虫の戦争 第十三話 ハチの巣コロリ(1)

  • 2017.11.23 Thursday
  • 10:58

JUGEMテーマ:自作小説

季節は秋の始め。
紅葉にはまだ早いが、夏の熱気は治まった。
アビーとムーは、人間の子供が落としたアイスを拾って、ペロペロと舐めていた。
「これ美味しいね。」
「だろ?この前アリんこのモっさんが言ってたんだよ。人間の食い物は一食の価値があるぞって。」
「アリはよく人間の家に上がるもんね。」
「だから美味いものをたくさん知ってるんだ。」
二人が舐めているのは、人気アイスのゴリゴリ君。
暑い季節にはバカ売れする人気商品だ。
「ちょうどいい甘さだね。」
「ヒムラ屋のお餅バーってのも美味いらしいぞ。」
人間もなかなか悪くないものを作るじゃないか。
そう思ってアイスを舐めていると、頭上を一匹のアシナガバチが飛んでいった。
「口に泥を咥えてたわね。」
「きっと巣を作ってるんだ。」
「追いかけてみよっか。」
「暇だしな。」
二匹はアシナガバチを追いかけていく。
すると案の定、民家の軒下に巣を作っていた。
「あらあ、あんな所に作っちゃって。」
「見つかったら破壊されるな。」
玄関からすぐ近くの屋根の下に、ソフトボール大の巣がある。
数匹のハチがせっせと巣作りをしていた。
「こんにちわ。」
話しかけると、「いま忙しいんだ」とそっぽを向かれた。
「暇なの。」
「遊んでくれよ。」
「子供かお前らは。」
一匹のハチが苛立たしそうに言う。
秋、アシナガバチは最も数を増やす。
まずは五月頃に、女王蜂が一匹で巣作りを開始する。
その次に卵を産み、せっせと育て上げるのだ。
やがて働き蜂が誕生し、じょじょに数を増やしていく。
働き蜂が増えれば、その分巣も大きくなっていく。
女王はさらに卵を産み、夏ごろにはたくさんの蜂が誕生する。
そして暑さが極まる八月、オスバチが生まれてくる。
ハチは母系社会なので、オスは少ない。
ちなみにオスバチは毒針を持っていない。
刺すのはメスだけなのだ。
ハチの毒針は産卵管が変化したものなので、オスに毒針はないのだ。
真夏に誕生したオスバチは、翌年に生まれる新たな女王と交尾する。
新女王は巣から旅立ち、自分の巣を作って数を増やしていくのだ。
今は秋なので、アシナガバチの数はもっとも多い。
巣の増設、餌の確保、そして子育てにと大忙しだ。
「ほらほら、とっとと失せな。邪魔するなら力づくで追い払うよ。」
「そんなこと言って。アシナガバチって大人しい性格じゃない。スズメバチと違ってさ。」
「奴らが凶暴すぎるんだ。同じハチのお前なら分かるだろ?」
「まあね。怒らせたら一番怖いハチだから。」
アビーとムーを無視して、アシナガバチはせっせと仕事をする。
するとどこからか大きな羽音が聴こえてきた。
それは耳を揺らすほどの重低音で、恐ろしい何かが近づいてくる合図だった。
「おいアビー、この羽音って・・・・、」
ムーが言いかけるのを遮って、アシナガバチが「来やがった!」と悲鳴を上げた。
「何が?」
「ヒメスズメバチだ!」
「ええ!ヤバいじゃない!!」
「あいつらはアシナガバチの天敵なんだ!このままじゃ巣は壊滅して、幼虫もサナギも持っていかれる!」
アシナガバチは混乱する。
大人たちが集まって、巣の守りを固めた。
そこへ重低音の羽音が近づき、恐ろしい天敵が姿を現した。
「みい〜っけ。」
ヒメスズメバチがニヤリと笑う。
アシナガバチは「ひえ!」と戦慄した。
ヒメスズメバチは、オオスズメバチに次いで巨大な蜂である。
大きな者だと四センチ近くにもなる。
お尻の辺りが黒く染まっているので、オオスズメバチとの見分けは付きやすい。
一見すると獰猛そうだが、オオスズメバチと違って大人しい蜂だ。
それに毒性もそこまで強くない。
ただし警戒心が強く、誤って巣に近づくと、大顎をカチカチ鳴らして威嚇してくる。
人間にとってはさほど恐れる蜂ではないが、アシナガバチにとってはそうはいかない。
なぜならヒメスズメバチの幼虫は、アシナガバチを主食としているからだ。
アシナガバチが最も増える秋頃、このハチは頻繁に巣を襲撃してくる。
体格もパワーもヒメスズメバチの方が上なので、どう足掻いても勝てないのだ。
巣を守る方法はただ一つ。
偵察のハチが応援を呼ぶ前に仕留めてしまうことだ。
「敵はまだ一匹だ!そいつさえ仕留めれば応援を呼ばれることはない!」
アシナガバチの一群がヒメスズメバチに襲いかかる。
しかし敵は強かった。
先頭を切ったアシナガバチの一匹が、簡単に咬み殺される。
「早く仲間に知らせなきゃ♪」
鼻歌まじりにフェロモンを撒き散らすヒメスズメバチ。
仲間の合図を嗅ぎつけて、続々と群がってきた。
「ああ、もう終わりだ・・・・。」
絶望するアシナガバチ。
するとアビーが「一緒に戦うわ」と言った。
「ぶっちゃけ私もスズメバチは嫌いなの。」
アビーはトラマルハナバチというハナバチ類の仲間だ。
そしてハナバチ類を狙うスズメバチがいる。
その名はコガタスズメバチ。
小型といっても三センチ近くあり、よく人を襲うキイロスズメバチよりも大きい。
この蜂は花の傍で待ち伏せして、蜜を吸いにやってきたハナバチなどを襲うのだ。
アビーの仲間も何匹も食べられてしまった。
「スズメバチは他の蜂の天敵よ。協力して追い払いましょ。」
「追い払うっていったってどうすんのさ!こんなの勝てっこないよ!」
巣はすでに包囲されている。
重低音の羽音は、さながら爆撃機のよう。
アシナガバチたちは逃げる準備をした。
「巣は乗っ取られるけど仕方ない・・・ここで全滅するよりは。」
苦渋の決断。
この巣には幼虫もサナギもいるが、もはや見捨てる以外に手はなかった。
「みんな、残念だけど逃げるよ。」
女王が悔しそうに首を振る。
その時、一匹のヒメスズメバチが「ぎゃあ!」と悲鳴をあげた。
「なんだい!?」
振り返るアシナガの女王。
そこには新たな敵がいた。
「チャイロスズメバチ!!」
全身が茶色っぽくくすんだハチが目の前にいた。
大きさはヒメスズメバチより小さいが、鎧のように頑丈な甲皮を持っている。
この甲皮は他のスズメバチ類よりも硬く、オオスズメバチの大顎や毒針でさえ簡単には通さない。
そしてこの頑丈な鎧にものをいわせて、他のスズメバチの巣を乗っ取ってしまうのだ。
「ムー!あんたも変身して!!」
「おう!」
ムーは仮面ライダーのように変身ポーズを決める。
別にポーズを決めなくても変身できるのだが、これが最近のマイブームなのだ。
「とおりゃ!」
カッコをつけて、わざわざ一回転する。
次の瞬間、オオクワガタに変身した。
日本最大のこのクワガタは、大きなものだと8センチにもなる。
硬い甲皮、力強い大顎。
性格こそ大人しいが、本気を出せばカブトムシでさえ圧倒する。
アビーとムーは巣の前に陣取り、ヒメスズメバチを威嚇した。
「サノバビッチ!妖精種がいるなんて!」
ヒメスズメバチの部隊長が叫ぶ。
しかしこのままオメオメとは引き下がれない。
せっかく見つけたご馳走の山である。
なんとしてでも手に入れたかった。
「アシナガさんは巣を守って。近づく奴らは私たちが追い払うから。」
「無理だよ。チャイロスズメバチもオオクワガタも強いのは知ってるけど、さすがにあの数相手じゃ・・・・。」
ヒメスズメバチは全部で15匹。
オオスズメバチに近い巨体が15匹もいるというのは、それだけで足が竦んだ。
しかしアビーは「平気」と笑う。
「何も全員倒す必要はないのよ。ねえムー。」
「そうだぜ。ヒメスズメバチは強い虫だけど、弱点だってあるんだ。」
「弱点・・・・?」
「とにかくアンタらは巣を守ってくれ。」
アビーとムーはヒメスズメバチに向き合う。
アビーはカチカチと大顎を鳴らし、ムーは黒光りする巨体で威圧した。
「うむううッ・・・・私たちの邪魔をして!」
「スズメバチは私たちの敵だもん。」
「樹液争いの時だって、カナブンはいっつもやられるんだ。」
「それはオオスズメバチでしょ!私らは関係ないわ!」
「ならとっとと退散することね。」
「でないとこの大顎で真っ二つだぜ。」
ムーは巣の真ん中に陣取る。
オオクワガタの巨体なら、どこへ敵が来てもすぐに攻撃が届く。
アビーは巣の周りをグルグルと周り、いつでも来いとばかりに挑発した。
「舐めやがって・・・・いいわ、やってやるわよ!」
部隊長が突撃の合図を出す。
15匹の兵隊が一斉に襲いかかった。
「ひやあああ!来たあああああ!」
パニックになるアシナガバチ。
「いただき!」
一匹のヒメスズメバチが巣に飛びかかる。
しかしムーが巨体を翻して噛み付いた。
「ぎやッ!」
「いくらスズメバチでも、オオクワガタの顎は防げないぜ。」
強靭な大顎でメキメキと締め上げる。
「ち、千切れるうううううう!」
悲鳴を挙げるヒメスズメバチ。
そこへ仲間が助けに入った。
「このウスノロ!」
「毒針の餌食になりなさい!」
尻尾から毒針を出し、ムーを突き刺そうとする。
しかしまったく効かない。
オオクワガタの甲皮は、ハチの毒針を通すほどヤワではないのだ。
しかも表面がスベスベしているので、いくら頑張っても滑ってしまう。
さらにオオクワガタは関節の隙間がほとんどない。
カブトの場合だと、関節の隙間が大きいので、そこへ毒針を受けて負けることがある。
だがオオクワガタは違う。
隙間がほとんどなく、しかも全身が地面に張り付くように平べったい。
関節を狙うことも、装甲の薄い腹部を狙うことも不可能。
いくらヒメスズメバチが攻撃を仕掛けようとも、まったくビクともしなかった。
「針は効かないわ!顎で噛み千切りなさい!」
毒針を引っ込め、大きな顎で噛み付く。
狙うのは脚。
いくら大きな身体でも、脚を封じられては動けまいと考えたのだ。
しかし残念ながら、これも効果がなかった。
ハチとクワガタではパワーが違いすぎる。
いくら脚に噛み付いても、簡単に振り回されるだけだった。
「この化け物め・・・・。」
ムーが巣の中央に陣取っている限り、ここは難攻不落の要塞と化す。
ヒメスズメバチはいったん空へ退いた。
「正面から挑んでも無理ね。だったら全方位から攻撃をしかけるしかないわ。」
クワガタは頑丈だしパワーもある。
しかし動きはハチの方が速い。
四方八方から攻撃を仕掛ければ、攪乱することが出来る。
その隙にアシナガバチの幼虫やサナギを頂くつもりだった。
「あんなウスノロに負けてられないわ。いくわよみんな!」
そう言って突撃しようとした時、「させるか!」とアビーの方から突撃した。
「たかが一匹で!」
迎え撃つヒメスズメバチの部隊。
アビーは臆することなく突っ込んだ。
わちゃわちゃと群がるヒメスズメバチの前に、アビーは何も出来ない。
しかしオオスズメバチの攻撃すら通さない頑丈な甲皮のおかげで、大してダメージを受けなかった。
それどころか、隙をついてヒメスズメバチの脚に噛み付いた。
「ぎゃッ!」
ガッチリ噛み付いて、脚の関節を切断しようとする。
仲間が助けに入るが、それでも離そうとしなかった。
そして・・・・、
「あぎいいッ!」
アビーはついに脚を噛み千切ってしまう。
間髪入れずに、次は首元に噛み付いた。
「ぎゃあああああ!」
戦いにおいて数は力。
多勢のヒメスズメバチが優勢のはずなのに、戦況は不利だった。
なぜならヒメスズメバチにはある弱点があるからだ。
このハチは他のスズメバチ類に比べて、とても数が少ない。
アシナガバチを主食とする性質のせいで、餌を手に入れられる期間が限られているからだ。
秋は短い。
それが過ぎると、幼虫を育てる餌が確保できなくなってしまうのだ。
さらに日本にはスズメバチ類が多く、勢力を拡大するのも難しい。
オオスズメバチは、体格とパワーで他のスズメバチを圧倒できる。
キイロスズメバチは都会の環境に適応することで、人間の生活圏にまで勢力を広げた。
そして今アビーが変身しているチャイロスズメバチは、硬い甲皮を武器として、他のスズメバチの巣を乗っ取ってしまう。
それらのスズメバチ類に対して、ヒメスズメバチにはこれといった武器がない。
先に書いたように、ヒメスズメバチは攻撃性の低いバチである。
その理由は、無駄な戦いを避けて、数を減らさない為だ。
他のスズメバチのように攻撃的になってしまうと、その分だけ犠牲者も出る。
そうなれば元々少ない仲間が、さらに数を減らしてしまう。
数は力。
その数を持たないヒメスズメバチは、大きな犠牲を払ってまで勝利にこだわらない。
仲間に犠牲が出ると、とたんに戦意を削がれてしまうのだ。
ちなみに東南アジアにもヒメスズメバチはいて、こちらは日本のものより攻撃的な性格をしている。
なぜなら餌となるアシナガバチが一年中生息しているからだ。
数を保てる海外のヒメスズメバチは、犠牲を恐れる必要がない。
しかし日本のヒメスズメバチは、多少の犠牲でさえも致命的になる。
アビーとムーが言っていた弱点とはこのことだった。
敵は全部で15匹、しかしその全てを倒す必要などないのだ。
一匹か二匹でも傷つければ、向こうから勝手に退散してくれる。
そのことを知っているので、無茶を承知で戦いを挑んだのだった。
二匹の目論見通り、敵は狼狽えている。
アビーはここが勝機とばかりに、むちゃくちゃに暴れまくった。
「普段の恨みよ!全員噛み殺してやるううう!」
「ひぎゃ!乱暴にも程があるだろ!!」
アビーの攻撃は見境がない。
目に付く全ての敵に襲いかかった。
ヒメスズメバチは「くそッ・・・・」と引き下がる。
「これ以上犠牲者がでたら、こっちがヤバくなる。悔しいけどここは・・・・、」
餌は欲しいが、無理は禁物。
悔しさを押し殺して、「撤退よ!」と叫んだ。
敵は背中を向けて、慌てて逃げていく。
アビーとムーは「よっしゃあ!」とガッツポーズした。
「やったねムー!」
「上手くいったな。」
作戦は見事に遂行された。
アビーとムーは巣を振り返る。
アシナガバチたちはポカンとしていた。
「もう平気だよ、怖い虫は追い払ったから。」
「けっこうヒヤヒヤもんだったけどな。あれ以上応援が来てたらヤバかった。」
簡単に撃退したように見えても、実際はかなりギリギリの戦いだった。
アシナガバチは「ありがとおおおおお!」と叫んだ。
「アンタらすごい!」
「さすが妖精種!」
「まあね、こんなもんよ。」
「威張るなアビー。ちょっと脚が震えてるぞ。」
「よかった・・・よかったあ!巣が乗っ取られずにすんだ・・・。」
涙ぐむアシナガバチ。
それを見てドヤ顔をするアビー。
なにはともあれ、恐ろしい天敵は去った。
しかしみんなはまだ気づいていない。
本当に恐ろしい敵はすぐ傍にいるということを。
ここは民家の軒下。
人間が暮らす家である。
人間は危害を加えてくる虫には容赦しない。
アビーたちの戦いを、窓の隙間から人間が眺めていた。
その手に殺虫剤を持ちながら。

 

虫の戦争 第十二話 泡と繭(2)

