不思議探偵誌 第五話 超能力対決(4)

  • 2010.07.12 Monday
  • 10:41
 「ここがその雑誌社だな。」
俺と由香利君は、四階建の真新しいビルの前に立っていた。
昨日俺がたまたま目にした熟女物のエロ雑誌の袋とじに、今捜索している人物の小野良子が載っていた。
偶然としか言いようのないかたちでの発見となったが、これは大きな手掛かりになることは間違いなかった。
「じゃあ中に入ろうか由香利君。」
「は、はい・・・。」
小野良子の載っているエロ雑誌を発行している雑誌社はビルの二階に入っている。
俺達は中に入り、エレベーターのボタンを押して降りてくるのを待った。
「なんか元気がないな、どうしたんだ?」
さっきから由香利君は口数が少なく、声も小さい。
なんだかこの雑誌社に行くのに乗り気ではないようだった。
「だって、エッチな本を作っている会社なんて本当は行きたくないですよ。
仕事じゃなかったら、絶対にお断りです。」
むう、由香利君の性格を考えればそうかもしれない。
何しろ、とにかく真面目で堅い子だ。
エロ雑誌を発行している会社など、心の中では汚いものとして分類されているのだろう。
俺の方はドキドキしているが。
チン!と音がなってエレベーターが降りてきて、俺はワクワクしながら、由香利君は渋々といったかたちで乗り込んだ。
二階につき、エレベーターを降りるとすぐ目の前に雑誌社があった。
俺達はドアを開けて中に入り、忙しく動いている社員らしき人を掴まえて事情を話した。
「実は私探偵をしておりまして。
そして今人捜しの依頼を受けているんですが、その人物がこちらが発行している雑誌に載っていたんですよ。
詳しくお話をお聞かせ願えませんか?」
そう言われた社員らしき人は困った顔をして、「私に言われても」と迷惑そうに呟いた。
「お願いします。
どうしてもお話を伺いたいんです。」
俺は手を合わせて懇願した。
相手はしばらく困った顔で黙っていたが、俺がもう一度お願いすると「少しお待ち下さい」と言って奥へ引っ込んで行った。
「ここで何か情報が掴めるといいな。」
「そうですね。
私はさっさと話しを聞いてこんな所から帰りたいですけど。」
由香利君は不満そうに口を尖らせていた。
「まあまあ、これも仕事だ。
我慢してくれよ。」
そう言っていると、奥からさっき話しをしていた人が、その横に年配の男性を連れて戻って来た。
「こちらが小野良子さんのことで詳しい話しを聞きたいそうです。
探偵さんらしいですよ。」
年配の男性に対して俺は笑って会釈し、名刺を差し出した。
「久能司さん。」
年配の男性は名刺を見て俺の名前を口にし、それから「うーん」と唸って何やら考え込んでいた。
「お願いします。
どうしても小野良子さんのことについて聞きたいんです。
お話を伺えないでしょうか。」
そう言うと年配の男性は自分の名刺を差し出してきた。
俺は受け取り、名前を確認する。
脇田源三。
名刺にはそう書いてあった。
役職は編集長になっているから、この雑誌社の責任者なのだろう。
脇田さんはしばらく難しい顔をしていたが、「分かりました」と言って俺達を奥の応接室へと案内してくれた。
応接室に入ると俺達は向かい合って座り、お互い軽く会釈をしてから話し出した。
「小野良子さんを捜しておられるとか?」
さっきの社員から話しを聞いたのであろう。
脇田さんは目を細めながら、怪しげな人間でも見るような目を向けてきた。
「はい。
実は小野良子さんを捜して欲しいという依頼を受けまして。
そしたらこちらが発行している雑誌に小野さんが載っているじゃありませんか。
もし差し支えなければ、小野さんがどこにいらっしゃるかお教え願いたいんです。」
「うーん、それがねえ。」
脇田さんは顔をしかめて唸った。
「実は私も彼女が何処に住んでいるかは知らないんですよ。
連絡先は分かりますが。」
俺は少し腰を浮かして身を乗り出した。
「ではその連絡先を教えて頂けないでしょうか?」
少し興奮気味に言うと、脇田さんは顔を伏せて手を組んだ。
「しかしねえ、いきなり訪れてきた人に連絡先を教えろと言われても・・・。」
そう言いながら脇田さんは由香利君に目をやった。
頭からつま先までじっくりと観察し、まるで何かの品定めをしているようだった。
そして、由香利君に言ってはいけないことを言ってしまった。
「君、いいねえ。」
「はい?」
由香利君がすとんきょうな声をあげる。
「いやあ、君実にいいよ。
どうだい?
うちの雑誌にヌードモデルで出てみないかい?
もちろん報酬は弾むから・・・。」
脇田さんが最後まで言い終わる前に、由香利君の前蹴りが脇田さんの顔面にめり込んでいた。
「はあ!
何を言うのよ!
この変態!」
蹴られた脇田さんは顔面をへこませまたまま、さらに続ける。
「いいねえ。
たまらないよ、君の蹴り。
どうだい、タイトルは悩殺美女の快感蹴りってことで・・・。」
今度は由香利君のかかと落としが炸裂し、脇田さんは床に転げこんだ。
「何言ってんのよ、このエロオヤジ!
誰がそんなもんに出るか!」
倒れた脇田さんよこれでもかってくらいに踏みつける。
「ああ!
いい!いいよ、君!
もっと激しく、もっと強烈に!」
「黙れ変態オヤジ!」
由香利君は脇田さんの顔を踏みつけてグリグリとする。
「ああ!
たまんない!
いいよ、もっと、もっと踏んでくれ!」
なんだコイツは。
ただの変態ではないか。
由香利君の攻撃に快感をおぼえる脇田さん。
それを女王様のように踏みつける由香利君。
これはどっからどう見てもSMじゃないか。
脇田さんが気持ち良さそうな声あげ、それを由香利君がなじる。
ちょと羨ましいなと思いながらその光景を眺めていると、突然眉間に力が集中し、頭に映像が浮かんだ。
こ、これは!
俺はSMを繰り返す二人を放ったらかして外に出て、雑誌社の入り口に向かう。
するとそこには小野良子がドアから入ってくる所だった。
「見つけた!」
そう叫んで小野良子に近づき、その手を取った。
「な、何よ、あんた?」
訝しげな目で俺を見てくる。
間違いない、小野良子だ。
「実はあなたを捜していたんですよ。」
俺は名刺を差し出し、ことの経緯を説明した。
目をきょとんとさせて俺を見る小野良子。
尾崎より先に見つけた喜びで満面の笑みを浮かべる俺。
応接室からは、まだSMの声が響いていた。

                      *

「そ、そんな馬鹿な・・・。」
俺の事務所にやって来た尾崎は、驚いた声をあげて、愕然とした表情をしていた。
昨日雑誌社に小野良子がやって来たのは、撮影があるからということだった。
俺はあなたを捜してしている人がいるから、是非うちの事務所まで来て欲しいと訴えたが、最初はすごく渋られた。
「なんで私が行かなきゃいけないのよ。
そんな小学生の時の初恋の相手に会いたいなんて、私の知ったことじゃないわよ。」
小野良子は俺を無視して撮影場所に向かおうとしたが、俺は必死に説得した。
「お願いです。
どうか私の事務所に来て下さい。
お忙しいのは分かりますが、こちらも依頼を受けている身なんです。」
「ふん、そんなこと、私の知ったことじゃないわ。」
ここで小野良子を逃がすわけにはいかない。
俺は彼女の前に回り込み、両手を合わせてお願いした。
「おっしゃることはごもっともです。
でもどうしてもあなたに来て頂きたいんです。
もし私の事務所に来て頂けるのなら、それなりの報酬はお出しします。」
この言葉が決め手だった。
「まあお金がもらえるんなら、行ってあげてもいいわよ。」
そして今日、小野良子が俺の事務所に来ている。
電話で小野良子を見つけたと尾崎に言うと、半信半疑であったようだが、実際に俺の事務所に小野良子がいるのを見て茫然としていた。
尾崎は依頼人も一緒に連れてきていた。
初恋の人である小野良子を捜して欲しいと言っていた人物だ。
頭が薄くなり、でっぷりした中年の男性だった。
名前は影賀薄井さんという。
名前の通り、影が薄くて印象に残らない顔立ちだった。
俺達はソファに座り、小野良子と影賀薄井さんは向い合っていた。
「いやあ、お久しぶりです。」
影賀さんが照れたように話しかける。
「こうやって初恋の人の会えるなんて夢のようです。
今日はとてもいい日だなあ。」
影賀さんはとても嬉しそうだ。
その顔を見て、俺も捜してあげてよかったなあ思っていた。
「なんかいいですね、こういうの。」
由香利君も微笑みながらそう言う。
「いやあ、思い出すなあ、小学生の時に小野さんにラブレターをあげたのを。
あの時の甘酸っぱい気持ちが・・・。」
懐かしむように語り出す影賀さんに向かって、小野良子が無表情で言い放った。
「あんた、誰?」
その場の空気が凍り付く。
喋りかけていた影賀さんの口がそのまま止まる。
「私、あんたのことなんか全然知らないんだけど。」
なんと悲しい結末か。
俺と由香利君は顔を見合わせ、何とも言えない表情をしていた。
「そんな、小学生の時にラブレターをあげて、小野さん喜んでいたじゃないですか!」
必死に影賀さんが訴える。
「さあ、知らないわ。
あんたのことなんか全然覚えていないんだけど。」
そう言うと小野良子は立ち上がり、俺に手を差し出してくる。
「報酬、この事務所に来たらくれるんでしょ。」
俺は影賀さんを気の毒に思いながらも、上着のポケットからお金の入った封筒を手渡した。
小野良子は中の札束を勘定し、「まあ、このくらいもらえたら上等だわ」と言葉を残して事務所を去って行った。
固まる影賀さん。
微妙な空気に何と言っていいか分からない俺達。
何という虚しい結末か。
影賀さんは弾かれたように立ち上がり、小野良子を追いかけた。
「そ、そんなあ。
私はずっとあなたのことを・・・。」
ドアを出て行った影賀さんの声がこだまする。
「なんか、ちょっと可哀想ですね。」
由香利君がぼそっと耳打ちする。
「ま、まあこんなもんだろう。」
俺はふうっとため息をつき、ソファに背を預けた。
「久能さん。」
項垂れた尾崎が急に呼びかけてきた。
そう言えばこいつの存在を忘れていた。
俺はいとまいを正し、尾崎に向き直る。
「まさか私が負けるなんて思ってもいませんでした。
この勝負、あなたの勝ちです。」
力無い声でそう言う。
そして尾崎は顔をあげると、覚悟を決めたような顔で俺を見つめた。
「私はあなたを見くびっていた。
そして自分のことを過信していたようです。」
悲しげな声が事務所に響く。
尾崎は一度ぎゅっと唇を噛みしめると、頭を下げてからこう言った。
「この勝負、あなたの勝ちです。
約束通り、私は探偵事務所の看板の降ろすことにします。」
そう言って立ち上がり、事務所を出て行こうとした。
「待って下さい。」
俺も立ち上がり、去って行こうとする尾崎を呼び止めた。
「今回、私が小野良子を見つけられたのは、あなたに情報をもらったからです。
もしそれがなければ、私が勝っていたかどうかは分かりません。」
尾崎はゆっくと振り返り、俺を見た。
「そうですよ、尾崎さんが情報をくれたから見つけられたんですよ。
私達の力だけじゃありません。」
由香利君も立ち上がって言う。
そう、尾崎から情報をもらえたから小野良子を見つけられたのだ。
俺達だけの力じゃない。
「ねえ、尾崎さん。
今回の依頼は私とあなたの力で解決したんですよ。
だから、事務所の看板を降ろすなんて話は無しにしましょうよ。
尾崎さんの超能力は僕よりはるかにすごい。
きっと、これからもその能力が探偵業で役に役に立つはずです。
ここでやめたらもったいないですよ。」
「久能さん・・・。」
そう、尾崎は優秀な探偵だ。
こんな勝負で探偵をやめるべきではない。
俺は尾崎の目を見ながらニッコリと笑った。
「ふふふ、敵から慰められるとは私もまだまだですね。」
尾崎も笑顔になり、そして一歩俺の方に歩み寄って言った。
「分かりました。
今回は引き分けということにしておきましょう。」
それを聞いて由香利君も笑っている。
俺は手を出し、尾崎に握手を求めた。
尾崎は少し迷ってからその手を取り、そして真剣な顔になって言った。
「久能さん。
今回は引き分けになりましたが、次はそうはいきません。
この世に超能力探偵は二人もいらない。
その考えは変わっていません。
ですから、またいずれ、あなたに勝負を申し込みます。
では、今日はこれで。」
そして尾崎は握手していた手を離し、また不敵を笑みを残して事務所を去って言った。
「はあ、よかったですねえ。
事務所の看板を降ろす羽目にならなくて。」
由香利君が安堵した声で言った。
「まあな、俺もホッとしてるよ。」
俺はソファに腰掛け、ふうっとため息をついた。
由香利君も隣に座り、笑顔を向けてくる。
「でも、私は久能さんが勝つと信じていましたけどね。」
そう言って照れながら胸の前で手を組んでいる。
「いや、君が信じてくれて勇気が湧いたよ、ありがとう。」
真顔でそう言うと、由香利君は頬を赤らめて「どうも」と呟くように小さく言った。
こうやって照れていると可愛い女子大生なのになあ。
「ところで由香利君。」
「はい、なんでしょう?」
俺は一つ咳払いをしてから言った。
「君はSMの才能があるな」
「はい?」
怪訝そうに俺を見る由香利君。
「だってあの雑誌社で脇田さんという編集長と豪快なSMプレイをしていたじゃないか。
外にも十分声が響いていたよ。
俺もついつい興奮しちゃいそうになって・・・。」
そう言った途端、回転後ろ回し蹴りが俺の顔面にめり込んだ。
「私にSMの才能なんかありません!」
そう言ってさらに飛び回し蹴りを放ってくる。
またも顔面にめり込み、俺は鼻血を出しながら倒れ込んだ。
「次言ったら、嫌ってくらい鉄拳をお見舞いしますよ!」
由香利君、君にはやっぱりSMの才能がある。
出てくる鼻血を押さえながら、あと一発蹴って欲しいと思っていた。
俺にも十分SMの才能があった。

