稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十五話 危機(1)

  • 2019.05.03 Friday
  • 10:46

JUGEMテーマ:自作小説

一つウソをつくと、そのウソを補う為に100個のウソを考えないといけない。
てことはつまり、100個のウソをつくと、その100倍の10000個のウソが必要になるってことだ。
そしてまた10000個のウソを補う1000000個のウソが必要になり、さらには100000000個のウソが必要になり・・・・・。
倍々ゲームならぬ100倍ゲームになってしまう。
そんな風にウソをつき続けていると、なにが真実なのか本人でさえ分からなくなってしまうだろう。
・・・まあ今のは物の例えだ。
実際に100000000個もウソなんて用意出来ない。
一日に一個考えたとしても、約274000年ほどかかってしまう。
けどそこまでいかなくても、日常的にウソをついていると、やはりウソにまみれた人生を送ることになってしまうだろう。
遠藤さんはとにかくウソをつく人だった。
大きなことから小さなことまで、息を吐くようにウソをついてしまうのだという。
本人曰く虚言癖ではないらしいけど。
「昔はこんな人間じゃなかったのよ。全ては鬼神川のせい。アイツから身を守らなきゃって強迫観念でウソばっかりつくようになっちゃって・・・・、」
「御託はいい!とにかく思い出せ!」
刑事さんが怒鳴る。
というのも、怪しげな薬を開発するのに使った資料があるらしいんだけど、その中に違法な薬品が記載されてるらしいのだ。
カグラという企業を潰す為には、霊獣の血がどうたらなんて証拠にならない。
そんなもの裁判所が認めてくれるわけがないんだから。
だからといって薬そのものを提出するなんてもっと無理だ。
こんな危ない薬、世の中に見せるわけにはいかない。
カグラを合法的に潰すには、検事や裁判所が認めてくれるような証拠が必要になってくる。
人間のルールに従ってでしか企業を裁くことは出来ない。違法な薬を使った証拠さえあれば、もうそれでカグラは終りなのである。
遠藤さんが言うには、つい最近までここの技術部は稼働していたはずだという。
瀞川と安志がいなくなっても技術者はいるからだ。
それは誰かって?
いま目の前であちこち資料を捜している遠藤自身さんだ。
彼はカグラを去ってカマクラ家具に移った。
しかし完全にカグラとの繋がりが切れたわけではないのだという。
鬼神川は簡単に遠藤さんを見つけ出し、もう一度薬の開発に協力するよう脅してきたという。
とにかく鬼神川のことを怖がっていた遠藤さんは断り切れなかった。
だから条件付きで協力することにしたのだ。
カグラには戻りたくないので、電話かメールでのアドバイスならOKだと。
鬼神川はそれを承諾し、新薬の開発を進めた。
だから当然資料が残っているはずなのだ。
遠藤さんによれば、新薬はまだ完全に仕上がっていないはずだという。
おそらくだけど、そう長く効果はもたないとのことだった。
だったら完成する前に見つけないといけない。
もし完成してしまったら、資料は破棄されるだろうから。
「ええっと〜・・・・どこだったかしら?たしか鬼神川から聞いたのよ。どこそこに資料を取っているって。
技術部に保管してるのは間違いないはずなんだけどお・・・・、」
「遠藤よ、頼むから早く見つけてくれ。」
「急かさないでよ。今まであれこれウソばっかついて色んなことを誤魔化してから、記憶が定かじゃないのよね。」
「まったく・・・・どんな人生を送ってきたんだ。」
ため息をつく刑事さん。俺も同じ気持ちだ。
「遠藤さん、マジでお願いします。その資料さえあればカグラを潰せるんですよ。」
「だったら薬そのものを証拠として警察に持ってけばいいじゃない。」
「それが出来ないから頼んでるんですよ。」
「はあ、面倒くさい・・・・。」
「そもそも本当に資料なんか残ってるんですか?まさかそれも記憶違いなんてことないっすよね?」
「多分・・・・。」
「多分って!しっかりして下さいよ。」
「ならアンタも一年のうちに何百個もウソをついてみればいいわ。なにがほんとか思い出せなくなるから。」
「それ思いっきり虚言癖じゃないですか・・・・。」
「違うわ、私は身を守る為にウソをついてただけで・・・・、」
「もう分かりましたから。とにかく思い出して下さい。」
「だから急かさないでって。」
あちこちの棚を引っ張り出したり、研究機材をひっくり返したり、なんだかよく分からない薬を放り投げたりと大変だ。
「その違法な薬物そのものは残ってないんですか?もしまだあるならそいつを証拠にすれば・・・・、」
「無理でしょうな。」
刑事さんが言う。
「違法薬物は社員が個人的に使っていたものだと言い訳されたらおしまいです。薬の開発に使っていたという資料がなければ。」
そう言って「早くするんだ!」とせっついた。
ムクゲさんとカレンちゃんも手伝っているけど、全然見つからない。
そしてみんながせっせと捜しているこの状況を、祐希さんはカメラに収めていた。
「嬉しそうですね。」
「そりゃそうよ!こんな大企業の悪事を暴露できるんだもの!とくダネどことの騒ぎじゃないわ。」
「そういえば祐希さん、なんでこんな所にいたんですか?」
「有川さんについて来たのよ。」
「アイツに?」
「一度ここへ乗り込んだんだけど、その時は鬼神川が現れて退却したのよ。でももう一度乗り込もうってことになって来たんだけど・・・、」
撮影をやめ、急に真顔になる。
「この先はヤバいと思って。」
「ヤバい?」
「一緒に行くのはヤバいと思ったのよ。なんか危険な臭いがプンプンしてね。中に入る前にこっそり離れていって、物陰に隠れてたってわけ。」
「それって要するに・・・・・、」
「逃げたわけじゃないわよ。身を守る為に必要なことだったから。」
堂々と言い切る。
「危険を嗅ぎ分けることもプロの仕事だからね。」
「つまりあれでしょ?前に乗り込んだ時に鬼神川が出てきてビビったってことでしょ。」
「否定はしないわ。だってあれ、一目見ただけでヤバいと思ったもの。」
「そりゃまあかなり厳つい見た目してますけど・・・・・、」
「違う違う、見た目の問題じゃなくて、殺す気満々の迫力だったから。」
「じゃあ今までずっと隠れてたんですか?」
「まあね、シャッターチャンスがあるかもしれないから。」
そう言ってカメラを構える。
「しばらく植え込みにいたら君たちが来たからさ。玉木さんも一緒だったし、これなら入っても大丈夫かなって。」
「う〜ん・・・・危機管理が徹底してるとは思うけど、なんかこう釈然としないっすね。」
「フリーで仕事するなら必要なことよ。君も覚えといた方がいいわよ。」
なぜかアドバイスされている・・・・。
まあいいんだけどさ、こういう人だって知ってるから。
「それより早く資料とやらを見つけないとね。モタモタしてたら鬼神川がやって来るかも。」
「そうなったら最悪ですよ。玉木さんと有川が負けたってことですから。つまり課長だって帰ってこない。」
「ねえ、怖いわよねえ。」
全然怖くない感じで言いながらまたシャッターを切る。
「あ〜あ、全然見つからない。」
ムクゲさんが背伸びをしている。
カレンちゃんも「ほんとにここにあるの?」と不安そうだ。
「これだけ捜してるのに見つからないなんて変よ。」
技術部の一室はもうむちゃくちゃの散乱状態だ。
全てのデスクの引き出しを引っ張り出し、全ての棚に入っている物も引っ張り出し、全てのファイルも引っ張り出し、機材や道具はあちこちでひっくり返っている。
全てのパソコンも調べてみたけど、これといってなにも出てこなかった。
刑事さんが「どこなんだ!」とイライラしていた。
「おい遠藤!」
「なによ!」
「どこにもないじゃないか!」
「知らないわよ!」
「なんで貴様が怒っとる!?」
「だって私だって見たわけじゃないもん!鬼神川がこの研究室にあるって言ってはずなのよ!102の研究室に!!」
逆ギレして叫ぶ遠藤さん。
俺たちは「は?」と固まった。
「は?じゃないわよ!そんなグチグチ言われたらこっちだって怒りたくなるわ!」
「いや、そうじゃなくて・・・・今なんて言いました?」
「だから鬼神川がここにあるって言ってたはず・・・・、」
「そうじゃなくて、その後。」
「後?」
「102の研究室って言いましたよね?」
「そうよ、たしか102って言ってたわ。」
「ここ101っすよ?」
「え?」
「自分で見て下さい。」
遠藤さんの手を引っ張り、ドアの外にある番号を見せつけた。
「ドアの上の番号見て。」
「101って書いてあるわ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・あ。」
やっと気づいたみたいだ。
「テヘ!」と自分で自分にゲンコツしている。
さっきまでみんな白けた目をしていたけど、一気に怒りの眼差しに変わった。
「そ、そんな怒らないでよ!」
「怒るに決まってるでしょ!」
「だってえ・・・・いっぱいウソついてると、いちいち確認とかしなくなっちゃうしい・・・・、」
「それが問題なんでしょうが!」
「めんごめんご。」
「古いっすよそれ・・・・。」
また自分にゲンコツしている。
みんな無言で向かいの102の部屋へ移動した。
しかし鍵が掛かっていたのか、「ここ開いてないぞ」と刑事さんが言った。
「え?ウソ!」
「ウソなどつくか。貴様と一緒にするな。」
「変ねえ。だって技術部にある部屋ってどれも鍵はかかってないはずなのに。」
「そうなのか?」
「それぞれの部屋を行き来することが多いからねえ。ここへ入る前に頑丈なセキュリティがあるわけだし、いちいち鍵なんて掛けないわ。」
「たしかにさっきの101に鍵は掛かってなかった。だったらなぜここだけ・・・・、」
部屋は全部で六つある。
他のドアを開けてみると、どれも鍵はかかっていなかった。
「ちょっといいすか?」
刑事さんに代わって俺もドアの取っ手を引いてみる。
でも固くて全然動かなかった。
「・・・・・・・・。」
「どうしました?」
刑事さんが尋ねてくる。
「なんかこれ・・・鍵が掛かってる感じとは違うような・・・・。」
俺は一歩離れ、ガラス張りになっている場所から中を覗いてみた。
ドアの周りは真っ白な壁だけど、こっちからなら中が見える。
首を伸ばし、ドアの向こうを確認してみると・・・・、
「やっぱり。」
手招きしてみんなを呼ぶ。
そして「あれ見て」と指さした。
カレンちゃんが「なになに?」と覗きこむ。
「・・・・ああ!誰かが取っ手を押さえてる!!」
「え!マジ?」
ムクゲさんも首を伸ばして覗きこんだ。
続いて遠藤さんも、「あら!」と口元に手を当てた。
「紺野ちゃんじゃない!」
「紺野?」
「鬼神川の一番の部下よ。ほとんど秘書みたいな感じ。」
バンバンとガラスを叩き、「紺野ちゃん!」と叫ぶ。
男だか女だか分からない中性的な顔立ちをした紺野ちゃんなる人は、ギョっとした目でこっちを振り返った。
遠藤さんは親しげに手を振って、「あんた何してるのよ」と尋ねた。
「もうお稲荷さんの世界へ帰ったんじゃなかったの?」
紺野ちゃんはなんとも言えない顔をしながら、困ったように俯いてしまった。
「遠藤さん、あの人と親しいんですか?」
「まあね。ここにいる時一番仲の良かった子なの。」
「でもあの人鬼神川の秘書なんでしょ?なのに仲が良かったんですか?」
「別に好きで秘書をやってたわけじゃないのよ。たんに鬼神川に逆らえなかっただけ。ほんとは地味で大人しい子なのよ。」
そう言って「紺野ちゃん!」とまた手を振った。
「お願いだからここ開けてくれない?」
「・・・・・・・。」
紺野ちゃんは無言で首を振る。
きっと鬼神川から命令されているんだろう。
ここには誰も入れるなって。
「仕方ない。ガラスを割るか。」
刑事さんが思い切り殴りつける。
でも全然ビクともしなかった。
「む・・・・、」
痛そうに拳を押さえている。
霊獣のパンチでも割れないなんて・・・・てことはここのガラスも・・・・、
「無理よ。これも入口にあった頑丈な扉と一緒だから。」
「それを早く言わんか!」
マジでキレてる。よっぽど手が痛かったんだろう。
すると祐希さんがドアの方へ歩いていって、バッグから拳銃を取り出した。
「ちょッ・・・・なんでそんなモン持ってんですか!」
「護身用。こいつでドアの取っ手を撃つわ。」
そう言って銃口から火を吹かせた。
なんか撃ち方がすごい様になってる。
ぜったいに初めてじゃないな・・・・。
「ダメね。ここも頑丈。」
弾が当たった部分を撫でている。
「なんなんすか、その撃ち慣れてる感は・・・・。」
「え?拳銃くらい誰でも撃ったことあるでしょ。」
「ないですよ!」
まあかく言う俺も拳銃を持ってるんだけど。
以前に玉木さんから渡されたやつが。
こいつのおかげでタカイデ・ココから伊礼さんを助けることが出来た。
《残りは二発。祐希さんのよりもゴツイ銃だから威力はあるだろうけど・・・・霊獣のパンチでも壊せないもんだもんな。やっぱ拳銃じゃ無理か。》
スーツの中に手を入れかけてやめる。
すると伊礼さんが「これならどうだ?」と何かを持ってきた。
そういえばさっきから姿が見えなかったけど、いったいどこへ行ってたんだろう?
「伊礼さん、いま大変なんすよ。どこほっつき歩いて・・・・・、」
言いかけて俺は固まった。
「な・・・・なんすかそれは!?」
「隣の部屋にあった。」
伊礼さんが持っていた物、それはダイアモンドカッターだった。
硬い物を切断する時に使う、円盤状のブレードがついているアレだ。
「なんでそんなモン持ってきたんすか?」
「ドアが開かなくて困ってるんだろ?」
「まさかそれで?無理っすよ、拳銃でも霊獣のパンチでも壊れないのに。」
「こいつが普通のカッターなら無理だろな。」
「え?それダイアモンドカッターじゃないんですか?」
「見た目は同じだがちょっと違うようだ。見てろ、取っ手のスイッチを押すとこうなる。」
シュイイイ!と音を立ててブレードが回り始める。
と同時にバチバチっと電気が走って、ブレードの回りが青白く輝いた。
「なんなんすかそれ!まるでライトセーバーみたいに光ってますけど・・・・、」
「似たようなもんだ。」
「似たようなもんって・・・・・ああ!まさかそれって・・・・、」
「プラズマカッターね!」
遠藤さんが手を叩く。
「カグラが開発した木材切断用高性能カッター!家具の製造において、高性能、高品質、そして量産性を高める究極の工具よ!!」
なんか知らないけど力説している。
もちろん俺だってプラズマカッターは知っている。
なにせこいつの技術を横流ししたせいで社長の座から追われたんだから。
でも・・・・・、
「俺の知ってるやつはもっと大きかったはずですよ。とてもじゃないけど人が持ち運べるような物じゃ・・・・、」
「改良したんだと思うわ。新しい機械は時間と共にコンパクトになっていくものだから。」
「そういうもんなんですか?」
「ケータイやデジカメだって一緒でしょ?プラズマカッターが小型化されてることは不思議じゃないわ。ただ・・・・、」
「ただ?」
「ここまで小型化したら、下手すると武器として使われちゃうかも。」
伊礼さんが「その通り」と頷く。
「もはやこれは工具とは呼べない。立派な武器だ。」
青白く光る刃をドアに近づける。
すると「開ける開ける!」と中から声がした。
ゆっくりとドアが開き、紺野ちゃんが顔を覗かせる。
「勘弁してよもう・・・・。」
すっごい迷惑そうな顔をしている。
ていうか顔だけじゃなくて声まで中性的だった。服装も中性的だし、マジで男なのか女なのか分からない。
「紺野ちゃ〜ん!」
遠藤さんが嬉しそうに手を握る。
「ちょっと助けてほしいの。薬の開発に使った資料ってまだ残ってる?」
「ない。」
「ほんとに?」
「ほんと。」
「あるんでしょ?」
「ないって。」
「ウソばっか。あんな大事な資料を破棄するわけないわ。」
「タクちゃん、こっちの事情も察してよ。喋ったら後で社長に殺される。」
「社長?鬼神川じゃなくて?」
「ここを見張ってろって言ったのは社長だから。」
「あらそうなの?まあいいわ、あるのはあるんでしょ?」
「だからないって。」
「喋ったら殺されるって時点で白状してるようなもんじゃない。」
「あのねタクちゃん、アンタなら分かるでしょ。ほんとにこっちの立場も考えてほし・・・・、」
「素直に喋ってくれるとありがたいんだがな。」
刑事さんが前に出る。
紺野ちゃんは「猫又か」と呟いた。
「そっちにはムクゲもいるな。それに・・・・そこの女は猫だな。もしかして例の薬を飲んだのか?」
怪訝そうに睨んでいる。
その顔はいかにも困ってますって感じで、祐希さんがバシャバシャとシャッターを切った。
「ちょっとこっち向いて。」
「そっちは前にウチにやって来たジャーナリストだな。悪いけどそういうのはやめてもらおう。」
お尻から五本の尻尾を生やし、カメラを絡め取る。ついでにカメラバッグも。
「あ、ちょっと・・・・・、」
止める間もなく尻尾で握りつぶしてしまった。
「な・・・・なんてことおおおおおお!」
祐希さんが絶叫している。こんな慌てた顔初めて見た。
「ちょっと!なにしてくれてんのよ!!」
「ここには外に漏れると困る情報がいっぱい。勝手なことは禁止ね。」
「そのバッグにはパソコンも入ってたのよ!バックアップまでパアじゃない!」
「だと思って壊したんだよ。他にもバックアップを取ってたりしないだろうな?」
「ないわよ!この件を追いかけ始めてから一度も家に帰ってないんだから!」
「ネット上のストレージにも?」
「・・・・・・。」
「あるんだな?」
「いいえ。」
「世に出したら殺す。マジで殺す。」
「だからないってば。」
「・・・・まあ出してもいいけど。」
「は?なによそれ?」
「別に漏れて困ることもないし。霊獣がどうたらなんて記事出したら、アホなジャーナリストだって失笑買うだけだからね。」
「だったらカメラとパソコン壊さなくてもいいじゃない!」
「念の為。なにが写ってるか分からないし。」
そう言ってから「そっちのアンタ」と伊礼さんを睨んだ。
「なんだ?」
「それスイッチ切ってくれる?」
「なんだ?こいつが怖いのか?」
「アンタの為に言ってんの。スイッチ入れっぱなしにしてると死ぬぞ。」
「まさか暴発でもするってのか?」
「命を吸い取られる。」
「なに?」
「青白く光ってるのはあんたの霊力そのものなんだよ。そろそろ切らないとほんとに死ぬぞ。」
「なにを馬鹿な・・・・・、」
言いかけた瞬間、ヨロヨロと倒れそうになっていた。
「伊礼さん!?」
「あ、足に力が・・・・、」
「スイッチ切って!早く!!」
青白い光が消えていく。
伊礼さんはガクっと倒れ込んで、「マラソン・・・・」と言った。
「マラソン?」
「まるでマラソンを走ったあとみたいに疲れる・・・・・。」
ゴトっとプラズマカッターを落とす。
紺野ちゃんはそれを拾い、「だから言ったのに」と笑った。
「これね、ほんとはプラズマじゃないから。」
「な、なんだと・・・・、」
「そんなもんで木材切ったら使い物にならないでしょ。」
「しかし青白く光ってたじゃないか・・・・・、」
「使用者の霊力を吸い取るの。その力をブレードにまとわせて切断する工具なんだよ。だからほら、霊獣が使うとこんなにパワーが上がる。」
紺野ちゃんがスイッチを入れると、さっきとは比べ物にならないほど輝きが増した。
俺は「ちょっと待って!」と叫んだ。
「俺がカマクラ家具に横流しした情報にはそんなのなかったぞ。」
「だってプラズマなんてウソだから。」
「じゃあ向こうに渡したあのデータは・・・・、」
「適当にでっち上げた屁理屈。ほんとは霊力をカッターにまとわせてるだけ。まあそれが難しい技術なんだけど。」
「マジかよ・・・・。」
「元々は瀞川と安志が作ったもんだからね。霊獣だからこそ出来る発明、便利でしょ。」
「こっち向けるなよ!」
こんな危ないもん、とてもじゃないけど工具とは呼べない。まさに本物の武器だ。
「てことでとっとと帰ってくれるかな?」
またカッターを向けてくる。
どうしても俺たちを追い払いたいみたいだけど、そうはいかない。
なんとしてもカグラの悪事を暴かないと。
「お願いだ、薬の資料を渡してくれ。」
「だからそんなのないってば。」
「じゃあアンタは一生この会社の奴隷でいいのか?」
「奴隷?」
「だってそうだろ?伊藤の命令でここを守ってたっていうけど、別に人間にそこまで従う必要ないでだろ。アンタはお稲荷さんなんだから。」
お尻から伸びている五本の尻尾がふわふわと揺れる。
「鬼神川にビビるならともかく、伊藤なんて霊獣と契約してるだけの人間じゃないか。」
そう言うと「そうよお」と遠藤さんも頷いた。
「紺野ちゃん前に言ってたじゃない。はやく自分の世界に帰りたいって。」
「まあ・・・ねえ。本心としてはそうだけど、そうもいかないっていうか。」
「どうしてよ?今なら伊藤も鬼神川もいないわよ。見つからないうちにとっとと逃げちゃえばいいじゃない。その前に私たちに資料だけ渡してさ。」
「無理だって。アイツらぜったいに追いかけてくるから。逃げたところで逃げ切れるもんじゃないって。」
「でも瀞川と安志は逃げたらしいわよ。」
「え!マジで?」
「豊川を見限って自分の世界に帰ったんだって。」
「・・・・アイツらはもうカグラの霊獣じゃないから。豊川くらいなら恐れる必要ないし。」
「じゃあアンタもカグラを辞めればすむ話じゃない。」
「それはそうだけど・・・・、」
「紺野ちゃん真面目だもんね。義理堅いというかなんというか。
でもいつまでもこんな場所にいちゃ身の破滅よ?今までいったいどれだけの社員が粛清されてきたか・・・・あんた知ってるでしょ?」
「だからこそ怖いんだよ。追いかけられたらもう・・・・・、」
自分で自分を抱いている。
よっぽど怖いんだろう。ブルブル震えて・・・・、
「痒。」
腕をボリボリ掻いてるだけだった。
イラっとしたけど顔には出さないでおこう。
「と、とにかく!」
遠藤さんが「資料を渡してちょうだい」と手を向ける。
「紺野ちゃんだって現状がいいなんて思ってないでしょ?そもそも私が辞める時だってアドバイスしてくれたのは紺野ちゃんなんだし。」
「だってタクちゃん、マジで辛そうにしてたから。」
「それはアンタも一緒でしょ。だからもうこんな所辞めよう。そして自由になろ。それが一番いいって。」
「自由かあ・・・・。」
上を向き、迷いを見せている。
これはあとひと押しすればいけるかも・・・・、
そう思った時だった。
技術部の扉の向こうから突風が吹いてきた。
「なんだこの風!?」
顔を覆いながら目を向ける。
どうやらエレベーターのある方から吹いてきてるみたいだ。
「なにが起こってんだ冴木!」
「分かりません!」
伊礼さんも警戒しながら風が吹いている方を睨んでいる。
そして数秒後、突風の正体が現れた。
大きな気配が、紫色のつむじ風となって俺たちの前に立ち上ったのだ。
「ああ・・・・・・、」
遠藤さんが怯える。
紺野ちゃんも「ヒイ!」と部屋に隠れてしまった。
俺たちの前に現れたもの、それは巨大なオオカミ、そしてオオカミの背中に乗った伊藤だった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十四話 隠し事(2)

