き合わんのかと心配してたんやで。」
「ええ・・・・。」
美由希の表情が曇る。
おばちゃんはお構いなしに続けた。
「今の30代はまだまだ若いんやから、いつまでも昔のことに縛られてたらあかんよ。
もうあんな事忘れて、ちゃんと前に進まな。」
これみよがしに心配そうな顔をして、これみよがしに肩を叩く。
美由希の表情はますます曇って、田所が気を利かせた。
「美由希、そろそろ出よか。」
サッと会計を済ませ、ドアの前で待つ。
「あの・・・・それじゃ育枝さん・・・、」
「ごめんごめん!邪魔してねえ。」
おばちゃんは席に戻っていく。
二人は店を出て、大きくため息をついた。
「さっきのおばちゃん、もしかして・・・・、」
「うん、前の職場の人。」
「そうか・・・・。なんでこうも中年ちゅうのはデリカシーがないんやろな。」
田所が言うと、美由希は苦笑いした。
「まあ悪気はないから。」
「それが性質悪いねん。」
二人はコインパーキングに向かう。
せっかくいい気分だったのに、おばちゃんのせいで台無しにされてしまい、田所はムスっとしたままだった。
鍵を取り出し、ドアを開け、「早よ帰ろ」と乗り込む。
しかし美由希は動かなかった。
車の傍で立ち尽くし、じっと前を見ている。
「どうした?」
「・・・・・・。」
無言のまま首を振り、「先帰ってて」と言う。
「なんで?」
「ちょっと・・・・、」
「さっきのオバハンのことか?あんなもん気にすんな。」
「いや、そうじゃないんやけど・・・、」
美由希はじっと前を見る。
田所はその視線の先を追った。
そこには初老の男がいて、向いのコインパーキングで切符を切っていた。
「どうしたん?あれ知り合い?」
「・・・・お父さん。」
「ん?」
「私が死なせた人のお父さん・・・・。」
「マジ・・・・?」
田所は車から降りて、初老の男を見つめた。
「ほなあれが美由希の舅やった人か?」
「うん・・・・。」
美由希はしばらくその男を見つめていた。
そしてゆっくりと歩き出した。
「ごめん、先帰ってて。」
「いや、帰っててって・・・・足ないやろ。」
「電車で帰るから。」
美由希は振り向かない。
コツコツと靴を鳴らして、まっすぐ男に向かっていった。
田所は「ここで待っとくから」と、車の傍に立つ。
美由希は「ごめん」と言い残し、男に近づいていった。
「あの・・・・、」
声を掛けると、男は「はい?」と振り向いた。
しかし美由希を見た瞬間、表情が険しくなった。
「・・・・お久しぶりです。」
ペコリと頭を下げると、男は無視して背中を向けた。
入って行く車に切符を渡し、料金所の中に引っ込んでしまう。
「あの・・・・、」
もう一度声を掛けるが、こっちを見ようともしない。
美由希はいたたまれなくなり、頭を下げて引き返した。
「どうやった?」
「ん?んん・・・・。」
「やっぱり謝ることも許してくれんか?」
「そやな・・・・。」
「気持ちは分かるで。謝罪すらできへんのは辛いことや。いつまでたっても許されへんってことやからな。」
「大事な息子を死なせてしもたんやから、許されへんのは当たり前や・・・・。でも・・・ちゃんと謝りたい。」
美由希は男を振り返る。
ムスっとした顔で、出て行く車から金を受け取っていた。
田所は交互に二人を見つめて、こう思った。
《俺の時とは逆やな。美由希は本気で謝りたいと思ってるのに、向こうがそれを望んでない。
もしかしたら、そっちの方が辛いんかもしれんな。》
美由希の表情は、おばちゃんといた時よりも曇っている。
今彼女が見ている男は、亡くなった夫の父。
そして夫が亡くなってしまったのは、美由希のせいであった。
美由希の表情は硬い。
受け入れてもらえない謝罪。
それを胸に抱えたまま、じっと男を見つめる。
田所は何も声をかけてやることが出来なかった。

不滅のシグナル 第二話 寒い夏(2)

  • 2017.04.12 Wednesday
