勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十三話 黄昏のハクビシン(2)

  • 2018.04.04 Wednesday
  • 11:48

JUGEMテーマ:自作小説

間一髪のところでチェリー君を取り逃がしてしまった。
なぜかって?
金玉を蹴られて悶えていたからさ!
ああ、なんてカッコ悪い。
三輪車は奪われるし、ツクネちゃんにはまた呆れられるし・・・・踏んだり蹴ったりだ。
しかしだからこそ名誉挽回をしなければいけない。
このまま取り逃がしては動物探偵の名折れ。
今後一切の依頼が来なくなるかもしれない。
それだけはなんとしても避けたいので、股間の痛みを我慢しながら追いかけていった。
山道には相変わらず梅が彩っている。
しかしもう景色を楽しむ余裕はない。
じょじょに痛みも治まってきたし、玉を蹴られた借りも返さないといけない。
《待ってろよ!なんとしても捕まえてやるからな!》
がぜん闘志が湧いてくる。
全力で山道を駆け下りて行く。
やがて梅並木が途切れて、海の見える海岸線が現れた。
「・・・・どこだ?」
見晴らしのいい海岸線沿いの道、しかしチェリー君の姿は見当たらない。
俺は登山客に「すいません」と話しかけた。
「こっちに三輪車を抱えたリーゼントの男が来ませんでしたか?」
そう尋ねると「何それ?」と笑われた。
「ライダースーツを着てて、真っ赤なマフラーを巻いてるんです。」
「見てないわよ。」
「そっちのおじさんは?」
「そんな奴知らん。」
来る人来る人に尋ねてみるが、誰も知らないと首を振る。
「また山の中に逃げたのかな?」
一瞬そう思ったが、となると三輪車を抱えて逃げるのは無理があるだろう。
だってすぐにツクネちゃんに追いつかれるだろうから。
「クソ!どこ行ったんだ。」
悔しい思いで周りを見渡す。
すると海岸線の向こうから一人の女がやって来た。
「おお、ツクネちゃん!」
手を振りながら駆け寄る。
「いた?」
彼女は黙って首を振る。
「逃げられました。」
「そっか・・・・どこ行ったんだか。」
「もしかしたらだけど・・・・、」
「うん。」
「特殊能力を使ってるのかも。」
「特殊能力?」
「前にも言ったでしょ、あいつは秘獣だから特殊な力が使えるって。」
「・・・ああ!そうだった。その能力って確か・・・・、」
「ええ、擬態です。」
・・・擬態・・・・それはカメレオンやタコが使う技だ。
身体の色を変えることで、周りの景色に溶け込んでしまう。
それに虫の中にも擬態をする奴らがいる。
花弁そっくりのハナビラカマキリ、木の枝そっくりのナナフシ、そして葉っぱそっくりの翅を持つ蛾。
自然界の中には忍者のように隠れるのが上手い奴らがいるのだ。
「チェリー君もそんな奴らと同じ能力を持ってるんだな?」
「そうです。しかも普通の生き物よりずっと高度な擬態なんです。」
「どんな風に高度なの?」
「どんな景色の中でも溶け込むことが出来るんです。木立なら木立、ビルならビル、水なら水って具合に。ちなみに空気の中に溶け込むことも出来ます。」
「要するにステルスってことか。映画でプレデターが使ってたみたいな。」
「そんな感です。しかもチェリーの擬態は温度も感じさせないし、レーダーにもソナーにも映りません。
臭いだって完璧に消えるし、擬態を使っている間は音も出ないんです。」
「透明人間よりすごいなそれ。」
「しかも霊力だって感じさせないんです。霊獣って霊力が強いから、もし近くにいたら見つけることが出来るんです。
でもアイツの場合は霊力で捜すことも無理。擬態を使われたらまず見つけることは出来ません。」
「ほとんど無敵じゃないか。そんな技を使われたらお手上げだよ。」
こんなの腕利き探偵でも見つけられない。
ていうか警察でも無理だろう。
「そんな奴をいったいどうやって探せば・・・・、」
「一つだけ弱点があります。」
ツクネちゃんは鋭い目で言う。
「無敵に思えるけど、一つだけ見破る方法があるんです。」
「ほんとに!?どうやって?」
「チェリーの擬態はものすごく神経をすり減らすから、二時間が限度なんです。それ以上使ってると丸一日寝込む羽目になります。」
「なるほど・・・でも二時間は絶対に見つけられないってことだろ?その間に逃げられたらお終いじゃないか。」
「いいえ、見抜くことが出来るんです。」
「どうやって?」
「動揺させればいいんですよ。」
「動揺?」
「神経をすり減らすってことは、ものすごく集中していないと出来ない技ってことです。だからもし心が乱されると・・・・、」
「擬態が解けると?」
「そうです。」
「でもどうやって動揺させるんだ?どこにいるか分からないのに。」
もっともな質問をぶつけると、ツクネちゃんはこう答えた。
「有川さんは以前にチェリーの擬態を見破ったことがあるんですよ。」
「え?いや・・・そんなの覚えにないけど。」
「あるんです。もりもりセンターでチェリーを見つけて、そのあと逃げられたでしょ。
あの時公園まで追いかけて、木の枝にいるのを見つけましたよね?」
「でもあの時は擬態なんて使ってなかったぞ。」
「いいえ、使ってたんです。でも有川さんが来たからそれが解けた。」
「でも俺はなんにもしてないぞ。ただ上を見上げたらそこにいただけで。」
「よく思い出して下さい。あの時、チェリーが動揺する出来事があったはずなんです。」
「そう言われても・・・・、」
「ならヒントを出します。」
そう言ってこれみよがしに指を立てた。
「チェリーが動揺したのは、有川さんがある物を持っていたからです。」
「ある物?」
「そしてあの子が公園に逃げて擬態していたのは、ある動物から狙われていたからです。」
「ある動物?」
「これ以上ヒントは出しません。」
そう言って指を突きつけてくる。
《これ・・・・試されてるのかな。》
最近の俺は失敗ばかりしている。
もしこの程度の質問に答えられないなら、お前はもう必要ないということなんだろう。
《いったいなんだ?チェリー君を動揺させた出来事って?》
眉間に皺を寄せ、顎に手を当て、あの時のことを思い出してみる。
《チェリー君は俺が持っていたある物を見て動揺した。そして彼はある動物に狙われていたから公園に身を隠していた。この二つが示すものっていったいなんだ?》
・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・「ああ!」
ポンとある物が思い浮かんだ。
「組のバッジだ!」
彼女はコクリと頷いた。
「そうです。有川さんがそれを持っていたからチェリーは動揺したんです。」
「あれ、マリナを抱いた時に落としたモンなんだよ。それを俺が持ってるのを見て動揺したんだな。」
「だと思います。チェリーはバッジを失くしたことに気づいて、すぐにもりもりセンターへ戻ろうとしたはずですよ。
けど外には出られなかった。なぜなら・・・・、」
「カラスがいたから。」
「あのバッジ、一度カラスに奪われたんですよね?」
「みたいだな。向こうは向こうで自分のモンだって主張してたけど、どう考えてもあれはチェリー君のモンだろう。まあ盗んできたやつではあるけど。」
「バッジを失くしたことに慌てたチェリーは、すぐにもりもりセンターへ引き返そうとした。どこかに落ちてないか確かめる為に。
けど外にはカラスの大群がいるから、引き返すことが出来ない。
そこへ有川さんがやって来て、咄嗟に擬態で身を隠した。でもあなたがバッジを持っているのを見つけたから、動揺してそれが解けたんです。」
「なるほど。あのバッジ大事にしてたもんな。それが俺の手にあったら確かに動揺するかも。」
無敵と思われた擬態にそんな弱点があったとは。
しかし・・・・、
「それが分かったからって、居場所の分からないチェリー君を動揺させることは無理だ。」
「出来ますよ。」
「どうして?」
「これがあるから。」
そう言って手を開いてみせる。するとそこには・・・・、
「組のバッジ!なんでツクネちゃんが?」
「さっき追いかけてる時に落としていったんです。」
「じゃあこれを持ってれば・・・、」
「また来るでしょうね。けどそんな悠長なことやってられない。だからこうします。」
彼女は海岸線の道へ駆けていく。
そしてこう叫んだ。
「このバッジ、今から海に投げ捨てるから!!」
そう言って大きく振りかぶる。
「嘘じゃないよ!あんたの大事なモン捨ててやるから!!」
「それはちょっと酷いんじゃ・・・・、」
「有川さんは黙ってて!」
「はい・・・・。」
大人しく萎れる。
ツクネちゃんの目は本気で、今にもバッジを投げ捨てようとしていた。
「三つ数えて出てこないなら投げ捨てる!それが嫌なら出てこい!」
そこらじゅうに響き渡るほどの声で叫ぶ。
登山客が何事かと目を向けていた。
「いち・・・・に・・・・、」
カウントダウンが始まる。
やけにゆっくりなのは、チェリー君に出て来る猶予を与えているからだろう。
しかし彼は姿を見せない。
山には登山客しかいないし、反対側は海。
海面には一瞬だけ白波が立って、梅と潮の香が鼻をかすめていった。
「・・・・・さん!」
カウントダウンが終わる。
予告通り、彼女はバッジを投げ捨てた。
海面にポチャンと落ちて、波の中へと消えていく。
「・・・・・出てこないな。」
チェリー君は姿を見せない。
あんなにカラスと奪い合っていた大事な物なのにどうして・・・・・。
と思った次の瞬間、海から怒鳴り声が響いた。
「おい姉貴!」
振り向くと海面にチェリー君がいた。
海に浸かっているせいでリーゼントが台無しになっている。
赤いマフラーは海藻みたいにゆれて、かなり滑稽だった。
・・・・いや、そんなことよりも!なぜ海の中から・・・・、
「騙したな姉貴!」
手になにかを持って喚いている。
「これただの小石じゃねえか!」
するとツクネちゃんは「やっぱり近くにいたか」と言った。
「自分から出て来てくれてご苦労様。」
「ふざけんな!こんなもんで俺を騙しやがって!」
そう言って小石らしきものを海面に叩きつけた。
「あの・・・これはいったいどういう・・・、」
言い終える前に、彼女は手を開いて見せた。
「バッジ・・・捨てたんじゃなかったのか?」
「まさか。捨てたって奪われるだけです。」
「てことは・・・海の中に潜んでたってことか?」
「ええ。バッジを捨てるって叫んだら、一瞬だけ海面が白く波立ってたでしょ?多分あの時に入ったんですよ。
そして今はまた擬態して逃げてる。」
海を振り返ると、彼はまた姿を消していた。
「これじゃ捕まえられないよ!」
「いいんです。」
「いいって・・・・、」
「帰りましょ。」
バッジをポンポンと投げながら、山の方へと引き返していく。
「ツクネちゃん。ほんとにこのまま帰るつもり・・・、」
「し。」
喋るなとばかりに、口に指を当てる。
《なんなんだいったい?》
彼女の意図が見えない。
どこを見つめているのか分からない目をしながら、無表情で歩いていく。
「・・・・・・・・。」
彼女の周りの空気がピンと張りつめる。
まるで何かの気配を探るように・・・・。
そしてピタっと足を止めたかと思うと、木立の中を睨んだ。
「・・・・そこお!」
足元にあった石を蹴り飛ばす。
そいつは木立の中へと飛んでって、何かに当たって跳ね返った。
「痛ッ!」
誰かが叫び、倒れる音がする。
ツクネちゃんは木立の中へと駆け出して、何もない場所にタックルをかました。
「捕まえた!」
「ぎゅおッ・・・・、」
何もない空間からチェリー君が現れる。
ツクネちゃんに組み敷かれながら、痛そうにおでこを押さえていた。
「もう逃がさない。」
「離せ!」
「暴れるな。」
「むぎゅ!」
ポケットの中からガムテープを取り出し、手足をグルグル巻きにしている。
「ツクネちゃん!」
彼女の元へ駆け寄ると、ビシっと親指を立てた。
「捕獲完了です。」
「いや、それは分かるけど・・・・どうしてそこにいるって分かったの?」
「動揺させたからですよ。」
そう言ってバッジを見せつけた。
「海に捨てるフリをしたら動揺するんじゃないかと思ったんです。かといって本気で捨てたら奪われるかもしれないし。」
「ああ、そういうことか。」
ポンと手を打つ。
「さっきのは罠だったわけだ?チェリー君をおびき出して、なおかつ動揺させる為の。」
「そうです。心を乱されたまま擬態を使ったって、私の鼻と耳は誤魔化せませんから。」
そう言ってヒクヒクと鼻を耳を動かした。
チェリー君は「クソったれ!」と悔しそうだ。
「俺は絶対に家になんか戻らねえからな!」
「賽銭泥棒を捕まえたら自由にしてあげるわよ。」
「んなもん姉貴たちだけでやれよ!」
「それが無理だから言ってんの。けどあんたの擬態を使えば捕まえられるかもしれない。」
グイっとチェリー君を立たせて、パッパと汚れを払ってやっている。
「強引なことして悪いと思ってるわ。」
「じゃあ自由にしろ!賽銭泥棒くらい姉貴だけで捕まえられるだろ!」
「ウチの神社に来てる賽銭泥棒・・・・たぶん人間じゃない。」あれは間違いなく霊獣よ。それもあんたと同じ秘獣。」
一瞬だけチェリーくんの表情が変わる。
でもすぐに不機嫌そうにそっぽを向いた。
「向こうも特殊能力を持ってるわ。それを捕まえるにはあんたの力が必要なの。」
「なんで?擬態したって犯人を捕まえるのに意味ないだろ。」
「ある。擬態で待ち伏せをしてれば必ず捕まえられるわ。」
「待ち伏せって・・・・そんなの姉貴がやりゃいいじゃねえか。」
「私だとバレるのよ。ていうかアンタ以外の誰がやっても必ずバレる。」
「だからなんで!」
「言ったでしょ、相手も秘獣で特殊能力を持ってるから。」
「どんな能力だよ?」
「超高性能なレーダー?」
「なんで疑問形なんだよ?」
「それしか考えられないから。」
「なんか根拠があんのかよ?」
「前に一度だけそれらしき奴を目撃したのよ。夜だからハッキリ見えなかったけど、あれはコウモリね。」
「コウモリ・・・・。」
「ほら、コウモリって超音波を使うでしょ。」
「ああ。他の動物には聴き取れないくらいの高い音を出すんだろ?でもって跳ね返ってきた音で障害物とか餌を見つけ出す。
だから暗闇の中でも自由に飛べるんだ。」
「そういうこと。でもってあいつは秘獣だから、その能力が馬鹿みたいに高くなってるのよ。
特殊な音波を飛ばすことで、どんなに離れた場所にあるものでも正確に把握することが出来るみたい。
その証拠にいくら賽銭箱を隠してもバレちゃうし、待ち伏せをしてたら絶対に現れない。
罠だって仕掛けたことがあるけど、それにも引っかからなかったわ。」
「そりゃ難儀な奴だな。じゃあいっそのこと賽銭箱なんて失くしちまえばいい。」
「それが出来ないから困ってるのよ。アンタだって知ってるでしょ?ウチの家計は火の車で、借金してようやく維持してるって。」
「だからあ・・・そんな神社なんか必要ないだろって言ってんだよ。」
「神社だけじゃない。借金を返せなかったら土地まで持ってかれるのよ。
私やアンタはいいけど、お父さんとお母さんはどうなる?住む場所がなくなっちゃうじゃない。」
「住む場所なんていくらでもあるだろ。あの場所にこだわらなけりゃ。」
「先祖代々引き継いできた土地だから、簡単に手放せるわけないでしょ。」
「古臭い考えだな。今時そんなの流行らねえぜ。」
馬鹿にしたよに笑う。
ツクネちゃんは「もういいわ」と首を振り、チェリー君を引っ立てていった。
「おい離せ!」
「今から実家に帰るわよ。」
「嫌だ!」
「あんたが協力してくれたらすぐ終わるから。」
「そういう問題じゃねえ!実家に帰ったら神社の跡を継げってうるさいのが嫌なんだよ!」
「嫌なら断ればいいでしょ。とにかく泥棒を捕まえるのだけは協力してもらうから。」
有無を言わさずチェリー君を連行していく。
なんだか憐れな子羊みたいだ。
「おいお前!」
「ん?俺?」
「三輪車を回収しとけ!」
「いいけど・・・どこにあるんだよ?」
「海岸の下にあるテトラポッドの隙間だ。」
「分かった。じゃあ君は遠慮なく泥棒を捕まえてきてくれ。」
「クソ!」
「ああそれと・・・・、」
彼を追いかけ、キュっと玉をつねった。
「はう!」
ビクンを腰を引く。
タコみたいな酸っぱい顔をしながら、目に涙を溜めていた。
「て、てめえ・・・・、」
「さっきのお返しだ。」
「このまま終わると思うなよ!絶対に俺は戻ってくる!誰が実家なんかに行くもんか!」
「はいはい喚かない。」
「はう!」
ツクネちゃんにもつねられて、涙目のまま連れ去られていった。
「あの・・・ツクネちゃん!」
「はい?」
「これで依頼は終わりってことでいいのかな?」
「はい。今までありがとうございました。」
そう言ってペコリと頭を下げる。
「この御恩は忘れません。」
「いえいえ、そんな丁寧に・・・・、」
「今回のことでよく分かりました。」
「はい?」
「役に立たない誰かを雇うより、一人でやった方が効率がいいんだってこと。そのことに気づかせてくれてありがとうございました。」
もう一度深々と頭を下げ、山道の向こうへと消えていった。
《皮肉か・・・・。》
一度俺を見限り、再度依頼してきたものの、それは失敗だったと言いたいらしい。
そしてその皮肉に対して、俺はなんの反論も出来ない。
「こんなんじゃダメだな・・・・。」
自分が情けなくなる。
来年の今頃には婚約者が帰って来るというのに、これでは会わせる顔がないではないか。
《マイちゃん、君は聖獣になる修行を頑張ってるかい?いや、きっと頑張ってるだろうな。根性は半端じゃないから。》
目標に向かって努力しているであろう婚約者を思い浮かべる。
なのに君の将来の旦那さんは今、こんなにも情けないのである。
「・・・・いかん!いかんぞこれでは!」
バンバンと頬を叩く。
「失敗した分は取り返せばいいだけだ。次の仕事で挽回しないと。」
くよくよしたって始まらない。
過ぎたことは胸にしまい、梅の咲く山を後にした。


          *


あれから数日が立ち、三月も終わりを迎えようとしていた。
今日は30日、あと一日で今月が終わる。
ツクネちゃんたちは賽銭泥棒を捕まえただろうか?
実家の神社を守ることが出来ただろうか?
あれからなんの連絡もないので、ちょっと不安だった。
けどまあ依頼者が事後の報告を必ずしてくるわけじゃあない。
そんな義務もないんだし、きっと上手くいったんだろうと願うしかなかった。
それよりもだ!
終わった仕事のことを気にしている場合じゃない。
なぜならあの一件依頼、まったく依頼が来ないのである。
このままではおまんまの食い上げ。
俺も動物たちも餓死してしまう。
ここはもう一度バイトに頼るしかあるまいと、仕事情報誌を眺めていた。
質素な昼飯をつつきながら、候補にマル印をつけていく。
するとその時、ピンポ〜ンとチャイムが鳴った。
《もしや誰か依頼に来たのか!》
情報誌を投げ出して立ち上がる。
「はい、どちら様で。」
満面の笑顔で出迎える。
もしお客さんだったら愛想よくしないといけない。
「有川動物探偵事務所に何か御用でしょうか?」
手揉みも加えながら尋ねるが、ドアを開けると誰もいなかった。
「ありゃ?」
周りを見渡しても誰もいない。
「もしかしてピンポンダッシュか?」
子供の頃よくやった遊びだが、大人になるとこれほど迷惑なイタズラはないと痛感する。
「なんだよ、客かと思ったのに。」
ムスっとしながらドアを閉じる。
その時、「待て待て!」と誰かが叫んだ。
「ん?」
「ん?じゃねえ!ここにいるだろうが!!」
「この声は・・・・、」
再びドアを開けると、なんと一匹のハクビシンがいた。
「まさか・・・・チェリー君?」
「おう!」
腕を組みながら偉そうに頷く。
「酷い野郎だぜお前は。客を弾き飛ばすなんて。」
「弾き飛ばす?」
「ドアを開けた瞬間にゴン!って当たったんだよ。」
「ごめんごめん、気づかなくて。」
「まあいいけどよ・・・・。それよりちょっと相談があるんだよ。」
「相談?なんかあったのか?」
「まあな。」
「上がるか?」
部屋の中に手を向けると、「いい」と首を振った。
「実はよ、俺もあんたに依頼したいんだ。」
「依頼って・・・・なんで?」
「なんで?って・・・お前は動物探偵だろ?困ったことがあったら助けてくれるんじゃねえのかよ。」
「そうだけど・・・何を困ってるのかなと思って。」
チェリー君がここにいるってことは、ツクネちゃんから解放されたってことだ。
それはつまり、賽銭泥棒を捕まえたってことになる。
「・・・・あ、分かった!また愛理ちゃんの所に戻りたいんだろ?」
「それもある。」
「やっぱり。でもどうせ親分さんに追い返されたんだろ?だってもう新しい動物を飼ってるから。」
「え?」
凄い驚いた顔をしている。
「なんだ?知らないのか?」
「ちょっと待て!どいうことだよ!」
「君がいなくなった代わりに文鳥を飼ってるんだよ。」
「そんな・・・・愛理はそんな奴じゃねえ!俺がいなくなってすぐ他の動物を飼うなんて・・・・、」
「ほんとだよ。俺がその文鳥を持っていったんだから。」
「お前が!?」
「すごい可愛がってるはずだよ。」
「ぬうう・・・・テメエ!余計なことしやがって!」
クルっとジャンプして人間に化ける。
「あそこは俺の家だぞ!なんで他の動物を持ってくんだよ!」
「だって愛理ちゃんが泣いてたからさ。」
「なに!お前愛理を泣かしたのか!!ますます許せん!」
「泣かしたのはチェリー君だろ。君がいなくなって愛理ちゃん悲しんでたんだから。」
「愛理は俺の妹だ!泣かす奴はぶっ殺す!」
「原因は君だから自殺になっちゃうぞ。」
「うるせえ!」
いきなり掴みかかってくる。
「今日はそんな話をしに来たんじゃねえんだ!」
「じゃあなんだよ?泥棒はもう捕まえたんだろ?」
「いいや・・・・失敗した。」
「ええ!なんで?」
「待ち伏せ作戦そのものは上手くいったんだ。奴は俺が隠れてるとは知らずに、のこのこ現れやがった。」
「じゃあなんで失敗したんだよ?」
「強かったんだよ!思ってたよりずっと!」
「てことは・・・君は返り討ちに遭ったってことか?」
「いや、俺は助かった。咄嗟に擬態で身を隠したからな。でもその代わり親父とお袋がやられた。」
「おいおい・・・大丈夫だったのか?」
「大丈夫じゃねえよ。あの野郎・・・・特殊な音波で攻撃してきやがってよ。親父もお袋も大怪我だ。」
そう言って俺の胸倉を離し、浮かない顔をした。
「姉貴の言ってた通り、奴はコウモリの秘獣だった。特殊な音波を使ってあらゆる物を探知できるんだ。」
「けど君の擬態なら見つかることはなかったんだろ。」
「まあな。だけど音波で攻撃してくるとは思わなかったぜ。親父とお袋はピンチになった。
こりゃヤベえと思って助けに入ろうとしたんだけど、俺より先に姉貴が助けに入って・・・・、」
「ツクネちゃんが・・・・。彼女は無事なんだろうな?」
「さらわれた。」
「なんだって?」
「まともに攻撃を喰らっちまったんだ。そのせいで気を失って、あのコウモリ野郎に連れてかれちまった。」
「じゃあ今は無事かどうかは・・・、」
「分からねえ。だからアンタんとこに来たんだよ。」
悔しそうに拳を握り、歯ぎしりまでする。
「なあアンタ!俺に力を貸してくれ!!」
握った拳をほどき、俺の手を掴んでくる。
「親父とお袋は怪我で動けねえし、かといって俺だけじゃ姉貴を助け出すのは無理だ!アンタ手え貸してくれよ!」
そう言って「頼む!」と頭を下げた。
「・・・・・・。」
腰が直角に曲がるほど頭を垂れている。
俺はその後頭部を眺めながら答えた。
「いいよ。」
「ほんとか!?」
「困ってる動物を助けるのが俺の仕事だ。」
「さすがは動物探偵だぜ!」
「それに最近仕事がなくて困っててさ。本気でバイトでもしようかと考えてたところだ。」
そう答えると、彼はバツが悪そうに目を逸らした。
「ええっと・・・その事なんだけど・・・、」
「うん?」
「俺、いま金持ってねえんだ。」
「・・・・・・・。」
「あ、でもすぐ用意するからよ!心配すんなよ!」
ポンポンと腕を叩いてくる。
「愛理んとこの親分に頼んで借りるからよ!100万でも200万でも用意してやるぜ。」
「ヤクザに借りるのはやめた方がいいと思うけど・・・・。」
「でも金がなきゃ引き受けてくれねえんだろ?」
「・・・・・・。」
「なあに、心配すんな。俺には擬態があるからよ。ヤクザが追いかけて来ても逃げ通してみせらあ!」
そう言ってスウっと景色の中に溶け込んでいく。
確かにこれなら逃げおおせられるだろう。
「なあチェリー君。」
「なんだ?」
擬態を解いてヌウっと出てくる。ちょっと気味が悪い・・・・。
「今回は無料でいいよ。」
「ほんとか!?」
「家が嫌いだ嫌いだとか言ってたわりに、ちゃんと犯人を捕まえようとしたしさ。
それにツクネちゃんのこと本気で心配してるし。」
「腐っても姉弟だかんな。何かあったら目覚めが悪いし。」
相変わらずのツンデレである。
口も態度も悪いけど、こういう所は憎めない。
「今回はお金はいらない。ていうか俺も名誉挽回したいんだよ。前の依頼は失敗ばっかりで、ツクネちゃんに呆れられちゃったから。」
「姉貴はいつもあんな感じだ、気にすんな。」
「いや、これは俺の問題なんだよ。ここらでビシっと決めないとバイト生活に逆戻りだ。」
「じゃあ・・・ほんとに引き受けてくれるんだな?」
「ああ、一緒にツクネちゃんを助けよう。」
チェリー君は「お前・・・良い奴だな」と目を潤ませる。
「なんか色々迷惑かけて悪かったな。」
「いいよ別に。」
「金玉も蹴っちまったし。」
「俺もつねったからお相子だ。」
「じゃあ・・・今すぐ行こうぜ。早く助けねえとどうなるか分からねえ。」
彼は背中を向け、アパートの階段を降りていく。
逆光がシルエットを作り、歩く度にリーゼントが揺れていた。
「あ、俺の車で行こう。ちょっと下で待っててくれ。」
そう言うと階段の下で立ち止まり、なぜか太陽を見上げていた。
《なんで黄昏てんだよ・・・・。》
事情はともかく、新たな依頼が舞い込んできた。
ツクネちゃんには迷惑かけっぱなしだったし、なんとしても助け出さないといけない。
とりあえずいったん部屋に戻ろうと踵を返す。
するとドアの前に動物たちが並んでいた。
「話は聞いたぜ。」
マサカリが言う。
「今回は私たちも手伝うわよ。」
モンブランがウィンクを飛ばす。
「相手はコウモリだって?天空の覇者はこの俺だってこと思い知らせちゃる!」
チュウベエが羽ばたく。
「久々の全員出動ね。絶対に依頼を成功させましょ!」
マリナが気合を入れる。
「よっしゃ!今度はビシっと決めて、動物探偵らしいとこ見せるぞ!」
俺はバシンと拳を打ち付けた。
みんなで階段を降りていくと、まだチェリー君は太陽を見上げていた。
「いつまで黄昏てるんだ?」
そう尋ねると、スウっと涙をこぼした。
「姉貴が心配でよ・・・・。」
「なんだかんだ言ってお姉ちゃん思いなんだな。」
「それに犯人を捕まえねえと家だってどうなるか分からねえ。アイツを突き出しゃ借金取りも返済を待ってくれるかもしれねえし。」
「大丈夫、きっと上手くいくさ。」
「それと・・・・、」
「うん。」
「太陽を見つめ過ぎた。」
そう言って涙を拭っている。
「次からはグラサンを掛けねえと。」
懐からグラサンを取り出し、カッコをつけながら掛けている。
《持ってるなら最初からそうしろよ。》
チェリー君はクルっと踵を返し、「行こうぜ」と歩いて行く。
「車こっちだけど?」
足を止め、またカッコをつけながら振り返る。
「お姫さんがナイトの御到着をお待ちだ。コウモリ野郎のいるドラキュラ城に乗り込むとしようぜ。」
意味不明なことをボザき、駐車場へと歩いて行く。
「なんだあのアホは?」とすさかずチュウベエのツッコミが入った。
「キザ過ぎよね」とモンブラン、「似合ってねえ」とマサカリ。
「何もかも全てがダサいわ」とマリナの全否定。
それでもチェリー君は黄昏の様子を崩さない。
ポケットに手を入れ、中指でグラサンを持ち上げ、ちょっと顔を斜めに向けてリーゼントのシルエットを強調している。
いちいちカッコをつけるその癖に、俺もイラっとした。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十二話 黄昏のハクビシン(1)

