稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十五話 紫に染まる(1)

  • 2018.11.20 Tuesday
  • 10:57

JUGEMテーマ:自作小説

懐かしい顔と会うのは嬉しいものである。
でも相手が自分を嫌っているなら、険悪なムードになってしまうだろう。
「なんでこんな場所でお前の顔なんか見なきゃならないんだ。」
ここは集落にある民家の居間。
ちゃぶ台の向こう側にジャニーズ風のイケメンがあぐらを掻いている。
彼の名前はツムギ君。
一昨年に稲荷と揉めた時の一人だ。
初めて会った時は敵だった。
そしてクールなイケメンだった。
いかにも切れ者という感じで、俺はピンチに追い込まれたのだ。
でもダキニがいなくなってからというもの、転落の一途を辿っている。
いつでもダキニ様ダキニ様ってうるさいのだ。
「これだからマザコンはなあ・・・・。」
ボソっと呟くと「誰がマザコンだ!」と怒った。
「さすが稲荷、耳がいいな。」
「お前のせいでこんな田舎に飛ばされたんだ。この屈辱が分かるか!?」
「全然。」
「なにいぃ〜・・・・、」
「自業自得だろ。ダキニ様ダキニ様って恋しがり過ぎなんだ。そのせいでウズメさんに盾突いてばっかりだ。トップに逆らったんじゃ地方へ飛ばされても仕方ないだろ。」
「黙れ!去年の夏に助けてやったのを忘れたか!」
「そういえばそうだった。あの時はほんとに助かった、感謝してるよ。」
「だいたい俺を飛ばしたのはウズメじゃない!」
「そうなの?じゃあ誰に?」
「エボシって野郎だ。」
「誰それ?」
「先輩の稲荷だよ。いちおう神獣の位を持ってるけど、いけ好かない野郎さ。」
「なら偉いんだな、そのエボシってのは。」
「かつてはダキニ様の重臣の一人だった。とにかく嫌味な野郎で、ことあるごとに下の者をいびる陰湿な奴さ。」
「じゃあ君もそいつに目を付けられたってわけか?」
「ふん!ちょっと文句を言っただけで左遷とは・・・金玉の小さい男さ。」
「でもダキニの重臣だったなら、君とは気が合うはずじゃないのか?どうして左遷なんて?」
「あいつはダキニ様に忠誠を誓うように見せかけて、ほんとは自分のことしか考えていない奴なんだ。
ダキニ様が地獄に幽閉されている今、その本性を現して好き勝手してやがる。」
「人間の世界にもいるよそういう奴。上司の前じゃペコペコしながら、部下の前では偉そうにしてるんだろ?」
「その通りだ。しかも人間の世界でもそれなりの地位にいるんだ。大きな会社で常務をやってるからな。」
「へえ、そりゃすごいな。」
「なにがすごいもんか。あいつは媚びを売るのが上手いだけなんだ。ダキニ様がいなくなったもんだから、今度は別の稲荷に媚びを売ってる。ほんとに最低最悪なクソ野郎だ。」
「う〜ん・・・・稲荷の世界も人間と変わらないんだなあ。」
「ウズメがしっかりみんなをまとめてくれればこんな事にはならないのに・・・・。
あいつは甘すぎる。稲荷の頂点に立ってるんだから、もっとこうダキニ様みたいにビシっとしてくれないと。」
「要するに田舎へ飛ばされてご立腹なんだな。」
「元はといえばお前が悪いんだぞ!お前さえいなければダキニ様は今でも稲荷の頂点に君臨されていたんだ。
お前とあの猫神さえいなきゃこんな事には・・・・。」
そのあともブツブツ言っていたけど、左遷された愚痴ばかりだったので適当に聞き流した。
「君の不満はよく分かった。でもどうして神社で倒れてたんだ?」
「狼男のせいさ!アイツらが襲いかかってきたんだ!」
「襲いかかるって・・・・君は狼男にまで迷惑を掛けるようなことをして・・・・、」
「違う!いきなりだ!」
バシンとちゃぶ台を叩く。
ビシっとヒビが入って、「壊すなよ」と宇根さんが注意した。
「黙れ人間!僕はこれでも神様だぞ!」
「神様のくせに狼男に負けるなんて恥ずかしいな。」
「しょうがないだろ!アイツ強かったんだから・・・・。」
バツが悪そうにしている。
でもなんでいきなり襲いかかってきたんだろう?
そのことを尋ねると、「ここを乗っ取る為さ」と言った。
「奴ら妙な薬をバラ撒いてたろう?」
「ああ、その薬のせいで俺も子犬になっちゃった。」
「お前みたいなチンチクリンにはお似合いだ。」
「俺だけじゃないよ。集落の人たちみんなが動物に変わっちゃったんだ。逆に動物たちが人間に。」
「それが奴らの目的だったんだろう。僕がいると邪魔だから生き埋めにしたのさ。」
「かわいそうに。よく生きてたな。」
「これでも神様だからな。」
偉そうにふんぞり返っているけど誰も褒めていない。
「でもなんであんな薬をバラ撒いてたのかは分からない。いったいなにが目的だったのか・・・・。」
深く考え込んでいる。
事情を説明しようとすると、「私から話すわ」誰かがやって来た。
「あ、お前は・・・・、」
「久しぶりね、ツムギ君。」
「アカリ・・・・ウズメの腰巾着め。なんでお前がここにいる?」
「それを今から説明してあげるのよ。」
ツムギ君の向かいに腰を下ろし、俺を膝の上に乗せた。
「アカリさん・・・もう平気なんですか?」
「まあね、ちょっと頭が痛むけど大丈夫。」
「さすが聖獣。」
「私が寝てる間の出来事はマシロー君から聞いたわ。あいつら逃げちゃったんだってね。」
「ええ。ていうか駆け落ちですよあんなの。」
「モンブランって子、そうとう肝が据わってるわね。生意気なだけかと思ったけど気に入ったわ。」
「俺としては振り回されて困ってます・・・・。あ、ちなみにチェリー君は?」
「まだ寝てるわ。さすがに下っ端の霊獣には堪えたみたいね。」
「心配だな・・・。」
「なら様子を見に行ってあげればいいじゃない。」
「はい、そうします。」
アカリさんの膝から飛び降り、玄関に向かう。
外に出るとまだ動物と人間が睨み合っていた。
ピリピリムードは相変わらずで、いつ喧嘩が起きてもおかしくない。
それをずっと仲裁しているマシロー君には頭が下がる。
ササっとみんなの間を通り抜け、斜向かいの家に向かった。
玄関に入るとイノシシがいて、ジロっと俺を睨んだ。
「あの・・・チェリー君の様子を見に来ました。上がってもいいですか?」
「どうぞ。それと家に上がる前にマットで足を拭いてちょうだいよ。」
「はい。」
このイノシシは宇根さんの奥さんである。
玄関にあるマットでゴシゴシと足を拭き、「お邪魔します」と上がった。
古びた廊下を進み、半開きの襖を覗く。
するとチェリー君が布団の上にあぐらを掻いていた。
「おお!気がついたのか?」
「ついさっきな。」
そう言って「おお痛え」と頭を押さえた。
「あの狼野郎・・・・思いっきり踏みつけてくれやがって。」
「大丈夫か?」
「大したことねえよ。それよりアカリは?」
「向かいの家にいるよ。知り合いと話し込んでる。」
「知り合い?こんな辺鄙なところに?」
「ああ、左遷されて。」
「なんだそりゃ?」
「こっちの話。それより聞いてくれよ、モンブランが狼男と駆け落ちしちゃったんだ。自分をさらった奴らなのに。」
「へえ、そうか。」
「驚かないのか?」
「どうせ一目惚れでもしたんだろ。」
「いや、一目惚れしたのは向こうらしい。」
「そりゃ物好きもいたもんだな。あのオテンバ、どうせ猫被ってたんだろ。本性知ったら腰抜かすぜ。」
「同感。」
さすが一緒に暮らしているだけある。
実に冷静な意見だ。
チェリー君は「よっこらしょっと」と立ち上がり、玄関へ向かう。
イノシシの奥さんに「世話んなったな」と礼を言い、外に出て「なんだこりゃ?」と驚いていた。
「なんでこんな大勢の動物と人間が睨み合ってんだ?」
「ロッキー君たちのせいだよ。薬で人間と動物が入れ替わっちゃったんだ。」
「・・・おお!そういえばそんなこと言ってたな。寝てる間に忘れてたぜ。」
ボリボリと頭を掻きながら、両者が睨み合う中へ歩いていく。
「ちょっとチェリー君。あんまり刺激しない方が・・・・、」
制止を無視してズカズカと歩いて行く。
そして「こらテメエら!」と怒鳴った。
「喧嘩してる場合か!」
そう言って周りを睨みつけると、「引っ込め若僧!」と誰かが怒鳴った。
「人様の住処を乗っ取りおって!ここは儂らの物だぞ!」
一羽のトンビが怒る。
すると今度は反対側から「今こそ復讐の時だ!」と怒鳴り声が。
「人間はずっと俺たちを虐げてきたんだ!木を切り倒して住処を奪い、スポーツハンティングとかいって遊び半分で仲間を撃ったり。許せねえ!」
そうだそうだ!と同意の声が湧き上がる。
「今までの俺たちはただやられっぱなしだった。でもこれからは違う。俺たちは人間になったんだからな。
俺たちが受けてきた苦しみを味あわせてやる!そうだろみんな?」
そうだそうだ!と拳が突き上がる。
そこへマシロー君がやって来て「刺激しないで下さい!」と言った。
「せっかくどうにか止めているんです。これ以上刺激したら暴動が起きてしまいますよ。」
「いいじゃねえか。」
「いいわけないじゃないですか!こんな大勢で喧嘩したら大変なことになってしまいますよ。」
「もう大変なことになってんだ。ていうか良い機会だと思うぜ俺は。」
「良い機会とは?」
「せっかくこうやって互いに入れ替わったんだ。それぞれの気持ちを知る良い機会じゃねえか。
人間たちはどれだけ動物を虐げてきた分かるだろうし、動物たちは人間の背負ってる苦労が分かるはずだ。
元に戻るまでの間、色々体験すりゃあいいじゃねえか。それが嫌だってんならここで喧嘩すりゃあいいんだ。
なんもしねえで睨み合ってても埓が明かねえんだからよ。」
「それは乱暴な意見です。喧嘩なんかしたらお互いに傷つくだけだし、下手にこの集落を出ても危険だし。
解毒剤が手に入るまで、冷静に大人しくしていた方が無難だと思います。」
「はん!固てえなあお前は。」
チェリー君は不満そうに吐き捨てる。
そして霊獣の姿に変わった。
「ようオマエら!実は俺はさっきの狼男の仲間なんだ。」
そう言った瞬間、動物に変わった人間たちから怒りの声が上がった。
「やっぱりそうだったのか!」
「似てるからおかしいと思ったのよ!」
「お前らのせいでこの集落は滅茶苦茶だ!責任取れ!」
すさまじい罵声が飛ぶ。
すると今度は人間に変わった動物たちから歓喜の声が。
「狼男様!あなたは俺たちの救世主です!」
「これからも私たちと一緒に戦って下さい!」
「一生ついていきます!」
片や憎しみの言葉が飛び、片や賞賛の言葉が飛ぶ。
ますますヒートアップして、マシロー君が「みなさん落ち着いて!」と叫んだ。
「あなたもいい加減にして下さい!このままじゃ本当に暴動が起きてしまいます!」
「分かってるよ。でもこいつらもう止まらねえぜ。」
「あなたが挑発するからです!せっかく僕が説得して宥めていたのに・・・・。」
「そうガッカリするなよ。」
マシロー君を掴み、ポンと肩の上に乗せた。
そして俺を振り返ってこう言う。
「ちょっと出かけてくるぜ。」
「出かけるって・・・・どこに?」
「人間の街に。ついでに周りの連中も連れて。」
「はあ!?ダメに決まってるだろそんなの!」
「なんで?」
「なんでって・・・・そりゃ大変なことになるからだよ、うん。」
「そんなの行ってみなきゃ分からねえじゃねえか。」
「で、でも!ぜったいにトラブルになるって。解毒剤が手に入るまでここで大人しくして・・・・、」
「そういうのは性に合わねえ。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「こいつら連れて街へ行けば、今まで見えなかったことが見えるかもしれねえ。動物と人間、両方を知ってる霊獣だから教えられることもあるしな。」
「でも・・・・、」
「それにやる前から物事を決めつけるのは好きじゃねえ。トラブルが起きるかもしれねえが、やってよかったって思える経験になるかもしれねえぜ。」
そう言って「やいテメエら!」と動物に変わった人間たちに怒鳴った。
「俺は今から街へ行く。そしてこの集落で動物が暴れてるってハンターに伝えてくるぜ。」
「な、なんだと!?」
「銃持った人間が押しかけてくる。お前らみんなバン!って撃たれちゃうぜ。」
「ふ、ふざけんな!」
「なんで私たちが撃たれなきゃいけないのよ!」
「そんなことさせねえぞ!」
みんないきり立つ。今にも飛びかかりそうだ。
そして今度は「ようお前ら!」と人間に変わった動物たちを振り返った。
「この集落だけじゃなくて、街も乗っ取ってやろうぜ!」
「そりゃいい!行こう行こう。」
「私たちがどれだけ苦しんでるか・・・人間どもに思い知らせてやる!」
「いよいよ俺たちの天下になるんだな。今まで我慢してきた甲斐があったあ・・・・。」
こっちはこっちで歓喜に沸く。泣いてる奴までいるし。
「というわけでちょっくら出かけてくらあ。」
そう言い残して集落を走り去って行った。
「あいつを止めろ!ハンターを呼ぶ気だぞ!」
「今こそ革命の時!みんな狼男様について行くんだ!」
動物も人間もチェリー君のあとを追いかけていく。
遠くから「有川さああああああ・・・・」とマシロー君の叫びが響いていた。
「相変わらず無茶苦茶だなあいつは。」
モンブランとは違った意味でぶっ飛んでいる。
もうなるようになれと思っていると、「悠一君」と呼ばれた。
振り返るとアカリさんとツムギ君が立っていた。
「もう話は終わったんですか?」
「まあね。それよりみんなは?」
「街へ行っちゃいました。」
「はあ!なんで?」
「お互いの気持ちを知る良い機会だからってチェリー君が。」
「良い機会って・・・何かあったらどうすんのよ?」
「そう止めたんですけど聞かないんですよ。やる前から物事を決めつけるのは嫌いだって。」
「破天荒な奴ね。」
険しい顔をしながらも、笑みを浮かべているのはアカリさんも霊獣だからだろう。
人間と動物、両方の立場を知っている霊獣は、双方の気持ちも知っている。
アカリさんもどこかで期待しているのかもしれない。
これを機にお互いが理解を深めてくれたらと。
「彼らのことはチェリー君に任せるしかないです。それよりも狼男の話で気になることがあって・・・・、」
「分かってる、依頼者のことでしょ?」
「あの薬を渡したのは絶対にカグラだと思ってたんです。でも狼男は違うって。」
「それもマシロー君から聞いたわ。カマクラ家具の瀞川と安志って奴でしょ?」
「依頼者のことを口にする時、ロッキー君はずいぶん怖がっていました。おそらく瀞川と安志って人は霊獣なんだと思います。」
「私もそう思う。狼男が人間を恐れるはずないからね。それにカマクラ家具は・・・、」
「ダキニ様の会社だ。」
ツムギ君が前に出てくる。
険しい顔をしながら「狼男たちが言ってたことは本当なのか?」と尋ねた。
「例の薬のことはアカリから聞いた。あの狼男たちが持っていた薬はカグラが開発したんだってな?」
「ああ。でもこれっておかしいよな?だってあの薬はカグラが作った物なのに、なんでカマクラ家具の霊獣たちがそれを持ってるんだろう。」
「多分・・・いや、きっとエボシの野郎のせいだ。」
「エボシって君を左遷した奴だよな。」
「いちいち左遷って言うな。」
こめかみに血管が浮いている。この言葉はタブーらしい。
あんまり機嫌を損ねてもアレなので気をつけよう。
「で、なんでエボシって奴のせいなんだ?」
「あの野郎はカマクラ家具の常務なんだよ。人間の世界じゃ豊川十三って名乗ってる。」
「そういえばダキニの重臣だったんだよな。社長の重臣だから会社でも重役ってわけか?」
「そういうことだ。大した能力なんかありゃしないのに、媚びを売るのだけは上手いからな。
今ダキニ様は地獄だから、代わりにトヨウケヒメ様が社長をやっていらっしゃる。」
「トヨウケヒメ?」
「ダキニ様のご友人だ。神道系の偉い稲荷神でいらっしゃる。」
「ああ、そういう話はとある猫又から聞いたよ。稲荷の世界も一枚岩じゃないって。」
「エボシはトヨウケヒメ様に媚びを売って今の地位を保ってるだけなんだ。なのに好き勝手なことしやがって・・・・、」
また左遷がどうのと呟いている。「まあまあ」と宥めて先を促した。
「トヨウケヒメ様はダキニ様が戻ってこられるまでの代理だ。社長の椅子を守ることがお勤めだから、経営は部下に任しておられる。
その最高責任者が豊川常務、つまりエボシの野郎ってことさ。」
「なら大きな権限を持ってるわけだな。」
「そうさ、そのせいで稲荷の世界でもデカイ顔してるんだ。だからちょっと文句を言っただけでこんな辺鄙なところに飛ばしがった!」
「まあまあ。エボシがひどい奴だっていうのは分かったけど、それと例の薬とどう関係があるんだ?」
「エボシ・・・エボシめ・・・・、」
「ツムギ君・・・・?」
「今に見てろ・・・・ギャフンと言わせてやるからな・・・・。ダキニ様が戻ってきたらお前なんか・・・・、」
爪を噛みながらブツブツ言っている。
ダキニ頼みな時点でギャフンと言わせることは難しいと思うけど・・・口には出さないでおこう。
ツムギ君は完全に恨みの中に落ちてしまって、ガリガリ爪を噛むばかりだ。
よっぽど左遷が堪えているらしい。
するとアカリさんが「私が代わりに答えるわ」と言った。
「私だって稲荷の内情は知ってるからね。」
「お願いします!」
「でもツムギ君ほど詳しくはないからね。噂レベルの話。」
「それでも構いません。」
アカリさんはコホンと咳払いして「実はね・・・」と切り出した。
「一昨年の夏にダキニ様が幽閉されてから、稲荷の世界で怪しい動きをしてる奴らがいるのよ。」
「怪しい動き?」
「悠一君も知っての通り、稲荷の世界には二つの派閥があるわ。」
「神道系と仏教系ですね。」
「そう。今までは付かず離れずの距離を保ってたんだけど、一部の連中が結託して、よからぬことを企んでるって噂があるのよ。」
「よからぬ事・・・それはどんな?」
「稲荷の世界を一つに統合して、より大きな勢力にする。そのあとは人間の世界を霊獣で溢れさせ、自分たちが支配する。」
「に、人間の世界を支配・・・・?」
「ほんとはそんなことやっちゃダメなんだけどね。よい強い神様や霊獣からお叱りを受けるから。
でも勢力を拡大すれば可能になるかもしれない。力を持てば霊獣の掟を突っぱねることも出来るから。」
「なるほど・・・・悪い意味で革命を起こそうとしてるってわけですか。」
「そんなところね。そして人間の世界にだって二つの稲荷の派閥が存在してるわ。それがカグラとカマクラ家具。
カグラは神道系の稲荷が、カマクラ家具は仏教系の稲荷が仕切ってる。今までこの二つの会社はライバル関係だったんだけど、裏では手を結んでるんじゃないかって噂があるのよ。」
「それがさっき言ってた一部の連中が結託ってやつですか?」
「ええ。カグラには鬼の狐火って恐れられる稲荷がいるわ。とにかく腕っ節の強い武闘派でね、しかもそいつの手下もワルなのよ。人間の世界では瀞川と安志って名乗ってるわ。」
「瀞川と安志!それって・・・・、」
「狼男に薬を渡した奴らよ。」
「でもそいつらはカグラの霊獣なんでしょう?狼男はカマクラ家具の人からって言ってたけど・・・・。」
「以前はカグラにいたのよ。それがどういうわけか、今はカマクラ家具にいるみたいでね。これも噂だけど、エボシが関わってるんじゃないかって。」
「またそいつですか?」
「ツムギ君の言う通り、エボシはほんとに嫌な奴よ。上の者にはペコペコして、下の者には偉そうに振舞うから。私だって因縁つけられたことあるんだから。」
「アカリさんも・・・・。大丈夫だったんですか?」
「ウズメさんのおかげでね。アイツったらウズメさんが注意した途端にヘコヘコしやがるの。思い出しただけでも腹立つわ。」
どうやらエボシって奴はいろんなところから恨みを買っているらしい。
よく言えば忖度の達人、悪く・・・いや、悪く言わなくても表裏のあるひどい奴ってことなんだろう。
「エボシは自分の損得しか考えてない奴なのよ。だから得をすることがあればルールや掟だって平気で破る。
カグラを離れた神道系の稲荷がカマクラ家具に来たってことは、普通じゃ考えられないことよ。
でもエボシが裏で糸を引いてるとしたら充分に有り得るわ。多分だけど、アイツが欲しがったのは例の薬よ。
薬の開発者を引き込めば自分に得があると踏んだんでしょうね。」
「なるほど。もしそれが本当ならズル賢い奴ですね。」
「まったくよ。そうやって薬を手に入れて、色々実験も重ねたんでしょうね。
そしてより効果の確かな物にしたかったから、瀞川と安志に命じて、狼男たちに渡したんじゃないかって私は思ってる。」
「それ狼男も言ってましたよ。社内の実験だけだと限りがあるから、たくさんのデータを取る為に依頼してきたんだろうって。」
「薬を渡したのは瀞川と安志だけど、それをさせたのはエボシだと思うわ。まあ私の勝手な想像だし、噂も混じってるからそんなに信用されても困るけど。」
「アカリさんの話が正しいかどうかを確認するには、やっぱりカグラに潜入して調べないといけないんですよね。
まあそっちは源ちゃんに任せるとして、もう一個気になることがあるんですよ。」
そう言うとアカリさんも頷いた。
「薬の入ってたポーチの件ね。マシロー君が言ってたわ、狼男と同じ臭いが付いてたって。」
「もしそれが本当なら、狼男から遠藤さんの手に渡ったことになります。」
「遠藤さんって前に付き合ってた男からその薬を貰ったんでしょ?」
「ええ。だから俺はこう思ってるんです。狼男は人間に化けて遠藤さんに近づき、わざと薬を渡した。そうすることでよりたくさんの薬をばら撒けるから。」
「遠藤さんがばら撒いたせいであんたは子犬に、モンブランたちは人間になっちゃったんだもんね。しかもモンブランは貴重なサンプルになるかもしれないんでしょ?」
「ロッキー君が言うには、獣の臭いを感じるんだそうです。そうじゃない奴はみんな副作用が出てるって。」
「たしかにモンブランはピンピンしてるもんね。でもそれを言えばあんたはどうなのよ?胸が苦しいとかはないの?」
「今のところは。」
「じゃあ他の子は?マサカリたちに異変はない?」
「それも大丈夫です・・・・・って言いたいところだけど、これから先は分からないですよね。俺だっていつか副作用が出るのかもしれないし。」
「早く解毒剤を手に入れないと、あんた達まで入院ってことになりかねないわけか・・・・。」
アカリさんの表情が曇っていく。
子供をひどい目に遭わせた奴を殺すって息巻いてたけど、今となっては複雑な心境だろう。
なぜなら狼男たちはただの実行犯でしかないのだから。
本当に復讐を果たしたいのなら、ロッキー君たちに薬を渡した張本人を相手にしないといけない。
でもそれはかなり難しい。
さっきからよく出てくるエボシって奴、こいつが主犯なんだろけど、ぜったいに一筋縄ではいかない相手だ。
ダキニの重臣でカマクラ家具の重役で、しかもアカリさんと同じ稲荷である。位だってずっと上だろう。
アカリさんの表情には怒りと悔しさが満ちていて、歯がゆい感情を圧し殺しているのが伝わってくる。
その後ろではツムギ君がまだ爪を齧っていた。
呪文みたいに「エボシ・・・・エボシめえ・・・・」と。
ここへ来た時は夜だったけど、今は東の空が少しずつ明るくなり始めている。
もうすぐ朝が来る。
きっとマサカリたちは心配しているだろう。
夜の街に調査に出ただけなのに、一晩中戻って来ないんだから。
「アカリさん、いったん戻りませんか?」
「・・・そうね。子供達の様子も気になるし。」
ヒョイっと俺を抱えて稲荷神社に向かって行く。
「ねえツムギ君、ここワープさせてもらってもいい?」
「エボシ・・・・許さんぞ・・・・ぜったいに・・・・。」
「聞いてる?」
「・・・・なんだ?」
「あなたの神社、ワープさせてもらってもいいわよね?」
「そこは無理だぞ。」
「なんでよ?ケチ臭いこと言わないでもいいじゃない。」
「そうじゃない。そこは神道系の稲荷が祭られていたんだ。俺が来ることになって他所へ移ったがな。」
「あ、そういえばそうだった。ここ派閥が違うんだったわ。だから子供たちにも近づくなって注意してたんだっけ。」
「珍しいよなあ、仏教系の俺が神道系の稲荷神社へ来るなんて。これもきっとエボシのせいだ。
あいつが汚い手を使ってここを空けさせたに違いない!だからこんな辺鄙なところへ飛ばされて・・・・、」
「まあ普通は有り得ないわよね。それだけ嫌われてたってことなんでしょうけど。」
「うるさい!お前にはお前の神社があるだろ!そっちから帰れ!!」
アカリさんは「はいはい」と頷く。
稲荷に変身し、猛スピードで山を超え、ものの数分で自分の神社まで戻ってきた。
「派閥が違うとワープ出来ないんですか?」
「そうなのよ、不便よねえ。こういうところだけは統合してくれたらいいのにって思うけど。」
「でもあの神社はツムギ君の物なんでしょ?それでも無理なんですか?」
「無理ね。だって彼は聖獣でしょ。じゃあ神社そのものは自分の物にはならないのよ。神獣になって初めて自分だけの神社が持てるの。
私のこの神社だって自分の物じゃないわ。上から任命されて祭神をやってるだけ。まあワープ出来るだけ彼よりマシだけど。」
「可哀想だなツムギ君。根は良いやつなのに・・・・。」
「そういうことするのよ、エボシって奴は。」
吐き捨てるように言って神社へ飛び込む。
数秒後にはこがねの湯の近くまで戻り、アカネ荘まで送ってもらった。
ちょうど入口のところにマサカリがいて、「おお悠一!」と駆け寄ってきた。
「今までどこ行ってたんだよ!心配したぜ。」
「ちょっと色々あって。」
「あれ?モンブランはどこだ?」
「それも色々あって。部屋で話すよ。」
マサカリはキョトンと首を傾げる。
アカリさんが「とりあえず休ませてあげて」と俺を預けた。
「一晩中気を張って疲れてるはずだから。」
「もしかしてまたあのバカ猫がトラブルを起こしたのか?」
「半分正解ってとこね。じゃあ悠一君、私は病院に行って来るから。また迎えに来るからそれまで休んでて。」
「はい。アカリさんも無理しないで下さいね。」
疾風のように去っていくアカリさん。
マサカリが「何があったんでい?」と目を向けた。
「ん〜と・・・一言でいうなら駆け落ち?」
「やっぱモンブランのせいなんだな。どうせまた結婚するとかそんなところだろ。」
「さすがよく分かってる。」
「ま、とにかく部屋に戻ろうや。一晩中お前を捜しててクタクタだぜ。」
「悪いな、心配かけて。」
空はさっきよりも明るくなって、柔らかい光が夜を追い払っていく。
眠気が襲ってきて、大きなあくびを放った。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十四話 二人の狼男(2)

  • 2018.11.19 Monday
  • 10:45

JUGEMテーマ:自作小説

恨みというのは恐ろしいものだ。
積もりに積もった恨みとなれば余計に恐ろしい。
俺はアカリさんとチェリー君と一緒に岡山までやって来た。
さらわれたモンブランを助ける為に。
けど事態はいつだって予想の斜め上をいくもので、モンブランを助けるどころか、俺たちがモンブランに助けられる羽目になった。
今、俺はモンブランの腕に抱えられている。
目の前には身長が3メートルはあろうかという狼男がいて、怖い目で俺を見下ろしていた。
その隣にはロッキー君もいる。
ついさっきまでアカリさんに締め上げられていたせいか、「おお痛え・・・」と首を押さえていた。
「あの稲荷め・・・・覚えてろよ。」
そう言いながら首をコキコキ鳴らしている。
喰い千切られた足も再生していて、霊獣の半端ない生命力に感心する。
ここは山と山の間にある寂れた集落、俺たちが目指していた場所だ。
ここへ来る途中にチェリー君がやられたり、アカリさんがロッキー君と戦ったり、イタチに変わった人間に出会ったりと色々あった。
これはもう集落まで辿り着けないかもしれない。
そう思っていたんだけど、幸いにもこうして辿り着くことが出来た。
・・・・いや、連れて来られたといった方が正しいだろう。