  • 15:41

JUGEMテーマ:自作小説

夜、田所は安桜山神社に向かった。
オヤジはまだ来ていないようで、しばらく待つことにした。
木造りのベンチに腰掛け、境内を見渡す。
夜の神社は不気味で、本殿の前の蛍光灯だけが、ぼんやりと闇を照らしている。
「あんまり長居したい場所とちゃうな。」
幽霊だのなんだのは信じないが、不気味な場所であることに変わりはない。
早くオヤジが来てくれることを願った。
それから20分後、軽トラの音が聴こえた。
鳥居の向こうからオヤジが現れて、「おう!」と手を挙げる。
「すまんな、待たせたか?」
「いや、大丈夫です。ていうかその格好は・・・・、」
オヤジはなぜか巫女装束を着ていた。
赤い袴がダブダブに余っている。
「笑ろてもええで。」
ニコっと笑うオヤジ。
田所は「そういう趣味があるとは知りませんでした」と狼狽えた。
「アホか。俺に女装の趣味はないわ。」
「ほなその格好は?」
「言うたやろ、兄ちゃんに俺の呪いを引き受けてほしいって。」
「言うてましたね・・・。あれどういう意味なんですか?」
「簡単や。今日な、ここで俺を刺してくれたらええねん。」
「は?」
「俺はかつて人を刺したことがある。それも巫女さんを。」
「え?殺した相手ってヤクザやないんですか?」
「違う、堅気や。それも神職についてる人や。」
「・・・・・・・・・。」
「えらい罰当たりなことしいてもたんや。だから今でも後悔しとる。」
「なんでそんなこと・・・・、」
「その巫女さんの男がしょうもない奴でな。あちこちで金借りまくって返さへんクズやった。
ほんでちょっと脅しをかけたろ思うて、巫女さんを人質に取ったんや。」
「人質?」
「自分の女を盾に取られたら、嫌でも金を返すか思うてな。」
「でもそんなんしたら警察が・・・・、」
「分かっとる。だから人質言うても、ちょっと脅すだけのつもりやったんや。
でもあの巫女さん、えらい抵抗してな。そこへクズ男もやって着て、乱闘になった。」
「・・・・・・・・・。」
「ほんで男と一緒に逃げようとした。だから俺はナイフ持って追いかけたわ。」
「それで・・・・刺したんですか?」
「カっとなってな。でも巫女さんを刺すつもりはなかったんやで。
ちょっと男の方に痛い目え見せたろと思っただけや。
でもなあ・・・・そこで巫女さんが割って入って・・・・、」
「・・・・・・・。」
「男の盾になったんや。そこどかんかい!言うたら、逆に襲いかかってきよった。
だから俺もカッとなってな。それでお終いや。」
オヤジは本殿の前に立ち、「それからずっと夢に出てくる」と言った。
「毎晩毎晩夢に出てくんねん。胸にナイフが刺さったまんまの状態で。
ほんでじっと俺のこと睨んでんねん。言葉は何も喋らへん。ただ睨んでんねん。」
「それが呪いですか?」
「そや。殺した相手がいっつも夢に出てくる。そんで恨めしそうな目で睨んでくるんや。
そのうち寝るのも怖あなって、しばらく不眠症やったな。」
そう語るオヤジの顔は辛そうで、「ほんまに俺は・・・・」と首を振った。
「いくら若い頃の過ちとはいえ、とんでもない事をしてしもた。
いくら刑を終えようが、罪だけは消えへん。呪いという形で、今でも追いかけてくるんや。」
懐からナイフを取り出し、田所に向ける。
「これでな、俺を刺してほしいんや。」
「いや、ぜんぜん話が見えへんのですけど・・・・。」
「俺は昔に巫女さんを刺した。そんで殺してもた。
ほならそれを償うには、俺も刺されんとアカンやろ。
こうして巫女さんの格好もしてきたし、いっちょ頼むわ。」
「何を言うてるんですか!そんなん出来るわけないでしょう。」
「俺も許されたいねん。兄ちゃんみたいに、自分が傷つけてしもた相手に許してほしいねん。」
「そんなんしたってなんにも変わりませんよ。」
「そんなことはない。自分が同じ目に遭うたら、きっと許してくれるはずや。」