  • 2019.05.02 Thursday
  • 11:31

JUGEMテーマ:自作小説

目の前に四つの薬がある。
一つは赤と青のカプセル剤。これは人を動物に、動物を人に変える薬だ。
二つめは黄色と緑のカプセル剤。これは一つめの薬の解毒剤。
三つめは紫色のカプセル剤。これは人を霊獣に変える薬。動物が飲んでも霊獣に変わる。
そして最後、風邪薬みたいな真っ白な錠剤。こいつも人を霊獣に変えるんだけど、紫の薬とはちょっと違う。
この薬を飲むとキツネの霊獣に変わってしまうのだ。
紫のやつは何に変わるか分からないけど、この薬で変われるのはキツネだけ。
ちなみに動物が飲んでも効果はない。
・・・・以上が遠藤さんの説明だった。
一つめの薬はカグラが最初に開発した。二つめの解毒剤も同じだ。
三つめの薬もカグラで、最後のやつだけカマクラ家具が作ったらしい。
ちなみに三つめと四つめはほぼ同時期に開発されたという。
遠藤さんは手錠を掛けられたまま、廊下のソファでガックリと項垂れる。
刑事さんが正面から見下ろしながら、メモ帳片手に話を聞いていた。
「薬の種類と効果は分かった。じゃあどうして新しい薬を開発したのか、それを話してもらおうか。」
三つめと四つめの薬を持ちながら問いかける。
遠藤さんは「それはあ・・・・・」と口ごもった。
刑事さんは「はっきり喋れ」と怒る。
するとハリネズミのマシロー君が「僕が代わりに」と手をあげた。
「遠藤さんはかなり落ち込んでいるので。まともに答えられないと思いますから。」
「君は遠藤のペットだったな?」
「はい、ちなみに最初は伊藤さんに買われていました。」
「なに!?アイツに?」
そう言って伊藤を振り返ると「そっちの伊藤じゃありません」と答えた。
「カグラの社長の方です。」
「しかしこの前は野良だったところを遠藤に拾われたと言っていなかったか?」
「ごめんなさい、あれはウソです。」
「ふうむ・・・・君もかなり複雑な事情がありそうだな。まあいい、今は薬のことを聞かせてくれ。」
「はい、実はですね・・・・・、」
マシロー君は語ってくれた。
二つの新しい薬の開発経緯を。
まずカグラとカマクラ家具では思惑が違うということ。
カグラはこの世を霊獣が支配する世界にしたがっている。
だけどカマクラ家具は必ずしもそうじゃないらしい。
なぜならカマクラ家具のバックにはダキニがいて、彼女の思惑こそがカマクラ家具の思惑だからだ。
ダキニが望んでいるのはこの世を霊獣に世界に変えることじゃなかった。
稲荷の世界に人間の世界の刺激を持ち込むこと。
そうすればどちらの世界にいても退屈せずに済むから。
風邪薬みたいな錠剤がキツネの霊獣にしか変わらないのは、稲荷を増やす為なのだ。
こっちの世界で人間に薬を飲ませ、稲荷を量産する。
それを稲荷の世界に連れていけば、おのずと人間の世界の刺激が持ち込まれるというわけだ。
そしてこの薬の開発を指示をしたのはダキニ本人ではなく、カマクラ家具常務の豊川である。
アイツはダキニの思惑を汲み取り、具体的な指示を受ける前に、自ら薬の開発に乗り出した。
そうすればダキニが喜んでくれるだろうと。
つまりあの薬を献上することで媚びを売ろうとしたわけだ。
豊川は稲荷の世界でも嫌な奴って評判らしくて、とにかく上の者に媚びを売りまくることで今の地位を獲得したらしい。
だから今回も同じことを企んだ。
もしあの薬がダキニ献上できなかったら、媚びを売るしか能のない豊川は出世できなくなる。
それどころか下っ端に格下げされる可能性もあるそうで、だからこそ必死に新薬を守ろうとしていたのだ。
瀞川と安志を引き抜いたのも、全ては保身と出世の為。
あの二人は豊川を見限って去っていったけど、その判断は正しかったのだ。
つまり今回の事件、カマクラ家具における悪事の中心は豊川ということになる。
アイツには思想や信念なんてなくて、ただただ自分のことだけを考えて周りを利用していただけだったのだ。
まあ俺も利用された一人だから、悔しいやら腹立たしいやらで、一発くらいブン殴ってやりたい気分だ。
刑事さんはマシロー君の話に「なるほどな」と頷いた。
「もし君の話が本当なら、カマクラ家具はもう終りだな。」
「そう思います。豊川さえ潰してしまえばあとは烏合の衆ですから。」
「心配なのはダキニだが・・・・、」
そう言ってトントンとメモ帳を叩くと、玉木さんが「アイツのことを心配する必要はないわ」と返した。
「ダキニはカマクラ家具を捨てたからね。」
「捨てた?」
「もう飽きたんでしょう。あの会社でこれ以上できることはないって思ったんじゃないかしら。その代わり、また別の場所で良からぬことを企むでしょうけどね。」
「まさか・・・・彼女に会ったんですか?」
「ええ、もうこっちに帰って来てるわ。」
「なんと・・・・、」
「マシロー君の話を信じるなら、ダキニはカマクラ家具と同時に豊川も見捨てたことになる。」
「ですな。あの会社の中心人物だったわけですから。」
「豊川はダキニのご機嫌を取ろうと必死だったようだけど、きっと遅かったんでしょうね。
もっと早くに薬を開発していれば見限られることもなかったでしょうに。」
「媚びを売るしか能のない部下はいらない。ダキニ自身からそう突きつけられたようなものですな。なんとも哀れな奴だ。」
呆れたようにペンで頭を掻いている。
「カマクラ家具はもう終りですな。猫又仲間に連絡して事後処理をさせておきましょう。霊獣さえどうにかしてしまえば、あとは警察に任せておけば問題な・・・・、」
「待って、いくらなんでも猫又だけじゃ危険すぎるわ。相手は稲荷の集団だからね、私の仲間にも動いてもらう。」
そう言ってどこかに電話を掛けていた。
前に正義の霊獣集団がいるって言ってたけど、そいつらに掛けてるんだろうか。
「・・・・うん、そうお願い。猫又の刑事も行くから、あとはよろしくやっておいて。」
プチっと電話を切り、「今から私の仲間が向かう」と言った。
「もし向こうが抵抗して戦いになったら、私の仲間に任せておけばいいわ。」
「お気遣い感謝します。」
ペコっと頭を下げ、「続きを聞かせてもらおう」とペンを構えた。
「次はカグラの新薬について聞かせてもらえるか?」
「はい。カグラの薬はですね・・・・、」
「いいわ、私から話す。」
遠藤さんが顔を上げる。
マシロー君を抱きかかえ、「もう腹を括る」と頷いた。
「カグラにいた時のことなんて全部忘れて、南国にでも行って悠々自適に暮らそうと思ってたけど・・・・もういい。ここまで来たら逃げられないもん。」
「そうだ、お前はもう逃げられない。潔く話した方が身の為だぞ。」
睨む刑事さん。しかし遠藤さんは「あなたのことじゃないわ」と言った。
「私が恐れてるのは鬼神川よ。アイツさえいなけりゃ日本にいてもいいんだけどさ。」
よっぽど鬼神川のことが怖いみたいだ。
それとも・・・・まだなにか隠し事でもあるのか?
刑事さんも疑ったようで、「お前は鬼神川から逃げ切ったはずだろう」と言った。
「奴はもうお前になど興味はないはずだが?」
「まあ・・・ねえ。まだちょっと秘密があってえ。」
「やはりか。」
うんざりした目で睨んでいる。
「毎度毎度のらりくらりとはぐらかしおって。今度こそ本当のことを話してもらうぞ。」
「いいわよ。知ってること全部教える。」
覚悟を決めたのか、「実はね・・・・」と切り出そうとした。
でも俺は「ちょい待ち!」と止めた。
「その話って長くなる?」
「んん〜・・・・ちょっとは。」
「じゃあ俺は後から聞くわ。」
「なによそれ。そっちから聞きたいって言ったクセに。」
「悪いんだけどここへ来たのはアンタに会う為じゃないんだ。課長を元に戻す為だから。」
そう言って振り返ると、「私?」とキョトンとしていた。
「私は別にこのままでもいいけど。」
「いやいやいや!いいわけないじゃないですか!!」
「なんでよ?なんで冴木君が私のこと決めるの?」
「だ、だってそのままじゃ人間の世界で暮らせませんよ。」
「いいよ別に。」
「いいよって・・・本気で言ってるんですか?」
「このままで何が悪いの?」
「いや、だからそのままだとこっちの世界で生きていけな・・・・・、」
「じゃあ冴木君も私と同じになってみればいいじゃない。」
「はい・・・・?」
「これね、けっこう気持ちいいんだよ。細かい悩みなんて吹き飛んで、ウジウジ悩んだりしなくなる。
それに全身からパワーが溢れ出てくる感じがするの。人間の時よりよっぽどいいわ!
最初は戻りたいって思ってたけど、今はこのままでいい。霊獣って最高だもん。」
「課長・・・・・。」
やっぱりおかしい。今の課長は変だ。
「あ〜あ、これヤバいわね。」
遠藤さんがため息まじりに言う。
「ヤバいって・・・・なにが?」
「このままだと完全に稲荷になっちゃうわよ。」
「ええ!元に戻れないの?」
「だってその子が飲んだ薬は稲荷を増やす為の物だもの。いずれ心もお稲荷さんになっちゃうわ。ただし人間の持つ強烈な欲望だけ残してね。」
「・・・・・・。」
「私を睨まないでよ。そういう薬にしたのは豊川なんだから。」
「あの野郎!」
こりゃなにがなんでもブン殴ってやらないと気がすまない。
「戻すなら早くした方がいいわ。」
「んなこと言っても解毒剤がないんだよ。」
「あるじゃない。」
「は?」
「解毒剤ならそこにあるわ。」
「どこ!?」
「そこ。」
そう言って赤と青のカプセル剤を指さした。
「これが解毒剤・・・・?でもこれって飲むと人が動物になったり、動物が人になったりするやつじゃ・・・、」
「そうよ。」
「そうよって。」
「そいつを飲めば、副作用で霊獣は霊獣でなくなる。元に戻るってわけ。」
「そんな効果があったのか・・・・。」
袋から薬を取り出し、「課長!」とすすめた。
「早くこれを!」
「は?イヤよ。」
「でもこのままじゃ心までお稲荷さんになっちゃうんですよ?」
「だからいいって言ってるでしょ。」
「よくないですよ!人間に戻れなかったら、大好きな仕事だって出来なくなるんですよ!」
「仕事ならお稲荷さんの世界でも出来るわ。ていうか向こうで仕事をしてみたい。こっちみたいにつまらないしがらみに囚われずに、うんと楽しく働けそうだから。」
「そんなッ・・・・・、」
「私はこのままお稲荷さんになるわ。そしてお稲荷さんの世界へ行く。だから人間には戻らない。」
「そんなこと言わないで・・・・、」
「そんなこと言わないでよ翔子ちゃん!」
カレンちゃんが腕を引っ張る。
「私のこと捨てて遠くへ行っちゃうなんてヤダ!」
「大丈夫よ、カレンの面倒はお母さんが見てくれるから。」
「そういう問題じゃない!大好きな飼い主がいなくなっちゃうなんてヤダ!翔子ちゃんがいなきゃ寂しい!!」
絶対に遠くへ行かせまいとしがみつく。
けど課長は「ああもう!」と振り払った。
「鬱陶しいのよ。」
「きゃッ・・・・、」
ドンと突き飛ばされ、危うく壁にぶつかりそうになる。
間一髪でムクゲさんが受け止めたけど。
「ちょっと翔子ちゃん!この子あんたの飼い猫なんでしょ?なんてことすんのよ!!」
「ああもう、うるさいうるさい!うるっさいのよみんな!」
ガリガリ頭を掻きむしり、「もううんざりなの!」と吠えた。
「人間の世界は苦しいことばっかり!人間のままいることだって苦しい!」
「課長・・・・、」
「私はね、自分の為に生きたいのよ!でも周りのことばっかり気遣って、いつも疲れてばっかりだった。特にアンタよ冴木君!」
恨みのこもった目で指をさす。
「アンタに出会ってから、私の人生は空回りばっかり!なんで自分のことよりアンタを心配しなきゃいけないの?
社長になるのを応援して、社長になったあとも心配して、挙句には賄賂でクビ!アンタほんとに最低よ!」
「すいません・・・・いつも迷惑かけて・・・・、」
「ほんとよ!申し訳ないって思うんだったら、もう私のことはほっといてよ!」
背中を向け、尻尾を揺らしながら去っていく。
俺は「課長!」と追いかけた。
「俺が最低な男だってことは謝ります!だからどうか人間に戻って・・・・、」
そう言いかけた時だった。
課長がエレベーターの横を通り過ぎようとした瞬間、ドアが開いて青い炎が吹き出してきた。
炎は生き物のようにうねり、一瞬で課長を飲み込む。
「なッ・・・・、」
唖然として動けなかった。
青い炎はしばらくうねり、そして消えていく。後には課長の姿も一緒に消えていた。
「課長!」
慌てて駆け寄る。
まさか燃え尽きてしまったのか・・・・・?
そう思ったけど違うようだった。
あれだけの炎が吹き出したのに、辺りがまったく燃えていないのだ。
《炎はエレベーターから吹き出してきた。・・・・てことかまさか!》
表示を見ると地下三階で止まっていた。
「やっぱり誰か乗ってたんだ。そいつが課長をさらって・・・・。」
「鬼神川。」
遠藤さんが呟く。
「さっきの炎、間違いなくアイツよ。」
「なんだって・・・?」
振り返ると、今にも凍りつきそうな目で怯えていた。
「腹を括ったはずなのにやっぱり怖い。・・・・漏らしそう。」
お腹を押さえ、「ごめん、やっぱマシロー君代わりに話して」と駆け出した。
「おい遠藤!」
刑事さんが叫ぶ。
遠藤さんは「逃げたりしないわよ!」と叫んで、慌ててトイレへ消えていった。
「なあマシロー君?」
「なんですか?」
「君たちがここへ来た時、鬼神川はいたか?」
「まさか。いるならここに入ってません。」
「でもさっきのは鬼神川なんだろ?」
「はい、さっきの青い炎は鬼神川です。間違いありません。」
「そっか。なら豊川の言った通り、地下にある鳥居の向こうにいるってことだな。」
もはやグチグチ話を聞いてる場合じゃない。
俺はポケットの薬を取り出し、口の中に放り込もうとした。
「課長、今助けに行きます!」
「待って。」
玉木さんが止める。
「なんですか?鬼神川と喧嘩しなきゃいけないのに。」
「いいえ、アレと戦うのはあなたの役目じゃありません。」
「なに言ってるんですか!課長を助けないと・・・・、」
「私は大馬鹿者です。」
そう言って赤と青の薬をバッグから取り出した。
「遠藤に言われるまで忘れていた。これには霊獣の力を打ち消してしまう効果があることを。」
悔しそうに歯ぎしりをしている。
眉間に皺を寄せたその表情は猫にそっくりだった。
「私としたことが考えられないミスです。」
目を閉じ、「ごめんなさい」と呟いた。
「私が馬鹿なせいで彼女を危険な目に・・・・・。そのうえあなたまで危険に晒すわけにはいきません。」
カっと目を見開く。
瞳が紫に輝き、玉木さんの姿が変化していった。
真っ黒な髪は銀色に変わり、白衣を羽織ったスーツも黒い着物へと変わった。
顔つきもより猫っぽいというか、今までみたいに優しい感じではなくなっていた。
「それが玉木さんの本当の姿ですか・・・・?」
「いえ、本当は巨大な化け猫のような姿です。これは人間でいる時のいつもの姿。普段この姿を見せるのは私の弟子くらいです。」
「有川ですか・・・・。」
「このフロアには戦いの痕がある。鬼神川と弟子たちが争ったものでしょう。そして私の弟子はまだ生きているはずです。」
「はっきり言い切るんすね。相手はあの鬼神川なのに。」
「ダキニと喧嘩しても生き延びた子ですから。」
誇らしげに笑う。
さっきの刑事さんの時もそうだけど、自分が面倒を見た相手が成長するのが一番嬉しいみたいだ。
「鬼神川の相手は私と弟子がします。」
「でも課長が・・・・、」
「分かっています。しかしあなたの仕事はなんなのか?それをよく考えてほしい。」
「俺の仕事?」
「あなたの夢は稲松文具の社長になり、自分の思い描く経営をすることのはず。」
「そうですよ。でも課長を見捨てるなんて出来な・・・・、」
「彼女も私と弟子で助けます。」
「いやいや!なんで有川なんかに・・・・、」
「悪い霊獣の相手は私たちの専門分野です。冴木さんの仕事は、彼女が戻って来られる場所を用意することじゃありませんか?」
「課長の・・・・戻る場所?」
一瞬意味が分からなかった。
戻るもなにも、課長には稲松文具っていう戻る場所があるのに。
「いいですか?もし今のまま戻っても、彼女はまた苦しむだけです。」
「苦しむ?なんで?」
「彼女の心の叫びを聞いたでしょう?色んな重圧に押しつぶされそうになっていた。あの叫びは薬のせいじゃない。ずっと堪えていた本心が吹き出したんです。」
「課長は優しいですから・・・・いつも周りを気遣うんです。弱音だってほとんど吐かないし。」
「ならあなたが支えになってあげればいい。今まで散々お世話になったんでしょう?」
「そりゃもちろんですよ!冴木晴香、課長の為なら・・・・、」
「火の中水の中。」
クスっと肩を竦めている。
「鬼神川の相手は私たちがします。あなたは伊礼さんと一緒に、カグラという企業の悪事を叩きのめしてほしい。」
そう言ってエレベーターに向かっていく。
「あ、ちょっと・・・・、」
「ああ、それから。」
振り返り様、「遠藤に詳しく話を聞いておいて下さい」と言った。
「てっきりここの技術室はもう使われていないものだと思っていた。しかしカグラはカグラで新薬を開発していた。
ということは技術部を詳しく調べれば、薬を開発していた痕跡があるはずです。」
「それ、今大事なことなんですか?」
「霊獣の相手は私たちの専門ですが、企業の悪事を暴くのはあなた達の方が得意なはず。そちらに心強い仲間も見えているようですし。」
玉木さんは俺の後ろに目配せをする。
振り返ってみると、カメラをぶら下げた女性がチラチラと様子を窺っていた。
「祐希さん!」
見つかっちゃった!みたいな顔をしながら、照れくさそうに肩を竦めている。
「なんでこんな所に・・・・、」
そう言いかけた時、エレベーターのドアがメキメキっと音を立てた。
見ると玉木さんが腕力でこじ開けていた。
頑丈そうなドアが豆腐みたいにグニャグニャになっている。
「ちょ、ちょっと玉木さん!?」
「この薬を一粒頂いていきますね。」
いつの間にかカグラが作った紫色の新薬をつまんでいる。
「それではまた後で。」
ニコっと微笑み、エレベーターの中に飛び降りていく。
「あ・・・・・、」
中にカゴはない。地下へ降りたままだ。
ということは10階から地下3階まで飛び降りたのか・・・・・。
「すいません!僕も後を追います!!」
マシロー君がピョンとソファから飛び降りる。
すると伊藤も一緒にエレベーターへ向かっていった。
「ちょ、君らも行くのか!?」
「もう一人の伊藤もきっとこの先にいるはずです。僕らの目的は彼を止めることですから!」
伊藤はマシロー君を肩に乗せ、なんの迷いもなく飛び込んだ。
「あ、おい・・・・、」
駆け寄ろうとしたその瞬間、なにかとてつもない巨大な気配が俺の横を駆け抜けていった。
そいつは風のように飛び去って、エレベーターの中へと吸い込まれていく。
ほんの一瞬だけチラっと見えたけど・・・・、
「オオカミか、今の?」
呆然としていると、「ごめんごめん」と遠藤さんが戻ってきた。
「手錠したままだからおトイレするのが大変で・・・・・って、あれ?なんでみんなキョトンとしてるの?ていうか・・・・マシロー君はどこ!?」
キョロキョロ探しているけど誰も答えない。
俺はエレベーターの縁に手を掛け、じっと下を覗き込んだ。
この先に鬼神川がいる・・・・・。
玉木さんはともかく、有川なんかを信じて大丈夫なのか?
光の届かない空洞は、まるで奈落の底のように不気味だ。
《なんとなく分かる。この先の戦いは俺の出る幕じゃないって。》
暗闇からこみ上げてくる異様な気配は、ただの人間が足を踏み入れられる場所じゃないことを告げている。
《有川・・・・悔しいけどここはお前に託す。なにがなんでも絶対に課長を助けてくれ。》
霊獣との戦いはアイツに任せよう。俺の仕事は・・・・、
「ねえマシロー君は?私やっぱり怖いのよ!話ならあの子に聞いてちょうだい!!」
泣きそうな目で喚いている。
よっぽど怖いんだろうけど、ビビるのは後にしてもらおう。
「遠藤さん。」
「マシロー君はどこよ!ていうか・・・・あんたなんでそんな目え据わってんの?怖いんだけど・・・・。」
読め寄っていくと、狼狽えながらソファに座り込んだ。
「アンタが知ってること、今すぐ全部話してくれ。」

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十三話 隠し事(1)