 

     *****

 

例の薬で人間に変わった動物たちは、日頃の恨みを晴らすチャンスとばかりに、動物に変わった集落の人間を襲い始めた。
中には銃を持った奴もいて、元人間たちは慌てて山の中に逃げ込んでいったのだ。
その一人がイタチに変わったこの人、宇根畦夫(うねうねお)さんである。
アカリさんとロッキー君が戦っている最中、俺は宇根さんから集落での話を聞いた。
そこへ人間に変わった動物たちが追いかけてきて、俺たちに銃を向けたのだ。
『逃げろ!撃たれるぞ!』
慌てて逃げて行く宇根さん、固まって動けない俺。
銃口が向けられ、死を覚悟した。
しかしその瞬間、チェリー君が助けてくれたのだ。
銃を蹴り飛ばし、ついでに敵も蹴り飛ばしてノックアウトした。
『クソ!不覚だぜ、ロッキーなんかにやられるなんて。』
悔しそうに舌打ちをしていた。
銃を持った奴はいなくなったが、ピンチが去ったわけではない。
周りを敵に囲まれていたからだ。
人間に変わった動物たち・・・・。
木立の中からゆっくりと迫ってきて、今にも飛びかかってきそうだった。
『なんなんだコイツら?』
『人間に変わった動物たちだよ。』
『てことはコイツらも・・・、』
『薬を飲んでる。』
『かあ〜!面倒臭えことになってやがんなあ!』
ジリジリと迫ってくる元動物たち。
そこへもう一人厄介な奴が現れた。
ロッキー君の仲間の狼男である。
プロレスラーの倍くらい大きな身体をしていて、ノシノシこちらへ近づいてくる。
チェリー君が『やべえなコイツ・・・・』と息を飲んだ。
『こいつはロッキーなんかよりずっと強い霊獣だぜ。ぶっちゃけ俺じゃ勝てねえ。』
『そりゃロッキー君にも負けるんだから勝てないよ。』
『うるせえ!不意を突かれなきゃあんな野郎に負けたりしなかったんだ。』
負けたのは自分から弱点を喋ったせいである。
それがなければ擬態を見抜かれることもなかっただろうに。
狼男は真っ直ぐに近づいてきて、俺たちの前で足を止めた。
目の前に立たれただけでもすごい威圧感だ。
きっと猛獣に狙われる獲物はこんな気分なんだろう・・・・。
『チェリー君・・・・ヤバいよこいつ。』
『分かってる。擬態も通用しねえし・・・・参ったな。』
自慢のリーゼントがフニャっと垂れていた。
そうこうしている間にも周りを囲う敵が迫ってくる。
いよいよマズい・・・・そう思いかけた時、『この野郎!』と雄叫びが響いた。
『よくもウチの子たちを!!』
ロッキー君を倒したアカリさんが狼男に飛びかかる。
『稲荷か?』
狼男はボソっと呟き、思いっきりアカリさんを殴り飛ばした。
『ギャン!』
まともにパンチを食らったアカリさんは10メートル以上も吹き飛ばされる。
しかしすぐに立ち上がり、牙を剥き出して飛びかかった。
『許さない!お前らぜったいに殺してやる!!』
鋭い爪で切りつけるが、これもあっさりとかわされてしまう。
だがまだ諦めない。
クルっと回転して四つの尻尾を巻き付けようとした。
狼男はこの攻撃を読んでいたかのように、高くジャンプした。
そして口先をすぼめ、アカリさんに向かって遠吠えを放ったのだ。
超音波なので俺には聴こえない。
しかしアカリさんの耳には響いたようで、『ギャッ!』と悲鳴を上げてから気絶してしまった。
『アカリさん!』
駆け寄ろうとすると狼男が立ちはだかった。
俺を掴み、高く持ち上げたのだ。
どうやら周りを囲う元動物たちに投げるつもりのようだ。
そんなことされたら一斉にリンチを受けて助からないだろう。
『させるかよ!』
チェリー君が擬態を使う。
でも狼男には通用しなかった。
また遠吠えを放ち、チェリー君の耳を揺さぶる。
『あ、頭が・・・・、』
擬態が解けてしまい、地面をのたうち回る。
狼男はチェリー君の頭を踏みつけ、鋭い爪を喰い込ませた。
『ぐあああああ・・・・、』
『やめろおお!』
チェリー君どころかアカリさんまで負けてしまうとは思わなかった。
これじゃモンブランを助けるどころか、俺たちが生きて帰れるかどうかも分からない。
万事休すである。
しかしその時、木立の中から『やめて!』と声が響いた。
『それ以上ひどいことしないで!』
モンブランだった。
木立の中から駆け出して、狼男の前に立ちはだかる。
『子犬もリーゼントの霊獣も私の仲間なの!許してあげて!』
狼男は鋭い目で見下ろす。
俺は『モンブラン!』と叫んだ。
『無事だったか!』
『悠一!いま助けてあげるからね!』
『なに言ってんだ!お前まで襲われちまうぞ!早く逃げろ!』
『平気よ、だって彼は私の婚約者なんだもん。』
そう言って『お願い』と潤んだ目で見つめた。
『悠一は私の家族なの。だったらあなたにとっても家族同然でしょ?もう許してあげて。』
まるで少女漫画のヒロインみたいに目をキラキラさせている。
狼男は俺を離し、モンブランの腕に落とした。
『悠一!よかった・・・・。』
『あの・・・・いったい何がどうなってんだか・・・・。』
『私ね、婚約したの。』
『それ・・・・マジで言ってんのか?』
『式場と日取りはまだ決めてないけど、やっぱり大安がいいわよね。それに式場は海が見えるところがいいわ。ねえ?』
狼男に目配せすると、ポっと頬を染めていた。
『というわけで、みんなも式に呼んであげるからね。』
『・・・・・・・・・。』
『それと悠一には仲人をお願いしたいの。あ、でもスピーチの時は三つの袋の話とかはやめてね。
そういう古臭いのじゃなくて、もっとこう私たちの未来を祝福するような、幸せをみんなに届けられるようなスピーチにしてほしいの。やってくれるわよね?』
まだキラキラした目で見つめている。
俺は思いっきり息を吸い込んでから答えてやった。
『こんな男と結婚なんて許さんぞ!!』

 

     *****

 

とまあ色んなことがあって、今はこの集落にいる。
個人的にはモンブランの結婚について断固反対したいところだが、とりあえず私情はしまっておこう。
今はこの集落そのものが大問題なのだから。
俺の周りには大勢の人間と動物たちがいて、互いにピリピリした様子で睨み合っていた。
人間に戻りたい元人間たち、人間に恨みを抱く元動物たち。
今にも争いが起きそうだが、これを宥めたのはマシロー君であった。
あの丁寧かつ柔らかい口調で、『みなさん落ち着いて下さい』と止めたのだ。
人間と動物、両方と話せる彼は、それぞれの言い分を聞きつつ、とにかく喧嘩はしないようにと今も説得中である。
マシロー君、やっぱり君は立派なネズミだ。
しかしいつまでもこんな状況が続くのはマズい。
どうにかして元に戻さないと・・・・。
「有川さん。」
近くの家から宇根さんが出てくる。
俺は「二人の様子は?」と尋ねた。
「無事だ。しばらくは目を覚まさないかもしれないが。」
「そうですか、とりあえず無事なら安心しました。」
アカリさんとチェリー君は狼男のせいでノックアウトされてしまった。
あの二人をこうもあっさり倒すなんて・・・・やっぱりこいつはタダ者じゃないようである。
「ロッキー君、あんたの親分は何者なんだ?稲荷と喧嘩して勝つなんて普通じゃ考えられないぞ。」
「こいつ強いだろ。」
嬉しそうに胸を張っている。
「誰も褒めてないぞ。」
「俺たちは流れ者の霊獣なんだ。俺は頭脳派、こいつは武闘派だ。」
「話を聞いてるか?」
「俺たちはあちこちで色んな霊獣と喧嘩してるからよ、自然と強くなっちまったんだよなあ。」
「強いのはそっちの狼男だけだろ。」
「だから俺は頭脳派なんだよ。頭がなきゃ腕っ節が強くても意味ないだろ。」
君も頭が良さそうに見えないよって言おうとしたけど、下手に挑発するのはやめておこう。
「君たちが強い霊獣だっていうのは分かったけど、どうしてあの薬をばら撒いてたんだ?」
「ん?まあそれは・・・・あれだな。守秘義務ってやつがあるから。」
「てことは誰かから頼まれたってことか?」
「まあな。」
「いった誰に?」
「それは言えないって。」
「じゃあさ、俺が一発で当ててみせるよ。もし当たってたら依頼者が誰か教えてくれないか?」
「上手いこと言って。そうやって引っ掛けようってつもりなんだろ?でも頭脳派の俺には効かないぜ。」
余裕たっぷりに笑っている。
だったらここはコイツにお願いするしかないだろう。
「なあモンブラン。」
「なあに?」
「お前から聞き出してくれないか?依頼者は誰なのか。」
「ええ〜・・・・ヤダ。」
「なんで?」
「だって無理矢理聞いたら彼に嫌われちゃうもの。ねえ?」
可愛こぶりながら腕を組んでいる。
狼男は頬を赤くした。
なんでこんな関係になっているのか気になるけど、とりあえず今は置いておこう。
「モンブランよ、お前は結婚して幸せになりたんだろ?」
「もちろんよ!ていうかぜったいに幸せになるわ。」
「その為にはみんなから祝福されたいよな?」
「みんなしてくれるわよ!結婚式だって盛大にやるんだから。」
「うんうん、でも俺は結婚に反対なんだ。」
「ええ!なんでよ!?」
「だってどこの馬の骨とも知れない男にお前を預けるなんて・・・・飼い主としては認められないな。」
「そんな!」
「悪いけど仲人は引き受けられない。」
プイっとそっぽを向く。
モンブランは「ちょっと待って!」と叫んだ。
「そんなのイヤよ!私はみんなから祝福されたいのに!」
「俺はこんな結婚は認めない。」
「彼はとっても良い男なのよ。悠一だって分かってくれるわよ。」
「どうだか。お前を無理矢理さらって結婚しようだなんて・・・・俺がどれほど心配したか。」
「私をさらったのはロッキー君よ、彼じゃないわ。」
「いいや、仲間なんだから共犯だ。」
「違う!だってロッキー君は私にひどいことしようとしてたのよ!依頼者に売り渡すって。」
「なッ・・・・売り渡すだって!?」
「良いサンプルになるからって。」
「サンプルって・・・・どういう意味だ?」
「だってほら、あの薬は副作用があるでしょ?急に胸が苦しくなるやつ。」
「ああ、そのせいでアカリさんの子供も苦しんでる。チェリー君の生徒たちも。」
「でも私はなんともないわ。ということは、私を調べれな副作用のない薬が作れるかもしれない。だから売り飛ばそうとしたのよ。」
なるほど・・・それでコイツを誘拐したわけか。
でもそうなると・・・・、
「前から目を付けてたってことか?」
ロッキー君を睨むと「いいや」と首を振った。
「今日初めて会った。」
「じゃあなんで副作用が出ないって分かるんだ?あれって飲んですぐに苦しくなるもんじゃないはずだろう?」
「臭いだよ臭い。」
「臭い?」
「普通は動物から人間に化けても、ちょっとだけ獣臭さって残るもんなんだよ。俺たち霊獣だってそうだし。」
「獣臭さ・・・・。」
そういえばマシロー君も言っていた。
ウズメさんと会った時、獣の臭いがするから霊獣だと見抜いたって。
「でも薬で変わった奴らにはこの臭いがないんだ。」
「臭いがない?」
「無臭ってわけじゃないぜ。人間の臭いはするからな。でも獣臭さがないんだよ。そういう奴は決まって副作用が出るもんなんだ。
でもモンブランちゃんは獣の臭いがしてた。てことは副作用が出てないんじゃないかと思ったわけさ。」
「臭いか・・・・。でも俺の仲間の霊獣たちは誰一人そのことに気づいてなかったぞ。鼻の良いマシロー君だって。」
「そりゃアレだよ、俺は特別に鼻がいいから。なんたってオオカミの霊獣だからな。」
「てことはほんの微かな臭いってことか。」
「そういうこと。モンブランちゃんは薬で変わったのに臭いがしてる。良いサンプルになると思うだろ?」
「なるほどな、それでさらったわけか。」
だんだんとロッキー君たちの思惑が分かってきた。
けど問題は誰にモンブランを売り渡すつもりだったのかってことだ。
《きっと薬を渡してきた連中にだろうな。それが誰なのか聞き出さないと。》
モンブランは腕を組んでデレデレしている。
自分がどれほど危険な状況にいたか分かっているんだろうか。
「お前はほんとに能天気だな。なんで自分を売り渡そうとした奴に惚れるんだよ?」
「うふ。」
「笑ってないで答えろ。」
「だって助けてくれたんだもん。」
「助ける?」
「彼がね、こんな可愛い子を売り飛ばすなんて可哀想だって。」
「こいつが?」
「でもロッキー君はすっごいしつこくて、ぜんぜん言うこと聞いてくれなかったわ。手を引っ張って無理矢理連れて行こうとしたのよ。
だけど彼が助けてくれた。その子を連れて行くなら、もう二度とお前とは組まないって。そしてロッキー君の手から私を奪い取って、ひどいことしてゴメンって謝ってくれたの。」
「要するに仲間割れか。」
「彼ね、私を見るたびに頬を赤くするのよ。そして一生君を守るからって・・・。」
「おい・・・まさか結婚しようって言い出したのは・・・、」
「そう、彼の方から!」
頬を赤く染めながら、嬉しそうにクネクネしている。
「私を見た瞬間に一目惚れしたんだって。それでぜったいにこの子をお嫁さんにするって。」
「プロポーズされたのか・・・・?」
「やっぱりこういうのは男から言ってほしいわよね。ちゃんと面と向かって。
最近は草食系とか増えてるけど、彼は正面から堂々と言ってくれたの。私を守ってくれたし男らしいし、もう即OKしちゃった!」
頼むからそのクネクネをやめてほしい・・・・。
普段のモンブランを知っているから、いかに猫を被っているかがよく分かる。実際猫なんだけど。
「ま、まあ・・・・誰を好きになるかは個人の自由だからな。でも結婚するっていうなら、やっぱり周りから認めてほしいだろ?」
「でも悠一は認めてくれないんでしょ?飼い主のクセに薄情だわ。」
「ならこうしよう。お前がその狼男から依頼者を聞き出してくれたら、結婚を認めることを前向きに検討する。」
「ほんとに!?」
「ああ、約束する。」
「その時は仲人もしてくれる?」
「もちろん。」
「感動的なスピーチも?」
「徹夜で考えよう。」
「ありがとう!やっぱり悠一は最高の飼い主だわ!」
嬉しそうにクルクル回ってから、「ねえねえ?」と狼男に尋ねる。
「誰があなたに依頼したの?」
「・・・・・・・。」
「あの薬は依頼者からもらったんでしょ?それが誰なのか教えて。」
可愛らしく手を組み、わざとらしく首を傾げている。
するとロッキー君が「待て待て!」と止めに入った。
「色仕掛けで落とす気か?」
「そんな言い方しないでよ。私は未来のお嫁さんなんだから。」
「これでも俺たちはプロだぜ?いくら婚約者の色仕掛けでも・・・・、」
「カマクラ家具。」
狼男は即答した。
ロッキー君はブチ切れる。
「テメエこの野郎!なにあっさり教えてんだ!」
「彼女は妻になるんだ。秘密は良くない。」
「今日会ったばっかの女にデレデレし過ぎだろ!」
「自分がモテないからって僻むな。」
「な、なにおぅ〜・・・・、」
うん、俺もッキー君はモテないだろうと思う。
まあそんなことはどうでもよくて、さっき狼男が答えたこと・・・・、
「カマクラ家具って言ったよな。それほんとなのか?」
「・・・・・・・・。」
「モンブラン頼む。」
「今のはほんとなの?」
「本当だ。カマクラ家具の瀞川と安志って男から頼まれた。この薬を捌いてほしいと。」
そう言ってフサフサの体毛から例の薬を取り出した。
「なるべくたくさんの動物に渡すようにと言われた。そして薬を使った動物たちから感想を聞いて、それを伝えてくれと。」
「要するにデータが欲しかったってことか?」
「・・・・・・・。」
「モンブラン。」
「それのデータが欲しかったってこと?」
「ああ。社内の実験だけだと限りがあるので、より多くのデータが欲しかったようだ。ちなみにこいつのデータも。」
フサフサの体毛から黄色と緑のカプセル剤を取り出した。
解毒剤だ。
「そいつをくれ!」
「・・・・・・・・。」
「モンブラン!」
「それ悠一に渡してあげてくれない?」
「君の頼みなら。」
モンブランは薬を受け取り、「ありがと」と微笑む。
「でかしたぞ!今すぐ飲ませてくれ!」
「・・・・・・・。」
「どうした?早く。」
「結婚・・・・ぜったいに認めてくれるわよね?」
「え?」
「だってあとからやっぱり無しって言われると困るから。」
「そ、それは・・・・、」
「ほら、やっぱり怪しいと思ったのよ。」
ふん!と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「さっきこう言ったわよね?結婚を前向きに考えることを検討しようって。」
「あ、ああ・・・・。」
「検討じゃなくて、ぜったいに認めるって約束してくれなきゃこれはあげない。」
「ええ!」
自分のポケットに薬を隠してしまう。
必死に手を伸ばすけど全然届かなかった。
「お願いだ!その薬をくれ!」
「じゃあ結婚を認めてくれる?」
「前向きに検討を・・・・、」
「じゃああげない。」
「モンブラン〜・・・・。」
なんてことだ。
以前のモンブランなら騙せたはずなのに。
人間になって賢くなってしまったのだろうか。
モンブランはそっぽを向いたままで、何を話しかけても答えてくれない。
これじゃ狼男から話を聞くことも出来ない。
《ああ、どうしよう・・・・上手くいくと思ったらこれだよ。》
元の姿には戻りたい。
でもこんな狼野郎との結婚を認めるなんて・・・・それは断じて出来ない!
「あの、ちょっといいですか?」
いきなりマシロー君が話しかけてくる。
俺は「なに・・・?」と気のない返事をした。
「ちょっと気になることがあるんです。」
「俺も気になることだらけだよ。いったいいつになったら戻れるのか?モンブランは本気で結婚する気なのか?そもそも無事に帰れるのか?不安でいっぱいだ・・・・。」
「心中お察しします。でも今は僕の話を聞いてほしいんです。」
「いいよ、聞くだけなら・・・・。」
「ありがとうございます。」
丁寧にペコリと頭を下げる。
もし人間なら一流の執事にでもなっていそうだ。
「実はですね、そちらの方の臭いなんですが、ちょっと記憶にございまして。」
「そちらって誰・・・・?」
「狼男さんです。あなたの臭い、どこかで嗅いだことがあるなあって気になっていたんです。」
「そうなんだ・・・。どこかですれ違ったことでもあるんじゃないの・・・。」
「いえ、お会いするのは今日が初めてです。なのに以前に嗅いだことのあるこの臭い・・・・いったいどこだったか考えていたんですが、それを見てピンと来ました。」
そう言って小さな手で指さした。
「例の薬・・・・?」
「はい。正確にはその薬が入っていたポーチです。」
「ポーチ?」
「遠藤さんはこう言っていました。以前にお付き合いしていた男性から薬を貰ったと。その時にポーチに入ったまま貰ったそうです。」
「そういえば小さなポーチに入れてたな。」
「そのポーチに付着していた臭いと、その狼男さんの臭いがまったく同じなんです。」
「・・・・・え?」
狼男を振り返ると、さっと目を逸らした。
「なあアンタ。以前にオカマの人間と付き合っていたことはないか?」
「・・・・・・・・。」
「モンブラン頼む。」
「結婚認めてくれなきゃヤダ。」
「そんなこと言ってる場合か。これはすごく大事なことなんだ。」
「どうして?」
「ポーチの臭いと狼男の臭いが同じなら、そいつが遠藤さんに薬を渡したかもしれないってことだ。」
「いくら遠藤さんでも狼男と付き合うわけないじゃない。」
「そのままの姿なら付き合ったりしないだろうな。でも彼は霊獣だ、人間に化けられる。」
「だから何よ。彼はあの人と付き合ったりなんかしてないわ。」
「狼男の口から聞きたいんだ。お願いだから・・・・、」
「イヤよ!」
「結婚のことは前向きに考える。だから・・・・、」
「そうじゃない!」
「そじゃないって・・・じゃあなんなんだよ?」
「彼は私の婚約者なのよ!昔の恋の話なんて聞きたくないわ!」
「いや、そういうことじゃなくてだな・・・・、」
「もういい!悠一なんか知らない!」
俺を置いて狼男と腕を組む。
「行きましょ。」
ポっと頬を染める狼男。
二人はラブラブな感じで去って行った。
ロッキー君が「待てよ!」と慌てて追いかける。
でもすぐに引き返してきてこう言った。
「アイツが依頼者を口走ったこと、ぜったいに言うんじゃねえぞ。」
「なんで?」
「なんでって・・・・当たり前だろうが!俺たちこれで飯食ってんだ!」
「分かったよ、言わない。」
「ほ。」
「すごい安心したな今。もしかして君たちの依頼者ってけっこう怖い奴らなんじゃないの?」
「え?」
「だってかなりビビってるみたいだから。」
「ビビってなんかねえよ・・・・。」
「声が上ずってるけど?」
「うっせえな!とにかく余計なこと言うんじゃねえぞ。」
そう言い残し、「待てよお前ら!」と去ってしまった。
さて・・・・これからどうしよう。
とりあえずモンブランが危険に晒されることはないだろう。
何かあっても狼男が守ってくれるはずだ。
問題はこの集落なんだけど・・・・、
「マシロー君、何か名案はあるかい?」
「何に対しての名案でしょうか?」
「この集落の人間と動物を元に戻す方法。」
「そうですねえ・・・・特に思いつきません。」
「だよな。」
二匹で困り果てる。
人間と動物たちはまだ睨み合ってるし、せっかくの解毒剤も手に入らなかったし。
このところ空回りばっかりっていうか、ギリギリのところで上手くいかないことばっかりだ。
大きなため息をついていると、宇根さんが「大変だ!」とやって来た。
「どうしたんです?」
「お稲荷さんがお怒りなんだ!」
「アカリさん目を覚ましたんですか?」
「そうじゃない!神社のお稲荷さんが・・・・、」
そう言って集落の奥にある稲荷神社を指さした。
・・・・誰か倒れている。あれは大きなキツネだ。
尻尾が三本、これは間違いなく稲荷だ。
「あの神社に祭られているお稲荷さんか?」
なんだかグッタリしているけど大丈夫だろうか?
不安に見つめていると、突然ガバっと起き上がった。
「ちくしょおおおお!あの狼男ども!よくも俺を生き埋めにしやがったな!ぜったいに許さん!!」
怒り心頭に起き上がる。
そして目が合ってしまった。
「あ。」
「あ。」
お互いに驚く。
そして同時に叫んだ。
「お前・・・・ただの子犬じゃないな?この雰囲気、この臭い・・・・まさか有川か!」
「さすがお稲荷さん、一発で見抜くなんて。」
「なんでお前がここにいる!?」
「こっちのセリフだよ。なんで君がこの神社に?」
彼は一昨年の夏に揉めた稲荷の一人、ツムギ君という。
たしか別の神社に祭られていたはずだけど・・・・、
「やあツムギ君。久しぶりだな。」
事情は分からないけど、とりあえず仲良くしておこう。
上手く丸め込めば力を貸してくれるかもしれない。
ただ残念ながら、彼は俺のことを嫌っているのだ。
ツムギ君はダキニの部下で、誰よりもダキニを敬愛していたからだ。
そして俺はダキニを地獄へ送った張本人、今でも恨まれている。
でもそれはそれ、これはこれ。
「昔のことは忘れて仲良くしよう。」
「出来るか!お前のせいでダキニ様を失い・・・俺は・・・俺は・・・こんな田舎に飛ばされたんだ!」
「あ、左遷されてここにいたのか。」
「黙れ!お前さえいなければ・・・・。ウオオオオオオン!ダキニ様あああああああん!!」
夜空に遠吠えがこだまする。
つられて犬に変わった人間たちも遠吠えをしていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十三話 二人の狼男(1)

