勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十七話 猫神の告白(1)

  • 2017.06.21 Wednesday
  • 07:56

JUGEMテーマ:自作小説
暗い夜の神社。
一人で来たら怖いだろうけど、でも今は恐怖なんてない。
隣に座るたまきが、大事なことを喋っているからだ。
境内の焚き火を見つめながら、低く、よく通る声で語る。
「どうしてコマチさんを試すような真似をしたのか?
それはね、その子にもう一人の私と戦ってもらわなきゃいけないから。
アイツは予想以上に強くなっている。
いくらコマチさんが幻獣といえど、下手をすれば負けるかもしれない。
だからその子の力を見極める必要があったのよ。」
気を失ったマイちゃんの頬を撫でる。
その目は優しくて、無理をさせたことを申し訳なく思っているようだった。
「まさかあそこまで力を発揮するなんて・・・・。将来は私やダキニすら超える神獣になるかもね。」
ニコリと言って、また焚き火を見つめる。
「その子の力を確かめることが出来て、よかったと思ってる。
だってこれなら絶対にアイツに負けないだろうから。」
それを聞いた俺は、どうしてマイちゃんとアイツを戦わせるのか、疑問に思った。
でもグッと我慢して、たまきの言葉を待った。
「アイツと私を元に戻す方法は簡単。それは『彼』への想いを胸の中から消すことよ。」
「彼・・・・?」
思わず聞き返してしまう。
たまきは「決まってるでしょ」と笑った。
「アンタの前世よ。」
そう言って妖艶に目を細めた。
「アイツがあんな禍神になってしまったのは、私が原因じゃないの。本当の原因は、彼への想いにあるのよ。」
「え?でもアイツはお前を恨んでるって言ってたぞ。自分を捨てて、お前だけ神獣になったからって・・・、」
「それも怒りの原因ではあるでしょうね。でも真実は違う。
アイツは今でも彼に想いを寄せている。1000年以上もの間、決して敵わない恋心を抱いているのよ。」
「・・・・そういえば、祠の戦いでそんなことを言ってたな。今でも俺の魂を愛しているって。」
「彼と過ごした日々は幸せだった。貧しいけど、でも心が満たされた日々だったわ。
でも彼は病気に罹り、何一つ報われることなく逝ってしまった。だけど向こうへ逝く前に、一人の女が現れた。
彼と同じく、動物と話せる力を持った女が。」
「それも聞いたよ。なんか悪い女だったんだろ?看病するフリをして、実はこの金印を狙ってたって。」
首にぶら下げた金印に触れて、「売ったら金になりそうだもんな」と頷く。
「女はこれを盗むのが目的だった。そしてこれを盗んだ後、お前に殺されてしまった。」
「ええ。」
「でも・・・・本当にそうだったのかなって思うんだ。
その女はちゃんと彼の看病をしてたんだろ?それに彼だってその女が好きだった。
なら・・・・本当にこれを盗む為にやって来たのかな?」
アイツはその女を悪者みたいに言っていたけど、でもどうにも違和感があった。
これを盗む為だけに、病気の男をずっと看病したりするだろうか?
売ったら金になるとしても、奪うまでの苦労を考えると、割に合わない気がする。
するとたまきは俺の疑問を見透かすように、「あんたの言う通り」と頷いた。
「あの女は悪者じゃなかった。ただ純粋に彼の看病をしていたのよ。
しかもお互いに動物と話せる力がある。だから時と共に惹かれていった。
あの二人は間違いなく愛し合っていたわ。」
「俺もそう思うんだ。だって動物と話せる人間なんて、滅多にいるもんじゃない。
ていうか自分にしか出来ないと事だと思ってたはずだ。
でももう一人同じような人間がいた。しかもお互いに若い男女。
なら恋に落ない方が不思議だと思うんだよな。」
「そうね、まるでどこかの誰かと誰かさんみたいに。」
そう言ってクスっと笑う。
「何が可笑しいんだ?」
「アンタまだ分からないの?」
「え?」
「動物と話せる人間なんて、自分以外にいるわけがない。
でも他にもそういう人間いて、二人は出会った。
そして二人はその力を活かして、動物を助ける活動を始めた。」
「いや、何を言ってるんだよ?男は病気で死んで、女は殺されたんだぞ。
ならどうやって動物を助ける活動なんか・・・・、」
「できるわ。」
「無理だろ。死んでるのに。」
「死んでもまた生まれ変わる。二人は新たな人生で出会い、そして動物を助ける活動を始めた。」
「生まれ変わって・・・・・?」
「彼の生まれ変わりはアンタ。ならもう一人の動物と話せる女は・・・・・誰かしらね?」
たまきは不敵に笑う。
俺は「まさか・・・・」と引きつった。
「え?いや、そんな・・・・・、」
「信じられない?」
「・・・・・藤井。」
ボソっとつぶやき、呆然とする。
「だって・・・・嘘だろ?もしそうだとしたら・・・・俺たちは前世から・・・・、」
「繋がりがあった。そして今世でも。」
「あいつと俺は・・・・生まれる前から・・・・繋がってたってのか・・・・。」
「運命は繰り返す。アンタと藤井さんは、1000年も前から出会う運命だったのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「それでもって、前世の藤井さんを殺したのがこの私。」
「・・・・・・・・。」
「あの時、私はあの女を憎んでいた。
彼はだでさえ報われなくて、しかも最後は病気に罹ってしまった。
そこへ追い打ちをかけるように盗みを働くなんて・・・・許せないと思ったわ。
あの女は彼を愛するフリをして、金印を盗むのが目当てだった。
そう思った時、怒りと憎しみと・・・・そして悔しさが湧いた。
あの女を信じて、彼の元を離れてしまった自分に、どうしようもないほど腹が立った。」
「・・・・・・・・・・。」
「私さえ傍にいれば、あの女の思い通りにならずにすんだはずってね。
それに彼の最後を看取ってあげることも出来た。
怒りと憎しみと悔しさと、いろんな暗い感情に満たされて、あの女を殺したわ。
それからは悪い道へ進んじゃって、妖怪になってしまった。
けどある仙人に諭されて、改心した。
まあこの辺のくだりは、アイツから聞いて知ってると思うけど。」
「ああ・・・・。」
「仙人は私にこう言った。お前には神獣の素質があると。
でもその素質を伸ばすには、今のままでは駄目だ。
胸の中にある、影のお前を切り離す必要があるってね。
私は神獣となる為に、自分の中の影を切り離すことにした。
仙人の手を借りて、三日三晩かけて特別な儀式を行った。
そして私とアイツは別々になった。」
「・・・・・・・・・。」
「あの時、自分の中から光が溢れてくるのを感じたわ。影が消え去って、今までにないほど清々しい気持ちになった。
そしてその時に、今までの行いを悔やんだわ。
妖怪になって散々悪さをしたこと、そして・・・・あの女を殺したことを。」
目を閉じ、眉間に深い皺を寄せる。
「あの女は・・・・決して盗みが目的じゃなかった。
自分と同じ、動物と話せる人間と出会って、それが嬉しかったのよ。
だから必死に看病をしただけだった。
そして一緒に過ごすうちに、二人は恋に落ちた。
女は一生懸命看病するけど、でも彼の病気は治らない。
だから彼は女を追い出した。
これ以上一緒にいたら、病気がうつってしまうかもしれないからと・・・・。
そして看病をしてくれたお礼として、その金印を渡した。
そいつを売って、これからの路銀にしてくれと。
そして動物と話せる力を使って、これからも多くの動物や人間を助けてあげてくれと・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「盗みが目的なら、さっさと金印だけ盗って逃げればいいだけ。
でも女はそうしなかった。それは金印が目当てではなく、彼を愛していたから。
そしてその愛は来世へ続き、アンタと藤井さんが出会ったのよ。」
たまきは目を開け、俺を見つめる。
「影の心を切り離してからすぐのこと・・・・私はあの女の魂に会ったの。
彼女を殺した場所に行って、謝ろうと思ってね。
あれから100年も経ってたから、もう魂はいないかもしれないと思った。
でもどうしても謝りたかったから。
そうしたら・・・・いたのよ。100年たった後でも、彼女はいた。」
「同じ場所に・・・・とどまり続けてたのか?」
「いいえ。彼の家にいたの。」
「彼の家?」
「あの女を殺した場所に、もう魂はなかった。
だから私は、彼の家に行った。だって彼にも謝りたかったから。
勝手に出て行ってしまったこと、そしてあの女を殺してしまったことを。
向かってみると、家はとっくになくなっていた。草だらけの茂みに変わっていたわ。
でも・・・・そこで会ったのよ。彼女と・・・・彼の魂に・・・・。」
また目を閉じ、その時のことを思い出すように、眉間に皺を寄せた。
「私は驚いて・・・・しばらく動けなかった。
でもね、二人は言うのよ。きっと戻って来ると思っていたって。」
「・・・・・・・・・。」
「お前は悪い奴じゃない。だから必ず謝りに戻って来るはずだって・・・・。
・・・・信じられる?あれから100も経ってるのに。
しかもあの女は私に殺されたのよ?なのに・・・彼女も言うのよ。
あなたは悪い猫じゃないって・・・・・。私を殺したのは、一時の気の迷いのせいだって・・・。
だから二人ともずっと待っていた・・・・。魂だけになって、あの家のあった場所で・・・・。」
グッと唇を噛み、目尻に光るものが浮かぶ。
「私はただただ謝った。膝をついて、地面がへこむくらいに頭を下げてね。
すると二人は『もういい』って言うのよ。今の私は、もう悪い奴なんかじゃないって。」
「・・・・・・・・・・。」
「私はなんて言っていいか分からなかった。ただただ頭を下げて、地面にひれ伏したわ。
すると彼がポンと私の肩を叩いたの。そしてこう言った。
これからは俺たちの代わりに、お前が困っている動物や人間を助けてやってくれって。
理不尽な目に遭う命を、どうか救ってやってほしいって。
それを言う為だけに、二人は100年も待っていた。
動物と話せる人間がいなくなった今、私にしか出来ないことだからって・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「私は約束すると頷いた。あなたたちの意志を引き継ぎ、務めを果たしてみせると。
二人はニコリと笑って、ゆっくりと下がっていった。
そして手を繋いで、吸い込まれるように空へ消えていったわ。」
ふうっと息をついて、目尻を拭う。
コイツが泣くところ見るなんて初めてで、なんだか落ち着かなくなってしまう。
見てはいけないような物を見てしまった気がして、サッと目を逸らした。
「それからの私は修行に励んだ。あの仙人に会いに行き、しばらく鍛えてもらったわ。
その後は旅に出た。二人との約束を果たす為に、困っている動物や人間を助ける旅に。
辛いことや、思い通りにいかないことはたくさんあった。
時には投げ出してしまおうかと思ったり、こんな奴は殺してやりたいって思うほど憎むこともあった。
でもそんなことをしてしまったら、また妖怪の頃に逆戻り。
あの二人との約束が果たせなくなってしまう。
上手くいかないのは、私が未熟なせいだと言い聞かせた。
約束を果たすには、もっともっと力がいる。
だから霊場で修行したり、龍穴と呼ばれる気の集まる場所で修行したりしたわ。
そして旅も続けた。上手くいかないことは多々あったけど、もうやめようとは思わなかった。
ここまで来たんなら、死ぬまでこの旅をやり続けてやるってね。
そして・・・・気がつけば神獣になっていた。
長い長い修行と、長い長い旅に鍛えられて、以前とは比べ物にならないほど力が増していた。
そして神獣になってからしばらくして、夢にあの二人が出てきたのよ。
もう私たちとの約束は充分だ。お前は立派に役目を果たし、立派な神獣になった。
これからは自分の為に生きてくれってね。」
また涙が浮かび、そっと指で拭う。
「・・・・あの二人、ずっと私のことを見てたんだわ。
遠い空から、私がちゃんと約束を守っているかって。
二人からそう言われて、私は嬉しかった。
ずっと見守っていてくれたこと、そして私の頑張りを認めてくれたこと。
それに・・・・これでようやく罪滅ぼしができたこと。
私は二人にお礼を言った。そして目が覚めた朝、新しい国へ向かうことにしたの。
中国の隣にある、海に囲まれた島にね。」
「日本のことか?」
「ええ。ここには八百万っていわれるほどたくさんの神様がいるって聞いて、ぜひ行ってみたいと思ったの。
でもその前に、あの仙人に会いに行くことにした。
私に改心のキッカケを与えてくれた恩人だから。
国を出る前に、ちゃんと挨拶をしておこうと思ってね。
でも仙人のいる山に向かう途中で、アイツと出くわしてしまったの。」
「・・・・もう一人のたまきか?」
「そうよ。山の向こうから黒い影が走ってきて、颯爽と目の前に現れたの。
私は驚いたわ。だってアイツは仙人に捕らえられてたはずだから。
もう悪さをしないように、深い山の中に封印されていたはず・・・・。
驚く私を笑いながら、アイツは言ったわ。
もう一度、一つの私に戻ろうって。そして完璧な私となって、彼を迎えてあげようって。」
「彼を迎える・・・・?」
「アンタの前世よ。いつか生まれ変わるはずだから、それを迎えてあげるつもりだったの。
アイツはまだ彼のことを愛していて、なんとしてもその愛を貫くつもりだった。
だから・・・・あの時わざと私と分離したのよ。
なぜなら私には神獣の素質があって、それを開花させれば大きな力を得るから。
でもアイツが私の中にいたんじゃそれも無理。
だからあえて抵抗しなかったの。自分が切り離されることに。
アイツは深い山の中で待っていた、私が神獣になるのを。
そして時が来た。私はついに神獣になった。
その瞬間、アイツにはそれが分かったみたいでね。
元が一つだから、ピンとくるものがあったそうよ。
アイツは自力で封印を破り、そして私に会いに来た。」
「なんて奴だよ・・・・仙人の手からも逃れたってのか。」
「それほどまでに、アイツの執念は凄かった。彼に対する愛はまったく衰えていなかったのよ。
でもその愛を貫くには力が必要だと考えていた。
だから私が神獣になるのを待って、もう一度一つになるつもりだった。
そうすれば、今度は誰にも邪魔されることなく、彼と一緒にいられるから。」
「・・・・・・・・・。」
「私は諭したわ。彼はもう死んで、今は遠い世界にいるって。
もし生まれ変わったとしても、それはもう別人。私たちが愛したあの人じゃないのよって。
でもアイツは納得しない。『それなら前世の記憶を呼び覚まし、またあの人を復活させればいいだけ』って。
私はそんなの無理よって言ったけど、アイツは聞き入れなかった。
神獣の力があれば、前世の記憶を掘り起こすことも可能だと言ってね。」
「すごい執念だな・・・・ストーカーなんてレベルじゃないだろ・・・・。」
「アイツは私と一つとなり、神獣の力を手に入れたがっていた。
そうすればまた彼に会って、誰にも邪魔されることなく一緒にいられるから。
でもそんなの許されることじゃないわ。
例え魂が同じでも、前世は前世。生まれ変わったなら、それはもう別の人間なのよ。
前世の記憶を掘り起こして、別の人間に変えてしまうなんて・・・・決してやってはいけないこと。
だから私は何度も諭そうとした。
彼はもういないし、前世の記憶を掘り起こすなんて禁忌だと。
それに・・・・彼とあの女は本当に愛し合っていたことも話した。
あの家があった場所で、ずっと二人で私を待っていたことを。
でもいくら諭そうとしても無理だった。
あの女は死んだから、もう関係ない。それに私の愛と、アンタの力があれば、想いを遂げられるはずだって。
アイツは手を伸ばし、再び私の中に入ろうとしてきた。
力づくで事を成し遂げようとね。
これ以上の話し合いは無理だと思って、私も戦おうとした。
でもその時、アイツの胸元が光ったのよ。」
「光る・・・・?」
「ええ、眩い金色にね。」
「金色に光る・・・・・。それってもしかして・・・・、」
「そう、今アンタが持っている金印。それが光ったの。」
俺の手にある物を指差し、そっと触れる。
「あの女を殺した後、私はこれを奪い返した。そしてこれはアイツが持っていた。
私から分離した後、『彼の形見だけは渡せない』と言ってね。
そう言われて金印は預けていた。
だって私の勝手で分離するんだから、形見まで奪うのは可哀想だと思ってね。」
「なら・・・・それからどうなったんだ?金印が光って、アイツは・・・・、」
「苦しんでたわ。眩い光に包まれて、私から離れていった。
あの金印には邪を退ける力があるから、もう一人の私はその力に焼かれたの。」
「彼の形見が・・・・お前を守ったってわけか。」
「・・・・いいえ、私を守ったんじゃない。私とアイツを守ったのよ。」
「アイツも・・・・・?」
「彼は私もアイツも大事に想っていたのよ。
だって私たちは元々一つで、そしてずっと彼と暮らしていたんだもの。
二つに分かれたって、どっちも彼にとって大事な猫。
あの金印が光ったのは、また私たちが間違った道へ行かないようにする為。
・・・・勝手にそう思ってるわ。」
クスっと笑って、すぐに真顔に戻る。
「金印の光に焼かれて、アイツは逃げて行った。
捨てれば焼かれずにすむのに、決して手放そうとしなかったわ。
でもそのおかげで、私たちは二人に分かれたまま。」
「持ってたら苦しむのに、つい最近までずっと持ってたのがすごいな・・・・。」
アイツの愛がどれだけ強烈かよく分かる。
それほど大事な物をマイちゃんに預けたのは、彼女に同情したからか?
それとも別の理由からか?
金印を見つめていると、たまきは先を続けた。
「私はすぐに追いかけようとした。放っておけば、必ず悪さをするだろうから。
でもその時、あの仙人が目の前に現れてね。放っておけって言ったのよ。」
「なんで?捕まえないとヤバいんじゃ・・・・、」
「私もそう思ったんだけど、あの金印がある限りは、本当に悪いことは出来ないからって。
そしてアイツは絶対にあの金印を捨てたりしない。
仙人はアイツが去った方を見つめて、そう言ったわ。
そして私には自由に生きろって言ってくれた。
長い旅と長い修行の果てに、お前の罪滅ぼしは済んだ。
これからは何かに縛られず、自分の為に命を使えと。」
「それで日本に渡ってきて、この神社に祭られたのか。」
「ここに行く着くまでに、色々とあったけどね。でもそれはまた別の話。」
「色々か・・・・きっととんでもない色々なんだろうな。」
「まあねえ・・・・そりゃ大変だったわよ。でも今は関係のないことよ。」
「ごめん、話の腰を折っちゃって。それで・・・・結局アイツはどうなったんだ?」
「中国を出る前に、仙人がこう言ってたわ。
アイツは必ずお前を追いかける。そして自分の想いを遂げようとするだろうって。
だけどアイツと戦うのは避けた方がいいって忠告された。
もし万が一、私がアイツに乗っ取られたら・・・・・、」
「想像したくないな・・・・・。」
「力なら私の方がある。けどアイツの執念はあまりに凄まじい。
だから思わぬ反撃を喰らって、負けることだってあり得るわ。」
そう言って自分の胸を叩いた。
「九女御霊神社で受けた一撃・・・・今でも私を苦しめようとする。」
「え?あれって演技じゃなかったのか?マイちゃんの力を試す為の・・・・、」
「アンタを連れて行こうとしたのは演技だけど、アイツに反撃されたのは本当のことよ。」
「なら・・・・お前の胸の中には呪いが・・・・。」
「ええ。昔の感情が蘇り、私を支配しようとしている。」
「・・・・・・・・・。」
「たったの一撃でこれなんだから、もっと攻撃を受けてしまったら・・・・それこそどうなるか分からない。
最悪は本当にアンタを連れ去ってしまうかも・・・。」
「怖いこと言うなよ・・・・。」
「アイツは私の弱点を知ってる。アンタという弱点をね。」
「お、俺・・・・・?」
「だってこれ以上呪いを受けたら、本当にアンタを連れ去ってしまうかもしれない。
私はアンタを守る為にも、これ以上アイツと戦うわけにはいかないの。」
「そうか・・・・・。だからマイちゃんにお願いするってわけか。
でもさ、だったら他の霊獣でもいいんじゃないか?
ウズメさんなら、アイツに負けたりなんかしないだろ?」
「ウズメは無理よ。なんたって今は稲荷の長だからね。余計なことに首を突っ込んでる暇はないはず。」
「でもこの前は龍神を追い払ってくれたぞ。だったらお願いすれば手を貸してくれるんじゃ・・・・、」
「それはアンタが危険な目に遭ってたからでしょ?しかもウズメのせいで。
あんな龍神モドキの頼みなんか断ればいいのに・・・・あの子も人が好過ぎるわ。
でもだからこそ頼めない。私がお願いしたら、絶対に協力しようとするはずだから。
稲荷の長って立場も忘れてね。」
「そうか・・・・。なら・・・・、」
他に頼れそうな人を捜すけど、思いつかなかった。
《モズクさんならアイツにも勝てるだろうけど、でもこんな事お願いをするわけにはいかない。
ていうかもし知ったら、すぐにでもマイちゃんを連れて帰っちゃうだろうな・・・・。》
頭を抱え、「う〜ん・・・」と悩む。
するとたまきが「ごめんね」と言った。
「悪いと思ってるわ、こんな依頼をしちゃって。」
「いや、いいんだ。だって俺だってお前には世話になったんだし・・・・・。」
「本当なら、私がどうにかすべき問題。でもあまりにリスクが大きすぎる。
かといって、ウズメや知り合いの神獣に頼むわけにもいかない。
だってこんなの私の個人的なトラブルなんだもの。
だから・・・・アンタだけなのよ、悠一。私の力になってくれるのは。」
「たまき・・・・・。」
まっすぐに見つめて、「お願い」と頭を下げる。
「怖いだろうし、辛いだろうと思う。でも・・・・私に力を貸して。」
「やめてくれよ!頭を下げるなんて!」
俺はマイちゃんを縁側に寝かせて、たまきの前に立った。
「お前が頭を下げるところなんて見たくない。」
たまきの手を握り、「やるよ!」と頷いた。
「他の誰でもない、お前の依頼だ。断ったりなんかしない。」
「悠一・・・・・。」
「こんな依頼なんかさ、さっさと解決してやるよ。そんでいつものお前に戻ってくれ。
堂々としてて、凛としてて、怒るとおっかないいつものお前に。」
「・・・・・ありがとう。」
顔を上げて、俺の手を握り返す。
「やることは一つ、アイツの心の中から、彼への想いを消すこと。
その為にはその金印が必要になるわ。」
「これが?」
「まずはアイツとコマチさんが戦う。その為には金印で力を解放しないといけない。」
「そりゃそうだ。普通に戦ったらまず負ける。」
「でも長時間の戦いは禁物よ。じゃないと自分のパワーに耐え切れなくなって、さっきみたいにボロボロになってしまうから。」
「分かった。で・・・・俺は何をすればいいんだ?」
「コマチさんがアイツを倒したら、あいつに口づけをしてほしいのよ。」
「な、なにいいいいいい!?」
「金印を持った状態でね。」
「え?いや、それは・・・・・なんで!?」
「アイツの突き動かしているのは、彼への愛だけ。ならそれを止められるのも、彼しかいない。
でも彼はもういない。だから・・・彼の生まれ変わりである、あんたの力が必要なのよ。」
「で、でも!なんで口づけなんだよ!もっと他に方法はないのか!?」
「ないわ。」
「即答かよ・・・・。」
「口づけは愛の証。それをすることで、彼の気持ちが伝わるかもしれない。
金印の力によって、彼の魂がアイツを鎮めてくれるはず。それしか方法はないのよ。」
「で、でもなあ・・・・・。」
「嫌なのは分かる。けど他に方法はないわ。これは彼の魂を持った、アンタにしかできないことなのよ。」
たまきは真剣な目で言う。
俺はアイツを思い浮かべ、「口づけした瞬間に殺されるんじゃ・・・・」と震えた。
「普通ならそうなるでしょうね。でもそうならない為に、コマチさんに戦ってもらうの。
徹底的にシバき倒してもらって、ピクリとも動かなくなったとこで口づけよ。」
「なら徹底的にシバいた後で、お前がトドメを刺せばいいんじゃ・・・・。」
「だから無理だって。あの愛を抱えたまま死んだら、それこそ恐ろしい悪霊になるわ。
そうなればもう手が付けられない。アイツの力は何倍にも増して、悪魔のようになってしまうでしょうね。」
「うう・・・・怖い・・・・。」
「丸く収めるには、アイツの愛をどうにかしないといけないの。そしてそれが出来るのはアンタだけ。」
「・・・・・うん、まあ・・・・仕方ないよな。それしか方法がないなら。」
全然気が進まないけど、俺しかいないと言われたらやるしかない。
たまきが頭まで下げてくれたんだから。
「やるよ、俺はやる。でも・・・・問題はマイちゃんだけど。」
目を覚ましたら、このことをどう思うだろう?
彼女は優しい。
だから・・・・・アイツをシバき倒すなんてこと、本当に了解してくれるだろうか?
ていうかこんな危険な役目を任せてもいいのか?
「マイちゃんの意見も聞かないと。」
「分かってるわ。きっともうすぐ目を覚ますでしょうから、しっかり話をしてあげて。」
「ああ。でも・・・・もし無理だって言われたら・・・・、」
「その時は仕方ないわ。私が自分でどうにかする。」
「どうにかって・・・・どうにかなるのか?」
「難しいでしょうね。けど無理強いは出来ないもの。
コマチさんが断ったら、この件は忘れて。」
「・・・・とにかくマイちゃんに聞いてみる。話はそれからだ。」
マイちゃんを抱き上げ、「今日は帰るよ」と言った。
「明日の朝、また来る。マイちゃんと一緒に。」
「待ってるわ。」
俺は鳥居に向かって歩き出す。
首から下げた金印が揺れて、焚火の炎に反射した。
「・・・・あのさ。」
「なに?」
「アイツ・・・・どうしてこれをマイちゃんに渡したんだろうな?」
この金印は、アイツにとって何よりも大事な物だったはずだ。
だったら・・・ただの同情でマイちゃんに渡すだろうか?
「分からないんだ。これを俺たちに渡せば、自分が不利になるって分かってたはずだろうに。」
「・・・・そうね。もしかしたらだけど、もう必要なくなったのかもしれないわ。」
「必要がなくなった?なんで?」
「アイツはどんどん強くなってる。だったら金印を持つことは危険よ。
邪悪な力が増したら、その金印に焼かれるかもしれないから。」
「ああ、そういうことか。」
「それに・・・・もう形見なんかじゃ我慢できなくなったのかもしれない。
自分の想いを遂げる為に、いよいよ本気になったってことよ。」
「・・・・じゃあ、これって一種の挑戦状みたいな・・・・、」
「かもね。」
たまきはクスっと笑う。
俺は金印を見つめ、「これは失うわけにはいかない」と言った。
「こいつのおかげで、マイちゃんは人間の世界にいられるんだ。そのことだけは、アイツに感謝しないとな。」
ギュッと握りしめ、必ず依頼を成し遂げると誓う。
「じゃあな、また明日。」
踵を返し、鳥居を潜る。
するとたまきが「ちょっと待って」と近づいてきた。
「ん?まだ何か用が・・・・、」
そう言って振り向いた瞬間、たまきの手が俺の頬に触れた。
そして・・・・・、
「・・・・・・・・ッ!」
固まる俺・・・・・。
たまきは顔を離し、クスっと笑った。
「ごめんね悠一。今のはアンタへのキスじゃなくて、彼にしたものだから。」
「か、彼・・・・・?」
「愛してたわ、イー・・・・。あなたと過ごせて幸せだった。」
「・・・・・・・・・。」
「なんの巡り合わせか、あなたの生まれ変わりが私の弟子になった。
だから・・・・守ってあげて。あなたの魂から生まれた、新しい命を。」
そう言って、祈りを捧げるように目を閉じた。
「たまき・・・・・。」
今日、俺の知らないたまきをたくさん見た。
頭を下げるたまき、涙を浮かべるたまき、そして口づけをして、愛していたと自分の心を剥き出しにするたまき。
どれもが俺の知らないたまきで、今まで全然コイツのことを分かってなかったんだなと思う。
「悠一、アンタに彼の加護がありますよう。」
「・・・・ありがとう。必ず依頼を果たしてみせる。」
俺は力強く頷き、神社を後にする。
真っ暗な階段を降りていき、麓を見上げた。
焚火はもう消えたようで、何も見えない。
マイちゃんのお腹の上で、チュウベエが「真っ暗だ!」と叫んだ。
「何も見えない。悠一、早く帰ろうぜ。」
「ああ。」
神社に背中を向け、車を停めてある空き地に向かう。
その時、マイちゃんが「ううん・・・・」と呟いて、ゆっくりと目を開けた。
「悠一君・・・・。」
「おはよう。」
「私・・・・どうなったの・・・・?たまきさんは・・・・、」
「もう大丈夫、あれはただの演技だから。」
「演技・・・・・・?」
まだ頭がぼーっとしているようで、重たそうに瞼を閉じる。
「帰ってから話す。今はおやすみ。」
ポンポンと頭を撫でて、星のない夜空を見上げた。