「でも刺したら死ぬやないですか。」
「死なん程度に刺してえや。」
「・・・あのね、そういう問題と違うでしょ。俺出所したばっかりですよ。
それで人を刺したりなんかしたら、またムショに逆戻りでしょ。」
「大丈夫やって。俺が刺せって言うたんやから。兄ちゃんは捕まらへん。」
「捕まりますよ。ナイフで人刺して、無罪でおられるわけないでしょ。」
「あかんか?やってくれんか?」
「出来ません。ていうかなんで俺にそんなん頼むんですか?自分でやったらすむ話でしょ。」
「怖いやないかい。」
「ほなやめたらええでしょ。」
「でも兄ちゃんはかつて子供を死なせて、ほんで今は許されとる。
それやったらな、兄ちゃんの手を借りれば、俺も呪いから解放されるんちゃうかと思って・・・・、」
オヤジの目は本気で、田所は首を振った。
「オヤジさん・・・・やっぱり病院に行きましょ。その方がええですよ。」
「病院なんか役に立つかい。あいつら金儲けのことしか考えてへんねん。」
オヤジは「ほれ」とナイフを差し出す。
「刺せ。」
「出来ません。」
「どうしてもか?」
「当たり前でしょ。」
「やったら給料上げたるぞ?」
「だから・・・・そういう問題と違うでしょ。話にならんわ。」
田所は呆れる。
悪い人ではないけど、頭がおかしくなっていると。
《来るんやなかったな。》
仕事を与えてくれた恩はあるが、こえ以上は付き合えなかった。
「申し訳ないけど無理です。これ以上しつこく言うんやったら、俺は今日限りで辞めさせてもらいますわ。」
ペコリと頭を下げ、鳥居へ歩いていく。
「待ってえや兄ちゃん!俺も救われたいねん!」
オヤジはナイフ片手に追いかけてくる。
田所は「危ないでしょ!」と取り上げた。
「こんなもん持ってたら誤解されますよ。」
「されてもええ!呪いから解放されるんやったら、ムショくらい戻ったるがな。」
「オヤジさん・・・・やっぱり精神科行きましょ。ちゃんと診てもらった方がいいですって。」
「医者なんかいらん!俺が欲しいのは『許し』なんや!」
「それやったらね、出家して坊さんにでもなったらいいでしょ。」
「それも考えた。でもアカンねん。いくら念仏なんか唱えても、アイツは夢に出てきよる。
でもな、俺と似たような境遇の兄ちゃんやったら、この呪いをどうにかしてくれるかもしれんやろ?」
「無理ですって。だいたい俺は殺すつもりで殺したんと違います!」
「俺かて一緒や!最初は殺すつもりなんてなかったんや!でもカッとなってつい・・・・、」
「それを殺人いうんでしょ。」
「わかってるがな!だから長いこと刑務所に行ったんじゃ!
でもそれだけじゃ終わらへんねん!だから・・・・だからどうにかしてえや・・・・、」
田所の袖を掴んだまま、オヤジは泣き崩れる。
「もう怖いねん・・・・寝るたびにアイツが出てきて・・・・もう怖いねん・・・・。」
還暦を越えた大人が、幼稚園児のように泣き出す。
怖い怖いと連呼して、「助けてえや・・・」と呟いた。
「助けてくれ・・・・お願いや・・・・。」
それを聞いた田所は、二年前のことがフラッシュバックした。
子供を撥ねた後、婚約者の墓に泣きついたことを。
大きな恐怖に直面した時、誰でもいいからすがりたくなる。
その気持ちは痛いほどよく分かった。
でもだからといって、自分に出来ることは何もない。
冷たいとは思うが、このオヤジに付き合う気はなかった。
「俺も・・・・自分の人生で精一杯なんです。やっと刑を終えて、謝罪もすませて、これからって所なんです。
オヤジさんには悪いけど、今は他人の人生に関わってる暇はないんです。」
しがみつくオヤジを離し、頭を下げる。
「すんません、お力にはなれません。」
そう言い残し、鳥居を抜けた。
「待てや!」
オヤジは叫ぶ。
神社に手を向けて「ここにはな!」と喚いた。
「偉い神様を祀ってあるんや!大昔におった、星野喜衛門という人や!