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 11:39

JUGEMテーマ:自作小説

ピンク色の三輪車が朝陽に照らされている。
季節は三月の下旬、あと五日ほどで月が変わる。
今年の梅は少し遅くまで咲いていて、風と共にほのかな香りを運んできた。
しばらく初春の情緒に浸りたいが、そうもいかない。
なぜなら目の前に怖い顔をしたハクビシンがいるからだ。
「チェリーめ・・・・。」
怒りのこもった目で三輪車を睨んでいる。
「あれだけ厳重に見張ってたのに・・・いつの間に三輪車を盗んだのよ。」
持ち主のいない三輪車は、誰かが漕いでくれるのを待っているかのようだ。
しかしその持ち主はいない。
いや、さっきまではいたんだろうけど、今は姿をくらましてしまった。
「ツクネちゃん、もうここにはいないよ。いったん家に帰ろう。」
「いえ、アイツは絶対に近くに潜んでるはずです。」
「でもどこにもいないじゃない。」
俺はグルっと周りを見渡した。
ここは里部山梅林という山の麓だ。
山へ続く道には紅白の梅が咲き誇っている。
入場料は500円、この時期はたくさんの人が訪れる梅の名所だ。
チェリー君はこの山に逃げた可能性が高い。
高いのだが・・・・、
「やっぱり家で待ち伏せしようよ。この三輪車があればまた現れるはずだから。」
「もう時間がないんです。こっちから攻めないと。」
「でも山の中を捜すとなると大変だよ。」
「私はけっこう鼻が利くんです。山の中でも捜せますよ。」
自信満々に言うツクネちゃんだけど、俺は不安だった。
「これだけ梅が咲いてると、鼻も利きにくいんじゃない?」
風に乗って運ばれてくる梅の香りは、絶対に彼女の嗅覚の邪魔をするだろう。
確実に捕まえたいのなら、やっぱり家で待ち伏せした方がいい。
「ね、やっぱりいったん戻ろう。」
「嫌です。どうしてもって言うなら一人でどうぞ。」
「またそんなこと言う。意地張らないで・・・・、」
「意地なんかじゃありません。なんとしても今日中には捕まえてみせますから。」
彼女はダダっと駆け出す。
そしてすぐに山の中へ消えてしまった。
「あ、ちょっと・・・・、」
追いかける間もなく見失う。
「まったくもう・・・・。」
焦る気持ちは分かるけど、突っ走っても空回りするだけだ。
《絶対に待ち伏せの方がいいと思うんだけど、彼女をほったらかして帰れないしな。》
周りは田んぼばっかりで見晴らしがいい。
しかしどこにもハクビシンの姿はない。
となるとこの山のどこかに隠れてるんだろうけど・・・・、
《仕方ない、俺も行くか。》
三輪車を担いで、舗装された山道へ入る。
もし万が一チェリー君が家に現れても、マサカリたちが捕まえてくれるだろう。
その為に動物たちを残して来たんだから。
山道を少し登っていくと料金所が出てきた。
今日は土曜日、学生らしきバイトが二人座っていた。
「大人一人下さい。」
1000円出しておつりを貰う。
山へ登っていく途中「なんだあれ・・・」とヒソヒソ話が聴こえた。
おそらく俺のことを言っているのだろう。三輪車なんか担いでいるもんだから。
《こっちだって持ち歩きたくて持ち歩いてるんじゃないぞ。》
これはチェリー君をおびき寄せる大事な餌である。
ほっとくことは出来ない。
歩けば歩くほど梅の香りが漂ってくる。
山道を彩る梅たちが、ようこそと出迎えてくれているかのようだった。


        *****


今朝、陽が昇る前のことである。
布団の中で微睡んでいると、どこからかガタガタと音が聴こえた。
どうせマサカリがウンコでもしているのだろう。
そう思ったんだけど違っていた。
布団から顔を出すと、目の前にマサカリがいた。お尻をこっちに向けて・・・・。
《誰がゴソゴソしてるんだ?》
物音を立てながらトイレをするのなんてマサカリくらいである。
じゃあこの音はいったい・・・・。
《まさか泥棒?》
不安になってくる・・・・。
我が家に盗むようなモンなんてないのに。
《どうしよう・・・・下手に捕まえようとしたらナイフで刺されたりして・・・・、》
何も聴かなかったことにしてこのまま寝てしまおうか?
・・・・いや、さすがにそれはマズいか。
もし動物たちに何かあったら大変である。
怖い気持ちを押し殺し、ガバっと布団から立ち上がる。
するとドアの近くに人影が見えた。
暗くてシルエットしか見えないけど、人に間違いない。
《やっぱり誰かいる!》
超怖い・・・・。
しかもじっとこっちを睨んでるっぽいし・・・・。
立ち上がったはいいものの、ここからどうしていいのか分からない。
「何してんだ!」と怒鳴るべきか?
それとも取り押さえるべきか?
いやいや、ここは110番すべきか?
判断に困っていると、突然人影が動いた。
《ひい!》
サッと身構える。
もしナイフで襲いかかって来られたら、俺なんか一たまりもない。
だけど・・・・、
《動物たちを守ってみせる!》
格闘技なんてやったことないけど、見様見真似で拳を構える。
「出てこいや!」
高田延彦の真似をしながら叫ぶ。
自分ではビシっと構えているつもりだけど、多分腰は引けている。
《く・・・来るならこい!》
ビビりながら構えていると、人影は何かを抱えて逃げ出した。
ドアを開け、カンカンカンと階段を駆け下りていく音がする。
「・・・・・待て!」
いきなりのことだったので、追いかけるのが遅れてしまう。
すると俺より先に駆け出した者がいた。
小さな影がシャっと横切って、ドアの外へ向かう。
「今のは・・・・、」
俺も慌てて追いかける。
しかしさっきの人影はどこにもなかった。
「クソ!逃げられたか。」
悔しいのと同時にホッとする。
「まあ逃げられたなら仕方ないな。」
我が家に金目のものなどない。
何か盗まれたとしても大したものじゃないだろう。
そう思って引き返すと、「有川さん!」と呼ばれた。
「どうして追いかけないんですか!?」
小さな影が足元へやってくる。
「ツクネちゃん・・・さっきの駆け出してったのはやっぱり君だったのか。」
「どうして追いかけなかったんですか!」
「いや、だってもうどこにもいないし・・・・、」
「ていうかなんで捕まえなかったんですか!」
「いや、だって刺されるかもしれないし・・・・、」
「さっきのチェリーですよ!」
「・・・・・・・え?」
「気づいてなかったんですか!」
「ごめん、暗くてよく見えなかったから・・・・、」
ツクネちゃんは「ああもう!」と怒る。
「こっち来て下さい。」
ドアの前まで走って、中を見ろと尻尾を向ける。
《なんなんだいったい?》
部屋の中を覗く。
すると・・・・・、
「あ。」
「ね。」
「無くなってる・・・・。」
ドアの傍に置いていた三輪車が消えていた。
「まさか・・・さっき何かを抱えていたのって・・・、」
「三輪車です。取り返しに来たんですよ。」
「・・・・迂闊!」
「そう、迂闊です。」
あの三輪車はチェリー君をおびき寄せる大事な餌だった。
それが奪われたとなると・・・・、
「また一から捜さないといけないな。」
「何を呑気に行ってるんですか!」
クルっとジャンプして人間に化ける。
「このままじゃ逃げられます!今から追いかけましょ!」
「今からって・・・・まだ陽が昇ってないぞ。」
「だから?」
「暗いから捜すのは無理だと思うけど。」
「いいえ、捜せます。」
そう言って鼻をヒクヒクさせた。
「私は人間より鼻が利くんです。」
「そりゃまあ動物だからね。」
「耳だって敏感です。」
「そりゃまあ動物だからね。」
「そう時間が経ってない今なら、まだ追いかけることが出来ます。」
自信満々に言って、「行きましょ」と手を引っ張った。
「あ、ちょっと・・・・、」
「なんですか?」
「これパジャマだから。」
「ああもう!さっさと着替えて下さい!」
すんごい怒られて、急いで着替えを済ます。
そして家を出る前、動物たちにこう頼んでおいた。
「もしチェリー君が現れたら捕まえといてくれ。」
全員ラジャーと敬礼した。
その後、俺とツクネちゃんはチェリー君を捜し回った。
彼女の嗅覚を頼りに、あちこち歩きまわる。
そして陽が昇る頃、辿り着いたのが里部山梅林だった。
麓の入り口にはピンク色の三輪車が放置されていた。
「有川さん。」
「ああ、ここへ来てたみたいだな。」
「まだ近くにいるはずですよ。」
「臭いがするのか?」
「微かに。梅の香りが強くて嗅ぎ分けづらいけど。」
「三輪車を残していったってことは、俺たちが来て慌てて逃げ出したんだろう。
となると近くにいる可能性が高いけど・・・・・。」
俺は山を見上げる。
もしこの中に逃げ込まれていたら、捜すのは容易じゃない。
容易じゃないんだけど・・・・捜す羽目になった。
ツクネちゃんだけ残して家に帰れないから。
だから俺は今、三輪車を抱えたまま山道を歩いている。
すれ違う人達に変な目で見られながら・・・・。


        *****


里部山梅林はそう高い山じゃない。
山頂に辿り着くまで時間はかからなかった。
「おお、すごい眺めだ。」
頂上から見下ろすと、山全体が梅に覆われていた。
ちょっと散りかけているけど、まだまだ見頃だろう。
「・・・・いかんいかん、景色に見入っている場合じゃない。」
この山のどこかにチェリー君がいる・・・・かもしれない。
とりあえず登ってきた道と反対側へ下ることにした。
《さすがに木立の中を捜すのは無理があるからな。そっちはツクネちゃんに任せよう。》
俺は整備された山道を捜すことにした。
なにも楽だからこっちを捜すわけじゃない。
アイツは人間に化けられるから、登山客に混じってどこかに潜んでいる可能性があるのだ。
梅に囲まれた道を下り、突き当りに出る。
左へ行けば麓の駐車場へ。
右へ行けば海沿いの道へと出る。
さあ、どっちにしようか?
「・・・・・右かな。」
なんとなくの勘を頼りに右へ進む。
少し陽が高くなってきたせいか、登山客も増えてきた。
どこからか集団でやってきたおばちゃんの群れ。
高そうなカメラを片手にウロウロしているおっちゃんやお爺ちゃん。
《年配の人が多いな。》
増えてきたお客さんの隙間を縫いながら、海岸へと続く道を降りていく。
するとその途中にアスレチックがあった。
滑り台にブランコ、ターザンみたいにロープにぶら下がるアレ。
タイヤの半分が地面に埋まっている遊具に、トーテムポールみたいな形の長い棒。
パッと見は誰もいないようだが、少し調べてみることにした。
グルっと見回るが、誰かが隠れている様子はない。
《ここにはいないか。》
そう思ったんだけど、一つ気になる場所があった。
《あのトーテムポールみたいなやつ、なんか気になるんだよなあ。》
ちょっと念入りに調べてみることにした。
「・・・・あ、これ中に入れるのか。」
一番下に穴が空いている。
覗き込んでみると、中は螺旋階段のように上へ伸びていた。
「入れるかな?」
絶対に子供用だと思われる入り口に、強引に頭を突っ込んでみる。
「・・・・ダメだ。」
肩がつっかえて入らない。
「他に入れる場所はないのかな?」
じっとトーテムポールを見上げる。
するとデコボコした突起が梯子のように並んでいるのに気づいた。
どうやら外からも登ることが出来るらしい。
三輪車を置いて登ってみる。
上は空洞になっていて、中を覗き込むことが出来た。
「・・・・誰もいないか。」
なんとなく怪しいと思ったんだけど、どうやら外れだったようだ。
えっちらおっちら梯子を下りて、「無駄骨だったな」と呟く。
「誰かがいるような気配がしたんだけどな。」
しょせん勘は勘でしかない。
俺はプロなんだから、もっと論理的に動かなくてはいけない。
どう論理的にやればいいのか分からないけど。
「他を当たるか。」
よっこらしょっと三輪車を抱えて先へ進む・・・・・・って、三輪車が・・・・、
「ない!」
いったい俺は今なにを担いだんだろう?
エアギターならぬエア荷物を持ってしまった俺・・・・・虚しくなってくる。
いや、そんなことよりもだ!
「三輪車がないってことはつまり・・・・、」
ガバっと辺りを見渡す。
すると・・・・、
「おい!」
「ヤベ!」
ライダースーツを着たリーゼントの兄ちゃんが逃げていく。
仮面ライダーみたいな真っ赤なマフラーをはためかせながら。
「待てコラ!」
チェリー君は「バ〜カ!」と舌を出し、ササっと走り去った。
《あの野郎・・・。》
メラっと熱くなる。
《何度も逃がしてたまるか!》
チェリー君は必死に逃げて行くが、三輪車を抱えたままでは速く走れない。
かといってハクビシンに戻ったら三輪車は抱えられない。
《今がチャンス!》
思いっきりダッシュして腕を伸ばした。
「捕まえた!」
「ぐギュ!」
ガシっとマフラーを掴む。
チェリー君はラリアットを喰らったみたいに、一瞬浮いてから地面に落ちた。
「よっしゃあ!もう逃がさんぞ!」
「や、やめろ・・・・首が締まる・・・・。」
マフラーを踏んづけたまま、彼の上にまたがる。
「ふっふっふ・・・観念するんだな。」
もはや逃げられまい。
あとはツクネちゃんに引き渡せば終わりだ。
「どけ!」
「暴れるな。もう勝負は着いたんだ。」
「違えよバカ!三輪車が・・・・、」
「ん?」
チェリー君が指さした方を振り返ると、三輪車が斜面を転がり落ちていくところだった。
「あ・・・・、」
「あ、じゃねえよ!」
油断した隙に、金玉に膝蹴りを喰らう。
「NOおおおおおおお・・・・・、」
今度は俺が倒れる。
あまりの痛みに吐き気がして、呼吸さえ忘れそうになった。
「しばらくそうしてろ。」
彼はニヤっと笑い、落ちていく三輪車を追いかけていった。
「ま・・・・待て・・・・、」
股間を押さえたまま立ち上がり、フラフラと追いかける。
しかし途中でダウンしてしまった・・・・。
《ほんとダメだこれ・・・・、》
本気で金玉にダメージを喰らったのなんていつ以来だろう?
確か小学生の頃、自転車で立ち漕ぎをしていて、壁にぶつかった衝撃でサドルに打ち付けたことがあるけど・・・・あれも相当痛かった。
《ああ・・・どうか種無しになってませんように・・・・、》
色々と心配してしまう。
その時、ふと誰かの気配を感じた。
顔を上げると一匹のハクビシンが目の前にいた。
「大丈夫ですか?」
「つ・・・・ツクネちゃん・・・・、」
「もしかして転んで玉を打ったんですか?」
「ち・・・違う・・・・蹴られたんだ・・・・。」
「蹴られる?誰に?」
「チェリー君に・・・・、」
「チェリーに!?」
驚きのあまり声が上ずっている。
「どこ!ねえどこ!?」
「に・・・逃げてった・・・・、」
「また逃げられたんですか!?」
「金玉蹴られて・・・・、」
「ああもう!なんで毎回毎回油断するんですか!!」
「怒鳴らないで・・・玉に響く・・・・、」
「どっち!どっちに逃げてったんですか!?」
「この道を下の方に・・・・・・、」
「チェリーの奴、また取り戻しに来たのか。」
「あれを抱えてる限りは・・・・ハクビシンに戻れない・・・。今追いかければ間に合・・・・、」
言い終える前に彼女は駆け出していた。
「チェリいいいいいいい!」
すごい勢いで走っていく。
ものの数秒で見えなくなってしまった。
「た・・・頼む・・・・痛みよ早く引いてくれ・・・・。」
トントンと腰を叩き、内股気味に立ち上がる。
さっきよりはマシになったので、歩くことくらいは出来そうだった。
「あいつめ・・・・借りは返すぞ!」
腰を引きながらひょこひょこと追いかけていった。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十一話 傷だらけのハムスター(2)