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 13:45

JUGEMテーマ:自作小説

昆虫は変態という能力を持っている。
変わった趣味のことではない。
子供から大人になる途中で、その姿を変える能力のことだ。
変態には幾つか種類があり、大きく分けると、完全変態と不完全変態がある。
完全変態はサナギになる昆虫のことだ。
カナブンのムー、ハチのアビーは完全変態をする虫だ。
サナギの間はまったくといって言いほど動くことが出来ず、敵に狙われたらおしまいである。
その為、カナブンなどの甲虫は、土の中や枯れ木の中でサナギになる。
敵に見つかりにくくすることで、食べられる危険性を下げているのだ。
ハチの場合だと巣の中でサナギになる。
たくさんの大人が守ってくれるので、これも安全だ。
しかしそうではない虫もいる。
例えばチョウ。
チョウもサナギを経て大人になる。
しかしチョウは土の中でサナギになるわけではないし、大人に守ってもらえるわけでもない。
だから葉っぱの裏側など、なるべく見つかりにくい場所でサナギになる。
そしてそれ以外にもう一つ、重要な武器を持っている。
「繭」だ。
自ら糸を紡ぎ出し、それにくるまってサナギになる。
繭は敵から身を守ってくれるし、雨や風など、気候の変化からも守ってくれる。
虫の紡ぎ出す糸はかなり丈夫で、そう簡単に壊れたりしない。
クモの糸、ミノムシの糸も、かなり丈夫にできている。
カイコという蛾が紡ぐ糸は、人間の服として使えるほどだ。この糸を使って「絹」を作る。
虫がいなければ「絹」は生み出せないのだ。
ムーはアワフキムシの泡と、樹液で服を作ろうとした。
しかしいくら蛍子さんが頑張っても上手くいかなかった。
ならば新しい素材を混ぜればいい。
昆虫の紡ぎ出す繭を使うのだ。
アビーとムーは夜空を飛ぶ。
どこかにサナギになっている虫がいないか探した。
「暗いからよく見えないわ。」
「俺もだ。ついつい光がある方へ行っちゃうよ。」
カナブンは光が大好きだ。
真夏など、電撃殺虫器の下でよく死んでいる。
「あ、ダメよムー!バチ!ってなるから!」
ムーはフラフラとコンビニに飛んでいく。
アビーが慌てて連れ戻した。
「もう!今までに何度もそれで死んだでしょ?学習しないの?」
「カナブンの習性なんだ。仕方ないだろ。」
「夜に飛び回るのは危険ね。繭を探すのは明日にしない?」
「そうだな。蛍子さんどうせ暇だし、明日持って行っても怒らないだろ。」
二匹は公園の茂みに降りる。
草をベッド代わりにして、「おやすみ」と寝息を立てた。
そして次の日、二匹は念願の繭を発見した。
公園の植え込みの葉っぱにくっついていたのだ。
「見て見てムー!あったよ!」
「ほんとだ。これで服が作れるぞ。」
葉っぱの奥に白い繭がある。
それはカーテンのように薄く、中にいるサナギが見える。
「これウスバアゲハだね。」
「珍しいよな、関西じゃあんまりいないのに。」
二匹が見つけたのはウスバアゲハ(またはウスバシロチョウ)というチョウの繭だった。
中国の東部、朝鮮半島、日本に生息している。
日本では関東以北に分布していて、西日本ではそう多くない。
ウスバ(薄羽)という名前が示す通り、羽は半透明になっている。
葉脈のように黒い線が入ったその羽は、とても美しい。
ウスバアゲハはサナギの時に繭を作る、数少ないチョウである。
繭を作ることが多いのは蛾の方なのだ。
二匹は「やったね!」とハイタッチした。
「ちょっともらっていいか聞いてみよ。」
「起こすのは可哀想だけど仕方ないな。」
ムーは「ちょっといいかな」と声をかける。
しかし返事はない。
「やっぱ寝てるわ。」
「だってサナギだもん。」
「チョウってサナギの時は中身が溶けてるしな。」
「シェイクみたいになってるよね。よくあの状態からチョウになるもんだわ。」
チョウはサナギの時、ドロドロに溶けている。
幼虫の身体は失われ、ドロドロの液状の中から大人に変化するのだ。
どうしてそうなるのかは、まだ完全には解明されていない。
有力な説は、チョウの細胞の中に、形を記憶した遺伝子があるというものだ。
この遺伝子には、大人になる為の設計図が詰まっている。
幼虫からドロドロに溶けたチョウは、この遺伝子を元に、大人の身体へと作り直しているわけだ。
ムーはもう一度呼びかける。
すると小さな声で返事があった。
「なに・・・?」
「おお、起きてた。」
「うるさいカナブン・・・あっち行ってよ。」
「悪いな。実はちょっとお願いがあってさ。アンタの繭を少し分けてくれないか?」
「なんで?」
「服を作る為だよ。」
「絹でも作るつもり?私はカイコじゃないのよ。」
「違う違う。俺の服を作るんだ。」
「はあ?なんで虫なのに服がいるの・・・・?」
「服を仕立てるのが上手な妖精がいるんだ。蛍の蛍子さんっていうんだけど。」
そう答えると、「蛍子さん!」と驚いた。
「知ってるわ、幼虫の時に一度だけ会ったことがあるの。」
「ほんとに?」
「もう1200年も生きてるんだって言ってた。それで人間の社会のこともよく知ってて、服とか料理とかも作れるって。
実際に私の目の前で、イモムシ用のキャミソールを作ってくれたのよ。」
「すげえな、さすが蛍子さんだ。」
「ねえねえ!繭を分けてあげるから、私の服も頼んでくれない?大人のチョウになったら、オシャレな羽にしたいのよ。」
「でもアンタはウスバアゲハだろ?じゅうぶんオシャレな羽だと思うけど。」
「もっとオシャレにしたいの。出来ればモルフォ蝶みたいにね。」
「ああ、海外のあの綺麗なチョウチョか。人間から生きた宝石とか呼ばれてる奴だろ?」
「そう!もし私の服も作ってもらえるなら、繭を分けてあげるわ。」
「いいよ、蛍子さんに頼んでみる。」
「ほんとに!?」
ウスバアゲハは「きゃっほう!」と喜ぶ。
「じゃあちょっとだけ持っていっていいよ。」
「ではありがたく拝借いたす。」
繭の端っこをグルグルっと絡め取る。
ムーの腕は海苔巻きのようになってしまった。
「じゃあ貰っていくな。」
「私の服のことお願いね。」
「おう!じゃあ行こうぜアビー。」
「うん。」
二匹は空に舞う。
するとウスバアゲハのサナギは「待って!」と叫んだ。
「言い忘れてたたけど、繭の扱いは気をつけてね。実は私の身体には・・・・、」
「ありがとな!アンタの服も持ってきてやるからな!!」
「あ、ちょ・・・・聞けっておい!」
ムーとブンブン手を振る。
「よかったよかった」と言いながら、手に巻いた繭を見つめた。
「これでカッチョイイ服ができるぞ。」
最初の目的は、カッコイイ服を着て蛍子さんを見返すことだった。
しかし今は違う。
純粋にカッコイイ服が欲しくなっていた。
ムーはルンルンと嬉しそうだ。
しかしアビーは顔をしかめる。
「ねえ?さっきあのサナギが何を言おうとしてなかった?」
「ん?そうだっけ?」
「実は私の身体には・・・・とかなんとか。」
「気のせいだろ。」
「そうかなあ・・・・必死に叫んでたような気がするけど。」
あのサナギは何かを伝えようとしていた。
アビーは「ちょっと聞いてくる」と戻っていく。
「なんだよ、これから俺の服を作ってもらうのに。一緒に行こうぜ。」
「すぐ戻るから先に行ってて。」
そう言ってすぐに見えなくなってしまった。
「大雑把に見えて、意外と繊細なんだよなあアイツ。」
やれやれと首を振り、「まあいいさ」と呟いた。
「これさえあれば俺の服ができるんだ。カッチョイイ服が。」
蛍子さんはどんな服に仕立ててくれるのか?
カッコイイ服か?それともオシャレな服か?
考えただけでもワクワクした。
しかしこの時、ムーの身体にある異変が起きていた。
「なんだ?ちょっと目眩が・・・・。」
力が抜けていく。
羽を動かすのも辛くなって、フラフラと落ちていった。
「おかしい・・・・身体が・・・・・痺れる・・・・。」
意識が遠いのいていく。
やがて息さえ出来なくなって、パタリと力尽きた。
「ムー!大変よ!実はあのチョウには秘密があって・・・・、」
アビーが戻ってくる。
そして「あらあ」と残念がった。
彼女の目の前には、カナブンの死体があった。
手には真っ白な繭を巻いている。
「馬鹿ねえ。ちゃんと虫の話を聞かないからこうなるのよ。」
枝を拾い、ツンツンと繭をつつく。
「これ毒が混じってるんだって。ちゃんと話を聞いておけば、こうはならなかったのに。」
アビーは枝の先に繭を巻きつける。
「でもせっかくだから服は作ってもらおう。ムーが復活した時に着れるように。」
亡き友の意志を次ぎ、チョウの繭を運んでいく。
蛍子さんは「よくやったわ!」と受け取った。
「これなら服が作れる。期待しててね!」
そう言って作業を始めてから30分。
蛍子さんもこの世を旅立った。
死体は川に落ちて、どこかへ流されていく。
アビーは「あらあ」と呟いた。
「そういえば蛍子さんに言ってなかったわ。あの繭には毒があるって。」
ムーと蛍子さんは亡くなった。
これでは服は作れない。
「・・・・いいわ、私がやってやる!あの二匹が蘇った時、うんと褒めてくれるくらいの服を。」
早速仕立てに取り掛かる。
しかし作業に熱中するあまり、素手で繭に触れてしまった。
「ああ!しまった・・・・、」
憐れアビーもこの世を去る。
輪廻を経て三匹が再会するのは、実に10年後。
せっかく集めた素材は、とうの昔に消え去ってしまった。
「毒があるなら先に言え!このバカ共!!」
蛍子さんの雷が落ちた。

     *****

蝶や蛾は毒を持つ者がいる。
ムーが繭を分けてもらったウスバアゲハも毒を持っていた。
ウスバアゲハの幼虫は、ムラサキケマンという植物を食べる。
このムラサキケマンには毒があった。
人の場合は命を落とすほどではないが、虫のような小さな生き物だとそうはいかない。
ウスバアゲハはムラサキケマンの毒を体内に取り入れ、身を守る武器として使っているのだ。
幼虫の紡ぎ出す繭に毒があるかどうかは分からない。
しかし体内にある毒が付着している可能性はじゅうぶんにあった。
あの時、ウスバアゲハのサナギはそのことを伝えようとしていたのだ。
『多分大丈夫だと思うんだけど、いちおう気をつけて。アルカロイドっていう危険な毒で、麻痺して死んじゃうかもしれないから。』
話を聞きに戻っていたアビーは『言わんこっちゃない』と首を振った。
『ムー大丈夫かな?今頃死んでるんじゃないかしら?』
その予感は的中し、ムーはお亡くなりになっていた。
さらに蛍子さんまで亡くなり、アビーも昇天した。
10年後、ようやく再会することができたが、蛍子さんはお冠だった。
「この馬鹿ども!無駄に死んじゃったじゃないの!」
二匹は「ごめんなさい」と謝り、すぐに服の材料を調達しにいった。
アワフキムシの泡、樹液、そしてウスバアゲハの繭。
材料は順調に手に入った。
それと同時に、驚くべきことが一つ。
なんとあのウスバアゲハ、妖精種だったのだ。
「いつまで経っても服を届けに来ないから、どうしたのかと思ってたのよ。」
「悪いな、ちょっと死んでてさ。」
「虫の忠告をちゃんと聞かないからよ。はいこれ。」
「ありがたや。」
繭を受け取ったムーは、「一緒に行く?」と誘った。
「今から蛍子さんの所に行くんだ。アンタも服を作ってもらいなよ。」
「もちろん行く!それと私はナギサっていうの。アンタって呼ばないでちょうだい。」
「俺はムー。」
「私はアビー。」
「私たちみんな妖精ね。これからよろしく。」
三匹は友情の握手を交わした。
それから10時間後、念願の服が仕上がった。
「どう?いい出来栄えでしょ?」
蛍子さんは胸を張る。
「うん、カッチョいい。」
「私のもステキ。」
ムーとナギサは嬉しそうにはにかむ。
ムーが作ってもらったのはジャケット。
見た目はデニムジャケットに似ている。
まず繭を紡いで生地を作り、アサガオの花に浸して色を着けた。
次に繋ぎ目を樹液のリベットで補強する。
チョウの繭と樹液のリベット。
そして青紫の朝顔の色。
とてもカッコイイ服に仕上がった。
しかし一番のポイントは服の中にある泡だ。
泡は柔らかく、それでいて丈夫なので潰れない。
生地の動きに合わせて、グニャリグニャリと形を変える。
ストレッチ素材の役割を果たしてくれるのだ。
「これすげえ!丈夫だし動きやすい!」
「泡が入ってるから断熱性にも優れるのよ。」
「気に入った!これ俺の宝物にする!」
「そう言ってくれて嬉しいわ。」
ムーはキャッキャと走り回る。
蛍子さんは「作った甲斐があったわ」と喜んだ。
「そっちのお嬢さんはどう?気に入った?」
「うん!とっても!」
ナギサが作ってもらったのは帽子と靴だった。
帽子はほとんどが繭で出来ており、ウスバアゲハの羽のように、樹液を使って葉脈のような模様を入れてある。
靴はほとんどが泡でできていて、それを繭で補強していた。
凄まじい弾力性で、軽く蹴るだけで高く飛び上がれる。
しかもスケートのようにスルスルっと滑ることも出来るのだ。
泡は透明なので、シンデレラの靴のように美しい。
ムーとナギサは大満足で、それを見た蛍子さんも大満足だった。
しかし一匹だけ不満な虫がいた。
「いいなあ、二匹とも・・・・。」
アビーがうらめしそうに見ている。
すると蛍子さん、「アンタの分もあるわよ」と言った。
「ほんとに!?」
「絶対拗ねるだろうと思ってね、作っておいたの。」
「さすが蛍子さん!で、で、どんな服?」
「はいこれ。」
「うわ!何これすごい・・・・。」
アビーがもらったのは傘だった。
樹液を加工して骨組みを作り、繭を織って傘を仕立てた。
そして泡を使って、ラメのような装飾を施している。
「前にアンタ言ってたでしょ?雨に弱いって。」
「そうなのよ。私の羽はムーみたいに頑丈じゃないし、ナギサみたいに立派じゃない。
雨に濡れると飛ぶのが大変なのよね。」
「でもその傘があれば大丈夫。泡がバッチリ雨を弾いてくれるから。それにデザインも悪くないでしょ?」
「うん!気に入ったわ。」
まさか自分にもこんなプレゼントがあるとは思わなかった。
嬉しくなったアビーは「どこかへ出かけようよ!」と言った。
「いいね、俺もこのジャケットで空を飛びたい。」
「私も行くわ。本当はモルフォ蝶みたいな羽が欲しかったけど、この帽子と靴も気に入ったから。」
「さすがにモルフォは無理よ。あれは構造色っていって、実際に色が付いてるわけじゃないの。
服の技術でどうにかなる代物じゃないからね。」
さすがの蛍子さんも、生きた宝石と呼ばれる蝶の羽までは作れない。
ナギサは「いいのいいの」と手を振った。
「帽子と靴で大満足、ありがとね。」
「それじゃ私は寝るわ。基本暇だから、いつでも遊びに来てよ。」
「ふああ〜」とあくびをしながら、「それじゃ」と山へ帰っていった。
その後、三匹は近所の小川へ繰り出した。
しかし残念ながら、どの虫も褒めてくれない。
虫には服を着るという概念がないので、むしろ怪訝な目を向けられた。
「あ〜あ、せっかくいいジャケットを仕立ててもらったのに。」
「ほんとよねえ。どうして虫の世界には服が流行らないのかしら?」
「そもそも服が流行ってるのって人間の世界くらいじゃない?あの猿モドキはある意味素っ裸だから。」
「確かに。体毛も薄いし、鱗もないし。」
「だから服を着るわけよね。じゃあもし私たちも、人間みたいにツルツルだったら・・・、」
「やめてよ気持ち悪い。」
アビーはゾッとする。
あんなツルツルでスベスベした見た目にはなりたくなかった。
「人間は俺たちを気持ち悪いって言うけど、そんなの俺たちだって同じだよな。」
「人間ほど気持ち悪い生き物はいないわ。」
「じゃあさ、その気持ち悪さを隠す為に、服を着てるのかな?」
「違うよ、人間は自分のことを気持ち悪いなんて思っていないもん。」
「そうそう。人間は虫や爬虫類みたいに、甲皮や鱗がないの。だから服を着るのよ。」
「そっかあ・・・人間も色々と不便なんだね。」
どうして人間が服を着るのか?
今まで深く考えたことはなかった。
「ねえ、ちょっと人間の街に行こうか。」
「なんで?」
「どんな服着てるのか見てみたいの。」
「いいわねそれ。今まで注意して見たことなんてなかったし。」
「絶対の俺らの方がオシャレだぜ。」
三匹は少し離れた街まで向かう。
季節は梅雨前。
夏ほど暑くはないが、若干の蒸し暑さはあった。
街を行きかう人のほとんどが、涼しい恰好をしている。
半袖、短パン、ワンピースやミニスカート。
人間は季節に応じて服を替える。
そのおかげで、服さえあるなら大抵の場所で生きていけるのだ。
アビーは「なるほどねえ」と感心した。
「暑かったら半袖、寒かったらコート。人間はツルツルスベスベのすっぽんぽんだけど、そのおかげで色んな服が着られるわけね。」
「そのおかげでどこにでも繁殖しやがる。あいつらゴキブリ以上の適応力だよ。」
「でもさ、さっきから気になってたんだけど・・・・、」
アビーは一人のおじさんを指さす。
「あの人間はこんな暑いのに長袖着てるわ。」
「ああ、スーツってやつだな。仕事をする時に着るんだよ。」
「よく見たらいっぱいいるわ。」
脇に上着を抱え、シャツの袖を捲り、ハンカチで汗を拭っている。
「人間は環境によって服を替えるはずでしょ?こんな暑いのにどうしてあんな服を着てるのかな?」
不思議に思い、首を傾げる。
するとナギサが「あれを着ないといけない決まりなのよ」と答えた。
「前に蛍子さんが言ってたんだけどね、サラリーマンって仕事は、アレを着るのが決まりなんだって。」
「そうなんだ。こんな暑いのに?」
「暑いかどうかは関係ないのよ。そういう決まりだから、そうしないといけないんだって。」
「ふう〜ん。やっぱり人間も色々と大変なのね。」
虫は環境や状況に応じて姿を変える。
幼虫からサナギ、そして成虫という具合に。
どうしてそんな事をするかというと、生存率を上げる為だ。
子供の頃は敵に狙われやすい。
だったら空を飛んで目立つよりも、芋虫でいた方が安全とういうもの。
それに幼虫のうちは繁殖する必要がないから、植物の上にくっついて、餌を食べることに専念した方がいいのだ。
しかし芋虫のままでは空を飛べない。
羽があったとしても、あの形状では飛行は難しい。
そこでサナギになる。
いったんドロドロに溶けて、立派な羽を持つ大人に変わるのだ。
虫はとても効率的にできている。
どこか機械じみたほどに。
しかし人間は違う。
かつてマー君が言っていたように、理屈に合わないことをする時がある。
まだ梅雨前とはいえ、気温は20度を超えている。
そんな中を、わざわざ暑い恰好をしないといけないルールがあるなんて、アビーには理解できなかった。
「なんでそんな変な決まりがあるんだろうね?」
「さあな。」
「きっとマゾなのよ、人間は。便利さや快適さを求める割りに、苦しいことや辛いことも好きだったりするし。」
「変なの。」
「そう、変なんだよ。」
「この星の生き物の中で、一番ズレてるのは奴らよ。」
人間のオスは暑くてもスーツを着るし、人間のメスは寒くてもミニスカートを穿く。
理屈に合わない行動をするのはなぜか?
人間ではないアビーたちには、いくら考えても分からなかった。
「なんか考えるだけ無駄って感じだな。」
ムーは空に舞い上がる。
さっきまでは服を喜んでいたのに、人間を見ていると冷めてしまった。
服はしょせん人間が着るもの。
しかも理屈に合わない着方をする。
それを考えると、せっかくの服も馬鹿らしく思えてきた。
それはアビーとナギサも一緒で、とたんに冷めてしまう。
来年の夏が来る頃、ムーはジャケットを捨て、ナギサは帽子と靴をどこかに忘れ、アビーはチャンバラごっこで傘を折ってしまった。
それ以来、誰も服を求めようとはしなかった。
「もう!せっかく仲間が増えたと思ったのに!」
蛍子さんは地団駄を踏んで悔しがった。

 

虫の戦争 第十一話 泡と繭(1)

  • 2017.11.21 Tuesday
  • 10:16

JUGEMテーマ:自作小説

季節の巡りは早く、東京へ行ってから一年近くが経っていた。
今は六月。
梅雨にさしかかる前の、初夏の終わりである。
アビーとムーは蛍に会いに来ていた。
かつてセイタカアワダチソウと戦った川の、かなり上流にある支流だ。
ここは水と土が綺麗で、毎年たくさんの蛍が舞う。
深い山の麓にあるので、人間は滅多に来ない。
来るのはタヌキやフクロウくらいで、蛍にとっては最高の楽園だった。
アビーとムーは川べりに座って、ポツポツと光る蛍を眺めた。
「みんな繁殖で忙しいわね。」
「だな。人間はこれを綺麗って言うけど、ナンパしてるだけなんだけどな。」
蛍の発光は求愛の証。
オスは空を舞いながら光り、メスはほとんど飛ばずに光っている。
蛍が点滅する間隔は決まっており、希にメスと勘違いしたオスが、車のウィンカーにやってくることもある。
今日アビーたちがここへ来たのは、知り合いに会う為だ。
相手は蛍の妖精種、蛍子さん。
コスプレが趣味で、死んだ虫の羽や、草木などで服を作っている。
「今年はどんな服を着てくるかな?」
「毎回お披露目しなくてもいいのにな。」
「でも最近は会えなかったじゃない。セイタカアワダチソウとの戦争とか、東京とかに行ってたから。」
「きっと見せびらかしたくて仕方ないんだろうな。」
二匹は足をブラブラさせながら待つ。
すると山奥の方から、「こんばんわ」と声がした。
「あ、蛍子さん。」
「お、綺麗なコスプレ。」
二匹の目の前に、蛍と人を混ぜたような生き物がいた。
彼女は蛍の妖精、蛍子さん。
緑色に輝く、とても美しいドレスを着ていた。
「すごく綺麗ね。」
「それ玉虫の羽か?」
「そうよ。一昨年に手に入れたの。加工するのが大変だったわ。」
「そりゃ玉虫は甲虫だもの。綺麗な羽だけど、とっても硬いわ。」
「ふふふ、頑張って作ったの。いいでしょ?」
クルっと回って、自慢のドレスを見せつける。
玉虫の羽はとても美しく、工芸品などに用いられることがある。
羽の表面には小さな溝が並んでいて、光の屈折に影響を与える。
そのおかげでキラキラと輝き、見る角度によって色まで変わるのだ。
「ねえアビー、綺麗でしょ?」
「うん。」
「ムーは?」
「カナブンの羽の方が綺麗だよ。」
「どこがよ。あんなの品がないわ。」
自慢の羽をけなされて、ムーはムッとする。
確かに玉虫は綺麗だが、カナブンだって負けていないと思った。
「蛍子さん、俺もオシャレしてみようと思うんだ。」
「いいじゃない。材料さえ持ってくれば、私が仕立ててあげるわよ。」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。どうせやる事なくて暇だし。」
不死の妖精は寿命を持て余す。
死なない身体というのは、なかなか不便なものでもあるのだ。
「私はアンタたちと違って、フラフラ生きてるわけじゃないからね。何か為になることをしないと。」
「蛍子さんは人間のお店をスパイして、服の仕立て方を覚えたのよね。」
「まあね。アパレルは人間の専売特許じゃないわ。ていうか虫の方が美しいんだから。」
今までに蛍子さんが仕立てた服は数知れず。
アゲハ蝶の羽を使ったスカート、テントウムシの羽を使った帽子。
それにカブトムシの甲皮を使って、鎧まで仕立てたことがある。
ちなみに虫の世界で服を着るのは、今のところ蛍子さんだけである。
せっかくオシャレな服を仕立てても、誰も評価してくれなかった。
正直なところ、アビーとムーもあまり興味がない。
羽や甲皮を持たない人間と違って、虫には生まれながらの服があるからだ。
トラマルハナバチのアビーは、黄色を基調とした可愛らしい縞模様。
カナブンのムーには、緑色に輝く甲皮がある。
いくら蛍子さんが頑張った所で、虫の世界に服は流通しないのだ。
しかしムーには一つの悩みがあった。
蛍子さんと会う度に、いつも馬鹿にされるのだ。
トラマルハナバチのアビーは可愛いけど、カナブンなんて下品な虫だと。
だから今年こそは見返したかった。
綺麗な服を身にまとい、カナブンだって美しい虫だと言わせたいのだ。
「蛍子さん、俺は良い材料を知ってるんだ。そいつを使えば玉虫なんて目じゃない服が出来るはずだ。」
「それは楽しみだわ。で、いつ持って来てくれるの?」
「明日か明後日には。」
「じゃあ待ってるわ。」
ヒラヒラと手を振って、夜空へ舞い上がっていく。
ちなみに妖精種は生殖機能を持たないので、オスがいくらアピールしても、蛍子さんは相手にしない。
チャッチャと手を振って、「他のメスの所へ行きなさい」とあしらっていた。
「ようし!今年こそはあの年増をギャフンと言わせてやる!」
「よしなって、聞こえるわよ。」
「だって事実じゃん。もう1200年も生きてるんだぜ。おチョウさんより年上だ。」
「まあね。でも怒らせたら服を仕立ててもらえないわよ。」
「そうだな。」
ムーは「帰ろう」と飛び立つ。
「明日は人間の家に行くんだ。」
「どうして?」
「この前ガーデニングをやってる庭を見つけてな。そこにオシャレな服になりそうな素材があったんだよ。」
「へえ!なになに?」
「見てのお楽しみ。」
「いいじゃん、教えてよ。」
二匹は夜空に消えていく。
蛍を見に来た人間が、パシャっとフラッシュを焚いた。
螢子さんは「ああもう!」と怒る。
「人口光を当てないでちょうだい!蛍の光が掻き消されるでしょ!ほんとに人間って生き物は。」