ものすごい霊力の持ち主で、何度も村を救った英雄やど!」
「そうですか。ほなその喜衛門いう人に頼んで下さい。どうか私の呪いを解いてくださいって。」
「頼んだわ!とうに頼んだわそんなもん!だから兄ちゃんに会うたんじゃ!」
「は?」
わけの分からないことを喚くので、とうとう頭がおかしくなったのかと振り返った。
「俺が兄ちゃんに会ったのは偶然と違うど!これは喜衛門の神託なんや!」
「神託って・・・・今度はオカルトの妄想かい・・・・。」
もうこりゃダメだと諦める。
何を言ってもこのオヤジを正気に戻すことは出来ない。
「すいません、俺、他に仕事探しますわ。ここにおったらまた俺を刺せなんて言い出すやろうから。」
「おいコラ!ウソとちゃうど!喜衛門が夢に出てきてな、そんで俺にお告げしたんや!
今年の夏に、和歌山県の○○市に行けば、ある男と出会うやろうって。
その男がお前の助けになってくれるって。だから俺はあの日兄ちゃんに声かけて・・・・、」
「もういいです。お話することはないですから。」
うんざりして首を振る。
しかしオヤジのボルテージは高まるばかりで、やがて怒りに変わった。
「こんだけ言うてるのに助けてくれへんのかい!」
「俺には何も出来ませんって。」
「でも喜衛門のお告げが・・・・、」
「俺はそういうオカルトは信じへんのです。」
「俺かて信じるかい!でも喜衛門が夢に出てきて・・・・、」
「そうですか。でも俺はオヤジさんを刺すなんて出来ません。どうしてもいうなら、他の人をあたって下さい。」
そう言って踵を返そうとした瞬間、オヤジは「おまええええええ!」と奇声をあげた。
「俺はもう怖いんじゃ!アイツに付き纏われるのは嫌なんじゃあああああ!」
オヤジは鬼の形相で襲いかかってくる。
田所は走って逃げ出した。
「やってられるか!なんやねんコイツ。」
暗い夜道を走っていく。
周りは田んぼと畑ばかりで、点在する街灯だけを頼りに逃げていく。
後ろからはオヤジの奇声が追いかけてくるが、突然ピタリと止まった。
「なんや・・・・諦めたか?」
振り返り、暗い夜道を睨む。
すると畦の草がガサガサと鳴って、オヤジが飛び出してきた。
「うお!」
「頼む!これで俺を刺してえや!」
ナイフの刃を掴み、自分の胸に当てる。
「殺さんでええねん!ちょっと刺してくれたらええねん!」
「やめろ!」
「それで俺は救われるんや!」
「アホか!そんなことで何も変わるかい!」
オヤジの手から血が流れる。
その血は田所の服も汚して、思わず引きつった。
「お前ええ加減にせえよ!」
力任せに振りほどこうとした時、オヤジの向こうから何かが走ってきた。
「なんや・・・・、」
ランドセルを背負った子供が、こちらへ駆けてくる。
真っ直ぐに走ってきて、ドンとオヤジを突き飛ばした。
「あ・・・・・、」
前のめりに倒れるオヤジ。
ナイフが胸に刺さり、悲鳴をあげた。
「ああッ・・・・、」
「オヤジさん!」
刃は深く突き刺さっていた。
柄の根元までめり込み、オヤジは動かなくなってしまった。
「・・・・・・・・。」
田所は後ずさる。
青い顔をしながら「俺のせいとちゃうぞ・・・」と震えた。
「俺とちゃう!あの子供が・・・・、」
そう言ってオヤジの後ろを睨むと、子供はいなくなっていた。
「・・・・なんや?どこ行った?」
辺りを見渡すが、どこにもいない。
いるのは横たわるオヤジだけ。
オヤジはピクリとも動かない。
目を見開き、糸の切れた人形のようだった。
「・・・・・・・・。」
揉み合ったせいで、田所の手は血に汚れている。
服にも血がついていて、足元から力が抜けていくのを感じた。
「・・・・・俺とちゃう。」
首を振り、その場から逃げ出す。
少し離れた場所に停めてある車に乗り込んで、一目散に神社を離れた。
「俺とちゃう・・・・俺とちゃうぞ!」
血濡れた手でハンドルを握りながら、何度も同じ言葉を呟く。
急いで家に帰り、汚れた服を捨てた。
シャワーを浴びて血を流し、ガバっと布団に潜り込んだ。
「俺とちゃう・・・あの子供が・・・・・、」
さっき見たあの光景。
それは田所の苦い記憶を抉った。
「なんで・・・・なんであの子が・・・・、」
オヤジの向こうから走ってきた子供。
それは二年前に死なせてしまった、あの少年だった。

            *

夏の朝は早い。
まだ五時前だというのに、空は明るくなっていた。
窓からは光が差し、ホッホ〜、ホホ〜と鳩の鳴き声が響く。
田所は布団にくるまったまま、一睡もできずに朝を迎えた。
昨日、あのオヤジが死んだ。