 

 

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十六話 結ばれた夜(2)

  • 2017.06.20 Tuesday
  • 11:29

JUGEMテーマ:自作小説

「お疲れ様でした!」
頭を下げ、こがねの湯を出る。
外はとっぷり暮れていて、遠い空に薄い明かりが残っているだけだ。
今日は久々の残業だった。
光雲和尚の腰が良くなったもんだから、またオーナーを務めることになったのだ。
でもその代わり仕事が遅れる。
なんたってウチには怖いお局様がいて、光雲和尚との相性は最悪なのだ。
ことあるごとにぶつかって、アカリさんの怒りが炸裂する。
俺も松川くんも止めるのに必死で、栗川さんはただただ怯えている。
『アカリさん、稲松文具の先輩より怖いです・・・・。』
彼女の店の先輩もかなりのモンらしいけど、でもアカリさんには敵うまい。
アカリさんの怒りが炸裂する度に、仕事が遅れる。
早くウズメさんに戻って来てほしいけど、稲荷の長を降りるまでは難しいだろう。
しばらくは残業が続くこと、覚悟しないといけない。
「もうちょっと仲良くしてくれればいいのになあ。」
光雲和尚とアカリさんの仲を憂いながら、うんと背伸びをする。
その時、駐車場の方から「お〜い!」と声がした。
「悠一く〜ん!」
「マイちゃん!」
電灯に照らされながら手を振っている。
頭の上にはチュウベエが止まっていて、「悠一〜!」と叫んだ。
「遅いぞ!」
「すまん、残業だったんだ。」
慌てて駆け寄り、「最近大変でさ」と肩を竦める。
「待たせちゃってごめんね。」
「いいのいいの、そんなに待ってないし。」
「ていうかどうやってここまで来たの?」
「ん?飛んできた。」
そう言って鳩に化ける。
「なるほど・・・・なんて便利な。」
「俺も飛んできた。」
「そりゃインコだからな。歩いて来たらビックリだよ。」
車のドアを開けて、「乗って乗って」と手を向けた。
「寒かったでしょ?」
「ちょっとね。」
「タヌキに化けてたらよかったのに。」
「だって人間の姿でお迎えしてあげたかったんだもん。」
そう言ってニコリと笑う。
《マイちゃん・・・・なんて優しい子なんだ!》
ジンときて涙ぐむ。
《きっとかなり前から待ってたに違いない。だって鳥に化けて来たんなら、明るいウチから来てたはずだから。》
鳥は暗くなると見えない。
今は六時だから、きっと一時間以上前から待ってたはずだ。
それもわざわざ人間の姿で。
《俺、良い子と婚約したよなあ・・・・・。》
窓の外を見つめ、嬉しさに涙する。
「なんで泣いてるの?」
「え?いや、その・・・・ただのあくび。」
「昨日あんまり寝てないもんね。ごめんね、早く寝たかっただろうに・・・・、」
「何言ってんの!誘ったのは俺だから!ていうか・・・・最高の夜だったよ。」
「悠一君・・・・。」
お互いに顔が赤くなる。
そわそわと恥ずかしくなって、「た、たまきの所に行こうか!」と叫んだ。
「そ、そうだね!依頼のこと、詳しく聞かないとね!」
顔を赤くしながら、変なテンションで笑い合う。
チュウベエが「なんだこのバカップル」と呆れた。
車を走らせ、猫神神社に向かう。
こがねの湯からだと、車で10分くらい。
その間、俺たちはそわそわと恥ずかしいままだった。
お互いに顔は真っ赤で、時々チラチラと見つめ合う。
《ああ・・・・俺にもこんな幸せな時間が・・・・。》
最近良いことなしだったけど、でもそれももう終わりだ。
不幸の後には幸運が待っている。
辛い時期を耐えて、ここまで来てよかったあ!
「悠一、エロい顔し過ぎだ。」
「え?」
チュウベエは俺の頭に飛んできる。
「あんまり惚気けてると、また足元掬われるぞ。」
「ふん!もうそんな油断はしない!不幸な時間は終わり、これからは幸福な時間が・・・・、」
「・・・・・ふう。」
「ん?・・・お、お前・・・・まさかまた・・・・、」
「言ったそばから油断してる。先が不安だな。」
「おおおおおおい!!だからなんで人の頭で糞をするんだ!!」
「お前の気を引き締める為だ。」
「もっと他に方法があるだろ!」
「そうかな?最善の方法だと思うけど。」
「お前の最善はどうかしてる!」
気が引き締まるどころか、逆にやる気が失せる。
マイちゃんがハンカチを取り出して、ゴシゴシと拭いてくれた。
「あ、ありがとう・・・・。」
「・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「・・・・・ぶふッ!」
「ま、マイちゃん・・・・?」
「頭にウンチが・・・・・ぶひゅッ!」
「・・・・・・・・。」
うん、まあ・・・いいよ、マイちゃんが楽しいなら。
頭に糞、隣にマイちゃんの笑顔。
複雑な気持ちになりながら、猫神神社に向かった。

            *

「遅い。」
たまきは今日も怒っている。
腕を組み、怖い目で睨んでいる。
俺たちは鳥居をくぐって、たまきの元に駆け寄った。
「すまん、残業だったもんで・・・・、」
そう言いかけて、「あれ?」と首をひねった。
「なんで俺たちを待ってたんだ?今日来るって言ってなかったよな?」
「ワラビさんからお告げがあったのよ。今日アンタらが来るってね。
でもいつ来るか分からないから、朝から待ってたの。」
「そりゃすまん・・・・。」
時間が分からないなら、そっちから来ればいいのに・・・・。
そう思ったけど、これ以上怒らせるのはよくない。
「あのさ、今日ここへ来たのは・・・・、」
「分かってるわ、どうやって私たちを一つに戻すか?それを知りたいんでしょ?」
「よく分かったな・・・・。」
「それしかないじゃない。」
「分かってるならこの前教えてくれればよかったのに。」
「あの時はコマチさんがいなかったでしょ?別々に説明したら面倒じゃない。それくらい分からないの?」
「そ、そうだな・・・・すまん。」
なんかすごくイライラしている・・・・。
これは気を逆撫でない方がよさそうだ。
「悠一・・・・なんでこんなにイラついてんだ?」
「黙ってろチュウベエ・・・・。」
「もしかして生理が来ないとか・・・・、」
「聞こえてるわよ、そこのインコ。」
「ひいい!今の悠一が言わせたんだ・・・・俺じゃないから!」
慌てて隠れるチュウベエ。
やっぱり本物のたまきの迫力は半端じゃない・・・・。
俺だって足が竦むもん・・・・。
「たまきさん、ちょっと怖いね・・・・。」
マイちゃんも怯えている。
「ま、まあ・・・・こういう日もあるよ。」
ううん!と咳払いして、「あのさ・・・」と切り出す。
「お前ともう一人のお前、元に戻す方法を教えてほしいんだ。」
「そんなの簡単よ。」
「そうなのか?」
「難しいけど。」
「どっちなんだよ・・・・。」
「方法は簡単、でも行うのは至難の業ってこと。」
袖から煙管を取り出し、色っぽく咥える。
本殿の石段に座って、ふうっと煙を吐いた。
「お前ってタバコ吸うんだな。」
「昔はね。最近はやめてたんだけど、ちょっとイライラしちゃって・・・・。」
「やっぱり怒ってるのか・・・・。なんでそんなにイライラしてるんだよ?」
そう尋ねると「もう一人の私がね・・・」と呟いた。
「余計なことしてくれちゃって。」
「余計なこと?」
「ほら、この前大学でアイツと戦ったでしょ?」
「ああ。」
「そのあと九女御霊神社まで連れて行った。でもそこで目を覚まして、また戦いになっちゃったわけよ。
もちろん私が勝ったけど、でもその時に・・・・一撃を見舞われてね。」
「反撃されたのか?」
「一瞬の隙をつかれてね。でさ、その一撃ってのがタチが悪いのよ。」
「どんな風に?」
「私の胸にね、こう・・・・グリュっとある物を押し込まれたの。」
拳を握り、自分の胸を叩く。
「押し込まれるって・・・・いったい何を?」
「昔の感情。」
「む、昔の・・・・・・?」
「まだ普通の化け猫だった頃のね。」
「どういうこと・・・・?」
「中国にいた頃の話よ。アンタの前世と暮らしてた時のこと。」
「・・・・ああ!そういえばもう一人のお前がそんな事を言ってたな。」
「私の過去はアイツから聞いてるはず。なら今の私が抱えてる感情がどういうものか・・・・想像がつくでしょ?」
そう言って怖い目で睨む。
「想像つくでしょって言われても・・・・、」
返事に困っていると、マイちゃんが「もしかして・・・」と呟いた。
「ねえ悠一君、思い出して。祠の戦いの時、もう一人のたまきさんが言ってたこと。」
「思い出してって言われても、色々と語ってたからなあ・・・・。いったいどの部分を思い出したらいいのか・・・・、」
「もう!鈍いよ悠一君!」
「ご、ごめん・・・・。」
なぜか怒られる・・・・。マイちゃんは「いい?」と指を立てた。
「昔のたまきさんは、悠一君のことが好きだったのよ。」
「え?」
「正確には悠一君の前世の人。だからもう一人のたまきさんは、悠一君の魂を愛してるって言ってたでしょ?」
「・・・・ああ!そういえば・・・・、」
「まだ前世の悠一君と一緒にいた時、たまきさんはその人のことが好きだった。
だからきっと・・・・その時の感情を押し込まれたのよ。」
そう言って「そうでしょ?」とたまきを振り返る。
「ええ、その通り。」
たまきは立ち上がり、境内の端へ歩いて行った。
そこは木立が開けていて、広がる町並みを見渡せる。
「あの頃の私は、彼を愛していた。でもその感情は遠い昔のこと。
今では霧のように消え去ったわ。
もちろん人としての彼は、今でも大好きだけどね。」
俺を振り返り、小さく笑う。
「でももう一人の私は違う。今でもあの人を愛しているの、男としてね。
その感情を拳に乗せて、私に打ち込んできたのよ。」
トントンと胸を叩き、「まったく・・・」と首を振る。
「こんなタチの悪い一撃はないわ。おかげでアンタを見るたびに、あの頃の青臭い感情が蘇る。」
イライラしながら、ぷかりと煙管を吹かす。
「この感情は日に日に強くなっていく。まるで呪いのように・・・・。
アイツ・・・・私が苦しむように、感情の中に呪いも混ぜてたんだわ。」
ギリっと歯を食いしばり、煙管を噛み砕く。
《怖ええ・・・・ここまでイライラしてるのは久しぶりだ。去年ダキニと戦った時以来じゃないか・・・・。》
ブルっと震えて、「あのさ・・・・」と尋ねる。
「ということは、今のお前は・・・・その・・・、」
「ええ、アンタの前世に恋してる。」
「・・・・・・マジか。」
「でも心配しないで。アイツの呪いやられるほどヤワじゃないから。」
「でもすんごくイライラしてるじゃん・・・・。」
「そうね・・・・。アンタらを怖がらせるつもりはないんだけど、でもね・・・腹が立って。」
「え・・・・?」
「だってそうでしょ?アンタを見る度に・・・・いいえ、思い浮かべる度にあの感情が蘇る。
だから・・・・いっそのこと力づくで奪おうかと思って・・・・、」
ギラリと目が光る。
全身から妖しい輝きを放って、俺に近づいてくる・・・・。
「悠一・・・・、」
「お、おい・・・・、」
「この想い・・・・もう限界だわ・・・・。」
「ちょ、ちょっと待て!」
「アンタを神獣の世界へ連れて行く・・・・・。そして・・・・そこで永遠に私と暮らすのよ!」
疾風のように駆け寄って、俺の肩を掴む。
「ひいいいいい!ちょっと待て!」
「さあ、行きましょう・・・・二人だけの世界へ・・・・。」
俺の手を握り、神社へ引っ張る。
「お、おい待て!目を覚ますんだ!」
「私は冷静よ。」
「目が据わってるよ!ていうかこんなの全然たまきらしくない!
俺の知ってるお前は、もっと凛としてて、自分の感情なんて滅多に見せない奴で・・・・、」
「さあ、行きましょう。ここじゃない遠い世界へ・・・・二人の世界へ・・・、」
「NOオオオオオオオオオ!!」
俺は必死に踏ん張るが、たまきの力には敵わない。
このまま遠い世界へ連れて行かれる・・・・・そう思った時、「放して!」とマイちゃんが飛びかかってきた。
「悠一君は私と結婚するの!たまきさんには渡さない!」
俺の身体に腕を回して、「むぎいいいいい・・・・」と引っ張る。
「痛だだだだだだ!」
「悠一君・・・・・助けるからね!」
「ちょ、腕が千切れるうううううう!」
マイちゃんは精一杯引っ張るけど、たまきはビクともしない。
「非力なタヌキ・・・・お前なんかに何ができるものか。」
不敵に笑って、「さあ!」と引っ張る。
「二人の世界に行くのよ!」
「嫌だ!今日のお前はどうかしてるぞ!」
「しょうがないじゃない。昔の感情が蘇ったんだもの。」
「でもさっきはそんな呪いになんか負けないって言ってたじゃないか!」
「もちろん負けないわ。でも自分に素直になるのも悪くないかと思ってね。」
「それを負けてるっていうんだ!」
「なんとでも言えばいいわ。悠一・・・・アンタは私のものよ!」
たまきのパワーは凄まじく、本殿の前まで引っ張られる。
そして手を掲げると、グニャリと空間が歪んだ。
「わ、ワープゾーン!」
「この向こうに二人の世界が広がっている。さあ・・・・行きましょう!」
たまきは空間の歪みに飛び込んでいく。
俺も引っ張られて、そのまま遠い世界へ旅立とうとした。
《なんてこった!たまきが駆け落ちしようとするなんて・・・・・。
きっと二度とここへ戻って来れない。遠い世界で、たまきと二人だけで暮らすことになる。
せっかく・・・・せっかくマイちゃんと結ばれたのに!》
・・・・そう諦めかけた時、背後から眩い光が射した。
「悠一君を放してえええええええ!!」
マイちゃんは黄金の光を放つ。
瞳の色まで金色に染まって、激しい怒りが伝わってくる。
「たあああああ!」
「ちょッ・・・・・、」
なぜか俺の頭を抱えて、思いっきり引っ張る。
「ぎゃああああああ!」
「悠一君を返して!」
なぜ頭を引っ張る!
せめて胴体にしてくれ!
「たまきさんは悠一君のお師匠様なんでしょ!だったらどうしてこんな酷いことするの!」
「私の弟子だからこそ、好きにしてもいいのよ。」
「違う!お師匠様だったら、弟子にこんなことしない!」
そう言って「ていやああああああ!」と力を込めた。
「ぎゃああああああ!頭が千切れるうううううう!」
メキメキと首が鳴って、マジで千切れそうになる。
「ちょ・・・・本気で死ぬ・・・・・、」
「悠一君を返して!」
「アンタこそ放しなさい!」
「イヤよ!だって私は結婚するんだもん!」
「悪いけどそうはさせない。この子は私がもらうわ。」
「なんで!?たまきさんは婚約者でも恋人でもないでしょ!」
「アンタより昔からこの子を知ってるの。私の方がよく理解してるのよ。」
「だから何!そんなの私だって・・・・・これから理解するもん!」
「しつこいわね。私の悠一を取るんじゃないわよ、この泥棒猫!」
「泥棒猫はそっちでしょ!私はタヌキだもん!」
「減らず口を・・・・・いいから放せ!」
「そっちこそ放せ!」
「むぎゃああああああああ!また・・・・またラッパを持った天使たちが・・・・・、」
たくさんの天使が降りてきて、じっと俺を見つめる。
《まだ!まだいいですから!空へ帰ってください!》
天使たちは今か今かと様子を窺っている。
その後ろからは、雲に乗った仏さんもやって来た。
《いやいやいや・・・・あなたも帰っていいですから!》
みんな腕組みをして待っている。
《なんでそんなにお迎えをしたがるんだ・・・・・。》
たまきとマイちゃんに引っ張られて、意識が遠のく。
天使と仏さんがジャンケンをして、『クソ!』と天使が舌打ちをした。
目の前に仏さんがやってくる。
ていうか・・・・ちょっと笑ってやがる・・・・。
《なんなんだよもう!俺はまだ死にたくないんだ!》
もうダメだ・・・・俺はここで果てる・・・・・。
そう思った瞬間、ふと楽になった。
《あ・・・・・死んだ。》
痛みがなくなるということは、魂が抜けたということ。
仏さんはグっと親指を立てた。
《喜んでんじゃねえよ!》
肉体から魂が離れて、空に舞い上がっていく。
でも誰かが足を掴んで、肉体に引き戻した。
《た、たまき!助けてくれるのか・・・・・。》
たまきはニコリと微笑む。
そのままグイっと引っ張って、肉体に押し込んだ。
おかげで俺は無事生還。
仏さんは『チッ・・・・』と舌打ちし、天使はまたラッパを投げてきた。
《だからなんでキレてんだよ!》
渋々空に帰っていく両者。
あいつら・・・・本当は死神かなんかじゃないだろうな・・・・。
ゲホゲホと咳をして、「ああああ・・・・・」と息をつく。
「もう勘弁してくれよ・・・・・最近ずっとこんなんばっかだ。」
どうやら呪いはまだ続いているらしい・・・・。
しばらくどこかに逃げようかな・・・・。
「悠一、立ちなさい。」
たまきがガシっと首根っこを掴む。
「ひいいいいい!嫌だあああああ!もう死にたくない!!」
雲の隙間から、天使と仏さんがチラ見している。
《もういいから!早く帰れ!》
シッシと追い払うと、目の前にたまきの顔が現れた。
「ぎゃあ!」
「危うく死ぬところだったわね。」
「ひいいやああああ!助けてくれええええ!」
「落ち着きなさい。」
そう言ってバシ!っとお尻を叩かれる。
「もう何もしないわよ。」
「ふざけんなお前!死ぬところだっただろうが!」
「悪かったわ。」
「すぐそこまでお迎えが来てたんだぞ!」
「あんたラッキーよね。」
「どこが!?」
「だって天使と仏が同時に迎えに来ることなんてまずないわよ。
どっちに連れて行かれても天国か極楽。最高じゃない。」
「最低だ!俺はまだ死にたくない!」
「そう?あんな幸運めったにないのに。」
たまきは全然悪びれない。
俺はもう・・・・我慢の限界だった。
「いくらイライラしてるからってな、やっていい事と悪い事があるだろ!」
「だからごめんてば。」
そう言って「よしよし」と頭を撫でる。
「良い子良い子すんな!そんなんで許さねえぞ!」
たまきから離れて「帰る!」と叫ぶ
「誰がお前の依頼なんか受けるか!元に戻りたきゃ一人でやってろ!」
踵を返し、階段に向かう。
すると足元にマイちゃんが倒れていた。
「な!?」
手足を投げ出し、グッタリしている。
「マイちゃん!」
抱き起し、「しっかりしろ!」と頬を叩く。
でも全然起きない。
「たまき!お前・・・・マイちゃんに何をした!?」
「何もしてないわよ。」
「嘘つけ!じゃあなんで気を失ってるんだ!!」
「悠一、ちょっと落ち着いて・・・・、」
「うるさい!ていうかお前・・・まさか・・・・、」
「ん?」
「まさか・・・・もう一人のたまきなんじゃ・・・・?」
「私は本物よ。アイツは社の中。」
「でも本物のたまきなら、絶対にこんな事はしない。お前は影の方なんだろ!?」
そうだ・・・・きっとそうに決まっている・・・・。
どうにか社を抜け出して、俺に復讐しに来たんだ。
《ここにいちゃマズイ・・・・早く逃げないと!》
マイちゃんを抱え、一目散に逃げだす。
すると頭に何かが落ちてきた。
「なんだこりゃ?・・・・・あああああ!これ・・・また鳥の糞・・・、」
「よう悠一。」
「チュウベエ!お前何してんだ!?」
「ウンチ。」
「見りゃ分かるよ!なんでウンチするのか聞いてんだ!」
「催したから?」
「お前は催したらどこでもすんのか!」
「そういう時もある。」
「ていうかそんなことより、ここから逃げるぞ!アイツは影のたまきだ。ここにいたら何をされるか・・・・、」
「いいや、アイツは本物だ。」
「違う!俺を連れ去ろうとしたし、それにマイちゃんをこんな目に遭わせた。」
グッタリするマイちゃんを見て、「可哀想に・・・」と頭を撫でた。
「守ってやるって言ったのに・・・・また危険な目に遭わせちゃった・・・・。
こんなんじゃ・・・・やっぱり夫婦にはなれない。」
情けなくなって、悔しくなって、「チクショウ!」と叫ぶ。
するとたまきがやって来て、「話を聞いて」と肩を叩いた。
「うわあ!来るな!」
「悠一。」
「もうお前にはウンザリだよ!去年からずっと付け狙いやがって・・・・。」
「いいから落ち着きなさい。」
「お前さえいなけりゃ・・・・こんな酷い目に遭わずにすんだんだ・・・・・。
マイちゃんと離れることもなかったし、危険な目に遭うこともなかった。
何もかもお前が現れてからブチ壊しだ!」
怒りが沸いて、足元の石を蹴飛ばす。
コツンとたまきのおでこ当たって、コロコロと転がった。
「なんなんだよお前は!そんなにたまきが憎いなら、アイツの所に行けばいいだろ!
なんでいちいち俺のとこに来るんだよ!」
「・・・・・・・・。」
「お前のせいでな・・・・仕事も婚約者も・・・それに命だって失いかけたんだ!
テメエは化け猫なんかじゃねえ!ただの疫病神だ!」
また石を蹴飛ばし、たまきの腕に当たる。
「だいたいよ・・・・本物のたまきもたまきだ。
なんでお前みたいな奴をほっとくんだか・・・・。
神様ってんなら、こんな化け猫ほっとくんじゃねえよ。
自分から生まれたモンなら、自分でケリ着けろってんだ!」
怒りが燃えて、本物のたまきすら憎くなる。
「大学の売店で会った時、さっさとどうにかすればよかったんだ。
なのにそれをほったらかして・・・・・おかげでこっちは大迷惑だ。
今までアイツのこと尊敬してたけど、ちょっと見損なったよ・・・・。
アイツさえちゃんとしてりゃ、こんな奴に狙われることはなかったのに・・・・。」
こんなこと今さら愚痴っても仕方ない。
でも言わずにはいられなかった。
「・・・・もう二度と俺たちに関わるな・・・・たまきに復讐したきゃ勝手にやってろ。」
背中を向け、鳥居に向かって歩き出す。
気を失ったマイちゃんを見つめ、「ごめんな・・・」と呟いた。
「またこんな目に遭わせちゃった・・・・。俺じゃ君を守ってあげられそうにない。」
せっかくワラビさんから認めてもらって、せっかくモズクさんから人間の世界へ帰してもらったのに・・・・・。
これ以上俺といたら、いつまた危険な目に遭うか分からない。
いくらこの金印があろうが、いつかは命を落としてしま・・・・、
「・・・・って、あれ?金印がない。」
いつもは首にぶら下げているはずなのに、どこにもなかった。
「そんな!だってさっきまではあったはずなのに・・・・、」
「ここよ。」
「え?」
「金印ならここにあるわ。」
たまきは金印を指に引っかけて、クルクルと回していた。
「お前・・・・いつの間に・・・・、」
「あんたが死にそうになってる時よ。」
「そうか・・・・そのせいでマイちゃんは気絶したんだな。」
あの金印がなければ、人間の世界の穢れに侵されてしまう。
最悪は心が壊れて、自殺することも・・・・。
「返せ!」
手を伸ばすと、サッとよけられた。
「それはマイちゃんのモンだぞ!」
「違うわ。アンタの物よ。」
「アンタって・・・・俺?」
「アンタの前世が持ってた物。」
「なら返せよ!それは俺のモンだろ?」
「もちろん返すわ。」
ポイっと投げて、俺の手に収まる。
「マイちゃん・・・これで大丈夫だからな。」
そう言いながら首に掛けようとすると、「待ちなさい」と止められた。
「今は着けない方がいいわ。」
「うるさい!これがなきゃマイちゃんは・・・・、」
「少しの間くらい平気よ。それより・・・・また無茶をする方が危ない。」
「無茶だって・・・・?」
「アンタを助ける為に、金印の力で潜在能力を引き出したの。
でもあれ以上無理をしたら、それこそ死ぬわ。」
「・・・・・・・・。」
俺は金印を見つめながら、かつてモズクさんが言っていたことを思い出す。
《眠ってるパワーを引き出すと、すごい負担が掛かるんだったな・・・・。》
さっきのマイちゃんは、今までにないほど強く輝いていた。
目まで金色に染まって、もはや完全な神獣みたいだった。
「俺を助ける為に・・・・また無茶をしたのか。」
守るなんて言いながら、守られたのは俺の方。
情けなくて、悔しくて、ギュッと抱きしめた。
「ごめんな・・・・また無理させちゃって。」
もうこれ以上、俺の傍にはいない方がいいのかもしれない。
いつかモズクさんが心配していたみたいに、最悪の結果になるかもしれないから・・・・。
「明日・・・・岡山へ行こう。そして・・・・もう俺たちは・・・・会わない方がいいかもしれ・・・・、」
「悠一、早まるな。」
チュウベエが飛んできて、ペシペシ頬を叩く。
「お前は誤解してるぞ。」
「何をだよ・・・・・。」
「俺は鳥居の上からずっと見てたんだ。お前が死にかけてる間、何があったのかを。」
そう言って「まずは話を聞け」と肩を叩いた。
「・・・・・・・・。」
「混乱するのは分かるけど、あれは本物のたまきだ。」
「でも・・・・俺を別の世界へ連れ去ろうとしたんだぞ・・・・。あんなの本物のたまきがするわけが・・・・、」
「それは俺にも分からない。でもあのたまきは本物だ。
だってコマチが死にそうになったのを助けてくれたんだからな。」
「なんだって・・・・?マイちゃんを助ける?」
意味が分からず、ムっと顔をしかめる。
「コマチはな、あまりに輝きすぎて、自分で苦しんでたんだ。
途中から悲鳴を上げて、デカイ化け物に変わろうとしてた。」
「ば、化け物だって!?」
「でも化け物になっていく途中で、いきなり崩れ始めたんだよ。
自分から出る光に耐え切れずに、手も足もボロボロになったんだ。」
チュウベエはマイちゃんの肩にとまって、「かなりヤバイ感じだった」と首を振った。
「その時、たまきがサッと金印を奪い取ったんだよ。そうしたら金色の光は治まった。」
「・・・・・・・・・。」
「でもコマチは元に戻らなかった。タヌキだか狼だか分からないような、デカイ怪物のままだったんだ。
しかも身体はどんどん崩れていって、あのままじゃ何もかもボロボロに壊れてたと思う。
それをたまきが助けてくれたんだよ。」
「アイツが・・・・・。」
後ろを振り向き、たまきを見つめる。
「バッと手をかかげて、紫色の光を出したんだ。
その光を浴びた途端、コマチは元に戻ったんだよ。
ボロボロになってた手足も復活してな。」
チュウベエはペシペシとマイちゃんの顔を叩いて、「たまきが助けてくれなきゃ、今頃死んでたはずだ」と言った。
「そんな・・・・マイちゃんが・・・・怪物って・・・・。」
幻獣だから大きな力を秘めていることは知っている。
でもまさか・・・・怪物みたいな姿になるなんて・・・・。
《そんなの想像出来ない・・・・・って言いたいけど、あり得なくはないよな。
だってたまきもウズメさんも、その正体は怪獣みたいな獣だし。》
幻獣は神獣と同じくらいの力を秘めている。
ということは、マイちゃんだっていつかはとんでもない怪物になってしまうのか・・・・。
「悠一。」
たまきが近づいてきて、マイちゃんの頬に触れる。
「まず謝るわ。酷いことをしてごめんなさい。」
「・・・・・・・・・。」
「でもふざけてやったわけじゃないわ。あんなことをしたのには理由がある。」
真剣な顔で言うので、きっと嘘じゃないんだろう。
「お前は・・・・本物のたまきなんだよな?」
「ええ。」
「なら教えてくれ。いったいマイちゃんに何があったんだ?
俺が死にかけてる時、この子は・・・・・、」
「持てる力のすべてを引き出そうとした。」
「なに?」
「アンタを助ける為に、眠った力を全て発揮させようとしたのよ。その金印でね。」
そう言って俺の手を指さした。
「どうして私がアンタを連れ去ろうとしたのか?
それはコマチさんの潜在能力を見極めたかったからよ。」
「・・・どういうことだよ?」
「アンタを連れ去ろうとしたら、その子は必ず怒る。そしてアンタを助ける為に、眠った力を引き出すはずって思ったの。」
「なら・・・・俺と駆け落ちしようとしたのは・・・・、」
「ただの演技よ。私がアンタと駆け落ちするはずないでしょ。」
肩を竦めながら、ニコっと笑う。
「でもそんなことはアンタたちは知らない。悠一は本気で怖がり、コマチさんはそれを助ける為に金印の力を使った。
その結果・・・・・想像以上のパワーを発揮したわ。
ほんの一瞬だけれど、私やダキニと同等の力を感じた。」
「お、お前やダキニと!」」
「あのまま放っておけば、もっと力が増したかもね。」
「・・・・・・・・・。」
「でも肉体はそのパワーに耐えられなかった。内から溢れる光によって、ボロボロと崩れていったわ。」
「マイちゃんは・・・・デカイ怪物になってたんだよな?眠った力のせいで・・・・。」
「ええ。タヌキと狼を混ぜたような獣にね。」
「それって・・・・マイちゃんは未来にそういう姿になっちゃうってことか?」
「そうよ。修行を積んで、神獣に昇格すればね。」
「・・・・・・・・。」
「でも今はまだまだヒヨッ子。ただの霊獣では、完全な『変身』は無理だった。
そのせいで自分の光に焼かれたのよ。」
「変身?」
「未来に神獣になったとしても、ずっと怪物みたいな姿でいるわけじゃないわ。
必要な時だけ、大きな獣に変身するの。私やダキニみたいにね。」
「ああ、そういうことか・・・・・。」
「まあ変身っていっても、大きな獣の姿が正体なんだけど。でもあんな怪物のままじゃ、人間の世界で暮らしにくいでしょ?
だからこうして化けてるわけ。」
そう言ってクスっと肩を竦めた。
「なんか・・・・難しいことはよく分からないけど、でもとりあえずマイちゃんは無事なんだよな?」
「もう平気よ。でもこれからは気をつけた方がいい。
あまり金印の力に頼ってると、今日みたいなことになるかもね。」
「マイちゃん・・・・。やっぱりまた無茶したんだな。」
こうして抱いていると、すごく軽い。
どこからどう見ても人間の女だ。
でもその内側には、想像を絶するような力を秘めている。
その危険度はたまきが警戒するほど・・・・・。
《こりゃ絶対に無理はさせられない。危ない目に遭いそうな時は、金印は預かっておいた方がいいな。》
自分の首に金印をかけて、「なあ?」とたまきを振り返る。
「教えてくれないか?どうしてその・・・・マイちゃんを試すような真似をしたんだ?」
そう尋ねると、たまきは小さく頷いた。
踵を返し、本殿の石段の腰掛ける。
「立ち話もなんだから座りなさいよ。」
ポンポンと隣を叩くので、マイちゃんを抱いたまま腰掛けた。
たまきは煙管を取り出し、ふうっと煙を吐く。
「・・・・やっぱり口に合わないわ。禁煙して500年も経ってると。」
そう言ってクルっと回すと、手品のように消えた。
陽は完全に落ちて、辺りは暗くなる。
するとたまきは指を鳴らし、また手品みたいにマッチを取り出した。
シュっと擦って火を点ける。
それを境内に向かって投げると、まるで焚火みたいに燃え上がった。
たまきは頬杖をつき、燃え盛る火を見つめる。
暖色の光に照らされたその横顔は、妖艶なほど美しかった。
俺も火を見つめ、瞳にその光を映す。
たまきは悪ふざけであんな事をする奴じゃない。
あそこまで危険な事をするからには、それなりに理由があるはずだ。
そしてその理由とは、きっと大きなものに違いない。
依頼に関係することだろうし、もう一人のたまきに関係することでもあるだろう。
そう思うと緊張して、マイちゃんを抱く腕に力が入った。
たまきはゆっくりと喋り出す。
どうしてこんな事をしたのか?
どうやったらもう一人の自分と一つになれるのか?
静かな夜の神社で、炎を見つめながら語る。
それは1000年前の中国での話。
そこには俺の前世のことや、たまきが猫神になっていく経緯が隠されていた。
俺は息を飲みながら耳を傾ける。
パチっと弾けた焚火の音が、やけに大きく感じた。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十五話 結ばれた夜(1)