            *

蛍子さんに会った次の日、アビーとムーは人間の家に来ていた。
とても大きな家で、広い庭がある。
たくさんの花が咲き、彩りよく手入れされていた。
「ここにいい材料があるんだ。」
「へえ。もしかしてあのチューリップとか。」
「違う違う。花じゃないんだ。」
ムーは庭へ降りる。
そこには雑草が生えていた。
丁寧にガーデニングされた隙間に、「スキあり!」とばかりに顔を出している。
そしてその雑草の茎に、白い泡がついていた。
それを見たアビーは「まさか!」と唸る。
「ムーが言ってた良い材料って・・・、」
「そう、この泡。」
「これ、アワフキムシの泡じゃない。」
二匹の目の前には、唾のような泡がある。
茎が枝分かれしている場所に、モワモワっと付着していた。
その泡の中には、小さな虫がいた。
名前はアワフキムシ。
お尻から白い泡を出し、幼虫の間はこの中で過ごすのだ。
この泡は幼虫の排泄物で出来ている。
一見すると脆そうな感じだが、実際はなかなか頑丈だ。
風が吹いた程度では吹き飛ばないし、雨が降っても壊れない。
強い陽射しの中でも、水分が蒸発することはないのだ。
アワフキムシの幼虫の泡には、アンモニア、蝋、タンパク質が混じっている。
これらが化学反応を起こし、石鹸のようになっているのだ。
この泡は住処であり、幼虫を守る城である。
アワフキムシの幼虫は大人になるまで泡の中で過ごす。
口は針のようになっていて、これを植物の茎に突き刺し、栄養を摂っているのだ。
ムーは「よう」と手を挙げる。
「また来たぜ。」
泡の中から幼虫が顔を出す。
カメムシから羽を取って、小さくした感じのような姿だ。
「ムーじゃないか。何か用か?」
「実はさ、お前の泡を分けてほしいんだ。」
「ダメだよ、これは大事な家なんだから。」
「全部ってわけじゃない。俺の服を作る分でいいんだ。」
「服?虫のクセに人間みたいなモンを着るのか?」
アワフキムシは人間を嫌っている。
ガーデニングをする者にとっては害虫でしかなく、見つかったら駆除されてしまうからだ。
植物を枯らすほどの力はないが、いかんせん泡のせいで見た目が汚くなる。
せっかく綺麗にガーデニングしても、アワフキムシに来られては台無しなのだ。
「俺はもうじき成虫になるんだ。」
「知ってるよ。」
「そうしたらこんな所とはオサラバさ。」
「いつ人間に殺されるか分からないもんな。」
「・・・実はこの前さ、危うく見つかりそうになったんだ。」
「マジかよ。」
「幸い見つからなかったけど。でももし見つかったら殺されてたな。」
「もうちょっとで成虫になるんだろ?今死んだら最悪じゃんか。」
「それが悩みなんだよ。巣を作る場所間違えたかなあ。」
不安混じりの声で呟く。
もうじき大人になり、空を飛ぶことが出来るというのに。
憎き人間に見つかれば、その時は永遠に訪れない。
ムーは「俺に任せとけ」と胸を叩いた。
「お前を別の場所に運んでやるよ。」
「ほんとに!?」
「泡ごとな。だから心配すんな。」
「よかったあ・・・このまま人間に殺されたらどうしようって思ってたんだよ。」
ホッとするアワフキムシ。
ムーは「うんうん」と頭を撫でた。
「でさ、その代わりとして泡をちょっと分けてくれよ。」
「いいよ。でも別の場所へ運んでからだ。」
「分かってるって。アビー、ちょっと手伝ってくれ。」
そう言って振り返ると、花の蜜を吸っていた。
「良い蜜だわ。人間の手入れが行き届いてる。」
「おい、蜜なんか吸ってるな。」
「野生の花と人間が育てた花って、ちょっと違う味なのよね。こっちの方が濃厚なの。甘すぎるのが欠点だけど。」
「蜜の評論は分かったからさ。ちょっと妖精の蜜を出してくれ。」
「なんで?」
「こいつを運ぶ為だよ。」
「だからなんで?」
「・・・・話を聞いてなかったな。」
ムーは面倒くさそうに説明する。
アビーは「なるほど」と頷いた。
二匹は「おええええ!」とえづき、妖精の蜜を吐き出す。
アビーは黄色の結晶、ムーは緑色の結晶だ。
「こいつをこうして伸ばして・・・・と。」
近くにあった小石を掴み、蕎麦のようにこねていく。
すると黄色と緑が混ざり合った、美しい布のようになった。
「これで泡ごとくるむんだ。」
妖精の蜜で作った布は、泡を壊すことなく包み込んだ。
「じゃあ運ぶぞ。」
「了解。」
二匹は布の端を持って、空へ飛んでいく。
そして少し離れた草地に下ろした。
「ここでいいだろ。」
雑草の茎の間に置く。
布を取り外すと、トゥルンと泡が出てきた。
「どうだ?」
「・・・・うん、上手くくっついた。」
「ここなら人間に殺されない。安心して成虫になれるぞ。」
「ありがとう、助かったよ。それじゃお礼として・・・・、」
アワフキムシはプワワっと排泄する。
ムーは「拝借いたす」と手に集めた。
「ねえムー、泡なんか服になるの?」
アビーはツンツンと泡をつつく。
この泡は巣として使えるほど丈夫だが、服には向かない。
仕立てている途中に形が崩れてしまうだろう。
しかしムーには考えがあった。
「アレを使えば大丈夫さ。」
「アレってなに?」
「俺がいつも食べてるもの。」
「・・・・樹液?」
「うん。あれ固まるからさ。だからこの泡と樹液を、蛍子さんに渡すんだ。
そうしたらまあ・・・・あとはどうにかしてくれるだろ。」
「そうね、どうにかしてくれると思うわ。」
アビーは興味なさそうに頷く。
虫が服を着るという考え自体が理解できないのだ。
「ヘビはヘビ皮のジャケットを着ないし、タヌキは毛皮のコートを着ないわ。
虫だって一緒。自分の身体が服みたいなもんなのに、どうして服を着たがるのかしら?」
ムーは変わっている。
蛍子さんも変わっている。
虫の常識とは違うことをしている。
しかしこういう事もあるのかなと思った。
「虫だって色々だものね。」
「そうそう。ヤドカリは貝殻を着るし、ミノムシは葉っぱの服を着るだろ?」
「あれはどっちも家でしょ。」
「そうとも言う。」
とにかく材料は揃った。
二匹は早速蛍子さんの元へと向かった。
明るい昼前、彼女は草陰で休んでいた。
川に足を浸けて、気持ちよさそうに涼みながら。
「蛍子さん、はいこれ。」
泡と樹液を渡すと、「これが材料?」と首を傾げた。
「泡はアワフキムシのもの、こっちは樹液だ。」
「見ればわかるわよ。」
「作れるよな、服。」
「う〜ん・・・泡を素材に使ったことがないからなんとも・・・。まあやるだけやってみるわ、暇だし。」
それから八時間、蛍子さんは泡と格闘した。
しかしどう頑張っても服にはならない。
樹液で固めてみようとしても、隙間から漏れてしまうのだ。
「ダメね。」
明るかった空は、陽が沈みかけている。
チラホラと蛍が舞い始めていた。
その時、一匹のクロアゲハが、山の方へと飛んで行くのが見えた。
「アレだわ!アレがあればいけるかも!」
蛍子さんは「ちょっとちょっと!」とムーを起こす。
「私が服を作ってるのに、寝てるんじゃないわよ。」
「ん?もう出来た?」
「まだよ、材料が足りないの。」
「樹液じゃ無理だったか?」
「樹液だけじゃ無理なの。もう一つ材料を確保してきて。」
「何さ?」
蛍子さんは空を指差す。
その先には山へ向かうクロアゲハが。
「あれが何?」
「幼虫から成虫になる時、蛹になる虫がいるわ。」
「ああ、俺もそうだ。カナブンだから。」
「カナブンは土の中で蛹になる。だから敵に襲われる心配は少ない。だけど地上で蛹になる虫はどうかしら?」
「何が言いたいんだよ?」
「地上で蛹が身を守るには、いったいどうすればいいか?ちょっと考えれば分かるでしょ?」
「・・・・おお!アレを使うわけか。」
ムーはポンと手を打つ。
「確かにあれがあったら、服を仕立てられるかもしれない。」
「でしょ?すぐ取ってきて。」
「分かった!」
蛍子さんが何を欲しがっているのか?
ムーはすぐに理解した。
「おいアビー!また出かけるぞ!」
アビーは気持ちよさそうに寝ている。
昼にたくさん樹液を吸ったから、今日はとっても満足なのだ。
「私は服なんていらない・・・・。代わりに溺れるくらいの蜜を・・・・。」
蛍が飛び交う川で、ムニャムニャと寝言を歌った。

 

虫の戦争 第十話 下水道の悪魔(2)

  • 2017.11.20 Monday
  • 10:55

JUGEMテーマ:自作小説

悪魔が本当にいるかどうかは別にして、悪魔のような奴はいる。
見た目が恐ろしいとか、性格が残忍だとか。
ドブネズミの妖精はその両方を備えていた。
人とネズミを合わせたような、なんとも言えない不気味な姿。
そして何より残忍な性格をしていた。
小川の排水管から顔を出していたドブネズミの妖精は、近くを通りかかったアオダイショウに襲いかかった。
柔道の寝技のように組み付いて、長い前歯で仕留めてしまう。
その間わずか二秒。
アビーとムーは青ざめた。
「怖い・・・・。」
「だから言っただろ、アレやばい奴なんだよ。」
本来ならば、ネズミの方がアオダイショウに食べられてしまう。
ヘビはネズミの天敵なのだから。
しかしそれをあっさりと葬ってしまった。
これはもうネズミとは呼べない。
何か別の生き物だった。
「ムー、帰ろうか・・・。」
「だな。」
田舎ではどこを探してもあんなネズミはいない。
東京は怖い場所だと二匹は思った。
「じゃあ悪いけど帰るわマー君。」
「田舎モンは東京に馴染めない。あんな怖いネズミがいるなら尚更だ。」
二匹は「バイバイ」と手を振る。
するとマー君が「親分!」と叫んだ。
「ここです!ここに俺の友達がいるんです!」
何を血迷ったのか、ドブネズミに手を振る。
「ちょっとマー君!」
「お前バカか!食われちまうぞ!」
「いいじゃんか、死んでも復活出来るのが妖精なんだから。」
「そういう問題じゃないのよ。だってアレ怖いもん。」
「そうそう。死ぬにしたってアレに食われるのは嫌だ。」
「待ってよ、行かないで。」
「ちょっと離して!」
「これ以上お前に付き合う気はない!後は勝手に・・・・、」
そう言いかけたとき、ドブネズミが猛スピードで迫ってきた。
「いやああああああ!」
「きたああああああ!」
慌てる二匹。
マー君は「ふん!」と引っ張って、ドブネズミの前に二匹を投げた。
「何するのよ!」
「頭おかしいのかお前!!」
喚くアビーとムー。
目の前には30センチはあろうかというドブネズミがいて、下手に動くことが出来なかった。
「親分!そいつら二匹とも妖精です。」
「見れば分かる。」
「しかも空を飛べます!」
「それも分かる。」
「どうです?お眼鏡に適いますか?」
ドブネズミはじっと睨みつける。
アビーとムーはただ怯えるしかなかった。
「・・・悪くない。」
「ほんとに!?」
「ハチとカナブンの妖精なら、じゅうぶんに共生できる。」
そう言って「よろしく」と手を出した。
「え?」
「あの・・・・、」
「俺たちは仲間だ。」
「・・・・どうして?」
「なんで仲間・・・?」
「なんだ?マサオから聞いてないのか?」
「何も・・・・。」
「悪魔みたいな奴がいるから、見に来ないかって言われただけで。」
そう説明すると、ドブネズミは「おい!」と怒鳴った。
「このセミ野郎!どういうことだ!?」
「どうもこうも、本当のことを話したら来ないと思ったからです。」
「なにい?」
「その二匹は田舎もの丸出しなんです。だからドブネズミの妖精と共生関係を作るなんて、理解できないだろうと思いまして。」
「だからって事情を知らないんじゃ、話ができねえだろうが。」
「すいません。」
ペコっと謝るマー君。
アビーとムーは呆気に取られていた。
「何がどうなってるの?」
「なんかマー君が隠し事をしてたみたいだな。」
「隠し事?」
「俺たち騙されたんだよ。きっと何か事情があって、俺たちをおびき寄せたんだ。」
「事情・・・・。」
アビーは「ねえ?」とドブネズミに尋ねる。
恐怖のあまり、その声は上ずっていた。
しかし聞かずにはいられない。
「なんで私たちを呼んだの?」
「人間と戦う為だ。」
「無理よそんなの。殺されるわ。」
「俺が普通のネズミだったらな。でも今は違う。俺は悪魔になったんだ。」
そう言ってボディビルダーのようにポーズを決める。
マッチョな胸筋がピクピク動いた。
「悪魔になってから、すごい力が湧いてくるのを感じるんだ。」
「悪魔じゃなくて妖精ね。そりゃちょっとはパワーアップするけど、人間に勝つなんて無理よ。」
「出来るさ、俺と虫が手を組めば。」
「どういうこと?」
「共生関係を作るんだ。」
「共生・・・・。」
共生とは、別の生き物同士が手を組むことである。
寄生は一方だけが得をして、もう一方は損をする。
鯛の口の中にはタイノエという寄生虫が宿っていることがあり、鯛の血を吸って生きている。
しかし鯛にはなんのメリットもない。
養分を吸われるだけで、むしろマイナスだ。
それに対して共生は、互いにメリットがある。
例えばハゼとテッポウエビは共生関係にある。
テッポウエビは海底に巣穴を作る。
ハゼはその巣穴に居候させてもらうのだ。
その代わりとして、テッポウエビの目になってあげる。
テッポウエビは目が悪く、敵が近づいてきても分からない。
気づいた時にはパクリと食べられてしまうのだ。
しかしハゼがいればそうはならない。
なぜなら敵が近づいてきた時、ハゼが教えてくれるからだ。
テッポウエビは目が悪いが、その代わり立派な触覚を持っている。
ハゼはその触覚に触れて、「敵が来たぞ!」と知らせてくれるわけだ。
ハゼは巣穴を手に入れ、テッポウエビは危険を察知することが出来る。
異なる生き物が手を組むことで、生存率を上げているのだ。
最近の研究では、テッポウエビがハゼの身体を掃除したり、ハゼがテッポウエビに海藻をプレゼントするという行為も確認されている。
共生関係を組めば、あらゆる面でお得なのだ。
しかし問題もある。
アビーは「ねえ?」と尋ねた。
「共生って言ったって、虫とネズミでどう手を組むわけ?
私たちが共生関係になって、お互いに得なことってあるの?」
これはとても大事な質問だった。
共生はお互いに大きなメリットをもたらすが、そうでない場合もある。
もしも片方だけが得をすることになったらどうなるか?
それは途端に寄生に変わる。
ムーも「そうだぜ」と頷いた。
「アンタは人間と戦いたいって言うけど、そんなの俺らにとってメリットがねえじゃん。」
「何を言うか!人間どもがいなくなれば、虫だってハッピーだろう?」
「それが無理だから言ってんの。あの猿モドキは強いんだ。頭もいいし、武器だって持ってる。
農薬でも撒かれてみろ。この辺一帯の虫は全滅だぜ。」
「作戦がある。」
「ほう、どんな?」
「いいか?俺様は人間にとって有害なバイ菌をいっぱい飼ってる。」
「うん。」
「ネズミはペストやコレラだって媒介するんだ。」
「知ってるよ。」
「ならばこれを利用しない手はない!私の体内にあるバイ菌を、虫の力で人間の食べ物や食器に運んでほしいんだ。」
「なるほど、病気をうつそうってわけだな。」
「人間はバイ菌に弱い。一人が病気になれば、他の人間にもうつるはずだ。」
「そんな上手くいかないよ。だって人間は病院ってのを持ってるんだ。病気になったってすぐ治しちゃうんだよ。」
「じゃあ治す時間を与えなければいい。俺様とたくさんの虫たち。
みんなで協力すれば、きっと人間に勝てるはずだ!!」
ドブネズミは拳を握って叫ぶ。
アビーとムーは顔を見合わせた。
「このネズミさ・・・・きっと妖精になって間もないね。」
「だな。なんでも出来ると思ってやがる・・・・。」
「逃げようか?」
「そうだな。」
二匹はコソコソっと後ろへ下がる。
しかし「待て」とマー君に取り押さえられた。
「親分に協力してくれ。」
「無理だってば。」
「お前もやめとけ。この星で暮らす以上、人間を敵に回したらおしまいだ。」
「だからやるんだよ!」
「何よそんなに怒って・・・・。マー君は人間観察が好きなんでしょ?じゃあ人間と戦わなくてもいいじゃない。」
アビーは思い出す。
今朝彼が言っていたことを。
「人間を見てると面白いんでしょ?じゃあこれからも観察してればいいじゃない。」
「観察なら充分したよ。その上で決めたことなんだ。」
「それはつまり・・・・人間が憎いってこと?」
「そうだよ!奴らこそ真の悪魔だ!」
ブキ切れるマー君。
腹弁が「ジジ!」と鳴った。
「俺は東京へ来て思い知ったんだ。いかに人間が残酷な生き物かって。」
「そんなの東京へ来る前から分かってたでしょ?」
「もっと憎くなったんだよ!ここにはたくさんの人間がいて、それを見てるうちに気づいたんだ。
アリんこみたいにウジャウジャいて、いったいどうやって生きてるんだろうって。」
「どういうこと?」
「だってアリは小さいじゃないか!たくさんいたって、住む場所も取らないし、食べる量だって大したことない!
でも人間は大型哺乳類なんだ!ジャガーやヒョウと同じくらいに大きいんだ!
そんな生き物がウジャウジャいるってことは、他のたくさんの生き物が犠牲になってるってことなんだよお!!」
「だからあ・・・そんなの田舎にいる時から分かってたでしょ?」
「実感がなかったんだよ!田舎は人が少ないから。でも東京は違う・・・・馬鹿みたいに人間がいる。
それを見てると、いったいどれだけの生き物が犠牲になってるんだろうって・・・・。
住む場所を追われたり、ご馳走を食べたいからって、必要以上に殺されたり・・・・。
それにさ、田舎の人間はまだ虫に対して理解があるよ。
家に虫が出たって大して驚かないし、それに田んぼとか里山とか作って、自然と共生してる。
でもここは違う!東京23区なんて、まさに人間の為だけにある場所だ!
なんでそこまで発展させたがる!なんでそこまで増えようとする!!こんなのおかしいよ!」
そう言って「ねえ親分!」と尋ねた。
「人間は皆殺しにされるべきですよね?」
「もちろんだ。俺様が悪魔になったのも、きっとその為だ。」
「ほら!だからアビーたちも手伝えよ!みんなで人間をやっつけて、この星を取り戻すんだ!」
マー君の情熱は治まらない。
アビーとムーは迷惑そうな顔をした。
「これさ・・・ドブネズミの妖精に洗脳されてるね?」
「頭がいい奴ほどかかりやすいらしいぜ。」
「マー君、哲学者みたいな所があるもんね。」
「頭がいいっていうのも考えもんだよなあ。余計なこと考えちゃうから。」
マー君はなおも力説する。
人間がいかに醜く、地球上に不要な生き物であるか。
しかしアビーとムーは頷かない。
迷惑そうに顔をしかめるだけだった。
なぜならこの二匹は知っているからだ。
人間に勝つなど、どう足掻いても無理だと。
「マー君さ、ちょっと落ち着こうよ。」
「樹液でも吸いに行こうぜ。」
「うるさい!僕は本気で言ってるんだ!」
「それは分かるけど、負けるのは私たちの方よ?」
「悲しいかな、人間は地球の王様なんだ。王様に歯向かった奴は、皆殺しにされるのがオチなんだよ。」
「そうなる前に、こっちが皆殺しにしてやるんだ!」
マー君は引かない。
頭の中は人間への殺意でいっぱいだった。
アビーとムーは、「こりゃダメだ」と首を振る。
これ以上は何を言っても無駄で、好きなようにさせてやるしかないと思った。
「マー君はマー君のやりたいようにやればいいと思うわ。」
「でも俺たちはゴメンだ。」
「この意気地なし!せっかく東京まで呼んだのに!」
「こうなると分かってれば来なかったわ。」
「俺たちは田舎に帰る。あそこにも人間はいるけど、あれはあれで虫にとって悪い場所じゃないんだ。」
人の手がないと、生きていけない虫もいる。
田んぼに根付く虫や、里山を棲家とする虫がそうだ。
虫以外にもそういう生き物はいて、スズメは人間がいる場所でないと生きていけない。
昔から人間と共生している為に、今さら完全な自然の中には戻れないのだ。
カラスもまた人がいる場所を好む。
イタチやタヌキ、それにキツネ。
これらの動物も、山奥よりも夜の街で見かけることが多い。
人の文明は虫や動物を追いやっているが、その文明にあやかっている生き物もたくさんいるのだ。
アビーとムーはそのことをよく知っている。
人間が憎い憎いと言いながら、恩恵があることも理解しているのだ。
「じゃあねマー君。」
「せいぜい頑張れ。」
「いいさ・・・意気地なしは帰れ!お前らなんかいなくても、僕と親分でやってみせる!」
マー君はドンと二匹を突き飛ばす。
「親分、こいつらはヘタレです。使い物になりません。」
「みたいだな。雑魚はいらん、とっとと失せろ。」
親分はシッシと手を振る。
二匹は「バイバイ」と飛び去った。
高い空を舞いながら、友の運命を憂う。
「きっと殺されるわね。」
「可哀想に。マー君は復活できるからいいけど、あのドブネズミは無理だな。」
「妖精になって間もない感じだもんね。まだ不死にはなってないと思うわ。」
「そのうちマー君だって気づくよ。人間に痛い目に遭わされてさ、いかに自分が思い上がってたかって。
そうすればさ、人間と戦うんじゃなくて、人間を利用した方がお得だってことに。」
虫と人間にとって、一番いい関係とは何か?
アビーとムーは、マー君とは違う答えを持っている。
それは共生である。
人は虫を利用する。
ハチミツを集める為、田んぼの除草の為、害虫を追い払う為に。
そして虫も人を利用している。
ハチミツの為に飼育されるハチは、人間の手によって守られている。
田んぼの除草で使われるカブトエビは、人が田んぼを張るから生きていける。
ゴキブリ退治の専門家であるアシダカグモは、ゴキブリを食べてくれるからと、人家への侵入を許してもらえることがある。
大きな目で見れば、人間は他の生き物を圧倒している。
しかしミクロな部分では、虫の力を借りないと出来ないこともあるのだ。
人間は地球の王様。
だからといって、一人では生きていけない。
もしも虫を絶滅させれば、人間自身が困ることになるのだから。
『ミツバチがいなくなれば、人類は絶滅する。』
かのアインシュタインが残した言葉だ。
植物の繁栄に虫は欠かせない。
人間がいくら頑張ろうが、ミツバチほど効率的に受粉させることは不可能なのだ。
虫はとにかく数が多い。
その中でも昆虫は、鳥類以外で空を飛べる唯一の存在だ。
圧倒的な数と、空を飛べるがゆえの機動力。
植物はそれを利用して、自分たちを繁栄させてきた。
もし地球上から虫がいなくなれば、植物は激減する。
そうなれば温暖化どころの話ではない。
地球の酸素濃度は下がり、人間が生きていけるような環境ではなくなる。
アインシュタインの言葉は少し大げさだが、それほどまでに虫の存在は重要ということなのだ。
人間と虫。
理想的な形は共生だ。
時に人間は虫を殺す。
農作物を食い荒らす害虫として、民家に侵入してくる害虫として。
ガーデニングをする者にとっても厄介な存在だろう。
それは虫も同じで、スズメバチのテリトリーに侵入すれば攻撃してくるし、蚊は伝染病なんてお構いなしに人間の血を吸いにくる。
時にいがみ合い、時に傷つけあいながら、それでも手を取り合うところは取り合っている。
アビーもムーも、ドブネズミの作戦が上手くいくとは、一ミリも思っていない。
一時は人間をビビらせても、すぐに駆除されてしまうだろう。
マー君の運命は火を見るより明らかで、もはや東京にとどまる意味もない。
東京へ来る時はゆっくりだったが、帰りは急いだ。
人間を敵に回せば、自分たちもどうなるか分からないからだ。
・・・・アビーたちが田舎に着く頃、東京の一部で食中毒が流行った。
すぐに保健所が動き、犯人とおぼしき生物を駆除した。
それは30センチを超える大きなドブネズミだった。
しかも人面犬のように、人を混ぜたような顔つきをしていたので、そのことも話題になった。
学者は「ただの奇形」と結論つけたが、ネットのオカルト版ではそこそこの盛り上がりを見せた。
彼が仕留められた翌日から、徹底的にドブネズミの駆除が行われた。
人間に戦いを挑んだ者たちは、あっけなくこの世を去ったのだ。
マー君は悔しがる。
必ず上手くいくと思っていたのに、結果はちょっとした食中毒の流行。
「病院だ・・・・あれさえなければ、僕らの作戦は上手くいったんだ!」
ムーが言っていたことを思い出す。
人間は病気になってもすぐ治してしまうと。
だったら治せなくしてしまえばいい。
病院なんてぶっ壊して、次こそは上手くやってみせると誓った。
マー君は病院へ向かう。
どんな場所かと下見する為に。
こっそりと窓から入り、病室を見渡す。
・・・そこは小児病棟。
好奇心旺盛な子供は、早速彼を捕獲した。
「やめろ!離せ!!」
人間の子供はセミの天敵。
マー君は虫カゴに捕らえられ、子供のオモチャとなった。
子供はロクに世話をしない。
餌をもらえなかったマー君は、早々に死を迎えた。
「許さん・・・許さんからな人間ども・・・・。」
死に間際、人間への怨念を募らせる。
骸となった彼は、病院の庭に埋められた。
その上に石を乗せられ、アイスの棒で「セミのお墓」と立てられた。
二年後、マー君は輪廻を経てこの世に戻ってくる。
怒りと屈辱を抱いて。
それは身を焦がすほどの激情だったが、もう人間に戦いを挑むことはなかった。
勝てない敵と戦っても仕方ない。
マー君は今日も人間観察をする。
いつかこの種族が滅ぶのを願いながら。