胸にナイフが突き刺さって。
そしてその原因となったのは、オヤジの後ろから走ってきた子供だ。
ランドセルを背負い、頭には帽子を被り、トットットと軽い用事でも伝えに来るように走ってきた。
その子が体当たりしたせいで、オヤジは死んだ。
田所の持っていたナイフが突き刺さって。
《俺は何もしてへん・・・・。あの子が・・・・。》
頭をかきむしり、ダンゴムシのように丸まる。
きっともう警察が動いているだろう。
そうなれば自分の所へ来るのは時間の問題。
最近この町へ来たばかりで、しかも前科持ちだ。
ならば疑われないわけがない。
ナイフに残った指紋を照合されれば、間違いなく捕まってしまう。
・・・・・怖かった。
田所は恐怖に震え、布団から出ることが出来なかった。
自分は何もしていない。
しかしそれを信じてもらえるような証拠がない。
・・・・逃げるか?と考える。
しかし逃げたところで、逃げ切る自信などない。
もし捕まった時、それこそ言い訳がきかなくなるだろう。
ならばどうするか?
自分から警察に行って、事情を話すか?
オヤジに呼び出されて神社へ行き、そこでわけの分からない頼みごとをされた。
アイツは頭がおかしくなっていて、どう考えても精神を病んでいた。
俺は逃げ出し、追いかけてきたオヤジと揉み合いになった。
するとそこへあの子供が走ってきて・・・・・、
そう考えてやめた。
こんな馬鹿な言い分を、いったい誰が信じてくれるものか。
あのオヤジの頭がおかしいのは事実だが、死んだ子供が走ってくるわけがない。
だったら・・・・事故ということにするか?
揉み合っているうちに、勝手に自分で刺さったのだと。
しかしこれも駄目だと首を振る。
筋は通っているが、かえって言い訳がましく聴こえそうだ。
一晩中、何度も何度も同じことを考え、いい答えが思い浮かばなかった。
恐怖と不安を抱えたまま、布団の中で丸くなる。
やがて昼を迎える頃、ケータイが鳴った。
田所はビクっと竦み上がった。
《警察からか?》
表示を見ると『野々村農業』と出ている。
それはあのオヤジの会社だった。
「・・・・・・・・・。」
無視しようかと迷ったが、気がつけば電話に出ていた。
「・・・・もしもし?」
震える声で尋ねると、『おう!』と明るい声が帰ってきた。
『出勤して来おへんから、どうしたんかと思ってな。』
「・・・・・・・・。」
あのオヤジの声だった。
昨日死んだはずなのに・・・・なぜ?
混乱し、言葉が出てこなくなる。
オヤジは『ははは!』と笑った。
『ビックリしとるか?』
「・・・・あの・・・・、」
『ええねんええねん。兄ちゃんはなんも悪いことしとらん。』
「・・・・生きてたんですか・・・・?」
『そら生きてるやろ。こうして電話しとるんやから。』
「ほな・・・今は病院で?」
『いや、会社や。』
「は?だって胸にナイフが・・・・、」
『ちょっと刺さってたな。』
「ちょっとどころやないでしょう!深あ刺さってたやないですか!根元まで・・・、」
『そやな。』
「ほななんで・・・・、」
『でも身体に刺さったのはちょっとやねん。』
「は?」
『だっておっぱい入れてたからな。』
「お、おっぱい・・・・?」
『ほら、昨日巫女さんの格好で行ったやろ。それやったら女らしいせなアカンかなと思て、おっぱい入れてたんや。
大人のオモチャのやつやけどな。』
「・・・・・・・・。」
『なるべくあの巫女さんの気持ちに近づくように、姿格好を似せようと思ったんや。
ナイフが深あ刺さったのはおっぱいやから。身体にはちょびっとしか刺さってへんで。』
オヤジは笑いながら言う。
田所は何を言っているのか分からなかった。
「あの・・・・ほなら無事・・・っちゅうことで?」
『無事も無事!兄ちゃんのおかげで呪いも解けたしな。』
「呪い?」
『だって刺してくれたやろ?アレのおかげでな、刺されるモンの恐怖っちゅうか、痛みみたいなもんが分かったんや。
そのおかげで許してもらえたわ。』
「許すって・・・・何を?」
『決まってるやろ。あの巫女さんにや。昨日の晩も夢に出てきたから、ちゃんと謝ったんや。
ようやくあんたの痛みや恐怖が分かった。俺はなんちゅう酷いことをしたんか、今になってハッキリ理解したってな。
ただただ申し訳ない気持ちで、ずっと頭を下げてたんや。そうしたらな・・・・・、』
オヤジはたっぷり間を溜める。
田所は息を飲んで待った。
『消えてくれたんや!顔をあげた時には、もうどこにもおらんかった!』
「・・・・・・・・・。」
『今までは一晩中睨んでたのに、もうどこにもらおんのや!