  • 2018.11.18 Sunday
  • 10:24

JUGEMテーマ:自作小説

たくさんの急患が運ばれてくると、病院はパニックになる。
小さな病院となれば尚更だし、時間だって夜だ。
ここはアナグマ動物病院。
霊獣が獣医をやっている変わった病院だ。
「お前ら大丈夫か!しっかりしろ!!」
ベッドに寝かされた急患をチェリー君が励ましている。
その数12人、医者が一人しかいないこの病院ではとても手が回らなかった。
ずんぐりした角刈りの医者が「いったいどうなんてんだ!」と叫んだ。
「こんなにいっせいに中毒を起こすなんて!なに食ったんだ!?」
チェリー君を呼びにきたぽっちゃりした女が「なにって・・・」とたじろいでいた。
「どうせ変なモン食ったんだろう!」
「そんなの食べてません!人間はお腹を壊しやすいから、安全な物しか食べちゃダメだって先生が言ってたから。」
そう言ってチェリー君を振り返る。
「ですよね先生?」
「その通りだ。でもこうして中毒が起きてる。てことはつまり・・・・、」
チェリー君はアカリさんに目配せする。
「アンタの子供と同じで、やっぱ例の薬のせいでこうなったとしたか・・・・。」
アカリさんは何も答えない。
険しい表情で急患を見つめているだけだった。
先生には事情を話してある。
例の薬のせいで彼らは人間に変わってしまったと。
けど薬との因果関係がハッキリしていないから、まだ断定は出来ないんだろう。
薬のせいかもしれないし、変な物を食べたせいかもしれないし。
「とりあえずの処置は終わったが、油断できない状態だ。もしこれ以上急患が来ても対応できんからな。」
先生もいっぱいいっぱいなんだろう。
看護師は5人ほどいるらしいけど、今いるのは一人だけ。この看護師も霊獣なのだ。
たった二人でこの状況に対応しなきゃいけないわけで、そりゃパニックにもなるってもんだ。
「ただの怪我ならウズメさんに頼めばどうにか出来るのに。」
アカリさんが呟く。
位の高い霊獣は強い治癒力を持っている。
それを分け与えることで、致命傷になる怪我でさえ回復させることが出来るのだ。
ウズメさんの力で、俺の婚約者も怪我を治してもらったことがある。
でも中毒となるとそうもいかない。
それこそ原因の分からない中毒なら余計に。
医者は「邪魔だから出てってくれ」と言った。
「何かあったらすぐに連絡するから。」
「でもよお・・・、」
チェリー君が食い下がるが、「さっさと出ろ!」と追い出された。
彼らの仲間の女だけ残し、俺たちは病院の外にあるベンチに座った。
《アカリさんの子供たち、そして今運んできた急患たち。どっちにも共通するのは例の薬を飲んだってことだ。ぜったいに無関係なわけがない。》
あの薬はアナグマ医師に渡してあるので、結果が出たら教えてくれるだろう。
今の俺たちにできることは、とにかく回復を願うことだけだった。
チェリー君がベンチから立ち上がり、「行こうぜ」と言った。
「医者の言う通り、俺たちがここにいても意味ねえ。」
ポケットに手を突っ込みながら三輪車へ歩いて行く。
まるでバイクに乗るみたいに大げさに跨って、キコキコとペダルを漕いだ。
「行こうぜ、薬を渡した奴らの所によ。」
あれで岡山まで行くつもりなんだろうか・・・・。
まだ歩いていった方が早いだろう。
アカリさんも立ち上がり、「行こ」と言った。
「私の可愛い子供たちをこんな目に遭わせた奴らを殺しに。」
決意は変わらないようである。
表情はさっきより落ち着いているけど、殺気はそのままだ。
「薬を渡した奴は、たぶん岡山に逃げたはず。」
「・・・・本気で殺す気なんですか?」
「ええ。」
「・・・・・・・・・。」
「殺すのは私の役目、アンタは見つけるのを手伝ってくれればいいから。」
「でも俺はそういうことは・・・・、」
「アンタは何も気にしなくていい。手を下すのは私なんだから。」
「それは分かってます、分かってますけど・・・・、」
「モンブランがどうなってもいいの?」
「え?」
「あの子も一緒にいなくなった。てことはロッキーって奴が連れ去ったってことでしょ?」
「そうなりますね。」
「これはただの勘だけど、そのロッキーって奴も霊獣だと思うわ。」
「あの間抜けな奴が?」
「きっと演技してたのよ。わざと目立つことして動物たちを引き寄せてたんだわ。このままほうっておいたらモンブランだって何をされるか分からない。
もしあの子に何かあったら悠一君は冷静でいられる?病院に担ぎ込まれたら平気でいられる?」
「そんなの無理ですよ!もしそんなことになったらぜったいにロッキーを許しません。」
「それが今の私の気持ち。だから力を貸してよ。」
「でも・・・・今の俺はただの子犬ですよ?力を貸せって言われても・・・・、」
「ただの子犬じゃないわ。たぶんだけど、あんたは動物と人間の両方と話せるはずよ。」
「無理ですよ。だって俺の言葉は人間には通じてないから・・・・、」
「でもモンブランたちとは普通に話してるじゃない。」
「・・・ほんとだ、なんでだろう?」
言われて気づく。
「それにマシローってハリネズミは両方と話せるんでしょ?だったらあんたも出来るわよ。その力はきっと役に立つ。」
「あの子は特殊ですよ。あんな変わった動物は初めてで・・・・、」
そう言いかけて重大なことに気づく。
「マシロー君もいなくなってる!」
今気づいた。さっきまでバタバタしてたから・・・・。
「もしかしてさっきの河原に置いてきちゃったのか?」
「それはないと思うわ。だって私が来た時にはいなかったから。」
「ええ!ということはまさか・・・・、」
「あの子もさらわれたのかもしれない。」
「そんな・・・・、」
「モンブランにマシロー君、二人も仲間がさらわれてじっとしてられないでしょ?だから行こう。ウズメさんの神社から私の神社までワープすればすぐだから。」
アカリさんは歩き出す。チェリー君に「そっちじゃない、こっちよ」と手招きしていた。
三輪車が向きを変え、キコキコとあとを追っていく。
俺は病院を振り返り、自分がどうするべきか迷った。
子供を傷つけられたアカリさん、人間に変わった動物たちを傷つけられたチェリー君。
それがどれほど痛いものか想像するのは難しくない。
きっとチェリー君はアカリさんに手を貸すだろう。
その目的が復讐の為の殺しでも。
彼は俺と違って迷いがない。
根は優しいけどやる時はやる。そういう男だ。
《もしこの病院にいるのがモンブランだったら?マシロー君だって遠藤さんから預かってる大事な動物だ。それを傷つけられたら・・・・。》
商店街のある大通りは明るかったけど、ここは街の外れだ。
夜になれば暗闇に包まれ、ポツポツと点在する街灯の光だけが頼りになる。
ふと顔を上げると、一番近い場所にある街灯の下、スポットライトのように光が差す中に、誰かが佇んでいた。
「あれは・・・・、」
若い男だった。
細面の整った顔立ちをしていて、真っ白なスーツを着ている。
そいつはじっと俺を見つめながら、アカリさんが歩いて行く方に指をさした。
まるでついて行けと言わんばかりに。
アカリさんの方を振り向き、また街灯に目を戻すと、男はいなくなっていた。
「・・・・誰だったんだ今の。」
首を傾げる。
あんな知り合いはいないし、しかもいつの間にかいなくなってるし。
まさか幽霊?と思ったが、どうもそういう感じではない気がした。
「悠一君!」
遠くからアカリさんが呼ぶ。
俺はもう一度病院を振り返り、ここに運ばれたのがモンブランだったら?と想像した。
マサカリだったら?チュウベエだったら?マリナだったら?
あいつらがここで生死の境を彷徨っているとしたら・・・・・。
「・・・・行くか。」
誰かを殺すなんて賛成できない。
けどそれを上回るほどの使命感が湧き上がる。
これ以上あんな薬のせいで苦しむ者を出したくないと。
さっきの男はいったいなんだったのか気になるけど、今はそれどころじゃない。
トコトコとアカリさんを追いかけていくと、ヒョイっと抱き上げられた。
「急ぐわよ。」
尻尾が四本ある大きな狐に変わる。
ウズメさんほどではないにしても迫力のある姿だ。
「ちょっとアンタ!いつまでもそんなもん漕いでないで!置いてくわよ!!」
アカリさんは弾丸のように駆け出す。
夜の街を軽快に走り抜け、途中ですれ違った車のドライバーが目を丸くしていた。
向かった先はこがねの湯。
この近くにウズメさんの神社があるのだ。
駐車場の向かい、真っ赤な鳥居のそびえる参道があって、大きな木立が壁のように並んでいる。
その先には砂利敷きの境内が広がっていて、真ん中に古びた本殿が鎮座していた。
アカリさんは元の姿に戻り、御神体が祭られている扉の前に立つ。
その時、背後で何かが迫ってくる音がした。
振り返ると狼男みたいな怪物がこちらへ走ってきている。
首には真っ赤なマフラーを巻いていて、頭は金髪のリーゼントだ。
「あんた速すぎだぜ・・・・。」
ぜえぜえと息を切らしている。
この狼男みたいな怪物はチェリー君。霊獣に変化した時の姿であり、彼の正体でもある。
アカリさんは「アンタが遅すぎるのよ」とそっぽを向いた。
「まあ下っ端の霊獣じゃ仕方ないけど。」
「ぬかせ・・・俺はこう見えても秘獣なんだぜ。普通の奴にはない特殊能力を持ってんだ。」
「知ってる、ウズメさんから聞いたから。ぜったいに見破られない擬態が使えるんでしょ?」
「まあな。尾行や潜入、それに奇襲はお手のもんだぜ。」
誇らしそうに胸を張る。
アカリさんは「とっても役に立ちそう」と微笑んだ。
「私たち三人いれば奴らを見つけ出すのも難しくないわ。」
そう言って本殿の扉に飛び込んだ。
一瞬だけグニャっと空間が波打って、その次にワームホールみたいな奇妙な道へと引き込まれた。
凄まじい風が襲いかかる。
まるで嵐の直撃を受けているかのような。
《何度やっても慣れないんだよなこれ・・・・。》
はっきり言って怖い。
アカリさんがしっかり抱えてくれているけど、それでも吹き飛ばされるんじゃないかってほどだ。
しかしすぐに風はやんだ。
「もういいわよ」と言われて目を開けると、そこはアカリさんの神社。わすか数秒で岡山までやって来たのだ。
少し遅れてチェリー君が飛び出してくる。
すごい勢いで御神木にぶつかっていた。
「ぐあ!」
「ちょっと!私の神社傷つけないでよ。」
ブルブルっと首を振って、痛そうに頭を押さえていた。
「初めてなんだよワープすんの・・・・。気持ちのいいもんじゃねえな。」
「ブツブツ言わない。すぐに捜索を始めるわよ。」
神社を出ると、目の前には細い道が通っていた。
車がギリギリすれ違えるくらいの幅で、周りには民家も何もない。
道の向こうにあるのは山だけで、どこからか「ホーホー」とミミズクの声が響いていた。
「この山の向こうに寂れた集落があるの。あの子たちが薬をもらった神社もそこにある。」
「じゃあそこへ行けば薬を渡した奴に会えるってことですね。」
「ロッキーだっているかもしれないわ。」
「もし誰もいなかったら?」
「張り込みしましょ。それでも無理なら聞き込みね。」
そう言って真っ暗な山の中へ入って行く。
するとチェリー君が「まあ待てよ」と追いかけてきた。
「なによ?ていうかアンタいつまでその姿のままなの?」
「悪いかよ。」
「そんなんで近づいてったら目立つじゃない。気づいて逃げられたらどうすんのよ?」
「何言ってんだ。俺にはこれがあるんだぜ。」
スウっと透明になり、姿が見えなくなってしまう。擬態で周りの景色と同化したのだ。
アカリさんは「すごい!」と手を叩いた。
「見えないだけじゃなくて、霊力も気配も感じさせないなんて・・・・やるじゃない。」
チェリー君は擬態を解き、「だろお?」と上機嫌だ。
「まずは俺が行って様子を見るからよ。あんたらは後について来てくれよ。」
「OK、集落はこのまま真っ直ぐ行けば見えてくるわ。ああそれと、あんたじゃなくてアカリさんって呼ぶように。」
「なんでもいいだろ、呼び方なんて。」
「私の方が年上だし先輩。」
「そういう堅いの嫌いなんだ。」
「好き嫌いなんか聞いてないわ。常識的な話をしてるの。だいたい敬語くらい使えないの?」
「だからあ、そういうのが嫌いなんだよ。だいたい俺はあんたのこと先輩なんて思ってねえし・・・・、」
「あんたじゃなくてアカリさん。」
「ヤダね。俺は俺の呼びたいように呼ぶ。」
「あっそ。ならこうしてやるわ。」
尻尾を出して巻き付けようとする。
チェリー君は「うお!」と飛び退いた。
「何しやがる!」
「口で言っても分からないんじゃ体で教えるしかないでしょ?」
「おいおい、今の時代に体罰かよ。勘弁してくれ。」
「それは人間の世界の話、私たちは霊獣でしょ。こっちにはこっちの掟があるんだから。」
「そんな掟ねえだろ。」
「いいから敬語。」
「ヤダったらヤダね。」
険悪なムードになっていく。
アカリさんは規律や礼儀を大事にするのだ。
しかしチェリー君は自由を愛するパンクロッカーみたいなタイプだ。
根っこが違いすぎてまったく合わないようだった。
ここは俺が取りなすしかないだろう。
「まあまあ、喧嘩してても埓が明かないし。」
「なによアンタ、子犬のくせに。」
「躾ならあとからいくらでも出来ますから。今は薬を渡した奴を捕まえることが先でしょ?」
「捕まえるんじゃなくて殺すのよ。誰がそんな生ぬるい罰で許すか。」
今日のアカリさんは一段と殺気立っている。事情が事情だから仕方ないけど。
しかしチェリー君は決してひれ伏さない。
「あんたみてえなオバサンの言うことなんて聞けないね。」
「おばさん?」
目つきが変わる。怖いよ・・・・。
「だいたいあんたは俺より年下だろ。それに霊獣としても後輩だ。」
そう、チェリー君の言う通りなのだ。
実は彼の方が年齢もキャリアも上である。
なぜならアカリさんは数年前の事故が原因で稲荷になったからだ。
対してチェリー君は何十年も前から生きている。
けどここまで挑発してしまっては、そんな理屈も通用しないだろう。
その証拠に全ての尻尾を出してチェリー君を締め上げようとした。
「だから危ねえって!」
「こっちは稲荷なのよ。しかも聖獣。立場も位も上なんだから先輩に決まってるでしょ。」
「だからなんだってんだ。すぐ手を出そうとする乱暴モンがよ。ウチのオテンバの姉貴だってもっとお淑やかだぜ。」
「あんたの身内のことなんか知らないわよ。」
「だからやめろって!」
マズい・・・・ここで喧嘩なんかされたら事が進まなくなる。
けど子犬の俺では止めようがない。いや、もし人間だったとしても無理だけど・・・・。
「ふん!こんなオバサンとやってられっか。」
「あんたの方が年上でしょ。」
「性格がって意味だ。」
「・・・・いいわ、先にあんたを血祭りに上げてやる。」
アカリさんは大きな狐へと変わる。
鼻先に皺を寄せながら、鋭い牙をむき出しにした。
しかしその瞬間、チェリー君はスウっと消えてしまった。
「逃げる気?」
アカリさんは辺りの気配を窺うけど、見つけることは無理だった。
数秒後、少し離れた場所にチェリー君が現れる。
「オバサンと子犬はここにいな。俺が薬を渡した野郎どもを捕まえてきてやるからよ。」
そう言い残し、また消えてしまった。
「なんなのあいつ。心の底からシバきたいんだけど。」
ジロっと俺を睨むので、「あとからよく言い聞かせておきます」と頭を下げた。
「根っこは悪い奴じゃないんでどうかご勘弁を。」
「自分だけで捕まえてくるって偉そうなこと言ってたわね。もし無理だったらボコボコにシバき倒して嫌ってほど説教してやる。」
ギラっと牙を光らせる。
だから怖いよ・・・・。
せめて人間の姿に戻ってほしい。
それからしばらくチェリー君を待った。
時計がないから分からないけど、20分くらいは経っているだろう。
「遅いですね。」
「・・・・・・・・。」
「なんかあったんですかね?」
「・・・・・・・・。」
「あの・・・・まだ怒ってます?」
「しくじったみたいよ、アイツ。」
「え?」
アカリさんは尻尾で前を指す。
暗い木立の中、何かがこちらに近づいていた。
人のシルエットに見えるけど、ちょっと様子がおかしい。
まるで犬みたいな息遣いが聞こえて・・・・、
「あれ?これってまさか・・・・、」
暗闇の向こうから奴が現れる。ロッキー君だ。
・・・・いや、彼一人じゃない。その手にチェリー君を引きずっていた。
「チェリー君!」
ノックアウトされたみたいにぐったりしている。
ロッキー君はヘラヘラ笑いながら「よ」と手を上げた。
「こんなとこまで追っかけてくるなんて。よくやるな。」
「おい!チェリー君に何した!?」
「ぶん殴った。」
「な・・・殴るって・・・。だって彼は・・・・、」
「ああ、擬態してた。でも弱点知ってんだよね、俺。」
「なんでお前が・・・」って言いかけようとしたけど、チェリー君は彼の先生だったのだ。
自慢したがりな彼のことだから、弱点までベラベラしゃべってしまったんだろう。
「擬態はとにかく神経をすり減らすんだってなあ。だから心を乱されると解けちまうって言ってぜ。」
その通りだ。全神経を集中させないと出来ない技なんだ。
だから心を乱されなくても二時間が限度なのである。
しかし・・・・、
「なんでチェリー君がいるって分かったんだ?いくら弱点を知ってても、近くにいるって分からなきゃ心を乱すことも出来ないはずなのに。」
「だって警戒してたもんよ、追いかけてくるんじゃないかって。こっちもそれなりの対処をしてたんだよ。」
「対処だって?」
ロッキー君はニヤリと笑う。
そして・・・・、
「あ・・・・。」
なんと彼も狼男みたいな姿に変わってしまった。
ていうか狼男そのものだ。
獰猛な狼の顔に、筋肉質な肉体、前身が灰色の毛で覆われている。
「やっぱり霊獣だったのか!」
「狼のな。」
「でもラブラドールの雑種だって言ってたじゃないか。」
「ウソに決まってんだろ。俺はハイイロオオカミって種類の霊獣なのさ。だからこういうことも出来る。」
口をすぼめ、空に向かって遠吠えを放った。
その音はだんだんと高くなっていき、耳がキンキンしてくる。
やがて耳鳴りがし始めて、頭まで痛くなってきた。
「おい!やめろ・・・・、」
ロッキー君はなおも吠え続ける。
頭が割れそうなほど痛い・・・・。
このままじゃ気絶する!・・・・そう思った時、ふと遠吠えがやんだ。
でも彼はまだ吠え続けている。
夜空を仰ぎ、喉を振動させながら。
すると今度はアカリさんが苦しそうに顔を歪めた。
「なるほど・・・そういうことか・・・、」
「ど、どういうことですか!?」
「超音波よ・・・・。ものすごい高音で遠吠えをすることで超音波を出してる・・・・・。」
「俺は何も聴こえませんけど・・・・。」
「霊獣の方が感覚が鋭いのよ・・・・。これをやられちゃ頭が痛くて仕方ない。心を乱されるわけだわ・・・。」
「それでえ擬態が解けたのか。」
はっきり言ってチェリー君は霊獣の中ではそこまで強くない。
もし相手が位の高い霊獣なら負けてしまう。
てことは・・・・、
「ロッキー君!お前はまさか神獣なのか?」
そう尋ねると遠吠えをやめた。
「残念ながらまだ神獣じゃないんだよねえ。ていうかそんなモンになりたくないし。」
「でもロッキー君を簡単にやっつけちゃうってことは、そこそこ位が高いんだろ?」
「まあね、これでも聖獣だから。でも出世する気はないぜ。偉くなる代わりに自由が利かなくなるからな。」
それを聞いたアカリさんが「お前もゆとりか」と睨んだ。
「チェリーといいお前といい、最近の霊獣は人間の若い子みたいなのが増えてる。」
「あんたが時代遅れなんだよオバサン。」
アカリさんの表情が固まる。
とうとうキレてしまったんだろう。
無表情のまま牙を剥き出していた。
「悠一君、ちょっと離れてて。」
「あ・・・はい!」
こうなってはもう止められない。
尻尾の毛が逆立ち、蛇みたいにウネウネと動く。
鋭い爪で地面を蹴り、ロッキー君に飛びかかった。
「殺す!」
「やってみろ。」
ロッキー君は素早く攻撃をかわし、また遠吠えを放った。
アカリさんの顔が苦しそうに歪む。
「この程度で・・・、」
体を一回転させて尻尾を叩きつける。
ロッキー君は達人のようにそれを受け流し、カウンターの回し蹴りを返した。
アカリさんはその蹴りを口で掴み、鋭い牙を突き立てる。
「いででで!」
メリメリと音を立てて牙が食い込んでいく。
ローッキー君は「このアマあ!」とアカリさんの頭を掴み、至近距離から超音波を放った。
「ぐッ・・・・、」
辛そうに顔を歪めながら、それでも足を離さない。
それどころか四本の尻尾でロッキーを締め上げた。
ミシミシっと骨が軋んでいる。
「ぎゃああああ!折れる折れる!」
こうなっては遠吠えも出来ない。
アカリさんは顎に力を込め、とうとうロッキーの足を食い千切ってしまった。
「ぎゃああああああ!」
赤い血が飛ぶ。
悲鳴がこだまする。
俺は《ひえ!》と目をそらした。
「許さねえ!許さねえぞこのアマ!」
普通はここまでされたら怯むと思うのだが、ロッキー君は逆だった。
怒りに火が着いたように暴れまくる。
しかし尻尾で締め上げられている以上、大した抵抗は出来ない。
アカリさんの顔は殺気に満ちていて、このまま絞め殺す気なんだろう。
でもロッキー君もしぶとい。
身をよじり、尻尾に噛み付いていた。
霊獣同士の喧嘩っていうのはいつもこうだ。
荒々しいというか血なま臭いというか、かなり凄惨なものになる。
呆気にとられながら戦いに見入っていると、「おい!」と後ろから声がした。
「ん?」
「ここだよここ!」
振り返ると茂みの中にイタチがいた。
「あんた何者だ!?」
「何者って・・・そっちこそ誰?」
「俺はこの先にある集落のモンだ!」
「集落のモンって・・・あんたイタチじゃないか。もしかして誰かに飼われてたのか?」
「違う、俺は人間だ!」
「・・・へ?」
どこからどう見てもイタチである。
怪訝に見つめていると、「あんたこそ誰なんだ?」と尋ねてきた。
「あんな大きなキツネを連れてきて・・・・いったい何するつもりだ!」
「何するって・・・・、」
「また妙な薬を飲ませる気じゃないだろうな!」
「薬って・・・あんたも?」
「あんたもって・・・あんたもか?」
「そうだよ、俺だって人間なんだ。でも変な薬のせいで子犬になっちゃったんだよ。」
「じゃあ・・・あんたも被害者か?」
「被害者?」
「狼男だよ!あいつが持ってる薬を飲まされたんだろう!?」
「狼男って・・・・まさかあいつのこと?」
ロッキー君に手を向けると、「違う!」と言った。
「あいつはただの手下だ。そうじゃなくて親玉の方だよ!」
「親玉ってなに?」
「だから集落の稲荷神社にいたデッカイ狼男だ!あんた知らないのか?」
「いや・・・知らない。」
「じゃあなんで薬を飲んだんだ?」
「それには色々とあって・・・。説明すると長くなる。」
話がまったく見えない。
でもこのイタチの言っていることが本当だとしたら、これは大変なことだ。
「もしかして集落の人たちって全員動物に変わっちゃったのか?」
「ああ、狼男のせいでな。しかも!しかもだ、代わりに動物が人間になっちまったんだよ!」
「ええ!なら集落は・・・・、」
「動物に乗っ取られちまった。」
「そんな・・・、」
「しかもみんな狼男に従ってやがるんだ。人間のせいで住処を奪われたとか、遊び半分で仲間が撃ち殺されたとか・・・。どいつも人間に恨みを持ってやがるんだ。
危うく俺も殺されるところだった・・・。」
「他の人たちは?」
「みんな山に逃げたよ。でもあいつら追って来やがるんだ。銃を持ってる奴もいる。」
「銃!」
「猟師が持ってた銃を奪ったんだよ。モタモタしてたら追いつかれて撃ち殺される。だから必死に逃げてたんだが、その途中であんたらを見つけたんだよ。」
そう言って不安そうな目で戦いを見つめている。
「あのキツネは強えな。たぶん勝っちまうだろう。」
「アカリさんはお稲荷さんなんだ。そんじょそこらの奴には負けないよ。」
「お稲荷さん?んな馬鹿な。」
可笑しそうに笑うので、「ほんとだよ」と言った。
「アカリさんは俺たちの味方なんだ。」
「俺たち?あんたしかいねえじゃねえか。」
「仲間がさらわれたんだ。モンブランっていう猫なんだけど、薬のせいで人間に変わっちゃって。
赤っぽい髪でショートカットで、猫っぽくて気の強そうな顔をしてるんだけど、見たことないか?」
そう尋ねると「おお!あの姉ちゃんか!」と頷いた。
「狼男の手下が連れてたぜ。ついでに変わったハリネズミも。なんと人間の言葉が分かるんだ。」
「やっぱりか・・・・。」
ロッキー君がさらったと見て間違いなさそうだ。
「モンブランは無事なんだよな?ハリネズミも。」
「それが・・・、」
急に表情を曇らせる。
「何かあったのか・・・・?」
「そのモンブランって子・・・・、」
「まさか・・・・酷い目に遭ってるとか?」
「酷い目?なんでだ?」
「なんでって・・・・モンブランはさらわれたんだ。今頃ひどい目に遭ってるんじゃないかって心配で。」
「さらわれた?俺にはそんな風には見えなかったけどなあ。」
「どういうこと?」
「だって彼女なんだろ、狼男の親玉の。」
「なッ・・・・そんなわけないだろ!」
「でも腕を組んでたぜ。ベタ惚れって感じでよ。」
「う、腕を・・・・、」
「あなたと結婚するとかなんとか言ってたけど・・・・あの子は狼男の彼女なんだろ?」
「・・・・・・・・。」
なるほど、そう来たか。
モンブランよ、お前はほんっとうに予想の斜め上をいく奴だな!
「式場とか日取りとか話してたぜ。幸せな家庭を築こうねってラブラブな感じだったけどなあ。」
ああ・・・そうですか。
要するにこれはあれだ。
誘拐じゃなくて駆け落ちなのかもしれない。
モンブランよ、俺はぜったいにそんな結婚は認めないからな!

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十二話 副作用の恐怖(2)