 

虫の戦争 第九話 下水道の悪魔(1)

  • 2017.11.19 Sunday
  • 14:14

JUGEMテーマ:自作小説

日本最大の都市、東京。
世界でも有数のこの街にも、ちゃんと虫が根付いている。
それは夏になればよく分かる。
エアコンで快眠を得ようとも、とある虫の鳴き声がそれを邪魔するのだ。
「うるせえなオイ!」
若い男が怒鳴って、石を投げる。
一匹のセミが「ジジッ!」と飛び立った。
          *

「ここが東京かあ。」
六年かけてようやくやってきた東京。
アビーとムーはビルの上に立ち、行き交う人間を観察した。
「ほんとに多いのな、人間。」
「ねえ。川原のアリより多いわ。」
「天敵がいないからだよ。」
「増えすぎると自滅するのに・・・ほんとに馬鹿なのね。」
人間に自然界の法則は通用しない。
それは分かっているが、皮肉を飛ばさずにはいられなかった。
「こんな猿モドキはどうでもいいわ。マー君を捜さないと。」
「どこにいるんだ?」
「東京っていっても広いからね。鳴き声で探してみようか。」
東京へ向かう途中で鳩に食われ、この世へ戻る輪廻の間に、クマゼミを経験した。
そのおかげでアビーはクマゼミに変身できる。
「ジ〜!ジ〜!」
腹弁という器官をゆすって、大きな鳴き声を響かせた。
しかし返事はない。
セミはあちこちで鳴いているが、近くにマー君はいないようだった。
「違う場所捜そうか?」
「だな。」
いま二匹がいるのは新宿。
高い空を飛び続けていると、ふと公園が目に入った。
「お、あそこなんかいそうじゃないか。」
「近くに大きなビルがあるわね。」
二匹がやってきたのは東池袋中央公園。
傍にそびえるサンシャインシティに圧倒された。
「さすが東京ね。馬鹿みたいに大きい。」
「田舎じゃお目にかかれないな。」
初めて見る高層ビル。
公園の木の上から、しばらく眺めていた。
すると二匹の後ろから一匹のセミが近づいてきた。
「もしかしてアビーちゃん?」
「・・・・おお!マー君じゃない!」
二匹はガバっと抱き合う。
「元気にしてた?」
「そこそこね。」
「出会えてよかったわ。一日探して見つからなかったら帰ろうと思ってたの。」
「え?どういうこと?」
「だって東京にいるって書いてたけど、東京のどこかは書いてなかったじゃない。」
アビーは枝切れを取り出す。
「できればこの公園にいますって書いててほしかったわ。まあ会えたからいいけど。」
「ちゃんと書いてたよ。」
「ウソ、どこにも書いてないじゃない。」
「・・・・もしかしてさ、先っぽ折ったんじゃない?」
「ん?」
「これ知り合いの妖精に頼んで運んでもらったんだ。」
「知ってるわ、アブラゼミの妖精が来たもの。」
「これその時より短くなってない?」
「・・・そう言われれば。」
アビーは首を傾げる。
そして「ああ!」と思い出した。
「枕代わりに使って折れたんだったわ。それで捨てちゃったんだ。」
「読む前に捨てたの?」
「うん。」
「じゃあ仕方ないな。」
「そうね、仕方ないわ。」
二匹は納得する。
ムーは「仕方ないならどうでもいいじゃん」と言った。
「マー君、俺のこと覚えてる?」
「もちろん。人間の子供から助けてくれたよね。」
「あん時は危なかったな。」
「仲間は標本にされたみたいだよ。夏休みの宿題の為に。」
「人間どもめ・・・・本当に残酷だな。俺たちは猿モドキの学習道具じゃないんだよ。」
「いつか虫が覇権を取ったら、人間を標本にしてやろうよ。」
「当たり前だ。壁いっぱいに貼り付けてやる。」
久しぶりに会った三匹は会話が弾む。
途中で鳩に食われたことや、セイタカアワダチソウとの戦争のこと。
マー君は「色々あったんだね」と労った。
「実はこっちも大変なんだ。」
「何かあったの?」
「言葉で説明するより、見てもらった方が早いと思う。」
そう言って「ついて来て」と飛んでいった。
三匹はとある道路の傍に降りる。
東京にしては人の気配がなく、閑散とした場所だった。
「ここはあんまり人間がいないのね。」
「ここは多摩ってところなんだ。」
「東京にも田舎があるのね。」
「どこもかしこも人間だらけじゃ落ち着かないからね。こういう場所だっているんだよ。」
「で、なんでこんな所に来たの?」
「ここ。」
マー君は地面を指差す。
そこには古くなったマンホールがあった。
「この中に悪魔がいるんだ。」
「何それ?」
「入ってみる?」
「入れるの?」
「変身すればね。小さい虫いける?」
「ごめん、さっきセミに変身しちゃったんだ。ムーは?」
そう言って振り向くと、険しい顔をしていた。
「アビー、これはヤバイかもしれない。」
「なにが?」
「入らない方がいいかも。」
「だからなんで?」
「マー君の言う通り、この中には悪魔がいるんだ。なあマー君?」
「ムーは小さい虫に変身できる?」
「ノミになれるよ。」
「僕はアリになれる。」
「・・・・一緒に入れってことか?」
「その目で見てほしい。」
マー君はルリアリに変身する。
体長2ミリほどの小さなアリだ。
ムーは浮かない顔をするが、アビーに「見てきてよ」と言われた。
「マンホールの中に悪魔がいるなんて興味あるわ。」
「お前も知ってる生き物だぞ、きっと。」
「じゃあますます気になる。せっかく東京まで来たんだから見てきてよ。」
「いいけど・・・・怖いなあ。」
ムーはノミに変身する。
そしてマー君と一緒に、縁の隙間から中へ入っていった。
「何がいるんだろ?」
アビーはワクワクしながら待つ。
二匹が入ってから数分後、「ぬああああああ!」と悲鳴があがった。
マンホールの縁から這い出てきて、慌てて元の姿に戻る。
「やっぱりいやがった!」
ムーは仰向けに倒れる。
アビーはワクワクしながら「何がいたの?」と尋ねた。
「ドブネズミだよ!」
「なんだ、つまんない。」
拍子抜けして、ツンと口を尖らせた。
「そんなのどこにでもいるじゃない。」
「違う!ドブネズミの妖精種がいるんだ!」
「ウソ!だってネズミって哺乳類だよ?妖精になれるわけないじゃん。」
妖精になれるのは、虫と植物だけだ。
希に微生物の中からも出てくるが、哺乳類からというのは聞いたことがなかった。
「何かの見間違いじゃない?」
「いいや、あれは間違いなくドブネズミの妖精だ。なあマー君。」
「うん。それを見せたくてアビーを呼んだんだ。」
そう言われては余計に見たくなってくる。
アビーはマンホールの隙間を覗き、「ドブネズミ〜!」と呼んだ。
「出てきてよ。」
「やめろバカ!めちゃ怖いんだぞ!!」
「でも私だって見たいもん。」
「やめとけ・・・・。俺は過去に一度だけ会ったことがあるんだ。奴らは恐ろしいほど凶暴だぞ。」
「元々気性が荒いからね。」
「イザとなったら人間に襲いかかることもあるからな。
昔に出会った奴は、人間を襲ってた。長い前歯で噛み付いて、病気にしちまったんだ。」
「すごいね、人間を全部やっつけてくれればよかったのに。」
「身を守る為にやっただけなんだよ。人間の家に侵入して、餌を食ってたんだ。
でも家人に見つかって、金属バットで叩き殺されそうになったんだよ。
あいつは咄嗟に噛みついた。そんで人間は悪い細菌に感染したんだよ。そんで死んだ。」
「死んだの!?」
「ネズミは伝染病を媒介するからな。それに雑菌の宝庫だし。」
「哺乳類だからね、虫よりたくさんの菌を飼ってるわ。」
「奴は人間の家から逃げ出して、その後に車に撥ねられた。妖精だけど不死にはなってなかったから、もう戻ってこない。」
「ふう〜ん。それと同じようなのがここにいたんだ?」
「あれは怖いんだよ。やたらと不気味っていうか、ほんとに悪魔みたいなんだ。俺は関わりたくない。」
ムーは空に舞い上がる。
「どこ行くの?」
「帰る。」
「ダメよ。面白そうだから一緒に遊ぼ。」
むんずとムーを連れ戻す。
マー君が「また明日来よう」と言った。
「多分今日はもう出てこない。」
「なんで?」
「ドブネズミは薄暮性なんだ。」
「何それ?」
「夕暮れと明け方に活動するってこと。もうじき日が落ちるから、下水道を通って表に出るはずだ。餌とか食べる為に。」
「じゃあ探しに行こうよ。」
「無理だよ、どこに出てくるか分からないから。でもこのマンホールで待ってればまた会える。奴はここを根城にしてるから。」
「分かったわ。じゃあ今日はマー君の家に泊まっていい?」
「いいよ。でもセミは巣を持たないから。木の上とかでいい?」
「いいよ。」
「俺は帰りたい!」
「ダメ。」
嫌がるムーを引っ張って、空へ昇っていく。
池袋の公園に戻る途中、ふと見下ろした街には人間が群生していた。
「そういえばネズミって、人間の次に多い哺乳類なのよね。もしここの人間が全部ネズミだったら、どんな星になってたんだろう?」
ネズミは虫を食う。
しかし大型の虫には食べられてしまう。
お互いに食う食われるの関係で、食物連鎖のバランスが取れた星になっていたかもしれない。
「ネズミも可哀想ね、害獣扱いされて。ここに一番の害獣が群れてるのに。」
夏の空は高く、どこまでも昇っていけそうなほど青い。
遠い空から隕石が降ってきて、この害獣どもを皆殺しにしてくれればいいのにと願った。

          *

東京といえども、朝は静かだ。
車はちょこちょこ走っているが、人気はあまりない。
犬を散歩させている者、ジョギングをしている者がいるくらいだ。
「ふああ・・・・よく寝た。」
アビーは木の上であくびをする。
東京で一晩過ごしたが、夜はうるさくて敵わなかった。
「朝だけじゃなくて、夜も静かになればいいのに。」
人が群れる場所は住みづらい。
東京を選んだマー君は、いったい何がよくてここに住んでいるのか?
起きたばかりの彼に尋ねてみた。
「どうしてこんな場所がいいの?故郷へ戻ってきなよ。」
「東京は面白いんだ。そりゃあ人間以外の生き物にとっては辛い場所だけど、僕は妖精だから。
普通の虫と違って、どこか人間っぽさがあるのかもしれない。」
「妖精って人間と虫の中間みたいな見た目だもんね。もしかしたらだけど、どっかで人間の祖先の遺伝子が入ってるのかも。」
「人間は賢いし高度な社会性を持ってるけど、数を増やすには向いてない生き物だよ。
だって人間って大型哺乳類だよ。体格や体重だけなら、ジャガーやヒョウにだって負けてないんだ。」
「マー君はこう言いたいのね?もしもジャガーやヒョウだらけになっちゃったら、すぐに餌になる生き物がいなくなって、自分自身も絶滅するって。」
「うん。人間は文明の力でどうにか乗り切ってるけど、それがどこまで通用するのか興味があるんだ。
僕が東京に住んでるのは、人間がどうやって滅んでいくのか見たいからっていうのもあるんだよ。」
「それいいね!この猿モドキが死んでいくのを見るのは楽しそう!」
「僕は思うんだ。妖精ってさ、人間以外の生き物が、地球の覇者になっていた時の姿なんじゃないかって。
コンパクトで燃費もいいし、身体が小さいから増えても場所を取らない。」
「なるほどお。私たちがこの星の王様かあ・・・・悪くないねそれ。」
「ただの妄想だけどね。でも人間を見てると、色々考えちゃうんだよ。
どんな生き物より頭が良いクセに、理屈に合わない行動だってしょっちゅうだ。
明らかに他の生き物と違うよ。それはなんでだろうっていつも思う。
自然界から離れて暮らしているからそうなったのか?
それとも元々がそういう生き物で、自然界に馴染めないから文明の中で生き延びてるのか。
たくさんの人間を見てると、考えることが尽きないんだよ。」
「マー君は昔からそういうの好きだよね。人間っぽいわ。」
アビーは「う〜ん」と背伸びをして、明けていく街を眺めた。
まばらに人が増えてきて、騒がしさが増していく。
「同じ虫でも、住む場所が違えば考え方も変わるのかしら?」
遠い未来、人間と虫が手を取り合う日が来るのかもしれない。
それはお互いにとっていいことか?
それとも大きな争いを招く原因になるのか?
アビーには分からなかった。
「ねえ、もうドブネズミは戻って来てるかな?」
「まだいないよ。もうちょっと陽が昇ってからじゃないと。」
「じゃあ朝ごはん食べてくるわ。」
近くに生えていた花の蜜を、チューチュー吸いまくる。
マー君もジュルジュルと樹液を吸いまくった。
「うるさいなあ・・・チューチュージュルジュル・・・・。静かに寝かせろよ。」
「おはようムー。花の蜜いる?」
「そんな不味いもんいるか。」
「樹液の方が不味いわよ、ねえマー君?」
「僕はセミだよ。樹液派に決まってるじゃないか。」
「だよな!この美味さが分からん奴に、不味いとかどうとか言われたくないよ。」
「絶対に花の蜜の方が美味しいもん。」
しばらく樹液派と蜜派の争いが続く。
気がつけば陽はかなり高くなっていた。
「ねえ、もうそろそろいいんじゃない?」
「そうだね、これくらい明るくなれば戻って来てるはずだ。」
三匹は昨日のマンホールへ向かう。
すると傍を流れる小川に、ひときわ大きなネズミがいた。
排水管から顔を出し、辺りの様子を窺っている。
「アレだ!」
ムーが叫ぶ。
アビーは「うわあ・・・」と気味悪がった。
「なんか怖い・・・・。」
「だから言っただろ、見ない方がいいって。」
ドブネズミはただでさえ気持ちのいい動物ではない。
それが妖精になったもんだから、人だかネズミだか分からない姿に変わっている。
「まさに悪魔って感じね。」
「近づくなよ、いきなり襲いかかってくるから。」
三匹は少し離れた場所に降りる。
「ほんとに不気味ね。」
「哺乳類の妖精種って気味悪いよな。」
「見た目も雰囲気も本物の悪魔みたい。下手に関わらない方がよさそうね。」
「もうちょっと見たら帰ろう。」
「うん。」
自分から見たいと言い出したクセに、ちょっと後悔するアビー。
彼女の後ろで、マー君が不気味な笑をたたえていた。