  • 2017.06.19 Monday
  • 15:03

JUGEMテーマ:自作小説
マイちゃんが帰ってきた。
彼女のお母さんの手紙のおかげで、人間の世界へ戻って来ることが出来た。
けど油断は出来ない。
また大怪我を負うようなことがあれば、今度こそ離れ離れになってしまうだろうから。
もう危険な目に遭わせることは出来ない。
もし何かあったら、必ず守らないと!
でもその為には、マイちゃんにも注意が必要だ。
今俺がどんな仕事をしているのか、それを話しておかないといけない。
マイちゃんが戻って来た夜、俺は今やっている仕事の話をした。
それはたまきからの依頼。
もう一人のたまきと、本物のたまきを、一つに戻すという難行だ。
方や妖獣、方や神獣。
まるで水と油みたいに反発し合うだろうから、本当に元に戻るのか不安だ。
でもマイちゃんは「大丈夫だよ!」と笑った。
「元々一つだったんだから、きっと元に戻るはず!」
うん、この前向きな元気こそマイちゃんの魅力だ。
最近続いていた嫌なことも、全部吹き飛びそうになる。
だけど問題は、どうやって戻せばいいのかってことだ。
俺にはさっぱりで、ここは本人に直接尋ねるしかない。
今日はもう夜なので、明日猫神神社に行くことにした。
今度のは大変な仕事になる。
だから明日に備えて早く寝ようと思ったんだけど、夜中まで起きてしまった。
だって久しぶりにマイちゃんが戻ってきたから、動物たちが大はしゃぎしたのだ。
「やっぱコマチがいねえとよ!悠一だけじゃダメダメなんだよ。」
「そうそう。まるで呪われてるみたいに不運が続いたもんね。」
「元々運のない男なんだよ。俺と一緒に昇天しそうになってたし。」
「アホだから仕方ない。インコの俺の方が賢いぞ。」
「でもこれでまたみんなで動物探偵が出来るわね。帰って来てくれてありがとう、コマチさん。」
「それはこっちのセリフだよ。私だって早く戻りたかった。でもお父さんの目が厳しくて・・・・・、」
「まあ父親ってのはそんなもんだぜ。」
「ブルドッグが偉そうに。お前に父親の気持ちが分かるのかよ?」
「うっせえハムスター!テメエこそ仏さんと極楽に行ってりゃよかったんだ!」
「行きたかったんだよ。でもそこのボンクラが邪魔しちゃってさ。
これ、次に死んだら極楽に行けないかもしれない。」
「どうして?また迎えに来てくれるんじゃないの?」
「いいかモンブラン。あの仏さん、最後に舌打ちしたんだぜ。『チッ・・・・』って。ありゃ怒ってる証拠だ。」
「なんで舌打ちなんかするのよ?」
「さあな。」
「俺には分かるぞ。」
「インコに仏さんの気持ちが分かるのかよ?」
「きっとノルマがあるんだ。月に決まった数を極楽へ運ばないと、どこかに左遷されるんだよ。」
「マジかよ!?」
「マジマジ。」
「はあ・・・・馬鹿じゃないのアンタ?なんで仏様にノルマがあるのよ。」
「じゃあマリナは知ってんのか?仏様の就業形態。」
「そんなの簡単よ。月に一回パンチパーマを当てて、それでちょっとぽっちゃりした体形を維持するの。
きっとこの二つが仏様の規則ね。」
「アレってパーマあててるのか?」
「どう見てもあててるでしょ。ねえコマチさん?」
「あててないと思うけど・・・・、」
「コマチさんもしてみれば?パンチパーマ。」
「えええ!遠慮しとく・・・・。」
「でも似合いそうだぜ。」
「やめてよマサカリ・・・・今の髪型気に入ってるんだから。」
頭のお団子を触りながら、困った顔をしている。
「お前ら、マイちゃんが帰って来て嬉しいのは分かるけど、あんまりオモチャにするな。」
「うふふ・・・・。」
「なんだよモンブラン?」
「悠一が一番嬉しそう。」
「そ、そうか・・・・?」
「まあ当然よね。逃げた婚約者が戻って来たんだから。」
「逃げたって言うな。」
「じゃあ蒸発?それとも別居?」
「どっちでもないよ。いらん妄想するな。」
ニヤニヤするモンブランを、シッシと追い払う。
するとマイちゃんはクスクス笑った。
「みんな相変わらずだね。」
「うるさいし鬱陶しいよ。マイちゃんがいない間、ずっと俺がオモチャにされてた。」
「でもいいよね、いつも楽しくて。タヌキの山なんか何もないもん。」
「そう?良い場所じゃん、あの山。緑は多いし、滝だってあるし。」
「そうだけど、でもこっちの世界の方が楽しい。」
近くにいたマリナを抱いて、「ほんとに戻って来れてよかった」と涙ぐむ。
「迎えに来てくれてありがとね、悠一君。」
「ううん、俺こそ遅くなってごめん。ウズメさんに任せてばっかりで、情けない男だったよ。
モズクさんに殴られても仕方ない。」
「ごめんね・・・・お父さんが乱暴なことしちゃって。でもほんとはすごく優しい性格で・・・・、」
「分かってる。ああやって怒るのは、全部マイちゃんの為だろうから。」
「ほんとは悠一君のことだって気に入ってるんだよ。」
「そうなの?」
「でも頑固だから、なかなか表に出さないの。」
「そうか・・・・ならとことんよいしょして、もっと気に入ってもらわないとな。」
「意外とおだてに弱いから、きっとすぐに仲良くなれると思うよ。」
俺たちはニコッと笑う。
すると動物たちがニヤニヤしながら見つめた。
「また始まった・・・・・。」
ため息をつきながら、「いらんこと言うなよ」と釘を刺した。
「あら?いらんことって何?」
モンブランがニヤける。
マリナも「うふふ・・・」と不敵に笑った。
「どうせしょうもない妄想膨らましてんだろ?」
「別にい・・・・・。」
「ただねえ・・・・せっかく戻って来たんだから、もうちょっとこうね・・・距離を縮めたらって思うのよ。」
「そうそう、あのうるさいツチノコもいないしね。」
そう言われて、「ああ!」と思い出した。
「そういえばノズチ君は?」
今の今まで忘れてて、「アイツは一緒じゃないの?」と尋ねた。
「今はお父さんの家にいるよ。」
「そうなんだ。いつも一緒にいたから、変だなと思ってさ。」
「あのね、ノズチ君が人間界で暴れまくるから、お父さんが怒ったの。しばらくこっちにいろ!って。」
「そうか・・・・なんか安心。」
ホッと息をつくと、動物たちも「うんうん」と頷いた。
「でもマイちゃんは寂しくないの?一番の友達なのに。」
「寂しいけど仕方ないかなって・・・・。だってノズチ君、パワーアップし過ぎなんだもん。
あれ以上魔球の種類が増えたら、いつか大事故を起こすと思う。」
「まあなあ・・・・いつもギャグみたいな結果に終わるけど、実際の危険度は高いからなあ。」
「だから今はお父さんの家。でもそのウチ絶対に抜け出してくると思うけど。」
「ご遠慮願いたいな・・・・。」
出来れば戻って来ないでほしい・・・・。
でも絶対に戻って来るんだろうなあ・・・・。
新たな魔球を携えて、俺を狙ってくるはずだ。
でもそうなったらそうなった時だ。
今はマイちゃんが戻ってきたことを喜ばないと。
その日は遅くまで盛り上がって、布団に入ったのは夜中の二時だった。
明日はこがねの湯に行って、その後はたまきに話を聞きに行かないといけない。
だから早く寝たかったんだけど・・・・。
でもマイちゃんが楽しそうにしていたから良しとしよう。
頭まで布団を被り、目を閉じる。
すると動物たちがごにょごにょ話すのが聴こえてきた。
「いいからいいから・・・・。」
「ちょ、ちょっと!無理だって・・・・・、」
「無理じゃねえ・・・・。婚約してんだから問題ねえんだ。」
「でも・・・・、」
「頼むよコマチ・・・・爺さんに孫の顔を見せてくれ・・・・ゴホゴホ・・・・。」
「さっきまで元気だったじゃない・・・・。」
「悠一は奥手なの・・・・。だからコマチさんから行ってあげて・・・・。」
「えええ!無理だよそんなの・・・・・。」
「いいや、むしろ喜ぶだろ・・・・・。」
「うんうん、裸になって待ってるかも・・・・・。」
「えええええ・・・・・。」
「どうせ近々そういう事になるんだ・・・・。ちょっと早まるだけだから・・・・。」
「なんでそんなに楽しそうなの・・・・・・。」
《コイツら・・・・またいらんことを・・・・・。》
帰って来た早々マイちゃんを困らせるとは・・・・ビシっと言っておかねばならん。
俺は布団から出て、電気を点けようとした。
しかしその時、何かが飛んできて、そのまま押し倒された。
「ぎゃふッ!」
「ぎゃんッ!」
顔に柔らかいものが当たる・・・・・。
慌てて立ち上がろうとすると、目の前にマイちゃんの胸が・・・・・。
「あ、あの・・・・、」
暗くてよく見えないが、慌てた顔をしているようだ。
「ご、ごめんなさい・・・・みんなが押すから・・・・、」
「いや、いいんだよ。コイツらビシっと言っとかないと。」
そう言って立ち上がろうとすると、また顔に柔らかいものが・・・・・。
「ご、ごめん!また後ろから押されて・・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
はっきり言おう、俺も男だ。
だからまあ・・・・こんな状況になれば、そういう気持ちにもなる。
《これ、どうするのが正解なんだろ・・・・・。》
俺たちは婚約してるわけで、だからまあ・・・・そういう事になったって、全然悪いことじゃない。
ていうか・・・・動物たちの言う通り、確かにちょっと距離を縮めた方がいいのかも・・・・。
《いかん・・・・・。電気を消した部屋で、顔にこんな柔らかいものが当たってるんじゃ、熱い衝動がこみ上げて・・・・。》
もし・・・・もしもマサカリたちがいないなら、今すぐそういう事をしたい。
でもさすがにコイツらがいる前じゃ・・・・、
「ちょっと外に行こうかな。」
「そうだな、夜の空気でも吸いにな。」
「いいわね。お月様が出てるから、みんなでお月見ね。」
「あ、でも私は変温動物なのよ。だからちゃんと寒くならないように・・・、」
「このデブがいるから大丈夫だ。ほら行くぞ。」
ガチャリとドアが開く音がして、パタンと閉じる。
《アイツら・・・・・どこまでそういう方向に持って行きたいんだ・・・・。》
みんな本気で孫の顔が見たいらしい。
いつもなら怒るけど、でも・・・・正直なところ嬉しかった。
「・・・・・・・・・。」
マイちゃんは慌てて離れる。
そして布団に潜り込んでしまった。
「あ、あの・・・・・、」
「おやすみ!」
「・・・・・一緒に寝ない?」
「・・・・・・・・・。」
「いや、その・・・・せっかくアイツらが気を利かせてくれたわけだし、それに俺たち婚約してるわけだし・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
「もうちょっとさ、その・・・・距離を縮められないかと思ってだね・・・・。」
「・・・・・・ぐう。」
「寝たフリしないでよ・・・・。」
ツンツンと布団をつつくと、「恥ずかしいもん!」と叫んだ。
「おやすみ!」
「・・・・どうしても嫌なの?」
「・・・・・・・。」
「ま、まあ・・・・そこまで嫌なら、その・・・・仕方ないけど・・・・。」
マイちゃんは貝になる。
俺は落ち込む・・・・・。
《こんなんで本当に夫婦になれるのかな・・・・。》
ちょっと先が思いやれるが、でも無理はものは仕方ない。
「じゃあ・・・・マサカリたち呼んでくるね。」
「・・・・・・・。」
「外、寒いから。あんまり待たせちゃ可哀想だから。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
なんの返事もない・・・・。
俺はドアを開け、「お前ら入って来い」と言った。
「マイちゃんもう寝たから。」
そう言うと、マサカリが「バッキャロウ!」と叫んだ。
「ここで退いてどうすんでい!」
「いや、でも嫌がってるから・・・・、」
するとモンブランが「違うわ」と首を振った。
「嫌がってるんじゃなくて、どうしていいのか分からないだけなのよ。」
「そ、そうなのか・・・・?」
「だってコマチさん、男の人と付き合ったことないから。前にそう言ってたもん。」
「そ、そういえばそうだったな・・・・・。」
すると今度はカモンが「しっかりしろよ」と呆れた。
「ここまでお膳立てしてやったのに、情けないにも程があるだろ。」
「でも嫌がってるんだぞ?無理には出来ないだろ・・・・。」
「嫌がってんじゃねえって。お前の誘い方が下手なんだ。」
「うう・・・・そうかもしれないけど・・・・。」
言葉に詰まっていると、チュウベエが「ちょっとくらい強引に行ってみろ」と言った。
「お前もコマチも奥手だからな。大人しくしてちゃ進展はない。」
「でも強引ってのはマズいだろ。」
「何も襲えって言ってるわけじゃない。もうちょっと踏み込めって言ってるんだ。」
「どうやって?」
「はあ・・・・。マリナ、なんとか言ってやれ。」
「そうねえ・・・・。とりあえず抱き付けば?」
「そ、そんなことしていいのか・・・・?」
「本気でイヤなら断るはずよ。」
「でもなあ・・・・そういうのはちょっと・・・・、」
「あのね、コマチさんは化けタヌキなのよ。」
「はい?」
「本気でイヤなら、悠一をブッ飛ばすくらいわけないわ。なんたってゴリラ並にパワーがあるんだから。」
「それが怖いんじゃないか。本気で怒ったら、次こそ天使に連れていかれて・・・・、」
「でもコマチさんを愛してるんでしょ?」
「・・・・・ああ。」
「なら行きなさいよ。大丈夫、死んだら骨は拾ってあげるから。」
「嫌なこと言うなよ・・・・。」
動物たちは「ほらほら」と部屋の中に押し込む。
「頑張ってこい!」
「ファイト!」
「孫を頼むぞ。」
「男を見せろ。」
「ビビッてちゃダメよ。」
「・・・・・分かったよ。」
パタンとドアを閉め、「はあ・・・」とため息をつく。
丸く盛り上がった布団を見つめて、ゆっくりと近づいた。
「マイちゃん。」
「・・・・・・・・・。」
「あの・・・・やっぱりさ、一緒に寝ない?」
「・・・・・・・・・。」
「だってさ、俺たち夫婦になるんだよ?だったらこのままってのは・・・・やっぱりよくないと思う。
不安なのは分かるけど・・・・でも出てきてほしいんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
返事はなし・・・・。
これはもう覚悟を決めねばなるまい。
《受け入れてもらえるか?それともゴリラ並のパワーでブッ飛ばされるか・・・・二つに一つだ。》
布団を掴み、バッと剥ぎ取る。
「・・・・・・・・。」
「マイちゃん。」
膝を抱え、ギュッと丸まっている。
俺はそっと手を握って、彼女の横に寝た。
「・・・・・好きなんだ。だから今のままじゃイヤなんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「もっと距離を縮めたい。でもどうしても嫌っていうなら、俺をブッ飛ばしてくれ。」
そう言ってから、ギュッと抱きしめた。
マイちゃんはビクっとする。
大きな尻尾が生えてきて、忙しなく動いた。
「マイちゃん。」
「・・・・・・・・。」
膝に顔を埋めて、こっちを見ようとしない。
俺は手を伸ばし、そっと顔を上げさせた。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
しばらく見つめ合う。
はっきり言ってかなり怖い・・・・・・。
もし本気で殴られたら、きっと顔面が陥没するだろう・・・・・。
でも・・・・・、
「好きなんだ。」
殴られる前に顔を近づけ、唇を重ねる。
またビクっとしたけど、でもパンチは飛んでこなかった。
その代わり微動だにしないけど・・・・。
「あ、あの・・・・やっぱりイヤなら・・・・やめとくよ。」
いくら殴られないからって、強引に行くのはやっぱりどうかと思う。
きっとアイツらは情けないって言うだろうけど、でも本気で嫌がってるならこれ以上は・・・・、
「イヤなら・・・・・、」
「ん?」
ボソっと呟くマイちゃん。
俺の顔を見て、「ほんとにイヤなら・・・」と言った。
「タヌキに戻ってる・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ただちょっと・・・・不安っていうか、怖かったから・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「私も悠一君のことが好き・・・・・。だから・・・・、」
次の瞬間、大きな尻尾が消えた。そして俺の手に触れてくる。
「傍にいてほしい・・・・・。」
じっと目を見つめてそう言う。
俺は手を握り返し、「うん」と頷いた。
ギュッと抱きしめて、またキスをする。
マイちゃんはすごく緊張していて、でもそれは俺も同じだった。
服を脱ぎ、裸になり、直に体温を感じ合う。
手を握り合い、ピタリとくっついて、ゆっくりと動く。
体温が、感触が、そして近くに感じる息遣いが、お互いの緊張をほぐしていく。
代わりに熱くて激しい感情がこみ上げて、意識が加速した。
お互いを調べるように、そして求めるように、手と唇が動く。
そして身体が重なり、一つになった。
「・・・・・・・・ッ!」
マイちゃんがギュっと顔をゆがめる。
俺はそのまま抱きしめて、何かに突き動かされるように激しく動いた。
これじゃまるで初めてみたいで、ちょっと恥ずかしい・・・・・。
マイちゃんの背中が反って、悲鳴なのか嗚咽なのか分からない声が漏れる。
その時の顔がすごく愛おしくて、強く抱きしめた。
マイちゃんも手を回して、痛いほどしがみついてくる。
俺の動きも速くなり、大きな衝動がくる。
そしてビクンと波打って、力が抜けた。
それから一瞬遅れて、マイちゃんの身体も波打つ。
二人とも気が抜けたように放心して、なんだか笑ってしまった。
見つめ合って、キスをして、ちょっと笑って・・・・。
気がつけばまた始まって、求め合うように身体を重ねた。
それをもう一回繰り返して、脱力したように横たわる。
抱きしめ合い、見つめ合い、恥ずかしさと気持ちよさと、くすぐるような喜びを感じて、何かに繋がれたみたいにくっ付いていた。
・・・・・今日、俺たちの距離が縮まった。
去年の春過ぎに婚約して、ようやくそれらしい関係になることが出来た。
「愛してる、マイちゃん。」
「私も。」
体温を分かち合うように、ギュっと抱き合う。
そしてチュっとキスをして、ニコリと頷いた。
「これからもよろしく。」
「こっちこそ。」
「ずっと傍にいる。だからマイちゃんも・・・・、」
「どこにも行かない。悠一君の隣にいる。」
おでこをくっ付けて、手を握り合う。
「じゃあ・・・・アイツらそろそろ入れてあげようか?」
「そうだね。きっと凍えてる。」
「マサカリの肉があるから平気だろ。」
「でもマサカリって寒がりだよ。去年の冬なんか『もっと肉がいる!』って叫んでたもん。」
「あれ以上太ったら、なんの生き物か分からなくなるよ。」
「それも面白いかもね。」
プッと噴き出して、軽くキスをする。
布団から出て、服を着て、ドアに向かった。
「お前ら、待たせて悪かったな・・・・・って、なんじゃこりゃあああああ!!」
ドアの前がじっとりと濡れている。
しかも・・・・ツンと臭い。
「これ・・・もしかして・・・・、」
「悠一い〜・・・・・・、」
「マサカリ・・・・なんで泣いてんだよ。」
「すまねえ・・・・。俺、この歳で・・・・、」
「・・・・・・そうか。まあ仕方ないよ。寒かっただろうから。」
マサカリは部屋に駆け込み、布団に潜り込む。
「お前ら長いんだよ!凍えるところだったじぇねえか。」
「ごめんねマサカリ!寒かったよね。」
「おかげで漏らしちまったよおおお!」
わんわんと泣くマサカリ。
マイちゃんは尻尾を出して、クルクルっとくるんであげた。
「ああ・・・・あったけえ・・・・。」
ウットリするマサカリ。そして・・・・・、
「あ、ホッとしたらまた・・・・、」
「きゃあ!」
「すまねえコマチ・・・・わざとじゃねえんだ。」
「大丈夫大丈夫!気にしないで。」
マサカリを抱えて、風呂場に向かう。
すると他の動物たちも駆け込んできて、ブルブルと震えた。
「ああ、寒かったあ・・・・。」
「てか長かったな。何発ヤったんだ?」」
「ちょっとチュウベエ!そういうことは聞かないの。」
「え?私はすごく気になるんだけど・・・・、」
「マリナまで!・・・・実は私も。」
動物たちは「どうだった?」と口を揃える。
「どうもこうもないよ・・・・。」
「でも何か感想はあるでしょ?」
「そうそう!ようやく童貞を卒業できたんだし。」
「童貞じゃない!」
「アレ?そうだっけ?」
「ほとんど童貞みたいなもんだろ。」
「そうよねえ。絶対に下手くそだったと思うわ。」
「で、で?結局どうだったの!?」
「うるさい!」
動物たちを抱えて、ペッと外に放り出す。
「ちょっと!何怒ってるのよ!」
「俺らがお膳立てしてやったんだぞ!」
「感想くらい聞かせろよ。」
「孫は出来たと思う?」
みんな目をランランさせている。
コイツらなんでこんなに楽しそうなんだ・・・・。
でもまあ・・・・感謝しないとな。
みんなの協力があったから、俺たちの距離は縮まったんだ。
風呂場からシャワーの音が聞こえて、マサカリが「あ、また・・・・」と呟く。
「すまねえコマチ・・・・俺、もう介護が必要なのかも・・・・。」
「いいよ、そうなったら私がしてあげる。」
「ううう・・・・お前はなんて優しい奴なんだ・・・。きっと良い嫁さんになるぜ・・・・。」
《なんて会話してんだよ・・・・。》
呆れながら、でもクスっと笑う。
《感想かあ・・・・感想ねえ。》
腕を組み、あの甘い時間を思い出す。
《そんなの言うまでもない。最高だったに決まってるじゃないか。》
思わず頬が緩んで、「エロい顔してる!」と動物たちにツッコまれる。
「いいだろ別に。」
そっぽを向き、恥ずかしさを誤魔化す。
布団に座ると、残った体温が伝わってきた。
それを感じながら、胸の中で呟く。
《マイちゃん、これからもよろしく。》

 

 

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十四話 タヌキの神主(2)

  • 2017.06.18 Sunday
  • 11:27

JUGEMテーマ:自作小説

結婚をするならば、相手の両親に挨拶をしなければならない。
でもそれが予期せぬ瞬間にやって来たら、いったいどれだけの男が冷静でいられるだろう?
ていうか・・・・死んだはずの母親が生きていて、それを目の当たりにしたら、混乱を通り越して石になるしかない。
今、俺は岡山に向かっている。
マイちゃんと会う為だ。
彼女がいなくなってから3ヶ月。
モズクさんは会うことを許してくれない。
でも・・・・コレがあれば大丈夫!
俺はポンと胸ポケットを叩いた。
ここには手紙が入っている。マイちゃんのお母さんからの手紙が。
これさえあれば、きっとマイちゃんに会えるはずだ。
嬉しさがこみ上げて、お腹の中からもぞもぞしてくる。
《マイちゃん、待っててくれよ!今すぐ迎えいに行くからな!》
俺は胸を弾ませながら、昨日のことを思い出した。