  • 2018.11.17 Saturday
  • 10:32

JUGEMテーマ:自作小説

例の薬で人間に変わってしまった動物の一人、ロッキー君。モンブランにしつこくナンパしてきた彼だ。
犬の時はラブラドールレトリバーが入った雑種だったららしく、飼い主が引っ越す時に邪魔だからという理由で捨てられたそうだ。
そんな彼に案内されて、例の薬を使った動物の溜まり場へやって来た。
ここは大きな川を渡す橋の袂、夜になれば虫の声しか聞こえない僻地である。
荒れた遊歩道に草が茂った河原。
橋桁には「火気の使用禁止」と看板が貼り付けてある。
何年か前まで若者がよく騒いでいたのだが、ボヤ騒ぎが出てから注意書きが貼り出されたのだ。
日中は犬の散歩をする人がいたり、キャッチボールをする親子がいたり、バイクでウィリーの練習をする人がいたりと、そこそこ人がいる。
でも夜になれば誰もおらず、明かりは橋の上から漏れてくる街灯だけ。
夜は一人で来たくないほど静かで薄暗い場所なのだ。
「なあロッキー君、ほんとにここが溜まり場なのか?誰もいないようだけど・・・・。」
「変だな。この時間にはたくさん集まってんのに。」
ボリボリと頭を掻いている。
モンブランが「騙したんじゃないでしょうね」と睨んだ。
「私をナンパして人気のない場所へ連れて来る気だったんでしょ。」
「違うって。」
「だったらなんで誰もいないのよ。ここへ連れてきてイヤらしいことする気だったんでしょ。」
「え?やらせてくれんの?」
「なわけないでしょ!」
「ふぎゃ!」
また蹴飛ばされている。
モンブランもモンブランだが、ロッキー君もなかなか変わっている。
「なあマシロー君、彼はウソを言ってると思う?」
「どうでしょう。でも彼に薬を渡したことは間違いないんです。だったら同じ仲間同士で集まっている可能性は高いと思いますよ。」
「なら今日はたまたま誰もいないってことなのかな。」
「まだ来たばっかりですし、そう急いで結論を出すこともないでしょう。もう少し待ってみませんか?」
「そうだな。」
しつこくナンパするロッキー君と、それを蹴飛ばすモンブランを尻目に、薄暗い辺りを歩いてみた。
クンクンと臭いを嗅ぎ、気になる所にはマーキングだ。
「有川さんもすっかり犬ですね。」
「困るよなあまったく。・・・・あ、ここにも掛けとこ。」
「僕もちょっと我慢していたんですよ。失礼して。」
用を足し、辺りを散策し、モンブランとロッキー君のやり取りを眺めていると、夜空に浮かぶ月の角度が変わっていた。
月の動きを見て何分経ったかなんて分からないけど、そこそこ経っているんじゃなかろうか。
「もう30分くらい待ってるよな?」
「ですね。あと少し待って誰も来なかったら帰りましょう。ロッキー君を連れて。」
大人しくついて来てくれるといいが・・・・まあモンブランの尻を追っかけてくるから平気だろう。
「ねえ悠一!コイツほんとにしつこいの。川に落っことしていい?」
「ちょっとくらい仲良くしてやったらいいじゃないか。」
「イヤよこんなチャライ奴。私は一本筋の通ったオスがいいの。」
「ほう、そういうのがタイプなのか。」
「だいたいコイツの正体は犬でしょ?なんで猫の私をナンパするんだか。」
「でも今は人間じゃないか。」
「これは仮の姿よ。心はお淑やかな猫のままなんだから。」
都合よく人間と猫を使い分けやがる。
するとロッキー君が「でも先生だって見た目はチャライんだぜ」と言った。
「先生?」
「だから霊獣の先生、俺たちに人間の常識を教えてくれるんだ。」
「そういえばそんなこと言ってたわね。」
「金髪でリーゼントでさ、やたらとカッコつけたがるんだ。」
「へえ、そんなオスはぜったいにお断りね。」
「でも中身は芯があるんだぜ。男気あふれる霊獣なんだ。」
「アンタは見た目も中身もチャライでしょ。ていうか馴れ馴れしく近寄ってこないでよ。」
「俺も先生みたいな髪型にしてみようかなあ。ついでにバイクスーツを着て真っ赤なマフラー巻いて。」
なんだろう・・・・なんか聞き覚えのある特徴が・・・・。
「ねえ悠一、それってアイツのことじゃないの?」
「いや、まだ断定はできない。」
「でもそんな変なカッコの奴なんてアイツくらいしかいないじゃない。」
「いいかモンブラン、探偵は何事も憶測で決めつけちゃいけないんだ。しっかりとした調査で裏付けを取ってからだな・・・・、」
そう言いかけた時、ロッキー君が「来た!」と叫んだ。
「先生!ここここ!ここっす!」
ブンブン手を振っている。
暗闇の向こうから誰かがやって来る・・・・。
橋の上から坂道を下りてくるシルエットが。
「ねえ悠一、なんか小さな乗り物を漕いでるわ。」
「そうだな・・・・。」
「あれって三輪車なんじゃない?」
「・・・・・・・・。」
「だったらやっぱりアイツよ。」
「いや、まだ断定は・・・・、」
「先生〜!」
ロッキー君が駆けていく。
三輪車を漕ぐシルエットがだんだん近づいて来て、その姿を露わにした。
「先生!こんばんわっす!」
「おう。」
カッコつけて三輪車から降りている。
首に巻いた真っ赤なマフラーをはためかせながら。
「今日早いなお前。」
「そうっすか?」
「今晩はいつもより遅く集合って言ったろ。」
「・・・・ああ!そうでした!三輪車のメンテナンスがあるからって言ってましたね。」
「俺の愛車だからな。ちなみにオフロード用のタイヤにチューンアップしたんだぜ。」
「おお、かっけえ!」
「サスペンションも付けたんだ。ついでにナックルガードもよ。これでどこでも走り放題だ。」
「さすが先生っすね!これも人間の常識ってやつですか?」
「まあな。お前らも人間の常識を覚えりゃ街で生きていける。もうクソみたいな飼い主を恨む必要もなくなるんだ。」
「せ、先生〜・・・・。アンタは俺らの希望っす!」
「おいよせよ。向こうで誰かが見てるじゃねえか。」
そう言ってこっちを見る。
そして固まった。
「・・・・お前らなんでここにいるんだ。」
すごいバツが悪そうな顔をしている。
面白いので写真に撮りたかったが、あいにくスマホがない。
「ほらやっぱりチェリー君じゃない!」
モンブランが嬉しそうに言う。
「私の推理が当たったわけね。」
「そうだな・・・・。」
「じゃあこれからは私が探偵ってことでいいわよね?」
「やめろ、三日で潰れる。」
モンブランは「チェリー君!」と駆け寄り、「まさかアンタが先生だったとはねえ」とバシバシ肩を叩いた。
「困った動物の為にひと肌脱ぐなんて。いいとこあるじゃない。」
「ま、まあな・・・・。」
「でもどうしてこのこと黙ってたの?さっさと教えてくれればよかったのに。」
「まあ・・・それはアレだ。これは俺のプライベートなことだからよ。私情と仕事は分けねえとと思って。」
「なによそれ?カッコつけちゃって。」
またバシバシ肩を叩いている。
するとロッキー君が「モンブランちゃんって先生の女だったんですか!?」と驚いた。
「くあ〜!俺めっちゃ恥ずかしいじゃん。先生の女に手え出そうとしてたなんて。」
「はあ!なに誤解してんのよ。チェリー君はただ一緒に住んでるだけだから。」
「い、一緒に!てことは夫婦も同然で・・・、」
「だから違うってば!」
また喧嘩を始める二人。
チェリー君はコソコソっと抜け出して俺の方へやって来た。
「お前なんでここにいるんだよ?」
「ロッキー君に案内されたんだ。」
「アイツに?」
「夜の商店街を歩いてたらモンブランがナンパされちゃって。話してるうちにお互いの正体が動物だって分かってさ。」
「それでここに案内されたのか?」
「自分たちの為に力を貸してくれる霊獣がいるって言われてな。でもまさか君だったとは。」
「いや、まあ・・・こうなったのは偶然っていうか・・・・。」
恥ずかしそうにそっぽを向いている。
チェリー君は見た目はアレだけど、中身は男気のあるいい奴なのだ。
俺たちにこの事を話さなかった理由はなんとなく分かる。
「君は人間のせいで辛い目に遭った動物を助けてあげたかったんだろ?」
「そんなんじゃねえけど・・・・、」
「顔にそう書いてあるよ。」
「う、うっせえな!分かったようなこと言いやがって。」
「でもそのことを俺たちに喋ったら、彼らは動物に戻されるかもしれない。そうなればまた野良に逆戻りで、飼い主への恨みを抱いたまま生きることになる。
生活だってその日暮らしだし、自由の代わりに危険もいっぱいある。だから黙ってたんだろ?」
「ふん!どう想像しようと好きにすりゃいいさ。・・・・ただよ、奴らは霊獣じゃねえし、ほんとの人間でもねえ。
ほっといたら悪さするかもしれねえし、生きることにも苦労するだろうから、ほんのちょっとアドバイスをと思ってだな・・・・、」
それを手助けというんだけど、意地っ張りなので認めようとしない。
ただ気になるのは何がキッカケでロッキー君に出会ったのかということだ。
「まさかとは思うけど、ずっと前から薬の存在を知ってたとかじゃないよな?」
「なわけねえだろ。それならさすがに言ってるっての。」
「じゃあどうして?」
「だからたまたまだよ。街をブラブラしてる時に変わった人間がいてよ。犬みてえにあちこち臭いを嗅いで、片足上げて立ちションしてやがんだ。」
「なんかどっかで聞いたことある話だな・・・・。」
「どう見たって変だと思うじゃん?だから声かけたわけさ。お前何やってんだ?って。そっからだよ、色々話を聞いて事情を知ったのは。
このままほっとけばぜってえトラブルになると思ってよ。いっちょ俺が面倒みてやるかって。」
「なるほど。」
ロッキー君はまだモンブランを口説いていて、もはやチャライを通り越して呆れてしまう。
でもそれは単にしつこい男というだけじゃなくて、犬の時のクセが抜けていないんだろう。
ロッキー君は明らかに発情していて、自分の気持ちだけで突っ走っている。
「前は良い女見つけるとケツに乗っかろうとしてたんだぜ。」
「それ捕まるだろ・・・・。」
「だから俺が面倒見なきゃって思ったんだよ。しかも他にもそういう奴らがいるって言うからよ、じゃあまとめて連れて来いって言ったんだ。
あとちょっとしたら集まってくるはずだぜ。」
「そっか。なら待つよ。でも・・・・、」
「分かってる。解毒剤を飲ませるんだろ。」
「手に入ったらな。チェリー君にとっては不本意かもしれないけど・・・・、」
「いいさ、現実を知ったから。」
「現実?」
「奴らに人間の常識を叩き込もうとしたんだけど無理だった。なにせいきなり人間に変わっちまったんだ。ちょっとやそっと教えたくらいじゃ動物だった頃の感覚は抜けねえよ。」
そう言ってモンブランとロッキー君を見つめる。
二人はまだぎゃーぎゃー言い合っている。
モンブランは「フシャー!」と唸り、猫パンチを繰り出した。
ロッキー君は舌を出しながら「ハッハッハ!」と犬みたいに息をして、隙を見てはモンブランの臭いを嗅ごうとしている。
「・・・・・・・・。」
「な?」
「もはや人間の姿をした猫と犬だ。」
「こういうことだよ。あのオカマはよかれと思ってやったんだろうけど、このままじゃ余計に不幸にしちまう。
だから今日で終わりにしようと思ってた。俺が解毒剤を手に入れてやるから元に戻れって。きっとその方がこいつらの為だ。」
悔しそうに歯噛みしている。
彼らが野良に戻ったところで幸せになれるわけじゃない。
ただ今よりはマシだからそうするしかないんだ。
チェリー君が歯噛みをしているのは、自分の無力さと彼らを捨てた人間に対してだろう。
「なあアンタ。」
「ん?」
「俺も本気で手伝うぜ。カグラとかいう会社を叩きのめすのを。」
「いや、叩きのめすまでやるかどうかは分からないけど・・・・、」
「何言ってんだ、ほっときゃまた似たようなことやらかすに決まってらあ。だいたい稲荷でありながらあんな薬をばら撒こうなんてよ、同じ霊獣として考えられねえぜ。」
「それは同感。本当なら動物たちを守る立場なのに。」
「俺は下っ端の霊獣だがよ、普通の奴にはない特殊な力を持ってる。」
そう言ってスウっと消えてしまった。
得意技の擬態である。
この擬態は目に見えないだけでなく、臭いも音も感じさせないし、体温さえ感じさせなくなるのだ。
それどころか霊力も感じさせないし、レーダーやソナーにも映らない。
先月に戦ったコウモリの霊獣の超音波でさえ彼を探知することは無理だった。
もはや無敵のステルスである。
ゆえに誰もこの擬態を見抜くことは出来ない。
たった一つの弱点を知っていなければ。
《チェリー君が協力してくれるならどんな場所にだって潜入できる。これは心強いぞ。》
いま一番ほしいのはカグラの情報だ。
遠藤さんの話だけではぜんぜん足りない。
あの会社は具体的に何をやっているのか?
それを知ることが出来れば、ウズメさんがカグラの壊滅に動いてくれるだろう。
そしてたまきも。
彼女は俺の師匠であり、そしてウズメさんの親友だ。
居場所さえ分かればきっと手を貸してくれる。
・・・ああ!あと解毒剤。
個人的にはこれが一番大事だ。
チェリー君ならカグラに潜入して奪って来てくれるかも。
「もう君だけが希望だ、頼んだぞ。」
「おう!任せとけ。」
前足を出して握手する。お手みたいになってしまったけど。
それからしばらく動物たちが来るのを待ってみた。
しかし待てども待てども誰も来ない。
月は雲に隠れ、明かりさえ薄くなっていく。
「なあチェリー君、誰も来ないようだけど?」
「おかしいな。今日はちゃんと集まるように言ってあるんだけど。」
「来てるのはロッキー君だけだ。まさか・・・・他の奴らは悪さでもして警察に捕まったんじゃ。」
「それはねえだろ。一人二人ならともかく、全員ってのは考えにくいぜ。」
「ちなみに前に集まったのはいつ?」
「一昨日だ。」
「つい最近か。じゃあみんないっせいに捕まるってことはないか。」
「ちょっと気になるなこれ。」
そう言って「ぶえっくし!」とくしゃみをした。
「あ、それってまさか・・・・、」
「クソッタレ!また出てきやがった。」
「一時は治まってたはずなのに・・・・。」
「また良くないことが起こるんだろうぜ。それがなんなのか分からねえけど・・・・ぶえっくしょ!」
最悪だ・・・・。
子犬に変わってしまっただけでも充分ヤバいのに、また何か起きるだなんて。
《次はゴキブリにでも変わるってんじゃないだろうな。》
想像しただけでもおぞましい。
嫌な考えを追い払おうと頭を振った・・・・その時だった。
突然目の前に何かが降ってきた。
「うおおお!今度はなんだ!?」
慌てて飛び退くと、そこにはよく知った顔がいた。
「あ、アカリさん・・・・?」
ものすごく怖い顔をしている。
今すぐ誰か殺しそうなくらいに・・・・。
「なんでこんな場所に・・・・?」
「あんたに用があるから。」
「俺に?」
「アカネ荘に行ったらマサカリが教えてくれたわ。夜の街に出て行ったって。しばらく探してたらここにいるのを見つけた。」
「そ、そうですか。あの・・・・子供さんは?大丈夫なんですか?」
恐る恐る尋ねる。
アカリさんはまったく表情を変えずにこう言った。
「もう命に別状はないって。」
「そうなんですか!よかった・・・・。」
「でも後遺症が残るかもしれない。」
「こ、後遺症・・・・?」
「まだ眠ったままなのよ。最悪はこのまま目覚めないかもって言われたわ。」
「それってつまり・・・・植物状態ってことですか?」
怖い顔がさらに歪む。
そしてふっと力を抜いて呟いた。
「殺してやる。」
「え?」
「薬を渡した奴を殺してやる。」
「アカリさん・・・・。」
本気の目だった。
声にも尋常じゃないほどの殺気がこもっている。
静かな声だけど、言葉は嘘じゃないって伝わってくる。
もし人間のままだったら全身に鳥肌が立ってるほどに。
「悠一君、手を貸して。」
「へ?」
「薬を渡した奴らを見つけるのに手を貸して。あとは私がやるから。」
顔が獰猛な獣に変わっていく。
怒りが抑えられないんだろう。
落ち着いて・・・・なんて言えない。
怖いからじゃなくて、子供をあんな風にされた親の気持ちを考えると・・・・。
「あの子達は言ってたわ。犬みたいな変な人間から薬をもらったって。そのあと山間の集落の稲荷神社でも。」
「ええ・・・たしかにそう言ってました。」
「どっちも殺してやる。絶対に許さない。」
「本気・・・・なんですね。」
「人間だろうと霊獣だろうと関係ない。どこまでも追いかけて息の根を止めてやる。」
怒りが膨らんでいく。
このまま稲荷に変わるのかと思ったら、力を抜いて人間に戻った。
それが逆に怖かった。
アカリさんはある意味冷静なのだ。
目的を達成する為に。
止めようのない怒りと、目的を成し遂げる為の冷静さ。
俺はどう答えていいのか分からなかった。
アカリさんの気持ちは痛いほど分かる。
でも誰かを殺す為に手を貸すなんてこと・・・・。
射抜くようなアカリさんの眼光、答えに窮して黙り込むしかなかった。
「なあよお。」
チェリー君が静寂を破る。
「ぜんぜん話が見えねえんだけど、なんかあったのか?」
アカリさんがチラリと彼を見る。
「彼も霊獣なんです。アカリさんなら見抜いてると思うけど。」
「知ってる、何度かお店に来てたことがあるから。」
「チェリー君は信頼できる仲間です。子供さんのこと、話していいですか?」
今度はアカリさんが黙った。
面識の少ない相手にこんな事情を喋ってほしくないだろう。
でも少しの間黙ってから、小さく頷いた。
「悠一君が信頼してるっていうなら。」
「ありがとうございます。」
チェリー君に事情を話す。アカリさんの子供たちに起きた出来事を。
すると血相を変えて「ほんとかそりゃ!」と叫んだ。
「ほんとだよ。アカリさんの子供は今もまだ病院に・・・・、」
「そうじゃねえ!」
そう言って俺を掴み上げる。
グラグラと揺さぶられて「やめろ!」と噛み付いた。
「痛ッ!」
「なに興奮してんだよ。」
「するさそりゃ!だってお前・・・・薬を渡した犬みたいな人間ってアイツにそっくりじゃねえか!」
「アイツ?」
「ロッキーだよ!」
「ロ・・・・・あああ!」
たしかにその通りだ。
犬みたいに舌を出して「ハッハッハ!」って言ったり、ひたすら臭いを嗅ごうとしていたり。
「でもたまたまじゃないのか?犬に変わった人間ならみんな同じようなことするんじゃ・・・・、」
「なに言ってんだ、マサカリはそんなことしてねえだろ。」
「言われてみれば・・・・。」
「人間なのにあちこち臭いを嗅いだり、足あげて小便したりよ。それってちょっとわざとらし過ぎんだろ。」
「ロッキー君は足上げてオシッコしたりするの?」
「最初に会った時はやってたんだよ。犬のウンチ嗅いだりな。だからこそ変な野郎だと思って声かけたんだ。」
「じゃ、じゃあ・・・・薬を渡したのはロッキー君?」
「断定はできねえ。本人に聞いてみるのが一番だろうぜ。」
そう言って「おいロッキー!」と呼んだ。
「ちょっとこっち来い。お前に聞きたいことが・・・・、」
言いかけて固まる。
「いねえ・・・。さっきまでモンブランのケツ追っかけてたのに。」
「ていうかモンブランもいないじゃないか!」
「あいつらどこ行きやがった?」
いつの間にか消えてるなんて・・・。
ロッキー君はともかく、モンブランはいったいどこへ?
するとその時、「先生〜!」と声がした。
ぽっちゃりした女が息を切らしながら走ってくる。
「おお花子、どうしたそんなに慌てて。」
「た、大変なの・・・・みんなが・・・・、」
「ちょっと落ち着け。ハアハア言ってんぞ。」
「倒れたんです!」
「なにい!?」
「ここに来る途中、急に胸が苦しいって・・・・。早く助けないと死んじゃう!」
「・・・・・・・・。」
チェリー君は呆然とする。
口を半開きにしたまま固まっていた。
「すぐ案内しろ!」
「こっちです!」
俺を放り投げ、女のあとを追っていった。
宙に投げ出された俺はアカリさんにキャッチされる。
「急に胸が苦しくて倒れるって・・・・。アカリさん、これってまさか・・・・。」
「・・・・・・。」
雲が流れ、月明かりが戻ってくる。
月光に照らされたアカリさんの顔は直視するのも怖いほどだった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十一話 副作用の恐怖(1)

  • 2018.11.16 Friday
  • 11:00

JUGEMテーマ:自作小説

「そんなことがあったんですか。」
源ちゃんがカリカリを頬張りながら言う。
ここは国民宿舎アカネ荘。
こがねの湯で子ギツネたちが倒れてから半日が経っていた。
症状はかなり重く、即入院となってしまった。
もう少し処置が遅ければ命を落としていそうで、数日は絶対安静。
我が子が危篤とあっては、母親としては不安で堪らないだろう。
アカリさんはしばらく仕事を休み、息子たちに付きそうことになった。
病院に駆けつけた時のアカリさんは、まるで死人みたいに血の気が引いて、ウズメさんに支えられないと立っていられないほどだったという。
いったいどうしてこんなことになってしまったのか?
アナグマ動物病院の霊獣の医者によれば、何かの中毒の可能性が高いという。
ピンときたウズメさんは例の薬のことを話した。
医者はすぐにその薬を調べたいと言ったので、遠藤さんの持っていた薬を預けた。
なにか分かったらすぐに連絡してくれることになっている。
『もう傍観してられないわ。しばらくお店は休業して、いったん稲荷の世界へ戻ることにするわ。』
アカリさんの子供がこんな事になって、ウズメさんも本気になった。
『もし用がある時は源ちゃんを通して言って。すぐに駆けつけるから。』
そう言い残し、こがねの湯の近くにある稲荷神社を通って、霊獣の世界へと帰っていった。
ウズメさんが本気で動いてくれるなら心強い。
あとはアカリさんの子供たちが良くなることを願うばかりだ。
その間、俺たちは俺たちのやるべきことがある。
まずは薬で人間に変わってしまった動物たちの捜索だ。
ほうっておけばあの子ギツネたちのように苦しむかもしれない。
まだ薬との因果関係はハッキリしてないけど、おそらくそれが原因だろう。
モンブランたちもすっかり元気になって、今は晩飯をがっついている。
また腹が痛くなっても知らんぞ。
「次から次へとおかしなことばかり。早急に手を打たんと。」
源ちゃんはカリカリを置き、険しい顔で腕を組んだ。
今朝、彼は俺のアパートへスマホを取りに向かった。
そして翔子さんに電話を掛けてくれたんだけど、番号が変わっていたようで繋がらなかったらしい。
俺の知らない間に変えられていたなんて・・・・ショックだ。
当然のごとくモンブランたちにからかわれた。
「とうとう見限られたのね」とか、「ダハハハハ!」と笑われたりとか、「これで逆玉の可能性もゼロだな」とか、「こうなることは分かってたじゃない」とか。
そもそも去年に翔子さんに会った時、マイちゃんと結婚することについて良く思っていなかった。
どうにか認めてもらうことは出来たけど、最初は『もう友達やめます』とまで言われたのだ。
『いくら霊獣だろうとタヌキと結婚するなんてどうかしてますって』かなり怒っていた。
やっぱり今でも怒っているのかもしれない。
モンブランたちは落ち込む俺を笑い続けた。
でもそうなるとカグラの調査は難しくなる。
翔子さんから口利きしてもらえないとなると、いったい誰を頼ればいいのか。
でも良い報告もあった。
源ちゃんはタカイデ・ココについて色々調べてくれたんだけど、いくつか目星い情報を掴んでくれたのだ。
まずオーナーの素性について。
名前は畑耕史といって、かつてはカグラにいたそうだ。
その頃には管恒雄と名乗っていたらしい。
どちらが本名か分からないけど、源ちゃんが言うには管恒雄が正しい名前である可能性が高いという。
おそらく素性がバレることを避ける為に偽名を使っているんだろうと。
そして偽名を使うということは、後ろめたいことがあるからだ。
・・・・遠藤さんは言っていた。
例の薬は付き合っていた男からもらったものであると。
その男がどこで薬を手に入れたかというと、タカイデ・ココのオーナーからである。
彼の忘れたポーチの中にその薬があったのだ。
オーナーはかつてカグラにいて、その時に薬を手に入れた可能性が高い。
ていうかそれしか考えられない。
それを隠す為、偽名を使っているのだろう。
しかもそのオーナーもお稲荷さんなのである。
源ちゃんはタカイデ・ココを張り込みしていた。
そして外に出てきたオーナーを注意深く観察したのだ。
するとある事に気づいた。
よく目を凝らしてみると、お尻の辺りに違和感を覚えたのだという。
もしやと思い、さらに注意深く見つめると、うっすらとキツネの尻尾らしき物が見えたという。
上手く消しているつもりでも、源ちゃんの目は誤魔化せなかったのだ。
『おそらく奴は位の低い稲荷でしょうな。上位の者なら猫又の私に見抜かれたりはしないはずだ。』
『元カグラの社員で、しかもお稲荷さん。てことは例の薬はカグラから持ち出した物ってことですよね?』
『だと思いますな。』
『ちなみに潜入は出来そうですか?』
『可能だとは思いますが、私一人入ったところでどうなるか・・・・。位は低くとも相手は稲荷です。猫又一匹では太刀打ち出来ない。』
『ならどうするんです?』
『微罪でも掴めれば警察の力を借りてガサ入れできるんですがね。』
『でも警察だけじゃお稲荷さんには勝てないでしょ?』
『いやいや、警察が踏み込めば奴も暴れることは出来ません。なぜなら人間の世界におる霊獣は正体を隠しておりますからな。
信用できる人間には正体を明かすことはあっても、公になりそうな状況で暴れるなど考えられない。』
『微罪かあ・・・・いわゆる別件逮捕的な?』
『そんなもんです。』
ついさっきまでそんな話をしていた。
二人して頭を悩ませていたんだけど、特に良い考えが浮かんでこない。
すると黙って聞いていた遠藤さんが「ちょっといいかな?」と手を上げた。
「なんだ?」
「タカイデ・ココってお店さ、ぜったいにカグラの息がかかってると思うのよ。」
「だろうな。オーナーの素性からすれば。」
「てことはさ、何か悪いことに使われてる場所じゃないかなって思うのよね。」
「例えば?」
「・・・そうねえ、例の薬の取り引きとか。」
「薬の・・・・。」
「あとは霊獣の売買。カグラは密猟が本業みたいなもんだから、獲物を売る必要があるじゃない?そういう時に使われてるんじゃないかなあって。」
「何か証拠でもあるのか?」
「だからそれがあるかどうか調べてみればいいじゃない。」
「調べるのが難しいから困っとるんだ。」
「だったら囮捜査ってのはどう?」
「囮捜査だと?」
源ちゃんは顔をしかめた。
遠藤さんの言いたいことは分かる。
猫又である源ちゃんがわざと獲物になれば、タカイデ・ココに潜入できるんじゃないかと言っているのだ。
しかしそれはあまりにリスクが高すぎる。
捕まったら何をされるか分からないし、最悪はそのままどこかへ売り飛ばされてしまうだろう。
源ちゃんもそれを分かっているようで、「アイデアとしてはアリだが・・・」と言葉を濁した。
「やっぱり無理?」
「成果を得られる可能性が低すぎる。」
「そっかあ・・・・名案だと思ったんだけど残念。」
「しかしタカイデ・ココが悪企みの現場として使われている可能性はあるだろう。だったら出入りしている客を調べれば何か掴めるかもしれん。」
「なら明日もまた張り込みってわけね。」
「実は今日だけで三人ほどの出入りがあった。」
「そうなの?だって張り込みしてたのって昼間でしょ?そんな時間からバーにお客が来るもんなのかしら。」
「だからこそ怪しいとも言える。顔は覚えているのでな、明日猫又の仲間と一緒にそっちの方面で当たってみるつもりだ。」
「でも顔だけ覚えててもどこの誰か分からないんじゃないの?」
「いや、一人だけ知っている顔がいてな。」
「そうなの?誰々?」
興味津々に身を乗り出す。
俺も「誰?」と詰め寄った。
「カマクラ家具の豊川という男です。」
「カマクラ家具・・・・それって・・・、」
「カグラのライバル会社ですな。」
「ていうかあそこの元社長ってダキニだよな?」
「ご存知なんですか?」
「まあちょっと色々と・・・・。」
「ダキニ殿は色々問題のある方だとたまきさんから聞かされておりましてな。あの会社は警戒するようにと言われておったんですわ。
ですので一応幹部の顔くらいは把握しとりますよ。」
「ならその豊川って男について調べれば何か分かるかもってこと?」
「タカイデ・ココは普通の店ではないでしょう。それに遠藤は前にこう言っとりました。カグラとカマクラ家具が共犯かもしれないと。そうだな?」
「ええ。鬼神川はちょくちょく向こうの役員と会ってたみたいだから。それにカグラの社員も二人そっちに移ってるのよ。」
「祝田と大川・・・元技術部の社員であり、薬を開発した張本人。それが今ではカマクラ家具の重役になっとる。」
「じゅ、重役!?」
「現在は瀞川と安志と名乗っているようでな。役職もそれぞれ専務と取締役だ。」
「なによそれ!なんでそんなに偉くなってんの!」
「分からん。しかし何かカラクリがあるんだろう。まあ豊川を追えばその理由も見えてくるかもしれん。」
「でも気をつけてよ。あの二人だってお稲荷さんなんだから。下手すれば返り討ちに遭うかも。」
「承知の上だ。」
源ちゃんはうんと背伸びをして立ち上がる。
残ったカリカリをポケットに詰めながら。
「では私は仕事に戻ります。」
そう言い残して部屋を出て行こうとするので「ちょっと!」と呼び止めた。
「なんですかな?」
「カーチェイスの件ってどうなったの?」
「・・・・ああ!すっかり忘れておりました。」
「ちょっとちょっと・・・頼むよ源ちゃん。このままじゃ人間に戻った時に逮捕されちゃうよ。」
「まあどうにかしてみせましょう。その代わりそっちも仕事をお願いしますぞ。
遠藤のせいで人間に変わってしまった動物の確保、それにアカリさんの子供に薬を渡した男の調査も。」
「そ、それも俺たちの仕事なの?」
「こっちはこっちで手一杯でしてな。まあウズメさんも動いてくれていることですし、どうにかなるでしょう。」
「じゃあ」と手を上げて去って行く。
カグラとタカイデ・ココの件は源ちゃんに頼むしかないけど、岡山で薬を捌いている男までこっちで調べろとは・・・。
《俺は動物探偵であって刑事じゃないぞ。》
そんな調査なんて自信がない。
遠藤さんから受けている依頼すら大変だというのに。
《せめて子犬じゃなければなあ。》
ああ・・・早く人間に戻りたい。
いったいいつになったら解毒剤が手に入るのか。
今でさえ人間であることを忘れてしまいそうな気になっているのだ。
このままいけば心まで犬に成りきって・・・・・って、悪いふうに考えるのはやめよう。
壁の時計を見ると夜の七時半。
今日は大人しく休んで、明日また仕事に取り掛かろう。
そう思って丸くなると、マシロー君に「なに寝てるんですか」と起こされた。
「夜なんだから寝るに決まってるじゃないか。」
「ダメです。野良犬や野良猫は夜に活発になるんです。」
「知ってるよ。」
「ということは人間に変わってしまった野良たちは、夜にこそ活動的になっているはずです。今なら見つけることが出来るかもしれません。」
「そうかもしれないけどさ、夜だと危険じゃないか?暗い中での捜索はやめた方が・・・・、」
そう言いかけたとき、モンブランに抱き上げられた。
「今から行きましょ!」
「コラ!降ろせ!」
「イヤよ。私たちは悠一の飼い主なんだから放っていけるわけないでしょ。」
「お前らと一緒だからイヤなんだ!どうせまたトラブルを起こすに決まってる!」
「大丈夫よ。ご飯もいっぱい食べたし元気いっぱい!ねえみんな?」
そう言って振り返ると、マサカリはお腹をなでながら寝そべっていた。
「うい〜・・・食った食った。」
「ちょっとマサカリ!寝てんじゃないわよ!」
「うっせえなあ・・・食ったら寝る・・・当たり前のことじゃねえか・・・・ムニャムニャ・・・、」
もう寝てしまった。
お前はのび太くんか。
「あ、チュウベエまで!ちょっと起きてよ!」
「う〜ん・・・・極上のミミズ・・・・もっと食わせてくれ・・・・、」
「あんた飲みすぎなのよ!一升瓶を三つも空にしちゃって!」
「そのミミズ・・・・マサカリの餌と交換してくれ・・・・ゲロ!」
「うわ汚い!」
飲みすぎて吐いている。
あの汚れた布団、誰が弁償するんだろう・・・・。
「こうなったらマリナ、私たちだけで行きましょ!」
「・・・・・・・・。」
「ちょっとマリナ。聞いてる?」
「・・・・ぐう。」
「なんでアンタまで寝てんのよ!」
マリナの横には大量の空き瓶が転がっていた。
お腹の健康を整える乳酸菌一兆個の飲むヨーグルトだ。
この手の飲み物はなぜか眠くなるものである。
俺もインドのヨーグルトみたいな物を飲んだ時、やたらと眠くなったことがあるのだ。
みんなムニャムニャと夢の中。
何度も呼んでも起きなかった。
「もう!アンタたちそれでも悠一の飼い主なの!?」
「お前らに飼われた覚えはないぞ。」
「だって今は私たちが人間じゃない。子犬の面倒みるのは当然でしょ?」
「そりゃありがたいけど、あんまり余計なことされると困るんだよ。今日は大人しく寝てさ、明日に備えよう。」
「イヤよ。だって私は猫なのよ。夜こそパワー全開なんだから。」
元気なのは分かるけど、俺をボールみたいに投げるのはやめてほしい。
「まあいいわ、こうなったら私だけで見つけてやるんだから。」
「おいやめろ!お前が一番危険なんだ。」
「それじゃ行きましょ。」
「あ、僕もお供します。」
マシロー君もトコトコついて来る。
遠藤さんが「気をつけてね〜」と手を振った。
ていうか遠藤さんもついて来てきれればいいのに。
まあ容疑者だから仕方ないけど。
モンブランに抱かれたまま夜の街へ繰り出す。
市街地の大通りにはそこそこ人がいて、昔に比べると人が増えたなあと感慨深くなる。
お店も増えたしマンションも増えたし、道路も広くなったしコンビニも「こんなにいるの?」ってくらいにある。
代わりに田んぼや畑が消えていって、田舎好きの俺としてはちょっと寂しい気持ちになる。
今は感傷に浸ってる場合じゃないけど。
「けっこう賑やかですね。」
モンブランの肩の上でマシロー君が言う。
「もう少し人の少ない街かと思っていました。」
「昔はそうだったんだよ。でもマンションやアパートが増えて引っ越してくる人も多いみたいだね。」
とりあえず大通りを歩いて商店街へ向かう。
以前は廃れていた商店街も、市が大金を投じて復活させたおかげで、今は賑わっている。
代わりにガラの悪い連中が屯することもあるけど。
最近だと違法薬物の売買をしている輩もいるようで、発展とともに治安も悪くなっていくんだなあと実感する。
「なあモンブラン、商店街は避けよう。子犬とハリネズミを持ったままじゃ目立ちすぎる。」
「目立つと悪いことあるの?」
「目立たない方が仕事がしやすいだろ。」
「いいじゃない目立っても。ていうか目立ちたいわ。」
そう言って嬉しそうに商店街へ入って行く。
「おい待てって!」
「イヤ。」
「周りを見てみろ、ジロジロ見られてるぞ。」
若い女が子犬とハリネズミを持ったまま歩いているのだ。
注目されない方がおかしい。
「あ、可愛い靴。」
店先に飾られたブーツに見入っている。
ゴソゴソとポケットを漁って、「ああ、足りない〜・・・」と残念がった。
「ファミレスでマサカリが食べまくったからちょっとしか残ってないわ。」
「ていうかお前らも散々食ってたろ。」
「また源ちゃんにねだらないと。」
「やめてくれ、俺の借金が増えるだけだ。」
羨ましそうにブーツを見つめながら、すぐに次の品に目移りする。
「あ、向こうの帽子も可愛い!」
「こらこら、買い物しに来たんじゃないぞ。」
「残念、また足りない。」
「300円しかないんじゃ何も買えないって。諦めて仕事しよう。」
「・・・あ、向こうにも可愛い靴売ってる!」
「人の話聞いてるか?」
こんな調子であちこち見て回って、気がつけば商店街を抜けてしまった。
これじゃただウィンドウショッピングをしに来ただけじゃないか。
「なによ、全然買えそうな物がないじゃない。」
「だから言っただろ、そろそろ仕事しよう。」
「飽きた、もう帰りたい。」
「お前なあ・・・・。」
自分から行こうと言ったクセにもう飽きるとは。
どうやら夜の街に遊びに来たかっただけのようだ。
まあいい。
あんまりウロウロしているとまたトラブルを起こしかねない。
俺も「帰ろう」と言った。
しかしその時、チャライ感じの男が「ねえねえ」と声を掛けてきた。
「いま何してんの?」
ポケットに手を突っ込んだまま遠慮もなく近づいてくる。
モンブランは「あんた誰?」と睨んだ。
「俺?まあただの通行人?」
「あっそ。じゃあさっさとあっち行けば。」
モンブランは相手にしない。
この手の男は猫の時から慣れているのだ。
本人いわくしょっちゅうオス猫からナンパされるらしく、その度にシッシとあしらっているのだという。
人間に変わってもそれは健在のようで、しつこく絡んでくる男に「ウザイのよ!」と怒っていた。
「あっち行かないと蹴飛ばすわよ。」
「おお怖!」
全然怖がっていない感じで言う。
そして「可愛い犬連れてんね」と俺に手を伸ばしてきた。
「ちょっと触らないでよ。」
身をよじって避ける。
男は「こっちはなに?ハリネズミ?」と興味津々だ。
「こんなの二匹も連れてるなんて変わってんね。」
「だから?」
「そんな拒絶しないでよ。」
「なに連れて歩こうと私の勝手でしょ。」
「誰もダメなんて言ってないじゃん。」
「私は忙しいの。あんたみたいなチャライ奴に構ってらんないのよ。」
相手にしていられないとばかりに男から離れていく。
しかししつこく「ねえねえ」と追いかけてくるので、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。
「ほんっとウザイわね!冗談抜きで蹴飛ばすわよ!!」
カっと目を見開いて睨みつける。
スネを蹴るフリをすると、「うお・・・」と男は飛び退いた。
「そんな怒んないでよ。」
「アンタがしつこいから怒ってんのよ!」
どこの誰だか知らなけど、そろそろ本気で逃げた方がいいだろう。
怒ったモンブランは蹴飛ばすだけでは終わらないだろうから。
しかしそれでも男は怯まない。
そしてこんな一言を放った。
「君さ、元は動物でしょ?」
「へ?」
「なんとなく俺たちの仲間って感じがするんだよなあ。」
「どういうことよ?」
「ただの勘だよ勘。なんなら当ててみよっか?たぶん・・・・・猫じゃないかな?」
「なんで分かるの!」
髪の毛が逆だっている。
こういう所だけ猫らしさが残っているのがちょっと面白い。
男は「ほらやっぱり〜」と手を叩いた。
「なんで!なんで分かるの?・・・・は!もしやアンタ霊獣なんじゃ?」
「違う違う。俺は霊獣なんかじゃないよ。」
「霊獣じゃないならなんで私の正体が・・・・、」
そう言いかけた時、マシロー君が「ちょっといいですか?」と口を挟んだ。
「あなた私のこと覚えていますか?」
「ん?」
キョトンとしている。
「私はあなたのこと覚えていますよ。高速道路の高架下で不思議な薬をもらったでしょう?」
「なんで知ってんの!」
今度は男が驚く番だった。
「ていうかハリネズミなのになんで人間の俺と会話出来てんだよ?」
「そういう体質なもので。」
「そうか、なら納得。」
《物分り良すぎだろ。》
ツッコミたい気分を我慢して男の話を聞く。
「たしかに妙な薬をもらったぜ。オカマみたいな人間からな。」
「その薬を飲んだ途端に人間に変わった。違いますか?」
「その通りだけど・・・・なんで知ってんの?」
「私もその場所にいましたから。」
「ええ!あん時ハリネズミなんていたっけ?」
「あなたに薬を渡した人のバッグに入っていたんです。ちょっとだけ顔を出していたんですが気づきませんでしたか?」
「まったく。」
「そうですか。それなら仕方ありません。」
前半はともなく、後半のやり取りはなんなんだろう・・・・。
男は「正体バレてんならやりやすいや」と言った。
「ねえそこの彼女。俺たちの溜まり場に来ない?」
「溜まり場?」
「人間に変わった動物たちが集まってる場所があるんだよ。」
「そうなの!てことはそこに行けば人間に変わった動物が全員いるってこと?」
「全員かどうかは分かんないけどけっこういるよ。ほら、俺たちって人間になったばっかで分からないことだらけだからさ。
みんなで集まって先生に教えを請おうってことになったんだよ。」
「先生?」
「霊獣だよ霊獣!しかもすげえ霊獣なんだって。」
「どうすごいのよ?」
「さあ?なんかすごいんだよ、うん。」
「ほんっといい加減ねアンタ。」
眉間に皺を寄せてイライラしている。
トントンと足踏みをしながら、「悠一どうする?」と尋ねた。
「もう私は満足したから帰ってもいいんだけど、悠一も帰りたいって言ってたわよね。」
「まてまて、俺は何も満足してないぞ。」
こんなことを聞かされて帰れるわけがない。
「君、悪いけどその溜まり場に案内してくれるか?」
「いいぜ。そっちの可愛い子も来るんだよな?」
可愛いという単語にだけ嬉しそうにしている。げんきんな奴だ。
「こいつも行くよ。な?」
「まあねえ・・・どうしてもって言うなら行ってあげてもいいわよ。」
「マジ?んじゃこっちこっち!」
調子に乗ってモンブランの手を引っ張る。
「気安く触らないでよ!」と蹴っ飛ばされていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十話 キツネの少年たち(2)