おかげで40年ぶりに楽な気持ちで眠れたで!』
弾けるほど嬉しそうな声で『これでもう怖がることはないんや!』と笑った。
『俺、今までは本気で謝ってなかったんやなあ・・・・。
ただただ自分が楽になりたあて、それで頭を下げてただけなんや。
でも昨日は違う。俺は巫女さんの為に頭を下げたんや。
許しを乞うとか、楽になりたいとか、そんなんじゃなしに、本当に悪い事をしてしもたと思って。
その気持ちが通じたんか、俺の頭の中から去ってくれたわ。』
「・・・・・・・・・。」
『それもこれも、兄ちゃんが手伝ってくれたおかげや。ほんまおおきにな。』
田所は返す言葉が見つからなかった。
オヤジは生きていた・・・・。
自分は犯罪者の疑いをかけられずにすんだ。
呪いのことなんてどうでもよくて、ただただそれが嬉しかった。
『今日は休んでええで。』
「は?・・・ああ・・・・・、」
『いくら俺から頼んだとはいえ、人を刺してもたんや。ショックやろ?』
「・・・・いつ警察が来るんかと思てました。」
『すまんかったな。今日は有給扱いにしとくさかい。それに給料は色つけるから、それで勘弁したってえや。』
「その・・・・生きててよかったです。」
『俺もよかったわ、呪いが解けて。これでもう夜を怖がることはなくなる。』
今までに聞いたことがないほど、朗らかな声で言う。
オヤジは『ほなまた会社で』と電話を切った。
田所はしばらく放心していた。
窓を見上げ、ホッホ〜と響く鳩の声に聴き入っていた。
「生きとったんか・・・・・よかった。」
安堵というには重すぎるほどのため息が漏れる。
なんだかよく分からないが、殺人犯扱いされずにすみそうで、晴れやかなほど嬉しかった。
一睡もできなかった分、安堵と共に眠気が押し寄せる。
ゴロンと転がり、頭まで布団を被った。
・・・・この日、田所は夢を見た。
車を運転中に、子供を撥ねる夢を。
首と胴体が逆方向に曲がり、頭が陥没している。
二年前のあの日から、ちょくちょく見る夢だ。
しかし今日はいつもと違った。
死んだはずのその子が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
ねじれた首を掴んで、グイっと前に向ける。
帽子を深く被り、へこんだ頭蓋骨を隠して、照れくさそうに笑った。
田所は震える。
夢の中だというのに、ジワリと失禁してしまった。
子供は目の前に歩いてくる。
はにかんだ笑顔を見せながら、『おっちゃん』と呼んだ。
『これから毎晩出て来るから。心の底から謝るまで。』
《何を言うてねん・・・・俺は謝ったやないか・・・・。お前の墓に手え合わせて・・・・、》
『あれは自分の為やん。俺の為に謝ってよ。』
《だから謝ったやろ!ちゃんと謝ったやんか。撥ねて悪かったって。死なせて悪かったって・・・・、》
そう答える田所だったが、少年は首を振った。
《ずっと会いに来るで。ちゃんと謝ってくれるまで。》
少年は満面の笑みを見せる。
そして田所の目が覚めるまで、傍でじっと睨んでいた。
『なんでや・・・・俺はちゃんと謝ったぞ・・・・ちゃんと・・・・。』
その日を境に、少年は毎晩夢に出て来るようになった。
折れた首、陥没した頭蓋骨。
頭から流れる真っ赤な血。
そして怒りとも殺意ともつかないような、暗い眼差し。
田所はあのオヤジの恐怖を理解した。
眠る度に現れる、自分が殺してしまった人間。
夢であると分かっていても、それは呪いでしかなかった。
それから一年後、田所はあることを試みた。
『あの子の苦しみを理解したら、この呪いから解放されるかもしれん・・・・。』