  • 2019.05.01 Wednesday
  • 11:58

JUGEMテーマ:自作小説

「どうなってんだこれ?」
カマクラ家具あとにしてカグラへやって来た俺たちは驚いていた。
会社には誰もいなくて、電気さえも点いていなかったからだ。
こんな大きな会社、もし休日だったとしてもこんな風にはならないだろう。
受付にさえ人がいないなんて。
妙だなと思っていると、課長が「そういえば」と口を開いた。
「ここにも怪しい薬があるんですよね?」
玉木さんに尋ねると「ええ」と頷いた。
「だったらチャンスじゃないですか!誰もいないなら薬を処分しちゃいましょう!」
「おお、さすがは課長!名案です」って褒めたら、「普通は思いつくでしょ」と言われた。
「社長にまでなったんだからそれくらいは頭を回してよ。」
「す、すいません・・・・。」
なんか普通にへこむ・・・・。
玉木さんは「薬は技術部にあります」と言って、エレベーターへ向かっていった。
「10階にあるんです。行ってみましょう。」
エレベーターに運ばれて10階までやって来る。
そしてさらに驚くことになった。
「ど、どうなってんだこれ!?」
なんか知らないけど、壁に大きな穴が空いていた。
しかも廊下の一部が破壊されて、あちこちに破片が飛び散っている。
まるでバズーカでもぶっぱなしたみたいに。
「戦争でもあったのかよ。」
冗談で言っただけなのに、玉木さんは「でしょうね」と頷いた。
「でしょうねって・・・・ほんとに戦争が?」
「ここで戦いがあったのは間違いないでしょう。おそらくはカグラの霊獣と私の弟子。」
「有川っすか。アイツに戦うような度胸があるんすか?」
「ああ見えてやる時はやる子ですから。」
ニヤっと笑っている。なんか嬉しそうだ。
「技術部はこっちです。」
瓦礫を越え、長い廊下を歩いていく。
するとアクリルっぽい透明な扉が現れた。
「この先が技術部になっているんです。」
「カグラの一番重要な場所ですね。なのにここにも誰もいないなんて・・・・やっぱおかしいっすね。」
心臓部分が無防備とは・・・・いったい何があったんだろう。
「これどうやって開けるんですか?」
課長が扉をこじ開けようとしている。
「霊獣の力でも全然開かない。すごく頑丈。」
ガリガリと爪を立てて破壊しようとしている。
課長・・・・いきなりそんな力技を・・・・。
強く逞しくなったのはいいけど、なんかちょっと方向性が違うような気が・・・・・。
「中に入るには専用のカードキーが必要です。それに暗証番号も。」
「そっかあ。じゃあどうにかして破壊するしかないわけね。」
そう言って尻尾を揺らし、思い切り叩きつけていた。
ハンマーをぶつけたみたいなすごい音が響くけど、扉はビクともしなかった。
それでも諦めずに何度も何度も叩きつけている。
「このッ・・・・・さっさと壊れろお!」
攻撃がどんどん過激になっていく。
耳を塞ぎたいほどの音が響きまくって、それでも全然やめようとしない。
《課長・・・・マジでどうしちゃったんだ。》
これはもう強いとか逞しいとか、そういう感じじゃない。
凶暴というか獰猛というか・・・・とにかく荒っぽい。
「か、課長・・・・いったん落ち着きましょう!」
そう言って止めようとしたら、「なに?」と殺気満々の目で睨まれた。
「扉を壊したいのは分かるんですけど、力任せってのは無理なんじゃないかなあって思って・・・・・、」
「それどういう意味?」
「へ・・・・?」
「私が非力だって言いたいの?」
「ち、違いますよ!」
「じゃあ無能って言いたいわけ?」
「そうじゃありませんってば!ムキになっても仕方ないから、ここは冷静にと思っただけで・・・・、」
「誰もムキになんかなってない。それともヒステリックだとでも言いたいわけ?」
「だから違いますって!」
いくら否定しても怒りを鎮めてくれない。
そのうち「チッ!」と舌打ちをして、またバッコンバッコン叩き始めた。
《し・・・舌打ち。あの課長が・・・・、》
誰よりも礼儀や礼節を大事にするはずの課長が舌打ちだなんて・・・・これやっぱりおかしい!
「副作用?」
ムクゲさんが呟く。
「彼女が一皮むけて強くなったのは事実だけど、ちょっとこれは凶暴過ぎよねえ。」
「ですよね!」
前から課長を知らない人だってそう思うのだ。
俺は「玉木さん!」と振り返った。
「さっきムクゲさんが副作用って言ったけど、どうなんですかこれ!?」
「・・・・・・・・。」
腕を組んでじっと見ている。
そして「副作用ではないでしょう」と言った。
「もしも副作用なら身体にも異常が出ているはずです。」
「でも脳とか精神に影響が出てるって可能性はあるんじゃないっすか!?」
「なんらかの影響はあるかもしれません。」
「やっぱり!」
「しかしこれは薬だけが原因ではないように思います。おそらくですが、今まで胸に溜め込んでいた怒りや不満が吹き出しているんじゃないかと。」
「怒りや不満?」
「北川部長補佐はとてもしっかりした方です。そういう人ほど胸の中に色々溜め込みやすい。
薬で半分獣になってしまったせいで、今まで我慢していた感情が吹き出しているんだと思います。」
そう言って課長の方へ歩いていき、「ごめんなさい」と呟いた。
次の瞬間、バチン!と音が響いて、課長は気を失ってしまった。
「ちょ、ちょっと!なにしてるんですか!」
「しばらく眠っていてもらおうかと。」
課長の頭に手を当て、チョップするフリをした。
どうやら打撃で気絶させたらしい。
「無事なんですよね・・・・?」
「ええ。」
「課長・・・・可哀想に。」
目を開けたままグッタリしている。
ムクゲさんが手を伸ばし、そっと瞼を下ろした。
「ムクゲ、彼女をお願い。」
そう言って課長を預けると、真っ直ぐに扉の方へ向かっていった。
「玉木さん・・・・カードーキー持ってるんですか?」
「いえ。」
「じゃあどうやって・・・・・、」
「こうやって。」
右手の指をまっすぐに立てる。
そいつを突き刺すと、いとも簡単に扉をブチ抜いてしまった。
貫通した場所からビキビキとヒビが広がって、音を立てながら崩れていく。
玉木さんの足元には粉々になった破片が砂利のように散らばっていた。
「・・・・・・・・。」
なんだこの人・・・・。強い強いとは聞いてたけどヤバすぎるだろこれ。
霊獣になった課長があれだけ叩きまくっても壊れなかったモンを、指一本で簡単に壊すなんて・・・・。
「行きましょう。」
ニコっと微笑み、奥へ進んでいく。
「行ってきなよ。私はここで翔子ちゃんを見てるから。」
ムクゲさんに背中を押され、「じゃあ・・・」と玉木さんの後を追った。
扉の先はしばらく廊下が続いていて、幾つかの部屋に分かれていた。
ドアの周囲は真っ白な壁だけど、他はガラス張りになっているので中が見える。
電気は点いておらず、誰もいなさそうだ。
「どの部屋も怪しげな機械というか、いかにもな感じの研究室っすね。」
そう言うと「ここにある部屋はもう使われていません」と言った。
「私がカグラにいた頃にはすでに閉鎖されていましたから。」
「そうなんですか?なんでまた?」
「瀞川と安志がカマクラ家具へ移ったからです。」
「ああ、技術者がいないからか。」
「彼らが開発チームの中心でしたからね。しかし研究そのものをやめたわけではないはずです。」
「残った人たちだけで開発してたんすね。」
「いえ、開発は無理なので保存だけだと思います。」
「保存?」
「せっかく作った物を手放すわけがありません。どこかに保存していて、いつか研究を再開するつもりだったはずです。」
「なるほど。玉木さんは技術者だったから、ここにもいたってわけですよね?」
「いえ、私がいたのは上の階なんです。11階にも開発室があって、そこは家具の開発しかしていません。」
「家具と薬で分けてたんすね。」
「そうです。瀞川と安志がいた頃はここも家具の開発に使われていたそうですが。」
「薬の研究室なのに?」
「カモフラージュの為でしょう。カグラは全ての社員が霊獣というわけではありません。もし事情を知らない人間の社員に見つかってしまったら事ですから。」
もう使われていない研究室の一群を抜けていくと、壁に突き当たった。
「行き止まりっすね。」
「いえ、道はあります。カグラにいた頃、この場所にもこっそり忍び込んだんですが、ちょっと不思議な物を見つけて。」
「でもただの壁じゃないですか。まさか隠し通路とかでもあるんですか?」
見渡す限り怪しい箇所はない。
タカイデ・ココみたいにキツネの像を置いて隠してるわけでもなさそうだし。
「どこに道があるんですか?」
「ここです。」
「どこ?」
「離れて壁を見て下さい。」
「離れて?」
少し下がってみる。
別に変わったところはないけど・・・・、
「瞬きしてから細目にしてみればよく分かりますよ。」
「細目?」
言われてやってみる。
壁はなんの変哲もない真っ白なものだ。
だけどよ〜く目を凝らしてみると、ぼんやりと何かが浮かび上がって見えた。
「あれ・・・・これって鳥居?」
「ええ。壁の中にうっすらと鳥居が描かれているんです。」
「ほんとっすね。微妙にそれっぽい形が見えます・・・・。てかこんなのよく見つけましたね。」
「最初は気付かなかったんですよ。しかし一度だけこの辺りで鬼神川が消えたのを見たんです。もしやと思ってくまなく調べると、これを発見したんですよ。」
「鬼神川が消えた?・・・・それってつまり・・・・、」
「鳥居を超えて別の場所に行ったんだと思います。しかしどう頑張っても私ではこの先に行けない。」
「つまり鬼神川だけが行けると?」
「瀞川と安志も行くことが出来たはずです。なぜならこの先に薬を隠しているだろうから。」
「限られた人だけが潜れる鳥居ってわけか。たしかにこりゃ最高の隠し場所かも。」
頑丈な扉を超えたと思ったら、こんな仕掛けがあったなんて。
これじゃ薬を処分することが出来ない。
「せっかくチャンスだと思ったのに。」
「まだ諦めるのは早いですよ。」
「なにか手があるんすか?」
「ここを通れるのはカグラでも限られた者だけです。鬼神川、瀞川、安志、そして社長の伊藤も通れると思います。あとは・・・・・・・、」
じっと目を凝らし、「さっきから気配を感じるんですよ」と言った。
「気配?なんの?」
「カグラにいた頃の同僚です。」
「同僚?」
「遠藤タクオという男性です。優秀な人物だったんですが、ある日突然会社から姿を消しました。」
「姿を消すって・・・・まさか消されたってことですか?」
「身を隠しただけです。しばらく私の弟子と一緒にいたあと、警察の厄介になったはずなんですが・・・・。」
「有川と一緒に?」
そういえばなんとなく玉木さんから聞いた記憶がある。
オカマのマッチョマンがいて、人の言葉をしゃべるハリネズミを飼ってる人のことを。
「その人の気配がするってことは、まさか鳥居の向こうに?」
「ええ。」
「でも警察に捕まってるんでしょ?だったらこんな所にはいないんじゃ?」
「抜け出したんでしょう。」
「抜け出す?まさか脱獄っすか!」
「分かりません。ただ気配を感じるんです。そしてこっちへ近づいて来ている。」
ほんのりと目を光らせながら、鳥居の模様を睨んでいる。
するとその時、「冴木!」と伊礼さんの声が響いた。
振り向くとカレンちゃんと一緒にこっちへ走って来ている。
その向こうからはムクゲさんと課長、そしてキノコみたいな頭をした大柄なおっさんが・・・・。
「やっぱりここにいたか!」
「伊礼さんこそなんでこんな所に?」
ぜえぜえと息を切らしながら、「実はな・・・・」と大柄なおっさんを振り返った。
「そちらさんは刑事なんだが、捕まえた犯人が逃げ出したと言って、俺のとこにやって来たんだよ。」
「伊礼さんのとこに?なんで?」
「その犯人、元カグラの社員なんだ。だから本社の俺にも話を聞きに来たらしい。」
そう言って刑事に目配せをすると、「猫又の源次と申します」と会釈した。
「猫又って・・・・進藤君と一緒の?」
「進藤?・・・・ああ、ハリマ販売所の店長ですな。そうです、彼と同じ猫又。つまり霊獣ですな。」
また霊獣かよって思ったけど、もう驚きもしない。
ていうか簡単に正体を明かすってことは、こっちの事情もある程度知ってるんだろう。
「あなたが冴木さんですな?」
「ええ、まあ・・・・。」
「たしか元社長さんでしたな。ちとお聞きしたいことがあります。」
「逃げた犯人のことっすか?悪いけど俺は面識ないっすけど・・・・、」
「分かっとります。ここへ来たのは奴が行きそうな場所の一つだからです。始めはカマクラ家具へ行ったんですが、なにやら社内が混乱しとりましてな。
事情を聞けばあなた方が暴れたそうで。」
「ええっと・・・色々あったんすよ。もしかして捕まえに来たわけじゃないっすよね?」
「いやいや、そういうわけじゃありません。冴木さんたちが暴れたことを聞き、こりゃ何かあったなと、次に稲松文具に向かってみたんですわ。
しかし『奴』は稲松文具にもいなかった。となると残された場所はここしかない。」
鋭い目をしながら、「気配を感じますな」と呟いた。
「冴木さん、あなたは今回の事件にかなり深く関わってらっしゃる。そうですな?」
「深くっていうか、まんま中心にいるって感じですけど。」
「なら怪しげな薬のこともご存知なわけだ?」
「知ってますよ。ていうかその薬を処分する為にここにいるんですから。ちなみにカマクラ家具の方はもう処分しちゃいました。」
「そのようですな。ではカマクラ家具が新しい薬を開発していたことはご存じですか?
潜入捜査していた猫又仲間からの情報なんですが・・・・・、」
「ご存知もなにも、新薬のせいで課長はこんな姿に。」
手を向けると、「むお!」と驚いていた。
「稲荷のようだが・・・人間の気配を感じる。あなた元人間ですか?」
課長は「はい」と頷いた。
「稲松文具本社で部長補佐をしている北川翔子と申します。」
「ということは・・・まさかあの薬を飲んだんですか!」
悲鳴に近い声を上げる。
「あなた、どこか具合が悪いとかはありませんか?」
「いえ、むしろスッキリしてるんです。なんか色々吹っ切れた感じがして。」
嬉しそうに尻尾を振っている。
やっぱりいつもの課長とは違う感じだ。
「力がみなぎるっていうか、細かいことなんてどうでもいいっていうか。色んな悩みから解放されて、本来の自分に戻ったって感じ。」
ニコニコ嬉しそうにしているのを見て、伊礼さんが「まさか・・・」と狼狽えた。
「おい冴木!このキツネだから人間だか分からん生き物が部長補佐だってのか?」
「はい。」
「はいってお前・・・・いったいなんでこんなことに・・・・、」
言いかける伊礼さんを遮って、カレンちゃんが課長に抱きついた。
「翔子ちゃん!」
いきなり抱きつかれた課長は「ちょっと!」と仰け反った。
「貴女なんなんですかいきなり!」
「私だよ!カレン!!」
「か、カレン・・・・?ウソでしょ?」
信じられないといったふうに目を開いている。
しかしクンクンと臭いを嗅いで「ほんとに・・・・」と驚いていた。
「なんでカレンが人間に・・・・、」
「変な薬でこうなっちゃったの。」
「薬って・・・・カレンも私と同じ薬を飲んじゃったの!?」
「同じかどうか分かんないけど、なんか赤と青のカプセルの薬だったよ。たまきがくれたの。」
「玉木さんが?なんでカレンにそんな薬を・・・・、」
「ていうかそんなことはどうでもいいの!私すっごく心配してたんだから!でもまた会えてよかった・・・・。」
うっすら涙を浮かべながら抱きついている。
課長は毒気を抜かれたみたいに、さっきまでの勢いが削がれていた。
伊礼さんは「何がどうなってんだか」と頭を掻いている。
「まったくついていけん・・・・冴木、これは悪い夢じゃないのか。」
「だといいんですけど。」
俺だって苦笑いしか出来ない。
すると刑事さんが「いますな」と鼻をスンスンした。
「人の気配を感じます。・・・・・この壁、何か仕掛けが?」
「鳥居が描いてあるんすよ。よく見ると分かりますよ。」
「・・・・ふむ、なるほど。隠し部屋というわけですか。」
目を細めながら頷いている。
そして「遠藤め、やはりここにいたか」と険しい表情になった。
「遠藤?それってさっき玉木さんが言ってた人じゃ?」
振り返ると「ええ」と頷いた。
そして「手間をかけさせてるわね」と刑事さんを見た。
「私の弟子に手を貸してくれてるんでしょ?」
「たまきさん・・・・。ご無沙汰しとります。」
深々と頭を下げている。
「あんたも立派になったわね。昔は喧嘩ばっかりしてるヤンチャ坊主だったのに。」
「たまきさんのおかげです。猫又になりたての頃は本当にお世話になってばかりで。」
「ご主人様が岡っ引きだったものね。その意志を継いで今は立派な刑事になってる。面倒を見た者としてこれほど嬉しいことはないわ。」
普段は見せないようなマジで嬉しそうな顔をしている。
「ありがたいお言葉です」と恐縮する刑事さん。そして「再会を懐かしんでいる場合ではありませんな」と気を引き締めた。
「先ほどここに遠藤がいるとおっしゃいましたな?」
「彼とは一緒に働いていたことがあるのよ。この気配は間違いない。」
「あの男・・・・まだ何か隠していることがあるな。」
キリっと目を釣り上げている。
玉木さんが「もうすぐ出てくるわ」と言った。
「あ・・・・なんか壁がおかしい!」
カレンちゃんが指をさす。
次の瞬間、壁がわたあめみたいにフワフワっと歪んで、一人の男・・・・っていうか、オカマが現れた。
まるでボディビルダーみたいなムキムキマッチョなのに、フリルのついた可愛い服を着ている。
そして右手にはハリネズミ、左手にはアタッシュケースをぶら下げていた。
出てきた瞬間はニコニコしていたけど、俺たちに気づいた途端にこの世の終りみたいな顔をした。
「はうあッ!」
見た目とは裏腹に甲高い声が響く。
目ん玉が飛び出るくらい目ん玉を丸めて、「イヤああああああ!」と鳥居の中へ逃げ込もうとした。
「待たんか貴様!」
刑事さんがガシっと腕を掴み、逆手にねじり上げる。
「ちょっとちょっと!痛いってば!ギブギブ!!」
「黙れ!この脱走犯が!!」
手錠を取り出し、目にも止まらない速さで掛けた。
犯人はゴトっとアタッシュケースを落とす。
俺はそのケースを拾い、中を開けようとした。
「あ!待って・・・・、」
慌てる犯人を無視して開ける。
すると中から大量の薬がドサっと落ちてきた。
厚めの透明なビニールに袋詰めされている。
袋は全部で四つあって、一つは赤と青のカプセル剤、もう一つは黄色と緑のカプセル剤、さらに紫色をしたカプゼル剤に、そして・・・・・、
「ああ!これってまさか・・・・、」
パっと見はただの風邪薬。でもカマクラ家具にあった新薬にとてもよく似ている。
「おいアンタ!」
袋を掴み、目の前に突きつける。
「これってあれだろ?飲んだらキツネ人間に変わるやつだろ?」
「さあ?」
可愛らしく肩を竦めて誤魔化すけど、目は完全に泳いでいた。
「惚けても無駄だかんな。」
俺はポケットから新薬を取り出した。
「これはカマクラ家具で手に入れたんだ。よく見ろ、同じだろ。」
「な、なんでそれを・・・・、」
すごい狼狽えている。
するとどこからか「許してあげて下さい」と声がした。
「ん?誰だ?」
「ここです!」
「どこ?」
「ここ!」
「・・・・ぬあ!ハリネズミが喋ってる!!」
足元で小動物がピョンピョン飛び跳ねていた。
「遠藤さんは悪くありません。悪いのは僕たちなんです。」
「僕たち?」
「僕と・・・・・彼です。」
そう言って鳥居の模様を振り返る。
玉木さんが「また誰か出てきます」と身構えた。
「ま、まさか鬼神川っすか!」
「いえ、人の気配です。でも霊獣の気配も混じっている。」
「人と霊獣が混じる?」
「おそらくですがこの気配は・・・・、」
グっと目を凝らす玉木さん。
刑事さんも「気をつけて下さい」と言った。
「危険な気配です。」
二人は前に出て、俺たちを守るように立ちはだかった。
数秒後、鳥居の向こうから一人の男が現れた。
真っ白なスーツをまとい、黒々とした髪をオールバックに撫で付けている。
イケメンっちゃあイケメンだけど、ナイフみたいに尖った表情は好感を抱けない。
なんか見てると不安になる目つきだし。
そして俺はこの男を知っている。
社長選挙の時と、社長になった後にも何度か会っているのだ。
「アンタ・・・・カグラの社長、伊藤秀典じゃないか!」
なんでこの男がって思ったけど、ここはカグラなんだからいてもおかしくないか。
ていうか・・・・俺の知ってる伊藤と微妙に違う。
なんかこう若々しい。
「・・・・・もしかして、アンタもう一人の伊藤か?」
玉木さんが言っていた。
伊藤は心臓が二つあって、狼の霊獣のせいでもう一人誕生したって。
だったらコイツがそうなのかも。
「伊藤秀典だな?」
刑事さんが詰め寄る。
男は銃を取り出し、刑事さんの眉間に突きつけた。
「待って!」
ハリネズミが叫ぶ。
遠藤さんも「撃たないで!」と止めた。
「その人は悪い霊獣じゃないのよ!」
銃を掴んで下ろさせようとするが、あっさりと振り払われていた。
「きゃあ!痛い・・・・。」
すごいわざとらしく痛がっているけど、誰も助けようとしなかった。
刑事さんはまったくビビらずに睨み返す。
伊藤はその視線を受け止め、真っ向から押し返していた。
「・・・・・・・。」
しばらく睨み合いが続く。
膠着状態とは正にこのことで、ピンと張り詰めた緊張感の中、誰も動くことが出来ない。
ただ一人玉木さんを除いて。
「もういいでしょ。」
そっと銃に手をかけ、ゆっくりと下ろさせる。
「彼は悪い霊獣じゃないわ。」
伊藤の目はまだ鋭い。今度は玉木さんに殺気を向けた。
「ここに悪い霊獣はいない。誰もあなたを襲ったりしないわ。」
優しい口調だった。
その言葉に納得したのか、渋々って感じだけど銃を懐にしまった。
「・・・・ああ!怖かったあ。」
カレンちゃんがホっと息をつく。
課長の腕にしがみつきながら。
「遠藤、事情を説明してもらうぞ。」
刑事さんは伊藤を睨んだまま言う。
遠藤さんなるオカマは「ええっと・・・・」と口ごもった。
「なんていうかそのお・・・・なんて言えばいいのかしら?」
可愛子ぶりながらわざと困っている。
それで誤魔化せると思ってるならある意味すごい。
周りからの冷たい視線に耐えかねたのか、急にテンションが落ちていった。
「あ、あのさ・・・・見逃してくれない?」
「遠藤よ、言い訳できる状況じゃないことくらい分かっているはずだ。」
「そ、そうだけど・・・・今回だけ!ね、この通り!!」
土下座みたいにひざまづいて、両手を合わせている。
するとハリネズミが「もう諦めましょう」と言った。
「そんな!勝手なこと言わないでよ!」
「状況が状況です。もう逃げられませんよ。」
「なに言ってんのよ!元はといえばアンタたちがここへ連れてきたんでしょ!警察署からこっそり私を連れ出してさ。」
「分かってます。あの鳥居の向こうに行くには、遠藤さんの協力が必要だったから。」
「そうよ!その見返りに安全な場所へ逃がしてくれるって言ったクセに・・・・諦めろなんてヒドいわよ!!」
床に突っ伏し、「うわあああああ!」と泣いている。
「このままじゃ鬼神川に殺される!」
甲高い泣き声が耳に刺さる。
ハリネズミが困ったように首を振っていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十二話 変貌(2)

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 12:11

JUGEMテーマ:自作小説

カマクラ家具は大騒ぎだった。
理由は幾つかある。
一つは瀞川と安志が消えたからだ。
専務と取締役が自分の世界へ帰ってしまい、豊川は大激怒である。
二つ目はたまきさんが暴れたことだ。
課長は俺を助けようと戻って来てくれた。
たまきさんの制止を振り切り、ここまで駆けつけてくれたのだ。
なんでこんな危険なことをって心配した反面、すごい嬉しかった。
もちろんカマクラ家具の連中は邪魔をした。
もう人質でなくなった課長を大事な研究施設に入れるわけにはいかない。
力づくで排除しようとしたんだけど、それに怒ったムクゲさんが手を出してしまった。
猫又に変身してお稲荷さんを殴ってしまったのである。
カマクラ家具の社員たち(霊獣の)はブキギレて襲いかかったんだけど、そいつら全員玉木さんがシバき倒した。
何人がかりでも玉木さんには勝てなくて、これまた社内は大混乱。
そして三つ目、カマクラ家具が大事に大事に研究していた新薬を、俺が燃やしてしまったのだ。
この部屋に入ってきた豊川は、『なんてことをおおおおおお!』と頭を抱えて絶叫した。
絶叫しながら『キサマら殺してやる!!』と飛びかかってきたんだけど、その瞬間に玉木さんがやって来て、豊川の首根っこを掴んだ。
一気に大人しくなる豊川。
でもすぐに気を取り直してこう言った。
『ウチに喧嘩売るってことは、ダキニ様に喧嘩を売るってことだぞ。大事になってもいいのか?』
凄む豊川に対し、玉木さんは涼しい顔でこう答えた。
『ダキニはもうここには戻って来ないわ。』
『へ?』
『ついさっき会ったのよ。翔子ちゃんを連れて帰ろうとした時、いきなり目の前に現れてね。
今日は挨拶だけって言ってたわ。地獄に送ってくれた借りはそのうち必ず返すからって。』
『そ、そんなことはどうでもいい!ここへ戻って来ないというのは一体・・・・・、』
『さあね。多分だけど捨てたんじゃないかしら?』
『す、捨てる・・・・?』
『地獄にいる間に色々考えたんでしょう。これ以上この会社で出来ることはないって。
アイツは大きな野望を抱いている。その為に次のステップに行くことにしたんじゃない?』
『わ、我々を見捨てたというのか・・・・?』
『この会社だけ捨てたのか?それともアンタのことまで見捨てたのか?それは私には分からない。
ただハッキリしてるのは、ここでいくら暴れてもダキニと揉めることはないってこと。この意味分かるわよね?』
豊川は『そんな・・・・』と呆然としていた。
そして『瀞川と安志は!』と叫んだのだった。
俺は『自分の世界へ帰ってったぞ』と答えてやった。
『か、帰る・・・・・。』
『お前のことを信用できなくなったみたいだ。ここにいても鬼神川の下にいた時と変わらないからって。』
『アイツら・・・・・散々面倒見てやったのに・・・・なんという恩知らずな!!』
怒り狂う豊川だったけど、もうコイツには何も出来ない。
仲間を失い、頼りのダキニもアテには出来ず、玉木さんに首根っこを掴まれている。
・・・・一時はどうなるかと思ったけど、なんかアッサリと決着がついてしまった。
《これでもうカマクラ家具は終わりだ。でも大きな問題が残ってる。》
俺は恐る恐る後ろを振り返った。
ムクゲさんが「よしよし」とキツネだか人間だか分からない姿になってしまった課長の頭を撫でている。
「可哀想に。どうやったら元に戻るんだろ。」
課長は何も答えない。
頭からキツネの耳が生え、お尻からもフサフサした尻尾が生え、顔もキツネと人を混ぜたみたいになってしまったんだから、放心状態になって当然だ。
ムクゲさんが化ける術を教えてくれたんだけど、なぜか人間にだけ化けられないのだ。
犬とか猫はいけるんだけど、どう頑張っても人間にはならない。
「マジでどうなってるんだかねえ。霊獣なら人間に化けられるはずなのに。」
よしよしと慰めているけど、課長は心ここにあらずといった感じだ。
耳は垂れ、尻尾も垂れ、遠い宇宙を見ているような目をしている。
それもこれも誤って新薬を飲んでしまったせいだ。
原因は俺。バランスを崩して課長にぶつかってしまうなんて・・・・・。
課長の前に行き、「すいませんでした!!」と土下座する。
「必ず!必ず元に戻る方法を見つけます!この命に代えても!!」
俺はアホだ、マヌケだ、クソ野郎だ!
いったい何をしにここへ来たんだ?
課長を助ける為じゃないのか?
課長の為なら例え火の中水の中、そう誓ったはずなのに、課長自身を火の中水の中に落としてしまうなんて・・・・冴木晴香、一生の不覚である。
「オイ豊川このヤロウ!」
胸ぐらをつかむと、「なにをする!」と手を握られた。
「いあだだだだ!ギブギブ!」
万力で絞められてるみたいなパワーだった。
慌てて手を離すと向こうも離してくれた。
「人間ごときが胸ぐらを掴める相手じゃないぞ!」
目が妖しく光る。
悔しいけど力で訴えるのは無理だ。
俺は「お〜痛てえ」と手首を押さえながら、「どうやったら戻れるんだよ」と睨んだ。
「解毒剤とかねえのかよ?」
「ない。」
「ないって・・・・作っとけよこのヤロウ!間違って誰かが飲んだ時のこと考えなかったのかよ。」
「ああ。」
「なんちゅう奴だ・・・・。」
「あの薬はダキニ様に献上する品だったんだ。人間が誤飲した時のことなど考えていない。」
「じゃあ今すぐ解毒剤を作ってくれ。でなきゃ課長があのままだ。」
「無理だな。」
「なんで!?」
「作れる技術者がいない。」
「・・・・・・あ!」
そういえば薬の開発者はもうここにはいないんだった。
瀞川と安志、あの二人がこの会社の技術者だったから・・・・。
「おい!すぐにあの二人を呼び戻せ!!」
「それも無理だ。」
「なんで?お前だってお稲荷さんなんだろ!だったら・・・・、」
「無理だと思いますよ。」
豊川の代わりに玉木さんが答えた。
「彼らは神道系の稲荷です。豊川は仏教系ですから、無断で彼らのいる世界へ行くことは出来ません。」
「そんな!じゃあ課長はあのままなんですか!?」
「解毒剤を作れる者がいない以上、残念ながら・・・・、」
「どうにか!どうにかあの二人を連れ戻せないんですか!?」
カマクラ家具を潰すことに成功しても、こんな終わり方じゃ納得いかない。
《俺のせいで永遠にこのままなんてことになったら・・・・死んでも詫びきれない!》
課長はずっと放心状態のままで、ムクゲさんに肩を抱かれながらどうにか立っている状態だ。
《チクショウ!俺は・・・・俺はなんてことを・・・・!》
代われるものなら代わりたい!
ガックリ項垂れると、豊川がこう呟いた。
「鬼神川なら・・・・、」
「え?」
「アイツならあの二人を連れ戻せるかもしれない。」
「マジか!」
「アイツは神道系の稲荷だ。瀞川たちのいる世界へ行くことが出来る。ただ・・・・、」
「そっか・・・・まだ可能性があるんだな!だったらすぐにでも・・・・、」
「間抜けめ。」
「なに!?」
「鬼神川がそう簡単に頼みを聞くと思うか?」
そう言われて言葉に詰まる。
「だいたいお前たちは敵だぞ。会った瞬間に殺されるかもな。」
「いいや、こっちには玉木さんがいるから大丈夫だ。ねえ?」
前に鬼神川をボコボコにしてるんだ。なんかあっても玉木さんがいれば・・・・、
「難しいかもしれません。」
予想外のことを言われて、「へ?」と変な声が出てしまう。
「いやいや!だって玉木さんの方が断然強いんでしょ?だったら余裕じゃないっすか!」
「鬼神川はバリバリの武闘派です。頭はそこまで回りませんが、喧嘩にかけては命を張っている。
私に負けたことは大きな屈辱だったはず。だったら次に戦う時の為になんらかの手は講じているでしょう。」
「た、例えば・・・・?」
「そうですね・・・。」
しばらく考え、「他の霊獣の力を借りるとか」と答えた。
「霊獣の中には契約という形で力を与えることが出来る者がいます。」
「契約・・・・それって伊藤と組んでる狼みたいな?」
「ええ。もし鬼神川が狼の霊獣と契約を交わしていたら、今までにないパワーを手に入れているかもしれません。」
「霊獣が霊獣と契約・・・・そんなことがあるんですか?」
「普通では考えにくいことですが、鬼神川ならやるでしょう。例え大きなリスクが背負ってでも。」
「マジっすか・・・・。」
玉木さんがここまで言うなら、本当にあり得ることなんだろう。
だからって諦めるわけにはいかない。
「俺、鬼神川んとこに行ってきます!」
豊川が「無謀だな」と笑う。
「ノコノコ行っても殺されるだけだ。だいたいアイツが今どこにいるかも知らんのだろう?」
「どこってカグラだろ?」
「・・・・・・。」
「教えてくれよ。お前なら知ってるんだろ?」
「知らんな。」
「ウソつけ。お前みたいなタイプは出来るだけ情報収集しようとするんだ。ウチの会社にも似たような奴がいるからな。」
豊川の蛇みたいな陰湿な目つきは草刈さんに似ている。
彼は人の粗を探すのが仕事みたいなもんだから、暇さえあれば情報収集しているんだ。
そのせいで社長時代は何度ケツを蹴飛ばされたことか。
「言えよ、鬼神川はどこだ?」
「知らん。」
「別に教えてくれたっていいだろ。」
「知らんもんは知らん。」
「あっそ。」
俺はポケットを漁り、ビニールの小袋を取り出した。
「実はさ、あと一個だけ残ってんだよね。」
目の前で袋を振ると、「新薬!」と叫んだ。
「寄越せ!」
「おっと。」
「それは我社の物だ!」
追いかけようとしてくるけど、玉木さんに引っ張られて「ぐひ!」と悲鳴をあげていた。
「これはダキニに献上する品だって言ってたよな?」
「そうだ!そいつがないと俺はどうなるか・・・・、」
「なんだお前?何かやらかしたのか?」
「いや、そういうわけではないが・・・・、」
「ていうかダキニはこの会社を見捨てたんだ。てことはお前も見捨てられたわけだから、今さら焦ることもないだろ。」
「私まで見捨てられたとは限らない!その薬があれば・・・・、」
「ほう、てことはダキニは相当こいつを欲しがってるってことだな?もしかしてこの薬ってダキニに命令されて作ってたのか?」
「貴様に教える義理はない。」
「まあいいけどさ、こいつが必要なことに変わりはないんだろ?だったら取り引きしよう。」
「取り引きだと?」
「鬼神川の居場所を教えてくれたらこれやるよ。」
そう言って目の前に振って見せると、明らかに顔つきが変わった。
「本当に言ってるのか?」
「ウソは言わない。」
「なら薬が先だ。それと玉木をどかせ。」
「いいや、居場所を教えるのが先だ。」
「ダメだ。薬が先だ。」
「ふう〜ん・・・そういうこと言うんだ。」
俺はライターを取り出し、ビニール袋に近づけた。
「おいよせ!」
「だって教えてくれないんだろ?だったら持ってても仕方ないし。」
「早まるな!」
「じゃあ教えてくれる?」
「ぐッ・・・・、」
「はい燃やしま〜す。」
「待て待て待て!」
慌てて首を振りながら、「教える!」と叫んだ。
「奴はカグラにいるはずだ。」
「やっぱり。最初からそう言えよ。」
「いるにはいる。ただし地下にある鳥居の向こうだ。」
「鳥居の向こう・・・・?それってさ、グニャっと空間が歪んで、どっかに消えちゃうみたいな感じのやつか?」
「ああ。稲荷は鳥居を潜ることでワープできるんだ。瀞川と安志もそうやって稲荷の世界へ帰っていったはずだ。」
「この目で見たよ。」
「鬼神川も稲荷だから同じことが出来る。カグラの地下三階には大きな鳥居があってな、その先は別の場所へと繋がっているんだ。」
「てことは鬼神川も稲荷の世界へ帰っちゃったってことか?」
「いや、あそこの鳥居は稲荷の世界には通じていない。」
「じゃあどこ?」
「リングだ。」
「リング?」
「ああ、格闘技のな。」
「・・・意味分かんないぞ。」
格闘技のリングって・・・・なんでそんなモンが鳥居の先にあるんだ?
からかってるのかと思ったけど、玉木さんは「なるほどね」と頷いた。
「思う存分暴れられる場所を用意してるってわけね。」
「そういことだ。アイツはバリバリの武闘派だからな。獲物をそこへ誘い出して、タイマンで仕留めるのが趣味なんだ。
しかもあの場所は鬼神川に有利な仕掛けになっているらしい。」
「らしいって曖昧だな。行ったことないのか?」
「瀞川と安志から聞いただけだ。しかしあの二人が言うなら間違いないだろう。ずっと鬼神川に従ってたんだ、奴のことはよく知っているはずだ。」
「ううん・・・格闘技のリングねえ。」
そんな場所にいるってことは、誰かと戦ってるんだろうか?
ていうそこへ行ったら俺も戦わなきゃいけないんじゃ・・・・。
「迷うならやめておくことだ。鬼神川は甘くない、奴はすでに人間と同じくらい残酷に成り下がっている。話など聞いてもらえないだろう。」
「・・・行くよ。行かなきゃいけないんだ。」
俺の後ろでは課長が悲しんでいる。
今はまだ放心状態だけど、そのうち感情が戻ってきて、あんな姿になってしまったことに絶望するだろう。
《迷うことなんかあるか!冴木晴香、命を懸けて元に戻してみせる!!》
課長のところに走り、「待っていて下さい」と言った。
「不肖、冴木晴香!必ず人間に戻してみせますから!」
放心状態の課長の耳に届いているかどうかは分からない。
だけどこれは約束しなきゃいけないことなんだ。
「ムクゲさん、俺が戻るまで課長をお願いします。」
ペコリと頭を下げ、部屋を出て行こうとした。
「おい待て!」
豊川が腕を掴んでくる。
「薬を寄越せ!」
「え?ああ・・・そうだったそうだった。」
ビニール袋から取り出し、「ほい」と渡す。
豊川はマジマジと見つめながら、「貴様・・・・」と唸った。
「騙したな!」
「ん?」
「惚けるな!これは新薬とは違うじゃないか!」
カンカンになりながら薬を握りつぶす。
「そうだよ。」
「なッ・・・・、」
「それただの胃薬。社長時代はしょっちゅう胃が痛かったから、持ち歩くクセが付いちゃって。」
「ならやっぱり騙したんじゃないか!」
「だってそれが新薬だなんて一言も言ってないし。」
「何を言う!実はあと一個だけ残ってると言ったではないか!」
「うん、だから胃薬があと一個だけ残ってたんだ。」
「そんな屁理屈が通ってたまるか!」
「屁理屈もなにもお前が勝手に勘違いしたんだろ。新薬はこっちね。」
もう片方のポケットから薬を取り出す。
「寄越せ!」
「イヤだね。」
「この腕握りつぶすぞ。」
「別にいいけど・・・・やったら玉木さんに頭を潰されると思うぞ?」
彼女の手は豊川の頭を掴んでいる。
ミシミシっと握られて、「痛だだだだだああ!」と悲鳴をあげていた。
「こんな物騒な薬、一粒残らず処分してやるよ。」
そう言い残し、部屋を後にしようとした。
すると玉木さんが「いいんですか?」と尋ねてきた。
「一人で行くなんて自殺行為ですよ?」
「普通ならそうかもしれないですね。」
「なにか勝算でも?」
「ええっと・・・まあ一応。」
新薬をビニール袋に入れ、ポケットにしまう。
玉木さんは「なるほど」と頷いた。
「しかし霊獣になったからといって勝てる相手ではありませんよ。」
「分かってます。けど人間のまま挑むよりかはマシかなあって。それに・・・・、」
課長を振り返り、「大事な人を一人にさせたくないんです」と答えた。
「もし・・・もし仮にだけど、瀞川と安志が解毒剤を作れなかった時、課長はある意味一人になっちゃいます。俺、それだけは嫌なんすよね。」
「だから薬を飲んで自分も同じになると?」
「俺なんかがたった一人の仲間じゃ悲しみは埋まらないだろうけど、一人だけあんな姿のままにはさせられません。
元はといえば俺のせいだし。だからまあ・・・なんて言うんすかね、こうすることくらいでしか責任取れないかなあって。」
そう言ってから「もちろん万が一の話っすよ!」と補足した。
「ぜったいに課長を元に戻します!だから行ってきますよ、鬼神川んとこ!」
限りなく低い勝算だけど、やるっきゃないのだ。
しかし玉木さんは「100パーセント無理です」と言った。
「鬼神川はそんなに甘い相手じゃない。一人で行くなんて自殺と変わりません。」
「でも行かないわけには・・・・、」
「行くなと言ってるんじゃありません。私も一緒に行くと言ってるんです。」
「え?来てくれるんすか?」
「もちろんです。」
「でも豊川はどうするんすか?目え離したら何するか・・・・、」
「こうします。」
ガシっと豊川の顔を掴み、正面から睨む。
玉木さんの目が紫に輝き、豊川は「はえあ!」と悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「金縛りをかけておきました。数時間は動けないでしょう。」
「・・・・・・・。」
ピクピクと痙攣する豊川。かろうじて呼吸はしてるけど、白目を向いて泡を吹いていた。
《金縛りっていうより呪いに近いような気が・・・・・。》
でもまあ・・・これなら大丈夫だろう。
こいつさえ役立たずにしておけば、カマクラ家具も悪さは出来ないだろうから。
《玉木さんが一緒なら心強い!鬼神川、ぜったいに言うこと聞かせてやるからな。》
そう気合を入れていると、「あの〜・・・」とムクゲさんがやって来た。
「こっちも一緒に行っていい?」
「ムクゲさんもですか?危ないからやめた方がいいですよ。ていうか課長のことをお願いしたいんですけど・・・・、」
「うん、だから彼女も行きたいって言ってるの。」
「へ?」
ムクゲさんの後ろから課長が出てきて、フサフサの尻尾を揺らした。
「私だけ置いてけぼりにするつもり?」
「いや・・・・置いてけぼりとかそういうことじゃなくて・・・・、」
「さっきも言ったよね。君だけ危険な目には遭わせないって。」
「課長・・・・気持ちは嬉しいですけど、一緒に行くのはやめた方が・・・・、」
「私も行く。行きたい。」
「でも危ないですから・・・・、」
「待ってるだけなんて嫌なの。我慢して、自分を押し殺して、そうやって今まで生きてきた。でもそういうのはもうウンザリ。」
ピンと耳を立て、唸るように牙を剥く。
「あ、あの・・・・課長?」
「みんな勝手よ。カグラも、カマクラ家具も、稲松文具だって。」
「なんか怒ってらっしゃいます・・・・?あ、でも怒って当然ですよね!だって俺のせいでそんな姿になっちゃったんだから・・・・、」
「気遣わなくていい!」
物凄い声で叫ぶ。ていうか雄叫びに近かった。
「父が絡んでるんでしょ?」
「はい・・・・?」
「冴木君がここへ来たこと、父がそうさせたんでしょ?」
「いや、決して会長はそのようなことは・・・・、」
「いいのよ、分かってるから。冴木君が社長を追われたのだって、裏ではきっと父が絡んでるはず。君に出会ってからどんどん変わっていく私が許せなかっただろうから。」
「課長・・・・・。」
「気遣わなくていいよ。きっとそうなんだろうって疑ってたから。問い詰めても白状はしないだろうけど、私はそう確信してる。」
眉間に皺を寄せ、さらに牙を剥く。
その顔は獰猛な獣そのものだった。
「ねえ冴木君。」
「は、はい!」
「この事件が終わったら、私は今までよりももっともっと本気で上を目指すわ。
そうしないといつまでも父に縛られたままだし、稲松文具グループだって変わらない。
いつかまた大きな事件が起きて、傷つく人が出てきて、その繰り返しになるはず。」
力強い目で言いながら、自分の姿を見てクスっと笑う。
「最近弱気になってたけど、なんかもう吹っ切れたわ。こんな姿になっちゃって、細かいこと気にするのが馬鹿らしくなってきた。」
「そ、そうですよ!細かいことなんてどうだっていいんです!その時その時やるべきことをやればいいんですよ。」
元気づけるつもりでそう言ったら、「冴木君にアドバイスされるほど落ちぶれてないわ」と返された。
「あ、いや!そういうつもりじゃなかったんですけど・・・・・、」
「仲間は大事にしたい。でも今までみたいに必要以上に気遣うのはやめにする。これからはそう優しくしないから覚悟しといてね。」
そう言って「まずはこんな姿になった責任を取ってもらわなきゃ」と睨まれた。
「も、もちろんですよ!ええ!」
「そうよね、もちろんよね。取って当然の責任。だからそれだけじゃ足りないわ。」
「・・・と、言いますと?」
「私の右腕になって。」
「はい?」
「いつも言ってるじゃない。私の為なら例え火の中水の中って。」
「冴木晴香、課長の為なら命を懸けますよ!」
「前は君が社長になった。だから今度は私が社長を目指す。父に与えられる日を待つんじゃなくて、自分の力で勝ち取るわ。
その為に私の力になって。でもって社長になったあかつきには秘書をやってほしい。」
「ひ、秘書・・・・?」
「イヤ?」
「いやいやいや!とんでもない!!課長の力になれるのなら喜んで!!」
「ほんとに?」
「ほんとです!」
課長はじっと俺の目を見つめてくる。
それは試すような眼差しだった。
「あの・・・・・、」
「迷いがある。」
「ええ!?そんなことないですよ!」
「いいのよ別に。すぐに答えを出さなくても。まずはこの事件を終わらせよう。答えはその時に聞かせて。」
課長は堂々と歩いて部屋を出ていく。
さっきまで放心してたのがウソみたいだ。
「あらあ、強くなっちゃったわねえ。」
ムクゲさんにポンと肩を叩かれる。
「君さ、あの子に惚れてるんでしょ?」
「ええっと・・・はい。」
「だったら前途多難ね。」
「な、なんでですか・・・・?」
「一皮むけて逞しくなった女ってね、そこいらの男じゃ相手になんないから。君も彼女に負けないように強くなんないとね。」
ニヤっと笑い、部屋を出ていく。
すると玉木さんまで「ムクゲの言う通りです」と頷いた。
「冴木さんと北川さん、今のままでは上手くいかないかもしれません。」
「そんな!俺は課長の為だったらどんなことだって力になって・・・・、」
「それがいけないんです。」
「え?」
「彼女は気づいているんでしょう。冴木さんの中には自分と同じか、それ以上に強い野心と情熱があることを。
なのに彼女の右腕になることを選んだら、一生仕事上のパートナーのままです。それは果たしてお互いに望む未来かどうか・・・。」
「望む未来・・・・。」
「彼女は以前の自分を捨てる決心をしました。自分の思い描く未来を実現させる為に。
きっと冴木さんにもあるはずですよ。何かを捨ててでも手に入れたい未来が。だったら本当に彼女の右腕でいいんですか?」
意味深なことを言い残し、部屋から出ていく。
なんか・・・・なんだろう?
俺だけ置いてけぼりにされたみたいでモヤモヤする。
「・・・・まあいいか。今はそんなこと悩んでる場合じゃない。」
取りあえずは目の前のこと。
鬼神川よ、この手でぶっ飛ばして言うこと聞かせてやるからな!

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十一話 変貌(1)

  • 2019.04.29 Monday
  • 11:02

JUGEMテーマ:自作小説

男、冴木晴香25歳。
今この瞬間、ある意味でもっとも男らしく輝いているかもしれない。
なぜならこの身をもって最愛の女神を助けることが出来たのだから。
「冴木君・・・・。」
課長が悲しそうな目でこっちを見ている。
普段の俺なら笑顔を返しただろう。
大丈夫、心配しないで下さいと。
でも今は違う、俺は切腹を待つ武士のごとく、凛々しい表情を崩さなかった。
ここはカマクラ家具の地下室、特別開発室という部署で、薬の研究を行っているのだ。
俺の周りには三人の幹部が立っている。
豊川、瀞川、安志。
俺を接待漬けにして、社長の座から引きずり下ろしてくれた憎き野郎たちだ。
課長はまた「冴木君」と呟く。
俺の方へ走って来ようとしたが、「おっと」と豊川に掴まれていた。
「貴女はもう実験材料ではないんですよ。関わらない方がいい。」
「離して!なんでこんなこと・・・・、」
眉間に皺を寄せながら唇を噛む。そして「ごめん・・・・」と言った。
「私がドジだから・・・また冴木君をこんな目に・・・・。」
俺は黙って首を振る。
手は後ろで手錠を掛けられ、足首にも手錠が掛かっている。
怪しげな薬品や研究機材が並ぶいかにも薬の実験室みたいな部屋の端、モルモットみたいに檻に入れられていた。
・・・・俺は悔しかった・・・腹が立っていた・・・・。
俺がこんな目に遭うのはいい。
何が許せないって、ついさっきまでは課長がこんな目に遭っていたことだ。
ダキニの提案に乗って、俺はカマクラ家具へとやって来た。
課長と俺の身柄を交換する為だ。
この身で課長が助かるなら喜んで差し出そう!
そう思ってこの部屋に入った時、課長は怯え切った目をしていた。
そして俺を見るなり『冴木君!』と驚いていた。
それから数分後、こうして課長と入れ替わることが出来たわけだ。
今の俺はどうしようもないピンチだが、課長の身代わりになれるなら文句はない。
その昔、武士は名誉を重んじて腹を切ったという。
だったら俺もそうするだけだ。
課長の為なら火の中水の中、いつも言ってることはウソじゃない。
「えらく大人しいな。」
豊川は安志に課長を預け、檻の前まで歩いてくる。
「冴木さん、これから自分が何をされるか分かっているんですか?」
ねちっこい陰湿な目が笑っている。
俺は無言で睨み返してやった。
「ここは薬の実験を行う場所です。そして貴方はモルモットだ。この意味が分かりますね?」
「・・・・・・・・。」
「脅しで言ってるんじゃないですよ。この部屋に入る前に説明したはずですから。」
分かってるよバカ野郎と、胸の中でなじってやる。
カマクラ家具へ来た時、瀞川と安志が出迎えられた。
そして『どうぞこちらへ』と専務室に案内された。
高そうな調度品が並び、窓からの見晴らしもいい部屋だった。
『どうぞ』とソファに手を向けられたけど、座って話す気にはなれなくて、立ったまま睨みつけていた。
『そんな目えしないで下さい冴木元社長。というより・・・・ほんとに来てくれるとは思わなかった。』
瀞川は意外そうな顔で笑っていた。
『こうもあっさり人質の交換に応じてくれるとは。アンタがあの女に惚れきっているというのは本当のようだな。』
脂ぎった顔を近づけながら言うので、『蒸し暑いんだよ』と言い返してやった。
『お前の話なんか聞きに来たわけじゃねえ。さっさと課長を解放しろ。』
『まあまあ、そう言わずに。』
瀞川は隣に立つ安志に目配せをした。
するとポケットから透明な小袋に入った錠剤を取り出した。
瀞川はそれを受け取り、『ウチで作ってる新薬だ』と言った。
『でもまだ完成してなくてな。最後に人体実験が必要なんだ。』
『人体実験だと!!』
まさか課長でやるつもりだったのか・・・・。
そう思うと一瞬でキレてしまった。
『テメエこの野郎!!』
掴みかかろうとすると、一緒に来ていた玉木さんとムクゲさんに止められた。
『やめなさい。』
『どうどう。』
『でも・・・・・、』
『今は話を聞く。』
『怒る気持ちは分かるけど、こういう時にキレたら負けも同然よ。』
『・・・・・・クソ!』
グっと怒りを飲み込み、『実験ってどういうことだよ?』と尋ねた。
『実験は実験だ。動物実験は散々繰り返したんでな、最後の仕上げに人体実験が必要なのさ。』
『それ、どういう薬なんだよ。』
『教える気はない。』
『んだとお・・・・、』
『気に入らないなら帰ればいい。実験体はアンタでも北川翔子でも構わないんだからな。』
何度もカチンとさせる奴だ!
いい加減一発くらいブン殴ってもいいんじゃないかなと熱くなった。
『ダキニは?』
玉木さんが前に出る。
『人質の交換はアイツの提案でしょ?どこにいるの?』
『さあね、俺たちも知らないもんで。』
『・・・・・・・。』
『あの御方は仏教系の稲荷でしょ。俺と安志は神道系なモンでね。直接の連絡はもらってないんですよ。』
『なら豊川・・・・エボシの奴なら知ってるってことね。』
『かもね。ただいくら聞いても口は割らないでしょうよ。』
『ダキニの居場所を知りたいわけじゃないのよ。どうして人質の交換なんて申し出たのか?それを知りたいの。』
『なにか不満でも?』
『大アリよ。実験体はどっちでもいいっていうなら、人質の交換なんて必要ないはず。なのにこんな提案をしてきたってことは、なにか思惑があるんでしょ?』
『俺たちに聞かれても。』
『ならエボシを呼んで。断るならここで暴れたっていいのよ。』
玉木さんの目が紫に光る。瀞川は『おっと・・・』とおどけたように後ずさった。
『そういうのはやめて下さいよ。暴れて困るのはそっちでしょうに。』
『・・・・・・・。』
無言で詰め寄っていく玉木さん。
一瞬だけ顔が猫のように歪んで見えた。それもおっかない化け猫みたいに。
『ちょッ・・・・あんた本気か?』
ビリビリと殺気が溢れていた。
腰が引ける瀞川だったが、その時ドアが開いて豊川が入ってきた。
『私の部屋にまで殺気が漏れていますよ。本気で暴れるつもりですか?』
玉木さんを睨む豊川だったが、逆に睨み返されて『どうやら本気のようですね』と首を振った。
『いいでしょう。人質を交換する理由をお話します。でも・・・・聞かなきゃよかったと思うかもしれませんよ。』
そう言ってベテラン漫才師にたいにペラペラ喋りだした。
そして・・・・俺は後悔したんだ。聞かなきゃよかったって。
なぜならこの話を聞いて一番傷つくのは課長だからだ。
だからぜったいに黙っておこうと決めた。
これがついさっきまでの経緯だ。
・・・・体育座りをしないと窮屈な檻の中、目の前に立つ豊川にこう言ってやった。
「余計なお喋りはいらねえ。実験でもなんでもとっととやれよ。」
これ以上課長を傷つけたくない。
早く安全な場所へ逃げて、全てを忘れて日常に戻ってほしかった。
「分かりました。冴木さんの気持ちを汲んで、さっさと実験をさせてもらいましょう。」
豊川は「その女を一階に連れて行け」と言った。
「ロビーにたまきがいるはずだ、預けてこい。」
安志は頷き、課長を引っ張っていく。
「冴木君!」
俺は課長を振り返らなかった。
俺のことなんて気にせずにすぐに逃げてほしい。
部屋から連れ出されるまで、何度も「冴木君!」と叫んでいたけど、一度も顔は見ないようにした。
《課長・・・・俺のことは忘れて下さい。そしてすぐに会長の目の届かない場所まで逃げて下さい。》
課長は以前から自由を望んでいた。
生まれてからずっと籠の中の鳥みたいで、それが嫌だからって。
でも会長は娘を溺愛していて、ずっと目の届く所に置いておきたいのだ。
そしてなにより、代々北川一族が仕切ってきた稲松文具を引き継いでほしいと願っている。
本当なら兄である隼人という人が継ぐはずだった。
でも二年前に起こしたある事件がキッカケで、今は廃人のようになってしまった。
だからこそ会長はぜったいに課長を手放したくないのだ。
娘を守るなら・・・・っていうより、自分の手元に置く為ならなんでもする。
その為には社長だった俺も失脚させるし、霊獣とだって手を組む。
今回の事件、ウチの会長が大きく関わっているということを、豊川から聞かされた。
人質の交換だって、本当はダキニからの提案なんかじゃなくて、会長からダキニに頼んだだけなのだ。
『娘を助けてほしい』と。
ダキニは『人質を交換すればいい』と返したそうだ。
そこで選ばれたのが俺だった。
稲松文具の前社長であり、今回の事件にも大きく関わっている俺なら、北川翔子と交換する価値がある。
豊川たちも頷くだろうと。
別に俺が課長の身代わりになるのはいい。
問題なのは会長だ。
ここへ来てあの人の名前が出てくるとは思わなかった。
《俺の失脚を企んだのは葛ノ葉公子じゃなくて、会長だったなんて・・・・。》
課長が変わり始めたのは俺と出会ってからである。
俺を見ているうちに、父親の用意した籠の中で生きていくことに強い疑問を感じて、一度は稲松文具を離れた。
でも色々あってまたすぐに戻って来るんだけど、会長はもう二度と娘を手放したくなかった。
だからシンガポールへ行かせたのだ。
俺と引き離す為に。
あの頃、俺は社長だった。それ以前の冴えない平社員とはわけが違う。
課長は親身になって俺をサポートしてくれた。
志も同じだったし、俺が社長を続けられるようにって、自分の時間を削ってまで力を貸してくれたんだ。
でもそれが会長にとっては面白くなかった。
このままじゃいつか手の届かない所に行ってしまうかもしれない。
そして今度は戻ってこないだろう。
下手をしたら、冴木なんていうどこの馬の骨とも分からない男とくっ付くんじゃないか。
そう危惧した。
俺が一番嫌なのは、課長がこの事実を知ってしまうことだ。
・・・・豊川は言った。聞いて後悔するぞって。
でも俺は豊川の考えとは別の意味で後悔しているんだ。
豊川はこう思ったはずだ。
会長がお前を疎ましく思っている。それはつまり北川翔子と結ばれることはないのだと。
まあこうして実験体になってる時点でもう無理なんだけど。
何度も言うけど、俺はどうなってもいい。
問題は・・・・問題は課長なんだ!
この事実を知ってしまったらきっと傷つく。
自分はどうやっても父の目から逃れられないんだって。
一生の籠の中で過ごさなきゃいけないんだって。
あんなに求めた自由な世界は永遠にやってこない。
そんな事実は知ってほしくない!
それになにより落ち込むはずだ。
稲松文具を巻き込んだ大きな事件は、今までに二回あった。
その度に俺が危険な目に遭い、時には死にかけたこともある。
課長はその度に自分を責めていた。
冴木君一人に全てを背負わせて、冴木君一人に傷を負わせてって。
あの人は本当に優しい人なんだ。だから家族や仲間が傷つくと、まるで自分が傷ついているみたいに痛みを感じている。
俺はもうすぐ薬の実験に使われ、生きて帰れるかどうかも分からない。
仮に生きて帰れたとしても、無事ってわけにはいかないだろう。
その時、課長はまた自分を責めるはずだ。
今までで一番強く。
父が自分を手元に置きたいっていう理由だけで、冴木君が酷い目に遭ってしまった。
その原因は自分にある。自分が自由な外の世界なんて望まなければ・・・・。
そうやって俺の為に痛みを感じるはずなんだ。
これは自惚れなんかじゃない。
課長はそういう人なんだ。
もし俺じゃなくて、箕輪さんや美樹ちゃんが同じ目に遭ったとしても、ぜったいに自分を強く責めるだろう。
優しい人ほど傷つきやすくて、優しい人ほど自分を責めてしまう。
課長はただでさえ疲れているのだ。
色んな嫌味に晒されたり、忙しすぎる仕事のせいだったり。
なにより俺が賄賂なんて受け取っていたから余計に参っている。
俺が社長になることを応援して、社長になったあともサポートしてくれた人だ。
だから俺の賄賂には自分にも責任があると感じている。
シンガポールになんて行かずに、傍で見ていればこんな事にはならなかったはずだって。
そこへ来て今度は会長のせいで俺が薬の実験に使われる。
その事実を知ったらもう堪えきれないだろう。
血を流すほど自分の心を叩き、限界を超えてパン!と弾けてしまう。
もしそうなったら、兄と同じ廃人にだってなりかねない。
俺は・・・・俺はそんな未来だけはぜったいに嫌だ!
課長の為なら例え火の中水の中!この身をもって課長の心を守れるなら、望んで実験体になってやる!!
「さすがは大企業の社長にまでなった人ですね。こんな状況なのに微塵も怯えを見せないなんて。」
豊川が檻に肘を付きながら覗き込む。
「そこまで大人しいなら手錠も檻も必要ありませんでしたね。」
「ウダウダうるせえよ。とっとと実験でもなんでもしやがれ。」
「言われなくても。」
スマホを取り出し、誰かを呼んでいる。
数分後、瀞川と安志が戻ってきた。
「北川翔子は?」
「たまきに預けた。」
瀞川が答える。
「あの猫神は大人しく帰ったのか?」
「ああ。」
「ならいい。このガキ使ってすぐに薬を完成させろ。もうダキニ様がお戻りになっているんだ。モタモタしてたら俺の首がすっ飛ぶ。」
瀞川と安志が白衣に着替える。
そして軽々と檻を持ち上げ、奥にあるドアへ運ぼうとした。
「なあ?」
瀞川は足を止め、「ダキニには話を通してくれてるんだよな?」と尋ねた
「薬を完成させたら、俺たちを重臣として迎え入れてくれること。」
「もちろん。」
「その割にはダキニに会わせてくれないよな?もう戻って来てるんなら一度くらい顔合わせを・・・・、」
「薬が出来たら会わせてやる。」
「・・・・言っとくが裏切りは無しだぞ。俺たちは鬼神川に懲りてこっちに来てるんだ。ここでまた裏切りに遭ったら行くアテがなくなる。」
「心配するな。きちんと話は通してある。ダキニ様も了承済みだ。」
「いいか?もし俺たちを裏切ってみろ、自暴自棄になって何をするか分からんからな。」
凄む瀞川と安志。
豊川はクスっと肩を竦め、さっさと行けという風に手を振った。
「・・・・・・・。」
瀞川の顔は疑心に満ちたままだ。
安志に目配せをしたかと思うと、「分かった」と笑顔になった。
「お前を信じよう。」
「ならさっさとやれ。」
そう言い残し、豊川は出て行った。
いよいよ実験体にされる。
正直言って恐怖はある。でも表には出したくなかった。
極力ポーカーフェイスを気取っていると、ドスン!と檻を落とされた。
「痛ッ・・・・、」
なにしやがる!って怒鳴ろうとしたら、安志が檻に手を駆け、いとも簡単にグニャってこじ開けてしまった。
そしてヒョイっと俺を持ち上げて、手錠までブチ!っと千切ってしまう。
檻と手錠をクシャクシャに丸め、ボールみたいにしてからポイっとゴミ箱に投げ捨てた。
物凄い音を立ててゴミ箱はクラッシュ。
安志は「ふん!」と鼻息を荒くした。
「どうする?」
瀞川に何かを尋ねている。すると「どうもこうもあるか」と言った。
「豊川・・・・いや、エボシめ。鬼神川と同じだアイツは。俺たちを利用してダキニに媚びを売るつもりだ。」
「じゃあやっぱり裏切られる?」
「だろうな。仮にダキニの家臣になったとしても、重臣ってのは無理だろう。エボシにいいようにコキ使われるだけだ。」
「それじゃ鬼神川の下にいた時と変わらない。」
「そうだ。もうあんな思いはまっぴらゴメンだ。人間の世界へ来たら良いことがあるって言うからついて来たってのに・・・このザマはない。」
「管も切り捨てられたしな。」
「もう消されたろうな。あんなに会社に尽くしていたのに・・・・不憫な男だ。」
「管と同じにはなりたくないぞ。」
「ああ、もう裏切りに遭うのはゴメンだ。そろそろ潮時なのかもしれんな。」
「稲荷の世界へ帰るのか?」
「それしかないだろう。いったいなんの為にこっちで頑張ってきたのか虚しくなるが・・・・。」
お互いにため息をついている。
そして白衣を脱ぎ捨て、ドアを開けて奥の部屋へ消えようとした。
「あの!ちょっと待って。」
追いかけると「なんだ?」と睨まれた。
「お前ら豊川と手を切るつもりか?」
「ああ。」
「てことは・・・・俺はどうなんの?」
「知るか。」
「もう興味はないってことだな。じゃあ逃げようが何しようが自由なんだ?」
「好きにすればいい。」
「あっそ。んじゃこれで。」
まさか無事に解放されるとは思ってもいなかった。
予想外のもうけもんって感じで、もうこんな場所に用はない。
でも一つ気になることがあって「なあ?」と振り返った。
「いっこ教えてほしいんだけど。」
「なんだよ?」
けっこうイラついてる。早く自分たちの世界に帰りたいんだろうけど、その前に答えてもらわなきゃいけないことがある。
「ここで開発してる新薬ってさ、どんな薬なんだよ?」
「さあな。」
「もうお前らには関係のないことだろ?教えてくれよ。」
「なら飲んでみりゃあいいだろ。」
クイっと安志に目配せをすると、ポケットから小袋に入った錠剤を取り出した。
見た目はなんの変哲もない薬だ。真っ白で丸くて、胃腸薬だとか言われたら信じてしまうだろう。
「やるよ。」
ポイっと投げ寄越す。
自分で飲めって言われても・・・・なあ。
「元々実験体になるつもりだったんだろ?なにをビビってんだ。」
「もう自由の身だからな。課長の為だから腹括ってたんだ。そうじゃなきゃこんなモン飲みたくねえよ。」
「自分のことより惚れた女の方が大事か。ご立派だな。」
ゲラゲラ笑っている。
俺は「るっせえ」と返してやった。
「もうお前ら帰るんなら、ここの薬全部好きにしていいんだよな?」
「ああ。」
「でもあれだな、今まで鬼神川や豊川の下で頑張ってきたのに、こうもあっさり諦めるなんて不思議な気がする。もしかしてまだ何か企んでるんじゃないのか?」
「だったらお前を解放したりしない。もういい加減こっちの世界にはうんざりしてきたんだよ。」
「うんざり?」
「人間の世界は刺激があって楽しいが、その分疲れた。鬼神川だってこっちへ来るまではもうちょっとマシな奴だったんだ。
それが長いこと人間の世界にいたせいで、人間病にかかっちまったらしい。」
「なんだよ人間病って。」
「そのまんまの意味だ。人間みたいに狡猾で欲深い奴になっちまったってことさ。」
「なに言ってんだ、お前らだって散々なことしてるクセに。」
「人間ほど汚れてるつもりはない。もし俺たちが人間だったら、もっと残忍で狡猾な手を使ってでも目的を達成しただろう。
だがそんなことをしたらお前ら人間と同レベルまで落ちてしまう。」
「腐っても神様のはしくれってわけか?だったらもっと早いとこ自分の世界へ帰ればよかったのに。」
「・・・・・そうだな、今となっては後悔している。」
クルっと背中を向け、奥の部屋へ消えていく。
「そっちも研究所みたいな感じか?」
「ああ。」
覗いてみると、たしかに色んな薬品や実験機材のような物があった。
空っぽの檻がいくつも並んでいて、あそこに実験体の動物が入れられていたんだろうか。
動物好きの課長が知ったらきっと悲しむ。
「新薬はそこに保管してある。」
瀞川が指さした先には金属製の棚があって、ロッカーみたいに一つ一つに鍵がついていた。
「左端のA-3って棚だ。鍵は白衣の中にある。」
「A-3ね。ちなみに他の棚には何が入ってんだ?」
「空だ。霊獣の骨や他の薬が入ってたんだが、全部研究て使っちまったからな。」
そう言い残し、棚とは反対側にある小さな扉を開けた。
中には赤い鳥居が飾ってあって、なんともいえない不気味な気配を放っている。
「なんだそれ・・・?ちょっと怖いんだけど。」
「玄関みたいなモンだ。」
「玄関?なんで鳥居が玄関なんだよ?」
「さっきからうるさいなお前は。子供じゃないんだから質問ばっかりするな。」
「そんなの見たらするだろ普通・・・・。」
イライラが頂点に達しているみたいだ。
あんまり怒らせちゃマズい。
俺がさっきの檻みたいにクチャクチャに丸められるかもしれないからな。
「じゃあ帰るか。」
「ああ。もう二度ととこっちへ来ることもないだろう。」
そう言った瞬間、二人は巨大なキツネに変わった。
尻尾が何本もあって、輝くような毛並みをして、トラかライオン・・・・いやそれ以上にすごい爪と牙をした獣だ。
《これがお稲荷さん・・・・・。》
呆気に取られてしまう。
言葉を失っていると、二人共とも小さな鳥居の中に飛び込んだ。
「あ、おい・・・・、」
まるでSF映画みたいに空間が歪み、一瞬で消えてしまった。
「ウソだろ!」
俺も鳥居に手を伸ばす。
でもさっきみたいに空間は歪まなかった。
頭を突っ込んでも、ただ鳥居の向こうの壁が見えるだけ。
いったいどうなってんだ・・・・。
《さっきのがお稲荷さんの本当の姿なのか。だとしたら俺ってとんでもないモンと争ってるんだな。》
瀞川が言った言葉を思い出す。
もし俺たちが人間だったら、もっと残酷で狡猾な手を使っただろうって。
《あいつらが人間病ってのに罹ってたらと思うと・・・・ゾっとするな。いや、すでにかかってる奴がいるんだった。》
鬼神川を想像して身震いする。
アイツは瀞川たち以上に強いのだ。
《こんなのマジで俺たちだけでどうにか出来るのか?自衛隊にでも任せた方がいいような気がするな。》
ちょっと弱気になってしまう。
でも「いやいや!」と気を取り直し、アイツらが着てた白衣を拾った。
ポケットの中には幾つも鍵が入っていて、小さな輪っかで束ねられていた。
「ええっと・・・・たしかA-3だったよな。」
鍵の一つ一つに番号が貼ってあるので分かりやすい。
ちょっと緊張しながら鍵を挿し、ガチャっと回した。
そして棚を引っ張ると、さっきもらった新薬と同じ物が詰まっていた。
風邪薬みたいな瓶に小分けされている。
「ざっと見ただけでも1000錠はあるな。」
瓶を手に取り、一粒取り出す。
その時だった。
「冴木君!」と誰かが駆け込んできたのだ。
「か・・・課長!!」
勢いよく走ってきて俺の手を掴む。
「逃げたんじゃなかったんですか!」
「一人で逃げられるわけないじゃない!君だけに辛い思いなんかさせないわよ!!」
そう言って「大丈夫?何もされてない?」と心配そうに揺さぶられた。
俺は大丈夫ですと答えようとしたけど、あまりに揺さぶられるもんだから、手から薬が落ちてしまった。
拾おうとした瞬間、課長が「これは・・・・」と腰をかがめた。
「あ、触らない方が・・・・、」
俺も腰をかがめる。
けど膝が課長の頭にぶつかりそうになり、マズいと思ってバランスを崩した。
「あ、ちょッ・・・・、」
「きゃ・・・・、」
課長も慌てて仰け反る。でも間に合わなくて、課長の手に俺の膝が当たってしまった。
そのせいで薬を拾った手が口に当たって・・・・、
「ん・・・・・・。」
短くゴクっと聞こえた。
課長は驚いたようにパチパチと瞬きをする。
「あの・・・・まさか飲んじゃったんじゃ・・・・、」
「・・・・・・・。」
課長は何も答えない。
いや、答える必要がなかった。
「か、課長・・・・・尻尾が・・・・、」
「え?」と呟いて振り返る。
フサフサした黄金色の尻尾が揺れているのを見て、一言呟いた。
「なにこれ・・・・キツネ?」

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十話 敵陣(2)

  • 2019.04.28 Sunday
  • 11:55

JUGEMテーマ:自作小説

嵐の前の静けさだろうか。
激しい戦いになることを覚悟してカグラに足を踏み入れた。
なのに誰も出てこない。
一階のエントランスはもぬけの殻で、耳鳴りがするほどシンと静まり返っている。
なのに明々と電気だけ点いているのが不気味だ。
「なんか怖い・・・・。」
モンブランが俺の後ろに隠れる。
するとロッキー君が「モンブランちゃん、俺の後ろに」と言った。
「・・・・・・。」
「どうしたの?」
「さっき私を置いて逃げたわよね?」
「へ?」
「鬼神川が戻ってきた時よ!ツムギ君はちゃんとマリナを守ったのに。」
そう言ってマリナに目をやる。
ツムギ君はさも当然のようにボディガードに徹していた。
「僕の後ろにいて下さい」と辺りを警戒している。
マリナはバナナを食いながら「一本いる?」と差し出していた。
前よりもちょっとだけ好感度が上がったようだ。
モンブランは羨ましそうに見つめながら、「ね?」とロッキー君を振り返った。
「あれこそ本物の愛よ。」
「ああ、いや・・・・さっきのはその・・・なあヒッキー!」
「お?」
「お?じゃねえだろ。お前もなんか言えよ。」
「・・・・・・・・。」
「どうした?」
「また鬼神川が出てきたらどうしようって・・・・。」
指をモジモジさせながら後ろに下がっていく。
モンブランは「はあ・・・」と首を振った。
「頼りにならないわ。」
そう言ってコソコソっとマサカリの後ろに隠れる。
「なにしてんでい?」
「いざとなったら盾になってもらおうと思って。」
「バッキャロイ!自分の身くらい自分で守れ!」
「なによ、か弱い女の子に向かって。」
「岡山で一番銃ぶっぱなしてたクセによく言うぜ。」
「ふん!じゃあいいわよ。ねえチュウベエ、アンタは私のこと守ってくれ・・・・、」
言いかけて固まる。
「・・・・何してんの?」
「見れば分かるだろ。お前の後ろに隠れてる。」
「なんで私の後ろに隠れるのよ!」
「いざという時は盾になってもらおうと思って。」
「・・・・・・・・。」
「そう睨むな。」
「はあ・・・・。アンタたちにはか弱い女の子を守ろうって勇気はないの?」
「じゃあこうしよう。ピンチになったらみんなで悠一を盾にするんだ。」
「おうおう!それいいじゃねえか。」
「ほんとね!なんたって私たちの飼い主なんだから。」
三人並んで俺の後ろに隠れる。
そして「なんかあったら代わりに死んで」と言った。
「お前ら・・・・一生飯抜きにしてやる。」
ほんとになんてことを言いやがるのか。
呆れていると、アカリさんが「あれ見てよ」と天井を指さした。
「カメラがあるわ。」
「ほんとですね。じゃあ俺たちが来たことを知ってるはずだ。」
「それでも出てこないってことは、私たちなんて眼中にないってことでしょうね。」
「余裕で返り討ちにできると?」
「思いっきり舐められてるわ。残念ながら舐められても仕方ないんだけど。」
モンブランたちは完全に戦う気はないし、狼男たちは怯えている。
ツムギ君はマリナを守ることしか考えてないし、マリナはバナナを食ってばかりいる。
要するにだ、まともな戦力になるのはアカリさんとチェリー君だけ。
俺はただの人間だし、御神さんも・・・・、
「あれ?あの人どこ行った?」
一緒にいたはずなのに姿が見えない。
「アカリさん、御神さんどこ行ったか知りません?」
「さあ?」
「チェリー君は?」
「そういや見てねえな。パトカーに乗せられるまではいたんだけど。」
「まさか・・・・ダキニにやられちゃったとか?」
「なくはないな。」
「・・・・・・・・。」
「どうする?ちょっと捜してみるか?」
「・・・・いや、このまま行こう。」
「おいおい、見捨てるのかよ。」
「そうじゃないよ。あの人のことだから、多分なにか考えがあって俺たちから離れたんだろう。」
「だったらちゃんと言ってからそうするだろ。」
「言う前にダキニが来ちゃったのかも。まあとにかく、今は先に進もう。」
エントランスを抜け、階段を上がっていく。
モンブランが「エレベーターの方が早いんじゃない?」と言ったけど、「階段の方がいい」と返した。
「エレベーターだと逃げ場がないし、着いた瞬間に敵に囲まれる。」
「でも薬のある部屋って10階でしょ?階段で行くなんて面倒くさいわ。」
「つべこべ言うな。」
「私エレベーターがいい。」
そう言って勝手に反対側へ走って行ってしまう。
「おい!一人で行くな!!」
止めようとすると、「私が行くわ」とアカリさんが追いかけた。
「まとまって動くより分散した方がいい。」
「でもエレベーターは危険なんじゃ・・・・、」
「どう行ったって結局は戦う羽目になるんだから。みんな一緒に動いて一網打尽にされるよりマシでしょ。そっちは任せたわよ。」
「アカリさん!」
するとマリナも「私もあっちがいい」と追いかけた。
「マリナまで!ツムギ君、アイツを止めてくれ。」
「マリナさんは僕が守る!!」
「おい!君まで・・・・、」
「ダキニ様には見捨てられてしまった。僕に残されているのは愛する女性を守る使命だけ。有川よ、無事に戻ってきたら結婚を認めてくれ!!」
「それはイヤだ。イヤだけどマリナのことだけは守ってやってくれ。」
モンブランたちはエントランスの向こうに消えていく。
チェリー君が「二手に分かれるのもアリだと思うぜ」と頷いた。
「俺たちは階段から行きゃあいい。」
たしかにグダグダ言ってても始まらない。
不安を抱えながら階段を駆け上がっていった。
途中に敵が待ち構えているかなと警戒したけど、人っ子一人いない。
なんの障害もないまま10階までやって来てしまった。
階段近くの壁には大きな穴が空いたままだし、マリナがバズーカをぶっ放した痕も残っている。
「誰もいねえな。」
チェリー君が言う。俺は「技術部の中にいるのかも」と答えた。
辺りを警戒しつつ、廊下を進んで行く。
しかし技術部の前まで来ても誰もおらず、分厚い透明な扉だけがしっかりと閉じていた。
「この奥にいるのかな?」
「かもな。てことは籠城してんのか?」
「奥に誰かいる気配は感じる?」
「・・・・・いや、特には。でも気配を殺してるだけかもしれねえ。用心した方がいいぜ。」
10階も静まり返っていていて、誰かがいる様子もない。
俺たちを油断させて、一気に飛びかかってくるつもりなんだろうか?
「なあ。」
チュウベエが口を開く。
「モンブランたちはどこだ?」
「ん?」
「アイツらエレベーターに乗ってったんだから、俺たちより先に着いてるはずだろ。」
「言われてみれば。」
チュウベエの言う通りだ。先に着いていないとおかしい。
「間違えて別の階で降りちまったんじゃねえか?」
マサカリが言う。
俺は「そうだといいんだけど・・・」と不安になった。
「もしかしたら敵に襲われてるのかも・・・・。」
「エレベーターまで行ってみるか?」
チェリー君が「こっちだ」と歩いて行く。
技術部から少し離れた場所にエレベーターがあって、二つあるうちの一つは表示がこの階になっていた。
「・・・・誰もいねえな。」
開けてみるけど空っぽだ。
「左のは?」
「B3ってなってる。」
「地下か。間違ってそっちに行っちゃったのかな?」
ボタンを押すと、しばらくしてから表示が上に登ってきた。
ポ〜ン!と音がして、ゆっくりと扉が開いていく。
「こっちにも乗ってないか。」
もう一つの方も空っぽだった。
いったいどこへ消えてしまったんだろう。
「どうする悠一?降りて捜しに行くか?」
チュウベエに言われて「そうだな」と頷いた。
「なにかあったら大変だ。俺とチェリー君はエレベーターで降りてみるよ。チュウベエとマサカリは狼男たちと一緒に階段で・・・・、」
そう言いかけたとき、ロッキー君が「それに乗るのはやめとけ・・・」と後ずさった。
「ん?なんで?」
「臭いがするんだ・・・・。」
「臭い?なんの?」
「まずアカリたちの臭いがする。」
「どっちのエレベーター?」
「両方だ。」
「両方?」
「それだけじゃない。地下から上がってきた方にはアイツの臭いが残ってやがる・・・・。」
ブルブル震えながら怯えている。
ヒッキー君にいたっては耳が垂れて尻尾まで萎んでいた。
「なにをそんなに怖がってるんだよ?」
「よく臭いを嗅いでみろ!」
「臭いったって・・・・俺は人間だからそんなに利くわけじゃ・・・・、」
「ああ、たしかにこいつはヤベえぜ。」
チェリー君がエレベーターの中に入って、壁や床をクンクンしている。
「どうやらマズいことになっちまったみてえだ。」
「マズいこと?」
「アカリの姐さん、やられちまったのかもしれねえ。」
「へ?」
「鬼神川の臭いが残ってんだよ。」
「そんなまさか・・・・・。」
「もちろん断定は出来ねえ。出来ねえけど・・・・前についた臭いじゃねえ、ついさっきまで乗ってた感じだ。」
「・・・・信じたくない。だってそうなるとウズメさんは負けたってことになるんだぞ。」
もしウズメさんが鬼神川を倒しているなら、こんなことにはならない。
あのウズメさんが負けるなんてそんなことは・・・・、
「気持ちは分かるけどよ、そう考えるのが妥当だぜ。だってアカリの姐さんたちだけで地下へ行ったとは思えねえ。きっと鬼神川に捕まっちっまったんだろうぜ。」
「・・・・・・・・・。」
チェリー君の言うことを思いっきり否定したい。
けど出来なかった。彼の言う通り、ここに鬼神川の臭いが残ってるならその可能性が高いのだから。
「どうする?俺たちも行ってみるか?」
チェリー君が尋ねるとのと同時に、俺はエレベーターの中に入っていた。
同時にマサカリとチュウベエも。
「お前らは二人はここに残った方がいいかもしれないぞ。」
「へ!何言ってやがんでい。」
「そうだぞ悠一。ここで見捨てたらあのバカ猫に何を言われるか分からない。」
「・・・・いいんだな?」
二人とも覚悟を決めたように頷く。
すると「あの〜・・・」と狼男たちが顔を覗かせた。
「ぶっちゃけ俺たちは遠慮したいんだけど・・・・、」
「鬼神川怖い・・・・。」
「いいよ、ここまで付き合ってくれてありがとう。」
ニコっと手を振り、ドアを閉める。
「あ、あのさ!」
ロッキー君がガシっと手を突っ込んでドアを開けた。
「たまきって奴を捜してくるよ!」
「たまきを?」
「ツムギから聞いたんだ。ダキニと同じくらい強い霊獣がいるって。そいつなら鬼神川にも勝てるはずだって。」
「そりゃたまきなら勝てるだろうけど・・・・でもどこにいるか分からないぞ。アイツは神出鬼没だからな。」
「分かるさ、アレを使えば。」
そう言って俺のポケットを指差す。
「・・・・ああ、イヤリングか!」
「そうそう。たまきに会いたいって思い浮かべてみろよ。人間の世界にいるなら居場所を指してくれるはずだぜ。」
「そうだよな、なんで思いつかなかったんだろう。」
イヤリングを取り出し、たまきの顔を思い浮かべる。
《ごめんたまき。お前には頼らないって誓ったのに・・・・。でも状況が状況だ、今だけは力を貸してくれ!》
強く念じながらイヤリングを握る。
するとボワっと光って宙に浮かんだ。
「おお・・・・、」
「こりゃすごい!」
驚く狼男たち。チェリー君も興味津々に見つめていた。
やがてイヤリングはクルクルと回り出し、コンパスみたいにある方向を指した。
「この方角だと・・・・北東かな?」
「みたいだな。」
ロッキー君が頷く。
「でもこの先にたまきが行きそうな場所なんてあったかな?」
「あるぞ、一つだけ。」
「どこ?」
「カマクラ家具だ。」
「・・・・ああ!」
ポンと手を叩く。
「そうか!あそこならあり得る。ダキニが戻ってきたことを知って、自分から会いに行ったのかも。」
ダキニはカマクラ家具には戻らないと言っていたけど、たまきはそのことを知らない。
アイツが戻ってきた情報だけ掴んで、会社に足を運んだんだろう。
「ロッキー君!ヒッキー君!お願いだ、たまきを呼んできてくれ!!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「なんだよ、浮かない顔して。呼んで来てくれるんだろ?」
「だって・・・・なあ?」
「あそこには瀞川と安志がいる。鬼神川ほどではないが、アイツらも恐ろしいんだ。」
「そんなこと言わないで!この通りだ、頼む!」
手を合わせて拝んでいると、マサカリとチュウベエも同じように手を合わせた。
「もし呼んできてくれたら犬缶を半分・・・・いや、一個分けてやるからよ!」
「俺も極上のミミズをプレゼントする!」
「いや、ミミズはいらないけど・・・・、」
困る狼男たち。するとチェリー君が「逃げたきゃとっとと逃げろ」と言った。
「散々俺たちは強いだのなんだの言っときながら、いざとなったら尻込みかよ。お前らなんか口だけのヘタレ野郎だ、アテになんねえぜ。」
かなり強い口調で言う。
狼男たちはキョトンとした目で顔を見合わせていた。
「なんちゅう安い挑発だ。」
「聞いてて恥ずかしくなるな。」
「うるせえな!呼んでくるのか逃げるのかハッキリしろ!」
「誰も逃げるなんて言ってないっての。」
「勝手に決めつけてもらっては困るな。」
「じゃあとっとと行ってこいよ!モタモタしてたらたまきがどっか行っちまうかもしれねえだろ。」
腕組みをしながらイライラしている。
俺はもう一度「頼む!」と拝んだ。
「ここはたまきの力が必要なんだ。」
「だから行かないとは言ってないって。」
「言ってないが・・・見返りがほしい。」
「見返り?」
「そう、見返り。」
そんなこと言われたって・・・・、
「だから犬缶を一個やるって言ってるじゃねえか!」
マサカリが吠える。
チュウベエも「極上のミルワームも付けるぞ」と太っ腹だ。
「そんなモンいるか。」
「なあにい〜!大奮発してやってんのにこの野郎!」
「俺たちゃ狼だ。犬缶なんて食ってられるか。」
「ミミズやミルワームなど論外だしな。」
「だったら何が欲しいんでい!」
「俺たち専用の神社。」
「せ、専用だとお・・・?」
「ツムギの神社は狭いんだよ。あんな所に一緒に祭られてたんじゃ息が詰まるってもんだよ。」
「俺たち一人ずつに専用の神社を用意してもらいたい。出来るか?」
二人とも真剣な目で尋ねる。
《ここは頷くしかないだろうな。》
もしウズメさんが無事なら、なんとかしてくれるかもしれない。
「分かったよ」と返すと、「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
「じゃあちょっとカマクラ家具まで行ってくるわ。」
「じきに戻ってくる。それまで鬼神川にやられるなよ。」
ササっと駆け出し、壁に空いた穴から外へ飛び出していった。
「頼んだぞ。」
たまきさえ来てくれるなら鬼神川なんて目じゃない。
問題はそれまでどうするかだ。
「なあアンタ、ここでじっと待ってるつもりかよ。」
「・・・・いいや、地下に降りてみよう。」
「そうこなくちゃな!」
チェリー君はニヤっとドアを閉める。
「B3っと・・・」とボタンを押し、ゆっくりと下の階へ運ばれていった。
「なあ悠一よお。」
「なんだマサカリ。」
「急にウンコがしたくなってきたんだけど・・・・、」
「我慢しろ。」
「出来ねえことはねえけど、どっかで漏らしても知らねえぜ。」
「恐ろしいこと言うな。」
たるんたるんのお腹をさするマサカリ。チュウベエが「ビビってやんの」とからかった。
「へ!誰がビビるかってんだ。」
「ほう、全然怖くないのか?」
「当たりめえだ。」
「ほんとに?」
「そりゃちょっとは怖いけど・・・・そういうお前はどうなんでい。」
「俺か?オシッコ漏れそうだ。」
「お前もビビってんじゃねえか!」
「なんかあったら悠一を盾にすればいい。最悪は俺たちだけでも助かろう。」
「おお、そう考えるとウンコも治まってきたぜ。」
「な?」
「な?じゃないだろ!!」
さっきからとんでもないことばっかり言いやがる。
いったい俺のことをなんだと思ってるのか。
ため息混じりに振り返ると、チェリー君が「アンタよお」と言った。
「これじゃどっちが飼い主か分からねえぜ。悲しくならねえのか。」
「もう慣れてるよ。」
「悲しい奴だぜ・・・・。」
同情されるのが一番悲しいんだけど、ここは優しさとして受け取っておこう。
「ああ、俺も怖くなってきた・・・・。」
グルルっとお腹が鳴る。
「やっぱトイレに行こうか?」と言うと、「我慢しろ」とみんなから冷たい目を向けられた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第十九話 敵陣(1)

  • 2019.04.26 Friday
  • 11:54

JUGEMテーマ:自作小説

稲松文具グループ、家具のカグラ。
世界に名だたる大企業を中心としたグループの一角を担うこの会社は、何も霊獣だけが戦力ではない。
再びカグラの本社にやって来た俺たちは、いきなり警察に拘束される羽目になってしまった。
なんとビルの周りに大勢の警官とパトカーが詰めかけていて、ガッチリと警備していたのだ。
カグラには警察を動かす力もあるらしい。
そういえば岡山での一件だって大きな報道はされていないし、あの工場の火事だって同じだ。
警察どころかマスコミにさえ影響力がある。
でもまあそれは不自然なことじゃないのかもしれない。
猫又の源ちゃんだって刑事をやってるんだから、カグラの息のかかった霊獣が、警察やマスコミに入り込んでいたとしても不思議じゃない。
金だってあるし人脈だってあるんだろう。
「お前らがやったんだろ?」
パトカーの中、陰湿そうな刑事が睨んでくる。
先ほどカグラで暴れた件について尋ねているのだ。
「会社に忍び込んで散々暴れたそうじゃないか。目的はなんだ?金か?それとも・・・まさかテロってわけじゃないだろうな。」
陰湿な顔がさらに陰湿に歪む。
俺はじっと目の前の刑事を観察してみた。
《多分・・・・いや、間違いなくこの人はただの人間だ。》
霊獣と接しているうちに、なんとなくだけど違いが分かるようになってきた。
おそらくこの刑事さんは何の事情も分かっていないだろう。
俺たちをただの犯罪者だと思い込んでいる。
隣のパトカーに目をやると、アカリさんがこっちを見ていた。
『ソイツただの人間』
声は届かないけど、口の動きでそう言っているのが分かる。
俺は分かってますよと頷いた。
ちなみにアカリさんのパトカーに乗っている刑事は、なんとなくだけど霊獣っぽいなという雰囲気があった。
きっと霊獣には霊獣の刑事をぶつけているんだろう。
暴れられたりしたら人間じゃ歯が立たないから。
「どこ見てんだ?」
陰湿な刑事に顎を掴まれ、グイっと前を向かされる。
「防犯カメラにお前が映ってんだよ。」
「カメラ?」
「お前、社長室に侵入してただろ?」
「・・・・・・・・。」
「あんな場所にどっから入ったのか知らんが、間違いなくお前の顔だった。」
「その映像って見せてもらえますか?」
刑事がムスっとした顔で「おい」と部下を呼ぶ。
ノートパソコンを受け取り、「どうやんだこれ?」と尋ねていた。
部下に操作してもらいながら、「これだこれ」と画面を指さした。
「こりゃどう見てもお前だろうが。」
「・・・・・・・・。」
カメラの映像を見る。そして《編集済みか》と眉を歪めた。
霊獣が出てくるシーンは全てカットしてああった。
狼の背中に乗って社長室に入る瞬間、そして霊獣との戦闘シーンも。
もちろん俺が霊獣に変わる瞬間もだ。
ちょくちょくノイズが入って映像が飛んでいるのだ。
そこを指摘しても、ただ画像が乱れてるんだと反論されるだけだろう。
「ま、とりあえず署に行こうや。」
そう言って「出せ」と運転手に命じた。
しかし・・・・、
「あ、あれ・・・・?」
「どうした?」
「車が動かないんです。」
「なんだ?故障か。」
「そうじゃありません。なんか車体が浮いているような・・・・、」
「浮くって何を馬鹿なこと言って・・・・、」
アホらしいと言わんばかりの顔だったけど、だんだんと傾いていくパトカーに「おいおい!」と叫んだ。
「どうなってんだ!」
「分かりません!下から何かに持ち上げられてるような感じですが・・・・、」
「持ち上げるってお前・・・・重機でもなきゃ無理だぞ。」
周りを見渡す刑事、しかしどこにも重機なんてない。
「どうなってんだこりゃ・・・・」と呟いた時、パトカーは一気に持ち上がって、そのまま逆さまに倒れてしまった。
「ごふ!」
刑事は頭を打って気絶する。
運転手もパニくってもがいていた。
《チャンス!》
ドアを開け、急いで外に出る。
きっとチェリー君だ。
擬態を使い、上手くパトカーから逃げ出してみんなを助けてくれたに違いない。
「ありがとうチェリー君、助かったよ。」
そう言って振り返ると、目の前に一人の女が立っていた。
「あ・・・・・。」
驚き、恐怖、混乱・・・・頭が真っ白になり、息をすることさえ忘れてしまう。
「久しぶり〜、悠一君。」
語尾にハートマークでも付いてそうな甘ったるい声と喋り方。
ニコニコと笑っているけど、そのクセ目だけはぜったいに笑っていない。
・・・・戻ってきやがったのだ、地獄から・・・・。
恐れていたことが現実に・・・・・、
「あらあ、なあにその顔?小鳥みたいに怯えちゃってえ。カワイイ!」
両手でそっと頬を挟まれる。
顔を近づけられ、じっと見つめられた。
赤色の瞳はとても綺麗だけど、見ているだけで不安になるほど仄暗くもある。
「だ・・・・ダキニ・・・・。」
「やっと喋ってくれた。」
嬉しそうに微笑むけど、やはり目だけは笑っていない。
そう、コイツは怒っているのだ。
俺とたまきのせいで地獄に落ちたから。
でも過酷な地底での生活はもう終わり。
こうしてシャバに戻ってきたってことは・・・・、
「ずっと考えてたわあ、君とたまきのこと。一日たりとも忘れなかった。」
だんだんと声に殺気が宿ってくる・・・・。
口調こそ穏やかだけど、耳を塞ぎたくなるほど怖かった。
「地獄の生活ってね、ほんとにもう退屈で退屈で〜。私は死ぬほど退屈が嫌いなのに、君たちのせいで二年も我慢しなきゃいけなかったじゃない。」
ダキニはニンマリと笑って、「悪い子、め」と力を込めた。
俺の頬は押しつぶされた饅頭みたいにムギュウっとなって、顎の骨がメキメキっと軋んだ。
「でゅおうッ・・・・、」
「ほんとはあと二日地獄にいなきゃいけなかったんだけど、鬼たちに賄賂を渡して出てきちゃった。
ああ〜・・・・こうしてまた君に逢えるなんて嬉しいわあ。君もまた逢えて嬉しいでしょ?」
「む・・・・ぶぎゅうッ・・・・、」
痛い・・・・顎が外れそうだ。
ていうか顔そのものが潰れてしまうかも・・・・。
「こっちへ戻ってきてからね、すぐに君とたまきを捜したのよお。エボシ君って優秀な子のおかげで、すぐにどっちも見つけたわ。」
「ちょ・・・・ひゃめろ・・・・顔がちゅぶれる・・・・、」
「最初にどっちに逢いに行こうか迷ったんだけど、やっぱり君よねえ。なんたって人間のクセに私をあんな目に遭わせたんだからあ〜。もうね、お世辞抜きですごいって思ってるの。」
そう言ってふっと力を緩めた。
両手からスポンと顔が抜けて、ヘナヘナっと尻餅をついてしまった。
「まだ妖怪だった頃は人間に不覚を取ることもあったんだけどね〜。神様になってから不覚を取った人間は君だけ。後にも先にもきっと君だけよ。」
甘ったるい声が消えていき、だんだんと低く沈んでいく。
ピリピリと殺気が伝わってきて、周りの空気さえ歪んで見える。
もし俺が子供ならこの時点で失禁してるだろう。
「な、なんで・・・・いきなり俺のとこに・・・・、」
「だから言ったでしょ、後にも先にも私を地獄送りへしたのは君だけなのよ。もうね、プライドがズタズタ。この怒りと悲しみと屈辱、人間の君には分からないでしょ。」
赤色の目がより赤く染まり、真紅に輝いていく。
《こ、殺される!》
逃げようと背中を向けたけど、上手く立ち上がれない。
ていうか足が地面から浮いて・・・・、
「悠一君。」
「ひいッ・・・・、」
首根っこを掴まれ、軽々と持ち上げられる。
「そんな怖がらないで。」
「こ、怖いに決まってるだろ!俺を殺しに来たんだろ!?」
「今日は挨拶だけ。」
ニコっと笑い、俺を地面に落とす。
「いたッ・・・・、」
「シャバに出たばっかりだからね。あんまり派手なことは出来ないわ。」
「じゃ、じゃあ・・・・もう俺に関わらないってことだよな?」
「まさか。」
クスっと肩をすくめる。
人差し指を伸ばし、俺の顎をツイーっと撫で上げた。
「今はって言ったでしょ、今はって。」
「てことは・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「な、なんで黙るんだよ!」
「もちろんまた会いに来るわ。君が幸せ絶頂の時にね。」
「し、幸せの絶頂だって・・・・?」
「聞いたわよ、婚約したって。」
「な、なんでそれを!」
「情報なんてどこからでも入ってくるのよ。相手はたしかタヌキの霊獣なんでしょ?名前は小町舞。君の幼い頃の友達。」
「・・・・・・・・。」
ゾッとする・・・・。一番恐れていたことなのに。
「君も物好きよねえ。まさかタヌキの婚約者だなんて。あの子、たしか一昨年に君たちと一緒にいた子よね?」
「お・・・おい!言っとくけどな、マイちゃんに手え出したら許さないぞ!」
恐怖の中に怒りが沸いてくる。
抜けていた腰に力が戻ってきて、立ち上がって睨み返してやった。
「あの子はいっぱい苦労して、悲しい思いもしてる子なんだ。それを乗り越えていま幸せになろうとしてるのに・・・、」
「それそれ!」
嬉しそうに手を叩くので、「なにが!」と怒鳴ってやった。
「怯えるだけの小鳥を仕留めてもつまらない。そうやって誰かの為に熱くなってる方が・・・ねえ?楽しみが増すってものよ。」
「ぜったいにマイちゃんに手出しなんかさせないからな!少しでもちょっかい出してみろ、もう一度地獄に送り返してる!!」
「そういうの大歓迎よ。動物と話せるだけの君になにが出来るのか?楽しみにさせてもらうわ。」
本気で楽しそうに言って、クルっと背中を向ける。
「じゃ、今日はこれで。」
金色の長い髪を揺らしながら、ヒラヒラと手を振る。
「お、おい・・・・!」
「なに?」
笑みを残したまま冷淡な目で振り返る。
少しビクっとしたけど、「さっきこう言ったよな?」と尋ねた。
「シャバに出たばかりだから派手なことはしないって。」
「ええ。」
「だったら・・・・この件には関わらないってことだよな?」
「なにが?」
「お前なら全部知ってるはずだろ?この会社が妙な薬を作ってることくらい。」
そう言ってカグラの本社を指差すと、クスっと微笑んだ。
「それ、私の会社じゃないわ。」
「し、知ってるよ!でもお前はカマクラ家具の社長に戻るつもりなんだろ?だったら手を組んで悪さをするつもりなんじゃないのか?」
「いいえ、カマクラ家具には戻らない。」
「へ?戻らない?・・・・なんで?」
「地獄にいる間に色々考えてね。あの会社、もう飽きちゃったかなあって。」
「飽きるって・・・・代理の社長まで立てたのにか?」
「トヨウケヒメのことね。私の古い友人なんだけど・・・・悠一君は彼女に会ったみたいね。」
そう言って俺のポケットを指さした。
ここにはあのイヤリングが入っている。
「トヨウケヒメの霊力を感じるわ。彼女が誰かに贈り物をするなんて滅多にないことよ、君って本当に面白い子。」
一瞬だけ凶悪に顔が歪む。思わず目を背けてしまった・・・・。
「彼女に代理を頼んだのは、私のいない間に馬鹿どもが付け上がらないようにする為よ。」
「馬鹿ども?」
「いま君が揉めてる相手。伊藤と鬼神川、どっちも欲が深いからカマクラ家具まで自分の物にしようと企むかもしれないでしょ?
いくらいらない会社だからって、あんな奴らに荒らされるのは嫌だったのよ。だからトヨウケヒメに社長の椅子に座ってもらってただけ。」
「その為だけに代理を立てたのか・・・・・。」
「伊藤みたいなしょうもない男に、私の建てた会社を荒らされるなんてねえ・・・・地獄から脱獄してでも殺したくなっちゃうわ。
筋肉おバカさんの鬼神川なんかもっと殺したくなっちゃう。でもあんな奴らの為にわざわざ脱獄なんてのも面倒くさいじゃない?」
「なるほど・・・・よ〜く分かった。お前はやっぱりダキニなんだって。地獄から戻ってきてもなんにも変わっちゃいないんだな。」
少しは落ち着いたんじゃないかって、ほんのちょっとだけ期待してたんだけど、そんなのは有り得ないことだった。
だってコイツはダキニなんだから。変わるわけなんかないんだ。
「カマクラ家具に戻らないってことは、この件に関わる気はないってことでいいんだよな?」
再度尋ねると、「そうねえ〜」と甘ったるい口調に戻った。
「どうしよっかなあ〜。悠一君はどっちがお望み?」
「ふざけるなよ!・・・・まさかお前が黒幕じゃないよな?」
思い切ってぶつけてみる。
ダキニは「悠一君はどう思う〜?」と思わせぶりな表情だ。
「俺はお前が主犯だと思ってる。あの薬を使って、この世を霊獣の支配する世界に変えるつもりなんだろ?」
「う〜ん・・・半分正解ってとこかしらあ。」
「半分だって?」
「私が人間の世界に来るのは刺激があるから。別にこの世をどうこうしようなんて思ってるわけじゃないのよお。」
「じゃあ・・・・ほんとに黒幕じゃないんだな?」
「ふふふ、無関係ってわけでもないけどね。ただ伊藤や鬼神川と一緒にされちゃあ困るわあ。
私はこれでも稲荷の長なのよお?人間の世界をどうこうしようなんてレベルの低い発想はしないわ〜。」
・・・・言ってる意味が分からない。
いったいコイツは何を企んでいるんだろう。
「カグラの野望は私の知るところじゃないのよ〜。私の夢にも役立つかもしれないから、一枚噛んではいるけどお〜。」
「やっぱり!てことは俺たちの邪魔をするつもりだな?」
「さっきも言ったでしょ〜?シャバに戻ったばかりだから派手なことはしない〜って。悠一君ってば物覚えが悪くなっちゃったのかしら〜?」
クスクス笑っている。それが不気味だ・・・・。
「結局どうなんだよ?俺たちの邪魔をするのかしないのか?それだけ聞かせてくれないか?」
「うふふ、よっぽど私のことが怖いみたいねえ。そんなことで婚約者を守れるのかしら〜?」
「そ、それはいま関係ないだろ!俺が聞いてるのは・・・・、」
「そうカッカしないで。せっかちな男はモテないわよ〜。未来の奥さんに嫌われちゃうかもお。」
「余計なお世話だ!」
どんどん甘ったるい口調が強くなっていく。
これはこれでやりにくい・・・・・。
「今回の事件、矛盾してることがあるんだ。伊藤はこの世から霊獣を葬ろうとしているのに、鬼神川たちの目的はその逆だ。
これってどう考えてもおかしい。・・・・やっぱりお前が関わってるんじゃないのか?」
「もう悠一君ったらあ。なんでもかんでも私を疑って、心外だわあ。」
あっけらかんと笑っている。
きっと喜んでいるんだろう。疑うってことは、自分を恐れているってことだから。
「はっきり言うけど、私はなんにもしてないわ〜。伊藤には伊藤の思惑があって、鬼神川には鬼神川の思惑があるってだけよ〜。
目的が異なっても、手段が似てるなら途中まで共闘することは不思議じゃないわあ。」
「手段が似てる・・・・?」
「カグラの開発した薬よお。あれは使いようによっては霊獣にとって有利にも不利にもなるわあ。」
「まあ・・・たしかにそうかもしれない。新薬は簡単に霊獣を生み出せるけど、例の薬は霊獣を霊獣でなくしてしまうから。」
「伊藤と鬼神川は互いに利用しあってるわあ。最後に相手を化かすのはどっちか?面白いゲームよねえ。」
「ゲームって・・・・こんな大事になってるのにゲームなわけが・・・・、」
「だって見てる分には面白いじゃない〜。ま、どっちが勝っても私にはなんの影響もないしい。」
「影響がない?だって伊藤が勝ったらこの世から霊獣が消えるんだぞ。そうすればお前だって・・・・、」
「消えるって?・・・・ぶふ!あははははは!!」
腹を抱えて笑っている。目に涙を浮かべながら。
「君ってほんとに面白い子ね〜。」
怪力でグリグリと頭を撫で回される。
「痛だだだだだ!」
「君ならもう知ってるでしょ?この世には至る所に霊獣がいるわ。それを全て消そうなんて無理な話だと思わない?」
また沈んだ声に戻っている。
真紅の瞳の奥に、仄暗い井戸のような不気味さを滲ませながら。
「それにね、伊藤ごときに殺られるようなタマなら、地獄で鬼どもをコキ使って放蕩生活を送れないわよ。」
指先で俺の顎を掴み、クイっと持ち上げる。
「だからこそムカついてんの〜。たまきに不覚を取るのはまだしも・・・・テメエごとき人間に土付けられたことがよおおおおおお!!」
顎を掴んでいた手を離し、今度は首を掴まれる。
ほんの一瞬で意識が遠のきそうになって、タップすることすら出来なかった。
ブクブクっと口から泡が出てくる。
ダキニは「あらいけない」と言って手を離した。
「ごめんねえ〜、ついカっとなっちゃってえ。」
「ごふッ・・・・げほ!」
首を押さえながら屈んでいると、「痛いの痛いの飛んでいけ〜」と背中をポンポンされた。
「君には元気でいてもらわないとねえ。タヌキの婚約者と幸せになるまでは・・・・。」
顔を近づけ、妖しく瞳を輝かせる。
「たまきにも挨拶に行かないといけないから、今日はこれでね。」
長い髪を翻し、「またね〜」と背中越しに手を振った。
俺は呆然とそれを見送ることしか出来ない。
「・・・・・・・あ。」
ふと我に反る。
周りを見渡すと、全てのパトカーがひっくり返っていた。
大勢いた警官もみんな気絶している。
そしてアカリさんたちは・・・・・、
「な、何してるんですか・・・・?」
みんな植え込みの陰に隠れていた。
ブルブル震えながらこっちを見ている。
「もう帰りましたよ。」
アカリさんを筆頭にゆっくりと出てくる。
みんな冷や汗がダラダラで、「ふう〜・・・」っと額を拭っていた。
「ああ、怖かった・・・・まさかいきなり現れるなんて。」
「ヒドイじゃないですか。見てたんなら助けて下さいよ。」
「馬鹿言わないで。命が幾つあっても足りないわよ。」
鳥肌を立てながら腕をさすっている。
モンブランも「そうよ」と頷いた。
「だいたい悠一は鈍間すぎるわ。前だって一人だけ逃げ遅れてたし。」
「お前らも俺を見捨てたのか・・・。こりゃしばらく餌抜きにしないとな。」
そう言うと「やいやい!」とマサカリが怒った。
「餌抜きってのはどういうことでい!」
「そのまんまの意味だよ。お前らは薄情だ。」
「へん!相手はあのダキニだぜ。ビビらねえ方がどうかしてんだ。」
偉そうにふんぞり返っている。うん、やっぱりしばらく飯抜きにしよう。
「ねえ?ちょっといいかしら。」
マリナが手を挙げる。
「どうした?」
「ツムギ君の元気がなくなっちゃったみたい。」
「元気がないって・・・そんなに怖かったのか?」
「そうじゃないわ。ダキニに嫌われちゃったって落ち込んでるの。」
もぐもぐバナナを食べながら、「可哀想にねえ」と頭を撫でている。
「・・・・・・・・。」
「ほんとに元気がないな。大丈夫?」
「ツムギ君ってダキニのこと大好きだったでしょ。なのにダキニ様!って近づいていった瞬間、『誰アナタ?』ってすごい冷たい目で言われたの。
僕です!ツムギです!って言っても、『知らないわ』って。『気安く話しかけないでくれる?』って、シッシって追い払われたの。」
「そりゃたしかに傷つくな。」
ツムギ君は誰よりもダキニを慕っていた。
ウズメさんに反発心を抱くのもその為なのだ。
マリナが「よしよし」と慰めると、「いいんですよ、僕が悪いんだから・・・」と泣きそうだ。
「僕はダキニ様に忠誠を誓っていたんです。なのに有川なんかに手を貸してるもんだから、お怒りを買ってしまったんだ・・・・。」
「ツムギ君・・・・。」
「今回だけじゃない。去年にも手を貸したことがあった・・・・。」
「覚えてるよ。去年の秋に龍と揉めた時のことだよな?あの時はウズメさんを呼んで来てくれて助かった。君がいなきゃどうなってたか分からない。」
「有川に手を貸し、ウズメに助力を願い・・・・ああ!僕は最低だ!!これじゃダキニ様に嫌われても仕方ない!!」
頭を抱え、キツネみたいな声で泣き出す。
ロッキー君が「なんか知らないけど元気出せよ」と肩を叩き、ヒッキー君が「飴ちゃんいるか?」と気を遣っていた。
それでも泣き止まないので、マリナが「バナナいる?」と一本差し出した。
ツムギ君は泣きながらも「マリナさん・・・」と感激し、パクリと頬張っていた。
チュウベエが「マリナってけっこう男の扱い上手いな」と呟くので、「どっちかっていうと子供の扱いだと思うぞ」と返した。
ケンケン泣くツムギ君の背中を見つめていると、「なあよお」と誰かに背中をつつかれた。
振り返ると、ヌウっとチェリー君の姿が浮かび上がってきた。
「擬態して隠れてたの?」
「まあな。ありゃおっかねえ。ぜったいに喧嘩したくないぜ。」
彼まで鳥肌を立てている。「アンタ、よくあんなのと揉めて生きてたな」と、感心とも呆れともつかない様子で言われた。
「自分でもそう思うよ。」
「あんなおっかねえ奴とやり合うのはゴメンだぜ。」
「心配しなくてもそんな事にはならないよ。」
「ほんとかよ?」
「シャバに戻ってきたばっかりで、あんまり派手なことは出来ないってさ。」
「じゃあアイツはこの件には関わってこないんだな?」
「さあ?」
「おいおい、さっき心配すんなって言ったじゃねえか。」
「アイツの狙いは俺だよ。君に危害はない・・・・多分。」
「なんか頼りねえなあ。」
ポリポリとリーゼントを掻きながら顔をしかめている。
俺は「どうしても怖いならここで降りてもいいよ」と言った。
「無理強いなんて出来ないから・・・・、」
「ふん!今さら降りたってしょうがねえだろ。最後まで付き合ってやるよ。」
シュっとリーゼントを撫で付け、カグラのビルを見上げる。
「さっさと行こうぜ。お巡りどもが寝てるうちによ。」
堂々と向かっていくチェリー君。
この事件も佳境へ差し掛かっている、そんな気がする。
季節外れの冷たい風に目を細めた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第十八話 偽り(2)

  • 2019.04.25 Thursday
  • 11:57

JUGEMテーマ:自作小説

「てめえ!」
こがねの湯の事務所で管の胸ぐらを掴み上げる。
「本当か?本当にそんなことしたのか!」
相手は霊獣、俺が本気で掴んだところでビクともしない。
それでも力いっぱい捻り上げた。
御神さんが「ちょっと落ち着いて」と止めるけど、「落ち着けるわけないでしょ!」と叫んだ。
「お前、今の話はほんとなのか?一から十まで全部ホントなのかよ!!」
「ああ。」
そう言って首から掛けたタオルで濡れた頭を吹いていた。
「真面目に答えろ!」
拳を振り上げると、「やめなさいって」と御神さんに掴まれた。
「怒る気持ちは分かるけど殴ったって仕方ないわ。」
「御神さんはなんとも思わないんですか!コイツ・・・・翔子さんを酷い目に遭わせたのに・・・・、」
俺は管を睨みつける。
コイツはやっぱり隠し事をしてやがった。
俺たちに取り入って身を守る為には、どうしても言えないことがあったのだ。
「翔子さんがタカイデ・ココに捕まってる時、コイツは襲うとしたんですよ!」
「知ってるわよ、一緒に聞いてたんだから。」
「だったらなんで・・・・、」
「ブン殴るのはいつでも出来る。それよりも今は・・・・、」
そう言って「管さん、もう一度確認するわね」と冷静な目を向けた。
「社長室には隠し部屋があって、そこに翔子ちゃんが捕らわれてるのよね?」
「ああ。」
「その隠し部屋のさらに奥は稲荷の世界に繋がっていて、伊藤はそっちにいると。」
「多分な。社長室にいないならそこしか考えられない。」
「それ、とっても大事な情報よね?なのに私たちに教えてくれなかったのは、喋ったら自分にとって不都合になるから。」
「ああ・・・・・。」
「工場にいるなんて最初からウソだったのね?」
「あの工場は薬を量産する為に建てられたんだ。まだ稼働していないが、いずれはあそこで大量に生産する予定だった。そんな場所に人質を捕らえたりはしない。」
「翔子ちゃんを助けたら、あなたが彼女を襲おうとしたことがバレてしまう。だから工場にいるなんて嘘をついた、そういうことね?」
「・・・・・ああ。」
バツが悪そうに頷いている。
御神さんの言う通り、コイツはウソをついていたのだ。
翔子さんを酷い目に遭わせたなんて知られたら、ここを追い出されるから・・・・、
「なあお前。」
「なんだ?」
「本当に・・・・本当に襲おうとしただけなんだよな?」
「そう言っただろ。」
「今度ウソついたらどうなるか分かってるんだろうな?」
「襲おうと手を掛けた瞬間、テーブルの上にあった果物ナイフで切りかかってきやがった。
でも歯が立たないと見たのか、次は自分の首を突き刺そうとしたんだ。人質に死なれちゃマズいから、そこで手を出すのをやめた。」
「てことは多少は襲ったってことじゃないのかよ。」
「服は破けてた。でもそれ以上は・・・・、」
「やっぱ手え出してんじゃねえかこの野郎!」
思いっきりブン殴る。
しかし人間のパンチじゃダメージは与えられなかった。
それどころかこっちの拳がジンジン痛む。
「誰か銃もってないか?ケツの穴にブチ込んでやる!」
こんな野郎、タダですますわけにはいかない。
「誰かもってないのか!」と叫ぶと、「じゃあコイツで」とチェリー君が前に出てきた。
「コイツでって・・・・銃は?」
「んなもんよりこっちの方が効くぜ。」
手を上げ、グっと拳を握る。
そして霊獣の姿に変化した。
なるほど、たしかに霊獣の拳骨の方が強力だ。
できれば自分で殴りたいけど、俺じゃ意味がない。
ここは彼にお願いすることにした。
「ようオッサン、歯あ食いしばんな。」
「・・・・本気でやるつもりか?」
「たりめえだろ。」
「ふざけるな!」
「ああ?」
「たしかにちょっとはウソをついていたが、それ以上にたくさんの有益な情報を教えてやったはずだ!黙って殴られる筋合いはない!」
そう言って管も稲荷に変化しようとした。
しかしアカリさんが「そこまで」と止めた。
「ケンカするっていうなら、ここにいる全員を敵に回すわよ?」
アカリさん、ロッキー君、ヒッキー君。
みんな霊獣に変化する。
モンブランたちも怖い目をしながら詰め寄っていった。
「アンタ最低!よくも親友の大事な人を・・・・。」
「ねえ、この人にもバズーカ撃ち込んでいい?」
全員から睨まれ、「ちょ、ちょっと待ってくれ!」と変化をやめた。
「ウソをついてたことは謝る!でも悪気はなかったんだ!!」
「あああん?」
チェリー君が詰め寄る。リーゼントがくっ付くほどの距離でメンチを切った。
「そ、そんな怒らないで・・・・、」
「怒るかどうかはこっちが決めんだよ。」
「ち、違うんだ!俺はただ鬼神川から身を守りたかっただけで・・・・、」
「じゃあ鬼神川の指示か?」
「え?」
「翔子とかいう女を襲ったのは鬼神川の指示なのかって聞いてんだよ!」
胸ぐらを捻り上げる。
人間の姿のままの管は軽々と持ち上げられていた。
「それはその・・・・、」
「テメエが勝手に襲おうとしたんじゃねえのかよ?」
「いや・・・ほんとにその・・・・、」
「ゴニョゴニョ言ってねえで答えろや!」
ヒッキー君とロッキー君も詰め寄ってメンチを切る。
管は「き、鬼神川に言われて!」と叫んだ。
「アイツに命令されたんだ!俺は嫌だったのに・・・・。」
「本当だろうな?」
「ほ、本当本当!」
「だったらテメエ、なんで途中で襲うのやめたんだよ。」
「は、はい・・・・?」
「鬼神川の命令には逆らえねえはずだろ?」
「だ、だからそれは・・・・、」
「アイツに逆らったらぶっ殺されるんだろ?だったらよお、保身のことしか考えてねえチンケな野郎が、途中でやめるはずねえだろうがよお!!」
グワングワンと揺さぶっている。
管は右に左に揺れながら「ひいいい!」と叫んだ。
「俺はよお、テメエみてえなコウモリ野郎が大ッ嫌れえなんだよ!!」
チェリー君のコウモリ嫌いには理由がある。
大事なお姉さんを傷つけた元彼がコウモリの霊獣だったからだ。
しかも今はまたヨリを戻している。
チェリー君として面白くないだろう。
モンブランが小声で「相変わらずシスコンねえ・・・」とささやいた。
「おいアンタ!」
俺を振り向き、「何発やってほしい?」と拳を握った。
「10発でも20発でも好きなだけ殴ってやるぜ。」
「そうだな、じゃあ100発で。」
「サンドバッグにしちまえってか。いいねえ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!そんなに殴られたら身がもたな・・・・、」
「うるせえ!ぶっ殺すぞ!!」
「ひいいい・・・・、」
目を背けながら怯えている。
しかし同情なんて出来ない。
ウソをついて俺たちを騙し、挙句に翔子さんまで傷つけたなんて・・・・万死に値する!
「チェリー君!遠慮なくやっちゃってくれ!!」
「おうよ!」
漬物石みたいなゴツイ拳を振り上げる。
「やめてくれ!」と怯える管、「うるせえ!」とチェリー君の拳が振り下ろされた時、「待って!」と誰かが止めに入った。
「許してあげて下さい!」
イタチみたいな霊獣が管を守るように立ちはだかる。
「なんだテメエは?」
ギロっと睨むチェリー君。
モンブランが「そいつ私たちが捕まえた追っ手よ」と言った。
「追っ手?」
「ほら、浴室にいた。」
「・・・・ああ、てことは管の仲間か。」
事務所に続々と仲間の霊獣が入ってくる。そして動物たちも。
霊獣たちは「許してやって下さい!」と土下座した。
「酷いところもあるけど、良いところだってあるんです。」
「こう見えて私たちには優しくて・・・・。」
「面倒見のいい人なんです。ミスした時も庇ってくれたりして・・・・。この人がいなきゃ、俺たちの中の何人かは鬼神川に殺されてたかもしれません。」
事務所がいっぱいになるほどの霊獣たちが頭を下げている。
チェリー君は困惑しながら俺を振り返った。
「どうするよこれ?」
「どうするもこうするも・・・・、」
「私たち本当は人間じゃないんです!」
「え?」
「新薬で霊獣になったなんてウソで、最初から霊獣なんです!」
「そ、そうなの?」
「元々が人間だったら、例の薬でただの動物に戻ったりはしません。」
そう言って仲間の動物たちを振り返った。
「言われてみれば。じゃあなんで管はアンタたちが元人間なんてウソを?」
「その方が同情を買えるから・・・・。」
「同情?」
「カグラを追われた私たちに行くあてはありません。ここを追い出されたらもう・・・・、」
「つまり元人間ってことにしとけば、俺たちが簡単に見捨てたりしないだろうってことか?」
「はい。」
「じゃあ・・・・本当は霊獣なんだな?」
「そうです。管さんは酷いところもあるけど、私たちには優しかった。
鬼神川のせいで苦労してきた人だから、自分は部下に対して同じことはしないっていつも言ってて・・・。
だから許してあげてほしいんです!そもそも北川翔子を誘拐しようって言い出したのは鬼神川なんです!アイツが一番ヒドい奴なんです!」
みんな一斉に「お願いします!」と叫ぶ。
こんな大勢に土下座されたら・・・・どうしたらいいんだ。
「なあアンタ、早く決めてくれよ。」
チェリー君がイライラしながら言う。
「この野郎をボコるのか?それとも見逃してやんのか。」
「・・・・見逃すことは出来ないよ。悪いことたくさんしてんだから。でも今ブン殴るのはやめとこう。その代わり・・・・、」
管に詰め寄り、「手を貸してほしいことがあるんだ」と言った。
「あのさ・・・・、」
「か、カグラに行くとかは嫌だぞ!」
めちゃくちゃビビってる。「それなら100発ブン殴られた方がマシだ!」と首を振った。
「鬼神川の所に戻るのだけはぜったいに・・・・、」
「違うって。動物たちの里親探しをしてやってほしいんだ。」
「さ、里親・・・・?」
キョトンとしているので、「実はさ・・・」と説明した。
アナグマ医師の病院に、例の薬の被害者を預けたままなのである。
みんな人間に捨てられた動物たちだ。
俺が里親を探してやるって約束してたんだけど、この状況だと今すぐには難しい。
かといってこれ以上放っておけば約束を違えることになる。
「アンタなら適任じゃないかと思ってさ。」
「なんで俺が・・・・。」
「だって見ろよ、こんなに大勢の霊獣がアンタを慕ってる。翔子さんを傷つけたことは許せないけど、でも悪い面ばかりじゃないんだろ?
アンタなら困ってる動物の為に親身になってくれるはずだ。」
管はなんとも言えない顔で固まっている。
すると「やりましょうよ!」と部下の霊獣が立ち上がった。
「それで許してもらえるなら!」
「いやしかし・・・・里親なんてそう簡単に見つかるものじゃ・・・・、」
「私たちも協力しますから!」
「お前たちが?」
「霊獣だからこそ人間と動物、両方の気持ちが分かるんじゃないですか。私たちならきっと里親を見つけられますよ!」
そう言って「ね!」と仲間を振り返った。
みんな頷き、「もし無理だったら俺たちで引き取りましょう」とまで言った。
「霊獣だって元々は普通の動物だったんです。人間のせいで困ってる奴らを見捨てておけませんよ。」
「そうですよ。それにカグラは動物実験だってしてたんです。本当なら霊獣は動物の味方じゃないといけないのに・・・・。
里親を見つけてあげることが出来れば、ちょっとは罪滅ぼしになるかも。」
みんなで「やりましょう!」と詰め寄る。
管は俺を振り向き、「引き受けたらここに置いてくれるのか?」と尋ねた。
「ああ。ただし全員の里親を見つけられたらな。」
「・・・・・・・。」
「もし約束を守ってくれたら、俺からもウズメさんにお願いしてみるよ。アンタとここにいる霊獣たちを、こがねの湯で雇ってやってくれないかって。」
「・・・・本当に?」
「約束する。ただし翔子さんが許してくれるかどうかは別だけどな。事が終わったら俺も何発かブン殴らせてもらう。」
少し迷っているようだったが、周りから「管さん!」と迫られて「分かったよ・・・・」と頷いた。
「捨てられた動物たちの里親探し、引き受けよう。」
「ほんとか!」
「今さらウソはつかん。で、どこへ行けばいいんだ?」
「アナグマ動物病院って所があるんだ。いま地図を描くから・・・・、」
その辺にあった紙切れにササっとペンを走らせ、管の手に握らせた。
「頼んだぞ。」
「必ず全ての動物を助けてみせよう。でも・・・・いいのか?」
「なにが?」
「アンタたちはまたカグラに乗り込む気でいるんだろう?」
「もちろん。あの会社をぶっ潰さない限り同じような事件が起こるからな。」
「ほんとは俺に案内を頼みたいはずなんだろ?」
「いやいや、アンタの案内なんかなくたって・・・・・、」
「そうはいかないはずだ。社長室の隠し部屋、そしてその奥にある稲荷の世界。アンタらにとっちゃ初めて行く場所だろ?だったら案内人が欲しいはずだ。」
「そりゃ案内人がいるのに越したことはないけど、無理矢理連れてくわけにはいかないよ。」
「もちろん俺は行きたくない。その代わりといっちゃなんだが、これをやるよ。」
ポケットに手を突っ込み、小さな勾玉を取り出した。
ほんのりと青く光っている。
「これは?」
「近くに力の強い霊獣がいると反応するんだ。身を守るのに役立つぞ。」
「へえ。・・・・あ!実は俺も似たようなの持ってるんだ。」
ポケットを漁り、勾玉のような形をしたイヤリングを取り出した。
「ほらこれ。カマクラ家具の社長、トヨウケヒメからもらったんだ。」
「なッ・・・・・トヨウケヒメ様からだと!」
「落ち着ける神社を探してあげたらこれをくれたよ。」
「あの御方から直接もらったっていうのか・・・・。」
すごい驚いている。目を見開いてイヤリングを睨んでいた。
「信じられん、トヨウケヒメ様が人間ごときに・・・・。アンタ、そうとう気に入られることしたんだな。」
「別に特別なことは何も。ただ落ち着ける場所を一緒に探してあげただけで・・・・、」
「その程度でお礼を下さるような御方じゃないぞ。なにかトヨウケヒメ様の琴線に触れるようなことがあったんだろう。」
信じられないといった様子で見つめている。
そして「そんなモンを持ってるなら俺のはいらんな」と引っ込めた。
「こっちよりもそのイヤリングの方がよっぽど上等だ。」
「これさ、具体的にどんな効果があるの?」
「いま一番会いたい奴の居場所を指してくれる。」
「でも翔子さんに会いたいって願っても会えなかったぞ。代わりにもう一人の伊藤に会ったけど。」
「そうなのか?じゃあおそらくアレだな、あらかじめトヨウケヒメ様が伊藤をイメージしていたんだろう。」
「なるほど。先に別のイメージが入ってたのか。」
「逆もいけるぞ。一番会いたくない相手を思い浮かべれば、そいつのいる方角を指してくれる。近くにいたら激しく光るしな。」
「へえ、すごい便利だな。」
「そんないいモン持ってるならすぐに使え。北川翔子に会いたいと念じれば、居場所の方角を指してくれるはずだ。」
「マジで!じゃあすぐやってみる。」
頭に翔子さんを思い浮かべる。
でもウンともスンとも言わなかった。
「あれ?なんにも反応しないぞ。」
「どれ・・・。ああ、だったらこっちにはいないってことだ。」
「こっち?」
「人間の世界だ。きっと稲荷の世界に連れて行かれたんだろう。」
「てことは・・・・、」
「間違いなく社長室の隠し部屋、その奥にある稲荷の世界にいるはずだ。伊藤社長と一緒にな。」
「そっか・・・・。翔子さん、きっと助けを待ってるはずだ。すぐに行かないと。」
イヤリングをポケットに戻し、「みんな行こう!」と駆け出す。
するとモンブランが「ねえ?」と管に近づいていった。
「それ、私にちょうだい。」
ニコニコしながら手を出している。
「ちょうだいって・・・・さっきの勾玉をか?」
「だってくれるつもりだったんでしょ?」
「いや、別にアンタにやるとは言ってな・・・・、」
「いい?私は悠一の飼い猫なの。主人の物は私の物なのよ。」
《お前はジャイアンか!》
コイツの図々しさには恐れ入る。
管は「はあ・・・」と呟き、「そんなに欲しいなら」と手渡した。
「やった!見てみて!これすごい綺麗!!」
喜ぶモンブランだったが、管は「でも危険な代物でもあるぞ」と言った。
「危険?どうして?」
「あんまり使いすぎると破裂して飛び散るからな。」
「破裂!」
「近くで破裂したら霊獣でも大怪我をするほどだ。人間や動物なら即あの世逝きだ。」
「・・・・・・・。」
モンブランは俺を見る。俺もモンブランを見つめながら、「そんなリスクがあったなんて・・・」と怖くなった。
「いやいや、アンタのは大丈夫だ。」
「そ、そうなの・・・・?」
「言っただろ、トヨウケヒメ様のやつは上等だと。俺の持ってる物とはわけが違う。」
「なら破裂する心配はないんだな。」
「ある。」
「ええ!じゃあやっぱり危険じゃないか・・・・。」
「耐久性が違う。ちょっとやそっとじゃ破裂なんてしないから安心しろ。」
「そんなこと言われてもなあ・・・・、」
なんか急に使いたくなくなってきた。
管は「心配しなくても平気だ」と言うけど、どんな事にも万が一ってのがある。
「本当に必要な時だけ使うことにしよう。」
ちなみにモンブランは「私いらない」と突き返していた。
「よく見たらそんなにオシャレじゃないし。」
「素直に怖いからって言えよ。」
マサカリにツッコまれて「ふん!」とそっぽを向いた。
《これ、そんなに凄いモンだったのか。》
すごい得した気分な反面、破裂したらどうしようって恐怖もある。
するとアカリさんが「あんたさ・・・」と口を開いた。
「たまきの弟子な上に、ウズメさんに気に入られるわ、もう一人の伊藤からも気に掛けられるわ、その上にトヨウケヒメ様からもそんなの貰ってたなんて・・・・。
どんだけ大物に好かれる奴なのよ。」
呆れた様子で言うので、「自分でも分かりませんよ」と返した。
「その運、ちょっと私にも分けて欲しいわ。」
「そう言われても・・・・、」
「ほんと周りにだけは恵まれてるわよね、周りにだけは。」
「自分でもそう思います。ツムギ君にロッキー君にヒッキー君、それにアカリさん。みんなに手を貸してもらえて感謝してます。
俺だけだったらとうにこの世にいないかもしれないですから。」
そう言って笑うと、「それよそれ」と指をさされた。
「ほんと笑顔だけは人懐っこいんだから。アンタは女たらしならぬ、動物たらしというか霊獣たらしね。」
嫌味のつもりで言ってるんだろうけど、俺としては褒め言葉だ。
なんたって俺は動物探偵なんだ。動物や霊獣に好かれるの悪いことじゃない。
ちょっと嬉しくなっていると、マサカリに「女にはモテねえけどな」と冷や水をさされた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第十七話 偽り(1)

  • 2019.04.24 Wednesday
  • 12:27

JUGEMテーマ:自作小説

カグラを潰すのは無理だった
あと一歩のところで鬼神川が帰って来てしまったからだ。
ウズメさんのおかげで命は助かったけど、ノコノコ逃げるしかなかったのは悔しい。
今はこがねの湯の事務所でカグラでの出来事を振り返っている。
まあ要するに反省会みたいなものなんだけど、次へ繋がる有益な意見は誰の口からも出てこなかった。
暗い顔をしながらロッキー君が言う。
「鬼神川が戻ってきたんじゃあなあ。」
ヒッキー君も「アイツは恐ろしい奴だ」と頷く。
「元々強いくせにさらに強くなるとはな。こんなの反則みたいなものだ。」
「だよな。まさか霊獣が霊獣と契約するなんて。」
二人して丸くなり、肩を寄せ合っている。
いきなり鬼神川が出てきたことがよっぽど怖かったんだろう。
「アカリさん。」
「なに?」
「鬼神川が言ってたことって本当なんですかね?霊獣が霊獣と契約だなんて・・・・。」
「私もそんなの初耳よ。でも実際に鬼神川は強くなってたわ。伊藤の弾丸も致命傷にならないくらいにね。」
「狼の霊獣と契約したから、狼の血で作られた弾丸も効かなくなったってことなんですかね?」
「かもね、詳しいことは分からないけど。」
「ウズメさん・・・・まさか負けたりしませんよね?」
心配だった。
ウズメさんが強いのは重々知ってるし、なにより今はパワーアップしている。
相手が並の霊獣ならまず負けないだろうけど・・・・。
「鬼神川とタイマンするってけっこう危ないような・・・・。」
「タイマンとは限らないわ。」
「え?」
「だってアイツの神社で戦うんでしょ?てことはアウェーになる。神社を使ってワープすれば鬼神川の家だもん。もしかしたら大勢の敵が待ち構えてるかも。」
「そんな!だったら助けに行かないと!!」
「行ってどうするのよ?」
「どうするって・・・・、」
「私たちが行っても足手まといになるだけよ。それに今は鬼神川の直属の部下がカグラを守ってるんでしょ?
私たちが戦った雑魚とはわけが違うわ。ウズメさんの所に辿り着く前にやられちゃうわよ。」
「なら・・・・どうすれば・・・・、」
「なんでも私に聞かないでよ。」
「ですよね、すいません・・・・。」
アカリさんだって内心は俺と一緒なのだ。
でもいい考えが思いつかずに焦っている。
俺は浮かない顔を上げ、どうしたものかと考えた。
視線の先にはマサカリたちがいて、ガツガツと飯をがっついている。
さっきまでドンパチやってたのによく食えるものだ。
ツムギ君は相変わらずマリナにデレデレだし、今この場で冷静なのは御神さんくらいだろう。
真剣な顔でさっき撮った写真を確認していた。
「良い記事になるわ。」
ニンマリ笑いながら、紙パックのジュースをチューっと吸っている。
すると事務所のドアが開いて源ちゃんが入ってきた。
「どうぞ」と言いながら缶コーヒーをみんなの前に置いていく。
「ありがとう」と頂く。
プルタブを開け、チビリと一口舐めた。
「またまた大変な目に遭われましたな。まさかカグラの新薬で霊獣になってしまうとは。」
大きな身体を揺らしながら苦笑いしている。
俺は「ほんとにね」と頷くしかなかった。
「しかしアレですな。有川さんたちの話を聞く限り、カグラは焦っているようにも思えますな。」
「焦る?」
「新薬の開発、鬼神川の契約、そして伊藤・・・・。あの男、普段は社長室から動かないはずなんですが、今は行方が分からんのでしょう?」
「そうなんだよ。もう一人の伊藤も無事なのか分からないし。」
「カグラにとって今までにない事態が起きているのかもしれませんな。」
「そりゃそうだよ。俺たちが乗り込んで暴れたんだから。こんなの初めてだと思うよ。」
「いえ、もっと他にという意味です。」
「例えばどんな?」
「そうですなあ・・・・。」
顎に手を当てながら考えている。
俺もちょっとばかし考えてみた。
《カグラ・・・・っていうか、伊藤と鬼神川が焦るような出来事か。なんだろう?相当な事がないと焦ったりしない連中だから、それなりの理由があるはずだ。》
色々考えたけど、これといったものが思い浮かばない。
《まさかたまきが脅してるとか?これ以上悪さをしたらボコボコにするぞって。・・・・いや、ないか。そういうことするタイプじゃないからな。》
鬼神川は一度たまきにボコられている。
でもパワーアップした今なら負けないみたいな言い方をしていた。
《ていうかなんで霊獣と契約してまでパワーアップしたんだろう?契約ってそれなりのリスクがあるはずだよな?
鬼神川ほどの奴がそうまでして恐れる相手って、たまきくらいしか思いつかないけど・・・・・、》
そこまで考えてピンと閃いた。
《いや、いた!たまきとタメ張るくらい強い奴が。しかもたまきよりももっと怖い性格してる奴が。》
何気なく横を見ると、アカリさんと目が合ってしまった。
向こうも神妙な顔をしている。
目に大きな不安を宿しながら。
アカリさんの瞳に映った俺も似たような表情をしていた。
きっと考えてることは一緒なんだ。俺たちはコクリと頷き合った。
「ダキニだな。」
「ダキニ様ね。」
そう答えると同時に、源ちゃんも「やはりそう思いますか」と頷いた。
「ていうかそれしか考えられない。」
「きっと思ってたよりも早く戻ってくることになったんじゃないかしら?ていうかもう戻って来てるのかも。」
「私もその可能性は高いと踏んどります。でなければ伊藤と鬼神川が焦ったりはせんでしょう。」
「ダキニが・・・・もう戻って来てる。」
ゾっとした。
もしそうだとしたら、いつ俺たちの前に現れるか分からない。
いや、すでに俺たちの行動を見通していたりして・・・・。
「鬼神川がリスクを背負ってまで強くなったのはダキニに対抗する為・・・・そう考えるなら納得できる。」
「たしかにね。あの御方がこの件を放っておくわけがないだろうから。」
「そもそも黒幕はダキニじゃないかと思ってるんですよ。伊藤が霊獣を恨むようになったのもアイツのせいだし。」
「でもダキニ様は地獄に幽閉されてたのよ?ここまでのことが出来るかしら?」
「いやいや、あのダキニですよ?アカリさんだってその怖さはよく知ってるはずでしょう。」
「・・・・否定できないのが怖いところね。」
二人して不安になる。
源ちゃんが「まだそう決まったわけではありません」と言った。
「あくまで可能性です。」
「でもその可能性は高いって言ったじゃんか。」
「可能性は可能性です。私は刑事ですからな、確かなモノがなけりゃ断定は出来ません。」
そう言ってハンガーに掛けてある上着を羽織った。
「どこか行くの?」
「調べてみます。」
「なにを?」
「ダキニが戻って来ているのかどうか。」
「ええ!やめた方がいいって。」
立ち上がって止めようとすると、アカリさんも「同感」と言った。
「もし戻って来てたら何されるか分からないわよ。」
「そうだよ。源ちゃんだってダキニがどういう奴かくらい知ってるだろ?」
「どういう奴か知っているからこそ、じっとしているわけにはいかんのですよ。」
「でも猫又が手に負える相手じゃ・・・・、」
「なにも喧嘩をしようってわけじゃありません。ただ調べるだけですよ。」
上着を翻し、「なにか分かったら連絡します」と出て行った。
「大丈夫かな・・・・。」
腕利きの刑事ではあるけど、相手が相手だけに心配だ。
「ねえ悠一君?」
御神さんが手を挙げる。
「なんですか?」と尋ねると「管はどこ?」と言った。
「ああ、そういえば・・・・、」
ここへ帰って来てから一度も見ていない。
まさか逃げ出したとか?
「さっき浴室で見たぞ。」
チュウベエが言う。
「浴室?」
「モップ持って掃除してた。」
「掃除?なんで?」
「さあ?本人に聞いてみれば。」
そう言って「ミルワーム丼お代わり!」と叫んだ。
いったいどこの誰がこんなモン作っているのか分からないけど、あえてツッコむまい。
とにかく管のところに行ってみよう。
事務所を出て行こうとすると、「あ、私も行く」とマリナがついて来た。
「ここにいろよ。」
「だって暇なんだもの。バナナはもう食べちゃったし。」
ゲフウ!と大きなお腹をさすっている。
するとツムギ君が「僕もお供します!」と立ち上がった。
「マリナさんを守るのは僕の役目!あ、これ新しいバナナです。」
「あら、ありがとう。」
早速モグモグしている。太っても知らんぞ。
二人を引き連れながらバックヤードを抜け、脱衣所を越えて浴室に入る。
ここには捕まえた追っ手の霊獣を何人も縛ってあるのだ。
みんな恨めしそうな目で睨んでくるだろうなあ・・・・・と思っていたんだけど、なぜか笑顔だった。
ていうか縛っていた鎖が解けている。
しかもみんなでモップを持って床掃除をしいていて、頭の中が「?」で埋め尽くされた。
「なにをしてるんだコイツら。」
呆気に取らていると、奥の方から「そこ!もっとしっかり拭け!」と怒鳴り声が・・・・。
「これは管の声。」
首を伸ばして見てみると、他の霊獣に向かって指示を出していた。
「適当にやるんじゃないよ!しっかりやんないと汚れが落ちないだろう!」
テキパキ指示を出している。まるで店長みたいだ。
それに霊獣の他にもたくさんの動物がいる。
きっとモンブランたちが薬を飲ませて、普通の動物に戻した奴らだろう。
こいつらも雑巾を持ってせっせと掃除をしていた。
「・・・・・・・・・。」
じっと見ていると管と目が合った。
その途端に「どうもどうも!」と腰を低くしながら近寄ってきた。
「アンタ何してんの・・・・?」
「はい!仕事であります!」
「別に敬礼しなくても・・・・、」
「実はですね、源次さんからここでお世話になったらどうかと言われまして。」
「源ちゃんが?」
「いやあ、私はもうカグラ・・・というより鬼神川の所に戻る気はないんですよ。」
「戻ったら殺されるだろうね。」
「例え殺されなくてもゴメンです。私はね、元々は普通に働きたかっただけなんですよ。稲荷の世界は安定していて平和だけど、いまいち刺激に欠ける。」
「ウズメさんもそう言ってたよ。だからこっちに来る稲荷が多いって。」
「人間の世界は良いも悪いも混沌としていて、実に刺激があるんです。私はただそういう世界で刺激が欲しいだけだった。
それがいつの間にか鬼神川に言いくるめられ、下らない悪事に手を染めていた。恥ずべきことです。」
自分で言って自分でしみじみしている。
「これからは心を入れ替えて働く所存ですので、どうかよろしくお願いします!」
「いや、俺に頭を下げられても・・・・、」
「なにをおっしゃいます。有川さんはウズメさんと懇意にされているんでしょう?だからね、ここは一つ間を取り持ってもらえないかと思いまして。」
「なるほど、それが目当てでヘコヘコしてるのか。」
しばらく考える。
この管って奴、根は悪者じゃないんだろう。
けどなあ・・・今まで敵だった奴を「はいそうですか」と信用するのはどうなんだろう?
「やめとけやめとけ。」
ツムギ君がしゃしゃり出てくる。
「こんな所で働くくらいなら、稲荷の世界に戻った方がマシだぞ。」
「と・・・・言いますと?」
「ウズメだよ!アイツはダキニ様の足元にも及ばない奴なんだ。そんな奴がオーナーをやってる店なんてやめた方がいい。
だいたいな、アンタは誇り高き稲荷神の一柱だろう。だったらこんなアンポンタンの人間に頭を下げちゃいけない。」
ジロっと俺を睨み、「まあ俺とマリナさんの結婚を認めてくれるなら見直してやってもいいが」などとほざいた。
「誰が認めるか。」
「ふん!自分はタヌキと結婚するクセに。」
「それはそれ、これはこれだ。だいたいマリナは君に気がないと思うぞ。」
「愛は戦って勝ち取るものだ。今は相手にされなくてもいずれは・・・・、」
「いすれはただのイグアナに戻るけど、それでもいいのか?」
「いい。」
「ええ!」
「僕はマリナさんに惚れたんだ。人間だろうとイグアナだろうと問題じゃない。」
「いやいや、大問題だろ!誇り高き稲荷がイグアナと結婚なんてしていいのか?」
「それはそれ、これはこれだ。」
またバナナを取り出し、「どうぞ」と渡している。
「よせよせ、それ以上食ったら腹を壊す。」
「ふん!だったら貴様にくれてやる。」
「いらないよ。」
「ならアンタ、バナナいるか?」
「喜んで!」
モグモグ頬張る管、プライドはないんだろうか・・・・・。
「ほへへへふへ・・・・、」
「食べてから喋ってくれ。」
「ふひはへん・・・・。それでですね、私だけじゃなくて、ここにいる霊獣たちを全員雇ってやってほしいんですが。」
「ぜ、全員・・・・。」
ザっと見渡しても10人はいる。
「女子の浴室にもいますから、この倍はいます。」
「20人も!」
「それとただの動物になってしまった霊獣たちも。」
「いやあ、さすがにそれは・・・・、」
「いいわよ。」
後ろから声が飛ぶ。振り返るとアカリさんがいた。
「私からウズメさんにお願いしてあげる。」
「ほ、ほんとですか!」
「ただし条件があるわ。」
「はい!なんなりと!!」
ズイっと前に出て、下僕のようにひざまずく。
アカリさんは腰を屈め、管に顔を近づけながら言った。
「霊獣を捨てて人間になること。」
「はい?」
「だから霊獣を捨てて人間になれって言ってるのよ。」
「それはつまり・・・・稲荷をやめろと?」
「そういうこと。」
「・・・・えええ!いやいやいや!!さすがにそれは・・・・、」
「じゃあこの話はナシね。」
「そ、そんなッ・・・・・、」
「今の事件が終わったら、私たちは稲荷の世界へ戻ろうって考えてるのよ。」
「私たちというのは・・・・ここのスタッフの方々で?」
「そうよ。」
「な、なんとお!」
腰を抜かしそうなほど驚いている。
「一昨年の夏といい、今回に事件といい、私たちはちょっと人間の世界で迷惑をかけすぎた。これじゃ誇り高き稲荷神だなんて言ってらんないわ。」
「しかし引き上げるなんて・・・・、」
「もちろん未練はあるわ。でもそうした方がいいと思ってる。だからあなた達がここに残りたいっていうなら、人間になることが条件。」
ビシと指を突きつける。
管は「しかしどうやって人間に?」と眉を寄せた。
「そう簡単にはいかないでしょう?」
「出来るわ、白髭ゴンゲン様なら。」
「白髭・・・・ダキニの前の長ですね?」
「私の知り合いで一人、稲荷から人間に変わった人がいるのよ。」
「どうしてまた?」
「人間のお坊さんと結婚する為。今は赤ちゃんも生まれて幸せに暮らしてるわ。」
アカリさんの言った知り合いの元稲荷は、俺の知り合いでもある。
一昨年の夏に出会った稲荷の一人なのだ。
「人間の世界で幸せになる為に、そういう道を選んだ稲荷もいるのよ。だから本気でここに残って働くっていうなら人間になりなさい。」
「そ、それはさすがに・・・・、」
「ていうかそうしてくれるとありがたいのよね。私たちがいなくなったらこのお店もどうなるか分からないし。」
「ちなみにただの動物に戻ってしまった奴らはどうすれば?」
「アンタが面倒を見ればいいじゃない。元は部下だったんでしょ?」
「・・・・・・・・。」
管は迷う。そりゃそうだろう。
いきなり稲荷をやめろって言われて、分かりましたとは言えな・・・・、
「分かりました。」
言った、すぐに頷いた。
「なあアンタ、こんな大事なことすぐに決めない方が・・・・、」
「大事なことだからこそ即決です!このチャンスを逃せば次はない。」
「他の霊獣はどうするんだ?みんなここで働くっていうなら、みんな霊獣を辞めなきゃいけないわけだけど・・・、」
「いえいえ、ここにいる霊獣は元々人間なので。」
「に、人間・・・?」
「カグラの実験で霊獣に変えられただけなんです。」
「なんて酷い・・・・。まだ人体実験なんてやってたのか。」
「ええ、新薬を開発する為にね。でもまだ完成はしていないはずですよ。なので効果が安定しない。」
「そうか・・・・だから俺は途中で戻っちゃったんだ。」
「戻るって・・・まさかあの新薬を飲んだんですか?」
「飲んだっていうか、飲まされたっていうか。」
「飲まされた!?有川さんも実験体にされたんですか!」
「違う違う、チュウベエのせいだよ。それよりまだ完成してないってことは、ここにいる霊獣たちもいつか人間に戻れるわけだよな?」
「それはなんとも。」
「どうして?」
「効果が安定しないってことは、効果が切れるのか切れないのかも分からない。」
「解毒剤は?」
「あると思いますよ。前の薬だって解毒剤とセットで開発してたんだから。」
「ていうかさ、なんで前もって新薬のこと教えてくれなかったんだよ?全部話すって約束してくれたよな?」
ジロっと睨むと、「忘れてました」とケロっと答えた。
「そんな大事なこと忘れるな!まさかわざとか?」
「いやいやいや!違いますよ!!ほんとに忘れてたんです。もうね、あんまりカグラに関わりたくないから、とにかく嫌なことは忘れたくて。」
「怪しい・・・・。」
「ほ、ほんとですよ!なんならあとから源次さんに聞いて下さい。」
「まあ・・・そこまで言うなら信じるか。」
疑念は拭えないけど、今はそこを追及しても仕方ないだろう。
「新薬がまだ完成してないってことは、実験を続けてるってことだよな?」
「だと思います。」
「ならまた被害者が出るわけか・・・・。」
人体実験なんて許せるはずがない。
後ろを振り返ると、アカリさんも苦い顔をしていた。
「ごめんね、私たち稲荷のせいで・・・・、」
「アカリさんが謝ることじゃないですよ!悪いのは伊藤と鬼神川です。」
もうじっとしていられない。
一刻も早くこんなことはやめさせないと。
《カグラは鬼神川の部下が守ってる。手強い相手だろうけど、これはチャンスかもしれない。》
伊藤も鬼神川も不在なのであれば、攻め落とすチャンスでもあるってことだ。
どうにかしてこっちの戦力を増強できれば・・・・・、
「よう。」
誰かが手を挙げながらやってくる。
「チェリー君!まだ寝てた方がいいよ。」
ロビーの座敷で寝かせていたのだが、いつの間にか目を覚ましていたようだ。
「まだ怪我だらけなんだから。」
「こんなモン舐めときゃ治る。それより・・・アンタ管っていったな?」
ジロっと彼を睨む。
「初めまして」と笑顔を返すが、チェリー君は「ふん!」と悪態をついた。
「昨日まで敵だった野郎、簡単に信用するほど俺あお人好しじゃねえぜ。」
「そんなこと言わないで下さい。私は心を入れ替えてですね・・・・、」
「顔が胡散臭え。」
「か、顔・・・・?」
「ずっと鬼神川に従ってたクセに、そう簡単に改心なんか出来るもんかねえ?」
「従ってなんかいませんよ。ただ良いように利用されていただけで・・・・、」
「そりゃテメエも同じじゃねえのか?その時その時に自分に都合の良い相手に尻尾を振って、用が無くなりゃハイさよなら。そんな面してるぜ。」
「そ、そんな乱暴な・・・・、」
「そうだよ、いくらなんでも言いすぎだ。」
俺も管に加勢する。しかしチェリー君は「アンタはお人好しだから」とそっぽを向いた。
「俺あ警戒した方がいいと思うぜ。こういうコウモリ野郎はいつ裏切るか分からねえからよ。」
「私はコウモリの霊獣じゃなくて稲荷でして・・・・、」
「んなこと言ってんじゃねえよ。どうもテメエは信用できねえ臭いがする。なあアカリの姐さん、こんな野郎に店を任せるのはやめた方がいいんじゃねえか?」
チェリー君はクンクン鼻を動かしながら言う。
アカリさんは困った顔で腕を組んでいた。
「アンタの言いたいことは分かるけど、そういう風に決め付けるのはどうかと思・・・・・、」
「ねえ?ちょっといい。」
御神さんがカメラの液晶を覗きながらやってくる。
「どうしたんですか?」
「これ見て。」
液晶にはカグラの社長室が写し出されていた。
御神さんがあちこちの調べて引っ掻き回したもんだから、めちゃくちゃに散らかっている。
「何かおかしなところでもあるんですか?」
「ここ、よく見てほしいの。」
そう言って画像の一部を拡大させた。
「これは・・・・なんですか?」
社長室の奥、デスクの真後ろに絵が飾ってある。
長閑な草原を描いた風景画だ。特におかしなところはないように思う。
「この絵がなにか?」
「絵じゃなくて、絵の周り。」
「周り?」
「見て、額縁の模様。」
じっと目を凝らしてみる。なにかの模様が刻んであるみたいだけど・・・・、
「これ、なんかの動物ですか?」
「ええ、キツネを彫ってあるのよ。」
「キツネ?」
「変わったデザインよね。額縁にたくさんのキツネが彫ってあるなんて。」
「う〜ん・・・でもカグラならあり得るんじゃないですか。だってお稲荷さんがたくさんいる会社だし。」
「前に冴木君がこんなことを言ってたのよ。管がオーナーをやってたタカイデ・ココにキツネの像が置いてあったって。」
「キツネの像?」
「その像は地下への階段を隠す為に置かれていたの。翔子ちゃんはそこに捕らわれていたわ。」
「地下に捕まってたのは知ってます。冴木君が助け出そうとしたんでしょ?」
「ええ。」
ニコっと頷き、管にカメラを向ける。
「ちょっと聞きたいんだけど、これ見てくれる?」
目の前に額縁の画像を見せつける。
管は若干仰け反った。
「タカイデ・ココには隠し部屋があった。キツネの像を置いて分からないようにしてね。そして社長室のこの額縁なんだけど、これもキツネよね?」
「そうですね。」
「これ、ただの勘なんだけど、あなた達って何かを隠す時にキツネでカモフラージュしてるんじゃない?」
「それは・・・・どういう意味で?」
なんか冷や汗を掻いている。手の甲でグイと額を拭っていた。
「伊藤ってさ、けっこう用心深い性格をしてると思うのよね。鬼神川みたいな脳筋とは正反対の。」
「たしかに社長は警戒心が強いというか、慎重なタイプです。しかしそれが何か?」
「警戒心が強いなら、自分がいる社長室になんの仕掛けもないのはおかしいと思うのよ。」
「し、仕掛け・・・?」
また冷や汗を拭う。御神さんは眼光鋭く視線をぶつけた。
「タカイデ・ココには隠し階段があった。だったら社長室にだって隠し部屋のような物があるんじゃないかしら?
危険が迫った時に身を隠す為に。あとは隠し通路っていうのも考えられるわね。とにかく何かしらの仕掛けがあるんじゃないかと思うのよ。」
「さ、さあ・・・・。私は滅多に社長室になんて入らなかったから・・・・、」
「タカイデ・ココはキツネの像で階段を隠していた。だったらさ、もし社長室にも隠し部屋があるとしたら、同じようにキツネを象った何かで隠してる可能性はあるわよね?」
管はゴクリと息を飲む。
明らかに目が泳いでいるけど・・・・・。
「稲荷神社には狛犬の代わりにキツネの像が立ってるわよね?あれは神社を守る魔除けみたいな物でしょ?」
「ええ・・・・。」
「つまり大事な物を守る為にあの像が立っている。ということは、稲荷であるあなた達は神社以外でも似たようなクセがあるのかもしれない。
大事な物を守るとか、大事な物を隠すとか、そういう時に魔除けの意味も兼ねて、キツネを象った何かでカモフラージュしようとするんじゃない?」
「しかし社長は人間ですから・・・そんな奇妙なクセはないですよ。」
一歩後ずさり、浴槽に足を突っ込んでビクっとしていた。
「あの社長室には何かがある。これは私の勘だけど、きっと翔子ちゃんじゃないかしら?」
御神さんは一歩近づく。
管はもう一歩下がり、完全に浴槽の中に入ってしまった。
「あなた、まだ何か隠してるでしょ?」
「いや・・・・、」
「その目、ウソついてるわね。」
「そんなことは・・・・。」
呟きながら首を振る。
動揺して足を滑らせたんだろう。
「ぬおあ!」と仰け反り、水柱を立てながらお湯の中に倒れていった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第十六話 より強く(2)

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 11:00

JUGEMテーマ:自作小説

窮地を救ってくれるヒーローはありがたい。
いや、ヒーローだからこそ窮地に現れてくれるのかもしれない。
どっちにしたって、絶体絶命のピンチの時、ヒーローほどありがたい存在はいないだろう。
「伊藤!」
突如現れた鬼神川に怯える中、奴の背後に伊藤が立っていた。
鬼神川が振り返るのと同時に銃を撃つ。
眩い火花、空気を貫通するような鋭い銃声。
鬼の狐火の頭から鮮血が飛び散った。
《おお!やった・・・・。》
伊藤の弾丸は霊獣も殺傷できる。
頭にアレを受けては鬼神川といえども終わりだろう。
「・・・・・・・。」
鬼神川はこちらに背中を向けたまま動かない。
足元にはポタポタと血が落ちているので、弾丸は間違いなく命中したはずだ。
なのにまだ立っているということは・・・・、
伊藤はまた銃を撃つ。二発、三発と連続で。
しかしそれでも倒れなかった。
わずかに伊藤の顔が歪む。
すると肩からマシロー君が飛び降りて、トコトコっとこっちに走ってきた。
「早く逃げて下さい!」
「逃げる?なんで?」
「ここにいたら危ないからですよ!」
「でも鬼神川はもう終わりだろ?ついでにここにある薬も全部ぶっ潰さないと。」
技術部のドアの向こうには、今回の事件の発端となった薬がある。
あれが残っている限りはまた似たような事件が起きるだろう。
「あのドアは頑丈らしいけど、アカリさんや狼男たちがいればどうになるだろ。」
「無理です!だって・・・・、」
「だって鬼神川はまだ死んでいないから。」
マシロー君に被せるようにアカリさんが言った。
「死んでないって・・・・伊藤の弾丸は霊獣も殺せるんですよ?あれを至近距離から何発も食らったらおしまいじゃ・・・・、」
「普通ならね。でも間違いなく鬼神川は生きてる。どういうわけか分からないけど。」
するとツムギ君も「俺も逃げた方がいいと思う」と言った。
「アイツの殺気は萎むどころか大きくなっている。このままじゃマリナさんを守りきれない。」
「そんなまさか・・・、」
「有川!お前はマリナさんの飼い主だろう。危険に晒されてもいいのか!?」
「そりゃよくはないけど・・・・。」
ツムギ君の後ろでは狼男たちが怯えている。
さっきまであれだけ暴れまわっていたのに。
「ここはアカリさんたちの言うことを聞きましょ。」
御神さんも同じ意見のようだ。
「霊獣がこう言ってるんだもの、素直に従った方が賢明だわ。」
「でもあと一歩であの薬を潰せるのに・・・・、」
「ていうか私の勘も逃げろって言ってる。仕事柄そういう勘は敏感でね、賭けたっていいわ。」
そう言って「早く逃げましょ」と踵を返した。
狼男たちもそそくさとついて行く。
ツムギ君は「マリナさんは僕がお守りします!」と、お姫様だっこをして逃げていった。
「なんかヤベえみたいだな。」
マサカリが呟く。チュウベエも「だな」と頷いた。
「というわけでとっととずらかるぞ。」
「悠一も急げ!」
「あ、おい!」
「アンタも早く!」
振り返ると、アカリさんが尻尾でチェリー君を抱えていた。
「まだ生きてますよね?」
「ええ。この程度なら少し寝てれば回復するわ。それより早く!」
「・・・・分かりました。」
俺もあちこちやられて痛いけど、動けないほどじゃない。
「ほらモンブラン、ボケっとしてないで行くぞ。」
「・・・・・・・。」
「どうした?」
「アイツら・・・・私のことほっといて逃げちゃった!」
「アイツら?」
「ロッキーとヒッキーよ!私を愛してるなんて言いながら、この仕打ちはないじゃない!」
「まあ・・・・よっぽど鬼神川が怖かったんだろう。」
「ツムギ君はちゃんとマリナを守ったのに。これだからチャラい男なんて信用できないのよ!!」
「愚痴はあとで聞くから今は・・・・、」
「おぶって!」
ピョンと背中に飛び乗ってくる。こっちは怪我人だってのに。
まあいい。とにかくここからオサラバするしかないようだ。
「マシロー君!君はどうずるんだ?」
「ここに残ります。」
「でも危ないんだろ?逃げた方がいいんじゃないか?」
「いいんです。彼だけ残して逃げられませんから。」
そう言って銃を構える伊藤を振り返った。
「僕に構わず行って下さい!」
「わ、分かった・・・・君もどうか無事でな。」
サっと踵を返し、この場から逃げ出す。
するとその瞬間、鬼神川が「何をしている」と低い声で唸った。
「その小僧を逃がすな。」
静かな声だが迫力がある。
さっきまで貝になっていた敵の霊獣たちが、「はは!」と動き出した。
ノックアウトされたはずの警備員たちも起き上がり、ゴリラみたいな霊獣に変化する。
バズーカを食らっても生きてるなんてタフにも程がある。
「待てやコラアア!」
「ひいい!」
モンブランを抱えて必死に逃げる。
アカリさんが「こっちこっち!」と尻尾を振った。
見るとヒッキー君が壁を壊し、外に飛び降りていた。
みんな次々と飛び降りていく。
俺も急いで向かうけど、あと少しってところで尻尾を掴まれてしまった。
「痛だだだだ!」
「逃がさん!」
ジャッカルの霊獣だった。
いつの間にか復活していたらしい。
「お前を殺らないと俺が鬼神川さんに殺されちまう!」
「そんなの知るか!」
ガンガン蹴るけど離してくれない。
そうこうしているうちに大勢の敵に囲まれてしまった。
「くッ・・・・モンブラン、お前だけでも逃げろ!」
穴の空いた壁から外に放り投げる。
「ちょっと悠一イイイイイイィィィ・・・・・、」
下にはアカリさんたちがいるはずだ。
きっと受け止めてくれるだろう。
「散々好き勝手やってくれやがって。」
ジャッカルがボキボキと拳を鳴らす。
周りの奴らも殺る気満々で睨んでいた。
「ええっと・・・・もうちょっと待ちませんか?」
「待つ?」
「ほら、ヒーローは遅れて現れるっていうでしょ?」
「だからなんだ?」
「もうちょっと待ったら新しいヒーローが出てきて、あなた達をやっつけてくれるんじゃないかなあなんて・・・・、」
「・・・・・・・。」
「ダメですか?」
一瞬だけニヤリと笑うジャッカル。
そして「ざっけんなテメエ!」と吠えた。
「ひいいいい!」
「どこの誰がんなもん待つってんだ!!」
「す、すいませんすいません!」
「根っから舐め腐りやがって。殺すだけじゃ気が済まねえ。地獄を味あわせてから殺ってやるぜ!」
めちゃくちゃ怖い顔をしながら飛びかかってくる。
しかしその時、「待て!」と野太い声が響いた。
みんなビクっと竦み上がる。
「この声は鬼神川・・・・。」
敵の群れを押しのけながら、ゆっくりと現れる。
そして俺の足元に何かを投げた。
「これは・・・・銃?」
見たことのある形だ。これはたしか・・・・・、
「もう一人の伊藤の物だ。」
「やっぱり!」
チャンスとばかりに銃を拾う。
「ふ、お前も馬鹿だな。自分から武器を寄越すなんて。」
「・・・・・・・。」
銃を構えると、他の霊獣たちは後ずさった。
しかし鬼神川は逃げない。
撃ってみろと言わんばかりに立ちはだかる。
「な、なんだよ・・・・えらい強気だな?まさか弾が入ってないんじゃ・・・・、」
「まだ残っている。」
「そ、そうか・・・・。なら撃つぞ!」
眉間を狙って銃口を向ける。
でも・・・・撃てない。銃で誰かを殺すなんて・・・・。手が震えて狙いさえズレてしまいそうだ。
鬼神川はガシっと俺の手を掴み、自ら眉間に銃口を当てた。
「お、おい・・・・、」
グっと手を握られる。
「痛ッ!」と叫ぶのと同時に引き金を引いてしまった。
ゼロ距離で眉間に当たる。
赤い地が飛び散り、「ひい!」と怯えた。
でも奴は死ななかった。
それどころか残った弾丸を全て自分に撃ち込む。
その度に血が飛び散るんだけど、やはり死にはしなかった。
「な、なんで・・・・?」
「不思議か?」
「だってこの銃・・・・霊獣でも倒せるはずじゃ・・・・。」
「以前の私なら死んでいただろう。しかし今は違う。」
「ど、どう違うの・・・・?」
「教える義理はない。」
すごい目が怖い・・・・。
ていうかこの銃、なんでコイツが持ってるんだろう?
「まさかとは思うけど・・・・伊藤をやっつけちゃったの?」
「さあな。」
「マシロー君は?無事なんだろうな?」
「それも答える義理はない。」
そう言って俺の手から銃を奪い取る。
そしてポケットから一発の弾丸を取り出した。
「あ!それは・・・・、」
紫の弾丸だった。
撃ち尽くしたはずなのにと思ったけど、よくよく考えれば伊藤はもう一人いるのだ。
そっちの伊藤から渡されたんだろうか?
鬼神川は弾を込め、銃のスライドを引く。
ガチャリと弾丸が装填され、俺の頭に突きつけた。
「ちょ・・・ちょっとタンマ!」
「お前はたまきの愛弟子らしいな。」
「愛弟子かどうかは分からないけど・・・いちおう弟子だよ。」
「お前を殺せばたまきは怒り狂うだろう。だが今となってはアイツも脅威ではない。」
「脅威ではないって・・・・アンタ一度たまきにボコボコにされたはずだろ?俺を撃ってみろ、次はボコボコにされる程度じゃすまないぞ。」
「脅威ではない・・・・と言ったはずだ。」
目にグッと力が篭る。
《撃たれる!》
そう確信して目を閉じた。そして実際に撃たれた。
眩い火花、近すぎて耳鳴りがする銃声。
でもまったく痛みは感じなかった。
酷い怪我は痛みを感じないというけど、頭を撃ち抜かれた時も同じなのかもしれない。
しかし何の感触もないっていうのはちょっと不思議だ。
痛みはなくても衝撃くらいはありそうなものだけど・・・・。
「貴様・・・・、」
鬼神川が唸る。
俺はふと誰かの気配を感じ、ゆっくりと目を開けてみた。
そこには鬼神川の腕を掴み、ねじり上げている人物がいた。
「う・・・・ウズメさん!」
「ギリギリだったわね。」
そう言って俺の頭を指さした。
「まさかウズメさんが助けてくれたんですか?」
「ついさっきこっちに戻って来たのよ。こがねの湯に行ったら管って稲荷がいてね、悠一君たちの居場所を教えてくれたわ。
でも教えてもらった工場は燃えて無くなってるし、じゃあ他に?って考えたらここしか思いつかなかった。
でもまさか・・・・ねえ?君が霊獣になってるなんて思わなかったけど。その気配、間違いなく悠一君でしょ?」
「はい!鬼神川たちが開発した新薬を飲んだせいでですね・・・・、」
「そんなところでしょうね。」
ニコっと笑い、さらに鬼神川の腕を捻り上げる。
「貴様はウズメだな!ダキニの後釜の。」
「そうよ。アンタらの悪さを止める為にやって来たのよ。」
「ぐうッ・・・・、」
「いくら頑張っても無理よ。こっちはあんたよりずっと位が上なんだから。」
「ふん!ダキニが戻ってくるまでの代理の分際で!!」
鬼神川はあの工場で見せた時のように、青く燃える六本の尻尾を生やした。
そいつを大きく振り回すと、周囲の物は全て消し炭に変わってしまった。
燃える暇なんてない・・・・一瞬で蒸発するなんて・・・・。
「アンタ仲間まで・・・・、」
ウズメさんは怒る。
さっきの一撃で敵の霊獣全てが消えてしまったのだ。
「どいつも下っ端だ。稲荷は一人もいなかっただろう?」
「だからって自分の部下を・・・・、」
「噂には聞いていたが、お前はずいぶんと甘いようだな。そのせいでダキニほどの求心力がないのだとか?」
「ダキニ様はダキニ様、私は私よ。」
「だが仏教系の稲荷が神道系に寝返る例が増えている。全ては貴様が長になってからだ。」
「下の者には申し訳ないと思ってるわ。私はダキニ様のほどの器じゃない。そのせいで迷惑かけてるってね。」
「ならばもう退いたらどうだ?」
「そうはいかないわ。ダキニ様が戻ってくるまでの間は私が長よ。アンタらのやってる悪事は見過ごせない!」
「いいのか?長ともあろう者が勝手なことをすればどうなるか・・・・大きな争いに発展しかねんぞ。」
「もうその心配はないわ。」
「なに?」
「ついさっきまでアンタらの親玉がいる稲荷の世界へ行ってたのよ。前は門前払いだったけど、今回はちゃんと話を聞いてくれたわ。」
そう言ってウズメさんも尻尾を生やした。
黄金色に輝く八本の尻尾を。
鬼神川は「なんと!」と狼狽える。
「尻尾が八本・・・・しかもこの神々しい金色の輝き。いくらなんでもここまで位の高い稲荷なわけが・・・・、」
「ダキニ様よりも前の長から格上げしてもらったのよ。」
「前の長だと?・・・・ということは白髭ゴンゲンか。まさかあのご老体までこの件に関わっているというのか!」
「いいえ、ちょっと手を貸してくれただけ。でもおかげで神道系の稲荷のお偉いさんたちと話が出来たわ。
この尻尾を見せると一人前の稲荷神だと認めてくれたからね。ただのダキニ様の代理じゃないって。」
「・・・・で?上の者たちはなんと?」
「好きにしろって言われたわ。ただし・・・・、」
「ただし?」
「キッチリとならず者の始末をつけること。要するにアンタを叩きのめせってことね。」
「・・・・・・・・。」
「アンタ、向こうでも鼻つまみ者で有名らしいじゃない。きっと厄介払いしたいのね。」
そう言ってニヤリと笑う。
鬼神川は「なるほど」と頷いた。
「つまり本気で私を叩き伏せるつもりだと?」
「そういうこと。アンタ鬼の狐火って呼ばれてるんだっけ?かなりの腕っ節らしいけど私の敵じゃないわ。」
ウズメさんから殺気が放たれる。
まさかここで巨大な稲荷に変身する気か?
「大人しく降参するなら痛い目に遭わなくてすむけど・・・・どうする?」
余裕の笑みを浮かべるが、鬼神川は「馬鹿を」と突っぱねた。
「強くなったのは貴様だけではない。」
そう言ってニヤリと笑う。なんだこのバトル漫画みたいな展開は・・・・。
いや、でも実際に強くなっているんだろう。
だって伊藤の弾丸が効かなかったんだから。
なにか秘密があるんだろうけど、聞いても教えてくれなかった。
でも相手がウズメさんなら・・・・、
「別の気配が混じってるわね。」
笑みを消し、鋭い眼差しで呟く。
鬼神川は「その通り」と頷いた。
「ある霊獣と契約を結んでな。」
「契約?」
「私の上司が契約中の霊獣だ。」
「アンタの上司?・・・・まさか!」
「そう、そのまさか。あの狼と契約を結んだ!」
鬼神川の殺気が膨れ上がる。
青い炎をまとう六本の尻尾が束ねられ、紫に燃え盛る一本の尻尾へと変わった。
「悠一君!ここから逃げて!!」
ウズメさんが叫ぶ。しかし鬼神川は「その必要はない」と言った。
「私と貴様、本気で戦えばこの会社などあっという間に潰れてしまう。だがここには大事な薬もあるのでな、それは避けたい。」
「なら場所を変えようってこと?」
「ああ。」
鬼神川は後ろを振り返る。
そこには黒のスーツを着た数人の男女が立っていた。
そのうちの一人が前に出て来て、「ま〜た暴れるんですね」と肩を竦めた。
「紺野よ、少しここを離れる。留守を頼むぞ。」
「まあいいですけど・・・・相手は仏教系の稲荷の長でしょ。勝てるんですか?」
「さあな。」
「鬼神川さんにしちゃ弱気な答えですね。」
「ダキニの代理を務めている稲荷だ、弱いわけがなかろう。だがここで引いたら社長に顔向けが出来ん。」
「まあぶっ殺されるでしょうね。」
「霊獣が支配する世を創るまでの我慢だ。そのあとは・・・・社長にも消えてもらう。」
それを聞いた鬼神川の部下は「ほんとにやるんですか?」と眉を潜めた。
「社長はしょせん人間だ。私たちとは相容れない。」
「まだ霊獣を絶滅させたがってるんだから・・・困ったもんですよね。」
「お喋りはここまでにしておこう。私はウズメと決着をつけてくる。それまでここを頼んだぞ。」
「イエッサー。」
ふざけた感じで敬礼している。
鬼神川は「では行こう」と背中を向けた。
「この会社の地下に私の神社がある。」
「勝負は稲荷の世界でってことね。望むところだわ。」
ウズメさんもあとをついて行く。
でも途中で振り返り、「そうそう」と戻ってきた。
「悠一君。」
「は・・・はい!」
「ここは危ないから、私が戻って来るまで近づかない方がいいわ。」
そう言って穴の空いた壁からドンと突き落とされた。
「ちょ・・・・ウズメさあああああん!!」
地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
霊獣だから死にはしないだろうけど、それでも怖い・・・・。
《ちょっと痛いくらいだよな・・・・我慢だ!》
グっと歯を食いしばって覚悟を決める。
でも落ちていく途中で、全身からモクモクと白い煙が上がった。
そして・・・・、
「ぬううあああ!!人間に戻っちまった!」
なぜだ?薬の効果が切れたのか?
とにかくこのままだと死ぬ。
だってアスファルトの駐車場はすぐそこに迫って・・・・、
「なにやってんのよ!」
地面に激突する前にフサフサした尻尾に受け止められた。
顔を上げるとアカリさんがいた。
人間の姿に戻り、尻尾だけ生やしている。
「なんでさっさと逃げないのよ!ていうかなんで人間に戻ってんの!?」
「あ、あの・・・・他のみんなは?」
「とうに逃げたわよ!ほら、さっさと立って!!」
慌てて駐車場から駆け出していく。
俺は立ち上がり、さっきまでいた場所を見上げた。
鬼神川の部下がニヤニヤしながら手を振っている。
来るならいつでも来いと挑発するかのように。
《見とけよ・・・・このまま終わらせないからな!》
最近消えかかっていた情熱というか、青臭い炎が燃え上がる。
眉間に皺を寄せながら、柄にもなく睨み返していた。

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