グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十九話 UMAの受胎(2)

  • 2016.03.29 Tuesday
  • 13:35
JUGEMテーマ:自作小説
沢尻は麓の墓場に座り込んでいた。
だらりと拳銃を下げ、目の前にある二つの死体を睨んでいる。
「沢尻・・・・。」
東山が声をかけ、「気に病むなよ」と言った。
「銃を撃ったのはお前だが、殺したのは緑川だ。あいつが盾にしやがったんだ。お前は悪くない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あいつはわざとお前に撃たせたんだ。そしてお前が苦しむのを楽しんでる。だから気に病むな。」
そう言って慰めても、そんな言葉に意味はないと知っていた。
沢尻ほど正義感の強い男が、自分の撃った弾丸でパートナーを殺してしまったのだ。
それを気に病むなと言う方が無理だが、じっと黙っていることは出来なかった。
「・・・・・弔ってやるか?」
東山はそう言って、二つの死体の元へ歩く。
「こっちの怪人は俺が埋めてやる。お前は彼女を・・・・・、」
「ああ。」
沢尻は急に立ち上がり、アチェを手に乗せる。そしてそのまま橋の方へと歩いて行ってしまった。
「おい!」
「心配するな、ちょっと一人になりたいだけだ。」
そう言い残し、麓の橋へと消えて行った。
東山は不安そうにそれを見送り、「クソッタレ」と吐き捨てた。
「緑川め・・・・・。俺たちが来ることを予想して、わざとアチェを生かしてやがったな。」
悔しそうに言い、「殺人鬼め」と舌打ちをした。
「人を苦しめて何が楽しい?あいつは心底腐ってやがる・・・・・。」
ペケの頭を抱え、墓の傍へと運んでいく。
すると川の方からガサガサと音がして、咄嗟に銃を構えた。
「・・・・・・・・・・・・。」
川の茂みの中から、何かが動く気配を感じる。それも一つや二つではない。
大勢の気配がこちらに迫っていた。
「今度は何だ?まさか・・・ミノリ・・・・・、」
そう言いかけた時、茂みの中から一匹の妖怪が現れた。
それを見た瞬間、東山は「あ・・・・・、」と口を開けた。
「・・・・・・河童?」
茂みの中から現れたのは、人間の子供くらいの大きさの妖怪だった。
背中に甲羅を背負い、頭に皿を乗せ、鳥と爬虫類を混ぜたような顔をしている。
身体は茶緑にくすんでいて、手足には水かきが付いていた。
「この川にはいると聞いていたが・・・・・まさか本当にお目にかかるとは・・・・、」
そう驚いていると、次々と河童が現れた。
東山はあっという間に取り囲まれ、墓石の囲いまで下がった。
「・・・・・・・・・・・。」
ゴクリと唾を飲み、銃を構える。河童は全部で二十匹はいて、到底一人では勝てそうになかった。
「なんてこった・・・・・最後は河童の餌になるってのか・・・・・。」
沢尻に助けを求めようかとも思ったが、それはやめた。
なぜなら彼が来たところで、二人とも殺される可能性が高いと思ったからだ。
「まあ・・・・・いいか。こんな化け物の蠢く場所で、よくここまで生き延びられた方だ・・・・・。」
そうは言ったものの、やはり河童に食われて死ぬのは抵抗があった。
だから戦うだけ戦って、最後は手榴弾でも抱えて自爆しようと決めた。
「・・・・・来いよ。俺を喰いたいんだろ?」
これが最後と腹を括り、大勢の河童を睨み付ける。
すると東山の予想に反して、河童は襲っては来なかった。それどころか、中には背中を向けて帰って行く者までいた。
「なんだ・・・・・?俺を喰いたいんじゃないのか?」
呆気に取られていると、数匹の河童が奇妙なことを始めた。
なんとバラバラになったペケの遺体を拾い始めたのだ。
切断された胴体、両の手足、それを大切そうに抱え、茂みの中へと引き返していく。
最後に一匹だけ残り、じっと東山を見つめた。
東山もその河童を見つめ返し、「なんだ?」と銃を向ける。
「お前は・・・・俺を襲うつもりか?」
『・・・・・・・・・・・・。』
「もう仲間は帰ったぞ?一人で勝てるつもりか?」
『・・・・・・・・・・・・。』
「言葉が分からないか?それとも襲う隙を窺ってるのか?」
『・・・・・・・・・・・・。』
「不気味な・・・・・。妖怪なんて出会うもんじゃないな・・・・・。」
近くで見る河童は、吐き気がするほど気持ち悪かった。
本や漫画の中で見る分にはいいが、こうしてまじまじと見ていると、巨大な爬虫類の化け物にしか思えなかった。
しかしそうやって睨み合っている中で、東山はあることに気づいた。
「お前・・・・・・どこ見てる?」
『・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・もしかして・・・・これか?こいつが欲しいのか?」
そう言って、銃とは反対側に抱えた物を見せる。
「この怪人の頭・・・・・これが目当てか?」
『・・・・・・・・・・・。』
河童は何も答えず、一歩一歩近づいて来る。
そして東山のすぐ前まで来ると、そっと両手を出した。
「・・・・・・・・・・。」
東山はその手を見つめ、ゆっくりとペケの頭を差し出す。そして河童の手の上に置くと、「これでいいのか・・・・・?」と尋ねた。
『・・・・・・・・・・・。』
河童は何も言わず、くるりと背を向ける。そしてそのまま茂みの中へと消えて行った。
東山は腰を下ろし、「何だってんだ・・・」と項垂れた。
「あいつは妖怪にとっちゃ英雄みたいなもんさ。」
不意に声がして、顔を上げる。
「沢尻・・・・・。」
「妖怪はミノリに迫害されていた。それを助けたのがペケなんだ。奴らにとっちゃ、守り神みたいなもんなんだろう。」
そう言って茂みの方を睨み、「自分たちの手で弔いたいんだろうさ」と目を細めた。
「そうか・・・・。まあ化け物は化け物に弔ってもらった方が幸せかもな。」
東山は深いため息をつきながら、膝に手をついて立ち上がる。
「ずっと「こっち」にいると、神経が狂いそうだ・・・・。まだ犯罪者と戦ってる方がマシだよ。」
「緑川も犯罪者だぞ?」
「あいつは異常だ・・・それにもう人間じゃないだろ?」
そう言って緑川の姿を思い浮かべ、「あれはどう見ても化け物だ」と吐き捨てた。
「もう人間じゃない・・・。本物の死神になっちまったんだ。」
「かもな。」
「本心を言うと、俺はもうあいつに関わりたくない。」
「誰だって一緒さ。」
「でもお前はそれを許さないんだろう?俺が警察官である以上、あいつを仕留めろと言うはずだ。」
「・・・・・強要は出来ないが、一緒に戦ってくれると嬉しい。」
沢尻は山を見上げ、「あいつを放っておいていいはずがないんだ」と言った。
「あいつはこれからも、どんどん災いを振り撒くだろう。放っておけばおくほど、仕留めるのは難しくなる。今しか無いんだ。」
「それは俺も同感だがな、でもどうやって仕留める?もう完全な化け物に変わっちまったんだぞ?きっと「向こう」と「こっち」の行き来だって自由だ。」
「分かってる。だから俺も・・・・・化け物になろうと思う。」
「はあ?何を言って・・・・・、」
東山はそう言いかけて、あることに気づいた。
「おい、アチェはどうした?」
「ん?」
「ん?じゃない。さっきまで持ってただろ?どこかに埋めたのか?」
「いや。」
「ならどこにやって・・・・、」
「ここだ。」
そう言って、沢尻は腹を指さした。
「・・・・まさか・・・・食ったってのか・・・・?」
「ああ。」
「・・・・・・・・・・・。」
東山は絶句し、信じられないという風に首を振る。
「お前・・・・正気か?」
「何がだ?」
「化け物の死体を喰うなんて・・・・とうとう頭がイカれちまったか?」
「元々だ。」
「それは分かってるが、前よりさらにイカれちまったんじゃないか?」
「そうでもないさ。これが一番良い方法だからそうしただけだ。」
そう言ってニコリと笑い、「アチェはまだ生きてた」と言った。
「何?」
「ほんの少しだけ脳が残ってた。そして最後の力を振り絞って、俺に語り掛けてくれたよ。」
「何を?」
「緑川を殺せと。何があっても、あいつだけは生かしておくなと。」
「それは誰もが思うことだ。俺が聞いてるのは、どうしてアチェを喰ったのかってことだ。」
「アチェがそうしろと言ったからだ。」
「自分を喰えと?」
「ああ。アチェの腹には子供が宿ってるらしくてな。それを守る為に、自分を飲み込んでくれと言った。」
それを聞いた東山は、「子供・・・・」と青ざめた。
「お前・・・・化け物の子供を守る為に飲み込んだってのか?」
「ああ。しかもその子供は、緑川の子供でもある。」
「・・・・・・・・・・・。」
「さっき言ってたろ、緑川の奴が。最後にアチェを犯したって。二人は交尾したわけさ、そして子を孕んだ。アチェと緑川、両方の血を引き継ぐ子供が生まれるわけだ。」
「・・・・すまん・・・・よく理解出来ない・・・・、」
東山はお手上げという風に首を振る。
「その・・・・お前は腹の中に、緑川の子供を宿しているってわけだよな?」
「ああ。」
「・・・・なら・・・・いつかあいつの子供を産むと?」
「ああ。」
「・・・・本気かお前?あの死神の子供だぞ?それも化け物との合いの子だ。本当に産む気か?」
そう言って目の前に詰め寄り、厳しい目で睨んだ。
「言っておくがな、もしそんなもんが生まれたら、俺は真っ先に殺すぞ。死神と化け物のハーフなんて・・・そんなもん生まれていいわけがない!」
「なぜ?」
「だって見ただろう!?緑川の野郎が何をしたか。怪人をバラバラに引き裂いて、アチェまで弄んだ。それにもう何百人も殺してるんだ!」
「それはあいつがやった事であって、子供がそうするとは限らないさ。」
「いいや、俺は認めない。アチェとあの野郎の子供なんて・・・・それもお前の体から出て来るなんて・・・・・そんなもん認められるか!」
東山は怒鳴り散らし、銃を向けた。
「今すぐ吐き出せ、化け物のガキを・・・・・。俺が殺してやるから。」
「駄目だ。」
「なぜだ!?お前は本当にそんなもんを産みたいと思ってるのか!?本当に頭がイカれたか!!」
「怒鳴る前に聞け。」
「何を!?」
「さっきも言ったが、これが一番良い方法なんだ。」
「そんなわけあるか!誰が聞いてもイカれてる!」
「イカれた奴を倒すには、イカれた方法しかない。」
そう言って東山の肩を掴み、「俺は化け物になる」と頷きかけた。
「そうしないと子供が産めないんだ。」
「だから・・・・なんでそんなことを・・・・、」
「いいか?アチェは最後にこう言ったんだ。もし緑川を倒せる可能性があるとしたら、それは同じ人間だと。」
「・・・・・お前もそう言ってたな。」
「でも人間のままでは駄目なんだ。だから俺はアチェを飲み込み、化け物になる。」
「・・・・・自分も化け物になって、戦いを挑むと?」
「そうだ。しかし俺が負けた時はどうなる?誰が奴を仕留めるんだ?」
「・・・・・腹の中の子供は、そうなった時の保険ってわけか?」
「ああ。」
「なら聞くが、生まれて来た子供が、緑川と同じような人種だったらどうする?いや・・・むしろあいつを上回る化け物という可能性だって・・・・、」
「早苗に育てさせる。」
「は?」
「あいつは俺の娘だ。だから誰よりも俺に似てるし、俺の考えをよく分かってる。」
沢尻は力強く言う。それを聞いた東山は、しばらく言葉が出てこなかった。
「・・・・・お前・・・・馬鹿じゃないのか?自分の娘に化け物の子供を押し付けようってのか?」
「早苗ならきっと、生まれて来る子供を正しく育ててくれる。例えそれが化け物の子供であっても。」
「何を根拠にそんな・・・・・・、」
「あいつは実際にUMAを手懐けたんだ。ミントってUMAだ。」
「・・・・聞いたよ、それで緑川と戦ったんだろ?」
「ケントが言うには、ミントは誰にも心を開かなかったそうだ。恐ろしく気が弱くて、ケント以外には懐かなかったと。でも早苗はミントを従えた。
だから緑川と戦うことが出来たんだ。だったらこれほどうってつけの人間はいないんだよ。」
「・・・・・馬鹿な・・・・呆れてものも言えない。」
東山は目を逸らし、「お前は本当にどうかしてる」と言い捨てた。
「自分だけじゃなくて、娘まで巻き込もうってのか?ある意味緑川より性質が悪いかもな。」
「早苗はもうすぐ子供が生まれる。」
「だから何だ?人間の子供と一緒に、化け物の子を育てさせようっていうのか?」
「そのつもりだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「早苗の元で、人間の子供と一緒に育てさせる。そして何が正しいかを教え込ませる。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そしてゆくゆくはその子と手を組ませて、緑川を仕留めさせるんだ。きっと早苗なら納得してくれるは・・・・・、」
そう言いかけた時、東山は本気で殴り飛ばした。
鍛えられた拳がめり込み、沢尻は血を吐きながら吹き飛ばされる。
「いい加減にしろ貴様!それでも人の親か!?」
そう言って胸倉を掴み、もう一発殴りつけた。
「何を馬鹿なこと言ってんだ!生まれてくる子供にそんな役目を押し付ける気か?」
「・・・・もしも・・・・俺が負けた時の話・・・・、」
「黙れ!」
そう言ってもう一発殴り、「俺が殺してやる!」と叫んだ。
「ほら、吐き出せ!化け物の子をとっとと吐き出すんだ!」
「よせ・・・・緑川を倒す手段が無くなる・・・・・、」
「やかましい!お前はあいつ以上に酷い事をしようとしている!そんなもん見過ごせるか!」
東山は怒りに震える。沢尻がイカれているのは知っていたが、ここまで常識外れの男だとは思わなかった。
彼の目には、もはや緑川と沢尻の間に、大きな違いはないように感じられた。
「いいか沢尻!いくらあの死神を仕留める為といっても、何やってもいいわけじゃないんだ!」
「・・・・あいつを放っておけば・・・・さらに酷い事になるぞ・・・・・、」
「そんなもん俺が止めてやる。いや、俺だけじゃない・・・・。緑川のやってることは、自分以外の全てを敵に回してるようなもんだ!
あいつはきっと、人間からも化け物からも追い回される。お前がそんなことしなくたって、いずれ誰かに殺されるんだ!」
「・・・・そうなればいいが・・・・もしあいつが生き延びたらどうする?その時、もうケントもアチェもいないんだ・・・。俺だって殺されてるはずだ。ならいったい誰があいつを・・・・、」
「自惚れるなよお前。自分だけが緑川を仕留められると思ってるのか?ケントがいなかろうがアチェがいなかろうが、人間はまだまだ大勢いるんだ。化け物だっている。
それらを全て敵に回して、奴が生きていられると思うのか?」
「・・・・・・さあな。でも俺は・・・アチェの言ったことに賭けてみる。彼女の宿した子供こそが・・・・緑川を仕留める武器になると・・・・、」
沢尻は殴られた口元を押さえ、ペッと血の塊を吐き出す。
「どう罵ってくれても構わない。でも必ず俺が正しいと分かるはずだ・・・・・。だから・・・・その為の可能性は奪わないでくれ・・・・、」
そう言って腹を押さえ、「生きてるんだ・・・・・殺さないでくれ・・・・」と頼んだ。
「・・・・・・・・・。」
「受け入れ難い事だっていうのは分かってる・・・・。でももうこれしかないんだ・・・・・頼む・・・・。」
両手をつき、深く頭を下げる。
「頼む・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
沢尻の土下座を見て、東山は舌打ちをする。そして毒気を抜かれたように「もういい・・・・」と首を振った。
「もういい・・・・何言っても無駄だとよくわかった。」
「・・・・・すまん。」
「もうお前にはついて行けん・・・。後は一人でやってくれ。」
そう言って立ち上がり、麓の橋へ向かった。
そして橋の途中で足を止め、「沢尻!」と叫んだ。
「俺は人間として奴と戦うぞ!またここに戻って来る!」
「・・・・・・・・・・。」
「お前もそうしろ!化け物なんかに頼るな!今でも刑事の誇りがあるなら、人間として奴の心臓を撃ち抜いてやれ!」
そう言って空に向かって銃を撃った。タタタタ!と短い音が響き、戦の狼煙のように響き渡る。
東山はドッペルゲンガーを呼び出し、「置いていくぞ!」と言った。
「お前がどういう選択をしようと、娘に顔くらい合わせてやれ!何も知らせずに全てを押し付けるのは許さんぞ!」
また銃声が響き、これが最後だという風に促す。
まだ自分勝手な意地を通そうとするなら、もうここに置いていくと言わんばかりに。
身も心も化け物になって、好きなように生きろと言わんばかりに。
そしてそれは、お前自身が緑川と同じようになってしまうぞと、警告しているようでもあった。
「・・・・・そうだな・・・・。顔を合わせずに何もかも押し付けるってのは・・・・・確かにルール違反かもな。」
殴られた口元を押さえ、また血の塊を吐き出す。
すると腹の中が疼き、身体中に激痛が走った。
「うおお・・・・・・、」
特に左目が痛み、ナイフを突っ込まれてグリグリと掻き回されるような痛みが走った。
しかし痛みはすぐに治まり、その代わりに左目に違和感を覚えた。
恐る恐る手を触れてみると、目の形が変わっていた。野球ボールを埋め込んだかのように、大きく膨れ上がっているのだ。
しかもその目には、景色が万華鏡のように映っていた。
「・・・・虫の・・・・複眼か・・・・・。」
沢尻の身体は、少しずつUMAへ変わろうとしていた。
彼が望もうと望むまいと、アチェと緑川の子を産む準備に入っていく。
「あ・・・・ああ・・・・・、」
UMAになった左目を押さえ、どうにか立ち上がろうとする。
よろめきながら地面に手をつき、まるで酔っ払いのように足元がおぼつかない。
フラフラと立ち上がろうとする中で、何か硬い物手に当たった。
それはペケの愛刀、肉挽き刀だった。
沢尻はそれを掴み、杖代わりにして立ち上がる。
すると東山がやって来て、「何してる?」と尋ねた。
「モタモタしてると本当に置いて行・・・・・、」
そう言いかけて言葉を失くす。
「・・・・これ・・・・戻るなら隠してた方がいいよな?」
「・・・・・・・・・・。」
沢尻の左目に、狼狽える東山が万華鏡のように映っていた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十八話 UMAの受胎(1)

  • 2016.03.28 Monday
  • 12:06
JUGEMテーマ:自作小説
アチェに毒針を刺され、緑川は幻覚を見ていた。
それはどんな幻覚かというと、アチェが妊娠した幻覚だった。
彼女はベッドに横たわり、緑川に手招きをしている。
こっちへ来てと言わんばかりに、小さく微笑みながら。
緑川は、これがアチェの見せている幻覚だと分かっていた。しかしあえてこの幻覚に付き合った。
パートナーだったよしみで、最後くらいはわがままに付き合ってやろうと思ったのだ。
まず緑川が驚いたのは、アチェが妊娠していることではなかった。
彼女が人間の姿をしていることに驚いた。
肌は白く、髪は赤茶色で、目は美しいブラウンだった。
しかし雰囲気や口調、それに仕草は変わっておらず、すぐにアチェだと分かった。
『これがUMAになる前のアチェか。』
呟きながら、彼女の傍に座る。
するといきなり手を握られて、『触って』と言われた。
緑川はすぐに意味を理解し、彼女の大きな腹に触れた。
ほんのりと温もりが伝わり、中で赤ん坊が動ているのが分かった。
『なんかいるな、ここ。』
『私たちの赤ちゃんよ。』
『うん、それは分かるけど、でもなんか気持ち悪い。殺していい?』
『ダメ、殺すかどうかは産んでから決めなさい。』
そう言われて、緑川は大人しく手を引っ込める。
するとアチェは立ち上がり、隣の部屋へと歩いて行った。
ドアを開けて振り返り、『見ないでね』と釘を刺す。
『ああ、出産?』
『そうよ。』
『まるで鶴の恩返しだな。そんなに見られるのが嫌なの?』
『どうしてもって言うなら立ち合えばいいわ。』
『いや、やめとく。』
『出産を見るのが怖い?』
『そうじゃなくて、ここで待ってたいんだ。お前が赤ちゃんを抱えて出て来た時、俺はどう思うのか感じたい。育てるのか殺すのか?それを決めたいんだ。』
『分かった。ならすぐ終わるから待ってて。』
そう言ってドアの向こうに消え、ものの一分ほどで出て来た。
『えらい早いな。お産ってそんなにすぐ・・・・、』
『だって卵だもの。』
アチェは、その手に小さな卵を幾つも抱えていた。
いや、抱えているのではなく、肌にびっしりと張り付いていると言った方が正しい。
『それ、全部俺たちの子供?』
緑川は顔をしかめ、『気持ち悪いから捨てて来いよ』と言った。
『どうして?』
『どうしってって・・・・それ虫の卵じゃん。』
『虫の卵?これが?』
『俺もお前も蛾のUMAなんだ。なら俺たちが子供を生めば、そうやって虫の卵が出てきてもおかしくない。』
『これ、虫の卵なんかじゃないわよ。』
『いや、どう見ても虫の卵だろ?タガメとかカエルとか、あいつらみたいな気持ち悪い卵じゃん。腕にびっしり張り付いてさ。なんか皮膚病みたいに見えるぞ。』
『そんなこと言わないで。とにかく抱いてあげて。』
アチェは真っ直ぐ歩いて来て、『ほら』と腕を向ける。
『いや、いいって。』
『よく見て、この子は本当に虫の卵かしら?』
『見なくても分かるよ。』
『・・・・ならその手に抱いてみて。その時・・・・これがいったい何なのか、あんたにも分かるはず。』
アチェは腕を傾け、ドロリと卵を垂れさせる。それは緑川の腕に落ちて、粘液がへばり付いた。
『・・・・・・・・・・・・。』
気持ち悪さを我慢しながら、緑川は全ての卵を受け取る。
そしてしばらく見つめていると、その卵から子が孵り始めた。
プチプチと音を立て、殻を突き破って出て来る。
『あ・・・・・・・、』
孵化した子供たちを見て、緑川は思わず声を上げた。
『これ・・・・・俺たちじゃん。』
そう言ってアチェを見つめ、『これUMAじゃんか』と叫んだ。
『だって私とあんたの子供だもん。虫でもなければ人間でもない。UMAに決まってるでしょ。』
『・・・・・・・・・・。』
無数の卵からは、たくさんの子供たちが溢れ出て来る。
蛾と人間を混ぜたような怪物たちが、小さなを羽を動かしながら這い出て来る。
男の子は緑川によく似ていて、女の子はアチェによく似ていた。
ワラワラと溢れ出た子供たちは、やがて宙をヒラヒラと舞い始める。
そしてしばらく宙を漂った後、窓際へ行って外を眺めた。
『あれ、何してるの?』
『外へ行きたいのよ。もう自分の力で生きようとしてるの。』
『すごいな、あんなに小さいのに・・・・・。』
たくさんの子供たちは、まだ人間の小指程度の大きさしかない。
しかしそれでも、大きな世界を求めて飛び立とうとしていた。
アチェは緑川の手を取り、窓際の方へと連れて行った。
『緑川・・・・あんたに子供を育てるのは無理よ。』
『・・・・・・・・・・?』
不意に言われて、緑川はキツネにつままれたような顔をする。
『あんた自身がまだまだ子供だからね。子育てなんてとても出来ない。だけど生まれた子供を愛することは出来るわ。』
そう言って窓の外を指さし、『この外には過酷な世界が広がってる』と憂いた。
『一度親の元を飛び立てば、あとは自分の力で生きていくしかない。子供たちはこんなにたくさんいるけど、生き残れるのはわずかよ。』
そう言われて、緑川は窓の外に目をやった。
そこには深い山が広がり、スカイフィッシュやツチノコ、それにまだ見たこともないUMAや妖怪が蠢いていた。
『この山にはたくさんの命がある。みんな生きていくのに必死よ。』
『・・・・・・生存競争?』
『そう。生きる為に戦う。時に相手を殺してでもね。それは食う為であったり、自分の縄張りを守る為であったり。』
『・・・・・過酷だな。』
『すべての命が生き延びたら、それこそ世界は滅びるわ。適当に間引かないと、どこもかしこも生き物だらけになってしまう。それは破滅を意味するのよ。』
『・・・・・・・・・・・・。』
『いい緑川?他者を殺そうとするのは、あんただけじゃない。みんな結局は自分が大事なのよ。だから他の命を殺して、自分の糧とするわけ。』
『うん。』
『だからそういう意味では、あんたは間違っていない。あんたは誰よりも、生きていくということに対して一生懸命なのよ。』
『そうかな?』
『そうよ。』
『でも俺は生存競争なんて関係なくても人を殺すけど?』
『頭がイカれてるからね、あんたの場合は。だけど殺してるのは全て他人でしょ?自分の子供だったらどう思う?