            *****

九女御霊神社からの帰り道、ぼんやりと先ほどの出来事を振り返っていた。
『マイちゃんのお母さん・・・・生きてたんだ。』
ハンドルを握りながら、ぼそりと呟く。
するとウズメさんが『生きてるわけじゃないわ』と言った。
『彼女はもう肉体がないからね。』
『でも・・・ああして俺と喋ってたわけで・・・・、』
『力のある幻獣だから、霊力で仮初の身体を作っているだけ。彼女はれっきとした死者よ。』
そう言ってウィンクを飛ばす。
でも俺はそんなのどうでもよかった。
《まさかあんなところで、マイちゃんのお母さんに会うなんて・・・・。》
死んだと聞いていたので、ビックリなんてもんじゃなかった。
驚きのあまり、俺はただ石になっていた。
するとたまきに『挨拶くらいしないさい』とおでこを叩かれてしまった。
俺はカチコチに緊張しながら挨拶した。
『あ、あり・・・有川悠一です!マイちゃんからお話はかねがね・・・・ええ!どうも!ははあ!』
緊張のあまり、ちゃんと挨拶出来なかった・・・・。
マイちゃんのお母さんはニコリと笑い、『娘をお願いします』と言った。
あの時は緊張していたけど、でも今は嬉しい。
なんたって結婚を認めてもらえたんだから。
後は・・・・モズクさんだけだ。
彼が認めてくれれば、晴れてマイちゃんと結婚出来る!
その日は早々に家に帰って、マサカリたちに今日のことを報告した。
『マジかよ!』
『私も会いたかった!』
『母親から落とすとはやるじゃねえか。』
『これで孫の顔が見られる日も近いな。』
『ああ・・・・式にはどんなドレスを着ていこうかしら。』
みんな浮かれて、その日はワイワイと盛り上がった。
《明日になったらマイちゃんに会える!この手紙さえあれば・・・・。》
あの明るい笑顔、元気な声。
頭の中に思い浮かべて、早く会いたい気持ちが膨らんだ。

            *****

昨日のことを思い出しながら、ニヤニヤと頬が緩む。
すると助手席のモンブランに「だらしのない顔ねえ」と言われた。
「そ、そう・・・?」
「とろけそうな顔してるわよ。」
「まあ・・・やっぱり嬉しいからさ、うん。」
頬を押さえ、ニヤニヤを止める。
するとカモンも「情けない顔だな」と笑った。
「でも気持ちは分かるわぜ。蒸発した婚約者が戻って来てくれるかもしれないんだからな。」
「だから蒸発って言うな。」
「似たようなもんだろ。」
「そうそう、誤魔化しても無駄よ。」
「誰も誤魔化してないっての。」
二匹はキャッキャとはしゃぎ合う。
本日のお供は、モンブランとカモン。
他の三匹も行きたがっていたけど、ゾロゾロついて来られちゃ大変だ。
だからいつお迎えが来るか分からないカモンと、何がなんでも行くと聞かなかったモンブランを連れてきた。
俺は高速を飛ばし、一目散に岡山を目指す。
モンブランが「楽しみねえ」とウットリした。
「またコマチさんに会えるなんて・・・・。」
そう言って「悠一!」と睨んだ。
「今度はもう逃しちゃダメよ!次はないと思いなさい!」
「分かってるよ。ていうか偉そうに命令するな。」
「もしコマチさんが戻ってきたら、まずは既成事実を作るのよ。」
「既成事実?」
「とりあえず役所に婚姻届を出して、夜には子作りに励んで・・・・、」
「黙ってろ!」
「ぎゃう!」
モンブランの妄想は加速するばかりで、岡山に着くまでウットリしていた。
・・・・そして家を出てから二時間ほど。
目的地の岡山県真庭市についた。
俺は路肩に車を停めて、荒れた野原を見つめる。
後ろには茂みがあって、その向こうには山がそびえていた。
「ここにモズクさんの家があったんだ。」
「何もないじゃない。」
モンブランはキョロキョロ見渡す。
するとカモンが「おい、アレ!」と茂みの奥を指差した。
「タヌキがいるぜ。」
「なに!?」
目を向けると、そこには一匹のタヌキが。
険しい顔をしながら、こっちを睨んでいる。
その顔には威厳があって、タヌキとは思えない迫力だった。
しかも頭には鉢巻きをまいている。
「あのタヌキ・・・・もしかして・・・・、」
ゆっくり近づいて、「モズクさんですか?」と尋ねた。
するとタヌキは茂みから出てきて、ボワンと白い煙を上げた。
「よう兄ちゃん。」
「モズクさん!」
俺は駆け寄り、「会えてよかった・・・」とホッとした。
「ここへ来たはいいものの、会えるかどうか不安だったんです。」
「へ!オイラはもうちょっと早く来るかと思ってたんだがな。」
煙管を咥え、ギロっと睨んでくる。
「ウズメさんがよお、何度もしつこいんだよ。マイとお前を合わせろって。」
「・・・・すみません。どうしてもこのまま終わりにしたくなくて・・・、」
「だったらテメエ、なんで自分から来ねえんだ?」
「え?」
「そんなに会いてえなら、テメエから来るのが筋ってモンだろうが。」
「・・・・そうですね。仰る通りです。」
「いつ来るのかと待ってたら、年が明けちまった。そんなんでテメエ・・・・本気で会うつもりだったのかよ?」
怖い顔がさらに怖くなって、俺の目を射抜く。
「すいません・・・・。でも俺は本気で・・・・、」
「帰んな。テメエみてえな情けねえ男にゃ、娘は預けられねえ。」
シッシと手を振り、茂みに戻って行く。
「待って下さい!」
慌てて追いかけ、「これを」と差し出した。
「なんでいこりゃあ?」
「手紙です。」
「見りゃ分かる。なんの手紙か聞いてんだ。」
「奥さんからです。」
「なに・・・・?」
「奥さんの・・・・ワラビさんからです。」
そう言った瞬間、ものすごい力で胸ぐらを掴まれた。
「ナメてんのかテメエ?」
「は・・・・はい?」
「母ちゃんは死んだんだ。マイから聞いてるだろうが。」
「はい・・・・。でもまだこの世にいるんです。」
「・・・あのな兄ちゃん、冗談もほどほどにしとかねえと、痛い目みるぜ。」
「じょ、冗談なんかじゃ・・・・、」
「どうせアレだろ?普通に話しても無理だと思って、しょうもねえ小細工したんだろうが?」
モズクさんの目に殺気が宿る。
グッと拳を握り、メキメキと骨を鳴らした。
「オイラはよ、コソコソしょうもねえ事する野郎が一番嫌いだ。
事と次第によっちゃ、タダではすまさねえぞ。」
顔が猛獣みたいに歪む。
目が光り、長い牙が生えてきた。
《怖ええええええ!》
ビビって目を背ける。
すると胸ポケットから「負けんな!」とカモンが言った。
「これを乗り越えなきゃコマチに会えないぞ!」
モンブランも「そうよ!」と叫ぶ。
「今こそ悠一の愛が試されてるのよ!そんなタヌキ親父に負けちゃダメ!」
そう言ってエールを送ってくれるが、ただのタヌキ親父ならこんなにビビったりはしない。
「なあ兄ちゃん。10秒やるから、その間に失せろ。さもなきゃ骨の2、3本はいくぜ?」
握った拳が、鉄のようにゴツくなる。
こんなモンで殴られたら、骨の2、3本ではすまないだろう・・・・。
「・・・・・モズクさん、俺は帰りません。」
「ああ?」
顔が本物の猛獣みたいになる。
怖い!怖いけど・・・・・でも逃げるわけにはいかない!
「これはワラビさんからの手紙なんです。本当です。」
「・・・・・・・・。」
「俺を殴りたいなら、殴ってくれて構いません・・・・。でもこの手紙は読んで下さい。」
「そうかい、なら・・・・、」
次の瞬間、腹に激痛が走った。
「げあッ・・・・・、」
高速でボウリング玉をぶつけられたみたいに、とんでもない威力だ・・・・。
息ができなくなって、悶えそうなほど苦しい・・・・・。
でも手紙だけは落とさなかった。
どうにか腕を上げて、モズクさんの前に突きつける。
「・・・・読ん・・・で・・・・くだ・・・・さい・・・・、」
ダラダラとヨダレを吐きながら、頭を下げる。
すると今度は頬に激痛が走った。
「がはッ・・・・、」
顔がなくなるんじゃないかと思うくらいの衝撃・・・・・意識が遠のきそうになる。
「・・・・おねがい・・・します・・・・。これを・・・・読んで・・・・、」
今度は反対の頬に衝撃・・・・・。
脳ミソがシェイクされるように、頭の中がグワングワンと揺れた・・・・。
俺は崩れ落ち、手紙を落としてしまう。
「マイが待ってた分だ。」
「は・・・・え・・・・・?」
「拳骨だよ。去年の10月から、3ヶ月経ってる。」
「・・・・・・・・。」
「アイツがどんな気持ちで待ってたか、オメエに分かるか?」
「・・・・すいません・・・・来るのが遅くなって・・・・、」
「オイラだってよ、無理に若いモンを引き離したいわけじゃねえ。
でもしょうがねえんだ。アイツが幻獣である以上、オメエらが夫婦になるのは無理なんだよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だがこのままお別れってのは可哀想だ。だから別れの挨拶くらいはさせてやろうと思ってた。
それをテメエ・・・・3ヶ月もほったらかすなんざ・・・・。」
「ほんとうに・・・・すいませんでした・・・。」
「本気で会いてえなら、テメエで来いっつうんだ。」
「はい・・・・・。」
「挙句にこんな小細工までしやがってよ。」
モズクさんはヒラヒラと手紙を振る。そして・・・・、
「ああ!」
ビリビリと破って、野原に放り投げた。
「兄ちゃん、二度と顔見せんな。次来やがったらテメエ・・・・歩けねえ身体にしてやるぞ。」
クルっと背中を向け、怒りを撒き散らしながら去って行く。
しかしその瞬間、破った手紙が輝きだした。
一つ一つの破片が、まるで宝石のように光っている。
「な、なんでいこりゃ・・・・。」
モズクさんは険しい顔で睨む。
手紙は宙へ舞い上がり、一瞬で元通りになってしまった。
「・・・・・・・・。」
呆然とするモズクさん。
手紙はヒラヒラと彼の足元へ落ちていった。
「こいつは・・・・・。」
表情が緩み、そっと手紙を拾う。
そして俺を振り返った。
「・・・・読んでみて下さい。」
「・・・・・・・・・。」
そう言うと、少し迷いながらも手紙を開いた。
その目はすごく真剣で、一文字一文字噛みしめるように見つめていた。
「悠一!大丈夫?」
モンブランが走ってくる。
俺は「平気だよ・・・・」と立ち上がった。
「フラフラじゃない・・・・すごい苦しそうだし。」
「仕方ないよ・・・・俺が悪いんだから。」
モズクさんの言う通り、本気で会いたいなら俺が来るべきだった。
いったいマイちゃんがどんな気持ちで待っていたか・・・・それを考えると、この程度では足りないかもしれない。
「おい悠一。」
カモンが後ろを指差す。
俺は振り返り、「ぬわお!」と驚いた。
「ど、どうしたんですか!?」
「か、か、か、母ちゃんが・・・・・、」
モズクさんはボロボロ涙を流しながら、クチャっと顔を歪める。
「これ・・・・間違いなく母ちゃんの手紙じゃねえか・・・・。」
「そうです、ワラビさんからの手紙です。」
「この中学生みたいな丸っこい字、それに句点と読点を間違えるクセ・・・・間違いなく母ちゃんの手紙だ。」
クシャっと手紙を握りしめ、オイオイと泣く。
「ちくしょう・・・・こんちくしょう・・・・、」
「モズクさん・・・・。」
「この世にいるんなら、会いに来いってんだバカ野郎!ぐふうッ・・・・、」
背中を向け、肩が揺れるほど泣きむせぶ。
しばらくそうやって泣いてから、ズズっと鼻をすすった。
懐から手ぬぐいを取り出し、ブチ〜ン!と鼻を噛む。
「悪かったな、情けねえとこ見せて。」
さっきまで泣いてたのが嘘のように、急に凛々しい顔になる。
「これは間違いなく母ちゃんの手紙だ。」
そう言って「疑って悪かったな」と謝った。
「いえいえ!いいんですよ、だって普通は疑うだろうし・・・・、」
「コイツに書いてあったよ。死んでからのこと、今はとある神社で神主をやってること。」
モズクさんは懐かしそうな顔で語りだす。
「何度も会いに行こうと思ったけど、でもそれは我慢したこと。
私は死者だから、会えば余計に辛い思いをさせちまうからって・・・・。」
「家族思いなんですね、ワラビさん。」
「・・・・マイには言うなって書いてた。ていうか・・・・本当はオイラにも知らせるつもりはなかったってよ。
私のことなんか忘れて、早くいい相手を見つけてくれって・・・・、」
まだ涙が滲んで、サッと顔を逸らす。
「でもよお・・・マイが婚約したって知って、気が気じゃなかったらしい。
いったい相手はどんな男なのか?それを自分の目で確かめたかったって・・・・。」
「俺が会った時もそう言われました。」
「・・・・ならもう分かってると思うが・・・・、」
「はい。認めて頂きました、結婚のこと。」
「・・・・・・・・・。」
「まさかマイちゃんのお母さんに会うなんて、俺もビックリでした。
でも・・・認めてもらうことができて、すごく嬉しかったです。」
「・・・・手紙に書いてあらあ。良い殿方だってよ。
だからもう一度チャンスをやってくれって。
男手一つでマイを育ててきたオイラの気持ちは分かる。
立派にマイを育ててくれて、本当に感謝してると・・・・。
でもマイはもう大人だ。だからあの子の行く道は、あの子に選ばせてやってくれって・・・・。」
グイっと目を拭い、「チキショウが・・・」と唸る。
「まったく・・・・こんな事されちゃ断れねえじゃねえか。」
「すいません・・・・。でも俺は、もう一度チャンスが欲しいんです。
この前は守ることが出来なかったけど、でも次は必ず・・・・、」
そう言いかけると、モズクさんは手を上げて止めた。
「いい。」
「え?」
「何も言うな。」
手紙を見つめながら、「兄ちゃんを信じる」と言った。
「母ちゃんが認めたんだ。だったら兄ちゃんを信じる。」
「モズクさん・・・・。」
「母ちゃんな、良い女だったろ?」
「ええ、すごい美人でした。」
「昔っからたくさんの男に言い寄られてよ。でもどいつも撃沈だった。
だけどオイラだけが母ちゃんのハートを射止めたんだ。これがどういう意味か分かるか?」
「ええっと・・・・どういう意味ですか?」
「ちったあ考えろ!」
ゴツンと拳骨されて、「すいません!」と謝る。
「男を見る目があるってこった。」
「へ?」
「母ちゃんは男を見る目があるんでい。だからオイラと夫婦になった。
その母ちゃんが兄ちゃんを認めたってことは、それなりの男ってことだ。」
「・・・・・・・・・。」
「なんだその目は?」
「・・・・いや、なんだかモズクさんの自画自賛のように聞こえてしまって・・・・、」
「べらんめい!」
「あぎゃあッ!」
鉄の拳骨を落とされ、悶絶する。
「オイラは良い男だろうが!」
「は、はい!それはもう!!」
「母ちゃんはしょうもねえ男は鼻にも掛けなかった。この意味分かるか?」
「モズクさんは良い男ってことです!」
「その通りだ。」
急に渋い顔になって、空を見上げる。
「オイラは兄ちゃんの親父になるんだぜ。ちったあ敬え。」
「す、すいませんでした!」
ペコリと頭を下げながら、《これが父親になるのか・・・・》とため息をついた。
こりゃあ結婚したら、よいしょのスキルが必要になりそうだ。
「じゃ、じゃあですね・・・・マイちゃんと会わせてもらえるってことで?」
恐る恐る尋ねると、「ふん!」とそっぽを向いた。
そして背中を向け、茂みの中に消えて行った。
「あ、あの・・・・・、」
呼び止める間もなく、そのままどこかへ去ってしまった。
「な、なんなんだ・・・・?俺のことを認めてくれたんじゃないのか?」
呆然としながら立ち尽くす。
するとモンブランが「ねえアレ!」と茂みの奥を指した。
「タヌキがいるわよ!」
「また!?」
目を凝らし、茂みを睨む。
すると・・・・・、
「あ・・・・・、」
もふもふした可愛らしいタヌキが出てきた。
丸い顔にふさふさの尻尾。
そして首には金印をぶら下げている。
「・・・・・・・・。」
タヌキは黙ったまま近づいて来る。
俺は膝をつき、迎えるように手を広げた。
「お帰り。」
そう言うと、タヌキはダダっと走ってきた。
ピョンとジャンプして、腕の中に飛び込んでくる。
「マイちゃん!」
ギュッと抱きしめると、「悠一君!」と叫んだ。
ボワンと煙が上がり、中から人間の女の子が現れる。
「悠一君!」
大きな声で叫んで、赤ちゃんみたいにギュウっとしがみついて来る。
「会いたかった!」
マイちゃんは力いっぱい抱きしめてくる。
俺は内蔵を吐き出しそうになったけど、モンブランが《我慢よ!》と目で訴えかけた。
「会いたかった!会いたかったよお・・・・、」
「うぶッ・・・・ご、ごめん・・・・迎えに来るのが遅れて・・・・、」
「ずっと待ってた!いつ来てくれるんだろうって・・・・。」
「おうふッ!」
「もうこのまま会えないのかと思った!」
「げはあッ!」
「私から会いに行こうと思ったこともあるけど、ずっとお父さんの目があったから・・・・。
だから・・・だから・・・・ああああああああん!!」
「ぎゅうう・・・おお・・・・おうぷッ!」
メキメキと肋骨が鳴って、胃袋がはみ出そうになる。
「よかったああああああ!また会えてよかったああああああ!!」
ワンワン泣いて、さらに強く抱きつく。
「ありがとう!迎えに来てくれてありがとう!」
「ごおおお・・・ちょ、マジで・・・・内蔵が・・・・、」
「悠一くうううううん!わああああああああ!!」
「ま・・・・マイちゃん・・・・いったん離れて・・・・。でないと今すぐお別れすることに・・・・、」
彼岸が見える・・・・。
ラッパを持ったたくさんの天使がやって来て、俺を違う世界へ連れて行こうとする・・・・・。
「コマチさん!それ以上はホントに死んじゃうから!」
慌てて止めに入るモンブラン。
でも全然離れなくて、俺は天使と共に舞い上がっていった。
《おいおい・・・・マジかよ。このまま死んじまうのか・・・・。》
なんてこったと思いながら、青い空を見つめる。
するとなぜか向かいにカモンがいた。
「よう悠一。」
「カモン!お前まで死んじまったのか!?」
カモンは仏さんの手の上に乗っていた。
「だって胸ポケットに入ってたからよ。コマチのサバ折りで息ができなくなってなあ。」
「しみじみした顔で言うな!すぐに戻るぞ!」
必死に空を漕いで、カモンを掴む。
すると仏さんが「チッ・・・」と舌打ちした。
《ええ・・・なんで・・・・。》
天使はラッパを投げてきて、「用がないなら呼ぶな!」と怒っている。
「す、すいません・・・・・。」
なんで俺が怒られなきゃいけないんだ・・・・。
どっちもムスっとした顔で空へ帰って行く。
するとその瞬間、肉体に吸い込まれていって、「ぶはあ!」と息を吹き返した。
「ああ・・・・死ぬところだった・・・・。」
俺もカモンも無事復活。
すると「悠一く〜ん!」とマイちゃんが抱きついてきた。
「ぎゃあ!ちょっと待て!」
また死んではたまらない。
次は確実に連れて行かれるだろう。
「ちょっと悠一君!なんで逃げるの!」
「死にたくないからだ!」
「死ぬって何!?・・・・は!もしかして・・・・あの龍神に呪いでもかけられたんじゃ・・・・、」
「違うよ!マイちゃんのせいで!」
「えええええ!・・・・私、戻って来ない方がよかったの・・・・、」
「そうじゃなくて、君の抱きつくパワーのせいで・・・・、」
「・・・・クスン。山に帰ります・・・・。」
「いや、待って待って!戻って来てよ!」
「でも私がいると死ぬんでしょ・・・・だったら・・・・、」
「そんなことない!俺にはマイちゃんがいるんだ!君が必要なんだよ!」
「ほんと・・・・?」
「ほんとほんと!だからもう傍を離れないでほし・・・・、」
「悠一くううううん!」
「ぎゃあ!だからそれをやめろって!次はほんとに連れて行かれるから!」
「俺は連れて行かれてもいいけどな。」
「こっちはまだ寿命が残ってんだよ!」
カモンは「ほれほれ」と手を広げる。
「コマチ、ここへ飛び込んでこい。」
「やめろバカ!」
「レッツ極楽!」
「行きたくねえよ!」
「悠一くうううううん!」
「ほんとマジでやめて!」
手を広げて追いかけてくるマイちゃん。
もう一度仏さんを召喚しようとするカモン。
涙目で逃げ惑う俺。
それを見たモンブランが「平和な日常が戻ってきたわ!」と叫んだ。
「どこが!?」
「コマチさん!とっ捕まえて抱きしめるのよ!愛を伝えるの!」
「悠一くううううううん!」
「コマチ!ここだ!ここに飛び込んで、もう一度仏さんを呼び寄せて・・・・、」
「お引き取り願え!」
野原を駆け回り、通行人に白い目で見られる。
《普通こういうのって、もっと感動的な再会になるもんじゃないのか?
なんで命の心配をしなきゃならないんだ!》
今日、マイちゃんが戻ってきた。
ワラビさんの手紙のおかげで、あの頑固なモズクさんが心を開いてくれた。
でも・・・・これからが本当の試練かもしれない。
マイちゃんと共に、無事にたまきの依頼を解決しないといけないんだから。
そうじゃないと、いつまたあの化け猫につけ狙われるか・・・・。
でもとりあえず、今は自分の命を守ることが先決。
「悠一くううううううん!」
「ひいいいいい!いったん落ち着いて!」
野原を飛び出し、遠くまで逃げて行った。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十三話 タヌキの神主(1)

  • 2017.06.17 Saturday
  • 08:09

JUGEMテーマ:自作小説
年が明け、めでたい正月も過ぎた。
街はいつもの表情を取り戻し、人も物も目まぐるしく動いていく。
それは俺の人生も一緒で、大きな変化が起き出した。
なんと次々と依頼が舞い込んできたのだ。
「お願いです!最近きた野良を追い払って下さい!」
「いえいえ、それより私のお願いを聞いて下さい。
集会所の空き地にコンビニが建とうとしてるんです!どうか阻止して下さい!」
「ちょっと!こっちの依頼が先よ!アンタあっち行ってて!」
「押すな馬鹿!」
「バカってなんだこの野郎!」
「お前ら喧嘩すんなよ。お里が知れるぜ。」
「おんなじ野良に言われてくねえよ!」
「なんだあコラ!表出ろ!」
「ここが表がコラ!」
集まった客が喧嘩を始める。
俺は「分かった分かった」と宥めた。
「まず一列に並んで。順番に聞くから。」
公園のブランコに座りながら、次々にやってくる猫の話を聞く。
お供のモンブランとマサカリも、押し掛ける客の対応に追われていた。
《なんて忙しいんだ・・・・。》
貧乏暇なしというけれど、それは正にこのこと。
やることがない日々よりも、こうして忙しい方がありがたい。
ただまあ・・・・金にはならないけど。
「これ、この前のお礼です。どうぞ。」
「あ、ありがとう・・・・。」
「私も。」
「どうも・・・・。」
依頼を解決してやった猫たちが、次々に謝礼を置いていく。
猫缶のモンパチ、コルカン、それにカリカリなど。
中には小魚や虫を置いていく奴も・・・・・。
《気持ちはありがたいけど、でもこれじゃあなあ・・・・。》
後ろにはどっさりと猫缶や獲物が積み上がり、頭を掻きながら困った。
すると俺の隣にいる白猫が、「商売繁盛ね」と笑った。
「ようやく動物探偵として軌道に乗り始めたわね。」
「どこが?忙しいのはいいけど、報酬が割りに合わないぞ。」
「でも引き受けるしかないわよ。だってこの子たちのおかげで、あの春奈って子が助かったんだから。」
白猫はクスっと笑う。
俺は「まあなあ」と頷いた。
一ケ月前、春奈ちゃんの大学で、化け猫の戦いが起きた。
あの時、校舎の裏から大量の猫が出てきて、もう一人のたまきに群がった。
今ここに集まっている猫たちは、あの時の野良猫たちなのだ。
「協力してくれる代わりに、なんでもお願いを聞いてあげるって約束だったのよ。
だからここは我慢してちょうだい。」
「いいさ別に。こいつらのおかげで春奈ちゃんが助かったんだから。」
猫の依頼はひっきりなしで、簡単なものから厄介なものまである。
正月が明けてから二週間、ずっとこんな調子だ。
その甲斐あって、残りの猫もだんだんと少なくなってきた。
最初は100匹近くいて、それを見た時は青ざめたけど・・・・・。
次々に依頼を引き受け、次々にこなしてく。
《今日を乗り越えれば、きっと終わるはず・・・・。》
気がつけば、とっくに日は暮れようとしていた。
「はあ・・・・終わった・・・・・。」
仕事を終え、ぐったりと倒れる。
「これでもう・・・・全部捌ききったはずだ・・・・。」
山積みになった猫缶と獲物は、今までの頑張りの証。
マサカリもモンブランもクタクタになっていて、死にそうな顔をしていた。
「悠一よお・・・・後ろの猫缶食っていいか・・・・。」
「好きなだけ食え・・・・。」
「なら・・・・・、」
プルタブに牙を挿し、器用に開ける。
「・・・・・うめえ!」
なんとも幸せそうな顔で頬張っている。
これだけ疲れているのに、いったいこいつの胃袋はどうなっているのか。
「やっぱ仕事の後の飯は最高だな!」
ガツガツ食うマサカリの隣で、モンブランが呆れたようにため息をついた。
「ほんと食い意地の怪物ね。それ以上太ったら動けなくなるわよ。」
「お前も食えよ。」
「疲れすぎて食べる気がしないわ・・・・。」
グッタリと寝転んで、「早く帰りましょ」と言った。
「お正月が明けてからずっと忙しかったんだもん。ゆっくりしたいわ・・・・。」
「そうだな。」
リュックを開け、猫缶の山を詰め込む。
虫だの小魚だのの獲物は・・・・どうしよう。
「それ、置いてっていいわよ。」
「たまき・・・・お前が食うのか?」
「ちょっとだけね。残りは他の野良に配るわ。」
「そうか・・・・なら後はよろしく。」
フラフラと立ち上がり、「帰るぞ」とマサカリに言う。
「おう!」
猫缶を咥えたまま、腹を揺らしながら走ってくる。
「じゃあなたまき。」
重たいリュックを背負い、家路につく。
「悠一、明日は九女御霊神社に来て。」
「なんで?」
「大事な話があるの。」
「それって・・・・あの神主のことか?」
「ええ。この前は時間がなくて、詳しく話せなかった。でもあんたには知っといてもらいたいの。」
「分かった。ならこがねの湯が終わったら行くよ。」
「お願いね。」
たまきはサッとどこかへ走って行く。
それを見送ってから、「帰るか」と歩き出した。
すると子供が群がってきて、キャッキャと騒ぎだした。
「今日も猫と喋ってたの!?」
「ほんとに動物とお話できるの?」
「まあね・・・・。」
「また明日も来る?」
「もう来ないよ、仕事は終わったから。」
「ええ〜・・・・。」
「毎日来てよ。」
「あのね、大人は暇じゃないの。みんなも宿題とか家の手伝いとかあるだろ?
もう陽も暮れるし、早く帰りな。」
ここ数日、猫が群がるせいで、子供まで群がってきた。
俺が猫と話してるのを見て、興味津々なのだ。
仕事終わりには必ず足止めを喰らい、帰るのが遅くなってしまう。
《俺って動物や子供には好かれるけど、大事なものが遠ざかっていく・・・・。
マイちゃん、君は今何をしてる?》
ウズメさんの説得も虚しく、モズクさんは会うことを許してくれない。
暮れた空を見上げながら、哀愁に浸った。
《もう・・・・会えないのかな。》
寂しさを募らせながら、家路についた。