 

虫の戦争 第八話 虫の戦争(2)

  • 2017.11.18 Saturday
  • 14:23

JUGEMテーマ:自作小説

季節は巡り、冬がやってきた。
曇った空から冷たい雨が降り注ぐ。
あれだけ賑やかだった川原は、冬の訪れと共に静まり返った。
今日の気温はマイナス2度。
変温動物である虫や爬虫類は動けない。
植物に至っては、根を残して地上から姿を消した。
「うう、寒い・・・・。」
アビーは枯葉にくるまっていた。
隣にはムーが寝ている。
「秋の戦いは大変だったわ。たくさん死んじゃったもの。」
殺風景な冬の景色を見つめながら、戦いの記憶を蘇らせる。
敵味方入りじまっての総力戦は、烈火のごとき苛烈さだった。
敵も味方も大勢死んで、そこらじゅう死体だらけ。
するとそれを狙って鳥たちが群がってきた。
そして鳥が集まるのを見て、イタチやタヌキまでやって来た。
このままでは、川原の虫は駆逐されてしまうだろう。
「停戦!一時停戦よ!」
これ以上の戦闘は鳥やイタチを喜ばせるだけ。
双方共に軍を撤退させることとなった。
そして冬となった今、地上には枯れ草しかない。
しかし土の中ではたくさんのセイタカアワダチソウが根を張っている。
春になれば芽吹き、秋が来る頃には黄色い花を咲かせるだろう。
その時、どれだけススキが増えているかが勝負の分かれ目だ。
アビーたちは冬の間もススキを育てていた。
アリたちに協力してもらって、ススキの根に妖精の蜜を届けてもらっているのだ。
しかし敵もじっとしていない。
向こうにも妖精種がいるので、妖精の蜜を生成できる。
そしてアビーたちと同じように、外来種のアリを使って、根っこに栄養を届けていた。
「ああ、早く春が来ないかなあ。」
冷たい雨を受けながら、死神のような季節を呪った。

            *****

季節は巡る。
冬は過ぎ、春が訪れ、今は夏だ。
あらゆる緑がキラキラと輝いている。
虫たちにとって、温かい季節は天国だ。
去年の秋、大勢の仲間が死んでしまったが、そんなのは増やせばすむ話。
春から夏にかけて、誰しもせっせと子作りに励んだ。
そのおかげでたくさんの虫が生まれた。
多くは成虫になる前に死んでしまうが、それを見越しての多産である。
やがて夏が過ぎ、秋に近づく頃、去年と変わらないほどの数になった。
そして本格的に秋に突入し、川原は彩を備える。
セイタカアワダチソウが花を咲かせ、鮮やかな黄色を添えた。
しかし去年とは少し様子が違った。
明らかにセイタカアワダチソウの数が減っているのだ。
その代わりにススキが増えた。
ススキはセイタカアワダチソウが出す毒素を分解し、土を浄化していく。
すると土の中にミミズやモグラが戻ってきた。
ミミズは土を肥やすのに最適な生き物。
糞が土に栄養を与えるのだ。
そうすれば土が豊かになり、さらにミミズが増える。
するとミミズを狙ってモグラがやってくる。
モグラはミミズが大好物なので、「美味美味」と食す。
その糞はまた土に栄養を与え、オケラのように土中で暮らす昆虫も呼び寄せた。
ススキの周りの土はますます肥えていく。
その養分を元に、他の植物も育っていく。
去年、わずかしかなかったススキは、川原の四分の一を占めるまでになった。
日本古来から続く秋の風情、ススキ。
それは在来種とアビーたちのおかげで、再び川原に戻ってきたのだ。
「やったねムー!」
「頑張った甲斐があったな。」
二匹はハイタッチする。
しかし喜んでばかりいられない。
なぜなら敵は巻き返しを図るはずだからだ。
今年も戦になる。
去年と同じように、熾烈な争いが待っているだろう。
「おチョウさんは三年くらいで勝負がつくって言ってたね。」
「ああ。今年と来年を乗り越えれば、ここはたくさんのススキが根付くはずだ。」
「じゃあ今年も気合いれて戦わないと。」
草の茎をちぎり、鉢巻のように巻く。
それから数日後、去年と同じく戦が始まった。
アリもトンボもサソリもヘビも入り乱れた、大きな大きな戦争だった。
敵は新たな外来種を連れてきた。
アリゲーターガーという大きな魚だ。
この魚は口がワニのように伸びていて、鋭い歯が並んでいる。
アメリカ中部からメキシコにかけて生息している魚だ。
大人になると2メートルを超え、体重も100キロ以上になることがある。
公式な記録だと、最大で体長が2.57メートル、体重が148キロ。
淡水性の魚であるが、海水にも適応でき、さらには浮き袋に張り巡らされた毛細血管によって、空気呼吸も可能になっている。
とんでもなくハイスペックな生き物なのだ。
ペットとして人気があるが、大きくなり過ぎて手に負えなくなった飼い主が、川などに捨てることがある。
今日、ここへ連れてこられたアリゲーターガーも、元は人間のペットだった。
ワニのような巨大な口、2メートルを超す巨体に、100キロを超える重量。
さらにはガイノン鱗という、装甲のように頑丈な鱗を持っている。
日本の淡水生物では、この魚に太刀打ちできる者はいない。
しかも去年と同じくワニガメもいる。
そのせいで水中の覇権は取られてしまった。
しかし地上と空中ではアビーたちが奮闘した。
ススキが増えたおかげで、たくさんの生き物が根付いている。
花や草も根付いたから、兵糧だってバッチリだ。
在来種のアリは去年より数が多いし、モグラも参戦してくれた。
花が増えたからハナバチ類も応援に駆けつけた。
空にはトンボとスズメバチの大群が展開し、オオムラサキやシオヤアブもよく戦った。
陸、水、空のうち、陸と空の覇権を握ることができたので、戦いはアビーたちに有利だった。
・・・・もちろん多くの犠牲者もでた。
敵味方問わず、辺りにたくさんの骸が転がる。
しかしそれは無駄な死ではない。
ススキのおかげで肥えた土には、たくさんの微生物がいる。
そいつらは虫の死骸を分解し、さらに土を肥えさせた。
やがて冬がきて、戦いは一時中断される。
今年は雪が降った。
川原は白一色に染まって、生き物の姿は見えない。
しかし雪の下では着々と戦いの準備が進んでいた。
やがて春が来て、土中からススキが芽生える。
その数は去年の倍。
川原の半分を制圧するまでになった。
夏が来る頃には、肥えた土を目当てにたくさんのミミズが集まった。
それを狙ってモグラが集まり、オケラが集まり、たくさんの草花が咲き・・・・・。
そして秋になる頃、また戦が起きた。
今年で三年目の対決。
僅かしかいなかったススキは、在来種を守るほどそびえ立っていた。
風が吹けば、士気を鼓舞するようになびいた。
そしてたくさんのススキの中から、妖精種が現れた。
アビーたちが毎年妖精の蜜をあげていた為に、ススキの妖精が誕生したのだ。
「みなさん、長きにわたる奮闘、ご苦労さまです。」
戦いの最中、ススキの妖精は頭を下げた。
「そろそろ決着をつけたいと思います。来年・・・・ここを我々が埋め尽くしてみせる!」
ススキの闘志は燃え上がった。
敵は強い・・・・猛毒をもっていたり、とにかく巨大だったり。
しかし最後に戦いを左右するのは数である。
外来種は強敵が多いが、数で勝っているのは在来種。
そのうち外来種の中から、在来種に寝返る者も現れた。
セイヨウミツバチやアメリカザリガニは、これ以上の戦いにメリットはないと、アビーたちの軍門に下った。
そしてサソリやタランチュラのような大型有毒虫は、「家に帰るわ」と去ってしまった。
元々人に飼われている虫たち。
これ以上戦っても得はない。
見返りの妖精の蜜はたっぷりもらったし、どちらが勝とうと興味はなかった。
「ぐぬうう・・・・、」
じりじりと追い詰められるセイタカアワダチソウ。
目の前には憎きススキの群れがそびえる。
「お前ら!戦え!あんな奴らに負けるな!」
ヒアリやツマアカスズメバチ、それにアリゲータガーやライギョ。
わずかに残った外来種が猛攻を仕掛ける。
「みんな!ここが正念場よ!奴らを川原から追い出すの!」
おチョウさんの掛け声と共に、味方の軍勢が一斉突撃する。
在来種のアリ、カマキリ、バッタ、カブトやクワガタが、外来種の陸棲昆虫を撃退していく。
獰猛なツマアカスズメバチも、オニヤンマやオオスズメバチの大群によって駆逐された。
水中では鯉やフナ、それにスッポンやタガメが奮闘した。
さすがにアリゲーターガーを倒すことは出来なかったが、他の外来魚は逃げ出していった。
「あとはコイツさえ追い払えば終わりだぜ!」
フナやドジョウ、メダカやナマズが、アリゲーターガーの周りをグルグル泳ぐ。
モビングだ。
挑発と撤退を繰り返すことで、アリゲータガーを精神的に追い詰めていく。
「ぐむ・・・・小魚どもめ!」
怒って襲いかかっても、サッとよけられる。
そしてまた周りを囲んで挑発してくる。
不快感が限界にきて、巨大な外来魚はついに退散した。
これで水中も制圧。
残るはセイタカアワダチソウのみだ。
「た、助けてくれ・・・・。」
命乞いをするセイタカアワダチソウの大将。
だがその願いが通ることはなかった。
生かしておけば、またすぐに数を増やしてしまう。
住処を奪われない為には、完全なる駆逐が必要なのだ。
「もう勝負は決したわ。あとはススキに任せましょ。」
おチョウさんは終戦を告げる。
在来種の生き物たちから、盛大な勝鬨があがった。
その次の年、再び季節が巡って、秋がやってきた。
川原にはたくさんのススキが溢れている。
もうどこにもセイタカアワダチソウの姿はない。
「これで安心して住めるわ。」
新たな住処を手に入れたおチョウさんは嬉しそうだ。
「アビー、ムー、それに手伝ってくれたみんなに感謝しなきゃね。」
この年からしばらくの間、川原は在来種の宝庫となった。
外来種もいないわけではないが、以前のように占領されることはなくなった。
憎きセイタカアワダチソウは、もう一本たりとも生えてはこないのだから。
・・・しかし自然は常に予測不可能なもの。
川原を取り戻してから10年後、未曾有の大雨によって、川は大氾濫した。
堤防を越え、土手まで越えて、人間の町まで飲み込んだ。
せっかく根付いたススキはほとんど流されて、たくさんの生き物も死に絶えた。
しかし災害は常につきもので、時間と共に命は復活する。
今回もそうなるだろうとおチョウさんは思っていた。
だがその期待は裏切られる。
土手を越えるほどの氾濫が起きて、人間が何も行動を起こさないわけがない。
川原はたちまち姿を変えられてしまった。
植物の茂る川原は、護岸用のコンクリートで舗装された。
さらに堤防も強化され、小動物が簡単に行き来できる場所ではなくなってしまった。
せっかく築いた在来種の王国は、災害と人間の手によって潰されてしまったのだ。
嘆くおチョウさん。
もうこんな場所に用はないと、遥か遠い田舎まで旅立つことにした。
「じゃあね、アビーとムー。元気で。」
「おチョウさんも。」
「ていうかまた戻って来るんだろ?」
「いいえ、もう戻らない。きっとどこかに虫の王国があるはずよ。必ず見つけて、私の宮殿を建てるの。」
そう言い残し、「ごきげんよう」と飛び立った。
アゲハ蝶の優雅な羽が、青い空へ消えていく。
アビーとムーは「ふああ」とあくびをした。
「また暇になるな。」
「そうね。私たちもどっか旅に出ようか?」
「いいなそれ。」
「ちょっと行ってみたい所があるんだ。」
「どこ?」
「大きな街。」
「人間の?」
「うん。」
「なんでそんな所に?クソみたいな猿モドキがうじゃうじゃいるんだぜ?」
「猿モドキに用はないのよ。」
「じゃあなんで行くんだよ?」
「知り合いに会いに行くの。」
「誰?」
「クマゼミの妖精。マー君って知ってる?」
「・・・・ああ、いたな確か。まだ普通のセミだった頃に、猿モドキのガキに捕まってたのを助けてやったことがある。」
「そのマー君からこんな物が来たの。」
アビーは体毛の中に手を突っ込み、細い枝切れを出した。
そこには『東京にいます。遊びに来ない?』と、妖精にしか分からない象形文字が彫られていた。
「ね?」
「東京かあ。行ったことないなあ。」
「ウジャウジャ人間がいるらしいんだけど、セミもたくさんいるんだって。」
「いいよ、暇だし行ってみようか。」
二匹は空に舞い、東を目指す。
東京に着くのはいつになるか分からないが、特に急ぐわけでもないので、適当に飛んでいけばいい。
しかし適当に飛ぶあまり、二匹は鳩に食われてしまった。
輪廻の果てに、この世に戻ってくるまで4年かかった。
そして二匹が再会するまでにプラス2年。
どうにか東京へ辿り着く頃、季節は夏を迎えていた。

 

虫の戦争 第七話 虫の戦争(1)

  • 2017.11.17 Friday
  • 10:43

JUGEMテーマ:自作小説

秋の風物詩、ススキ。
風に揺れるその姿は、なんとも言えない風情がある。
アビーたちがススキの花粉を蒔いてから一年。
冬が過ぎ、春が訪れ、夏が輝いた。
夏の熱気は秋風によって空の彼方へ押しやられる。
今、アビーとムーの目の前には、幾つかのススキがなびいていた。
しかし風情に浸ることはできない。
なぜならススキの周りはセイタカアワダチソウに囲まれているからだ。
川原を侵略する外来種は、相変わらず圧倒的な勢力を誇っている。
アビーとムーは妖精の蜜でススキを育てた。
そのおかげで素早く成長し、数もそこそこ増えた。
しかしまだ足りない。
もっと増えてくれなければ、いつかはセイタカアワダチソウとの生存競争に負けてしまうだろう。
「ムー、いよいよ戦ね。」
「ああ、天下分け目のな。」
二人は鉢巻を巻く。
人間の風習を真似るのはいかがなものかと思ったが、おチョウさんが「いいんじゃない」と言ったので、草の茎で鉢巻を作ったのだ。
決戦は明日。
ここに多くの虫や小動物が集まって、セイタカアワダチソウを駆逐する。
しかし敵も黙ってはいない。
アビーたちの動きを察知したセイタカアワダチソウの妖精種が、戦に備えて兵力を集めたのだ。
川にはブラックバスやライギョ、陸にはヒアリやセアカゴケグモ。
空にはツマアカスズメバチもいる。
「外来種だって日本に住む権利がある!」
そんなスローガンの元に集まった。
連日、川原からは敵の野次が飛んでくる。
「セイヨウミツバチだって外来種だぞ!」とか「アメリカザリガニは人間の子供を楽しませてる!」とか。
「俺たちを分布させたのは人間だ!」など、日本に住む権利を主張してくる。
そんな声に対して、アビーたちはこう返した。
「我々は外来種を差別しているわけではない!人間が憎いのは貴殿らと同じだ!」
「そうだそうだ!ただお前らが増えすぎると困るんだ!もっと節操を持て!」
そう返すと、「日本の生き物だって海外で猛威をふるってるぞ!」と反論してきた。
「鯉は外国の川を侵略している!」
「イタドリって植物はイギリスで大繁殖してるわ!人間の家を侵食するほどにね!」
「ススキだって北米で悪さをしてるぞ!アメリカ政府が悪質な外来種に指定してるんだ!」
在来種と外来種の罵り合いは続く。
もはや話し合いでは止まらない。
残された手段は戦のみ。
「貴殿らとの交渉はこれにて終わりとさせてもらう!」
「我々には戦う用意がある!痛い目に遭いたくなければ、早々に立ち退くように!」
「それはこっちのセリフよ!」
「戦をして困るのはお前たちの方じゃないのか?」
罵倒と怒号はやまない。
汚い罵り合いは日没まで続いた。
「ふう・・・さすがに疲れたわ。」
アビーは川原の傍に寝転がる。
決戦は明日の朝。
敵はどんどん数を増やしていって、「おおおおお!」と士気を高めていた。
「敵の大将はセイタカアワダチソウの妖精種だ。そいつのせいでこんなに兵隊が集まってやがる。」
「誤算だったわね。セイタカアワダチソウの中にも妖精手がいたなんて。」
「妖精への進化は虫と植物の特権だ。いたっておかしくないさ。」
二匹は空へ舞う。
敵の数は多いが、こっちだって負けてはいない。
明日はクロアリの大群が来てくれるし、スズメバチも強力してくれる。
水辺からはタガメやゲンゴロウ、それに鯉やスッポンも応援に駆けつけてくれることになっていた。
「アリさんたちがたくさんの虫に声を掛けてくれたわ。きっともっとたくさん集まるはずよ。」
「まさに天下分け目の大戦だな。」
「おチョウさんはカブトムシやクワガタも連れてくるっていってたわ。それにオオムラサキも。」
「そりゃ心強い。奴らは喧嘩が強いからな。」
「カマキリだっているし、オニヤンマも交渉中よ。」
「ほとんど総力戦じゃんか。」
「明日は歴史に残る戦いになるわ。」
「教科書に残すようにって、人間にすすめてみようか。」
「アリっちゃアリね。」
二匹は暮れる空を飛んでいく。
眼下では続々と敵が集まって、さらに士気を高めていた。
「みんな住処がほしいのね。」
「人間さえいなけりゃあなあ、もちっと平和なんだけど。」
「でもなんでも人間のせいには出来ないわ。奴らが出現する前から、生き物は戦ってきたんだから。」
「そうだな。」
どんな生き物であれ、戦いは避けられない。
明日、多くの生き物が命を落とすだろう。
それは過酷な自然を生き抜く定め。
勝者だけが安住の地を手に入れることが出来るのだ。
敵の雄叫びを聞きながら、二匹は暗い空へと消えていった。

            *

生き物は進化する。
変わっていく環境、そして競争相手に負けない為に。
今日、とある川原に大勢の生き物が集結した。
そのほとんどは小動物だ。
虫、両生類、爬虫類、川魚、そして植物。
生命が誕生してから40億年。
たくさんの生き物が生まれ、その多くが絶滅してきた。
大昔の海には、今では考えられないような生き物もいた。
酔っ払った神様が、適当にデザインしたような「こいつ生きていく気あるのか?」と疑いたくなるようなデザインの者もいる。
長い歴史をかけて、誕生し、進化し、淘汰を乗り越え、今の生物群がある。
そういう意味では、今日この川原に集まった者たちは、40億年という時間を生き延びたエリートたちだ。
姿かたちは違えど、それぞれの生態系の中で、なるべく有利になるように進化を遂げてきた。
今ここにこうして存在しているということは、その進化は間違っていなかったということ。
しかしそれは、自分が生まれた生態系の中での話だ。
日本には日本の、外国には外国の生態系がある。
もしそこから外れ、まったく違う生態系の中に放り込まれたらどうなるか?
あっさりと絶滅するか、もしくは異常に数を増やすかのどちらかだ。
この川原に集まった外来種は、異常に数を増やした者たちだ。
天敵がいない環境の中、あっという間に日本に定着してしまった。
そして外来種が増えた分だけ在来種が減る。
小川などでよく見られるアメリガザリガニ。
こいつは立派な外来種であり、こいつが繁殖したせいで、日本固有のニホンザリガニは激減した。
そういった事例は数限りなくあって、在来種にとってはなんとも恐ろしい話だ。
これ以上、外来種にのさばられては困る。
となれば戦うしかない。
川原では在来種と外来種が向かい合っている。
在来種の総大将はおチョウさん。
外来種の総大将はセイタカアワダチソウの妖精。
それぞれの大将の周りには、大勢の兵隊が集まっていた。
両陣営は殺気をぶつけ合う。
戦いはいつ始まってもおかしくない。
ピリピリした空気の中、アビーは周りを見渡した。
「こっちもたくさん集まったね。」
「ああ、オニヤンマも来てくれたし、シオヤアブもいる。」
「カブトもクワガタもいるし、マムシやイシガメも手伝ってくれるって。」
「いいねえ。それでこそ天下分け目の大戦だ。」
「でも敵だってたくさんいるわ。油断してると負けちゃう。」
アビーは敵の陣営を睨む。
外来種の中には、獰猛で毒を持つ者も大勢いる。
しかも闘争心が強く、動きだって早い。
「はあ・・・緊張してきたわ。」
ブルブルっと首を振って、傍に生えるススキを見上げた。
「あなたが頼りよ、頑張って。」
ススキが増えれば、セイタカアワダチソウは駆逐される。
それはすなわち、アビーたちの勝利を意味する。
ススキがどこまで数を増やせるかが勝負の分け目だ。
二匹の下へおチョウさんが飛んでくる。
さっきまで敵の総大将と話していたのだ。
「最後の話し合いは終わったわ。あっちはやる気みたい。」
「そりゃここまで来て引けないだろ。」
「いい?この戦いは長引くわよ。私の見積もりだと三年はかかる。」
「完璧にセイタカアワダチソウを駆逐しなきゃいけないんだからな。」
「ススキがもっと数を増やすまで、あと五年は必要よ。だけどそんなに待っていられない。
だから・・・やることは分かってるわね?」
「おう!俺たち妖精が、妖精の蜜を与えるんだ。そうすりゃススキはスクスク育って、三年でも相当な数になるはずだ。」
「こっちには20匹の妖精がいるわ。でも敵にもかなりの妖精種がいる。
向こうは向こうで、セイタカアワダチソウに妖精の蜜を与えるでしょう。」
「じゃあ俺たちがへばっちゃ、ススキは増えないな。」
「妖精の蜜を生成するには体力がいる。その為にたんまり餌を用意してるから、とにかく体力をつけてちょうだい。」
そう言って、二匹の前に樹液と花の蜜を置いた。
「美味しそう!これコスモス?」
「そうよ。」
「こっちの樹液もなかなか・・・・、」
二匹はジュルジュルと餌を貪る。
するとその時、敵の陣営から「ううううおおおおおお!」と雄叫びが上がった。
敵の総大将が拳を上げ、兵隊を鼓舞していた。
「いよいよね・・・・。」
おチョウさんは空へ舞い上がる。
「アンタたちはススキを育てることに専念しなさい。戦いはこっちに任せて。」
「うん。」
「頑張れよみんな。」
敵の雄叫びを受けて、味方も雄叫びを返す。
そして・・・・いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
敵の総大将が、「第一、第二分隊突撃いいいい!」と叫んだ。
「来たわね!みんな!まずは防壁をつくって!数少ないススキを守るのよ!」
おチョウさんの指示の下、アリの大群がススキを覆い尽くす。
クロアリ、サムライアリ、そして日本で最も大きいムネアカアリがバリアを張る。
空にはオニヤンマを筆頭に、トンボとスズメバチの連合軍が控える。
水辺からはイシガメが出てきて、硬い甲羅で防塁を築いた。
味方の守りは硬い。
しかし敵の攻撃力も半端ではなかった。
まず先陣を切ったのは、猛毒を持つヒアリ。
南米原産のこのアリは、尻尾に毒針を持つ。
しかも攻撃的で数も多い。
南米では軍隊アリというもっと強いアリがいるので、そこまで猛威は振るえない。
しかしここ日本では、このアリの侵攻を食い止められる者はいなかった。
ヒアリは圧倒的な数にものを言わせ、防壁を突破しようとした。
それを迎え撃つは在来種のアリたち。
クロアリ、サムライアリ、そして体長が一センチを超えるムネアカアリ。
勇敢なアリたちは、ススキを守りつつも、正面から迎え撃った。
「わああああああああ!」
「ううおおおおおおおお!」
大群同士が激突する。
ヒアリは数にものを言わせて攻めてくる。
しかも一匹一匹がかなり強いので、在来種のアリたちは苦戦を強いられた。
アリ同士の戦いでは、毒針はあまり役にたたない。
主な攻撃は噛み付きだ。
一匹のクロアリに、三匹のヒアリが群がる。
抵抗するまもなく、あっさりと解体されてしまった。
脚も胴体も頭もバラバラ。
ヒアリは次から次へと襲いかかり、日本のアリたちをスクラップに変えていく。
「へ!こいつら弱いぜ!」
「軍隊アリに比べりゃなんてことないわ!」
必死に応戦する日本のアリだったが、じょじょに圧されていく。
ジリジリと交代して、ただただ数を減らしていった。
するとそこへ思わぬ援軍が駆けつけた。
「自分らも戦います!」
それはシロアリだった。
アリと名がついているが、実際はゴキブリに近い生き物だ。
普段はいがみ合っているアリとシロアリ。
しかしヒアリが増えてはシロアリも駆逐されかねない。
だから大群を率いて応援に来てくれたのだ。
「どおおおおりゃああああああ!」
シロアリはヒアリの大群の脇腹を突き刺す。
思わぬ攻撃にヒアリは怯んだ。
そこへ在来種のルリアリも駆けつけ、日本のアリはさらに数を増していく。
数は力。
圧倒的な大群となった日本のアリたちは、怒涛の攻撃でヒアリを押し返した。
「よしよし、それでいいわ。」
おチョウさんは満足そうに頷く。
その時、頭上から大きな羽音が響いた。
中国から上陸した凶暴なハチ、ツマアカスズメバチの大群が、すぐそこまで迫っていたのだ。
「上よ上!」
おチョウさんが叫ぶのと同時に、トンボとハチの連合軍が迎え撃つ。
日本最強の飛翔昆虫、オニヤンマが先陣を切る。
優れた飛翔能力と、オオスズメバチでさえ噛み砕く顎。
そして10センチを超える巨体。
オニヤンマがツマアカスズメバチを仕留めた。
そこへオオスズメバチも加わって、ツマアカスズメバチを噛み砕いていった。
しかし敵は怯まない。
体格や力では負けるものの、恐ろしいほどの獰猛性を持つ。
一匹のオニヤンマに数匹のツマアカスズメバチが群がって、あっという間に仕留めてしまった。
トンボはハチのように硬い甲殻を持たないので、攻撃を受けると弱い。
劣勢に回ったトンボはただ逃げるしかなかった。
日本のスズメバチたちが奮闘して、どうにか領空への侵入を防いでいた。
それでもツマアカスズメバチは引かない。
地上と同様に、空の戦いも拮抗する。
そこへ在来種のシオヤアブが加わった。
このアブは暗殺を得意としている。
死角からこっそりと忍び寄り、大きな口吻で敵の神経を切断するのだ。
奇襲が決まればオオスズメバチやオニヤンマすら倒す。
シオヤアブはこっそりとツマアカスズメバチに近づく。
そして後ろから飛びかかって、ほんの一瞬で仕留めてしまった。
目の前の敵との戦いで、シオヤアブの暗殺に気づかないツマアカスズメバチ。
恐ろしい暗殺者は、確実に敵の数を減らしていった。
「むううう・・・・なかなかやるな。」
敵の総大将、セイタカアワダチソウの妖精が唸る。
「しかしまだまだ戦いは始まったばかり!これからが本番よ!」
先ほど突撃させたのは第一、第二分隊。
あと四つの分隊が控えていた。
そして自分の周りには精鋭部隊を集めている。
なんと民家に侵入して、外国産の毒虫を連れてきたのだ。
体長が25センチもあるベトナムオオムカデ。
最大最強のサソリであるダイオウサソリ。
そして鳥ですら仕留めてしまうと言われる巨大タランチュラ、ゴライアスバートイーター。
どれも人間にペットとして飼われていたものだが、妖精の蜜を見返りに仲間になってもらった。
この毒虫軍を超えない限り、敵の大将には手が届かない。
「敵の守りは硬い。これを崩すにはあらゆる方向から攻撃を仕掛けるしかない!」
そう言って水中の仲間に指示を出した。
「水辺を制圧せよ!」
命令を受けたブラックバスやライギョが、水中の敵を攻撃し始める。
もし水辺を制圧することが出来れば、そこからアメリカザリガニの大群を上陸させることが出来る。
硬い甲殻と大きなハサミ。
これをもってすれば、陸路を開くのは容易い。
ブラックバスとライギョは、在来種への攻撃を開始する。
まずはタガメとゲンゴロウが標的になった。
その気になればマムシすら捕食するタガメだが、相手はそれより遥かに大きな魚。
自慢の前脚は通用せず、一口で飲み込まれてしまった。
それはゲンゴロウも同じで、あっという間に数を減らしていく。
だが味方にも魚はいる。
大きな鯉の群れが、ブラックバスやライギョの群れに突っ込んだ。
「おどりゃあああああ!」
「死ねやああああああ!」
水辺では魚同士の死闘が繰り広げられる。
あまりの激しい戦いに、水面が泡立った。
そこへスッポンも加勢する。
強烈な噛み付きで、ブラックバスを追い払っていった。
水中での戦いもこれまた拮抗する。
するとその隙をついて、アメリカザリガニの大群が上陸した。
「地上の虫どもを制圧するぞおおおお!」
怒声を上げながら迫ってくる。
「いかん!ここで止めるぞ!」
イシガメの群れが、硬い甲羅を活かして防塁を築く。
上陸したアメリカザリガニたちは、「どけ!」とハサミを振るった。
「・・・・クソ!硬すぎて効かない。」
自慢のハサミも、亀の甲羅の前では無力。
「チクショウ!」と悔しがっていると、「おいどんたちに任せい!」とヒキガエルが現れた。
イシガメと同じくらい大きなカエルたちは、力任せに防塁を破壊していく。
「このままでは・・・・、」
イシガメたちは首を伸ばし、カエルに噛み付いた。
だが敵の皮膚は分厚い。
イシガメの攻撃では歯が立たなかった。
防塁はあっさりと崩壊し、アメリカザリガニたちの侵入を許してしまった。
「すまん!そっちへ行ったぞ!」
地上の仲間に警告を飛ばす。
その時、背後から巨大な何かが迫ってきた。
「なんだ?」
振り返ると、そこには一メートルはあろうかという巨大な亀がいた。
「ぬうううあああああ!」
日本の亀たちはビビる。
巨大な外来種の亀は、口に咥えた鯉をペっと投げ捨てた。
「お、大きな鯉が・・・・、」
70センチはある鯉が、無残に殺されていた。
その犯人は外来種の巨大亀、ワニガメだった。
ガメラのモデルとなったこの亀は、人間の指すら噛みちぎるパワーがある。
「むはははははは!俺様がいる限り水辺はこっちのもんだ!」
高らかに笑うワニガメ。
しかし油断は足元を掬うと知らなかった。
草村に潜んでいたマムシたちが、一斉に飛びかかったのだ。
「なんだコイツらは!?」
狼狽えるワニガメ。
マムシは俊敏に飛びかかり、ワニガメの腕に噛みついた。
「ぐむう・・・・その程度で俺様の皮膚は破れはせん!」
マムシの牙は小さい。
ワニガメを貫くには力が足りなかった。
「死ね!」
腕に噛み付いたマムシを食いちぎる。
そして他のマムシも食いちぎってやろうとした時、何かが巻きついてきた。
「ぐむおッ!」
それはアイダイショウ。
大きなものだと二メートル以上になる。
アイダイショウはワニガメの首に巻き付く。
それに続いてシマヘビも巻き付いた。
何匹ものヘビに巻きつかれ、ワニガメはたまらず倒れこむ。
そこへマムシが飛びかかって、目玉に噛み付いた。
「ぎゃああああああ・・・・、」
注がれる猛毒。
ワニガメは絶叫し、ついに息絶えた。
どうにかガメラモドキは倒した。
しかし上陸したアメリカザリガニの群れが、ススキを狙う。
ガサガサと行進して、地上を守る虫を蹴散らしていった。
「昆虫なんて相手にならんぜ!」
カブトもクワガタも、さすがにザリガニのハサミには敵わない。
バッタバッタとなぎ倒されて、頭をちぎられる者もいた。
「さすがに甲殻類相手じゃ分が悪い。」
カブトたちは後退する。
それと入れ替わるようにして、茂みの中からイナゴの群れが現れた。
「うお!なんだいきなりッ・・・・、」
あたり一面を覆い尽くすほどのイナゴの群れ。
それは煙幕のようにザリガニの視界を遮る。
ハサミでちょん切ってもキリがない。
そこへカブトムシが押し寄せて、長い角を振るった。
ザリガニはひっくり返され、バタバタともがく。
次はクワガタが現れて、ザリガニの関節を挟んだ。
「むうううおおおおお!」
いかに硬い殻に覆われていようとも、関節はもろい。
クワガタのハサミはザリガニをスクラップに変えていった。
「そうよ!連携して戦うの!」
個々の力は弱くても、協力すれば大きな敵にも勝てる。
上陸したアメリカザリガニの群れは、瞬く間に倒されていった。
「むう・・・・第三分隊まで動かしたのに・・・・なんとう守りの硬さだ。」
敵の大将は唸る。
「これはもう認めなければなるまい。敵は強いと。」
川原に根付くわずかなススキ。
それさえ倒せば終わるのに、なかなか上手くいかなかった。
「こうなったらこっちも総力戦だ!残った分隊に告ぐ!敵を殲滅しろ!」
護衛の精鋭部隊を残し、全ての兵隊を突撃させる。
その中には妖精種もいて、タランチュラやサソリに姿を変えた。
「力押しできたか。」
おチョウさんは「全軍に告ぐ!」と叫んだ。
「専守防衛の構え!一本たりともススキを死なせるな!」
全ての味方が迎撃態勢に入る。
川原の行く末を決める大決戦。
戦いは熾烈を極めた。

 

虫の戦争 第六話 海の家(2)

  • 2017.11.16 Thursday
  • 11:34

JUGEMテーマ:自作小説

アビーたちが海へ行ってから四ヶ月後。
田んぼの水は抜かれ、稲穂が実っている。
それは生き物が織り成す黄金、素晴らしい景色だった。
しかしそれと同時に失われたものもある。
たくさんいた生き物たちは、そのほとんどが姿を消した。
オタマジャクシはカエルとなり、思い思いの場所へ旅立っていった。
一部田んぼに残り、稲穂の上でゲコゲコ鳴いている。
水生昆虫のゲンゴロウやタガメは、空を飛んで新たな水辺へ向かった。
カブトエビやホウネンエビは死に絶えた。
水中でしか生きられないあの生き物たちは、田んぼに水を張る初夏だけの命なのだ。
しかしこの世を旅立つ前に卵を残している。
来年の初夏、また新たな命として芽吹くだろう。
生き物が少なくなった田んぼを見つめながら、アビーとムーは草をちぎっていた。
「暇ね。」
「だな。」
空はよく晴れていて、それが退屈さを加速させる。
いっそのこと夕立でも来てくれればと思った。
するとそこへおチョウさんが飛んできた。
「アンタたち。いま暇?」
「うん。」
「おチョウさんは新しい住処見つかったんだって?」
「そうなのよ。この前狙った場所は無理だったんだけどね。」
「近くの用水路にヒキガエルがたくさんいたんでしょ?」
「そうなのよ、いつ食われるか分かったもんじゃないからね。」
「じゃあどこに住処を見つけたの?」
「前に住んでた川原があるでしょ?あのずっと下流の方。」
「でも下流も埋め立てられたんでしょ?」
「もっと下流なのよ。大して競争相手がいない良い場所だなと思って。」
「じゃああんまり生き物がいないのね。また人間のせい?」
「ある意味では。」
それを聞いた二匹はピンときた。
おチョウさんがこういう思わせぶりな言い方をする時は、厄介な頼みごとをする時。
二匹は「いい暇つぶしがきた!」と喜んだ。
「で、で?何があったの?」
「川原に農薬でも撒かれてたか?」
「違うのよ、セイダカアワダチソウが茂ってるの。」
そう言って「こんなにたくさん」と手を広げた。
セイダカアワダチソウとは、秋になるとよく見られる植物である。
その名の通り背の高い植物で、ススキに近いほどの身長になる。
先端には小さな黄色い花をつける。
北米から入ってきた外来種であり、湿地や川原などでよく見られる。
観賞用として輸入されたのだが、今では至る所に定着してしまっている。
繁殖力が旺盛で、すぐに数を増やしてしまうのだ。
だから根付いた場所をすぐさま占拠してしまう。
しかも根っこから有害な物質を出して、他の植物を攻撃する。
そうすることで、競争相手が繁殖しないようにしているのだ。
この有害物質は土中の生物にも有効で、昆虫やミミズなど、土を肥やしてくれる生き物まで倒してしまう。
旺盛な繁殖力、有害物質による攻撃、それに加えて生命力も強い。
セイタカアワダチソウが日本へやってきて以来、この植物にやられた在来種は数知れず。
もはや無敵の王者だった。
しかし唯一これに対抗できる在来種がいた。
それはススキである。
秋の風情を彩るススキは、セイタカアワダチソウを駆逐しようと頑張っている。
有害物質を消し去り、痩せた土を肥えさせているのだ。
そのおかげで土中の生き物も戻ってくるし、他の植物も芽吹くことが出来る。
在来種の植物や小動物にとって、ススキはセイタカアワダチソウを打倒してくれるヒーローなのだ。
「というわけなのよ。」
「長い説明だったわね。知ってるよそんなの。」
「なあ。」
アビーとムーは肩を竦める。
おチョウさんは「困ったわあ」と首を振った。
「せっかく良い場所を見つけたのに、完璧にセイタカアワダチソウが占領してるの。
これを打倒できるのはススキしかいないわ!」
「うん。」
「で、どうするの?」
「簡単なことよ。ススキに戦ってもらうの。」
「それってこの前みたいに、大きなムカデをやっつけるのに、大きなサソリをぶつけるのと一緒だよね?」
「違うわ。あれはどっちも外来種だったじゃない。でもススキは古来からある在来種。
だからきっと私たちの為に戦ってくれるわ。」
拳を握り、目に希望を灯す。
「というわけで、アンタたちも手伝って。」
「いいけど何を?」
「ススキは強い植物だけど、それだけじゃセイタカアワダチソウに勝てないわ。みんなで協力しないと。」
「みんなで協力かあ。」
「川原を取り戻す戦争ってわけだな。」
「そうよ。これはこの前のムカデ退治より大変な仕事になるわ。なんたって敵の数は多い。
サソリと戦わせてハイ終わり!って簡単にはいかないからね。」
そう言って「忙しくなるわあ」と空へ舞っていった。
「アンタたち!」
「なに?」
「ススキの花粉を集めてきて。」
「花粉?・・・・ああ、その川原に根付かせるのね。」
「そうよ。勝負は来年、ススキが育ってからよ。それまではとにかく繁殖させることに専念しなきゃ!ああ忙しい。」
綺麗な羽を広げ、パタパタと飛んでいく。
アビーは「下見に行こう」と立ち上がった。
「あの川原のずっと下流に行ってみよう。」
「おう!」
二匹はあの川原の下流へ飛んでいく。
途中でカラスに食われそうになったが、どうにかこうにか逃げ切って、目的地までやって来た。
「ここね。」
「確かに占領されてるな。」
川原は黄色一色だ。
どこもかしこもセイタカアワダチソウだらけ。
踏まれても平気な雑草くらいしか、セイタカアワダチソウの他には見当たらない。
「侵略されてるね、これ。」
「ここにススキの花粉を蒔いて、こいつらを叩きのめすわけか。」
二匹はう〜んと唸る。
「これさ、花粉を蒔いたって意味ないよね。」
「根付く場所がないもんな。」
完全に占領されている状態では、いかにススキといえど分が悪い。
どこかに隙を作らなければ、ススキ作戦は使えない。
二匹は悩む。
悩んだ挙句、ムーが妙案を思いついた。
「そういえばセイタカアワダチソウってさ、増えすぎて自滅してるって聞いたことあるんだ。」
「生命力も強いし、根っこから毒を出すしね。無敵だもん。」
「それが仇になってるんだ。一つの種族が増えすぎると、その種族は逆に減っていくんだよ。
セイタカアワダチソウだって生き物だ。栄養がないと生きていけない。」
「増えすぎちゃったから、仲間同士で養分の取り合いをしてるってわけね。」
「それに根っこから出す毒も理由だよ。あんまり増えると、毒の量だって多くなる。
そのせいで自分自身がダメージを受けるんだ。」
「じゃあさ、ここにもっともっとセイタカアワダチソウが増えれば、自滅してくれるかな?」
「全滅は無理だろうけど、多少は減ると思う。そうすればススキが根付く隙間が出来るはずだ。」
ムーはゲロっとゲロを吐く。
その中に緑色の結晶が混じっていた。
「これには栄養がたっぷりだ。」
「虫が食べれば一年間は飲まず食わずでいけるもんね。」
「アビー、お前も出せよ。サソリにあげた時から何ヶ月も経ってるんだから、もう出来てるだろ。」
「うん。」
アビーもゲロを吐く。
その中にはコロンとした黄色い結晶が。
二人は小石を掴み、結晶を砕く。
それを川原に撒いていった。
「何日かしたらきっと数が増えてるはずだぜ。」
「そうしたら自滅が始まるわね。」
「必ずどこかに空白が出来るはずだ。そこに花粉を蒔こう。」
その日は結晶を撒いてから巣に帰った。
それから数日後、目論見通りに自滅が始まった。
川原一面が黄色一色だったのに、所々に空白が出来ている。
「ムーの作戦通りね。」
「上手くいってよかった。」
ホッとする二人。
そこへおチョウさんがやってきた。
「あら?なんか減ってない。」
不思議そうに首をひねる。
アビーは「かくかくしかじかで・・・」と説明した。
「なるほどね、よくやったわアンタたち!」
「おチョウさんの方はどう?仲間は集まりそう?」
「ええっとねえ・・・・集まるのは集まったんだけど。」
なんとも言えない顔で振り返る。
そこにはクロアリが三匹とゴキブリが一匹いた。
「おいおい、またムカデの時と同じじゃないか。なんの戦力にもならんぜ。」
呆れるムー。
するとアリがこう返した。
「今は三匹だけだけど、戦う時は群れを呼ぶわ。」
「そうよ。アリだって広い住処がほしいんだもん。」
「アリは土中に巣を作るのよ。セイタカアワダチソウがいたんじゃ、根っこの毒でおちおち巣も作れない。」
「そりゃそうだな。で、そっちのゴキブリは何しに来たんだ?」
「なんとなくついてきました。」
「暇だったんだな。」
「でも僕もお手伝いします。」
「お前は人間の家でも生きていけるだろ?あんなクズみたいな生き物に寄生しやがって。お前らは昆虫の恥だよ。」
「そんなこと言わないで下さい。ゴキブリが一手に人間の憎悪を引き受けてるんです。
そうじゃなきゃ他の虫が目の敵にされてるかもしれませんよ。」
「なんだよその理屈は。」
ムーは憮然とする。
しかしアビーは「まあまあ」と宥めた。
「とにかくここにススキの花粉を蒔こうよ。来年には何本か生えてくるはずよ。」
「ススキも生命力が強いからな。俺たちが協力すれば、すぐに数を増やすはずさ。」
川原は外来種に侵されている。
これを駆逐するには在来種を増やすしかない。
来年の秋、ここに幾つかのススキが芽吹くことになる。
それは多くの虫や小動物を巻き込む、世紀の大戦争となるのだった。

 

虫の戦争 第五話 海の家(1)

  • 2017.11.15 Wednesday
  • 11:43

JUGEMテーマ:自作小説

アビー、ムー、ゲン子ちゃん。
三匹は海へやって来た。
あてもなく飛び続けていたら、いつの間にか来てしまったのだ。
「へえ、これが海なのね。」
生まれて初めて見る海は大きかった。
するとムーが「湖かもしれないぜ」と言った。
「きっと海よ、ねえゲン子ちゃん。」
「私も海は初めてなんだ。だからこれが海かどうか分からない。」
目の前に広がる広大な水たまり。
これが海なのかどうか?
アビーは「確認しよう」と言った。
「知り合いから聞いたんだけどね、海にはフナムシっていう虫がいるんだって。」
「俺はカニがいるって聞いたことあるぜ。」
「私はカモメがいるって聞いたわ。」
「カモメかあ・・・見つかったらパクっといかれちゃうわね。」
「気をつけないとな。」
「ねえ、あそこに砂場があるよ。行ってみようよ。」
三匹は砂浜へ降りていく。
するとそこにはたくさんのシオマネキがいた。
このカニはオスの右のハサミが異様に大きい。
それをズア!ズア!っと振る姿が、潮を招いているように見えるので、シオマネキと呼ぶ。
「こんにちわ。」
アビーが声を掛ける。
シオマネキはズア!ズア!っとハサミを振るばかりで、何も答えない。
「こんにちわ。」
「・・・・・・・・。」
「無視された。」
悲しそうなアビー。
ムーが「あっちにも何かいるぜ」と指さした。
そこにいたのはヤドカリ。
小さな貝殻を背負って、えっちらおっちら歩いている。
「よう。」
ムーが声をかけると、ハサミを振り返してきた。
「俺はカナブンのムー。アンタは誰?」
「カナブンってなんだ?」
「昆虫だよ、見りゃ分かるだろ?」
「昆虫ってなんだ?」
「昆虫は昆虫だよ。長くなるから説明させんな。」
「うっせ!無礼な奴!」
「痛だだだだだ!」
ハサミでほっぺを挟まれて、ペっと投げられる。
「ぎゃッ・・・・、」
倒れるムー。
その上をヤドカリが歩いていった。
「おい!」
「他所者は帰れ!」
ペッペと砂を投げつけて、シュタシュタと去っていく。
「んだよ、海ってのは乱暴者ばっかりか?」
「海かどうかも分からないけどね。」
ゲン子ちゃんは「岩場があるよ」と指さす。
「何かいるかも。」
「うん、行ってみよう。」
「ちょ、待てよ。」
三匹は岩場まで飛んでいく。
そこには気持ち悪いほどのフナムシがいた。
「ダンゴムシ?」
「違うだろ。」
「ワラジムシっぽい。」
「話しかけてみよう。」
岩場におりて、「こんにちわ」と挨拶する。
すると一匹のフナムシが「こんにちわ」と返してきた。
「私はトラマルハナバチのアビー。妖精種だよ。」
「そうかい。俺はフナムシのワラジ、妖精種だ。」
「人間っぽいからそうじゃないかと思った。」
クスっと笑いかけると、テヘっと微笑み返して来た。
「ねえ、ここって海?」
「そうだよ。」
「ほらやっぱり!」
バシバシとムーの背中を叩く。
「初めて見たね、海。」
「だな。」
「泳げるかな?」
ゲン子ちゃんは海へ入ろうとする。
しかしワラジが「やめとけ」と止めた。
「あんたゲンゴロウだろ?」
「うん。」
「淡水生の虫じゃ海は入れない。死ぬぞ。」
「なんで?」
「塩が濃いんだ。浸透圧の関係で体液がおじゃんになる。」
「シントウアツ?」
「入れば死ぬってことだ。」
「じゃあやめとく。」
目の前に広がる大きな海。
果てしない水平線は、この世の果てのように思えた。
「すごいねムー。」
「無意味なくらい広いよな。」
「田んぼが何個入るんだろう?」
三匹はしばらく海を眺める。
そして数分で飽きてしまった。
「帰ろうか。」
「そうだな。」
「それじゃ」と言って、空に舞い上がる。
するとフナムシが「待て待て」と止めた。
「海の家を建てるのを手伝ってくれないか?」
「何それ?」
「人間は海の家ってやつを持ってるんだ。」
ワラジは長い触覚を砂浜に向ける。
その向こうには一軒の海の家が建っていた。
「夏になるとな、あそこにいっぱい人間がやってくるんだ。」
「そうなんだ。」
「死ねばいいのに。」
「俺もそう思う。だけどあそこは良い場所だ。なんか楽しそうでな。だからいっちょフナムシの海の家を建てようと思うんだ。」
「わあ、それいいわね。」
「手伝ったら何かくれる?」
「妖精の蜜をやるよ。」
それを聞いたゲン子ちゃんは「やる!」と叫んだ。
「私まだ二回しか飲んでないの。」
「ならあと一回で不死だな。」
「手伝ったら本当にくれる?」
「もちろん。」
「よし!手伝う。」
アビーとムーも乗りき気で、フナムシと一緒に岩場の隙間を降りていった。
「ねえ、これ何?」
「それは亀の手だ。」
「亀?」
「亀に似てるからそう呼ばれる。」
「じゃあアレは?岩に張り付いてるダンゴムシみたいなの。」
「あれはヒザラガイ。昼間はああやってじっとしてる。」
「じゃあアレは?」
「イソギンチャクだ。触ると萎む。」
「面白そう!」
アビーは細い枝を拾って、イソギンチャクをつつきまくる。
みんなシオシオとしぼんでいった。
「あ、こっちには人間の手みたいなのがいるよ。」
「それはヒトデだ。」
「じゃああのモワモワしたのは?」
「海藻だ。あれで家を建てるんだ。」
フナムシはサササっと走って、岩場の奥深くに向かう。
そこにはウジャウジャとフナムシがいて、せっせと家を建てていた。
「どうだい、これが俺たちの家さ。」
ワラジは自慢気に言う。
巨大な毬藻みたいな、無茶苦茶に海藻のからまった家があった。
「大きな巻貝の殻があってな。それに海藻を巻き付けてるんだ。」
「なんか汚いね。」
「ハチの巣の方がカッコいいぜ。」
「いいや、こっちの方がカッコいい。」
ワラジは海藻を掴み、せっせと巻き付けていく。
ゲン子ちゃんも「手伝うわ」と巻き付けた。
「これってさ、どうなったら完成なの?」
「今の倍くらいになったらかなあ。」
「じゃあアビーとムーも手伝って。」
大勢のフナムシと、アビーたちで海藻を巻き付けていく。
するとその時、岩場の上から巨大な何かが現れた。
「やべ!猫だ!」
野良猫が手を伸ばしてちょっかいを出してくる。
アビーは「任せて!」と飛んでいった。
「この四つ足怪獣め!どっかいけ!」
お尻の針を伸ばし、ブスっと刺す。
猫は飛び上がり、一目散に逃げていった。
「ふん、他愛ないわ。」
岩場の隙間に戻ると、なぜか海の家はなくなっていた。
「あれ?どこいったの?」
「流された・・・・。」
ワラジは悲しそうに呟く。
「せっかく作ったのに・・・。」
フナムシたちは葬式みたいに沈みかえる。
「なあアンタたち!家を取り戻してくれ!」
「取り戻す?」
「波が入ってきてさらわれたんだ。ちょっと海へ行ってきてくれないか?」
「でも私たちは陸棲昆虫だから。海に入ったら死んじゃうわ。」
「いや!無理はことはない。」
そう言ってワラジは盛大にゲロを吐いた。
その中には真っ黒な結晶が混じっていた。
「これは俺の妖精の蜜だ。」
「汚い色ね。」
「これを飲めばどうにかなるかもしれない。」
「どうなるの?」
「分からん。」
「なによそれ。」
呆れるアビーだったが、ゲン子ちゃんは「飲む!」と叫んだ。
「それ飲めば三回目だもん。不死になれるわ。」
真っ黒な結晶を掴み、一口で飲んでしまう。
ムーが「おえええ」とえづいた。
「よくそんな汚い結晶を飲めるな。」
「・・・・・・・。」
「どうしたゲン子?腹を下したか?」
「今なら・・・・海でも潜れそうな気がする。」
「マジかよ!」
ゲン子は岩場から出て、波打ち際に立つ。
そしてお尻の穴から気泡を作り出した。
ゲンゴロウは水中に潜る時、お尻に気泡を作る。
その中の空気を吸うことで、水中でも活動が可能なのだ。
ゲンゴロウは自ら酸素ボンベを作る能力を持っているわけだ。
ゲン子は思いっきり気泡を膨らませる。
途中でブベ!っと屁が出たが、気にすることなく膨らませた。
やがて大きな大きな気泡が出来て、気球のようになる。
「みんな!この中に入って。きっと海に潜れるはず。」
「わ!すごいゲン子ちゃん。」
「どれどれ・・・お邪魔しますよっと。」
二匹は気泡の中に入る。
そして同時に「臭!」と叫んだ。
「オナラが残ってるわ。」
「お前何食ってんだよ。とんでもない腐敗臭がするぞ。」
「肉食だから仕方ないのよ。」
悪臭漂う気泡に包まれながら、三匹は海へ向かう。
「じゃあねワラジさん。ちょっと行ってくる。」
「頼んだぞ。必ず取り戻してくれ。」
フナムシたちは涙ながらにたくさんの脚を振る。
アビーたちは海の中へ入って、フナムシの家を捜した。
すると意外とすぐ近くに転がっていた。
「見て!」
「なんだ、すぐ見つかったじゃん。」
「でも汚い。」
グルグルに海藻を巻きつけた海の家は、メデューサの髪の毛のように揺らいでいた。
「やっぱりハチの巣の方がカッコイイわよね。」
「ほんとになあ。あんな家のどこが大事なんだか。」
ブチブチ言いながら回収しようとする。
しかしそうは問屋が下ろさなかった。
「ええええ!」
「家が動いた・・・・。」
三匹が近づくと、家はササっと逃げていった。
「なんで家が動くの!?」
「いや待て・・・・もしかしたら・・・、」
ムーはそっと近づく。
家の正面に回ると、そこにはあの生き物がいた。
「お前はさっき俺を踏んづけた奴!」
ヤドカリが家の中にいる。
この家の中には巻貝の殻があるので、ヤドカリが自分の家にしてしまったのだ。
「これは居心地がいいな。俺も〜らい!」
「返せ!シバくぞ!」
「やなこった。」
ヤドカリはサッと隠れる。
中から「ボケカス」と罵ってきた。
「むぎいい・・・・喧嘩なら買うぜ!」
ムーはバッと手を広げる。
「妖精の特殊能力を見せてやる!」
そう言ってある虫へと変身していった。
「ムー!その虫ってまさか・・・・、」
「殻の中に閉じこもる奴を引っ張り出すには最適だろ?」
「マイマイカブリ・・・・。」
捕食されて死んだ妖精は、食物連鎖の果てに、この世に戻ってくる。
その時、途中でたどった連鎖の中で、一匹の虫の姿を借りることが出来るのだ。
かつてカタツムリと相討ちになったマイマイカブリ。
その姿を借りることで、ヤドカリを引っ張り出そうとした。
「覚悟しろよ!」
頭をツッコミ、ヤドカリを引きずり出そうとする。
しかし相手はカタツムリのように大人しくない。
頑丈な甲殻と、小さないながらもハサミを持っている。
不用意に頭を突っ込んだムーは、返り討ちに遭ってしまった。
「クソ!意外と強いな・・・・。」
「じゃあ私も!」
アビーもマイマイカブリに変身する。
二匹で共闘して、どうにかこうにかヤドカリを引きずり出した。
「やめろ!」
「こいつ殻がないと貧相だな。」
「暴れるなら毒針を刺すよ?」
「嫌だ!」
ブルブル首を振るヤドカリだったが、ゲン子ちゃんが飛びかかってきた。
「美味しそう。」
口を開け、中から針みたいな物体を伸ばす。
そいつをヤドカリのお腹に突き刺した。
「ごはあッ・・・・、」
ゲンゴロウは鋭い口吻を持っている。
これを突き刺して消化液を注ぎ込むのだ。
ゲンゴロウやタガメなどの水生昆虫は、こうして獲物の体内を溶かす。
体外消化という特殊な捕食方法だ。
ゲン子ちゃんの一撃を受けて、憐れヤドカリはこの世を去った。
「美味しい!」
溶けた肉をチューチュー吸いまくる。
ヤドカリの肉はゲン子ちゃんの細胞に生まれ変わった
後に残ったのはキチン質の甲殻。
そしてフナムシの家だけだった。
「さて、持って帰ろう。」
お腹がいっぱいになって満足したゲン子ちゃんは、嬉しそうにフナムシの家を引きずった。
「みんな!取り返してきたよ!」
元気いっぱいに言うと、ワラジが「もうダメだ・・・」と呟いた。
「どうしたの!傷だらけじゃない!」
「さっきの猫が・・・またやって来て・・・・、」
フナムシたちはズタズタに惨殺されていた。
ワラジも大怪我を負っていて「これが本当の虫の息だ」と呟いた。
そして死んだ。
「あらあ〜。」
せっかく家を持って帰ってきたのに、誰も褒めてくれない。
その原因を作った犯人は、まだ岩場の近くにいた。
細い隙間から手をツッコミ、爪を伸ばしている。
猫としてはただジャレているだけだが、虫にとっては致命的ダメージになる攻撃だ。
怒ったゲン子ちゃんは「成敗!」と口吻を突き刺した。
ゲンゴロウの消化液はなかなか強力で、哺乳類にも効果がある。
例えばゲンゴロウの幼虫に指を噛まれると、酷い時は壊疽を起こすほどだ。
そんな攻撃をくらっては、いかに猫といえども堪らない。
「ニギャッ!」と叫んで、一目散に逃げ出した。
「見たか!虫を舐めるなよ!」
ファックユーをかますゲン子ちゃん。
その時、アビーが「また!」と叫んだ。
「どうしたの?」
「家が・・・・、」
岩の隙間から波が押し寄せて、海の家をさらっていく。
「あら〜、また行っちゃった。」
「せっかく持ってきたのにね。」
「全部猫のせいだよ。ていうかフナムシももういないし、ほっといて帰ろうぜ。」
「そうね。」
アビーとムーはパタパタと飛び去っていく。
死は虫にとって日常茶飯事。
それと同時に誕生も日常茶飯事だ。
誰かが生まれても大して喜ばないし、誰かが死んでも大して悲しまない。
たくさん子供を産めるのが虫の強みであり、それはすなわち、多くの死者が出るということでもあるのだ。
だから葬式もしないし、追悼だってしない。
虫にとって、自分以外の死は淡白な日常なのだ。
しかしゲン子ちゃんは違った。
「可哀想に」とワラジの頭を撫でる。
「妖精の蜜ありがとね。次はもっと綺麗な蜜を出せる虫になれたらいいね。だってあれ汚いから。」
慰めているのか貶しているのか?
どちらとも取れる弔辞を述べて、岩場を後にした。
三匹は空を飛んでいく。
海を振り返ると、淡い白波が立っていた。
「いやあ、海は楽しかったな。」
「そうね、また来ようね。」
「私も来てよかった。だってこれで不死になれたもん。」
念願の不死身能力を手に入れて、なんとも嬉しそうにしている。
しかしそこへカラスが飛んできて、一口で飲み込まれてしまった。
「あ・・・・、」
「やられた。」
ほんの一瞬の出来事・・・・ゲン子ちゃんはこの世を去った。
「でもまあ・・・あれよ。じきに戻ってくるわ。」
「だな。妖精の蜜を三回飲んだもんな。」
「はあ、今日は疲れた。巣に帰って寝ようっと。」
「俺は樹液を吸いに行ってくる。」
二匹はバイバイと別れる。
次にゲン子に会うのはいったいいつか?
それは分からないが、また会えると信じていた。
しかし残念ながら、ゲン子がゲン子として復活することはない。
先ほどワラジが吐き出した結晶は、妖精の蜜ではなかったからだ。
あれは精製に失敗した出来損ないの蜜。
一時的に力が増しても、それは長続きしない。
ゲン子はもうゲン子として生まれ変わることはない。
食物連鎖という輪廻の中では生き続けるが、ゲン子という自我と意識は消え去ったのだ。
今日、アビーとムーの友達が一人減った。
しかし二匹がそれを知ったところで、大して悲しみはしないだろう。
死んだら増やせばいい理論。
虫たちはシンプルかつ強靭なサイクルの中で生きているのだから。

 

虫の戦争 第四話 猛毒対決(2)

  • 2017.11.14 Tuesday
  • 10:29

JUGEMテーマ:自作小説

命は巡る。
自然界では、絶え間なく命の循環が続いている。
食う食われるが常の世界では、一つの生き物は別の生き物に姿を変えることがある。
カマキリに捕食されたバッタは、消化吸収されて、カマキリの細胞として生きることになる。
細胞はそれ一つが生き物なので、立派な輪廻なのだ。
死を拒絶したいなら自然の中へ。
チベットの鳥葬は、人が新たな命に生まれ変わることを期待した、旅立ちの儀式なのだ。
虫の世界に葬式はないが、鳥葬と同じく、命の旅立ちに満ちている。
今、ここに寿命を迎える生き物がいた。
それはカタツムリ。
デンデンムシの歌で親しまれるこの小動物には、恐ろしい天敵がいた。
その名はマイマイカブリという昆虫。
カタツムリを捕食することに特化したそのデザインは、不思議と不気味さが同居している。
まず首が長い。
正確には胸が長いのだが、人の目には首が長いように映る。
昆虫の身体は三つに分かれており、頭、胸、腹と繋がっている。
足は六本と決まっており、その全てが胸から生えている。
カブトムシなどは腹から生えているようにも見えるが、実はそこも胸。
昆虫の胸部は、前胸、中胸、後胸と分かれているのだ。
羽は四枚(アリのように一部持たないものもいる)で、その形状は様々。
チョウのように優雅な羽をもつ虫もいれば、トンボのように戦闘機さながらの高速飛行ができる羽もある。
そしてマイマイカブリの持つ羽は、鎧のように硬い。
カブトムシと同じく甲虫と呼ばれるグループは、四枚ある羽のうち、二枚が装甲になっているのだ。
ゆえに飛翔には適していない。
その代わりとして頑丈な脚を持つ。
マイマイカブリもまた、立派な足を持っている。
長く、太く、がっしりした脚だ。
頭は小さいが、そこから伸びる牙は大きい。
さらに口からは、カタツムリを溶かす液体まで出すのだ。
この虫は日本にしかおらず、海外の虫コレクターには生唾ものだ。
今、一匹のカタツムリが捕食されようとしていた。
自慢の殻の中に隠れても、マイマイカブリからは逃げられない。
細長い胸のおかげで、殻の中まで侵入できるからだ。
カタツムリはじっと身を固める。
マイマイカブリは巨大な牙で噛みつく。
・・・・本来ならば、これで勝負ありだ。
マイマイカブリは牙から毒液を出し、カタツムリを溶かしてしまう。
そして大きな牙でその身を小分けにしていく。
頭を千切り、胴体を千切り、食べやすい大きさにカットしていくのだ。
マイマイカブリはカタツムリの天敵。
狙われたら最後、それは死を意味する。
だがしかし!
自然界に絶対という掟はない。
人間の格闘技でさえ番狂わせがあるのだから、虫同士の戦いでもそれは起こる。
牙を突き立て、毒液を注いだマイマイカブリは、自分の勝利を疑わない。
これで餌にありつける・・・・・そう思っていた。
しかしここで一つ誤算が。
このマイマイカブリ、ちょっとばかり大きなカタツムリを狙ってしまったのだ。
その名はアフリカマイマイ。
名前の通り、アフリカ原産のカタツムリだ。
日本で数を増やし、悪質な外来種とされている。
その辺にいるカタツムリと違って、人間の手のひらサイズまで成長するのだ。
今、マイマイカブリが襲っているのは、成長途中のアフリカマイマイだった。
人間の手のひらサイズほどではないが、それでもマイマイカブリの倍以上の大きさがある。
大きさは力。
体格で勝るアフリカマイマイは反撃に出た。
殻の中に頭を突っ込んでくるマイマイカブリに対して、自分から身を寄せていったのだ。
するとどうなるか?
無防備に頭を突っ込んだマイマイカブリは、カタツムリの肉と殻に挟まれて、身動きが取れなくなってしまった。
脱出しようともがくが、相手の方が大きいので、力負けしてしまう。
また自慢の毒牙も役に立たなかった。
本来ならばとうに溶けているはずなのに、相手が大きすぎるので、効き目が薄いのだ。
何度も言うが、大きさは力。
アナコンダやニシキヘビが毒を持たないのは、大きいがゆえ。
毒なんてなくても、その巨体で締め上げればワニさえ仕留めてしまう。
それはカタツムリも同じで、体格で勝るなら一方的に負けることはない。
大きな肉の塊、頑丈な殻。
この二つでマイマイカブリを押し潰そうとした。
しかし相手は甲虫。
そう簡単に潰れはしない。
二匹は持久戦に突入した。
・・・ます最初に力尽きたのはアフリカマイマイ。
何度も毒牙を打たれたせいで、ついに息絶えてしまった。
しかしだからといって、マイマイカブリの勝利にはならない。
死んだ相手は二度と動かない。
ということは、肉と殻に挟まれたまま動けないということだ。
いつかカタツムリの肉は消えるだろう。
雑菌が増え、腐敗し、肉が柔らかくなり、そして朽ちていく。
しかしそうなるまでには時間がかかる。
マイマイカブリは必死にもがくが、やはり脱出できない。
やがて体力が奪われ、足をばたつかせる力さえ失くしてしまう。
そしてカタツムリの肉が腐敗を始める頃、マイマイカブリもこの世を去った。
カタツムリは毒死。
マイマイカブリは圧死。
二匹の対決はダブルノックアウトで幕を閉じた。
二つの命は消えた。しかし無くなるわけではない。
死に絶えた二匹を見つけた鳥たちが、小さなクチバシでチョンチョンとついばんだ。
食べられ、消化され、吸収されて、鳥の細胞として生まれ変わった。
その鳥はマムシに捕食され、そのマムシも寿命を迎えて死んだ。
マムシは微生物に分解されて、土に還る。
その土を養分として、この世へ戻ってきた命があった。
一つはカナブンのムー。
カナブンはカブトムシと同じく、土中に卵を産む。
そして腐葉土を餌にして、サナギへと育っていく。
じっと長い眠りの中で、成虫になる瞬間を待つのだ。
やがて時が満ちて、サナギは大人になった。
土から顔を出し、「う〜ん!」と背伸びをした。
「帰ってきた帰ってきた。」
久しぶりに吸うシャバの空気。
見上げた空は夜で、遠くに自販機の明かりが見える。
ムーは羽を広げ、光の方へと飛び立った。
次に戻ってきたのはアビー。
ムーが生まれた傍に、一輪の花が咲いていた。一匹のマルハナバチが、その蜜を吸いにきた。
そのハチは女王蜂で、巣の中で幾つも卵を産んだ。
そのうちの一匹がアビーだった。
大人のハチから餌をもらい、すくすくと成長していく。
やがてサナギになり、春が来る頃に羽化した。
「ん〜、久しぶりのお日様!」
グっと背伸びをして、「じゃあね」と巣を後にする。
「ムーは戻ってきてるかな?」
小さな羽を動かしながら、晴天の下を飛んでいく。
そして最後に戻ってきたのはおチョウさん。
おチョウさんはダイオウサソリによって食べられた。
そのダイオウサソリは人間によって叩き潰された。
その死体はイタチの餌となり、数日後に糞として排出された。
糞は土に還り、花の育つ栄養となる。
その花の蜜を吸ったアゲハチョウの卵から、この世へと戻ってきたのだ。
復活したおチョウさんは、さっそくあの川原へ飛んでいった。
そして悲鳴を上げた。
「なくなってる!」
公共事業によって、河原は埋め立てられていた。
草地は消え失せ、コンクリートの護岸と、小さな遊歩道に変わっていた。
「おのれ人間!またしても私たちの住処をぶっ壊して!」
ブチギレるおチョウさん。
そこへアビーとムーが飛んできた。
「あんた達!見てよこれ!」
湯気が出るほど怒りながら手を向ける。
「あら〜。」
「まあまあ、いつものことじゃん。」
「ここ最近酷いわ!下流の川原も埋め立てられたっていうし。」
「だって人間のすることだもん。」
「あいつら自分さえよけりゃそれでいいんだ。」
「クズなのよ。」
「馬鹿なのかも。」
「どっちでもいいわ!また次の住処を探さないといけないじゃない。」
おチョウさんはパタパタと飛んでいく。
「どこ行くの?」
「だから新しい住処を探すの!」
「でもそっちは山だよ?スズメバチに襲われるよ?」
「野原もあるのよ。今は使ってない田んぼが。蓮華とかよく咲くし、コスモスもある。蜜が吸い放題よ!」
「でも縄張りが・・・・、」
「乗っ取ってやる!」
新たな住処を求め、おチョウさんは羽ばたいていった。
「あら〜、また喧嘩になるわね。」
「ああ見えても気性が荒いから。」
「チョウは見た目よりも大人しくないからね。」
「オオムラサキなんかスズメバチを追い払っちゃうしな。」
チョウの羽は力強い。
樹液に集まるオオムラサキというチョウは、特に羽ばたく力が強い。
傍にいると羽音がするほどだ。
その強力な羽ばたきで、スズメバチすら叩き落としてしまう。
「さあて、俺たちはどこに行こうか?」
「おチョウさんは田んぼに行くって言ってたね。なら私たちも田んぼに行ってみようか?」
今はちょうど水田の時期。
田んぼには水が張られ、小さな稲が植わっている。
「最近ゲンゴロウのゲン子ちゃんにも会ってないし。」
「タガメのおっさんにも会ってないな。」
「なら決定。行ってみよう。」
二匹は水田へ飛んでいく。
川原からしばらく離れた所に田園があるのだ。
しかしそこには誰もいなかった。
ゲンゴロウもタガメもいない。
オタマジャクシもいなかった。
「これ、農薬使ってるね。」
「何年か前まで使ってなかったのにな。」
「他の田んぼに行こうか?」
「途中にちっちゃいのがあったな。」
再び空に舞い、民家と民家の間に降りる。
そこには小さな田んぼが三つ並んでいた。
「どれどれ、誰かいるかなあ。」
覗き込むと、わらわらと生き物がいた。
「よかった!ここは農薬使ってないみたい。」
「使うほどの規模じゃないんだよ。」
「意外と小さな田んぼの方が色々いたりするのよね。」
嬉しそうに覗きこむと、オタマジャクシと目が合った。
「こんにちわ。」
挨拶するも、サっと逃げてしまう。
今度は近くにいたカブトエビに声を掛ける。
「こんにちわ。」
「こんにちわ。」
カブトエビは挨拶を返す。
キチン質の平べったい胴体から、長い尻尾が伸びている。
目は黄身が二つある卵焼きのように並んでいて、頭の上に付いている。
体色は赤茶色、もしくは薄い赤。
大きさは3センチから4センチほど。
別名を「草取り虫」といい、田んぼの除草に役立つ。
幾つもあるヒレ状の脚を動かすことで泳ぐのだが、その際に田んぼの土が舞い上がる。
これによって雑草が根付くのを防いでくれるのだ。
しかし稲を齧ることもあるので、益虫と害虫の両方の面を備えている。
大昔から姿を変えずに生き延びていて、シーラカンスやカブトガニと同じく、生きた化石なのだ。
田んぼによってはオタマジャクシよりも数が多い。
「あのね、ここにゲンゴロウっているかな?」
「二、三匹。」
「妖精種はいる?」
「一匹。」
「もしかしてゲン子ちゃんって名前?」
「うん。」
「よかった!じゃあ呼んできてくれない?」
「自分で行け。」
カブトエビはスイ〜っと去ってしまう。
どうやら頼み事をされるのが嫌な性格らしい。
「残念。」
テヘっと笑うアビー。
今度はムーが田んぼの生き物に話しかけた。
「そこの細っこいエビ。こんにちわ。」
「どうも。」
ムーが話しかけたのはホウネンエビ。
こちらもカブトエビと同様に、大昔から姿を変えていない生き物だ。
しかしカブトエビとはまったく違ったデザインをしていてる。
大きさは2センチあるかないかで、ずいぶんとヒョロっとした体形だ。
細長い体の両側には、繊毛のような脚がたくさん並んでいる。
この脚は呼吸器の役目もあり、鰓脚(さいきゃく)と呼ばれる。
鰓(エラ)の役目を果たす脚で、こういった脚を持つグループを鰓脚網と呼ぶ。
ミジンコ、そして先ほどのカブトエビも同様だ。
体色は様々で、緑色のものもいれば、透明に近いもの、青みがかったものもいる。
漢字に直すと豊年蝦。
このエビがたくさん現れると、その年は豊作になるという言い伝えがあるのだ。
「なあアンタ。この田んぼにタガメのおっさんはいるか?そいつも妖精種なんだけど。」
「さあ。」
「さあって、アンタこの田んぼに住んでるんだろ?」
「あんまり他の虫に興味ないから。」
「ああ、そっか。ならいいや。」
ホウネンエビはスイ〜っと去っていく。
「ゲン子ちゃんはいるみたいね。」
「タガメのおっさんはどうなんだろ?」
「ゲン子ちゃんに聞けばわかるわ。」
二匹は田んぼの上を飛んで、ゲン子ちゃんを探す。
すると用水路との境目に、一匹のゲンゴロウがいた。
「ゲン子ちゃん!」
手を振ると「アビーちゃん!」と振り返った。
「久しぶり。元気にしてた?」
「まあね。アビーちゃんは一回死んだんでしょ?大きなサソリに千切られて。」
「知ってたの?」
「アメンボが言ってたの。」
ゲン子ちゃんが指さした先には、スイスイ〜っとアメンボがスケートをしていた。
「アメンボは空を飛ぶからね。向こうの川原からこっちへ来たのかな。」
「また蘇ってよかったね。」
「妖精の蜜を三回飲んでるからね。」
「私まだ二回目。アビーちゃんくれない?」
「んん〜・・・あげたいけど、この前サソリに使っちゃったのよね。」
「じゃあまた出来上がるまで時間がかかるね。」
「ゲン子ちゃんもそのうち体内に結晶ができるよ。」
妖精の蜜は三回飲めば不死になる。
他の生き物に捕食されない限りは、いつまでも生き続ける。
仮に捕食されてしまっても、たくさんある細胞のどれかが生前のデータを保有しているので、食物連鎖の果てにこの世に戻ってくるのだ。
「で、今日はなんの用?」
「用はないよ。川原が埋め立てられちゃったから、その辺飛んでただけ。」
「それもアメンボが言ってた。住む場所がなくなるなんて可哀想。」
「人間のせいでね。」
「そうね。だけど田んぼの生き物は人間のおかげで生きてるから。あんまり悪口は言えないな。」
人間と自然の共存。
田んぼはその完成形の一つである。
人が土を肥やし、水を張ることで、そこから芽吹く命があるのだ。
カブトエビやホウネンエビはそのおかげで生きている。
このエビたちの卵は非常に長持ちする。
田んぼから水が抜かれる前に、土中に卵を産み付ける。
そして次の年に水が入ると孵化するのだ。
仮に翌年に水を張らなかったとしても、すぐに死滅するわけではない。
卵の状態であれば、何十年たっても水さえ張れば孵化するからだ。
とにかく乾燥に強い卵なので、子供用の飼育キットとして売られることがある。
かつてシーモンキーという名前で流行したのは、ホウネンエビの仲間なのだ。
「じゃあもう帰るね。バイバイ。」
アビーは飛び去っていく。
ゲン子ちゃんは「早くない!?」と引き止めた。
「もうちょっとゆっくりしていきなよ。」
「元気にしてるか気になっただけだから。」
「でもせっかく来たんだから、ねえ?」
そう言ってムーに目をやると、じっと一点を見つめていた。
「どうしたの?」
「タガメのおっさんがいる。」
「ああ、いるね。」
タガメのおっさんは水面近くで腕を広げていた。
「狩りをするんだな。」
ムーはじっと見つめる。
タガメは獲物を狩る為の大きな前脚を持っている。
先端には鋭い爪が付いており、獲物をガッチリとホールドできるようになっている。
そして針のように尖った口を突きさして、消化液を注ぐのだ。
これを注がれた小動物は、肉を溶かされてしまう。
タガメはそれをチューチューとすするのである。
だから食事が終わった後には、皮と骨だけになった獲物が残ることになる。
タガメの餌はオタマジャクシ、ドジョウ、カエルやネズミだ。
しかしごく稀にとんでもない大物を捕えることがある。
それはマムシ。
場合によっては人間でも命を落とす猛毒のヘビだ。
タガメのおっさんは、水面近くで獲物を待つ。
大きな腕を広げるその姿は、田んぼに仕掛けられた虎ばさみのよう。
・・・やがてタガメの傍に一匹の獲物が近づいてきた。
それはシマヘビだった。
マムシのように毒はないが、その分身体が大きい。
マムシが40〜50センチくらいであるのに対し、シマヘビは一メートルほどにもなる。
よく田んぼや石垣に出現するヘビだ。
タガメのおっさんの横から、シマヘビはス〜っと近づいてくる。
泳ぎが得意なので、とても優雅に泳いでくる。
「おっさん・・・あいつをやる気だな。」
ムーはじっと息を飲む。
シマヘビとタガメの距離は縮まり、ついに接触した。
その瞬間、タガメの強力な前脚が、シマヘビの胴体をガッチリとホールドした。
暴れるシマヘビ。
離すまいとしがみつくタガメ。
体格とパワーではタガメが負けるが、消化液さえ注入できれば勝つ。
しかし暴れるシマヘビを相手に、それを行うのは難しかった。
ただでさえ鱗に覆われているのに、そのうえで暴れられては正確に針を刺せない。
ムーは一言こう呟いた。
「おっさん・・・また会おうぜ。」
マムシを捕食することもあるタガメだが、今回の相手はその倍以上の大きさ。
タガメのパワーでは抑え込むことは出来ない。
しかも組み付いた場所が悪かった。
もしも首根っこに組み付いていたなら、敵の攻撃を喰らわずにすんだだろう。
しかし身体の真ん中あたりに組み付いてしまったが為に、シマヘビはいくらでも反撃できる。
長い身体をくねらせて、タガメ目がけて噛みついた。
勝負の結果はシマヘビの勝ち。
タガメは胃袋へと収まってしまった。
「おっさんは不死だ。また戻ってくるさ。」
去りゆくシマヘビを見つめながら、「またな」と手を振る。
「すごい戦いだったな。あんなのに挑むなんておっさんは偉いよ。」
そう言って振り向くと、ゲン子ちゃんが「馬鹿なだけじゃん」と言った。
「自分より何倍も大きな獲物を襲ったら、ああなるに決まってるよ。それくらい分かんないのかな?」
「そんなこと言うな。可哀想だろ。」
「そんなことよりさ、三匹で遊びに行こうよ。」
「いいよ。どこ行く?」
「どっか。」
「じゃあその辺適当に飛んで、面白そうなとこがあったら降りようぜ。」
「うん!ちょっと待っててね、陸に上がるから。」
ゲンゴロウは空も飛べる。
水中、陸上、空中と、オールランドに活動できるハイスペックなのだ。
ただし一部のゲンゴロウを除いて、陸に上がらないと飛行できない。
ゲン子ちゃんはナミゲンゴロウという種類なので、飛翔には陸にあがる必要があるのだ。
せっせと田んぼの畦に登り、「とう!」と舞い上がった。
ハチ、カナブン、ゲンゴロウ。
三匹の虫が空へと羽ばたいていった。
・・・この世に戻ってきたアビーとムー。
旅立っていったタガメのおっさん。
でもまたいつか巡り合う。
ムーはそう信じていた。
田んぼがある限り、綺麗な水がある限り、タガメは生を受けるのだ。
しかしタガメが生息できる環境は少なくなっている。
農薬、田んぼの減少、水質の汚染。
それらは確実にタガメを絶滅へ追いやっている。
純粋な自然で生きるには弱く、かといって人の生活臭が強すぎる所でも生きていけない。
人と自然が程よく交わる場所でこそ、タガメは生きていけるのだ。
妖精は不死。
食べられたとしても、いつか必ず戻ってくる。
しかし戻る場所が少なくなれば、当然復活も遅れる。
ムーがタガメのおっさんと再会するのは、十年も先のことだった。

 

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