かつてあんたはこう言ってたわ。自分の親を、自分の手で殺してみたかったって。』
『うん。大事な人を殺したら、いったいどんな風に感じるんだろうって興味がある。』
『命の意味を知る為に?』
『まあね。』
『だったら今がチャンスよ。目の前にこんなに子供たちがいる。私たちが愛し合った末に生んだ子供たちが。』
『愛し合ったっけ?』
『抱き合ってる時はそうだったじゃない。あんたからは性欲だけじゃなく、愛情だって感じたわ。だから気持ち良かったのよ。』
『あれ、ただ興奮してただけじゃないの?』
『違う。ちゃんと愛し合ってた。気持ちがあるから、気持ちの良いセックスになったのよ。』
アチェは子供たちの前に立ち、『その結晶がこの子たち』と言った。
『さっきも言った通り、あんたにこの子たちを育てるのは無理。その必要も無いわ。』
『・・・・・・・・・・・・。』
『でも愛してあげることは出来る。無事に生き延びられる様に、心の中で祈ることは出来るわ。』
『うん。』
『頭の良いあんたのことだから、私が何を言おうとしているか分かるはず。』
『うん。』
『私はあんたに何も背負わせる気はないわ。ただ・・・・気持ちを試してるだけ。根っからのイカれた殺人鬼なのか、それともわずかでも人の心があるのか・・・・・。』
そう言って緑川の傍に立ち、『あとはあんたが決めなさい』と睨んだ。
『私は何もしない。ただ見てるだけ。』
強い目で決断を促し、『さあ』と笑って見せる。
すると緑川は、肩を竦めてこう答えた。
『いや、これってただの幻覚だろ?こんなもんで決断を迫られても・・・・、』
『ただの幻覚?ほんとにそう思う?』
『何が?』
『私とあんたは交尾した。なら妊娠したとしても何もおかしくないわ。』
『でも脳ミソ吸われたじゃん。もうじき死ぬだろ?』
『まだ半分残ってる。』
『いや、半分も吸われたら死ぬだろ?』
『その程度で死ぬなら、私は今まで生き残っていないわね。』
そう言ってクスクスと笑い、『もし私が妊娠していたら、こうやってたくさんの子供を解き放つわよ?』と顔を近づけた。
『だからこれは幻覚なんかじゃない。実際に起こり得ることで、あんたの心を試そうとしているの。』
『・・・・・・・・・・・。』
緑川はアチェと子供たちを交互に見つめ、『なあ・・・』と呟いた。
『もし俺が子供たちを殺したら、お前はどうする気だ?』
『もうチャンスを失うわ。』
『チャンス?何の?』
『あんたが生まれ変われるチャンスよ。まっとうな人間にね。』
『今でもまっとうだろ?周りが間違えてるんだ。』
『変わるつもりはないってことね。でもそれだと、あんたはずっと今のまま。私は二度とをあんたと手を組まないし、協力もしてあげない。それでもいいの?』
そう言って『よく聞いて』と頬に手を触れた。
『あんたは「こっち」にいるしかないの。「向こう」に戻っても居場所がないし、それどころか人間に追い回されるだけよ。』
『まあ今でもそんな感じだけど・・・・・、』
『今までよりもっと酷くなるわ。』
『・・・・・・・・・・・・。』
『あんたはもう完全なUMAになってしまった。なら「こっち」で生きるしかないの。』
『それは分かるよ。もう墓場の主の戦いなんて意味ないし、人間には戻れないだろうし。』
『そうね。でも子供たちを愛してくれるなら、私があんたの面倒を看てあげるわ。
私があんたを「こっち」に引きずり込んだ張本人だから、責任がある。このまま放っておくことは出来ないわ。』
『それはつまり・・・・「こっち」でずっと一緒に暮らすってこと?』
『そういうこと。私とあんたで手を組んで、ミノリを倒しましょう。そして「こっち」と「向こう」を完全に遮断する。
それぞれの世界は独立して、もう二度と関わることはない。あんたはUMAとして、「こっち」で暮らせばいいわ。』
『・・・・・・・・・。』
『・・・・大丈夫、私がずっと傍にいてあげるから。』
アチェは優しく微笑み、緑川を抱き寄せる。包み込むように頭を抱きしめ、そっと語りかけた。
『あんたが人の心を見せてくれるなら、私はどんな関係にだってなってあげるわ。母親でもいいし、恋人でもいいし、友達でもお嫁さんでもいい。
あんたの望む通りの形で傍にいる。そして・・・・ちゃんとあんたのことを愛してあげるわ。』
そう語りかける声は優しく、鳥のさえずりや虫の鈴音よりも心地良かった。
緑川はしばらく彼女に抱かれたまま考えた。そして『どうすればいい?』と尋ねた。
『難しく考える必要はないわ。自分の気持ちに素直になればいいだけ。』
『そうじゃなくて、子供たちに愛を見せるにはどうしたらいいの?』
そう言って顔を上げ、『教えてくれよ』と見つめた。
『あいつらを愛することは出来るっていうけど、具体的にどうすりゃいいんだ?』
そう尋ねると、アチェは『簡単なことよ』と微笑んだ。
『窓を開けてあげて。』
『窓?』
『あの子たちは外へ出たがってるわ。だから窓を開けてあげればいい。そして二人であの子たちの無事を祈りましょう。』
『・・・・・分かった。なら・・・・一緒に開けてくれよ。』
そう言ってアチェの手を握り、『お前と一緒なら出来るかもしれない・・・・』と外に目を向けた。
『いいわ。なら二人であの子たちを解き放ちましょう。』
アチェは緑川の手を引き、窓の前に立つ。
外には深い山が広がっていて、たくさんの化け物が蠢いている。
緑川は静かにその光景を眺めていた。
『鍵を。』
アチェに言われて、緑川は鍵を外す。。
そして二人で手を重ね、そっと窓を開いた。
外から風が入り、部屋の中を駆け巡る。その風と入れ代わるように、子供たちが外へと飛び立って行った。
小さな羽を動かしながら、たくさんの外敵がいる空へと舞い上がる。
子供たちは、最初のうちは一か所に固まっていた。怯えるように身を寄せ合い、大きな世界に委縮しているようだった。
しかしやがて、一匹の子供が空へと飛び去った。それに次き、一匹、また一匹と空の上へ昇っていく。
小さな影はグングンと遠ざかり、全ての子供が空へと消えていった。
『あの子たちのうち、いったいどれだけ生き残るか・・・・。』
アチェは厳しい目で旅立った子供たちを見つめた。
そして隣を見ると、緑川は目を閉じていた。
今飛び立った子供たちの無事を祈るように、眉間に皺を寄せていた。
アチェは彼の手を取り、同じように目を閉じる。
過酷な生存競争へと旅立っていった我が子たちが、一匹でも多く生き残るようにと。
しばらく祈りを捧げた後、二人は同時に目を開ける。
そしてじっと見つめ合い、そのままキスをした。
『これであんたの愛は証明された。私は約束通り、ずっとあんたの傍にいてあげる。もう・・・・一人じゃないのよ。』
そう言ってまた唇を重ねようとすると、緑川はそれを拒絶した。
『・・・・・・どうしたの?』
『何が?』
『何がって・・・こっちが聞いてるのよ。あんたは愛を示してくれた。だから私も約束を守ろうと・・・・・、』
『望んでないよ。』
『え?』
アチェは素っ頓狂な声で聞き返す。するとその瞬間、思い切り鼻づらを殴られた。
『ぎゃッ・・・・・、』
顔を押さえ、痛そうにうずくまる。そこへ今度は腹を蹴られて、もんどりうって後ろへ倒れた。
『ごえ・・・・・ッ』
鼻と腹を押さえながら、『あんた何をして・・・・・、』と顔を上げる。
すると髪を掴まれて、グイと引き立たされた。
『ちょっと・・・・・、』
『なあアチェ。こういう展開は予想してた?』
『・・・・何がよ・・・・?』
『俺はお前の言うとおり、子供たちを野に解き放った。そして心から無事に生き延びるようにも願った。
でもだからって、ずっとお前と一緒にいたいだなんて、これっぽっちっも思ってないぞ?』
そう言ってまた殴りつけ、床に組み敷いた。
馬乗りになって見下ろし、『この場合はどうするつもりだったの?』と笑う。
『俺は子供たちを殺さなかった。でもお前を殺さないとは言ってない。』
『・・・・・・・・・・・。』
『いいかアチェ。お前は何か勘違いをしてる。』
『・・・・・・何がよ?』
『俺はな・・・・別に寂しいわけじゃないんだ。一人だからってどうってことはない。』
『・・・・・・・・・・・・。』
『だってこの世で生きてるのは俺だけなんだから。他は全部作り物だよ。だから子供たちがUMAや妖怪に食われても、何とも思わない。』
『何言ってるのよ・・・・・。さっきは愛を込めて祈ったって・・・・・、』
『ああ、祈ったよ。でもそれが何?さっきはさっき、今は今だろ。』
『・・・・・・・・・・・。』
『愛なんてその時の感情だよ。一時的に高揚してるだけ。ほら、さっきのセックスの時もそうだったじゃん。
ああいのって、やってる時は最高だけど、終わるとどうでも良くなる。だから愛なんてただの感情だろ?』
『・・・・・違うわ・・・・私はあんたをちゃんと愛そうと思った。人間らしい心を見せるなら、本当に大事にしようと・・・・、』
『誰も頼んでない。必要もない。』
『・・・・・・・・・・。』
『愛の押し売りなんてごめんだよ。お前とのセックスは最高だったけど、一生俺を満足させるほどの価値があると思ってるのか?』
そう言ってまた蹴り飛ばし、『みんな石ころなんだから』と笑った。
『石ころが傍にあって、どこの誰が喜ぶんだよ?』
『石ころじゃないわ・・・・みんな生きてるんだから・・・・、』
『お前にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては違うんだ。他の誰がどうなろうと、俺の知ったこっちゃない。だって俺にとっては、俺の命が全てなんだから。
さっきの供たちだって、敵になったら迷わず殺すね。』
『あんた・・・・、』
『それが生存競争ってもんだろ?自分の命を最優先にするのが競争だ。だから全部石ころなんだよ。俺だけが生きてる、俺だけが命を持ってる。』
そう言って何度も何度も殴りつけ、アチェの顔が血に染まっていく。
目は腫れ、唇は切れ、鼻は折れ、顔の形そのものが変わっていく。
しかしそれでも、やめてとも許してとも言わず、好きなように殴らせていた。
『いくら殴られても痛くないだろ?これはただの幻覚なんだから。』
そう言って何度も拳を振っていると、『幻覚でも死ぬことはあるわ・・・・・、』と呟いた。
『人は幻覚でも死ぬ。動物だって同じ。自分が本当に死んだと思えば、心臓が止まることだってあるのよ・・・・。』
『そっか。ならどうする?助けを求めるか?』
『・・・・・いいえ。私は最後の賭けに出た。それが負けたってだけ・・・・。』
『は?』
『気づかないの・・・・・?これだけリアルな幻覚を見せるってことは、私はどっぷり幻覚に浸かってるの。あんたと違って、私は命懸けなんだから・・・・・、』
『・・・・・・・そうなの?』
『・・・・・もし・・・・あんたが改心してくれたら・・・・きっとみんなの役に立てる・・・・。
その力を正しく使ってくれたら・・・もう王なんかいなくたって・・・、』
そう言って身体を起こし、辛そうに顔を歪める。そしてそっと手を伸ばして、緑川の頭を撫でた。
『あんたは・・・・この先一生・・・・誰かと繋がる喜びを知らないままなんでしょうね・・・・。』
『いいよそれで。』
『一人で生きたってつまらないのに・・・・・誰かと一緒に喜んだり、感動を分け合ったり・・・・その時に・・・・本当の幸せを感じるのに・・・・、』
『あ、そ。そんなもんにどれほどの価値があるのか知らないけど、知らないから何とも言えないや。』
『じゃあ・・・・・知ってみればいいじゃない・・・・、私が教えてあげるから・・・・、』
そう言って抱き寄せようとすると、その手を払われた。
大きな音をたて、痛いほど強く弾かれる。
『そうやって上手いこと言ってさ、実は亡くした家族の穴埋めをしないだけなんじゃないの?』
緑川はニヤニヤしながら、馬鹿にしたような口調で言う。
『お前がずっと戦ってたのは、子供を生き返らせたかったからだろ?でもそれはもう無理だ。だから今度は、家族の代わりになる奴を見つけようとしてる。
俺を憐れんでる振りをして、実は自分を慰めてるだけじゃないのか?』
そう言われたアチェは、一瞬言葉を失くす。しかしすぐに笑顔を見せ、『あんたってホントにイヤな奴』と苦笑した。
『根っから歪んでるわ・・・・ホントに・・・・、』
『図星だった?』
『そういう気持ちが無いって言えば・・・・嘘になる。でも・・・・それが本心じゃない。あんたには可能性があって、正しい方へ力を使えば、きっとみんなの役に立つ。
たくさんの命に喜びを与えられる・・・・。』
『それは買いかぶりだよ。俺は殺人鬼なんだから。死神って呼ばれるほどだぞ?』
『だからこそよ・・・・。多くの命を奪ってきたあんたなら、改心さえすれば命の大切さに気づく・・・・。
ほら・・・・禁煙した人が、いかにタバコが悪いかを語るように・・・・。』
『ああ、言われてみれば・・・・、』
『だから・・・・私と一緒に生きてみない?私は必ずあんたの傍にいる。何があったって離れないし、一人にしない・・・・・。傍にいるから・・・・、』
そう言ってもう一度手を伸ばし、抱き寄せようとした。
『あんたは知らないんでしょ?誰かと一緒にいる喜び・・・・感動したり、愛し合ったり・・・・。だから教えてあげる、きっと素晴らしいわよ。』
アチェは優しく微笑み、彼の手を引き寄せようとする。
しかし緑川は動かない。じっと睨んだまま、その目にアチェを映しているだけだった。
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『そう・・・。なら・・・・仕方ないわね・・・・・。』
じっと動かない緑川を見て、それが彼の返答だと諦める。
アチェは切なさそうに微笑み、『可哀想に・・・・』とささやいた。
『せっかく生まれてきたのに・・・・誰かと繋がる喜びを知らないなんて・・・・可哀想に・・・・、』
心の底から悲しそうに言い、諦めの笑みを見せる。それは緑川に対しての、別れの笑顔だった。
次の瞬間、部屋の底から地響きが鳴って、床が破壊された。
部屋は瓦礫のごとく崩れ、地中から何かが現れる。
『・・・・・これ・・・・・、』
緑川は絶句する。瓦礫を吹き飛ばしながら、地中から出て来た物体を見上げる。
それは太陽のように眩い光を放つ、巨大なUFOだった。
『あんたのもんよ・・・・・。』
アチェはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
『それは王の片割れ・・・・私が吸い込んだ一部よ。持って行けばいいわ。』
『言われなくてもそうするよ。で、どうしたら俺のものになるの?』
『もうなってるわ、私の脳ミソを吸い込んだんだから。』
『そっか。ならミノリを倒して残りを手に入れれば、王は完全に俺の物になるわけだ?』
緑川は嬉しそうに言う。まじまじとUFOを見つめ、『これに乗ったら宇宙旅行に行けるかな?』と笑った。
『ええ、どこへでも行けるわ。月でも火星でも、太陽系の外だろうと好きな所へ行ける。ミノリを倒して、残りを手に入れればね。』
『おおおおお!マジか!ワクワクするなあ。』
『・・・・あんたは宇宙旅行をしたいが為に、王を欲しがってるの?』
『いや、それはオマケ。』
『じゃあ本当の目的は何なのよ?大きな力を手に入れて、全てを支配したいわけ?』
『まさか、そんな面倒臭いことしないよ。』
『ならどうして・・・・、』
『邪魔者を黙らせられるじゃん。』
『は?』
『だってこの世で生きてるのは俺だけなのに、なぜか石ころどもが俺を殺そうとしてくるんだよ。たった一つの素晴らしい命を、どうして潰そうとするのか分からないんだ。』
『・・・・・・・・・・。』
『だから王の力を手に入れれば、そういう奴らを潰せるだろ?この世で生きてるのは俺だけで、それでいいんだよ。他の命なんていらない。全部石ころなんだ。』
『・・・・その為に・・・・王の力を求めてるの?』
『うん。ていうか、それ以外に使い道がないだろ、こんなもん。地球に墜落して死にかけるようなアホだぞ?あのストーカー怪人と同レベルだよ。
頭が悪いっていうか・・・・・石ころの中でもゴミの部類だろ。』
『・・・・・・・・・・・。』
『でもさ、その力は大きいじゃん?だから道具として持っておけば役に立つだろ。宇宙旅行なんて暇潰しも出来るしさ。それだけだよ。』
『・・・ならあんたは・・・・ただ気に入らない奴を潰す為だけに・・・・王を手に入れようと・・・・、』
『悪い?』
『・・・・・・・・・・・。』
『何度も言うけど、こんなもんただの道具だから。』
そう言ってUFOを見上げ、蔑むような目を向けた。
『俺はさ、別に世界の支配とか、世の中の改革なんてどうでもいいんだよ。それに永遠の命だって望んでない。
たださ、せっかく生まれて来たんだから、思うように生きたいじゃん?
その為には大きな力があった方がいいよねってだけの話。王にしろあの怪人にしろ、アホにはアホなりに使い道があって、ほんとそれだけの事だから。』
『・・・・・・・最低ね、あんた。』
『もっかいセックスする?どうせ最後なんだし、気持ち良くなってから死ぬか?』
アチェを押し倒し、股の間をまさぐる。
『本当に愛があるなら、こんな状況でもセックスを楽しめるだろ?それが無理っていうなら、さっきのはただの快楽だよ。ただの感情で、愛なんて存在しない。
だからお前がずっと俺の傍にいるなんていうのも、一時的な感情なんだよ。だって人って変わるからさ。』
『それは違う。私は途中で変わったりは・・・・・、』
『お前は俺と違って、頭はまともじゃん。そしてまともな奴ほど、現実に耐えられなくなって変わるんだ。いずれお前の方から俺に愛想を尽かして、敵に回るのがオチだよ。』
『そんなことないわ。それはあんたの勝手な思い込み。』
『口ではなんとでも言えるよ。でも俺には分かる。このまま生かしといたら、お前は必ず俺の敵になる。絶対に俺を殺そうとするはずだ。だから一緒に生きるなんてあり得ない。
ここで殺して、将来の自分の身を守らないと。』
『・・・・・そう・・・・もう何言っても無駄ね。』
アチェはUMAの姿に戻り、『あんたは本当に可哀想な子』と嘆いた。
『愛を知らない、感動を知らない、喜びを知らない。』
『いや、知ってるよ。人を殺す時も、UMAを狩る時も喜んでるもん。』
『でも誰かと分かち合う喜びは知らない。』
『それでいいんじゃない?喜びって一人で噛みしめるもんだろ。分かち合うのが前提なんておかしいと思うぞ?』
『そんなことないわ。それはあんたがそういう喜びを知らないから・・・・、』
『だったら画家とか小説家とか、芸術家みたいな連中はどうなるんだよ?あいつらって孤独こそ至高みたいな連中だろ?
その中で喜んだり感動したりしてるはずだよ。俺とどう違うの?』
『そういう人達は、あんたみたいに人を殺さない。』
『まあ確かに。でも条件さえ整えばやると思うぞ。そんなもん交通事故と一緒で、たまたま人を殺さずに生きてるだけだよ。』
『もういいわ、これ以上屁理屈の言い合いはゴメン。もうあんたとはこれっきりね。』
そう言って羽を動かし、キラキラと光る鱗粉をばら撒いた。
するとその鱗粉に触れた空間が、まるでハサミで切り取られるように無色透明に変わっていった。
『あ、もう幻覚はおしまい?』
『ええ、だって何言っても無駄なんだもの。あんたは根っから腐ってる。だから私はあんたの敵に回るわ。どこへ逃げても必ず殺す・・・・必ず・・・・・・、』
アチェは蛾の化け物に変身し、大きく羽ばたく。大量の鱗粉が飛び交い、全ての空間が無色透明に変わっていく。
そしてすぐに幻の空間は消え去り、元の山に戻った。
緑川はアチェを掴んでいて、まだ彼女の脳に針を刺したままだった。
『半分脳ミソが残ってる・・・・これも吸っとくか。』
ここで確実に殺さないと、いつ襲って来るか分からない。緑川は針を動かし、残った脳まで吸い始めた。
するとその時、墓の向こうの階段から、二つの気配が近づいて来るのを感じた。
緑川はチュルチュルと脳を吸いながら、その気配が誰のものかすぐにに見抜いた。
『沢尻とSATのおっさんだな、これ・・・・・。』
そう呟いてから、『いいこと思いついた』と笑った。
やがて二つの気配がすぐ傍まで近づいて、沢尻が飛び出して来た。
銃を向け、殺気の籠った目で睨む。
しかしアチェが脳を吸われているのを見て、銃を構える手を震わせた。
そこへ東山も降りてきて、同じように絶句する。
『緑川ああああああああ!』
沢尻は燃えるような怒り、銃を撃って来た。
しかし今の緑川にとって、弾丸の軌道を読むなど造作もなかった。
大きな触覚が一瞬で空気の振動を感知し、軌道を予測する。そして弾丸の軌道上にアチェを持ち上げ、心臓を貫かせた。
彼女の小さな身体にとっては、拳銃の弾でも砲弾に等しい。
胸を貫いた弾丸は、背中まで繋がるほどの大きな穴を空けた。
「・・・・・・・・・・・・。」
沢尻は絶句し、すぐに叫び声を上げる。
《自分で撃ったクセに・・・・・。》
緑川は心の中で笑う。そしてアチェを投げ捨て、『それもういらない』と吐き捨てた。
アチェを殺したのは沢尻、それを思うと笑いがこみ上げてきた。どんな顔で苦しむのだろうと、楽しくてたまらない。
しかし必要なものは手に入れ、もはや長居は無用だ。
大きな羽を動かし、すぐに宙に舞い上がる。
そして五感を集中させて、ミノリの気配を探った。
『・・・・・・あれ?「こっち」にいない?』
いくら気配を探ってみても、どこにも彼女の存在を感じられない。
『上手く隠れてるのか?それとも「向こう」に行ってるのか・・・・?まあいいや、とりあえず適当に捜して、見つからなきゃ「向こう」に行くか。』
そう言って高速で羽を動かし、遠くの空へと消えていった。
沢尻は呆然と立ち尽くし、東山も「クソッタレ」と悔しそうにすることしか出来なかった。
彼らの目の前には、無残に裂かれたペケの死体、そして脳を失ったアチェが横たわっていた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十七話 落日(2)

  • 2016.03.27 Sunday
  • 13:56
JUGEMテーマ:自作小説
怪人ペケ。
この山で最も強い妖怪であり、ミノリですら脅威を抱くほどの存在。
そのペケが、一人の犯罪者の手によってバラバラに引き裂かれた。
今から少し前の事、ペケはミノリと彼女の操るUMAとの戦いで怪我を負い、放っておいても死ぬような状態だった。
だからせめて、最後は愛しい者を抱いて死を迎えようとした。
麓の墓場に腰を下ろし、小さなアチェの身体をその手に抱いていた。
長かった生もここで終わる。それはペケにとって辛いことではなく、むしろ喜びさえ感じていた。
最後に愛する者の役に立ったのだから、これほど幸せはない。
だからこのまま穏やかに死を迎えたかった。アチェをその手に抱きながら、至福の喜びを感じて・・・・。
しかしその想いは簡単に踏みにじられた。なぜならペケの元に、緑川がやって来たからだ。
何が可笑しいのかヘラヘラ笑いながら、首狩り刀を向けてきたのだ。
しかしペケは動じなかった。
どうせ死ぬのだから、殺されることは問題ではない。
首を刎ねられようが、五体を引き裂かれようが、どんな殺され方をしても構わない。
しかし最も愛する者だけは守りたかった。
初めて見たその日から、憑りつかれたように彼女のことを見つめていた。
それは恋心とも憧れともつかない感情で、いつでも彼女のことが気になって仕方なかった。
緑川にはストーカーと罵られ、アチェ自身から疎まれたこともあった。
しかしそれでも、一途な想いに変わりはなかった。
ペケは元々人間の女で、とても気が弱かった。
まだ彼女が人間だった時、村で泥棒の濡れ衣を着せられたことがあった。
今のように法律もなく、警察もおらず、誰にも助けを求めることは出来なかった。
自分は無実だと訴えたかったが、村人たちからの激しい叱責によって、ただ怯えるしかなかった。
そしてとうとうやってもいない罪を認めてしまい、村人たちの怒りを買ってしまった。
ペケは散々になじられ、蹴られ、殴られた。その時になってようやく自分の無実を訴えた。
しかしその行為は、かえって村人の怒りを買った。
一度認めた罪を撤回するということは、嘘をつくことと同じである。
村人たちは激しく責めたて、そしてとうとうペケを殺してしまった。
殴り、蹴り、叩き、髪の毛まで毟られて、最後は燃え盛る火に放り込まれた。
ペケは炎に焼かれていく中で、村人たちへの激しい怒りを感じていた。
そしてそれと同時に、自分の弱さに腹を立てていた。
どうしてやってもいない罪を認めてしまったのかと・・・・。
しかしもう取り返しはつかず、怒りと後悔の中で炎に焼かれるだけだった。
ペケの肉体は黒く変色し、少しずつ炭に変わっていく。そしていよいよ息絶える時、大きな丸い何かが迫って来た。
それは黒い炎を纏っていて、ペケの肉体から意識だけを吸い取った。
そして驚く村人たちを尻目に、そのまま遠くへ去ってしまった。
ペケは黒い炎の球体の中で、ある妖怪と会っていた。
その妖怪は東洋の生まれで、妖怪の棲む異界を伝って、ペケの国までやって来た。
姿は外観と同じで、黒い炎を纏った球体だった。
その妖怪はペケの受けた仕打ちに同情し、願いを一つ叶えてやると言った。
そう言われたペケは、しばらく考えてからこう答えた。
『強くなりたい・・・・。心も身体も、誰にも負けないくらい強くなりたい。』
その為なら人間をやめてもいいし、性別だって問わない。妖怪になってもいいから強くなって、村人たちに復讐したいと言った。
妖怪はその願いを聞き届け、ペケを怪人として生まれ変わらせた。
望み通り、誰にも負けないくらいに、強い心と身体を持った怪人に・・・・・。
ペケは人間ではなくなり、そして女でも男でもなくなった。
意識は女性を保っていたが、妖怪が与えた肉体は男のものだった。
黒い炎の球体の妖怪は、願いは聞き届けたとばかりに、どこかへ去って行った。
ペケは生まれ変わった自分をまじまじと見つめ、身体に湧き上がる大きな力に酔いしれた。
天に向かって獣のように吠え、黒いマントをはためかせる。そして一目散に自分の村まで駆けていき、そこにいる者全てを殺した。
大人も子供も、男も女も、そして飼い犬や家畜までも殺し、文字通りの皆殺しにした。
ペケにとって、この村は恨みの対象でしかなく、ここで生きる者全てが敵に見えた。
村は無数の死体が転がる地獄のような場所となり、死体からは血が流れて、赤い川のように滲んでいた。
ペケは満足し、意気揚々とその場から立ち去る。そしてとても長い時間、たった一人で放浪を続けた。
特に目的もなく、行くあてさえもなく、気の向くままに旅をして、気の向くままに人を助けたり殺したりした。
しかしそんな生き方にも飽きてしまい、ただフラフラと彷徨うように、世界をうろついていた。
誰にも負けない身体、誰にも負けない心。
それは自分自身が望んだものだったが、こんなに退屈な生活になるとは思わなかった。
何でも思い通りになるということは、何にも出来ないのと同じなのだなと、妙に哲学的なことまで考えた。
しかしある時、ふらりと立ち寄った東洋の島国で、大きな力が降って来るのを感じた。
ペケはもしやと思い、その大きな力が降ってきた場所を目指した。
というのも、その大きな力は、もしかしたらあの時の妖怪ではないかと思ったからだ。
黒い炎を纏った、あの球体の妖怪。
もしそうならば、この誰にも負けない身体と、誰にも負けない心を返そうと思っていた。
そして今一度、人間として生まれ変わりたかった。
あの球体の妖怪ならば、きっとそれが出来るはずだと信じて、急いで大きな力が降ってきた場所へ向かった。
しかしそこで見たものは、あの妖怪ではなかった。
真っ白に輝く、とても大きなUFOだった。
ペケは興味を惹かれ、そのUFOに近づいた。そしてムメ・アランと名乗る、人間の思念に遭遇した。
それからのペケは、いい暇潰しを見つけたとばかりに、亀池山を根城とした。
ここにいれば、少なくとも退屈せずに済む。なぜならムメ・アランは、新たな肉体を手に入れる為に、もう一つ世界を作りだして、UMAや妖怪を戦わせようとしたからだ。
ペケも暇潰しにとそれに参加したが、その中でアチェに出会った。
UFOの落下のせいで家族を失った、憐れな女性。
彼女を一目見た時から、自分の中にはない強烈な光を感じた。
以来、ペケはほとんどの時間をアチェのストーキングに費やした。
そしてしばらくのストーキングの後、ようやく声を掛けた。
しかしアチェは、常に誰かに見られていることに気づいていた。そしてペケが声を掛けた時には、『あんたが覗き魔ね』と怒られた。
あの日から今日に至るまで、ペケの心はアチェに奪われている。
だからこそ、今日は勝ち目の無い戦いにまで挑んだ。
ミノリ、マル、そしてゾンビを操る猿のUMA。
勝つ見込みなどほとんど無かったが、それでも戦った。
ただアチェを助けたい、彼女を守りたい、それだけの一心で戦い抜いた。
もう必要ないと思っていた、誰にも負けない身体と、誰にも負けない心。
村の者を皆殺しにして以来、今日ほどこの力が役に立ったと思える日はなかった。
結果として、ペケは誰も倒すことが出来なかった。
ミノリもマルも、そして猿のUMAも、トドメを刺すには至らなかった。
しかしそんなことは当たり前で、そもそもの目的はアチェの救出だった。
どうにか彼女を助け、そして無事に連れ戻すことが出来た。ペケとしてはそれで満足だった。
激しい死闘で大きな怪我を負ったが、そんなことは気にならない。
この怪我のせいで、そう長くは生きられないと分かっていたが、それもどうでもよかった。
最も愛する者を救うことが出来たのだから、自分の命にも意味はあったと、むしろ幸せな気分だった。
だから最後はアチェと共に過ごそうと決めた。
彼女はひどく弱っていて、まともに飛ぶことも出来ない。
だから最後のわがままとして、死ぬまで抱きしめていようと思った。
そしてそんなペケの気持ちを汲んでくれたのか、アチェも嫌がった顔は見せなかった。
普段なら近寄るとあまり良い顔はしないのに、今日だけはペケを受け入れてくれた。
そして小さな手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
『ありがとう』
その一言で、ペケは天にも昇る思いだった。もういつ死んでも悔いはない。
放浪するだけの無意味だった生に、初めて光が灯ったような気がした。
だからこの幸せな気分のまま、穏やかに逝きたかった。
・・・・・しかしそれは許されなかった。
招かれざる客が、狂気を振り撒きながらやって来たのだ。
緑川鏡一・・・・アチェを利用し、殺そうとまでした男が、首狩り刀を携えてやって来た。
ペケは立ち上がり、緑川を睨みつけた。『ミノリを仕留めに行ったのではなかったのか?』と。
すると緑川は刀を振りながら、『まだもらってないものがある』と笑った。
そしてアチェを見つめながら、トントンと自分の頭を叩いた。
『アチェの脳ミソ、半分だけもらおうと思って。』
その言葉を聞いた瞬間、ペケはすぐに理解した。
この男は、アチェに宿った墓場の王の一部を奪いにやって来たのだと。
墓場の王ムメ・アランは、心臓をミノリに、そして脳をアチェに吸い取られていた。
緑川は、その脳を頂きにやって来たのだ。
ペケは尋ねた。『なぜアチェに王の脳が宿っていると分かる?』と。
すると緑川は笑って答えた。『あ、吸い取ったのは脳ミソの方だったんだ?』と。
『身体の重要な部分ていえば、脳か心臓だよな?ならそのどっちかをアチェが吸い取ったんだろうなって思ってた。だからカマかけたんだけど、脳で当たってたんだな?』
そう言ってゲラゲラ笑い、『やっぱお前ってアホだわ』と肩を竦めた。
『こんな変態のアホに付き纏われてたんじゃ、アチェも可哀想だ。パートナーだったよしみで、ストーカーから解放してやらなきゃ。』
『・・・・・・悪魔め。』
ペケは怒り、肉挽き刀を構える。しかし緑川は、すでにペケの懐に入っていた。
そして一瞬で両足を切り払うと、返す刀で胴体を切断した。
黒いマントも真っ二つに引き裂かれ、ヒラヒラと宙を舞う。
このマントにはもう何の思念も宿っていない。ミノリとの戦いで、全ての思念が消滅してしまったからだ。
マントはやがて地面に落ち、黒い炎となって燃え尽きる。
そしてペケも地面に倒れ込んだ。両足を切断され、胴体まで切断され、もう立つことも出来ない。
しかしここで負ければ、アチェまで殺されてしまう。だから最後の抵抗に出た。
肉挽き刀を放り投げ、被っていた帽子を脱いだのだ。
すると帽子の中から大量の思念が現れた。大人や子供、それに犬や羊など、大勢の思念が黒い炎を纏って放出された。
これにはさすがの緑川も驚いて、引きつった顔で息を飲んだ。
しかしすぐに反撃に出て、羽から鱗粉をまき散らした。
帽子から飛び出した思念は、その鱗粉に触れた途端に激しくえづく。
『あげええええええええ!』と叫びを上げながら、苦しそうに悶えた。
緑川は首狩り刀を振り上げ、嘔吐に苦しむ思念を葬っていく。
化け物なら何でも切り裂く刀が、帽子から出て来る思念を切り裂いていった。
そして全ての思念を切り伏せると、帽子に毒針を突き刺した。帽子は茶色く変色し、一瞬で腐ってしまった。
『お前のマントと帽子、どっちも肉体の一部なんだろ?』
『・・・・・・・・・・。』
『普通のマントと帽子に、こんな力があるわけないもんな。だからお前の肉体から出来てるんだろうなって思ってたけど、どうやら当たってたみたい。』
ニヤリと笑いながら、腐敗した帽子を踏みつける。そして首狩り刀を一閃させて、ペケの両腕を切り落とした。
右手に掴んでいたアチェが、切られた腕ごと地面に転がる。
ペケはその様子を見つめながら、『殺すのは私だけにしてくれ』と頼んだ。
『どうかアチェだけは・・・・、』
『殺すつもりはないよ、王の脳ミソを頂きたいだけ。まあ結果的に死ぬかもしれないけど。』
『待て。力が欲しいのなら、私がくれてやる。この誰にも負けない身体と、誰にも負けない心を・・・・、』
『いや、負けてんじゃん。俺に。』
『・・・・・・・・・・。』
『そんなショボイ力はいらない。とっとと死んでろよ。』
そう言って刀を振り、ペケの首を刎ねた。
頭が地面に落ちて、ゴトリと重そうな音を立てる。
『待て・・・・・アチェを殺さないでくれ・・・・・、』
『あ、首を飛ばされても生きてるんだ。すごいねお前。』
緑川はゲラゲラと笑い、ペケの頭を蹴り飛ばす。そして刀を振り上げ、こめかみに突き刺した。
『・・・・頼む・・・・殺すのは私だけに・・・・・、』
『まだ生きてるな。でもさすがに弱ってきたか?』
そう言って刀を抜き、今度は鼻づらに突き刺した。
『いついまで生きてられるかな?』
ワクワクしながら言って、再び刀を刺そうとする。するとその時、『やめなさい・・・・』とアチェが止めた。
『もう・・・いいでしょ・・・そっとしといてあげて・・・・。』
『アチェ。ストーカーを庇うのか?』
『・・・そいつは放っといても死ぬわ・・・・・。だからもういたぶるのはやめなさい・・・・。』
アチェは辛そうに身体を起こし、フラフラと舞い上がった。
そしてペケの傍に降り立つと、そっと頭を撫でた。
『あんたも可哀想な子ね・・・・・。無駄に長生きして・・・・・最後は殺人鬼にいたぶられるなんて・・・・。』
『私は可哀想ではない。お前に出会えたのだから。』
『最後までストーカーなのね・・・・。その執念には頭が下がるわ・・・・・。』
アチェは小さく笑い、『でも・・・・もうおやすみしなさい・・・・』と言った。
『これ以上苦しむことはない。もう誰も・・・あんたを傷つけたりしないから。』
『アチェ、私はお前と出会えて幸せだった。』
『うん・・・・。』
『私の生には意味があった。無駄な長生きではなかった。』
『うん・・・・・。』
『誰にも負けない身体と、誰にも負けない心が役に立った。私は無駄に生きたわけではない。』
『うん・・・・・。』
『アチェ、私はお前を愛している。ストーカーと罵られようが、変態と言われようが、この想いは変わらない。』
『うん・・・・・。』
『アチェ、私はお前と出会えて・・・・・、』
『分かってる。大丈夫だから・・・・もうおやすみ・・・・。』
そう言って唇を重ねる。『ゆっくり休んで・・・』と、舌を入れて毒針を刺した。
ペケは短く悲鳴を上げ、そのまま絶命する。最後に『アチェ・・・・』と呻きながら。
『今度は人間に生まれ変われるといいね・・・。』
そう言ってペケを見送り、ゆっくり後ろを振り返った。
『さて・・・・私の脳ミソが欲しいんでしょ?さっさとやったら・・・・・。』
抵抗はしないという風に、手を広げて見せる。
緑川は『潔いいな』と微笑み、アチェを掴んだ。
『そういう所が好きなんだよ。無駄に命乞いとかしないから、すごく清々しい。』
『勝つ見込みがあるならするけどね。でも・・・・どうやらここまで・・・・。』
『うん、そうやって冷静に判断できるのも魅力だよ。大丈夫、痛くないようにしてやるから。』
緑川はニコリと微笑み、毒針を伸ばす。するとアチェは『ねえ?』と尋ねた。
『脳ミソを半分も吸われたら、私は死ぬわ。でもそうなると、あんたは一つ後悔をするんじゃない?』
『後悔?』
『だって私とセックスしたかったんでしょ?どうせ死ぬんだし。最後にヤラせてあげてもいいわよ。』
そう言って、緑川の手からスルリと抜け出した。
『いつか私とやろうとしたじゃない?あの時は途中で終わったけど、今なら最後まで出来るわよ?』
『・・・・・・それ本気?』
『もちろん。』
アチェはクスクスと笑い、人間と同じサイズに巨大化する。
そして緑川の頬を両手ではさみ、じっと見つめた。
『別にイヤならいいのよ?ここで私を殺せばいい。』
『いや、やりたいよ。でもお前のことだから、きっと何かを企んでるんだろうなと思って。』
『まあね。でも乗るか逸るかはあんた次第。後でちゃんと脳ミソも吸わせてあげるから・・・・どう?』
『・・・・・・・・・・・・。』
『迷ってるなら、自分の気持ちに素直になった方がいいわよ?じゃないと必ず後悔するから。』
『・・・・・・・・・・・・・。』
『じれったいわね。』
アチェは肩を竦め、小さく首を振る。そして緑川の頬を引き寄せ、そのままキスをした。
唇が触れるのと同時に、激しく舌を絡ませる。
『針・・・・刺さると危ないから引っ込めて。』
そう言ってさらに激しくキスをする。そして緑川の手を取り、自分の胸に触らせた。
『普段は体毛で隠れてるけど、ちゃんと乳首があるのが分かるでしょ。』
やさしく手を取り、白い体毛に隠れた乳首に触れさせる。
そして自分はゆっくりと手を下ろし、緑川の股に触れた。
最初はズボンの上から、やがて下着の中にまで手を入れて、ゆっくりとペニスをさすった。
『・・・・・・・・・・・。』
緑川は無心のまま、されるがままになっていた。
高揚も快楽も感じることはなく、ただ無感動な目でアチェを見つめていた。
しかしアチェには、彼が迷っていることが分かっていた。
この性行為に踏み込むべきかどうか、判断に迷っているのだと。
だから優しく、丁寧に愛撫を続けた。何も言わず、口と指と、そして視線だけで緑川を快楽に誘った。
しばらく愛撫を続けていると、ほんのわずかに緑川の腰が動いた。
最初は小さく、しかしやがて大きく腰を振り始め、アチェの愛撫に身を委ねるようになる。
そして気がつけば、自分も愛撫を始めていた。
舌と指を這わせ、乳房を揉み、白い体毛を掻き分けて乳首にしゃぶりついていた。
アチェはニコリと微笑み、やさしく彼の頭を抱く。そして股を開いてしがみつき、腰を押し当てた。
・・・・・緑川は気づいていた。これは確実に罠であると。
この先にはきっと、自分にとって良くない何かが待っている。
もしこれが普通の女ならば、快楽に引っかかったように見せかけて、最後の最後で殺してしまうだろう。
『馬鹿じゃないの?お前に欲情するとでも思ってるの?』
そう言ってゲラゲラと笑い、首を刎ねたに違いない。
しかしアチェとの性行為は、抵抗出来ない快楽の中に引き込まれていった。
それは彼女が上手という意味ではなく、人間の女には無い怪しい魅力を持っていたからだ。
・・・・いや、それだけではない。もっと別の何かが、緑川を快楽の中に引きずり込もうとしていた。
それがいったい何のかは分からなかったが、もはや腰の動きを止めることは出来なかった。
強くアチェを抱き寄せ、むさぼるように乳首を吸う。
そしてその場に押し倒して、彼女の中にペニスを挿し込んだ。
たっぷりと愛撫し合ったおかげで、お互いに充分な準備が出来ている。
舌も指も、そして性器も、全てを使って前戯に興じたおかげで、快楽は絶頂に達していた。
二人は一体となり、緑川のペニスは狂ったようにアチェの中を突く。
座位で、正常位で、騎乗位で、または抱き上げたり逆さまにしてみたり、思いつく限りのあらゆる体位で快楽を求めた。
緑川はすでに何度も射精していて、それは確実にアチェの体内に注がれた。
UMAになった彼は、人並み外れた体力で行為を続ける。
何度何度も、果てない欲望と快楽に飲み込まれて、アチェを犯し続けた。
それは緑川にとって、生まれてからこれまでの人生に匹敵するくらい、濃密な時間に感じられた。
いや、これまでの人生よりも、遥かに充実していた。
殺すことのみに心血を注いでいた彼が、例え快楽の為とはいえ、命を宿す行為に没頭していたのだ。
この行為の結果、もし自分に子供が生まれたら、いったいどう接するのだろう?
大切に育てるのか?それとも他の人間と同じように殺してしまうのか?
それは自分でも分からなかったが、今はただ一つの想いだけに満たされていた。
『アチェが愛おしい。ずっとこのまま抱いていたい。』
とめどない欲望はいつまでも彼女を犯させる。やがてペニスから垂れる液体が透明になる頃、緑川の快楽はようやく収まった。
大切そうにアチェを抱きしめ、しっかりと背中に腕を回す。
そしてアチェも緑川を抱きしめ、首筋に顔をうずめていた。
『・・・・・気持ちよかった。』
緑川がポロリと呟くと、アチェはニコリと笑った。
よしよしと頭を撫で、『それはよかったわ』と微笑みかける。
そしてキスをかわし、しばらく抱きしめ合った。
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・・あのさ・・・・、』
『何?』
『もう脳ミソ吸っていい?』
緑川は不意に顔を上げ、舌の毒針を伸ばす。
『すっごく気持ちよかった。俺・・・・セックスで満足したの初めてだよ。』
『そう、褒めてくれたありがとう。』
『だからもう脳ミソ吸ってもいいよね?』
待ちきれないとばかりに、アチェの頭に毒針を当てる。
『もう性欲はないよ。後は王の脳ミソをもらいたいだけ。』
『いいわよ、約束だから。』
アチェは元の大きさに戻り、ニコリと微笑んだ。
『なあアチェ。』
『なあに?』
『今ので妊娠したと思う?』
『気になるの?』
『うん。もし子供が出来たら、どんな感じなんだろうって。』
『じゃあ脳ミソを吸うのをやめれば?でないと妊娠してても産めないから。』
『・・・・・じゃあいいや。子供はいらない。』
『そう?なら・・・はいどうぞ。』
アチェは自分から首狩り刀に頭を当て、ゆっくりと切り裂いていく。
刃に沿うように頭を動かし、頭がい骨に切れ目を入れた。
そしてゆっくりと頭を持ち上げると、まるでケントのように脳が丸出しになった。
『はい、召し上がれ。』
『・・・・・・・・・・・。』
『どうしたの?欲しいんでしょ、これ。』
アチェはクスクスと笑い、『あんたから見て、右の脳の色が違うでしょ?』と尋ねた。
『王を吸い込んだから、左脳が変わっちゃったのよ。』
『・・・・ホントだな。青い色してる。』
緑川は興味深そうに見つめ、ツンツンと毒針で突いた。
『なあ、王の脳にはどんな力が宿ってるの?』
『さあね、吸えば分かるわ。』
『まあそりゃそうだけど・・・・・、』
『いらないならもう閉じるわよ?自分の脳ミソ見せるなんて、ある意味セックスより恥ずかしいんだから。』
そう言って頭を閉じようとすると、『吸うよ』と答えた。
『まあ何かの罠が待ってるんだろうけど、でも吸う。』
『それじゃ早くして。頭が寒いから。』
緑川は頷き、両手でアチェを握りしめる。
『そんなに強く握らないでも逃げないって。』
可笑しそうに笑いながら、じっと緑川を見つめるアチェ。大きな複眼に、万華鏡のように緑川が映る。
『・・・・ならもらうよ。』
少しだけ緊張しながら、緑川は毒針を突き刺す。
そして花の蜜でも吸うように、丁寧に味わいながら食していった。
『・・・・・・・・・・・・。』
半透明の管の中を、アチェの脳が流れていく。
それは緑川の口に運ばれ、やがて体内へと吸収されていった。
小さなアチェの脳はすぐに吸い取られ、やがて死人のように表情を失くしてしまう。
緑川は『アチェ?』と揺らし、その顔を覗き込んだ。
『・・・・・・・・・・・・。』
『・・・・・・死んだ?』
アチェは何の反応も示さない。握った手から鼓動は伝わって来るが、やはり死人のように動かなかった。
『・・・・・アチェ。』
もう一度呼びかけると、アチェは突然口を開けた。
そして長い舌を伸ばし、彼のこめかみに毒針を刺した。
『おい。』
緑川は驚き、針を抜こうとする。しかしすでに毒は注がれていて、頭がクラクラとしてきた。
『俺を殺す気か?』
首狩り刀を当てて、『さっさと針を抜けよ』と脅す。
しかしその瞬間、緑川はある幻覚を見せられた。
それは妊娠したアチェが、ベッドに寝ている幻覚だった。
『こんなもん見せて何をしようって・・・・・、』
これが幻覚であると自覚しているので、緑川は動じない。
しかしこの幻覚の先が気になり、このまま身を委ねることにした。
『まあ最後だしな、付き合ってやるよ。』
目を閉じ、頭の中に溢れる幻覚に没頭する。
彼の意識は、アチェの描くイメージの世界へ旅立っていった。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十六話 落日(1)

  • 2016.03.26 Saturday
  • 13:14
JUGEMテーマ:自作小説
沢尻は花畑に座っていた。
見渡す限りにたくさんの花弁が舞い散り、緩やかな曲線を描く丘の向こうへ飛んで行く。
まるで極楽浄土のように見惚れる光景だが、どこかに寂しさも含んでいた。
プラネタリウムのように、薄っぺらい理想を見せられているようで、ここにいるほどに虚無感を覚えて仕方なかった。
隣にはアブの姿をしたUMAが立っていて、ケントに何かを伝えている。
先ほどまで「向こう」で行われていた、緑川対警察と自衛隊の戦い。
その戦いには早苗まで加わっていて、しかもUMAと手を組んでいた。
それを知った時はさすがに驚いたが、二人の会話から事の顛末を盗み聞きしているうちに、やはり早苗は俺の娘だと苦笑いした。
もちろん娘を心配する気持ちはあるが、あの緑川の正面に堂々と立っていたというのが、なんとも愉快だった。
沢尻は目を閉じ、腕枕をして寝転がる。このままサラサラと溶けていって、この花畑の土になれれば、それはどんなに楽だろうと自嘲した。
やがて頭上に気配を感じ、うっすらと目を開ける。そこにはケントが立っていて、隣に腰を下ろした。
『あなたも知っての通り、緑川は「こっち」へ戻って来ました。そしてペケから首狩り刀を受け取り、ミノリの元へと向かいました。』
「そうか・・・・。なら後はあいつに任せとけばいい。きっとミノリを仕留めてくれるさ。」
『ペケはミノリから首狩り刀を奪い返してくれました。そしてアチェも。』
「あの怪人も大したもんだ。」
『しかしペケは大きな怪我を負ってしまいました。もうじき死ぬでしょう。
ミノリに加えて、彼女の生み出した強力なUMAを二体も相手にしたのです。生きて帰って来たのが不思議なくらいです。』
「どんな事だって、やってみないと分からないもんだ。行動を起こさなきゃ便所にだって行けやしないんだから。」
『そうですね。だから私も、そろそろ準備に取り掛からないといけません。もし緑川が負けた場合、私は「こっち」を消滅させる必要がありますから。
ミノリがこの星から飛び立つ前に・・・・、』
そう言って目を細め、頭の中に咲く一輪の花を取り出した。
それをふっと吹き飛ばすと、風船のように舞い上がる。そしていくつも花弁を散らしながら、さらりと溶けて無くなった。
すると丘の稜線の向こうから、ざわざわと何かが押し寄せて来た。
それは黒い嵐のようにも見えるが、風の音ではない。ブブブと耳ざわりで、バタバタと落ち着きがなかった。
沢尻は大地に寝転んだまま、「これイナゴか?」と尋ねた。
『ええ。黒いイナゴの群れです。食欲旺盛ですよ。』
「黒いイナゴか・・・・。俺の実家は農家でな。じいさんから何度も話を聞かされたよ。稲が不作なのに、イナゴが全部食っていきやがったって。
あの時は本気で首を括ろうかと思ったらしいが、どうにか耐え忍んで生き延びたそうだ。」
『もしあなたのおじいさんが首を括っていたら、あなたはここにはいなかったかもしれませんね。』
「ああ。イナゴの被害に遭ったのは、四人目の息子が出来る前だって言ってたからな。」
『ならあなたの父は、四男だったんですね?』
「そうだよ。本当なら長男が跡を継ぐはずだったのに、病気で亡くなったんだ。二番目もそれから一年後に事故で亡くなった。三番目は百姓なんて嫌だって出て行った。
だから俺の親父が跡を継いだんんだよ。本当は彫刻家になりたかったらしいけど、それを言い出せなかったって悔やんでた。」
『父上はまだご健在で?』
「いや、両親とも他界してる。弟がいたんだが、こいつも他界した。』
『緑川のせいですね?』
「ああ。」
『あなたはイナゴの群れを見たことは?』
「あるよ。ガキの頃に一度だけ出くわした。小遣いがほしいから田んぼの手伝いをしてたら、一匹のイナゴが飛んで来たんだ。
そいつは俺の頭に止まって、またどこかへ去って行った。そしたら次の瞬間、大量のイナゴが辺りを覆い尽くしたんだよ。俺は怖くなって、すぐに逃げ出した。」
『なら稲は・・・・・、』
「まあけっこうやられたかな。でもじいさんの代よりは大きな田んぼを持ってたから、全部は荒らされなかった。
でも今思い出しても・・・・あれは怖かった。まるで化け物みたいに押し寄せるんだよ、あいつら。何でも食ってやろうってな感じで、俺まで食われるんじゃないかとビビった。」
『ならイナゴはトラウマですか?』
「んん?そこまではいかないな。何しろ「こっち」で大勢の化け物を見てるんだ。今さらイナゴを怖がったりはしないさ。」
『そうですか。ならば安心です。』
そう言ってニコリと笑うと、黒いイナゴの大群はこちらに押し寄せて来た。
人の腕ほどもある巨大なイナゴが、真っ黒な身体に赤い目を光らせ、花畑を食い荒らしている。
その羽音はあまりに大きく、腹の底から身震いするほどだった。
沢尻は身体を起こし、「おいおい・・・・」と唸った。
「こいつら俺まで食うんじゃないだろうな?」
『いえ、これは私の使役する虫ですから、あなたは食べません。』
「花がどんどん食われてる・・・・。この綺麗な景色が・・・・・、」
『すぐに消え失せるでしょう。後には何もなくなり、殺風景な大地が広がるだけです。』
イナゴの群れは沢尻の頭上まで到達し、大きな羽音を響かせる。
そして弾丸の嵐のように、凄まじい早さで花を食い荒らしていった。
「なあケント・・・・、」
沢尻はイナゴを睨みながら、一つ息を飲んだ。
「もしかしてこのイナゴが、お前の本性なのか?」
『何がです?』
「お前はせっかくこんな綺麗な花畑を築いたのに、イナゴが全部食っちまってる。それはつまり・・・・自分で自分の理想をぶち壊してるってことだろう?」
『なぜ?』
「このイナゴはお前が呼んだものだろう?いよいよの時には「こっち」を消さないといけないから、これはその為の準備なんだろう?」
『ええ。』
「ならお前は・・・・本気になってるってことだ。ミノリを葬る為に、初めて怒りを露わにしている。それがこのイナゴなんだろう?」
『そう思いますか?』
「お前は良い奴だが、良い奴過ぎる奴はかえって危険だ。腹の底で、いったい何を考えてるか分かったもんじゃない。
俺はそういう犯罪者だって見てきたんだ。『まさかあの人が・・・』って、ニュースで隣人が答えてたりするだろう?」
『なるほど・・・・。あなたはこう言いたいわけですね?私は良い人の仮面を被った悪人であると。』
「いや、そうじゃない。二面性があるってことだ。俺や緑川と違って、お前には裏表がある。それは仮面じゃなくて、どっちもお前自身なんだろう。」
『そうですね、確かにそういうところはあります。あなたや緑川のように、狂気や正義感に染まっているわけではありません。私は人の目を気にしますから・・・・・・。』
「だから最愛の妻を死なせても、それを隠そうとした。良い人でいたかったから。」
『ええ。今となっては死ぬほど後悔していますけどね。あの時、素直に罪を告白していればよかったと。』
ケントの声には憂いがあって、辺りを覆い尽くすイナゴを睨んだ。
『あなたの言うとおり、このイナゴは私の本性かもしれません。何もかも喰らい尽くして、全て無に還してしまいたい・・・・。
それくらいに、私は妻を死なせたことを悔やんでいます。』
そう言って立ち上がり、『見て下さい』と一匹のイナゴを指さした。
『花を喰らう度に、身体が大きくなっているのが分かりますか?』
「・・・・・・ああ。最初は人の腕くらいの大きさだったのに、今じゃ足と同じくらいデカくなってる。」
『この場所にはまだまだたくさん花があります。私が長年溜めこんだ大きな力が、イナゴたちに栄養を与えている。
そしていつかはここを飛び立ち、全てを喰らい尽くすことでしょう。』
「なるほどな。そうやって「こっち」を消すつもりか。」
沢尻も立ち上がり、「しかし「こっち」を消した後はどうする?」と尋ねた。
「居場所がなくなれば、「向こう」へ押し寄せたりしないか?」
『それは心配ありません。このイナゴは「こっち」でしか生きていけませんから。そして食べるものがなくなったなら、やがて共食いを始めるでしょう。』
「自分たちの手で、自分たちを滅ぼすってわけか・・・・・。」
『ええ。尽きない欲望は、全てを飲み込んで無に還します。だからもし緑川が負けたなら、このイナゴを解き放つ必要がある。
ただし私の肉体はこの場所に残すので、後で回収しに来て下さい。そしてどうかアチェを人間に戻してやってほしい。』
そう言って沢尻と向き合い、深く頭を下げた。
穴の空いた頭の中には、皺だらけの脳が詰まっている。そして右脳と左脳の隙間に、小さな草が伸びていた。
「その・・・・脳ミソに挟まってる草は?」
そう尋ねると、『これをあなたに預けます』と毟り取った。
『これは正真正銘最後の花です。』
「これが?ただの草に見えるが・・・・。』
「まだ花を咲かせていないだけです。やがて花弁を付けるでしょうから、その時まで大切に持っていて下さい。」
『・・・脳ミソから咲く花か・・・。気持ちのいいもんじゃないな。」
沢尻は苦笑いを見せながら、その草を受け取った。
「で、これはどういう意味が?」
『あなたに最後のお願いをしたい。』
「またお願い?もう三つも聞いたはずだが?」
『まだどれも叶っていません。このままでは、無駄に力を与えたことになる。』
「まあ・・・そうなるわな。ならこの頼みは断れないわけだ?」
『ええ、もちろん。』
沢尻が肩を竦めると、ケントも豪快に笑った。
『その草が花を咲かせた時、是非とも握り潰してほしいのです。』
「握り潰す?」
『ええ。それを潰されると、私は死んでしまいますから。』
「おいおい・・・・俺に人を殺せっていうのか?」
『私は人ではありません。墓場の主です。』
「しかし俺は刑事だ。犯罪者でもない者を殺すなんて・・・・、」
『私は犯罪者です。誤って妻を死なせ、しかもまだ罪を償っていない。それに墓場の主になる為に、何人も犠牲にしました。間違いなく死刑でしょう?』
「それは俺が裁くことじゃない。法の元に・・・・、」
『だからお願いと言っているのです。あなたの正義に反する事だと分かっていますが、それでもやって頂きたい。』
ケントの目は真剣で、拒否を許さない迫力に満ちていた。
「・・・・お前が死んだら、何か良いことがあるのか?」
沢尻も真剣な目で問い返し、草を揺らして見せた。
『私が死ねば、このイナゴたちは解き放たれます。そして「こっち」が消滅し、ミノリも消滅することでしょう。』
「しかしそうなると、俺とアチェも・・・・、」
『心配には及びません。ミントを使わしますから。』
「そっちのアブを?」
沢尻はミントを振り返る。早苗のパートナーだったというそのUMAに、妙な感情を抱きながら。
『この子は私に忠実でね、どんな頼みも聞いてくれる。だから「こっち」が消滅する前に、あなたとアチェをここへ運んでくれるでしょう。
その後のことはアチェに任せればいい。彼女が上手くやってくれるはずです。』
「しかしイナゴが飛び回っていたんじゃ、俺たちまで食われるんじゃないか?」
『それも心配いりません。ここのイナゴは、ミントを敵とは認識しませんから。』
「そうなのか?」
『この子の放つフェロモンが、イナゴを遠ざけてくれます。イナゴにそう教え込んでいますから。』
「・・・・なるほどな、まさに最後の頼みってわけか・・・・。」
沢尻は受け取った草を見つめ、「この期に及んで、自分の意地を通すのは野暮か・・・・」と呟いた。
「いいだろう、もし緑川が負けたら、これを握り潰す。しかし奴が勝ったらどうする?」
『その時は、その花を食べて下さい。』
「食べる?どうして?」
『噛んで潰してしまわないように注意しながら。』
「そりゃあ潰したらお前が死ぬからな・・・・。しかしこれを飲み込んで、いったいどういう効果が・・・・・、」
『飲めば分かります。』
「ずいぶんいい加減だな。飲み込む方の身にもなってほしいもんだ。」
『今さら怖いものがあると?ここまで化け物相手に戦ってきたのに。』
「ああ、怖いものはたくさんある。でも・・・・お前が言うなら、その通りにしよう。きっと悪い様にはならないと信じて。」
そう言って拳銃のホルダーに草をしまい、小さく微笑みかけた。
ケントは『ありがとう』と微笑みを返し、『地上まで送ります』と言った。
「それはいいけど、地上に戻ったところでどうしたらいい?俺にはもう戦う武器なんてないぞ?」
『いえ、そんなことはありません。』
「なんだ?新しい武器でもくれるってのか?それとも新しいUMAを紹介するのか?」
『いいえ、そのどちらでもありません。』
「なら地上に戻ったとこで、俺は何もできな・・・・・、」
そう言いかけると、ケントは遮るように首を振った。
『この近くに、あなたの仲間が来ているようです。』
「俺の仲間?」
『行けば分かりますよ。』
ケントは踵を返し、イナゴが舞う中を歩いて行く。花畑はほとんど食い荒らされているが、まだ一部に彩が残っている。
しかしすぐにイナゴが群がり、残った色彩まで貪られていく。まるで絵の描かれた画用紙に、これでもかと消しゴムをかけるように。
沢尻はケントの後ろ姿を見つめ、草の入ったホルダーに触れる。
そしてイナゴの貪欲さを睨みながら、躊躇うように一歩進んだ。
「あ、そうそう・・・、」
不意に立ち止まり、「礼を言わなきゃな」とミントを振り返る。
「娘を守ってくれたそうだな。感謝するよ。」
そう言って手を差し出すと、ミントは小さく首を傾げた。
「ありがとうと言ってるんだよ、ほら。」
もう一度手を差し出すと、ミントはまじまじとその手を見つめた。
そしてそっと自分の手を伸ばし、思い切り握りしめた。
「痛ッ!おい・・・・本気で握るな。」
『びっくりした?』
「・・・・・わざとかよ。」
痛そうに手をぶらぶらさせると、ミントは羽を揺らして笑った。
「また後で世話になるかもしれん。その時はよろしくな。」
そう言って背中を向け、ケントの後を追って行った。
周りを見渡すと、気持ち悪いほどのイナゴが飛んでいる。
しかもたらふく花を貪ったせいで、今や人間よりも大きな身体になっていた。
「虫ってのは・・・・小さい分にはいいけど、デカくなると宇宙人かモンスターみたいだな。こんなもんが大量に放たれたら、そりゃあ世界の一つや二つは滅ぶか。」
おぞましさを感じながら、わずかに残った花々を見つめて歩く。
そしてケントの立っている場所まで来ると、『ここでお別れです』と言った。
『もう二度と会うことはありません。次に会う時、私は死体になっているでしょうから。』
「そうだな。」
沢尻は笑って頷き、ケントも笑いを返す。
「ミノリの打倒は緑川に懸ってる。ミノリが勝つことは誰も望んでないから、俺も緑川を応援した方がいいのかな?」
『でもそれは、あなたにとっては屈辱でしょう?』
「いや、そうでもないさ。」
『もう彼に恨みはないと?』
「そうじゃないんだ。ただなあ・・・・人間が虫に負けるってのが気に食わない。」
『ああ、なるほど。人間としての尊厳が許さないと。』
「カッコつけて言えばな。でもただ生理的に嫌なだけかもしれん。それに・・・・・、」
『それに?』
「俺は緑川が負けるとは思っていない。」
『ほう、彼の力を信じると?憎き敵なのに。』
「・・・・なんて言うか・・・・あいつが殺される姿が想像出来ないんだ。勝ち負けどうこうというよりも、あの男が誰かに殺されるというのは思い浮かばない。」
『それは彼の力を信用している証拠では?』
「そうかもな。しかしあいつは化け物に殺されるような奴じゃない。もしあいつにトドメを刺せる奴がいるとしたら・・・・それは人間だ。」
そう言って記憶の中の緑川を見つめ、あの男の心臓に、弾丸を撃ち込む自分の姿を想像した。
それはミノリが緑川を殺すイメージよりも、遥かに鮮明に思い描くことが出来た。
もし彼にトドメを刺す者がいたとしたら、それは自分であるか、もしくは自分とよく似た人間であるだろうと、確信に近いものがあった。
『しかし緑川はすでにUMAになっています。人間で勝てるでしょうか?』
「姿形の問題じゃないんだ。あいつが人間だろうと化け物になろうと、トドメを刺せるのは人間だけ。そういう風にしかイメージが浮かばない。」
『そうですか。あなたほど勘の鋭い男が言うのなら、きっとそうなのでしょう。』
そう言ってケントは頷き、『あなたとのお喋りは楽しい』と笑った。
『出来ることなら、人間として出会いたかったですよ。そうしたらきっと、良い友人になれただろうに。』
「そうだな。」
沢尻も頷き、目の前の景色を見つめた。
花が食い荒らされ、大地が剥き出しになり、しかもその大地はなぜかグレー一色の不気味な光景だった。
「花が剥かれて、本当の姿になったわけか・・・・。今までのが偽りの彩だったとしても、花が咲いていた方が気分はいいよな。」
そう言ってケントを振り返ると、そこには誰もいなかった。
イナゴもミントも消え、グレー一色の大地もない。
あるのは草の茂った地面と、大きな溜め池だけだった。
沢尻はぐるりと景色を眺め、空を見上げる。暗い空に月が輝き、斜めから光を投げかている。その光は木立に影を作り、不気味になびいている。
池の水面には木立の影が映り、「こっち」の世界が消えてしまうのを憂うように、小さな波に揺さぶられていた。
沢尻はしばらく立ち竦み、自分一人では抱えようのない不安に襲われる。
緑川はミノリと戦いに行った。いや、もう戦っているかもしれない。それどころか、すでに決着がついている可能性もある。
緑川が負ける姿はどうやってもイメージ出来ず、それはミノリの死を意味することでもあった。
ミノリは「こっち」で最も凶悪な存在で、悪魔といっても差し支えないほどである。
ならば彼女さえ消えてくれれば、もう「こっち」に不安はないはずだった。
それなのに、全身が凍り付くほどの不安にさいなまれ、その場から動くことが出来ない。
足元が震え、水面に映った自分のシルエットに、思わず語りかけた。
「ミノリはきっと死ぬ・・・・。でもこんなにも怖がっているのは、いったいなぜだ?」
そう問いかけたものの、その理由は分かっていた。
ミノリの死=緑川の勝利であり、それは彼こそが最も強大な敵として立ちはだかることを意味する。
「・・・・俺は・・・怖がってるんだな・・・・緑川のことを・・・・。あいつの狂気に・・・ただ足が竦んで・・・・、」
水面のシルエットを睨みながら、どうにか震えを抑えようとする。
その時、後ろから誰かに肩を叩かれて、思わず叫びそうになった。
「・・・・・・・・・・・。」
恐る恐る振り返ると、そこにはよく知った顔が立っていた。
沢尻はホッと息をつくのと同時に、「なんでお前がここに・・・・」と問いかけていた。
「東山・・・・戻ったはずじゃなかったのか?」
沢尻の目の前には、小銃を構えた東山が立っていた。
全身が泥だらけで、しかもあちこちに切り傷を作っている。
顔にはいくつも青痣が出来ていて、見ているだけで痛ましくなるほどだった。
そして彼の隣には、黒い人影が揺らめいていた。
ウネウネとアメーバのように動き、二つの目を光らせている。
沢尻はボロボロになった東山を見て、「戦ってたのか・・・・?」と尋ねる。
「酷い怪我だ。元々厳つい顔が、さらに厳つくなってるぞ。」
真顔で言うと、東山は面白くなさそうに「黙れ」と吐き捨てた。
「心配して来てみりゃ、化け物に追い回されてこの様だ。なのにお前は綺麗な顔してやがる・・・・助けに来るんじゃなかった。」
そう言って座り込み、がっくりと項垂れた。
「ここまで来るのに・・・・えらい時間がかかった・・・・。しかも辿り着いてみれば、あるのは無残な死体だけ・・・・。来なけりゃ良かったと後悔してる。」
東山は重いため息をつき、自衛隊員たちの遺体が眠る木立を見つめた。
「みんなバラバラのグチャグチャだ・・・・・。吐き気を我慢しながら調べても、お前らしき死体は見つからない・・・・。」
「わざわざ探しに来てくれたのか?」
「上司にムカついただけだ・・・・。あの半田のクソッタレ・・・・辞表出す前にぶん殴ってやる。」
そう言って頬の切り傷を撫で、沢尻を見上げた。
「・・・・色々あったって顔だな・・・・。」
「ああ。」
「詳しく聞きたいが、でも聞きたくない気もする・・・・。俺はどうすりゃいい?」
東山は自分でも分からないという風に、助けを求めるような目をする。
そこに闘志に漲る彼はおらず、もう戦いはたくさんだとばかりに首を振った。
しかし沢尻はお構いなしに、彼にこう言った。
「緑川を仕留めよう。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「捕まえるんじゃない。仕留めよう・・・・あいつを殺すんだ。」
グッと肩を掴み、拒否は許さないという目で見つめる。
東山は顔の切り傷を撫でながら、「だから最初からそう言ってるだろうが・・・・」と口元を歪めた。
「どいつもこいつも勝手なことしやがる・・・・。俺の意見なんて聞かずに、自分勝手なことを・・・・、」
「おい、俺と半田のジジイを一緒にするなよ。」
「一緒だよ、お前もあいつも・・・・。俺は最初から分かってたんだ、緑川がどれほど危険か。その意見を無視しやがって・・・・、」
そう言って立ち上がり、思い切り沢尻を殴り飛ばした。
「ごはッ・・・・・・、」
「さっさとあいつを殺しておけば、それでもう終わってたんだ・・・・。なのに・・・・、」
東山は悔しそうに口元を歪める。言いたいことは山ほどあるはずなのに、それは喉につかえて出て来ない。
なぜなら緑川を殺すことが、いったいどれほど難しいかをよく分かっていたからだ。
殺せば済むと言っても、そう簡単に殺させてくれないのがあの男。
下手に手を出せば、とっくにこの世からおさらばしていただろうと思った。
「なあ沢尻・・・・・お前には責任があるぞ。ここまで自分の正義を振りかざして、どれだけの人間を巻き込んだことか・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「でも俺は、お前を責めることは出来ない。もしお前がいなかったら、緑川はもっと好き放題に暴れ回っていたからだ。
だから過去は責めない。その代わりに、何としてもあいつを仕留めろ。」
そう言ってホルダーから拳銃を抜き、目の前に差し出した。
「銃の腕には自信があるんだろ?」
「・・・・・・・・・・。」
何がなんでも受け取れという風に、東山は銃を突きつける。
沢尻は殴られた口元を押さえながら、その銃を手に取った。
普段使っている拳銃とは違い、少しだけ重く感じる。
しかしその銃を手に取った瞬間、緑川の心臓を撃ち抜くイメージが強くなった。
「なあ東山。これはうぬぼれかな・・・・。」
そう言うと、「何がだ?」と苛立った声で返された。
「あいつを仕留められるのは、俺しかいないような気がするんだ・・・。他の誰かじゃ無理だって・・・まるでお告げのような確信がある。」
「そうかもな。あいつはとにかくイカれてやがる。だったらお前みたいなイカれた奴じゃないと、仕留めるのは無理だろう。」
「俺とあいつは同根か・・・・。」
「分かってるだろ、まともな人間じゃお前らについていけん。かといって、ただイカれた奴じゃ無理だ。
頭の先から指の先まで、狂気に満ちた奴じゃなければ、緑川を仕留めるなんて・・・、」
「そうだな。死神に銃弾を撃ち込むのは、俺の役目だ。」
手にした銃を構え、より強く緑川の心臓を撃ち抜くイメージを描く。
「まずはペケに会いに行こう。」
そう言って立ち上がると、「あの怪人に?」と東山は訝しんだ。
「ペケはアチェを助け出してくれたんだ。だからまずは奴に会って、もう一度アチェと手を組む。その後に「向こう」へ戻って、体勢を整えよう。」
「それは良い考えだが、時間はあるのか?もたもたしてると何が起こるか・・・・、」
「歩きながら話そう。」
沢尻は銃を揺らしながら、池を離れて行く。そして山道の前に立ち、「麓にペケがいるはずだ」と言った。
「あいつはもう死にかけてる。最後の時間をアチェと過ごしてるんだ。」
「麓って・・・・あの寺のある場所か?」
「いや、逆だ。橋を渡って、向かって右側の墓場だ。アチェが家族を失くした場所だよ。」
そう言って山道を下っていき、「早く来い」と睨んだ。
「相変わらず何でも勝手に決めやがる。でもまあ・・・・それでこそお前らしいか。」
東山は苦笑しながら後を追う。沢尻は相変わらずの身勝手で、しかしそれこそがこの男の魅力だと感じていた。
二人は山を下り、麓の墓場を目指す。
下山の途中、運良くUMAや妖怪と出くわすことはなく、ものの30分程で麓の近くまでやって来た。
しかしそこで、沢尻は足を止めた。ゴクリと唾を飲み、固く銃を握りしめる。
「どうした?」
引きつった沢尻の顔を見て、東山も息を飲む。そしてすぐにこう尋ねた。
「まさか・・・緑川がいるってのか?」
「ああ・・・・・。」
「なんでだ!?あいつはミノリを仕留めに行ったんじゃないのか?」
「そのはずだ。でもここにいてもおかしくはない。なぜなら・・・・首狩り刀を自由に使うには、アチェと手を組む必要があるからだ。
きっとミノリの元へ向かう前に、彼女に会いに来たんだ・・・・。」
もう一度唾を飲み、銃を構えて進んで行く。
東山もそれに続き、汗が目の中に入っても気づかないほど、恐怖で心臓が高鳴っていた。
二人は麓へ近づき、墓地の横にある階段に足をかける。
ここまで来ると、東山もその異様な気配に足を止めた。
「いやがる・・・・・、」
「きっと向こうも気づいてる。隠れる気は無さそうだ。」
「戦うつもりだってのか・・・・?」
「いや、俺たちなんて敵じゃないと思ってるんだろう。しかし・・・そう思ってくれた方がありがたい。その油断をついて、心臓を撃ち抜いてやる。」
沢尻は大きく深呼吸をして、一気に階段を駆け下りる。
身を切り裂くような殺気を感じながら、柵で囲まれた墓地に銃を向けた。
「・・・・・・・・。」
すぐにでも銃弾を撃ち込むつもりだったのに、思わず動きを止める。
東山が「どうした!」と駆け寄り、同じように墓地を睨んだ。
「・・・・・・・・・・。」
すると彼もまた、沢尻と同じように絶句する。
「な・・・・なんなんだ・・・・こりゃ・・・・・、」
二人の目の前には、確かに緑川が立っていた。
その姿は完全なるUMASになっていて、もしもアチェが男性なら、きっとこういう姿になっていただろうと思える姿だった。
しかし二人が驚いたのはそのことではない。
もっと別の理由が、銃の引き金を引くことさえ忘れさせていた。
「・・・・・・・アチェ。」
沢尻は消えるような声で呟く。
口元を食いしばり、銃を構える手が震えた。
「アチェ・・・・・。」
もう一度呟き、「緑川あああああああ!!」と吠える。
「彼女を喰うなああああああ!!」
身体じゅうから絞り出すような叫びを上げ、緑川の心臓に狙いを定める。
彼の拳銃は火を吹き、一発の弾丸が放たれた。
しかし残念ながら、その弾丸が緑川を仕留めることはなかった。
なぜなら緑川は、アチェを盾にして弾を防いだからだ。
沢尻の放った弾丸はアチェの胸を貫く。小さな身体に穴が空き、背中の向こうまで空洞が出来る。
「アチェええええええ!」
『・・・・・して・・・・・・。』
アチェは何かを呟き、そのまま息絶える。壊れた人形のように手足をぶらりとさせて、もう何も言わなくなってしまった。
沢尻は声にならない声で叫び、再び銃を撃つ。
その弾は緑川の頬をかすめ、体毛が飛び散った。
「彼女を放せええええええ!」
もう一度銃を撃つと、緑川はあっさりとそれをかわした。
触覚が空気の振動を感知し、軽く首を捻っただけで弾丸を避ける。
そしてぶらぶらとアチェを揺らし、「これもういらない」と投げ捨てた。
「必要なものは手に入った。後はミノリを殺せば済む。」
放り投げたアチェを睨んで、「最後に犯してやったし」と笑った。
「お前らは後で殺しに来るから。じゃあ。」
そう言って羽を羽ばたき、山の上へと飛び去っていく。
沢尻は完全に放心してしまい、飛び去る彼に銃を向けることすら出来なかった。
東山は我に返り、すぐに銃を向けるが、緑川はすでに遠くへ消えてしまっていた。
「・・・・なんてこった・・・・・。」
小銃を下ろし、もう一度「なんてこった・・・・」と呟く。
そして放心する沢尻に向かって、「これもお前の予測の範囲か?」と尋ねた。
「あのクソ野郎は・・・・・とんでもないことしていきやがった・・・・。まさか・・・・かつてのパートナーを喰うなんて・・・・、」
そう言って地面に目をやり、あまりに悲惨な光景を睨んだ。
「・・・・ついさっき・・・自衛隊のバラバラになった死体を見たばかりだってのに・・・・。勘弁してくれ・・・・。」
小銃を手放し、もう何も見たくないという風に目を閉じる。
沢尻はまだ放心していて、じっと悲惨な光景を見つめていた。
「・・・・・・アチェ・・・・。」
二人の目の前には、バラバラになったペケの遺体。
そして・・・・ケントのように頭を切られ、脳の半分を吸われたアチェが横たわっていた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十五話 殺人鬼との攻防(2)

  • 2016.03.25 Friday
  • 11:05
JUGEMテーマ:自作小説
突然首筋に痛みが走り、緑川はその場に崩れる。
まったく力が入らず、立ち上がることも出来ない。
目を動かして後ろを見てみると、そこにはミントが立っていた。
『なんで後ろに・・・・・?』
先ほどまで目の前にいたはずなのに、いつの間にか背後を取られている。
そして口から伸びた口吻から、ポタポタと血が垂れていた。
『あんたの負け。』
早苗は言い、澄田に駆け寄る。そして彼女を抱え、「まだ生きてる・・・・」と安心した。
『おい・・・・どうなってんだこれ・・・・?』
苦しそうに顔を向ける緑川に向かって、早苗はべ〜っと舌を出した。
「あんたなんかに教えるか。」
『いや、聞かせてくれよ。』
「自分で考えろ。」
『いいじゃんか。どうせここで捕まるんだ。最後に教えてくれ。』
そう言った途端、機動隊が駆けて来て緑川を組み伏せた。
「よくやった!」
大柄な隊長がのしかかり、「このガキ・・・・、」と腕を捩じり上げる。
「散々暴れ回ってくれやがって・・・・、」
怒りを滲ませながら、「おい手錠!」と叫ぶ。
すると部下が手足に手錠を掛けた。
「こんなもんで何人も殺しやがって・・・・、」
そう言いながら骨切り刀を拾うと、砂のように崩れてしまった。
「なんだ!?」
『ああ、それもう寿命だったみたい。』
「寿命・・・・?」
『欠けた刃の一部だからさ。いずれそうなると思ってたんだけど、案外早かったな。』
「・・・・・・・・・。」
砂になった骨切り刀を見つめながら、隊長は緑川を立たせる。するとジープの中から「早く殺せ!」と半田が叫んだ。
「そいつを生かしておくな!」
「いや・・・しかしこのまま殺しては、何も追及出来なくなりますが・・・・、」
「しなくていいんだそんなもん!そいつは生きてる限り人を殺す。今すぐこの場で処分しろ!」
「ですが・・・・、」
「責任は俺が持つ!お前らは命令に従ってりゃいいんだ!!」
ものすごい剣幕で怒鳴られ、「分かりました・・・」と頷く。
「誰か・・・・銃は持ってるか?」
そう尋ねると、「こっちでやろう」と鏑木が言った。
「あんた・・・・、」
「戦いで命を落とした事にすればいい。それとも自分でやりたいか?」
鏑木はグイと小銃を押し付ける。
「ほら。」
「・・・・いや、俺は・・・・、」
「ならこっちでやろう。」
そう言って小銃を構え、緑川に向けた。
「おい、何か言い残すことはあるか?」
『いや、特に。』
「そうか。俺の部下は「向こう」へ行って大勢死んだ。その全ての元凶はお前だ。お前さえいなけりゃ・・・・、」
『まあ何て言うか・・・・・ごめん。』
緑川はニコリと微笑む。鏑木は「クズめ」と吐き捨て、引き金を引こうとした。
しかしその時、「ぎゃああああああああ!」と悲鳴が響いた。
「何だ!今度は何なんだ!」
半田がパニックになって喚き散らす。
すると早苗に抱えられていた澄田が、目を覚まして足を押さえていた。
「痛い・・・・・足が痛いいいいいいいいい!」
緑川に毒を撃ち込まれた部分を押さえ、地面をのたうち回る。
「ああああああああ!殺してええええええええ!!」
あまりの痛みに発狂し、爪を立てて掻きむる。
突然の出来事に、誰もが呆然とする。
澄田は「殺してええええええ!」と叫び続け、やがてビクンとのけ反った。
「あ・・・・・・・、」
傍にいた早苗が、口を押えて後ずさる。
なぜなら澄田の身体に、びっしりと白い毛が生えてきたからだ。
そして背中の辺りが盛り上がり、頭に触覚が生えて来る。
「ゆ・・・・UMAになってる・・・・・、」
澄田はだんだんと蛾のような姿に変わっていき、服を突き破って足まで生えて来る。
「いやあ!」
早苗は逃げ出し、ミントの後ろに隠れた。
「撃て!そいつも撃ち殺せ!化け物は全て殺せええええええ!!」
半田は半狂乱になって喚く。自衛隊も機動隊も、あまりの出来事に誰もがすぐには動けなかった。
しかし鏑木だけが咄嗟に反応して、澄田に銃を向けた。
「すまん。」
そう言って引き金を引き、澄田を射殺する。
「あああああああ・・・・・・、」
頭と胸、そして首に銃弾を浴び、地獄を見るような表情で倒れていく。
早苗はミントの後ろで耳を塞ぎ、半田は「殺せ!」を連呼していた。
「澄田も緑川も・・・・そこのアブもみんな殺しちまえばいいんだ!責任は俺が取る!さっさとやれええええ!!」
稲妻のような怒号が、現場の端々にまで響き渡る。
鏑木は緑川に銃を向け、澄田と同じように射殺しようとした。
しかしその瞬間、キラキラと光る粉が飛び散った。
「これは・・・・・・、」
鏑木はその粉を見つめながら、「やばい!」と叫んだ。
「これを吸い込むな!口元を覆え!」
そう言って咄嗟に息を止め、口と鼻を押さえた。
しかしほとんどの者は光る粉に魅せられて、ポカンと口を開けていた。
「撤退!撤退しろ!」
鏑木はすぐに退却の指示を出す。しかし時すでに遅しで、多くの人間がその粉を吸い込んでいた。
「おうううううう・・・・、」「げはッ・・・・・・!」
いたる所でえづき出し、激しい嘔吐が巻き起こる。
現場にはツンとした酸っぱい臭いが漂い、胃酸が地面を濡らしていった。
誰もが膝をつき、目を見開いて吐瀉物をまき散らす。呼吸さえもまともにできず、喉を掻きむしる者もいた。
嘔吐を引き起こす鱗粉は、辺り一面に漂う。
まるで昼間のオーロラのように、幻想的な景色だった。
「クソッタレ!」
鏑木はジープまで走り、繊維で出来た簡易マスクを被る。そして無線機を手に取った。
「おい聞こえるか!」
そう言って装甲車の部下に語り掛け、「この粉は猛毒だ!」と叫んだ。
「ただし吸い込まなきゃ大丈夫だ。布でも何でもいいから口元を覆って、皆を助けろ!」
そう指示を出すと、二台の装甲車が緑川の方へ向かった。
しかし緑川の方はまったく動じない。これだけ多くの人間がいる場所で、攻撃など出来ないと分かっていたからだ。
『モラルとか道徳なんて無視すれば、いくらでも俺を仕留められるのに。』
どうせ何も出来ないと分かっているので、ほくそえんで周りを見渡した。
そして早苗に目をとめ、『うん』と頷いた。
『馬鹿が粉を吸い込んでくれた。』
早苗はミントの後ろで、四つん這いになって嘔吐していた。
口を開き、唾液を垂らし、胃の中の物を全てまき散らしている。呼吸はおぼつかなくなり、苦しそうに涙を浮かべている。
そして腹を押さえ、そこに宿った命を案じていた。
ミントは彼女を助けようとしていたが、オロオロとするばかりで何も出来ない。
肉体はUMAでも、精神が子供なので、ただうろたえるばかりだった。
『役立たずだなアイツ。まあ一目見て分かったけど。』
そう言って、地面に手をつきながらゆっくりと立ち上がった。
近くに落ちていた小銃を拾い、早苗の元まで歩く。すると向こうもこちらに気づいて、「なんで・・・・・?」と目を向けた。
「どう・・・して・・・・歩けるの・・・・?脊髄を・・・斬られたはずなのに・・・・・、」
『ああ、これね?治した。』
そう言って舌を出し、首の後ろまで伸ばした。
『これで毒を打ち込むと、大抵の傷は治るんだよ。UMAになるっていう副作用があるけど、今の俺には関係ないし。』
「・・・・・・・・・・・・。」
『お前はさっき言ってたよな。もし俺がお腹の子供を殺そうとするなら、その前に俺を殺すって。それをさ、是非やって見せてほしいんだけど。』
ニヤニヤと笑いながら、早苗の髪を掴む。そして腹に銃口を押し当てた。
「やめて・・・・・、」
『やめてほしいなら殺してみれば?』
「・・・言われなくても・・・・・やってやるわよ・・・・・、」
早苗はミントを見上げ、「お願い・・・・」と呟く。すると先ほどと同じように、羽をゆすりはじめた。
高周波が放たれ、緑川の耳を刺激する。
『・・・・・・・・・・・。』
緑川は無表情のまま高周波を聴き続け、やがて小さな耳鳴りを感じるようになった。
しかし触覚はピンと立っていて、高周波には反応していない。まるで獲物を捜すように、何かの気配を探っているようだった。
『・・・・・・・・・・・・。』
目の前にはミントが立っていて、緑川はそれを睨んでいる。しかし咄嗟に身をよじり、頭上に向かって銃を撃った。
『ウギッ・・・・・!』
短い悲鳴が響き、緑川の横に何かが落ちてくる。
それはミントだった。
羽と腹を撃ち抜かれ、緑色の体液を流して苦しんでいる。
『はい失敗。』
「・・・な・・・・なんで・・・・・、」
早苗は絶望した顔で震える。苦しむミントを見つめながら、「なんで分かったの!?」と叫んだ。
「さっきの高周波・・・・聴こえてたんでしょ・・・・。ちゃんとUMAの耳にも届くように・・・・調整してたはずなのに・・・・、」
『うん聴こえたよ。でもほら、俺にはコレがあるから。』
そう言って、蛾特有の大きな触覚を動かした。
『あの音さ、ずっと聴いてると耳鳴りがするよな?それでもって、ちょっと妙な感覚に陥るんだ。』
「・・・・・・・・・・・。」
『要するにあの音を聞き続けてると、幻覚を見せられるんだよ。きっと聴覚を通して感覚がイカれるんだろうな。
だから目の前にミントが立ってると錯覚して、後ろから襲われた?どう、当たってると思うけど?』
「・・・・・・・・・・・・。」
『でも触覚をピンと張ってれば、音に惑わされることはない。空気の振動を感知して、敵の居場所が分かるよ。
さっきは見事に騙されたけど、種が分かれば何てことはない。もう俺には通用しないよ。』
「・・・・・・・・・・・・。」
『そもそも本当に強いUMAなら、ケントはもっと有効に活用してたと思う。だけどミントは暗殺専門で、種がバレればカスみたいなもんだ。
要するに使い物にならない雑魚ってことだよ。一発屋のタレントと一緒で、手の内バレれば面白くもなんともないわけ。』
そう言ってミントに銃を向け、手足と羽を撃ち抜いた。
『ウギ・・・・ッ!』
「やめて!」
早苗は銃を掴んでやめさせようとする。しかし吐き気のせいで力が入らず、その場に倒れた。
「やめてよ・・・・ミントを殺さないで・・・・、」
『うん、もちろん殺さない。だって殺したら俺が困るもの。』
「なんであんたが困るのよ・・・・・・、」
『俺さ、UMAになったはいいけど、「向こう」への行き方が分からないんだよ。だからミントに連れて行ってもらおうと思って。』
「ふ・・・ふざけんな!誰が「向こう」へ逃がしたりするもんか・・・・・、」
『いや、お前は間違ってるよ。俺を「向こう」へ逃がすことこそが、一番良い選択肢だと思うけど?』
「そうやってまた逃げる気でしょ!?お父さんが命懸けで捕まえたのに・・・・逃がすわけないじゃん・・・・。絶対にそんなことさせるか!」
『でも「こっち」にいたら、俺は死ぬまで暴れるよ。まずはここでゲーゲー吐いてる奴らを皆殺しにして、その後に妊婦でも襲おうか?』
そう言って再び早苗の腹に銃口を当てる。『まずはお前の赤ちゃんから・・・・』と笑い、引き金の指に力を入れる。
「やめて!やめてってば!」
『そうだよな。腹を撃ったらお前も死んじゃうもんな。』
「そうじゃない!赤ちゃんが死んじゃうでしょ!」
『うん、だから俺は二人分の人質を取ってることになる。そのせいで、向こうのおっさんは俺を撃てないでいるんだから。』
緑川は顔を上げ、遠くのジープを睨む。そこには銃を構えた鏑木が立っていて、こちらに狙いを定めていた。
『もしお前を手放したら、すぐにでも撃ってくるだろうな。』
そう言って装甲車の方にも目をやり、そちらに早苗の顔を向かせた。
『あいつら分かってるんだよ。下手なことしたら、俺がお前を殺すって。』
「・・・・・・・・・・・・。」
『まずは見せしめに、お腹の赤ちゃんからいっとく?』
舌を伸ばし、腹に毒針を当てる。先端から緑色の毒液が垂れ、早苗の服に付着した。
「いやあ!」
『殺すのが嫌だったら、赤ん坊にこの毒を打ち込んでやろうか?そうすりゃ股の間から出て来るのは、大きな蛾の化け物だ。』
「やめてって!イヤ!」
『はははは!想像してみろよ。一生懸命頑張って産んだら、その子は大きな虫でした。それって流産よりもショックなんじゃないの?なんなら死んでた方がマシだよな?』
可笑しそうにゲラゲラ笑いながら、針で服を貫く。そして命の宿った腹に、毒針の先端を当てた。
『さて、虫を産んだ人類初の母親になってもらおうか。きっと教科書に載るぞ。』
「いや!いやだってば!やめてよ!!」
早苗は必死に身を捩り、毒針から逃れようとする。しかし髪を引っ張られ、緑川の腕に引き戻された。
そして口の中に銃を突っ込まれ、腹には毒針を当てられた。
『さて、どうする?デッカイ蛾の赤ん坊を生むか?それともミントに命令して、俺を「向こう」へ運ばせるか?好きな方を選べよ。』
人間とも虫ともつかないおぞましい目で、鼻が触れるほどの距離で睨まれる。
その目は闇のように深い黒色だったが、なぜか子供のように爛々と輝いているように見えた。
仄暗い殺気と、子供のような無邪気さ。そして人間でも虫でもない歪な目。
早苗はそんな目に射抜かれて、すっかり毒気を抜かれた。
「・・・・や・・・やめて・・・・お願い・・・・・、」
『うんうん、怖いよね?だったらどうするのが一番良いか考えなきゃ。』
「だ・・・・だって・・・・そんなのどっちも選べない・・・・・、」
そう言いながら吐き気を催し、胃酸を吐き出す。
「おえええええええ・・・・、」
『鱗粉の毒は長いこと効くぞ。早く病院に行かないと、それこそ赤ん坊が流れるかも。』
「・・・ふ・・・・ふう・・・・やだ・・・・・、」
『いいか早苗。こういう時はな、善悪を無視して考えるんだ。モラルや道徳に縛られてると、一番大切なものを失うことになる。
お前にとって一番大切なものは何か?それを良く考えてみればいい。』
緑川は針を突き立て、今にも腹を貫こうとした。
鋭い痛みが走り、早苗の頭の中に、最悪の状況が浮かんだ。
病院の分娩室で、必死に呼吸を繰り返し、我が子を産む。しかし産んでも泣き声は聞こえず、その代わりに何かが羽ばたく音がする。
そして医者や看護師たちが騒然とする中で、いったい何があったのだろうと顔をあげた。
そこには大きな蛾がいて、羊水にまみれてこちらを見ていた。そして長い口吻を伸ばし、自分の乳を吸い始めたのだ。
六本の足でしっかりとしがみつき、大きな複眼に自分の姿が映っている。
「・・・・・・・・・・・・・。」
早苗は気を失いそうになり、分娩台が揺れるほど震え出す。
蛾の姿をした我が子を見つめながら、おぞましい声を聞いた。
『ママ・・・・おっぱい』
小さな子供の声で、大きな蛾が必死に母乳を求める。早苗は「あああああ・・・・」と首を振り、拳を振り上げて叩き潰した。
グチャリと音がして、顔の半分が潰れる。複眼は飛び散り、それでもなお母乳を吸い続けていた。
『ママ・・・・殺さないで・・・・・・・殺さないで・・・・・、』
潰れた顔で、何度も母乳をねだってくる。死ぬのは嫌と言わんばかりに、六本の足を深く食い込ませ、口吻で母乳を吸い上げる。
半透明の口吻の中を、乳白色の母乳が流れて行き、潰れた顔へと運ばれる。
しかし潰れた部分からポタポタと垂れて、やがてその子は弱り切ってしまった。
『ママ・・・・おっぱい・・・・おっぱい・・・・・、』
「・・・・・・・・・・・。」
『・・・・殺さないで・・・・・殺さないで・・・・・・・・・、』
呪文のように繰り返し、やがて異形の我が子は絶命する。
早苗は「あああああああああああああ!」と悲鳴を上げ、おぞましさと罪悪感に挟まれて発狂した。
虫の子供など望んでいないという嫌悪感と、我が子を殺してしまったという罪の意識。
二つの感情に押しつぶされ、「お父さあああああああああああん!」と叫んだ。
「この死神を殺してえええええええええ!」
そう言って頭を抱え、「ミント!」と叫んだ。
「こいつをお父さんの所へ送って!お父さんにやっつけてもらってえええええ!」
地獄にも似た絶望の中、早苗は最も信頼できる人物に頼る事を選んだ。
警察も役に立たない。自衛隊も役に立たない。それどころか、ケントから預かったUMAでさえも勝てなかった。
緑川は、今にも自分を地獄に叩き落とそうとしていて、それを救えるのは父しかいなかった。
「早く「向こう」に送って!早く!お願いだから・・・・・、」
早苗の悲痛な叫びを受けて、ミントは身を起こす。
撃ち抜かれた手足を踏ん張り、這いずるようにして寄って来た。
「ミント・・・・・ごめんね・・・・。」
目にいっぱい涙を溜め、「悔しいけど・・・・ごめん・・・・」と見つめた。
緑川は『頼むよ』と笑いかけ、鏑木の方へ目をやった。
『下手な真似は無しな。この子が地獄見るだけだから。』
そう言って釘を射すと、鏑木は小さく舌打ちを返した。
『さて・・・じゃあお願いするわ。』
そう言って早苗を盾にしたまま、ミントに笑いかける。
憐れなアブのUMAは、言われるままに行動する。黒い口吻を伸ばし、その先を大きく開いた。
そして掃除機のように緑川を飲み込もうとした。
『早苗を殺したら・・・・運ばないから・・・・・。』
幼い子供の声で、ミントが語り掛ける。緑川は『分かってる』と答え、『でも向こうに着くまでは人質だぞ?』と睨んだ。
『・・・・・・・・・・・。』
ミントは無言で緑川と早苗を飲み込もうとする。
すると誰かが「うおおおおおおおお!」と叫び、こちらへ走って来た。
「殺せ!その化け物を今すぐ殺すんだあああああああ!」
小銃を構えた半田が、半狂乱になって喚いている。でっぷりとした腹を揺らしながら、わずかに嘔吐した。
「うごえッ・・・・・。そいつを逃がしたら駄目だ・・・・また必ず襲ってくる・・・ここで殺すんだああああああ!」
そう言って銃を乱射し、鬼の形相で迫って来る。
放たれた弾丸は緑川を逸れ、周りで嘔吐する機動隊や自衛隊に当たった。
「ぎゃあ!」「ちょッ・・・・・、」
「死ね死ね!誰を犠牲にしてもそいつを仕留めろおおおお!」
ヨダレをまき散らしながら、何かに憑りつかれたように撃ちまくる。
すると鏑木が銃を向け「おいアンタ!」と叫んだ。
「止まれ!銃を撃つな!」
「殺せええええええ!死神を殺すんだあああああ!」
「クソッタレ・・・・・、」
鏑木は狙いを定め、足を撃ち抜く。
「ぎゃあ!」
弾丸が太ももを貫通し、思わず倒れ込んだ。
しかしまだ引き金を引いていて、銃口が火を吹く。そしてそのうちの一発が、早苗の肩を射抜いた。
「だあッ・・・・・!」
貫通した弾は緑川にも辺り、二の腕をかすめる。
その瞬間、早苗は緑川の手から離れ、地面に伏せた。
「撃って!こいつを殺して!」
鏑木に向かって叫ぶと、彼はすでに引き金を引いていた。
銃口から三発の弾丸が放たれ、緑川の頭部を狙う。
しかし大きな蛾の触覚がすぐに反応し、緑川はそれをかわす。
弾丸はこめかみをかすめ、ほんの少しだけ肉を抉っていった。
『・・・・・・・・・・。』
緑川は早苗に銃を向け、『早く運べ』とミントに言った。
足元から吸い込まれ、顔だけを鏑木達の方へと向ける。
『お前とお前・・・・・後で殺すから。』
鏑木と半田に殺害予告をして、ミントの腹の中に収まった。
「逃がすか!」
鏑木は銃を構えて走り出す。しかし早苗が「やめて!」と叫んだ。
「撃ったらミントが死んじゃう!」
「悪いが化け物の命を優先してられない!」
「でも私たちじゃ勝てない!お父さんしか勝てないよ!」
そう言ってミントの前に立ち、両手を広げた。
「出てきたらまた暴れるよ!?それでもいいの?」
「必ず仕留める!」
「その前に大勢死ぬよ!仲間が死んでもいいの!」
「・・・・・・・・・・・。」
物凄い剣幕で怒鳴られ、鏑木は銃を下ろす。いったいこんな少女のどこにこれほどの迫力があるのだろうと、舌打ちを飛ばした。
「お父さんが必ずやっつけてくれるから!だから「向こう」へ送ろう。」
「・・・・君のお父さんが勝つって保証はどこにもないぞ?」
「そんなことない!だって緑川はお父さんのことを怖がってるから!警察でも自衛隊でも・・・・それにUMAでもない!お父さんのことを一番怖がってる!」
緑川のような狂人には、父のような激しい正義感を持つ者こそが天敵になる。幼い頃から沢尻の生き方を見てきた早苗には、そう確信があった。
早苗は「ミント・・・・」と振り向き、「お願い・・・」と頭を撫でた。
「そいつを「向こう」へ送ったら、すぐに逃げていいから。ケントの所に戻って・・・・。」
『・・・・・・・・・・。』
ミントはじっと早苗を見つめ、返事をするように羽を動かした。
そして陽炎のようにうっすらと消えていき、「向こう」へと去って行った。
「・・・・・・・・・・・・。」
早苗はミントの倒れていた場所に触れて、「何も出来ずにごめん・・・」と謝った。
ケントに、アチェに、ミントに、自分の不甲斐なさを詫びた。
それと同時に、父に期待するしかないと思った。
離れた場所では、鏑木が釈然としない様子で立っていた。そしてその足元には、真っ青な顔で震える半田がいた。
撃たれた足の痛みも忘れ、泣きそうな顔でうずくまっていた。
『後で殺すから』
その言葉が脳裏に焼き付き、首に死神の鎌が当てられているような気分だった。
「・・・・・もう・・・・いい・・・・。今日で警察を辞める・・・・・。その代わり・・・・誰かあいつを殺してくれ・・・・・。」
嘆きとも願望ともつかない言葉が、誰の耳にも入らずに宙へと消える。
緑川の放った猛毒のオーロラが、風に煽られて散らばっていった。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十四話 殺人鬼との攻防(1)

  • 2016.03.24 Thursday
  • 12:59
JUGEMテーマ:自作小説
よく晴れた空の向こうから、ヘリが飛んでくる。
それは輸送用の自衛隊のヘリで、瞬く間に警察署の上空へとやって来た。
「来たか!」
半田は喜び、「早く降りて来い!」と手を振った。
「すぐに降りて来るんだ!あの殺人鬼をぶっ殺せ!」
そう言って署の方へ目をやると、緑川が立っていた。
澄田を人質に取り、首元に骨切り刀を当てている。
「半田さん、ちょっと落ち着いて。」
鏑木が窘めると、「落ち着いていられるか馬鹿!」と怒鳴った。
「俺は命を狙われてるんだ!死神がそこにいるんだぞ!とっとと殺せ!」
「あいつは人質を取ってます。安易に手は出せません。」
「いいんだよあんな奴!どうせ一生牢屋の中にいる狂人だったんだ。今さら死んでも悔いはないはずだ!」
「それはあなたが決める事じゃないです。上司なら部下の身を案じて・・・・、」
「さっきからゴチャゴチャうるさい!お前らがさっさと緑川を仕留めれば済む話なのに・・・・ゴタゴタ説教しやがって・・・・、」
「命令系統が違うんでね。従う義理はありません。」
「俺がこの件の責任者なんだよ!指揮系統は一緒だろうが!」
「指揮系統が違うからって、俺の部下を追い出したのはあなたですよ?」
「それは澄田が提案したことだ。責任はあいつにある!だからこうなったのも全部あいつが悪いんだ!」
「それでも彼女の上司ですか?どこまで自分勝手な・・・・、」
「いいからお前は黙ってろ!化け物が到着したんだ・・・・これであの死神野郎をぶっ殺して・・・・、」
そう言いかけた時、目の前に何かが降って来た。
「うお・・・・、」
半田は慌てて飛びのき、思わず尻もちをつく。
「・・・・こ・・・・これが・・・・・、」
空から降って来たものを見て、ゴクリと喉を鳴らす。
今、半田の目の前には、虫とも人間ともつかない奇妙な生き物が立っていた。
人間のように二本の足で直立しているが、その出で立ちは人間とは異なっていた。
「これは・・・・なんだ?蜂か?それとも・・・・・・、」
半田はゆっくりと立ち上がり、その生き物を見つめる。
すると「アブです」と声がして、その生き物の腕から一人の女が飛び降りた。
「お・・・お前は・・・・?」
「沢尻の娘です。御堂早苗と言います。」
「御堂・・・・?ああ、あいつは離婚してるんだったな。」
「これ、アブのUMAなんです。ケントがずっと従えてたUMAで、私に預けてくれました。」
そう言って、まだあどけなさが残る顔をほころばせた。
「彼がミントを連れて行けって。」
「ミント・・・・?」
「このUMAの名前です。墓場の王から生まれたんだけど、失敗作だからすぐに捨てられちゃったそうなんです。それをケントが拾って、ずっと飼っていたんです。」
早苗はミントを見上げ、「ね?」と腕を叩いた。
その出で立ちはまさにアブで、身体が頭部、胸部、腹部の三つに分かれていた。
頭には触覚が伸びていて、大きな複眼を持っている。そして口からは、黒くて長い口吻が伸びていた。
胸部からは六本の足が生え、そのうちの四本は人間の腕のようになっている。
しかし下の二本は昆虫の足で、その足で直立に立っていた。
背中には透明な羽が四枚、身体は黒と黄色の縞模様をしていた。
「この子、闘争心がほとんど無いんです。だから「向こう」での戦いには使えなくて、生まれてすぐに捨てられちゃったんです。」
「・・・・失敗作と言ったな?そんな奴で緑川に勝てるのか?」
「戦えば強いって、ケントが言ってました。」
「・・・・ならそいつでもって、緑川を仕留めると・・・・?」
「ケントはすごく緑川のことを気にしていました。それに・・・・アチェも。」
「アチェ・・・・。確か緑川と組んでいた蛾だな?」
「ケントもアチェも、同じ事を言ってました。進む方向さえ間違えなければ、緑川はきっと世の中の役に立っていたって。
頭も良いし、行動力もあるし、要領だっていいから、きっと世の中で成功しただろうって。でも人格があんな感じだから、それを残念がっていました・・・・。」
早苗は悲しそうな顔で呟く。それを聞いた半田は、「何を無責任な・・・」と切り捨てた。
「そもそもケントとアチェが緑川を利用していたんだろう。今さら何を綺麗事を・・・・、」
「だから私にミントを預けたんです!これで緑川を止めてほしいって。」
「しかし失敗作なんだろう?そんなもんが役に立つのか?」
「この子は戦いが嫌いなだけなんです。でも本当はすごく強いから・・・・きっと勝ってくれます。」
「実績は?」
「じ・・・・実績?」
「強いという保証がどこにある?そいつはすっとケントって奴が飼っていたんだろう?戦った経験はあるのか?」
鋭い目で問いかけると、「あります」と答えた。
「ミントは一度だけ戦ったことがあるそうです。」
「誰と?」
「ミノリ。」
「ミノリ・・・・またそいつか。なんでも一番手強いUMAだとか?」
「はい。ミノリがケントを殺そうとした事があるそうなんですが、その時に守ってくれたって言ってました。ミノリは大怪我を負って、しばらく襲って来なかったって。」
「本当かよ・・・・。」
「ケントは嘘は言いません。私は短い時間しか一緒にいなかったけど、あの人はすごく良い人だって思いました。だからケントの言うことを信じてます。」
「悪いがな、子供の信用では何の担保にもならない。相手はあの緑川なんだ。ここは大人しく、自衛隊の応援が到着するのを待った方がいいかもしれん。」
そう言って緑川を振り返ると、じっとこちらを睨んでいた。
半田は息を飲み、恐怖のあまり足元の感覚さえ無くなった。
「見ろ、あいつの目を・・・・まさに死神に睨まれてる気分だ・・・・。それにあの外見、もう人間じゃなくなってる。ありゃあそのアブと一緒だ。」
背筋に冷たい汗が流れ、また息を飲む。
「すぐにでも仕留めたいが、こっちの堅物がうんとは言わん。」
そう言って鏑木に目をやると、ジープの無線で喋っていた。
「おい!自衛隊の応援はどれくらいで到着するんだ!?」
「・・・・・・・・・・。」
「聞いてるのか!?どらくれいで応援が来る?」
「・・・・・・・・・・。」
「おい!」
肩を掴んで尋ねると、鏑木はゆっくりと首を振った。
「来ません。」
「何?」
「全滅したそうです・・・・。」
「はあ?」
「・・・・蝶の化け物の大群に襲われて、全員死んだそうです・・・・・、」
「・・・・馬鹿な・・・・・なんだよそれ・・・・、」
半田はヨロヨロと後ずさり、ミントにぶつかった。
「うおッ・・・・、」
「それきっとミノリの仕業です。」
早苗が凛とした口調で答える。
「ケントが言ってました。ミノリは悪魔みたいだって。「こっち」から人間を連れ去って、それを元にUMAを生み出したりしてるって。」
「・・・・また・・・ミノリ・・・・・。」
「ミノリとアチェは、UMAの中でも特別なんです。王を吸い込んでるから、「こっち」でも好きに活動出来るんです。
本当はUMAとか妖怪って、「こっち」だとそこまで力を発揮できないのに・・・・。」
「・・・・なら・・・ミノリって奴は、「向こう」から戦争を仕掛けて来たってのか?」
「・・・・分かりません。でも「こっち」で悪いことしてるのは間違いないと思います。」
「・・・・・・・・・・・。」
「でもそれって、逆に言うと緑川も一緒なんです。彼が完全にUMAになっちゃったなら、ずっと「こっち」にはいられないんです。
二時間以上いると死んじゃうし、それに完璧に力を発揮出来ないだろうし・・・・、」
それを聞いた半田は、「本当か!?」と尋ねた。
「あいつは二時間たつと死ぬのか!?」
「はい。ミントだってそうです。」
「・・・お・・・おおおおお!それを早く言えよ!ははははは!」
半田は嬉しそうに笑う。勝ち誇ったように手を叩き、「そうかそうか!」と頷いた。
「だったら二時間以上時間を稼げば、あいつは死ぬわけだ!」
「そうだけど、でもその前にきっと暴れて・・・・、」
「大丈夫だ!応援ならまた呼べばいいわけだし、そうすれば二時間くらいはもつはずだ。」
「でもその間にたくさん人が死んで・・・・・、」
「犠牲は付き物だよ、強力な敵なら尚更だ。」
そう言って鏑木に駆け寄ると、「すぐに新しい応援を呼べ!」と言った。
「緑川を抑え込むんだ。二時間経てば勝手に死ぬ。」
意気揚々と言うと、「無理です・・・」と返された。
「蝶の大群はかなりの数で、近くにある基地や駐屯地は、その対応に追われているようです・・・・。こっちに増援は回せないと・・・・、」
「馬鹿を言うな!こっちには緑川がいるんだぞ!あいつを俺たちだけで相手にしろってか!?」
「・・・・何とも言えません。応援の要請は続けていますが、すぐには難しいでしょう。」
「・・・・なら・・・どうすりゃいい?俺はこのまま緑川に殺されるってのか・・・・・?」
恐る恐る振り向くと、緑川はまだこちらを睨んでいた。
人とも虫ともつかない目で、無機質な眼光を飛ばしている。
「ひい・・・・・!」
責任者という立場も忘れ、半田はジープに逃げ込む。
「おい!頼むからあいつをどうにかしてくれ!恐怖でおかしくなりそうだ!」
頭を抱え、丸くなってずくまる。
緑川はまだこちらを睨んでいて、思案気な顔で佇んでいた。
「鏑木さん・・・・でしたよね?」
不意に話しかけられて、鏑木は早苗を振り返る。
「ああ。」
「あの・・・・お父さんは無事なんですよね?」
心配そうに尋ね、瞳を揺らしながら見上げた。
「ヘリの中で、他の隊員さんから聞きました・・・・。お父さんは無事だって・・・・・。でも不安で・・・・、」
「お父さんは間違いなく無事だよ。「向こう」から戻ってきた俺の部下が、そう言ってたからね。」
「・・・・・・・・・・。」
「酷い怪我を負ったそうだけど、ケントが治してくれたそうだ。今は彼の元にいるはずだよ。」
「そう・・・ですか・・・。ケントの元に・・・・、」
小さな声で復唱して、「なら安心ですね」と頷いた。
「ケントなら信用出来るから・・・・。」
「君はどうする?戦う為にここへ来てもらったわけだけど、でも実際に戦うのはそっちのUMAだ。緑川の前に立つ必要はないよ。」
「・・・・いえ、私は彼と向き合います。そうじゃないと、ミントが上手く戦えないから・・・・、」
「そのUMA、本当にちゃんと戦えるのか?」
「はい!でも一人じゃ無理なんです。お母さんがいないと・・・・、」
「お母さん?」
「・・・・ミントだって元は人間なんです。まだ子供だった時に、墓場の王にさらわれて「向こう」へ連れて行かれたんです。
だから身体はUMAだけど、心は幼いんです。」
「ああ、なるほど・・・・。それで闘争心が低いから失敗作と。」
「一人じゃ不安がるから、何も出来ないってケントが言ってました。でも今は私が預かってるから、私がお母さん代わりなんです。」
そう言ってミントを振り返り、「お母さんが隠れて、子供だけ戦わせるなんて出来ないでしょう?」と言った。
「ミントは私の子供じゃないけど、でも今だけは私がお母さんなんです。それに・・・もうすぐ本当のお母さんになるから・・・・、」
早苗は自分の腹に触れる。そこに宿った命の鼓動を感じ取るように、優しく撫でた。
「ケントもアチェも、自分のやってる事が良いことだなんて思っていないんです・・・・。でも緑川みたいな人は今までにいなかったから・・・・、」
「なら君も一緒に戦うってことだね?」
「はい。」
「分かった。それなら俺たちは最大限の援護をする。」
鏑木は早苗の肩を叩き、「もし君が死んだら、後でお父さんに殺されそうだし」と笑った。
「正義感の強い人なんだろ?今は俺たちの方でも噂になってるよ。」
「昔っからそうなんです。自分がこうだって決めたら、絶対に後ろへ退かなくて・・・・。」
苦笑いする早苗の顔は、どこか嬉しそうだった。
「でも戦うのはミントと私だけでやります。」
「いや、それは認められないよ。こっちも指咥えて見てるわけには・・・・、」
「そうじゃなくて、ミントの戦い方は特殊なんです。もしミントが勝つなら一瞬だし、負ける時も多分同じ・・・・。鏑木さんたちが戦うのは、その後でお願いしたいんです。」
「勝負が決まるのは一瞬ってわけか・・・・。なら援護したら、かえって邪魔ってことかな?」
「はい。」
早苗は強い目で言う。鏑木は苦笑いし、「こんな女の子に役立たず扱いされるとは思わなかった」と肩を竦めた。
「あ、いや!そういう意味じゃなくて・・・・・、」
「分かってるよ。俺たちは余計な手は出さない。でももし君に何かあったら、すぐに戦闘を始める。」
「はい・・・・。」
「それと緑川は人質を取ってる。澄田さんっていうんだけど、彼女だって助けなくちゃいけない。」
「大丈夫です。もしミントが勝ったなら、人質に手を出してる暇はないはずですから。」
「分かった。なら君を信用しよう。」
「いいんですか?さっきの人は、子供なんか信用出来ないって・・・・、」
そう言って、ジープの中で震える半田を見つめた。
「まあ普通はそうだろうね。でも君は沢尻さんの娘なんだろ?それにUMAと手を組んでる。信用するに値するよ。」
そう言ってジープに戻り、「ちょっとすいませんね」と半田の前に手を伸ばした。
無線機を取り、仲間に指示を出す。
「今から化け物同士が戦う。勝負は一瞬で決まるそうだ。それまで俺たちは手を出さない。しかしもし緑川が勝ったら、すぐに早苗さんを援護する。
最悪は澄田さんが命を落としたとしても、早苗さんを優先して守るように。」
そう言って無線を切ると、早苗が「人質を見殺しにするんですか?」と睨んだ。
「君は民間人、彼女は警察の人間だ。身の危険に遭った際、どちらを優先するかは決まってるよ。」
「でも・・・・・、」
「悪いが人質救出の判断は俺が下す。君は緑川を仕留める事だけ考えていればいい。」
そう言って緑川の方に目をやった。
「こうしている間にも、あいつは何かを企んでる。あまり時間を与えちゃいけない。」
「・・・・分かりました。」
「危険だと思うけど、今は君に任せる。頼んだよ。」
そう言って肩を叩くと、機動隊の隊長が駆けて来た。
「半田さんは?」
「ご覧の通り。」
「・・・・・・・・・。」
「とりあえず自衛隊は待機する。戦いは早苗さんとUMAに任せる。」
「こんな女の子に?」
「そう。それよりこの場で、半田さんの次の責任者は?」
「まあ・・・・実質的には俺かな。」
「あんただけ?他にお偉い人は?」
「いるにはいるが・・・・・、」
そう言って後ろを振り向くと、離れた場所に制服を来た警察官が立っていた。
半田と同じ年くらいの男たちが、ケータイを片手に誰かと喋っている。
「上に指示を仰いでる。それまでは動くなと・・・・、」
「まあそりゃそうだろうな。ならこっちは好きにやらせてもらう。そう伝えてくれ。」
「いや、しかし・・・・、」
「しかしもクソもない。こんな女の子が命懸けで戦おうとしてるんだ。それにあんたらだけじゃ化け物と戦えないだろう?」
「おい調子に乗るなよ。そっちは火器を扱えるかもしれないが、俺たちはなあ・・・・・、」
二人は言い争いを始め、半田はジープの中で震えているだけだった。
「・・・・・・・・・・・・。」
早苗はもう一度腹をさすり、ミントを振り返った。
「・・・・やろうか。」
そう笑いかけると、ミントは早苗を抱きかかえる。そして緑川の方へと飛んで行った。
彼から五メートルほど前に降り、じっと睨みつけた。
「・・・・こんにちは。」
抑揚のない声で喋りかけると、緑川はニコリと笑った。
『早苗。ケントの所にいたの?』
「うん。」
『そっちにいるUMAはパートナー?』
「うん。」
『どうやって手を組んだ?ケントから紹介してもらったとか?』
「うん。」
『お腹の赤ちゃんは無事?』
「うん。」
『そう。お前も無事みたいだな?ずっとケントに守られてたから?』
「うん。」
『どうしてケントはUMAを紹介したの?もしかして俺を殺す為?』
「・・・・だと思う。」
『ならお前は俺を殺そうとしてるってこと?』
「・・・・・・・・・・・。」
『どうして黙るの?』
「・・・・・・・・分からない。でも殺すのかって聞かれて、すぐに答えられない。」
『なんで?』
「・・・・そういうのは・・・簡単に言っちゃいけないことだと思うから・・・・。」
『沢尻にそう教育された?』
「普通のことだと思う。だって殺すって良くない言葉だから・・・・、」
『じゃあ殺すって言葉は良くなくて、実際に殺すのは平気なんだ?』
「・・・・・・・?」
『お前はUMAと手を組んで、俺の前に現れた。これってどう考えても俺を殺すつもりだよな?』
「それは・・・・そうなるね・・・・、」
『だったら言えばいいじゃん、緑川を殺しに来ましたって。どうして黙るの?』
「・・・・何でも言えばいいってもんじゃないと思う。大事なことだから、口にしない方がいい事とかあるし・・・・・、」
『大事なこと?それはどういう事?もしかしてそのUMAには、特殊な力でもある?』
「・・・・何が?」
『だってお前は俺を殺しにやって来た。でもそれを口に出したがらないってことは、本心では殺したくないって思ってるんだろ?』
「当たり前じゃない。好き好んで人を殺したいなんか思わないよ。」
『いや、けっこういるだろ、誰かを殺したいってやつは。でもそうしないのは、殺す度胸がないだけか、法律で裁かれるのを恐れてるから。違う?』
「違うと思う。だって殺したりなんかしたら、その人はもう生き返らないから・・・。家族とか友達とかも悲しむだろうし・・・・、」
『じゃあ家族も友達もいない奴なら、殺してもOKってこと?』
「そんなこと言ってない。」
『でもお前は俺を殺しに来た。でも本心では殺したくないと思ってる。』
「・・・・・そうだよ。」
『でも俺はお前を殺すぞ。隙あらばいつだって・・・・、』
そう言って、澄田の首に骨切り刀を食い込ませた。
『別にお前が人質でも構わない。交換する?』
「・・・・出来ない。」
『なんで?』
「だって私が人質になったら、私だけの問題じゃなくなる。お腹に赤ちゃんがいるから・・・・、」
『なら先にお腹の赤ちゃんを殺したら、人質に取ってもいい?』
「そんなことしたら、その瞬間に殺してやる。ていうかさせないから。」
早苗はカッと目を見開き、「その人放してくれない?」と頼んだ。
「グッタリしてるけど、まだ生きてるんでしょ?」
『うん、気絶してるだけ。』
「じゃあもう解放してあげてよ。」
『無理だよ。人質がいなくなったら、ここにいる奴らが全員襲いかかって来る。』
「あんたでもここにいる全員には勝てないってこと?」
『さあね?でも自衛隊もいるんだし、リスクの方が高い。それに今はUMAまで来ちゃったし。』
そう言ってミントに目をやり、『それ蜂?』と尋ねた。
「違う、アブ。」
『ああ、そう・・・・。アブか。』
「何?」
『ううん。あのさ、話を戻すけど、お前は俺を殺したくないわけじゃん?でもこうして目の前に現れた。それってさ、そのUMAに特殊な力があるってことなんじゃないの?』
「だから何が?」
『殺したくないのに、殺さなきゃいけないような状況へノコノコやって来た。ということは、そのUMAには特殊な力があって、殺さずに俺を捕えられるってことなんじゃないの?』
肩を竦めて尋ねると、早苗は「ああ、そういうこと・・・」と頷いた。
「あんたの魂胆が読めた。」
『ん?』
「そうやってミントの事を聞き出して、自分が有利に戦うつもりなんでしょ?」
『あ、バレた?』
「言っとくけど、何にも教えないから。」
早苗は冷たく言い放つ。言葉では殺すことを躊躇っていても、その目には確かに殺気が宿っていた。
『やっぱり沢尻の娘だな。正義の為なら人殺しだっていとわない。』
「あんたはもう人間じゃないでしょ。どっちかっていうとミントの仲間じゃない。」
『そうだな。俺はもう人間じゃない。だったら殺すことにも躊躇いはないってことだな?』
「・・・・・・・・・・。」
『だから何で黙るんだよ?』
「あんたはさ・・・・人の気持ちが分かんないんだね。」
『ん?』
「ケントもアチェも、あんたの力は認めてた。進む方向さえ間違えなかったら、きっと世の中の役に立ってただろうって。」
『そうなの?』
「だから二人とも残念がってた。何が正しくて、何が間違ってるのか、それを教える人がいたら、あんたは殺人鬼になんかなってなかったはずなのに・・・。」
そう言って少しだけ悲しそうな表情を見せ、「あんたもウチのお父さんの子供だったらよかったのにね」と呟いた。
「それならきっと・・・・殺人鬼なんかになってなかった。お父さんと一緒に刑事になって、悪い奴を捕まえてたかもしれない。」
『ああ、それも面白そうだな。人殺してもそれが仕事だし。』
「そんなことない!人殺すのが刑事なわけないじゃん。」
『でも沢尻は俺を殺そうとしたぞ?』
「そうだね。更生出来ない悪い奴には、そうするしかないのかも・・・・・。」
早苗はミントを振り返り、「もういいよ」と言った。
「もういい・・・・。」
『ん?何が?』
「あんたと一度話してみたかった。だってあのケントが力を認めるくらいだから、きっとどこかに更生の余地があるんじゃないかと思ったから。」
『そうか。期待に応えられなくて悪いな。』
緑川は肩を竦めて笑う。早苗はため息をつき、ゆっくりと首を振った。
「ミント・・・・もう楽にしてあげて。」
そう言って見つめると、ミントは小さく羽をゆすった。
そして人の耳には聞こえないほどの高周波を放った。
『なんだこれ・・・・?』
緑川は顔をしかめる。人の耳には聞こえなくても、彼の耳には聞こえる。
この高周波はいったい何のか?首をかしげて考える。
『・・・・・ああ、なるほど。』
そう呟いて、急に踵を返した。クルリと背中を向け、警察署の壁を睨む。
『・・・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・。」
緑川と早苗、二人は無言で立ち尽くす。高周波はまだ鳴り続けているが、特に何かが起きる様子はない。
『あのさ、早苗・・・・、』
緑川はくるりと顔を向け、『そのUMAがアブだって教えてくれたけど、それは失敗だよ』と笑った。
『俺さ、「向こう」で戦うようになってから、ちょくちょく図鑑とか読むようにしてたんだ。だってUMAって虫とか爬虫類みたいな奴が多いから、何か勉強になるかなと思って。
それでさ、昆虫図鑑を読んだ時にこんな虫がいたんだ。』
そう言ってミントを指さし、『それ・・・シオヤアブってやつだろ?』と尋ねた。
『最初は蜂かなと思ったんだけど、どうも違う感じだよな。だからもしやと思って尋ねたら、お前はアブだって答えた。』
「・・・・・・・・・・・。」
『シオヤアブは死角からこっそり近づいて、スズメバチでも仕留めるって書いてあった。正面切って戦うと弱いけど、暗殺させたら右に出る者はいない虫だろ?』
「・・・・・・・・・・・。」
『これは俺の勘だけどさ、そのミントって奴は二匹いるんじゃないの?一匹が目の前に立って注意を引き付け、もう一匹が死角から襲う。
その為の合図がその羽音なんだろう?だから背後とか頭上とか、死角になるような所を意識していれば、襲って来ることは出来ない。違う?』
勝ち誇ったように言い、『お前がこうやって目の前に立つのだって、それが理由だろう?』と一歩近づいた。
『そうやって俺の注意を引き付けてさ、それで死角から殺す。でなきゃとうに正面から襲ってきてるはずだ。』
指をさして尋ねると、早苗は何も答えない。その代わりに「ミント」と呼び、「もういいよ」と高周波を止めさせた。
『ん?もう降参?』
「・・・・・・・・・・・。」
『どうしたの?』
「あんたさっきの高周波が聴こえたんでしょ?」
『うん。』
「そっか・・・・じゃあ私の勝ち。」
『は?』
緑川は顔をしかめる。すると次の瞬間、首筋にチクリと痛みが走った。
『なに・・・・・、』
振り向こうとすると、なぜか身体が動かない。そして足元から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
『な・・・・なんで・・・・・?』
目を動かして後ろを見てみると、そこにはミントが立っていた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十三話 VS特殊部隊(2)

  • 2016.03.23 Wednesday
  • 10:54
JUGEMテーマ:自作小説

澄田の願いが通じたのか、緑川は隣の部屋に現れた。
羽には幾つも穴が空いていて、頬の肉も抉れている。
しかし致命傷になるような怪我は負っておらず、まだまだ殺気を漲らせていた。
部屋に入って来た緑川は、案の定何かの気配に気づいた。
天井を睨み、そこに大きな穴が空いていることに驚く。
するとその穴から閃光手榴弾が投げ込まれ、部屋に爆音と閃光が走った。
爆風のせいでガラスが吹き飛び、マジックミラー越しにも強い光が伝わって来る。
澄田はすぐにヘルメットのバイザーを下ろし、光を遮った。
「緑川・・・・・まだ感覚は生きてる?」
爆音と閃光を受けても、緑川は特に怯んだ様子を見せない。
真っ直ぐとその場に立ち、手にした刃物を構えている。
すると天井から衣笠と水元が現れ、それと同時に入り口から下園と寺沢も現れた。
小銃を持った兵隊に囲まれ、緑川は逃げ場を無くす。
「撃って!」
インカムに怒号を飛ばすと、四人の部下は一斉に射撃を始めた。
お互いに被弾しないように上手く位置取りをしながら、中央に立つ緑川を滅多撃ちにする。
隣室でその様子を見ていた澄田は、「そのまま・・・」と銃を構えた。
ミラー越しに緑川の頭に狙いを定め、引き金に指を置く。
緑川は銃弾の嵐を受け、身体をハチの巣にされていた。
しかしそれでも平然と立っていて、澄田は「化け物め・・・・」と吐き捨てた。
「あれだけ銃弾を喰らってるのに、どうして倒れない?」
そう呟きながら引き金を引こうとした時、ある事に気づいた。
「あいつ・・・・・全然血を流してない・・・・。」
銃弾の嵐を受けながらも、緑川は血の一滴も流していなかった。
それどころか、ハチの巣になるほど撃たれているにも関わらず、内臓が飛び出す気配もなかった。
「なんで?あれじゃまるで、中身が無いみた・・・・・、」
そう言いかけて、「まずい!」と叫んだ。
「みんな!それただの抜け殻よ!」
インカムに向かって怒号を飛ばし、「どこ行った!?」と辺りを見渡す。
部下たちは銃を撃つのをやめ、澄田と同じように部屋を見渡した。
穴だらけにされた緑川は、銃撃がやむのと同時にフニャフニャと崩れていく。
まるで空気の抜けた風船のように、ペタリと床に横たわった。
「あいつ・・・・・脱皮しやがった・・・・・。」
唇を震わせながら、銃を構えて後ずさる。するとどこからか『脱皮じゃなくて羽化だよ』と声がした。
「あ・・・・・・、」
『こんにちわ。』
穴の空いた天井から、緑川が顔を覗かせていた。
「こっち!こっちにいるううううう!」
大声で叫び、すぐに銃を撃つ。硬い徹甲弾は天井に穴を空け、屋上にまで貫通していった。
しかし緑川は素早く部屋に下りていて、刃物を手に襲いかかった。
澄田はすぐに部屋の隅まで後退する。そして腰に付けた閃光手榴弾のピンを外し、緑川の足元に転がした。
『またこれ・・・・・。』
緑川は鬱陶しそうに言って、その手榴弾を蹴り飛ばす。
丸い手榴弾がコロコロと転がり、澄田の足元で止まった。
「ちょッ・・・・・・・・、」
慌てて飛びのき、炸裂に備えて身を竦める。
次の瞬間、激しい閃光と音が放たれ、部屋の窓ガラスが吹き飛んだ。
「・・・・・・・・・・ッ!」
近距離で炸裂した為に、澄田の聴覚が麻痺する。
バイザーと目を閉じていたおかげで光は免れたが、音だけは防げなかった。
ひどい耳鳴りに襲われ、平衡感覚までなくなる。
今この状態で襲われたら、死ぬのは確実だった。
しかし澄田は耳鳴りに苦しまされるだけで、緑川に襲われることはなかった。
なぜなら部下たちが、彼女を守ろうと奮闘していたからだ。
四人の部下が銃を向け、緑川と戦っている。
しかしUMAと化した緑川は、まるで羽虫のように機敏に飛び回る。
そして刃物を片手に隊員の間を飛び抜け、一人の首を撥ねた。
「衣笠!」
澄田は叫び、銃を構える。しかし激しい耳鳴りのせいで、狙いが定まらなかった。
こんな状態で撃てば、部下に当たってしまう。そう思って、ナイフを抜いて飛びかかった。
「死神いいいいいいい!」
奇声を上げながら、機敏に飛び回る緑川を狙う。
すると部下も銃を捨て、ナイフを持って飛びかかった。
狭い場所で飛び回る相手なら、銃よりもナイフの方が戦いやすい。
一人の隊員が入り口を塞ぎ、残った三人でじりじりと間合いを詰めていく。
素早く動く相手には、スピードで対抗しても意味がない。周りを囲いながら、ゆっくりと距離を詰めていった。
すると緑川は、穴の空いた天井へと舞い上がった。
澄田はこの動きを予想していたように、素早くナイフを投げつけた。
緑川は咄嗟に反応して、サッと身を捻る。ナイフは天井に当たり、カランと床に落ちた。
しかし次の瞬間、別の方向からナイフが飛んで来た。それは緑川の太ももに刺さり、たらりと血が流れ出た。
『痛・・・・。』
刺さったナイフを抜きながら、投げた相手を睨む。するとまたナイフが飛んで来たので、刃物で切り払った。
ナイフは真っ二つに切り裂かれ、床に落ちる。
「それ・・・・首狩り刀じゃないわね?」
澄田が尋ねると、『うん』と笑った。
『これ骨切り刀っていうの。』
「それって確かミノリって奴の・・・・、」
『そうだよ。あいつと戦った時、首狩り刀で骨切り刀を叩き切ってやったんだ。その時に刃の一部を回収しといた。役に立つと思ってさ。』
「身体を調べた時はそんな物なかったじゃない。」
『うん。だって太ももに隠してたからさ、こんな具合に。』
そう言って骨切り刀を太ももに当て、『肉の中なら見つからないだろ?』と笑った。
「あんた・・・・・、」
『でもこれは予備。』
「予備?」
『本当は首狩り刀が欲しかったんだ。でもちょっと敵に奪われちゃって。だから万が一の為に、髑髏を一個千切っといたんだよね。』
「・・・・・髑髏?」
『うん、胃袋の中に隠してた。』
「それを吐き出して使ったの?」
『まあね。首狩り刀ってさ、あの髑髏があれば一応刃物の形になるみたい。でも元々付いてる髑髏じゃないからさ。使ってるとすぐに無くなっちゃった、残念。」
そう言ってクスクス笑い、『喋ってる間に仕留めないの?』と尋ねた。
『いま隙だらけだよ?』
「・・・・・そうね。でもなぜか勝てる気がしない。ここで死ぬんだろうなって・・・・・そんな予感が・・・・ううん。確信があるのよ。」
『そうかなあ?なんでもやってみないと分からないと思うけど?』
緑川はまたクスクスと笑い、『俺だって賭けだったんだから』と言った。
『もしUMAに変化してなかったら、確実にあんたらに殺されてたね。でも落ち武者のハゲに斬られて、また治してもらったからさ。きっともう人間でいるのが限界だったんだろうな。』
「・・・・あんたの顔・・・・ほとんど蛾みたい。かろうじて輪郭と口だけ人間だけど・・・・・、」
『身体中に毛も生えてるし、もう完璧にUMAだよね。これじゃ墓場の主にはなれない。』
「じゃあもう諦めたら?墓場の主になれないんじゃ、戦う意味なんてないじゃない。大人しく「向こう」で過ごしていればいいと思うわ。」
『そうなんだけど、もしかしたら「向こう」が無くなっちゃうかもしれないからさ。それに今は墓場の主には興味がないんだ。だって・・・・長年の疑問に答えが出たから。』
「疑問・・・・・?」
『うん。俺さ、命ってのがよく分からなかったんだよね。そこら辺に転がってる石と、その辺を歩いてる人間の違いって何なんだろうって、すっと考えてた。
石ころと人間の違いなんて、せいぜい喋るか喋らないくらいだと思ってたからさ。』
「・・・・石は砕いても死なない。でも人間は死ぬわ。」
澄田は冷静に答えを返す。すると緑川は『違うよ』と反発した。
『一緒なんだよ、全部。石ころも人間も、それに他のモノだって全部一緒。みんな命なんて持ってない。』
「・・・・何を言ってるのか分からないわ。全部一緒なわけないじゃない。いったいどういう理屈でそんな風に・・・・、」
『俺さ、「向こう」で戦ってる間に気づいたんだよ。ああ、「こっち」も「向こう」も、みんな死ぬのを嫌がってるんだなあって。
だから戦って生き抜こうとしてる。みんな自分だけが生きてると思ってるから、平気で誰かを殺すんだよ。あんたらだってそうだろ?
他人が生きてるなんて思ってたら、命を取れるの?』
肩を竦めながら、馬鹿にしたように笑う。
「まるで子供の発想ね・・・・・。幼稚にも程がある。」
『そうかな?だって自分が死んだら、この世がどれだけ続いたって関係ないじゃん。100年後に地球が滅ぼうが、100億年後に滅ぼうが、そんなの関係ないじゃん。
生きてる瞬間こそが、自分がいるって証拠なんだよ。死んだらお終い、だからみんな死ぬのを嫌がる。間違ったこと言ってる?』
「誰だっていつか死ぬわ。でも誰かが死んでも、この世は終わらない。そんなバカげた自己中心的な考え方・・・・・マヌケ過ぎて笑いすら起きない。」
澄田はヘルメットを脱ぎ、裏に縫い付けた写真を見せた。
「これは私の子供。二人いたんだけど、どっちも私が殺したわ。」
『そうなの?顔が気にいらなかった?それとも性格が合わなかった?』
「・・・・どっちも違う。私の頭がおかしいから殺したの。病気なのよ・・・・私は・・・・。」
喉を詰まらせながら、写真を見つめて涙腺を緩ませる。
「この子たちが死んだって、世界は終わらない。私はこうして生きてて、未だに苦しんでる・・・・。なんでか分かる?」
『うん、殺したことを後悔してるから。』
「そうよ・・・・・。まだまだ生きるはずだったのに、私が殺した。まともな親の元に生まれていれば、今でもちゃんと生きてたはずなのに・・・・、」
『いや、それは違うよ。人間なんていつ死ぬか分からないんだから。あんたが殺さなくたって、その子たちはいつか死ぬよ。』
「・・・・そうね。でも私は後悔してる・・・・。毎晩この子たちが夢に出て来て、一緒に暮らした事を思い出すの・・・・。
生きてるのが自分だけなんて思ってたら、そんな風に苦しまない・・・・・。この子たちはちゃんと生きてたのよ・・・・。だから・・・・私は悲しい・・・・。」
涙腺が限界に達して、一粒だけ涙がこぼれる。
緑川はそんな彼女を見て、『勘違いも甚だしいな』と笑い飛ばした。
『いい?みんな自分だけが生きてると思ってる。あんただってそう思ってるんだよ。だから子供を殺してさ、それで苦しんでるなら死ねばいいんだよ。
そうすりゃ全部終わって楽になる。でもそうしないのは、死ぬのが怖いから。だから今でも生きてる。自分だけに命があると思ってるから。』
「違う!そんなの違う!!」
『いいや、違うことない。だって俺を殺そうとしてるもの。自分だけが生きてて、俺は生きてないと思ってる。だから銃なんか撃てるんだよ。』
「違う!それが私の仕事だから・・・・・、」
『でも子供を殺してるじゃん。それも仕事だったの?』
「そ・・・・それは・・・・私が病気だから・・・・・、」
『そう思い込んでるだけだろ?子供を殺した後悔から逃げる為に、病気だって言い聞かせてるんだよ。』
「そんな事ないわ!医者だって私の頭がおかしいって言ってた!じゃなきゃとうに死刑になってるのよ!」
『医者ねえ・・・・。あいつらこそ給料もらってる仕事だろ。必要なら何でも言うんじゃないの?あんたは病気だから、この薬あげますって。
だってこの世から病人がいなくなったら、医者は困るもん。だから嘘でも病人に仕立て上げないと。』
「あんたに私の何が分かるのよ!?知った風なことぬかすな!」
澄田は銃を向け、「殺せ!いたぶるくらいなら殺してみろ!」と叫んだ。
『うん、そうする。』
緑川がそう答えた途端、澄田の部下たちが銃を撃った。
タタタタタタ!と音が響き、小銃が火を吹く。
しかしその瞬間、緑川の姿が消えた。澄田は「どこ行った!?」と叫び、天井に向かって銃を撃ち続けた。
「逃げるな!出て来い!!散々なじったクセに逃げる気か!?」
甲高い声でヒステリックに喚く。
「てえめは勝手なことばっかり言いやがって!ナメんじゃねえ!ぶっ殺すぞコラああああ!!」
まるで獣のように目を釣り上げ、気が狂ったように喚き散らす。
冷静沈着な普段の彼女は身を潜め、代わりにヒステリックな女へと変貌する。
するとどこからか『あはははは!』と笑い声が響いた。
『それそれ!病気がどうとかじゃなくて、ただヒステリックなだけじゃんアンタ!そうやって子供を殺したんだろ!』
「黙れええええ!出て来いテメエ!逃げたってどこまでも追いかけるぞ!!」
『逃げないよ。ほら、ここにいる。』
そう言って隊員の一人の後ろに現れ、首を撥ねた。
落ちた頭が転がっていき、澄田の方を向く。
「あああああああああ!ふざけんなああああああ!!」
『バ〜カ。ヒステリーババア。殺してみろ。』
「やってやるつってんだよお!逃げてんじゃねえ!!」
『逃げてるんじゃなくて消えてるだけ。アホかよオバハン。』
「殺す!殺してから八つ裂きにしてやるうううう!!」
澄田は徹甲弾を乱射する。しかし緑川はその前に姿を消し、『どこ狙ってんの〜?頭大丈夫ですかあ〜?』と罵った。
「このクソガキいいいい!地獄の果てまで追いかけるからな!死んだって終わりじゃねえ!ゾンビでも何にでもなって追い詰めてやる!!」
『やれば?出来るもんなら。』
そう言ってゲラゲラ笑い、『給料なくても人殺すんだろお〜?』と嘲笑った。
『仕事が理由じゃないよね?気に入らない事があると、カッとなって殺すんでしょ?』
「じゃかあしいいいいいいい!!」
『何でも思い通りにならないと気が済まないタイプなんじゃないのお?』
「黙れえええええ!」
『そもそもさ、なんでアンタだけこっちの部屋にいたのお?明らかに安全な場所だよねえ?』
「私が徹甲弾持ってんだよおお!こっちからテメエを撃ち抜く為に隠れてたんだ!!」
『だったら部下に徹甲弾あげればいいじゃん。自分が囮になって、俺をおびきよせればよかったんじゃないのお〜?』
「私が一番腕が立つんだ!だから私がテメエを殺すんだよお!」
『はあ?頭おかしいのかオバハン?安全な部屋に隠れて狙撃するなんて、一番楽な仕事じゃん。
現にアンタの部下は、俺と戦って死んでんだよ?危険度なら部下の方が上だよね?アンタ楽してるだけじゃん。』
「ちがああああああああう!」
『いや、違わないだろ。あんた自分が死ぬのが怖かったんだろ?正面から俺と戦うのが嫌だから、部下に辛い仕事を押し付けただけじゃん。
だからさ、やっぱりあんたも同じなんだよ。自分だけが生きてると思ってる。』
「黙れ黙れ黙れえええええ!偉そうに何様のつもりだクソガキいいいいい!!」
徹甲弾の弾が切れ、通常の弾丸のマガジンに差し替える。
そしてひたすら銃を乱射していると、部下の首を射抜いてしまった。
「水元おおおおおおお!!」
首を撃たれた部下は、血を吹き出しながら倒れていく。「澄田さん・・・・」と呟き、目を見開いたまま絶命した。
「ああああああああああ!」
『だははははは!子供の次は部下を殺したよ!やっちゃったなアンタ!』
「ざっけんなよおおおおおお!」
『ねえねえ、部下を殺しても給料もらえるの?これも仕事のうち?』
「人をいたぶんのも大概にしろおおおおお!!」
『いや、俺なにもやってないし。アンタ自分で殺したんじゃん。』
「お前のせいだああああ!お前がやらせたんだよ!!」
『違うね、アンタがやったの。子供を殺してさ、部下も殺してさ、病気だとか誤魔化してさ、そんで悲劇のヒロインぶってさ。だけど自分が死ぬのは嫌なわけじゃん?』
「ちがああああああう!違う!違うからああああ・・・・・・、」
『泣くなよバカ。ババアが泣いたってブスになるだけだぞ?』
「うわああああああ・・・・・やめて・・・・もうやめてよおおお・・・・・、」
澄田は子供のように泣きじゃくり、それでも銃だけは撃ち続けた。
緑川は『崩壊寸前だな』と笑い、残った部下の目の前に現れた。
「・・・・・・・・・!」
『はい、さよなら。』
顔に骨切り刀を突き刺し、そのまま横に薙ぎ払う。
鼻から上が切断され、それを掴んで澄田に投げた。
「いやああああああ!」
『部下の死は隊長の責任だよ。あんたどう償うつもりよ?』
「だって・・・・・私のせいじゃないから・・・・、」
『いやいや、アンタのせいだって。俺ならもっと上手くやるもん。』
「・・・はあ・・・・ふう・・・・ぐふ!」
『おいおい・・・・えづきすぎだって。俺、鱗粉放ってないよ?』
「ぐうう・・・・おえええ・・・・・・。」
『ゲロかよ汚ったねえなあ・・・・・。』
そう言ってづかづかと近づき、思い切り顔を蹴り飛ばす。
「げはッ・・・・、」
「さて、部下はみんな死んだ。アンタだけ生きてる。」
そう言いながら顔を近づけ、首に骨切り刀を当てた。
「ううう・・・ぐふ!・・・死ね!」
緑川の腹に銃口を当て、引き金を引く。しかし弾は出て来なかった。
『あのさ、さっきから言おうと思ってたんだけど、それもう弾切れてるから。』
「ふぐ・・・・ぐ・・・・・、」
『弾倉換えるまで待とうか?』
「・・・・・殺せよ・・・・殺せ・・・・・、」
『自分で死ねば?楽んなるよ。』
「・・・・・・・・・・。」
『な?やっぱり自分だけは生きてたいって思うだろ?』
「・・・・何なんのよ・・・・アンタ・・・・・、」
澄田は泣きながら睨みつける。唇を食いしばり、悔しさと恐怖で引きつっていた。
「なんで・・・・・何なんだよお前・・・・。さっさと殺せよ・・・・・、」
『いや、俺が見つけた答えをさ、みんなにも教えてあげようと思って。』
そう言って骨切り刀を押し当て、首に食い込ませた。
「ぐッ・・・・・、」
『動くと死ぬよ。』
「・・・・・・・・・。」
『ほら、やっぱ死ぬの怖いんじゃん。』
「・・・・・・・ひ・・・ふう・・・・、」
『簡単に殺せとか言うけどさ、そいうのって甘えだぞ?そんなのは命の意味を知らない奴のすることだ。』
「・・・ふうう・・・・・、」
『だから俺は自殺もしないし、誰かに殺されるのもゴメンだ。だってこの世で生きてるのは俺一人なんだから。』
「・・・・ち・・・・違う・・・・、」
『でもあんたは自分だけ生きてんじゃん。子供も部下も殺したのに、自分だけ図太く生き残ってる。なんで?』
「だ・・・・だって・・・・お前が殺さないから・・・・、」
『いいや、違うね。自分だけは助かろうとしてたんだ。だから生きてる。』
「・・・違う・・・・違うってば・・・・・、」
『人間てのはさ、死のうとしない限りは生きてるんだよ。病気とか事故とか、運の悪い奴は別にしてさ、そうじゃない限りは生きてるわけ。寿命まで生きるんだよ。なんでか分かる?』
「・・・・もう・・・いいから・・・・やめて・・・・、」
『それは死にたくないから。自分だけが生きてるって、頭のどこかで思ってんだよ。でもそれに気づかないフリしてるだけ。』
「・・・・・・・・・・・。」
『アンタがこうして生きてるのは、やっぱりそれが理由なんだよ。アンタにとっちゃ、アンタの命だけが唯一の命なんだよ。
だけど俺から見れば、アンタも作り物なわけ。生きるも死ぬもない、ただの石ころなんだよ。』
「・・・・違う・・・・・・・。」
澄田は力なくその場に崩れる。そして放心したように銃を落とした。
魂がどこかへ行ってしまったかのように、顔から表情が消え失せる。
『さて、外には敵がいっぱいいる。鱗粉撒いただけじゃ殺せそうにないし、人質でも取った方が良さそうだ。』
そう言って舌を伸ばし、澄田の足に刺した。
「ああ・・・・!」
『物凄く痛いけど死なないから。ちょっと我慢してて。』
針を深く刺し込み、少量の毒を注ぐ。
その瞬間、澄田の足にえも言えぬ激痛が走り、ビクンとのけ反った。
「ぎゃああああああああああ!」
毒を注がれた部分が変色し、蛾のように毛が生えて来る。
あまりの痛みに気を失い、股の間がじわりと濡れていった。
『ゲロの次は小便かよ、最悪だなこいつ。』
顔をしかめ、濡れた地面を避けながら、澄田の髪の毛を掴む。
その時、足元に彼女のヘルメットが触れて、子供の写真がこちらを向いた。
『自分の子供を自分で殺す。・・・・・やっぱ病気なんだろうな、これ。』
そう言ってヘルメットを蹴り飛ばし、『俺以外はみんな病気だ』と吐き捨てた。
『俺だけが生きてる。俺だけがまとも。あとはゴミみたいな作り物。全部石ころなんだよ。』
澄田の髪の毛を引っ張りながら、部屋を後にする。
外には大勢の人間の気配を感じていて、強い殺気に満ちていた。
『鱗粉使い過ぎたなあ・・・・あと一回ばら撒ければいい方か・・・・・。』
そう言って羽をつつき、『なんか身体もだるいし・・・・』と目を瞑った。
『アチェが疲れるって言ってた理由がよく分かる。鱗粉を飛ばすとすっごく体力を消耗する・・・・。ちょっとの間、飛ぶのも消えるのも無理だな・・・・。』
ズルズルと澄田を引きずりながら、一階へと下りて行く。
するとその時、遠くから妙な気配が近づいて来るのを感じた。
『これ・・・・UMAか?』
遥か遠くの空から、「こっち」のものではない者が近づいている。
緑川は足を止め、少し考えた。
『俺・・・UMAになったけど、「向こう」へ戻る方法が分からないんだよなあ。』
そう呟きながら、以前にアチェが言っていたことを思い出す。
『確か妖怪やUMAは、二時間以上「こっち」にいると死ぬんだよな。もし「向こう」へ戻れなかったら、このまま死んじゃうわけだけど・・・・・、』
これはかなり困ったことになったと思いながら、迫りくるUMAの気配を気にしていた。
『・・・・・連れて行ってもらうか。』
そう呟いて、また歩き出す。
『なんか知らないけど、こっちにUMAが向かってる。じゃあこれを利用しない手はないよな。』
こちらへ迫っているUMAは、おそらく敵だろうと思った。
なぜならそのUMAの傍に、よく知る人間の気配も感じていたからだ。
『これ早苗だな。あいつ「こっち」に戻ってたんだ。多分・・・・ケントだろうな。アチェがあいつの所に預けて、「こっち」へ戻したんだろう。』
早苗は大事な人質で、それを匿うにはケントの元が最適である。
そう思いながら、澄田の髪を引っ張って行った。
『てことは、このUMAは早苗のパートナーってことだ。どうにかあいつを丸め込んで、「向こう」へ戻してもらうか。』
緑川は知っていた。ピンチの時には、それを打開するチャンスが必ず傍にあると。
なぜならピンチとチャンスというのは、自分の力次第でどっちにも転ぶからだ。
「向こう」へ戻る鍵はじょじょに迫り、やがて敵意まで感じるようになる。
緑川はほくそえみ、ズルズルと澄田を引っ張った。
やがて一階へ下りて、西口の方へと向かう。外では自衛隊が待機していて、緑川と目が合うなりサッと退いていった。
『人間もUMAも、全部作り物だ。石ころと変わりゃしない。』
緑川の命に対する答えは、元々あった狂気をさらに加速させていく。
自分にとって都合の悪い石ころを排除する為に、ゆっくりとドアを押し開けた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十二話 VS特殊部隊(1)

  • 2016.03.22 Tuesday
  • 13:03
JUGEMテーマ:自作小説
緑川が署から出て来る数分前、激しい戦闘の序章が繰り広げられていた。
澄田達は七名の部隊から成っており、彼女をリーダーに西口から突入した。
そして一階にある三つの階段に、それぞれ人数を振り分けた。
「樋口と下園は東口の階段から。山井と寺沢は中央の階段。私と衣笠、それに水元は西口から。」
そう言って指示を出していると、複数の足音が迫って来た。
硬いブーツのが規則正しく響いている。
澄田は目の前の階段を睨み、ヘルメットを押し上げた。
すると階段の先から、小銃を構えた自衛隊が現れた。
向こうもこちらに気づき、一瞬だけ足を止める。
澄田は小さく微笑み、押し上げたヘルメットを戻した。
「あんたら・・・・・、」
自衛隊員が呟き、目の前に下りて来る。
「さっき鏑木一佐から連絡があった。あんたらが来るから、外で待機してろと。」
そう言って鋭い眼光で睨みつると、「指揮系統の違う部隊がいたら邪魔だから」と答えた。
「緑川の射殺は私たちが請け負います。」
「出来るのか?」
「出来るかどうかではなく、これは半田さんの指示です。この件の責任者は半田さんだから、あなた方も彼の命令に従わないといけません。」
「分かってる、だからこうして下りて来た。」
「そうですか、ならどうぞ?」
澄田はまた微笑み、出口に向かって手を向ける。
自衛隊は釈然としない表情のまま、外へと駆けて行く。
そして入口の付近に陣取り、銃を構えながら、中の様子を窺っていた。
澄田は微笑みを返し、小さく手を振る。
「さて、邪魔な奴らがいなくなった。」
そう言って部下を見渡し、「そう難しい仕事じゃないわ」と言い切った。
「いくら凶悪といえども、相手はただの素人。それも一人。」
階段の先を見上げ、「これといった武器も持っていないしね」と抑揚のない声で言った。
「だけど頭はぶっ飛んでる。何をしてくるか分からないし、どう動くかも予測しにくい。物事に絶対という事はないから、私たちが傷を負う可能性だってあるわ。」
そう言って「下園」と部下の一人に尋ねた。
「敵は弱い、でも行動が予測出来ない。こういう場合はどうしたらいいかしら?」
「はい、捨て駒を当てがい、敵の様子を見ます。」
「そうね。で、私たちの中に捨て駒はいるかしら?」
「いえ、いません。」
「だったらどうする?」
「はい。この建物内には、所属の異なる味方がいます。」
「それで?」
「彼らは諜報には長けていますが、我々ほどの戦闘能力は備えていません。だからこの場においては、奴らを捨て駒として利用するのが得策です。」
「半田さんは、どんな手を使ってでも緑川の死を望んでる。例え私たちが死んだとしても。」
「はい。」
「もし私たちが任務に失敗したら、半田さんは緑川に殺されるかもしれない。そうなってしまったら、私たちだって居場所を失うわ。」
「はい!」
「ならやる事は一つね。無能な味方を囮にして、緑川に接近しましょう。彼がどのように戦い、どう行動するのか?それを見てから戦いましょう。」
そう言ってサッと手を挙げると、部隊はそれぞれの持ち場に散っていった。
澄田も階段を登り、二名の部下がそれに付き添う。
小銃を構えながら、常に最大限の注意を払って進んだ。
《緑川は、おそらくまだ三階にいるはず。あの取調室から、そう離れてはいないはずだわ。》
ここへ入ってから、まだ一度も銃声を聞いていない。ということは、ここに残った半田の部下は、彼に遭遇していないということだった。
そして彼らがいたのは三階。ならば一階と二階には下りて来ていないだろうと踏んだ。
ゆっくりと階段を上がり、二階へやって来る。仲間と連絡を取り合い、どこかに潜んでいないか確認してみる。
しかし人影一つなく、やはり本命は三階だろうと確信した。
足音を殺しながら、階段を上る。すると三階へ到着してすぐに、半田の部下と出くわした。
緑川を連行したガタイの良い白髪の男が、澄田に気づいて「お前ら・・・・」と呟く。
「何しに来た?」
「緑川の射殺です。」
「半田さんの命令か?」
「あれ、インカムから指示が来ていませんか?」
「聞いていない。」
「なら忘れたんでしょうね、半田さん、相当怯えてらしたから。」
「・・・・・で、命令を受けてるのか?」
「はい。」
「本当に?」
「ええ。」
「信用出来んな。」
「いくら私でも、勝手に突入なんて出来ませんよ?」
「そんなこと分かってる。でもお前はこう言いたいんだろう?この場は自分たちに任せて、俺たちは引き揚げろと。」
「そうですよ。あなた方は諜報がメイン、私たちは凶悪犯やテロリストの制圧が仕事。そういう訓練を受けています。」
「相手は民間人一人だ。お前らの手を借りるまでもない。」
「しかし半田さんの命令が・・・・、」
「別に俺たちにここから出ろとは言っていないはずだ。お前は以前にもそう嘘をついて、手柄を独り占めにしただろう?」
「そうでしたっけ?」
「惚けるな。お前はとことん成果だけを重視するからな。その為には、飼い主以外なら誰でも噛みつくような奴だ。
そうやって半田さんに媚び売って、今の地位にいる分際で・・・・・。」
「否定はしません。でもこれは命令だから・・・・・、」
「なら股でも開いてろ。俺らの飼い主は色に弱いんだから。女の武器使ってりゃいいんだよ。」
「もう何度も開いてますよ。でも半田さん歳だから、こっちの体力について来れなくて。最近は股を開こうとしても、ノッてこないんです。」
「そら見ろ、やっぱり媚び売る事だけ考えてるんだろうが。」
男はそう言って、「俺たちだけで充分」と切り捨てた。
「お前らはそこで見てりゃいい。もし俺たちが殺されるようなことがあれば、そん時は奴を仕留めろ。」
「いいんですか?命令に背いたら半田さんが怒って・・・・・、」
「お前の屁理屈は聞き飽きてる。いいからそこで待機してろ。」
そう言って舌打ちを飛ばし、懐から拳銃を取り出した。
「相手は丸腰だ。何も出来やしない。」
男は部下を引き連れ、廊下の先へと歩いて行く。そしてインカムで他の仲間と連絡を取り合っていた。
「・・・・・アホね、あれは。」
澄田はヘルメットの下で笑いを噛み殺す。
「どうせインカム使うなら、ここで半田さんに確認を取ればいいものを。どうして男ってのはこう意地張るのかしら、ねえ?」
そう言って後ろの部下を振り向き、「まあ毒味は奴らにさせましょ」と頷いた。
「もし奴らが勝てばそれでよし。負けたら私たちの出番よ。」
銃を構え、インカムに向かって「もうじき始まるわよ」と伝える。
「上手くあのアホが乗ってくれた。緑川の動きをよく見極めるように。」
インカムの向こうから『了解』と返事がして、澄田も緊張を高める。
そしてゆっくりと廊下を進み、突き当りの角に身を隠した。
少しだけ顔を出して様子を窺うと、半田の部下が銃を構えていた。
その数は全部で三人。澄田達と同じように、廊下の先の角に身を隠している。
「あいつらを含めて、全部で八人の捨て駒。さて、緑川はどう戦う・・・・・・、」
そう言いかけた時、突然半田の部下たちが倒れ込んだ。
口元を押さえ、激しくえづいている。
「あれは・・・・吐いてるの?」
男たちは激しく嘔吐し、呼吸もままならない様子だった。
するとその時、澄田たちのいるフロアの反対側から、銃声が響いた。
「拳銃の音・・・・・始まったわね。」
澄田は身を屈めながら男たちに近づく。
「どうしたんです?」
心配するような声をかけながらも、その目は冷たかった。
「ひどく嘔吐してますね?いったい何が・・・・、」
「粉・・・・・・、」
「粉?」
ガタイの良い男が、肩を上下させながらえづく。必死に呼吸をしようと、目を見開いて口を開けていた。
「光る・・・・粉が・・・・・飛んで来て・・・・・・、」
そう言って胃液をまき散らし、辺りに酸っぱい臭いが立ち込めた。
「あ・・・・あの野郎・・・・・・、」
「大丈夫ですか?」
「触るな!・・・・・殺す!俺が殺してやる!」
男は立ち上がり、拳銃を構えて歩き出す。その先には一つの人影が立っていて、背中に羽のような物を生やしていた。
「あれは・・・・緑川?」
その異様な姿に、澄田は思わず眉をしかめた。
「どうして羽が生えてるの?それに・・・・顔も変わって・・・・・、」
「どけ!お前らは引っ込んでろ!」
男は拳銃を構え、緑川の首を狙う。しっかりと狙いを定めて、引き金を引いた。
弾丸は緑川の首に向かって飛んで行くが、わずかに狙いが逸れる。
激しい嘔吐のせいで、手が震えているからだ。
すると緑川の後ろからも銃声が響き、男の足元をかすめた。
「何やってる!俺を殺す気か!?」
緑川の向こうの通路から、男の部下が銃を撃っていた。
その部下も激しく嘔吐したようで、口の周りが汚れていた。
「ちゃんと狙え!吐いたくらいで怯むな!」
男はまた銃をい撃つが、やはり狙いが定まらない。「クソッタレ!」と吐き捨て、そのまま駆け出した。
彼の部下もその後を追い、走りながら銃を撃つ。
緑川は素早く取調室に逃げ込み、中から小さな羽音が響いた。
するとキラキラと光る粉が舞い散って、辺りに拡散していった。
「吸い込んじゃ駄目よ!」
澄田は首元に手を突っ込み、繊維で出来た簡易マスクを着ける。
「・・・・やっぱり捨て駒を当てておいてよかった・・・・。下手に突っ込んだらやられてたわ。」
そう言って角に身を隠し、「しばらく待機」と指示を出した。
男たちは粉を吸い込まないように、口元を押さえている。
そして取調室まで駆け寄り、中に向かって銃を構えた。
その時、中から大量の光る粉が溢れてきて、思わず顔を逸らした。
そこへ緑川が飛び出して来て、手にした何かで男の首を切り払った。
「あ・・・・・、」
澄田が思わず叫ぶ。
なぜなら男の首が、まるで豆腐か何かのように、簡単に切り落とされてしまったからだ。
周りにいた男の部下は、一瞬何事かと硬直する。
そこへ通路の奥にいた仲間が駆けて来て、「何してる!殺せ!」と叫んだ。
しかし緑川はその隙を見逃さず、近くにいた男たちに迫った。
そして素早く手を振ると、一息で二人の首が床に落ちた。
「武器持ってるぞ!下手に近づくな!」
こちらへ駆けていた男たちは足を止め、慌てて銃を向ける。
すると緑川は背中の羽を動かし、また光る粉を放った。
「またこれか!」
男たちは慌てて口元を覆い、片手で銃を撃つ。数発の弾丸が発射され、そのうちの一発が緑川の脇腹をかすめた。
「・・・・・・・・・・。」
緑川は少しだけ顔を歪め、脇腹を押さえる。傷口からは赤い血が流れ、床に染みを作っていった。
「撃て撃て!撃ち殺せ!」
通路の奥から、さらに仲間が現れる。
合わせて五人の男が、緑川に銃を向けた。
緑川がいったいどのように彼らと戦うのか、澄田は目を凝らして睨んでいた。
まず最初に動いたのは緑川った。
羽を動かし、鱗粉をばら撒く。しかし男たちは口元を覆いながら、銃を撃って反撃した。
すると緑川は高く飛び上がり、羽を動かして宙を舞う。
そして壁を蹴って、凄まじい速さで男たちに迫った
「撃て撃て!撃ち落とせ!」
怒号が響き、男たちは狙いを定める。すると緑川は軽く腕を振り、手にした武器を投げつけた。
それは茶色くくすんだナイフで、柄の部分に髑髏が付いていた。
そして髑髏の部分には糸が巻き付いていて、まるで鎖鎌のように男たちの間を一閃した。
「が・・・・ッ!」「ぎゃああああああ!」
茶色いナイフが二人の男の首を飛ばす。小さな血飛沫が上がり、周りの男たちの顔に飛び散った。
「うおおおおお!撃て・・・・殺せええええええ!」
男たちは引き金を引くが、緑川の動きの方が素早かった。
彼らが銃を撃つ前に、また鱗粉を飛ばしていたのだ。
口元を覆うことを忘れていた男たちは、まともにそれを吸い込んでしまう。
その場に膝をつき、胃袋がひっくり返るような嘔吐に襲われる。
そのうちの一人は呼吸困難になり、白目を剥いて痙攣した。
緑川は茶色いナイフでその男の首を落とすと、周りの男たちにも斬りかかった。
しかしここで奇妙な事が起きた。緑川の持っていた茶色いナイフが、まるで手品のように消えてしまったのだ。
これには緑川自身が驚いて、一瞬だけ動きが鈍る。
そこへ一人の男が飛びかかり、足にしがみ付いた。
「今だ!撃てええええ!」
まだ嘔吐している仲間に向かって、必死に叫ぶ。自分自身も胃液を吐きながら、「早く殺せえええええ!」と叫んだ。
すると緑川は、羽の付け根をゴソゴソと漁った。
そこから短い刃物を取り出し、足元にしがみつく男を斬りつけた。
「ぐが・・・・ッ。」
男は顔を真っ二つにされ、口から上が斬り飛ばされる。
「うおおおお!」
残った男は三人。誰もがパニックに陥り、青い顔で逃げ出した。
しかしただ逃げるだけでなく、本来の目的である緑川の射殺は忘れなかった。
激しい嘔吐に耐えながらも、振り向きざまに銃を撃つ。
しかし嘔吐による震え、さらに走りながらの射撃では、緑川を仕留めることは出来なかった。
なぜなら彼は、再び宙に舞い上がり、壁を蹴って突撃してきたからだ。
手にした短い刃物を、一番右の男に向かって投げつける。
「げえええ・・・・・・、」
刃は心臓を貫き、一撃で絶命させる。
「死ね!くたばれええええ!」
残った二人の男は、ありったけの銃弾を撃つ。