                                     第五話 完


不思議探偵誌 第五話 超能力対決(3)

  • 2010.07.11 Sunday
  • 10:22
 昨日は敵から塩を送ってもらった。
自分では何の情報も集められず、敵から情報を頂くかたちとなった。
探偵事務所の看板をかけて勝負する。
そんな約束をしたことに後悔するのはもうやめにした。
今は尾崎に勝つことだけを考えなければいけない。
そう、その為だけに力を注がねばいけないのだ。
今日は午前中は由香利君はお休みである。
「久能さん。
本当にごめんなさい。
今日は空手の試合があるんです。
試合が終わったらすぐに駆けつけますから。」
そう言う由香利君に「気にするな」と言って、今日は夕方くらいまでは俺一人の捜索となる。
尾崎から見せられた小野良子の顔写真は頭に入っている。
色っぽく歳を重ねた美人だった。
結構俺のタイプだったので、顔は絶対に忘れない。
そしてもう一つ尾崎からもらった情報がある。
現在小野良子はこの街に住んでいるということだ。
この二つは大きな収穫だった。
今日で捜索四日目。
期限の一週間まであと三日だ。
その間になんとしても小野良子を見つけ出さねばならない。
尾崎は俺に重要な情報を渡した。
それはそれだけの情報を渡しても、なお自分が勝つと確信しているからだ。
簡単に言えば、俺を見下しているのだ。
これだけ情報を与えても、どうせ俺には見つけられないだろうと。
そう思うととても悔しい。
最初は弱気になっていたが、今は絶対に負けたくない気持ちでいっぱいだった。
なんとしても小野良子を見つけてやる。
俺は強い思いを抱き、今日も街に捜索に乗り出した。
頭の中に小野良子の顔写真を思いう浮かべつつ、俺は街を歩き回った。
彼女に似た人物がいないか。
通り行く人々を注意深く観察した。
中年の女性が立ち寄りそうな店もあたり、小野良子の特徴を伝えて店員に聞いて回ったりもしたが、今の所は一向に情報が集まらない。
こうしている間にも、尾崎は着々と情報を集めているのだろうかと思うと、焦りばかりが目立ってくる。
その時、ケータイにメールが入ってきた。
「久能さん。
捜索は順調ですか?
私も試合が終わったらすぐに行きますね。
諦めないで捜しましょう。」
由香利君からのメールだった。
俺はそのメールに勇気付けられて、さらに気合を入れて捜索を続けた。
色々な人に聞いて周り、すれ違う人々の顔は漏らさず確認していった。
そうこうしているうちにもう夕方近くになっていた。
「はあ、全然ダメだ。」
疲れたようにため息をつき、駅前までやってきて立ちすくんでいた。
「久能さん。
試合勝ちました!
もうすぐ行けると思います。
今何処にいますか?」
そうか。
試合に勝ったのか。
さすがは由香利君だ。
だてに俺に鉄拳なりかかと落としを見舞ってるわけじゃないようである。
「試合勝ったんだね。
おめでとう。
今は駅前にいるよ。
まだ何の情報も集まっていない。」
そう返信するとすぐにメールが帰ってきた。
「分かりました。
試合会場からそう遠くはないのですぐに行けると思います。
二人で力を合わせて情報を集めましょう!」
そのメールを確認し、俺はいい助手を持ったなあと感じていた。
「じゃあ待ってるよ。
駅前の本屋にいる。」
そう返すと、またすぐに返信がきた。
「了解です。
すぐに行きますね。」
そうしてメールのやりとりを終え、俺は駅前の本屋に寄った。
最初に漫画を立ち読みし、次に車の雑誌を立ち読みし、そして最後にエロ雑誌のコーナーで俺は釘付けになっていた。
次から次へとエロ雑誌を回し読みしていく。
うーん、中々いいボディをしている。
お、この子は胸の形がたまらん。
俺は時間を忘れてエロ雑誌に没頭していた。
そして一通り読み終えたあと、一冊のエロ雑誌が目にとまった。
「必見!熟女の悩殺ボディ!」
むむ、これは。
俺は今まであまり熟女物は見たことがなかった。
ここは一つ勉強だと思ってその雑誌を手に取る。
うんうん、若い子には無い魅力があるな。
なんというか、艶めかしい。
俺は真剣になってページをめくった。
そしてページをめくる途中、袋とじを発見した。
「今話題の熟女!
男を虜にする妖艶な美貌!」
そうタイトルが付いていた。
ぐぐぐ!
これは見たい!
是非見たい!
しかし今エロ雑誌を買うと、やって来た由香利君にどんな目にあわされるか。
しょうがない。
こっこは一つ、俺の超能力を駆使しようではないか。
俺は袋とじを眉間に近づけ、そこに意識を集中させた。
うーん、これはたまらん。
袋とじの中の熟女の妖艶なボディを透視して、俺は興奮していた。
これからは熟女物も是非読まなければ。
そう思いながら透視を続け、中に載っている女性の顔を透視した。
「え?」
俺は声に出して驚いていた。
周りにいた客が訝しげに俺を見るが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
この女性は・・・。
俺は頭に浮かべた小野良子の顔と、袋とじの女性の顔とを比べる。
間違いない。
この袋とじに載っている女性は小野良子だ。
まさかエロ雑誌に載っているなんて。
俺は透視をやめ、その雑誌を繁々と見つめた。
そして発行してある会社の住所を確かめる。
ここからそう遠くはない。
これは重要な手掛かりが掴めるかもしれない。
俺は興奮し、その雑誌をレジに持って行った。
「すいません、これ下さい。」
そう言ってレジにその雑誌を差し出すと、背後から脳天に凄まじい衝撃が走った。
「痛え!」
そう叫びながら後ろを振り返ると、由香利君が顔を怒らせて立っていた。
「やあ、由香利君。
思ったより早く来たな。」
俺は努めて笑顔で言った。
しかし由香利君は切れ長の目を吊り上がらせて顔を真っ赤にしていた。
「久能さん。
一体何してるんですか?」
声に恐ろしいほとの怒りがこもっている。
手は拳を握っていた。
「い、いや、誤解だ。
違うんだ。
このエロ雑誌が小野良子を捜すのに重要な手掛かりなんだよ。」
俺は慌てて弁解したが、由香利君は信じていないようだ。
「へえ。
それがどう小野さんを捜すのに役立つんですか?
せっかく急いで来てあげたのに、そんなものを買って読むつもりだったんですか?」
声が怒りで震えている。
こ、怖い。
俺は雑誌を手に取り、袋とじの部分を指差した。
「頼む、聞いてくれ。
この袋とじの中に小野良子が写っていたんだ!」
その言葉を聞き、少し由香利君の表情が和らいだ。
「その中に・・・?」
俺はうんうんと頷き、ことの経緯を説明した。
由香利君は終始無言で聞き、俺の説明が終わると「それなら仕方ありませんね」と納得してくれた.
俺はホッと安堵した。
もし誤解が解けなければ由香利君の鉄拳の嵐を見舞われている所だった。
俺はその雑誌を買って店を出て、ついてきた由香利君にこれからのことを説明した。
「いいかい。
この雑誌の小野良子が載っているということは、この雑誌社に行けば何か分かるかもしれない。
上手くいけば、尾崎より先に見つけられるかもしれないんだ。」
由香利君は頷き、そして俺が買ったエロ雑誌を奪い取った。
「確かに久能さんの言う通りです。
けど、この雑誌は私が持っておきますね。」
「そ、そんなあ。」
「何か文句でも?」
「いえ、何でもありません。」
この依頼が解決したあと、家でじっくり見るつもりだったのに。
俺の浅はかな楽しみは奪われてしまった。
まあ仕方ない。
今度由香利君にバレないように同じ雑誌を買おう。
そう思いながら由香利君に言った。
「じゃあその雑誌社に行こうか。
ここから遠くないから歩いてでもいけるはずだ。」
「そうですね。
情報は急いで集めた方がいいですもんね。」
「ああ、そうだ。
尾崎には負けられんからな。
さあ、行こう。」
そう言って歩き出す俺に、由香利君が後ろから声をかけてきた。
「ところで、どうしてエッチな本なんて見ていたんです。
今は仕事中のはずですよね。」
にこやかに笑いながら由香利君が尋ねる。
そ、その笑顔が怖い。
「い、いや、俺の探偵としての勘がここに情報があるっていってたんだよ。」
「ふーん。」
そう言って由香利君は肘で軽く俺の脇腹を小突いた。
「本当に、いつもエッチなことしか頭にないんですね。」
冷ややかな目線を向けてから、由香利君が歩き出す。
「いや、誤解だよ。
俺はいつだって紳士だよ。
現に由香利君にはそこまでエロいことをしていないじゃないか。」
言った途端、俺はしまったと思った。
「当たり前です!」
チョップで顔面を叩かれた。
俺は顔を押さえつつ、最近思っていることを口にした。
「あのさ、なんだか最近由香利君に殴られるのがちょっと気持ちいいって思うようになったんだけど、俺って変態かな?」
その言葉を言った直後、由香利君が汚物を見るような目で言い放った。
「はい。間違いなく変態です。」
そうか、やはり俺は変態か。
俺は変態は変態らしくしようと思って、由香利君のお尻を撫でた。
「いやあ、俺って変態だから。
許してね。」
その2秒後、由香利君の回し裏拳で俺の顎は外れかけた。
「次やったら、その顔へこましますよ。」
「はい、すいません。」
俺は素直に謝った。
由香利君の前では、大人しくいい子でいないと身がもたないかもなと思った。
顎を押さえてしゃがみ込んでいる俺に、「変態」と由香利君の言葉が降ってきた。

                             第五話 またまたつづく



不思議探偵誌 第五話 超能力対決(2)