  • 2018.11.15 Thursday
  • 11:00

JUGEMテーマ:自作小説

「こんッッのバカタレども!!」
アカリさんの怒号が響く。
少年たちはビクっと怯え、肩を丸くしていた。
ここはこがねの湯。
事務所でアカリさんが怒鳴り散らしていた。
「あれほど人間の街には行くなって言ったでしょうが!」
バシン!とテーブルを叩く。
少年たちは「ごめんなさい・・・」と涙目だ。
「何度も危ないって注意したでしょ!なんで分からないの!?」
「だって面白そうだったから・・・・。」
「山にいてもつまんないし・・・・。」
「言い訳しない!!」
「ご、ごめんなさい!」
「もうしません!」
ひたすら謝る少年たち。
それでもアカリさんの怒りは治まらない。
俺は「ちょっと落ち着いて下さい」と宥めた。
「その子たちも反省してるみたいですし・・・・、」
「なによ?」
なんておっかない目なんだ・・・・。
元々怖い人ではあるけど、最近はちょっと怖すぎる。
「その子たちにも事情があるんじゃないかと思いましてですね・・・・、」
「アンタがなに知ってんの?」
「え?なにって・・・・、」
「ウチの子のなにを知ってんのよ?」
「・・・・なにも知りませんけど。」
「じゃあ黙っててくれる?」
「はい・・・・。」
これ以上刺激したら俺まで怒号の嵐に晒されるだろう。
モンブランが「情けないわねえ」と笑うけど、なんとでも言うがいい。
相手はお稲荷さんなのだ、本気で怒らせたら無事じゃすまない。
その後もアカリさんの説教は続いた。
事務所は気まずい空気に包まれる。
そこへウズメさんがやって来て、「終わった?」と尋ねた。
「まだです。全然反省してないんで。」
「そうかしら?目に涙がいっぱいだけど。」
そう言って少年の顔を覗き込む。
「ねえ君たち、お母さんがどうしてここまで怒るか分かるかな?」
「それは言うこと聞かなかったからです・・・・。」
「勝手に街に行ったし、変な薬で人間になっちゃったし・・・・。」
「そうね。でも一番はそこじゃないわ。」
椅子に座り、少年たちに向かい合う。
「アカリちゃんも座りなさい。」
「・・・・・・・・。」
「ほら。」
怖い顔をしたまま腰を下ろす。
ウズメさんは時計を見上げ、少し眉を潜めた。
時刻は朝の八時前。開店は九時だからそろそろオープンの作業をしないと間に合わない。
「モンブランちゃんたち。悪いんだけどお店を開けるの手伝って。」
「ええ!またこいつら雇うんですか?」
「だって仕方ないじゃない。こっちをほったらかすわけにはいかないし。」
俯く少年たち、鬼の形相のアカリさん。
俺は「そうですけど・・・」と答えるしかなかった。
「モンブランちゃんたち、ちゃんと仕事してくれたらご褒美をあげるわ。」
「ほんとに!?」
「この前はうやむやになっちまったけど、今日はぜったいだぜ!」
「もちろん。」
はしゃぐモンブランたち。
ウズメさんは松川くんを呼び、「その子たちお願い」と押し付けた。
「ええ!またですか・・・・。」
「ちょっと手が離せないのよ。」
状況を察した松川くんは「分かりました・・・・」とモンブランたちを引き連れて行った。
《すまんな松川くん。》
いつも損な役回りばかり。
いつか飯でも奢ってあげよう。
事務所は未だ気まずい空気のままだ。
ウズメさんは「お母さんは君たちが心配なのよ」と言った。
「君たちにはもう一人兄弟がいたわよね?」
「はい・・・・。」
「事故で死んじゃったけど・・・・。」
「飲酒運転のドライバーのせいでね。あの時はお母さんも死にかけた。だから心配でたまらないのよ。
いつまた事故が起きて子供を失うか・・・・。君たちが街をウロウロする度に気が気じゃなくなるの。
最近すごく感情的になってるのはそのせいでしょ?」
そう言ってアカリさんを振り向くと、「はい・・・」と頷いた。
「だんだん大人になってきたせいか、前より行動範囲が広くなってるんです。今は人間でいえば中学生くらいだから、それは仕方ないのかなって。
でもやっぱり心配なんです。仕事が終わって家に帰って、だけどもし子供達が帰って来なかったらって・・・・。」
「そんなに大変なら言ってくれればいいのに。子供の面倒を見る為なら休んだって全然構わないのよ?」
「それは嫌なんです。」
「どうして?」
「事故の時、ウズメさんに助けてもらって稲荷になって、今でもこがねの湯で働かせてもらって・・・・ずっとお世話になりっぱなしです。
だったらこれ以上のワガママなんて・・・・、」
「そんな風に思ったりしないわよ。」
「でもこれは私の意地なんです。子供たちもこのお店も、私にとっての宝物です。だったらどっちも完璧にこなさないと。子供を言い訳に手を抜くなんてぜったいに出来ません。」
「アカリちゃん・・・・。」
困ったように眉を寄せるウズメさん。
アカリさんはとにかく真面目で頑固で、だからこそ自分を追い詰めて感情的になりやすくなっていたんだろう。
そんな母親を見て、少年たちはバツが悪そうに俯くしなかった。
「アンタたち、お母さんの仕事が終わるまでここにいなさい。勝手にどこか行ったら許さないわよ。」
鬼の眼光に身を竦めている。
アカリさんは出て行き、少年たちは再び涙目になっていた。
ウズメさんは苦笑いしながら俺を振り返る。
「君も大変よね、次から次へと色んなことに巻き込まれて。」
「まったく。」
「まあ今回のはアカリちゃん親子の問題だから。君が首を突っ込むことじゃないわ。ただ・・・・、」
テーブルの上には例の薬によく似た薬が置かれている。
緑と黄色のカプセル剤・・・・こいつが解毒剤だ。
しかしその数は二つしかない。
この薬・・・・喉から手が出るほど欲しいけど、俺が飲むわけにはいかない。
アカリさんは解毒剤を掴み、少年たちに向けた。
「今すぐこれを飲みなさい。」
それぞれに薬を手渡し、水の入ったコップを置く。
少年たちは迷っていた。
おそらくこんな体験は二度と出来ない。
もう少し人間のままで、人間の世界を楽しんでみたいんだろう。
しかしウズメさんの目はそれを許さない。
気圧された少年たちは薬を口に入れ、コップの水で流し込んだ。
ボワっと白い煙が上がる。
そして次の瞬間にはキツネに戻っていた。
《おお!すごい・・・・。》
ああ、俺も早く戻りたい。でも今はまだ我慢だ。
二匹のキツネは、まだ幼さが残るあどけない感じだった。
「事務仕事がたまっててね。今日はここに篭るわ。何かあったら言ってちょうだい。」
子ギツネたちはシュンと項垂れる。
いったいどうしてこんな事になってしまったのか?
その事情はすでに聞き出してある。
ここへ連れて来た時、アカリさんが鬼の形相で問い詰めたからだ。
山から下りて街をウロウロしていた時のこと、この前見た犬みたいな人間に再会した。
そいつは相変わらず犬みたいにあちこちの臭いを嗅ぎ、フラフラと通りを歩いていた。
過ぎ行く人たちは怪訝な目でそれを見ていたという。
子ギツネたちは好奇心をくすぐられた。
なにせなんにでも興味を示す年頃だ。
なんならちょっとからかってやろう、そういう気持ちで近づいた。
すると犬みたいなその人間は、自分から子ギツネたちに近づいてきた。
そしてポケットからカプセル剤を取り出し、目の前に放り投げたという。
こいつはいったい何なのか?
子ギツネたちは目を見合わせた。
人間からもらった物を口にしてはいけない。
常日頃アカリさんからそう注意されていた。
しかし目の前にこんな好奇心の惹かれるものを見せられてはじっとしていられなかった。
犬のような人間はそれを食べろとジェスチャーする。
子ギツネたちは少し迷いながらも、気が付けばペロリと飲み込んでいた。
胃の中に薬が入ったその瞬間、目眩が襲ってきてフラフラとよろけた。
倒れまいと踏ん張った時、前足は人間の手に変わっていた。
そしてお互いの姿を見て悲鳴を上げる。
前足だけでなく全身が人間になっていたからだ。
しかも服まで着た状態で。
犬のような人間はゲラゲラと笑った。
『ようこそ人間の世界へ。』
おどけながらそう言って、『でもすぐに戻っちまうけどな』と付け加えた。
『そいつは試験薬だ。モノホンが欲しいならここへ行くことだな。』
そう言って地図の描かれた紙切れを寄越した。
『人間の世界を楽しめよ。じゃな。』
酔っ払ったみたいにフラフラと去って行く。
少年たちは地図を睨んだ。
そこには一箇所だけ丸印がついている所が。
『ここに行けばさっきの薬がもらえるってことかな?』
『本物の薬がとか言ってたよね。これはすぐ効果が切れるって。』
突然の出来事に冷静でいられない彼らは、これからどうずべきか迷っていた。
そうこうしているうちに薬の効果が切れ、元の姿に戻ってしまう。
驚く子ギツネたち。興奮が高まっていく。
『これ面白いぜ!人間に変われるなんてさ!本物の薬をもらいに行こうぜ!』
『うん!そうすれば堂々と街に行けるよね。』
子ギツネたちは山の中へ引き返す。
というのも地図の丸印は山の反対側にあったからだ。
そこは山間の集落で、ほぼ老人しかいない過疎化の進んだ場所だった。
その集落には稲荷神社が建っていて、丸印はその場所に付いていた。
子ギツネたちは山を駆け抜け、山間の集落までやってきた。
老人が畑で野良仕事をしている。
奥には民家が並び、その下側には小さな棚田があった。
稲荷神社は集落から山道へ続く麓に建っている。
子ギツネたちはコソコソと駆け抜け、辺りを警戒しながら赤い鳥居を潜った。
しかしそこで弟が『いいのかな?』と立ち止まった。
『こっちの稲荷神社には勝手に行くなってお母さん言ってたよね?』
『そういえば派閥が違うからどうとか言ってたな。』
『派閥ってなに?』
『仲の良いグループみたいなもんだよ。』
『じゃあここのお稲荷様は違うグループってことなのかな?』
『かもな。でも気にすることないって。どうせそんなの大人の事情だし。それにここへ来ないと薬がもらえないんだし。』
『・・・・そうだよね。』
アカリさんの言いつけは気になるが、好奇心には勝てない。
稲荷神社を見渡すと、短い参道の向こうに階段があり、その上にはまた鳥居があった。
階段を登ると両脇には狐の像が控えていた。
奥には本殿がある。
あちこちに葉っぱが散っていて、草も茂っていた。
子ギツネたちは本殿へ近づき、扉の向こうにある御神体を覗き込んだ。
『お稲荷様、僕たちに薬を下さい。』
子ギツネたちはこう思っていた。
あんな不思議な薬を人間が作れるわけがない。
きっとこれはお稲荷様の秘薬なのだと。
だから本殿に祭ってある御神体に話しかけたのだが、返事は別の方向から飛んできた。
『お前らこれが欲しいのか?』
振り向けば人間の男が立っていた。
細身だが筋肉質で、獰猛な獣のような目をしていた。
手には例の薬を持っている。
『これ欲しさに来たんだろ?』
そう言って近づいてくる男に後ずさった。
『兄ちゃん・・・・、』
『ビビるなって・・・・。』
『そうそう、ビビることはない。俺はただコイツを配ることが仕事なんだから。』
『ぼ・・・僕たちの言葉が分かるの!?』
『これってもしかして・・・・、』
『そう、俺は霊獣だ。でもここに祭られている稲荷じゃないぜ。』
『え?違うの?』
『じゃあなんの霊獣?』
『んなことはお前らには関係ねえ。大事なのは薬が欲しいかどうかだろ?』
そう言って例の薬を振って見せた。
『欲しいならくれてやる。その代わり結果を聞かせてくれよ。』
『結果?』
『なんの?』
『だからこいつを使った感想だよ。なんでもいいんだ、ちょっと気になった事とかでもよ。』
『いいけど・・・・なんでそんなの知りたいの?』
『大人の事情ってやつさ。とにかく早く決めてくれ。ウダウダ言うならこいつはやらねえ。』
兄弟は迷った。
弟は不審に思い、『やめようか・・・』と弱気になる。
しかし兄は『平気だって』と強気だ。
『感想言うだけでもらえるんだから。』
『でもさ、もし人間のまま元に戻れなかったりしたら困るじゃん。』
弟の心配はもっともだったが、男は『解毒剤がある』と言った。
緑と黄色のカプセル剤を取り出し、『こいつを飲めば元通りだ』と。
『ちなみにこっちの感想も聞かせてくれよ。』
『いいよ。その代わりタダでくれるんだろ?』
兄は前に出てそれを欲しがる。
男は『ああ』と頷き、薬を渡した。
『俺はいつでもここにいるからよ。使い終わったら感想を言いに来てくれよ。』
『わかった。』
兄は喜んで薬を飲む。そしてさっきと同じように人間に変わった。
『早速飲んじまうのか。』
男は笑う。そして『気をつけろよ』と言った。
『人間になると動物の言葉は分からなくなるからな。困ったことがあっても同族を頼れねえぜ。』
『そうなの!でもまあ・・・・これがあるから平気かな。』
解毒剤。
もし仲間の助けが必要になればこれを飲めばいい。
兄は『お前も飲めよ』と促した。
弟は『ヒャオン!』と甲高い犬のような声で返事をした。
『ほんとだ・・・ただの鳴き声にしか聞こえなくなってる。』
『そいつも一緒だぜ。お前が何言ってるのか分かってねえ。』
『マジで?』
『そりゃ人間だからな。』
『早く飲ませてやんな』と急かされて、弟の口の中に放り込んだ。
煙が上がり、人間に変わる。
『兄ちゃん!いきなり飲ますなよ!』
『悪い悪い。だってこうしないと言葉が通じないからさ。』
『・・・やっぱ怖くなってきたな。元に戻りたいよ。』
『何言ってんだよ。これから人間の街へ探索に行こうぜ。ぜったいに面白いからさ。』
意気揚々とはしゃぐ兄、不安と心配に悩まされる弟。
男は『喧嘩するなよ』と笑った。
『街へ行きたいなら集落を下っていくといいぜ。麓の村まで出られるからよ。あとはヒッチハイクでもして街まで乗っけてもらうんだな。』
『ヒッチハイクってなに?』
『こうやって親指立ててりゃ、お人好しが車に乗っけてくれるのさ。』
『でも僕らお金持ってないんだけど。』
『んなもんいらねえよ。タクシーじゃねえんだから。』
背中を向け、『じゃあな』と手を振りながら去って行く。
少年たちはその姿を見送ると、教えられたとおりに集落の下へ伸びる道を向かった。
やがてさっきの集落より大きな村が見えてきた。
『ヒッチハイクってのをすればいいんだよな。』
道路に出て車を待つが、一向にやって来ない。
すると弟が『あそこバス停じゃない?』と指さした。
『でもバスはお金がいるんだぜ。』
『そっか・・・じゃあ車が来るのを待つしかないか。』
それからしばらく待ってみたが、やはり車は来なかった。
結局この日は街へ行くことを諦め、解毒剤を使って元に戻った。
夜、アカリさんが帰ってきて、『今日は街へ行かなかったでしょうね』と言った。
兄弟は『行ってないよ』とウソをついた。もちろん薬のことも喋らなかった。
そして翌日、またあの稲荷神社へ向かい、薬をもらった。
『こんなにすぐ新しいのをもらいに来たのはお前らが初めてだ。これで最後だからな。』
薬を受け取った兄弟は計画を練った。
あの集落から街へ出るのは難しい。
だったら家の神社で使ってから街へ出ることにしたのだ。
翌日、アカリさんが仕事へ向かったあと、薬を使って人間になった。
そして街へ向かったのだが、時刻はまだ午前六時前。
ほとんど人もおらず、開いている店も少なかった。
こんな街を探索しても面白くない。
そう思った兄弟は母のいる街へ向かうことにした。
最初はヒッチハイクをしようかと思った。
しかし近くのコンビニにトラックが停まっているのを見て、兄がこう提案した。
『あのトラックに忍び込もうぜ。』
『でもお母さんのいる街へ行くとは限らないんじゃない?』
『そんなの乗ってみれば分かるよ。もし違ってたら降りればいいんだし。』
強引な兄に引っ張られて、こっそりとトラックに忍び込んだのだ。
そのトラックは岡山から東に向かった。
高速道路に乗って、母のいる街へ近づいていく。
そしてサービスエリアで停まり、運転手はトイレへ向かった。
兄弟はこの隙にトラックを抜け出し、立ち入り禁止の階段を通って高速道路を降りた。
ラッキーなことに、そこはちょうどこがねの湯から近い場所だった。
『おいやったぜ!あれぜったいにお母さんが働いてる所だ。』
『うん、よくお母さんが言ってる建物と似てるもんね。』
少し近づいてみると看板が見えた。
そこにはこがねの湯と書いてある。
母から教わった、唯一読める文字だった。
いきなり会いにいったら驚くだろう。
そしてあんな遠い場所から会いに来たことに喜んでくれるはずだ。
兄はそう思っていた。
しかし弟はまだ不安で、しかもお腹が空いていた。
『兄ちゃん、なにか食べたい。』
『そうだな、俺も腹が減った。』
『ネズミでも捕まえる?』
『この姿じゃ無理だろうな。人間って鈍いから。』
『どうしよう・・・・。』
『人間が餌を食う所に行こうぜ。』
『そんなのどこにあるの?』
『前にお母さんが言ってたんだ、街にはファミレスっていうのがあるって。』
兄弟はこがねの湯から離れ、市街地へ向かった。
しかし何がどこにあるのか分からない。
だから思い切って道行く人に尋ねてみた。
『ファミレスってどこにありますか?』
犬を散歩させていたおじさんは『すぐそこだ』と教えてくれた。
それがさっきまでいたあのファミレスだった。
食い逃げして捕まり、代わりにマサカリがお金払って、どうにか見逃してもらったのだ。
ここまでのことをすればアカリさんが怒るのも当然だ。
けどこの子たちだけを責めるわけにはいかない。
一番悪いのは薬を渡した謎の男である。
例の薬を持っていたということはカグラの関係者か?あるいはどこかで拾っただけなのか?
・・・・おそらく前者だと思う。
遠藤さんは言っていた。鬼神川たちの真の目的を。
それは世の中を霊獣の住みやすい世界に変えてしまうこと。
その為には人間を排除しなければいけない。
じゃあどうやって排除するかというと、動物に変えてしまうのだ。
代わりに動物たちを人間に変え、霊獣に都合の良いように教育し、手足としてコキ使うのである。
モンブランたちを見ていれば分かるが、人間になりたての動物は常識に疎い。
いわば人間として真っ白な状態だ。
そこへ都合の良い教育を施せば、間違ったことでも正しいと思うようになるだろう。
じゃあどうしてそんなことをするのか?
『鬼神川が言うには「ある御方」がそう望んでいるからだって言ってたわ。それが誰なのか教えてくれなかったけど。
でも「ある御方」の望みは鬼神川たちにとっても都合のいいものだそうよ。上手くいけな稲荷の勢力を拡大できるからって。』
遠藤さんはそう言っていた。
要するに稲荷の力を拡大させる為に、こんな薬をばら撒いているのだ。
しかもこれはカグラの単独犯ではなく、ライバル会社のカマクラ家具が関わっている可能性もあると言っていた。
なぜなら鬼神川がちょくちょく向こうの役員と会っていたからだ。
名前はたしか・・・・そう、常務の豊川だ。
『これは私の勘だけど、あの豊川って人もお稲荷さんじゃないかって思うのよね。なんか普通の人間って感じがしなくてさ。』
それは大いに有りうることだと思った。
なぜならカマクラ家具はダキニが社長をやっていた会社だ。
だったら奴以外にも稲荷がいたっておかしくない。ていうか多分いるだろう。
そう考えると、ふと閃くものがあった。
鬼神川の言う「ある御方」とはダキニのことなんじゃないかと。
人間の世を霊獣の世に変えてしまう・・・・・ダキニならじゅうぶんに考えそうなことだ。
次から次へと問題が出てきて、どこから対処していいのか分からない。
優先順位をつけるとしたら、遠藤さんから依頼された、薬で人間に変わってしまった動物の捜索だろう。
お店を開ける準備が終わればモンブランたちは解放されるから、また街へ聞き込みに行こう。
そう思っていると、突然子ギツネたちが苦しみ始めた。
フラフラとよろけて倒れてしまう。
呼吸が苦しいのか大きく口を開け、やがて泡まで吹き始めた。
「ウズメさん!」
叫ぶのと同時に「どうしたの!?」と抱きかかえる。
「大丈夫!?ちょっと!」
「息が・・・・、」
「胸が苦しい・・・・、」
ヒューヒューと息を漏らし、痙攣を始める。
そしてすぐに気を失ってしまった。
「ちょっと!しっかり!!」
二匹を抱き上げ、急いで駆け出して行く。
「ウズメさん!」
「病院へ連れて行くわ!あとお願い!!」
いったいなんなんだ・・・・。
どうしていきなり苦しみ始めて・・・・、
「有川さん!」
今度は松川くんが血相を変えてやって来た。
「大変です!モンブランさんとマサカリさんが・・・・、」
「どうした!?」
「苦しいって倒れちゃったんですよ!」
「なんだってえ!!」
こっちまで病人が。
マジでどうなってるんだ・・・・。
アカリさんが二人を肩に担いで駆け込んでくる。
「大変よ!この子たち急に倒れちゃって!」
「モンブラン!マサカリ!大丈夫か!?」
「いま救急車呼ぶから!」
そう言って電話を掛けようとする。
しかしその手を止めて「あの子たちは?」と首をかしげた。
「実はアカリさんの息子さんたちも苦しいって言って・・・・、」
「はあ!?」
「さっきウズメさんが病院へ連れて行きました。」
「・・・・・・・。」
受話器を握ったまま固まっている。
するとマシロー君が「行ってあげて下さい」と言った。
「モンブランさんたちは僕らに任せて。」
そう言ってもアカリさんは動かない。
まるで金縛りにでもあってるみたいに。
顔からは血の気が引いていた。
松川くんが「アカリさん!」と叫ぶ。
「こっちは僕がやるんで子供さんの所へ!」
背中を押して事務所から連れ出す。
「たぶんアナグマ動物病院ですよ!あそこの獣医さんも霊獣だから!ここからならそう遠くないから早く!!」
グイグイと背中を押して店の外へ連れて行く。
マシロー君は受話器を取り、器用にプッシュボタンを押した。
「・・・もしもし?救急車をお願いします。場所はこがねの湯、スタッフが苦しいって倒れてしまって・・・・、」
マシロー君・・・・君はなんて冷静で頼りになる奴なんだ。
そしてなんで俺はこんな時に子犬なんだ!
苦しむモンブランとマサカリを前になにも出来ないなんて・・・・。
二人共お腹を押さえ、こんなに苦しそうにしているのに・・・・。
「うう・・・・ヤバイぜこれ・・・・、」
「マサカリ!しっかりしろ!!」
「ダメ・・・・もう・・・・我慢できない・・・・、」
「モンブラン!大丈夫か!」
「と・・・・、」
「と?」
「トイレに・・・・、」
「へ?トイレ?」
二人はよろよろと立ち上がり、バックヤードのトイレに入っていく。
そして数分後、すっきりした顔で出てきた。
「いやあ!危うく漏らすとこだったぜ。ファミレスで食い過ぎちまったみてえだ。」
「・・・・・・・。」
「私もヤバったかたわあ。ドリンクバーだっけ?あれで冷たい物飲みすぎたみたい。」
「・・・・・・・。」
「悠一、ちょっとパンツが汚れちまってよ。悪りいけど新しいの買って来てくれねえか?」
「私はあったかい飲み物お願い。女の子はお腹冷やすと良くないし。」
二人ともケロっとしている。
どうやら子ギツネたちとは違う理由で苦しんでいたらしい。
それから数分後、今度はチュウベエとマリナが倒れた。
チュウベエはサウナでふざけていて、マリナは水風呂に浸りすぎたせいで。
「あっちい〜・・・・蒸し焼きになっちまう・・・・。」
「いくら人間でも冷えすぎると動けなくなるのね・・・・。」
いったいこいつらはなんなのか?
どうしてトラブルを起こさないと気がすまないのか?
マシロー君が「すみません。救急車はキャンセルで」と電話を切った。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第九話 キツネの少年たち(1)