            *

翌日、バイト終わりに九女御霊神社へ向かった。
今日は動物のお供はいない。
ここ数日の忙しさのせいで、元気がないらしい。
モンブランはずっと寝ているし、カモンはいつお迎えが来てもいいように念仏を唱えている。
チュウベエはミミズの図鑑を眺め、マリナは窓際でウットリしている。
マサカリに至っては、猫缶の食い過ぎて顔色を悪くしていた。
『あんなに食うんじゃなかった・・・・。』
食べ過ぎて体調を壊すなんて初めてかもしれない。
どっさり積み上がった猫缶は、激務の証。
みんなゆっくりしたいみたいで、家の中は静まり返っていた。
だから今日は俺一人で神社に向かう・・・・・はずだったんだけど、助手席にはウズメさんが座っていた。
「久しぶりだわあ、たまきに会うの。」
嬉しそうにルンルンしている。
「ウズメさんも全然会ってなかったんですね?」
「そうなのよ。霊獣の世界にも顔を見せないから、いったいどこにいるんだろうって心配だったの。
それがねえ、まさかの売店のおばちゃんをやってたなんて。」
「この前の事件がなきゃ、絶対に分からないままでしたよ。」
「猫は隠れるのが上手いからね。特にたまきみたいな神獣クラスになると。」
「それがこうして会えたんだから嬉しいです。もし会えるとしても、ずっと先のことだと思ってたし。」
「そうね。でも向こうからわざわざ姿を見せたってことは、この前はよっぽどピンチだったのね。」
「そりゃもうね・・・・大変でしたよ、ええ。」
あの時のことを思い出し、「もうあんな戦いに巻き込まれるのはゴメンです」と首を振った。
「災難よねえ、君も。去年は稲荷に狙われて、今年は化け猫に狙われるなんて。
もしかして呪われてるんじゃないの?」
「あ、やっぱりそう思いますか?」
「だって最近いいこと無しでしょ?」
「不安なんですよね、ちょっと・・・・。このままいけば、もっと不幸なことが起きるんじゃないかって。」
「ふふふ・・・冗談よ。」
「え?」
「君に呪いはかかってない。」
「ほんとに?」
「もしかかってたらすぐに気づくわ。今はたまたまよくない事が重なってるだけなのよ。
これを乗り越えれば、きっと良い事が待ってるわ。」
「そ、そうですよね!辛い後には、きっと良い事が・・・・、」
そう言いかけた時、窓に鳥のフンが落ちてきた。
「ぬあッ!この前洗車したばっかりなのに・・・・、」
「ちょっと悠一君!前見て!」
「え?・・・・・ぬおあああああ!!」
目の前に電柱が迫って、慌ててハンドルを切る。
「あ、危な・・・・・、」
「しっかりしてよ・・・・。」
「すいません・・・・。」
苦笑いしながら、《クソう!》と己の運を恨んだ。
《呪いじゃないなら、どうしてこう嫌な事ばかり起きるんだ・・・・。》
ワイパーを動かし、汚れた窓を拭う。
でも糞が広がっただけだった。
《悲しい・・・・・。》
切ない気持ちになりながら、神社を目指した。

            *

「遅いわよ。」
神社に着くと、たまきがムっとしていた。
大きな鳥居の奥で、腕を組んでいる。
「もう陽が暮れちゃうじゃない。もっとさっさと来てほし・・・・、」
そう言いかけた時、「たまき〜!」とウズメさんが駆け寄った。
「久しぶり!会いたかったあ!」
ギュッと抱きつき、頬をすりすりしている。
「元気にしてた!?」
鼻を寄せ、クンクン臭いを嗅ぐ。
「アンタね・・・・、」
「ああ、ごめんごめん。今は人間の姿なのに、この挨拶はなかったわね。」
肩を竦め、ニコリと笑う。
「アンタは相変わらずね。」
「そっちこそ。嬉しいクセに表に出さないんだから。」
ツンツンとおでこをつつき、クスクス笑う。
「あのう・・・・、」
「ああ、ごめんね悠一君。」
ウズメさんはサッと離れて、恥ずかしそうに笑った。
「いえ、いいんですけど・・・・、」
「どうしたの?変な顔して。」
「いや、なんか・・・・。二人がただの人間みたいに見えちゃって。」
「だって久しぶりだったから、ねえ?」
「まあ・・・・また会えて嬉しいわ。」
たまきも満更ではなさそうだ。
仲の良い友達だから、内心はすごく嬉しいんだろう。
俺は二人から離れて、神社を見渡した。
大きな鳥居、立派な参道、鈴が三つもある本殿、それに本殿の左奥には稲荷神社もあった。
その稲荷神社の隣には、オレンジ色の社が建っている。
なんとも珍しい色だ。
右奥の方にも社があって、『ある神様』を祀っている。
そしてその隣には社務所があった。
奥にある民家と繋がっていて、ここに神主が住んでいる。
俺は境内の砂利を踏みしめながら、「気持ちの良い所だな」と呟いた。
神社を囲う木立を見上げ、うんと深呼吸する。
するとポンと頭を叩かれて、「なにボケっとしてるの」と言われた。
「たまき・・・・。なんか最近いい事がなくてさ、ちょっと気分転換でもと思って・・・、」
「今日はそんな暇ないわよ。」
「そんな暇ないわよって・・・・今日は話をするだけだろ?あの神主の。」
「いいえ、それだけじゃ終わらないわ。」
「なんで!?まさか・・・・また厄介な事に巻き込むつもりじゃ・・・・、」
一歩後ずさり、「それじゃ俺はこれで・・・」と帰ろうとした。
「待ちなさい。」
「むぎゅッ・・・・、」
「逃げたい気持ちは分かるけど、いてもらわないと困るのよ。」
頬をむぎゅっと挟まれて、そのまま引っ張られていく。
「ひょ、ひょっとはって!」
「ウズメ、しばらく待ってて。」
「OK。私は向こうの稲荷神社にいるから。」
ウズメさんは「ごゆっくり」と手を振った。
「ひ、ひやだ!もう面倒なほほは・・・・、」
「はいはい、後でおやつ買ってあげるから。」
「ほへはほぼもか!」
グイグイ引っ張られて、奥の社まで連れて来られた。
「くそ・・・・馬鹿力め・・・・。」
ほっぺが痛い・・・・。
俺は顔を上げ、目の前の社を睨んだ。
「あんまりここに来たくないんだけど・・・・、」
「でしょうね。だってアイツがいるんだから。もう一人の私が・・・・。」
たまきは険しい顔で社を見つめる。
「なあたまき。もう一人のお前・・・・まだお前のこと恨んでるんだよな?」
「ええ。」
「だったらまた襲って来るなんてことは・・・、」
「あるかもね。」
「やっぱり帰る!」
「待ちなさい。」
「嫌だ!」
「私がいるから平気よ。」
「でも・・・・、」
怖がる俺を見て、たまきは「はあ・・・」と首を振った。
「アンタ・・・・相変わらずの怖がりね。そんなんでよくこの一年やってこられたわね。」
「ふん!俺は動物探偵であって、化け猫だの禍神だのは専門外だ。」
「まあいいわ。なら先にあの神主について話をしましょうか。」
たまきは社務所を見つめ、険しい顔で語りだした。
「この前ここへ来た時、女の神主がたでしょ?」
「ああ・・・・。真っ白な顔をして、生きてるのか死んでるのか分からないような人だったよ。」
俺は思い出す・・・。
クリスマスイヴのあの日、春奈ちゃんに会いに行く前にここへ来たことを。
あの時、社務所から一人の女が出てきた。
真っ白な顔で、一瞬幽霊かとビビった。
でもちゃんと足はついていて、薄く透き通ってもいない。
長い髪を後ろで束ね、神主の装束がよく似合う人だった。
「あの神主、すごい霊力の持ち主なんだよな?あの人のおかげで、もう一人のお前をこの社に封じ込めたんだろ?」
「そうよ。大学での戦いの後、すぐにここへ連れて来た。でも目を覚まして、また暴れ出したの。
だから慌てて押さえ込んで、神主を呼んだのよ。」
「すごいよな・・・・アイツをここへ封じ込めちゃうなんて。」
目の前の社を睨み、ゴクリと息を飲む。
「その次の日に俺が来て、お前から話を聞いたんだ。
直虎のことや、春奈ちゃんが利用されてたこと。それにお前が売店のおばちゃんだったことも。」
「ビックリしたでしょ?」
「まあな。でも・・・それ以上に嬉しいよ。またこうして会えたんだから。」
ニコッと笑いかけると、たまきも小さく笑い返してきた。
「アンタに合うのは、まだまだ先だと思ってたわ。
もっともっと力をつけて、自力で私を見つけ出した時だってね。
だけどもう一人の私が絡んでるなら、そうもいかない。
今回の再会はイレギュラーみたいなもん・・・・、」
たまきの声を遮り、ふと手を伸ばす。
そしてギュッとハグした。
「・・・・何してんの?」
「いや、なんとなく。」
「・・・・・・・・・。」
「だってウズメさんともやってたからさ。ちょっと俺もいいかなって・・・・、」
言い終える前に、たまきも腕を回してきた。
「これでいい?」
「え、あ・・・・うん。」
ギュッと抱きしめられて、ハグというより抱擁って感じだ。
「あの・・・・ごめん。なんとなくこうしたくて・・・・、」
「あんた疲れてるわね。」
「え?」
「最近いいことないって言ってたじゃない。」
「ええっと、まあ・・・・色々とあって・・・・、」
「化け猫に狙われたり、夜刀神に襲われたり、挙句の果てには婚約者まで消えちゃうんだもんね。そりゃ気も滅入るわよ。」
「・・・・・・・・・。」
しばらくギュッと抱き合ってから、ポンと頭を叩かれた。
「負けちゃダメよ。」
「・・・・分かってるよ。」
身体を離し、ズズっと鼻をすする。
「あんたマザコンね。」
「うるさい・・・・たまにはいいだろ。」
たまきはクスっと笑い、バチン!と俺の頬を挟んだ。
「しっかりしなさい。アンタには守るものがあるんだから。」
「ああ・・・・。」
グイっと目を拭い、「すまん・・・」と謝る。
「話の腰を折っちゃって。神主のこと・・・・聞かせてくれ。」
たまきは頷き、社務所に目を向けた。
「実はね、あの神主は人間じゃないの。」
「また人外なのか・・・・。もう驚きもしないよ。」
「ついでに言うと化けタヌキ。」
「へ?化け・・・・、」
「アンタの婚約者と一緒ね。」
クスっと笑い、先を続ける。
「もっと言うなら神獣よ。」
「神獣!化けタヌキなのに?」
「幻獣だからね。」
「げ、げん・・・・、」
「生前から大きな力を秘めていたの。けどあまりに大きすぎる力で、コントロールが出来なかった。
だから普段はタヌキの姿で過ごしてたみたいね。」
「幻獣って・・・・ならマイちゃんと一緒ってことか?」
「ええ。あの神主は、かつてある山に住んでいた。そして同じ化けタヌキと結ばれて、娘をもうけたのよ。」
「娘を・・・・・。」
「でも娘が幼い頃に、命を落とした。人間に撃たれてね。」
「撃たれて・・・・。でも霊獣ってものすごい頑丈なんだろ?なら銃で撃たれたくらいじゃ・・・・、」
「普通は死なないわね。でも彼女はあまりに幻獣として力が大きすぎた。
その反面、肉体は弱かったのよ。人間と変わらないくらいの体力しかないわ。」
「なら・・・・銃に撃たれて、そのまま・・・、」
「死んだ。」
「・・・・・・・。」
「でも死んだ後も、彼女はこの世に留まり続けた。幼い娘のことが心配でね。」
「じゃあ・・・・あの神主、やっぱり幽霊なのか?」
「幽霊ではないわ。」
「でもさっき死んだって・・・・、」
「普通なら幽霊になるわね。でもそうはならなかった。何度も言うけど、あまりに力が大きすぎたから。
死んだ彼女は、逆に霊力が強まってしまったのよ。肉体という枷を失い、魂が剥き出しになったから。
だから幽霊じゃなくて、神様みたいな存在。ゆえに神獣なのよ。」
「・・・・・・・・・。」
俺は社務所を見上げ、あの神主のことを思い出す。
《人間っぽくはない雰囲気だったけど、まさか神様だったなんて・・・・・。》
しょっちゅう稲荷や化け猫と接してるもんだから、なんとなく似た雰囲気を感じていた。
でもまさか神獣とは・・・・。それもマイちゃんと同じ化けタヌキで、しかも幻獣。
「彼女はあらゆる動物の味方なの。それが普通の動物であれ、霊獣であれね。
だからこの神社に助けを求めに来た動物には、その手を差し伸べる。
例え意地の悪い化け猫であっても。」
そう言って、アイツが封じられた社を睨む。
「どうしてあの神主が、もう一人の私に手を貸したのか?それはアイツが猫だから。」
「同じ動物だから、手を貸したのか・・・・。でもそのせいで春奈ちゃんは・・・・、」
「危険な目に遭った。」
「・・・・なら人間にとっては敵ってことなのか?」
「敵とまではいかない。けど必ずしも味方ではないわ。
だって彼女を殺したのは人間だし、それに住処の山だって密猟者に荒らされることもあったから。」
「なら動物の為の、動物の神様ってわけか・・・・・。」
この国には色んな神様がいるから、そういう神様がいたっておかしくない。
でもやっぱり影のたまきに手を貸すなんて・・・・・。
「あの神主、本当にアイツの味方だったのかな?」
「どうして?」
「確かにあの神主は、影のたまきに手を貸していた。
春奈ちゃんを鍛えて、その霊力を開花させようとしていた。
でも最終的には、アイツをそこの社に閉じ込めた。だったら・・・・、」
「それは私がお願いしたから。」
「お願い?」
「アイツは私の分身みたいなもの、本物は私の方なのよ。」
「なら本物の方の頼みを聞いて、ここに閉じ込めたと。」
「そうよ。でもただ閉じ込めるのは可愛そうだから、この社の祭神にしてあげた。
まあ納得はしてないでしょうけど・・・・。」
「でもこの社には、別の祭神がいたんじゃないのか?だったら・・・・、」
「それは心配ない。だってその祭神が神主だから。」
「・・・・えええええ!自分を祀る神社で、自分が神主をやってんのか!?」
「別におかしなことじゃないわよ。私の神社だってそうだし。」
「ああ、猫神神社か・・・・。そういえばお前も神主だったよな。」
「まあね。でも今はそんなのどうでもいいの。
問題はもう一人の私をどうするかってことよ。
今は社に閉じ込めてるけど、ずっとこのままってわけにはいかないわ。
だから・・・・もう一度私の中に戻す必要がある。」
急に険しい顔になって、迫力が増す。
俺はその気迫に圧倒されて、ゴクリと息を飲んだ。
「でも強引に戻すわけにはいかない。そんなことをすれば、アイツは私の中で憎しみを増すだけ。
そうなったら、私自身がアイツみたいな悪者になっちゃうかもしれないわ。」
「そりゃダメだよ!お前のパワーで暴れられたら、それこそ大変なことになる。」
「そうね・・・・。そこでアンタにお願いがあるのよ。」
たまきはギラっと目を光らせる。
これは・・・・なんだか悪い予感。
「悠一、アンタに仕事を依頼するわ。」
「は・・・・はい?」
「私ともう一人の私を、元に戻して。」
「はいいいいいい!?」
いきなりとんでもない依頼をされて、「いやいやいや!」と首を振った。
「そんなの無理だって!」
「どうして?」
「どうしてって・・・・だって俺はただの人間だぞ?ただ動物と喋れるってだけの・・・・、」
「そんな人間滅多にいないわよ。」
「でもなあ・・・・俺は霊力があるわけじゃないし・・・・、」
「いらないわそんなの。」
「そ、そうなの・・・・・?」
「必要だけどね。」
「どっちなんだよ・・・・。」
「別にアンタが霊力を持ってなくてもいい。ただ・・・・それを持った者が傍にいれば。」
不敵に微笑みながら、俺の後ろに手を向ける。
すると・・・・・、
「ぬおわあああああ!!」
俺の後ろにあの神主が立っていた。
この前と同じように、幽霊みたいな顔で。
「ど、どうも・・・・こんばんわ。」
頭を下げると、小さく会釈を返してきた。
たまきは神主の肩を叩き、ニコっと微笑んだ。
「霊力がないなら、持ってる者に助けてもらえばいいのよ。」
「・・・・え?いや、まさか・・・・、」
「パートナー・・・・必要でしょ?」
「・・・・・・・・・。」
必要でしょ?って言われても、そうですねと頷けない。
だって・・・・だって・・・・嫌だもん!幽霊みたいなパートナーなんて!
「あら、嫌そうな顔。」
「あ、う・・・・嫌っていうか・・・・なんていうか・・・・、」
「大丈夫よ、強力なパートナーがいれば、きっと依頼を果たせる。」
「いやいやいや・・・・そういう問題じゃなくてさ・・・・、」
「ならどういう問題?もしかして・・・・私の頼みは引き受けたくないとか?」
「違うよ!お前には散々世話になったんだし、依頼なんていくらでも引き受けるよ!」
「ならいいじゃない。」
「い、いいの・・・・かな?」
戸惑う俺、微笑むたまき。
すると神主が「これを・・・」と何かを差し出した。
「ん?なんですか・・・・?」
「手紙です。」
「手紙・・・・?」
「この手紙を持って、岡山へ行って下さい。」
「岡山・・・?」
「これを彼に渡して下さい。そうすれば、あの子はまたあなたと一緒にいられるはず。」
手紙を渡され、「お願いします」と見つめられる。
「あの、彼に渡すって・・・・いったいどの彼で?」
「モズクです。」
「は?」
「化けタヌキの聖獣モズク。」
「も、モズクさんに!?」
俺は手紙を睨み、「どうしてあの人に?」と尋ねた。
「夫なんです。」
「へ?」
「妻からの手紙なら、彼も許しを出すしかない。あの子を再びこの世界へ戻すことを。」
「あ、あの・・・・もしかしてあなたは・・・・、」
手紙を握りしめ、震える声で尋ねる。
「たまきさんから聞きました。あの子が婚約したと。」
「・・・・・・・・・。」
「それを聞いた時、嬉しく思いました。あの子にもそういう相手が見つかったんだなと。
でもお相手の殿方がどういう方なのか、不安もありました。
けど・・・・こうしてお会いして、それもなくなりました。」
幽霊みたいな顔が、柔らかい笑顔に変わる。
「たまきさんから聞いた通り、優しくて動物想いな方でした。これなら安心して娘を預けられます。」
「あ、あのう・・・・・、」
「マイのこと、どうかよろしくお願いします。」
目を閉じ、深々と頭を下げる。
俺は瞬きさえ忘れ、神主を見つめた。
《この人が・・・マイちゃんのお母さん。》
思考が吹き飛び、頭が真っ白になる。
手紙を握りしめたまま、石のように固まっていた。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十二話 雪の思い出(3)