  • 2010.07.10 Saturday
  • 10:30
 頼りない情報で人捜しをするのはとても大変なことである。
人捜しには情報がいる。
しかし、今捜している人は、小学生の時にぽっちゃりしていて眼鏡をかけており、名前は小野良子というこれだけの情報だった。
しかもこの人物を捜してくれと依頼きてきたのは50歳の男性で、この情報はもう40年近く前のものになるということだ。
この依頼人の初恋の人だという。
尾崎周五郎という超能力を使える探偵から、どちらかが先にこの初恋の人を捜せるかと勝負を持ちかけられ、負けたら探偵事務所の看板を降ろさなくてはいけなくなる。
ああ、やっかいなことになった。
俺はこんな勝負は受けたくなかったのだが、由香利君が相手の挑発的な態度にのってしまい、渋々引き受けることになった。
案の定こんな乏しい情報で人捜しなど出来るはずがなく、捜索から3日経っても何の手がかりも得られなかった。
「どうしよう、やばいよ由香利君。」
焦りながら俺が言うと、由香利君は澄ました顔で答えた。
「大丈夫ですよ、まだ期限は四日残ってるじゃないですか。」
そう、見つけるまでの期限は一週間。
それまでに見つけた方が勝ちである。
「でもねえ、まだ何の手がかりも無いんだよ。
これじゃ捜しようがないよ。」
俺は弱気になっていた。
そもそも超能力に関しては尾崎の方がはるかに上なのだ。
明らかにこちらに分が悪い。
しかし由香利君はそんなことおかまいなしという感じで言い放った。
「きっと大丈夫です。
あんな嫌味なやつに負けるわけありませんよ。
確かに能力は向こうの方が上だけど、久能さんだってちゃんと超能力を使えるじゃないですか。」
「まあ、そうだが・・・。」
しかし俺の能力と尾崎の能力では豆鉄砲とバズーカくらいの差がある。
負けたら事務所の看板を降ろす。
そのことが目の前にちらついて、俺は眠れない日々を過ごしていた。
「さあ、今日も捜索に出掛けましょう!」
元気に由香利君に促され、俺達はへ捜索へと乗り出した。
こんな乏しい情報で何を見つけろというのか。
そんな気持ちを抱きながらも夕方になるまで何とか情報を集めようと街を歩き回った。
「はあ、今日もダメみたいですねえ。」
少し気落ちしたように由香利君が言う。
「元々こっちに分が悪い勝負だ。
尾崎の方はご自慢の超能力を使って、もう何かしら情報を集めてるかもな。」
何の手がかりも無いまま、俺達はトボトボと街を歩いていた。
「なあ、由香利君。
もし俺が負けて事務所をやめることになったら、君はどうするつもりだ?」
由香利君は少し考える仕草をしてから、笑顔を作って答えた。
「そうですね。
その時はその時で考えます。
私は久能さんが負けるとは思っていませんから。」
その信頼はどこからくるのか。
信用してくれるのはありがたいが、俺にはそれにむくいる自信は無かった。
「次のバイト先でも探しておいてくれ。」
俺はもう諦めたような口調で言った。
「何言ってるんですか。
まだ負けたわけじゃないんですよ。
これからが勝負ですよ。」
「由香利君・・・。」
君がもうちょっと年上で、もうちょっとボインだったら、俺は迷わず君に交際を申し込んでいる。
そんな俺の気持ちを知ってから知らずか、由香利君は「まだこれからです」と俺を励ます。
「ありがとう、ちょっとやる気が出て来たよ。」
そう言って冗談でお尻をポンと叩くと、「調子にのるな!」と言われて金的を蹴られた。
「ぐふう!」
この前から股間に集中的にダメージを受けている。
俺は本気で種無しになることを心配した。
「由香利君、怒るのはいいけど、金的だけは勘弁を・・・。」
そう言いかけたとき、向こうから尾崎が歩いてきた。
向こうも俺達を見つけたようで、ニヤニヤと嫌らしい笑顔を作りながらこちらへ歩いてくる。
「やあ、久能さん。
何か進展はありましたかな?」
まるで見下すような目で偉そうに言ってくる。
くそう、むかつくやつだ。
尾崎は小脇に抱えてきた大きな封筒を掲げて見せて、ニヤリと笑った。
「私の方は色々と情報が集まりましたよ。
この超能力を駆使してね。」
勝ち誇ったように言われて悔しかったが、実際こちらは何の手がかりも入手出来ていないので何も言い返せない。
「黙っている所を見ると、何も進展が無いようですね。
まあ、それがあなたの限界ですよ。」
それを聞いた由香利君は怒った顔をして反論する。
「まだ勝負は決まったわけじゃありません。
偉そうにしないで下さい。」
強がりにしか聞こえないその言葉に、尾崎は声を出して笑った。
「相変わらず威勢のいいお嬢さんだ。
しかしもう結果は見えているんじゃないですか?
元々久能さんの貧弱な能力では、それを探偵に活かすことすら出来ないでしょう。」
「そ、そんなこと・・・。」
言いかけて由香利君は黙りこむ。
尾崎の言うことはもっともだ。
この能力が探偵業で役に立ったのは数えるほどしかない。
俺はがっくりと項垂れ、もうほとんど負けを認める状態になっていた。
「久能さん、しっかして下さいよ。
こんなやつに負けないで下さい!」
由香利君に励まされるが、俺は「そいつの言う通りだよ」と呟いただけだった。
「どうせ俺なんて、事務所でエロ雑誌を読んでいるのがお似合いなのさ。」
俺は悲しげな目で遠くを見て、立ち寄った本屋で見たエロ雑誌の内容を思い出していた。
あのページのお姉ちゃん、いい胸とお尻をしていたなあ。
現実逃避をしている俺に、由香利君の鉄拳が飛んできた。
「ぐはあ!
いきなり何を。」
由香利君は俺の前で仁王立ちで怒っている。
「今、いやらしい顔をしていましたよ。
どうせエッチなことを考えていたんでしょう。」
どうやら俺のニヤけた顔を見て心を読まれたらしい。
こういう所には驚くほど鋭い子だ。
「いや、俺は別にそんなことは・・・。」
由香利君に言い訳をしていると、尾崎が高らかに笑いだした。
「ははは。
まったくもってダメだ探偵さんだ。
こ頭の中はエッチなことでいっぱいで、その上助手に殴られるときたもんだ。
久能さん。
私はなんだかあなたが不憫に思えてきましたよ。」
「な、何だと!
人を馬鹿にするな。」
しかし尾崎は笑い声を止めない。
くそう。
完全に見下された。
俺はその場でがっくりと膝をつき、頭の中からはエロ雑誌のことが消えていった。
「久能さん!
しっかりして下さい。
こんなやつに負けちゃダメですよ。」
由香利君の励ましの言葉も、虚しく耳に響くだけだった。
「どうせ、どうせ俺なんて。」
俺は事務所をやめる覚悟をした。
どう考えても、尾崎に勝てる気がしなかった。
「ふふふ、久能さん。
このまま決着がつくのは面白くないので、あなたに特別プレゼントをあげましょう。」
尾崎が俺の前に寄って来てそう言った。
「特別プレゼント?」
そう尋ねる俺に、尾崎は不敵な笑みを浮かべながら頷いた。
「元々あなたと私では能力に差がありすぎる。
だから、あなたにハンデをあげようと言っているんですよ。」
そう言った尾崎は小脇に抱えていた封筒から一枚の写真を取り出した。
それを俺に差し出し、「これが今の小野良子の姿です」と言った。
俺は写真を受け取り、繁々とそれを見た。
そこには美しく年齢を重ねた一人の女性が写っていた。
写真からでも色気が放たれているのが分かる。
男の心を魅了するような熟女だった。
尾崎はもうこんな写真を手に入れていたのか。
俺は素直に感心した。
「綺麗な人ですね。」
横から覗き込んだ由香利君も、その写真に写っている女性を称えた。
これが今の小野良子。
俺のストライクゾーンだった。
「そしてもう一つ。」
尾崎は写真を俺から取り返すと、もったいぶって言った。
「小野良子は、現在この街に住んでいるそうです。」
何だと!
そんなことまで突き止めていたのか。
なんて優秀な探偵だ。
俺は驚く目で尾崎を見つめた。
「ふふふ、私はあなたとは違うんですよ。
もう近いうちに、小野良子を見つけ出してみせますよ。
そして、あなたに探偵事務所をやめてもらい、超能力探偵は私一人で十分だということを証明してみせます。」
俺は悔しかった。
まったくもって言い返せない。
それにこれだけ情報を与えてくるなんて、自分が絶対に勝つ自信があるに他ならないからだ。
今まで自分が集めた情報を俺に教えても、なお自分が勝つことを確信している。
尾崎は完全に俺を見下しているのだ。
「じゃあ、私はまだ捜索を続けますのでこれで失礼しますよ。
まあ、せいぜいあがいて下さい、貧弱な超能力探偵さん。」
そう言って笑いながら尾崎は去って行った。
「久能さん、大丈夫ですか?」
膝をついたままの俺を由香利君が心配する。
俺はしばらく茫然としていた。
「でもよかったですね。
こんなに情報がもらえて。
敵に情報を教えたことを後悔させてやりましょう。
さあ、早く立って私達も捜索を続けましょうよ。」
由香利君に肘を持って立たされ、俺はふうっとため息をついた。
「勝てるかなあ、俺。」
そう呟いた俺に由香利君が励ますように言う。
「勝てますよ。
久能さんは、あんなやつに負けたりしません!」
そう言われて少し元気が出てきた。
俺は尾崎からもらった情報を頭に叩きこみ、捜索に力を入れることにした。
「よし、じゃあやるか、由香利君!」
そう言ってポンとお尻を叩くと、いつもより数倍重い鉄拳が飛んできた。
「だから調子に乗るな!」
俺は殴られてクラクラした頭を押さえつつ、由香利君に寄りかかった。
今度は回し蹴りが飛んできて、俺は頭に入れた尾崎からの情報が全部吹き飛びそうになった。
「ほら、行きますよ。」
回し蹴りをくらって倒れている俺を、由香利君はズルズルと引っ張って行った。

                                第五話 またつづく


不思議探偵誌 第五話 超能力対決

  • 2010.07.09 Friday
  • 10:44
 俺には超能力がある。
念動力、透視能力、そして予知能力だ。
念動力は軽いものを3cmまで動かせる。
透視能力は1cm先のものまで見通せる。
そして予知能力は1秒先の未来が見える。
そのどれもが一日に一回限定でしか使えなく、恥ずかしながら探偵業を営む間に、この能力が役に立つことはほとんどなかった。
まあ自分でも大した能力ではないと思っている。
ずば抜けて頭がいいとか、すごく運動神経がいいとかいう方がよっぽど役に立ちそうである。
が、しかし、そんな俺の超能力に対抗心を燃やし、自分と勝負しろという男がいた。
名前は尾崎周五郎。
茂美の雑誌社が発行している月刊「ケダモノ」に俺の超能力のことが載ったことがある。
もちろん良識のある人間はそんな雑誌に書いてあることなど信用はしていないが、この尾崎という男は違った。
「俺にだって超能力がある。」
そう言って事務所を尋ねてきたのは昨日だった。
応対に出た由香利君は「なんかおかしな人が来ました」と俺に耳打ちをし、その男を中に案内させて座らせると、いきなり「俺の勝負しろ」ときたものだ。
突然のことに、何を言ってるんだコイツという顔で俺と由香利君が見つめると、尾崎という男は「俺にだって超能力がある」と大きな声で言った。
俺と由香利君は顔を見合わせ、なんかやばいやつが来たなあと困った顔をしていた。
「私、お茶淹れてきますね。」
そう言ってそそくさと立ち上がる由香利君を見送ると、尾崎はテーブルをどんと叩いた。
俺はビクっとなって身をすくませ、ちょっと物怖じした顔で尾崎を見た。
「久能さんとおっしゃるんですね。」
低い声で尾崎はそう尋ねてきた。
「はい、そうですが。」
そう答えると、尾崎は名刺を差し出してきた。
俺はそれを手に取り、書いてあることを見てちょっとびっくりした。
「超能力探偵、尾崎周五郎」
俺は顔をあげ、尾崎の顔を見た。
超能力探偵だと?
この男も俺の同じような力を持つ探偵だというのか。
俺は一応自分の名刺も相手に差し出した。
それを受け取った尾崎は「ふっ」と不敵に笑い、何故か勝ち誇ったような目で俺を見た。
「久能さん。
あなたは名刺に自分が超能力が使える探偵だとは書いていないんですね。」
俺の名刺を上着のポケットにしまうと、不敵な笑みを保ったまま続けた。
「表の看板にも、久能探偵事務所としか書いていなかった。
あなた、ご自分の超能力に自信が無いのですか?」
尾崎は声に出して笑い、ソファに背を預けた。
そんなもの書くわけないだろう。
超能力なんて書いたら、怪しい人間だと思われて誰も依頼をしに来なくなるではないか。
しかし、尾崎は違うようだった。
「私はね、堂々と自分が超能力が使える人間だと公言していますよ。
名刺はもちろん、看板も超能力探偵、尾崎周五郎と書いています。」
「はあ、そうですか。」
俺が気のない返事を返していると、由香利君がお茶を運んできた。
「どうぞ。」
そう言って尾崎の前にお茶を置く。
「ふふふ。」
尾崎がいきなり笑った。
なんだ、コイツ。
気持ち悪い。
俺は尾崎のことを変人だと思い始めていた。
「私は予知していましたよ。
持って来るお茶が玄米茶だとね。」
「はあ、それはすごいですね。」
こいつは完全に頭のおかしい人間だ。
俺は真剣に相手にすることをやめた。
「なんか、おかしな人ですね。」
俺の横に座った由香利君がそっと呟く。
俺も頷き、お茶をすすってから尾崎に尋ねた。
「尾崎さん。
あなたが超能力を使えるかどうかは知りませんが、どうして今日うちの事務所を訪ねて来られたんですか?」
そう言うと、尾崎は真剣な顔になって俺を睨んだ。
「久能さん、あなた月刊ケダモノという雑誌を御存じか?」
「ええ、うちの事務所の上の階に入っている雑誌社ですから。」
「じゃあその雑誌をいつも読んでおられる?」
「いいえ、読んだことはほとんどありません。」
誰があんな妙な雑誌を読むものか。
どうせ書いてあるのは下らないネタばかりだろう。
読まずとも、読むに値しない雑誌であることくらいは分かる。
しかし尾崎は違ったようだ。
「久能さん。
私はいつもあの雑誌を読んでいます。
そして以前、超能力が使える探偵としてあなたのことが載っていたのですよ。」
それは知っている。
いつだったか茂美が著能力の特集をするということで、俺に協力を依頼してきたことがあった。
その記事の中に俺のことが載っていたはずだ。
「私はね、その記事を読んでから、是非あなたと対決したいと考えていたんですよ。」
「俺と対決?」
尾崎は頷き、お茶を飲んでから身を乗り出して挑戦的に言ってきた。
「久能さん!
私とどちらが本当の超能力探偵に相応しいか勝負をしようじゃありませんか。
この世に超能力を使える探偵は二人もいらない。
私だけで十分です。
だから勝負してあなたが負けたら、探偵をやめてもらいます。」
何をいきなり言ってくるんだコイツは。
勝負して負けたら探偵をやめろだと。
「やっぱり頭のネジが緩んでますね、この人。」
また由香利君が呟く。
まったくだ。
どうにかしている。
しかし尾崎はこちらのことなど全くおかまいなしに続けてくる。
「一昨日、私の事務所の初恋の人を捜して欲しいという依頼が来ました。
そこでです。
この依頼をどちらが先に解決出来るか、超能力を使って勝負しようじゃありませんか。」
そう言って、尾崎は依頼のことを詳しく書かれた紙をテーブルの上に置いた。
「依頼人には許可を取っています。
私とあなた、どちらが先を初恋の人を見つけるかということをね。」
俺はテーブルに置かれた紙を手に取って見た。
依頼主は50歳の男性で、小学校の時に初恋をした相手を見つけて欲しい。
小学生の時の特徴は、ちょっとぽっちゃりしていて眼鏡をかけていた。
名前は小野良子。
情報はたったこれだけである。
「ふふふ、本来ならこんな情報で見つけられるはずがない。
しかし、私には超能力がある。
だからきっとこの初恋の人を捜し出してみせますよ。
まさかこの勝負、逃げないですよね。」
うーん、逃げたい。
見つける自信もないし、第一この尾崎ってやつと関わるのが嫌だ。
俺は断ろうと思って口を開きかけると、由香利君が「この勝負受けます」と言った。
「ちょ、ちょっと由香利君!
いきなり何を言い出すんだ。」
俺は慌てて抗議した。
もし負けたら事務所をやめなくてはいけないというのに。
しかし由香利君はやる気満々だった。
「久能さん!
逃げていいんですか。
こんなに挑戦的な態度を取られているのに。
久能さんだって立派な超能力者じゃないですか。
この勝負、受けて立ちましょうよ!」
由香利君は空手をやっているせいか負けん気が強いようである。
その言葉を聞いた尾崎は高らかに笑った。
「ははは。
威勢のいいお嬢さんだ。
ねえ、久能さん。
もし私が負けたらこちらが事務所をやめますよ。
まあ、私が負けることなど有り得ませんがね、ははは。」
由香利君は顔を真っ赤にして怒りながら言った。
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか!
久能さんだって今までちゃんと依頼を解決してきたんです。
この勝負、絶対負けたりしません。」
勢い込む由香利君に、俺も仕方ないかという感じで頷いた。
「いいでしょう。
この勝負、受けて立ちますよ。」
尾崎は真剣な顔に戻り、「それでこそ私が勝負を挑んだ相手だ」と満足そうだ。
俺はとっても不満だが。
「私は以前月刊ケダモノで見たからあなたの能力は知っている。
だから私の能力もお教えしておきましょう。
そうでないと公平とは言えませんからね。」
そう言って尾崎は自分の能力について語り出した。
「私にもあたなと同様三つの能力があります。」
そう言って尾崎は三本の指を立てた。
「まず一つ。
5キロ先のものまで透視が出来る。」
何だと!
俺は口を開けて驚いた。
俺は1cm先までだというのに。
尾崎は指を折りながら二つめの能力について語った。
「そして次に、手を触れずに物を動かすことが出来る。
車くらいの重さのものまでなら宙に浮かすことが出来ますよ。」
な、何い!
俺は軽い物を3cm動かすだけだというのに。
「そして最後。」
尾崎は一呼吸おいてから、また指を折って言った。
「10秒先まで予知が出来る。」
これも俺より上だ。
俺は1秒先までだ。
しかし10秒先までというのは他の能力に比べて微妙だなとは思った。
「時間は一週間。
その間に依頼人の初恋の人を見つけた方が勝ちです。
まあ能力からいって私の方が上だから勝負にもならないかもしれませんが。
あ、そうそう。
ちなみに私は一日に何度でも能力を使うことが出来ます。
あなたは一日に一回だけでしたよね。
まったくもって、貧弱な能力だ。」
尾崎は馬鹿にしたように笑うが、本当のことなので反論出来ない。
しかし由香利君は立ち上がり、尾崎に向かって強い口調で言った。
「勝負はやってみるまでわかりません!
あとで吠え面かくのは、そっちかもしれませんよ。」
尾崎はその言葉に軽く笑い、「まあ、どうせ勝つのは私ですよと」と言葉を残して事務所を去って行った。
それが昨日のことだ。
そして今日、俺は尾崎との勝負の為に捜索に出掛ける。
「久能さん!
絶対あんなやつに負けちゃダメですよ!
今日は私も大学の講義を休んで来ているんですから、絶対に何か成果をあげましょうね。」
意気込む由香利君に頷き、俺達は捜索へと乗り出した。
さて、明らかに俺に分が悪いこの勝負、どうなることやら。
事務所から外に出て、通りをゆく美人に目を奪われながら俺は考えた。
はあ、事務所でエロ雑誌でも読んでいたいな。
捜索途中の道で寄った本屋で、エロ雑誌を買うと、「真面目にやれ!」と由香利君の鉄拳が飛んできた。
由香利君からの鉄拳が、少し気持ちいいと感じ始めたのは内緒にしておいた。