  • 2018.04.02 Monday
  • 14:27

JUGEMテーマ:自作小説

一日の労働を終え、ゴトゴトと電車に揺られる。
周りを見渡せば、俺と同じように仕事を終えた人達がいる。
みんな居眠りしていたり、ぼんやり俯いたリしていた。
毎日変わらない光景・・・・眺めていると気分が重くなってくる。
俺は窓に目をやって、流れゆく景色を無感動に見つめていた。
やがて駅に着き、改札を抜けた。
その瞬間、ふっと身体が楽になる。
・・・・解放された。
重苦しいもの全てから解き放たれたように、身も心も弾む。
昔の俺は、この瞬間にだけ幸福を感じられるような人間だった。
一緒に電車に揺られていた人たちが、次々に改札を抜けていく。
駅の外へ向かうその足取りは、俺と同じくとても軽やかに見えた。
「・・・・帰るか。」
階段を下り、駅の外へと出る。
ロータリーの近くにはたくさんのタクシーが停まっていて、客が来るのを待っている。
その向こうには交番があり、路駐をする輩を見張っていた。
・・・・今日も退屈な仕事が終わった。
思いっきり背伸びをしながら、ふとあることを思い出した。
「そういやマサカリの餌が無くなりかけてたな。」
大食漢のブルドッグは節操というものを知らない。
奴のせいで我が家のエンゲル係数は跳ね上がっている。
「ちょっとは痩せるように言わないとな。」
帰りがけ、どこかで餌を買って行くことにした。
ポケットに手を入れながら、駅から真っ直ぐ伸びる道を歩いていった。
この通りはかつて商店街だったそうで、通りの左右には色んな店が並んでいる。
床屋、ケーキ屋、パン屋、そして一見さんお断りみたいな感じの飲み屋。
いつも眺めている景色だけど、どうしてか飽きがこないのは、俺がこの街を好きだからかもしれない。
だけど気になる事も一つ。
色んな店が並ぶ中、途中にペットショップがあるのだ。
平屋の一軒家みたいな感じで、おそらく個人がやっているんだと思う。
お店の前には「成金ペットショップ」と看板が出ているが、中がどうなっているのかは分からない。
窓にはいつだってカーテンが掛かっていて、ドアが擦りガラスになっているからだ。
外装もなんだかボロいし、本当に営業しているのかも怪しい。
けど動物の声は聴こえてくる。
お店の前を通る度、暗く沈んだ声が・・・・。
この日も同じだった。
お店の前に差し掛かった時、「外に出たい・・・」とか「もう嫌だ・・・」なんて声が漏れている。
こういう声はペットショップの前を通る時に珍しくない。
珍しくはないんだけど・・・・、
俺は足を止め、じっとお店を睨んだ。
《なんか怪しいんだよな・・・・・。》
営業しているのかしていないのか分からない雰囲気、やけにボロい外装。
それに何より、外に漏れてくる動物たちの声。
どの声も疲れ切っていて、怯えも混じっている。
「・・・・・・・。」
少し迷いながら、ドアに手を掛ける。
中が気になる気持ちはあるが、同時に怖いって気持ちもあった。
だってほんとに怪しい感じの店なんだもん・・・・。
小心者の俺にとって、こういう場所に入るのは勇気のいることだった。
《別にどこのペットショップでも聴こえてくる声だもんな・・・・特別気にする必要はないのかも。》
切ない動物たちの声は、いつだって胸に圧し掛かる。
でもどうしてやることも出来ない。
いくら動物の言葉が分かるからって、全ての動物を助けられるわけじゃないのだ。
「・・・・やめとくか。」
中を見てしまったら後悔するだけだ。
ドアから手を離す。
しばらく店を睨んでから、また家に向かって歩き出した。
・・・・その時だった。
「助けてくれ!」
ビクっと足を止め、後ろを振り返る。
「こんな所はもうゴメンだ!誰か助けてくれ!」
「・・・・・・・・。」
声は店から響いている。それも何度も何度も。
《・・・・ちょっと・・・ちょっとだけ覗いてみるか。》
ガラガラっとドアを開け、「すいません」と様子を窺う。
そして・・・絶句した。
「なんだこれ・・・・。」
目に飛び込んできたのは、汚れに汚れまくった部屋だった。
何年掃除をサボったらこうなるんだろうってほどに・・・・。
床は黒ずんでいるし、壁にはたくさんの染みがこびりついている。
それだけじゃない。
一歩足を踏み入れた途端に、鼻が歪むような悪臭がした。
その臭いの元になっているのは・・・・、
「酷いな・・・・。」
壁際にギッシリと動物用のゲージが積み上がっている。
どれも錆びたり汚れたりしている。
だけど一番酷いのはそのゲージの中だ。
猫、小鳥、ハムスター、ウサギ、様々な動物がいるが、糞で汚れている。
水も汚いし、腐りかけの餌が散乱している。
何より動物たち自身が酷く汚れていた。
猫の毛は汚れで固まっているし、小鳥の羽はボサボサだ。
ハムスターやウサギの中には、体毛の一部が剥げているものもいた。
病気か?それともストレスのせいか?あるいはその両方か?
とにかく一目見ただけで異常と分かる有様だった。
「なんでこんな状態でほったらかしてるんだ・・・・世話をしてないのか?」
呆然と眺めていると、「助けてくれ!」と誰かが叫んだ。
「俺たちをここから出してくれ!」
そう喚いているのはハムスターだった。
左の壁際の方、インコや文鳥のゲージと並んで、一匹のゴールデンハムスターがいる。
普通のハムスターよりも小さいので、まだ子供なんだろう。
「おいお前!」
幼い声で俺を呼ぶ。
「俺たちをここから出してくれ。」
「ええっと・・・・、」
「動物の言葉が分かるんだろ?」
「なんで知ってるんだ!?」
「こうして会話してるじゃねえか。」
「いや、会話する前から分かってたみたいだから。」
「おお、分かってたぞ。だってお前、ちょくちょく店の前で立ち止まってるだろ?」
「まあ・・・・。」
「お前が立ち止まる時、必ず動物の声が聴こえてる時なんだ。辛いとか苦しいとか、そういう声が漏れてる時だけ立ち止まってる。」
「そうだけど・・・なんで知ってるんだよ?」
「足音だよ。動物は耳がいいんでな。」
そう言って小さな耳をヒクヒクさせた。
「こりゃもしかして俺たちの声が届いているんじゃねえかって思ったわけさ。だから思い切って助けてくれ!って叫んでみたわけだ。」
「そうしたら俺がやって来たと?」
「てかそんな細かい話はどうでもいいんだ。今すぐ俺たちを助けてくれよ。」
「そう言われても・・・・。」
店内にいる動物たちは、みんな懇願するような目で俺を見ていた。
「みんなここを出たがってる。なんたってここの店主はマジでクソだからな。」
「見れば分かるよ、ロクに世話もしてないんだろうなって。」
「まともに営業する気がねえんだよ。だったら俺たちをどこかへ引き渡してくれりゃいいものを、そのままほったらかしにしてやがる。
あの店主からすりゃ、餌をやってるだけでもありがたいと思えってなもんなんだろうぜ。」
「その餌も随分ずさんみたいだけど。」
「毎回食わせてもらえるわけじゃない。そのせいでたくさん死んでったよ。
病気で死んでった奴も大勢いる。ロクに掃除もしねえし、ストレスだってたまるし。」
そう言って円形脱毛症になったウサギを見つめた。
「みんな怯え切って、叫びを上げる気にもなりゃしねえ。だから俺が代表して助けを呼んだってわけだ。」
腕組みをして偉そうにふんぞり返る。
「というわけで、今すぐ俺たちを助けてくれ。」
「そりゃ助けたいのは山々だけど、さすがに全部ってのは無理だよ。」
店内には猫が三匹、ウサギが一匹、そして小鳥や小動物が数十匹いる。
俺一人じゃどうにも出来ない。
「さすがに全部買い取るのは無理だ。」
「買い取るだって?」
「だってそうだろ。ここはペットショップなんだから、黙って持っていくわけには・・・・、」
「ドアホ!」
「え・・・?」
「買い取る必要なんかねえ!」
「ど、どういうことだ・・・・?」
「この店でやってることは虐待なんだよ!」
「虐待・・・・・。」
「動物を扱う商売してんなら、売れるまではちゃんと面倒見るのが筋だろうが!
なのにここのクソ店主はなんもしねえ。そのせいでこの有様だ。」
小さな手を広げて叫ぶ。
「これは立派な動物虐待だぜ。」
「・・・そうだな、俺もそう思う。」
「だろ?だったら俺たちを助けてくれよ。」
「でもどうすれば・・・・、」
「警察に相談すりゃあいい。」
「いや、警察はこれくらいじゃ動かないよ。」
「なんだよ?奴ら市民の味方じゃないのか?」
「市民の中に動物は入ってないんだ。」
「じゃあ動物愛護団体ってやつに言えよ。ここの写真を撮ってさ、いかに酷い店かって教えてやりゃあいい。」
「そんな団体どこにあるのか分からないし、それにすぐ動ていくれるわけでもないと思う。
だって動物虐待って色んな所で起きてるから。」
「じゃ、じゃあ・・・・弁護士だ!ほら、動物愛護法とかあんだろ?弁護士雇ってよ、それを盾に戦ってもらうんだ。」
「弁護士を雇う金なんてないよ。しがないサラリーマンだから。」
「っかああああああ!あれもダメ!これもダメ!それもダメ!ほんとにダメダメだなお前は!」
「俺に言われても・・・・、」
「お前なんの為に動物と話が出来るんだよ!」
「なんの為って・・・・生まれつきこうなんだよ。理由なんて考えたことない。」
「ドアホ!」
「またかよ・・・・。」
「ダメダメだらけじゃ何も出来ないだろ!ちっとは考えろ!」
「なんでそんな偉そうなんだよ?」
「命が懸ってんだ!このままここにいたらどうなるか・・・、」
ハムスターがそう言いかけた時、奥から「誰だ?」とおっさんが現れた。
けっこういいガタイをした厳ついおっさんだ。
俺を見つけるなり、思いっきり睨んでくる。
《怖ええ・・・・。》
ズカズカと近寄ってきて、「なんか欲しいのか?」と尋ねてくる。
「え?」
「ペットを買いに来たんだろ?」
「いや、その・・・・ちょっとどんな店かなと気になって・・・・、」
「ああ?冷やかしか?」
途端に興味を失くし、「帰れ帰れ」と手を振る。
「えっと、あの・・・・、」
「買う気がねえなら帰れっつてんだよ。」
「はい・・・・。」
すごいおっかない目だった。怖いよ・・・・。
おっさんは奥へと引っ込む。
すると「誰か来たの?」と中年の女の声がした。
「ガキの冷やかしだ。」
店主はそれっきり出て来なくなってしまった。
「・・・・・・・・。」
チラリとハムスターを見る。
「ドアホ!」
「やっぱり・・・・。」
「なに初っ端からビビってんだ!」
「だって怖いから・・・・、」
「っかあああああ!これだから最近の若いモンは!」
「お前だってまだ子供だろが。」
「この世に生を受けて二ヶ月だ。」
「そんなんでよく若いモンはとか言えるな。」
「ハムスターは一ケ月半で繁殖が出来るようになるんだぜ。」
「だからってまだ大人じゃないだろ。」
「お前はもう大人なのに、繁殖に縁が無さそうな感じだな。」
「ほっとけ!」
「とにかく俺たちを助けてくれよ。でないと化けて出るぞ。」
冗談っぽく言っているが、このままほっとけばそうなってもおかしくない。
こうして出会ったのも何かの縁だし、もう一度あの店主と話してみよう。
「とりあえず交渉してみる。」
「頼んだぜ!」
ハムスターは期待を込めた目で見つめる。
俺はスウっと深呼吸して、「すいませ〜ん!」と叫んだ。
するとさっきのおっさんが「ああ?」と怒った顔で現れた。
「お前まだいたのか?」
「ええっと・・・・あのですね・・・、」
「なんか買う気になったのか?」
「その・・・そこのウサギって・・・・、」
「ああ、これか?」
ゲージを開き、雑な感じで持ち上げる。
「こいつはもう年寄りだ。中古ってことで安くしとくぞ。」
「あ、いえ・・・そうじゃなくてですね、そのウサギのお尻、円形脱毛症が出てますよね?」
「ストレスだろうな。アンタがちゃんと飼ってやりゃすぐ治る。」
「・・・・あとそっちの猫なんですけど・・・・、」
「この茶トラか?」
「はい。その猫・・・毛が汚れて固まってるみたいなんですが・・・・、」
「洗えば大丈夫だ。」
「こっちの文鳥は羽がボサボサなんですけど・・・・、」
「ちょっとゲージが汚れてるからな。ちゃんとした場所で飼えば大丈夫だ。」
店主の対応はサッパリしている。
罪悪感など微塵もないようだ。
「あの・・・・こっちのインコのゲージ、中が糞まみれで可哀想だなあって思うんですけど・・・・、」
「アンタが飼ったらちゃんと掃除してやりゃいいだけだろう。」
「それとこっちのハムスター、水がすごい汚れてるし、それに餌も腐りかけてるんじゃ・・・・、」
「ああ?」
眉間に皺を寄せ、「さっきからなんだ?」と声を荒げた。
「ごちゃごちゃ面倒臭え客だな。何が言いたいんだ?」
「そ、そのですね・・・・ここの動物たちが可哀想なんじゃないかと・・・・、」
「なんで?」
「だってほとんど世話をしていないみたいだから・・・・、」
「ペットショップなんてどこもこんなもんだ。」
「近所のホームセンターのペットショップはもっと綺麗だし、ちゃんと世話もしてるようなんですけど・・・・、」
「じゃあそっちで買え。」
「そ、そうですね・・・・。」
「なんなんださっきから?買うのか買わないのかハッキリしろ。」
ウサギをゲージに投げ入れてから、俺の方に向かってくる。
まるで喧嘩を売るヤンキーみたいに。
「冷やかしなら帰れっつったろ。」
「あ・・・・、」
「買うのか買わないのかどっちだ?」
「あ、あのですね・・・・僕が言いたいのは・・・・、」
「ウダウダ言ってると外に蹴飛ばすぞ。」
「・・・・・・・。」
「それとも営業妨害で警察呼ばれたいか?」
「それは・・・嫌ですけど・・・・、」
「じゃあ買うか買わないかハッキリしろ。こっちは商売なんだよ。」
《商売ならもっとちゃんとしろよ・・・・。》
そう怒鳴りたかったけど、そんな勇気はなかった。
おっさんに睨まれ、サッと目を逸らす。
するとハムスターと目が合い、呆れたように首を振られた。
「ドアホ!」
「・・・・・・・。」
「お前それでいいのか?」
「だって・・・・・、」
「ビビってばっかでどうすんだよ!」
「・・・・・・・・。」
「動物と話しが出来る変わり者なんだろ。じゃあ俺たちの声を聴いてくれよ。ここにいる奴らの苦しみ・・・・分かってやってくれよ!!」
ハムスターは牢屋から出たがる囚人のようにゲージを揺らした。
「俺たちを助けてくれ!」
「助けてやりたいよ・・・・でも・・・・、」
「お前なら分かるはずだろ!俺たちの声が聴こえてるんだから!」
「・・・・・・・・。」
「だったら無視しないでくれよ!こうして店まで入って来たんだ!俺たちをここから出してくれ!!」
ハムスターの叫びは悲痛だった。
ガシャガシャとゲージを揺らしながら、「頼む!」と訴えかけてくる。
俺は拳を握りしめ、どうすればいいのかと立ち尽くすだけだった。
「・・・・ごめん、俺一人じゃ何も・・・・、」
「なにブツブツ言ってんだ?」
おっさんが顔を近づけてくる。
「なんか文句でもあるのか?」
「いえ・・・・、」
「これが最後だぞ。買うのか買わないのかどっちだ?」
そう言って思いっきりメンチを切ってくる。
こんな接客をされて買う奴なんかいないだろう。
商売だなんだとか言いながら、本気でやる気などないのだ。
「ビビるな!言い返せ!」
ハムスターはなおもゲージを揺らす。
するとおっさんは「うるせえな」とそのゲージを叩いた。
「さっきからなに興奮してんだ。」
「テメエに腹を立ててんだよ!このクソ人間!」
思いっきり罵るが、その声は店主には届かない。
それでも吠え続けていると、おっさんは「やかましい!」と怒鳴った。
「ガシャガシャ揺らすんじゃねえ!」
ガツンとゲージを蹴り上げる。
周りの動物たちが怯えて、ハムスターと同じように喚き始めた。
「もう嫌だ!」
「お願い助けて!」
あちこちから悲鳴が上がる。
このおっさん、きっと日常的にこういうことをやってるんだろう。
「うるさい!」
またゲージを蹴りつける。
すると奥から柄の悪そうなおばはんが出て来て、「何喚いてんの!」と怒った。
「テレビの音が聴こえないでしょ。」
「ならイヤホンでもしてろ。」
「まったく・・・いつまで売れないモン置いてんのよ。全部まとめてとっとと処分すればいいのに。」
グチグチ言いながら引っ込んでいく。
おっさんは機嫌悪そうにゲージを蹴り飛ばした。
動物たちは怯え切って、さらに悲鳴が増していく。
「このクソ人間!いくら趣味でやってる店だからってな、もうちょっと俺らのこと大事にしろ!」
みんなが怯える中、このハムスターだけが堂々としていた。
怖がるどころか食ってかかる。
するとそれが気に食わなかったのか、おっさんはゲージに手を突っ込んだ。
ハムスターを鷲掴みにして、そのまま奥へ引っ込もうとする。
「あの!」
気がつけばその手を掴んでいた。
「あ?」
「その子どうするつもりですか?」
「便所に流すんだよ。」
「便所って・・・・そんなことしたら死んじゃいますよ!」
「だから処分するんだよ。」
「・・・・なんでそんな酷いことばっかり・・・・、」
「なんか言ったか?」
また怖い目で睨んでくる。
けど俺の中には熱いものが湧いていた。
怒りか?それとも動物たちへの同情か?
どっちか分からないけど、身体までカッと熱くなるほどだった。
「自分のお店なんでしょう?ならどうして動物を大事にしてあげないんですか?」
「こいつらただの商品だ。邪魔なもんを処分して何が悪い。」
「あんな扱い方したら怖がって当然ですよ。それに商品だっていうなら、お客さんに飼ってもらうまでは大事に世話をするのが普通でしょ?」
「偉そうにこのガキ・・・・。」
バっと俺の手を払い、「とっとと失せろ!」と怒鳴った。
「ほんとに警察呼ぶぞ。」
そう言ってハムスターを握ったまま行こうとする。
「助けてくれ!」
おっさんの手の中で必死に訴える。
「俺はどうなってもいい!せめて他の奴らだけでも・・・・、」
「暴れるな。」
「黙れクソ野郎!」
鋭い前歯でおっさんの指に噛みつく。
一瞬「痛・・・」と怯んだが、「この野郎!」と怒らせてしまった。
「ネズミの分際で・・・・。」
グッと手を握りしめる。
小さなハムスターは「うぎゃああああ!」と悲鳴を上げた。
その瞬間、自分でも気づかないうちに駆け出していた。
「いい加減にしろ!」
おっさんの腕に飛びついて、ハムスターを奪い取る。
「大丈夫か!?」
「なんとか・・・・、」
グッタリしているくせに笑っている。なんて強気な奴だ・・・・。
《見殺しになんて出来ない。せめてコイツだけでも・・・・、》
後ろを振り向き、「この子を買います」と言った。
「今すぐお金を払うから譲ってくださ・・・・、」
言いかけた瞬間、おっさんはハムスターを奪い返そうとしてきた。
「ちょ・・・・、」
「返せ!」
「なんで!買うって言ってるのに!」
「そいつは処分するんだよ!」
「だから買うって言ってるじゃないですか!」
「いいから返せこのガキ!」
強引に奪おうとするので、「やめて下さい!」と突き飛ばした。
おっさんはよろめき、柱で頭を打つ。
「このガキィ・・・・、」
目が血走り、眉間に皺が寄っていく。
拳を振り上げ、俺の顔めがけて殴りかかってきた。
「ちょ、ちょっと!」
咄嗟にかわしたものの、また拳をふるってくる。
ハムスターに当たっちゃマズいと思い、背中で受け止めた。
「ぐうッ・・・・、」
重い衝撃が走り、一瞬息が止まる。
「半殺しにしてやる!」
背中を向ける俺に、これでもかと殴りかかってくる。
そのうち蹴りまで飛んできて、前のめりに倒れてしまった。
《ヤバッ・・・・、》
このまま倒れてはハムスターが潰れてしまう。
咄嗟に手を着いて守った。
だけどおっさんの暴走は止まらない。
倒れる俺に向かって何度も蹴りつけてきた。
「なに手え出したんだテメエ!」
そのうち頭まで踏みつけられて、固い床におでこがぶつかった。
頭が割れそうなほど痛い・・・・。
でも下手に立ち上がったらこのハムスターが危ない。
「死ねこのクソガキ!」
止まらないおっさんの暴力に、動物たちはさらにパニックになった。
猫も小鳥も喚きたて、どこから音が響いているのか分からないほど五月蠅い。
するとその騒ぎを聞きつけてか、「何やってんの!」とさっきのおばはんが出てきた。
「うるせえ!このガキしばいてるだけだ。」
「馬鹿!外から丸見えだよ!」
そう叫んだ瞬間、おっさんの動きが止まった。
《なんだ・・・?》
ゆっくりと顔を上げる。
・・・・動物たちは静かになっていた。
その代わり、ガラス戸の向こうに人だかりが出来ていた。
スーツを着たおじさんやOLがたくさんいる。
きっと駅から出てきた人たちだろう。
「・・・・何見てんだ?」
おっさんは威嚇する。
だがその目は明らかに泳いでいた。
俺はその隙に立ち上がって、外へ逃げ出そうとした。
「待てコラ!」
襟首を掴まれて引っ張られる。
「そのネズミを置いてけ!」
「嫌だ!コイツは俺が買う!」
「売るかどうかは俺が決めるんだよ!」
力任せに引きずられ、床に押し倒された。
そしてハムスターを奪われそうになった・・・・その時だった。
「お巡りさんここです!」
若いサラリーマンが叫ぶ。
次の瞬間、「何やってる!?」と二人の警官が駆けこんできた。
慌てて俺から離れるおっさん。
警官の一人が「何してるんだ?」と問い詰める。
もう一人は「大丈夫か?」と俺を起こしてくれた。
「すいません・・・・。」
支えてもらいながら立ち上がる。
でも足元がふらついて、「座ってた方がいいな」と言われた。
「大丈夫か?救急車呼ぶか?」
「いえ、平気です・・・・。」
「平気っておでこから血が出てるじゃないか。口も切ってるし。」
言われておでこをさわると、確かに出血していた。
「酷いな・・・何があったんだ?」
「ええっと・・・・、」
どう説明していいか分からず、しどろもどろになってしまう。
すると人だかりの中からOLが出てきて、「そっちの人が殴ったり蹴ったりしてたんです」と言った。
「このお店からうるさいほど動物の喚き声が聴こえたんで、中を覗いてみたんです。
そしたらそっちのおじさんがその子に暴力を振るってました。」
それを聞いた警官は険しい顔になる。
「なにかトラブルでもあった?」
「コイツを・・・、」
手の中のハムスターを見せる。
「コイツを便所に流そうとしてたんです。」
「便所に?」
「処分するって言って。」
「処分・・・・。」
「それだけじゃありません。このペットショップの動物たちを見て下さい。」
そう言って手を向けると、警官は「ずいぶん汚いな」と呟いた。
「ロクに世話もしてないんです。掃除もしないし餌もあげたりあげなかったりで。
そのせいでたくさん死んでったみたいです。」
「じゃあ・・・それが原因で口論になったのか?」
「はい。」
さっきより頭が冴えてきた。
俺はこの店に来てからのことを細かく説明した。(もちろん動物と話せることは除いて)
するとおっさんから話を聞いていた警官がこっちへやって来た。
「向こうは否認してますね。何もしてないって。」
「何もしてないってこたあないだろう。この状況でさ。」
「ちょっと手が当たっただけだとか言ってますよ。連行しますか?」
「こんだけ目撃者がいるんだ。現行犯でいい。」
おっさんは頑なに「なんもしてねえよ」と首を振る。
しかし警察にそんな言い訳が通用するはずもなく、パトカーで連行されていった。
「・・・・・・・・。」
おっさんは逮捕され、店には動物だけが残された。
その翌日、俺はまた店を訪れた。
あのおばはんは動物に興味がないらしく、全部処分するつもりだと言った。
「待って下さい!」
俺はここの動物を全部引き取らせて下さいと頼んだ。
おばはんは渡りに船とばかりに、「全部くれてやるわ」と喜んだ。
・・・・その日から毎日、仕事の合間を縫って新たな飼い主を探した。
引き取るといっても全部なんて飼えないし、ゲージを置くスペースもない。
とりあえずはあの店に預かってもらって、仕事が終わっては里親探しに奔走した。
その甲斐あってか、とある動物愛護団体が手を貸してくれることになった。
実はこのペットショップのことが、新聞で小さく報じられたのだ。
なんたって店主が客に暴行を働いたのだから。
一匹、また一匹と、新しい飼い主が決まっていく。
だけどあのハムスターだけは最後まで残ってしまった。
なぜならあのおっさんのせいで、やけに人間を嫌っていたからだ。
飼いたいという人が現れても、「うっせ!」と暴れる始末。
とうとう最後の一匹になってしまったのに、それでも態度は変えなかった。
「人間に飼われるくらいなら死んだ方がマシだぜ!」
腕を組み、ツンとそっぽを向くばかりだった。
「なあお前、そんなんじゃ貰い手が見つからないぞ。」
「けっこうだね、人間に飼われるなんざ。」
「でも俺は助けたいんだよ。お前が勇気を出して助けを呼んだから、あの店の動物たちは助かったわけで・・・・、」
「あいつらの為じゃねえ!あのクソ野郎が気にくわなかっただけだ!」
・・・ツンデレだった。気持ちいいくらいの分かりやすいツンデレだった。
《なんだろう・・・・口も態度も悪いのに、なぜか嫌いになれない。ていうかむしろ好感さえ抱くよ。》
このハムスター、身体は小さいクセに、気はとんでもなく大きい。
ただの意地っ張りじゃなくて、自分なりの信念があるんだろう。
「あのさ・・・よかったら俺ん家に来ないか?」
「はん!誰が!」
「俺は元々お前を飼うつもりだったんだよ。あのおっさんから助ける為に。」
「もうあのクソ野郎はいねえ。」
「それはそうだけど・・・・でも本気でお前のこと飼いたいと思ってるんだ。」
「ごめんだね。」
「どうして?やっぱり人間が嫌いだからか?」
「それもある。けど・・・・、」
「けど?」
「お前んち、いっぱい動物がいるんだろ?」
「え?」
「この前言ってたじゃねえか。ブルドッグと猫とインコとイグアナがいるって。」
「ああ、賑やかで大変だよ。」
「なんていうか・・・お前の趣味を疑うっていうか。」
「へ?」
「だってどんな組み合わせなんだよそれ?頭のおかしな奴じゃねえとそんな飼い方しねえぞ。」
「失敬な。これでもちゃんと世話してるよ。」
「どうだか・・・・お前んちに行った途端に、猫やイグアナに食われるかもしれないし。」
「ウチの猫はカリカリと猫缶しか食べないんだ。それとイグアナのマリナは草食だから。」
「う〜ん・・・・なんだかなあ・・・・、」
腕を組み、険しい顔で唸る。
すると店の奥からおばはんが出て来た。
相変わらず柄の悪そうな目つきをしている。
「あ、どうも。」
ペコっと会釈すると、「今日でここ引き払うから」と言った。
「え?」
「ここの土地売るの。だから今日じゅうに動物を処分して。」
「そんないきなり・・・・、」
「亭主が警察に厄介になって、ここのペットショップも閉鎖。これ以上こんなボロ家にいる意味ないから。」
「そういえばこの辺り、開発が進むんでしたっけ?」
「そう。今なら高値で売れるのよ。だから今日中にそれどうにかしてよ。」
そう言い残し、不機嫌に奥へと引っ込んでしまった。
「・・・・らしいぞ。」
「聞こえてら。」
ムスッとした顔でそっぽを向く。
「このままじゃほんとに行く所がなくなっちゃうぞ?俺の家に来いよ。」
「やだ。」
「意地張らないで。」
「やだったらやだ。」
「ちゃんと面倒見るから。」
「誰が行くか!」
そうは言いながらも、満更ではない顔をしている。
ツンデレ炸裂である。
ゲージを開けて、この憎たらしくも可愛いハムスターを手に乗せた。
「おい!」
「おばちゃん!この子俺が引き取るから!」
「ドアホ!誰かお前んとこなんか・・・・、」
「ついでにその汚ったないゲージも持ってって!」
「それは御亭主にお願いします。」
ピシャっと断ると、「なんだいケチ臭いガキが」と返ってきた。
「それじゃ失礼します。」
ゆっくりとドアを閉めてから、《ドアホ!》と罵った。
《この場所はコイツとって辛い場所なんだ。だったらなんであんなゲージ持ってかなきゃいけないんだよ。》
全てはあのおっさんのせいである。
文句があるならそっちに言ってもらいたい。
「・・というわけで、今日から我が家の一員だからな。」
「ふん!頼んでもないのに。」
ふてくされるハムスターを胸ポケットに入れる。
家に向かって歩きながら、「そういや名前を決めないとな」と言った。
「名前まだ付いてないんだろ?」
「まあな。」
「どんな名前がいい?」
「なんでも。」
「じゃあ・・・・カモンとかは?」
「なんでそんな名前なんだよ。」
「俺んちに来てくれって意味で。」
「今行ってるだろ。ていうか連れて行かれてる。」
「じゃあ俺んちに来てくれよ、カモン。」
「それダジャレか?」
「まあな。」
「・・・・・ぶふッ!」
《ウケてるよ。》
意外と笑いの沸点が低いらしい。
・・・それから数日後、カモンはすぐにみんなと打ち解けた。
というのも、みんなにはカモンの事情を伝えてあったからだ。
自分の身て挺してペットショップの動物を守ろうとしたことを。
マサカリもモンブランもチュウベエもマリナも、みんな好意的に迎えてくれた。
初日はカモンの毒舌に戸惑っていたけど・・・・。
それから四年間、カモンはずっと俺たちの傍にいた。
マサカリを「メタボの申し子」と罵り、モンブランを挑発しては追いかけられ、チュウベエとは息の合った漫才を繰り広げ、マリナとはよく一緒に留守番をしてくれた。
身体は小さいけど気は大きい。
何より器がデカかった。
カモンの存在感は、身体に似合わず誰よりも大きかった。
だからこそこいつを失った悲しみは大きい。
俺の胸には今でもポッカリと穴が開いたままだった。


        *****


写真を見つめながら思い出に浸っていると、目元が緩んできた。
ギュッと瞼を閉じると、あいつの毒舌が浮かんで来る。
『めそめそしてんなよ悠一。またミジンコの抜け殻みたいに気の抜けた男に戻っちまうぞ。』
どこからかそんな声が聴こえた気がした。
「有川さん。」
ツクネちゃんが呼ぶ。
ティッシュで目元を拭い、「なに?」と振り返った。
「さっき肩の上に小さな生き物がいましたよ。」
「え?」
「・・・・ネズミ・・・いや、ハムスターかな。」
「うそ!ほんとに?」
「ほんとです。」
「・・・・ツクネちゃん、もしかして幽霊が見えるの?」
「これでも霊獣ですから。さっきまで確かに何かいましたよ。」
自分の肩を見てみるが何もいない。
「もうどっか行っちゃいました。」
「・・・・あの、もしかしてそれってこの写真のハムスターじゃ・・・、」
「さあ?」
「さあって・・・・何かいたんだろ?」
「気配を感じただけですから。」
「そっか・・・・。」
「でも悪いものじゃありませんでした。」
そう言ってテレビに戻ってしまう。
まだサッカーのダイジェストをやっていて、みんなで盛り上がっていた。
《カモン・・・まだお前が生きてたら、あいつらと一緒に盛り上がってたか?それともスポーツなんて興味ないねって毒を吐いてたか?》
みんなの隣りにカモンの姿を重ねる。
でもすぐにやめた。
《何やってんだ俺は。さっきカモンの毒舌が聴こえたばっかなのに。》
『めそめそしてんなよ悠一。』
確かにそう言っていた。
俺は棚の上に写真を戻す。
《もう大丈夫だよカモン。俺は元気でやってる。他のみんなと一緒にな。そっちはどうだ?桃源郷は楽しいか?
お前のことだから向こうでも毒を吐いてんだろうな。》
写真に背を向け、テレビの前に座る。
ツクネちゃんは相変わらず興奮しまくっていて、この選手がどうのと解説していた。
マサカリたちは感心した様子でほうほうと聞き入っている。
・・・その時、ふと写真の方から声が聴こえた。
『いつかみんなもこっちへカモン。』
・・・あいつがボケるなんて珍しい。
まだくたばるかと返してやった。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十話 傷だらけのハムスター(1)

  • 2018.04.01 Sunday
  • 10:48

JUGEMテーマ:自作小説

今日は雨。
マサカリの散歩から帰ってきた俺は、部屋の前でパッパと傘を払った。
「朝から雨なんて憂鬱だな。」
天気予報ではしばらく雨が続くと言っていた。
春雨前線だ。
「でもこれが過ぎれば春だもんな。そう思うと悪い気はしないか。」
ドアを開け、部屋に入る。
すると女物の靴があった。
「これは確か・・・・、」
部屋に上がると、そこにはツクネちゃんがいた。
「おはようございます。」
いつものごとく不機嫌な顔で挨拶をしてくる。
「あの・・・どうやって入ったの?鍵掛かってたよね?」
「これで。」
そう言って何かを振って見せた。
「それは・・・、」
「合鍵です。」
「合鍵!なんでそんなもんを!?」
「管理人さんに借りました。」
「管理人って・・・あの仏像だかパンチパーマだか分かんない髪型してるおばちゃんか?」
「有川さんの彼女で、これから同棲すると言ったら貸してくれました。」
「・・・・はああああ!?」
「驚かないで下さい。彼女も同棲も嘘ですから。」
「分かってるよそんなことは!俺が驚いてるのは、あのおばちゃんが勝手に合鍵を貸したことだ!」
「若いモンの恋を応援したいんだそうです。子供さんが二人とも独身なので、せめて周りの若い人には結婚をしてほしいんだとか。」
「思いっきり個人的な感情じゃないか!」
「私に言われても。」
「ああ、その通りだ。ちょっと文句を言ってくる。」
なんて管理人だ・・・・見知らぬ人に鍵を渡すだなんて。
イラつきながら靴を履いていると、後ろからパーカーのフードを掴まれた。
「待って下さい。」
「待たないよ!今すぐ文句を言ってくる!」
「勝手に上がったことは謝ります、ごめんなさい。」
「君より管理人に腹が立ってるの!ありえないだろこんなこと。」
「でも無理言って貸してもらったのは私です。あのおばさんを責めないで下さい。」
「責めるに決まってるだろ。離してくれ。」
「相談に来たんです。」
「相談?」
「一昨日、チェリーを取り逃がしましたよね?」
「・・・そのことは悪いと思ってるよ。あと一歩のところまで追い詰めておきながら・・・、」
「別に責めてるわけじゃありません。あの子はまた戻って来るだろうから。」
そう言ってドアの手前にある三輪車を見つめた。
「これ、弟が大事にしてたんでしょう?」
「愛理ちゃんから貰ったらしい。すごい大事なモンだって言ってたよ。」
「これがある限りまた来るはずです。その時こそこの手でガシっと捕まえて・・・・、」
ツクネちゃんの顔が獰猛な獣に変わる。
「ちょ、ちょっと・・・・顔だけ変化が解けてるよ。」
「・・・・ああ、すいません。ちょっと感情的になっちゃって。」
慌てて元に戻している。
霊獣ってやつはこれだから恐ろしい。
本気で怒ると怪物みたいな姿になってしまうのだ。
それでもってとんでもない怪力を発揮する。
婚約者が霊獣なもんだから、怒った時の怖さは身をもって知っていた。
あれは人間では太刀打ちできない。
素手でヒグマに立ち向かうよりずっと無謀だ。
・・・・ヒグマと戦ったことなんてないけど。
顔を戻したツクネちゃんは、「相談があるんです」と言った。
「チェリーを捕まえるまでの間、ここに住まわせて下さい。」
「・・・・・はい?」
「この三輪車があれば必ずやって来るはずです。その時までここで待ち伏せしたいんです。」
「・・・・うん。」
「OKってことですね?ありがとうございます。じゃあ早速今日からお世話になって・・・・、」
「いやいやいや!誰もOKなんて言ってないから。」
「でも今さっき頷いたじゃないですか。」
「頷いたっていうか、ただの相槌だよ。」
「じゃあダメってことですか?」
「だっていきなりここに住むって言われても・・・・、」
「チェリーを捕まえるまでの間だけです。」
「そりゃ分かってるけどさ・・・・、」
「じゃあOKですね?」
「いや、あの・・・・だってアレだよ、ほら?俺は婚約してるわけで、だから他の女性を部屋に泊めるなんてそんなことは・・・・、」
「心配しなくてもそんな関係は望んでいないですから。」
「こっちも同じだよ!俺が言いたいのはだね、例えそういう関係じゃなくてもマズいって言ってるわけで・・・、」
「それは私が女だからですか?」
「そういうこと。もしマイちゃんにバレたらどうなるか・・・、」
「これでも口が堅いですから絶対に言いませんよ。」
「君が言わなくてもこいつらが言うかもしれないんだ。」
俺は後ろを振り返る。
案の定、動物たちはニヤニヤしていた。
「心配すんな、俺たちは絶対に言わねえからよ。」
「そうそう、言わないわ。」
「俺、なんにも見てないことにするから。」
「はあ・・・・私たちって信用がないのね。悲しいわ。」
そう言いながら更にニヤニヤしていた。
「これだよ・・・・。だからさすがにここに住むっていうのは無理な相談で・・・・、」
「じゃあ人間の女じゃなければいいんですね?」
「・・・・はい?」
何を言ってるんだろう?・・・・と首を傾げる。
と次の瞬間、彼女は空中で一回転した。
「これなら問題ないですよね?」
ツクネちゃんはハクビシンに姿を変えていた。
・・・・いや、戻ったと言った方が正しい。
《初めて見たな・・・・ハクビシンの姿。》
チェリー君とよく似ている。
人間に化けている時もなんとなく似てるけど、元の姿もそっくりだ。
《やっぱり姉弟なんだなあ。》
感心していると、「これなら問題ないですよね?」と言った。
「ええっと・・・・どうだろう。」
「どうしてですか?今は人間の女じゃないですよ。」
「いや、だって俺の婚約者も霊獣だからさ。人間に化けてないからって、やっぱり一緒に住むのはどうかと・・・、」
「私は依頼者です。」
「・・・・はい?」
「依頼者がここまでお願いしてるのに聞いてくれないなんて・・・・・酷い人だと思います。」
悲しそうに言って、「もう頼みません」と出て行く。
「あとは私一人でやります。ご迷惑をお掛けしました。」
「え?あ・・・いや!別にそういうつもりじゃ・・・・、」
「依頼料は返さなくていいですから。」
「待て待て!」
慌てて追いかけて、彼女の前に回り込む。
「なにもキャンセルまでしなくても。」
「じゃあここに住まわせてくれますか?」
「う〜ん・・・やっぱりそれはちょっと・・・、」
「今までありがとうございました。」
「だから待ってって!」
ツクネちゃんはじっと見上げてくる。
これが最後の返答だという風に。
「・・・・・・分かったよ。」
「ほんとに!?」
パッと笑顔になる。
「ほんとにいいんですか?」
「だってこのままキャンセルされたんじゃ後味が悪いからさ。」
「有川さん・・・・あなたは良い人だと思います!」
「褒めてくれてありがとう。でも一つだけ条件がある。」
「なんなりと。」
「この部屋に住む間はその姿でいること。」
「いいですよ。でもチェリーを捕まえる時は人間に化けるかもしれないですけど。」
「それは構わない。」
「じゃあ住んでいいんですね?」
「ああ。」
「・・・・・っしゃあ!」
「え?」
いきなり気合の入った叫びをあげる。
そしてスタタっと部屋へ駆けこんでしまった。
「・・・・なんだったんだ今の?」
ドアを閉じ、俺も部屋へ戻る。
するとまた彼女の叫び声が聞こえた。
「そこだ!いけオラアアア!」
「ど、どうしたの!?」
慌てて駆け寄ると、彼女はテレビに釘付けになっていた。
血走った目で食い入るように睨んでいる。
《何見てんだ?》
画面をのぞき込むと、サッカーの試合をやっていた。
「長戸茂おおおおおお!」
「・・・・・・・・・。」
「本多あああああああ!」
「あの・・・・、」
「・・・・・決めたああああああ!っしゃオラあああああ!」
「ツクネちゃん・・・・?」
「え?ああ・・・なんですか。」
「何叫んでんの?」
「日本代表を応援してるんです。」
「ああ、そういえばやってたね。ワールドカップの予選。」
「そういえばって・・・・有川さんサッカー見ないんですか?」
「あんまり見ないかな。」
「世界を代表するイベントなのに?」
「あんまり球技は興味ないから。」
「日本を代表する選手たちが戦ってるのに?」
「すごいなあとは思うけど、熱心に見ようとはしないかな。」
「・・・・・非国民かよ。」
「え?」
「いえ、なんでもないです。」
「いま非国民とか言わなかった?」
「・・・・・チッ。」
「なんで舌打ちなの!」
プイっとそっぽを向いて、また応援している。
その叫びよう、その興奮ぶり、普段の彼女からは想像も出来ない。
「あの・・・・もうちょっとしたら見たい番組があるんだけど・・・、」
「今日は我慢して下さい。」
「じゃあせめて録画の設定だけ・・・・、」
「これ録ってるんでレコーダーも使えません。」
「録ってるって・・・・今見てるじゃん。」
「あとで編集するんです。お気に入りのシーンだけ集めて。」
「・・・・それ自分の家でやってくんないかな?」
もはや俺のことなど目に入っていない。
つぶらなハクビシンの瞳には、サッカーボールしか映っていなかった。
「まさかチェリー君を捕まえるまでこの状況が続くのか?」
ちょっと不安になってくる。
一時間後、試合は日本代表の勝利に終わった。
「ヒーハーああああああ!日本代表バンザ〜イ!!」
部屋が滅茶苦茶になりそうなほど飛び跳ねていた。