  • 2017.06.16 Friday
  • 09:17

JUGEMテーマ:自作小説

イヴの朝、景色は真っ白だった。
一晩中降り続いた雪が、どんなイルミネーションよりも街を彩る。
「ホワイトクリスマスだな。」
肩にとまったチュウベエが言う。
「きっと今日は捗るぜ。」
「なにが捗るんだよ?」
「恋人たちの交尾。」
「もうちょっと別の言い方をしてくれないか・・・・。」
ザクザクと雪を踏みしめながら、タイヤ屋に向かう。
いつものように、作業をしている音が聴こえた。
タイヤの山を抜け、作業場に向かう。
おじさんは「モタモタするな!」と怒鳴って、厳しい目で仕事に取り組んでいた。
「おはようございます。」
「またアンタか。」
嫌そうな顔をするけど、心なしか表情は柔らかい。
「なんか嬉しそうですね。良い事でもありましたか?」
「ちょっとな。」
「今日は雪ですね、これだけ積もるなんて珍しい。」
「昔はしょっちゅう積もってたよ。娘と二人で雪だるま作ったりしてな。」
「それは楽しそうですね。」
「昔の話だ。今じゃなんにも言わずに家を出るような奴になっちまって・・・・・。
ようやく帰って来たかと思えば、貝みたいに塞ぎ込んでやがる。いったい何考えてんだか・・・・。」
心配そうな口調で言うけど、表情は柔らかい。
どこかホッとしているような、優しい目だった。
「今日も春風ちゃんいます?」
「いつものとこにいるよ。」
「それじゃちょっとお邪魔させてもらいます。」
作業場を抜け、庭に向かう。
「おい兄ちゃん。」
「はい?」
「今日は娘もいるんだ。」
「そうなんですか?」
「アイツも猫好きでな。」
「なら俺と同じだ。」
「やけに落ち込んでるから、猫の話でもして気を紛らわしてやってくれ。」
「ええ。」
「ああ、でも手え出すんじゃねえぞ。俺の可愛い一人娘だからな。」
そう言って怖い顔をする。
俺はニコリと頷き、庭に向かった。
「お、いたいた。」
いつものベンチに、春風ちゃんが座っている。
その隣には春奈ちゃんがいた。
「おはよう。」
手を振ると、「悠一さん!」と春風ちゃんが走って来た。
「戻って来た!春奈ちゃん戻って来たよ!」
「ああ。」
「でもすごく落ち込んでるの。悲しい顔してる・・・・。」
そう言って春奈ちゃんを振り返る。
「昨日の夜に帰って来てから、ずっとあんな感じ。いったい何があったの?」
「んん〜っと・・・まあ色々と。」
「教えてよ。悠一さんが見つけてきてくれたんでしょ?」
「そうだけど、ちょっと色々と複雑なんだ。」
春風ちゃんを抱え、春奈ちゃんの傍に行く。
「おはよう。」
「どうも・・・・。」
「隣、座ってもいい?」
「どうぞ・・・・。」
俺はベンチの雪を払い、隣に腰掛ける。
春奈ちゃんは死人みたいな顔で、じっと前を睨んでいた。
「綺麗だね、真っ白に輝いてる。」
「・・・・・・・・・。」
「春風ちゃんを拾った時も雪が降ってたんでしょ?」
「あの時は積もってなかったから・・・・。」
「でも君が帰って来て喜んでる。な?」
春風ちゃんに顔を向けると、ニコっと頷いた。
「でもそんな暗い顔してちゃ、春風ちゃんは心の底から喜べない。」
「・・・・・・・・・。」
「せっかくのホワイトクリスマスなんだから、もっと楽しそうにしないと。」
そう言いながら、彼女の手に春風ちゃんを預けた。
春奈ちゃんは少しだけ視線を下ろし、頭を撫でる。
その次に喉を撫でて、慣れた手つきであやした。
春風ちゃんはゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそうにしている。
「まあその・・・・昨日の今日だから、元気は出ないだろうけどさ。」
「・・・・・・・・・。」
また前を睨み、機械のように春風ちゃんを撫で続ける。
「怖かったね、昨日のこと。」
「・・・・・・・・。」
「ほんとなら、あんな目に遭う前に止めるべきだった。
でも君って頭良いからさ、こんなみすぼらしいアラサーのおじさんじゃ、ぜんぜん敵わなかったよ。
簡単に言いくるめられて、情けないったらありゃしない。」
「・・・・・・・・・。」
「俺ももうちょっと勉強しとくんだったな。そうすりゃもうちょっと仕事が出来るようになって、もうちょっと稼げるようになって・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
前を睨んだまま、何も答えない。
きっと彼女の頭には、直虎のことしかないのだ。
「今日ね、九女御霊神社に行ってきたんだ。」
そう言うと、初めて俺の方を見た。
「直虎に会ってたんですか・・・・?」
「いや、直虎なんて奴は存在しない。」
「え・・・・?」
「あれは悪い奴が化けてたのさ。君を利用する為にね。」
「利用?」
春奈ちゃんの表情が曇る。
俺は雪景色を見つめながら続けた。
「直虎の正体は、化け猫のたまきって奴だ。」
「そんな!だってそいつは直虎に怪我を負わせた悪い奴で・・・・、」
「違う。あれは自作自演なんだ。」
「じ、自作・・・・、」
「君の気を引く為に、自分で自分を傷つけたんだよ。」
「なんでそんなこと・・・・・、」
ますます表情が曇って、眉間に皺が寄る。
そんな顔を見て、春風ちゃんも表情を硬くした。
「たまきはね、ある奴に復讐を誓ってるんだ。
けどそいつはもの凄く強くて、普通に戦っても勝てない。
そこでこんなことを思いついたんだ。
霊力の強い人間を乗っ取って、そいつを武器に戦おうと。」
「乗っ取るって・・・・まさか私を?」
「そう、君を。」
「でも私には霊力なんて・・・・・、」
「あるんだと。化け猫が言うには、君は大きな力を秘めているらしい。
けどそれを開花させるには修行が必要なんだ。
だから君を騙し、神社で修行させようとした。」
「いや、ちょっと待って下さい。何言ってるのか全然・・・・、」
「だろうね。でもとりあえず最後まで聞いてほしい。」
春奈ちゃんは頭を抱える。
難しい問題を解くかのように、じっと一点を見つめながら。
「まず君には大きな霊力があって、しかもそれに加えて大の猫好きだ。
それにちょっとばかし、ファンタジーなことを夢見てる。」
「・・・・・・・・・。」
「今まで良い子を演じてきてから、おのずと楽しいことからは遠ざかっていた。
だから心のどこかで、今までの不自由を取り返すくらいのことを望んでた。
そしてそんな君に目を付けた奴がいる。それが・・・・たまきだ。」
「・・・・・・・・。」
「聞くのしんどいかな?」
「・・・・いや、続けて下さい。」
振り絞るような声で行って、ますます眉間に皺が寄る。
「たまきはチャンスを窺っていたんだ。君を騙すチャンスを。
そして君が東京へ面接に行った日、これはチャンスだと思った。
面接の帰りに、偶然を装って君の前に現れる。
猫好きな君は、傷ついたその猫を放っておくことが出来なかった。
だから病院へ連れて行った。
翌日、その猫は君の前に現れた。
目の前で人間に化けて見せて、礼だけ言って去ろうとした。
でも君はそいつが気になって仕方ない。だから連絡先を渡した。」
「・・・・・・・・・・。」
「しばらく君は呆然とする。
信じられないことが目の前で起きて、ほとんどパニックだっただろう。
誰かに話したいと思うけど、でも絶対に信じてもらえない。
だから一人でその出来事を抱えたまま、その猫から連絡が来るのを待った。
でもなかなか連絡は来なくて、もう諦めかけた。
そんな矢先、ようやく電話がかかってきた。
君は飛び上がるほど嬉しかったはずだ。
だって日が経つにつれて、あの日の出来事が、胸の中で膨らんでいたはずだから。
東京へ面接に行った帰りに、化け猫と会うなんて・・・・・。
こんなファンタジーは出来事はないからね。」
ますます眉間に皺が寄り、般若みたいな顔になっている。
春風ちゃんが心配そうに見つめた。
「待ちに待った化け猫からの電話。
しかもその内容は、『私と一緒に戦ってほしい』ときた。
君は素晴らしい魂の持ち主で、きっと私の力になってくれるはずだと。
それを聞いた君は、これは運命だと感じた。
この化け猫に会ったのは偶然なんかじゃなくて、神様が与えてくれた運命だと。
だから君はすぐに頷いた。『私も一緒に戦う』と。
でも戦うっていったって、何をどうすればいいのか分からない。
力になりたいって気持ちはあっても、化け猫と戦える力はない。
そこで直虎はこう言った。
九女御霊神社に行って、巫女になれと。君にはその素質があるからと。」
「・・・・・・・・・。」
「君は嬉しかったはずだよ。頑張れば直虎の力になれるんだって。
そして言われた通り、君は神社に行った。
そこで神主と会い、巫女として修行を始めることになった。
やがて直虎もやって来て、君と一緒に暮らすようになった。神主の家でね。
君は住み込みで修行に取り組み、やがてその道を目指したいと思うようになった。
東京へなんか行かずに、立派な神主になろうと。」
「有川さん・・・・・、」
「ん?」
「そんなの全部知ってます・・・・。」
「うん。」
「だって私が実際に体験したことだから・・・・、」
「そうだね。」
「でもそれをわざわざ話すってことは・・・・、」
春奈ちゃんは顔を上げる。
眉間に皺が寄って、目が赤くなっている。
グッと唇を噛み、悔しさを押し殺す表情をしていた。
「全部・・・筋書きなんですね。たまきって化け猫の・・・・・。」
「ああ。」
「直虎なんていなくて、私は悪い化け猫に騙されてただけなんですね・・・・・。」
ポロっと涙がこぼれて、まっすぐに俺を睨む。
「あのまま行けば、君は数年後には神主になってたはずだよ。
真面目で努力家で、これと決めたら絶対に諦めない。
それに何より、直虎の力になってあげたいって気持ちがある。
きっと夢を実現させてたはずさ。」
「でも・・・もしそうなったら・・・・、」
「うん、もし本当に神主になってたら、君はもっと酷い目に遭ってたはずだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「修行を積み、経験も積み、立派な神主になって、霊力を開花させてただろう。
その時、たまきは君を乗っ取るつもりだったんだ。
自分の力と、君の力。二つ合わせれば、力は何倍にも上がるそうだから。
そしてその力でもって、憎き敵に復讐を果たすつもりだった。
そうなればたまきは喜ぶけど、君は辛い思いをする。
化け猫に身体を乗っ取られて、無事でいられるわけがないからね。
ましてや戦いの道具にされるんだから、最悪は・・・・・。」
その先は言うのをためらい、口を噤んだ。
「ほとんどたまきの思い通りに事が進んだ。
君を騙すこと、巫女として修行させること。
けど・・・・一つだけ予想外のことが起きた。」
「予想外のこと・・・?」
俺は彼女の抱いている猫を指差した。
「春風ちゃんが、俺に依頼をしてきた。たまたまそこの土手で出会ってね。その結果何が起きたか?」
「・・・・どうなったんですか?」
「もう一人のたまきが出てきたんだよ。」
「もう一人の・・・・・?」
「君も見ただろう?たまきが二人いるのを。」
「はい・・・・。なんで二人もいるんだろうって、すごく不思議で・・・・、」
「実はね、もう一人のたまきは俺の味方なんだよ。」
「え?」
「詳しいことは言えないけど、でもずっと昔からの友達・・・・・いや、違うな。師匠みたいなもんだ。」
「師匠・・・・?」
「アイツがいなきゃ俺の人生はなかった。それくらいにお世話になったんだよ。」
「恩師みたいな感じですか・・・・・?」
「まあそんなもん。それでね、アイツは突然俺の前から姿を消したんだ。
去年の夏が終わる頃、お別れも言わずにさ。
でも意外と近くにいたんだよ。どこだか分かる?」
「さあ・・・・?」
真っ赤な目で瞬きしながら、小さく首を傾げる。
「大学。」
「え?」
「君の通ってる大学にいたんだよ。」
「まさか・・・・。だってあんな人どこにも・・・・、」
「売店のおばちゃん。」
「ば・・・・売店?」
「猫缶が大好きなおばちゃんがいるでしょ?あれがそうなんだよ。」
「・・・・・マジ?」
信じられないという風に目を見開く。
まあそうなるだろう。まさか自分の通ってる大学に、化け猫がいるとは思うまい。
「俺もビックリしたよ。まさかあんな所にいたなんて。」
「・・・・・・・・。」
「でもそれは向こうも同じだったらしい。俺がやって来て『なんでこの子がここに?』って、首を捻りそうになったって。
でもすぐに納得した。だって俺、おばちゃんに君のこと尋ねたからね。この子を捜してるんだって。
そうしたら、『ああ、今はそういう仕事をしてるのか』って納得したんだ。」
「なんか・・・・すいません。よく分からなくなってきた・・・・。」
「いいよいいよ、こっちの話だから。
でも重要なのはその後。アイツね、売店から出た後、俺のこと尾けてたんだよ。
なんか心配になったらしくてさ。」
「心配?」
「だって君、直虎に化けたたまきを連れて、売店に行ったでしょ?」
「はい・・・・・。」
「あの時ね、すぐに見抜いたんだって。『もう一人の自分が・・・・』って。
そいつが悪い化け猫だってことは、もう一人のたまきも知ってる。
でもって俺は、その悪い奴を捜していた。
だからちょっと心配になったらしいんだよ。またロクでもない事に関わってるんじゃないかって。
だから俺のことを尾けた。
でも俺を尾けるのに気を取られて、つい気配を隠すのが疎かになってたみたいでね。」
「疎かって・・・・なら有川さんに気づかれたってことですか?」
「違う違う。いくら疎かになったからって、さすがに俺に気づかれるほど鈍臭くないよ。
気づかれれたのは直虎。もう一人の自分にだよ。」
「・・・・・・?」
「ええっと・・・なんていうかな。人間に化ける術ってね、上手くやれば同族同士でも気づかれないみたいなんだ。」
「そうなんですか?」
「アイツは化け猫っていっても神様みたいなもんでね。格下の目を欺くなんて簡単なんだ。
でもって逆に、もう一人のたまきはすぐに見抜かれた。いくら人間の男に化けても、もう一人のたまきにはすぐに分かったそうだよ。」
「・・・・化け猫にもレベルがあるってことですね?」
「まあそんな感じ。だから直虎の方は気づかなかった。
でもさ、俺を尾けてる時、つい油断しちゃったらしいんだよね。
するとそこへ、直虎に化けたたまきがやって来た。」
「直虎は外で待ってたんです。就職の辞退を伝えに行くだけだから、ちょっとそ辺で待っててって。
でも有川さんと話をしてたから、戻りが遅くなっちゃって。」
「だから大学の中へ入って来た。そこでもう一人の自分と出くわしたってわけ。
直虎に化けたたまきの方は、もう一人の自分を見た瞬間に怒りに燃えたんだ。
その殺気に気づいて、俺の味方のたまきもすぐに身構えたってわけ。
二人は睨み合い、まさに一触即発の状態。そこへ喫茶店から君が出てきて・・・・、」
「ああ!それで私を人質に・・・・、」
「そういうこと。俺があの場所にいたからそんなことになっちゃったんだ。
じゃなきゃたまきがあんなヘマするわけないからね。」
「じゃあ・・・有川さんがもしいなかったら・・・、」
「君はあんな危険なことにはならなかった。でもその代わり、もう一人のたまきの筋書き通りに進むことになる。
君は神主になり、そして身体を乗っ取られる。
そうならずにすんだのは、この子が依頼してくれたおかげさ。」
そう言ってツンツンと春風ちゃんをつついた。
「あの時、そこの土手でこの猫と出会ってなければ、春奈ちゃんを捜すことはなかった。
だから全部この子のおかげなんだよ。」
春風ちゃんはキョトンと首を傾げる。
なんのことかよく分かってないんだろう。
でも一つだけよく理解していることがあった。
「さっきからたまきって名前が出てくるけど、それって猫神のたまき様のこと?」
「そうだよ。」
「ほら!やっぱりたまき様が引き合わせてくれたのよ。私と悠一さんを!」
嬉しそうに尻尾を振り、「感謝しなきゃ!」と笑った。
「たまき様のおかげで、春奈ちゃんは戻ってきたんだから。ね?」
その言葉を通訳すると「・・・・春風」と涙ぐんだ。
ギュッと抱きしめ、「ごめんね」と呟く。
「もうすぐクリスマスなのに、勝手に出て行っちゃって・・・・。」
「いいの。だってこうして戻って来てくれたもん!」
ニコニコと笑いながら「一緒にケーキ食べようね」と言った。
「お父さんが作ったやつ。」
それも訳してあげると、涙を拭きながら頷いた。
「何年経っても上手くならないけどね。絶対にどこか焦げてる。」
「でもそれがいいんじゃない。お父さんの手作りだって感じがして。」
「そうだね・・・・一生懸命作ってくれてるもんね。」
今年のクリスマスも、春奈ちゃんと春風ちゃんは一緒に過ごせる。
俺は依頼を果たすことができてホッとした。
「有川さん。」
春奈ちゃんが険しい顔で尋ねる。
「まだ・・・・色々と納得できないことがあります。聞きたいこともたくさんあるし。」
「だろうね。」
「でもやめておきます。だって有川さんの言う通り、こんな事に首を突っ込むんじゃなかったって・・・後悔してるから。」
「それがいい。化け猫の喧嘩に巻き込まれるなんて、どう転んでもロクなことにはならないから。」
ポンと肩を叩き、ベンチから立ち上がる。
「時間が経てば、『そういえばあんな事もあったなあ』って思い出に変わるよ。」
「そうですね・・・・。すぐには無理だけど、でもいつかそうなったらいいな・・・・。」
辛そうな表情は相変わらずだけど、景色を見るその目は、少しだけ希望を灯していた。
俺は春風ちゃんの鼻をつつき「楽しいクリスマスを過ごせよ」と言った。
「ありがとう悠一さん!今年もみんなでケーキが食べられる。」
嬉しそうに尻尾を振りながら、「ね!」と春奈ちゃんを見上げている。
「じゃあ俺はこれで。これからも仲良くな。」
「悠一さん!また会いに来てね!」
「うん、また。」
頷きながら、庭を後にする。
「あ、有川さん!」
「はい?」
「その・・・・タダでいいんですか?」
「え?」
「だってお仕事なんでしょ?」
「ああ・・・そうねえ・・・・。」
「私、ちょっとくらいなら払えますけど。」
そう言って財布を取り出す。
「いやいや、いいよ。これは春風ちゃんからの依頼だから。」
「でもタダ働きになっちゃいますよ?」
「こういうこともあるから。」
「・・・・いえ、払わせて下さい。じゃないと私が納得できないから。」
真剣な顔で睨む春奈ちゃん。
まさに真面目一徹、昭和の職人みたいな表情だ。
「ねえ、ほんとに辞退しちゃの?」
「はい?」
「だから就職。せっかく第一志望の所に決まったんでしょ?」
「それは・・・・、」
「まだ大学の先生に伝えただけなんでしょ?」
「はい・・・・。」
「ならまだ行けるじゃない。」
「でも今さら取り消すなんて・・・・、」
「俺は絶対に行った方がいいと思うな。だって向いてそうだもん、飛行機のエンジニア。」
「そ、そうですか・・・・?」
「だってエンジニアって職人の世界でしょ?
なら真面目で努力家で、途中で諦めたりしない春奈ちゃんにはピッタリだと思うけどな。」
「それ、よく言われます。でもそういう風に言われるのって好きじゃないから・・・・、」
「自分が良い子を演じてきたから?」
「そうです。ほんとはみんなと同じように、素直に喜んだりはしゃいだりしたいなって・・・・。」
「その気持ちは分かる。でも今の春奈ちゃんが、本当の春奈ちゃんじゃないかな?」
「・・・・どういうことですか?」
「別に良い子を演じてなくても、きっと今の性格に育ってたってこと。」
「そう・・・・ですかね?」
不満そうに眉を寄せて、唇を尖らせる。
俺はクスっと笑って、作業場を指さした。
「君のお父さんだって職人だもん。その背中を見て育ってきたんだから、きっとどう転んでも今みたいな感じになってるはずだよ。」
「お父さん・・・・。」
「父と娘は似るっていうし、歳取ったらあんな風になるかもよ。」
作業場からは「何やってんだ!」とか「手え抜くな!」とか、大きな声が飛んでくる。
人には厳しいけど、それ以上に自分に厳しい人だ。
だっていつ来たって、一番熱心に仕事をしているから。
「まさに頑固一徹の職人って感じだ。あれ、おばさんになった時の春奈ちゃんかもよ?」
そう言うと、ムスッと頬を膨らませた。
「それ、なんかすごく腹立つんですけど。」
「あ、嫌だった?」
「嫌っていうか・・・・女の人に言うセリフじゃないですよ。」
「でもその割りには嬉しそうな顔してるけど。」
「・・・・お父さんのことは尊敬してますから。だからまあ・・・・嫌だけど、嫌じゃないっていうか・・・・。」
作業場を見つめながらはにかむ。
「私・・・考えてみます。やっぱり飛行機のエンジニアになろうか。」
「それがいい。神社でお祈りを捧げてるより、スパナ持って機械いじってる方が似合いそうだもん。」
「それって褒めてるんですか?」
「もちろん。」
肩を竦めながら、「それじゃ」と手を振る。
「もう絶対にしょうもないことに関わっちゃダメだよ。」
「はい!ありがとうございました。」
足を揃え、礼儀正しく頭を下げる。
うん、やっぱりこういう方が似合ってる。
「悠一さん!春奈ちゃんを見つけてくれてありがとう!」
春風ちゃんも尻尾を振る。
「良いクリスマス過ごせよ!」
手を振りながら、庭を後にする。
作業場に出ると、おじさんは相変わらず熱心に仕事をしていた。
冬だというのに、たっぷり汗を掻いている。
「それじゃ帰ります。」
頭を下げると「おう」と手を挙げた。
「今までありがとうございました。」
「なんだ?もう来ないのか?」
「ええ。」
「そうか。なら・・・・ありがとよ。」
「え?」
「多分アンタだろ?春奈を連れ戻してきたのは。」
「ええっと・・・・ワタクシめは何も・・・・、」
「車の調子が悪くなったら持って来いよ。サービスしてやるから。」
軽く手を挙げ、仕事に戻って行く。
「・・・・気づいてたのか。」
俺はもう一度頭を下げて、タイヤ屋を後にした。
「ありゃ、雲ってる・・・・。」
大きな雲が覆って、陽射しが阻まれている。
そしてちらほらと雪が降ってきた。
「また雪か。この分じゃまた積もりそうだな。」
道を渡り、車を停めてあるドラッグストアに向かう。
エンジンを掛ける、暖房を入れ、「おお寒・・・」と手をさすった。
するとチュウベエが「ヤバイ・・・」と呟いた。
「ん?どうした?」
「腹が・・・・、」
「え?」
「昨日・・・・ミミズを食い過ぎたせいで・・・・、」
「おい、まさか・・・・、」
ヤバそうな顔をしながら、俺の頭にとまる。
「悠一・・・・俺も降りそうだ。下痢という名の雪が・・・・、」
「NOおおおおおお!!」
今日、車の中に雪が降った・・・・。
決して降ってほしくない雪が・・・・。
「ふう・・・・スッキリした。」
「お、お前えええええええ!なんてことすんだ!!」
「いや、我慢できなかったもんでつい。」
「だったらなんで頭にとまる!?」
「これからのお前の人生に、運が付くようにと思ってだな・・・・、」
「いらねえよ!」
「でも最近呪われてるって言ってたから。」
「だったら尚更こんな事すんな!こんなもん・・・これだって呪いじゃねえか・・・・。」
「まあまあ、そう怒るな。依頼は解決したんだし、上手いもんでも食いに行こうぜ。」
「帰ったら焼鳥にしてやる!」
ゴシゴシと頭を拭って、車を走らせて行く。
雪はシンシンと降り続け、もっともっと街を白く染めていく。
雪の日の思い出・・・・。俺には最悪なモンが降ったけど、春奈ちゃんと春風ちゃんには良いクリスマスを過ごしてほしい。
お父さんの作ったケーキを食べながら。

 

 

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十一話 雪の思い出(2)

  • 2017.06.15 Thursday
  • 11:36

JUGEMテーマ:自作小説

クリスマスイヴの前夜、色とりどりのイルミネーションがキャンパスを彩っている。
学生たちは群がり、悲鳴にも近い声で騒いでいた。
だがそれはクリスマスが近いからではない。
この大学に、人間ではない奴らが現れたからだ。
「すいません!ちょっと通して!」
学生の群れをかき分け、キャンパスの中央に出る。
「・・・・・たまき。」
チュウベエの言う通り、たまきが来ていた。
黒い着物に身を包み、鋭い眼光を飛ばしている。
その視線の先には・・・・、
「あれは・・・、」
若手俳優みたいなイケメンが、たまきと向かい合っている。
そしてその手には・・・・、
「春奈ちゃん!」
男は春奈ちゃんを抱えていた。
首に腕を回し、ナイフのような爪を向けている。
「クソ!だから言わんこっちゃない!」
化け猫同士の戦いに関わるなるから、こんな目に遭う。
「悠一!」
チュウベエが飛んできて、「な?」と目を向ける。
「面白いことになっただろ?」
「どこが!?春奈ちゃんが危ない目に遭ってるじゃないか!」
「あの男、いきなり春奈を捕まえてさ。その後にたまきが出てきて、じっと睨み合ってるんだよ。」
「クソ・・・・下手に動けば春奈ちゃんが危ないな・・・。けどこのままじゃどうなるか・・・・、」
そう言いかけて、あれ?と思った。
「なんであの男が春奈ちゃんを人質に取ってるんだ?」
若手俳優みたいなイケメン、それは売店のおばちゃんが言っていた男とそっくりだ。
ならアイツが直虎って化け猫なんだろうけど・・・・・、
「アイツは春奈ちゃんの仲間じゃないのか?どうしてあんな危険な目に遭わせて・・・・、」
「なあ悠一。」
「なんだ?」
「変だと思わないか?」
「何が?」
「だってこんな事件が起こってるのに、誰も通報しようとしない。」
「そう言われれば確かに・・・・・、」
学生たちは興味津々に見ている。
春奈ちゃんが怪しい男に捕まっているというのに、誰も警察を呼ぼうとしない。
それどころか、むしろ楽しんでいるようだった。
「どうなってんだ?」
傍にいた学生を捕まえ、「なんで見てるだけなんだ?」と尋ねた。
「こんな危ない事になってるのに、通報の一つくらいしようとか思わないのか?」
そう尋ねると、「だって・・・」と肩を竦めた。
「本物の事件じゃないし。」
「え?」
「今日ここでイベントがあるんだよ。」
「イベント?」
「毎年やるんだよ、学部ごとに交代でさ。
卒業の決まった四回生が、何でもいいから催し物をやるわけ。
漫才とか歌とか、それに手品とか演劇とか。」
「なら・・・・これもイベントだと?」
「だってあの捕まってる女の人、工業科の人でしょ?今年は工業科がやることになってるから、劇でもやってんのかなって。」
「・・・・・・・・。」
俺は周りを見渡した。
するとさっきよりも学生が集まって、楽しそうに見つめていた。
ワイワイと喋ったり、写真を撮ったり。
「悠一、どうする?警察呼ぶか?」
「いや・・・・警察なんか呼んだところで、奴らは捕まえられない。
それどころか、余計に春奈ちゃんを危険に晒してしまうだけだ。」
睨み合うたまきと直虎。
二人の殺気は尋常ではなく、見ている方にまで緊張が伝わってくる。
「・・・・チュウベエ、たまきの所へ行くぞ。」
「え?なんで?」
「協力してもらうんだ。」
「何を?」
「春奈ちゃんを助けるのをだよ。」
「いやいや、アイツが手を貸すはずないだろ。」
「いいや、貸すさ。見返りを与えればな。」
俺はたまきに近づいて行く。
《すごい殺気だな・・・・鳥肌が止まらん・・・・。》
ゴクリと息を飲み、ゆっくりと近づいて行く。
その時、たまきは突然こっちに手を向けた。
それ以上近づくなと警告するみたいに。
「・・・・たまき、取り引きしないか?」
笑顔を作り、なるべく柔らかい口調で尋ねる。
「なんでも見返りを聞いてやる。だからあの子を助けるのを手伝ってほしいんだ。」
そう言うと、たまきは「元々そのつもりよ」と答えた。
「え?」
「あの子は巫女の素質があるようね。鍛えればかなりのものになるでしょう。
だからこそ目を付けられたみたい。私を殺す道具とする為に。」
「な、なんだって・・・・?」
意味が分からず、首を傾げる。
「悠一、アンタは大きな誤解をしているわ。」
「誤解・・・・?」
「直虎はあの子の仲間なんかじゃない。」
「いや、でも・・・・春奈ちゃんは友達だって・・・・、」
「友達にあんなことするはずがないでしょ?」
「そうだけど・・・・でもアイツは春奈ちゃんに恩があるんだぞ。
お前にやられてボロボロになってたところを、彼女に助けてもらったんだから。
だから・・・・これには何か事情が・・・・、」
そう言いかけたとき、学生たちから悲鳴が上がった。
「うおおお!」
「なんだアレ!?」
直虎は白い煙に包まれていく。
そして・・・・・・、
「あ!」
次の瞬間、直虎は女に変わっていた。
黒い着物を着た、鋭い目をした女に。
「な、なんで・・・・・・?」
驚きで動けなくなる。
チュウベエも「どういうことだ!」と叫んだ。
「おい悠一!これって・・・・、」
「たまきが・・・・二人。」
俺は交互に二人のたまきを見つめた。
どっちもまったく同じ姿で、一卵性双生児みたいだ。
いや、それより似てる・・・・・っていうか、同一人物にしか見えない。
「・・・・・え?ちょっと待て、これってまさか・・・・、」
「そう、そのまさかよ。」
傍にいるたまきがニコリと微笑む。
「久しぶりね、悠一。」
そう微笑む顔は、とても懐かしく感じた。
いつでも山の麓の神社にいて、誰よりも勇気と自信を与えてくれたあの笑顔・・・・。
「たまき・・・・・。」
本物のたまきが目の前にいる。
突然姿を消して、二度と会えないかもしれないと思っていたあのたまきが・・・・、
「お、俺・・・・お前に会いたかったんだよ。だって何も言わずにいなくなるから・・・、」
じわっと視界が滲んで、何かに動かされるようにたまきに近づいて行った。
「感動の再会は後よ。今はやることがあるでしょ?」
「・・・・・ああ。春奈ちゃんを助けないと。」
目尻を拭い、もう一人のたまきを見つめる。
姿形は一緒だけど、身を纏う気配はまったく違う。
あっちのたまきからは、禍々しい殺気を感じた。
春奈ちゃんは真っ青な顔をしながら、「なんで?」と呟く。
「なんでこんな事するの・・・・?」
怯え切った表情で、影のたまきを見上げる。
「ねえ?なんでこんな酷いことをするの・・・・?」
そう言いながら、首元に当てられたナイフのような爪に怯える。
「どうしてこんなことするの?ていうか・・・・なんであの人と同じ姿になって・・・・、」
「黙ってなさい。」
「うぐえッ・・・・・、」
ギュッと首を絞められ、苦しそうにする。
「春奈ちゃん!」
駆け出そうとすると、「待ちなさい」と首根っこを掴まれた。
「ぐぎょッ・・・・・、」
「アイツの相手は私がする。」
「た、たまき・・・・。」
「あんたはその隙にあの子をお願い。」
たまきはまっすぐ歩いて行く。
影のたまきはジリジリと後ずさり、怖い目で睨んだ。
「そこで止まれ。」
「・・・・・・・・・。」
「この子を殺すわよ。」
「・・・・・・・・・。」
「ほんとにやるわよ。」
「・・・・・・・・・。」
「チッ・・・・。」
小さく舌打ちをして、さらに下がっていく。
それを見た学生たちは、「おおおお!」と熱狂した。
「今年のやつはリアリティがあんな!」
「てかさっきのすごくない?煙が出た後に変身した。」
「工業科は金あるからなあ。プロのマジシャンでも雇ったかな。」
みんなただのイベントだと思って疑わない。
でもその方がいい。
下手に騒がれると、それこそ危険だから。
たまきはどんどん近づいて行って、突然消えた。
「おお!すげえ!」
「また手品!」
「やっぱプロでしょアレ!」
忽然と姿を消したたまきに、学生たちが興奮する。
でも俺は冷や汗でびっしょりだ。
《何か仕掛ける気だ・・・・・。》
影のたまきはキョロキョロと目玉を動かしている。
きっとたまきの気配を探ってるんだろう。
《たまきが何かを仕掛けた時がチャンスだ。》
息を飲み、いつでも飛びかかれるように構える。
チュウベエもググっとクチバシを食いしばった。
・・・・・・何も起きないまま時間が立つ。
緊張が増して、学生たちも静まる。
と、次の瞬間・・・・空から何かが振ってきた。
それはペチャペチャと音を立てながら、キャンパスに降り注ぐ。
俺の頭にも落ちてきて、ベチョっと視界を塞いだ。
「ぶわ!なんだこれ・・・・、」
柔らかくてドロっとしたものが、顔に張り付いている。
「悠一!」
「チュウベエ!大丈夫か!?」
「これ猫缶だ!」
「なに!?」
「この味と匂い、間違いない!」
そう言ってツンツンと俺の顔をつつく。
すると次の瞬間、学生たちが騒ぎ出した。
「おい!なんだアレ!?」
俺は猫缶を拭い、学生が指差す方を見た。
「あれは・・・・・猫?」
校舎の植え込みから、大量の猫が現れる。
十匹や二十匹じゃない。
もっとたくさんの猫が、まるでアリの大群のようにやって来た。
猫たちは地面に落ちた猫缶をがっつく。
学生たちの間にも割って入り、「うお!」とか「きゃあ!」と言いながら大混乱になる。
そして・・・・・、
「何よコイツら!?」
猫缶は影のたまきにも降り注いでいた。
黒い着物がベチョベチョになり、猫たちが群がってくる。
「どきなさいアンタたち!」
バッと手を振って、猫たちを振り払う。
しかし次から次へと現れて、そこらじゅう猫だらけになってしまった。
「くッ・・・・なんなのよコレは!?」
鬱蒼しそうに猫を睨む、影のたまき。
次々に群がってきて「ああもう!」と叫んだ。
「どきなさい!さもないと切り裂くわよ!」
そう言って鋭い爪を向ける。
しかしその時、一匹の猫が、影のたまきの後ろに現れた。
それは真っ白な毛をした、とても美しい猫だった。
影のたまきは気づかない。
群がってくる猫に気を取られて、背後から迫ってくる白猫に。
「どけって言ってんでしょ!」
爪を振り上げ、猫を切り裂こうとする。
だがその手が振り下ろされることはなかった。
なぜなら白猫から煙が上がって、その手を掴んだからだ。
「あッ・・・・しまっ・・・・・、」
「もう遅い。」
人間に戻ったたまきが、ガッチリと腕を掴む。
「ぐあッ・・・・・この馬鹿力が・・・・、」
本物のたまきの力は凄まじく、片腕一つで影のたまきを持ち上げた。
「悠一!」
「分かってる!」
俺は弾かれたように駆け出した。
「春奈ちゃん!」
手を伸ばし、彼女を掴もうとした。
「させるか!」
影のたまきはもう一本の腕を振ってくる。
しかしチュウベエが「とおりゃ!」と顔に体当たりした。
「ナイスだチュウベエ!」
春奈ちゃんの手を取り、影のたまきから引き離す。
「待て!そいつは渡さない!」
チュウベエを振り払い、クワっと目を見開く。
顔が猛獣のように変わって、全身から真っ白な毛が生えてきた。
《マズイ!デカい猫に化けるつもりだ!》
祠で遼斗さんと戦った時みたいに、恐ろしい怪物になろうとしている。
でも・・・・そうなる前に、たまきが強烈な一撃を叩き込んだ。
サッと手を振り上げて、側頭部にビンタをしたのだ。
衝突事故みたいにものすごい音が響いて、影のたまきは白目を剥く。
「ぐ・・・・あッ・・・・、」
ノックアウトされたボクサーのように、膝から崩れ落ちた。
仰向けに倒れ、ピクピクと痙攣している。
「うわあ・・・・・、」
「えげつねえ・・・・・、」
俺もチュウベエも、震えながら怯える。
あの恐ろしい影のたまきが、たった一発のビンタでKOされてしまった。
その後ろには、怖い顔をした本物が立っていた。
去年の夏、ダキニと戦った時みたいに、人を殺しそうな目で・・・・。
たまきは膝をつき、もう一人の自分に触れる。
顔は怖いままだけど、その目には哀れみのようなものがあった。
「あ、あの・・・・そいつは・・・・、」
「見れば分かるでしょ、完全にノックアウト。」
たまきはもう一人の自分を抱えて立ち上がる。
目に宿る哀れみは、さらに色を増していた。
「悠一。」
「え?あ・・・・はい!」
「後は任せるわ。」
背中を向け、どこかへ去って行く。
「お、おい!」
「明日、九女御霊神社に来て。」
そう言い残し、陽炎のようにゆらりと消え去った。
「おいたまき!」
何がなんだか分からず、たまきが消えた方を睨む。
すると春奈ちゃんが「なんなの・・・」と呟いた。
「なんで直虎が・・・・あの化け猫に・・・・・。なんで私を・・・・・、」
真っ青な顔をしながら、ブルブルと震えている。
「俺も分からない。けど・・・・君が助かったことだけは確かだよ。」
ポンと背中を叩き、ニコリと笑いかける。
「おおおおおおお!」
「すごかった!!」
「今年のはヤバイな!」
学生たちが一斉に拍手を送る。
俺は手を振り、「どうも!」と叫んだ。
「これにてマジックショーは終わりです!みなさんよいクリスマスを!」
チュウベエも気を利かせて、みんなを沸かすように飛び回った。
学生たちは満足してくれたようで、ワイワイと喋りながらキャンパスに散っていく。
そしてあれだけ集まっていた猫たちは、いつの間にか消えていた。
《何がどうなってるのか分からないけど、春奈ちゃんが無事でよかった。》
だから言ったのだ、化け猫の戦いになんか関わるべきじゃないって。
春奈ちゃんもそれを痛感したようで、すっかり怯え切っていた。
「大丈夫、もう大丈夫だから。」
ポンポンと背中を撫でて、大学を後にする。
振り返ったキャンパスには、猫缶の跡だけが残っていた。