  • 2018.11.14 Wednesday
  • 10:58

JUGEMテーマ:自作小説

動物探しで聞き込みをするのはいつものことだ。
今、俺が子犬であることを除いて。
最も頼りになるチェリー君はどこかへ行ってしまうし、残ったメンバーはモンブランたちとマシロー君だけ。
さて、これで無事に依頼を果たせるのか?
まったく自信がない。
とりあえずマシロー君に案内されて、薬を捌いていた高速道路の下までやって来た。
今日も老人会のゲートボールはお休みのようで、空き地には誰もいなかった。
代わりに近くの電柱にハトが2羽とまっていた。
とりあえず話を聞いてみよう。
「そこの君たち、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
ハトはこっちを振り返る。
「俺は動物探偵の有川悠一っていうんだ。実は捜している動物・・・・じゃなかった、人間がいるんだけど、何か知ってたら話を聞かせてくれないか?」
いつものように尋ねると、ハトたちは失笑した。
「子犬が探偵だとさ。」
「しかも有川悠一って・・・・人間みたいな名前だな。」
まったく相手にしてくれない。
するとチュウベエが「ようお前ら」と手を振った。
「俺だよ俺、オレオレ。」
まるで詐欺みたいな挨拶だ。
「チュウベエだよ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。」
ハトは首を傾げ、「クルック〜」と鳴いた。
そしてどこかへ飛び去ってしまった。
「なんだアイツら。いつもはオッスって返事してくれるのに。」
納得いかない顔で空を見上げている。
すると今度は猫が通りかかった。
白と茶色の斑模様の猫だ。
風貌からしておそらく野良だろう。
話しかけようとすると、「カモメちゃん!」とモンブランが駆け寄った。
「いい所で会ったわ。実はちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・、」
親しげに話しかけている。
野良猫は怪訝な顔で後ずさった。
「最近この辺りで人間に変わった動物の噂とか聞いてない?」
「・・・・・・・。」
「ちょっと、なんで逃げるのよ。私たち友達でしょ?」
「フシャー!」
「ちょッ・・・・危ないわね!」
爪をむき出して猫パンチを放ってくる。
そして一目散に逃げ出していった。
「ちょっとカモメちゃん!」
追いかけるが猫の足には敵わない。
モンブランは「なんなのよ!」と怒った。
「私たち仲良しでしょ。なんでパンチなんかしてくるわけ?」
腰を手を当てながらカモメちゃんが逃げた方を睨んでいる。
するとマサカリが「もしかして・・・・」と呟いた。
「今の俺たちって動物に言葉が通じないんじゃねえか?」
「え?なんでよ?」
「なんでって・・・俺たちは人間なんだぜ。だからハトや猫とは話せないんだよきっと。」
言われて固まるモンブラン。
チュウベエも「あちゃ〜」と唸った。
「このデブの言う通りだ。でなきゃアイツらが俺を無視して行くわけないからな。」
「私だって同じよ。カモメちゃんは仲良しの友達なんだから。」
「てことはやっぱり動物とは話せねえんだよ。」
みんな困った顔をしている。
マリナが田んぼを泳いでいたカメを見つけ、話しかけてみる。
しかしこっちを振り返って首を振った。
「ダメみたい。」
「そんな!じゃあ猫のお友達とはもうおしゃべりできないってこと?」
「おいおい、さっきのハトは大事な取引相手なんだぜ。マサカリのカリカリをあげる代わりにミミズを貰ってるんだからよ。それも無理になっちまうのか?」
「テメエ!勝手に俺様の餌を!」
「落ち着きなさいよマサカリ。チュウベエのおかげでダイエット出来てるんだから。」
「うるせえマリナ!俺だってもうコロンと話せねえんだぜ・・・・。せっかく・・・・せっかく仲良くなったってのによお・・・グス。」
コロンとはマサカリが恋をしているトイプードルである。
翔子さんのペットだ。
他にカレンっていう猫を飼っているんだけど、こっちはモンブランの親友。
だから当然・・・・、
「そんなのイヤだああああん!もうカレンとおしゃべりできないなんて!!」
さっきまでの陽気はどこへやら?
うずくまって泣いている。
チュウベエも空を見上げ、「俺の商売もここまでか・・・」と切ない顔をしていた。
「このままじゃコロンの恋犬になれねえ!」
「このままじゃカレンとの友情が壊れちゃう!」
「あいつらの持って来るミミズ・・・・美味かったなあ。」
「あ、枝毛。」
マリナだけ堪えてないようである。
あんまり外に出ないから、動物と話せなくなっても特に困らないのだろう。
「マリナさん以外悲しんでますね。」
「ようやく事態の深刻さを理解したらしい。」
「じゃあみなさんには人間に聞き込みをして頂きましょう。僕たちは動物担当ということで。」
マシロー君は冷静だ。
この落ち着きよう、俺も見習いたい。
まあとにかく、聞き込みを再開するしかるまい。
「ほら行くぞ。」
ガックリうな垂れながら歩くモンブランたち。
しばらく行くと、ファミレスや車屋やスマホショップが立ち並ぶ大通りに出た。
早朝のせいか人が少ない。これでは聞き込みも難しいだろう。コイツらは落ち込んだままだし。
「お前ら、落ち込んでばかりいても仕方ないんだぞ。今は出来ることをやらないと。」
「そんなこと言ったって・・・・、」
この世の終わりみたいな顔をしている。
これじゃ仕事をしてくれそうにない。
「元気出せって。一生元に戻れないわけじゃないんだから。」
「でもでも!もし解毒剤が手に入らなかったらずっとこのままなんでしょ!私そんなのイヤよ!」
ブンブンと首を振るモンブラン。
するとマサカリが「元気を出すにはアレしかねえよなあ」と遠い目をした。
「どこ見てるんだよ?」
「だからアレだよアレ。」
そう言って指さした先にはファミレスがあった。
「俺たちまだ飯食ってねえんだぜ。」
「そういえばそうだったな。でもお金なんて持ってないぞ。」
するとチュウベエが「持ってるぞ」と、ポケットから万札を一枚取り出した。
「いつの間に!?」
「悠一が散歩に行ってる間に源ちゃんがくれたんだ。」
「源ちゃん・・・・なんて気遣いの人なんだ。」
「貸しだって言ってたけどな。悠一が元に戻ったら返してもらうって。」
「も、もちろんだよ!うん。」
ちょっと憂鬱になる。
けどこいつらが人間でいる間はお金も必要だ。
「というわけでファミレスに行くぞ。」
マサカリが「やったぜ!」とガッツポーズをする。
「源ちゃんめ、いいとこあるじゃねえか。」
「ほんとよね、ご飯を食べればちょっとは元気が出るかも。」
「ねえ悠一、ファミレスってフレンチのフルコースあるわよね?」
「ないよ。」
ゾロゾロとファミレスに入って行く。
すると案の定というか、店員が出てきて「動物の持ち込みはちょっと」と止められた。
「なんで?ダメなの?」
キョトンとするモンブラン、店員は「飲食店ですから」と愛想笑いを返した。
「衛生上の問題で。」
「でもこれぬいぐるみよ。」
「ぬいぐるみ?」
「ほら。」
ブランブランは俺を振ってみせる。
ここは心までぬいぐるみに徹するべきだろう。
チュウベエもマシロー君をブラブラさせていた。
「いや、でもさっきは自分で歩いてじゃないですか。」
「ここにスイッチがあるのよ、ほら。」
耳をグリグリひねってから床に置く。
俺はオモチャのようにトコトコ歩いて、途中で「ワン!」と吠えた。そしてまたトコトコ歩く。
「なんか妙にリアルなんですけど・・・・、」
「だってこれ高かったから。30万円もしたのよ。」
「消費税を入れたら38万だぜ。」
マサカリがアホなことを言う。
たぶん8パーセントの8を足して38にしたんだろう。
しかし店員は「38万!」と驚いていた。
「道理でリアルなはずだ・・・・。」
「写真撮ってもいいわよ。」
「ホントですか!?」
スマホを取り出してパシャパシャ撮影している。
あとでインスタにでも上げるつもりだろう。
「中に入ってもいいわよね?」
「どうぞどうぞ!」
どうやら店員も残念な頭の人らしい。
まあそのおかげで助かったけど。
禁煙席へ案内してもらい、マサカリが早速メニューを開いていた。
「どれどれ?」
顔をしかめながら睨んでいる。
「ほとんど読めねえ。」
そりゃそうだろう。読み書きは習ってないんだから。
普段目にする字くらいは覚えているかもしれないけど、さすがにメニューを完全に理解するのは無理だ。
「それなら僕にお任せ下さい。」
マシロー君もメニューを覗き込む。
「どれが分からないんですか?」
「これ。」
「これはチーズインハンバーグです。中にトロリとしたチーズが入っているハンバーグですよ。」
「マジかよ!じゃあそれにするぜ!!」
「ねえねえ!私のも見てよ!」
「いやいや、俺が先だ。」
「ねえ、フレンチのフルコースはないの?」
《だからねえよ!》
さっきまであんなに落ち込んでいたクセに・・・・。
げんきんにも程があるだろう。
いや、それよりもだ。
「マシロー君、君は字も読めるのか?」
「ええ、だいたいは。」
「なんでそんなに賢いんだよ?」
「遠藤さんが教えてくれました。絵本を読ませてくれたり、児童文学を読ませてくれたり。」
「ほとんど親子だな。」
「彼はとても良い人ですよ。」
「君も良いネズミだけどな。」
「恐れ入ります。」
なんと丁寧なネズミか。
やっぱりモンブランたちとは大違いだ。
やがて料理が運ばれてきて、みんな一斉にガッツき始めた。
「もうちょい行儀よくしろよ。」
注意するけど誰も聞いちゃいない。
でもまあ落ち込むより元気な方がいい。
「マシロー君は食べないの?」
「朝に遠藤さんからいただきましたので。」
「そっか。お腹がすいたらいつでも言ってよ。」
「恐れ入ります。」
みんなあっさりと平らげてしまい、次の料理を注文する。
よく食う奴らだと感心していると、後ろの席からゴニョゴニョと話し声が聞こえた。
「やっぱりまずいって・・・・勝手にこんな所に来ちゃ。」
「平気だって・・・・。」
「お母さんぜったい怒るって・・・・。」
「むしろ喜ぶって。これ食ったらお母さんの働いてるところに行くんだから・・・・。」
「俺やだなあ・・・・。」
見ると中学生くらいの男子が二人いた。
今日は平日のはず、学校はサボったのだろうか?
「だいたいさ、あんな薬を飲んだことじたい間違いじゃないの・・・・?」
「元に戻る薬もあるから平気だって・・・・。」
「それに俺たちお金持ってないんだよ?これマズいんじゃない・・・・?」
「走って逃げちゃえばいいじゃん。人間なんかノロマだから余裕だって・・・・。」
「今は俺たちも人間じゃんか・・・・。」
「でも元はキツネだ。普通の人間より速いから平気だろ・・・・・。」
とんでもなく気になることを話している。
マシロー君も気づいたようで、じっと聞き耳を立てていた。
「俺はやめた方がいいと思うけどなあ・・・・岡山に帰ろうよ。」
「ここまで来て何言ってんだよ・・・・。こっそりトラックに忍び込んでせっかく来たのに。」
「でもやっぱまずいって・・・・。だってここ人間の街だよ。ウロウロしちゃダメだっていつもお母さんが言って・・・・、」
「今は俺たちだって人間だろ・・・・。だいたいお前はお母さんお母さんってビビリすぎなんだよ・・・・。」
「だって怒ったら怖いじゃん・・・・。お稲荷さんだし。」
「ぜったいに怒られないって・・・・。ていうか自分の子供が会いにきたら喜ぶよ。」
「僕は怒ると思うけど・・・・。」
マシロー君と目を見合わせる。
「なあマシロー君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「なんでしょう?」
「実は俺の知り合いの息子さんが、岡山で変わった人間を見たって言ってたんだよ。
犬みたいにウンチの臭いを嗅いだり、足を上げてオシッコしたり。」
「それは変わってますね。いわゆる変態というやつかもしれません。」
「そうかもしれない。でも俺は別の可能性もあると思ってるんだ。」
「どんな可能性ですか?」
「その人、ほんとは犬なんじゃないかって。」
「それはつまり・・・・、」
「ああ、例の薬を飲んだんじゃないかってことさ。」
「それは有り得ません。だって僕たちは岡山へ行ったことはありませんから。」
「ほんとに?」
「ホントです。もし仮にその犬みたいな人が例の薬を飲んだなら、それは僕たちとは別の誰かからもらったんだと思いますよ。」
「まさか君たち以外にも薬をばら撒いている人がいるのか?」
「分かりません。その可能性があるかもしれないと言っただけです。」
俺は後ろの少年たちを振り返る。
もし俺の考えが正しければ、この子たちはきっと・・・・・、
「悠一、お前も食えよ。」
マサカリが残した野菜を寄越してくる。
チュウベエも「俺もやるわ」としなしなになった沢庵を差し出した。
「いま忙しいんだ、大人しく食ってろ。」
「おいおい、なんだよせっかくやるって言ってんのに。」
「好き嫌いはよくないぞ、食え。」
チュウベエに抱えられ、鼻先に沢庵を押し付けられる。
「やめろお前ら!」
「沢庵好きだろ悠一は。」
「だから今は忙しいんだって!」
「ちょっとアンタたち。無理矢理食べさせちゃ可哀想でしょ。」
モンブランが俺を奪い取る。
マリナも「そうよお」と頷いた。
「今は私たちが悠一の飼い主なんだから。もっと優しくしてあげないと。」
そう言って「はいどうぞ」とスプーンでグラタンを食べさせようとした。
「熱ッ!」
「あ、ごめん。ふーふーしてあげるわね。」
「マリナ、犬にグラタンはよくないわ。こっちにしましょ。」
ポケットからカリカリを取り出すモンブラン。
そいつを鼻先に押し付けてくる。
「こらお前たち!いま忙しいって言ってるだろ!」
「なんでそんなに暴れるのよ?」
「あ、もしかしてトイレじゃない?」
「なら俺が連れてってやるぜ。」
「ダメよ、アンタなんかに任せたらトイレに落としちゃうに決まってるわ。」
「そんなことするかよ、いいから貸せって。」
「イヤだってば。」
「いいからよこせ。」
「ちょっと乱暴しないでよ!」
「ぐはあッ!」
「お前らいい加減にしろ!」
どうしていつも騒々しくなるのか。
落ち込んで元気になって喧嘩して・・・・このパワーはいったいどこからくるのか?
呆れていると「あのう・・・」とさっきの店員がやって来た。
「それ、やっぱり本物の犬ですよね。」
《しまった!》
モンブランとマサカリは慌てて首を振る。
「そんなわけないじゃない!ねえ?」
「そうだぜ。アンタきっとアレだよ、働き過ぎで疲れてるんだ。過労死する前に休んだ方がいいぜ。」
「昨日まで三連休だったんで大丈夫です。それよりぜったいに本物の犬でしょ?」
「ぬいぐるみよ。ねえ?」
「そうそう。消費税入れて80万だぜ、リアルに出来てんだこれ。」
「いやいや、絶対に本物の犬ですよね、それ?」
「だからぬいぐるみだって。」
「ここのスイッチをひねれば鳴くんだぜ。ほれ。」
「ワン!」
「いやいや!わざとららし過ぎでしょ。」
もはや言い訳は通用しない。店員は「店長〜!」と叫んだ。
厨房から油ぎった感じのおじさんが出てきて、「なんで犬が!」と驚いた。
さらにマシロー君を見て「ヨツユビハリネズミまで!」と叫ぶ。
やけに詳しい。
もう誤魔化せない。ファミレスでの朝飯はお開きだ。
「出てって下さい。でないと警察呼びますよ。」
店員にそう言われて席を立つ。
モンブランたちはブチブチ言うけど仕方ない。
会計を済ませ、店を出ようとした・・・・・その時だった。
俺たちの後ろを誰かが駆け抜けていった。
「あ、食い逃げ!」
それはさっきの少年たちだった。
店員は「待てガキ!」と追いかける。
店長はオロオロしながら「け、警察!」と電話を掛けていた。
「やあねえ、食い逃げなんて。」
「貧乏人は悲しいなあ。」
マリナとチュウベエが切ない目で見ている。
俺は「あの少年たちを追いかけろ!」と叫んだ。
「なんで?」とモンブラン。
「いいから!」と急かした。
「事情はあとで説明するから。」
「・・・・ああ!そっか。食い逃げを捕まえたら警察からお金がもらえるのね!」
「なにい!じゃあステーキ食い放題じゃねえか!」
「いやいや、ここは鰻重にしよう。」
「私はフレンチのフルコースがいいわ。」
「なんでもいいから追いかけろ!」
みんな我先にとダッシュする。
モンブランとチュウベエはかなりの瞬足で、あっという間に追いついていた。
しかし少年たちは抵抗した。
店員も加わるけどなかなか取り押さえられない。
そこへ遅れて追いついたマサカリが「神妙にしやがれ!」と飛びかかった。
足は遅いけどパワーはあるようで、あっさりと少年たちを取り押さえた。
ちなみにマリナは走った勢いが止まらず、マサカリに体当たりをかましていた。
「ごはあッ!」
こいつもなかなかパワーがある。
少年たちは怯え、その場にへたりこんでしまった。
「よくやった!」
「へへ、まあ俺様が本気を出せばこんなもんよ。」
マリナに吹っ飛ばされて鼻血を出している奴がよく言う。
けどまあこいつらのお手柄だ。
褒めてやるとまた調子に乗っていた。
俺は少年たちに近づき、こう尋ねた。
「君たち、お母さんの名前を当ててみせようか?」
「?」
「なんだこの子犬・・・・。」
「マシロー君、通訳を頼む。」
「御意。」
「君たち、ずいぶんお母さんを怖がってたみたいだけど、名前を当ててみせようか?」
「・・・・・と申しております。」
「うわ!ネズミが人間の言葉をしゃべった!!」
「不思議だよな。まあそれは置いといて、お母さんの名前を当ててあげるよ。」
不思議そうにする少年たち。
俺は「お稲荷さんのアカリさんだろ?」と言った。
「え!なんで知ってんの?」
二人して目を丸くしている。
「お前お母さんの知り合いか?」
「まさか俺たちの知らないところでペットを飼ってたとか?」
「ペットじゃない。」
「じゃあなんなんだよ?」
「元同僚。」
「は?」
「同僚?」
ポカンとしている。
モンブランが「犯人捕まえたからご褒美ね!」とはしゃいでいた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第八話 例の薬(2)