                                     第五話 つづく

不思議探偵誌 第四話 未確認生物(3)

  • 2010.07.08 Thursday
  • 10:40
 「きゃあ!
なんでこのヘビがいるんですか!」
事務所に出勤してくるなり、由香利君が悲鳴を上げた。
その理由は昨日出会ったヘビのような生き物が事務所にいるからで、由香利君は腰が引けた様子で俺の近くに寄って来た。
「それがなあ、ついて来ちゃったんだよ。」
昨日由香利君が帰ったあと、俺もしばらくしてから家に帰った。
「なあ、おっちゃん。
由香利ちゃん紹介してえなあ。」
そう言いながらこのヘビは俺の家までついて来て、あまつさえ事務所にまで来てしまったというわけだ。
「捨てて来て下さい!
早く!」
金切り声を上げる由香利君に、俺は「まあまあ」と言って肩を叩いた。
ヘビは二つ頭があり、右の頭がイチロウ、左がジロウという名前である。
事務所のソファの上にいたヘビはにょろにょろっと動いて由香利君の傍に寄って来ようとする。
「おはよう、由香利ちゃん。
今日もええ天気やなあ。」
イチロウが朗らかな声で話しかける。
「こ、来ないで!」
慌てて逃げ出す由香利君。
顔は真っ青で、まるで自分がとって食われるんじゃないかというような感じの恐怖を浮かべている。
「久能さん!
それ、何とかして下さい!」
よほどこのヘビが怖いらしい。
まあそれも当然か。
こいつは爬虫類のくせに人間の嫁さんが欲しいなどとぬかしていた。
そしてその第一候補にあがっているのが由香利君である。
どうやら由香利君はこのヘビの好みタイプであるらしく、昨日からずっと俺に由香利君との仲を取り持ってくれと頼んできている。
叶わぬ願いであると何度も諭したが、このヘビは一向に聞き入れなかった。
「由香利ちゃん、なんでそんなに俺らのこと嫌がるん?」
ジロウが悲しげに言う。
そりゃあ嫌がるだろう。
どこの誰がヘビのプロポーズなど喜ぶものか。
俺は必死に由香利君にアプローチをかけるヘビを見ながら、アホらしいと思っていた。
「私は爬虫類が苦手なの!
第一人間とヘビが付き合えるわけないでしょう。」
由香利君の理屈はもっともである。
しかしこのヘビはそんなことはおかまいなしだ。
「なあ、俺ら真剣やで。
本気で由香利ちゃんのことが好きやねん。
人間とヘビなんて些細な問題やん。
ヘビかやら付き合えへんなんて、そんなん偏見やで。」
明らかに偏見の意味を間違えているが、俺は指摘せず、なんだか面白いのでしばらく放っておくことにした。
「私はヘビなんかと付き合う気は一切無いの!
そんなにお嫁さんが欲しいなら、同じヘビに頼めばいいでしょう。」
俺の背中に隠れ、怯えながら由香利君が言う。
「そんなん嫌や!
俺らは人間の嫁さんが欲しいんや!」
イチロウが悲痛な感じで叫んだ。
「なんでよ!
ヘビなんだからヘビと結婚すればいいでしょう。」
これももっともな理屈だ。
どうして人間の嫁さんが欲しいのか、そのことは俺もずっと疑問に思っていた。
するとジロウがチロチロと舌を出しながら答えた。
「だって、ヘビなんか全然色気の無い体してるやん。
俺らはな、人間の女のボインにくびれた腰、そんでプリっと張ったお尻がええねん。」
ただのエロヘビではないか。
まあ俺も人のことは言えないが。
「それには、由香利ちゃんツンと澄ましててカッコええやん。
昨日そこのおっちゃんに決めたかかと落とし、痺れたでえ。」
どうやら由香利君のような堅い感じで、真面目なタイプが好きらしい。
強い女というのも魅力的に感じているのかもしれない。
「あのね、由香利君は確かにツンと澄ましてる所はあるかど、ボインでは無いと思うんだ。」
「余計なこと言わないで下さい!」
頭に拳骨が降ってきた。
「ちょっと、痛いなあ、もう。
冗談で言っただけじゃないか。」
俺が頭を押さえながら言うと、ヘビどもは喜んだ口調で言った。
「やっぱりカッコええわあ、由香利ちゃん。」
「ほんまや、惚れ直してまうで。」
喜ぶヘビを見て、由香利君が顔をゆがめる。
本当に嫌がっているんだな。
「由香利ちゃん、俺らの嫁さんになってー。」
そう言って由香利君を追いかける。
「きゃあ!
来ないでえ!」
走って逃げる由香利君。
事務所のなかでしばらく追いかけっこが続いた。
「由香利ちゃん、好っきゃでえー。」
「私は嫌いよー!」
ドタバタ事務所内を走り回る姿を見ていると、由香利君が助けを求めてきた。
「く、久能さん!
茂美さんを呼んで下さい!
それでこのヘビを引き取ってもらって!」
必死にそう叫ぶ由香利君は泣きそうな顔になっている。
俺としてはもう少しこの面白い状況を楽しんでいたいのだが、あまり放ったらかしにすると由香利君が可哀想だ。
俺は受話器を取り、茂美のいる上の階の雑誌社に電話をかけた。
「はいもしもし。
こちら月刊「ケダモノ」ですけど。」
ちょうど茂美が出てくれたようで、俺は頼まれていたヘビが、今うちに事務所にいることを伝えた。
「あら、本当に見つかったの?
どうせガセネタだったと思ってたのに。」
こ、この女は。
ガセネタだと思っているものをうちに依頼として持ってくるな。
怒ってやろうと思ったが、どうせ効果は無いのだろうでやめておく。
「今由香利君にプロポーズをしている最中なんだ。
早く来てくれないと由香利君がヘビの嫁さんになってしまう。」
今もドタバタいわせながら走り回っている。
「何?
どういうこと?
由香利ちゃんがヘビのお嫁さんになる?」
不思議そうに茂美が訪ねてくる。
「詳しいことは来てくれれば分かる。
待ってるからすぐに来てくれ。」
茂美は「分かったわ」と言って電話を切った。
それからものの1分ほどで茂美は事務所にやってきた。
「あらあら、随分賑やかねえ。」
走り回る由香利君とヘビを見て、茂美は笑いながらそう言った。
体のラインがぴっちりと出るスーツに身を包んでおり、膝上までのスカートが俺の目の惹いた。
うーん、中々色っぽい。
「あ、茂美さん!
お願いです。
このヘビなんとかして下さい。」
茂美は由香利君を追いかけるヘビに目をやり、「あら、ネットの噂通りだわ」と驚いた表情を見せた。
「昨日駅で見つけたんだ。
なんでも人間の嫁さんが欲しいそうで、今由香利君に猛アプローチをかけている所だ。」
茂美は「ふふ」っと笑い、走り回る光景を眺めている。
そして由香利君を追いかけるヘビの間に割って入り、「初めまして」と不敵に笑って挨拶した。
「な、なんや、このべっぴんさんは!」
イチロウがそう言って動きを止める。
「このお姉さん、ボインやないか!」
ジロウが大きな声を出す。
「本当に関西弁を喋るのね。」
茂美は感心したように言い、ヘビに近づいて行く。
「久能さん!」
由香利君が俺の後ろに回ってヘビから身を隠すようにした。
茂美はヘビの近くに寄ると、その姿をじっくりと観察した。
「これは大スクープだわ。
まさか本当にいたなんて。
これで今回の未確認生物特集もヒット間違いなしね。」
そう言うとそのヘビを手で掴んだ。
「わ、茂美さん!
よくそんなことが出来ますね。」
由香利君が驚いた声を出す。
俺もびっくりだ。
よくあんなヘビを素手で掴めるものだ。
感心して見ていると、茂美がこちらを振り返って言った。
「ねえ、久能さん。
このヘビ、私がもらってもいいわよね。」
茂美はニコニコ笑いながらそのヘビを愛おしそうに見つめている。
一体茂美はどんな神経をしているのか?
俺は理解に苦しみながらも、「どうぞご自由に」と答えた。
「うふふ、ヘビさん。
じゃあ私と一緒に出掛けましょうか。」
茂美はヘビの頭を撫で、目を細めて笑いかけている。
「こ、こんなべっぴんさんが俺を欲しがってるなんて。」
イチロウが感極まりない声で言う。
「春や、俺らにも春が来たんや!」
ジロウが嬉しそうに叫んだ。
「いやあ、よかったな、由香利君。
これであのヘビから解放されるぞ。」
「はい!
もうアメリカでも月でもどこにでも連れて行っちゃって下さい。」
ヘビから解放された由香利君はホっとしたように笑い、茂美は不敵な笑みを浮かべて頷いている。
「お姉さん、俺らあんたのこと嫁さんにする。」
イチロウが強い口調で言う。
「そうや、俺らはこらから夫婦や。
どこでも一緒に行くでえ。」
ジロウが嬉しそうに叫ぶ。
「あら、それはよかったわ。
じゃあこれからヘビを研究してる大学に行きましょうか。
そこであなたのことを色々調べてもらいましょう。」
ヘビは口を揃えて「え?」とすっとんきょうな声を出した。
「細胞を採取したり、毛をむしったり、他にもあんなことやこんなことをして徹底的にあたなのことを調べさせてもらうわよ。」
ニッコリと微笑みながらそう言う茂美に、ヘビは焦ったように抗議した。
「そ、そんなん嫌やー!」
イチロウが叫ぶ。
「あんなことやこんなことなんてされたあない!
堪忍してー!」
ジロウも懇願するように言う。
喚くヘビを無視して、茂美はヘビを掴んだまま事務所を出て行こうとする。
「うふふ、胸が高鳴るわ。」
そう言い残し、茂美は事務所から出て行った。
「やっぱり由香利ちゃんがええ!
由香利ちゃん、俺らの嫁さんになってー!」
「そうや、こんな女嫌やー!」
ドア越しにヘビの声が聞こえる。
茂美、お前は恐ろしい女だ。
俺はふうっとため息をつき、椅子に体を預けた。
「はあ、助かった。
どうなることかと思いましたよ。」
由香利君もソファに座り込む。
「なんか慌ただしいやつだったな。」
これから茂美があのヘビをどうするのか、あまり考えたくもないので頭から振り払った。
「はあ、茂美さんのおかげで助かった。」
そう言って由香利君も大きくため息をついた。
「由香利君が好きだと言っていたわりには、すぐに茂美にのりかえたな、あのヘビ。」
「そうですね、私としては助かりましてけど。」
多分、由香利君より茂美の体の方が色っぽかったからだろう。
とことんエロいヘビだ。
「由香利君ももうちょっと胸が大きかったらまだあのヘビから追いかけ回されていたかもな。」
そう言うと由香利君は怒ったように口を尖らせた。
「私だってそれなりに胸はありますよ。」
ほほう。
その言葉を聞き、俺は立ち上がって由香利君の後ろに回る。
「な、なんですか?」
怪訝な顔して由香利君が尋ねる。
「いや、それなりに胸があるかどうか確かめようと思って。」
そう言って冗談で胸を触るふりをしただけなのに、由香利君の鉄拳が嵐のように飛んできた。
「この変態!
久能さんも、茂美さんに連れていってもらって大学で脳みそでも調べてもらったらどうですか。」
そう言って最後に強烈なかかと落としをくらった。
相変わらずすごい威力だ。
由香利君、もうちょっと手加減してね。
そう思いながら由香利君の胸を見た。
「見ないで下さい!」
再度かかと落としをくらい、俺は大股を開いて倒れ込んだ。
そろそろ本当のSMに目覚めそうだった。
由香利君、そうなったら君のせいだからね。
倒れている俺に、冷ややかな目線を送る由香利君に快感を感じていた。
俺、だんだん変態度が増していっているなと思った。