 

 

 

     たまき(本物)

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十話 雪の思い出(1)

  • 2017.06.14 Wednesday
  • 08:48

JUGEMテーマ:自作小説
やんだはずの雪が、ちらほらと降り始める。
今朝の雪とは違って、小さな粒の粉雪だ。
一晩中降れば、朝には真っ白になっているだろう。
大学の中にある喫茶店で、俺は一人の学生と向かい合っていた。
名前は小鳥春奈。
依頼を受けて捜していた人だ。
「見つかってよかったです。これで春風ちゃんも喜ぶ。」
ズズッとコーヒーを啜りながら、窓の外を見つめた。
「雪の日に春風ちゃんを拾ってきたんですよね?」
そう尋ねると「はい」と頷いた。
「二年前のクリスマスです。あの時も雪が降ってました。
学校の帰り道で、震えてる猫を見つけたんです。
公園のベンチの下で、寒そうにしていました。」
「春風ちゃんは早く戻って来てほしいって言ってましたよ。
来年から春奈ちゃんが遠くへ行っちゃうから、今年は一緒にクリスマスを過ごしたいって。」
そう言うと、「あの・・・、」と顔を上げた。
「ほんとに動物と喋れるんですか?」
「ええ。」
「・・・・・・・。」
「信じる信じないは任せます。けど春風ちゃんから依頼を受けたのは本当のことです。」
「・・・・信じますよ。だって・・・・、」
目を伏せ、コーヒーの湯気を睨む。
「私だって、化け猫と友達だから。それこそ信じてもらえないかもしれないけど・・・・、」
「いえ、信じますよ。俺なんか化けタヌキと婚約してますからね。」
「ええええ!!」
「色々いるんですよ、信じられない生き物が。中にはお稲荷さんと結婚した人もいるし。」
「ホントですか・・・・?」
「ホントです。だから春奈ちゃんが化け猫と友達だったとしても、俺は驚かないですよ。」
またコーヒーをすすり、窓の外を見つめる。
この喫茶店へ来て一時間ほど、春奈ちゃんが家を出た理由を聞いた。
それはお父さんと喧嘩したからではなく、化け猫の友達を助ける為だった。
今年の夏ごろ、春奈ちゃんは面接の為に東京へ行った。
すでに幾つかの内定は貰っていたけど、第一志望は東京にある航空会社なのだ。
優秀な彼女は、後日にめでたくも内定を貰うことが出来た。
しかしその帰り道、ある出会いがあった。
泊まっていたビジネスホテルの植え込みから、ボロボロになった猫が出てきたのだ。
大きなキジトラの猫で、あちこちに怪我をしていた。
猫が好きな春奈ちゃんは、それを放っておけなかった。
だからすぐに病院に連れて行った。
幸い命に別状はなく、一日入院すれば大丈夫と言われた。
その日は猫を預け、ホテルに戻った。
すると翌朝、枕元に知らない男が立っていた。
春奈ちゃんは叫び、真っ青な顔で逃げようとした。
しかし男はサッと回り込んできた。
人間とは思えないほど素早い動きで。
そして『昨日はどうも』と頭を下げた。
『危ない所を助けてもらって感謝します。』
なんのことか分からず、引きつった顔で怯えた。
男はニコリと笑い、空中で一回転した。
『あ・・・・・、』
『私が誰だか分かってもらえましたか?』
男は猫に変わっていた。
昨日助けたキジトラの猫に。
驚き、口をパクパクさせる春奈ちゃんを見て、猫はクスっと笑った。
『私は化け猫の直虎といいます。もうじき猫神に昇格する予定です。』
『ね、猫神・・・・・?』
『実は昨日の朝、性質の悪い化け猫に襲われまして。必死に応戦したものの、ボロボロにやられてしまって・・・・・。』
『はあ・・・・。』
『あのままでは、私は死んでいたかもしれません。
あなたのおかげで命拾いしました。ありがとう。』
ペコッと頭を下げて、『では』と去ろうとした。
『ま、待って!』
『はい?』
『あの・・・・ホントに・・・・昨日の猫?』
『ええ。』
『・・・・・・・・。』
『医師の適切な治療により、すぐに回復しました。あなたが病院へ連れて行ってくれたおかげです。』
『いやいや・・・・・そういうことじゃなくて、その・・・・・、』
『信じられないのも無理はない。ですがほら・・・・私は化け猫なのですよ。』
そう言ってまた人間の男に化けた。
『・・・・・・・・・。』
『今は急ぎの身でして、何もお礼をすることが出来ません。時間が出来た時、改めてお伺いを。』
『だ、だからちょっと待って!』
春奈ちゃんは混乱していた。
化け猫なんて信じられない・・・・そう思ったけど、目の前で化けられては信じるしかない。
『あの・・・・これ私の連絡先です。』
電話番号をメモして、直虎に渡す。
『後からお伺いっていったって、私がどこに住んでるか分からないでしょ?』
『・・・・それはごもっとも。』
直虎は恥ずかしそうにメモを見つめた。
『もっと色々聞きたいけど、急いでるのを邪魔しちゃ悪いから・・・・・。
だから落ち着いたらまた連絡を下さい。』
『御意!』
武士のようにうなずき、まるで風のように去って行った。
春奈ちゃんはしばらく呆気に取られていた。
友達に電話しようかと思ったけど、信じてもらえるはずがない。
その日はホテルをチェックアウトしてから、動物病院へ向かった。
医者は昨日の猫に逃げられてしまったことを、申し訳なさそうに謝った。
春奈ちゃんは『いいんです』と首を振って、治療費を払った。
そして家に帰り、直虎から連絡が来るのを待った。
でも待てども待てども連絡は来ず、夏は終わり、秋も過ぎ、木枯らしの吹く冬になった。
『あの不思議な猫にもう一度会いたい。』
そんな思いを抱えながら、悶々とした日々を過ごしていた。
しかしいつまで経っても連絡はない。
もう会えないのか・・・・そう諦めかけていた矢先、連絡があった。
見たことのない番号、いつもなら出ないが、もしやと思った。
『もしもし・・・・?』
『もしもし?あの時助けていただいた化け猫です。』
『直虎!』
飛び上がりそうなほど嬉しくなって、『久しぶり!』と叫んだ。
『いつ連絡が来るんだろうってずっと待ってた!あれからどう?元気にしてる?また怪我とかしてない?』
『おかげさまで。』
明るい声が返ってくる。でもすぐに暗い声に変わった。
『実はトラブルがありまして・・・・、』
『トラブル?』
『あの時私を襲った化け猫・・・・どうやらあなたの住んでいる街にいるようなのです。』
『ええええ!!』
『たまきという名前で、真っ白な猫です。人間に化けている時は、黒い着物を着ています。見たことはありませんか?』
『直虎以外に化け猫なんて見たことないよ・・・・。』
『奴は危険です。もし見かけても絶対に近づかないで下さい。』
『わ、分かった・・・・。で、トラブルってなんなの?』
春奈ちゃんは心配だった。
またあんな大怪我をするんじゃないかと。
『私で力になれることがあったら言って。』
ギュッとスマホを握りしめ、返事を待つ。
『・・・・・春奈さん。』
『はい・・・・・。』
『私と一緒に戦ってもらえませんか?』
『はい?』
『実はトラブルというのは、またその化け猫が襲いかかってきたのです。』
『そ、そうなの!?』
『幸い今回は撃退することが出来ましたが、次はどうなるか分かりません。
そこであなたにお願いしたことがあるのです。』
『いいよ!何でも言って!』
『あなたの家から少し離れた所に、九女御霊神社という神社があるはずです。』
『そ、そんなのあったっけ・・・・?』
『調べれば分かるはずです。』
『分かった・・・・。それで、その神社がどうしたの?』
『まずはそこへ行き、神主に会って下さい。話は通しておきますので。』
『う、うん・・・・・。』
『あなたはとても清廉な魂を持っている。だからその神社で巫女を務めてほしいのです。』
『巫女?巫女って・・・・初詣の時とかにいる、あの赤い袴の?』
『そうです。あなたには巫女になってもらい、私と共に戦ってほしいのです。あの化け猫を倒す為に。』
『・・・・・・・・・・。』
『無理・・・・ですか?』
『・・・・いや、なんかどう受け止めていいのか分からなくて・・・・、』
『もし不安なら、無理にとは言いません。全て戯言だと思って聞き流して下さい。
そして私のことも忘れて下さい。あの時助けた猫は、ただの野良猫だったと思って・・・・、』
『そんなこと出来ないよ!』
春奈ちゃんはずっと連絡を待っていた。
それなのに、全て忘れろなんて受け入れられなかった。
『いつ電話が来るんだろうって待ってたのに、忘れるなんて・・・・。』
『では・・・・引き受けてもらえると?』
『もちろんよ!』
『ほんとにいいんですか?化け猫と戦うなんて、とても危険なことなのに・・・・、』
『でも直虎から頼んできたんでしょ?』
笑いながら返すと、『それはそうですが・・・、』と答えた。
『それにさ、これって何かの運命なのかなと思って。』
『運命?』
『だってたまたま傷ついた猫を見つけて、しかもその猫が化け猫だったなんて。
しかも悪い奴と戦ってて、私に手伝ってほしいなんて・・・・。
こんなのきっと偶然じゃないよ。きっと神様が引き合わせてくれたんだと思う。』
『そう・・・・なんでしょうか?』
『直虎は違うと思うの?』
『・・・・いえ、私も偶然ではないと思います。
たまたま助けてくれた人が、巫女になれるほどの清廉な魂の持ち主だったこと・・・・何かの運命なのかと。』
『でしょ!きっと偶然じゃないよ!』
『でも危険な戦いですよ?それなのに、どうしてそう嬉しそうなのかと思いまして・・・・、』
『そ、それはさ!その・・・・私は来年から社会人だから!
働き出したら、こんなファンタジーなことも出来ないかなって思って・・・・、』
『言っておきますが、これはアトラクションではありませんよ?最悪は命を落としかねない危険なことで・・・、』
『分かってる!その・・・・ごめん、言い方が悪かった。』
『いえ、いいんですよ。協力してくれるというのなら、私も助かります。
あなたの言う通り、これは運命なんでしょうから。』
直虎は嬉しそうに言う。そしてこう尋ねた。
『名前を教えて頂けませんか?』
『名前・・・・?』
『まだ聞いていなかったので。』
『・・・・小鳥春奈。』
『小鳥春奈さん。良い名前ですね。』
『直虎もいい名前だと思うよ。だってそれ、昔の武将の名前でしょ?』
『そうです。』
『じゃあ・・・・これからよろしく、直虎。』
『こちらこそ。』
『あ、でも・・・・神社にはいつ行けばいいのかな?』
『なるべく早い方が助かります。』
『分かった。じゃあ明日行くよ。今は冬休みで時間はあるから。』
『よろしくお願いします。』
『うん・・・それじゃまた・・・、』
『ああ、それと・・・・、』
『なに?』
『この事は他言無用でお願いします。』
『分かってる。ていうか言っても信じてもらえないよ。』
『確かに。』
『それじゃまた・・・・、』
『あ、それともう一つ。』
『なに?』
『治療費、払ってくれてありがとう。』
『いいよそんなの。私が連れてったんだし。』
『この戦いが終わったら、ご飯でもご馳走させて下さい。』
『うん・・・・。』
『それではまた。』
『じゃあね、直虎。』
電話を終えた春奈ちゃんは、翌日に九女御霊神社に向かった。
そこで神主と会い、巫女として鍛えてもらうことになった。
家に帰らなかったのは、神社に住み込みで修行をしていた為。
そして今日、直虎と一緒にこの大学へやって来た。
理由は就職の内定を辞退する為。
神社で修行をするうちに、その道に進みたいと思ったそうだ。
ゆくゆくは資格を取り、神主になりたいのだとか。
そのことをゼミの先生に報告しようと思ってやって来たが、考え直せと言われた。
せっかく四年間勉強して、第一志望の所へ就職できたんだからと。
頭を冷やすように言われ、春奈ちゃんは一日中考えた。
しかし決意は変わらず、こうして再びやって来たというわけだ。
話を聞き終えた俺は、とにかく複雑な気分だった。
《化け猫、それにたまき・・・・。なんか色々と厄介なモンが関わってるな・・・・。》
これは一筋縄ではいかないかもしれない。
《春奈ちゃんには悪いけど、無理にでも連れて帰った方がいいな。
化け猫同士の戦いなんて、絶対に関わらない方がいい。》
俺は背筋を伸ばし、真っ直ぐに春奈ちゃんを見つめた。
「ねえ春奈ちゃん。やっぱり考え直そうよ。
そんな面倒な戦いに関わったら後悔するよ。」
「いえ、もう決めたことなので。」
「それは何も知らないから言えることだよ。
俺は去年の夏に、お稲荷さんと化け猫の喧嘩に巻き込まれたんだ。
何度も危ない目に遭って、こうして生きてるのが不思議なくらいさ。
それに今年だって龍だの禍神だのって、とんでもないものと遭遇しちゃってさ。
その時の怖さって言ったら・・・・もうね、言葉じゃ表せないよ。
だからさ、こんな危険なことはやめて・・・・、」
「危険だってことは分かってます。でもだからこそ手伝いたいんです。
私には巫女としての素質があるって、直虎も認めてくれたし。」
「でもまだまだ修行を始めたばかりでしょ?」
「これからもっと本気で打ち込みます。神主さんだって才能があるって褒めてくれたし。
それに・・・・どうしても直虎の力になってあげたいから。」
春奈ちゃんは頑なに譲らない。
俺は「もしかしてさ・・・・」と尋ねた。
「君は直虎のことが好きなの?」
「・・・・・・・。」
無言で顔を赤くする。
俯き、恥ずかしそうに指をモジモジさせた。
「やっぱりか・・・・。じゃあ好きになったから、力になってあげたいと・・・・、」
「それは違います!」
「え?なんで・・・・?だって好きじゃなきゃそこまで力になろうとしないでしょ。」
「そ、それは・・・・好きだからっていうのもあるかもしれないけど、でもそれだけが理由じゃありません。」
「じゃあどんな理由で?」
「猫が・・・・好きだから。」
「ん?」
「小さい頃から猫が好きなんです。」
「でも好きっていったって、危ない戦いに協力するほどってなると、よっぽどだよね?」
「そうです・・・・。ていうか、猫に憧れてるんです。」
「憧れる?」
春奈ちゃんは俯き、小さく首を振った。
「大学で私のことを聞き回ったんでしょう・・・・?」
「まあね。君には悪いと思ったけど、それが仕事だから。」
「いいんです・・・・。私が気にしてるのは、みんなが私に持ってる印象のことです。」
「印象?」
「どうせみんなこう言ってたんでしょ?堅物だとか、昭和の職人だとか。」
「口を揃えてね。」
「はあ・・・・・やっぱりそう思われてるんだ。」
「嫌なの?」
「・・・・ほんとは・・・・、」
「うん。」
「もっと自由な感じに振る舞いたいんです。みんなと一緒に騒いだり、後輩とも気さくに話したり。
それに彼氏だって欲しいし・・・・・。」
「モテるんだってね?友達が言ってたよ。」
「モテるかどうかは知らないけど、何度か告白されたことはあります。
だけどいつも断っちゃうんですよ・・・・。」
「内心は嫌じゃないんだね?」
「はい・・・・。」
「じゃあなんで断るの?もっと素直に喜べばいいのに。」
「そうしたいけど、でも・・・・いっつも素直になれないんです。
小さい頃に母を亡くして、それからはなるべく良い子にしてなきゃって思うようになって・・・・・。
だってそうしなきゃ、お父さんに迷惑が掛かっちゃうから。
あそこの家は父親しかいないから、ちゃんと娘を育てられるのかって・・・・。」
「誰かにそう言われたことがあるの?」
「近所のおばさんとか、それに親戚とかに・・・・。
もちろん直接じゃないですけど、コソコソそう言ってるのを聞いたことがあって。
その時・・・・すごい悔しかったんです。
お父さんは一生懸命働いて、私のことだって大事にしてくれてるのに・・・・。」
「そっか。そりゃ確かに悔しいね。」
「私の為にケーキの作り方まで覚えたんですよ。
そんなの別に買ってくればいいのに、『誕生日とクリスマスはお父さんが作ってやるからな』って。
だから私・・・・絶対にお父さんのことを悪く言われるのは嫌なんです。」
「それで良い子にしてようと思ったわけだ。その結果、なかなか感情を表に出せない性格になったと?」
「はい・・・・・。けど猫を見る度に、いいなあって思うんです。
あんな風に自由に生きられたら、すごく楽しいだろうなって・・・・子供の頃からそう思ってて。
あ、だからってお父さんを恨んだことなんてありませんよ!」
手を振りながら必死に否定する。
俺は「分かってる」と頷いた。
「でも実際は大変なもんだけどね、猫の暮らしも。ペットならともかく、野良猫はサバイバルだよ。」
「知ってます。でもやっぱり自由ってイメージがあるじゃないですか。
だからなんていうか・・・・私も猫みたいになれたらなあなんて思うことがあって。
そうすれば、もっと自分に素直になって、みんなとはしゃいだり、それに彼氏が出来たり・・・・。
まあ今さら言っても仕方ないんですけど。」
「でも過去には彼氏がいたんでしょ?春風ちゃんが言ってたよ。」
「すぐ別れました。お前といても楽しくないって。」
「また辛辣な言い方だね。」
「でも実際そうなんです。私は楽しくしてるつもりでも、全然相手に伝わらなくて。
俺といるのが嫌なんだろって言われたこともあります。ほんとは嬉しかったのに・・・・。」
諦めたように首を振って、「今さら変われません」と言った。
「だから猫に憧れるんです。次に生まれ変わったら、猫になりたいなって思ってるくらいで。」
「そこまで猫が好きだから、直虎に協力してると?」
「だってこんな機会、もう二度とないだろうから。
まるでファンタジーの世界じゃないですか。猫が喋って、しかも人間に化けるなんて。
しかもその猫に『一緒に戦ってほしい』なんて言われたら、なんかもう・・・・すっごく嬉しくて。」
すっごく嬉しいと言いながら、なぜか眉間に皺が寄っている。
どうやら本当に感情を表に出すのが苦手なようだ。
普段からこんな感じなら、そりゃ誤解も生むだろう。
「君の気持ちはよく分かった。けどね、それでも俺は反対だな。化け猫の戦いに関わるなんて。」
「でも私が決めたことですから。やめる気はありません。」
「なら春風ちゃんはどうなる?君と過ごせる最後のクリスマスなのに。」
「最後なんて大袈裟ですよ。就職は辞退するつもりだから、しばらくはあの家にいます。
来年だって一緒に過ごせますよ。」
「でも神主を目指すんだろ?ならそういう大学に行って、資格を取らなきゃダメだよね?
となると近いウチに家を離れることになるんじゃないか?」
「でもずっと遠くにいるわけじゃないし。たまには帰ります。」
「う〜ん・・・・そうかもしれないけど、春風ちゃんは君とのクリスマスを楽しみにしてるんだよ?
だったらさ、その気持ちを汲んであげてほしいんだ。
そこまで猫が好きっていうなら、春風ちゃんのことだって大事にしてあげないと。」
「してますよ、ちゃんと。」
「でも最近知り合った直虎にばっかり構ってる。春風ちゃんがそれを知ったら、きっと悲しむと思うよ。」
春奈ちゃんはムっと顔をしかめる。
言い返したいんだろうけど、俺が年上なので遠慮しているようだ。
一流企業に就職できる優秀な子なんだから、その気になればいくらでも反論出来るだろうに。
《こういう部分にも良い子を演じてきた影響が出てるみたいだな。最近の子なら気にせずに言い返しそうなもんなのに。》
春奈ちゃんは自分の性格を変えたがっているようだけど、俺からするともったいないと思う。
だってこれだけ真面目でしっかりしてるんだから、きっとみんなに好かれるはずだ。
・・・・・って、こういう風に言われるのが嫌なんだよな。
ていうか俺もオッサンになった。
学生を見ていちいちこんな事を考えるなんて、前は絶対になかったのに・・・・、
「分かりました。」
「ん?」
春奈ちゃんは急に顔を上げる。
「クリスマス、家に帰ります。」
「おお!納得してくれたか。」
「でも戦いは降りません。」
「え?」
「クリスマスには帰ります。お父さんと春風と一緒に過ごします。」
「うん、じゃあもう戦いは降りるってことで・・・・、」
「それはそれ、これはこれです。」
「・・・・なんで?」
「だって関係ないですから。」
「えええええ!!なんでよ!?」
「私がクリスマスに帰れば、有川さんは依頼を果たせるし、春風は喜ぶし。そして私は戦いを降りない。
これなら誰も損しないですむでしょう?」
「・・・・・かもね。」
思わず頷いてしまった。
《アホか俺は!しっかりしろ!》
ムっと黙っていたのは、俺に気を遣っていたせいではなく、彼女にとって最善の方法を考えていたからのようだ。
う〜ん・・・・賢いな、この子。
やはりチュウベエの言う通り、俺とこの子じゃ脳ミソの出来に差があるのかもしれない。
「ならお話はこれで終わりということで。」
そう言って立ち上がる。
「いやいやいや!ちょっと待って・・・・、」
「でも話すことはもうないでしょう?」
「あるよ!だってこのままじゃ君は、危険な戦いに巻き込まれて・・・・、」
「それって春風の依頼に含まれてるんですか?」
「え?」
「あの子が頼んだのは、クリスマスまでに私を連れ戻すこと。それを果たしたんだから、もう仕事は終わりのはずですよね?」
「・・・・・かもね。」
ああクソ!だから納得するんじゃないよ俺!
春奈ちゃんは財布を開き、自分のコーヒー代を置いていく。
「それじゃあ失礼します。」
「あ、ちょっとッ・・・・・、」
慌てて追いかけようとすると、椅子につまづいて転んでしまった。
「でゅおッ!」
顔面を強打して、鼻血が出る。
「なんなんだよこの前から!まだ呪いが続いてるのか!!」
クソッタレ!っと鼻血を拭っている間に、春奈ちゃんは去ってしまった。
「ああ、ちょっと!まだ話は終わってな・・・・・、」
そう言いかけた時、入り口からチュウベエが飛んできた。
「おい悠一!大変だぞ!」
そう言って俺の頭にとまる。
「鼻血なんか出してる場合じゃない!」
「なんだよいきなり・・・。ていうか今までどこ行ってたんだ?」
「学生からミミズもらってた。」
「食い過ぎだろ・・・・。マサカリみたいになっちゃうぞ。」
「そんなことはどうでもいいんだよ!学校にたまきが来てるんだ!」
「な、なあにいいいいいい!!」
「それだけじゃない。もう一匹化け猫が来てるんだ。キャンパスの真ん中で、お互いに睨み合ってる。」
「な、なわんですとおおおおお!!」
驚きすぎて、鼻血の勢いが増す。
「早く来い!絶対面白いことになるから!」
バタバタ羽ばたいて、外へ飛んで行く。
「面白いことって・・・・楽しんでる場合じゃないだろバカ!」
立ち上がり、グイっと鼻血を拭う。
「たまきともう一匹の化け猫・・・・。それって・・・・、」
嫌な予感が過ぎる。
するとその時、外から悲鳴が響いた。
「この声・・・・春奈ちゃん!」
また椅子につまづき、「クソ!」と蹴飛ばす。
「マスター!これお代ね!」
カウンターにお金を置き、一目散に駆け出す。
《春奈ちゃん!今行くからな!》
化け猫の戦いに巻き込まれるなんて、俺一人でじゅうぶん。
もし彼女が傷ついたら、春風ちゃんに合わせる顔がない。
「ちょっとお兄さん!これじゃ足りないよ!」
マスターが怒鳴り、「じゃあこれで!」とお札を叩きつける。
「お釣りはいいから!」
「毎度!」
マスターは笑顔で受け取る。
なんとなく叩きつけたけど、今の諭吉さんだったような・・・・。
《鼻血は出るわ、散財するわ・・・今日は踏んだり蹴ったりだ。これ以上の不幸は防がないと!》
また春奈ちゃんの悲鳴が響き、トクンと心臓が跳ね上がる。
鼻にティッシュを詰め、猛ダッシュで駆け出した。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第四十九話 猫からのお願い(2)