かつてあのオヤジがそうしたように、自分も被害者の痛みを理解しようとしたのだ。
車が行きかう大きな通りに、その身を投げ出した。
もちろん死ぬつもりなどなかったので、スピードの弱まる踏切の手前で行うことにした。
狙うは軽自動車。
スピードが落ちた状態ならば、撥ねられても助かるだろうと踏んだのだ。
しかし田所の思い通りにはいかなかった。
飛び出すタイミングが早すぎて、軽自動車は急ハンドルを切ってしまった。
代わりに後続車のセダンに撥ねられて、踏切の中まで飛ばされた。
それと同時に、遮断機が下りてくる。
ランプを点滅させ、警告音を鳴らしながら。
田所は慌てて立ち上がろうとした。
しかし撥ねられたショックと、折れた足のせいで上手くいかない。
・・・・・死ぬ。
そう思った。
このまま電車がやってくれば、自分は確実に・・・・。
田所は叫んだ。
助けてくれ・・・・と。
死にたくない!まだ生きていたい!
誰か助けて・・・・・・、
そう叫んで手を伸ばした時、誰かがその手を掴んだ。
「大丈夫ですか!?しっかり!」
女の声だった。
田所はその手にしがみつく。
女はグイグイと引っ張って、踏切から連れ出してくれた。
「ごめんなさい!だっていきなり飛び出してくるから!」
泣きそうな顔で叫ぶ女。
彼女の傍には、田所を撥ねたセダンが停まっていた。
女は救急車を呼ぶ。
野次馬が群がり、電車が踏切を越えていく。
田所は呆然としながら、自分が生きていることにホッとした。
『死なずにすんだ・・・・・。』
自分から車に撥ねられたにいく。
なんてバカなことをしたんだろうと、今さら青くなる。
恐怖と安堵と、助かった喜び。
複雑な感情に満たされながら、ギュっと目を閉じた。
すると・・・・瞼の裏にあの少年が現れた。
満面の笑みで、じっと田所を睨んでいる。
《死んだらよかったのに。》
『・・・・・・・・。』
《なんで生きてんの?死んだらよかったやん。俺みたいに。》
少年は180度首を回す。
帽子を取り、陥没した頭を見せつける。
《お前も死んだらよかったのに。》
無垢な声、無垢な表情でそう言われて、田所は泣き崩れた。
『・・・・・ごめんなさい。本当に・・・・ごめんなさい・・・・。』
呪文のように、何度も何度も同じ言葉が溢れる。
『死なせてごめんなさい・・・・まだ生きたかったやろうに・・・俺のせいでごめんなさい・・・・。』
田所は思った。
かつて少年の墓に手を合わせた時、今のような気持ちではなかった。
申し訳ないと思う気持ちはあっても、それ以上に自分を慰める気持ちが強かった。
でも今は違う。
悪いことをした、酷いことをした。
それだけが膨らんで、何かに動かされるように謝り続けた。
そして数十回目の『ごめんなさい』を呟いた時、少年は消えた。
『もうええわ。ちゃんと謝ってくれたから。』
そう言い残し、瞼の裏から去っていった。
目を開けた田所は、病院のベッドに上にいた。
足にギブスを填められて、天井から吊るされている。
傍にはオヤジがいて、「目え覚めたか?」と心配そうに覗き込んだ。
「・・・・・・。」
田所は目を細める。
涙が滲んで、ジワリと視界が歪んだ。
「あの時・・・・疑ってすいませんでした。」
「は?何がや?」
「呪い・・・・ほんまにあるんですね。」
それだけ呟いて、ギュっと目を閉じる。
オヤジは「兄ちゃんもか!?」と叫んだ。
喚くように何かを話しかけてくるが、何も耳に入らない。
全てから目を背けるように、じっと瞼を閉じていた。
その日以来、二度とあの子が現れることはなかった。

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