オートマチックの拳銃から何発も発射され、緑川の羽や肩を撃ち抜いた。
しかしどれも致命傷にはならず、すぐに弾は尽きてしまう。
緑川は一瞬で懐に迫り、先ほど投げた刃物を、男の心臓から抜き取った。
そして逃げようとする男に向かって、後ろから頭を斬りつけた。
「あ・・・があ・・・ッ」
男は頭から血を流し、崩れ落ちるように倒れていく。
最後に残った男は、「なんなんだお前えええええ!」と叫んだ。
「ふざけんなよ!この化け物が!!」
マガジンの交換を終え、銃を向ける。
しかし緑川は、素早く男の腕を切り落とした。そして口の中から、長い舌を伸ばした。
その舌は先が針のようになっていて、男の首に突き刺さる。
「う・・・ごッ・・・・・、」
男は血を吐き、今にも崩れそうによろめいた。
しかし気力で踏みとどまり、拳を握って殴りかかった。
『・・・・バカ。』
緑川はニヤリと笑い、針の先から毒を注ぐ。
「うぎゃあああああくぁああ!!」
大量の毒液を注がれ、男の顔は一瞬で茶緑に変色する。そして蛾のように大きな目玉になり、さらに顔中にびっしりと毛が生えた。
「痛い!痛いいいいいいい!」と喚きながら、蛾に変わってゆく顔を掻きむしる。
緑川は針を抜き、男を蹴り飛ばす。
そして腹を切り裂いて、どろりと内臓を放出させた。
「ぎゃ・・・・・は・・・・ッ」
男は膝をつき、「い・・・痛い・・・・・」と呻く。
「・・・す・・・すみ・・・・だ・・・・。こいつを・・・・殺せ・・・・緑川を・・・・殺せえええええ・・・・、」
最後の呻き声が、低くこもった雷鳴のようにこだまする。
そしてがっくりと項垂れたまま絶命した。
緑川は血のついた刃物を男のスーツで拭く。そしてゆっくりと後ろを振り返った。
『・・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・・・。」
遠くから見ていた澄田と目が合う。
緑川は、最初からそこに澄田がいたことを知っていたかのように、ニコリと笑った。
「・・・・・・・・・・・!」
澄田は咄嗟に隠れ、「バレてる・・・・」と息を飲む。
インカムを摘まみ、「聴こえる?」と部下に尋ねた。
「みんな見たわよね?あいつは人間じゃない・・・・化け物よ。」
そう言って立ち上がり、「こっちに気づいてるわ」と慄いた。
「多分私を狙ってる・・・・・。あの目・・・・間違いなく私を殺そうとしてる・・・・・。」
自分でも知らないうちに声が震え、唇が真っ青になっていた。
「半田さんが怖がってた理由が、これでよく分かった・・・・・。確かにこれは・・・・死神に睨まれてる気分だわ・・・・。」
緑川の殺気を肌で感じて、ようやく彼の恐ろしさに気づく。
ねっとりと、しかし鋭く突き刺さるようなその殺気は、骨の髄まで蝕んでいきそうなほどおぞましかった。
しかしそれと同時に、澄田は興奮していた。
「あんな奴初めて・・・・・胸が高鳴ってるわ・・・・。」
股の間に指を伸ばし、「もう濡れてる・・・」と笑った。
「彼に入れてほしい・・・・・でもダメ・・・・・。あいつはその前に私を殺そうとするから。」
そう言って二階まで逃げていき、階段の下で銃を構えた。
「いい?三階にはあいつの鱗粉が漂ってる。それに二階は三階よりも天井が低いわ。ここなら有利に戦える。」
インカムで部下にそう伝える。
そしてすぐに戦いのプランを立てた。
緑川の武器は全部で三つ。
嘔吐を引き起こす鱗粉に、高速で宙を飛ぶこと。そして異常なまでの切れ味を持ったあの刃物である。
《あいつの情報は頭に叩き込んである。きっとUMA化が進んで本当の化け物になったんだわ。それに手にしたあの武器・・・・・あれは「こっち」の武器じゃない。
化け物から預かった「向こう」の武器なんだわ。確か・・・・・首狩り刀。》
半田から教えられた緑川の情報を思い出し、すぐに頭の中で整理した。
《首狩り刀は人の首を落とすほどに強くなる・・・・。それでもって、生き物なら豆腐みたいに切り裂くんだったわね。
でも生き物以外は斬れない。だから服一枚でも来てれば防げるはずなんだけど、あいつはスーツの上からでも斬ってた。
ということは・・・・・あれは首狩り刀じゃないのかしら?最初に手にしていた刃物は途中で消えちゃうし、いったいどうなってるのか・・・・・?》
疑問は渦を巻き、緑川の持っている武器の事が気になった。
《でもどんなに切れ味の良い刃物でも、接近しなければ怖くないわ。でもあの緑川の事だから、どういう具合に攻撃してくるか分からない。
始めに使っていたナイフみたいに、糸を結んで投げて来るかも・・・・・。》
澄田はしばらく考え、またインカムを掴んだ。
「緑川は下には降りて来ないわ。三階で私たちを待ってるはず。」
そう言って階段の先を睨み、「自分が不利になる場所へは来ないと思う」と続けた。
「いくら化け物になったからって、武装した敵が何人もいる場所へはノコノコ来ないでしょ。あいつはけっこう用心深いと思うから。
だけど私たちがモタモタしていたら、あいつは外へ飛び出すはず。なんたって羽が生えてるんだから、いくらでも逃げ出しようがあるからね。
そして外に出て鱗粉をばら撒き、辺りを混乱させる。その隙に半田さんを手にかけるはずだわ。」
緊張した声でそう言い、「こっちから出向くしかないわね」と頷いた。
「緑川は私たちを待ち伏せしてるはず。あいつは私も殺そうとしてるから、しばらくは三階にとどまってるでしょう。でもそう長い時間じゃないわ。
だから・・・・捨て駒がいる。あなた達は、悪いけど捨て駒になってちょうだい。身を挺して私を守るの。」
その命令に、誰もNOとは言わなかった。至極当然のように黙って聞いている。
「緑川の射殺に失敗したら、それは半田さんの死を意味する。それはすなわち、私たちの死も意味するわ。
存在ごと抹消されようとしていた私たちを救ってくれたのは、半田さんよ。彼がいなければ私たちは生きていく術を無くす。
戸籍さえないんだから、一般社会に出ても生きていきようがない。どこかへ密入国でもして、逃亡者のように細々と生きるしかなくなる。
でもきっと、ここにいる誰もがそんな生き方には耐えられない。それだったら、戦って死んだ方がマシって・・・・みんなも思うでしょ?」
そう問いかけると、誰も答えなかった。しかし無言の返事こそが、了解の証であると澄田は分かっていた。
「いい?作戦はこうよ。まず樋口と下園が緑川を引き付けてちょうだい。なるべく目立つような形で攻撃するの。その身を奴の前に晒して銃撃をしかける。
そして山井と寺沢は、私たちのいる方へ来てちょうだい。こっちから上にあがって、樋口と下園が奴を引き付けてる間に、後方から支援するの。
緑川を挟み撃ちにするってわけね。そしてどうにか奴を取調室まで追い込んでちょうだい。」
そう言ってから、今度は傍にいる部下に語りかけた。
「衣笠と水元は、天井裏から取調室に向かって。そして奴が入って来たら、閃光手榴弾を投げ込むの。銃で天井に穴を空けるのもいいし、工作用の簡易爆弾でもいい。
とにかく取調室に追い込まれたあいつに、手榴弾を投げてほしいの。」
衣笠と水元は無言で頷く。
「あの狭い部屋に追い込んで、あいつの目と耳を奪う。手榴弾で音で目と耳が麻痺してる間に、全員で撃ち殺して。
でも多分・・・緑川は生き残る。あなた達が殺されて、奴だけが生き延びるはずだわ。」
いったん言葉を区切り、息をつく。誰もが黙って彼女の声を聞いていて、手にした小銃を握りしめていた。
「私は取調室の隣の部屋に入る。そこからマジックミラー越しに緑川を仕留めるわ。」
そう言って階段の前に立ち、「あなたたちは、命を捨ててでもあいつの注意を引き付けて」と繰り返した。
「どうも緑川は、相手の気配を察知する能力に長けているみたい。取調室にいる時、じっとこっちを見てたけど、あれは実際に見えてたわけじゃないわ。
隣にいる人間の気配を感じていたんだと思う。だけどあなたたちが命懸けで猛攻を仕掛けたなら、彼の注意力は散漫になるわ。
私が隣部屋に潜んでいても気づかないはず。そこからマジックミラー越しに奴を仕留める。」
澄田は腰に着いている小さな四角い箱に触れ、「これを使って奴を仕留める」と言った。
そこには鋼鉄の徹甲弾が入っていて、分厚い壁でも撃ち抜く威力を持っていた。
これを使って、ミラー越しに緑川の急所を狙うつもりだった。
「作戦が上手くいっても、生き残るのは私だけ。あなたたちはまず殺されるでしょう。だからこれが最後の通信ね。」
寂しそうに言って、「居場所が無い者同士、今まで支えてくれてありがとう」と微笑んだ。
「ここにいる誰もが歪な人間よ。親を殺したり、死刑が決まっていた囚人だったり、それに奇病のせいで素顔すらまともに晒せなかったり。
私だって、本当は一生牢屋の中だった。半田さんが拾ってくれなかったらね。」
そう言って、ヘルメットの裏側に張り付けた写真を見つめた。
そこには犬を連れた二人の子供が写っていた。写真は皺が走り、一部が破けているが、しっかりとヘルメットの裏に縫いつけられている。
「・・・・・自分で自分の子供を殺して、いったい何がしたかったのか・・・自分でも分からない。でも平穏な世界にいると、なぜか暴れたくて仕方なくなる。
きっと病気なんでしょうね。でも・・・そんな病気の犠牲にする為に、この子たちを産んだんじゃないのに・・・・・。私の頭がおかしくなければ、この子たちは今でも生きていた。」
目を細め、喉を鳴らして唾を飲む。そして涙腺が緩む前に、ヘルメットを被り直した。
「じゃあ行きましょ。モタモタしてると逃げられる。」
そう言ってインカムを切るのと同時に、二人の部下がこちらへ走って来た。
山井と寺沢が敬礼をして、銃を構えて先に上がっていく。
「下園達が攻撃を始めたら、あなた達も援護してちょうだい。」
二人は無言で頷き、首元から簡易マスクを伸ばす。そして階段の先へと駆けて行った。
澄田はその後に続き、三階へ上がると天上を睨んだ。
「衣笠。」
そう言うと、水元が衣笠を担ぎ、天井に工作用の小さな爆弾を仕掛けた。
そのまま少し待っていると、フロアの反対側から銃声が響いた。
タタタタタタ!と短い音が響き、やがて複数の銃声がそれに重なる。
衣笠は爆弾のスイッチを入れ、すぐに離れた。
天上に付けられた爆弾は、少し遅れてから爆発し、人が通れるほどの穴が空いた。
「行くわよ。」
澄田は部下に担がれ、天井裏に登る。二人の部下も後から登って来て、匍匐前進で目的の部屋を目指した。
天井の下からは激しい銃声が響いていて、部下たちが必死に戦っている様子が伝わって来る。
澄田は目的の場所まで急いた。頭の中で取調室までの位置を描き、正確にその場所まで到達する。
「私が先に入るわ。」
そう言って爆弾を仕掛け、天井に穴を空ける。そしてマジックミラーのある薄暗い部屋に降り立った。
しばらくすると、隣の部屋から小さな炸裂音が響き、吹き飛んだ破片がパラパラと落ちてきた。
澄田はミラー越しにその様子を見つめ、腰から徹甲弾のマガジンを取り出す。
通常の弾丸と付け替え、ミラーに銃口を向けた。
外では銃声が鳴り続けていて、時折部下の怒号が伝わって来る。
「苦戦してるわね・・・・・。」
おそらくここに緑川を押し込めるまでの間に、一人は死ぬだろうと考えていた。
そしてその予想通り、短く悲鳴が響いてから、銃声が一つ消えた。
それから少しして、また悲鳴が響く。銃声が消え、二名の部下の命が消えたことを悟った。
「・・・・先に逝っちゃった・・・・・。」
悲しそうに呟き、まるで家族を亡くしたかのような喪失感に襲われる。
足元から力が抜けそうになるが、感傷的になっている場合ではないと言い聞かせ、緑川が追い詰められるのを待った。
「お願い・・・・来て。」
強く願いながら、彼が隣の部屋へ現れるのを待つ。
するとその願いが通じたのか、緑川は宙を舞いながら部屋に駆け込んできた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十一話 公開殺人(2)

  • 2016.03.21 Monday
  • 14:42
JUGEMテーマ:自作小説
緑川は取調室にいた。
手足をきつく縛られ、さらに椅子に括り付けられている。
周りには半田の抱える兵隊たちがいて、取調室の外には自衛隊も控えている。
そして万が一に備えて、警察署の周りには機動隊も待機していた。
その中には自衛隊のジープもいて、小銃を持った隊員が警戒に当たっていた。
たった一人の人間に対して、ここまで厳重に警備をする。
これらは全て半田の指示した事だが、それは東山から話を聞いてのことだった。
東山は最も信頼できる部下の一人であり、その彼があそこまで悲観的になっていた。
それはすなわち、「向こう」という場所の危険性と、緑川という男の異常性を示していた。
「向こう」は放っておけば消滅するので、下手に手を出すつもりはない。
ミノリという悪魔のような化け物についても、この星から去ってくれるのであれば、やはり何もする必要はないと思っていた。
しかし緑川だけはそうはいかない。
テロのレベルで殺人を犯し、しかも幾度となく警察の威信に傷をつけた。
しかも警官や自衛官まで手に掛けていて、ただ死刑にして終わりというわけにはいかなかった。
この男が何を考え、何を思い、どういう方法で人を殺していったのか、自分の口で語らせたかった。
そして出来るだけ多くの情報を集め、その上で刑に処すか、利用するかを決めるつもりだった。
半田は思っていた。
緑川は明らかに普通の人間ではないと。
それはUMAになりかけている顔のせいではなくて、内面に宿るものが常人とは違っていると感じたからだ。
普通、たった一人で何百人も人を殺すことなど出来ない。
しかも東山があれだけ怯える「向こう」の世界で、銃や砲弾が効かない化け物たちを相手に、こうして今まで生き延びている。
アチェや首狩り刀の力があったにせよ、それは常人では無理なことだ。
だからこそ、使えるなら利用するべきだと考えていた。
しかしその判断を下す為には、彼自身の口から、彼のことを聞かねばらならなかった。
半田は取り調べ室の隣部屋にいて、マジックミラー越しに彼の様子を眺めていた。
取り調べに当たるのは半田の部下で、緑川を相手に幾つもの質問をぶつけていた。
その口調は丁寧だが、逆らう事が躊躇われるほどの迫力がある。
質問はあえて回りくどい言い方をせずに、ストレートにぶつけていた。
いつ頃人を殺し始めたのか?どのようにして犯行に及んだのか?UMAと最初に接触したのはいつなのか?「向こう」の存在を知ったのはいつなのか?
そもそもどうして人を殺すのか?人を殺した時、何を感じ、どのような事を考えているのか?
具体的な事から抽象的な事まで、事細かに尋ねた。
しかし緑川は何も答えなかった。ただ黙っているだけで、一切の質問に答えようとしない。
UMAになりかけた顔を動かして、ただ部屋を見渡しているだけだった。
マジックミラー越にそれを眺めていた半田は、注意深く彼を観察していた。
そしてこちらを向いた時、ふと目が合った。
マジックミラーなので、緑川から半田を見ることは出来ない。しかしそこにいるのが分かるかのように、じっと一点を睨んでいた。
「・・・・あれ、気づいてますね。」
隣に立つ部下が、後ろで束ねた長い髪を揺らして振り向く。半田は「だな・・・」と頭を掻いた。
「あいつの顔・・・・化け物みたいになってるが、もしかしてこっちが見えてるのかもしれない。」
「可能性はありますね。でも気づいたところで何も出来やしない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「半田さん?」
「警備をもっと厳重にしろ。」
「厳重って・・・・今でも充分に厳重ですよ。自衛隊までいるんですから。」
「いいから早く。それと取り調べは終わりだ。」
「もうですか?まだ何も聞き出せていませんが・・・・・、」
「口応えはいいからさっさとしろ。緑川を残して全員外へ出せ。」
「・・・・分かりました。」
半田の指示を受けて、部下はすぐに取調室の仲間に伝えた。
インカムで部屋から出るように指示を出し、警察署の警備も増やした。
半田は腕を組んで緑川を睨む。そして緑川もまた、マジックミラーの向こうから半田を睨んでいた。
「・・・俺を殺そうとしてやがるな・・・・・。」
半田はそう呟いて、背中に冷たい汗を流す。
「東山の言う通り、こいつは異常だ・・・・・。さっきから寒気が止まらん。」
腕には鳥肌がたち、それを抑え込むようにさする。そしてまた部下に指示を出した。
「狙撃班を用意させろ。」
「狙撃・・・・?奴を撃つんですか?」
「ああ。下手な動きを見せたら、すぐに射殺するんだ。」
「いや、しかしこのあと本庁に送らないと。その為に自衛隊のヘリまで出してもらうんですから。」
「いいから俺の言う通りにしろ。こいつは生かしておくべき人間じゃない。」
「半田さん・・・・・どうしたんです?なんか首まで鳥肌が・・・・・、」
「こんな奴初めてだ・・・・・・。壁越しに目が合ってるだけなのに、怖くて震えが止まらないんだよ・・・・。」
「そうですか?私は何も感じませんけど・・・・・。」
「俺を狙ってるんだ・・・・。俺だけに殺意を向けてやがる・・・・・・。」
そう言って震えながら息を吐き、「ここにいたら殺されるな・・・・」と部屋から出た。
「外に出る。モニターに繋げ。」
「分かりました。」
半田は足早に外へ向かう。そして署の駐車場に椅子と机を用意させ、そこにモニターを置かせた。
画面には取調室の様子が映されていて、緑川が退屈そうに座っていた。
「キョロキョロしてますね。」
先ほどの部下も外へ出て来て、半田の隣に座る。
「澄田、お前どう思う?」
「何がです?」
「こいつは俺を殺そうと企んでる。そして俺を殺したなら、ここにいる奴ら全員を殺す気だ。」
「無理ですよ、たった一人じゃ何も出来ない。」
「普通ならそうだろうな。でもこいつは普通じゃない。」
「そんなに怖いんですか?半田さんともあろう人が・・・・・、」
「なあ?いっそのこと警察署を爆撃するってのはどうかな?自衛隊のヘリかなんかで、全部吹っ飛ばしてもらうんだ。」
「半田さん・・・・それは・・・・、」
「分かってる・・・・そんな事は無理だって・・・・。でもな、俺は出来ることなら今すぐここから逃げ出したい。お前らを放り出して、装甲車の中にでも隠れていたい気分なんだよ。」
半田はますます震え、全身に鳥肌が立っていた。顔からは血の気が引き、まるで死刑に処される囚人のように怯えていた。
「きっと・・・・死神に睨まれるってこんな気分なんだろうな・・・・。逃げられない死がすぐ傍に迫ってる・・・・・。」
あまりに怯える半田を見て、澄田は小さく頷いた。
「分かりました、後は私が。半田さんはどこか安全な場所へ。」
「・・・・・いや、さすがにそれは・・・・・、」
「本庁へ戻って下さい。指示ならそこから出せばいい。」
「・・・・・・・・・・。」
「それとも私に任せるのは不安ですか?」
「・・・・そういう事じゃないんだ・・・・そうじゃない・・・・・。」
半田は頭を抱え、「クソ・・・・」と吐き捨てた。
「東山の言う通りだ・・・・・こいつは異常過ぎる・・・・・。化学兵器でも何でも使って、確実に葬らないといけない。」
「化学兵器って・・・・そんな物使えるわけないじゃないですか。恐怖のあまり冷静じゃなくなっています。ここは私に任せて・・・・、」
そう言いかけた時、モニターの映像に動きがあった。
椅子に縛られているはずの緑川が、突然立ち上がったのだ。
「な・・・・なんで?どうやって縄を切った!?」
「いや、縄だけじゃありません・・・・。手足の拘束具も・・・・・、」
「だからなんでだ!?金属なんだぞ?鋼鉄で出来てるもんを、どうやって切断したんだ!?」
半田は立ち上がり、机を叩きつける。
モニターの中の緑川は、硬い拘束具を切断していた。
手足を縛っていた金属が、オモチャのように床に転がっている。
「もういい!撃て!射殺しろ!!」
「半田さん!落ち着いて下さい!」
「いいから殺せ!そいつを生かしておくな!!」
半田はインカムに向かって怒号を飛ばす。すると警察署の傍を飛んでいたヘリから、ドアを開けて狙撃手が構えた。
さらに別の建物の屋上に待機していた狙撃班、そして警察署内にいる部下や自衛隊にも緊張が走った。
「撃て!確実に殺すんだ!」
「半田さん!」
「黙れ!何もしないと俺が死ぬ!その後はここにいる全員だ!」
半田の剣幕に圧され、澄田は黙り込む。モニターの中では緑川がドアに近づく様子が映っていて、手にした何かで鍵を切断しようとしていた。
「早くやれええええええ!!」
決してこの男を外に出してはいけない。半田の頭の中では、うるさいほどの警報が鳴り響いていた。
そしてそのすぐ後、緑川はドアを開けてしまった。それと同時にヘリの狙撃手が銃を撃ち、彼のいる部屋の窓ガラスを割った。
弾丸は緑川の首を狙っていたが、僅かに狙いが逸れる。
弾は彼の肩をかすめ、壁に穴を空けただけだった。
モニターでは緑川が肩を押さえる様子が映されていて、半田は半狂乱に叫んだ。
「何してんだ馬鹿野郎!どんどん撃て!署の外に出すんじゃない!」
命令を受けて、ビルの屋上に待機していた狙撃班が引き金を引く。しかし緑川は素早く逃げ出していて、仕留めることは出来なかった。
「何やってんだよお前ら!田舎の駐在所にでも飛ばされたいか!?早く殺すんだ!」
そう叫んで、「おい!」と澄田の肩を掴んだ。
「アイツを外に出しては駄目だ・・・・・分かるな?」
「はい。」
「署内には俺の兵隊が残ってる。お前が行って指揮を取れ。確実にあいつを仕留めるんだ。」
「分かりました。」
澄田はすぐに立ち上がり、護送車の中に向かう。そしてものの30秒ほどで、SATのように武装して出て来た。
そして彼女と同じように武装した男女が数名現れた。
「いいか澄田・・・・・死んでもあいつを殺すんだ。」
半田は彼女の肩に手を置き、自分の命を差し出してでも役目を全うしろと命令する。
澄田は「はい」と頷き、「自衛隊の方はどうしますか?」と尋ねた。
「彼らは私たちの指揮下にはいません。下手に動かれるとかえって邪魔なんですが。」
「そうだな・・・・指揮系統の違う部隊がいると面倒になるだけだ。しかし彼らがいないと・・・・・、」
「お言葉ですが、相手は一人です。それも戦闘訓練を受けていない、ただの素人です。」
「いや、しかし・・・・・、」
「あの男が異常な犯罪者だというのはよく分かります。一人で何百人も殺すだなんて、普通は出来ません。」
「・・・・・・・・・。」
「しかしあの男が手に掛けたのは、そのほとんどが民間人です。犠牲になった警官や自衛官も、不意を突かれただけです。
もし警察や自衛隊が本気で戦うつもりなら、あの男に成す術はありません。」
「・・・・そう・・・・だろうか・・・・・?」
「半田さんは、今は冷静ではなくなっています。普通に考えれば、私たちが一民間人に負けるなんてあり得ません。それはあなたがよくご存じのはずです。」
「ああ・・・・・。」
「特に建物内での戦闘という事に限れば、私たちは陸自の特殊部隊にも劣りませんよ。以前に非公式でやった模擬戦では、私たちは彼らを制圧することに成功しています。」
「恐ろしいな・・・・・。いや、自分で創った部隊に言うのもなんだが・・・・・、」
「だったら自分の部下を信じて下さい。緑川の確保はすぐに終わるでしょう。」
「違う!確保じゃなくて射殺するんだ!」
「・・・・・・・・・・。」
「お前たちの力量はよく知っているが、確保しようなんてしていたら殺されるぞ・・・・・。」
「しかし沢尻警部補は彼を捕まえました。一刑事に出来て、私たちに出来ないと?」
「いいから命令に従え!口応えする暇があったら、さっさと奴を仕留めて来い!」
半田は顔面を蒼白にしながら机を叩きつける。
澄田はまだ何かを言いたそうにしていたが、「分かりました」と頷いた。
「出過ぎた真似でした。命令通り彼を射殺します。」
「そうだ・・・・お前らの自慢の腕で奴を仕留めろ。自衛隊の方は、とりあえず建物から出てもらう。彼らには外を固めてもらおう。」
「そうして下さい。」
澄田は仲間を引き連れ、署の方へと向かう。
半田は顔面蒼白のまま、この場の自衛隊の責任者に声を掛けた。
「すまんがあんたの部下を外へ出してくれ。」
そう言われた陸自の指揮官は、「いいんですか?」と尋ねた。
「あの緑川って男、化け物と渡り合うような奴なんでしょう?とても警察だけで対処出来るとは思えませんが・・・・・、」
「俺もそう思う・・・・・。しかし澄田は特別だ。アイツの率いる部隊は、下手な軍隊よりよっぽど強いぞ。」
「知っていますよ。ウチの特殊部隊も模擬戦で制圧されましたからね。」
「だからアイツらに任せておけば大丈夫だ・・・・。」
「その割には顔が真っ青ですよ?」
「奴が死ぬまで安心出来ない・・・・まるで死神に睨まれてる気分なんだよ・・・・。」
「だったら尚のこと我々の協力が必要でしょう?」
「澄田の部隊はあんたらより強い・・・・。あいつらが負けるような事があれば、緑川を止めることは出来ん。」
そう言い返すと、指揮官は小さく笑った。
「それは間違いですよ。」
「何だが?そっちは澄田たちに負けた経験があるじゃないか。だったらこの場で最も強いのは奴らの部隊だ。そうだろう?」
「まあ確かに建物内での戦闘では引けを取りました。署内で戦うのであれば、彼女は活躍するでしょう。」
「ほら見ろ。いいからすぐにあんたの部下をどかせ。」
「出来ません。」
「なんで!?」
「模擬戦は模擬戦です。あくまで演習であって、実戦じゃない。それにあの時はこちらの装備も限られていました。」
「そうだとしても、あんたのとこの部隊は負けたんだ。」
「負けではありません。だって我々は生きていますから。」
「はあ・・・・?」
「死んだ時が負ける時です。だから模擬戦でいくら負けようが、それは次に活かす為の経験です。
それにいくら彼女たちが強くても、扱える火器は限られてる。ヘリや装甲車を使って戦闘なんて出来ますか?」
「戦いは建物の中だ!そんなもんは必要ない!」
「じゃあもし外へ出てきたら?」
「外へ出て来たなら、あんたらにお願いするしかない。しかし今は署内での戦いを・・・・・、」
そう言いかけた時、警察署から銃声が響いた。
「始まったか!?」
「拳銃の音ですね。」
指揮官は表情を曇らせ、「これマズイな・・・・」と呟いた。
「何だが!?」
「明らかに混乱してますよ。手当たり次第に発砲している音です。おそらく緑川の方が上手なんでしょう。」
「な・・・・なら・・・澄田たちが負けるというのか?」
「彼女たちの装備はもっと良いはずです。拳銃で応戦しているってことは、別の警官でしょう。」
「ということは・・・・俺の兵隊か・・・・・、」
「おそらく澄田さんたちは、この混乱に紛れて緑川を囲む気でしょう。」
「味方を囮にしてか?」
「あなたの兵隊とやらがどれほどのものか知りませんが、彼女は役に立たないと判断したんじゃないですか?だから囮に使って、優位に戦いを進めようとしている。」
「アイツ・・・・相変わらずの成果主義だな・・・・。いくら違う部隊だからって、味方を囮にだなんて・・・・、」
「普段はとても女性らしい人なんでしょう?戦いになると変わるようですね。」
「ああ・・・・・。あいつも相当ぶっ飛んでるところがあるからな。しかし頭は良いし腕もある。欠点は成果を重視し過ぎて、やり過ぎてしまうことくらいか。」
「使えないですよ、そんな兵隊。腕があっても、人格に問題があるなら駄目です。自分なら絶対に部下に欲しくないですね。」
「負けた嫌味か?」
「違いますよ。やり過ぎてしまうような人間なんて、使い物にならないと言っただけです。現に彼女は優れた腕を持ちながら、SATには抜擢されなかったんでしょう?」
「ああ。SATで隊長を務めているのは東山って男だ。腕は澄田より劣るが、人格的には申し分ない。」
「ならそういう人の方が兵隊に向いてますよ。だいたい彼女の部隊って、問題のある人ばかりでしょう?
本来ならSATになるはずだったのに、人格的に破綻してるところがあるから、入れてもらえなかったって聞いてますが?」
「それで間違いない。しかし腕はあるから、俺が面倒みてやってるんだ。」
「・・・・要するにあなたの部下は問題児だらけってことだ。面倒見てるといえば聞こえはいいけど、誰も欲しがらなかった不良債権を背負わされてるだけじゃないですか?」
そう嫌味を飛ばすと、半田の目の色が変わった。
「おいお前・・・・誰にもの言ってるか分かってるのか?」
そう言って高圧的に睨みつける。
「俺がそっちに影響力がないとでも思うか?お前を降格させることくらいわけないんだぞ?」
「へえ、そうですか。」
「なんだその目は?出来ないとでも思ってるのか?」
「いや、顔面蒼白の怯えた顔で言われても、説得力がないなと思いまして。」
「・・・・・お前・・・・名前は鏑木だったな?」
「はい。」
「覚えとくよ、名前と顔と階級、それに所属。一か月後には、階級と所属は変わってるだろうがな。」
「それ、あなたが生きてたらの話でしょ?死ぬ死ぬって怯えてるのに、一か月後の話をされても・・・・・。」
「もういい。この件の最高責任者は俺なんだ。その指示に従わず、もし緑川を逃がしてしまったなら、それはお前の責任だ。何かあっても警察に非はない。」
「だからお好きに。」
鏑木は軽く笑い飛ばす。半田は殺気の籠った目で睨み、すぐにモニターの前に座った。
「澄田。」
インカムで語り掛けるが、返事はない。もう一度呼びかけても、うんともすんとも言わなかった。
「なんで応答しない?まさか緑川と戦ってるのか?」
警察署からはまだ銃声が聞こえていて、辺りは緊張感に包まれている。
半田は腕を組み、立ち上がって署を睨んだ。
しばらくすると、銃声はピタリとやんだ。先ほどまでのうるささが嘘のように、空気が静まり返る。
「銃声がやんだってことは、緑川を射殺したのか?」
期待を込めた目で見つめていると、すぐに新たな銃声が響き渡った。
それは先ほどの音とは違って、小刻みに連続するような銃声だった。
「これは小銃の音・・・・・今度は澄田たちが戦ってるのか・・・・・。」
そう呟いて、背筋が寒くなった。
拳銃の音がやんだ時、自分の部下が緑川を仕留めたのだろうと思った。
しかし澄田たちの銃声が響くということは、緑川はまだ生きている。
そして拳銃を撃っていた部下たちは、全員殺されてしまったのだろうと思った。
「・・・・・いや、違う・・・・。弾切れを起こして撤退しただけだ。殺されてるなんてことは・・・・・、」
そう呟くも、半田には分かっていた。おそらく部下は生きていないだろうと。
「・・・・緑川は・・・・・異常だ・・・・・。もう澄田たちに懸けるしかない・・・・。」
小銃の音は複数に重なり、何丁もの銃が火を吹いているのが分かる。
そしてしばらく遅れてから、大きな音と共に窓ガラスが割れた。
「なんだ!?どうしたんだ!!」
窓の割れた部屋からは、激しい光が漏れている。
そしてまた爆音が響き、別の部屋の窓も割れた。
「閃光手榴弾か!?」
半田は息を飲んで見守る。すると手榴弾の音に続いて、また銃声が響いた。
複数の小銃の音が重なり合っているが、だんだんと音の数が少なくなっていく。
「なんだ・・・・なんなんだ・・・・・?中はどうなってる!?」
モニターの映像を見てみると、何も映っていなかった。
「手榴弾で壊れたのか・・・・・?」
モニターから目を離し、また建物を見上げる。
すると先ほどよりも銃声の音が少なくなっているのに気づき、「また・・・・、」と慄いた。
「どんどん銃声が消えていっている・・・・。そんな・・・・そんな事が・・・・・、」
頭の中には最悪の事態が浮かび、一刻も早くここから逃げ出したかった。
しかし離れた所には鏑木が立っていて、こちらに視線を送っていた。
「あいつ・・・・こうなる事が分かってたのか・・・・・・。」
悔しそうに唇を噛み、「クソ!」と椅子を蹴り飛ばす。
「おい!」
大声を上げながら、鏑木の方へと近づく。
「中はどうなってる!?」
「銃声が少なくなっています。」
「んなこたあ分かってる。なんで少なくなってるのか聞いてんだ!」
「弾切れではないでしょうね。もしそうならまた銃声が増えるはすだから。」
「なら・・・・・殺されたってのか・・・・・?」
「・・・・何とも言えません。しかし良くない状況なのは確かです。」
「じゃあどうすりゃいい!?このままだとあの野郎は外へ出て来るぞ!」
「部下に指示を出しました。今は全ての出入り口を固めています。もし何かあったらなら、すぐに知らせるでしょう。」
「お前らは・・・・・奴を止められるのか?」
「いえ、手持ちの武器じゃ難しいでしょう。だから応援を要請しました。」
「応援・・・・・?」
「もうじき戦闘ヘリが二機やって来ます。それと戦車も。」
「本当か!?」
「他にも増援が来ます。」
「どれくらい。」
「小隊が二つ。それと・・・・・化け物が。」
「は・・・・?化け物?」
「ええ、化け物です。」
「・・・・・・・・・・・・。」
半田は口を開けて固まる。「化け物って・・・・なんだよ?」と呟き、鏑木と署を交互に睨んだ。
「おい!化け物ってなんだ!?」
「実はですね、ウチの仲間も「向こう」に行ってるんですよ。」
「知っている。陸自の特殊部隊だろう?まだ「向こう」に残されてるはずだが・・・・・。」
「いや、帰って来ました。」
「そうなのか!?」
半田は目を見開いて驚く。
「ということは・・・・・沢尻も?」
「いえ、戻って来たのはウチの隊員だけだそうです。ついさっき連絡がありましてね。」
そう言ってジープの無線機を手に取った。
「無事に戻って来たそうです。しかし・・・・・帰って来たのは一人だけです。」
「一人だけ・・・・・?」
「他の隊員は、化け物によって殺されたとのことです。」
「・・・・・・・・・・。」
「戻って来た隊員の話によると、ほぼ一方的にやられたそうです。自分だけ生きているのが不思議なくらいだと。」
「なら・・・・・沢尻も・・・・・、」
「いや、彼は生きてるそうです。墓場の主のケントって奴が助けてくれたそうで。」
「墓場の主・・・・沢尻の報告にあったな、そういう奴がいると。」
「そいつのおかげで、沢尻さんは助かったそうですよ。そしてそのまま連れ去られたそうです。」
「さらわれた?誘拐ってことか!?」
「どうもそういう感じではないようです。むしろ彼を守っていたそうですから。」
「そうか・・・・・生きてることは生きてるのか・・・・・。」
半田は「よかった・・・・」と安堵する。
「しかし・・・・・そっちは喜んでられんな。戻って来たのが一人だけとは・・・・・。」
「ええ、まったくですよ。出来ることなら、今すぐ仲間を殺した化け物を捻り潰してやりたい。」
鏑木は初めて表情を曇らせた。目に殺気を宿し、まるで猛獣のように険しい顔を見せる。
「それでね、戻ってきた隊員が言うには、「こっち」にも化け物がいるそうで。」
「どういうことだ?」
「ウチの隊員を「こっち」に送り返してくれたのも、墓場の主なんだそうです。そしてそいつがこう言ったそうですよ。「こっち」に戻ったならば、沢尻の娘に協力を頼めと。」
「沢尻の・・・・娘?」
「ええ。沢尻さんの娘さん・・・・化け物にさらわれていたんでしょう?」
「ああ、自宅のマンションの前でな。しかしいくら捜しても見つからなかった。」
「そりゃそうでしょ。「向こう」に連れて行かれてたそうですから。」
「それは予想していたが、しかし戻って来ているとは知らなかった・・・・・。」
「墓場の主が帰してくれたんです。そして生き残ったウチの隊員に、彼女に協力を仰げと指示した。これがどういう意味か分かりますか?」
鏑木は殺気の宿った目を向ける。半田はその視線を受け止め、「まさか・・・・、」と呟いた。
「沢尻の娘が化け物ってことか?」
「んん〜・・・・半分だけ正解ってところですね。」
「おい、クイズやってる場合じゃないんだ。」
「すみません。実は沢尻さんの娘さん・・・・早苗さんと言うんですか?彼女にも化け物が憑いているらしくて。」
「はあ?」
「ほら、人間と手を組んだ化け物のことを、パートナーって呼ぶんでしょう?そのパートナーが、早苗さんにもいるそうなんです。」
「馬鹿を言え!なんで沢尻の娘にそんなもんが・・・・・、」
「これも墓場の主のせいだそうです。」
「何?」
「墓場の主が、早苗さんに化け物のパートナーを与えたんだそうです。」
「なんで!?」
「万が一の保険だそうです。」
「保険・・・・・?」
「墓場の主は、ある事を危惧していたそうでね。「向こう」の世界が、「こっち」の世界に大きな被害を与えるかもしれないって。」
「何を言ってるんだ!被害ならとっくに出てる!緑川に三崎信、それにウチの身内も・・・・・化け物からもらった武器で殺人を犯していた。」
「ああ、それ聞いてます。死んだんでしょ、その人。」
「ああ・・・・化け物に殺されたそうだ。だから被害ならとっくに出てるんだ。そのせいで警察署でドンパチやってんだから。」
署内からはまだ銃声が響いていて、時折手榴弾の音も響いていた。
「そうですね、被害ならとっくに出てる。でもね、この先もっと大きな被害が出ますよ。
緑川は墓場の主の予想以上に、「こっち」に悪影響を与えてるんです。それがどんどん膨らんでいく。そうなったらまさに本物の死神ですよ。」
「しかし・・・・沢尻の話では、墓場の主は緑川を利用していたと・・・・・、」
「認識が甘かったと言っていたそうです。今まで誰もここまでの悪影響はもたらさなかったと。緑川だけが異常なんです。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「人間も化け物も、「向こう」に関わる者は、基本的には「こっち」にそこまでの興味は示さないんだそうです。
なぜなら「向こう」には自由があるからです。「こっち」のように複雑な社会ではないし、力があればそれなりに自由に生きていける。
だから「こっち」で暴れるメリットなんて無いはずなんです。でも緑川だけが違った。
損得勘定ではなくて、恐ろしいほどの異常性で殺意を振り撒いている。だから墓場の主はそれを危惧したんだそうです。」
「なら・・・・そうなった時の為に、沢尻の娘に化け物を与えたと。」
「だそうですよ、戻って来た部下から聞いた話ですが。」
「なるほどな・・・・それで保険か。」
「墓場の主ってのは、ある程度の人格者なんでしょうね。自分が蒔いた種だから、自分で刈りたいんでしょう。
でも自分は「こっち」には来られないそうだから、早苗さんに託した。」
「なら・・・・沢尻の娘とその化け物が、もうじきここへ到着すると?」
「ええ。彼女はヘリで運ばれてきますから、あと2、3分じゃないですか?」
鏑木は時計を確認し、「もうじきヘリの音が聴こえてくるはずですよ」と言った。
半田は目を閉じ、「なら緑川は・・・・なんで俺を狙ってるんだろうな?」と尋ねた。
「あいつが頭のイカれた殺人者である事は分かる。でもなんで俺に目を付けた?」
「それはきっと、あなたがここで一番偉いからですよ。」
「奴は・・・・俺が責任者だと見抜いたと?」
「ほら、動物って誰が一番強いかすぐに見抜くでしょう。だから緑川も同じなんじゃないですか?きっとそういう獣染みた嗅覚があるんでしょう。」
「・・・・俺がボスだから、まず俺を殺すと?」
「ええ。」
「そうすりゃ全体の士気が下がるから?」
「多分。」
「あいつはイカれてるけど、ある意味では冷静なんだな・・・・。」
「でしょうね、馬鹿ではない。・・・・いや、馬鹿っちゃあ馬鹿だけど、考える脳ミソを持ってる。」
「・・・・・今すぐ辞職したい気分だ。」
そう言って何もない空に目をやった。
「澄田たちは・・・・・負けるだろな。」
「だと思いますよ。」
「俺も・・・・殺されるくらいなら辞表を出そうか・・・・。」
「お好きに。でもすぐには無理です。もうヘリの音が聴こえてきましたから。」
鏑木は西の空を睨み、遠くに映るヘリのシルエットを指した。
半田もそれを見つめ、「化け物のご到着か」と皮肉っぽく笑った。
「死神を退治するには、化け物をぶつけるのがちょうどいいかもしれん。しかしその化け物まで負けてしまったら、その時はどうするんだ?」
「さあ?」
「・・・・・・・・・。」
「逆に聞きますけど、どうしたらいいんですかね?」
「すかした顔してるけど、お前も追い詰められてるな。」
「追い詰められてるのは、ここにいる全員ですよ。そして俺たちが殺されてしまったら、他の人間が追い詰められていくだけです。」
「やっぱり辞職しようか・・・・・。」
肩を落としながら、本気で警察を辞めようかと考える。
するとその時、うるさく響いていた銃声が、ピタリとやんだ。
そして一瞬遅れてから、「ぎゃあああああああ!!」と甲高い悲鳴が響いた。
「澄田・・・・・・。」
半田は息を飲んで後ずさる。すると鏑木の持っている無線に連絡が入ってきた。
「・・・・・ああ、そう。分かった。すぐに撤退しろ。」
そう言って銃を構え、ジープに乗り込んだ。
「出て来たのか?」
「西口のドアの先に、緑川らしき人影が見えたと。」
「いよいよか・・・・・・。こんな事なら、東山の言う通りさっさと殺しておけばよかった。」
「殺そうとしたら、その時点であなたが殺されていたでしょうね。」
「もういい・・・・何も聞きたくない。」
半田はじっと西側の入り口を見つめる。すると署を囲っていた自衛隊が、足早に戻って来た。
現場に緊張が走り、その緊張を煽るようにヘリの音が近づいて来る。
警察署の西のドアが開き、ゆっくりと緑川が現れた。

グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第五十話 公開殺人(1)

  • 2016.03.20 Sunday
  • 13:34
JUGEMテーマ:自作小説
「東山!」
ドッペルゲンガーに運ばれて「向こう」に戻ると、大勢の警官や機動隊が待っていた。
麓の橋の向こうに、ズラリと並んで待機している。
その中で、制服を着た薄毛の男が、小走りにやって来た。
「無事か!?」
駆け寄るなり心配そうに尋ねる。しかし東山の横に立つ男を見て、「なんだこりゃあ・・・・・」と息を飲んだ。
「それ・・・・人間か?それとも化け物か?」
UMAになりかけた緑川を見て、一歩後ずさる。
すると東山は「夜明けの死神です」と押し出した。
「こいつが・・・・・・、」
「沢尻が命懸けで捕まえました。」
「あいつ・・・・・やってくれたか。」
男は嬉しそうに言って、薄くなった頭を撫でた。
「で、沢尻は?」
「死にかけています。」
「何?」
「化け物の毒牙に掛かり、死ぬ寸前です。」
「ならお前たちだけ戻って来たのか?」
「はい。しかし「向こう」にいる仲間は、こいつが運んでくれますよ。」
そう言ってドッペルゲンガーに目配せをした。
ドッペルゲンガーはその視線を受けて、ゆらりと揺れる。そしてまた「向こう」へと消えていった。
「・・・・みんな無事なんだろうな?」
「自衛隊員が一人死にました。馬鹿デカイ蜘蛛の糸に巻かれて、焦ってミサイルを足元に・・・・・、」
「ここじゃなんだ。向こうで詳しく聞かせてくれ。」
薄毛の男は踵を返し、橋の向こうへ戻っていく。そして途中で立ち止まり、早く来いという風に睨んだ。
「詳しくか・・・・。いったいどう説明したらいいのやら。」
東山はうんざりしたように首を振る。すると緑川が「俺が説明してあげようか?」と笑った。
「あんたより俺の方がよく知ってる。話してあげようか?」
「そんなに焦らなくても、いずれ嫌だってくらいに喋らされる。」
「ああ、取り調べってやつ?」
「そうだ。何もかも喋ってもらう。でなければ、沢尻が命懸けで捕まえた意味がない。」
「でもアイツが死にかけたのって、俺を捕まえた後だよ。別に命懸けじゃないんじゃん。」
「お前の減らず口に付き合う気はない。いいからとっと歩け。」
腕を捩じり上げ、強引に引っ張っていく。
一緒に戻って来たSATの隊員も、緑川の横にしっかりと張り付いていた。
橋の向こうには多くのパトカーが止まっていて、護送車もあった。
そしてよく見ると、機動隊の列が並んだ向こう側に、自衛隊の装甲車やジープまで並んでいた。
頭上にはヘリまで飛んでいて、迷彩服を着た隊員も大勢いる。
多くの隊員が小銃を構え、山の方を睨んでいた。
「日本の光景とは思えんな。戦争でも始まるようだ。」
そう言って緑川を引っ張り、護送車に乗り込もうとした。
するとドッペルゲンガーが戻って来て、残っていたSATの隊員を吐き出した。
「俺の部下は全員帰って来たか・・・・。陸自の方は無事だろうか?」
不安そうに呟き、部下を運んで来たドッペルゲンガーを見つめる。
「相当疲れてるな・・・・・。こりゃあしばらくは運べないかもしれない。」
ドッペルゲンガーはぐったりと項垂れ、そのまま陽炎のように消えてしまった。
「これ以上運ぶのは無理か・・・・。」
悔しそうに呟き、「向こう」に残してきた仲間を思う。沢尻も自衛隊も、どうか無事でいてくれと願いながら、護送車に乗り込んだ。
先に乗り込んでいた薄毛の男は、一番奥の座席に座っていた。
その周りにはスーツを着た数名の男が立っていて、鋭い目でこちらを睨んでいる。
「緑川を
薄毛の男が手を向ける。
東山は頷き、「何するか分かりません、くれぐれも気をつけてくれ」と注意した。
スーツの男たちの中から、白髪交じりのガタイの良い男が出て来る。
そして何も言わずに緑川を受け取り、他の男たちと一緒に護送車を降りていった。
「なあアンタ。俺はまた「向こう」に行くからさ、あんたも来てよ。沢尻と一緒に殺してやるから。・・・・あ、でもアイツはもう死んでるか。」
外から緑川の声が聴こえ、ゲラゲラと笑い声が響く。
東山は舌打ちをし、薄毛の男の向かいに座った。
「聞くことだけ聞いたら、あいつはすぐに殺した方がいいかもしれません。」
そう助言すると、「そうはいかん」と返された。
「せっかく沢尻が捕まえたんだろう?奴は裁判にかけさせる。」
「それまで大人しくしていないですよ、アイツは。下手すりゃさっきの男たちが皆殺しなんて事にもなりかねません。」
「それは無い。」
「公安でしょ、奴ら。」
「いや、違う。俺が個人的に抱えてる兵隊だ。」
「半田さんの兵隊?」
「昔な、SATと公安を兼務したような特殊部隊を創ろうとしたんだ。まあ色々あって頓挫したんだが、それなりに使えるんで置いてる。」
「ああ、アメリカのNSCのような?」
「まあそんな所だ。情報の収集と武力の行使。一緒に出来るならお得だろう?」
「日本じゃ無理ですよ。」
「日本にもNSCのような機関があればなあ・・・・。そうすりゃ今回の件だって、わざわざ自衛隊が出張るまでもなかったんだ。
警察だけで解決できたかもしれないのに、なんとも情けない。」
「それこそ無理ってもんです。申し訳ないが、半田さんは「向こう」がどういう場所か知らない。もし日本版のNSCがあったって、奴らには通用しません。」
「それほど「向こう」はおっかない場所か?」
「ええ。あの化け物どもと戦うには戦車が必要ですよ。武器じゃなくて兵器がいる。」
「それほど恐ろしいのか、「向こう」の化け物は?」
「機関銃の集中砲火でもビクともしなかったり、迫撃砲の直撃を受けてもピンピンしてるような怪物がいるんです。
どうにか戦車や戦闘ヘリを持ち込めるといいんですが・・・・、」
「まさか。いくら化け物ったって生き物なんだろう?砲撃で死なないなんて・・・・、」
「私はこの目で見ました。あれは俺たちの想像を超えていますよ。」
「それじゃ化け物というより怪獣だな。」
「ええ、まさにそうです。そして緑川は、そんな怪獣どもを相手に戦っていたんです。そして今まで生き延びている。これが何を意味するか分かりますか?」
「・・・・俺の兵隊が皆殺しにされて、緑川は逃げると?」
「皆殺しにされる所までは合っています。しかし奴は逃げないでしょう。緑川は警察を敵だなんて思っちゃいけない。
「向こう」であんな化け物どもと戦ってたんだから、俺たちなんて恐れる相手じゃないんですよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
東山の真剣な言葉、そして真剣な視線に、半田は薄くなった頭を掻いた。
そしてケータイを取り出し、誰かと連絡を取り合った。
手短に話し、すぐに切る。
「今のところは大人しくしてるそうだ。」
「今のところはね。でもいつ暴れるか分かりません。決して下手な刺激をしない方がいい。」
「分かってる。署に送るまでは、自衛隊の車両に付いて来てもらうように言った。本庁に送る時も、ヘリか飛行機で運んだ方がいいかもしれんな。」
「その時は俺も同行しますよ。そして聞くことだけ聞いたら、すぐに死刑にしちまえばいい。それが一番確実で安全な方法です。」
そう結んで、「でも今は他にやる事がある」と眉間に皺を寄せた。
「沢尻も陸自の特殊部隊も、まだ「向こう」に残されています。早く助けに行かないと。」
「そうだな・・・・。しかし迫撃砲も効かん化け物がいるんだろう?だったら本当に戦車を運ぶ気か?」
「出来ればそうしたいが、それは無理でしょう。ドッペルゲンガーはひどく疲れていますし、さすがに戦車は運べません。」
「だったらどうする?」
そう尋ねられて、東山は少し考えた。そしてある事に思い当たり、こう答えた。
「・・・・・化学兵器なら通用するかも・・・・。」
「化学兵器?」
「ええ、奴ら毒なら効くかもしれません。現に「向こう」には毒を飛ばす槍や、毒を持つ化け物がいました。
そういうモノが存在するということは、化け物相手に毒が有効という証拠かもしれない。」
「毒・・・・か。」
「あ、ちなみに毒を持った化け物ってのが、迫撃砲さえ効かなかった奴なんですがね。そいつの毒は、触れただけで即死するような代物らいしいです。」
「らしいって何だ?曖昧だな。」
「沢尻からの情報ですよ。奴はアチェから色々聞いていますからね。ちなみにその化け物はオボゴボって奴です。」
「なんとも間抜けな名前だな。とても強そうには思えん。」
「近くで見たら、大の大人でもちびりますよ。」
「なるほどな・・・・毒か。悪いアイデアじゃないかもしれんな。」
半田は腕組みをして、じっと天井を仰いだ。
その目は険しい色をしていて、あらゆる感情を含んだ複雑な眼差しだった。
「しかしなあ・・・・・化学兵器を使うとなると、これは戦車どころではなくなるぞ?」
「しかし戦車や戦闘ヘリは「向こう」へ運べない。だったら手で持って行ける武器が必要です。」
「手持ちで化け物を殺せる武器か・・・・・。となると、やはり毒ということになるわなあ。」
「砲弾やミサイルに毒を詰めて、それで仕留めるんです。なんなら銃の弾丸でもいい。例えば麻酔銃の弾を、毒に詰め替えるんです。そうすりゃ心強い武器になる。」
「しかし化学兵器は扱いが難しい。下手をすれば味方にまで被害が出るぞ?」
「通用しない武器を持って行っても意味がありません。それこそ化け物に殺されるだけです。」
「物理的な力では倒しにくいわけか・・・・・。」
「そうです。もし毒以外に奴らを殺せる武器があったとしたら、首狩り刀のような特殊な代物だけです。しかしその首狩り刀はもうない。」
「ない?どうして?」
「敵に奪われました。それに沢尻のパートナーだったアチェもさらわれた。」
それを聞いた半田は、ますます複雑な表情になった。腕組みをしたまま天井を睨み、ポツリとこう呟いた。
「悪い方へばかり転がってるな・・・。」
そう言って東山に向き直り、射抜くような視線で睨んだ。
「いったい「向こう」で何があったのか、詳しく教えろ。今後を決めるのはそれからだ。」
「分かりました。まず「向こう」へ行った俺たちは、いきなり化け物どもに襲われました。そこへ怪人が援護に入ってくれて・・・・・、」
「な・・・・なんだって?怪人?」
怪人という言葉に反応して、半田は思わず聞き返す。
「ええ、怪人です。ペケという不気味な奴ですよ。」
「・・・・怪人・・・・・。」
オウム返しに呟き、「怪人・・・なんとまあ・・・・」と難しい表情で唸った。
「信じられないのは分かりますが、これは事実なんです。」
「いや、疑ってるわけじゃないんだ。ただお前の話を聞いてたら、妙に気が滅入ってきてな・・・・・、」
「立場が逆なら、俺も同じ事を言うでしょう。でも今は説明が先です。」
「ああ・・・・・。」
狼狽する半田に向かって、東山は丁寧に説明をしていく。
そして全ての話を終えた頃、半田はすっかり放心していた。
「・・・・・・・・。」
言葉を失い、とてもではないが信じられないとい風に息をつく。
そして「勘弁してくれ・・・・」と首を振った。
「俺たちは犯罪者を捕まえるのが仕事なんだ。化け物の退治なんて給料に含まれてないぞ。」
「それは俺だって同じですよ。でも誰かがやらなきゃなりません。」
「いや、そうでもなかろう。そのミノリとかいう化け物は、この星から飛び去るつもりなんだろう?」
「そう言っていました。」
「そして「向こう」の世界を消していくと?」
「ええ。」
「なら何もしなくてもいいんじゃないか?放っておいても脅威は去るんだ。「向こう」に兵隊を送り込んで、無駄な犠牲を出す必要はないだろう?」
「なら沢尻たちを見捨てると言うんですか?」
東山の声に険が宿る。僅かに身を乗り出し、その言葉を訂正しろという風に睨んだ。
「あいつらは命懸けで戦っています。それを見殺しにすると言うんですか?」
「そう怒るな。」
「怒らない方がおかしい。」
「気持ちは分かる。俺だって仲間は助けたい。」
「ならそうして下さい。半田さんの立場なら、それが出来るはずだ。」
「買いかぶるな。「向こう」へ行くとなると、化学兵器が必要になる。そうなれば、これはもう俺の手に負える事じゃなくなるんだ。」
「でも進言は出来る立場です。」
「進言は出来ても、誰も納得のしない進言だよ。放っておけば脅威は去る。ならばそれに越したことはないだろう。」
「しかしまだ「向こう」には・・・・・、」
「分かってる。しかし沢尻も刑事だ。自分が犠牲になって平和を守れるんなら、それは本望だろう。
それに自衛隊の連中だって、同じ気持ちのはずだ。奴らは外敵から国を守る為にいるんだからな。自分の命でこの国が守れるというのなら、異論はないはずだ。」
「何を言ってるんですか!刑事も自衛隊も、化け物と戦うことなんて仕事に含まれてませんよ!半田さんがさっきそう言ったじゃないですか。」
「それはそうだが、リスクの大きい方を選ぶわけにはいかない。それに化学兵器の使用許可など下りるはずがないだろう。
もしもそんな事がバレてみろ。ただでさえ警察の信用が失墜してるってのに、今度は井戸の底まで落ちてしまう。やらない方がいい。」
「責任を被るのは警察だけじゃない。自衛隊も政府も同じです。国を守れる立場にある人間が、分担して責任を負う覚悟がなければ、沢尻たちは助けられない。」
「そうだな、お前の言うとおりだ。しかしそれは理屈だ。現実はそうはいかない。」
「そんな事は百も承知です。だから半田さんに頼んでるんだ。あんたなら、少しでもその現実を動かせる立場だから。」
「だからそれは買いかぶり過ぎだと・・・・・、」
「お願いします!沢尻たちを見殺しにしないで下さい。何もかも押し付けて終わるなんて、それでいいはずがない!」
東山は拳で椅子を叩きつける。
すると半田はため息をつき、「お前・・・・沢尻に感化されたんじゃないか?」と呆れた。
「あいつの正義感がうつったか?」
「そうかもしれません。」
「なら危険だな。一刑事ならともかく、SATの隊長としては不適格だ。」
「ならクビにすればいい。しかしそれは、沢尻たちを助けた後にして下さい。」
「今すぐお前の任を解くことも出来るぞ?」
「したいならすればいい。」
「本気か?」
「・・・・どっちにしろ、この件が終わったら辞職しようと考えていました。」
東山は憂いのある声で言う。眉間に皺を寄せ、疲れたようにため息をついた。
そんな彼の表情を見て、半田も真剣になる。
「辞職というのは、前から考えていたのか?」
「・・・・自分の無力さを痛感しました。」
「無力さって・・・・まさか化け物相手にか?」
「ええ・・・・・。」
「お前は馬鹿か?化け物退治なんて俺たちの仕事じゃないってのは、さっきお前が言ったことだぞ?だったらなんで落ち込む?」
「なんでって・・・・半田さんだってさっき言ったじゃないですか。理屈と現実は違うと。俺は「向こう」で、まざまざとその現実を見せつけられた。
今まであんな化け物どもが蠢いていたのに、俺たちは何も知らなかったんです。もし奴らが「こっち」へ押し寄せたら、いったい俺たちに何が出来ますかね?」
「何って・・・・それこそ簡単じゃないか。戦車なり戦闘機なりで駆逐すりゃいいんだ。わざわざ「こっち」へ来てくれるなら、いくらでも戦い様がある。」
「そうですね・・・・。しかし奴らを駆逐する前に、いったいどれほどの犠牲が出るか・・・・。」
「そう落ち込むな。「こっち」には大勢仲間がいる。兵器だってたんまりあるんだ。お前一人で戦うわけじゃないんだから。」
「そうでしょうかね?」
「そうだろう。違うことなどないはずだ。」
「戦う覚悟を持った人間なら、そうも思えるでしょう。しかしそうでない人たちはどうなりますか?
あんな化け物どもが押し寄せたら、誰だってパニックになる。そんな現実に、いったいどれほどの人間が耐えられるか・・・・。」
「それはそうだが・・・・・、」
「それに「向こう」の世界だなんてもんが知れ渡ったら、化け物を殲滅しただけじゃ終わりません。
「こっち」の世界に不満を抱く人間が、オカルト的にそういうものを崇拝したりはしませんかね?」
「まあ・・・・そうなるだろうな。しかしそいつらが無茶なことをした場合、それを取り締まるのが警察の役目だ。
俺たちさえしっかり機能していれば、いずれ元通りになるさ。人間はそこまで弱くない。」
「いや、弱いですよ。俺も半田さんも。しかしそうでない人間がいるんです。沢尻のように、どんなに馬鹿を貫いてでも正義を守ろうとする奴が。それに・・・・・緑川です。」
「緑川?アイツはただの狂人だろう。強い弱いの問題じゃない。」
「いいえ、アイツは強いですよ。殺すってことにかけては天才的だ。それに生き抜く術にも長けている。
SATも自衛隊も、化け物相手にビビりっぱなしだった。でも沢尻と緑川だけが堂々としていたんです。弱い人間にそんな事が出来るわけがない。」
そう言って半田を睨み、「あいつらを目の当たりにしただけでも、俺は無力さを痛感しましたよ」と首を振った。
「あの二人は異常ですよ。沢尻も緑川も、なんだか同じモノを持っているように思えるんです。」
「・・・・・例えば?」
「・・・・・執念・・・・ですかね?異常なまでの執念があって、それが奴らの原動力になってる。沢尻は正義、緑川は・・・・本能だと思います。
でもね、あの二人は似てるんですよ。近くで見てれば半田さんだってそう思うはずです。」
「なら一歩間違えば、沢尻も殺人犯になっていたと?」
「可能性はありますね。強烈な正義は人を殺しますから。」
「なら緑川が善人になっていた可能性もあると?」
「ええ。奴は幼い頃に両親を亡くしてるそうですが、今でも健在ならどうだったでしょう?
何が正しくて、何が間違っているか?それを教え込むことの出来る人間がいたら、あの狂気は良い方向で役に立っていたかもしれません。」
「そうか。実に面白い意見だな。」
半田は頷き、「もう帰って休め」と言った。
「お前の話を聞く限りじゃ、これ以上SATの出番はない。自衛隊も必要ない。何もしない事こそ一番の解決だ。」
「・・・・・・・・・・。」
「そう睨むな。行動を起こさないってのも、立派な行動なんだぞ。そういう選択肢が解決に繋がる事だってある。だから今は帰って休め。」
半田は立ち上がり、ポンと肩を叩く。そしてそのまま車を降りていった。
東山は追いかけようとして立ち上がったが、これ以上の説得は無理だと諦めた。
唇を噛みしめ、「クソッタレが!」と椅子を蹴り飛ばす。
怒りは身を焦がすほど激しく、理解を得ようとしない半田を殴ってやりたかった。
しかしそれ以上に腹が立ったのは、無力な自分に対してだった。
何も出来ないまま終わる・・・・・。
そんな事は今までに何度もあったはずなのに、なぜか青臭い怒りが湧いてくる。
それはきっと、沢尻の熱気、それに緑川の狂気に当てられたせいだろうと思った。
「あいつらは人を狂わす・・・・・。ある意味化け物より性質が悪い。」
自分は無力ではない。このまま手をこまねいて、仲間の死を見送るだけの臆病者ではない。
とうの昔にしまい込んだ、胸の底に眠る青臭い意地。それが首をもたげ、どうにも抑え込むことが出来なかった。
「・・・・・・・・・・・・。」
椅子に座り込み、両手で頭を抱える。そして懐から菱形の鏡を取り出した。
それをじっと見つめていると、鏡に黒い影が映った。陽炎のようにユラリと現れ、背後で揺れている。
「・・・・まだ疲れてるな。でも俺一人くらいならいけるだろう?」
鏡に向かって語りかけると、背後の影は大きく口を開けた。

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