          *


テレビの前に動物たちが並んでいる。
ブルドッグ、猫、インコ、イグアナ、そしてハクビシン。
先ほどの日本代表の試合のダイジェストを見ているのだ。
《どいつもサッカーなんて興味なかったクセに。》
ツクネちゃんがいかにサッカーが素晴らしいかを説いたせいで、みんな興味を持ち始めてしまった。
『有川さんも興味出てきたでしょ?』
ランランとした目でそう尋ねられた。
『いや、特に・・・・、』
『・・・・・・チッ。』
『また舌打ち!?』
ツクネちゃんはテレビに戻り、動物たちと一緒に盛り上がる。
俺は完全に蚊帳の外だ。
《居心地悪いなあもう・・・・。》
ここは俺の家のはずなのに肩身が狭くなる。
テーブルで一人お茶を啜っていると、ふとある物が目に入った。
それは棚の上に飾った写真。
渋い顔でポーズを決めるハムスター。
こいつの名前はカモン。
一ケ月と少し前に亡くなった。
享年4歳、天寿を全うした。ハムスターとしては大往生だ。
カモンは我が家で一番の毒舌家で、その切れ味たるや名刀正宗に匹敵する。
チュウベエがボケならカモンはツッコミだった。
二匹の会話はまんま漫才のようだった。
我が家で一番身体が小さいクセに、気は一番大きかった。
俺が落ち込んだ時、困っている時、いったい何度助けられたことか。
『くよくよしてんじゃねえよ。元々ミジンコの抜け殻みたいな奴なんだから、失うもんなんてねえだろ。』
・・・・ってな感じで、情けない俺を叱咤してくれた。
《カモン・・・あの世はどうだ?桃源郷で元気にやってるか?こっちはこっちで毎日賑やかだよ。》
写真に向かって語りかける。
動物たちはまだサッカーの話で盛り上がっていて、キャッキャと楽しそうだ。
《お前が抜けて寂しくなっちまった。他のみんなは相変わらずだけど、なんか足りないんだ。
だってツッコミがいないんじゃ締まらない。
チュウベエなんかボケにボケ放題で、もはや放置プレイの状態だよ。》
気がつけばカモンの写真を手に取っていた。
去年の今頃、こいつはまだまだ元気だった。
多少弱り始めてはいたが、それでも毒舌だけは衰えていなかった。
《無理だって分かってるけど、たまに思うんだよ。またみんなで騒ぎたいなって。》
写真を眺めていると、ついついそんな気持ちに浸ってしまう。
でも・・・ダメだ。これじゃカモンは浮かばれないのだ。
なぜならこいつが長生きしたのは、俺が不甲斐ないせいだからだ。
とうに寿命を迎えていたのに、俺のことが心配で死ぬに死ねなかった。
そしてようやく動物探偵として一人立ち出来るって時に、この世を去ってしまった。
《今の俺を見てほしかったよ。・・・・いや、見てるか。桃源郷から俺たちのことを。
そんでボロクソにツッコミ入れてるんだろうな。》
頭の中に切れ味鋭い毒舌が浮かんでくる。
思い出はどんどん蘇って、カモンと出会った時のことまで遡った。
そう、あれは四年近く前のこと。
仕事を終えた俺は、いつものように電車に揺られていたんだ。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第九話 天井のイグアナ(3)

  • 2018.03.31 Saturday
  • 10:24

JUGEMテーマ:自作小説

チュウベエが我が家にやって来た半年後のこと、俺はとあるボロ家でマリナを見つけた。
あの日は取引先の会社に用があって、日帰りの出張に行っていたのだ。
仕事そのものはすぐに済んだので、そのままさっさと帰ってもよかった。
よかったのだが、俺は街をブラブラした。
早く会社に戻ったところでやる事もない。
あてもなく散歩を続けたり、喫茶店でコーヒーを啜ったりしていた。
その街は田舎から地方都市へと変わりつつある最中だった。
田んぼの隣にビルが建ち、平屋の隣にマンションが建ち、建設中の建物の上からは大きなクレーンがぶら下がっていた。
こういった変わりゆく街並みを見るのは好きだった。
古いものから新しいものへと変わっていく瞬間というのは、なかなか感慨深いものがある。
しばらく歩き続けると、ほぼ一面田んぼや畑の景色に変わった。
民家や古いアパートがポツポツと立っているくらいで、コンビニすら見当たらない。
ここもいずれビルに覆われるのだろうかと、しみじみしながら眺めた。
するとその時、背後から誰かの声が聴こえた。
振り返ると二階建ての民家があった。
庭は荒れ、塀は汚れ、全ての窓に雨戸が閉まっている。
そう大きくない家だが、元は綺麗だったのだろうと思うほど、デザインはオシャレだった。
その家から微かに声が聴こえた。
「助けて・・・」と。
動物の声だとすぐに分かった。
人の声と動物の声は微妙に違って聴こえるのだ。
何が違うのかと聞かれると困るけど、一瞬でピンとくる何かがあるのだ。
「助けて・・・・。」
「・・・・・・・。」
気がつけば塀を乗り越えていた。
声は家の中から響いている。
どこかから入れないか探っていると、突然「誰かいる!」と声がした。
「怒られるぞ!」
「逃げろ!」
三人の少年がトタン屋根から飛び降りてくる。
家の裏側へと走り、塀をよじ登って逃げていった。
いったいなんなんだ?と思いながら、少年たちが飛び降りてきたトタンを見上げる。
その向こうに瓦屋根があり、近くの窓が開いていた。
「あそこから出てきたのか。」
塀の上に登り、トタンに足をかける。
かなり錆びていて、注意して歩かないと抜け落ちそうだった。
ゆっくりと足を運び、瓦屋根に登る。
そして窓の中を覗くと、四畳ほどの部屋が広がっていた。
畳にはお菓子やジュースが散乱していて、幾つかBB弾が落ちている。
「さっきのガキどもの仕業か?」
きっと面白半分に忍び込んだんだろう。
こういう場所は子供にとって最高の遊び場だ。
窓を越え、部屋に入る。
開けっ放しのドアの向こうには廊下があって、階段の手すりが見えた。
「・・・・・・・・。」
耳を澄ましてみるが、動物の声は聴こえない。
「誰かいるのか!?」
ちょっと大きめの声で叫ぶと、また「助けて・・・・」と囁きが。
「俺は動物と話せるんだ!どこにいるのか教えてくれ!」
そう尋ねると、「天井の裏・・・」と返ってきた。
「天井裏・・・・?」
「階段のすぐ傍の部屋・・・・・。」
俺は階段まで向かう。
するとさっきの部屋とは斜向かいに、もう一つ部屋があった。
こちらは襖になっていて、米粒ほどの小さな穴がたくさん空いていた。
「さっきのガキどもが撃ったのかな。」
襖を引き、中を覗く。
こちらの部屋には何もない。
薄汚れた畳が敷かれているだけだ。
しかし天井は違った。
一部に穴が空いているのだ。
おそらく誰かが壊したのだろう。
「助けて・・・・。」
穴の向こうから声が聴こえる。
幸い穴は壁側に近い。
窓のサッシに足を掛け、中を覗いてみた。
「真っ暗だな。」
どこにいるのか分からない。
「お〜い!」と呼びかけると、「こっち」と返ってきた。
「そこから左奥の方にいる・・・・。」
「ここまで来れるか?」
「無理・・・・・、」
「なんで?どっか痛めてるのか?」
「怖い・・・・、」
「怖い?」
「エアガンを撃たれて・・・・、」
「なんだって?」
「人間の子供に・・・・、」
「もしかしてさっきのガキどもか!?」
「それに寒くて動けない・・・・。」
この時は11月の中頃、冬の手前だった。
陽射しの当たる場所は暖かいが、陰りは寒い。
天井裏はひんやりとした空気が漂っていた。
「寒いのは寒いけど、動けないほどじゃないだろ。」
「私は変温動物なの!体温が下がると動けない・・・・、」
「変温動物って・・・まさか爬虫類か?」
「イグアナ・・・・・マリナっていうの。」
「そうか。なら・・・・・こっちから行くよ。」
俺は天井へと潜り込む。
しかし思いのほかギシギシと軋んだ。
「これ・・・・壊れたりしないよな・・・・。」
ちょっと不安になる。
だがこのまま放っておけば、いずれ凍死してしまうだろう。
怖いのを我慢しながら、匍匐前進のように這い進んでいった。
すると手の先に冷たい何かが触れた。
真っ暗でよく見えないが、おそらく間違いない。
「マリナちゃんか?」
そう尋ねると、「助けて・・・・」と呟いた。
「よしよし、もう大丈夫だ。」
腕に抱き寄せ、天井から下りる。
明るい部屋で見たマリナは、立派なグリーンイグアナだった。
「エアガンで撃たれたって言ってたけど・・・・大丈夫か?」
「平気・・・・鱗があるし。でも怖かった。」
「あのガキども・・・・よくもこんな可哀想なことを。」
マリナを抱いて部屋を出る。
さっきのトタン屋根を伝い、えっちらおっちらと庭に下りた。
「君はこの辺りの子?どっかから逃げてきたのかな?」
「違う・・・・飼い主が亡くなったの。」
「亡くなった?」
「私の飼い主は獣医さんだった。でも先月に病気で・・・・、」
「そうか・・・・悪いこと聞いちゃったな。」
「気にしないで。こうして助けてもらったんだから。」
そう言って初めて笑顔を見せた。
「けどそのあと飼い主の家族に捨てられたの。」
「酷いなそりゃ。身内のペットを捨てるなんて。」
「もし私が犬や猫から飼ってもらえたかもね。けどこんな大きなトカゲ、嫌う人間もいるから。」
「じゃあ今までどうやって暮らしてたんだ?」
「林の中に身を隠してたわ。イグアナはそんなに食べなくても平気だから、餌には困らなかった。
けど人間の子供に見つかっちゃって、面白半分に撃たれたのよ。そしてここへ連れてこられた。」
さっきまで閉じ込められていた家を見上げる。
「あの子たち、ここを秘密基地にしてたみたい。私はここへ連れてこられてエアガンで撃たれたわ。
でもそれにも飽きてきたみたいで、最後は天井の裏に放り込まれたの。」
「むちゃくちゃするなあのガキども・・・・。」
怒りが湧いてくる。
子供ってのは純粋であるがゆえに、時に悪魔みたいなことをする。
「寒い・・・・。」
マリナはまた震える。
俺はスーツの上着を開けて、中に抱いてやった。
「どう?ちょっとは温ったかくなったか?」
「だいぶマシ。ありがとう。」
とりあえず空き家を後にして、田んぼの広がる道を歩いていく。
するとマリナが「こっちに林があるのよ」と尻尾を向けた。
「林?」
「私がいた林。そこへ連れてって。」
「いやいや、またガキどもに見つかったらまずい。それにこれからもっと寒くなるし。」
「でもあそこ以外に行く場所がないんだもの。」
「・・・・もうちょっといい所探してやるさ。」
「いいわよそんなの。これ以上助けられちゃ悪いし。」
「そんなの気にするな。今までにも動物を助けたことがあるんだ。」
「もしかして動物愛護のボランティアの人?」
「違う違う。色々と事情があってさ、成り行きでそうなっただけ。
そのせいで俺ん家には丸々太ったブルドッグに、お嬢様みたいな高飛車な猫、それに賢いんだか馬鹿なんだか分からない能天気なインコがいるんだ。」
「なにそれ、変なの。」
マリナは可笑しそうに笑う。
「俺が新しい飼い主を探してやるよ。」
「そんなのいいわよ!ほんとこれ以上お世話になっちゃ悪いし・・・、」
「遠慮しないでいいって。こうして出会ったのも何かの縁だし。」
「でも・・・・邪魔にならない、私?」
「さすがにこれ以上動物を飼うのは無理だけど、責任を持って里親を探す。だから心配しないで。」
戸惑うマリナだったが、最後は折れた。
「じゃあ・・・お願いできる?」
「任せとけ。」
その日、マリナは我が家へとやって来た。
最初はマサカリもモンブランも戸惑っていたけど(チュウベエはお近づきの印にとミミズをすすめていた)、三日もする頃には打ち解けていた。
俺は仕事の合間を縫って、新しい飼い主を探した。
しかし犬や猫と違って、イグアナを引き取ってくれる人なんて滅多にいない。
それでも諦めずに探し続け、マリナが来てから二ヶ月が経とうとしていた。
「もういいわ悠一。」
これ以上迷惑をかけられないと、「捨ててちょうだい」と言った。
「私の為に頑張ってくれて・・・今までありがとう。」
嬉しそうな、そして切なさそうな顔をしながら、「どこかに捨てて」と言った。
冗談ではなく、本気の目でそう言っていた。
だから俺はこう返した。
「ずっとここに住めばいい。」
「そんなの悪いわよ!家計だって大変なんでしょ?もうこれ以上は・・・・、」
「責任を持つって言っただろ。」
「でも・・・・、」
「それに今捨てたりしたらそいつらが黙ってない。」
マリナの後ろにはマサカリたちがいた。
みんなジトっとした目で睨んでいる。
「お前を捨てたらあのブルドッグは噛みついてくるだろうし、猫は引っかいてくるだろう。」
「・・・・・・・。」
「そして能天気なインコは頭に糞を落としてくるに違いない。俺はそんな酷い目に遭いたくないから、どうかこの家にいてくれ。」
マリナを抱き上げ、「な?」と頷きかけた。
しばらく黙っていたが、やがてこう呟いた。
「ありがとう・・・・。」
この日からマリナは我が家の一員となったのだ。


        *****


「悠一!悠一!」
マリナの声がして、ハッと顔を上げた。
「なにボーっとしてんのよ?」
「え?ああ・・・ちょっと昔を思い出して。」
「もう、しっかりしてよ。こんな時に。」
マリナはプリプリ怒っている。
長い尻尾が忙しなく揺れていた。
「で、どうだった?チェリー君はいたか?」
「逃げられた。」
「なに!?」
「見つけるのは見つけたんだけどね。捕まえる前にどこか行っちゃったわ。」
「そうか・・・なら仕方ない。」
マリナを首に巻き、脚立を降りていく。
職員さんが「どうですか?」と尋ねてきた。
「どこかへ行ったようです。」
「ということは・・・もういないんですね?」
「ええ。」
「よかったあ〜・・・。」
ホッとしている。
老人たちを振り返り、「安心してください」と言った。
「もういないみたいですから。」
「なんじゃつまらん。」
車椅子のお婆ちゃんは舌打ちする。
「もっと大きなトラブルにでもなりゃ面白かったのに。」
周りに出来ていた人だかりが散っていく。
俺は「それじゃ」と婆さんに手を振った。
「いつかイケメンと入れ替われたらいいですね。」
「そうじゃな。そんときゃ「儂の名は」とかで映画を作ってくれんかのう。主題歌は吉幾三で。」
もしそんな映画が出来たら、電気の通ってない村から出てきた若者が、銀座で牛を飼う話になるだろう。
それはそれで見てみたいけど。
「帰るかマリナ。」
「そうね。」
もりもりセンターを出ると、カラスたちはいなくなっていた。
「ありゃ?どこ行ったんだ?」
「多分追いかけて行ったんじゃない?」
「チェリー君をか?」
「だってそれしか考えられないじゃない。」
「う〜ん・・・奴らの戦いはまだ続いているわけか。これ以上人に迷惑を掛けなきゃいいけど。」
ちょっと不安になってくる。
「そういえばチェリー君はなんで暴れてたんだ?」
「知らない。」
「知らない?だって中に入ったじゃないか。」
「そう言われても知らないものは知らないわ。私はあの子を捕まえようと必死だったから。」
「じゃあ・・・なんで暴れてたんだろう?」
「さあ?」
謎である・・・・。
その謎の答えは数日後にやってくるんだけど、今は謎のままだった。
とにかく捕獲は失敗。
いったん家へ帰ることにした。
「今日はよく頑張ってくれたな。お前のおかげで一度は捕まえたんだから。」
そう労うと、なぜか黙ってしまった。
「どうした?」
「寒い・・・・、」
「え?」
「天井裏にいたから・・・、」
眠そうに目を閉じている。
手を触れると確かに冷たくなっていた。
鞄からカイロを取り出し、シャカシャカっと振った。
「ほれ。」
「温っかい・・・。」
頬に抱いてウットリしている。
しかし「これじゃ足りないわ」と言って、俺の腕に降りてきた。
上着を開けて中に入れてやる。
「これよこれ。こっちの方が温もる。」
そう言ってさっきよりウットリした。
「ねえ悠一。」
「なんだ?」
「私、天井裏は寒いから嫌いだけど、あれがなきゃ悠一の家に来ることもなかったわ。」
「なんだよいきなり。」
「ちょっと昔を思い出しちゃって。それだけ。」
頭を引っ込めて、完全に上着の中に隠れてしまう。
どうやら寝てしまったようだ。
「お疲れさん。」
ポンと背中を撫でる。
家までの帰り道、こいつを拾ってきた時の思い出に浸った。
それと同時に、チェリー君を逃がしてしまったという悔しさもこみ上げた。
もちろんマリナのせいじゃない。完全に俺の責任だ。
これ・・・・ツクネちゃんにどう報告しよう。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第八話 天井のイグアナ(2)

  • 2018.03.30 Friday
  • 15:51

JUGEMテーマ:自作小説

探し物というのは、えてして近い場所にあるものだ。
おでこの眼鏡、ソファの隙間に落ちたリモコン、洗い忘れて洗濯カゴの奥でクシャクシャになっているお気に入りのTシャツ。
『おお、こんな所にあったんだ。』
そういう事はザラにある。
しかし何度経験しても学ばないのが人間で、近くにあっても気づくことは少ない。
ついさっきの出来事・・・・俺は大事な探し物を見逃してしまった。
慌てて後を追いかけたが、もうどこにも姿はなかった。
確かここの公園へ向かっていたはずだけど・・・。
「あいつ・・・・どこ行った!?」
老人が二人ほど散歩をしているだけで、公園の中に入ってくるカラスに石を投げていた。
ゴミ箱を荒らしたりするので追い払ってるんだろう。
奴は間違いなく公園の方へと向かっていたはずだ。
しかし・・・・いない。
「クソ!まさか人間に化けてやがったなんて!」
チェリー君は霊獣である。
だからツクネちゃんと同じく、人間に化けることが出来る。
《盲点だったな・・・・あんな方法で逃げられるなんて。》
きっと俺が来たからに違いない。
姿を見失った以上、また一から捜し出さないといけなかった。
「せっかく傍にいたのに・・・・ツクネちゃんが知ったら怒るだろうな。」
『依頼はキャンセルします!』・・・またそう言われるかもしれない。
こうなったら何がなんでも見つけ出さないといけない。
呼吸を整え、「よし!」と気合を入れ直す。
するとマリナが「悠一!」と叫んだ。
「あれ見て!」
「ん?」
マリナは公園の隅にあるトイレを指さす。
その入り口からピンク色の何かが覗いていた。
「あれは・・・・。」
もしやと思いながら近づいていく。
「・・・・やっぱり。」
さっきチェリー君が乗ってった三輪車だ。
調べてみると、ハンドルを支えるバーの所に名前が書いてあった。
『はこわれあいり』
平仮名で書いてあるが、漢字だと箱我愛理となるはずだ。
「これ、やっぱり愛理ちゃんのやつだ。」
やっぱりさっきのリーゼント野郎はチェリー君で間違いない。
「ねえ悠一、ちょっと変じゃない。」
マリナが不思議そうに言う。
「どうして三輪車を乗り捨てていったのかしら?」
「そりゃ遅いからだろ。」
「でもチェリー君は悠一が来たから逃げたのよね?だったら普通は三輪車になんて乗らないはずよ。」
「まあ・・・確かに。」
「これ、きっと大事な物なのよ。」
「どういうことだ?」
「チェリー君にとって捨てることの出来ない物なんじゃないかしら。だからこれに乗って逃げたのよ。」
「でもこうして乗り捨てられてるじゃないか。」
「・・・・・・・。」
「マリナ?」
「もしこれが大事な物なら、またここへやって来るかも。」
三輪車を見つめながら、「待ち伏せしましょ」と言った。
「どこかの物陰に隠れて見張ってましょうよ。そうすれば捕まえられるかも。」
「う〜ん・・・いらないから捨てたようにしか思えないけど。」
腕を組み、どうしようかと空を仰いだ。
《マリナの言うことも一理あるけど、もしここに現れなかったら時間の無駄だしなあ。》
今は三月の中旬。
チェリー君を連れ戻す期限は刻一刻と迫っている。
できればアクティブに捜したい。
きっとツクネちゃんもそこらじゅう駆け回ってるだろうし。
《どうしよう・・・・ここで見張るか?それともこっちから捜しにいくべきか。》
じっと空を見上げながら考える。
広がる青空、陽射しが心地いい。
しかし家を出た時に比べて雲が多くなっていた。
空の三分の一を覆っている。
その空に重なるように、公園の木の枝が広がっていた。
あちこちに伸びる枝は、まるで蜘蛛の巣のよう。
三月の中旬ということもあって、少しずつ葉を付けていた。
風が吹く度、その葉っぱが揺れている。
枝もしなって、これでもかとグイングインと揺れて・・・・、
「・・・・・・・・。」
なんだろう・・・・おかしな揺れ方をしている枝がある。
風に吹かれて揺れるのではなく、自ら勝手に動いているような感じだ。
《・・・・ああ、俺はアホだな。探し物は近くにあるってさっき反省したばかりなのに。》
俺は枝から目を逸らす。
そしてボソボソとマリナに話しかけた。
「見つけたよ・・・・。」
「うそ!」
「し!声が大きい・・・・。」
「ごめん・・・。で、どこ?」
俺は目線だけ上に動かす。
マリナは「なるほど・・・」と頷いた。
「俺たちが気づいたってことに、向こうはまだ気づいてない・・・・。」
「なら絶好のチャンスじゃない・・・・。」
「そうなんだけど、あそこまで手が届かない・・・・。登っていったらバレるだろうし・・・・。」
「ふふふ・・・。」
「どうした?」
「私を投げて・・・・・。」
「はい?」
「あそこまで投げて・・・・。」
「投げるって・・・落ちたら怪我するぞ・・・・。」
「地面に落ちる前に受け止めて・・・・。」
「いや、でも危ないんじゃ・・・・、」
「絶対に捕まえてみせる・・・・。だから悠一も私を受け止めて・・・・。」
マリナは本気だ。
やる気満々の目になっている。
・・・・確かにこれはチャンスだ。だったらここはマリナを信じるしかない。
「分かった・・・じゃあ三つ数えたらいくぞ・・・・。」
「OK。」
首に巻いたマリナを腕に持つ。
そして・・・・・、
「いち・・・に・・・・さん!」
思いっきり真上に放り投げる。
すると不自然な動きをしていた枝は、「ぎゃッ!」と悲鳴を上げた。
慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。
マリナは奴の尻尾を咥えていた。
「痛だだだだだ!」
必死に枝にしがみついて耐えている。
しかし重さに負けて、ズルズルっと落ちそうになっていた。
「ちょ、離せ!」
雲梯にぶら下がるみたいに、枝に掴まってぶらんぶらん揺れている。
するとマリナはトドメとばかりに、鋭い爪を突き立てた。
「ぎゃああああああ!」
鎌のように湾曲した爪が、奴のお尻をガッチリ掴む。
「ちょ、タンマタンマ!」
痛みに耐えかねたのか、遂に枝から手を離した。
俺は腕を広げ、落ちて来る二匹を受け止めた。
「よくやったマリナ!」
褒めてやると、ニコっと笑い返してきた。
「私もやる時はやるでしょ?」
「ああ、お見事だった。」
前足をこれでもかと突っ張って、自慢気に胸を張っている。
「クソ!捕まってたまっか!」
マリナの爪が離れた瞬間、奴は慌てて逃げ出そうとした。
「甘いわ!」
イグアナの長い尻尾がしなり、奴の首に巻き付く。
「ぐぇ・・・・、」
「またお尻を引っ掻かれたくなかったら大人しくしなさい。」
そう言って鋭い爪を向けると、「やめろ!」と怯えた。
「ケツに穴が空く!」
「元々空いてるじゃない。」
「これ以上増えたら困るって言ってんだ!」
そりゃ確かに困るだろう。
どこから糞が出てくるか分からない。
マリナはまだ爪を見せつけている。
俺は「どうどう」と宥めた。
「もう充分だ。」
これ以上脅してはさすがに可哀想である。
マリナを足元に降ろして、哀れなハクビシンを安心させてやった。
「悪いな、手荒な真似をして。」
「ほんとだぜまったく・・・・あんなもんで引っかきやがって。」
泣きそうな目でお尻をふーふーしている。
「さっきのリーゼント兄ちゃん、やっぱり君だったんだな。」
「よく見破ったな。」
「ツクネちゃんが心配してるぞ。彼女の所に戻ろう。」
「へ!姉貴が心配なんかするかよ。」
露骨に嫌な顔を見せる。
「君ん所は兄弟仲が悪いのか?」
「兄弟っつうか、あの家そのものが嫌なんだよ。」
「どうして?」
「しつこいからだよ!俺に跡を継げって!」
「君の実家って神社なんだよな?」
「ボロっちい所さ。お参りに来る奴なんざほとんどいねえ。」
「でも実際にピンチなんだろ?賽銭泥棒のせいで。」
「らしいな。」
「ツクネちゃんはそれを心配してるんだよ。このままじゃ借金のカタに土地ごと持っていかれるって。」
「いいじゃねえか、あんなボロい神社どうなっても。どうしてもっていうんなら姉貴が継げばいいんだしな。」
「それは君の家庭の事情だからどうこう言えないよ。」
「じゃあ見逃してくれよ。」
「それは出来ない。だって俺は依頼を受けた身だからな。ツクネちゃんに引き渡さないと。」
チェリー君を抱えたまま公園を出ていく。
すると「おい!」と叫んだ。
「三輪車を置いてくなよ!」
「あれって愛理ちゃんのだよな?どうして君が持ってるんだ?」
「くれたんだよ。」
「くれた?」
「深い絆ってやつさ。俺と愛理は兄妹みたいなもんだからな。『これあげる!』ってくれたわけさ。
大事な妹から貰ったもんだ、大事にしなきゃいけねえだろ?」
「なるほど・・・・それで三輪車を置いて逃げなかったわけか。」
意外と義理深い性格のようだ。
するとマリナが「あれも忘れてるわよ」と言った。
「悠一、返してあげれば?」
「そうだな。」
ポケットを漁り、純金のバッジを取り出す。
「これ、君のだろ?」
チェリー君は「返せ!」と奪い取った。
「テメエこの野郎!いつ盗みやがった!?」
「盗んでなんかないよ。マリナが拾ってくれたんだ。」
「拾う?」
「マリナを抱っこした時に落ちたみたいでな。」
「じゃあすぐに返せよ!」
「返す前に逃げたじゃないか・・・・。」
チェリー君は「よかったあ・・・」とホッとしている。
「こいつがなきゃえらい事になるとこだったぜ。」
「それも愛理ちゃんから貰ったのか?」
「いや、パクった。」
「ぱ、パクる・・・?」
「だって金で出来てんだぜ。売ればいい金になると思ってよ。」
「ヤクザから物を盗むなんて・・・・後でどうなっても知らないぞ。」
怖い物知らずとはこの事だ。
彼の身の安全の為に、このことは胸にしまっておこう。
「じゃあ今度こそツクネちゃんの所に行こう。」
マリナを首に巻き、三輪車を抱える。
とりあえずいったん家に帰って、それから彼女に連絡しよう。
マリナとチェリー君と三輪車を抱えたまま、公園を後にする。
するとその時、空から黒い何かが迫ってきた。
「うおッ・・・・、」
咄嗟にしゃがんだけど、黒い何かはまた襲いかかってきた。
「カラス!?」
なぜか分からないけど、公園を出た途端にカラスが飛びかかってくる。
「なんだよいったい!」
慌てて逃げようとすると、目の前にもカラスが・・・、
後ろへ引き返すが、なんとこっちからも襲いかかってきた。
間一髪、身を捻ってかわす。
「危な・・・・、」
冷や汗を掻いていると、マリナが「見て!」と叫んだ。
「私たち囲まれてるみたい。」
なんと公園の外には大勢のカラスがいた。
電柱に、空に、そして道路にまで・・・・、
「な、なんなんだいったい・・・・、」
おそらく三十羽はいる。
これだけの数に囲まれるとさすがに怖い・・・・。
「どうしてこんなにカラスが・・・・。」
もし一斉にかかって来られたら逃げ切れない。
じりじりと公園へ後ずさりしていると、チェリー君が「やいテメエら!」と叫んだ。
「ほんっとにしつこい奴らだな。」
そう言ってカラスたちを睨みつけた。
「これは俺のもんだ。いい加減諦めろ!」
牙を剥いて威嚇している。
すると一羽のカラスが目の前に飛んできた。
「それは俺たちが拾ったもんだ。返してもらおうか。」
「馬鹿言うない!これは俺のもんだっつてんだろ!」
「証拠は?証拠はどこにある?」
「俺はハコワレ組って所にお世話になってたんだ。こいつはそこの代紋なんだよ!」
そう言ってビシっとバッジを見せつけた。
その瞬間、カラスはパクっとそれを咥えた。
「あ・・・・、」
「獲物は取り返した。」
「おい返せ!」
カラスたちはバサバサと飛び立っていく。
チェリー君は「待てよこの野郎!」と追いかけた。
「おい!また逃げる気か!?」
「うるせえ!あれがなきゃ困るんだよ!」
「俺も君を連れて帰らないと困るんだよ!」
「テメエの事情なんざ知ったことか!」
飛び去るカラスを追いかけて、チェリー君は猛ダッシュしていく。
ここで逃がしてはツクネちゃんに合わせる顔がない。
なんとしても捕まえないと・・・・・・と思っていると、チェリー君は突然引き返してきた。
「おいイグアナ!」
「え?わたし?」
「ちょっと俺に付き合え。」
「付き合えって・・・・、」
「いいから!」
チェリー君は「とおりゃ!」とジャンプする。
そして空中で一回転すると・・・・、
「ほら行くぜ!」
「ちょ・・・待ってよ!」
リーゼント兄ちゃんがマリナを奪い去っていく。
「悠一いいいいいいい!」
マリナの悲鳴がこだまする。
いきなりのことで、俺はキョトンと固まっていた。
彼が人間に化けたことにじゃない。
俺が固まったのは・・・・、
「なんでマリナを連れ去るんだ?」
わけが分からずにポカンとする。
イグアナを連れ去って何の意味が・・・・、
「悠一いいいいいいいい!」
「・・・・とりあえず追いかけるか。」
ハクビシンのままなら逃げられるだろうが、人間に化けている今なら追いつける。
「待ってろマリナ!」
俺もダッシュで追いかける。
抱えた三輪車がすごい邪魔だった。


          *


「助けえええええええ!」
イグアナが悲鳴を上げている。
なぜかって?
リーゼントの兄ちゃんに抱えられて、電柱の上に連れていかれたからだ。
「おい!マリナをどうするつもりだ!?」
チェリー君は一瞬だけ振り向き、不敵に笑った。
「あいつ・・・何を考えてやがる。」
ここは先ほどの公園からかなり離れた所にある工場跡地だ。
オンボロの車が放置され、地面は砂利と草で荒れ放題。
傍を通る道路の向こうには田んぼがあり、高い電柱が並んでいる。
チェリー君はそのうちの一つによじ登っていた。
このままではマリナがピンチである。
「おいチェリー君!マリナを返してくれ!」
何度も叫ぶが無視される。
《こうなったら登って捕まえるしか・・・・。》
俺は高い所が苦手である。
ましてや電気が流れている所になんて登りたくない。
しかしここは飼い主として意地を見せないといけない場面だ。
「マリナ!今行くからな!」
ガシっと電柱にしがみつく。
しかし・・・・・、
「ダメだ・・・・。」
真っ直ぐ伸びる太い棒を登るには、けっこうなパワーがいる。
残念ながら俺の筋力では上まで行けない。
「悠一いいいいいい!」
泣きそうになるマリナ。
チェリー君は電柱のてっぺんに立って、じっとどこかを見つめていた。
《何してんだ?》
彼の視線の先を追ってみる。
すると・・・・、
「あれは・・・・ハンガー?」
電柱の上、電線を支える細い棒が二つ伸びている。
その先っぽの方にたくさんのハンガーが絡まっていた。
「あれってもしかして・・・・・、」
じっと睨んでいると、一羽のカラスが飛んできた。
「ここに近づくんじゃない!」
そう叫んでチェリー君の頭を蹴飛ばす。
「やっぱり・・・ありゃカラスの巣だ。」
カラスは電柱の上に巣を作ることがある。
通常は樹上に営巣するのだが、看板や電柱、それに送電線鉄塔など、高い場所なら人工物でも営巣地になることがある。
そのせいで電線がショートして、停電の原因になることもあるのだ。
巣の材料は木の枝がメインだが、たまにハンガーや針金などを使って作ることもある。
《あいつどうしてカラスの巣になんか来たんだ?》
不思議に思ったけど、すぐに謎が解けた。
「近づくなって言ってんでしょ!」
カラスは執拗に攻撃をしかける。
上昇しては急降下して、チェリー君の頭を蹴飛ばしていた。
カラスがここまで攻撃的になる理由は一つしかない。
《卵があるんだ。》
カラスの繁殖は春から夏にかけてである。
他の鳥よりも少し早めに繁殖を行うのだ。
そして繁殖期のカラスは気が立っている。
雛や卵を守ろうとする為、巣に近づく者には容赦なく攻撃を仕掛けるのだ。
《今は三月の中旬だから、雛が孵るには早い。きっと卵を守ってるんだろうな。》
何度も何度もチェリー君の頭を蹴飛ばしている。
しかし彼は退かない。
その代わりマリナを高く持ち上げた。
「おい!何する気だ!?」
まさか落とすつもりか?・・・・と思ったが、そうではなかった。
「バッジを返せ!」
マリナを掲げながら、カラスに向かって吠える。
「あれは俺のもんだ!今すぐここへ持ってこい!」
「何を言ってんだあいつ・・・・、」
バッジを奪ったカラスはどこかへ飛んでいったじゃないか。
なのにどうしてここのカラスに文句を言うんだろう?
「もし返さなかったらこいつを巣に投げ込むぞ!」
そう言ってマリナを投げるフリをする。
「いやああああああ!」
「マリナ!」
このままでは本当に投げ落とされる。
そう思った時、カラスは「待って!」と叫んだ。
「そこには卵があるのよ!」
「分かってる。だから投げ込むんだ。」
「あんた・・・・さてはこの前のハクビシンね?」
カラスは巣の上に舞い降りる。
「あんた霊獣なんでしょ?人間に化けてるんでしょ?」
「そうだ。お前の旦那が奪ったバッジを奪い返しにきた。」
「奪い返すって・・・この前奪っていったじゃない!」
「また奪われたんだよ!こいつを投げ込まれたくなかったら、さっさと旦那を呼んでこい!」
「この卑怯者!自分じゃ敵わないからって、イグアナを投げ込もうとするなんて!」
「仕方ないだろ。電柱の上じゃハクビシンよりカラスの方が有利だからな。
かといって人間に化けたままだとそこまで行けそうにない。」
そう言って電柱から伸びる細い線を睨む。
確かに人間のままだと先っぽまで行くのは危険だ。
カラスに攻撃されたら落っこちるだろう。
《なるほど・・・それでマリナをさらっていったのか。》
マリナはグリーンイグアナという種類である。
体長は40センチ強といったところだ。
あんなデカいトカゲを投げ込まれたら、カラスとしてはたまったもんじゃないだろう。
要するに卵を人質にして、バッジを返してもらおうとしているのだ。
「こいつは肉食だぞ!すごい獰猛だから卵は食われちまうぞ!」
「やめて!」
「見ろこの鋭い爪を!牙だって鋭いぞ!カラスなんかじゃ敵わないぞ!」
また投げるフリをすると、カラスは慌てて空に逃げた。
「卵を守りたいならバッジを返せ!でないとこいつが全部食っちまうぞ!!」
これでもかと脅している。
はっきり言おう・・・・チェリー君の言っていることは間違いである。
なぜならグリーンイグアナはほぼ植物食だ。卵は餌に入らない。
それにマリナは獰猛ではない。
戦えばカラスくらい追い払うだろうが、性格は温厚なのだ。
獰猛なのは繁殖期のオスであり、素手で持ったら血まみれになることもある。
マリナが大人しい奴だからこそ、ああして素手で持つことが出来るわけで・・・・、
「いい加減離してよ!」
「ぎゃあ!」
思いっきり噛みつくマリナ。ついでに鋭い爪を突き立てた。
「痛だだだだだ!」
「この指食い千切ってやるわ!」
「ぎゃあああああ!」
意外と獰猛だった・・・・いつもは大人しいのに。
まあ状況が状況だから、パニックになっているだけかもしれないけど。
チェリー君の手から赤い血が流れる。
見てるとこっちまで痛くなってきた。
「離せ!」
痛みに耐かねたのか、手を振ってマリナを落とす。
「危ない!」
慌てて駆け出し、間一髪受け止めた。
「大丈夫か!?」
「悠一いいいいい・・・・、」
ガバっと抱きついてくる。
「よしよし」と背中を撫でてやった。
「怖かったな。」
「怖いなんてもんじゃないわよ!あのイタチもどきめ!」
キっと睨んで、「降りて来なさい!」と叫んだ。
「マジでお尻の穴を増やしてやるわ!」
鋭い爪を見せつける。
するとカラスも戻ってきて、また攻撃を始めた。
「イグアナがいないんじゃ怖くないわ!」
「ぐおッ・・・・やめろ!」
バシバシと頭を蹴られている。
カラスの攻撃は容赦がなく、チェリー君は「ぬわ!」とバランスを崩した。
しかしどうにか電線にしがみつく。
「しぶといわね!」
卵を危険に晒されたカラスの怒りは止まらない。
電線にしがみつくチェリー君の手に、ブスブスっとクチバシを突き刺した。
「ぎゃあああああ!」
マリナにやられて血まみれになった手に、カラスのクチバシが襲いかかる。
このままでは落っこちるのも時間の問題だ。
「チェリー君!謝れ!カラスに謝るんだ!」
「だ、誰が謝るかボケえ・・・・、」
「落ちたら怪我するぞ!」
「うるせえ!カラスごときに頭を下げられるか!」
必死に電線にしがみつきながら、「腐っても霊獣だ!」と叫んだ。
「ただの獣に負けるかよおおお!」
グインと身体をしならせて、体操選手みたいに大車輪を決める。
すると次の瞬間、ハクビシンの姿に変わっていた。
「チャンス!」
カラスはトドメとばかりに襲いかかる。
チェリー君はサッと攻撃をかわして、電線を伝って逃げていった。
「俺は諦めねえ!また来るからな!」
「二度と来んな!」
カラスは羽を立ててファックする。
俺とマリナはポカンとそれを眺めていた。
《なんなんだいったい・・・・。》
いきなりわけの分からないことに巻き込まれ、気がつけばまた逃げられていた。
「・・・・・今日は帰るか。」
「そうね。」
チェリー君は遥か遠くへ去っていく。
しかし俺たちは慌てない。
なぜなら足元にはあの三輪車があるからだ。
《これ大事にしてたからな。また必ず取り戻しに来るだろう。》
彼をおびき寄せるにはいい餌になる。
マリナを首に巻き付け、三輪車を抱え、電柱を後にした。
すると先ほどのカラスが追いかけてきて、「あいつをどうにかして!」と叫んだ。
「あんた知り合いなんでしょ?」
「知り合いっていうか、知り合いの弟って感じだな。」
「どっちでもいいわ!また来られたらたまったもんじゃない。」
「チェリー君との会話を聴いてたけど、君の旦那さんがバッジを奪ったんだって?」
「拾ったのよ!道端に落ちてたの。」
「でもあれは元々チェリー君のもんだぞ。素直に返してやればいいじゃないか。」
「落とし物は拾った者のもんよ。」
「いやいや、落とし主のもんだろ。」
「野生の世界ではそうなの。」
「そう言われたら何も言い返せないよ。でもバッジを持ってる限りまたやって来ると思うぞ。」
「だからそれをどうにかしてって言ってるのよ!」
カーカー喚きながら怒る。
これ以上頭に血が上ると、俺たちまで攻撃してきそうだった。
「気にしなくても捕まえるよ。それが仕事なんでな。」
「いつ?」
「今月中には。」
「そんなの遅いわ。今すぐどうにかしてほしいの。でないといつまた卵が狙われるか・・・・。」
電柱を見上げ、「危うくそのイグアナに食べられるとこだったわ」と怯えた。
「ちょっと、私は卵なんて食べないわ。」
「嘘ばっかり。そんな恐竜みたいな見た目のクセに。」
「私はお淑やかなイグアナなの。恐竜なんかと一緒にしないでちょうだい。」
今度はマリナが怒っている。
確かにイグアナと恐竜は別の生き物だ。
ていうか鳥の方がよっぽど恐竜に近い。
だって恐竜が進化した姿が鳥なんだから。
「悠一。」
マリナがムスっとした顔で振り返る。
「今からあの子を捕まえに行きましょ。」
「捕まえるって・・・・どこ行ったか分からないんだぞ?」
「私たちだけならね。でも彼女にも協力してもらえば・・・・ね?」
カラスを振り向いて、「力を貸してよ」と言った。
「あなた達が空から捜してくれたら、私たちが捕まえてあげるわ。」
「ほんと!?」
「だって私たちは動物探偵だもの。困った動物を助けるのが仕事なのよ。ね、悠一。」
「まあな。手を貸してくれたらこっちも助かる。」
「OK!ならあいつが行きそうな場所まで案内してあげる。」
「案内って・・・・心当たりがあるのか?」
「もりもりセンターってところよ。」
「え!あそこに?」
カラスは空へ舞い上がり、「ついて来て!」と言った。
「ちょっと待った!」
「なに?」
「もりもりセンターなら知ってる。案内してもらわなくても平気だよ。」
「そう?」
「それに卵をほっとくのは良くないだろ。」
「ちょっとくらい平気よ。」
「また誰かに狙われるかもしれないぞ。」
「・・・・それもそうね。」
カラスは巣へ戻っていく。
「あいつは多分もりもりセンターにいるはず。もしいなかったらまたここへ来て。仲間のカラスに頼んで、あんた達に手を貸すように頼んであげるから。」
「ありがとう、助かるよ。」
踵を返し、もりもりセンターへ向かう。
ちょっと距離があるけど、走っていけばそう時間はかかるまい。
息を切らしながらマラソンと決め込んだ。
「はあ・・・・はあ・・・・今日は走ってばっかだ。」
息が上がる頃、もりもりセンターへと戻ってきた。
するとまたカラスの群れがいた。
まるで見張るように建物を囲んでいる。
「何してんだろう?」
じっと見上げていると、一羽のカラスが飛んできた。
「おい人間。」
「なんだ?」
「さっきのハクビシン、あんたのペットか?」
「まさか。」
「そうか・・・。」
「なんだよ、残念そうな顔して。」
「バッジを奪われた。」
「また!?」
「巣に帰る途中、電線を走って来るあいつとで出くわしたんだ。」
「実はチェリー君はさっきまでカラスの巣にいて・・・・、」
「知ってる。しかも卵を盗んだって言ってた。」
「盗む?いや、そんなことはしてないはずだけど・・・、」
「そいつを返してほしかったら、バッジを寄こせと脅されてな。」
「・・・・・それで?渡したのか?」
「ああ。けどバッジを渡したあとこう言いやがった。『嘘だよ〜ん!まんまと引っ掛かってやんの!』って。」
「・・・・・・・・。」
「俺はキレた。何度も何度も蹴っ飛ばしてやった。電線から落っことしてやろうと思って。」
「うん、まあ・・・・そりゃキレるよな。」
「あいつは慌てて逃げ出した。今は建物の中に隠れてる。」
カラスは悔しそうに言う。
イライラしているのか、カチカチとクチバシを鳴らした。
「もしあんたが飼い主なら、中へ入って捕まえてもらおうと思ったんだがな。違うなら仕方ない。」
そう言ってもりもりセンターの上へと飛んでいった。
おそらく待ち伏せするつもりなのだろう。
中から出てきたところへ襲いかかるに違いない。
「・・・・行くかマリナ。」
「ええ。」
再びもりもりセンターへ入る。
すると職員の人たちが慌ただしく駆け回っていた。
「あの・・・・何かあったんですか?」
「天井裏で動物が暴れてるのよ!」
「動物が・・・、」
「さっき窓から入ってきたの。みんなで捕まえようとしたんだけど見失っちゃって。
その後に天井から暴れてるようなが音が聴こえてきたのよ。」
「でも暴れるっていったいどうして?」
「分かんないわよ!けど暴れられたら困るの。だって天井裏には電線のコードとかが走ってるから。
もし齧られたりしたら漏電しちゃう。」
困った様子で言いながら、「保健所に連絡した方がいいかしら・・・」と去っていった。
さっき職員さんが言ったことは、あちこちでよく起きている問題である。
電柱のカラスの巣、イタチやハクビシンによる漏電。下手すれば火事になりかねない。
海外だとビーバーが庭の木を齧り倒したりと、動物と人間の軋轢は至るところで起きているのだ。
人間社会に降りてくる動物が悪いのか?
それとも環境破壊を繰り返してきた人間の自業自得なのか?
自然保護の重要なテーマではあるが、今はそれを考えている場合じゃない。
「俺も手伝います!」
さっきの職員さんを捕まえて、動物探偵の名刺を渡す。
「気持ちはありがたいけど、お金を取るんでしょ?上に相談しないとこういう事は決められないんだけど・・・・、」
「いえ、お金は別の人から貰っていますから。」
「別の人?」
「ええっと・・・天井で暴れてる奴の飼い主に。」
そう言って上を指さした。
「じゃあ無料ってこと?」
「ええ。」
「お願い!すぐ捕まえて!」
グイっと背中を押されて、奥の部屋へ連れて行かれる。
そこにはさっきのお婆ちゃんがいて、「瀧君・・・・」とウットリしていた。
《まだ妄想に浸ってるのか・・・・。》
本当に感性の豊かなお婆ちゃんだ。
「さ、さ!あそこの脚立から登って!」
囲碁や将棋を楽しむ老人の間を抜けて、脚立に足を掛ける。
天井の一部がポッカリと空いていて、その奥は真っ暗だ。
「あれ、壊したんですか?」
「だって他に入れそうな場所がないから。」
「今は誰も・・・・、」
「入ってない。」
「どうして?」
「怖いから。」
「ええっと・・・・、」
「だって動物が暴れてるのよ?噛まれたりしたらどんな病気に罹るか。」
「そうですけど・・・・、」
「それにけっこう狭いのよ。這いつくばってじゃないと進めないし。」
「とにかく中を見てみます。」
脚立を登り、天井裏を覗く。
「真っ暗だな。」
スマホのライトを点けて、辺りを探ってみた。
「う〜ん・・・・分からん。」
建物を支える柱があちこちに伸びている。
それに幾つも配管が伸びていて、くまなく見渡すことは無理だった。
「狭いけど入るしかないな。」
脚立の天板まで登って、天井裏に這い進む。
するとマリナが「私が行くわ」と言った。
「お前が?でも天井は苦手なんじゃ・・・・、」
「こういう時の為について来たんじゃない。」
「そういえばそうだったな。」
「だけどもし怖くて動けなくなったら助けに来て。」
「本当に大丈夫か?」
マリナは俺の頭を踏み台にして、天井裏へ登っていく。
「悠一を信じてるから。」
「ん?」
「私が天井裏に閉じ込められてた時、助けてくれたでしょ。」
そう言い残し、真っ暗な中に消えていった。
《そういえばあの時も似たような状況だったな・・・・。》

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第七話 天井のイグアナ(1)

  • 2018.03.29 Thursday
  • 14:22

JUGEMテーマ:自作小説

午前四時、安眠を切り裂くようにノックの音がした。
「誰だよ・・・・。」
何度も何度もコンコンコンコンとうるさい。
そのうちドンドンドンドン!と大きな音に変わった。
「はいはい・・・出ますよ・・・・。」
こんな時間に何考えてんだ。
もし何かの勧誘だったら怒鳴りつけてやろうと思った。
「なに?」
不機嫌度MAXでドアを開ける。
するとそこには・・・・、
「おはようございます。」
「ツクネちゃん!?」
俺より不機嫌な顔をしながら立っていた。
これでもかと眉間に皺が寄っている。
「どうしたの?こんな時間に・・・・、」
「逃げられました。」
「へ?」
「チェリーに。」
「逃げられたって・・・・どういうこと?」
「そのまんまの意味です。」
「・・・・・・・・。」
俺も眉間に皺が寄る。
《こんな時間に来るなよ》っていう苛立ちと、吹き抜ける冷たい風のせいで。
季節は三月の中頃、だんだんと暖かくなってきたけど、早朝はまだまだ冷気が残っている。
「あの・・・長引きそうなら中に入る?」
「いえ、すぐすみますから。」
そう言ってビシっと背筋を伸ばした。
「もう一度依頼をお願いしたいんです。」
「え?」
「私だけじゃ無理です。お願いします。」
ペコっと頭を下げる。
そしてリュックから封筒を取り出した。
「これ、依頼料です。」
「いや、ええっと・・・・、」
「他にも色々当たってみたんですが、動物と話せる人なんて有川さんくらいで。」
「そうだろうね・・・・。」
「超能力が使えるって探偵さんもいたんですけど、あまりにショボすぎる能力だったんで断りました。」
「へえ・・・。ほんとにいるんだね、そういう人。」
「頼れるのは有川さんだけです。引き受けてくれませんか?」
「・・・・・・・。」
差し出された封筒を睨む。
《これ、この前俺が渡した封筒そのままじゃないか。》
どうやら使わずに持っていたらしい。
彼女の顔を見ると、さっきより怖い表情になっていた。
《なんでそんなに怒ってんだろう・・・・。》
チェリー君に逃げられたことが悔しいのか?
それとも恥じを偲んで頼むのが嫌なのか?
どっちか分からないけど、俺はその封筒を受け取った。
「分かった、もう一度手伝うよ。」
そう言った瞬間、急に表情が変わった。
ていうか・・・・、
「あ、あの・・・なんで泣くの?」
「だって・・・・断れたらどうしようって思って・・・・、」
俯きながら、腕でゴシゴシと涙を拭っている。
「このままじゃ家が潰れるから・・・・、」
「実家が神社なんだよね?」
「そうです・・・・。」
「賽銭泥棒のせいで収入が激減してるって言ってたけど、そんなにヤバい状態なの?」
「今月中に借金を返さないと、土地ごと持っていかれるんです・・・・。」
「そりゃあ・・・辛いね。」
「私も両親も頑張ってるんだけど、全然泥棒を捕まえられなくて・・・・。」
「可哀想に。」
「でもチェリーなら・・・・あの子なら捕まえられるかもしれない・・・・。」
「彼、ちょっと変わった霊獣なんだろ?確か・・・・、」
「ええ、秘獣です。」
世の中には変わった獣がいて、ツクネちゃんのように人間に化けられる奴がいる。
他にもキツネとかタヌキとか猫とか、人に化ける獣は多い。
俺が少し前までバイトをしていた銭湯はお稲荷さんが経営しているし、弱々しいガキだった俺を鍛え上げてくれたのは猫神という霊獣だ。
そして俺の婚約者であるマイちゃんも化けタヌキである。
今は理由あって里帰りをしているが、来年の今頃には戻って来てくれるはずだ。
そんな変わり者たちに縁があるせいで、霊獣という生き物にちょっとばかし詳しい。
霊獣には三つのランクがあって、神獣、聖獣、霊獣と分かれている。
最も力が強くて霊格が高いのが神獣、その次に力を持っているのが聖獣、そして一番下が霊獣という具合である。
ちなみに霊獣という言葉は、不思議な力を持った獣の総称でもある。
そして今挙げた三つのランクの他にも分け方があるのだ。
その霊獣の在り方である。
俺の婚約者は幻獣という珍しい種類である。
大きな力を持つ反面、穢れに弱い。
他にも残忍な性格の魔獣や、根は良い奴なんだけどイタズラ好きの妖獣、年中エロいことばっか考えている淫獣など、色んな奴がいる。
そして色んな獣がいる中に、秘獣という種類がいるのだ。
こいつは他の霊獣にはない特殊な力を秘めている。
いわば超レアな霊獣ということだ。
「彼は特殊な力があるんだよね。それを使えば賽銭泥棒を捕まえられると?」
「そうです・・・・。」
ズビビっと鼻をすすり上げ、袖でゴシゴシと拭いた。
「手伝うよ、一緒に捜そう。」
そう言って手を差し出すと、「ありがとう・・・」と握りった。
「これ、私の連絡先です・・・・。」
電話番号とアドレスが書かれたメモを渡してくる。
「私は今から捜しに行きます・・・・。」
「まだ朝の四時だよ?もうちょっと陽が昇るまで待ったら・・・、」
「御心配なく。これでも霊獣ですから。」
思いっきり鼻水を啜り上げて、いつもの表情に戻る。
「また後で会いに来ます。それじゃ。」
「う、うん・・・気をつけて。」
さっきまで泣いていたのが嘘のように勇ましい足取りだ。
未だにキャラの掴めない子だけど、きっと芯は強いのだろう。
「寒い・・・・。」
ブルっと震えながらドアを閉める。
時刻はまだ午前四時。
もうひと眠りしようとした時、足元に何かが当たった。
「うおッ・・・・、」
慌てて飛び退くと、そこには眠そうな顔をしたイグアナがいた。
「マリナ、起きてたのか?」
「だってドアを開けっぱなしにするんだもん。寒くて寒くて。」
「おお、すまんすまん。」
抱っこして温めてやる。
「いつも言ってるでしょ、私は変温動物なんだから寒さは苦手だって。」
「悪いな、エアコン点けてやるから。」
ピっとリモコンを押して、温風が出てくるのを待つ。
「・・・ああ、生き返るわあ。」
ウットリと目を閉じている。
「じゃあ俺はもうちょっと寝るから。」
温風の当たりやすい棚の上に置いて、布団へと潜り込む。
「ねえ悠一。」
「ん?」
「またチェリー君を捜すんでしょ?」
「ああ、脱走したみたいでな。」
「私も手伝いましょうか?」
「う〜ん・・・気持ちはありがたいけど・・・・、」
「分かってるわ、私は足手まといだって言いたいんでしょ。」
「そんなことは・・・・、」
「いいのよ、変温動物の私は寒いとロクに動けないから。」
「ていうか寒いと堪えるだろ。病気になっても困るし。」
「寒いのは苦手よ。でも寒くないなら大丈夫。」
「そりゃ日中は暖っかいかもしれないけどさ、もし曇ってきたら・・・・、」
「今日は一日中晴れよ。」
「いや、でもなあ・・・・、」
「どうせ私は足手まといよ。動きそのものが鈍いから。」
「だからそうとは言ってないけど・・・・、」
「でもね、今回は私が役に立つかもしれないわよ?」
そう言ってなぜか流し目を寄こしてくる。
イグアナの中では美人(自称)らしいので、容姿に自信があるのだ。
「なんでそう言えるんだ?」
「だってチェリー君、屋根裏が好きだったでしょ?」
「ああ、転々としてたらしいな。」
「だったらきっとどこかの屋根裏に隠れてるはずよ。」
「可能性は高いな。」
「そういう場所なら私が活躍できるわ。だってマサカリは太り過ぎて狭い場所は無理だし、モンブランはすぐに喧嘩しちゃうし。
それにチュウベエは逆に食べられちゃうかも。」
「冷静な分析だな。」
「けど私なら大丈夫。狭い屋根裏でも自由に動けるし、モンブランと違ってお淑やかだし。
それにハクビシンに食べられるほどヤワでもないしね。」
「一理あるけど・・・・、」
「体温さえ下がらなきゃ平気よ。だから今回のお供は私で決まり。」
自信満々な目で見下ろしてくる。
どうやら何がなんでもついて来るつもりらしい。
《どうしよう・・・寒い場所だとコイツは本当に動けなくなるからな。》
もし屋根裏で身動きが取れなくなったら大変だ。
大変なんだけど・・・・、
「いいぞ。」
「ほんとに?」
「もし屋根裏に潜んでたらマリナが一番活躍してくれるだろうから。」
「さすがは悠一!話が分かるわ。」
「でも無理はするなよ。」
「分かってるわ。」
「それと万が一に備えてこれを装着してもらう。」
タンスの中からカイロを取り出す。
「モンブラン用のセーターにこいつを取りつける。それなら寒い場所でも平気だろ?」
「イヤよそんなブサイクなの付けるなんて。」
プイっとそっぽを向きやがる。
俺はシャカシャカっと振ってから、「ほれ」と当ててやった。
「あら温っかい。」
「だろ?」
「こんなに良い物があるのに、どうして今まで教えてくれなかったの?」
「イグアナにカイロを使うって思いつかなくて。」
「ダメよお常識に囚われてちゃ。常識を打ち破ってこそ成功者になれるんだから。」
偉そうなことをホザきながら、「これいいわあ」とウットリしている。
「仕事に行く時は起こして。」
目を閉じ、すやすやと眠りについてしまった。
「大丈夫かな・・・・。」
寒がりなクセにどうして出掛けたがるのか?
もし俺がマリナの立場なら、一日中コタツの中で寝ているだろう。
「ああ、極楽・・・・・。」
なんと嬉しそうな顔をしているんだろう。
宝物のようにカイロを抱えていた。