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 13:12

JUGEMテーマ:自作小説

春の終わりの小雨には風情がある。
今日は朝から曇っていて、目が覚めた時から霧のような雨が地面を濡らしていた。
もし普段通りにマサカリを散歩に連れて行くなら、鬱陶しいと感じただろう。
でも今日は違う。
面倒臭いと感じていた朝の散歩も、自分自身が犬になれば楽しいものだ。
となれば小雨にも風情を感じるというものである。
「いやあ、早朝の散歩ってこんなに楽しいものだったんだなあ。なあマサカリ?」
「へ!俺は面倒臭いだけだぜ。」
今日はいつもと立場が逆転。
俺はリードを付けられ、マサカリがそれを握っている。
ここは国民宿舎から少し離れた林道である。
道路は舗装してあるけど、周りを囲う木立が山を感じさせた。
時々葉っぱから雫が落ちてきて、鼻先を掠めていく。
俺はクンクンと地面の臭いを嗅ぎながら、草の根元にオシッコをかけた。
「ちゃんとマーキングをしとかないとな。」
「へん、子犬がいっちょ前に。」
「お前だって子犬の頃からやってたろ。」
「まあ本能だからな。」
あちこち臭いを嗅ぐ度に立ち止まってしまう。
マサカリに「さっさと歩けよ」と引っ張らてしまった。
「もうちょっとゆっくり嗅がせろよ。」
「悠一、おめえ心まで犬になっちまったのか?」
「だって気になってしょうがないんだ。」
犬の鼻はよく利く。
ちょっとした臭いでも嗅ぎ分けられる。
そのうち便意を催してきて、林道の真ん中でスッキリしてしまった。
「こら!道の真ん中ですんなよ。」
ブツブツ言いながらビニール袋で回収している。
もうオシッコウンチを見られるのも恥ずかしくない。
マサカリの言う通り、心まで犬に変わってしまったようだ。
昨日までは早く人間に戻りたいと思ってたけど、今はこのままでもいいかなと思っている。
犬として第二の人生を過ごすのも悪くないかもしれない。
《・・・・いやいや!イカンぞ!なにを血迷ってるんだ。》
人間に戻れなかったら仕事も結婚も出来ないではないか。
たった一日で心まで犬に染まってしまうだなんて・・・・やっぱりあの薬は恐ろしい。
と思いつつ、また草の根っこにオシッコを掛けた。
「ほら、もう帰るぞ。」
「え〜、まだいいだろ。」
「なに言ってんだ。もうじき源ちゃんが来るんだぜ。」
「ふん!人間っていうのはせかせかしてて嫌だねえ。」
「お前だって人間の時はせかせかしてたクセに。」
強引にリードを引っ張られる。
俺は四足を突っ張って抵抗した。
「むぎいいい〜!」
「こら!引っ張るな!」
首輪がせり上がって、顔の真ん中に肉が集まってくる。
だってまだ散歩をしたいのだ。
帰る方の道には行きたくない!
「ワガママな野郎め!こうしてやる!」
「ああ、やめろ!」
片手でヒョイっと持ち上げられる。
抵抗むなしく宿舎へ連れて帰られてしまった。
フロントの人がタオルを持ってきてくれる。
マサカリは「すんませんねえ」と受け取って、ゴシゴシと俺を拭いた。
「おい!もっと優しく拭いてくれ。」
「バッキャロウ!お前はいっつもこんな感じで俺を拭いてるんだぜ。」
暴れる俺、ゴシゴシ拭くマサカリ。
フロントの人が笑っていた。
部屋へ戻るともう源ちゃんが来ていた。
まだ朝の六時半、刑事に時間は関係ないようだ。
俺はマサカリの手から飛び降り、「解毒剤は!」と尋ねた。
「見つかったんだよな?」
「残念ながら。」
「そんなあ・・・・。」
「念入りに捜してみたんですがね。それらしき物はどこにも。」
「ほんとにちゃんと捜したのか?どっか見落としてるとかは?」
「猫又仲間も一緒に捜してもらったんですが見つかりません。側溝にでも落ちて流されたか、誰かが拾ったかのどちらかでしょう。」
「じゃあ元に戻れないってこと?」
「解毒剤が見つかるまでは。」
「・・・・・・・。」
ショックだ。源ちゃんなら見つけてきてくれると思ってたのに。
今でさえ心が犬に染まりつつあるのだ。
あと一日このままだったらどうなるか。想像しただけでも恐ろしい・・・・。
「お願いだよ源ちゃん!ぜったいに解毒剤を見つけてくれ!」
「まあ落ち着いて。」
ヒョイっと抱き上げられてモンブランに渡される。
「キャンキャン吠えないの。」
「だって・・・・、」
「散歩が終わったら餌でしょ。はいどうぞ。」
売店で買ってきたカリカリをお皿に入れている。
俺は情けなくもガッツいてしまった。
「見て見て!めちゃくちゃ尻尾振ってるわ!可愛い!」
大笑いするモンブラン。「クソったれ!」と叫びながらカリカリを頬張った。
「よかったわねえ、ペット可能な宿で。」
マリナも頭を撫で撫でしてくる。
チュウベエが「ほ〜れほ〜れ」と餌を取り上げた。
「あ、返せ!」
「もっと高くジャンプしてみ?」
「返せってば!」
「なははは!ぜんぜん届かないでやんの!」
「チクショウ・・・・。」
「代わりにこれやるよ。」
目の前にミミズをぶら下げられる。
モンブランが「意地悪しちゃダメよ!」と怒った。
「イジメたら可哀想でしょ。」
「だって面白いんだもんよ。お前もやってみ。」
餌を渡すと、ちょっと迷ったあとに「ほ〜れほ〜れ」とからかった。
「だから返せよ!」
「あははは!ほんとだ、面白い!」
「クソ!マジで覚えてろよお前ら・・・・・。」
こんなの虐待ではないか。
立場が逆転した時どうなるか・・・・きっちり思い知らせてやる!
「お前らいつまでふざけ合ってんだよ。源ちゃんがイラついてるぜ。」
チェリー君に叱られてしまったではないか。
「解毒剤が見つからなかったのはショックだけど、例の薬の件はどうだった?詳しい出処って分かったのか?」
「実はそっちも難航していましてな。遠藤の言っていたタカイデ・ココという店に行ってみたんですが、入れてもらえなかったんですよ。」
「どうして?」
「あの店は会員制だそうで、一見さんはお断りだと。」
「でも警察手帳を見せれば・・・・、」
「もちろん見せました。しかし無理でしたな。警察として店に入りたいなら令状を持って来いと。」
「なんか怪しい店だな、それ。」
「ああいった高級な会員制の店というのは、それなりの身分の客が出入りするものです。
となるとイメージが大事なので、私のような立場の者は敬遠されるんですよ。」
「じゃあ会員になって潜入するっていうのは?」
「二年待ちだと言われました。金額もウン百万とするようで。」
「それって追い返すためにそう言ってるってこと?」
「かもしれませんな。どっちにしろマトモな方法では入れそうにない。だったら方法は一つ、マトモではない方法で入るしかない。」
「マトモではない方法って・・・・まさか!」
「ええ、私は猫又ですからな。変化の術を使えば潜入は簡単です。」
「じゃあすぐに潜入してくれ!もしかしたらそこにも解毒剤があるかもしれない。」
「まあそう焦らずに。こういうのは慎重に事を運ばんと痛い目を見るもんです。今日一日かけてタカイデ・ココを調べますから、潜入はそれからですな。」
「次こそは期待してるからな源ちゃん!」
もはや彼しか頼りがいない。
そのあと、源ちゃんは遠藤さんに再度取り調べを行った。
カグラのこと、薬のこと、鬼神川という男のことなど。
遠藤さんの話は昨日と変わらず、とくにめぼしい情報はなかった。
「奴らはとにかく危険よ。特に鬼神川は。薬を開発してる時だって、何人か失踪したり行方不明になってるんだから。」
「その鬼神川という男は稲荷で間違いないんだな?」
「そうよ。鬼の狐火って呼ばれてるらしいわ。」
「その名前は私も聞いたことがある。確か尻尾は六本だったな?」
「ええ、間違いないわ。」
「ということは位の高い稲荷だ。神獣クラスと見て間違いないだろう。」
源ちゃんの顔は険しい。
だって神獣クラスといえば、ウズメさんやダキニ、それにたまきと同じ位なんだから。
いくら源ちゃんが腕利きの刑事とはいえ、猫又が勝てる相手じゃないだろう。
「稲荷が仕切る会社か・・・・。そういえばカグラとライバル関係にあるカマクラ家具も神獣クラスの稲荷が仕切っていた。この二つの会社、何か関係があるのかもしれんな。」
険しい顔は憂いに変わる。
「なあ源ちゃん、これって君だけの手に余るんじゃないか?」
「そうですな、さすがに猫又だけではどうにも。」
「じゃあここはウズメさんにも協力してもらおう!なんたって稲荷の長なんだから・・・・、」
「そう簡単にはいかんのですよ。」
源ちゃんは渋い顔で言う。
「有川さんは人間だから霊獣の世界に疎い。」
「どういうこと?だってウズメさんは稲荷の長なんだから、その鬼神川って人だって言うこと聞くはずでしょ?
だったらウズメさんから言ってもらえばカグラのことだって簡単に調べられるんじゃ?」
「それが疎いと言っとるんです。」
俺のカリカリを一粒掴み、ボリっと齧る。
「稲荷の世界は二つの派閥に分かれとるんですよ。」
「派閥?」
「ウズメさんやダキニがいる側は仏教系の稲荷なんです。ほら、お寺の中にお稲荷さんが祭ってあるのを見たことがありませんか?」
「・・・・ああ!あるある!知り合いのお坊さんのお寺にあったよ。」
「あれはダキニ天という神を頂点とした、仏教系の稲荷です。対して神社などで祭られているお稲荷さんは別物なんですわ。」
「別物・・・・。」
「あっちは神道系の稲荷でしてな。ウカノミタマノカミやホケモチノカミ、トヨウケヒメといった稲荷神たちがまとめておるんですわ。
そして鬼の狐火と異名をとる鬼神川という男は、神道系の稲荷です。
もし仏教系の稲荷の長であるウズメさんが手を出せば、派閥同士の遺恨に繋がりかねません。」
「そんなややこしいのか、お稲荷さんの世界って・・・・。」
「本来は稲荷神というのは神道にしか存在しないものでした。
しかし民衆に人気のあった稲荷神にあやかる為、お寺でも稲荷を祭るようになりましてな。
そういった文化や歴史の流れなど、いろんな事情があるんですわ。」
「要するにウズメさんの手は借りられないってこと?」
「彼女の立場上、迂闊なことは出来んでしょうな。」
「でもそうなると困るな。だって薬のことを詳しく探るにはカグラのことを調べなきゃいけないわけでしょ?だったらこっちにだって神獣の協力者がいなと。」
「その通りです。この件、思っていた以上に厄介かもしれん。いやはや・・・困った。」
困るのはこっちだ。
解毒剤がないと元に戻れない。
遠藤さんの持っていた解毒剤がなくなってしまった今、カグラに新しいのを作ってもらうしかないというのに。
しかしそのカグラに手を出せないとなると・・・・いやはや、困った。
《誰か・・・・誰かいないのか?こっちに味方してくれそうな強い霊獣は。》
小さな尻尾が垂れ下がる。
悩む子犬・・・・きっとみすぼらしく見えるだろう。
するとモンブランが「いるじゃない!」と手を叩いた。
「たまきに相談しましょ!」
「たまきか・・・・。それは俺も考えたけど、どこにいるか分からないんだよなあ。」
アイツは神出鬼没である。
なんたって猫だから。
実は今年の初めくらいまでは近くにいたんだけど、今は行方をくらましている。
しかもそれは俺のせいなのだ。
俺はたまきの弟子である。
そして今年の初め、ようやく一人前のお墨付きをもらったのだ。
これからは師弟ではなく、共に戦う戦友だと言ってくれた。
でも俺はそのお墨付きを返上した。
一人前を名乗るにはまだまだ未熟だからと。
だってあいつはほんとに凄い奴で、俺なんか足元にも及ばないのだ。
だからこう言った。
どこにいるか分からないお前を、いつか自分の力で見つけてみせると。
その時こそ一人前を名乗れる気がするからと。
たまきは頷き、俺の元から去っていった。
《ああ・・・あの時カッコつけたこと言わなかったらたまきの手を借りられたのに。》
たまきはダキニとタメを張るくらいに強い。
いくら鬼の狐火とかいう奴が相手でも負けないだろう。
「モンブラン、残念だけどたまきに頼るのは無理だよ。どこにいるか分からないんだから。」
「でも源ちゃんなら知ってるかもよ。ねえ?」
そう言って目を向けると、申し訳なさそうに首を振った。
「たまきさんは神出鬼没でしてな。私も普段はどこにいるのか分かりません。」
「腕利きの刑事のクセに情けないわね。」
「こらモンブラン!」
「いいんですよ、刑事として何も出来ていないんですから。」
源ちゃんは立ち上がり、部屋を出て行く。
「あ、怒っちゃった。」
「笑ってないで謝れ。」
「なによ、ちょっと冗談言っただけなのに。」
渋々という感じで「悪かったわよ」と謝る。
しかし源ちゃんは「怒ってるわけじゃありません」と言った。
「何も出来ないまま終わることは刑事として失格だ。今から猫又仲間と対策を考えます。」
心強い言葉だ。
でもそうなると・・・・、
「俺たちはまだここにいなきゃいけないのか?」
「ええ。」
「そんな・・・・。」
昨日の夜、モンブランたちが勝手に抜け出して大変だったのだ。
売店の酒は飲むわ、大声でロビーを走り回るわ、フロントのパソコンを勝手にいじるわ。
キレたチェリー君が『テメエらいい加減にしろ!』とシバき倒したのだった。
部屋に戻ってからも、酔っ払ったモンブランとチュウベエが大声で歌いまくるし、本気で窓から叩き落としてやろうかと思うほどだった。
おそらく今夜もそうなるだろう。
どうにか・・・・どうにか解毒剤を手に入れる方法はないものか?
《カグラを調査することさえ出来れば手には入るかもしれないんだ。薬はそこで作られてるんだから、解毒剤だってまだあるはずだ。》
ない頭をひねって考える。
「では私はこれで。」
源ちゃんが出て行く。
マサカリが「明日は手土産持ってきてくれよ」などとホザいた。
「散歩で会う度にオヤツをくれる人間だっているんだ。次は手ぶらはなしだぜ。」
イラっとくることを言っているけど、そのおかげでピンときた。
「源ちゃん!」
慌てて追いかける。「なんですかな?」と振り返った。
「一人だけ強い味方になってくれる人がいる!」
「ほう、そんな霊獣が。」
「霊獣じゃない。じゃないけど・・・・カグラに顔が利くはずだ。」
「それはいったい誰です?」
「俺の友達で北川翔子さんって人がいるんだ。マサカリの散歩の時によく会う人で、いつも餌をくれる。」
「北川翔子・・・・何か特別な力を持っている人ですか?」
不思議がる源ちゃんに教えてあげる。
「稲松文具会長の娘さん。」
「なんと!あの稲松文具の・・・・、」
「翔子さんは俺の数少ない人間の友達なんだ。しかも本社の課長・・・いや、今はシンガポールで部長補佐だったかな。
とにかく優秀だし、それなりのポストにいる人なんだ。だからグループ会社の調査くらいならお願いできるかもしれない。」
「そうですな・・・・会長の娘さんとなれば父上に取り次いでもらえる可能性も高い。となればカグラの調査は可能かもしれない。」
「ええっと・・・翔子さんは親の力を借りるのは嫌いな人だから、そういう頼み方はしない方が・・・・、」
「そんなことを言っている場合ですか。もし調査が進まなかったら解毒剤は手に入らないんですぞ。それとも一生の犬のままでいいと?」
「それは嫌だけど・・・・、」
「すぐに連絡先を教えて下さい。」
源ちゃんの顔は本気だ。
俺は「アパートのスマホの中に」と答えた。
「分かりました。ではすぐに取ってきます。」
急いで駆け出していく。
翔子さんには申し訳ないと思いつつ、もうこれしか手がなかった。
《ごめん翔子さん!毎回都合の良い時だけ助けてもらおうとして。》
彼女はすごく良い人なのだ。
その優しさについつい甘えてしまうばかりで、こっちから恩返しをした試しがない。
案の定、モンブランたちがからかってきた。
「また翔子ちゃんを頼るの?」
「いっつもいっつもカッコ悪いぜ悠一。」
「俺が翔子なら頭の上に糞を落としてるな。」
「ちょっとチュウベエ、人間はそんなことしないのよ。せめてゲロにしときなさい。」
「お、そうだな。」
《ほんとにこいつらだけは・・・・。》
解毒剤が手に入るまでまだまだ時間が掛かるだろう。
だったらせめてこいつらに人間の常識を教えとかないといけない。
《俺は子犬だから言うことなんて聞かないだろうな。となればここはチェリー君にお願いするしか・・・・、》
そう思いかけた時、「みなさん恥ずかしいですよ」とマシロー君が言った。
「人間になってテンションが上がるのは分かりますが、もう少し落ち着きましょう。」
「なによハリネズミのクセに。」
モンブランが摘まみ上げる。
「私の正体は猫なのよ。ネズミなんかパクっと食べちゃうんだから。」
「ではどうぞ。」
ボールみたいに丸くなって、全身をトゲで覆ってしまった。
「度胸は一人前ね。でもほんとに食べちゃうわよ。」
そう言って「はいマサカリ」と押し付けた。
「なんで俺なんでい。」
「だってなんでも食べるでしょ?」
「バカいえ。そんな針だらけの奴食えるか。」
「じゃあチュウベエは?」
「いらない。」
「じゃあマリナ。」
「嫌よそんなトゲボール。モンブランが食べればいいじゃない。」
「なによ、みんな意気地なしね。じゃあ悠一どうぞ。」
「いるか!」
冗談で言っているのか本気で言っているのか分からない。たぶん本気なんだろうけど。
マシロー君は「みなさんは大人気なさすぎます」と言った。
「いくら元が動物だからって、何をやってもいいわけじゃありませんよ?」
「ずいぶん偉そうに言うわね。ネズミのままのアンタが何を知ってるのよ。」
「私自身は人間になったことはありませんが、人間に変わった動物ならたくさん知っています。」
そう言って遠藤さんを振り返る。
そういえば彼は野良犬や野良猫に例の薬を与えていたのだ。
これってよく考えれば・・・いや、よく考えなくてもヤバいことじゃないか。
「なあ遠藤さん?あなたが人間に変えた動物たち、そのあとはどうしてるんだ?」
「さあ。」
「さあって・・・知らないのか?」
「最初だけは面倒を見てたわ。でもずっとってわけにはいかないもの。今頃はどこで何をしてるやら。」
「無責任な・・・きっとまともな仕事になんか就けないぞ。食うに困って犯罪に走ってたらどうするんだよ?」
「犯罪に走る可能性はあるかもね。捨てた飼い主への復讐とか、悪質なペット業者を刺しに行くとか。」
「冗談のつもりなら全然笑えないんだけど。」
「本気で言ってるのよ。だってどの子も辛そうにしてたもの。マシロー君が通訳してくれて、あの子達の悲しみとか怒りがよく伝わってきたわ。
だからもし復讐に走ったとしても仕方ないと思うわ。」
「それは辛い過去を持つ者としての同情か?」
「そんなところ。」
「けどほんとに犯罪に走ったら刑務所行きだぞ?それはそれで可哀想だろ。」
「野良犬や野良猫のままなら復讐すらできずに死んでいったと思うわよ。それなら刑務所の方がまだマシじゃない?」
「そういう問題じゃなくてさ、犯罪に走るかもしれないってことが問題なわけで・・・・、」
「じゃあアンタがどうにかしてあげればいいじゃない。」
「へ?俺?」
「だって動物を助ける仕事をしてるんでしょ?」
「いや、今はこんな姿だから・・・・、」
「じゃあマシロー君を貸してあげるわ。」
「え?なんで・・・・?」
「だって人間と動物、両方としゃべれるから。それにしっかり者だし。」
だからなんだというのか?
人間と喋れようがしっかり者だろうが、マシロー君はただのハリネズミ。
一緒に行ったからといってどう役に立つんだろう。
「役に立ちますよ。」
俺の疑問を見透かしてかそう答える。
「僕は人間に変わった動物たちの顔を覚えていますから。」
「でも居場所は分からないだろ?」
「聞き込みをすればいいんですよ。だって僕は人間と動物、両方としゃべれるんですから。たくさん情報を集めることが出来ます。」
「それはいつも俺がやってる方法だ。」
「というわけで一緒に捜しに行きましょう。彼らが犯罪に走る前に。」
やる気満々である。
モンブランたちも「行こ行こ!」と乗り気だ。
「これだって動物探偵の仕事よ、ねえ悠一?」
「タダ働きだけどな。」
「遠藤さんからふんだくればいいじゃない。」
「払ってくれるかな?」
チラっと振り返ると「いいわよ」と頷いた。
「ただし全員見つけたらね。」
「分かった、なら依頼として引き受けるよ。」
俺、モンブランたち、マシロー君。
なかなか心配なメンバーだけど、チェリー君がいればなんとかなるだろう。
「チェリー君、君だけが頼りだ・・・・・って、どこいった?」
「さっき出て行きましたよ。」
「アイツも勝手にどっか行っちゃったのか!」
「まあいなくなった人は放っておきましょう。それじゃみなさん、仕事に参りましょうか。」
「おお〜!」
ノリノリで出て行くモンブランたち。
「頑張ってね」と見送る遠藤さん。
ただただ先行きが心配だった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第七話 例の薬(1)

  • 2018.11.12 Monday
  • 13:55

JUGEMテーマ:自作小説

国民宿舎に泊まるなんて何年ぶりだろう。
小学生の頃、子供会のイベントで近所の国民宿舎に一泊したことがある。
近所に一泊しただけでもそれなりに旅行した気分になれたのは、俺がまだ子供だったからだろう。
でも今は違う。
家の近所に一泊するからって、とてもじゃないけど旅行したした気分になんかなれない。
しかも容疑者の監視の為に泊まるとなれば尚更だ。
「見て見て悠一!私たちの街が光り輝いてるわよ!高い所から見る夜景って綺麗ね。」
モンブランが嬉しそうに窓に張り付いている。
ここは俺のアパートから車で10分ほどの場所にあるアカネ荘という国民宿舎だ。
かなり立派な建物で、内装も悪くない。
忘年会や同窓会で使われることも多い場所だ。
俺たちは三階の宴会場にいた。
梅の間なので宴会場としてはそう広くはないけれど、普通の部屋よりかはじゅうぶん広い。
ここなら大人数で寝ても問題ないだろう。
俺、モンブランたち、そしてオカマの遠野さんにマシロー君。
今日はここで一泊する。
なぜかって?
源ちゃんがそうしろって言ったからだ。
今日の昼間、俺たちはこがねの湯にいた。
そこで盗撮犯を捕まえた。
そいつは怪しげな薬を捌いていた張本人でもあった。
ビデオに映っていた映像のおかげで盗撮の罪は立証できた。
けど問題は例の薬の方だ。
源ちゃんは厳しく取り調べた。
遠藤さんは例の薬のこと、カグラにいた時のこと、そしてカグラという会社が何を企んでいるのかを語った。
それはとても恐ろしいもので、源ちゃんは血相を変えていた。
この薬の件は人間の手に余るものだし、カグラのことについても同じだった。
だから警察には報告しないと言った。
代わりに霊獣仲間に相談して、今後どう対応するか決めると言って、取り調べは終わった。
ちなみに薬を盗んだ女の人だけど、源ちゃんが行って警察手帳を見せるとあっさり返してくれた。
というのも盗みぐせのある人だったらしく、今までにも何度か警察のお世話になっているらしい。
薬を盗んだ理由は「ただなんとなく」だそうだ。
源ちゃん曰く、盗むことそのものに快感を覚える人がいるそうで、その女の人もそういう類の人だった。
ただなんとなく盗んだものの、追いかけられて奪い返され、なんの収穫もなしに終わるものかとバッグの中のポーチを掴んだのだった。
まあとにかく、こんな危ない薬を取り戻すことが出来てよかった。
なによりこれで解毒剤が手に入る、元に戻れる!って思ったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。
盗まれた時、薬のポーチのファスナーがちょっとだけ開いていたみたいなのだ。
そのせいで解毒剤はどこかに落ちてしまったらしい。
今は源ちゃんが捜してくれている。
盗んだ女の人が辿った道のどこかにあるはずだと。
ああ・・・・どうしてこうも物事は上手くいかないのか。
もし解毒剤が見つからなかったら一生の子犬のままになってしまう。
・・・・いや、一生ってことはないか。
子犬だって成長するんだから、そのうち成犬になるだろう。
でも犬であることに変わりはない。
源ちゃん!頼むから薬を見つけてきてくれ!もはや君だけが頼りなんだ!
・・・なんてことを思いながら、窓からの夜景にはしゃぐモンブランたちを見つめていた。
こいつらはいつだって能天気だ。
ずっと元に戻れなかったらどうしようとか心配しないのだろうか?
たぶんしないんだろうな。
こいつらの頭の中には明るい妄想しかないのだ。
その恐ろしいまでにポジティブな思考回路、少しでいいかわ分けてほしい。
「元気のない顔してますね。大丈夫ですか?」
マシロー君が気遣ってくれる。
礼儀正しいし丁寧だし、それに優しい。
薬をばら撒いたことを除けば、なんて素晴らしいハリネズミなんだろう。
我が家の動物たちも見習ってほしい。
「きっと刑事さんが解毒剤を見つけてきてくれますよ。それまでの辛抱です。」
ポンポンと肩を叩いて励ましてくれる。
「早く見つけてきてくれることを願うよ。でないとここに泊まるのは一泊じゃすまないかもしれない。」
「有川さんは子犬に変わり、モンブランさんたちは人間に変わり、そして遠藤さんは盗撮と薬の件で容疑者です。
みんな勝手に動かれたら困るから、ここへ泊まっておけってことなんでしょうね。」
「だと思うよ。ちなみに俺は監視役だ。源ちゃんから見張ってるように言われてさ。」
「お勤めご苦労様です。」
「でも子犬に何が出来るんだって話だよ。もし遠藤さんが逃げ出したって、今の俺じゃ何も出来ないのに。」
「その心配はありません。遠藤さんはもっと元気がないですから。」
マシロー君の言う通りだった。
彼・・・と言っていいのかどうか分からないけど、遠藤さんはずっと暗い顔をしている。
でも気持ちは分かる。
彼は傷ついているのだ。カグラという会社のせいで。
「なあマシロー君、遠藤さんが言ってたことって本当なのか?」
「本当なのか?とは?」
「カグラのことだよ。副社長とその部下は霊獣なんだろ?」
「らしいですね。」
「君は詳しく知らないのか?」
「遠藤さんに拾われたのはつい最近なんです。」
「そうなの?」
「一ヶ月ちょっと前くらいです。公園の茂みでウロウロしていたら拾われました。」
「もしかして君は誰かに捨てられたの?」
「いえ、野生で生まれました。日本にもハリネズミは生息していますので。」
「捨てられて野性化したやつだな。」
「そうです。僕は野性化して三世目のハリネズミなんです。だから人間に飼われるのは初めてです。」
そう言ってなぜか照れくさそうにした。
「遠藤さんの詳しい過去は分かりません。彼があんなに辛い過去を抱えていたなんて今日初めて知りました。」
「そうか。なら君もショックだろうな。」
「いえ、別に。」
「そ、そうなの・・・?」
「僕は僕であって、遠藤さんではありませんから。彼の抱えている痛みを想像することは出来ても、本当に理解することは無理です。」
「そりゃそうだけど・・・・、」
「でも同情はします。」
遠藤さんを振り返り、「今はそっとしておくのが一番でしょう」と言った。
「では僕はこれで。」
「どこか行くのか?」
「就寝させて頂きます。」
タタタっと走って、遠藤さんの枕の横で丸くなる。
「それではみなさん、おやすみなさい。」
まるで野球ボールみたいに丸まって、スヤスヤと寝てしまった。
マシロー君・・・・しっかりしてるけど、やっぱり変わり者だ。
遠藤さんは暗い顔のままで、今は何を話しかけても無駄だろう。
《しゃあない、俺も寝るかな。》
監視役とはいえ、子犬の身では徹夜は応える。
どうせモンブランたちが起きているんだから、何かあれば知らせてくれるだろう。
《おやすみ〜。》
布団の上で丸くなる。
すぐにウトウトしてきて眠りに落ちてしまった。
・・・・どれほど眠っていたかは分からない。
夢の中で誰かにほっぺをつねられる感触があった。
パチっと目を開ける。
そこにはライダースーツにリーゼント頭の兄ちゃんがいた。
「よ。」
「チェリー君!」
そういえば忘れていた。
思えばウズメさんを呼んでカーチェイスを止めてくれたのは彼なのだ。
「昼間は災難だったな。」
「君のおかげで助かったよ。ていうか今までどこにいたんだ?」
「そりゃこっちのセリフだ。全然家に帰って来ねえんだもんよ。電話かけてもスマホはちゃぶ台には置きっぱなしだし。」
「え〜っと・・・あれから色々あって。」
「ウズメの姐さんから聞いたよ。ヤバい薬のことも、そこのオカマのことも。」
そう言って遠藤さんを見る。
彼もいつのまにか眠っていた。マシロー君を抱きかかえて。
トゲがチクチク刺さって痛いのか、「ぐふ!」とか寝言を呟いていた。
「そっちはそっちで大変だったみたいだけど、こっちもしんどかったぜ。いきなり家に警察が来てよ。有川悠一っているか?ってしつこくて。」
「それカーチェイスのせいだよ。途中で家に寄ろうとしたんだけど、警察がいたから引き返したんだ。」
「おかげで俺が問い詰められる羽目になったんだぜ。匿うならお前も署まで来てもらうぞって脅されてよ。」
「大丈夫だったのか?」
「まあな、俺にはこれがあるから。」
ニヤリと笑った瞬間、景色に溶け込むようにスウっと消えてしまった。
チェリー君の得意技、「擬態」である。
周りの景色に同化することで、まるで透明人間みたいに姿を消せるのだ。
これではいくら警察でも見つけられないだろう。
「とりあえず警察から逃げて、ほとぼりが冷めるまでその辺をウロウロしてたわけさ。でもあいつらしつこくて全然帰りやがらねえの。
こりゃ仕方ねえと思って、しばらく山ん中に逃げ込んでたわけさ。んで夕方くらいになって戻ったらいなくなっててよ。
だけどアンタは帰って来ねえ。こりゃもしかしたら姐さんの店にいるんじゃねえかと行ってみたわけさ。
そこで色々あったことを聞かされて、ここに泊まってるって教えてもらったんだ。」
「ほんとごめんな、迷惑掛けちゃって。」
「まあアンタのせいじゃねえよ。悪いのはあのアホどもだからな。」
「まったくだ!元に戻ったらこれでもかってくらいに説教してやらないと・・・・・って、ありゃ?どこ行ったあいつら?」
またいなくなっている。
チェリー君が「俺が来た時にはいなかったぜ」と言った。
「マジですか・・・・?」
「マジだよ。ついさっき来たんだけどあのアホどもはいなかった。」
「じゃあ勝手に外に出ちゃったってことか・・・・。」
「またどっかでカーチェイスでもしてたりしてな。」
冗談のつもりなんだろうけど笑えない。
あいつらなら充分にやりかねないんだから。
「こりゃマジでヤバい!すぐに捜しに行かないと!!」
部屋から駆け出そうとするが、ドアが閉まっている。
頑張ってジャンプしてみたけど、ぜんぜん取っ手まで届かない。
ただのドアも子犬にとっては巨大な壁と同じ。
「チェリー君開けてくれ!」と叫んだ。
ガラっとドアを開けてくれる。
「サンキュ」と言って駆け出そうとすると、ヒョイっと抱き上げられた。
「俺が行ってくる、アンタはここにいな。」
「でも・・・・、」
「子犬のままじゃ何も出来ねえだろ。」
確かに。
ここはお言葉に甘えて任せることにした。
チェリー君がいなくなって静けさが戻る。
ていうかモンブランたちがいないとこうも静かなんだなと、あいつらの騒々しさを実感した。
なんとなく遠藤さんに近づいてみると、いびきを掻きながら寝ていた。
しかしその目には涙の後がある。
源ちゃんの取り調べで昔を思い出してしまったせいだろう。
《本当に辛い思いをしてたんだな、カグラって会社のせいで。》

 

     *****

 