                                    第四話 完






不思議探偵誌 第四話 未確認生物(2)

  • 2010.07.07 Wednesday
  • 10:37
 夕方を過ぎると、仕事帰りの人達で駅は混み合った。
くたびれた感じのサラリーマンや、疲れた顔をしたOLが次々に駅から吐き出されていく。
俺も昔はあんな生活をしていたなあと思いつつ、駅から出てくる人達を眺めていた。
茂美から変なヘビの捜索を依頼され、俺と由香利君は夕方から駅の周辺をうろついていた。
その変なヘビは頭が二つあり、全身毛むくじゃらで関西弁を話すという。
よく目撃されるのは駅の周辺で、夕方から夜にかけて出没するらしい。
そして無類の女好きで、若い女性を見かけると「俺のこと、どう思う?」と話しかけるというなんともふざけた生物だ。
どうせそんなヘビはいないとは思っているが、一応は依頼を受けた身である。
かたちだけでも探しておいた方がいいだろうと思って、由香利君と一緒にやって来たわけだ。
「もし見つけたらどうしますか?」
由香利君が駅を見つめながら尋ねてくる。
「そうだな。
どうせいるわけないだろうけど、もし見つけたらとりあえず話しかけてみようか。
関西弁で喋るらしいから、会話が出来るかもしれんからな。」
「そのあとはどうします?
やっぱり捕まえますか?」
うーん、どうだろう。
もし捕まえて持って帰れば、茂美は大喜びするだろう。
でもそんなヘビを捕まえるのも気が引けるというものだ。
「もし見つけたら、話しかけるのは久能さんに任せますね。
私、爬虫類ってちょっと苦手だから。」
二つも頭があって、全身毛むくじゃらで関西弁を話すヘビなど、誰だって苦手だろう。
もし見つけても、捕まえるのはやめようかな。
「私、そこの自販機で何か飲み物を買ってきますね。」
由香利君が少し離れた場所にある自販機に走って行った。
駅からは相変わらず人が吐き出され、俺はそれをぼーっと眺めながらサラリーマン時代を思い出していた。
いつもノルマがきつくて胃が痛かったな。
満員の通勤電車に乗るのも億劫だった。
むかつく上司は何度殴ってやろうかと思ったことか。
毎日変わりばえの無い生活で、およそ人生というものに張りがなかった。
楽しみと言えば、上司に隠れてエロ雑誌を読むことくらいだった。
それも見つかって没収された時には、泣きそうになったっけ。
もし宝くじを当てていなければ、俺は今でもサラリーマンだったのかな。
駅から出てくる会社帰りの人達を見ていると、ついそんなことを考えてしまう。
「久能さん、どうしたんですか?
ぼーっとしちゃって。」
振り返ると由香利君が缶コーヒーを差し出してきた。
俺はプルタブを開け、グイッと缶コーヒーをあおる。
「いや、ちょっとね。
昔を思い出していて。」
手に持った缶コーヒーを見つめながら、頭に浮かんだ昔のことを振り払う。
「久能さん、昔はサラリーマンだったんですよね。
どんな感じだったんですか?」
オレンジジュースを飲みながら、由香利君が俺を見る。
「そうだな。
いつも上司に隠れてエロ雑誌を読んでたな。」
由香利君はさけずむような視線を俺に投げ、はあっとため息をついている。
「今とあんまり変わらないですね。」
「うん、そうだな。
俺は根っからのエロ男なのかもしれん。」
「自分で言わないで下さい。」
そう言って肘で脇腹を小突かれた。
俺は飲んでいた缶コーヒーを吹き出してしまう。
サラリーマン時代はエロ雑誌を読んでいるのを見つかったとき、上司から冷ややかな目線を送られた。
今は読んでいるのを見つかると、由香利君の鉄拳が飛んでくる。
どっちの方がいいのかなと思ったが、心の奥底では今の方が温かみがある気がするのは気のせいだろうか。
「じゃあもう少し探しましょうか。」
由香利君がうんと背伸びをしてから言った。
「空き缶捨ててきますね。」
そう言って俺の分の缶も一緒にゴミ箱に捨てに行き、俺達はまた駅の周辺を捜索し始めた。
こんな馬鹿げた内容でも依頼は依頼。
俺達は日が沈むまで駅の周辺を探し回った。
駅から出てくる人も少なくなり、周りに人がいなくなった頃、俺達はもう一度さきほどと同じ場所に集まった。
「いませんでしたね。」
由香利君がちょっと残念そうに言う。
「まあ駅はここだけじゃないしな。
明日は別の駅を探してみよう。」
あまり期待は出来そうにないと思いつつ、そう言った。
「そうですね。
私お腹すいちゃった。
事務所に戻る前に何か食べて行きません?」
俺は「そうだな」と言って頷き、由香利君と事務所の方向に歩き出した。
どうせそんなヘビいるわけない。
探すだけ無駄だろうと思いながら歩き出した時、後ろから声がした。
「俺のこと、どう思う?」
俺も由香利君もビックリして、同時に後ろを振り返った。
だが誰もいない。
「なあ、俺のことどう思う?」
また声がして、もしかしたらと思いながら地面に視線を向けると、二つ頭のある全身毛むくじゃらのヘビらしき生き物がいた。
マジかよ。
心の中でそう呟き、目を凝らしてそのヘビらしきものをみた。
日が沈み、駅からの明かりだけなのではっきりとは見えにくいが、こいつは間違いなく茂美から依頼されたヘビだろう。
名前はボンレスだっけか。
「く、久能さん・・・、これって・・・。」
由香利君がそう言った瞬間、眉間に力が集中し、頭の中にヘビが飛びかかってくる映像が浮かんだ。
「危ない!」
とっさに由香利君の腕を掴んで引き寄せる。
由香利君のいた場所に、ヘビが飛びかかってきていた。
予知能力が働かなければ由香利君が危ない所だった。
「久能さん・・・。」
由香利君が俺の腕にしがみつき、背中の後ろに隠れるようにしてそのヘビを見た。
いくら空手が強いとはいえ、こういう怪しい生き物に恐怖を感じる所は女の子らしい。
ちょっと可愛い所を見たなと思いつつ、俺は身構えるようにしてヘビを睨んだ。
ヘビは二つの頭を持ち上げ、俺達をじっくり観察するように見たあと、「ひどいわあ」と言った。
何なんだ、こいつは。
「そんなに嫌がって避けんでもええやんか。
俺、傷付くわあ。」
二つあるうちの、右側の頭が言った。
関西弁だ。
「なあ、俺のことどう思う?
感想聞かせてえや。」
今度は左の頭が喋る。
俺は軽くパニックになったが、後ろに隠れている由香利君はもっとパニックになっていた。
「久能さん!
この変なやつ、何とかして下さい!」
何とかして下さいと言われても、どうしていいのか俺にも分からない。
そうやって二人でたじろいでいると、右側の頭が喋った。
「変なやつってなんやの!
俺らちゃんと名前があるんやで!」
どうやら怒っているようだ。
舌をチロチロ出しながら、由香利君の方を睨んでいる。
「こ、怖い・・・。」
さらに背中に身を隠す由香利君。
「お前、そんな怒ったらお姉ちゃんが怖がってるやんか。
もうちょっと優しい聞きいや。」
左の頭がなだめるように言う。
「一体何なんだ、お前らは?」
軽いパニックを抑えて何とかそう言うと、ヘビはかしこまったように頭を持ち上げ、真っすぐこちらを見ながら言った。
「俺、イチロウ言いますねん。」
右の頭が言った。
「そんで俺はジロウ言いますねん。」
左の頭も、チロチロっと舌を出しながら言った。
こいつらは二つに別れた頭でそれぞれ名前がついているのか。
何て変なやつらだ。
「名前は分かった。
右がイチロウで左がジロウだな。」
「そうです。」
今度は両方一緒に答えた。
「じゃ、じゃあ聞くが、お前らは一体何者なんだ。
どうして由香利君に飛びつこうとした?」
二つの頭は顔を見合わせ、せわしなく頭を動かしてからイチロウが答えた。
「俺らが何者であるか?
そんなもん、俺らも知りまへん。」
ケロッとした口調で言い放つ。
「いや、知りまへんて。
自分がどういうやつなのかも分からないって言うのか?」
今度はジロウが頷いて喋り出した。
「俺ら産まれた時からこの姿やねん。
なんか普通のヘビと違うなあとは思っとったけど、別に深くは考えへんかったわ。」
いや、考えろよ。
どう見たって普通のヘビじゃないんだから。
周りのヘビと比べて、おかしいとか思うだろ。
俺は頭を掻きながら続けて聞いた。
「じゃあなんでいきなり由香利君に飛びかかってきたんだ。
何をするつもりだった?」
俺はちょっと口調を強くした。
背後で由香利君がヘビを窺っている。
「由香利ちゃんいうんかあ。
可愛い名前やなあ。」
イチロウがじっと由香利君を見つめる。
「ひっ!」
短い悲鳴をあげて由香利君が顔を隠した。
「抱きしめて欲しかったんや。」
ジロウも由香利君が隠れた由香利君を見るようにして言う。
「抱きしめて欲しかった?」
問い返した俺に、二つの頭が合わせて頷く。
「俺らな、女の子めっちゃ大好きやねん。
せやからな、抱きしめてもらおう思て。」
イチロウが舌を出しながら言う。
「その子めっちゃ可愛いやん。
だからな、俺らを優しく包んで欲しかったんや。」
ジロウが目を閉じて言った。
由香利君が顔を青くしてぶるっと身を震わす。
何を言ってるんだこいつらは。
頭がおかしいんじゃないのか?
「そんなに抱きしめて欲しいなら、同じヘビに頼めばいいだろう。」
そう言うとこのヘビどもは猛反論してきた。
「そんなん嫌や!
あんな細長い体のどこに魅力があんねん。
俺らは人間の女の子がええんや。」
イチロウの言葉に、ジロウが頷いて口を開く。
「俺らな、ある目的があって人間の女の子に声かけてんねん。
俺のこと、どう思う?って聞いたのもその為やねん。」
ある目的?
俺はどんな目的か想像がつかず、訝しげな顔で尋ねた。
「何だ、ある目的って?」
二つの頭はまた顔を見合わせ、まるで復唱のように声を揃えて言った。
「俺らな、人間の嫁さんが欲しいねん。」
しばらく沈黙が流れた。
俺は振り返り、由香利君に尋ねた。
「だそうだ、どう思う、由香利君?」
由香利君は背後に隠れたまま顔だけを出し、顔を強張らせて強く言った。
「私は絶対にお断りです!」
あまりに大声すぎて、耳にきんきんと響いた。
「えー、そんなあ。」
悲しげな声をイチロウが出す。
「俺ら、結構ええやつやで。」
ジロウがにこやかな口調で由香利君に言った。
「絶対に嫌!」
「そんな思いっきり断らんでも・・・。」
イチロウとジロウは項垂れてしまった。
ヘビのくせに人間の嫁さんが欲しい。
ヘビと呼べるかどうか怪しいが、それはこの際置いておこう。
しかし人間の嫁さんが欲しいとは。
「なあ由香利君、一度デートくらいしてあげたら?」
冗談で言っただけなのに、由香利君はジャンプして俺の脳天にかかと落としを決めた。
頭を抱え込んでしゃがみ込む俺。
「うわ、由香利ちゃんカッコエエ!」
「俺ら、強い女の子めっちゃ好みやねん。」
わなわなと怒りに震える由香利君はそのまま帰ってしまった。
「由香利ちゃん、可愛いなあ。」
「ほんまになあ、好みのタイプやわあ。」
ヘビどもの言葉を聞きながら、俺はかかと落としをくらった頭を撫でていた。
お前らが由香利君と結婚するなど、俺が仕事中にエロ雑誌を読むのをやめるくらい有り得ない。
去って行く由香利君の後姿を嬉しそうにみながら、イチロウとジロウは「早よポロポーズぜな」と息巻いていた。
とことんふざけたヘビどもだ。
痛む脳天を押さえながら、やっぱり茂美の依頼なんか受けるんじゃなかったと後悔していた。
「おっちゃん、俺らと由香利ちゃんとのキューピッドになってや。」
そうぬかすヘビどもに、俺は由香利君を真似てかかと落としをしようとした。
しかしかわされて不発に終わり、ビリっといって、俺のズボンのケツが破れただけだった。

                                 第四話 またつづく


不思議探偵誌 第四話 未確認生物

  • 2010.07.06 Tuesday
  • 10:44
 「あーあ、暇だなあ。」
椅子の背もたれに体を倒し、背伸びをしながらぼやいた。
ここの所まったく依頼が来ず、ずっと暇を持て余していた。
楽しみといえば、由香利君にばれないようにエロ雑誌を見たりすることくらいだった。
「確かにやることないですね。
この前の恋人捜しの一件以来、まったく依頼が来てませんもんね。」
あのぶちゅぶちゅキスをしまくる二人の件があってから二週間が経っていた。
その後二人はどうなったのか知らないし、知りたいとも思わないが、あんなカップルの依頼はもうごめんだった。
俺は立ち上がり、何気なく窓の外を見た。
いつもと変わらない景色。
暇を全身で感じつつ、大きな欠伸をしていると、事務所の呼び鈴が鳴った。
由香利君がドアへ向かうのを見ながら、どうせ何かの勧誘だろうと思っていた。
俺は椅子に座り、エロ雑誌を開く。
ああ、誰か依頼を持ってこないかなあ。
この際茂美でもいい。
暇で暇でしょうがなかった。
「久能さん、茂美さんです。」
思った途端来ると中々タイミングのいいやつだ。
どうせろくな依頼ではないだろうが、この暇が続くよりマシだ。
入って来た茂美にニッコリと微笑みかけ、由香利君に見つかる前にエロ雑誌をしまった。
「あら、今日は随分愛想がいいわね。」
訪ねてきた茂美に笑顔など見せたことはなかったので、驚いたような顔をして俺の机の前までやって来た。
「暇で暇でしょうがなくてね。
君が依頼でも持って来てくれたらいいのにって思ってた所なんだ。」
その言葉を聞いて茂美は「うふふ」と笑った。
いつもと同じくバシっとスーツに身を包み、魅惑的なボディラインを披露しながら持っていたバッグから紙を取り出した。
「いつもは嫌そうな顔するくせに、今日は私のことを待っててくれたってわけね。」
そういいながら取り出した紙を机の上に置く。
俺はその紙を手に取って書いてあることを眺めた。
どうせ茂美の依頼だからろくな内容じゃないとは思っていたが、それは予想通りだった。
紙には未確認生物の依頼、幻のヘビを探してほしいと書いてあった。
お茶を運んできた由香利君がその紙を覗き込む。
「へえ、幻のヘビですか。
なんか面白そうですね。」
由香利君から受け取ったお茶を一口すすり、茂美は腰に手を当てて言った。
「今うちの雑誌で未確認生物の特集をやっててね。
ツチノコとかチュパカブラとか色々調べてるんだけど、その中でもインターネットで話題になってる生き物がいるのよ。」
「それがこの幻のヘビですか?」
「そうよ。
頭が二つあって、全身毛むくじゃらなの。
それで関西弁で人間の言葉を喋るんですって。
目撃例が結構多いみたいなの。
だから今回の特集はそのヘビを目玉にしようと思って。」
なんだそのヘビは?
二つ頭があって全身毛むくじゃらまでは、まあいいとしよう。
しかし関西弁で人間の言葉を喋るなんて、そんなヘビがいるわけないだろう。
俺は苦笑しながら紙を机の上に置き、お茶をすすった。
「あら、笑ったわね。
そんなヘビいるわけないと思っているんでしょう?」
茂美が机に手を付いて上半身を乗り出してきた。
うーん、もうちょっと前のめりになってくれれば胸が見えそうだ。
俺は鼻の下を伸ばして茂美の胸のを眺めた。
「どこ見てんですか。」
脳天に由香利君のチョップが降ってきた。
「相変わらずエロいわね、久能さん。」
茂美が笑いながら言い、俺は頭を押さえながらふんと鼻を鳴らした。
「こんなもんどうせネットで話題になってるだけだろ。
馬鹿らしい。
そんなヘビがいるわけがない。」
俺はもう一口お茶をすすり、くるっと椅子を回して窓の外に目をやった。
「でもそんなこと言ったって、実際に超能力を使える人間がここにいるじゃないですか?」
「それとこれとは話が別だ。」
ふてくされた口調でそう言うと、茂美が俺の前に回ってきてまた上半身を屈めた。
「あら。
どこがどう別なのかしら?
超能力を使える人間だって、十分未確認生物に匹敵するくらい怪しい存在じゃない。」
そう言って胸元をわざと強調する茂美。
俺はゴクリと生唾を飲み、胸を凝視した。
「だから見るなって言ってるでしょ。」
今度は拳骨が降ってきて、俺は目ん玉が飛び出そうになった。
「ちょっと由香利君。
さっきから頭が痛いって。」
「久能さんが茂美さんの胸ばっかり見てるからですよ。」
見てるんじゃなくて、見せてくるんだって。
そう思ったが、黙ったまま俺は椅子を回して机に向かった。
未確認生物の捜索ねえ。
この依頼、どうしたもんか。
暇よりはマシかもしれないが、気の乗る依頼じゃないな。
俺はグイッとお茶を飲み干し、腕を組んで考え込んだ。
「ねえ、引き受けましょうよ。
どうせ何も依頼が無くて暇なんだし、何より面白そうじゃないですか。」
由香利君はやりたいようだが、どうしようか。
「由香利ちゃんもああ言ってることだし、引き受けてよ。
こんな依頼頼めるの、久能さんしかいないんだから。」
そう言って、茂美が俺の背中に胸を押し付けてくる。
うーん、中々いい感触だ。
「ね、お願い。」
そう言ってさらに胸を押し付けられた。
むほ、これはたまらん。
茂美の胸の感触を背中で堪能しながら、俺は一つ咳払いをして言った。
「ま、まあ、どうせ暇だし。
引き受けてもいいよ。」
そう言うと茂美はパッと笑顔になった。
「ありがとう、きっと久能さんならそう言ってくれると思ったわ。」
なんか簡単な色仕掛けにハマった気もするが、まあしょうがない。
もう引き受けると言ってしまったんだ。
茂美が背中ら胸を離し、俺の前に回って来てもう一枚紙を出してきた。
「これにそのヘビの詳しいことが書いてあるわ。
報酬は半分前払い、もう半分は見つけてくれたら出すわ。」
そう言って依頼料の入った封筒を机の上に置く。
「久しぶりの依頼ですね。
気合入れて探しましょうね!」
由香利君が一人で盛り上がり、俺は適当に頷いてお茶のお代わりを頼んだ。
「じゃあ私はこれで失礼するわね。
期待してるわよ、久能さん。」
最後にもう一度前屈みで胸をちらつかせ、茂美は笑顔を見せたまま事務所を出て行った。
茂美のやつ、いい胸してるなあ。
そう思いながら詳しくヘビのことが書かれた紙に目を通す。
えーと、なになに。
このヘビの名前は「ボンレス」。
なんだ、このハムみたいな名前は。
よく目撃される場所、駅の周辺。
どんなとこに生息してるんだよ。
好む食べ物、雑草。
ヘビのくせに草食かよ。
主に夕方から夜にかけて目撃されるとのこと。
無類の女好きで、若い女性を見かけると、「俺のこと、どう思う?」と尋ねてくるらしい。
とことんふざけた生物だな。
探す気が一気に失せていく。
「はい、お茶どうぞ。」
由香利君がお代わりのお茶を持ってきて、詳しくヘビのことが書かれた紙を手に取って見つめた。
「やだ、なにこのヘビ。
無類の女好きって。
しかもいきなり、俺のこと、どう思う?なんて聞いてくるんですか?」
由香利君が顔をしかめて尋ねてくる。
俺はお茶をすすりあげ、ふうっとた息をついて答えた。
「そうらしいな。
とことんふざけたやつだ。
まあ、どうせそんなヘビいないだろうけどな。」
そう言った俺を由香利君がじとっとした目で睨む。
「な、何だ?」
由香利君は見ていた紙を机の上に置き、ふうっとため息をついた。
「だったらどうしてこの依頼を受けたんですか?」
攻めるような口調だった。
俺は何か嫌な予感がして冷や汗を流す。
「いや、この所暇だったし、こんな依頼でも受けてもいいかなあなんて。」
由香利君は机に両手を付いて身を乗り出し、顔を近づけて言った。
「どうせ茂美さんの色仕掛けに負けたんでしょ。
背中に胸をくっつけられて、嬉しそうでしたもんねえ。」
俺は慌てながら弁解した。
「い、いや、決してそういうわけじゃ・・・。」
「茂美さんの言ってた通り、本当に久能さんてエロいですよね。」
見下すような視線が痛い。
俺はバツの悪い顔をしながら言い返した。
「そうだ。
男はみんなエロいんだ!
俺が特別ってわけじゃないぞ。
みんなこうやってエロ雑誌だって持ってるんだ。」
そう言って引き出しからエロ雑誌を取り出してみせた。
「またそんなもの見てたんですね!
このエロ探偵!」
回し蹴りを顔面にくらい、俺は遠のく意識の中で思った。
由香利君、もうすぐ俺はSMに目覚めそうだよ。
そうなったら君の責任だ。
大股を開いて床に倒れ込み、背中に残った茂美を胸の感触を思い出していた。
もうちょっと長く胸を押し付けていて欲しかったなあ。
由香利君、いつか君も男のエロさを分かる日が来るさ。
「エロ探偵。」
もう一度そう言われ、俺は言葉攻めも悪くないなと思っていた。

                                 第四話 つづく


不思議探偵誌 第三話 愛が止まらない(4)

  • 2010.07.05 Monday
  • 10:38
 愛する者との再会は誰でもドキドキするのだろう。
嬉しくもあり、緊張もする。
もうすぐ愛する者と再会出来る。
その待つ時間が、どれほどじれったいかは目の前の青年を見ていればよく分かる。
今俺の前に座っている白鳥君は、落ち着きない様子でそわそわとしていた。
出されたお茶でうがいをし、それをごくんと飲み干してからしきりに手で頬や顎を撫でていた。
俺はそんな様子を窺いながら、競馬情報誌に目を落としていた。
今週はこの馬がくるはずだな。
めぼしい馬に赤マルをつけ、腕を組んで真剣に予想を立てていた。
「ちょっと、仕事中に競馬のことなんか考えないで下さいよ。」
俺の隣に座っている由香利君が、眉毛を動かしながらたしなめるように言った。
もし今読んでいるのがエロ雑誌だったら、きっと拳が飛んできていたのであろう。
お堅い由香利君は、仕事中に俺が余計な雑誌なりサイトなりを見るのをとても嫌う。
仕事中と言っても、他にやることが無いんだからいいじゃないかと思うのだが、真面目な彼女には許せないことなのだろう。
俺は競馬情報誌を脇にどけ、壁掛け時計に目をやった。
時間は午後2時。
もう貴宏さんが来てもいい時間だ。
「なんかドキドキしますね。」
由香利君が少し頬を紅潮させ、切れ長の目を細くして言った。
「そうだな。
恋人同士の1ヶ月ぶりの再会だ。
感動のご対面になるだろう。」
そわそわしていた白鳥君が壁掛けの時計を見てさらにそわそわする。
またお茶でうがいをしてごくりとそれを飲んだ。
「白鳥さん、もうすぐ会えますね。」
由香利君がそう言うのと同時に、事務所の呼び鈴が鳴った。
由香利君がドアへ向かい、やって来た人を招き入れる。
俺は振り返ってそちらを見た。
貴宏さんが、緊張した面持ちで遠慮がちにこちらへ歩いてくる所だった。
「貴宏!」
その姿を見た途端、白鳥君が叫ぶようにして立ち上がった。
「白鳥君・・・。」
貴宏さんが立ち尽くしたまま、小さく言った。
しばらく二人は見つめ合い、そして弾かれたようにお互いを抱きしめ合った。
「貴宏!
何処行ってたんだよ。
心配したんだぞ。」
「ごめんなさい。
私、あなたの本当の気持ちが知りたくて・・・。」
二人とも抱きしめ合いながら泣いていた。
熱い抱擁で、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだったが、由香利君は涙を浮かべて感動している。
そうして強く抱きしめ合ったあと、白鳥君が体を離して貴宏さんの顔を見た。
「俺の本当の気持ちを知りたい?
どういうことだ?」
涙声でそう尋ねる白鳥君に、貴宏さんは顔を俯けて答えた。
「私、あなたとずっと一緒にいたいと思ったの。」
そう言いながらバッグの中から茶色い封筒を取り出した。
それを白鳥君に渡す。
受け取った白鳥君は繁々とそれを眺めてから、封筒の中身を確認した。
「こ、これは・・・、婚姻届!
貴宏、お前・・・。」
あれは俺が昨日透視した婚姻届だ。
それを見て白鳥君はしばらく言葉を失っていた。
「あ、あの。
立ち話もなんですから、お二人ともソファにお掛け下さい。」
由香利君に促され、二人は並んでソファに座り、由香利君は俺の隣に腰を下ろした。
白鳥君は手に持った婚姻届を見続け、貴宏さんは俯いたまま黙っている。
このままだと何も喋り出しそうにないので、俺が昨日貴宏さんと話したことを白鳥君に言った。
「白鳥君。
貴宏さんはあなたの本当の気持ちを知りたかったんですよ。」
「僕の、本当の気持ち?」
俺は頷き、タバコに火を点けて先を続けた。
「貴宏さんは本当にあなたのことを愛してらっしゃる。
その婚姻届がその証ですよ。
しかし、自分の名前が男みたいであることを気にしていた。
もし結婚したら、下の名前で呼び合うことになる。
だから、貴宏なんて男の名前を付けられた自分のことを、本当に愛してくれているのか知りたかったんです。
あなたの前から姿を消したのは、もし本当に自分のことを愛してくれているのなら、きっと捜し出してくれるだろうと思ってやったことなんです。」
婚姻届を見ていた白鳥君は、顔をあげて貴宏さんに向き直った。
「そうなのか?」
尋ねられた貴宏さんは、小さく頷くと、涙をすすりながら話し出した。
「その探偵さんのおっしゃる通りなの。
私、自分の名前が男みたいってことがすごく気になってた。
貴宏に結婚を申し込んで、もしそれを理由に断られたらどうしようって不安でしょうがなかった。
だからあなたの本当の気持ちを確かめる為に姿を消したの。
私のことを愛してくれているのなら、きっと見つけてくれるだろうって思ったから。
ごめんなさい、心配かけて。」
貴宏さんはハンカチを出して顔を覆った。
ブチーン!
昨日と同じように勢いよく鼻をかむ。
「そんなことを心配していたのか。
俺がお前の名前のことなんか気にしてるわけないだろう。」
貴宏さんの肩を抱き、強い口調で言った。
「どんな名前だろうと、俺は貴宏を愛してる。
ずっと一緒にいたいと思ってる。
だからそんなことは気にするな。
俺は、ずっとお前の傍にしるから。」
そう言って、両手で強く抱きしめた。
ブチーン!ブチーン!ブチーン!
涙とともに、貴宏さんが盛大に鼻をかみ、そして顔をあげて白鳥君を見た。
案の定、貴宏さんの顔は鼻水まみれだった。
「由香利君。」
「はい、用意してます。」
そう言って由香利君が立ち上がって事務所の奥へ行き、手にたくさんのハンカチを持って戻って来た。
今日はたくさんハンカチがいるかもしれない。
昨日の出来事を由香利君に話して、大量のハンカチを用意していたのだ。
持って来たハンカチをテーブルの上に置き、その1枚を由香利君が貴宏さんに手渡す。
「顔、鼻水だらけですよ。
これ使って下さい。」
「ありがとうございます。」
受け取ったハンカチで顔中の鼻水を拭き、溢れる涙もそのままに、貴宏さんは白鳥君を抱き返した。
「その言葉が聞きたかった。
ありがとう、白鳥君。
私、ずっとあなたと一緒にいるわ。
愛してるわ。これからもずっと」
貴宏さんが白鳥君の顔を見つめて言った。
「僕もだよ。
僕も貴宏を愛してる。
もう絶対離さないからな。
これからはずっと一緒だ。」
「白鳥君・・・。」
「貴宏・・・。」
二人は見つめ合い、そしてキスをした。
妬かせるねえ、お二人さん。
俺は心の中で手を叩いて喜んだ。
「よかったです。」
由香利君も目に浮かんだ涙を拭いながら感動していた。
これで一件落着。
そう思って二人を見つめていたが、一向にキスがやまない。
ちょっと長すぎやしないか。
由香利君もだんだん表情が曇ってきた。
「白鳥君。」
「貴宏。」
お互いの名前を呼びながら、ハリウッド映画並のディープキスを始めてしまった。
おいおい。
そんなの見せられたら興奮しちゃうじゃないか。
お互いの名前を連呼し、ついには白鳥君は貴宏さんを押し倒してしまった。
「ちょ、ちょっとあなた達・・・。」
由香利君が困惑したように顔を背ける。
いいぞ、もっとやれ。
俺は心の中で二人を応援した。
タバコを灰皿に押し付け、身を乗り出して二人を見る。
「久能さん、あの二人を止めて下さい。」
由香利君が恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺をせっつく。
「まあまあ、いいじゃないか。
好きにさせてあげれば。
どうせならここで最後まで・・・。」
言い終わる前に由香利君の拳が飛んできた。
俺は渋々といったかたちで二人を止めに入った。
「はいはいお二人さん、そこまでにしましょうね。」
だが二人は止まらない。
白鳥君を掴んで強引に引き離そうとするが、「あっちいって!」と貴宏さんに蹴飛ばされてしまった。
「こ、この!」
俺は寝転がってキスを続ける二人をなんとか引き離そうとする。
「お前ら、いい加減にしろ!」
しかし二人はキスを止めず、ブチューっと音を立てながらさらに激しくなっていく。
「こら、やめるんだ!」
「うっさいのよ!」
貴宏さんに金的を蹴り上げられ、俺はうずくまった。
ちくしょう。
この間から股間ばっかり痛い目にあう。
一体なんだってんだ。
とめどなくキスを続ける二人を見つめ、どうでもいいやとそのまま寝転がる。
「やめろって言ってんでしょ!」
堪忍袋の緒が切れた由香利君が白鳥君の頭にかかと落としを決めた。
「ぐはあ!」
脳天を押さえこんで悶絶する白鳥君。
由香利君を見上げると、鬼のような顔をして仁王立ちしていた。
「そんなにキスしたいんなら、家に帰ってからやんなさい!」
由香利君の怒りで我に返った二人が頭を下げて謝ってきた。
「すいません、つい興奮しちゃって。」
白鳥君が申し訳なさそうに言う。
「違うわ、白鳥君は悪くない。
私が悪いのよ。」
貴宏さんがかばうように前に出てきた。
「いや、あのどっちが悪くてもいいんだけど、ここでそこまで熱くキスされちゃ困るから。」
二人はまた揃って頭を下げた。
「まったく。」
由香利君がやれやれという顔でソファに腰を下ろし、お茶を一口飲んだ。
「白鳥君、頭は大丈夫?」
由香利君にかかと落としをくらった頭を心配するように、貴宏さんが頭を抱きしめた。
「うん、大丈夫だよ。
心配しないで。」
そう言って見つめ合う二人。
「白鳥君・・・。」
「貴宏・・・。」
そしてまたブチューっと熱いキスを始め出した。
「愛してるわ。」
「俺もだ。」
ぶちゅぶちゅキスを繰り返す二人は止まらない。
これが愛ってやつなのか。
俺は諦めたように二人を眺めた。
ぶちゅぶちゅキスの音が耳にうるさい。
こいつらは人目ってもんを気にしないのか。
「なあ、由香利君。
この二人、どう思う?」
そう聞くのと同時に、またかかと落としが炸裂した。
二人はこんなやり取りを10回ほど繰り返したあと、ようやく帰って行った。
「あの二人、お互いを愛するのにもほどがあります。」
怒りで顔を真っ赤にした由香利君が二人の出て行ったドアを見つめて言った。
俺はやれやれと思いながら、何気なく手に取ったハンカチで顔を拭いた。
それは貴宏さんがブチーン!と鼻をかんだやつだった。
顔中鼻水だらけになりながら、もうなんでもいいやと思って自分の椅子に座る。
愛するのにもほどがあるか。
窓から外を眺めると、キスをしながら歩いていく二人の姿が見えた。
俺ははあっとため息をつき、新しいハンカチを取りに行ってブチーンと鼻をかんだ。
愛の止まらない二人、これからも人目を気にせずキスを続けるんだろうな。
俺はもう一回ブチーンと鼻をかんだ。
俺はの顔は、自分の鼻水と貴宏さんの鼻水とでぐしょぐしょになっていた。

                                   第三話 完

不思議探偵誌 第三話 愛が止まらない(3)

  • 2010.07.04 Sunday
  • 10:39
 夜も更けて街には人通りが少なくなってきた。
酔っ払いがふらふらと歩いて行き、残業帰りらしいサラリーマンが足早に去って行く。
街灯が夜を彷徨う虫達に居場所を提供し、パチパチと音を響かせていた。
俺はオカマバー「よしえ」の入り口から少し離れた建物の陰に、タバコを吹かしながら立っていた。
時間は午前1時。
もうそろそろだなと思いながら、「よしえ」の入り口を眺める。
マサシ君から貴宏さんのあがる時間が午前1時だと聞き、俺は二回も握られた股間を押さえながら店を出て来た。
まさかこんな所にいたなんて。
女性の貴宏さんが何故オカマバーで働いているのかは知らないが、とにかく偶然としか言いようのないかたちで見つけることが出来た。
依頼を受けて3日目、中々早く見つけることが出来てよかったとは思うが、前回の人捜しも偶然で見つけたようなものなので、俺はつくづく運がいいなと思う。
「よしえ」の入り口のドアが開き、貴宏さんが出て来た。
俺は携帯用の灰皿にタバコを押し付け、「よしえ」の方に歩いていく。
「ちょっとすいません。」
声をかけられた貴宏さんは一瞬身構えるようにしてこちらを見て、肩に掛けていたバッグで身を守るようにした。
「私、こういう者です。」
差し出した名刺を恐る恐る受け取り、それを眺めてから「探偵さん?」と上目遣いに言ってきた。
写真で見た時から可愛らしい人だと思っていたが、実物を近くで見ると、かなり整った顔立ちをしたすごく可愛い人だと分かった。
「実は白鳥さんという方からあなたを捜して欲しいと依頼を受けていまして。」
「白鳥さん・・・。」
彼女は呟くように言うと、顔を伏せた。
バッグをぎゅっと握りしめ、少し肩を震わせながら立ちすくんだ。
「あなたのことをとても心配しておられます。
ご自身でも捜されたそうですが、見つからなかったので私の所に依頼に来られたんです。」
「そう、ですか。」
短く答えた後、貴宏さんは駅のある方向へ歩き出した。
俺もそれについて行く。
「こんなことを私が詮索するのもあれですが、どうして彼の前から姿を消したんです?
聞く所によると、あなた達は随分愛し合っていたようですが。」
夜の街を行く足を緩めることなく、貴宏さんは答えた。
「それは・・・、彼の本当の気持ちを知りたかったからです。」
彼の本当の気持ち?
どういうことだ?
俺はまた痛み出した股間を押さえるようにして歩いた。
貴宏さんがふとこちらを振り返る。
「ど、どうかしたんですか?」
股間を押さえる俺を見て、訝しげに尋ねてくる。
「いや、あはは。
ちょっと色々ありまして。
気にしないで下さい。」
格好悪い所を見られてしまった。
俺はバツの悪い顔をしながら、彼女の顔を見た。
「本当の彼の気持ちを知りたいとおっしゃいましたが、彼の話しを聞く限り、あなたのことはそうとう愛しているみたいですよ。
自分の人生そのもののように言っていましたから。」
貴宏さんはその場で足を止めたまま、ぐっと唇を噛みしめた。
何か事情があるのだろうか?
「もしよければ、どこかでお話をお聞かせ願えませんか?
そんなに時間は取りませんから。」
少し迷うような表情を見せたあと、「分かりました」と言ってたので、俺達は駅に向かう途中にあるファミレスに入ることにした。
深い事情があるのかもな。
俺は股間を押さえながら、一人呟いた。
席につき、お互い何を頼むわけでもなく、しばらく黙って向かい合っていた。
何から聞いたものかと考えていたが、やっぱりまず気になることを尋ねた。
「どうしてオカマバーで働いていたんですか?」
彼女は窓の外を見つめ、眉毛を少し動かしてから答えた。
「名前が男だからです。」
「はい?」
「働くなら、なるべく稼ぎがいい場所を探そうと思いました。
でもキャバクラには抵抗があって。
だから男の名前であることを利用して、あそこで働いていました。」
うーん。
何とも言えない理由だ。
キャバクラがダメでオカマバーはいいのか。
どこがボーダーラインなのか基準がよく分からないが、あまり突っ込んでも意味は無さそうなので、まあこれはこれでいいとしよう。
「それじゃあ、どうして白鳥君の前から姿を消したんです?
さっきは彼の本当の気持ちを知りたいからだとおっしゃっていましたが、それはどういうことなんですか?」
俺はタバコに火を点けながら聞いた。
「私も一本頂いていいですか?」
ちょっと以外な言葉だった。
一見するとタバコなど吸いそうにない人だったからだ。
俺は箱から一本取り出し、それを咥えた彼女の口元にライターを近づけた。
「ありがとうございます。」
ふうーっと美味そうに煙を吐き出している。
タバコを吸う姿に不自然さがないので、いつも吸っているのだろう。
「彼の前では吸わないんですけどね。」
そう言って灰皿に灰を落とそうとした時、手が当たってテーブルの上に置いていた彼女のバッグが落ちた。
地面に落ちたバッグは中身がちらばり、彼女は慌てて拾い上げている。
タバコの火を消し、俺も床にしゃがんでそれを手伝ってやる。
「すいません。」
彼女が申し訳なさそうに言う。
そしておれはちらばったバッグの中身に、茶色い封筒があるのを見つけた。
それを拾い上げ、繁々と見つめる。
「あ、あの。」
彼女の言葉を無視し、俺は額にそれを近づけ、眉間に意識を集中させて中身を透視した。
こ、これは!
俺を不思議そうに見つめる彼女にその封筒を返し、席についた。
彼の本当の気持ちを知りたい。
封筒の中身を透視したことで、少しその気持ちが分かったような気がする。
貴宏さんはバッグを戻して席につき、吸いかけのタバコに手を伸ばした。
深く吸いこみ、上に向かって長く煙を吐いていた。
「彼の本当の気持ちを知りたいとおっしゃったその理由、お聞かせ願えますか?」
貴宏さんは目を伏せ、もう一口タバコを吸うと、それを灰皿に押し付けた。
「私、彼とずっと一緒にいたいと思っているんです。」
俺はその言葉に頷いた。
さっき透視した封筒の中身、あれは婚姻届だった。
「でも、私こんな名前だから。
貴宏なんて、男みたいな名前だから。
付き合うのはよくても、もし結婚なんてことになったら、彼が嫌がるんじゃないかと思って。」
悲しげな顔を見せ、目を潤ませていた
「私、普段は彼を名字で呼んでいるんです。
だって下の名前で呼び合うと、信吾、貴宏になってしまいますから。
でも結婚したらそういうわけにもいかないですよね。
何度も名前を変えようと思ったけど、でもせっかく両親が付けてくれた名前だから、それは出来なかったんです。」
彼女の目から涙がこぼれ、俺は持っていたハンカチを差し出す。
「ありがとうございます。」
それを受け取り、涙を拭いてからブチーン!と大きな音を立てて鼻をかんだ。
彼女が頭を下げてハンカチを返し、俺は苦笑いしながらそれを受け取る。
ハンカチは鼻水まみれだった。
俺は指の先でそれを摘まんで上着のポケットに押し込むと、彼女の話の先を促した。
「だから、私、彼の前から姿を消したんです。
もし本当に私を愛してくれているのなら、きっと私を捜し出してくれるだろうと思って。」
また涙が溢れ、俺はもう一枚持っていたハンカチを差し出す。
ブチーン!
また鼻水まみれにされてしまった。
俺は帰ったらすぐに洗濯しなければいけないなと思いながら、彼女の話を聞き続けた。
「でも、私嬉しいです。
彼が私を捜してくれていたことが分かったし、探偵さんまで雇って私を捜してくれるなんて。
彼の気持ちは本物なんだなって分かりました。」
俺は二本目のタバコに火を点け、これは解決したってことでいいのかなと思った。
要するに彼女は自分の名前を気にして、結婚に二の足を踏んでいたわけだ。
それが今、彼の本当の気持ちを知ったことで解決された。
まあ、一応解決したと言えるだろう。
貴宏さんは声をあげて泣いている。
俺は短くタバコの煙を吐き出してから言った。
「明日、彼がうちの事務所を訪れます。
そこでお会いになりますか。」
貴宏さんはコクコクと頷き、「お会いになります」と言った。
明日は我が事務所で感動の再会が果たされるわけだ。
由香利君は感動するかな。
いや、それより間違ってエロ雑誌を開くなどという愚行をおかさないように気をつけなければ。
由香利君の金的蹴りで、今度は本当に種無しになってしまうかもしれないから。
貴宏さんは「ありがとうございます」を連発し、俺の手を握ってくる。
俺はエロくない程度にその手を握り締め、「よかったですね」と言葉をかけた。
貴宏さんが一層声を大きくして泣く。
俺は鼻水でべちょべちょになったハンカチを彼女に手渡した。
ブチーン!ブチーン!ブチーン!
泣きながらハンカチを返してくる。
貴宏さんの顔は、鼻水でぐしょぐしょだった。
俺は返してもらったハンカチを見つめながら、もうこれは捨てなければいけないなと思った。
股間がまた痛み、押さえていると、貴宏さんが手でブチーン!と鼻をかんだ。
明日は、鼻水でぐしょぐしょの再会になるだろう。
俺もなんだか鼻がむずむずしてきて、ぐしょぐしょのハンカチで鼻をかんだ。
俺の貴宏さんの鼻水で顔がぐしょぐしょになった。
ブチーン!
また貴宏さんが手で鼻をかんだ。
明日は由香利君にお願いして、ハンカチは10枚は用意してもらおうと思った。

                               第三話 またまたつづく

不思議探偵誌 第三話 愛が止まらない(2)

  • 2010.07.03 Saturday
  • 10:33
 「この人を見たことはありませんか?」
人捜しの依頼を受け、その依頼人から預かった写真を見せながら街を歩いた。
一昨日うちの事務所を訪れた白鳥君という青年から受けた依頼だ。
付き合っている彼女が1ヶ月前から行方が分からなくなり、捜してほしいと頼まれた。
その彼女の名前は、鈴木貴宏という。
まるで男のような名前だが、れっきとした女の子だという。
白鳥君から預かった写真に写っている貴宏さんは、目が大きくて色の白い、美人というよりは可愛いらしい人だった。
白鳥君から彼女が行きそうな所を尋ね、昨日は1日中捜し回ったが、何の手がかりも無かった。
今日は由香利君と一緒に貴宏さんの住んでいた隣街を捜している。
そう簡単に見つかるとは思っていないが、何か手掛かりが掴めればと思い、俺は気合を入れて捜索していた。
「なんで貴宏なんて男の名前を付けたんでしょうねえ。」
休憩で訪れた喫茶店で、貴宏さんの写真を手にしながら由香利君が呟く。
彼女はミルクティーを飲みながら、不思議そうな顔をしていた。
「昨日白鳥君が言ってたじゃないか。
ご両親が産まれてくる子供が絶対男だと思って用意していた名前をそのまま付けたって。」
俺はタバコをふかしながら答えた。
由香利君は頬をぷくっと膨らませ、切れ長の目を細めながら言った。
「それでも産まれてきたのが女の子だったら、普通女の子らしい名前を付けませんか?
もし私だったら絶対両親を恨みますよ。
貴宏さん、可哀想だなあ・・・。」
昨日白鳥君も、女なのに男の名前を付けられたことを気にしていたと言っていた。
そのことと、行方が分からなくなったこととは、何か関係があるのだろうか?
由香利君が写真をテーブルの上に置き、両手でカップそ持って女の子らしい仕草でミルクティーを飲む。
こうしていると可愛らしい女子大生なのだが、俺が仕事中にアダルトサイトを見たり、エロ雑誌を見たりした時には鬼のようになる。
鍛えられた空手の技でいつも痛い思いをさせられるが、そんなことを繰り返しているうちに、俺がSMに目覚めたらどうしてくれるつもりなのだろう。
正直、たまに気持ちいいと思ってしまうことは内緒だが。
俺はテーブルの上の写真を手に取り、じっくりと眺めた。
うん、可愛い。
俺が学生なら間違いなく惚れてる。
白鳥君はイケメンだし、美男美女のカップルだ。
「一体、何処に行っちゃったんでしょうね?」
由香利君が窓の外を見ながら言う。
「それを捜すのが俺達の仕事じゃないか。」
言いながら横を通りかかったミニスカートの美人の足に見惚れる。
うーん、いい足だ。
俺は目に焼き付けるようにその足を眺めた。
「ちょっと、何処見てんですか?」
「痛い!」
由香利君に思いっきり足を踏まれてしまった。
じんじんと痛みが膝まで這い上がってくる。
「君ねえ、いいじゃないか。
ちょっとくらい美人の足を見てたって。」
俺は踏まれた足を擦りながら言った。
まったく。
どうしてこの子はこう暴力的なのか?
もっと大人しくて優しい子を雇うべきだった。
「今は仕事中です。
美人の足に見惚れてる場合じゃありません。」
ツンとした顔で睨まれる。
俺は短くなったタバコを灰皿に押し付け、冗談混じりに言った。
「だったら君が毎日ミニスカートを穿いて俺を楽しませてくれ。
そしたら仕事もはかどる。」
2秒後には、由香利君のつま先が俺の股間にめり込んでいた。
俺は声も出せずに悶えていた。
休憩を終え、俺は股間を押さえながら喫茶店を出た。
「君ねえ、男の大事な所になんてことするんだ。
種無しになったらどうしてくれる。」
道行く人が股間を押さえた俺を見る。
俺を腰をトントンと叩き、タマタマを本来あるべき位置に戻しながら言った。
「久能さんが下らないことを言うから悪いんです。
もし次言ったら、本当に種無しになりますよ。」
また股間を蹴るそぶりを見せ、俺は背筋が冷たくなって「すいません」と謝った。
いいじゃないか、ちょっとした冗談なんだから。
しかしいらぬことを言えばまた痛い思いをする。
俺がSMに目覚めては大変なので、大人しくしておこう。
「私これから空手の練習があるんです。
もうじき試合が近くて。
だから今日はこれであがりにさせてもらっていいですか?」
少し残念そうな顔をしながら由香利君が言う。
「ああ、構わないよ。
存分に殴るなり蹴るなりして空手に励んできてくれ。
俺はこれ以上痛い思いをするのはごめんだからな。」
由香利君が口を尖らせて何か言いたそうにしたが、「それじゃあ」と言うと軽く頭を下げて去って行った。
やれやれ。
どうしてあんなに冗談が通じないかね。
由香利君は真面目だが、ちょっと堅過ぎる所が難点だ。
顔は可愛いのに、あれじゃあ彼氏も出来にくいだろう。
まあ由香利君の恋愛事情など、俺の心配することではないが。
まだ痛む股間を押さえながら、街を歩いて捜索を続けることにした。
正直何処にいるかなんて見当もついていなかった。
探偵になって人捜しは3回目だが、前回の2回は偶然見つけられたようなものだった。
とにかく歩き回って、白鳥君と同じ歳くらいの女性が行きそうな所を当たろう。
そこで写真を見せれば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。
淡い期待を抱いて、股間を押さえながら歩き出した。

                       *

「いやあ、マサシ君は相変わらず綺麗だねえ!」
「もう、久能ちゃんたら、口ばっかり上手いんだからあ!」
俺はウィスキーを飲みながら、オカマのマサシ君の肩を抱いていた。
あれから色んな所を尋ね、その度に貴宏さんの写真を見せたが何の手がかりも得られなかった。
俺は1日中歩き回って足が棒になり、日が沈んだ所でもういいやと思って今日の捜索を切り上げた。
続きはまた明日。
働き過ぎは体によくないのである。
そのままに家に帰る気分でもなかったので、久しぶりにオカマバーにでも寄って行こうと思ったのだ。
「久能ちゃんたら、最近全然お店に来てくれなかったじゃないのお。」
ごつい体にブルーのぴっちりとしたドレスを来たマサシ君が、甘えた声を出して体を擦り寄せてくる。
元は自衛隊のレンジャー部隊にいたそうで、それが嘘では無いことが体中を覆う筋肉が物語っている。
少なくなった俺のウイスキーを作り直し、「どうぞ」と流し目をよこしながら渡してくる。
マサシ君のごつい肩を抱いたまま、俺は一気にそれを飲み干した。
「はあ、仕事の後の酒は最高だなあ。」
マサシ君がまたお代わりを作り、いかつい顔を笑わせながら手渡してくる。
「お仕事、忙しいの?」
「ああ、ちょっと人捜しの依頼がきてね。
今日は1日中歩き回って足が棒なんだ。」
そう言うとマサシ君は俺の足をマッサージするように揉みほぐし、だんだんその手を股間近くにまで上げてくる。
「うふふ、ここも棒にしてあげる。」
そう言って思いっきり竿を握られた。
「ぎゃあ!」
元レンジャー部隊の握力で俺の竿は潰されそうになり、悲鳴を上げてその手を払った。
「あ、ごめんなさい。
力を入れ過ぎちゃった、えへ。」
何がえへだ。
昼間の由香利君の金的蹴りに続いて、今日は竿まで握り潰されそうになった。
本当に生殖能力がなくなったらどうしてくれる。
俺は股間を押さえたまま「ちょっとトイレ」と言って席を立った。
「早く帰ってきてねえーん。」
背中にマサシ君の甘い声を受けて俺は手を上げ、よろめきながらトイレに向かった。
「ふう、どうにもなってないよなあ。」
自分の竿を繁々と観察し、異常が無いことを確かめてから用を足してトイレを出た。
そしてマサシ君の待つ席に向かう途中、一人のオカマとすれ違った。
「ん、今のは・・・。」
俺は目をしばたいてそのオカマを見た。
俺の視線に気付いたそのオカマも振り返る。
しばらくじっとお互いの顔を見つめあったあと、そのオカマは会釈をして客の待つテーブルへと歩いていった。
俺は急いで席に戻り、上着のポケットから貴宏君の写真を取り出した。
「間違いない・・・。」
俺は写真を戻し、ウィスキーを一口飲んだ。
「どうかしたの?」
マサシ君が手を膝の上に置いて尋ねてきた。
もう竿を握られるのはごめんなので、股間を手で押さえながら答えた。
「うん、ちょっとね。
あそこのテーブルに座ってる赤いドレスを着た子なんだけど。」
俺はさっきすれ違ったオカマが座っている場所を指差した。
「ああ、あの子ね。
タカヒロ君。
1ヶ月くらい前に入ってきたのよお。」
1ヶ月前か。
俺はもう一口ウイスキーを飲んでその子を見た。
「なんか本当の女の子って感じでしょう。
きっと性転換手術をしてると思うんだけど、それにしても女の子らしいのよねえ。
私、羨ましいわあ。」
女の子らしいか。
そりゃあそうだろう。
本物の女の子なんだから。
タカヒロ君は客に対して愛想良く笑顔を作っていた。
華奢な肩がマサシ君とは大違いだ。
「なあ、マサシ君。
あのタカヒロ君って子はいつ店を上がるんだ。」
俺は何気なく聞いた。
すると勢いよくマサシ君が立ち上がった。
「まあ!何よ!
私よりあんな新人の子が気になるって言うの!」
マサシ君は顔を真っ赤にして怒り、ごつい肩をぷるぷる震わせながら言った。
「い、いや、そうじゃなくて・・・。」
俺は恐怖に身を引いてマサシ君をなだめる。
しかしマサシ君は泣き顔になってせまってきた。
「きいー!
久能ちゃんなんかこうしてやる!」
そう言って俺の股間の手を払いのけ、また竿を思いっきり握り締められた。
「うぎゃあ!」
俺は失神しそうな痛みの中で思った。
頼むから、これ以上俺の息子をいじめないでくれ。
マサシ君にブチューっとキスされ、俺は遠のく意識の中、今日は厄日だなと思っていた。
「久能ちゃんの唇ゲットー!」
いかつい顔を嬉しそうに笑わせるマサシ君を見ながら、俺は泣きながら息子を撫でていた。

                                第三話 またつづく






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