          *


ドアを開けると空は快晴だった。
ポツポツと雲が流れているが、雨が来そうな気配はない。
「ね、今日は晴れだって言ったでしょ。」
俺の首の巻き付いたマリナがニコッと笑う。
腕に抱いたカイロを見つめながら、「これ必要ないわね」と言った。
「返すわ悠一。」
そいつを受け取った俺は、肩掛け鞄の中にしまった。
「天気が崩れるかもしれないからな。いちおう持って行こう。」
部屋の中を振り返り、「留守番頼むぞ」と言った。
動物たちは気の抜けた声で返事をした。
「今日お供をするのは私だけなのね。」
「マサカリは腹の調子が悪いんだとさ。」
「食べ過ぎるからよ。」
「モンブランは午後からデートだって。」
「新しい彼氏できたの?ほんと恋の多いこと。」
「チュウベエはダンスの練習をするって。」
「ダンス?」
「発表会があるんだと。ムクドリと競うらしい。」
「相変わらず変わってるわ。」
「というわけで、今日はお前と俺だけだ。しっかり働こうな。」
アパートの階段を降り、近所の公園へ歩いていく。
ここにはよく野良猫がいるのだ。
野良猫は独自のネットワークを持っていて、地域の色んな情報を共有している。
その子たちに話を聞けば何か分かるかもしれない。
五分ほど歩き続け、目的の公園までやってくる。
「今日は人が多いな。」
子供や親子連れで賑わっている。
「今日は土曜だもの。」
「ああ、そっか・・・・。」
こういう仕事をしていると曜日の感覚が薄れていく。
用事があって銀行に行くと閉まっているなんてよくある話だ。
「ダメよお悠一、ボケっとしてちゃ。曜日くらい覚えておかないと。」
「だな。」
こうも人が多いと野良猫は姿を見せないだろう。
《仕方ない。他を当たるか。》
背中を向け、公園から離れていく。
するとその途中、電動式の車椅子に乗ったお婆ちゃんがいた。
俺たちの前をゆっくり進んでいく。
そして左手にある大きな建物へと入っていった。
学校の校舎ほどもある建物で、中央の入り口を挟んで二つに分かれている。
「ねえ悠一、ここってなんなの?」
「ああ、これ?確かもりもりセンターってやつだよ。」
「なにそれ?」
「お年寄りとか障害を抱えている人とかさ、そういう人達の憩いの場。」
「なんでもりもりって名前なの?」
「銭湯とか将棋倶楽部とか、それに子供用の遊び場とかあるんだよ。
ここへ来る人達に元気もりもりになってもらおうって意味でそういう名前なんだって。」
建物の周りには植え込みがあって、その向こうには窓がある。
中では何人かの老人がダンスをしていた。
「ほら、ああやって身体を動かしたりして、みんなで楽しむんだよ。」
「なるほどねえ・・・。」
なぜか感慨深い目をしている。
「なんでそんなしんみりしてるんだ?」
「だって・・・・、」
「うん。」
「こういうの独居老人っていうんでしょ。」
「ん?」
「身寄りのないお年寄りたちなんでしょ?」
「いや、そうとは限らないんじゃ・・・・、」
「可哀想に・・・・今まで何十年も生きてきて、最後は一人だなんて・・・・、」
「だから独居老人とは限らな・・・・、」
「きっと誰にも看取られずに棺桶に入るんだわ。」
「なんてこと言うんだ!」
何か勘違いしているらしい。
ここへ来る人達は家族がいないわけではないというのに。
「ねえ悠一!」
「なんだ?」
「私たちも力になってあげましょ!」
「え?」
「ここの人たちを笑顔にしてあげるの!」
「笑顔って・・・俺たちは芸人じゃないぞ。」
「芸の一つや二つくらいできるでしょ!モノマネとか腹話術とか。」
「無理に決まってるだろ。」
「私は出来るわよ。ほら見て。」
そう言って白目を剥いて口をパクパクさせた。
「なにやってんだ?」
「佐藤さん家のイグアナの真似。」
「分かるかそんなもん!」
「じゃあこれは?」
目を閉じて口をパクパクさせる。
「今度はどこのイグアナの真似だ?」
「寝てる時のお年寄り。」
「失礼だぞ!」
こいつはチュウベエと違って、悪意がないぶん性質が悪い。
俺は「さっさと行くぞ」と歩き出した。
「ええ!ここの人たちを笑顔にしてあげましょうよ。」
「お前の芸を見せたら怒られるだけだ。」
「そうかしら?けっこう自信あるけど。」
不満そうなマリナを無視して、もりもりセンターを後にする。
するとどこからかたくさんのカラスが飛んできて、グルグルと旋回し始めた。
「見て悠一!カラスがあんなにたくさん。」
「だな。」
「もりもりセンターを囲うように飛んでるわ。」
「きっと縄張りを主張してるんだよ。この辺はトンビが多いから。」
「きっと誰か亡くなったのよ。」
「だから失礼だぞ。」
マリナは切ない目をする。
そして俺の首から飛び降りて、センターの方へ走り出した。
「コラ!勝手に行くな!」
「待っててみんな!私が笑顔にしてあげるから!」
イグアナがシュタシュタと駆けていく。
もし誰かが見たら悲鳴を上げるだろう。
「おい待てって!」
やけに足が速くてビックリする。
きっと陽射しが暖かいせいだろう。
寒いと動けなくなるが、暖かい時はけっこうアクティブになるのだ。
マリナはセンターの入り口へ走る。
ウィーンと自動ドアが開いて、中に入ってしまった。
その数秒後、「きゃああああ!」と悲鳴が響いた。
「言わんこっちゃない!」
俺も慌てて追いかける。
自動ドアを潜ろうとした時、すぐ傍にピンク色の三輪車があるのに気づいた。
《ん?これどっかで見たような・・・・、》
「きゃああああああ!」
《やばい!早く捕まえないと!》
急いで中に駆け込む。
すると・・・・、
「いやああああああ!」
女性が悲鳴を上げている。
傍には白目を剥いて口をパクパクさせるマリナがいた。
「佐藤さん家のイグアナ、似てるでしょ?」
《分かるか!》
ヒョイっと抱き上げて、「すいません!」と頭を下げた。
「散歩させてたら脱走しちゃって。」
女性はまだ悲鳴を上げている。
すると奥の部屋から「なんじゃい?」と人が出てきた。
「人が音楽聴いてる時に騒々しい。」
そう言って出てきたのは、さっきの電動車椅子のお婆ちゃんだった。
不機嫌そうにヘッドホンを外しながら、「うるさいのう」と言った。
「ラッドウィンプスの曲が聴こえんだろが。」
《若いな・・・。》
なかなか感性の豊かなお婆ちゃんだ。
「だ、だって大きなトカゲが・・・・、」
女性は引きつった顔で俺を指さす。
「トカゲ?・・・・ほう、イグアナかいな。」
お婆ちゃんはこっちへやって来て、ツンツンとマリナの鼻をつついた。
「イグアナは大人しいんじゃ、怖がることない。」
「でもそんなに大きいんですよ!下手に触らない方が・・・・、」
「よう人に慣れとる。ゆき子さんもどうじゃ?」
「遠慮しときます!」
女性は慌てて逃げていく。
お婆ちゃんは「こんなに可愛いのに」と肩を竦めた。
「これ、お兄さんのかい?」
「ええ・・・ちょっと逃げ出しちゃって。」
「ちゃんと見とかんと。どっかに連れて行かれちまうぞ。」
「すいません・・・・。」
「ちょっと抱かせてもらってもええか?」
「え?でもけっこう爪が鋭いですよ。」
「いいから。」
ほれほれと手を動かすので、そっと抱かせてあげた。
マリナはまだモノマネをしている。
「ほう、佐藤さん家のイグアナにそっくりじゃ。」
《分かるのかよ!》
なぜかイグアナに詳しいお婆ちゃん。
よしよしとあやしていると、他の人たちも集まってきた。
杖をついたお爺ちゃんや、アフロみたいに髪が爆発したお婆ちゃん。
それに目の見えない人や、ダウン症の子供までやってきて、一気に人気者になってしまった。
「見て見て悠一!みんな喜んでるわ!」
そう言って「寝てる時のお年寄り」とモノマネをした。
《失礼だからやめろ!》
さっさと逃げようと思ったのに、こうも人だかりができては奪い返せない。
マリナはマリナではしゃいでいるし・・・・。
「ほれ、気をつけて持てよ。」
お婆ちゃんはダウン症の子に抱かせている。
《大丈夫かな・・・・。》
マリナは大人しい奴だが、いかんせん爪が鋭い。
それに雑に扱われるのを嫌うので、怪我をさせなければいいが・・・・、
「痛ッ!」
案の定、子供は手の甲から血を流してしまった。
「ごめん僕!大丈夫か?」
慌ててマリナを取り上げる。
子供は「もういっかい」と手を出してきた。
「いや、でも血が出て・・・・、」
「それくらいなんてことないじゃろ。」
お婆ちゃんは「抱かせてやれ」と言う。
「でもまた怪我させたら・・・・、」
「こういうのも勉強じゃ。」
「じゃあ・・・・、」
ゆっくりと子供の腕に乗せる。「大人しくな・・・」とマリナに耳打ちしながら。
「・・・・かわいい。」
子供は後ろを振り向き、ここの職員らしき人に微笑んでいる。
「悠一、私子供は好きじゃないの。」
「分かってる・・・・ちょっと我慢してくれ。」
「もう。」
その後もあちこちに抱かれていくマリナ。
こりゃみんなが一通り楽しむまで終わらないだろう。
少々ウンザリした顔をしているが、自分から言い出したことだ。耐えてもらうしかない。
「悪いのう。」
お婆ちゃんが俺を見て言う。
「散歩かなにかの途中だったんじゃろ?」
「ええ、まあ・・・、」
「もうちょっとしたら返してやるから、辛抱してくれ。」
深い皺が刻まれた手で、ポンと叩く。
「昔イグアナを飼っててな。」
「お婆ちゃんも?」
「天井裏からゴソゴソ音がしてな。こりゃイタチでも棲みついとるんじゃないかと、爺さんが調べたんじゃ。
そしたらなんとデカいトカゲがいやがると言うてな。捕まえてみたらイグアナじゃった。」
「天井裏にイグアナですか。」
「最初は可愛いとは思わんかったが、そのうち愛着が湧いてきてな。爺さんと一緒に面倒みてた。」
「今はそのイグアナは・・・・、」
「ずいぶん昔に死んでもうだ。でも爺さんより長生きしたな。」
懐かしそうに言いながらマリナを見つめている。
「実は俺も天井裏であいつを見つけたんですよ。」
「アンタもかいな?」
「子供のイタズラで閉じ込められてたんです。そのせいで今でも子供が苦手なんですよ。」
「子供っちゅうのはなかなか残酷なことしよるからな。天使と悪魔の両方が住んどるんじゃ。」
「同感です。」
在り来たりなセリフでも、年寄りが言うと含蓄がある。
あちこち回されるマリナだったが、やはり子供の時だけ嫌そうな顔をしていた。
しかしそれもすぐに終わるだろう。
さっきより人が少なくなっているからだ。おそらく飽きたんだろう。
お婆ちゃんもヘッドフォンを装着し、ラッドウィンプスを聴き入っていた。
「瀧君と三葉ちゃんみたいな恋がしたいのう。」
ウットリした目で呟く。
「三葉ちゃんくらいの年頃に戻って、あんなイケメンと入れ替わってみたいわい。
そこから甘酸っぱい恋が始まって・・・・。」
《若いな・・・・。》
もし学生時代のお婆ちゃんと瀧君が入れ替わったら、嫌でも時間がズレていることに気づくだろう。
主題歌はラッドウィンプスではなく、三橋美智也になっているかもしれない。
なんてことを考えていると、お婆ちゃんは急に「そうそう」とヘッドフォンを外した。
「そういえば一昨日あたりから、ここの建物にも動物が棲みついとるんじゃ。」
「まさかまたイグアナですか?」
「いやいや、なんちゅうたかな・・・。」
険しい顔をしながら思い出そうとしている。
「イタチみたいな動物なんじゃ。顔の真ん中に白い線があって・・・・、」
「え?」
「ええっと・・・確か・・・ハク・・・ハク・・・・、」
「ハクビシン。」
「おお!それそれ!」
ポンと手を叩く。
「部屋の天井からトタトタと音がしてな。職員が調べたらそいつがおったんじゃ。」
「ほう・・・・。」
「捕まえようとしたんじゃが、あちこち逃げ回ってな。最後は見失っちまったみたいで。」
「へえ・・・・。」
「でも今日もトタトタ音がしとったから、まだおるはずじゃ。」
そう言い残し、「君の名は」の主題歌を口ずさみながら部屋へ戻っていった。
「ハクビシン・・・・ハクビシンねえ。」
今まさに俺が捜している動物じゃないか。
しかしチェリー君とは限らない。
ハクビシンは日本に定着してしまった外来種で、至る所に棲んでいるからだ。
《けどまあ・・・調べてみる価値はあるよな。》
もしここにいるのなら捜す手間が省ける。
とりあえず職員の人に話を通して、ここを調べさせてもらおう。
「マリナ、もう行こう。」
すでに人だかりは散って、残った一人だけがマリナを抱いている。
だが・・・・、
《なんだアイツ?》
マリナを抱いているのは年寄りでも子供でもない。
リーゼントの若い兄ちゃんだった。
ライダースーツに身を包み、仮面ライダーみたいに真っ赤なマフラーを巻いている。
「んだよ、みんな集まってるから何かと思ったら、ただのイグアナじゃねえか。」
興味もなさそうにマリナを抱いている。
そして「これアンタのだろ?」と返してきた。
「あ、ああ・・・・。」
「そんじゃ。」
リーゼントの兄ちゃんは外へ出ていく。
そしてピンクの三輪車に跨った。
キコキコと漕ぎながら、公園の方へと去っていった。
《それお前のだったのか・・・。》
なぜいい年して三輪車のか?
その乗り物にライダースーツを着る必要があるのか?
疑問だ。
《変な奴だな。》
不思議に思いながら、彼が去った方を見つめていた。
するとマリナが「ねえ」と言った。
「さっきの人、落とし物していったわ。」
「なに?」
マリナは口に何かを咥えていた。
「これは・・・バッジか?」
弁護士や議員が着けるような、金色の小さなバッジだった。
じっと睨んでいると、ふとこれと似た物を思い出した。
「・・・・なあマリナ、これほんとにさっきの兄ちゃんが落としたのか?」
「そうよ。胸元に着いてたんだけど、私の爪が引っかかって取れちゃったみたい。」
「ほう・・・・。」
「今追いかければ間に合うから返してあげれば?」
目を凝らしながら小さなバッジを見つめる。
大きさの割に重い・・・おそらく本物の金で出来ているのだろう。
真ん中には「愛」という字が彫られていた。
《間違いない。これはあの人が持ってた物と同じだ。》
つい最近、これとまったく同じ物を見た。
その人はヤクザの親分をやっていて、指輪代わりにこいつを填めていた。
《こいつを持ってるってことは、さっきの人は組の人か?》
そう思ったが、どうしてヤクザがこんな場所へ来たのだろうか?
まさか取り立てでもあるまいし・・・・。
「ねえ悠一、追いかけて返してあげましょうよ。」
「・・・・・・。」
「ねえってば。」
「三輪車・・・・。」
「え?」
「さっきあいつが乗ってった三輪車、どっかで見たことがあるんだよ。」
「それがどうしたのよ?」
「さっきまで思い出せなかったんだけど・・・このバッジのおかげで思い出した。」
あのピンク色の三輪車、あれはヤクザの家の庭にあった物と似ているのだ。
「愛理ちゃんのにそっくりの三輪車に、愛の文字が彫られたバッジ・・・・じゃあやっぱり親分さんの組の人か?」
何かが引っかかる・・・・。
さっきのリーゼント兄ちゃん、なんとなく誰かに似ているような気がする。
「・・・・誰だろう?誰に似てるんだ?」
顔をしかめながら天井を向く。
するとマリナが「天井って嫌いだわあ」と言った。
「むかし人間の子供に捕まって、天井裏に閉じ込められてたのよ。だからこの二つは今でも苦手。」
「そういえばさっきのお婆ちゃんも天井裏でイグアナを拾ったらしいぞ。」
「あらそうなの?すごい偶然。」
「それにこの建物の天井裏にも動物が棲みついてるらしい。」
「まさかまたイグアナ!」
「いや、ハクビシ・・・・・、」
そう言いかけて「ああああああ!」と叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「そうだよ・・・・彼女に似てるんだ・・・・。」
「な、なにが?」
「ツクネちゃん、あの子もハクビシンだった。」
さっきのリーゼント兄ちゃん、表情や雰囲気がどことなくツクネちゃんに似ていた。
《組のバッジに、愛理ちゃんのやつにそっくりの三輪車。そしてどこかツクネちゃんに似たあの感じ・・・・・間違いない!》
ギュッとバッジを握りしめる。
捜していた動物はすぐ目の前にいた。
あの野郎、人間に化けていやがったのだ!

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第六話 名無しのインコ(2)

  • 2018.03.28 Wednesday
  • 13:26

JUGEMテーマ:自作小説

話は五年前に遡る。
あの頃、俺はスーツを着て電車に揺られるサラリーマンだった。
毎朝7時半の快速に乗り、寿司詰めのギュウギュウ状態に耐えながら、今日という日が早く過ぎてくれないかと思っていた。
気性がラサリーマンに向かないので、あの頃は仕事は嫌で嫌で仕方なかった。
ていうかやる気そのものが起きなくて、会社に行っても心ここにあらずといった感じだ。
周りは熱心に仕事をしているのに、俺だけどこか上の空。
入社してしばらくは部長にどやされていた。
『やる気あんのかお前!』と。
しかし『コイツに何言っても無駄だ』と諦めたのか、そのうち何も言ってこなくなった。
辞表を出した時も、『お疲れさん』とアッサリしたものだった。
・・・今になって思えば酷い社会人だったと思う。
こうしてやりたい仕事を見つけ、日々真剣に生きていると、真面目に仕事をしていた人たちに対して申し訳ないと・・・・。
しかしそれも今だから言えること。
当時の俺は幽霊のような顔で生きていた。
仕事を終えて家に帰るまでは、自分が自分ではないような感覚だった。
そんなもんだから、休憩中には会社にいたくなかった。
必ずといっていいほど近くの喫茶店へ出かけていた。
こじんまりした店で、常連さんしか来ないような場所だ。
周りにオシャレなお店が増えていく中、ここだけ昭和のまま時間が止まったみたいな、そんなところだった。
そのおかげか会社の人間でここへ来るのは俺だけ。
だからうんと羽を伸ばすことが出来た。
・・・あの日も同じだった。
店に入り、奥まった窓際の席に座り、『マスター、いつものお願い』と手を挙げた。
40半ばの渋い顔をしたマスターは、『ごゆっくり』と言って注文を置いていく。
俺がいつも食っていたのは、鶏肉の入ったペペロンチーノ。
そしてSサイズの野菜ピザ。飲み物はホットコーヒーと決まっていた。
『いただきます。』
手を合わせ、ガツガツとかきこむ。
早飯なもので10分と経たずに平らげてしまう。
そしてサービスで出て来る食後のゼリーを楽しんでいると、レジの方からこんな声が聴こえてきた。
『ピーちゃんなんて嫌です。』
『どれほど同じ名前の鳥がいると思ってんの。』
『でも分かりやすいだろ?』
何かと思って首を伸ばすと、マスターが二人の女に挟まれていた。
一人は奥さん、もう一人はバイトの女の子だ。
そしてマスターの手には鳥カゴがあった。
中にはセキセイインコがいる。
『もっと可愛い名前にしましょうよ。』
『マルゲリータとかどう?』
『なんでピザなんですか?』
『可愛いじゃない、ねえ?』
『食べ物の名前ってのはなあ・・・、』
『どうせ食べ物にするならカルボナーラにしません?』
『それもどうかと思うけど・・・・、』
『でもウチの名前、その二つから取ってるんですよね?』
『まあね。』
そう、この喫茶店の名前はマルボナーラという。
ピザとパスタが売りで、その中でもマルゲリータとカルボナーラが特に美味しいからだ。
『お店で飼うんだから、お店にちなんだ名前の方がいいじゃないですか。』
『じゃあマルボナーラにする?』
『それはちょっとダサいかなって。』
『麻美ちゃん、お店の名前にダサいってなによ?』
『でも実際そうじゃないですか。』
『じゃあどんな名前ならいいのよ?』
『・・・カルゲリータとか?』
『組み合わせを逆にしただけじゃない。』
『まあまあ、今はインコの名前のことだろ?』
『マスターはどんな名前がいいと思います?ピーちゃん以外で。』
『分かりやすいならなんでも。』
『自分で拾ってきたんだから真剣に考えて下さいよ。』
『マルゲリータにすればいいじゃない。』
『カルボナーラの方がいいです。そっちのが美味しいし。』
『なに言ってんの?ウチはマルゲリータの方が美味しいのよ。』
『カルボナーラの方が人気ですって。』
『じゃあ間をとってマルボナーラで・・・、』
『それはダサいから嫌です。』
『ちょっとアンタ!またダサいって言ったわね!』
奥さんがムっとして、バイトの子も『なんですか?』と睨み返す。
『だいたいアンタは口の利き方がなってないのよ。』
『ちゃんと敬語を使ってるじゃないですか。』
『敬語を使えばいいってもんじゃないの。もっと目上の人を敬う態度で・・・・、』
『だから敬ってますって。』
『それが出来てないからたまにお客さんが怒るんでしょうが。』
『どっちかっていうと気に入られてると思いますよ?だってここオジサンが多いし。』
『だからそういう態度が・・・・、』
『今はインコの名前のことですよね?』
『その言い方がダメって言ってるの!』
喧嘩はヒートアップしていく。
マスターはオロオロとするばかりで、なぜか俺の方に目を向けた。
『・・・・・・・。』
どうやら助けを求めているらしい。
俺は頷き、伝票を持って立ち上がった。
『さ、帰るか。』
人様の喧嘩になんて関わりたくない。
代金に置き、『ごちそうさま』と言った。
マスターは切なさそうな顔をしているが、俺はただの客である。
喧嘩を仲裁する義務などない。
しかし外に出ようとした時、『どっちも嫌だ!』と悲鳴がした。
『ん?』
振り返るとインコが鳴いている。
『マルゲリータもカルボナーラも嫌だ!マルボナーラはもっと嫌だ!』
『・・・・・・・・。』
このセキセイインコ、どうやら名前に不満があるらしい。
他人の喧嘩になんて興味はない。
しかし困っている動物がいると後ろ髪を引かれてしまう。
気がつけば『あの・・・・』と話しかけていた。
『インコの名前なんですけど・・・・、』
そう切り出すと、奥さんとバイトは『?』とこっちを見た。
マスターは『助けてくれるのか!』と嬉しそうな顔だ。
『そのインコ、どっちの名前も喜んでないんじゃないかなあと思って・・・・、』
『喜んでないって・・・・、』
『なんで分かるんですか?』
二人して睨んでくる。
俺は『動物に詳しいもので』と答えた。
『表情や態度でだいたい分かるんですよ。』
『ほんとに?』
『ムツゴロウさんみたい!』
二人はインコの入ったカゴを持ち、同時に同じことを尋ねた。
『マルゲリータよね?』
『カルボナーラですよね?』
『いや、だからどっちも・・・・、』
『僕はマルボナーラも悪くないんじゃないかと・・・・、』
『それはもっと嫌がると思います。』
『そ、そうか・・・・。』
マスターはシュンと項垂れた。
『やっぱりマルゲリータよ。』
『いやいや、カルボナーラですって。』
『いっそのことピーちゃんに決めたら・・・・、』
三人の議論は終わらない。
客のおっちゃんが『コーヒーお代わり』とカップを揺らすが、奥さんが『いま忙しいの』と睨み返した。
『おいおい、俺は客だぞ。』
『店の前に自販機があるから。』
『どんな店だよここは・・・。』
ブチブチ言いながらも買いに行っている。
なかなか人のいいおっちゃんだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はこのインコだ。
三人は議論に忙しく、まったくこっちを見ちゃいない。
インコのカゴをレジに置き、『奥で決着を着けよう』と引っ込んでしまった。
《どんな店だよここは・・・・。》
俺は『なあ?』とインコに話しかけた。
『君はどんな名前がいいんだ?』
『チュウベエ。』
『チュウベエか、またずいぶん古風だな。』
『それが僕の名前。』
『ん?元々名前が付いてるのか?』
『うん。』
『君・・・もしかしてどこかの家で飼われてたのか?』
『向かいのマンションの三階。』
そう言って羽を向ける。
窓の向こうにはベージュ色のマンションがあった。
『ええっと・・・君はどういう経緯でここに来たの?』
『窓から羽ばたいて、道路に落っこちたの。』
『それいつのこと?』
『今朝。』
『拾ったのは誰?』
『さっきいた男の人。』
『マスターか。』
奥を覗くとまだ議論している。
インコの名前でよくここまで白熱できるものだ。
『じゃあ君はチュウベエって名前で、向いのマンションの三階に住んでるんだな?』
『うん。』
『家に帰りたいか?』
『もちろん。』
ピーピー鳴きながら、ここから出せと羽ばたく。
『羽は切ってあるの?』
『うん。』
『なのにどうして窓から飛び出したんだ?』
『そそのかされたから。』
『そそのかす?誰に?』
『インコに。』
『インコ?』
『オカメインコ。』
『オカメインコって・・・ほっぺに赤い模様があるあの?』
『うん。僕が窓にいたら、どっかから飛んできたんだ。』
『そのインコもどこかのペットなのかな?』
『分かんない。』
『よく知らない奴だったんだな?』
『初めて会ったインコ。その子は羽を切ってないから空を飛べるみたい。』
『最近はインコが野生化してるらしいからな。元々は誰かが捨てたもんだろう。』
『その子がね、一緒にミミズを採りに行こうって。』
『なるほど、餌を探しに行こうってことだな。』
『でも僕飛べないじゃん?』
『羽を切ってあるからな。』
『でもその子は言うの。いけるいけるって。』
『なんて適当な・・・・。』
『そう言われたら、もしかしたら飛べるんじゃないかと思って。』
『無理だろ。』
『窓から飛び出してみた。んで落っこちた。』
『なんて無謀な・・・・よく無事だったな。』
『落ちていく途中でその子が助けてくれたから。』
『ほう、意外と良い奴じゃないか。』
『でも失敗して結局落っこちたけど。』
『役に立たん奴だな・・・・。』
『でもまた助けてくれた。』
『おお!えらいじゃないか。』
『僕が落ちていく途中に思いっきり蹴飛ばしたんだ。』
『蹴飛ばす?』
『横から力を加えれば、落ちるスピードは弱くなるからって。』
『へえ、インコのくせに賢いじゃないか。』
『そのせいで硬い道路の上に落ちたんだけど。』
『ありがた迷惑じゃないか・・・・。』
『真っ直ぐ落ちれば柔らかい草の上だったのに。』
『最悪だな・・・・。』
『でもとにかく僕は無事だった。けど今度は目の前から車が来たんだ。』
『車って・・・・大丈夫だったのか?』
『その子が咄嗟に引っ張ってくれたから。』
『三度目はちゃんと助けてくれたわけだ。』
『まあね。でもその後こう言ったんだ。』
『なんて?』
『今からミミズを採るから、お前は見張ってろって。』
『見張る?』
『その子ね、マンションの敷地でミミズを採るつもりだったみたい。
人間が来たら危ないから知らせろって。』
『なんだそりゃ?要するに見張りの為だけに君を利用したのか?』
『手柄を分けてやるからって。僕もそれならいいかなって思って。』
『それで・・・その後はどうなったんだ?』
『その子はミミズを食べてたよ。それで僕はさっきの人に拾われてここに来た。』
『なるほど・・・・とりあえず話は分かった。』
俺はまた奥を覗き込む。
まだ議論をしているようで、さっきのおっちゃんのお勘定をなぜか俺がする羽目になってしまった。
《この子を家に帰してやんないとな。》
上手く言い訳を考えて、この子を連れ出さないといけない。
するとその時、チュウベエ君が『あ!』と叫んだ。
『どうした?』
『さっきのオカメインコ。』
『なに!?』
チュウベエ君が羽を向ける。
そこには一羽のオカメインコがいた。
ドアの前にちょこんと立っている。
『おいっす。』
陽気な声で手を挙げる。
なんかすごいアホっぽい顔をしている・・・・・。
『おいっす。』
『おいっす・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『おいっす。』
『おいっす・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『おいっす。』
『もういいよ!』
アホっぽいのは顔だけじゃなかったようだ。
『お前どっから入って来たんだ?』
『さっき缶コーヒーを持ったおっさんが出て行く時に入れ違いで。』
そう言ってパタパタっと羽ばたいて、カゴの上に乗った。
『ようチュウベエ。』
『ミミズ美味しかった?』
『まあな。お前にも食わせてやりたかったよ。』
『いいなあ、僕も食べたかった。』
『ここにあるぞ。』
『ほんと!どこに?』
『ここ。』
そう言って『ヴォエッ!』とえづいた。
『ちょ、ちょっと待て!』
俺は慌てて止める。
『こんなとこでゲロを吐くなよ。』
『でも食べたいっていうから。』
『じゃあ生きた奴を採ってきてやれよ。』
『いいぞ、ここから出してくれたらな。』
『じゃあなんで入って来たんだよ・・・・。』
『窓から見てたら面白そうだったから。』
あっけらかんと答えて、『外へ出してくれ』と言う。
するとチュウベエ君も『僕も!』と言った。
カゴの中でバタバタと羽ばたき、『家に帰して!』と叫んだ。
『分かってる。けど勝手に持ってくのはまずいからな。それっぽい言い訳を考えて・・・・、』
言いかけた時、三人が戻ってきた。
『名前・・・決まりましたか?』
そう尋ねると揃って頷いた。
『・・・・で?どんな名前で?』
『ピーちゃんで行こうと思う。』
『いいと思いますよ・・・・。』
犬のコロ、猫のタマ、そして鳥のピーちゃん。
ベタな名前こそが最も分かりやすい。
しかし当然ながらチュウベエ君は反対だ。
『そんな名前嫌だ!』
抵抗の証としてバタバタ羽ばたく。
『また嫌がってるようです。』
『じゃあやっぱりマルゲリータ。』
『カルボナーラでしょ。』
『いやいや、間をとってマルボナーラで・・・・、』
『だからどれも嫌なんですってば!ていうかこの鳥、外に出たがってるみたいなんですよ。だからカゴから出してあげて・・・・、』
そう言いかけた時、オカメインコが『ヴォエッ!』とえづいた。
クチバシから未消化のミミズが出て来る。
『ほれ、食え。』
『ありがとう。』
『やめろ!』
慌てて止めるが間に合わない。
チュウベエ君は『おいしい!』と平らげてしまった。
『・・・・・・・・。』
マスターたちの目が点になる。
俺は『こ、これは鳥の習性ですから!』とフォローした。
『ほら、親鳥は口移しで餌を与えるでしょ。こいつはきっと親心の強い鳥で・・・・、』
『もっとちょうだい!』
『待ってろ、今リバースするから。』
『だからよせって!』
オカメインコは何度もえづく。
そのうち『ゴポッ・・・・』と変な音がして、モザイクを掛けたくなるような光景が・・・・、
『いやあああああ!』
『ちょ・・・・キモい!』
『店の中でなんてことを!』
『・・・・・おいしい!』
『食うな!』
『まだ出そうだ・・・・、』
『もういらん!』
『ていうか止まらない・・・・、』
『NOおおおおおおお!』
次々に吐き出されるミミズたち・・・・。
未消化の物もあれば、ほぼ原形をとどめていないものも・・・・、
『ちょっと有川君!』
マスターが怒る。
『なんなのこの鳥は!?』
『あ、いや・・・・コイツは・・・・、』
どう説明していいか困っていると、オカメインコはこんなことを言った。
『もんじゃ。』
『え?』
『こいつの名前、もんじゃにしよう。』
見るも無残な姿になったチュウベエ君に羽を向ける。
《とんでもないことになってるな・・・・。》
もはや悪夢である。
マスターも奥さんもバイトの子も顔をしかめて、『汚い!』と叫んだ。
『ちょっとアンタ!こんな子飼えないわよ!』
『洗えば平気だと思うけど・・・・、』
『じゃあマスターお願いします。』
『え?僕が?』
『だってアンタが拾って来たんでしょ。』
『あ、私もうじき上がりなんて。これで失礼します。』
『私も買い出しに行かないと。』
二人は『あとはよろしく』と店を出ていく。
残されたマスターはなんとも言えない顔で立ち尽くしていた。
『なあ有川君。』
神妙な顔で振り返る。
『物は相談なんだが・・・・、』
『・・・・・・。』
『その子引き取ってくれないか?』
『やっぱり!』
『その代わり今日は奢るから。』
そう言って『ね?』と肩を叩いた。
『よくよく考えたら僕は飲食店の経営者だから。動物は衛生上よくない。』
『じゃあなんで拾って来たんですか・・・・。』
『だって道端に落ちてたんだよ。可哀想だなと思って。』
『あなたは動物を飼っちゃダメな人ですよ・・・・。』
なんて身勝手なと思いながらも、これはラッキーである。
『まあお代がタダならいいですよ。』
『ほんとに!?捨てるのも可哀想だし、かといってそれに触りたくないし・・・ほんと助かったよ。』
ホッしたように笑って、『はい』とカゴを渡してくる。
『じゃああとお願い。』
『・・・・・・・・。』
カゴを抱えたまま外に出る。
するとオカメインコもついて来た。
『よかったなもんじゃ。』
『うん!』
《名前それでいいのか・・・・。》
さっきまで頑なに新しい名前を拒否していたのはなんだったのか?
まあとにかく、これでもんじゃ君を家を帰してやれそうだ。
道路を渡り、向いのマンションに向かう。
管理人に用件を伝えると、飼い主に連絡を取ってくれた。
すぐに降りて来てくれるという。
『よかったなもんじゃ君。』
見るも無残な姿だが、あとは飼い主さんに任せよう。
カゴを抱えたまま待っていると、もんじゃ君はこんなことを言った。
『ありがとう。』
『いや、お礼を言われるほどのことじゃ・・・・、』
『そっちのインコに。』
『なんで!こんな姿にされたのに。』
『だってそのインコのおかげで家に帰れるんだもん。』
そう言って『名前は?』と尋ねた。
『君もどこかで飼われてたんでしょ?それとも今も誰かのペット?』
『うんにゃ、捨てられた。というより放鳥されたんだ。』
『どうして?』
『旅に出るからって。だからお前も好きな所へ飛んでいけってさ。』
『そっかあ・・・・じゃあ野良インコなんだ。』
『まあな。ちなみに名前もない。』
『じゃあなんて呼ばれてたの?』
『インコって。』
《そのまんまじゃないか。》
インコをインコと呼ぶのは、人間を人間と呼ぶのに等しい。
俺なら嫌だな。
『じゃあ名前欲しい?』
もんじゃ君が尋ねる。
オカメインコは『そうだなあ・・・』と考え込んだ。
『別に不便はしてないんだけど、もし誰かに飼われるならあった方がいいよな。』
『なら僕の名前をあげるよ!』
そう言ってバタバタと羽ばたいた。
色々飛び散るからやめてくれ・・・・。
『チュウベエって名前使っていいよ。』
『ほんとか?』
『助けてくれたお礼。』
『お前・・・律儀な奴だな。人間でさえ礼儀を欠く奴がいるというのに。』
人間でさえって・・・・他にどの生き物を指して言ってるんだろう。
『チュウベエって名前はあげる!受け取ってよ。』
『じゃあお言葉に甘えて。』
名前をもらったオカメインコは嬉しそうだ。
俺の頭の上でパタパタと飛び回る。
それから数分後、マンションから飼い主さんが出てきて『チュウベエ!』と叫んだ。
『ん?呼んだか?』
《お前じゃないよ!》
『部屋からいなくなってるから心配してたのよ!』
涙ぐむおばさんに鳥カゴを渡す。
戻ってきたことに喜び、どうしてこんな姿になっているのかと嘆き、『この子に何があったんです?』と尋ねられた。
『そこの道路に落ちていました。どうして汚れているかは・・・分かりません。』
『誰かにイタズラでもされたのかしら?可哀想に・・・・。』
おばさんは『とにかく見つかってよかった』と頷いた。
『どうもありがとうね。』
鳥カゴを抱え、会釈をしながら帰っていく。
『あの!』
『はい?』
『もしよかったらなんですけど・・・・、』
『ええ。』
『この子、これからもんじゃ君って名前はどうですか?』
『はい?』
『ええっと・・・何度も口にするんですよ、もんじゃもんじゃって。』
そう言って『な?』と見つめると、『モンジャ!』と鳴いて見せた。
『モンジャ!ボクのナマエ!』
おばさんは怪訝そうな顔をした。
しかし何度も『モンジャ!』と鳴くのを見て、『チュウベエが気に入ってるなら』と頷いてくれた。
『どこで覚えたのか知らないけど、なかなか可愛い名前じゃない。』
そう言って『おうちに戻って綺麗にしましょうね』と帰っていった。
去って行くもんじゃ君に手を振る。
オカメインコも羽を振った。
『達者でな!』
『チュウベエもね!』
これで一件落着、ホッと息をついた。
『さ、仕事に戻るか。』
ポケットに手を入れながら歩いていく。
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・おい。』
『ん?』
『いつまで人の頭に乗ってるんだ?』
『このままお世話になろうかと思って。』
『お世話って・・・・お前なあ・・・・、』
『チュウベエだ。』
『チュウベエ、残念だけどそれは無理だ。』
『俺のこと飼ってもいいぞ。』
『いま俺の家には犬と猫がいてだな・・・・、』
『餌はミルワームでいい。』
『そいつらのせいで金が掛かってる。だからこれ以上は・・・・、』
『出来れば軽く炒めてからにしてほしい。』
『聞けよ!』
こいつと話していると調子が狂う・・・・。
『あのな、俺の家には犬と猫がいるの。お金も掛かるしスペースもないし、これ以上動物を飼うことは出来ないんだ。』
『じゃあミルワームは生のままでも・・・・、』
『そういう問題じゃない。』
真面目な声で言い返すと、『そっか』と頷いた。
『そこまで拒否するなら仕方ない。』
『悪いな。』
『他をあたるよ。』
パタパタと羽ばたき、大空へ舞い上がっていった。
『達者でな。』
見えなくなるまで見送ってから、『変な日だな今日は』とボヤく。
そして頭の後ろで手を組むと・・・・、
『ん?なんだこれ・・・、』
ベチョっとした感触がある。
まさかと思って見てみると・・・・・、
『あの野郎!』
人の頭に糞を落としていきやがった。
それから仕事が終わるまでの間、俺はとにかくブルーだった。
あんな汚い光景を見せられるわ、頭に糞を落とされるわ・・・・。
こんなことは一刻も早く忘れてしまおうと決めた。
仕事を終え、電車に乗り、コンビニで晩飯を買って、自宅のアパートへ戻ってくる。
すると・・・・、
『おっす。』
ドアの前にあのインコがいた。
『・・・・何してんだ?』
『その辺を飛んでたらお前が見えた。このアパートに向かってるみたいだから先回りしてやろうと思って。』
『せっかく嫌なことを忘れようとしてたのに・・・・。』
ブルーな気持ちが蘇り、それと同時に嫌な光景も蘇ってくる。
インコは宙に舞い、俺の頭にとまった。
『おいコラ!また糞をする気じゃないだろうな?』
『これも何かの縁だ。』
『はい?』
『今日からここでお世話になる。』
『あのな、これ以上動物を飼うのは無理だって言っただろ?悪いけど誰か他の人に・・・・、』
『これからよろしくな。』
『・・・聞けよ人の話を。』
やはりこいつと話していると調子が狂う。
しかし家にまでついて来るということは、ほんとに行くあてがないのだろう。
《このまま突き放すっていうのもなあ・・・・。》
こいつの言う通り、これは何かの縁なのかもしれない・・・・そう思うことにした。
『いいぞ。』
『おお、なら飼うってことだな?』
『お前の言う通り、何かの縁かもしれないしな。』
『そうそう、何事も縁が大事だ。というわけで、これからよろしく。』
嬉しそうに羽ばたくチュウベエ。
この日から我が家の一員となったのだった。
・・・ちなみに家に来てから数日の間、モンブランがヨダレを垂らしながら見ていたのは言うまでもない。


          *


「マルゲリータとカルボナーラになります。」
マスターが二つの皿を置いていく。
俺とチュウベエにとって思い出深い品だ。
「懐かしいな。」
「ああ。」
「なのにお前ときたら今まで忘れてやがった。酷い飼い主だ。」
「すまんすまん、思い出したくない光景だったから。」
マルゲリータを切り分けて、一口かじる。
なかなか美味い。
お次はカルボナーラをフォークをからませる。
するとチュウベエは「ヴゥエッ!」と鳴いた。
「なんだいきなり?」
「いやあ、あの時は盛大にリバースしたなあと思って。」
「ん?」
「ゲロゲロっとミミズをさ。」
「・・・・・・・。」
「あんなにリバースしたのは生まれて初めてだ。」
懐かしそうに語るチュウベエ。
俺はそっとスプーンを置いた。
「お前な・・・・、」
「ん?」
「飯食ってる時にそういう話をするなよ!」
「悪い悪い。」
あっけらかんと言いやがる。
絶対にわざとに違いない。
「そうだよ・・・だから今まで忘れてたんだ。思い出したくもない光景だったから。」
なんだか食欲が失せてくる。
せっかく美味しそうな料理なのに、もう手を付ける気になれなかった。
「金の無駄だよまったく・・・・。」
「今日は災難だな。」
「お前のせいだよ!」
こいつは昔っから変わらない。
呑気なところも、あっけらかんとしたところも、そしてアホっぽいイタズラも。
これからもきっとこのままなのだろう。
伝票を持ち、席を立つ。
するとマスターがやって来て、「あの・・・」と言った。
「ちょうどよかった、お勘定を・・・・、」
「この子、引き取ってもらえません?」
そう言って小さなカゴを差し出す。そこには手乗り文鳥がいた。
「この鳥は・・・・?」
「バイトの子が拾ってきたんです。」
「ほう・・・・。」
「道端に落ちてたみたいなんですよ。でも家じゃ飼えないからマスター無理ですかと言われて。」
「へえ・・・・。」
「けどウチは妻が動物苦手なんです。だからさっき喧嘩になっちゃって。」
「はいはい・・・・。」
「見たところ、お客さん鳥の扱いに慣れてらっしゃるようだから。どうです?」
マスターは満面の笑みを向けてくる。
そして次に言うこともなんとなく想像できた。
「もし引き取ってくれるならお代はけっこうです。」
「・・・・・・。」
「どうですか?」
ズイっとカゴを突き出す。
気がつけばそいつを受け取っていた。
「ありがとうございます!」
ペコペコと頭を下げて、「よかったあ」とホッとしている。
「ウチじゃ飼えないし、かといって捨てるのも可哀想だし。」
「・・・・・・。」
「助かりましたよ。お礼にドリンクもサービスします。」
マスターはメニューを開いて「お好きな物を」と言った。
俺は鳥カゴを抱えたまま、何も言わずに店を後にした。
「あ、お客様!」
後ろから声が追いかけてくるが、振り向き気になれない。
無言のまま歩き続けた。
《俺・・・・なんで受け取ったんだろう?》
自分でも分からないけど、たぶんチュウベエのせいだ。
こいつが昔を思い出させるから、あの時のことがフラッシュバックして・・・・。
『おい文鳥、お前なんて名前だ?』
チュウベエが尋ねる。
文鳥は『名前はない』と答えた。
『俺の飼い主は自由気ままな奴でな。俺を放ってどこかに行っちまった。』
『どこかってどこだ?』
『さあ?旅に出るとか言ってたけど。』
『ほう、お前もか。』
『なに、そっちもか?』
チュウベエと文鳥はなぜか盛り上がっている。
俺はその間も無言で歩き続け、こいつをどうしようかと悩んでいた。
するとその時、前からツクネちゃんが歩いてきた。
「有川さん。」
小走りにやってくる。
そして「やりましたよ!」と喜んだ。
「ついに奪い返しました。」
彼女は腕に抱いた毛むくじゃらの生き物を見せつける。
「チッ・・・。」
チェリー君は不満そうに舌打ちした。
「よく取り戻せたね。」
「親分さんが持っていけって。」
「愛理ちゃん泣いたでしょ?」
「かなりね。でも親分さんが宥めてくれました。その子は元々他所様の動物なんだって。」
「約束を守ってくれたんだ。義理固くて真面目な人だから。」
「これで心置きなく家に帰れます。」
嬉しそうにはにかんで、「それじゃ」と去って行く。
「おい!俺は帰る気はねえぞ!」
暴れるチェリー君。
ツクネちゃんは「実家がピンチなんだから仕方ないでしょ」と言った。
「しばらくは家にいてもらうから。」
「クソ・・・・せっかく自由な暮らしを満喫してたのに。」
ブチブチ言うチェリー君。
俺は「ちょっといいかな?」と呼び止めた。
「なんですか?」
「愛理ちゃん、今どこ?」
「家に帰ったと思いますよ。」
「そっか・・・・いや、ありがとう。」
「さようなら」と去っていくツクネちゃんに手を振ってから、「さて」と歩き出す。
それから10分後、俺は親分さんの家へとやって来た。
大きな門を潜り、これまた立派な玄関の前に立つ。
旅館みたいな日本庭園風の庭には、ピンクの色の三輪車が停まっていた。
これは愛理ちゃんの物だ。
《きっと悲しんでるだろうな。》
あの子のことを考えながらピンポンを押すと、組の人が出てきた。
愛理ちゃんに用事があると伝えると、「どうぞ」と中へ通された。
庭がよく見える居間に案内されて、「少々お待ちを」とソファで待たされる。
「おい悠一、なんでこんな所に来たんだ?」
「ちょっとな。」
両手に抱えた鳥カゴを見つめる。
しばらく待たされたあと、親分さんが愛理ちゃんを連れてきた。
「お待たせしましたな。」
腕に抱かれた愛理ちゃんは、目を真っ赤にしていた。
相当泣いたのだろう、腫れぼったくなっている。
ていうか今もグズっている。
「辛かったね、愛理ちゃん。」
そう慰めても、こっちを見ようともしない。
「チェリー・・・」と呟き、ただ悲しそうにしている。
《傷ついてるだろうな。》
いくら事情があるとはいえ、大好きだった動物と引き離されたのだ。
悲しいだろうし、悔しいだろう。
「チェリー・・・・。」
そう呟いて、「おじさん・・・」と言った。
「チェリーとられちゃった・・・・・。」
「辛いよね。でもチェリー君には帰る場所があるから。」
「チェリーのおうちはここだもん!」
「うん、大事に飼ってたもんね。」
「おじさんの意地悪!なんで愛理の味方してくれなかったの?」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
俺は背中を向けて、カゴから文鳥を取り出した。
「君、行くとこないんだよな・・・?」
小声で話しかける。
文鳥は「まあな」と答えた。
「じゃあこのままだと生きていくの大変だよな。」
「でもアンタが飼ってくれるんだろ?」
「いや、俺より君を必要としている子がいるんだ。」
そう言って愛理ちゃんに目を向けた。
「君さ、あの子と仲良くしてやってくれないか・・・・?」
「この家で飼われろってことか?」
「ああ・・・いきなりで申し訳ないけど・・・・、」
「別にいいぜ。ちゃんと世話さえしてくれるんなら。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
俺は「ありがとう」と頷き、愛理ちゃんを振り返った。
「可愛いだろ?」と文鳥を見せる。
「実はさ、おじさんからお願いがあるんだ。」
愛理ちゃんは文鳥に見入っている。
まだ泣いているが目は釘付けだ。
「この子さ、道端に捨てられてたんだ。」
「・・・・・・・。」
「もう帰る家がない。誰も世話をしてくれる人がいないんだ。」
じっと見つめる愛理ちゃん。しかしプイっとそっぽを向いてしまった。
「そんなのいらない・・・・。」
そう言って親分さんに抱きつく。
「チェリーがいい・・・・。」
寂し気な声で言って、小さな肩を震わせる。
「おい君・・・・飼ってもらえるようにアピールするんだ。」
文鳥は俺の手から舞い上がる。
どうやら羽を切っていないようで、縦横無尽に部屋の中を飛び回った。
小さな子供のというのは、こういう光景に目がない。
愛理ちゃんは顔を上げ、文鳥が飛び回るのを眺めた。
クリっとした大きな目が、忙しなく動きを追っている。
そして・・・・、
「ピピ!」
文鳥は愛理ちゃんの手に乗った。
まだ悲しみを引きずっているが、好奇心には勝てない。
ランランとした目で文鳥を見つめている。
「・・・・・・。」
小さな指でツンツンとつつく。
文鳥は首を傾げ、目をぱちくりさせた。
「可愛い。」
パッと笑顔がはじける。
文鳥は愛理ちゃんの頭にとまった。
ピョンピョンと飛び跳ねて、「ピピ」とさえずる。
再び舞い上がり、また愛理ちゃんの手の上に乗る。
ランランと輝くその目には、もはや文鳥以外のものは映っていない。
「その子、愛理ちゃんのこと好きみたいだね。」
「・・・・・・・・。」
「もしよかったら仲良くしてあげてくれないかな?愛理ちゃんが大事にしてくれたら、きっと喜ぶと思う。」
文鳥がさえずる度、愛理ちゃんの笑顔が増していく。
もう答えを聞く必要もないだろう。
あとは親分さんに許可さえ取ればいい。
「あの、この文鳥なんですけど・・・・、」
親分さんは首を振る。みなまで言うなという風に。
「愛理が微笑むなら大歓迎ですわい。」
厳つい顔がほころぶ。
俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「じゃあ愛理ちゃん、おじさんもう帰るから。その子と仲良くしてあげてね。」
手を振っても見ちゃいない。
完全に心を奪われていた。
「それじゃ失礼します。」
会釈を残し、部屋を出ていく。
するとチュウベエが「悠一」と言った。
「どうした?」
「ちょっと耳かせ。」
ゴニョゴニョと語りかけてくる。
「・・・・な?」
「な?って言われても・・・・。」
「俺は面白いと思うぞ、あれ。」
「じゃあ・・・・、」
部屋に引き返し、「愛理ちゃん」と呼ぶ。
「その子の名前なんだけど・・・・、」
「ピーちゃん。」
間髪入れずの即答だった。
「可愛いね、でもこんなのはどうかな?」
俺の頭でチュウベエが叫ぶ。
「マルボナーラ!」

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第五話 名無しのインコ(1)

  • 2018.03.27 Tuesday
  • 09:59

JUGEMテーマ:自作小説

よく晴れた日に散歩をするのは気持ちいいものだ。
季節は三月の頭、まだ寒い日が続いているが、陽射しが降り注ぐと春の匂いを感じる。
「あともうちょっとすれば桜が咲くな。」
頭の上に乗ったインコが陽気な声で喋る。
「そうだな。去年はお花見に行けなかったから、今年はみんなで行こうか。」
寒さを切り裂く陽射しにまったりしていると、「有川さん」とツクネちゃんが振り返った。
「あ、はい・・・。」
「約束・・・・覚えてますよね?」
「約束?」
「昨日言ったじゃないですか。私の邪魔はしないって。」
「も、もちろん覚えてるよ!うん。」
「思いっきり邪魔になってるんですけど。」
「え?」
「それ、なんなんですか?」
そう言って俺の手を指さす。
今、俺は愛理ちゃんと手を繋いでいた。
そして愛理ちゃんはチェリー君のリードを握っている。
「これは愛理ちゃんが握ってきたから・・・・、」
「そんなに仲良くしちゃったら、こっちが仕事をしづらいんですけど?」
「そう・・・・?」
「愛理ちゃん、有川さんのこと味方だと思ってますよ。」
「そ、そんなことは・・・・、」
そんなことはないと言おうとした瞬間、愛理ちゃんが「おじさんは愛理の友達だもんね」と微笑んだ。
「一緒にチェリーを守ってくれるもんね?」
「い、いやあ・・・それはどうかな・・・?」
「だっておじさん良い人だもん。」
「そ、そうかな・・・・。」
「あの悪いお姉ちゃんからチェリーを守ろうね。」
「ええっと・・・・、」
なんて答えていいか困っていると、愛理ちゃんは「お姉ちゃんの味方するの?」と悲しそうにした。
「いやいや!そういうことじゃなくてね・・・・、」
「お姉ちゃんの味方するなら愛理泣いちゃう・・・・。」
そう言ってグスンと俯く。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて宥める。
もしこの子が泣いたリなんかしたら・・・・、
《親分さんがすっ飛んでくる!》
あの人はどこにいても愛理ちゃんの悲鳴を聞きつける。
そして「おどりゃああああ!」と猛獣みたいな顔で迫ってくるのだ。
「お、お願いだから泣かないで!」
「愛理悲しい・・・・。」
「ごめんごめん!機嫌直して。」
「じゃあ愛理の味方してくれる?」
「そ、それはあ・・・・、」
「グスン・・・・、」
「あああ!頼むから泣かないで!」
袖で涙を拭いてやる。
するとツクネちゃんが「はあ・・・」とため息を吐いた。
「情けない・・・・。」
「え?」
「そんな小さな子に良いように扱われるなんて。」
「扱われる?」
「顔・・・見て下さい。」
言われて見てみると、愛理ちゃんはしてやったりという顔でほくそえんでいた。
「ね?」
「・・・・・・・。」
「有川さんは動物と子供に甘すぎます。」
「そうかもね・・・・。」
「好かれるのと舐められるのって違うんですよ?」
「ごもっともで・・・・。」
「有川さんって婚約者がいるんでしょ?子供が出来たら奥さん苦労しそう・・・・。」
「うッ・・・・、」
グサっとくることを言われて、貝のように固まってしまう。
「邪魔しないって言うからOKしたのに・・・・約束を破る気ですか?」
「滅相もない!」
「じゃあ手を離して下さい。」
「離したいのは山々なんだけど、そうすると愛理ちゃんが泣いちゃうから・・・・、」
「・・・・・・・。」
「い、いや!別に愛理ちゃんの味方ってわけじゃないよ!ただこの子が泣くとだね・・・・、」
しどろもどろになっていると、ツクネちゃんは「変態がいるううううう!」と叫んだ。
「男の人が女の子をさらおうとしてるうううう!」
「ちょ、ちょっと何言ってんの!?」
「誰かあああああ!警察呼んでええええええ!」
「やめろって!」
慌てて口を押えると、今度は愛理ちゃんが喚き出した。
「パパああああああ!」
「え?」
「知らない女の人と仲良くしないでええええ!」
「な、何言ってんだ!?」
「不倫なんてしないでええええ!」
「コラ!幼稚園児がなんてことを・・・・、」
今度は愛理ちゃんの口を塞ぐ。
するとツクネちゃんがまた叫び出した。
「男の人が小さな女の子を襲ってるううううううう!」
「馬鹿!やめろって!」
「誰かああああ!誰か来てええええええ!」
「頼むからやめろってば!」
「パパあああああああ!」
「君も喚くな!」
「愛理を捨てないで!ママを捨てないでええええええ!」
「誰がいつ君のパパになったんだ!」
「変態よ!変態が子供をさらおうとしてるううううう!」
「もういいから!マジでやめてくれ!」
「パパああああああ!不倫なんてしちゃヤダあああああ!」
「だから誰がパパだ!」
「警察呼んでええええええ!」
「愛理とママを捨てないでえええええ!」
「・・・・・・・・。」
もはや何も言うまい・・・・。
なるようになれと諦める。
すると遥か遠くの方から何かが走ってきた。
「愛理いいいいいいい!」
怒り狂ったヒグマみたいな顔をした親分さんが猛ダッシュしてくる。
「愛理を泣かしとる奴は誰じゃあああああああ!」
懐に手を入れ、拳銃らしき物を取り出す。
「内蔵ブチまけたるどおおおお!」
「ひいいいいいい!」
慌てて逃げる。
ここにいては命が危ない。
ツクネちゃんと愛理ちゃんを置き去りに、息が続く限り走り続けた。


          *


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・、」
こんなに全力で走ったのは久しぶりだ。
しばらく顔を上げることが出来ない。
「なんて奴らだよ・・・・。」
ツクネちゃんと愛理ちゃん。
どちらも強情で意地っ張りで、しかも気が強い。
あんな喧嘩に巻き込まれたら堪ったもんじゃない。親分さんまですっ飛んでくるし・・・・。
「まったく・・・色んな意味でヒヤヒヤもんだよ。」
肩で息をしながら顔を上げる。
すると目の前に赤い壁をした建物が飛び込んできた。
「なんだこりゃ?」
なんて目立つ色だと思いながら見ていると、頭の上のインコが「喫茶店じゃないか?」と言った。
「ほれ、看板が出てる。」
「チュウベエ、お前文字が読めるのか?」
「いいや、適当。」
「だと思った。」
こいつはいつだってアッケラカンとしている。
そのクセに中々鋭いことを言うのだ。
「確かに喫茶店だな。」
「前はなかったよなこんな店。」
「多分最近出来たんだろう。」
看板には真っ赤な字で「ジジス&ババス」と書いてある。その下には英語でピザ&パスタとあった。
「おい悠一、ちょっと寄ってこうぜ。」
「馬鹿言え、仕事中だぞ。」
「じゃああいつらの所に戻るのか?」
「・・・・休憩も悪くないな。」
石造りの段差を登り、ドアを引く。
カランコロンと鐘が鳴って、「いらっしゃい」と声がした。
20代くらいの若い男が出てくる。
爽やかなイケメンで、顎髭がよく似合っていた。
他に誰もいないのでこの人がマスターだろうか?
「どうぞお好きな席へ。」
「どうも。」
グルっと店内を見渡すと、ロフトみたいな作りになっていた。
椅子もテーブルも木目を活かしたオシャレなもので、照明はちょっと橙色で落ち着く。
BGMも心地いい音楽で、なかなか悪くない店だ。
「ふんふん、良い店じゃないか。なあ悠一。」
「だな。」
チュウベエの言葉に相槌を打つと、マスターが「え?」と言った。
「はい?」
「いま何か言いませんでした?」
《・・・・やべ!》
思わず人前で動物と喋ってしまった。
慌てて「なんでもないです」と手を振る。
「良い雰囲気のお店だなあと思っただけで。」
「ありがとうございます。」
嬉しそうにはにかんで、「お好きな席へ」と手を向ける。
「ああ、どうも・・・。」
「うむ、苦しゅうない。」
《お前は黙ってろ!》
むぎゅっとチュウベエを捕まえると、「あ・・・」と止められた。
「動物はちょっと・・・・、」
「え?」
「いちおう飲食店なんで。その・・・衛生面というかですね・・・、」
「そ、そうですよね!すいません。」
ペコっを頭を下げて店を出ようとした。
すると「外の席でよければ」と言ってくれた。
「庭にもテーブルがあるんですよ。狭いですけどそちらでよければ。」
「ええっと・・・・、」
「うむ、苦しゅうない。」
《だから黙ってろ!》
マスターは庭へと案内してくれる。
よく手入れされたとても綺麗な庭だった。
中央には丸いテーブルが二つあるが、ちょっと狭い。
《まあいいか。》
席に着くと、「メニューをお持ちしますので」と引っ込んでいった。
「なんか愛想のいい人だな。」
チュウベエが感心したように言う。
「最近じゃゆとりだとかなんだかとか言われるけど、若いわりにしっかりしてる。」
「なに偉そうに言ってんだよ。」
「この前さ、適当にその辺を飛んでたら、若い兄ちゃんに石を投げつけられたんだ。」
「おいおい、大丈夫だったのか?」
「あんなモンに当たるほどドジじゃない。お返しに糞を落としてやった。」
「おお、やるじゃないか。」
「まあ最初に糞を落としのも俺なんだけどな。」
「お前が悪いんじゃないか!」
コイツと話していると調子が狂う・・・・。
《ほんとなら今日はモンブランが来るはずだったんだけどな。》
昨日は「私も頑張る!」とか言っていたクセに、風邪を引いてダウンしているのだ。
あれほど風邪引くぞと忠告してやったのに。
『ごめん悠一・・・・今日はマサカリかチュウベエに頼んで。』
というわけで、お調子者のこのインコをお供に選んだ。
「ああ、陽射しが気持ちいい〜・・・・。」
俺の頭で羽を広げ、うっとりしながら日光浴をしている。
「メシ食ったらゲーセンでも行くか?」
「馬鹿言え。これ食ったら戻るぞ。」
「あいつらのとこに?」
「ずっと逃げてられないからな。」
「親分に頭を撃ち抜かれるかもしれないぞ。」
「そうなったらそうなった時だ。」
「お主も逞しくなったな。褒めてつかわす。」
「飼い主の頭を撫でるな。」
ムスっとしながら注文を待つ。
しかしいくら待ってもマスターは戻って来なかった。
「何やってんだ?」
こんなに客を待たせるなんて・・・・ちょっとイラっとする。
チュウベエも「これだからゆとりは」と呆れた。
「だよな、俺が20代の頃はもっとしっかりしてた。ほんと最近の若いモンは・・・・、」
「これだから老害は。」
「30歳に向かって老害はないだろ。」
「すまん、老害予備軍だったな。」
「失礼だぞ。」
席を立ち、窓から中を覗き込んだ。
「何やってんだろな?」
「便所かな?」
「もしそうなら俺は帰るぞ。」
店内を見渡すと・・・・いた。
レジの前に立っている。
しかも二人の女に挟まれて。
「おお見ろ悠一、修羅場だぞ。」
「修羅場って・・・ただの客だろ。」
「いやいや、マスターは困った顔してる。それに女二人は喧嘩してるみたいだし。」
「まあ・・・そう見えなくもないな。」
チュウベエの言う通り、二人の女が何かを言い合っている。
マスターは困った顔で取り成していた。
「きっと二股掛けてたんだ。」
「あのマスターかっこいいからな。あり得なくないかも。」
「悠一とはえらい違いだな。」
「モテなくて悪かったな。」
人の情事というのは、どうしてこうも興味を引かれるのだろう。
注文なんてそっちのけで事の成り行きに見入っていた。
「懐かしいなあ。」
チュウベエがしみじみと語り出す。
「何が?」
「おいおい、覚えてないのか?」
「だから何を?」
「俺がお前ん家に来た時のことだよ。」
「・・・・どんな風に来たんだっけ?」
「悠一・・・・お前もうボケ始めて・・・・、」
「違うよ!よく思い出せないんだ。」
「それを痴呆というんだぞ。若年性は進行が早いから気をつけないと・・・・、」
「人の話を聞けよ!」
ムギュっとチュウベエを掴む。
「マサカリやモンブランはよく覚えてるんだよ。印象的だったからな。」
「置き去りにされた犬に、段ボールの猫だもんな。」
「でもお前は・・・・・ごめん、ほんとに思い出せない。」
「明日病院へ行こう。」
「ボケてないって言ってんだろ!」
「ギョエッ!」
よくよく思い返してみるが、ほんとに思い出せない。
他の動物は全部覚えているのに、なぜかコイツだけが出てこないのだ。
《まさか本当にボケ始めたんじゃないだろうな。》
ちょっと不安になってくる。
するとマスターが出てきて「あの・・・・」と言った。
「え?・・・・ああ、はい!」
「すみません、注文が遅れてしまって。」
「いやいや、いいんですよ、ええ。」
「こちらがメニューです。」
「ああ、はいはい、どうも。」
開いたメニューにはピザとパスタの写真が載っている。
どれにしようかなと選んでいると、ふとある事を思い出した。
「あああああああ!」
「ど、どうしました!?」
「そうだよ・・・・確かあの時も似たような状況だったんだ・・・・、」
「はい?」
「会社の近くの喫茶店に行って、そこでマスターが二人の女に囲まれてて・・・・、」
「あ、あの・・・・、」
「そうだ・・・・だんだん思い出してきた。」
パタンとメニューを閉じ、マスターに返す。
「あの・・・ご注文は?」
「マルゲリータ。」
「マルゲリータですね。お飲み物は何に・・・・、」
「それとカルボナーラ。」
「え?」
「マルゲリータとカルボナーラ、両方下さい。」
「両方ですね。お飲み物は・・・・、」
「その二つだけで。」
「かしこまりました・・・・。」
不思議そうな顔をしながら店へ戻っていく。
言い争っていた二人の女は、いつの間にかいなくなっていた。
「ようやく思い出したか?」
チュウベエがニヤリと笑う。
「ああ、記憶が蘇ってきた。」
「忘れるなんて酷い飼い主だ。」
「確かに。でも忘れるほど下らない出来事だった。」
「そうか?俺はよく覚えてるぞ。」
俺の手から舞い上がり、頭の上に乗る。
「あの時のことがあって、悠一の家に来たんだからな。」
「実に下らない理由だったよな・・・・・。」
俺は思い出す。
まだ会社勤めをしていた頃、近所の喫茶店で起きた揉め事を。
マスターが二人の女に囲まれて、ある決断を迫られていたのだ。
それは喫茶店で飼っているインコの名前をどうするかということ。
マルゲリータとカルボナーラ。
二人の女性が揉めていた、インコの名前の候補だ。
しかし最終的にはそのどちらにもならなかった。
なぜなら「もんじゃ」と名前が付いたから。
チュウベエがゲロを吐いたせいで・・・・。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第四話 ダンボールの猫(2)

  • 2018.03.26 Monday
  • 15:06

JUGEMテーマ:自作小説

「うう寒・・・・・。」
三月だというのに冷たい風が吹き下ろす。
上着の前を閉じて、ネックウォーマーのように顔を埋めた。
カレンを家に送り届けた後、自宅から少し離れたゴミ置き場に向かっていた。
入り組んだ細い道を抜け、風に流れてきた枯れ葉を踏みつけながら、突き当りの角を曲がる。
目の前に真新しいアパートが出てきて、幾つかの自転車が並ぶ駐輪場の向かいに、小さなゴミ置き場があった。
そこには一匹の猫が佇んでいる。
このクソ寒い中、風に吹かれながら真っ白な毛をなびかせて。
「モンブラン。」
呼びかけると、ピクっと耳を動かして振り向いた。
「寒いだろ。家に帰ろう。」
「・・・・・・・。」
「マサカリみたいに脂肪に守られてるならいいけど、お前は風邪引いちゃうぞ。」
冗談を言っても反応しない。
じっとゴミ置き場を睨んでいる。
俺も同じ場所を見つめながら、「可哀想にな」と呟いた。
「ここで子猫が死んでたんだってな。」
「カレンから聞いたの?」
「うん。どうしてお前がお金を集めてるのかってことも。」
「・・・・・・・。」
「猫の為の保険を作りたかったんだってな。」
「悪い?」
「いいや。でも多分上手くいかないと思う。」
「いくわよ。」
モンブランの声は冷たい。
いつも感情的なクセに、それを押し殺しているのが不安だった。
「ここで子猫が死んでるのを見つけた時、自分のことみたいに考えちゃった。」
「似たような境遇だもんな。」
「幸い私は拾ってくれる人がいた。」
そう言って俺を見上げる。
「でもこの子はそうじゃなかった。・・・・きっと必死に鳴いてたと思う。拾ってって・・・・助けてって・・・・。」
「辛かっただろうな。」
「でも助けてくれる人はいなかった。だから死んじゃった。」
「ああ。」
「ねえ悠一、なんで動物を捨てる人がいるの?」
少しだけ声に感情が籠っている。
俺は「さあ」と首を振った。
「世話が面倒臭いとか、引越しの邪魔だからとか、ただ単に飽きたとか、色々あるんじゃないか。」
「要するに自分勝手ってこと?」
「そういう人間もいる。」
「・・・・・だったら最初から飼わなきゃいいのに。」
モンブランの目はとても悲しい。
ここで死んでいた子猫は、まだその目に焼き付いているのだろう。
「あの子・・・・私が捨てられてた時より小さい。」
「可哀想にな。」
「こんな寒い中、段ボールに入れられて・・・・そんなのすぐ死んじゃうに決まってるのに。」
「ああ。」
「捨てたんじゃない、殺したのと同じよ。」
冷たい風に吹かれながら、モンブランの悲しみは増していく。
ブルブルと身体が震えていた。
「ほんとに風邪引くぞ。」
上着を開けて中に抱きかかえる。
頭を撫でると、耳の先まで冷たくなっていた。
「あの子にも・・・・こんな風にしてくれる人がいたら助かったかもしれない。」
「そうだな。」
「でもそんなの運任せでしかない。捨てられた猫は運がなきゃ死んじゃうなんて、そんなの絶対おかしい。」
「ああ。」
「だから保険を作ろうって思ったの。」
「カレンに相談したんだってな。どうすれば捨てられた猫たちを助けられるかって。」
「だってカレンなら何か思いつくと思ったから。すごく賢いし、それに翔子ちゃんは大きな会社の部長だし。」
モンブランの声に感情が戻ってくる。
俺は少し安心した。・・・・ちなみに翔子さんとはカレンの飼い主さんである。
「翔子ちゃんを傍で見てるカレンなら、こういう時どうしたらいいか思いつくんじゃないかって。」
「すごい仕事の出来る人だから、それを傍で見てたんなら思いつくだろうな。ていうか実際に思いついた。」
「猫の保険・・・・すごく良いアイデアだと思った。」
モンブランは少しだけ微笑む。
《保険か・・・・。確かに弱者を救済するにはいいアイデアだけど・・・・。》
俺はカレンの話を思い出す。
彼女はこう言っていた。
モンブランに相談を持ち掛けられて、保険を作ってみたらどうかと。
人間の世界には保険というのがあって、それぞれの人が払える金額でいいから、毎月積み立てていくんだと。
そしていざという時にそのお金を使い、怪我や病気の人を助けるんだと。
それを聞いたモンブランは『それいいね!』と喜んだ。
社長は頭の良いカレンに任せることにして、自分は現場を取り仕切ることにした。
ただし動物探偵の仕事もあるから、ずっと時間を使うわけにはいかない。
だからパートというポジションにしたのだ。
協力者は他にも何匹かいて、みんなコンビニやスーパーから廃棄の商品を取ってくる。
そうして集めた餌を、さっきの川原で売っているというわけだ。
ここで売っている餌は、川原に来た猫なら誰でも購入できる。
ただし値段は一律じゃない。
生活に余裕のある飼い猫は大めにお金を払い、逆に生活の不安定な野良猫は割引してもらえる。
そして怪我や病気の野良猫、子猫を抱えている親猫は無料で貰うことも出来るのだ。
ちなみに通貨となっているスルメイカは、仕事をこなすことでもらえる。
例えば捨てられた猫を保護する。
子猫がカラスなどに襲われていたら守ってやる。
猫にとって危険な人間を見つけ出し、近づかないように知らせる。
などなど、とにかく猫の役に立つことなら何でもいい。
そしてお金は社長のカレンが払っている。
なんでも家に大量のスルメイカが余っているらしいのだ。
親戚が段ボールいっぱいに送って来たらしいのだが、誰も食わないのでそれを利用しているとのことだった。
だったら通貨なんでもいいじゃないかと思ったが、カレン曰く「それじゃダメ」なんだそうだ。
普通の猫が手に入れられないもので、なおかつ餌には成りえない物。
そうでないと通貨の意味がないという。
『石ころを通貨にしたら、仕事をしなくても手に入っちゃう。
かといって干し肉とか鰹節を通貨にしたら、みんな食べちゃうから。』
猫はイカやタコは食わない。
というより食えない。
魚介類の中に含まれるチアミナーゼという物質が、ビタビンB1を壊してしまい、吐き気や神経症を引き起こしてしまうからだ。
加熱すればチアミナーゼの害はなくなるが、イカやタコは消化が悪く、下痢を起こすことがある。
(魚は過熱すればいけるけど、大量には与えない方がいいのだ)
スルメイカを通貨とすることで、猫たちはそれを目当てに仕事に励む。
そしてそのお金で餌を買い、カレンやモンブランは収益を上げる。
ただしそのお金は営利目的ではない。
通貨というシステムを持ち込むことで、猫たちは猫の役に立つ労働に励み、そして積み立てたお金で弱者を救済出来るのだ。
・・・・・・・・・。
これ、まんま経済の観念である。
この話をカレンから聞いた時、果たして猫だけでこんなことを思いつくか疑問だった。
《カレンは賢い猫だけど、さすがにここまで思いつくってのはちょっとなあ・・・・。》
おそらくだけど、誰かの入れ知恵があったんだと思う。
「なあモンブラン。」
名前を呼ぶと、上着の中で尻尾を動かした。
「こんなシステム、本当にお前たちだけで考えたのか?」
「・・・・・うん。」
「ほんとに?」
「ほんと。」
「俺にはそうは思えない。保険だとか通貨だとか、どう考えても猫の発想を超えてる。カレンの他にアイデアを出した奴がいるんじゃないのか?」
そう尋ねると、ツンとそっぽを向いてしまった。
「なんで不機嫌になるんだよ?」
「だって・・・・、」
「うん。」
「悔しいから。」
「悔しい?」
「私たちは人間の手を借りないって決めたの。」
「そう言ってたな。」
「なのに・・・・やっぱり私たちだけじゃどうにも出来なくて・・・・、」
「誰かの手を借りたんだな。」
「カレンの他にも相談を・・・・。」
「誰?」
「・・・・・・・。」
「誰だ?」
「・・・・ツクネちゃん。」
「ツクネちゃん?」
意外な答えに驚く。
「あの子に相談したってのか?」
「だって人間に頼りたくなかったから。」
「まあ彼女は人間じゃないからな。」
「カレンとツクネちゃんにアドバイスをもらって、猫の保険を作ろうと思ったの。でも・・・・、」
「でも?」
「やめた方がいいのかもしれない。」
モンブランは残念そうに首を振った。
「カレン・・・危うく保健所送りになるところだったんでしょ?」
「ああ、幸いツクネちゃんが助けてくれたけど。」
「もし誰も助けてくれなかったらカレンは・・・・。」
「そうだな、辛い目に遭ってただろうな。」
「猫を助ける為に始めたのに、そのせいで親友が危ない目に遭うなんて・・・もうやめた方がいいのかも。」
モンブランは落ち込む。
シュンと耳を垂らしてしまった。
《コイツがこんな風になるなんて珍しいな。》
モンブランはいつだって強気で、グイグイと周りを引っ張っていく。
そのせいでトラブルばっかり引き起こすんだけど・・・・。
《相当堪えてるみたいだな。》
風はさっきより冷たくなって、鼻の頭がヒリヒリしてくる。
ずっとここにいたら俺まで風邪を引いてしまいそうだ。
「とりあえず家に帰ろう。」
冷たい風に押されるように、ゴミ置き場を後にする。
途中、モンブランは何度も後ろを振り返っていた。


          *


お金の工面というのはとても大変だ。
特に借金の返済は苦しい。
夜、ツクネちゃんがアパートを尋ねてきた。
ドアを開けるなり怖い目で睨みながら・・・・。
「お金・・・用意出来ましたか?」
「少々お待ちを・・・・。」
部屋の中に引っ込んで、タンスから封筒を取り出す。
「お納めください。」
謹んで差し出すと、丁寧に中身を数え始めた。
「確かに。」
そう言ってリュックの中に仕舞う。
「それじゃ今までお世話になりました。」
ペコリと頭を下げ、アパートの階段を降りていく。
「あ!ちょっと・・・・、」
「なんですか?」
「ありがとう、モンブランの相談に乗ってくれて。」
「相談?」
「猫の保険。」
「ああ、あれですか。」
クスっと肩を竦めている。
「適当にアドバイスしただけですよ。まさか本当にやるとは思わなかったけど。」
「適当であんなアドバイスは出来ないよ。真剣に相談に乗ってくれたんでしょ?」
「暇だったから相手をしただけです。だって有川さん、全然仕事を進めてくれないから。」
「面目ない・・・・。」
「ま、私には関係のないことですから。それじゃ。」
興味もなさそうに言って、靴音を響かせながら去っていく。
「ツクネちゃん!」
「はい?」
鬱陶しそうに振り向く彼女に駆け寄る。
「あのさ、よかったらチェリー君を連れ戻すの手伝わせてくれないかな?」
「手伝うって・・・・もう依頼はキャンセルしはたずですよ。」
「うん、だから仕事じゃなくてお礼ってことで。」
「お礼?なんの?」
「モンブランの相談に乗ってくれたお礼。」
「いいですよそんなの。」
「でも飼い主として何かお返しがしたいんだ。モンブラン、本気で落ち込んでたみたいだからさ。それに手を貸してくれたわけだから・・・・、」
「けっこうです。」
「どうして?」
「有川さんがいると、かえって仕事が進まないからです。」
「うッ・・・・、」
「もし私一人で無理なら、誰か他の人を頼ります。それじゃ。」
「あ、ツクネちゃん・・・・、」
俺を無視してさっさと歩いていく。
すると「待って!」とモンブランが飛び出してきた。
「お願い!もう一回だけチャンスをあげて!」
シュタシュタっと階段を駆け下りて、ツクネちゃんの前に回る。
「今度は足を引っ張らせないようにするから!」
「そんなこと言ったって、もう時間がないのよ。ほんとならとっくに連れて帰ってるはずなのに。」
「でもでも!私の相談には乗ってくれたじゃない!だったら悠一にもチャンスをあげてよ!」
「それとこれとは話が別。」
「どうして!?」
「だってチェリーを連れ戻せないと困るから。」
「悠一は基本的にはポンコツだけど、やる時はやるのよ!」
「それって仕事が出来ない人の典型的な言い訳よね。」
「そんなことないってば!だって悠一は今までに色んな動物を助けてきたんだから。時には命懸けで。」
そう言って「ねえ悠一?」と振り返った。
「ええっと・・・・そこそこ頑張ってきたつもりだけど・・・・、」
「もう!こういう時は嘘でもいいから頷くの!」
「それを声に出して言っちゃまずいだろ・・・・。」
モンブランは意地でも退かない。
何度も何度も説得を試みた。
するとツクネちゃんはうんざりしながら「分かった・・・・」と言った。
「そこまで言うなら好きにしたらいいよ。でもこっちの邪魔だけはしないでね。」
「もちろん!」
モンブランは嬉しそうに頷き、「悠一!」と叫んだ。
「明日からもバリバリ動物を助けるわよ!」
「お、おお・・・・。」
「もうこの前みたいな子猫は見たくない。私も手伝うから気合入れていくわよ!」
そう言って「うう寒・・・」と震えた。
「マサカリみたいにメタボじゃないから凍えちゃう!」
寒そうに震えながら、慌てて部屋へと駆けこんでいった。
俺はツクネちゃんを振り返り、「なんか強引でごめんね」と謝った。
「でも手伝うのは本気でやる。依頼はキャンセルになっちゃったけど、プロとしてこのままじゃ終われないから。」
「好きにして下さい。でも邪魔だけはしないって約束して下さいね。」
「もちろん。」
「もし約束を破ったら・・・・・、」
「破ったら・・・・・・?」
「・・・・・それじゃ。」
《だから怖ええよ!》
謎のプレッシャーにビクビクしながら、背中が見えなくなるまで見送った。
未だに彼女のキャラが掴めない。
ドライなのかと思えばモンブランに手を貸してくれるし、かと思えばそっけない態度を取ることもあるし。
「謎だな、ほんとに・・・・。」
けどまあお金は返せたし、名誉を挽回するチャンスはもらえたし、とりあえずは良しとしよう。
部屋に戻ると、モンブランが「明日からまた頑張らなきゃね!」と言った。
他の動物たちがグーグー寝る中、一匹で熱くなっている。
「なあモンブラン。」
膝の上に乗せながら、ポンと頭を撫でる。
「お前のおかげで助かったよ。」
「なにが?」
「お金のこと。」
「ふふふ、私もやる時はやるでしょ。」
どうだと言わんばかりに胸を張る。
実は10万を用意できたのはモンブランのおかげなのだ。
「まさか本当に金を稼ぐとはなあ・・・・。」
ゴミ置き場を去った後、またあの川原に向かったのだ。
廃棄品を取るなんてことをやめさせる為に。
どうせ捨てる餌なんだから、お腹の空いている猫にあげればいいじゃないというモンブランの理屈は分かる。
しかしルールを犯せば罰が待っているのも事実で、一歩間違えばカレンは保健所送りになるところだった。
猫の世界に保険を作る。
それを終わりにしようと伝えると、案の定どの猫も反対した。
人間だってやってるじゃないかと。
その理屈も最もだが、リスクの方が大きいということを説得した。
ただモンブランたちがやろうとしたことは立派で、困っている猫を助ける活動は続けてほしいとお願いした。
『俺は動物探偵をやってるんだ。こっちが困った時に手を貸してくれたら報酬を払う。それでどうかな?』
そう提案すると、一匹の猫がこんな事を言った。
『家に帰れなくて困ってる猫がいる。』
その辺をウロウロしている野良猫は、なにも捨てられた猫ばかりじゃない。
外をうろついているうちに迷ってしまったとか、トラックの上で寝ていたら知らない町に運ばれていたとか。
中には事故で怪我をして帰れないという猫、それに興味半分で電車に乗ったところ、遠い駅で放り出されてしまった猫もいた。
『分かった。なら俺が手伝う。』
そう答えると、モンブランが『私も!』と言った。
『私だって動物探偵の一員だもん!みんなを家に帰してあげるわ!』
それから陽が暮れるまでの間、迷い猫の家を捜すのに奔走した。
そして・・・・全ての猫を家に帰すことに成功したのだ。
もし俺一人なら無理だっただろう。
しかしモンブランが他の猫を引き連れて、飼い主を捜しに行ってくれたのだ。
知り合いや友達の猫、そしてその辺をうろついている野良猫に声を掛けて。
すると猫伝手に話が広まって、どんどん情報が集まってきた。
『そういや病院でこの猫の張り紙がしてあるのを見たぜ。』
『駅で毎日猫を捜しているおばさんがいる。』
『そのトラックならいつも○○町の方から来てるぜ。』
『怪我してんなら病院へ行けよ。お金はそこの動物と話せる兄ちゃんに建て替えてもらえばいいじゃん。』
様々な情報やらアドバイスやら、とにかくたくさんの猫たちが協力してくれた。
その甲斐あって、迷い猫たちの家を見つけ出すことが出来た。
俺は車を走らせて、猫たちを家へと送り届けた。
けっこう遠い家の子もいて、全ての猫を返すのに時間が掛かってしまった。
でもこれで救われた猫がいるのだから良しとしよう。
それに何より報酬を得ることが出来た。
猫を家に送り届けると、謝礼としていくらか包んでくれる人がいたのだ。
もちろん金目当てでやったわけではないが、今の俺はお金を必要としている。
ありがたく謝礼を受け取り、その額は計12万3千円となった。
『がんばってくれたみんなにお礼しなきゃね。』
モンブランにそう言われて、2万3千円は猫の餌代に費やした。
これだけあれば大量に買えるってもんで、手伝ってくれた全ての猫を満腹にさせることが出来た。
子猫を抱えていたお母さんも、『久しぶりにお腹いっぱいになったわ!』と喜んでいた。
かくして借金の返済を終え、迷い猫たちも無事に帰すことが出来た。
「それもこれもモンブランが頑張ってくれたおかげだ。」
「でしょ!そうでしょ!」
「ただのトラブルメーカーじゃないよお前は。」
「まあね、我が家で一番仕事の出来る動物だから。」
偉そうにふんぞり返っている。
しかしまだあの子猫のことは悲しんでいるようで、心の底から喜んでいる風には見えなかった。
「残念だけど、猫を捨てる人間はゼロにはならない。」
「そんなの分かってる。でも人間だって良い人はいるわよね。悠一みたいに。」
「お、褒めてくれるのか?」
珍しいこともあるもんだと、ちょっと嬉しくなる。
「私も一生懸命頑張ったし、悠一も頑張った。色々あったけど、猫の保険を作ろうとしたことに後悔はないわ。」
「うんうん、それでこそモンブランだ。」
「というわけで、これからは新しい形で猫を助けようと思うの。」
「ん?どういうこと?」
「猫の組合を作ろうと思うのよ。」
「く、組合・・・・?」
「何かあったらお互いに助け合おうって組合ね。スポンサーは悠一。」
「なんで俺が!」
「だって組合の維持にはお金がいるでしょ?これからは収入の10%は私に払ってちょうだい。」
「馬鹿なこと言うな。なんでお前にそんなもん払わなきゃいけないんだ。」
「明日カレンにも相談して、さっそく取り掛からなくちゃ。」
やる気満々で言って、「おやすみ」と膝から降りていく。
「おいコラ!そんなお金払わないからな。」
「悠一が一日二食にすれば食費が浮くわ。いけるいける。」
「食事を減らすならマサカリの方にしてくれないか?」
グーグー寝ていたマサカリが、ビクっと腹の肉を揺らす。
寝てる時でさえ餌のことを考えているらしい・・・・。
モンブランはみかんの空き箱に入っていく。
段ボールに捨てられていたのに、なぜかこの中が落ち着くんだそうだ。
「そんな所に入ってると、昔の嫌なことを思い出したりしないのか?」
「ぜんぜん。」
ヒョコっと顔を出してこっちを見る。
「嫌な思い出でもあるけど、それと同時に良い思い出でもあるから。」
「良い思い出って・・・捨てられたのに?」
「悠一が拾ってくれた日でもあるわ。」
そう言って「おやすみ」と引っ込んでしまった。
《んだよ、泣かせること言いやがって・・・・。》
ちょっとジ〜ンとくる。
気分が良いので一人晩酌を始めた。
少し酔いが回ってくる頃、段ボールの中からムニャムニャと寝言が聴こえた。
「これ・・・廃棄じゃないやつが混じってる・・・・。大丈夫よカレン・・・・責任を取るのは飼い主だから・・・・。」
一気に酔いが冷めていった。

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