遠野さんがカグラを辞めたのは5年前のこと。
理由は会社がやっていた裏稼業に嫌気が差したからだ。
表向きは家具屋だけど、裏では希少動物の密猟をやっていたらしい。
しかもその希少動物っていうのが霊獣だ。
じゃあなんで霊獣を密猟していたかというと、例の薬を作る為である。
人間や普通の動物は別の種族に変化したりできない。
けど霊獣を使って動物実験を重ねることで、それを可能にする薬を開発したのだ。
その実験の中心人物はカグラの副社長、鬼神川周五郎って人らしい。
人間に化けている時はプロレスラーみたいにムキムキマッチョで、遠野さんなんか比べ物にならないほどだという。
顔は鬼みたいに怖くて、実際に中身も怖いらしい。
その正体はお稲荷さん。
気性の粗さと喧嘩の強さから「鬼の狐火」と異名を取るほどらしく、社長以外は誰も逆らえないという。
自分自身も霊獣でありながら、同じ霊獣を密猟して、あまつさえ動物実験の材料にするなんて・・・・とても神様のすることとは思えない。
この鬼神川って人以外にも何人か霊獣がいて、中でも祝田と大川って人がかなり悪どいことをやっていたという。
なぜなら例の薬を開発したのはこの二人だからだ。
今はカグラを辞めて、カマクラ家具という会社にいるらしい。
ちなみにこのカマクラ家具って会社、一昨年前に俺が揉めた、ダキニというお稲荷さんが社長をやっていた所だ。
今は地獄に幽閉されているはずだけど、会社そのものは残っている。
遠藤さんは見た目は色々とアレだけど、中身はすごく優しい人である。
だからカグラが裏でやっている仕事を知って、恐怖と怒りを覚えたのだ。
『知ったのは偶然なのよ。技術部に用事があって行った時に、たまたま見ちゃったのよね。奥の部屋で一匹の猫が台の上に張り付けにされて、実験みたいなことされてるのを。
そこはほんとは入っちゃいけない部屋だったんだけど、誰もいなかったからちょっと覗いちゃえと思って。
でも後悔した。見なきゃよかったって思った。アレは酷かったわ・・・・言葉に出すのも躊躇うようなことをしてた。今でも夢に見るくらいだもん。』
遠藤さんは技術部の社員だった祝田さんに詰め寄った。
いったいこれはどういうことなのかって。
すると『どうもこうも見た通りさ』とだけ答えて、怪しげな動物実験を続けていたという。
唖然とする遠藤さんだったが、さらに唖然とする光景を目にした。
実験に苦しむ猫の向こうでは、たくさんの動物がゲージに入れられていた。
そして何人かの人間も・・・・・。
『あんたら何やってんのよ!頭おかしいんじゃない!!』
そう言って止めようとした瞬間、後ろからゴツイ手を伸びてきて、首を締め上られたという。
『ここは許可の無い者は立ち入り禁止だ。』
鬼神川さんだった。
人を殺しそうなおっかない目をしていたそうで、遠藤さんはただ震え上がるしかなかった。
『ここでのことはぜったいに喋るなよ。』
そう念を押されて部屋を叩き出されたという。
以来、カグラという会社を信用できなくなった。
心を痛めた遠藤さんはどうにかそれをやめさせようとした。
内部告発をしようとしたのだ。
その為に信頼できる同僚や上司に相談したところ、どこかから話が漏れて鬼神川さんに伝わってしまった。
ある日遠藤さんは呼び出され、そこで彼らの正体を知ることになる。
鬼神川、祝田、大川、他に数人の鬼神川の部下。
全員がいきなりキツネに姿を変えてしまったのだ。
それも普通のキツネじゃない。
尻尾が何本もあって、まるで熊みたいに巨大なキツネに。
特に鬼神川って人は巨大だったそうだ。
尻尾が六本もあり、その大きさは像に匹敵するほどだったという。
牙も爪も鋭く、顔は鬼のようにおっかない。
遠藤さんは失神した。
そして次に目を開けた時、鬼神川さんにこう言われたのだそうだ。
『余計なことは口外するな。お前も、お前の周りも不幸になるぞ。』
怯える遠藤さんだったが、それでもこの前見た酷い光景が頭から消えなかった。
だから恐怖に負けじと、鬼神川さんを睨みつけながらこう言ったそうだ。
『アンタらなんであんな酷いことしてるのよ!ゲージの中には人間もいたわよね?まさか人体実験までしてるんじゃ・・・・、』
『悪いか?』
鬼神川さんはあっさりと認めた。
遠藤さんは尋ねた。なんでそんな酷いことをするのかって。
すると『ある目的の為だ』とだけ答え、人間の姿に戻った。
『いいか?口外すればどうなるか・・・・。つまらんことは考えるなよ。』
解放された遠藤さんは、その日は恐怖で眠れなかった。
しかしこんなことを放置していいはずがないと思い、警察へ相談しに行った。
でも相手にされなかった。
このご時世に人体実験なんてと、警官は苦笑混じりに手を振るだけだった。
遠藤さんは必死に訴えたけど、取り付く島もない。
だったらどうすれば信じてもらえるのかって聞いたところ、証拠でもあればと警官は言った。
ならぜったいに証拠を掴んでくるから、その時は捜査をお願いよと釘を刺して会社へ向かった。
どうにかして技術部へ侵入しようとしたらしいけど、ガードが固くて上手くいかない。
それどころか警察へ相談しに行ったことがバレたのか、協力してくれていた同僚や上司たちが次々に不幸な目に遭い始めた。
帰宅中に車で跳ねられたり、夜道で誰かに襲われたり。
火事に遭った者や、何者かに拉致されて暴行された人までいるという。
さらには遠藤さんの家族にも不幸な事件が起こった。
彼には妹さんがいるらしいんだけど、見知らぬ男にストーカーされて、家まで侵入しようとしてきたという。
旦那さんがバットを振り回して追い払ったらしいけど、妹さんはしばらく外出できないほど怖がっていたという。
鬼神川さんの警告通り、彼の周りの人たちが不幸な目に遭い始めていた。
それもこれも全て自分のせい。
忠告を聞いて大人しくしていれば、周りが酷い目に遭うこともなかったはず。
そう思って、もうこの件に手を出すのはやめようと思ったそうだ。
それから一年が経ち、あの件を胸の底にしまいかけていた時だった。
突然鬼神川さんに呼び出されたそうだ。
技術部へ来るようにと。
遠藤さんは嫌な予感しかしなかったという。
忘れようと努めていた出来事が一瞬で蘇る。
しかし逃げては余計に危ないと思い、言われた通りに技術部へ向かった。
部屋に入るなり、鬼神川さんはある薬を取り出してこう言った。
『こいつはとある試験薬でな。お前なら興味があるんじゃないかと思って呼び出した。』
遠藤さんにはなんのことか分からなかった。
赤と青のツートンカラーのカプセル剤。
そんな物は見たこともないし、興味を持ったこともない。
一つハッキリしているのは、きっと自分が実験台にされるのだろうということだった。
逃げようと背を向けた時、二人の男に取り押さえられた。
『俺たちが努力して作った薬だ。最初に飲めるんだから光栄に思え。』
『心配しなくても死にはしないはずだ。』
祝田と大川、かつて鬼神川と一緒に自分を脅した連中だった。
遠藤さんは暴れた。『そんなわけの分からない薬を飲むなんてぜったいに嫌よ!』と。
しかし抵抗むなしく、口の中に薬を押し込まれた。
鼻を摘まれ、口を押さえられ、呼吸の出来ない状態にされて、無理矢理飲み込まされた。
おそろく不味くて、思わず吐きそうになったという。
しかし次の瞬間、立っていられないほど目眩がして、壁に手をついた。
そして窓に映った自分の姿を見て悲鳴を上げたという。
『な・・・・なによコレ!』
なんと頭の上に動物の耳が生えていたのだ。
ピンと立った大きな耳、それはウサギの耳だった。
まさかと思ってお尻を触ってみると、丸くてフワフワした物があった。
腰の下の方にウサギの尻尾が生えていたのだ。
もはや悲鳴は悲鳴にならなかった。
なぜなら耳と尻尾だけでなく、全身がウサギに変わり始めていたからだ。
手足も短くなり、身体そのものが縮んでいった。
全身から真っ白な毛は生えてきて、遂には完全なウサギに変わってしまったという。
『イヤあああああああ!』
絶叫する遠藤さん。
それを見て喜ぶ鬼神川たち。
『成功だな。』
満足そうに言って、ウサギになってしまった遠藤さんを掴み上げた。
『心配しなくてもそいつは試験薬だ。効果はすぐに切れる。』
言われた通り、ものの数分で元に戻った。
ほっと安心する安藤さんだったけど、すぐにギョっとするようなことを言われた。
『お前、俺たちと一緒に仕事をしないか?』
『仕事・・・・?』
『俺たちは希少動物を捕まえ、研究材料にしたり、別の会社へ売り渡したりしている。』
『なんでそんなことを・・・・?』
『人間の社会を、我々霊獣がもっと住みやすい形に変える為だ。』
『霊獣・・・・。』
『以前に見せただろう、我々の正体を。』
そう言ってお尻からキツネの尻尾を出した。
『ひッ・・・・、』
『心配せずとも取って食ったりはせん。』
『・・・・・・・・。』
『お前はこの一年、大きな秘密を抱えながらも、それを口外しようとはしなかった。最初は警察へ行ったりしていたが、すぐに態度を改めたな。』
『だって・・・・下手なことしたら私までどうなるか・・・・。』
『この一年よく我慢した。そこまで口が堅いのなら、我々と一緒に仕事をどうかと思ってな。
お前のデータを見させてもらったが、かなり優秀だ。やる気があるなら仲間として迎え入れたい。』
『もし仲間になったら、人体実験を手伝ったり、希少動物を捕まえたりしろってこと?』
『人体実験はもう終わった。この薬が完成したのでな。あとは動物実験だけで充分だ。』
『でも・・・・勝手にそんなことしたら犯罪でしょ?』
『裏稼業とはそういうものだ。』
『じゃあやっぱり危ない仕事なのね?』
『というよりこっちが我々の本業でな。だから・・・どうだ?もし手伝ってくれるのならそれなりの待遇は約束する。
しかし断るなら全て忘れろ。下手に口外すればどうなるか分かっているはずだ。』
『もちろん口外なんてしないわ。でも具体的に何を手伝うのか教えてほしい。じゃないと答えようがないわ。』
『この薬をもっと研究して、完璧な物にする。』
『完璧ってことは、効果が長続きするようにってこと?』
『一度飲めば永遠に種族が変わったままになる。そのレベルまで持っていきたい。同時に解毒剤の開発もするがな。』
『いったいなんの為にそんなことを・・・・。』
『さっきも言った通りだ。霊獣にとって住みやすい世の中にする為だ。』
『そこがよく分かんないのよね。霊獣ってなに?住みやすい世の中ってどういうこと?』
『それが知りたければ我々と仕事をすることだな。どうだ?』
『・・・・・今すぐには答えられない。一日考えさせて。』
『いいだろう。明日私の部屋まで来い。言っておくがくれぐれも・・・・、』
『分かってる、ぜったいに誰にも喋らない。』
もちろん遠藤さんは仲間になる気なんてなかった。
なかったのだが、一日考えた末に、結局は仲間になってしまった。
具体的な証拠を掴めば警察が動いてくれるかもしれない・・・・そう思ったからだ。
こいつらは自分が思っていた以上にヤバい連中で、その秘密を知ってしまった以上、背中を向ければかえって危険だと判断したのだ。
それにもしもこんな薬が出回ってしまったら、世の中がおかしなことになってしまう。
身を守る為に、そして薬の研究を止める為には、相手の懐に飛び込むしかなかったのだ。
それからさらに数年が経ち、薬はどんどん完璧な物に近づいていった。
途中で鬼神川の傲慢さに嫌気が差した祝田と大川が辞めたりと色々あったらしいが、研究そのものは続いていった。
そしてその中で、なぜこんな薬を作っているかの真意を知ってしまったのだ。
カグラという会社が実は犯罪組織だということも。
だから辞める決心をした。
最初は黙って行方をくらまそうかと考えたらしいけど、たぶん逃げ切れないと思って、正直に言うことにした。
『もうアンタらのやり方にはついて行けない。ここで知り得たことはぜったいに誰にも言わないから、今日限りで退職させてちょうだい。』
渋る鬼神川だったが、他言したら殺してくれても構わないという遠藤さんの覚悟に負けて解放してくれた。
彼は命を天秤に懸けてまで会社を去った。
それほどまでにカグラのやっていた事に嫌気が差していたのだ。
そんな悪行に手を貸してしまった自分自身にも。
カグラを去ってから五年の間、アテもなくフラフラしていたそうだ。
定職に就く気にもなれず、その時知り合った男からお金を貢いでもらったり、住処を与えてもらったりしながら、消えない過去を抱いたまま苦しんでいた。
そしてとうとう限界が来た。
まともに眠れない夜、何一つ楽しいと思えない日々。
それに終止符を打つ為、警察へ行くことにしたのだ。
しかしまたしても取り合ってもらえなかった。
鬼神川に殺されてもいいという覚悟で相談しに来たのに、まったく相手にされなかったのだ。
頭では分かっていたけど、彼は感情的になってしまった。
『お願いだからカグラを調べて!アタシの言ってることは本当なのよ!信じてってば!!』
警察相手に暴れてしまい、署で一泊することになってしまった。
翌朝に解放された彼は、このまま世捨て人になろうと決心した。
もう過去なんて忘れてしまって、男を引っ掛けながらその日暮らしをしていこうと。
だが転機が訪れた。
新しく付き合った男が、どういうわけか例の薬を持っていたのだ。しかも解毒剤まで一緒に。
『どこで手に入れたの!?』
驚く遠藤さんに男はこう答えたそうだ。
タカイデ・ココっていう店で手に入れたと。
以前にそのお店で働いていたそうで、そこのオーナーがポーチに入れたまま事務所に忘れていったのだという。
なかなかブラックな職場だったので、腹いせにと思ってその薬をかっぱらってバックレたそうだ。
遠藤さんはその薬をちょうだいとお願いした。
男はあっさりと譲ってくれた。腹いせにかっぱらっただけなので、特に大事というわけでもなかったのだろう。
『まさか使ってないわよね?』と尋ねると、お前に聞かれるまで存在さえ忘れていたと答えたそうだ。
要するに誰にも使ったことはないわけで、遠藤さんはホっとした。
それから数日後、その彼氏とは別れて、ホテル暮らしを続けていた。
安いビジネスホテルを転々としながら。
そして夜になる度、薬を見て思ったそうだ。
こんな物は処分してしまった方がいい。
けど・・・・実験で苦しんでいった動物たちの為に、この薬を使って何かしてあげられないか?
それは罪滅ぼしだった。
以来、野良猫や野良犬を見つけては薬を与えた。
おそらく捨てられたであろう哀れな動物たち。
この薬で人間にしてやれば、保健所に送られることもないだろうし、人権も与えられて少しはマシな生活が出来るだろうと。
源ちゃんの取り調べで全てを語った遠藤さんは、とても辛い顔をしていた。
と同時に、憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔でもあった。

 

     *****

 

昼間のことを思い出していると、遠藤さんへの同情が強くなってきた。
見た目はちょっと変わってるけど、中身はとても良い人だ。
五年の間、きっと彼は寂しかったのだろう。
誰にも言えない過去を抱えたまま、世捨て人を選ぶほどに・・・・。
マシロー君を拾ったのもそのせいかもしれない。
相手はハリネズミだけど、人の言葉を理解できるから、良い話し相手になってくれると思ったんだろう。
その証拠に、今も大事そうに抱きしめている。
トゲが刺さってチクチク痛いだろうに、決して手放そうとしない。
源ちゃんに全てを話して胸のつかえが取れたせいか、その寝顔はどこか安らかでもあった。
もう何も隠す必要はないんだという解放感が、ようやく彼に安眠を与えてくれたのだ。
俺は鼻を近づけ、ペロリと涙の跡をなめた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第六話 オカマとハリネズミ(2)

  • 2018.11.11 Sunday
  • 11:39

JUGEMテーマ:自作小説

どんな世界にも変わり者はいる。
例えば俺。
どうしてか分からないけど動物と話すことが出来る。
なんか前世とか前前世あたりに理由がありそうな気がするんだけど、記憶がすっぽり抜け落ちているかのように思い出せない。
まあそれはいい。
とにかく俺は変わり者なのだ。
しかし動物の世界にも変わり者はいた。
なんと人間としゃべることの出来るハリネズミがいたのだ。
その名の通りトゲトゲに覆われたこのネズミは、日本でもペットとして人気がある。
理由はたぶん可愛いからだろう。
けど安易な気持ちで動物を飼うのは御法度だ。
勝手に捨てたりする飼い主のせいで野生化しているからだ。
動物の種類によっては特定外来種に指定されている。
まあそれも今は置いておこう。
問題なのは俺と似たような奴が他にもいたってことだ。
しかもそいつは例の薬をばら撒いたオカマのペットなのだ。
オカマとハリネズミのマシロー君。
源ちゃんは鋭い目で二人を睨んでいた。
「この薬はどこで手に入れた?」
オカマに薬を突きつける。
「そ、それはあ・・・・、」
「誤魔化しても無駄だぞ。調べれば分かるんだ。」
「じゃあご自分でどうぞ。」
「言った方が身の為だぞ。」
「なによ・・・・脅そうっての?」
「捜査に協力すれば罪は軽くなる。だが意地を張っていると逆効果だぞ。」
「で、でも!それ違法薬物じゃないでしょ!別に麻薬を捌いたわけじゃないんだし。」
ツンと開き直っている。
確かにこの薬を法律で裁くのは難しいかもしれない。
ていうかこんなの公に出来ないだろう。
オカマはそれを分かっているかのように、「逮捕したければすれば?」と強気だ。
「どうせそんな薬は誰も信じないわ。ていうか世間にバレたら大きな騒ぎになるだけよ。刑事にさんにその覚悟があるのかしら?」
さっきとは打って変わって態度が大きくなる。
でも源ちゃんは狼狽えない。
「なら別件で引っ張るしかないな。」
「別件?」
「お前、風呂を覗いてたんだろう?」
「ち、違うわよ!そんなことしてない!」
「ならこれはなんなんだ?」
押収したバッグの中からビデオカメラを取り出す。
源ちゃんは「見るぞ?」と念を押してから再生させた。
「・・・・・・・。」
険しい顔で見入っている。
ウズメさんも覗き込んで、「ウチの脱衣所!」と叫んだ。
「あなたやっぱり盗撮犯だったのね!」
「ち、違うってば!」
「なに言ってんの!ここにバッチリ映ってるじゃない!」
「私は女に興味はないのよ!見れば分かるでしょ?」
立ち上がり、フリルのついた可愛い服とスカートを見せつける。
ついでにクルっと回ってみせた。
「女に興味ある奴がこんな格好してると思う?」
「じゃあどうして女子の脱衣所が映ってるのよ?女に興味がないならこんなことしないはずでしょ。」
「それはちょっと事情があって・・・・、」
「どんな事情よ。」
「・・・・言えないわ。」
「白々しい。」
ウズメさんは「さっさと逮捕しちゃって」と言った。
「バッチリ証拠があるんだもの。どう言い訳しても無駄でしょ。」
「・・・・・・・・。」
「ねえ源ちゃん、聞いてる?」
「確かに盗撮をしていたのは間違いないでしょう。しかし・・・・女の裸に興味があってというわけではないかもしれません。」
「どういうこと?」
「見て下さい。」
カメラを向けると、ウズメさんは「これは・・・」と唸った。
「薬?」
「ええ、これとよく似ています。」
そう言って例の薬を摘む。
「脱衣所の奥にいるこの女性、これと似たような薬を持っています。カメラはその女性を狙っているようですな。」
「確かに・・・・。手元と顔をアップで映してるわね。」
「なぜこの女性がこんな薬を持っているのか・・・・。」
カメラをオカマの方に向け、「どういうことだ?」と睨んだ。
「どういうことって言われても・・・・。」
「この薬の出処はお前だろう?」
「お前って言わないで。ちゃんと名前があるんだから。」
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。」
メモ帳を取り出し、「名前と住所、あと年齢と職業」と尋ねた。
「名前は遠藤タクオ。」
「住所は?」
「アタシ家ないのよねえ。」
「ない?」
「その時その時に仲良くなった男の家に泊めてさせてもらってるから。」
「じゃあ今もそういう男がいるのか?」
「ううん、この前別れたばっかりで。今はホテル暮らし。」
「どこの?」
「特に決まってないわ。安いホテルを転々と。」
「歳は幾つだ?」
「ヒ・ミ・ツ。」
「・・・・・・・。」
「冗談よ、睨まないで。」
わざとらしく可愛子ぶって、「38」と答えた。
「職業は?」
「寂しい男に幸せにしてあげること。」
「・・・・・・・。」
「だから冗談だってば。」
源ちゃんが怒るのも無理はない。
俺だってイラっとくる。
「今はプーちゃんなの。昔はちゃんと働いてたんだけどねえ。」
「どこで?」
「カグラって家具屋さん。」
「ほう、稲松グループのあそこか?」
「すごいでしょ。」
誇らしそうに胸を張っている。
まあ気持ちは分かる。
だってカグラといえば国内で一、二を争う家具メーカーだ。
そんな一流企業で働いてたなんて・・・・ちょっと想像できない。
「そんないい所に勤めてて今はプー太郎か。クビにでもなったのか?」
「ううん、自分から辞めたの。」
「どうして?
「う〜ん・・・まあちょっとね。会社の方針に納得いかなかったっていうか。それで色々と揉めちゃって。なんか居づらくなっちゃったのよね。ていうかこれ事件と関係ある?」
「いや。」
源ちゃんはもう一度カメラを向ける。そして「なんでこの女が薬を持ってる?」と尋ねた。
「お前が渡したのか?」
「渡したんじゃなくて盗まれたの。」
「盗まれた?」
「公園のベンチでちょっと休憩してたのね。そしたらその女がいきなり隣に来てさ、サっとバッグを持ってっちゃったの。」
「要するに引っ手繰りにあったと?」
「そういうこと。」
「しかしバッグはここにあるじゃないか。」
「追いかけて取り戻したのよ。でも薬だけがなかった。」
「・・・そのあとは?」
「薬がないことに気づいたのはしばらく経ってからなのよ。こりゃヤバいと思ってさっきの女を探したわ。
でも全然見つからなくて。走り回って汗掻いたからこがねの湯に来たんだけど、駐車場でその女を見つけたってわけ。」
「それで薬を取り返そうとしたと?」
「そうよ。でも全然取り合ってくれないの。これは私のだって言い張って。力づくで取り返そうかと思ったんだけど、さすがに人目に付くから。だったら別の方法しかないかなあって。」
「別の方法?」
「あの女ちょっと美人だったからさ。盗撮してそれをネタに薬を返してもらおうかなあって。」
「要するに脅しをかけるつもりだったと?」
源ちゃんの目が鋭く光る。
でも遠藤さんは狼狽えなかった。
「だって最初に悪いことしたのは向こうじゃない。人の物勝手に取ってさ。しかも開き直って。素直に返せばこんなことせずに済んだんだから。」
「自分のやってることが犯罪だって自覚してるのか?」
「だからそれは向こうも一緒でしょ!」
バンとテーブルを叩く。
マッチョなもんだからすごい音がした。
「なんでこっちだけが悪者扱いされるのよ!」
「盗まれたものを取り返す為でも犯罪が許されるわけじゃない。警察に被害届を出せばよかっただろう?」
「ふん!警察なんて・・・・。相談しに行ったってこんなの面倒くさがるだけじゃない。
大金でも盗まれたならともかく、わけの分からない薬を取られたからって真面目に取り合ってくれるわけ?
どうせ当事者で解決しろとか言うんでしょ?そんなの分かってんのよ。」
なにやら警察に不満があるようだ。
でもまあ・・・・その意見は分からなくもない。
こっちにとっては大事でも、警察がそうじゃないと判断すれば相手にしてくれないってことはある。
ストーカーだってつい最近まで野放し状態だったんだから。
しかし源ちゃんは刑事だ。いくら理屈をこねたところで罪を見逃してくれるはずがない。
はからずも遠藤さんは盗撮を自供する羽目になってしまった。
手錠を掛けられるのは間違いないだろうけど、問題は例の薬だ。
「お前が盗撮犯だってことは分かった。これで別件で引っ張ることが出来る。」
「やりたきゃやればいいじゃない。ただしその薬で罪に問うなんて無理よ。そんなの刑事さんが一番分かってるでしょ。」
まだ強気にふんぞり返る。
もし源ちゃんが普通の刑事ならその通りだろう。
だけど彼は猫又だ。
俺の師匠であるたまきから聞いたことがある。
猫又には猫又のルールがあって、それを破った者には厳しい罰が待っていると。
ということは、霊獣の世界には法律とは違う決まり事があるってわけだ。
俺たち人間のルールでは罪に問えなくても、別の形でなんらかの罰を与えることは可能だろう。
悲しいかな、遠藤さんは彼が霊獣であることを知らない。
だからこそ強気でいられるんだろうけど。
するとずっと黙っていたマシロー君が「話した方がいいかもしれません」と言った。
「この刑事さん、普通の人間じゃありませんよ。」
「え?」
「たぶん・・・・いや間違いなく霊獣です。」
「ウソ!」
「ちなみに隣の女性も。」
「そっちも!?」
「もっと言うならタクオさんを捕まえたあの二人も霊獣だと思います。」
「はあ!なによそれ?ここは霊獣だらけだっていうの!?」
目を見開いて源ちゃんとウズメさんを見ている。
さっきまでの強気がウソのように狼狽え始めた。
「僕には分かるんです。普通の人間と霊獣って微妙に臭いが違うんですよ。」
「臭い?」
「すごく些細な違いですけどね。でも普通の人間にはない獣っぽい臭いが混じってるんです。」
「要するに臭いってこと?」
「臭いってほどじゃありません。ほんとうにごく僅かな臭いですから。」
遠藤さんはクンクン鼻を動かす。「全然分かんない」と首を傾げた。
するとウズメさんが「君って鼻が利くのね」と言った。
「確かに霊獣はほんの少しだけ人間とは違う臭いを放ってるわ。でもそんなの犬でも嗅ぎ分けられないのに・・・・よく気づいたわね?」
「生まれつき鼻はいいんです。」
「いいってレベルじゃないわよそれ。」
感心するウズメさん。
それとは対照的に狼狽える遠藤さん。
いや、これは狼狽えるというより怯えているって感じだ。
「まさか霊獣だったなんて・・・・、」
どうやら霊獣の存在を知っているようだ。
そしてかなり怯えている。
もしかして霊獣に怖い目に遭わされたことでもあるのだろうか?
源ちゃんは遠野さんの怯えを見逃さない。
もう一度薬を突きつけ、「これはどこで手に入れた?」と尋ねた。
「そ、それは・・・・・、」
「もう隠す必要はないから言おう、私の正体は猫又という霊獣だ。」
お尻から二股の尻尾が出てくる。
ウネウネと動くそれを見て余計に怯えていた。
「確かにこの薬は人間のルールで罰することは難しい。だが俺は猫又だ。こっちの世界のルールでなら罰を与えることが出来るぞ。」
源ちゃんの目が妖しく光る。
まるで猫みたいに。
遠藤さんは頭を抱えて突っ伏した。
「ああ、イヤ!私は知ってるのよ・・・・霊獣がどれだけ恐ろしいか。奴らのせいで酷い目に遭わされた社員を嫌っていうほど見てきたんだから・・・・。」
「奴ら?社員?なんのことだ?」
「カグラよ!」
バシン!とテーブルを叩きつける。
あまりに大きな音がしてマシロー君がビクっと飛び上がった。
「あそこは悪魔の吹きだまりよ!副社長の鬼神川にその部下だった祝田と大川。それに管恒雄って奴もいたわ。
たくさんの社員がこいつらのせいで酷い目に遭わされた・・・・・。もし辞めてなかったら私だって・・・・、」
そうとう怖い何かがあるのだろう。
頭を抱えたまま震えている。
源ちゃんは「何があったんだ?」と尋ねるが、首を振るばかりで答えようとしない。
これは落ち着くまで待たないと話にならないだろう。
「仕方ない。ウズメさん、今のうちに盗まれた薬を回収したい。ビデオに映っているこの女なんですが見覚えはありますか?」
「ええ。月に二回ほど来る常連さんよ。前に忘れ物したからって電話が掛かってきて、その時に番号と名前を控えてるわ。」
「見せて頂けますかな。」
二人は事務所を出て行く。
後には頭を抱えた遠藤さんと俺たちだけが残された。
あとマシロー君と。
「遠藤さん、元気出して下さい。」
小さな前足でポンポンと励ましている。
俺は「なあ?」と尋ねた。
「取り込み中に悪いんだけど・・・・。。」
「なんでしょう?」
「いい加減元に戻りたい。解毒剤をくれないか?」
「残念ですがそれも盗まれてしまいました。」
「ええ!?」
「変化の薬と一緒にポーチに入れていたんです。だから盗んだ人を捕まえないことにはどうにも。」
「そんな!やっと元に戻れると思ったのに・・・・・。」
期待していた分ショックがデカい。
逆にモンブランたちは大喜びだけど。
「まだ人間のままでいられるのね!」
「やったぜ!これでステーキ食い放題だ!」
「なんなら盗んだ奴は捕まらなくてもいいな。」
「ねえ、私この浴衣飽きたわ。新しいのないのかしら?」
こいつらだけはほんとに・・・・・。
「あなたも元気出して下さい。」
俺まで慰めてくれるなんて優しいハリネズミだ。
でも感謝は出来ない。
「君たちのせいでこんな事になってる。罪悪感はあるのかい?」
「それは悪の定義によりますね。」
「定義も何も悪は悪だろ。」
「あなたは困っているけど、後ろの方々は喜んでいらっしゃいます。困っている人が一人、喜んでいる人が四人。
善悪を数で計るなら、喜んでいる人が多いので僕たちは悪いことはしていません。」
「いや、こいつらは人じゃなくて動物なんだけど・・・・、」
「でも今は人間です。逆にあなたは犬です。」
「だからそれは君たちの薬のせいで・・・・、」
「そもそも人間は動物の一種です。差別はいけません。」
「こういうのは差別じゃなくて区別と言ってだね・・・・、」
「では差別と区別の定義とはなんでしょうか?
例えば人間と牛の遺伝子は80パーセントが同じです。ネズミは85パーセント、猫は90パーセント、チンパンジーに至っては96パーセントが同じで・・・・・、」
「もういい・・・・。」
なんだかよく分からないけど確かなことが一つある。
俺はもうしばらく子犬のままってことだ。
後ろではモンブランたちがはしゃいでいるし、目の前では遠藤さんが頭を抱えているし、マシロー君は延々とうんちくを垂れ流しているし。
「ちなみに人間同士の場合だと、あなたと他人の遺伝子は99.9パーセントが同じで・・・・・、」
「だからもういいって!」
ちなみに犬の場合は何パーセントが同じなのか?
ちょっとだけ気になった自分が情けない。
次々に起きる事態に翻弄され、何もできずに困り果てるだけ。
これぞ本当の負け犬ってやつだ。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM