第7話 君の意見はいつだって正しいさ(2)

  • 2010.04.20 Tuesday
  • 15:31
 いつまでもスカリーの圧力ある視線に耐えていることは出来ない。
俺はおそるおそるページをめくってみた。
日記は被害者の性格を物語るように几帳面な筆記体でキレイに書かれていた。
一番初めの日付は2006年5月12日。
「なんか人の日記の無断で見るのは捜査と言えども良い気はしないな。」
「何を言ってるのよ。
殺人事件なのよ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと読んで言ってよ。」
もうスカリーの頭の中はボーイズ・ラブで一色なのだろうか?
食い入るように俺の手元を見て、心なしか頬が紅潮しているようだった。
「分かったよ。禁断の愛の記録に迫るとしよう。
一番最初に書かれているのはマイケルやらとの出会いだな。
スターバックスでメンズ雑誌を広げ、良い男を見ながら悦に浸っていると、入口からダイ・ハードのブルース・ウィリスよろしく上半身裸でムキムキ、日に焼けた短髪でサングラスをかけた男が現れたそうだ。
その男はアメリカンコーヒーをブラックで注文し、席に着くなり格好をつけて飲み始めたそうだ。
だがどうみても無理してブラックを飲んでいるのが見え見えで、それが見た目とのギャップで可愛く感じ、心はキュンとトキめいたという。」
読んでいて何処からか殺意が湧いてくるのは何故だろう。
別に俺は、ゲイに偏見など持ってはいないのに。
スカリーに先を急かされる。
「今度の日付は一週間とんで17日だな。
えーと、何々?マイケルのあれは予想以上に大きく頑丈で、またテクニックも極上だった。」
次の日記でいきなり寝てやがる!
どんな書き方をしているんだ?
よほど印象に残ったことしか日記につけない人間だったのか?
その時だった。後ろでスカリーが地団駄を踏んで叫んだ。
「このクソ!サノバビッチ!何でいきなりそこからなのよ!
重要なのはそこに至るまでの過程と、行為そのもの描写じゃないの!
もう、本当に何も分かっていないわね、この被害者は。」
髪を掻き上げながら息を荒げている彼女も中々悪くない。
その乱れた髪にちょっと触ってみたかったが、命が惜しいのでやめておこう。
「スカリー・・・。続きを読むぞ。」
「・・・失礼。」
腕を組んでいつもの冷静なスカリーに戻ったのを確認して、俺は続きを読んだ。
「今度は1ヶ月とんでるな。」
スカリーのこめかみに血管が浮いている。
「どう頑張ってもマイケルの子供は産めない。
男同士だから妊娠しないなんて誰が決めたの?
彼は謝る。自分が不甲斐ないせいだと。
俺も彼に謝る。自分が女じゃないせいだと。
お互い心も体もボロボロだった。
その傷を癒す為、自然の偉大さで心を癒そうということでアリゾナのグランドキャニオンへ旅に行くことにした。
このもっとも赤く乾いた大地で、お互い裸で抱きしめ合いながら満天の星空を見る計画だ。
マイケル・・・、この旅行の後、もしかしたらあなたと一緒にいる自身が無いかもしれない。
だから今夜は抱いて。」
俺は膨らむ殺意を深呼吸して追い出し、スカリーの顔色を窺う。
彼女は泣いていた。
「おい、どうしたんだスカリー!
怒りを通り越して逆に涙が出てきたのか?」
彼女はぶるぶると首を振る。
「二人とも・・・可哀想・・・。」
何がだ!?
何処を読んでそんな感想がでてくる。
男同士で子供が出来ないなんてアーノルド坊やでも知っていることだ。
「きっとお互い真剣に愛し合っていたんだわ。
子供が出来ないのは最初から分かっている。
けど、その分かっていることにあえて挑戦していることに二人の凄まじい愛が窺えるのよ。
なんて可哀想な話・・・。」
スカリーは両手で顔を覆って泣いていた。
これが腐女子というやつなのか。
感動する部分が何処にあるのか全く分からない。
俺は泣いているスカリーをおいて先を続けた。
日付は3日後だった。
「あの夜のことは一生忘れられない。
真っ赤な大地にどこまでも続くグランドキャニオン。
彼が拾った妙な形の石はあれに似ていて、今夜はこれを使ってお互いの愛を確かめ合おうという。
初めての器具プレイだ。
夜になり、昼間は恥ずかしがっていた星々が顔を出す。
その聖なる空の下での神聖なプレイ。
燃え上がった。
燃え上がったと同時に、彼とはこれで終わりだと悟った。
何故かは分からなった。
ゲイの勘とでもいうのだろうか。
あの特別な石は記念に持ち帰った。
そして間もなくしてマイケルの方から別れ話を切り出してきた。
覚悟は出来ていた。
俺は妙な石を胸に握りしめ、彼の言葉を涙を流しながら聞いた。
その後は最後の聖なる行為に及んだ。
朝起きた時、彼はベッドにはいなかった。
俺はこの妙な石を彼だと思ってずっと大切にすることを誓った。」
アホの作文だろうか。
読んでいる方が頭が痛くなってきた。
スカリーは横で泣き崩れ、俺はそれにツッコミを入れることもなく先を読んだ。
次の日記は1年後の2007年6月18日だった。
またえらくとんだものだ。
「マイケルのことも徐々に忘れかけていた頃、俺はドトールコーヒーで一人くつろいでいた。
その時入口から整った甘いマスクにシャツの上をはだけたホソマッチョなブラッド・ピットよろしく格好の良い男が入ってきた。
彼はコーヒーを受けとり、喫煙席に座るなりタバコを吸い始めた。
けど全く吸ったことが無く、格好をつけているだけというのがバレバレで、それが見た目とのギャップでとても可愛く感じ、俺の胸はジーンと熱くなった。」
こいつはジョーイとやらとの出会いのようだ。
次の日記は1週間後になっているが、読まなくても内容は想像がつくのでとばした。
スカリーも異論は無いようだった。
俺はまた1ヶ月後に記されている日記を読んだ。
「やはり彼との間にも子供は出来ない。
分かっている。そんなことは分かっているいるのに期待してしまう自分が嫌だ。
彼は優しく俺を抱きよせ、甘い言葉で慰めてくれる。
でもそんなのじゃこの悲しみの心は晴れない。
それは彼も分かってる。
だから旅に出ることにした。
マイケルの時と同じように、彼ともきっとその旅行の後で終わるのだろう。
行き先は命溢れるアマゾンにした。
ちょっと怖いけど、ありきたりの旅行はしたくなかったから。
様々な命が溢れるその地で、最後の愛を交わすのだ。」
殺意は呆れた気持ちへと変わっていて、いちいちスカリーの反応を窺う気も失せた。
案の定次は3日後になっている日記を読んでみた。
「アマゾンは命に輝いていた。
そして俺とジョーイも輝いていた。
命溢れるその場所で、俺達は最高の愛の行為に溺れていた。
俺が疲れて眠っていると、ジョーイが何かネバネバした生き物のようなものを見つけてきた。
またマイケルの時と同じだ。
今夜もこれをローション代わりに使って至高の夜の楽しむのだ。
そして家に帰ったら別れの時が・・・。
もう考えるのはやめよう。
今はジョーイをめいいっぱい愛するのみだった。」
俺はここまでよんで何か感じていた。
妙な石、ネバネバした生き物のようなもの。
何かがこの事件に繋がっている気がする。
こいつは俺の勘だが、きっとこの事件はこの日記のタイトル通り三角関係が重要に関係しているはずだ。
俺は続きを読んでみた。
日付は2009年4月の18日。
事件のあった日だ!
「俺は全てを忘れていた。
燃え上がる日々も、マイケルもジョーイも何もかも忘れて場末のバーで飲んでいた。
その時、信じられないことが起こった。
何と隣に座っていた客がマイケルだったのだ。
ああ、ダメ。せっかく忘れていた恋に火が付いてしまう。
マイケルは俺の方に寄って来て親しげに話しかけてくる。
まるで空白の時間など無かったかのように。
そして俺もその流れに身を任せ、もうどうにでもなれといった感じだった。
正直、またマイケルとよりを戻せたらなんて淡い期待もあったのだ。
マイケルがウィスキーのロックを注文し、マスターが運んできた。
その時、また運命が悪戯をしたのだった。
何と、マスターはジョーイだった。
俺はジョーイの甘いマスクに再びに虜にされそうになり、彼も爽やかな笑顔でニコリと笑いかけてくる。
そのやりとりを見たマイケルが瞬時にその関係を見抜いたようで、いきなり立ちあがり、ジョーイの胸ぐらに掴みかかんだ。
そしてこいつは俺の男だ!手を出すんじゃねえ!といきり立った。
ジョーイはその手を振り払い、こいつは俺の男さ、あんたのじゃねえと引き下がらなかった。
ああ、俺はどうしたらいいのだろう。
結局その場では話しはつかず、俺の家に帰って3人で話し合うことになった。
それがあんなことになるなんて・・・。
あれが生き物だったなんて・・・。
ああ、俺は一体どうしたらいいのだろう。」
ここで日記は終わっていた。
やはり三角関係と、あの妙な石とやらとネバネバした生き物のようなものが事件に関係があったのだ。
俺はこの事件に進展があるかもしれないと興奮し、スカリーに話しかけた。
「スカリー、こいつは重要な手掛かりだ。事件の解決が早まるかもしれないぞ。」
スカリーはヨダレをたらして寝ていた。
俺はそのヨダレをサッと自分のハンカチで拭き取り、良い物を手に入れたと思ったが、その変態的な行為に良心が反発し、その臭いを嗅ぐだけにとどめておくことにした。
ちょっと臭かった。

                           第7話 またつづく



第7話 君の意見はいつだって正しいさ

  • 2010.04.19 Monday
  • 15:35
 築30年もの家にはその家独特の人の生活で染み付いた臭いというものがある。
田舎の実家に帰った時、子供の頃祖母の家に遊びに行った時、その家には他の家にはない臭いがある。
それが心地良いものかどうかは嗅いだ本人が決めるとして、今この家に漂っているのはこの家の臭いに加えて血の臭いだった。
血の臭いを好むのは獰猛な肉食獣か変質者くらいのものだろう。
慣れたとはいえ、いくら嗅いでも血の臭いというものは俺は好きにはなれなかった。
今スカリーは遺体の検死結果に目を通していて、俺は本棚にあった被害者の文庫本やら図鑑やらをパラパラとめくりながら二日酔いの頭を何とか誤魔化していた。
事件があったのは二日前。
几帳面な被害者の郵便受けポストに新聞やハガキが溜まっていることを不審に思った隣人が被害者の家に呼びかけた。
何度もベルを鳴らしたが応答は無く、ドアを開けると鍵が開いていたのでこれまた几帳面な被害者としては不審に思ったそうだ。
悪いとは思ったが、少しドアを開けると嗅いだのことの無い臭い(おそらく血の臭いだろう)がして胸騒ぎし、もう少しドアを開けて中の様子を窺うと被害者が血を流して倒れていたということだそうだ。
第一発見者となった隣人はすぐさま警察に電話をし、駆けつけた警官は死亡状況から見て殺人であると判断。
さぐさま捜査にとりかかった。
金品が無くなっていることから当初は強盗殺人であると判断され、周りの聴き込みや過去の犯罪者のデータを当たったが中々目ぼしい証拠は得られなかった。
捜査を進めて行くうちに被害者の致命傷となったであろう胸の大きな傷がどのような凶器とも判別がつかず、また遺体からネバネバとした体液のような物が検出された。
これも科学捜査にかけられたが、これまたどのような地球上の物質とも一致しないことから俺達Xファイルコンビの出番となったわけである。
資料を読み終えたスカリーが髪を掻き上げながらこちらに向かってくる。
「捜査資料を見る限り、ただの強盗殺人事件だと思うけど、被害者の胸の傷が気になるわね。
何か強力な力で胸の周りから背中近くまで抉りとられているのよ。
強力な銃で撃ったのなら背中まで貫通しているはずだし、爆発物なら焼け跡が残るはずでしょう。
でもそのどちらの形跡も無いのよ。
実際に私が被害者の検死をしてみるまで何とも言えないわね。」
スカリーは優秀な捜査官だ。
彼女が今の時点で分からないということは、これはそうとうに難解な事件になる可能性があった。
「バケーションは満喫出来たかしら?
面白い焼け跡を作っているけど、ウケ狙いのつもり?」
二日酔いで焦燥とした俺の顔を見て微笑みながらスカリーが言う。
「何かの奇跡かビーチで天使に出会ってね。
捕まえるのは可哀想なんで逃がしてあげたんだ」。
この焼け跡は、その、何だ。
とりあえず君が笑ってくれるのなら本望さ。」
「私じゃなくて、周りの人達の方が笑っていたわね。
どんなバケーションを過ごしてきたかは知らないけど、今は仕事よ。
この事件、ややこしくなりそうね。」
同感だった。
俺は遺体があった近くに腰を下ろし、その近くをじっくり観察する。
倒れていた形に合わせてテープが張られており、その近くで光に反射して少し光っているものを見つけた。
触ってみるとネバネバとしていて、色は透明に近いが少し白っぽい感じもする。
俺はそれを指で触ってみた。
「何だろうな?」
もしやあれかと思って臭いを嗅いでみたがどうも違うようだ。
ほとんど臭いはしない。
「何かの生き物の体液かしら?」
後ろから覗きこむスカリーの耳元と、何かの体液と言う言葉に俺は不謹慎にも興奮し、悟られないように股間の位置をずらす。
スカリーもそのネバネバを指で触ってしげしげと眺め、その様子をずっと見ていたら股間の位置をずらす程度では誤魔化しきれない程あれが膨張すると思ったので、俺はまた被害者の本棚を調べてみることにした。
本棚にはぎっしりと本が詰められていた。
小説、雑誌、漫画、そしてその中に日記と思われる物を発見した。
「スカリー!」
ネバネバを弄んでいたいたスカリーはハンカチでそいつを拭い、俺の方に駆け寄ってくる。
あのネバネバは持って帰って調べるつもりなのだろうけど、いらぬ妄想が頭の中を駆け巡って、俺はすぐさまそいつを排除する。
「どうしたの?
これは、被害者の日記?
重要な手掛かりね、読んでみましょう。」
「ああ、こいつで何か分かれば事件に進展があるかもしれない。」
俺は本棚から日記を取り、その表を確認した。
「俺とマイケルとジョーイの三角関係日記 〜ゲイだからって浮気もするわよ〜」
この日記を読むか否か、出来ればこのまま本棚に戻してしまいたい気もするがそうもいくまい。
スカリーは興味深そうな目でタイトルを見ていた。
どうしてこうも、女というのはボーイズ・ラブに惹かれるのか。
スカリー、君だけは腐女子でないことを、今の俺は切に願っている。
だって君は俺にとって何者にも媚びない至高のSだから。
そのヒールで俺の体と俺の不安を踏みしだいてくれたら、こんな事件はあっさりと解決してみせるのに。
スカリーは早く読めよという目で俺を見ていた。

                          第7話 つづく

第六話 青い空 白い雲 僕だって勘違いもするさ

  • 2010.04.17 Saturday
  • 20:01
 久々に長期休暇が取れたので俺は海に来ていた。
突きさす熱い陽射し、照り返す白い砂浜、そしてブロンドにビキニの若い女性達。
俺は日々の忙しさを忘れ、この休暇で疲れ切った心と体を癒すつもりでいた。
残念ながらここはヌーディストビーチでは無いので期待するような女体の彫刻は拝めないが、それでも俺の心は躍り、はしゃいでいた。
誰か友人を連れてこようかとも思ったが、一人の方が何かと気が楽だし都合がいいのでサマータイムロンリーバケーションとなったわけだ。
俺はビーチパラソルを立て、海パン一つにグラサンをかけていい女を物色しながら体を小麦色に焼いている所だった。
注文したトロピカルジュースは甘過ぎて口に合わず、俺は太陽の光だけを噛みしめながらこの眩い海の光景を楽しんでいた。
そろそろ海で泳ごうかと思った時、一人の女性が声をかけてきた。
まるで雑誌のモデルを飾れるようなスタイル抜群の美人で、色っぽいビキニがさらに妖艶な雰囲気を醸し出している。
髪は金髪で腰より少し上くらい、顔は彫が深くてツンと高い鼻がまたなんとも色っぽい。
海にいるというのに肌は透き通るように白く、そのしなやかで長い指は見ているだけで男の本能を極限までくすぐる。
指フェチならこの指を見ただけで昇天してしまうだろう。
俺はカッコをつけてグラサンを外し、極上の笑顔で答えた。
「やあ、何か御用かな?お嬢さん。」
女性は髪を掻き上げ、露わになった耳がこれまた色っぽい。
「失礼ですが、落し物をしてしまって。一緒に探して頂けませんか?」
俺は快く承諾し、飛び跳ねるように起き上がると自己紹介を始めた。
「僕はモルダー。君の探し物をこれから一緒に探す為にニューヨークから派遣されたFBIの捜査官さ。
困った事があったら何でも言ってくれ。」
女性は二コリと笑い、その青くて深い目で自分の名前を言った。
「ジュリアです、よろしく。」
差し出された柔らかい手を、俺はいやらしく無い程度に握り返し、また極上の笑顔でウインクで答えてみせた
「それで、落とし物っていうのは何だい?コンタクトでも落としたかな?
それとも財布でも?」
新しい出会いは海にこそある。
俺の脳内ではこれからの彼女とのプランが文字通り光速で立てられていて、落し物を二人で見つけた後はホテルにある洒落たレストランで食事をすることになっていた。
そしてそこでお互いの事を色々と語り合い、意気投合した所でさり気なく俺の部屋に誘う。
そこでXファイルの捜査官であるという身分を明かし、これまで解決してきた様々な難事件に彼女は驚きと羨望の眼差しを向けるのだ。
特殊な仕事に就いている俺は、自分の身分を明かすのは君だけだよ甘い口説き文句を言う。
自分とは縁の無い世界に生きる孤独な男に彼女は興奮し、さらにはその身分を自分だけに明かしてくれた事に対して特別な感情を抱くようになる。
そして俺は彼女の生い立ちから趣味から何故このビーチに来たのかなど様々な会話を経てお互いの心を深めあい、ムードが高まって気分が高揚した所でベッドインするというわけだ。
もし翌朝スキナーから緊急の呼び出しがかかっても、俺は今自分の人生において重大な事件に遭遇しているので、それはジョンにでも任せてくれと言って電話を切る。
後はとんとん拍子でおお互いの愛が深まっていき、その行きつく先にはマリッジという世の女性とモテナイない男性達が夢憧れる今世紀最大のビッグイベントが待っているに違いなかった。
俺は腰に手をあて、これでもかってくらいに微妙に白い歯を二カっとさせて彼女に向かいあった。
「君のような美しい女性の頼みを断る男なんてこの世ににはいないさ。
もしいたとしたらそれはXファイル扱いで捜査するべきだな。」
ジュリアは屈託のない笑顔で俺を見てこう答えた。
「探しているのは婚約指輪なんです。先日彼から貰ったばかりなのに私ったら。」
「え?」
俺はすっとんきょうな声を出して、意味不明にまたグラサンをかけ直していた。
「ああ、結婚指輪ね。それは大事な物だ。
一緒に見つかるまで探すよ。」
俺の妄想は一瞬にして打ち砕かれ、頭は真っ白なままで彼女の婚約指輪を探していた。
先ほどまでの俺のプランは紙クズのように何処かへ吹き飛ばされ、今は婚約指輪を探しているのかキャサリンのマヨネーズを探しているのか分からない状態になっていた。
そしてしばらく二人で探しているとハリウッド俳優かと思うような良い体をしたナイスガイがこちらへ駆け寄ってきた。
俺達の姿を見るなりその男は呆れたような様子でジュリアに言った。
「お前一体こんな所で何をしているんだ?」
ナイスガイはこんがり小麦色に焼けや良い体を堂々と見せつけるように立っていて、ジュリアを心配そうに見つめていた。
「婚約指輪が無いのよ。ちゃんとここに置いておいたはずなのに、私ったら何処へやっちゃったのかしら。」
心底困った様子のジュリアにナイスガイが言う。
「婚約指輪は無くしたら大変だからホテルの部屋に置いていくって言っただろう、まったく。」
ナイスガイは両手を腰にあててため息をつきながら答えた。
「そうだった。私ったらすっかり忘れていたわ。もう無くしてしまったんじゃないかと心配しちゃった。
ああ、ええとモルダーさん?ごめんなさい。
探し物はホテルの部屋にあったみたい。
迷惑かけちゃったわね。」
俺はまたまた極上の笑顔でこう答えた。
「いや、探し物があって良かった。
君のような美しい女性が困った顔を見せているなんて似合わないさ。
さあ、フィアンセと一緒にこの楽しい夏のビーチを楽しんでくるといい。」
「ありがとう。モルダーさんも夏の海を満喫していって下さいね。」
そう言うとジュリアはナイスガイと一緒に太陽に光り輝く海へと去っていった。
俺はパラソルを外し、グラサンをかけたまま体を焼くことにした。
この恥じらいと悲しみは変な焼け方をした体を職場のみんなで笑ってもらうことで誤魔化すとしよう。
太陽は容赦無く照りつけ、確実に俺の体のグラサン以外の場所を焼いていく。
ついでにこの妙に空しい心も焼いてくれないかと思ったが、それは太陽にとって無茶で都合の良い注文だろう。
ここは陽気な夏の海。
青い空に白い雲。
僕だって勘違いもするさ。
さて、職場のみんなはちゃんと俺の体をネタにしてイジってくれるかな?
ただスカリーだけはきっとこう言うだろう。
「あなた、焼く時はサングラスを外すべきよ」と。
早く彼女の論理的でパンチの利いた言葉が聞きたかった。
グラサンの下から少し流れる涙くらいなら、太陽も焼いて消してくれるだろう。

                           第六話 完

第5話 それはただの生理現象さ(3)

  • 2010.04.15 Thursday
  • 18:01
 悪臭が漂い、薄暗い部屋の中で俺は人生というものについて少し考えていた。
小便を我慢し続ける少年と、食うことしか頭にない刑事が出会うこの瞬間、それは俺の人生にとって何を意味するのだろう。
クリアしたゲームのレベル上げより空しい時間が過ぎてゆくであろうことは想像出来るが、果たして、それは俺の人生にとって必要なものなのだろうか?
ジェフは優しい目でキバールに近づき、彼の様子をじっと観察している。
時折頷き、まるで何かを採点しているようでもあった。
しばらくキバールを眺めた後、ジェフは愛おしい教え子に語りかけるような口調で言った。
「完成まで7割といった所か。だがまだそれではダメだな。」
俺には目も合わさなかったキバールが、驚くような表情でジェフを見上げる。
「君はよく頑張っている方だ。事実、そのやり方ならかなり限界近くまでオシッコを我慢出来るだろう。
だが見ろ。君は今も少し漏らしている。
それではダメなんだ。」
悟りを開いたかのような口調で尿意を我慢することに対して意見するこの男は、一体何者なのか?
知りたくもないが、どうやらこの事件においては力を発揮しそうな感じではあった。
「あなたは一体・・・。」
ジェフの言葉に多いに興味を持ったキバールは、少し尊敬するような目で答えた。
さきほどの手を合わせて体をブルブルと震わす行為は中断されていて、それに気が付かないキバールは完全に漏らしていた。
「ああ、何てこった。また失敗だ。」
オシッコがズボンの股間部分をまんべんなく湿らす頃、キバールはようやく自分が漏らしている事に気付いた。
「やれやれ、すぐに新しい下着とズボンに履き替えないと。」
俺がそう言うとキバールは猛烈に拒否した。
「そんなのは二流のやることだ。僕は成功するまで絶対に履き替えないと誓ったんだ。」
そう言うとキバールは近くにあった小型のヒーターにスイッチを入れ、それを股に挟むようにしてオシッコで濡れたズボンを乾かしている。
俺は馬鹿らしくなって目を背け、もう一度部屋をぐるりと見渡した。
部屋の左側には大量の食糧と水が積まれていて、人一人が半年は生活出来るくらいの量だった。
そして俺はさっきから気になっていることを聞いた。
「なあキバール。オシッコは我慢しているとして、その、大の方はどうしているんだ?」
そう言うとキバールは部屋の右端を目で指した。
なんとそこには大量とオマルがあった。
悪臭の原因はこいつか!
「僕はまだ修行中の身でね。オシッコすら我慢出来ないのに、ウンコまで我慢しようなんてとても無理さ。
でもいつかはきっと我慢してみせるけどね。」
ヒーターの温風で気持ち良さそうにしながら、少し笑顔でキバールは答えた。
オシッコもウンコも、我慢する必要がどこにある。
ここはトイレの無い映画館じゃ無いんだぞ。
「その通りだ。オシッコすらろくに我慢できない奴がウンコを我慢しようなどと10年早い。」
ジェフはヒーターでオシッコを乾かしているキバールに力説を始めた。
「君のやり方は間違いでは無い。かつて俺も通った道だ。
しかし、あの体勢で我慢するだけでは完成には至らないのだ。
それを今から俺が証明してみせよう。」
そう言うとジェフは積んであったペットボトルの水を三本一気に飲み干した。
一体この男の胃袋はどうなっているんだ。
「モルダー。」
「何だ?」
俺は疲れたような呆れたような口調で返事をした。
「君は気付いていただろうか?
共に行動したこの三日間、俺が一回しかトイレに行っていないことを。」
知るか。
「それも君と合流した2日目の話だから、もう丸三日間トイレに行っていないことになる。
正直俺も結構来る所まで来ているんだよ。」
このアホは何を言っているんだ?
「そして今、ペットボトル三本、量にして6リットルの水が俺の中に注がれた。
これは起爆剤さ。」
こいつの頭の中がとうに爆発していることはわかるが、起爆剤とはまさかオシッコのということだろうか。
「うーん、来たぞ。こいつはいい。
かなり激しくて波がある。少しでも気を抜けば持っていかれそうだ。」
顔をしかめたジェフはさきほどキバールが座っていたイスで同じような体勢をとり、ブルブルと体を震わせ始めた。
「よく見るんだ!キバール、このやり方ではあと一分も持たない。
もうすでに少しチビってしまった。」
乾きかけのズボンを手で触りながら興味深そうにジェフを見ているキバールは、教えを乞う弟子のように真剣な表情だった。
「こいつで我慢できなくなったらこうするんだ!」
そう言ってジェフは勢い良くイスを飛び降り、腕立て伏せを始めた。
「見ろ!これが君のしていたやり方のもう一段階上の方法だ。
筋トレという高度に筋肉を使う動きをすることで腹筋に力が入り、そして腕立てをするという方向に意識を持っていく事でさっきよりも長く耐えられるんだ。」
腕立て伏せをして尿意をごまかしているだけのことを、そんなに偉そうに語られてもどう聞いていいか困ってしまうが、キバールは感心した様子で見ている。
「ただしスクワットは気をつけろよ!あれはしゃがんだ時に少しずつ持っていかれるからな!」
俺はこいつを誰かに持ち去って欲しかった。
勢いに乗ってきたジェフはさらに続ける。
「そして次はこいつだ!
まず真っすぐ立つ!そして両手は力いっぱい拳を握る!
足は少しクロスさせるようにして全身に力を入れ、頭の中で楽しいことを考えるんだ。」
ズボンが乾いたのか、キバールはヒーターのスイッチを切って立ちあがり、真剣そのものの眼差しでジェフの動きを見ている。
「だがこれだけではまだ足りない。
コツはどちらかの足の指でもう一方の足を刺激するように踏むんだ!
周りに人がいてもオシッコを我慢しているのを悟られないようにする時に役立つぞ。」
どう見てもオシッコをしたいのがバレバレだが、街中で腕立て伏せをするよりかはマシだろう。
「そして最終形がこれだ!」
そう言うとジェフは何かの民族舞踊のような変な踊りを始めた。
時折股間を引いて腰をくねらせている。
これを外でやったらすぐに変態と認定されるだろう。
「動きの中に尿意を隠す!
肉体的な面と意識的な面とのダブル効果で長くオシッコを我慢出来ることは間違いなしだ!」
キバールは感心しきりのようで、もはや羨望の眼差しでジェフを見ている。
このままいけばこの少年はアホな大人のせいでアホになってしまうだろうが、ジェフの迫力が凄まじく、止めるのが躊躇われた。
「何をやっているキバール!
君も一緒にやるんだ!この動きをマスターして尿意をウェイティングし、キープ・オン・ザ・オシッコをマスターするんだ。」
キバールは大きく頷いて懸命にジェフの動きを真似ようとしている。
オシッコを我慢する為の踊りを、アホな刑事とちょっと残念な考え方の少年がステージで大勢の観客を前にしたように熱く踊っている。
それはだんだんエスカレートしていき、二人は何か通じ合ったのか目と目を合わせて笑っていて、実に楽しそうだった。
俺はジェフに回し蹴りをくらわした。
「ぐあ!何をするんだモルダー!」
漏らさないように股間を抑え、仰向けになったカエルのような体勢でジェフが言った。
「何をするんだだと!こんなアホなことをいつまで続ける気だ?
そんなにオシッコがしたいのならトイレに行けばいいだろう!」
限界までオシッコを我慢するなんてアクションゲームでラスボスまで行った時くらいだ。」
しかしジェフはゆっくりと立ち上がり、首を振りながらこう言った。
「モルダー。君は何も分かっていないよ。
オシッコもウンコもいわゆる排泄行為だ。
しかしその前に何がある?
食べるという行為だろう。
長く排泄が我慢出来るということは、その分長く食事が楽しめるというものだろう。
だから俺は日々排泄行動を我慢する研究を重ねてきた。
そしてその一部をこの同志である青年に伝授することの何処がいけない?
俺はこの少年の為にやっているんだ。」
おそらくこいつは事件の前提を理解していない。
キバールは少し残念な所はあるが、まだ大人には遠い少年であり、食欲が頭の中を9割以上も占めているジェフとは違う。
「なあキバール。君は食べる為にオシッコを我慢しているのかい?」
キバールはぶんぶんと首を振り、思いっきり否定した。
「全然違うよ。ある人から言われたんだ。
君がオシッコを我慢できる究極の体勢を発見出来たら、それは大いなる人類に対する貢献になる。
でもしっぱいしたらオシッコを我慢で出来ない人が増えてやがて人類の存亡に関わる危機になるだろうって。」
「そのある人っていうのは君の友達か知り合いかい?」
「いや、違うよ。ケータイにかかってきたんだ。
名前はレイだったかな。
お前には人類の英雄になれる見込みがある。
だからこの試練を与えようってね。
僕人類の英雄になりたかったんだ。」
やはり少し残念な少年だ。
まあ男の子っていうのは何時の時代も英雄だとか選ばれし者ってやつに憧れるものではあるが。
「キバール。君は水やジュースを飲んだりしたらオシッコに行きたくなるだろう。」
素直にうんと頷くキバールは黄ばんだズボンを気にしていた。
「いいかい。それはただの生理現象さ。
オシッコがしたくなったら、トイレに行けばいい。
いくらそんなものを我慢しても英雄にはなれないからな。
それとその下着とズボンはさっさと履き替えた方がいいだろう。
あとそこのオマルに溜まったウンコも処分しておくんだ。」
キバールはとても悲しそうな顔で今にも泣きそうになっていた。
「そんな!僕英雄になれないの?
あんなに頑張ってオシッコを我慢したのに!
ちくしょう!僕は騙されていたんだ!
こんなことならさっさとトイレにいってパソコンで「尿意を催した時にありがちなこと」ってスレでも立てておけばよかった。」
落ち込むキバールの背中を俺はポンポンと叩いてやり、とりあえずこの悪臭のするオマルに溜まったウンコの山を君のお母さんと一緒に処分しようと言った。
下の階へ降りようとした時、股間を抑えたままジェフが言ってきた。
「そうだ。ついでにウンコの我慢の仕方も・・・。」
俺はジェフの股間に後ろ蹴りを入れた。
口からは泡を吹き、下からは盛大にオシッコを漏らしてジェフはその場に倒れ込んだ。
「ちょっとおじさん。人の部屋でオシッコを漏らさないでよ、汚いなあ。」
俺は何も言わず、とりあえずキバールの背中を押して母親の所まで連れて行った。
無事に部屋から出てきたキバールに母親は涙を流して喜び、キバールもこれからはオシッコがしたくなったらトイレに行くと約束した。
事件は無事に解決したわけだ。
され、二階で倒れているアホを連れて帰ろうかと思った時にキバールの家の電話が鳴った。
母親が電話に出たが、顔が強張ってこちらを見ている。
俺は受話器を受けとり、電話を代わった。
「もしもし、失礼だがどちらさんかな?」
相手はしばらく無言であったが、ふうとため息が聞こえた後、話しかけてきた。
「まさかXファイルの捜査官が来ているとはな。
計画は失敗だ。」
「お前は一体誰だ?何故こんなことをさせた?
どうして俺がXファイルの捜査官だとしっている?」
またしばらく間が空いてから返事が来た。
「モルダー。君が優秀なXファイルの捜査官というのは有名だよ。
俺はレイという者だ、よろしく。
今日はスカリーとのコンビではなかったようだな。
まあもっとも彼女とのコンビならもっと早く事件は解決されていたか。」
スカリーのことまで知っているとは。
こいつは何者なんだ?
「モルダー捜査官。今日の所は潔く負けを認めよう。
だが我々の野望はまだ終わったわけではない。
またいずれ、お目にかかる時がくるかもしれないな。
では、その時まで。」
「おい待て!お前は一体何者なんだ?」
聞き返したが電話は切れていた。
かなり気になる電話ではあったが、切られた以上はどうしようもない。
今はとにかく事件が解決したことを喜ぶべきだろう。
抱き合う親子を頬笑みながら見ていると、二階からジョンが降りてきた。
「すいませんがお母さん。替えのパンツとズボンを貸してもらえないだろうか?
あと出来れば何か食べ物を。」
俺は渾身のアッパーでジェフを気絶させて肩に乗せ、親子に部屋のオマルに溜まったウンコの処分するように言い、そして別れの挨拶をしてキバールの家を後にした。
3日後、いつものように出勤するとスキナーが声をかけてきた。
「この前の事件はご苦労さん。
仕事が一段落ついたら君も休暇を取るといい。」
「ああ、是非そうしたいね。」
色んな意味で疲れた事件だったので、休暇でもとって何処かでのんびりしたいものだ。
「ああ、それともう一つ。
今日から君たちと同じ職場で働くことになったジェフ捜査官だ。」
俺は飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになり、スキナーに詰め寄った。
「おい!何故こいつがここにいるんだ。
これから俺達と一緒に働くっていうのか?」
「そうだ。聞く所によると今回の事件の解決に多いに彼が活躍したそうじゃないか。
きっと我々の心強い味方になってくれると思ってね、よろしく頼むよ。」
そう言ってスキナーは去っていった。
目が合うとジェフは軽くウィンクを飛ばしてきた。
両手にはチキンとコーラを持っている。
俺は大きくため息をついて自分のデスクまで歩いて行き、途中ですれ違ったスカリーが皮肉っぽい目の微笑で挨拶をしてきた。
それだけで少しは心が救われるというものだ。
自分のデスクに座り、一口コーヒーを飲んで顔をこするとスカリーの呟きが聞こえてきた。
新しいキャサリンの世話係が出来たわねと。
しかしそれはやめた方がいいだろう。
そいつならマヨネーズと一緒にキャサリンを食べかねないからな。
俺はどうでもよくなって、とりあえずコーヒーを飲み干し、しばらくデスクで居眠りをすることにした。
横目でジェフを見ると両手で拳を作って一方の足の指でもう一方の足を踏んでいた。
俺は思った。
さっさとトイレに行けよ。
まあその内、スカリーの金的蹴りで盛大にオシッコをぶちまけるのは目に見えていて、その金的蹴りが俺以外の誰かにかまされることになることにちょっと嫉妬する。
やれやれ、俺も充分変態かもな。
オシッコをしたくなったが、面倒くさいので居眠りの後で行くことにした。

                            第5話 完                                                 



第五話 それはただの生理現象さ(2)

  • 2010.04.14 Wednesday
  • 16:25
 あれだけの量をぺろりと平らげてしまうジェフの胃袋に関心したが、今はそれどころではなく、事件の解決に向けて全力を注がねばならない。
「じゃあ行こうか、ジェフ。」
「ああ、ちょうど腹八分でいい感じだ。この俺がズバッと解決してやるぜ!」
俺もズバッと事件を解決して、さっさとスカリーとのコンビに戻りたいものだ。
母親にこれ以上交渉を続けても事件解決の進展が望めないことを伝え、息子の部屋へ強硬突入する旨を伝えた。
「そんなことをしてもしあの子に何かあったら。拳銃だって持ってるし・・・。」
心配そうな母親を俺は必死に説得し、ジェフは食卓の食べ残しを漁りながら頷いている。
お前はそこでずっと食べていればいい。
「お母さん、我々もプロです。きっと安心出来る形で事件を解決してみせますよ。
だからどうか許可を頂きたい。」
食べ残しを平らげたジェフが会話に割って入ってくる。
「あと熱いコーヒーもね。」
お前は黙っていろ。
俺は何とか粘り強く説得を続けた。
そして母親は心配そうな顔をしながらも渋々許可を出してくれた。
確かに強硬突入には危険が伴うが、ここはXファイル担当のキャリアと腕の見せどころで、必ず良い方向で事件を解決してみせると誓った。
勝手にコーヒーを作って飲んでいたジェフを、俺は二階へ引っ張って行き、強力な異臭のする息子の部屋の前で立ち止まった。
「ジェフ、息子の名前は確かキバールだったな。」
「ああ、そうだ。間違いない、俺の胃袋がそう言っている。」
俺はキバールの部屋に向かって呼びかけた。
「やあキバール。どうやら話し合いではこれ以上何も解決しないようだ。
悪いが無理矢理にでも君の部屋へ入らせてもらうぞ!」
キバールからの返事は無かった。
俺は万が一を考えて防弾ベストを着ていた。
そして右手に拳銃を構えて静かにキバールの部屋のドアを開けた。
以外なことに鍵はかかっていなかった。
「ジェフ、注意しろよ!」
右手にチキン、左手にコーヒーを持ったジェフが頷く。
俺は慎重にドアを開いて行き、中から漏れ出した悪臭に思わず顔をしかめる。
部屋は薄暗い明かりが灯っていて、ざっと見回す限り特別な物は無かったが、部屋の中央にいる青年だけが異様な雰囲気を放っていた。
俺は拳銃を持つ手に力を込め、少しだけキバールの方へ近づいた。
シンプルなイスにウンコ座りで両手を祈るような形でブルブルと体を震わせているキバールは、俺など視界に入っていないという様子で何かに集中していた。
その目は真剣そのもので、これからオリンピックにでも出場しようかという選手くらいに緊張と気合に漲っていた。
俺は少し恐れながら聞いてみた。
「一体君は何をしているんだ?」
しばらくの間があった後、キバールはこちらを見ずに答えた。
「オシッコを我慢しているんだ。」
何だって?
小便を我慢している。
何故?どうして?
そんなにしたいのならさっさとトイレに行けばいい。
俺は失礼だとは思ったがキバールの股間の辺りを覗いてみた。
ズボンは黄ばんでカピカピになっており、これまで何度も漏らしたことが窺える。
そして今も少し漏れているようだった。
「いや、その、何だ。オシッコを我慢するのは体に良くない。
とりあえずトイレに行ってきたらどうだ。」
事件の話を聞くのはそれからでもいいのだが、キバールは拒否した。
「まだだ!まだ許容範囲だ!」
何が許容範囲なものか!
もうすでに少し漏らしているではないか。
「あまり無理するな。そんな状態じゃまともに話も出来ない。
とりあえすトイレに行ってそれから・・・。」
続きを言いかけた所でジェフが俺の肩に手をかけた。
「モルダー、よすんだ。」
今までに見たこともないほど真剣な顔でジェフはそう言った。
「いや、こんな状態じゃいつ漏らしてもおかしくないし、それにまともに話が聞けないだろう。」
俺の言葉に首を振ってジェフは言う。
「違うんだモルダー。これこそが事件なんだ。
今この少年がオシッコを我慢している、それこそが全てなのさ。」
一体この男は何を言っているんだ。
食い過ぎでついに頭がおかしくなったか?
俺はジェフの手を振り払い、強く聞き返した。
「これこそが事件っていうのは一体なんだ。この少年は今小便をオリンピックに臨む選手のように真剣かつ本気で我慢している。
それが何だって言うんだ?
だいたいお前はなんでいきなりそんな俺は全てを分かってるぜみたいな顔をして割って入ってくる?
さっきまでチキンを美味そうに食べてただけじゃないか。」
「そうだよ。俺はこの少年を見た瞬間、全てを悟った。
彼は同志だったとね。
だからこそ全てが分かるし、この事件も解決出来る。
ここは俺に任せてもらえないだろうか。」
世界丸見えで、あの時は本当にどうなることかと思いましたみたいに当時の事をコメントしている人間のように気迫に満ちたジェフの言葉と雰囲気に俺は圧倒され、何も言えずに引き下がってしまった。
ああ、この事件は一体どうなるんだ。
スカリー、一言でいいから心を抉るようなSな言葉で俺に力をくれ!
ケータイを取り出してボタンをプッシュしかけたが、着信拒否になっていたことを思いだしてポケットに戻す。
やれやれ、食欲が脳内の9割以上を占めている男と、オシッコを我慢することに人生を懸けている少年と、一体どんな会話が始まるのか?
俺には学研の案内についてくる内容が毎回同じ漫画のようにはいかないことが分かってきて、コーヒーとタバコでスカリーの辛辣な言葉を思い出す以外にまともにいられる自信は無かった。
どうでもいいから、とりあえずキバールよ。
さっさとトイレに行くべきだ。

                             第5話 またつづく

第五話 それはただの生理現象さ

  • 2010.04.13 Tuesday
  • 16:34
 クソ暑い夏の車の中、隣にいるのはスカリーではなくむさ苦しい男の刑事だった。
「なあモルダー、今日でもう5日目だ。そろそろ動いてもいいんじゃないのか?」
今回ジェフというニューヨーク市警の刑事とコンビを組まされ、捜査が難航している事件にあたれとスキナーから言われたのは一週間ほど前だった。
「関係者の話を聞く限り、どうも普通の事件ではなさそうだ。
俺も事件の書類に目を通したが、これはXファイル臭がぷんぷんする事件だ。
現地の警察と協力し、合同で捜査に当たるように。」
FBIと言えども所詮はサラリーマンと同じ、上からの命令には逆らえない。
隣にはいつものように知的で少し冷徹な笑みを浮かべるスカリーの姿はなく、今頃彼女はバケーションを利用してのんびりと羽を伸ばしながら寄ってくる男に極上のSな態度をもってつっぱね返しているはずだった。
何が悲しくて、俺はこんな培養に失敗したサボテンみたいな顔と、スト兇離譽戰襭永造貌阿の遅いザンギエフのような男と仕事をしなければならないのか。
不満を言った所で何かが変わるわけではなく、とりあえずは与えられた仕事をこなすことに意識を傾けてきたが、こんな男と5日も一緒だとやはり気が滅入ってくる。
「モルダー、新発売のバーガーだ。チーズの間に肉が挟んであって、さらに肉の中にもチーズが入ってる。ポテトと一緒に頬張るとギトギトの油が口の中を満たしてたまんないね。
君も一つどうだ?」
俺は軽く手を振って遠慮し、タバコを一口ふかして窓の外に目をやる。
「新発売のバーガーとやらはいらないが、さっきジェフが言った事には一理ある。」
今回の事件の内容はこうだ。
一月ほど前に年配の女性から警察へ電話がかかってきた。
「息子が部屋から出てこないの!それどころか10日ほど前から自分の部屋がある二階へも上がってくるなと言っている。何とかしてちょうだい!」
電話で対応した警官はそういうことは内の範疇で無いから他所へ電話してくれと言ったという。
しかし女性は続けた。
「したわよ!けど何処も内じゃ無理だっていうから警察に頼んだの。
息子の部屋から異臭がするのよ!部屋に近づこうとすると暴れ出すし。
外に出て窓から様子を見てみると奇妙な動きをしていて時々叫んだりするの。
それに主人の部屋にあった拳銃が無くなっているし。」
拳銃という言葉を聞いて警官は真面目に話を聞き出したそうだ。
「それで、その拳銃は息子さんが持っていると?」
「分からないけど、多分そうだと思う。
それと三日前に変な電話がかかってきたの。
お前の息子は人類の限界を試されている。
もし成功すればそれは偉大なことだ。
しかし失敗すれば、大きな悲劇が起こるぞって。
私もう怖くなって!
主人に相談したってどうにもならないし。
きっとあの子誰かに脅されて何かをさせられているのよ。
そして上手くいかなかったらあの拳銃で何かしでかすつもりなんだわ!
お願いだから早くなんとかしてちょうだい!」
涙交じりに悲痛な叫びを訴えてくる女性に、警察は息子が何らかの事件に巻き込まれている可能性あると判断し、捜査を開始した。
当初は脅迫の疑いがあるとみて女性の自宅の電話に逆探知の機械を設置して待っていたが、それ以降電話はかかってこない。
また警官が無理やり部屋に入ろうとするとが息子は頑なに拒否。
もし無理に押し入ってその息子が拳銃を使って発砲してもいけないので、警察は地道に交渉を続けていたが、自分の目的の邪魔をするなの一点張りで進展は無し。
部屋の異臭はだんだんと強さを増していき、また窓から見える息子の奇行もエスカレートしていっている。
そしてその中で宇宙がどうとか、人類の存亡がかかっているだとかいう言葉が聞こえてきたので警察は普通の事件では無いと判断。
そしてXファイル扱いで俺が駆り出されたというわけだ。
仕事は選べないにしても、せめて相棒くらい選ばして欲しかったのが本音だ。
この5日間、俺も粘り強く交渉に臨んだが進展は無く、ジェフは息子の母が振舞う手料理をむさぼっているだけだった。
きっとこの男は三大欲求の食の部分が9割以上を占めているのだろう。
いつまでたっても進展の無いこの事件、もはや待つのもジェフの食べるだけのクッキングパパっぷりを見せつけられるのもうんざりだった。
ここは意を決して息子の部屋に突入するべきかもしれない。
「なあジェフ。さっきお前が言った通り、そろそろこっちから積極的に動いてもいいかもしれない。」
俺はこの事件をさっさと解決し、スカリーとの言葉のSMごっこをすることを心から求めていた。
「ああ、そうだなモルダー。でもこのビッグテリヤキチキンと特大チーズとバターとピクルスのバーガーを食ってからな。
あ、後コーラも飲んでから。」
俺はお前がバーガーの食材になってこいと思った。
マヨネーズをかけて、キャサリンに食わせてやりたいが、グルメのあの犬はきっと吐くだろう。
 
                             第5話 つづく

第四話 僕はいたって普通さ

  • 2010.04.11 Sunday
  • 11:47
 夕暮れ時のニューヨークの街を、俺はタバコを吸いながら一人歩いていた。
特に目的があるわけではなく、仕事に疲れたときはこうして周りを眺めながらブラブラと歩くのも悪くない。
仕事終わりのビジネスマンが通りを埋め尽くし、俺はその人の多さにうんざりして川の見える静かな公園へと足を向ける。
ここは普段は犬の散歩やジョギングをする人、そして若いカップルが愛を語らっている場合が多いのだが、今日はベンチに老夫婦が一組座っているだけだった。
夕陽に照らされる川面が俺を感傷に浸らせ、昔の金曜ロードショーのオープニングのテーマが脳内で再生される。
近くにあった灰皿に俺は吸い殻を投げ捨て、新しいタバコに火をつけようとした。
その時、ベンチに座っていた老夫婦の男性が突然立ち上がり、空に向けて手を上げて何やらブツブツ呟き始めた。
座っている女性の方は手を祈るような形で組み合わせて目を閉じていた。
俺はタバコに火をつけた後、しばらくその様子を眺めていたのだが、急に尿意を催してきたので老夫婦に背を向けて川に放尿した。
体がブルっと震え、いちもつをしまうと残尿感に襲われた。
俺ももうそんな歳か。
体に訪れる自分の年齢の変化に少し悲しみを感じているとふと背後に気配を感じた。
「あんた、こんな所で小便をしたらいかんよ。川が汚れるんだから。」
さっきまで空に手を上げてブツブツ言っていた男性が俺に説教を垂れ始めた。
俺は恥ずかしさと驚きとで一瞬固まったが、すぐに気取った顔をみせて答えた。
「やあ、すまない。この歳になると中々尿意を我慢できなくてね。
悪いとは思ったが漏らすよりはマシだと思ってやってしまったんだ。
気を悪くしないでくれ。」
男性はムッツリした顔で自分のズボンを少しずらし、中を見せてきた。
「おいおい、やめてくれよ。俺にそんな趣味は無いんだ。
第一あんたには奥さんがいるだろう。」
「馬鹿もん。そういう意味じゃないわい。
ほれ、見ろ。わしはいつ尿意を催してもいいようにオムツをはいておるでな。
お前さんも立ションするくらいならこいつをはけ。」
俺は呆れて目の前で手を振ってみせる。
「冗談はよしてくれ。まだそこまで歳じゃないんだ。
もう立ションなんてことはしないから勘弁してくれないか。」
男性はズボンを元に戻し、納得したように頷いた。
「それよりさっきのは何だい?空に向かって手を上げて何かブツブツ言ってただろう。」
その瞬間、男性は周りの気配を窺い、俺の耳元で小さく言った。
「この川にはな、空から降ってきた神聖な恐竜の生き残りがおるんじゃ。
だからわしらは毎日欠かさずここへ来てお祈りをしておるんじゃ。」
真面目な顔でそう言った男性は夕陽に照らされる川に向かってまた同じことを始めた。
空から降ってきた恐竜?
馬鹿らしい。
いくらXファイルでもそんなネタを扱ったことはない。
空から恐竜が降ってきたら大気圏で燃え尽きてしまう。
恐竜が宇宙服でも着てたっていうのか?
そんな光景があるなら一度は拝んでみたいものだ。
ここは一つ、Xファイルの捜査官としての知識を披露しておこうか。
「なあじいさん。地球には大気圏というものがあってだな、恐竜なんて生き物が降って来たってそこで燃え尽きてしまうのさ。
だからもし空から何か振ってきたのなら、そいつは高度な文明を持ったUFOか火星人だ。」
俺は真剣に、そして諭すように男性に語った。
悪戯をして泣きじゃくるミシェルをなだめる優しいパパのように。
男性は訝しげにこちらを向き、真顔でこう言った。
「あんた馬鹿でねえの。」
俺は泣きそうになった。
何だと。
それじゃまるで俺の方が頭がおかしいみたいじゃないか。
俺はいたって普通さ。
おかしいのはあんたの方だ。
だがここはぐっと堪えて大人らしい態度で反論するべき所だろう。
「そうかもな。ただな、じいさん。
さっきから気になっていたんだが、あんたのばあさんもスカートを持ちあげて用を足そうとしているぞ。」
そう言って俺はばあさんの方を目で指し示し、吸い終わったタバコを灰皿に押し付けた。
「こりゃあ〜、お前まで何をやっとるか〜!」
男性は慌ててばあさんの元へ駆けより、下げていたカバンからオムツを取り出している。
俺は何だか気が滅入って、気晴らし所か憂鬱な気分になった。
こんな日は一杯飲んで帰るに限る。
俺はケータイを取り出し、行きつけのバーへ行こうとスカリーに電話をかけた。
着信拒否だった。
俺は泣いた。

第三話 これは宇宙人の仕業さ(2)

  • 2010.04.08 Thursday
  • 20:42
 「お待たせ、モルダー。ちょっとスキナーに用事があってね。」
今頃スキナーは禿げかけた頭にバスタオルをスパーンと叩きつけ、マヨネーズを片手にキャサリンの所に向かっている所だろう。
彼も俺と同じように、朝の犬とのランデブーを楽しむはめになるが、そんなことはお構いなしのスカリーはハミルトン刑事に事件の概要を尋ねていた。
「こんな美人さんがFBIとは恐れ入った。得意の捜査は良い男漁りかな?」
ハミルトンの皮肉も無視してスカリーは事件の説明を求めた。
「詳しい現場の状況を知りたいから事件の遭った部屋へ案内して頂戴。
あと第一発見者の話しも聞きたいわね。」
凛としてそう答えられるとハミルトン刑事はいささか面白くない様子でアパートの二階を目で指し示した。
「事件があったのは二階にある203号室だ。とても口では表現し難い死に方なので自分達の目で確かめてくるといい。」
俺達は事件のあった部屋へ移動した。
木造のボロアパートなので歩くたびにぎしぎしと音が鳴った。
「この部屋だな。」
現場となった部屋では素っ裸の男が体中に萌アニメの絵を描かれた状態で死んでいた。
外傷らしきものは無く、被害者の顔はどこか幸せそうにも見えた。
部屋も荒らされた形跡は無く、物取りの犯行というわけでもなさそうだった。
スカリーが死体に近寄り、手袋をはめて調べ出した。
「詳しい事は検死を行ってみないと分からないけど、絞殺や殴打、刺し傷なんかは見当たらないわね。
考えらえるなら毒殺かしら。」
俺は死体よりも描かれた萌アニメの方に気を取られていた。
もし俺の部屋に初音ミクの限定版のフィギュアとポスターがあると知ったらスカリーは幻滅するだろうか?
それにしても上手いこと描いてある。
犯人は相当に名のある絵師の違いない。
「モルダー、何を考えているの。心ここにあらずって感じよ。」
スカリーの声で我に返り、とりあえず事件の方に意識を傾ける。
「随分不可解な死に方だ。俺なら便器でクソを垂れたまま死んだ方がマシだな。」
「冗談言ってないで。第一発見者の話しも聞きに行きましょう。」
俺は死体の萌アニメを目に焼き付け、後でインターネットで検索出来るように覚えておいた。
一階に下りてハミルトン刑事に第一発見者のこと聞くとしよう。
「やあ、何とも言えない死に方だね。捜査が難航するわけだ。
それで第一発見者の話しを聞きたいんだが。」
ハミルトン刑事は鼻くそをほじっていた。
「第一発見者は事件のあった部屋の隣の住人だ。
ほら、そこの若い学生風の男がそうだ。」
振り向いてみると刑事と話している学生風の男がいた。
白いポロシャツにジーパン、ちょっとくせ毛で安物のスニーカーを履いている。
雰囲気からして大学生といった所か。
「やあ、君が第一発見者かい?
僕はモルダー、こっちはスカリー。ちょっと聞きたいことがあるんだ。」
学生風の男はかなり緊張した面持ちでFBIの手帳を眺め、軽く咳払いをして答えた。
「どうも、ジョンソンと言います。」
ジョンソンは握手を求めてきたので応じたが、その手は油っぽい汗でべちょべちょで、俺はすぐさまズボンの裾で拭いた。
その様子を見ていたスカリーはあっさり彼の握手を拒否して、笑顔だけで応じた。
ジョンソンはちょっと傷ついたようだった。
「事件について聞かせて欲しいことがあるんだ。
君が発見した時にはもうあの状態で?」
俺はジョンソンが一瞬目が泳いだのを見逃さなかった。
スカリーもそれに気付いたようで、少し強めに詰め寄る。
「失礼だけど、あなたは事件を発見する前は何処で何をしていたのかしら?」
ジョンソンはひどく動揺をし始めて、ごくりと生唾を飲んだ。
その宙を泳いだ目はカメレオンのように左右前後に動いている。
その時俺の中に閃光のような感覚が走った。
こいつは宇宙人に違いない!
目をカメレオンのように動かせる人間など存在しない。
きっと傷を残さない高性能ビームか何かで被害者を殺し、今流行りの萌アニメを使って人類を征服するつもりだったのだ。
「スカリー!気をつけろ!こいつは宇宙人だ。萌アニメで地球征服をたくらんでいる。
俺も危うくその作戦にはまりかけている所だった。」
家に帰ったら萌アニメのフィギュア1000体とポスター2000枚を早々に処分しなければ俺も洗脳されてしまう。
「早くそいつから離れるんだ!」でないと君もラキスタとけいおんの虜にされてしまうぞ!」
俺はスカリーの腕をつかんで無理矢理引き寄せた。
「ちょっと何するのよ!」
スカリーの強烈な金的蹴りで俺は地面をのたうちまわった。
クソ!すでにスカリーは洗脳済みか。
ハミルトン刑事!手を貸してくれ、こいつは宇宙人だ!
思いっきり叫んだが、ハミルトン刑事は鼻毛を抜いていた。
「ごめんなさい。この人たまに頭がおかしくなるのよ、放っておいて。
それより何故あなたはそんなに動揺しているの?
事件に無関係ではないわね。知っていることを素直に話して頂戴。」
スカリーのその言葉にジョンソンはおいおいと泣き崩れた。
「ごめんなさい。僕のせいなんだ。」
ジョンソンは両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「やはりお前は宇宙人で・・・。」
またもスカリーの金的蹴りが入り、俺は危うく天国へと導かれそうになる。
「お願い、知っていることを話して。自首すれば罪も軽くなるのよ。」
ジョンソンは涙交じりの声で語り始めた。
「実はあいつと俺はオタク仲間なんだ。二人とも日本のアニメが好きでよく一緒にアニメを見たりフィギュアを買ったりしていたんだ。
そしたらある日、日本のサイトで痛車なるものを見つけたんだ。」
「痛車?」
何のことか分からないというふうにスカリーが尋ねる。
「車に自分の好きな萌アニメのキャラクターを描くんだ。
そしてそれを恥ずかしげもなく街中で乗り回すんだ。
俺達は正直すげえって思ったよ。
ニューヨーク一番のオタクだと思っていたら、そんなものはとんだ井の中の蛙だったんだ。」
スカリーは虫けらを見るような目でジョンソンを見ている。
頼むから、そのドSな視線をちょっと俺にも分けてくれ。
「俺たちは落ち込んだ。やっぱりクールジャパンには勝てないんだって。
あいつらは常に未来を行っているんだと。
けど、あいつは、ベンジャミンは違ったんだ。」
「ベンジャミン?」
ウジ虫を見るような目でスカリーが聞き返す。
「部屋で死んでるあいつだよ。
あいつは言っていた。
俺は負けないと。クールジャパン何するものぞ!
今こそアメリカンスピリットを見せつけて日本のオタク共を見返してやるんだと。
そして向こうが車なら俺は体に萌アニメを描いて、素っ裸でニューヨークを歩いて見せると。
俺は必死に止めたが、奴の熱意はアイウォンチュウと呼びかける一作目のロッキーのアポロより熱かった。
もう俺にはどうしようもなかったんだ。」
フンコロガシに転がされるフンを見るような目でジョンソンを見ているスカリーは、ポケットから口紅を出して化粧直しを始めていた。
「俺は奴に頼まれた通りに日本の萌アニメの絵を素っ裸の体に描き始めた。
これでも同人誌で300部売り上げたほどの腕だから、絵には自信があったんだ。
へへ、すごいだろ?
まあ今はそんなことはそうでもいいか。
とにかく俺は奴の体に絵を描きまくったんだ。
最初は腕、次に、足、そして背中と顔の順番にね。これが奴の要望だったから。」
俺はこいつが宇宙人かどうか分からなくなってきていた。
何て人間らしい心を持っている奴なんだ。
蹴られた股間を気にしながらも、俺はゆっくりと立ち上がって話しを聞き続けた。
ハミルトン刑事は取った鼻クソを丸めて捨てていた。
「そしてお腹に描いて、次に胸だった。
最後に胸に描いてくれというのが奴の要望だったからだ。
何でも最後の仕上げは胸の鼓動と共に感じたいからだったそうだ。
そして俺は丁寧に胸に絵を描いてフィニッシュさせた。
その瞬間、奴は体をブルっと痙攣させて極上の喜びを現わしていたよ。
俺もその時は描いたかいがあったなと思ったんだ。」
化粧直しを終えたスカリーはスキナーにキャサリンの餌が済んだかどうか確認していた。
ハミルトン刑事は耳くそをほじっていた。
「奴は俺に聞いてきた。どうだい?俺はイカしてるかい?ってね。
だから俺は言ってやったさ。その格好でニューヨークを歩けばクールジャパンのエキサイティングサイト、2ちゃんねるの連中もケツの毛が抜けるほどビックリするだろうし、街中の人間がお前にあらゆる意味で注目するだろうってね。
そしたらその瞬間、奴は二コリと笑って天に召されてしまったわけさ。
もう喜びと充実感で心がいっぱいになって全てが満たされてしまったんだろうね。
その姿で彼が歩いて行ったのは、ニューヨークではなく、天国へと続く階段だったわけさ。
さぞや天使も驚いたに違いないだろう。」
ハミルトン刑事が俺に近づいてきて何とも言えない顔でこう言った。
「やはりこんな難しい事件は俺達には無理だ。後はあんた達FBIに任せるよ。
そう言うとハミルトン刑事は丸めた耳くそを放り投げて出て行った。
「僕が悪いんだ。僕が萌アニメの絵を描かなければこんなことには・・・。」
俺はジョンソンの肩にポンと手を乗せ、優しく頷いた。
「君は宇宙人じゃない。れっきとしたアニメオタクの人間さ。
全身に萌アニメの絵を描かれた彼もさぞ幸せだったことだろう。
ただ、残念なことは君も天に召された彼も少しばかり脳みそが足りなかったというそれだけのことさ。」
別に萌アニメを描いて犯罪になるわけでもなく、後は彼が気違いを起こして自分の体にも萌アニメの絵を描かかないことを祈るばかりだった。
スキナーとの電話を終えたスカリーが俺の後ろの立っており、渋い顔でこう言った。
「あなたの言った通り、これは宇宙人の仕業かもね。
頭の中の構造が、私には同じ人間とは思えないわ。」
そう言って出て行く彼女に俺もついて行き、振り返ってジョンソンを見ると自分の体に絵を描くような仕草をしていた。
俺はそれを気にせず、とりあえず不味い缶コーヒーでもいいから飲みたい気分になっていた。
まあ後は残った警察に任せるとしよう。
警察の立ち入り禁止テープをくぐって外に出るとき、見張りの警官はまだ下半身を敬礼させたままだった。

                                 第三話 完

第三話 これは宇宙人の仕業さ

  • 2010.04.07 Wednesday
  • 13:24
 「昨日ニューヨークの一三番街通りのアパートで起きた殺人事件で、被害者は何とも言えないような不審死をしており、捜査が難航していることからFBIとニューヨーク警察の合同捜査になることが発表されました。
またFBI捜査責任者のチョモランマ・モンゴリアン・ホルスタイン指揮官は一日も早く事件を解決して市民の皆さんに安心してもらえるように努めると言いました。」
音ばかり大きくて全く冷房が利かないボロパトカーに乗りながら、俺はラジオのニュースに耳を傾けていた。
昨日バーでママと交わした「人間とは何なのか?」という熱い議論も、酔いが冷めた今となっては馬鹿らしくて小恥ずかしい気分になる。
本当ならばコーヒーメーカーから極上のカフェインを頂きたかったのだが、急な呼び出しがかかったので目の覚めきらないまま俺は助手席で項垂れていた。
途中で買った缶コーヒーは口に合わず、俺は愚痴まじりに運転しているスカリーに話しかけた。
「朝くらいゆっくりシャワーを浴びてコーヒーでも飲ませて欲しいものだが、警察ってやつは融通が利かないな。
俺はベッドから起きてケータイが鳴った瞬間にきっと相手はスキナーからだと分かったよ。
奇妙な事件ばかり担当しているせいで、いよいよ俺にも予知能力なんてものが備わってきたかな。」
ハンドルを握るスカリーは口の端だけで笑ってみせる。
毎回の俺の愚痴を聞き流すのはお手の物で、これ以上突っ込めば理路整然とした反論の余地のない理屈が飛んでくるのは分かっているが、俺はそれが聞きたくてわざと愚痴を続けた。
「君はいつだって冷静で落ち着いているな。まさに警察の鏡だよ。
それを少し俺にも分けてくれたら君の相棒としてもっと頼りになれそうだ。」
「あら、その言い方なら普段から頼りになってると思っているわけね。
確かにあなたは優秀な捜査官よ、それは認めるわ。
けどね、遅刻をしたり書類を提出し忘れたりととにかくルーズなのよ。
いつもその尻拭いをしているのは誰かしら?
あなたはもっと警察官としての自覚を持った方がいいわ。
それにね、夜中に急に電話をかけてきて、大変だスカリー!火星人が俺のケツの穴を塞いでやがる!すぐに硫酸とスコップを持って急いで来てくれ!なんて酔っぱらって電話をかけてくるのもしょちゅう。
呆れて物も言えなくなるわ。」
ため息混じりのスカリーの怒りが、俺のMな心を刺激して缶コーヒーの何倍もの眠気覚ましになる。
現場が近くなってきて、俺はスカリーに軽くウィンクをする。
「すっかり目が覚めたよ。やっぱり君は最高の相棒だ。」
諦めたような目で俺を見て、スカリーはパトカーを停めて降りた。
急にタバコを吸いたくなったが我慢して、仕方なく俺も現場へ向かう。
事件のあった場所は警察の立ち入り禁止のテープが張られており、その近くで制服姿の警官が出入りする刑事達に挨拶をしていた。
俺とスカリーはFBIの手帳を見せながらテープをくぐり、その時に見張りの警官がしゃがんだスカリーのケツに目が釘付けになっているのを俺は見逃さなかった。
若そうな警官なので無理もないが、そんなことをしていたら別の場所が上に向かって敬礼してしまうわけで、きっと仕事が終わるまで敬礼しっぱなしだろう。
事件のあったアパートの中は警察関係者でごった返してして、俺はその中の一人の刑事に近づいた。
どこの世界にも縄張り意識はあって、おそらくニューヨーク市警であろう彼は俺の見せたFBIの手帳を横目でちらりと見ると嫌そうな顔をして、それでも一応の社交辞令としてこちらからの握手は拒否しなかった。
「やあ、ラジオでもやってたけど中々事件が難航しているんだって?
微力ながら手伝いにやって来たんだけど、あんまり邪見にしないでくれよ。
そうそう、自己紹介がまだだった。僕はモルダー。
ルーズで甲斐性無しなしがないFBIだよ。
君は?」
刑事は少し薄くなりかけた頭をボリボリ掻きながら答えた。
「ハミルトンだ、よろしく。」
さて、目も完全に覚めてきたことだし、そろそろ本気で仕事にとりかからなければスカリーとスキナーの両方から巨大な浣腸でも刺されかねない。
俺はスカリーに向き直り、さあ仕事だと目で合図を送った。
彼女はスキナーにキャサリンにマヨネーズをと電話している所だった。

                                第三話 つづく


第二話 君はいつだってそうさ

  • 2010.04.06 Tuesday
  • 10:49
 大詰めになっている事件に追われて夜通し仕事をしていた俺は、今帰宅したばかりだった。
広くも狭くも無い部屋は相変わらず無言で俺を迎えてくれる。
「やれやれ、一人暮らしに慣れるってのは良いことなのか、悪いことなのか。とりあえずしばらく結婚は出来そうにないな。」
俺は誰もいないキッチンに向かって独り言を呟き、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出す。
そしてベッドの上に腰掛けてテレビをつけ、ビールを一口流し込んだ。
テレビの画面ではしらじらしい演技で役者が愛について語っており、俺は無感動にそれを聞きながらもう一口ビールを流し込んだ。
大根役者のくさい愛のセリフであろうとも、静まり返った一人暮らしの部屋で一人ビールを飲むよりはいくらかマシというものだ。
俺はカーテンを開け、徐々に登ってくる朝日に目を細めながら軽く背伸びをした。
そしてバスタオルを掴んでシャワーを浴びようとバスルームに向かおうとしたとき、ケータイの着信音が鳴った。
俺はバスタオルを首にかけ、電話にでた。
「おはよう、モルダー。夜勤明けでもう寝る所を邪魔しちゃったかしら?」
電話の相手はスカリーで、その健康的な発声から察するに俺とは逆にたっぷり眠っていたらしい。
「やあ、スカリー。今からシャワーを浴びてテレビドラマでも見ようかと思ってた所なんだ。
彼らは昔の哲学者より健康的で分かりやすい愛を語っていて勉強になるよ。」
スカリーはクスリと笑い、冗談混じりに聞き返してくる。
「あなたが愛に興味があったなんて知らなかったわ。好きなのは寝起きのコーヒーと難解な事件だけかと思っていたわ。」
「長い付き合いなのにひどい誤解だな。俺はいつか慎ましい家庭を築いて田舎でのんびり暮らすのが夢なんだ。
その為には万人受けするテレビドラマの愛って奴は役に立つさ。」
彼女が腰に手をあてて、その知的な顔を皮肉っぽく微笑させているのが受話器越しに目に浮かぶ。
俺は一つ咳払いをして聞いた。
「それで、本題は何だい?まさか俺の声を聞かないと目が覚めないってわけじゃないだろう。」
もしそうなら中々悪い気はしないが、それはフルハウスのジェシーおいたんがアカデミー最優秀賞をとるよりも確立は低いだろう。
「残念だけどあなたの声が無くても気持ち良く目覚められるわ。
それで実はね、マヨネーズを買ってきてほしいの。」
「何だって?」
俺はすっとんきょうな声で答えていた。
「だから、マヨネーズを買ってきて欲しいのよ。ちょうど今切らしちゃってね。
内で飼っている犬のキャサリンが餌にマヨネーズをかけてあげないと食べてくれないのよ。
私はこれから仕事だし、あなたは今日は休みでしょう?
それでマヨネーズを買ってきたついでに犬用の缶詰にそれをかけて食べさせてあげて欲しいのよ。」
明るくなってきた陽射しが眩しく俺の顔を照らし、犬の為にマヨネーズを買うという使命と相まってしかめっ面になった。
「出来れば8時までにお願いしたいのよ。キャサリンはそれ以降だと不機嫌になっちゃうから。
じゃあお願いね。」
彼女はそう言って電話を切った。
「クソ!テレビじゃ人間同士が愛を語り合っているというのに、俺ときたら朝から犬とランデブーかよ!」
シャワーを浴びる気もなれず、俺は冷蔵庫からもう一本缶ビールを取り出して一気に飲み干す。
「ガッデム!」
思いっきり叫んだ。
そして首にかけていたバスタオルをスパーンと股間に叩きつけ、その快感が少し気持ちを落ち着かせる。
俺は玄関に向かい、一人呟く。
「スカリー、君はいつだってそうさ。」
そしてその馬鹿げた無茶な要求にいつも応えている自分に気付いてまた呟く。
「俺だっていつもそうさ。」
テレビから流れてくる愛の言葉を全てマヨネーズに置き換えればそれなりに気持ちも晴れるというものかもしれないが、もしそうなっても空しいだけである。
もう一発くらいスパーンと股間にバスタオルと叩きつけておけば気楽になれただろうか?
とりあえず俺はマヨネーズを買ってキャサリンと朝のランデブーをする為に出かける。
そして今度スカリーに会ったら言おう。
犬にマヨネーズは体に良くないと。

                                   第二話 完

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