  • 2017.06.13 Tuesday
  • 09:42

JUGEMテーマ:自作小説

とっぷり陽が暮れる中、イルミネーションの通りを学生たちが歩いている。
その後ろには大きな大学があって、門の横にはサンタとトナカイの人形が飾ってあった。
風船でできているようで、中にライトが仕込んである。
ぼんやりと暖色に光って、家路につく学生たちを見送っていた。
ここは姫道学院大学。
そこそこ名前の通った有名校で、頭の良い学生が揃っている。
中でも工業科は特に賢くて、一流企業へ就職する子も多い。
「俺の通ってたFラン大学とはえらい違いだな。」
立派なキャンパスを見渡しながら、中に入って行く。
「悠一、サンタがいるぞ。」
チュウベエが入口の人形に翼を向ける。
「そうだな。何かお願い事でもしたらどうだ?」
「俺は人には頼らない主義だ。でもどうしてもっていうなら、やぶさかでもない。」
そう言って「サンタさん、その大きな袋いっぱいのミミズを下さい」と言った。
「ウチは煙突がないんで、窓を割って中に放り投げてくれれば・・・、」
「やめろ。部屋が地獄と化す。」
大袋いっぱいのミミズ、そんなもんが投げ込まれた日には、きっと気を失う。
チュウベエは「どうかミミズを・・・」とブツブツ言って、俺は《勘弁してくれ》と首を振った。
ていうかミミズなんてどうでもいい。今ほしいのは捜索人の情報だ。
どうか情報が集まりますようにと、サンタに願いをかけた。
キャンパスの中は明るくて、チュウベエは珍しそうにキョロキョロしている。
「ここもイルミネーションしてるな。」
「ワイワイ騒いでる学生もいるし、これからデートなのかもな。」
「デートか・・・・このままコマチが戻って来なかったら、お前には一生縁のない話だな。」
「自覚してるよ。」
「いっそのこと藤井とヨリ戻すか?アフリカまで迎えに行って。」
「アイツは本気でボランティアをやってんの。ノコノコ行ったって迷惑なだけだ。」
チュウベエの戯言を聞き流し、校舎まで続く道を歩いて行く。
冬休みなのにけっこう学生がいて、何かのイベントでもあるのかもしれない。
「春奈って女は、工業科に通ってるんだろ?」
「ああ。春風ちゃんが言うには、将来の夢は飛行機のエンジニアだと。」
「てことは頭いいんだな。」
「良い所に就職が決まったそうだから、そりゃあ賢いんじゃないか?」
「・・・・・・。」
「なんだその目は?」
「お前と春奈の脳ミソって、人間と鳥くらい差があったりして・・・・、」
「んなわけあるか!」
「んな怒るなよ。」
チュウベエはバタバタと逃げていく。
「おい!どこ行く気だ?」
「ここは明るいから自由に動ける。ちょっとキャンパスライフなるものを楽しんでくる。」
「鳥には必要ないだろそんなもん。」
「差別はやめてもらおう。これからはグローバルの時代で、いつの日かインコが大学に通う時代が・・・・、」
「来ねえよ!」
チュウベエは「じゃあな」と羽を振り、学生の群れに飛んでいく。
女子たちが「なにこれ!」「可愛い!」とはしゃいだ。
器用に芸をこなして、ものの一分で人気者になってしまった。
「適応力高すぎだろ。いらん知恵ばっか身につけやがって。」
あいつは役に立つのか立たないのか分からない。
俺は背中を向け、工業科の校舎を目指した。
中にはまばらに学生がいて、勉強したり、実習をしたりと忙しそうだ。
俺は名刺を取り出し、学生たちに話を聞いて回った。
動物探偵なる聞きなれない職業に、誰もが怪訝な目を向ける。
しかしそこは社会経験の浅い学生。
疑うよりも面白がって、色々と話を聞かせてくれた。
《若い子は素直で助かる。後で通報されるかもしれないけど。》
少々ビクビクしながら、春奈ちゃんに関する情報を集めていった。
だけどめぼしい情報は得られなかった。
たくさん話は聞けたけど、どれもが春風ちゃんから聞いたものばかりだった。
《真面目で堅物で、自分が正しいと思ったら後ろに引かない。まるで昭和の職人みたいな性格か。
顔は可愛いからモテるのに、性格が厳しすぎてあんまり男が寄り付かない・・・・と。
うん、すでに知ってることばかりだな。なら・・・・・、》
今度は質問を変えて、春奈ちゃんの彼氏について聞いてみた。
するとみんな驚いた顔をした。
「春奈に男がいるの!」
「誰!ねえ誰!?」
「んだよ、俺が誘っても全然だったクセに・・・・。」
どうやら誰も彼氏がいることを知らないらしい。
女子からは「誰!誰!」と聞かれるが、それを聞きたいのはこっちの方だ。
思うような成果は得られず、とりあえず校舎を後にする。
《彼氏がいるっていうから、てっきり大学の子かと思ったんだけどな。》
周りは誰も彼氏がいることを知らない。
・・・・まあ大学っていっても広いから、単にあの子たちが知らないだけかもしれないけど。
イルミネーションの通りを歩きながら、「おい!」とチュウベエを呼んだ。
「帰るぞ。」
そう呼んでも、ちっとも戻ってこない。
学生たちの和に混じって、楽しそうにはしゃいでいた。
「アイツは人間か・・・・。」
ああなればしばらくは戻って来ない。
「仕方ないな・・・。」
売店に寄って休憩することにした。
「おばちゃん、これ一つ。」
100円を取り出し、缶コーヒーを置く。
するとテレビを見ていた小太りのおばちゃんが、「はいよ」と立ち上がった。
度の厚そうなメガネを掛けていて、大阪のおばちゃんみたいなパーマを当てている。
これでヒョウ柄の服を来て、髪を紫に染めていれば完璧なんだけどな。
「はい100万円。」
古臭いギャグを言いながら、カウンターの100円を掴む。
そしてまたテレビに戻っていった。
俺は店を出ようとして、ふと引き返した。
「あの、ちょっといいですか?」
おばちゃんは振り向かない。
耳にイヤホンを挿して、二時間ドラマに見入っている。
「おばちゃん!ちょっといいかな!?」
「え?」
イヤホンを外し、「なに?」と睨む。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・、」
「ないよ。」
そう言ってまたテレビに戻る。
《あんたにはなくても、こっちにはあるんだよ!》
なんという一撃必殺。
買い物をしない客は邪魔者でしかないらしい。
「あのさ!小鳥春奈ちゃんって学生知ってる?」
大声で呼んでも、ちっとも振り向かない。
「俺さ、こういうモンなんだけど!」
名刺を取り出し、ヒラヒラ振る。
《クソ・・・・見向きもしない。こうなったら・・・、》
財布から千円を抜き、「質問に答えてくれたらこれを・・・、」と振った。
すると凄まじい速さで迫ってきた。
「おっと!」
「ちょっと!それくれるんじゃないの!?」
「質問に答えてくれたらね。それが役に立つ情報だったらあげるよ。」
「で、何を聞きたいんだい?」
まっすぐな目を向け、なんでも来いと胸を張る。
清々しいほど分かりやすい人だ。
「あのさ、この大学に小鳥春奈さんって子がいるんだけど知ってる?」
「どんな子だい?」
「真面目で堅物で、昭和の職人みたいな性格の子。髪は肩までの長さで、けっこう美人。」
「・・・・他には?」
「年上の人に対しては、すごく丁寧な喋り方をする。けど後輩には対してはかなり厳しい。」
「う〜ん・・・・、」
「思い当たる人が?」
「多分あの子だと思うんだよね・・・・。」
「どの子?」
「たまに猫缶を買って行くんだよ。」
そう言って手前の棚を指差した。
「なぜ大学の売店で猫缶が・・・・。」
「私が置いたの。」
「おばちゃんが?」
「休憩中に食べるから。」
「いや、でもあれ猫用で・・・・、」
「でも安いから。意外とヘルシーだし。」
「そういう問題じゃないと思うけど・・・・。」
「あの猫缶、私くらいしか買わないんだけど、もう一人買ってく子がいるんだよ。
その子があんたの言う小鳥春奈って子にそっくりなんだよ。」
「ならさ、その子が男連れでここに来たことは・・・・、」
そう言いかけると、サッと手を出した。
「ここから先は有料だよ。」
「・・・・分かったよ。」
お金を渡して、「それで?」と尋ねる。
「彼氏らしき男と来たことってないかな?」
「さあねえ・・・。友達とはよく来るけど、彼氏らしい男は見たことないね。」
「ほんとに?」
「そりゃ男と来ることはあるけど、女の子の友達と一緒にって感じだよ。」
「そっか・・・・。」
学生が集まる売店のおばちゃんなら、何か知ってるかと思ったんだけど・・・・千円の無駄だったようだ。
しかしその時、おばちゃんは何かを思い出したように眉を寄せた。
「あ、でも・・・・、」
「ん?」
「一回だけあったかなあ・・・・。」
「ホント!?」
身を乗り出し、「どんな感じの男!」と尋ねた。
「・・・・・・・・。」
「・・・・はいはい、ここから先は有料ね。」
また千円を抜き出し、おばちゃんの手に握らせる。
まったく・・・・人間の探偵は金が掛かる。
これが動物相手なら、せいぜい缶詰ですむのに。
「で、どんな男だった?」
「カッコよかったよ。スラっと背が高くてさ、シュッとしたイケメンだったよ。」
「シュッとしたじゃ分からないよ。もっと具体的に。」
「若手俳優みたいな感じだよ。なんだろうね・・・・阿部寛をもっと若くした感じだよ。
でもちょっと菅原文太も入ってるかな。」
「全然イメージ出来ない・・・・。もうちょい分かりやすく。」
「鼻が高いんだよ、そんでちょっと頬が痩けてる。けど爽やかな顔してるよ。」
「他には?」
「髪は短めだったよ。何かスポーツでもやってんじゃないかな?」
「なるほど・・・・かなりの良い男なんだな。」
「その春奈って子も美人だからね。美男美女のカップルって感じだったよ。だからよく覚えてる。」
おばちゃんは遠い目をする。
俺は「あのさ・・・」と睨んだ。
「よく覚えてるなら、なんで最初から教えてくれなかったの?」
「だってその方がお金が取れると思ってさ。」
「確信犯かよ!なんてガメついんだ・・・・。」
「これが大人の世界ってやつさ。お兄ちゃんもよく覚えときな。」
もらったお金を嬉しそうに振る。
「精進するよ。でさ、それはいつ頃のこと?」
「・・・・・・・。」
「はいはい、有料ね。」
まったく・・・・人間相手の聞き込みは散財して仕方ない。
やっぱり動物相手の方が気が楽だ。
お金を渡し、「それはいつ頃のこと?」と尋ねる。
「今朝。」
「今朝!!」
「開店と同時に来たよ。」
「・・・・・・・・・。」
「なんだいその目は?私は質問に答えただけだよ。」
《なんだろう・・・・すっごい殺意が芽生える・・・・。》
こんなもん大人の世界でもなんでもなく、単にこの人がガメついだけじゃないか!
「・・・まあいいや。それで・・・・二人はどんな感じだった?」
「どんな感じって言われても、美男美女だなあって思ったよ。」
「手を繋いだりとか、仲良く喋ってたとかは?」
「ないね。二人で買い物に来ただけだから。」
「何を買ってったの?」
「それ。」
そう言って手前の棚を指差す。
「猫缶・・・・。」
「10個くらい買ってったよ。おかげで在庫を開けなきゃならくなった。
あれは私の食べる分だったのにさ・・・・。」
不満そうな顔でブチブチ言っている。
《今朝、男とここに来て、猫缶を10個・・・・。どういうことだ?》
謎が深まり、眉間に皺が寄る。
「それからは来てないの?」
「一日に何度も来るもんかい。今は冬休みなんだし。」
「そりゃそうだな・・・・。あ、ちなみにその男、この大学の学生かな?」
「知らないよ。」
「今までに見たことは?」
「ないね。ていうかいちいちみんなの顔なんか覚えてないよ。」
「でも春奈ちゃんは覚えてたじゃない。」
「だって猫缶を買って行くなんて珍しいからさ。記憶に残ってたんだよ。」
「そっか・・・・・。」
猫缶の棚を振り返り、一つ手に取る。
《これを10個もってことは、彼氏の家にはたくさん猫がいるってことかな?》
じっと考えていると、お客さんが入ってきた。
パンやお菓子を持って、カウンターに持って行く。
「おばちゃんこれ。」
「あいよ。」
俺は猫缶を戻し、「ありがとう」と手を上げた。
おばちゃんは目で頷き、「はい500万円」とレジを打っていた。
《このおばちゃんのかげで、新しい情報が手に入った。けど・・・これだけじゃ辿り着けそうにないな。》
店を出て、大学を後にする。
しかしチュウベエのことを思い出し、慌てて引き返した。
キャンパスに戻ると、なぜか学生たちが騒いでいた。
「おお〜!」と拍手をしながら、空を見上げている。
「なんだ?」
俺も空を見上げ、「ぬお!」と叫んだ。
チュウベエが頭にロウソクを巻いて飛んでいる。
口には花火を咥え、夜空をグルグルと回っていた。
「お前何してんだ!」
「おお悠一!見ろよ、俺の芸達者ぶりを・・・・って、いけね!花火落としちまった。」
下にいる学生に当たって、「熱ッ!」と叫ぶ。
「早く下りて来い!」
「でもこれやるとミミズくれるんだよ。」
「俺が後で獲ってきてやるから!」
「でもこの大学にいるミミズ、味が濃縮されてて美味いんだよ。もうちょっと稼がせてくれ。」
そう言って飛び回り、「熱ッ!」と叫んだ。
「頭に蝋が落ちてくる・・・・。」
「当たり前だろ!火傷するぞ!」
「じゃあこれいらないや。」
頭を振って、ロウソクを落とす。
「きゃあ!」
「熱ッ!」
「おおおおいい!なんてことすんだ!!」
学生たちのところへ行って「すいませんすいません!」と頭を下げた。
「お前なあ・・・・いい加減に下りてこないと、しばらく飯抜きにするぞ!」
「自分でミミズ獲るから問題ない。」
「ぐうう・・・・・なんて聞き分けのないインコだ。」
いくら戻って来いと言っても、まったく下りて来ない。
どうしたもんかと困っていると、一人の学生が前に出てきた。
その手には大きなミミズを持っていて、チュウベエに見せつけるように、ヒラヒラと振った。
「おおおお!特大のミミズ!」
ニコニコしながら、嬉しそうに飛んでいく。
しかしその瞬間、ギュっと捕まえられた。
「ぎゅわッ!」
学生はニコリと笑い、ミミズを差し出す。
「あ〜ん。」
「おお、食べさせてうれるのか!」
嬉しそうに口を開け、「あ〜ん!」と頬張る。
「・・・・・美味!」
クチバシをもぐもぐさせながら、ウットリしている。
「一口噛むごとに、芳醇な肉汁があふれてくる。
このゴムのような弾力、ドロっとはみ出す肝の苦味、どれを取っても最高のミミズだ!」
耳を塞ぎたくなるような解説をしながら、この世の幸せみたいな顔をしている。
《ムカつく顔しやがって・・・・・。何が美味だ!》
ギロっと睨んでいると、学生は「はい」とチュウベエを向けてきた。
「これ、あなたのインコでしょ?」
「あ、ええ・・・・。ありがとうございます・・・・。」
チュウベエを受け取り、じっと学生を見つめる。
「あんまり放し飼いにするのはよくないですよ。まあウチも猫を放し飼いにしてるから、人のことは言えないけど。」
そう言って可愛い顔を笑わせる。
俺はその学生を見つめたまま、「失礼ですが・・・」と尋ねた。
「あなたは・・・・猫を飼ってらっしゃる?」
「ええ。」
「名前は春風ちゃん?」
「なんで知ってるんですか?」
「ではもう一つお尋ねしますが、あなたのお名前は・・・・小鳥春奈さんというんじゃ・・・、」
「そうですけど・・・・なんで知ってるんですか?どこかでお会いしましたっけ?」
不思議そうに首を捻る。
半ば警戒、半ば好奇心という目で俺を見つめた。
「なるほど・・・・やっぱりか。」
チュウベエを肩に乗せ、サッと名刺を取り出す。
「ワタクシこういう者です。春風ちゃんから依頼を受け、あなたを取れ戻しにやって参りました。」
そう言って「どうぞ」と名刺を渡す。
「動物探偵・・・・有川悠一さん?」
名刺を見つめながら、不思議そうに眉を寄せる。
チュウベエが「もう一匹ミミズくれよ!」と叫んだ。

 

 

 

     春奈と春風(猫)

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第四十八話 猫からのお願い(1)

  • 2017.06.12 Monday
  • 12:29

JUGEMテーマ:自作小説
クリスマスの二日前のこと、ちらほらと雪が降った。
積もるほどではないけど、ワイパーを動かさないと前が見えない。
渋滞する朝の道、信号で足止めを食いながら、雪に見入った。
「粒が大きい。ボタン雪ってやつだな。」
落ちては消えていく、大粒の雪。
動き出した車の列が、無造作に踏みつけていく。
俺はエアコンの温度を上げて、「寒・・・」と手に息を吹きかけた。
もうすぐクリスマスということもあって、街には装飾が施されている。
サンタの人形が飾ってあったり、街路樹に電球が巻き付けてあったり。
夜になればチカチカと点滅して、幻想的に街を彩る。
だけどまあ・・・俺には関係のないことだ。
マイちゃんがいなくなってから早や二ヶ月。
まだ会うことが出来ないでいる。
ウズメさんは頑張って説得してくれているみたいだけど、モズクさんの許しが出ない。
これはもう・・・二度と会えないのかもしれない。
《もし俺が霊獣なら、すぐにでも向こうの世界へ行くのに。》
人間に生まれたことを後悔したことはない。
だけどちょっぴり霊獣に生まれたかったなと思う。
踊るボタン雪を見つめながら、工場のバイトへ向かった。


            *

仕事が終わり、タイムカードを切る。
するといつもは小言を言ってくる主任が、「お疲れさん」と肩を叩いた。
「今日で終わりでしょ?」
「ええ、今までお世話になしました。」
「今年の一月からだら、一年近くか。」
「つい最近始めたばっかりのような気がしますよ。」
「そういうもんだよ、辞める時なんて。」
滅多に笑わない主任が、ほんの少しだけ笑顔を見せる。
「できればもっといてほしかったんだけどね。今人手が足りないから。」
「すいません・・・・俺ももう少しお世話になろうかと思ってたんですけど・・・、」
「いいよ、動物探偵とかいうのやってるんでしょ?時任さんから聞いたから。」
「はい。そっちに本腰を入れようと思いまして。」
「今30だっけ?」
「10月にとうとうアラサーになっちゃいました。」
「人生の分岐点だよねえ。俺も若い頃、ちょっとだけ夢があってさ。
今の仕事辞めて、やりたい道に行ってみようかななんて思ったりして・・・・、」
遠い目をしながら、自分語りを始める。
「あの・・・すいません。実はこれから仕事がありまして・・・・、」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん。」
恥ずかしそうに目を逸らし、「動物探偵?」と尋ねた。
「はい。期日が迫ってまして。」
「まあ・・・アレだよ。頑張んなよ。もし上手くいかなかったら、また戻ってくればいいし。」
「ありがとうございます。」
バッグを担ぎ、「お世話になりました」と工場を後にした。
「今日で終わりか。」
ボソっと呟き、車を走らせる。
途中でコンビニ寄ると、時任さんからLINEが入ってきた。
『お疲れさん。今日で最後でしょ?』
『ええ、今までお世話になりました。』
『一年近くだよね?』
『はい。あっという間でしたよ。』
『送別会をするような職場でもないけど、よかったら飲みに行かない?もちろん僕の奢りで。』
『ありがとうございます。すごく嬉しいんですけど、ちょっと急ぎの仕事が入ってまして。』
『動物探偵かい?』
『はい。クリスマスまでに解決しないといけないんですよ。』
『そりゃ大変だね。あと一日しかないじゃない。』
『そうなんです。だからせっかく誘ってもらって悪いんですが・・・・。』
『いいよいいよ、飲みになんかいつでも行けるんだから。』
『そう言ってくれると助かります。いつか必ず飲みに行きましょう。』
『いつでも誘ってよ。こっちは暇だから。』
LINEを終え、サッと買い物を済ませる。
おにぎりとお茶と、それに猫缶を二つ。
車でおにぎりを頬張り、お茶を流し込み、とりあえずの腹ごしらえをすます。
ほんとはもっと食べたいんだけど、あまり食い過ぎると動けなくなる。
なんたってこれから仕事なんだから。
最近ちょっとずつ依頼が増えてきて、生活に余裕が出てきた。
まだまだ儲けてるとは言えない状況だけど、前よりはずいぶんと楽だ。
「いつか時任さんが言ってたっけ。最初が上手くいかないほど、軌道に乗った時に楽しいって。」
少しずつだけど仕事が増えて、楽しくなってきた。
マサカリたちも一生懸命手伝ってくれて、この分ならバイト生活から抜け出せそうだ。
でも油断は禁物。
いつどこで足を掬われるか分からない。
どんな事でも、上手くいきかけてる時が危ないんだから。
「目の前のことに集中しないとな。」
マイちゃんに会いたい気持ちはある。
でもだからこそ、今を踏ん張らないといけない。
動物探偵だって胸を張れるようになれば、モズクさんだって態度を変えてくれるかもしれないんだから。
「さあ、仕事仕事!」
車を走らせ、目的地に向かう。
雪はすっかりやんでいて、道路も乾いている。
でも冬なので陽が落ちるのは早く、四時半だというのに、もう暗くなり始めていた。
小さいライトを点けて、エアコンの風向きを足元に変える。
そしていつもは左に曲がる道を、右に曲がった。
しばらく走ると川が出て来て、土手の向こうに民家が並んでいた。
その民家の間に、個人でやっているタイヤ屋さんがある。
俺は土手を走り、そのタイヤ屋を目指した。
近くにはドラッグストアがあって、そこの駐車場に車を停める。
ドアを開け、寒さに腕をさすっていると、「遅いぞ」と誰かが飛んできた。
「おお、チュウベエ。もう来てたのか。」
「一時間待ちだ。」
「えらい早く来てたんだな。仕事は五時からだぞ。」
「だって俺は鳥だから。暗くなったら見えない。」
「ならなんで来るなんて言ったんだよ・・・・。」
「だって最近はお供をしてなかったからな。」
「ミミズばっか食ってたもんな。新しい穴場は見つかったか?」
「良い場所があった。でも教えないけどな。」
「知っても行かないよ。」
肩にチュウベエを乗せながら、タイヤ屋に向かう。
正面にはたくさんのタイヤが積み上がっていて、通路はすごく狭い。
奥には何台か車が停まっていて、ギュルルル!っとタイヤを外す機械の音が響いた。
俺は細い通路を通り、開けた作業場に出る。
若い人が忙しそうに作業をしていて、帽子を被ったおじさんが指示を出していた。
「ほら、早く外せ!」
よく通る声で怒鳴りながら、あれこれと指をさしている。
「どうも。」
頭を下げると、「またアンタか」と睨まれた。
「すいません、いつもお邪魔しちゃって。」
「出来れば仕事の日は来ないでほしいんだけどな。」
面倒臭そうに顔をしかめる。俺は愛想笑いで誤魔化した。
「春風ちゃん、どこにいます?」
「いつものとこだよ。」
「じゃあちょっと撫でさせてもらいます。」
「そんなに猫が好きなら、自分で飼えばいいだろうに。」
「マンションがペット禁止なもので。それに春風ちゃんほど可愛い猫はそうそういませんから。」
「とにかく仕事の邪魔にならないようにしてくれよ。」
「それはもう。」
ペコリと頭を下げて、作業場を抜けていく。
すると土手がよく見える庭に出て、その近くに喫煙所があった。
横には自販機があり、ベンチもある。
そのベンチには猫用のベッドが置かれていて、中で一匹の猫が寝ていた。
「やあ。」
手を上げると、「悠一さん!」と飛び出してきた。
コロコロとした身体つきに、短い尻尾。
色は薄い茶トラで、まん丸な顔が可愛い。
「どう!見つかった?」
「いや、まだ。」
「そっか・・・・。」
「でも大丈夫、必ず見つけ出すから。」
「ホントよ!絶対にクリスマスまでに見つけて、取れ戻して来てね。」
丸い目を見開き、心配そうに言う。
この可愛らしい猫が、今回の依頼者だ。
内容は人捜し。
一週間前に出ていった、自分の飼い主を捜してくれというものだ。
その人は春奈さんといって、さっきのおじさんの娘さん。
そして春風ちゃんを拾ってくれた人でもある。
「春奈ちゃん、お父さんと喧嘩したきり帰ってこないんだ・・・・。
いつもなら一日くらいで戻ってくるのに・・・・。」
心配そうに言いながら、「どこ行っちゃったんだろ?」と呟く。
「とりあえず春風ちゃんの心当たりは捜してみたんだ。けど見つからなくて。」
「日花里ちゃんのとこは?」
「行った。」
「亜美ちゃんのところは?」
「それも行った。」
「じゃあ吉永さんのとこは?」
「昨日行った。」
「じゃあ元彼の亮太君のところは?」
「もちろん行った。」
「じゃあ・・・・じゃあ・・・・、」
「君が知ってる人の所は全て回ったよ。」
「どこもいなかった?」
「ああ。」
「だったらやっぱり・・・・、」
「今の彼氏の所だろうね。」
「・・・・その彼のお家、私知らないのよね。」
「はあ〜・・・」と首を振って、ベッドに戻って行く。
「ていうか会ったこともなくてさ。」
「でも確かに付き合ってるんだろ?」
「うん。春奈ちゃんはよくその人と電話してたから。」
チョコンと座って、高い空を見上げる。
「せっかくチャンスだと思ったのにな・・・・。
そこの土手で悠一さんと出会って、動物と喋れる人間なんているんだってビックリした。
この人に頼めば、きっと見つけてくれると思ったのに。」
ガッカリと項垂れ、もそもそとベッドに潜り込む。
そう、春風ちゃんとはそこの土手で会ったのだ。
バイト帰り、気晴らしになんとなく散歩をしていた。
その時に、悲しそうに佇む猫を見つけた。
話しかけてみると、三日目前に飼い主が出て行ったという。
そりゃ大変だと思って、餌でも買ってあげようとした。
しかし住む家はあるらしく、面倒を見てくれる人もいるという。
だったらどうしてそこまで落ち込んでいるのかと尋ねると、彼女はこう答えた。
『春奈ちゃんは来年で大学を卒業して、東京で一人暮らしするの。
でもペット禁止のところだから、私は連れて行ってもらえない。
だから来年からは一緒にいられないんだ。』
そう言って悲しい目をした。
『私は二年前のクリスマスに拾われてきた。あの時雪が降ってて、震えるくらい寒かった。
でも春奈ちゃんが拾ってくれて、美味しい缶詰を食べさせてくれた。
それで春奈ちゃんとお父さんとで、ケーキを食べたんだ。
私はちょっとしか食べさせてもらえなかったけど、でもすごく美味しかった。
あの夜、窓から雪が見えて、すごく綺麗に感じたの。
外にいる時は寒くて嫌いだったのに、暖っかい家の中から見ると、ほんとに綺麗に感じた。』
その時のことを思い出すように、ウットリと目を細めていた。
『だからね、もう一度だけあんなクリスマスを過ごしたいんだ。
来年からはもう無理だから、今年だけはまたあの時みたいに・・・・。』
また寂しい顔に戻り、俺を見上げた。
『お願い!春奈ちゃんを見つけて!
こうして悠一さんに出会ったのって、きっと偶然じゃない。
春奈ちゃんを見つけるチャンスを、猫神様が与えてくれたんだわ。』
猫神という言葉を聞いて、もしやと思った。
尋ねてみると、案の定アイツのことを知っていた。
『まだ野良だった時に、意地の悪い人間から助けてもらったことがあるの。
凛としてて、でもすごく強い感じがして、でも優しくて、今でも覚えてる。
あの猫神様、たまきっていうんだね。』
ニコっと笑い、『これはたまき様がくれたチャンスだわ!』と尻尾を振った。
『動物と喋れる人間に会えるなんて、絶対に偶然じゃない!
これはたまき様が引き合わせてくれたのよ。
だからお願い!クリスマスまでに春奈ちゃんを見つけて!』
そう言われては、断ることは出来ない。
かつてたまきが助けた猫。
その猫が今、俺に助けを求めている。
ならばこれは、春風ちゃんの言うとおり偶然じゃない気がする。
たまきが・・・・もちろん本物の方のたまきが、どこかで俺のことを見ていて、こうして引き合わせたのかもしれないから。
人捜しは本来の仕事ではないけど、でも引き受けることにした。
だけど初めての仕事なので、なかなか上手くいかない。
俺にとっては、ペットより人間を見つける方が難しいのだ。
何の成果も上がらないまま、タイムリミットが迫っていた。
クリスマスまであと二日、それまでに見つけないといけないのだから、リミットは明日までだ。
「絶対に見つけるよ。そしてクリスマスまでに連れ戻す。」
買ってきた猫缶を置き、「これ食べて元気だしな」と言った。
「いらない・・・そんな気分じゃないから。」
「でも春奈ちゃんが戻ってきた時に元気がなかったら、きっと心配するよ?」
「じゃあ・・・・ちょっとだけ。」
モソモソとベッドから出てきて、猫缶に鼻を近づける。
プルタブを引き、カシュっと開けて、「どうぞ」と差し出した。
「じゃあ今から捜してくるよ。」
「うん・・・・。」
ちょこちょこと猫缶を食べながら、小さく尻尾を振る。
俺は作業場に戻り、「お邪魔しました」と頭を下げた。
おじさんは忙しそうにしながら、軽く手を上げた。
辺りはすっかり暗くなっていて、遠い空にわずかな光が残っているだけだ。
「こんなにすぐに暗くなるってのは嫌だな。早く春にならないもんかね。」
「まだ12月だ。冬はこれからだぞ。」
チュウベエに言われて、「そうだな」と頷く。
「ところで悠一、一つ問題がでてきた。」
「なんだ?」
「何も見えない。」
「はい?」
「ほら、俺って鳥目だから。悪いが今日は役に立てそうにない。」
「だからなんで来たんだよ・・・・。」
頼りない相棒と共に、車に乗り込む。
向かうは春奈ちゃんの通っている大学だ。
冬休みだから学生は少ないだろうけど、情報収集するにはここしかない。
ライトを灯し、駐車場から出て行く。
街を彩るイルミネーションが、自分とは無縁の物に思えた。

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